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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B22F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B22F
管理番号 1389376
総通号数 10 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-10-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-06-23 
確定日 2022-08-10 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6803021号発明「積層造形物の製造方法および積層造形物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6803021号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕、〔5〜6〕について訂正することを認める。 特許第6803021号の請求項1〜6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6803021号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成28年10月25日の出願(特願2016−208893号。以下、「本願」という。)であって、令和 2年12月 2日にその特許権の設定登録がなされ、同年12月23日にその特許掲載公報が発行されたのであり、本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和 3年 6月23日 :特許異議申立人 中川賢治(以下、「申立人
」という。)による請求項1〜6(全請求
項)に係る特許に対する特許異議の申立て
10月18日付け:取消理由通知
12月16日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和 4年 2月 4日 :申立人による意見書の提出
3月 8日付け:取消理由通知(決定の予告)
5月 9日 :特許権者による意見書及び訂正請求書
(以下「本件訂正請求書」という。)の提出
6月15日 :申立人による意見書の提出

なお、令和 3年12月16日提出の訂正請求書に基づく訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。

第2 訂正請求について
1 訂正請求の趣旨及び訂正の内容
(1)訂正請求の趣旨
本件訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の請求は、本件特許の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜6について訂正することを求めるものであって、その内容は以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を表す。
(2)本件訂正の内容
ア 訂正事項1−1
特許請求の範囲の請求項1に「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロム、および残部の銅を含有し」と記載されているのを「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からなり」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する。
イ 訂正事項1−2
特許請求の範囲の請求項1に「固化される」と記載されているのを「固化され、前記積層造形物は、銅合金により構成されており、前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ50%IACS以上の導電率を有する」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項2〜4も同様に訂正する。
ウ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5に「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロム、および残部の銅を含有し」と記載されているのを「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からなり」に訂正する。
請求項5の記載を引用する請求項6も同様に訂正する。

2 本件訂正についての当審の判断
(1)訂正事項1−1について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項1−1による訂正は、本件訂正前の請求項1における銅合金粉末の化学組成が、クロム及び銅とそれ以外の任意の元素を含有するものであったものを、クロム及び銅以外の含有元素が、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からなるものに限定して特定する訂正であることから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。
よって、訂正事項1−1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当する。
新規事項の追加の有無について
本件特許の願書に添付した明細書(以下、「本件特許明細書」という。)の段落【0018】には、「銅合金粉末は、0.10質量%以上1.00質量%以下のクロム(Cr)、および残部の銅(Cu)を含有する銅合金の粉末である。」、「残部は、Cu、添加元素および不可避不純物元素を含んでもよい。銅合金粉末は、たとえば、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素を含有してもよい」と記載されているから、訂正事項1−1は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張又は変更の存否について
上記アのとおり、訂正事項1−1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項1−2について
ア 訂正の目的の適否について
訂正事項1−2による訂正は、本件訂正前の請求項1における積層造形物の相対密度及び導電率が特定されていなかったものを、積層造形物を構成する銅合金が理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ50%IACS以上の導電率を有するものに限定して特定する訂正であることから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。
よって、訂正事項1−2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものに該当する。
新規事項の追加の有無について
本件特許明細書の段落【0042】には、「積層造形物は、銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有する」ことが、段落【0049】には、「積層造形物は、50%IACS以上の導電率を有する」ことが、それぞれ記載されているから、訂正事項1−2は、本件特許明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
ウ 特許請求の範囲の拡張又は変更の存否について
上記アのとおり、訂正事項1−2による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項2について
訂正事項2による訂正に対する判断は、上記(1)ア〜ウの訂正事項1−1による訂正に対する判断と同様である。

(4)一群の請求項について
ア 本件訂正前の請求項1〜4について、請求項2〜4は、それぞれ請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、訂正事項1−1及び訂正事項1−2によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項1〜4は一群の請求項である。
イ 本件訂正前の請求項5〜6について、請求項6は、請求項5を引用するものであり、訂正事項2によって訂正される請求項5に連動して訂正されるものであるから、本件訂正前の請求項5〜6は一群の請求項である。
ウ そして、本件訂正請求は、一群の請求項ごとにされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

(5)独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、本件訂正前のすべての請求項に対してされているので、特許法120条の5第9項で読み替えて準用する特許法126条7項に規定する独立特許要件は課されない。

3 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜4〕、〔5〜6〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
本件訂正は、上記第2で検討したとおり適法なものであるから、本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜6に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明6」といい、総称して「本件発明」ともいう。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
銅合金粉末を準備する第1工程、
前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程、および
前記積層造形物を300℃以上の温度で熱処理する第3工程
を含み、
前記銅合金粉末は、
0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、
残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素
からなり、
前記積層造形物は、
前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること、および
前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること
が順次繰り返され、前記造形層が積層されることにより製造され、
レーザ、電子ビームおよびプラズマからなる群より選択される少なくとも1種が、前記銅合金粉末に照射されることにより、前記銅合金粉末が固化され、
前記積層造形物は、
銅合金により構成されており、
前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
50%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物の製造方法。
【請求項2】
前記第3工程では、前記積層造形物が400℃以上の温度で熱処理される、
請求項1に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項3】
前記第3工程では、前記積層造形物が700℃以下の温度で熱処理される、
請求項1または請求項2に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項4】
前記第3工程では、前記積層造形物が600℃以下の温度で熱処理される、
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項5】
銅合金により構成されている積層造形物であって、
0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からなり、
前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
50%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物。
【請求項6】
70%IACS以上の導電率を有する、
請求項5に記載の積層造形物。」

第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、いずれも本願出願日前に、日本国内又は外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった、下記甲第1号証(甲第1の1号証〜甲第1の3号証)〜甲第4号証を提出して、以下の申立理由1−1〜申立理由2により、請求項1〜6に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
(1)申立理由1−1(進歩性
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明は、甲第1号証(甲第1の1号証〜甲第1の3号証)〜甲第3号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)申立理由1−2(進歩性
本件訂正前の請求項5〜6に係る発明は、甲第1号証(甲第1の1号証〜甲第1の3号証)〜甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)申立理由2(サポート要件)
本件訂正前の請求項1〜6に係る発明は、Crの含有量を0.10質量%以上1.00質量%以下と特定しているが、本件特許明細書において、具体的な開示があるのは、Crの含有量が0.22質量%以上のものであり、0.1質量%近傍のものについては開示されていない。また、本件訂正前の請求項1〜6に係る発明は、Cr以外の元素を含有することを許容しているが、本件特許明細書には、Cr及びCu以外の元素を含むものについては全く開示されていない。
そうすると、本件訂正前の請求項1〜6に係る発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できたものとはいえず、本件訂正前の請求項1〜6に係る発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。(取消理由(決定の予告)として一部採用)
(4)証拠方法
甲第1の1号証:D. Q. Zhang, Z. H. Liu, C. K. Chua, “Investigation on forming process of copper alloys via Selective Laser Melting”, High Value Manufacturing, 2013年9月16日, ISBN 978-1-318-00137-4, p.285-289(写し及び抄訳文)
甲第1の2号証:CRC Press社インターネット販売ページの出力物(写し及び抄訳文)
甲第1の3号証:「Advanced Research in Virtual and Rapid Prototyping」(2013年開催)のプログラム(写し及び抄訳文)
甲第2号証:特開2014−129597号公報
甲第3号証:特開平5−311364号公報
甲第4号証:特開2008−184622号公報

2 取消理由の概要
(1)令和 3年10月18日付けで通知した取消理由の概要
ア 取消理由1(申立理由2の一部を採用)
本件発明1〜6は、Cr以外の元素を含有することを許容しているが、本件特許明細書には、Cr及びCu以外の元素として、0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素を含有するものしか開示されていない。
そうすると、本件発明1〜6は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できたものとはいえず、本件発明1〜6に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

(2)令和 4年 3月 8日付けで通知した取消理由(決定の予告)の概要
ア 取消理由2(申立理由2の一部を採用)
本件発明1〜4は、銅合金粉末の化学組成が数値範囲で特定されているため、個々の銅合金粉末における元素の含有量は、その範囲内で任意に組み合わせることが可能であると解されるところ、本件発明1〜4の銅合金粉末を用いて製造された積層造形物の全てが所定の相対密度及び導電率を有するかは不明である。
そうすると、本件発明1〜4は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できたものとはいえず、本件発明1〜4に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第5 甲第1号証〜甲第4号証の記載事項
1 甲第1号証の記載事項(なお、下線は当審が付与したものである。)
(1)「Investigation on forming process of copper alloys via Selective Laser Melting」(表題)
当審仮訳:
(選択的レーザ溶融による銅合金の成形プロセスの検討)
(2)「ABSTRACT: In this research, UNS C18400 copper alloy was selected for the Selective Laser Melting (SLM) process. C18400 is a thermally precipitation hardenable copper alloy with good thermal and electrical conductivity. SLM C18400 samples with relative density of 96.74% were produced using a uniform laser beam with laser power 800 W, scan speed 600 mm/s, hatch spacing 0.1 mm, layer thickness 0.05 mm and base plate preheating of 1OO℃. The microstructure was characterised and its forming process was investigated. A part with thin wall features or varying wall thicknesses (from 0.4 mm to 3 mm) was produced under proper forming parameters. The densification behaviour and microstructure were also addressed.」(p.285 ABSTRACT欄)
当審仮訳:
(要約:この研究では、選択的レーザ溶融(SLM)プロセスのためにUNS C18400銅合金が選択された。C18400は、熱的に析出硬化可能な銅合金であり、良好な熱的および電気的伝導性を有する。レーザ出力800Wの均一なレーザビーム、走査速度600mm/s、ハッチ0.1mm、層厚さ0.05mmおよびベースプレート予熱温度100℃との条件を用いて、相対密度が96.74%のSLMによるC18400のサンプルが作製された。その微細構造の特徴を明らかにし、成形プロセスを調査した。薄い壁で特徴付けられる、つまり、壁の厚さが(0.4mmから3mmに)変化する一つの部品が、適切な成形パラメータの下で製造された。また、高密度化挙動と微細構造についても検討した。)
(3)「2.1 Laser processing
The machine used in the experiments was SLM250HL from SLM Solutions GmbH, Germany. This modified machine has two lasers, one with a Gaussian beam profile (focus beam diameter 80 μm) and a maximum laser power of 400 W. Another laser device with a uniform beam profile (focus beam diameter 730 μm) and a maximum laser power of 1kW. Gas atomized spherical shape C18400 powder with an average particle size of l2 μm (see figure 1) was used in the current project. The chemical composition of C18400 is shown in table 1. Based on single surface experiment results, the following forming parameters (see table 2 and table 3) can be used to establish the forming window of C18400 copper alloy. The layer thickness is fixed at 50 μm. The hatch spacings of the test coupons were chosen from 0.05 mm to 0.15 mm (Gaussian laser source) and from 0.1 mm to 0.2 mm (uniform laser source) respectively. The dimensions of the test coupons for evaluating relative density and investigating microstructure were cubes of l0 mm x 10 mm x IO mm.
To improve the SLM process, preheating of platform to 100℃ was applied to compensate high thermal conductivity and reduce the thermal stress. This helps in fabrication of high density parts. For the scan strategy, island scanning (Yasa and Kruth 2010) was applied to make sure that the microstructure and mechanical properties of the specimen are uniform in every direction. The island scanning strategy also reduces thermal stresses to a certain extent. Figure 2 shows a thin walls structure part fabricated by SLM process with thin wall feature with varying wall thickness (from 0.4 mm to 3 mm) was produced under proper forming parameters.」(p.286 左欄第1行〜右欄第13行)
当審仮訳:
(2.1 レーザプロセス
この実験で用いられた装置は、ドイツのSLM Solutions GmbH社製のSLM250HLであった。この改良された装置は2つのレーザを有しており、そのうち一つはガウシアン・ビーム・プロファイル(集束ビーム径80μm)を有し、最大レーザ出力は400Wである。もう一方のレーザデバイスは均一ビーム・プロファイル(集束ビーム径730μm)を有し、最大レーザ出力は1kWである。このプロジェクトでは、ガスアトマイズにより製造された、平均粒径が12μmの球形のC18400粉末(図1参照)が用いられた。C18400の化学組成を表1に示す。単一表面実験の結果によれば、C18400銅合金の形成窓を構築するために、下記の形成パラメータ(表2及び表3参照)を用いることができる。層厚さは50μmに固定される。試験片のハッチ間隔は、0.05mmから0.15mmまでの間(ガウシアン・レーザ源)及び0.1mmから0.2mmまでの間(均一レーザ源)からそれぞれ選択された。相対密度の評価及び微細構造の調査のための試験片の寸法は、10mm×10mm×10mmの立方体であった。
SLMプロセスを改善するために、プラットフォームを100℃に予熱することで、高い熱伝導率を補い、熱応力を低減することができた。これにより、高密度の部品を製造することができるようになった。スキャン方法としては、アイランドスキャン(Yasa and Kruth 2010)を適用し、試料の微細構造と機械的特性があらゆる方向で均一であることを確認した。また、アイランドスキャンは、熱応力をある程度低減させることができる。図2は、壁の厚さが(0.4mmから3mmまで)変化する、薄い壁で特徴付けられる、SLMプロセスで製造された薄壁構造の部品を示しており、適切な成形パラメータの下で製造された。)
(4)「


(p.286 左欄 Table 1)
当審仮訳:
(表1.C18400粉末の化学組成。全ての数値の単位は重量%である。)

「図2



2 甲第2号証の記載事項
(1)「【技術分野】
【0001】
本発明は耐高温性部品の技術に関し、特に、ガスタービン用の高温ガス系統部品の分野に関する。本発明は、たとえば選択的レーザ溶解法(SLM)、選択的レーザ焼結法(SLS)または電子ビーム溶解法(EMB)等の付加製造技術により金属部品/3次元製品を製造する方法に関する。」
(2)「【0007】
それゆえ、粉末方式の付加製造技術または他の付加製造技術の1つの特徴的な特性として、物性の異方性が強いという特性がある(たとえば、ヤング率、降伏強さ、引張強度、低サイクル疲労特性、クリープ)。これは、公知の積層造形法と、SLM粉末床処理中の局所的な固化条件とに起因するものである。
【0008】
物性のこのような異方性が欠点となる用途は幾つか存在する。それゆえ本出願人はすでに、レーザ付加製造技術を用いて製造された後の部品の異方性の物性を適切な「造形後」熱処理により縮小させることにより物性をより等方性にできることを開示する2件の特許出願を提出している。これら2件の特許出願は、現時点では未公開である。」
(3)「【0024】
本発明の1実施形態では前記付加製造法は、選択的レーザ溶解法(SLM)、選択的レーザ焼結法(SLS)または電子ビーム融解法(EBM)のいずれかであり、粉末体の金属ベース材料を用いる。
【0025】
特に、前記SLM法またはSLS法またはEBM法は、
a)前記製品の3次元モデルを生成し、その後、スライス分割プロセスを行って断面を計算するステップと、
b)次に、計算した前記断面を機器制御ユニット(15)へ供給するステップと、
c)処理に必要な前記ベース材料の粉末を準備するステップと、
d)基板上に、または、既に処理された粉末層上に、一定かつ均等な厚さの粉末層(12)を設けるステップと、
e)前記制御ユニット(15)に記憶されている3次元モデルに従い、前記製品の断面に対応してエネルギービーム(14)を走査することにより溶解を行うステップと、
f)形成された前記断面の上表面を1層の厚さ(d)だけ下降させるステップと、
g)前記3次元モデルにおける最後の断面に達するまで、前記ステップd)〜f)を繰り返すステップと、
h)オプションとして、前記3次元製品(11)の熱処理を行うステップと
を有し、
前記ステップe)において、
・特定の所望の2次結晶粒配向を実現するため、連続する各層間において、または1層の特定の各領域(島)間において、走査ベクトルが相互に垂直になるように、前記エネルギービームを走査する、
または、
・2次結晶粒配向が特定の配向にならないように、連続する各層間において、または1層の特定の各領域(島)間において、走査ベクトル相互間の角度がランダムになるように、前記エネルギービームを走査する。」

3 甲第3号証の記載事項
(1)「【請求項1】 Cr:0.5〜2.0wt%を含み、残部がCuと不可避的不純物からなるCu合金の溶湯を100℃/秒以上の冷却速度で鋳造し、その後60%以下の減面率で冷間加工を行い、または行わずに350〜600℃で10分〜6時間の時効処理を行うことを特徴とする高強度高導電性銅合金の製造方法。」
(2)「【0008】
【課題を解決するための手段】本発明は上記の点に鑑み鋭意検討された結果なされたものであり、その目的とするところは、強度・バネ性に優れ、かつ導電性が良好な銅合金材料を提供することである。」
(3)「【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
【表3】



4 甲第4号証の記載事項
(1)「【背景技術】
【0002】
従来から、金属材料で形成した材料層に光ビーム(指向性エネルギービーム、例えばレーザ光)を照射して焼結層又は溶融層を形成し、この焼結層又は溶融層の上に新たな材料層を形成して光ビームを照射することで焼結層又は溶融層を形成するということを繰り返して三次元形状造形物を製造する技術が知られている。この技術の特徴は、複雑な三次元形状物を短時間で製造することができることである。エネルギー密度の高い光ビームを照射することで金属材料がほぼ完全に溶融した後に固化した状態、つまり溶融後の材料密度がほぼ100%の状態となり、この高密度の造形物の表面を仕上げ加工することにより滑らかな面を形成することができ、プラスチック成形用金型などに適用される。」

第6 当審の判断
以下に述べるように、特許異議申立書の申立理由及び当審から通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1−1(進歩性
(1)甲第1号証に記載された発明
ア 甲第1号証には、選択的レーザ溶融による銅合金の成形プロセスに関する発明が記載されている(第5の1(1))
イ 上記第5の1(3)の「このプロジェクトでは、ガスアトマイズにより製造された、平均粒径が12μmの球形のC18400粉末(図1参照)が用いられた。C18400の化学組成を表1に示す 。」との記載及び第5の1(4)の表1に記載のC18400粉末の化学組成から、甲第1号証には、Cuが98.12〜98.37重量%、Crが0.5〜1.2重量%、Siが0.1重量%未満、Zrが0.03〜0.3重量%、Feが0.08重量%未満、その他が0.2重量%未満の合金組成からなる銅合金粉末を準備することが記載されているといえる。
ウ 選択的レーザ溶融プロセスは、積層造形法の一つであるから、それにより、積層造形物が製造されていることは明らかである。
エ 上記第5の1(3)の「層厚さは50μmに固定される。」との記載から、1層の厚さが50μmであり、また、「図2は、壁の厚さが(0.4mmから3mmまで)変化する、薄い壁で特徴付けられる、SLMプロセスで製造された薄壁構造の部品を示しており、適切な成形パラメータの下で製造された。」との記載され、図2をみると、薄壁構造の部品(積層造形物)は、一番手前側の壁の厚さ(図2の上下方向の長さ。0.4mm。)よりも当該壁の高さ(図2の紙面に垂直方向の長さ)の方が長いと認められるから、薄壁構造の部品(積層造形物)は、銅合金粉末により粉末層を形成し、粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる工程を少なくとも8回(0.4mm/50μm)繰り返して製造されたものといえる。
オ 上記第5の1(2)には、「相対密度が96.74%のSLMによるC18400のサンプルが作製された。」ことも記載されている。
カ 以上から、甲第1号証には、次の2つの発明が記載されていると認められる。

「Cuが98.12〜98.37重量%、Crが0.5〜1.2重量%、Siが0.1重量%未満、Zrが0.03〜0.3重量%、Feが0.08重量%未満、その他が0.2重量%未満の合金組成からなる銅合金粉末を準備し、前記銅合金粉末により粉末層を形成し、粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる工程を繰り返し、相対密度が96.74%の積層造形物を形成する、積層造形物の製造方法。」(以下、「甲1−1発明」という。)

「銅合金により構成されている積層造形物であって、
Cuが98.12〜98.37重量%、Crが0.5〜1.2重量%、Siが0.1重量%未満、Zrが0.03〜0.3重量%、Feが0.08重量%未満、その他が0.2重量%未満の合金組成からなる、相対密度が96.74%の積層造形物。」(以下、「甲1−2発明」という。)

(2)請求項1について
ア 請求項1に係る発明と甲1−1発明との対比・判断
(ア)対比
a 甲1−1発明における「銅合金粉末を準備し」は、本件発明1の「銅合金粉末を準備する第1工程」に相当する。
b 甲1−1発明における「銅合金粉末により粉末層を形成し、粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる工程を繰り返し、積層造形物を形成する」は、本件発明1の「前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程」に相当する。
c 甲1−1発明における「前記銅合金粉末により粉末層を形成し」は、本件発明1の「前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること」に相当する。
d 甲1−1発明における「粉末層に選択的にレーザを照射して溶融・固化させる」は、本件発明1の「前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること」及び「レーザ、電子ビームおよびプラズマからなる群より選択される少なくとも1種が、前記銅合金粉末に照射されることにより、前記銅合金粉末が固化され」ることに相当する。
e 甲1−1発明における「工程を繰り返し」は、本件発明1の「順次繰り返され」に相当する。
f 甲1−1発明における「積層造形物を形成する」は、本件発明1の「前記造形層が積層されることにより製造され」に相当する。
g 甲1−1発明における「積層造形物の製造方法」は、本件発明1の「積層造形物の製造方法」に相当する。
h そうすると、本件発明1と甲1−1発明とは、以下の一致点1において一致するとともに、以下の相違点1〜相違点4で相違する。

<一致点1>
「銅合金粉末を準備する第1工程、
前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程、
を含み、
前記積層造形物は、
前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること、および
前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること
が順次繰り返され、前記造形層が積層されることにより製造され、
レーザ、電子ビームおよびプラズマからなる群より選択される少なくとも1種が、前記銅合金粉末に照射されることにより、前記銅合金粉末が固化される、
積層造形物の製造方法。」である点。

<相違点1>
本件発明1では、積層造形物の製造方法に、「積層造形物を300℃以上の温度で熱処理する第3工程」を含むのに対し、甲1−1発明では、熱処理する工程を有しない点。

<相違点2>
本件発明1では、銅合金粉末の化学組成が、「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からな」るのに対し、甲1−1発明では、「Cuが98.12〜98.37重量%、Crが0.5〜1.2重量%、Siが0.1重量%未満、Zrが0.03〜0.3重量%、Feが0.08重量%未満、その他が0.2重量%未満の合金組成からなる」点。

<相違点3>
本件発明1では、「積層造形物は、銅合金により構成されており、前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有」するのに対し、甲1−1発明では、積層造形物の相対密度が96.74%である点。

<相違点4>
本件発明1では、積層造形物が、「50%IACS以上の導電率を有する」のに対し、甲1−1発明では、積層造形物の導電率が不明である点。

(イ)判断
a 相違点1について
(a)甲第2号証には、選択的レーザ溶解法(SLM)において、「オプションとして、前記3次元製品(11)の熱処理を行うステップ」を有することが記載されているものの、具体的な熱処理温度は記載されていない(上記第5の2(3))。
(b)また、甲第2号証では、ガスタービン用の高温ガス系統部品に対し熱処理を行うと、該部品の異方性を縮小させることができると推認されるが(上記第5の2(1)、(2))、この記載から、甲1−1発明の銅合金により構成される積層造形物を300℃以上の温度で熱処理することが動機付けられるとはいえない。
(c)一方、甲第3号証には、銅合金の溶製材に対し、350〜600℃で10分〜6時間の時効処理を行う高強度高導電性銅合金の製造方法が記載されている(上記第5の3(1))。
(d)しかしながら、溶製材に対する熱処理を積層造形物に適用した際に、溶製材に生じる作用効果が積層造形物に対しても同様に生じるという技術常識は認められないから、甲1−1発明に甲第3号証に記載の上記熱処理を適用する動機はないし、仮に適用したとしても、それにより、機械的強度や導電率が飛躍的に向上するという効果を奏するかは不明である。
(e)よって、甲1−1発明において、相違点1に係る本件発明1の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

b 相違点2について
(a)甲1−1発明において、Cu及びCr以外の元素の含有量について、その最小値は、Cu及びCrの含有量が最大となる場合に、0.43重量%となる(100重量%−(Cu)98.37重量%−(Cr)1.2重量%)。
(b)当該0.43重量%は、本件発明1における「添加元素および不可避不純物元素」の合計である0.30質量%未満を超えている。
(c)そして、甲第1号証には、表1の記載以外に、元素の含有率に関する記載がないから、上記「0.43重量%」を「0.30質量%未満」とすることが動機付けられるとはいえない。
なお、「重量%」=「質量%」であると判断した。
(d)よって、甲1−1発明において、相違点2に係る本件発明1の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

c 相違点3について
(a)甲第4号証には、「エネルギー密度の高い光ビームを照射することで金属材料がほぼ完全に溶融した後に固化した状態、つまり溶融後の材料密度がほぼ100%の状態となり、この高密度の造形物の表面を仕上げ加工することにより滑らかな面を形成することができ、プラスチック成形用金型などに適用される。」ことが記載されている(上記第5の4(1))。
(b)上記のように、相対密度を高めることは、通常の技術課題と認められるから、甲1−1発明において、レーザのエネルギー密度を調整して、相対密度を97%以上とすることは、当業者が容易になし得ることである。
(c)よって、甲1−1発明において、相違点3に係る本件発明1の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることである。

d 相違点4について
(a)甲第3号証には、銅合金の溶製材に対し、350〜600℃で10分〜6時間の時効処理を行う高強度高導電性銅合金の製造方法が記載されている(上記第5の3(1))。
(b)しかしながら、溶製材に対する熱処理を積層造形物に適用した際に、甲1−1発明の導電率が、50%IACS以上となるかは不明である。
(c)よって、甲1−1発明において、相違点4に係る本件発明1の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

イ 小括
以上のとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証〜甲第4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明2〜4について
本件発明2〜4は、本件発明1の記載を直接又は間接的に引用するものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証〜甲第4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2〜4についても同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証〜甲第4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 申立理由1−2(進歩性

(1)請求項5について
ア 請求項5に係る発明と甲1−2発明との対比・判断
(ア)対比
a 甲1−2発明における「銅合金により構成されている積層造形物」は、本件発明5の「銅合金により構成されている積層造形物」に相当する。
b 甲1−2発明において、積層造形物がCrを含有することは、本件発明5の「クロムを含有」することに相当する。
c そうすると、本件発明5と甲1−2発明とは、以下の一致点2において一致するとともに、以下の相違点5〜相違点7で相違する。

<一致点2>
「銅合金により構成されている積層造形物であって、
クロムを含有する、
積層造形物。」である点。

<相違点5>
本件発明5では、銅合金の化学組成が、「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からな」るのに対し、甲1−2発明では、「Cuが98.12〜98.37重量%、Crが0.5〜1.2重量%、Siが0.1重量%未満、Zrが0.03〜0.3重量%、Feが0.08重量%未満、その他が0.2重量%未満の合金組成からなる」点。

<相違点6>
本件発明5では、銅合金により構成されている積層造形物が、「前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有」するのに対し、甲1−2発明では、積層造形物の相対密度が96.74%である点。

<相違点7>
本件発明5では、積層造形物が、「50%IACS以上の導電率を有する」のに対し、甲1−2発明では、積層造形物の導電率が不明である点。

(イ)判断
a 相違点5〜7について
(a)上記相違点5〜7についての判断は、上記1(2)ア(イ)における相違点2〜4についての判断と同様であるから、甲1−2発明において相違点5〜7をに係る本件発明1の特定事項を備えたものとすることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

イ 小括
以上のとおり、本件発明5は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証〜甲第4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)本件発明6について
本件発明6は、本件発明5の記載を引用するものであるが、上記(2)で述べたとおり、本件発明5が、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証〜甲第4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明6についても同様に、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証〜甲第4号証に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3 申立理由2、取消理由1、取消理由2(サポート要件)
(1)サポート要件についての判断手法
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知的財産高等裁判所特別部 平成17年(行ケ)第10042号判決参照)。

(2)本件特許明細書の記載
サポート要件の取消理由について上記(1)の手法に従って検討するにあたり、まず、本件特許明細書の記載を確認する。本件特許明細書には次の記載がある(なお、下線は当審が付与したものである。)。
ア 「【0001】
本開示は、積層造形物の製造方法および積層造形物に関する。」
イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
金属製品の加工技術として、金属粉末を対象とする積層造形法が注目されている。積層造形法によれば、切削加工では不可能であった複雑形状の創製が可能である。これまでに、鉄合金粉末、アルミニウム合金粉末、チタン合金粉末等による積層造形物の製造例が報告されている。すなわち、鉄合金、アルミニウム合金またはチタン合金等により構成されている積層造形物が報告されている。しかしながら、銅合金により構成されている積層造形物の報告はない。
【0005】
本開示の目的は、銅合金により構成されている積層造形物を提供することである。」
ウ 「【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記される)が説明される。ただし、以下の説明は、本開示の発明の範囲を限定するものではない。
【0012】
はじめに本実施形態が見出された経緯が説明される。
機械的強度および高い導電率が必要とされる機械部品には、銅が多用されている。銅により構成される機械部品としては、たとえば、溶接トーチ、配電設備の部品等が挙げられる。
【0013】
まず、純銅粉末により積層造形物を製造することが検討された。しかしながら、純銅粉末によっては、所望の積層造形物が得られなかった。具体的には、純銅粉末により製造された積層造形物は、多数の空隙を有しており、緻密な溶製材に対して密度が大幅に低下していた。密度の低下は、機械的強度(たとえば引張強さ等)の低下を意味する。さらに導電率も緻密な溶製材に対して大幅に低下していた。密度および導電率を改善するため、各種の製造条件が検討された。しかしながら、いずれの製造条件においても、仕上がり物性が安定せず、密度および導電率の改善は困難であった。
【0014】
そこで銅合金粉末が検討された。その結果、特定組成の銅合金粉末が使用されることにより、実用的な密度および導電率を有する積層造形物が製造され得ること、さらに積層造形物が特定温度以上で熱処理されることにより、積層造形物の機械的強度および導電率が顕著に向上し得ることが見出された。以下、本実施形態が詳しく説明される。」
エ 「【0018】
本実施形態では、特定組成の銅合金粉末が使用される。すなわち銅合金粉末は、0.10質量%以上1.00質量%以下のクロム(Cr)、および残部の銅(Cu)を含有する銅合金の粉末である。残部には、Cuの他、不純物元素が含有されていてもよい。
不純物元素は、たとえば、銅合金粉末の製造時に意図的に添加された元素(以下「添加元素」と記される)であってもよい。すなわち、残部はCuおよび添加元素を含んでもよい。添加元素としては、たとえば、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)、錫(Sn)、銀(Ag)、ベリリウム(Be)、ジルコニウム(Zr)、アルミニウム(Al)、珪素(Si)、コバルト(Co)、チタン(Ti)、マグネシウム(Mg)、テルル(Te)等が挙げられる。不純物元素は、たとえば、銅合金粉末の製造時に不可避的に混入した元素(以下「不可避不純物元素」と記される)であってもよい。すなわち、残部はCuおよび不可避不純物元素を含んでもよい。不可避不純物元素としては、たとえば、酸素(O)、リン(P)、鉄(Fe)等が挙げられる。残部は、Cu、添加元素および不可避不純物元素を含んでもよい。銅合金粉末は、たとえば、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素を含有してもよい。たとえば、銅合金粉末の酸素含有量は「JIS H 1067:銅中の酸素定量方法」に準拠した方法により測定され得る。」
オ「【0042】
(相対密度)
積層造形物は、銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有する。「相対密度」は、積層造形物の実測密度が理論密度により除されることにより算出される。理論密度は、積層造形物と同じ組成を有する溶製材の密度を示す。実測密度は「JIS Z 2501:焼結金属材料?密度、含油率および開放気孔率試験方法」に準拠した方法により測定される。液体には水が使用される。相対密度は少なくとも3回測定される。少なくとも3回の平均値が相対密度として採用される。
【0043】
相対密度が高い積層造形物は、高い気密性を必要とする部品に好適である。また相対密度が高い程、機械的強度も期待できる。相対密度は、97.6%以上であってもよいし、98%以上であってもよいし、99%以上であってもよいし、99.2%以上であってもよいし、99.4%以上であってもよい。」
カ 「【0049】
(導電率)
積層造形物は、50%IACS以上の導電率を有する。すなわち本実施形態の積層造形物は、黄銅(UNS番号C26000)の導電率を超える導電率を有し得る。「導電率」は、市販の渦流式導電率計によって測定される。導電率は、焼鈍標準軟銅(International Annealed Copper Standard,IACS)の導電率を基準として評価される。すなわち積層造形物の導電率は、IACSの導電率に対する百分率として表される。たとえば、積層造形物の導電率が50%IACSであることは、積層造形物の導電率がIACSの導電率の半分であることを意味する。導電率は少なくとも3回測定される。少なくとも3回の平均値が導電率として採用される。
【0050】
導電率は、第3工程の熱処理温度により調整され得る。積層造形物は、70%IACS以上の導電率を有してもよいし、80%IACS以上の導電率を有してもよいし、90%IACS以上の導電率を有してもよい。積層造形物は、たとえば、100%IACS以下の導電率を有してもよい。
【実施例】
【0051】
以下、実施例が説明される。ただし以下の例は、本開示の発明の範囲を限定するものではない。
【0052】
図1に示されるフローチャートに沿って、積層造形物が製造された。
まず、下記表1に示される化学成分を含有する銅合金粉末A1〜A5が準備された(S100)。これらの銅合金粉末は所定のアトマイズ法により製造された。比較として純銅粉末Xおよび銅合金粉末Yも準備された。純銅粉末Xは、市販純銅を原料とする粉末である。銅合金粉末Yは、市販銅合金(製品名「AMPCO940」)を原料とする粉末である。以下、これらの粉末が「金属粉末」と総称される場合がある。
【0053】
【表1】


【0054】
以下の仕様のレーザ積層造形装置が準備された。
レーザ :ファイバレーザ、最大出力400W
スポット径:0.05〜0.20mm
走査速度 :〜7000mm/s
積層ピッチ:0.02〜0.08mm
造形サイズ:250mm×250mm×280mm
【0055】
1.純銅粉末X
3次元形状データが作成された(S201)。(i)金属粉末を含む粉末層を形成すること(S202)、および(ii)粉末層において所定位置の金属粉末を固化させることにより、造形層を形成すること(S203)が順次繰り返され、造形層が積層された。こうして純銅粉末Xにより、No.X−1〜X−40に係る積層造形物が製造された(S200)。積層造形物は、直径14mm×高さ15mmの円柱である(特に断りのない限り、以下の積層造形物も同様である)。積層造形物の製造条件は、下記表2および3に示されている。前述の方法に従って、積層造形物の相対密度および導電率が測定された。結果は下記表2および3に示されている。
【0056】
【表2】


【0057】
【表3】


【0058】
上記表2および3に示されるように、純銅粉末Xにより製造された積層造形物では、製造条件が固定されていても、仕上がり物性が安定せず、大きくばらついている。表2および3の「相対密度」の欄において「測定不可」は、積層造形物が多くの空隙を含むために、信頼性の高い密度が測定できなかったことを示している。純銅は、100%IACSの導電率を有すると考えてよい。純銅粉末Xにより製造された積層造形物は、純銅に比し、導電率が大幅に低下している。純銅粉末Xによっては、実用的な機械部品を製造することが困難であると考えられる。
【0059】
2.銅合金粉末Y(市販銅合金の粉末)
下記表4に示される製造条件により、上記と同様にしてNo.Y−1〜Y−7に係る積層造形物が製造された。積層造形物は、窒素雰囲気中、下記表4の「熱処理温度」の欄に示される温度で3時間熱処理された(S300)。「熱処理温度」の欄に「なし」と記された積層造形物は熱処理されていない。前述の方法に従って、積層造形物の相対密度および導電率が測定された。結果は下記表4に示されている。
【0060】
【表4】


【0061】
上記表4に示されるように、銅合金粉末Y(市販銅合金の粉末)により製造された積層造形物の導電率は、市販銅合金の導電率(45.5%IACS程度)に比して大幅に低下していた。」

(3)本件発明が解決しようとする課題
ア 上記(2)イの段落【0005】には、本件発明が解決しようとする課題について、「本開示の目的は、銅合金により構成されている積層造形物を提供することである」と記載されている。
イ 一方、上記(2)ウの段落【0013】には、純銅粉末により積層造形物を製造した場合、いずれの製造条件においても、仕上がり物性が安定せず、密度および導電率の改善は困難であった旨が記載されている。
具体的には、上記(2)カの段落【0056】表2、段落【0057】表3に記載される積層造形物は、いずれも純銅粉末Xを用いて製造されたものであるところ、「相対密度」の欄の85%(40件中6件)が「測定不可」となっており、積層造形物が多くの空隙を含むために信頼性の高い密度が測定できなかったものである。また、表3には、相対密度が測定できた積層造形物X−35(相対密度98.311%、導電率92.58%IACS)、X−39(相対密度98.311%、導電率90.24%IACS)も記載されており、このような例外的に良いものができる場合があるものの安定した結果が得られないため、これも含めた純銅粉末Xから製造された積層造形物全体の評価は、「純銅に比し、導電率が大幅に低下している。純銅粉末Xによっては、実用的な機械部品を製造することが困難である」(段落【0058】)というものである。
ウ また、上記(2)カの段落【0053】、【0059】〜【0061】には、市販の銅合金粉末Y(Ni(2.52質量%);Si(0.71質量%);Cr(0.31質量%);Cu(残部))を用いて積層造形物を製造したことが記載されている。
具体的には、段落【0060】表4に、Y−6として、相対密度99.49%、導電率18.50%IACSの積層造形物が得られたことが記載されているものの、この積層造形物の評価は、「銅合金粉末Y(市販銅合金の粉末)により製造された積層造形物の導電率は、市販銅合金の導電率(45.5%IACS程度)に比して大幅に低下していた。」(段落【0061】)というものである。
エ そして、上記(2)オの段落【0042】には、相対密度の目標値が、銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下であること、上記(2)カの段落【0049】には、導電率の目標値が、50%IACS以上であることが記載されている。
オ これらの事項を勘案すると、本件発明が解決しようとする課題は、単に、銅合金により構成されている積層造形物を提供することではなく、「銅合金により構成された、実用的な相対密度及び導電率を有する積層造形物を提供すること」(段落【0014】)、具体的には、「銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度、50%IACS以上の導電率を有する積層造形物を提供すること」であると認められる。

(4)上記本件発明が解決しようとする課題に対し、
本件発明1の積層造形物の製造方法は、
「銅合金粉末を準備する第1工程、
前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程、および
前記積層造形物を300℃以上の温度で熱処理する第3工程
を含み、
前記銅合金粉末は、
0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し
残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素
からなり、
前記積層造形物は、
前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること、および
前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること
が順次繰り返され、前記造形層が積層されることにより製造され、
レーザ、電子ビームおよびプラズマからなる群より選択される少なくとも1種が、前記銅合金粉末に照射されることにより、前記銅合金粉末が固化され、
前記積層造形物は、
銅合金により構成されており、
前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
50%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物の製造方法。」との技術的事項で特定されている。

(5)上記特定事項を備えた本件発明1が、発明の詳細な説明に発明として記載されたものであって、上記課題を解決し得るものであるかについて検討する。
ア 本件発明1の銅合金粉末の化学組成に関し、上記(2)ウの段落【0014】には、「特定組成の銅合金粉末が使用されることにより、実用的な密度および導電率を有する積層造形物が製造され得る」と記載されていることから、銅合金粉末が特定組成であることが課題を解決するための手段として必要な事項であると認められる。
イ そして、上記(2)ウの段落【0018】には「本実施形態では、特定組成の銅合金粉末が使用される。すなわち銅合金粉末は、0.10質量%以上1.00質量%以下のクロム(Cr)、および残部の銅(Cu)を含有する銅合金の粉末である。」と記載されており、上記クロムの含有量の条件を満たす銅合金粉末A1〜A3が上記課題を解決し得るものであることが示されていることから、不純物元素、すなわち添加元素および不可避不純物元素が含有されない場合(もしくは微量である場合)には、そのような組成の銅合金粉末を用いれば本件発明は上記課題を解決し得るものであるといえる。
ウ ここで、本件発明1の銅合金粉末の化学組成は、0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムと残部の銅以外に、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素を含有することを特定しているところ、本件発明1で特定される化学組成の条件を満たす実施例は、不可避不純物元素としてOが0.04〜0.09質量%含まれる銅合金粉末A1〜A3が開示されるにとどまるから、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素の含有を許容する本件発明1の銅合金粉末を用いて製造された積層造形物の全てが所定の相対密度及び導電率を有するかは不明である。
エ しかしながら、本件訂正により、「銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ50%IACS以上の導電率を有する」との特定が追加されたことにより、「銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ50%IACS以上の導電率を有する」銅合金ではないものは本件発明の技術的範囲から排除された。
オ なお、合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素を銅合金粉末に含有させた場合に、仮に「銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ50%IACS以上の導電率を有する」銅合金にはならない場合には、当該添加元素および不可避不純物元素の含有量を低減することによって、そのような銅合金の特性は、上記イに記載した「0.10質量%以上1.00質量%以下のクロム(Cr)、および残部の銅(Cu)を含有する銅合金」の特性に近いものになると考えられるので、相対密度と導電率が当該範囲に含まれるような銅合金が得られることは明らかである。
カ また、Crの含有量が0.1質量%近傍のものについても、所定の相対密度及び導電率を有するかは不明であるが、上記エに記載したとおり、「銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ50%IACS以上の導電率を有する」銅合金ではないものは本件発明の技術的範囲から排除された。
キ そうすると、本件発明1において、上記課題を解決し得るものではないとされる理由は全て解消された。
ク 上記のとおり、本件発明1及び本件発明1の記載を引用する本件発明2〜4は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。また、本件発明5及び本件発明5の記載を引用する本件発明6についても同様である。

第7 まとめ
以上のとおりであるから、特許異議申立書の申立理由及び当審から通知した取消理由によっては、本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅合金粉末を準備する第1工程、
前記銅合金粉末により積層造形物を製造する第2工程、および
前記積層造形物を300℃以上の温度で熱処理する第3工程
を含み、
前記銅合金粉末は、
0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、
残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からなり、
前記積層造形物は、
前記銅合金粉末を含む粉末層を形成すること、および
前記粉末層において所定位置の前記銅合金粉末を固化させることにより、造形層を形成すること
が順次繰り返され、前記造形層が積層されることにより製造され、
レーザ、電子ビームおよびプラズマからなる群より選択される少なくとも1種が、前記銅合金粉末に照射されることにより、前記銅合金粉末が固化され、
前記積層造形物は、
銅合金により構成されており、
前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
50%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物の製造方法。
【請求項2】
前記第3工程では、前記積層造形物が400℃以上の温度で熱処理される、
請求項1に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項3】
前記第3工程では、前記積層造形物が700℃以下の温度で熱処理される、
請求項1または請求項2に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項4】
前記第3工程では、前記積層造形物が600℃以下の温度で熱処理される、
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の積層造形物の製造方法。
【請求項5】
銅合金により構成されている積層造形物であって、
0.10質量%以上1.00質量%以下のクロムを含有し、残部の銅および合計で0.30質量%未満の添加元素および不可避不純物元素からなり、
前記銅合金の理論密度に対して97%以上100%以下の相対密度を有し、かつ
50%IACS以上の導電率を有する、
積層造形物。
【請求項6】
70%IACS以上の導電率を有する、
請求項5に記載の積層造形物。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-08-02 
出願番号 P2016-208893
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B22F)
P 1 651・ 121- YAA (B22F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 太田 一平
佐藤 陽一
登録日 2020-12-02 
登録番号 6803021
権利者 地方独立行政法人大阪産業技術研究所 株式会社ダイヘン
発明の名称 積層造形物の製造方法および積層造形物  
代理人 弁理士法人深見特許事務所  
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