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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C09K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09K
管理番号 1389401
総通号数 10 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-10-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-11-19 
確定日 2022-09-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6873232号発明「熱応答性組成物及び熱応答性材料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6873232号の請求項1−15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6873232号の請求項1〜15に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)4月4日(優先権主張 平成29年4月14日 (JP)日本)を国際出願日とする出願であって、令和3年4月22日にその特許権の設定登録がされ、同年5月19日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜15に係る特許に対し、同年11月19日に特許異議申立人 福武祐美子(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和4年2月1日付けで取消理由を通知し、特許権者は、その指定期間内である同年4月1日に意見書の提出を行い、特許異議申立人は、同年5月13日に上申書を提出し、当審は、同年5月25日付けで取消理由を通知(決定の予告)し、特許権者は、その指定期間内である同年8月5日に意見書の提出を行った。

第2 本件発明
特許第6873232号の請求項1〜15に係る発明(以下、「本件特許発明1」等といい、まとめて「本件特許発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜15に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
数平均壁厚が50nm〜200nmであり、電子供与性染料前駆体と前記電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物との反応生成物である発色色素、及び変色温度調整剤を内包するマイクロカプセルと、
前記マイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在する色材と、
を含有する熱応答性組成物。
【請求項2】
前記マイクロカプセルの数平均壁厚が、50nm〜100nmである請求項1に記載の熱応答性組成物。
【請求項3】
前記マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、前記マイクロカプセルの内包物の質量の比が、7を超える請求項1又は請求項2に記載の熱応答性組成物。
【請求項4】
数平均壁厚が10nm〜200nmであり、電子供与性染料前駆体と前記電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物との反応生成物である発色色素、及び変色温度調整剤を内包するマイクロカプセルと、
前記マイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在する色材と、
を含有し、
前記マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、前記マイクロカプセルの内包物の
質量の比が、7を超える熱応答性組成物。
【請求項5】
前記マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、前記マイクロカプセルの内包物の質量の比が、8以上である請求項4に記載の熱応答性組成物。
【請求項6】
前記マイクロカプセルの数平均壁厚が、20nm〜100nmである請求項4又は請求項5に記載の熱応答性組成物。
【請求項7】
前記マイクロカプセルの内部に前記色材を含有する請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項8】
前記マイクロカプセルの外部に前記色材を含有する請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項9】
前記マイクロカプセルのカプセル壁は、3官能以上のイソシアネートの重合物を含む請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項10】
前記マイクロカプセルの体積標準のメジアン径が、0.1μm〜100μmである請求項1〜請求項9のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項11】
前記マイクロカプセルの体積標準のメジアン径が、0.1μm〜10μmである請求項1〜請求項10のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項12】
前記発色色素の色相と前記色材の色相とが異なり、かつ、熱の付与前後における色相差ΔH*が10〜20である請求項1〜請求項11のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項13】
前記変色温度調整剤が、炭素数12〜24のアリールアルキルケトンである請求項1〜請求項12のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項14】
前記発色色素に対する前記変色温度調整剤の含有比率は、100質量%〜2000質量%である請求項1〜請求項13のいずれか1項に記載の熱応答性組成物。
【請求項15】
支持体と、
請求項1〜請求項14のいずれか1項に記載の熱応答性組成物の塗布物である熱応答性層と、
を有する熱応答性材料。」

第3 取消理由通知に記載した取消理由について
1 本件特許の請求項1〜15に係る特許に対して、当審が令和4年2月1日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

理由1(明確性)について
(1)一般に『法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。』とされている〔平成21年(行ケ)第10434号判決参照。〕。

(2)数平均壁厚
本件特許発明1、2、4及び6の「数平均壁厚」について、本願明細書【0054】には「マイクロカプセルの数平均壁厚とは、マイクロカプセルのカプセル粒子を形成する樹脂膜(いわゆるカプセル壁)の厚み(nm)を指し、数平均壁厚とは、5個のマイクロカプセルの個々のカプセル壁の厚み(nm)を走査型電子顕微鏡(SEM)により求めて平均した平均値をいう。具体的には、まずマイクロカプセル液を任意の支持体上に塗布し、乾燥して塗布膜を形成する。得られた塗布膜の断面切片を形成し、形成された断面をSEMを用いて観察し、任意の5個のマイクロカプセルを選択の上、選択した個々のマイクロカプセルの断面を観察してカプセル壁の厚みを求めて平均値を算出する。」と記載されている。
しかし、「任意の5個のマイクロカプセルを選択の上、選択した個々のマイクロカプセルの断面を観察してカプセル壁の厚みを求めて平均値を算出」という測定方法では、測定者の主観による偏りが生じることは避けがたく、したがって、客観的かつ一義的な測定値が得られることはない。
そうすると、本件特許発明1の「数平均壁厚が50nm〜200nmであり」、本件特許発明2の「数平均壁厚が50nm〜100nmであり」、本件特許発明4の「数平均壁厚が10nm〜200nmであり」、本件特許発明6の「数平均壁厚が10nm〜200nmであり」との記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
本件特許発明1、2、4、6を引用する本件特許発明3、5、7〜15も不明確である。

(3)マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、マイクロカプセルの内包物の質量の比
本件特許明細書に、マイクロカプセルのカプセル壁の質量、マイクロカプセルの内包物の質量を測定する方法は、記載されていない。
そして、マイクロカプセルのカプセル壁の質量とマイクロカプセルのカプセルの内包物質量を直接に測定することは、通常、考えられず、これらを合理的に推定する方法も自明ではない。
確かに、本件特許明細書の実施例には、原料における質量比が記載されているかもしれないが、それにより、マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、マイクロカプセルの内包物の質量の比が、一義的に定まるとはいえない。
そうすると、本件特許発明3及び本願発明4の「前記マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、前記マイクロカプセルの内包物の質量の比が、7を超える」、本件特許発明5の「前記マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、前記マイクロカプセルの内包物の質量の比が、8以上である」との記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
本件特許発明3〜5を引用する本件特許発明6〜15も不明確である。

2 本件特許の請求項1〜15に係る特許に対して、当審が令和4年5月25日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の要旨は、次のとおりである。

(1)一般に『法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきことはいうまでもない。』とされている〔平成21年(行ケ)第10434号判決参照。〕。

(2)数平均壁厚
本件特許発明1、2、4及び6の「数平均壁厚」について、本願明細書【0054】には「マイクロカプセルの数平均壁厚とは、マイクロカプセルのカプセル粒子を形成する樹脂膜(いわゆるカプセル壁)の厚み(nm)を指し、数平均壁厚とは、5個のマイクロカプセルの個々のカプセル壁の厚み(nm)を走査型電子顕微鏡(SEM)により求めて平均した平均値をいう。具体的には、まずマイクロカプセル液を任意の支持体上に塗布し、乾燥して塗布膜を形成する。得られた塗布膜の断面切片を形成し、形成された断面をSEMを用いて観察し、任意の5個のマイクロカプセルを選択の上、選択した個々のマイクロカプセルの断面を観察してカプセル壁の厚みを求めて平均値を算出する。」と記載されている。
しかし、「任意の5個のマイクロカプセルを選択の上、選択した個々のマイクロカプセルの断面を観察してカプセル壁の厚みを求めて平均値を算出」という測定方法では、測定者の主観による偏りが生じることは避けがたく、したがって、客観的かつ一義的な測定値が得られることはない。
そうすると、本件特許発明1の「数平均壁厚が50nm〜200nmであり」、本件特許発明2の「数平均壁厚が50nm〜100nmであり」、本件特許発明4の「数平均壁厚が10nm〜200nmであり」、本件特許発明6の「数平均壁厚が10nm〜200nmであり」との記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。
本件特許発明1、2、4、6を引用する本件特許発明3、5、7〜15も不明確である。

第4 前記第3における明確性要件についての判断
(1)明確性要件の判断における観点は、上記第3の理由1(1)のとおりである。

(2)数平均壁厚
ア 判断
(ア)数平均壁厚について本件特許明細書を参酌すると、本件特許明細書の段落0054に数平均壁厚の詳細が明らかにされており、数平均壁厚を求める方法自体は任意ではなく、上記のとおり明確にされており、かつ、その中で選択する対象物であるマイクロカプセルも任意に特定するとして明確にしているから、測定者の主観によって測定方法が変わるものではなく客観的でなくなることもない。「任意の5個」の選択の仕方にかかわらず本件特許発明の数値範囲を満たせばよく、主観によって規定の範囲を満たしたり満たさなかったりするものではなく、任意の5個で十分に判別することが可能である。
(イ)令和4年8月5日提出の特許権者による意見書によれば、数平均壁厚を測定する基本的な手順は以下の通りである。
「(i)マイクロカプセル液を基材面に塗工し、凍結割断により断面を作成する
(ii)作成した断面をSEMにより観察する
(iii)図Bのように、任意に5本の線を引き(図B中のA−(1)〜A−(5))(当審注:(数字)は○の中に数字を示す。以下、同様。)、各々の線に最も近いカプセル5個を選定して各々の壁厚(上/下/左/右の4点)を測定し、平均値を求める。4点の壁厚の測定箇所(No.1:上、NO.2:下、No.3:左、No.4:右)を図Cに示す。
なお、図Bは、塗工後の塗膜の膜面方向に直交する断面を示すSEM画像であり、図Cは、マクロカプセル粒子の断面の形状及び壁厚の測定位置を示すSEM画像である。
[図B] [図C]


(ウ)また、同意見書において、具体的に、任意の5個の粒子を選定した測定において、数平均壁厚の値に大きなばらつきが生じないことを以下主張している。

「(i) 本件特許の実施例1の記載に準じてマイクロカプセル液を調製し、マイクロカプセル液を下塗り層を有するPET基材に塗工し、さらに上から樹脂を塗工し、凍結割断により断面を作成する。
(ii) 作成した断面をSEMで観察する。
(iii) 断面のSEM画像に、図Bのように任意に5本の線(黒線A−(1)〜A−(5))を引き、最も線に近いマイクロカプセル5個を選定して各カプセルの上/下/左/右の4箇所の壁厚(図CのNo.1〜No.4)を測定し、平均値を求める(測定A)。この操作を、他の任意の5本の線(青線B−(1)〜B−(5)(測定B)、赤線C−(1)〜C−(5)(測定C))について繰り返し行う。
なお、(i)の樹脂を上から塗工する処理は、測定しにくい場合に樹脂固定する手法であり、この手法は分析に関わる当業者間では技術常識である。

上記のように測定した結果を下記表Aに示す。上/下/左/右の4箇所の測定値の単位は「nm」である。


上記表Aに示されるとおり、任意に選択した3つの測定(測定A、測定B、測定C)間において、ばらつきは小さく、有意な差は認められていない。」

(エ)前記(イ)(ウ)の主張及び立証は妥当なものといえるから、測定者の主観によって本件特許発明1、2、4、6に含まれるものと含まれないものとは生じ得ず、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確と言えるものでもない。本件特許発明1、2、4、6を引用する本件特許発明3、5、7〜15についても同様である。

イ 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、令和4年5月13日提出の上申書に添付した試験結果報告書に基づいて、選択したマイクロカプセルの測定位置により算出される「数平均壁厚」が大きく変動すると主張する。

ウ 特許異議申立人の主張についての判断
試験結果報告書の図1は、「法線」方向からみた「TEM画像」であり、本件特許発明に記載の「断面」の「SEM画像」ではなく、画像がぼやけて不鮮明である。そのため、画像を観察して求める手法では不鮮明な分どうしても測定が難しくなり、値にバラッキが生じやすく、これをもって、数平均壁厚のばらつきを論じるのは適当ではない。
そうすると、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

(3)マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、マイクロカプセルの内包物の質量の比
ア 判断
本件特許発明における「比」を求めるために必要な対象は、「カプセル壁の固形量」と「カプセル壁以外の内包物の全体量」であり、いずれも特殊な物性値というものではなく、単に含有質量である。マイクロカプセルにおける質量の比率を考える場合、通常、マイクロカプセルを形作るカプセル壁と、カプセル壁によって内包された内包物と、に分け、マイクロカプセル全体からカプセル壁又は内包物を減じることで両者の質量を求めることは、当業者が当然行うごく一般的な手法に過ぎず、この方法で足りることが当業者において容易に理解できる。具体的には、組成物からマイクロカプセルを取り出し、カブセル壁材とカプセル壁材以外の成分とを分離して質量を求めればよく、マイクロカプセルからその内包物を取り除けばカプセル壁だけが残り、このカプセル壁の質量をマイクロカプセルの質量から差し引くことで内包物の質量も求まる。この点に関連して、例えば特表2005−522313号公報の段落[0034]には、上記方法と同様の方法でマイクロカプセルからコア(油脂)を取り出している例が開示されている。上記の方法は、当業者間において知られた手法であると言うことができる。即ち、下記(1)〜(3)より得た質量から、上記「比」を容易に算出することができる。
(1)遠心分離によりマイクロカプセルのみを分取する。
(2)分取したマイクロカプセルを破壊し、溶媒(ヘキサンや、アセトン、メタノール等)でカプセル壁以外の不要物を抽出して遠心分離で分取し、カプセル壁のみとする。
(3)上記(1)のマイクロカプセルの質量から上記(2)のカプセル壁の質量を減算することで、カプセル壁以外の成分の質量を求める。
したがって、マイクロカプセルのカプセル壁の質量とマイクロカプセルのカプセル壁以外の成分の質量とを直接的に測定することが可能であり、通常の質量測 定方法からは考えることができないものでは全くなく、これらを合理的に推定する方法も当業者にとって自明でないともいえないのである。そして、上記「比」の算出に必要な質量は、マイクロカプセルから一義的に定まることは上記から明らかである。そうすると、本件特許発明3〜5に含まれるものと含まれないものとを明確に区別することができないものではなく、第三者に不足の不利益を及ぼすほどに不明確と言い得るものでもない。
本件特許発明3〜5を引用する本件特許発明6〜15についても同様である。

イ 特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、令和4年5月13日提出の上申書において、本件特許明細書の【表1】には、「マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、マイクロカプセルの内包物の質量の比」として、「8.2」という数字が11個も記載されており、実施例と比較例の合計は20例であるから、偶然に同じ数字が11個も並ぶことは考えらず、本件特許明細書を注意深く分析する当業者であれば、確信はないまでも、「8.2」という数字は、「8.16」を四捨五入したものであると推測する方が自然であり、特許権者が意見書で主張するような測定の結果であるとは考えず、したがって、特許権者の主張は、明細書の記載にも、当業者の技術常識にも基づいておらず、仮に、「マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、マイクロカプセルの内包物の質量の比」が原料中の質量比であるとすると、本件特許の特許請求の範囲の記載は、部分的にいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当し、本件特許の特許請求の範囲の記載は明確性を欠くことになると主張する。

ウ 特許異議申立人の主張についての判断
偶然に同じ数字が11個も並ぶからといって、「8.2」という数字は「8.16」を四捨五入したものであると直ちに言えるものではなく、特許異議申立人は、その数値が上記アによる実測値と異なることを実証していない以上、「8.2」という数字は「8.16」を四捨五入したものであるとするのはあくまで推測にすぎないから、「マイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、マイクロカプセルの内包物の質量の比」が原料中の質量比であるとはいえず、また、本件特許の特許請求の範囲の記載は、部分的にいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものとはいえない。
そうすると、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 理由2−1(サポート要件)本件特許の請求項1〜10に係る特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
2 理由2−2(実施可能要件)本件特許の請求項1〜15に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。
3 理由3−1(新規性)本件発明1、2、10〜12、15は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
4 理由3−2(進歩性)本件特許の請求項1〜15に係る発明は、本件特許優先日前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証〜甲第8号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

1 理由2−1(サポート要件)について
(1)特許異議申立理由
ア サポート要件について、平成17年11月11日の知財高裁特別部(大合議)判決は、次のように述べている。
「本件発明は,特性値を表す二つの技術的な変数(パラメータ)を用いた一定の数式により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その数式が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。」
上述の大合議判決は数式を用いたパラメータ発明について述べているが、数値限定発明においても、限定された数値の範囲によって得られる効果との関係の技術的意味を当業者において認識できる程度に記載しなければならないことは明らかである。そこで、以下、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、請求項2、請求項4及び請求項6において、「前記マイクロカプセルの数平均壁厚」の数値が限定されている点に関して、明細書に、数平均壁厚の数値を限定することによって得られる効果との関係の技術的意味を当業者が認識できる程度に記載されているか否かを検討する。
イ まず、前提として、上記の各請求項における「数平均壁厚」の数値限定の範囲を確認しておく。
請求項1:50nm〜200nm
請求項2:50nm〜100nm
請求項4:10nm〜200nm
請求項6:20nm〜100nm
以上に対して、明細書では、数値の限定理由として、次の記載がある。
「マイクロカプセルの数平均壁厚は、10nm〜200nmの範囲である。
マイクロカプセルの数平均壁厚が10nm以上であると、製造上適している。また、マイクロカプセルの数平均壁厚が200nm以下であると、内包物の含有量が少なくなり過ぎず、良好な色相差を実現することができる。マイクロカプセルの数平均壁厚は、カプセル壁材の種類、カプセル中の内包物の内包量、及びカプセルの粒径等の種々の条件に依存するが、発色濃度を高める観点から、20nm〜200nmの範囲が好ましく、20nm〜l00nmがより好ましく、20nm〜50nmが更に好ましい。」(【0053】)
ウ 以上の記載によれば、数平均壁厚を50nm以上にしなければならない理由は記載されていない。本件発明が解決しようとする課題は、「熱が付与された際の温度差が広範な色相の変化として現れる熱応答性材料を提供すること」(【0007】)であるが、この課題の解決のために数平均壁厚が大きい方が有利であることは考えられず、むしろ、数平均壁厚は小さい方が有利であると考えられる。したがって、数平均壁厚の下限は、「製造上適している」(【0053】)という理由によって定まるはずである。事実、上述のとおり、明細書には、「20nm〜50nmが更に好ましい」(【0053】)と記載されているのであって、50nmは上限として記載されている。したがって、請求項1及び請求項2は、数平均壁厚の下限に関してサポート要件を充足していない。
エ 次に、数平均壁厚の上限について検討する。明細書は、「本開示の熱応答性組成物では、マイクロカプセルの壁の厚み(壁厚)が10nm〜200nmと薄いので、従来のマイクロカプセルに比べ、着色されたマイクロカプセルの着色濃度が高められ、熱が与えられた際の変色作用による色相差が顕著に現れる。」(【0017】)と記載している。熱によって消色する発色色素はマイクロカプセルの内部にあるから、壁厚が薄い方が変色作用による色相の変化を見やすいことは当然であるが、明細書は、壁厚の上限を200nmとしなければならない理由を特に記載していない。
この点について、【表1】(【0126】)では、実施例17の壁厚が200nmであるのに対して、比較例1の壁厚は250nmである。実施例17と比較例1は、壁厚(壁厚と連動して変化する内容物/壁[質量比]を含む。)を除いて同じ条件である。そして、加熱前後の色相差△H*が、実施例17では10.9であるのに対して、比較例1では6.7である。
明細書は、「マイクロカプセルに内包された発色色素の色相と、色材の色相と、は互いに異なる色相の組み合わせとされていることが好ましい。色相が異なることで、熱時の変色により色相差が現れやすく、視覚的に顕著な違いを表すことができる。この場合、発色色素の色相と色材の色相との色相差は、熱の付与の前後において、10〜20の範囲が好ましい。色相差が10以上であると、温度に応答して現れる色相変化が大きく得られる。」(【0085】)と記載しているから、比較例1は、色相差が10未満であるから比較例となっていると思われる。しかし、第1に、明細書には、なぜ、色相差が10以上であることが望ましいかの記載はなく、第2に、すべての実施例及び比較例1では、発色剤の発色時の色がほぼ黒であるために、色相差によって実際に目に見える色相の変化を評価することはできない。したがって、「熱が付与された際の温度差が広範な色相の変化として現れる熱応答性材料を提供すること」(【0007】)という課題が解決されたか否かを色相差によって判別することはできない。以下、壁厚(壁厚と連動して変化する内容物/壁[質量比]を含む。)を除いてマイクロカプセルの構成が同一である、実施例1、実施例10、実施例17及び比較例1によってこの点を明らかにする。
まず、発色剤Aがいかなるものであるかを明らかにしておく。明細書は、「マイクロカプセルは赤色系の発色色素により着色されている。」(【0100】)と記載しているが、当業者は、発色剤Aの色をその構造から黒と認識している。また、発色状態の発色剤Aがほとんど無彩色であることは、実施例6及び実施例11を見ても明らかである。
実施例6は内包物/壁[質量比]が大きく、実施例11は壁厚が小さいから、発色状態における発色剤Aの色を知る手掛かりになる。加熱前のL*、a*、b*の値を見ると、L*の値が約40であって、a*及びb*の値が小さい。L*は明度であり、a*は赤色、b*は黄色の強さを表し、a*及びb*の値がマイナスになると、それぞれ、緑色及び青色を表す。したがってL*の値が約40であって、a*及びb*の値が小さいことにより、発色剤Aは、発色状態において、ほとんど色彩のない、黒に近い色であることが分かる。なお、明細書には記載されていないが、当業者であれば、発色剤Bの色もその構造から黒と認識する。
したがって、【表1】は、黒に近い色が消えることにより、色材の赤が現れることを示しているにすぎない。黒に近い色であっても、何らかの色成分は含まれているから、分光測色計を用いれば、L*、a*、b*を測定することができる。したがって、色材の赤が現れた後のL*、a*、b*との差を求めて、公式に代入することによって色相差を計算することも可能である。しかし、このような場合には、色相差は、人間の目が認識できる色相の変化の指標とはなり得ない。
前述のとおり、実施例1、実施例10、実施例17及び比較例1では、壁厚(壁厚と連動して変化する内容物/壁[質量比]を含む。)以外の条件が等しいから、それぞれの壁厚について、横軸にa*、縦軸にb*をとって、加熱による色相の変化をグラフで表してみると、第1図のようになる。壁厚が異なっても、ほぼ同様の変化を示している。したがって、壁厚を200nm以下にすることの技術的意味はない。


第1図
なお、明細書において、発色剤Aは、「赤色系の発色色素」(【0100】)と記載されているが、実際には黒っぽい色であり、【表1】に示されている分光測色計による測定結果によれば、「赤色系」ではなく、やや黄色味を帯びていることがわかる。このことは、加熱前の(a*,b*)の値の関係が第2図のようになっていることで確認できる。

第2図
さらに壁厚と加熱前の明度L*及び彩度C*の関係は第3図のようになっている。壁厚が大きくなることによって明度L*が大きくなり、彩度C*が小さくなっている。これは、マイクロカプセルの壁が白く見えるために、壁厚が大きくなれば明度L*が大きくなり、その反面、彩度C*が小さくなるという当然の結果が示されているだけであり、膜厚を200nm以下にする技術的理由は見いだせない。

第3図
オ 以上に述べた点に加えて、より本質的な問題は、【表1】には、発色時がほぼ黒色の発色剤と赤色の色材の組合せしか記載されていないことである。それにもかかわらず、特許請求の範囲のどの請求項にも、色に関する限定はない。
明細書に、「本発明の他の実施形態が解決しようとする課題は、熱が付与された際の温度差が広範な色相の変化として現れる熱応答性材料を提供することにある。」(【0007】)と記載されていることからすれば、当然、黄色の発色剤と赤色の色材を組み合わせて、発色剤の発色時にオレンジ色を示し、加熱によって消色することにより、赤色が白色で薄まったピンク色に変化するような「熱応答性組成物」も特許請求の範囲に含まれていると解さざるを得ない。しかし、そのような場合に、色相差△H*を10〜20にすることによって課題が解決されることも、マイクロカプセルの膜厚を200nm以下にすることによって色相差△H*を10〜20にすることができることも、明細書には記載されていない。
したがって、仮に、【表1】に記載された実施例及び比較例によって数平均壁厚の上限を200nm以下とすることを導き出せると無理に解釈しても、それは、発色剤がほとんど無彩色の黒っぽい色である場合に限定される。よって、いずれにしても、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、請求項2、請求項4及び請求項6における、「前記マイクロカプセルの数平均壁厚」の数値限定は明細書によってサポートされていない。
オ 請求項1、請求項2、請求項4及び請求項6以外の請求項も、これらのいずれかの請求項に従属しているから、同様である。

(2)当審の判断
本件特許発明の課題は、本件特許明細書【0007】の記載からみて、熱が付与された際の温度差が広範な色相の変化として現れる熱応答性組成物を提供することにあると認める。
ここで、本件特許明細書【0017】の「熱が付与された際、変色温度調整剤の作用を受けてマイクロカプセル内の発色色素の色濃度が低下するに従い、マイクロカプセル内の発色色素の色相と色材の色相との混色となって変色し、変色前の色相に対して色相差が発現し、被検体の温度状態を色の変化(すなわち色相差)として表すことができる。」及び「本開示の熱応答性組成物では、マイクロカプセルの壁の厚み(壁厚)が10nm〜200nmと薄いので、従来のマイクロカプセルに比べ、着色されたマイクロカプセルの着色濃度が高められ、熱が与えられた際の変色作用による色相差が顕著に現れる。」という作用機序の記載からみて、熱応答組成物が色材を含有し、マイクロカプセルの壁厚が特定範囲で薄いことにより、上記課題を解決できることを理解できる。さらに、本件特許明細書【表1】からみても、マイクロカプセルの数平均壁厚が12nm(実施例18)〜200nmであるマイクロカプセルを含有する熱応答性組成物について、良好な色相差△H*と認められる10以上が得られていることを確認でき、マイクロカプセルの数平均壁厚の下限が50nmである本件特許発明1及び2は上記課題を解決でき、マイクロカプセルの数平均壁厚の上限が200nmである本件特許発明2及び4は上記課題を解決できるといえ、これらのいずれかの請求項に従属している請求項3、5、7〜15も同様である。
そして、上記作用機序が、発色色素と色材の色の組合せによっては異なるものとなるということはできないし、特許異議申立人は、上記課題を解決できるのが黒色の発色剤の場合に限られることを具体的な証拠をもって示しているものでもない。
そうすると、発明の詳細な説明の内容を参酌すれば、本件特許発明1〜15が、前記課題を解決できると認識できる範囲にあると認められる。

2 理由2−2(実施可能要件)について
(1)特許異議申立理由
本件特許明細書には、発色剤が有色(青、黄などの色彩を有する)場合についての実施例が全くないことから、当業者が本件発明を実施しようとすると、相当程度の試行錯誤が必要となり、本件特許の明細書は実施可能要件を充足していない。

(2)当審の判断
本件特許発明は、「熱応答性組成物」に係る物の発明であるところ、その「熱応答性組成物」を調整する方法については本件特許明細書【0092】に記載されており、当該記載により、発色剤が有色(青、黄などの色彩を有する)場合にも、発色剤が黒色の場合と同様に「熱応答性組成物」に係る物を生産できるといえるから、当業者が本件特許発明を実施しようとすると、相当程度の試行錯誤が必要とはならず、本件特許の明細書は実施可能要件を充足しているといえる。

3 理由3−1(新規性)及び理由3−2(進歩性)について

(1)甲号証について
甲第1号証:特開平3−17181号公報
甲第2号証:特開2012−158621号公報
甲第3号証:特開昭50−81157号公報
甲第4号証:特開2005−89576号公報
甲第5号証:特開2004−255632号公報
甲第6号証:特開平3−231394号公報
甲第7号証:特開2014−213543号公報
甲第8号証:特開2009−166310号公報

(2)甲号証の記載について
ア 甲第1号証(以下、「甲1」という。)
1a「2.特許請求の範囲
1)(a)電子供与性無色有機色素と(b)サリチル酸共縮合樹脂と(c)任意の融点を有する非揮発性疏水性化合物を成分とする可逆性熱変色材料
2)(a)電子供与性無色有機色素と(b)サリチル酸共縮合樹脂と(c)任意の融点を有する非揮発性疏水性物質からなる成分をマイクロカプセル壁膜中に内包させてなる請求項1記載の可逆性熱変色材料」
1b「本発明は(a)電子供与性無色有機色素の種類により色を選び、(b)サリチル酸共縮合樹脂で発色させて、(c)任意融点を有する非揮発性疏水性化合物の種類によって変色温度を決定することができる。以上の成分からなる可逆性熱変色材料は、そのまま色材として用いるか、又はマイクロカプセルに内包させて、より安定でかつ取り扱い容易な見かけ上安定な固体状態で使用される系が多い。」(第2ページ右上欄第6〜13行)
1c「以下本発明で使用する(a)電子供与性無色色素を具体的に例示する。
トリフェニルメタン系、フルオラン系、ジフェニルメタン系、チアジン系、スピロピラン系化合物等が挙げられる。例えば、3,3−ビス(p−ジメチルアミノフェニル)−6−ジメチルアミノフタリド、3−(4−ジエチルアミノ−2−エトキシフェニル)−3−(1−エチル−2−メチルインドール−3−イル)−4−アザフタリド、3−ジエチルアミノ−6−メチル−7−クロロフルオラン、3−ジエチルアミノ−7−クロロフルオラン、3−(N−シクロヘキシルアミノ)−7−メチルフルオラン、3−ジエチルアミノ−7−メチルフルオラン、3−ジエチルアミノ−6−クロロ−7−メチルフルオラン、3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン、3−ジエチルアミノ−7−アニリノフルオラン、3−ジエチルアミノ−6−メチル−7−ジベンジルアミノフルオラン、3−(N−エチル−N−p−トルイジノ)−7−アニリノフルオラン、3−ジエチルアミノ−7−(o−クロロアニリノ)フルオラン、3−ジブチルアミノ−7−(o−クロロアニリノ)フルオラン、3−ジエチルアミノ−6−メチル−7−アニリノフルオラン、3−(N−エチル−N−p−トルイジノ)−6−メチル−7−アニリノフルオラン、3−(N−メチル−N−シクロヘキシルアミノ)−6−メチル−7−アニリノフルオラン、3−ピペリジノ−6−メチル−7−アニリノフルオラン、3−ピロリジノ−6−メチル−7−アニリノフルオラン、3−ジエチルアミノ−7−(m−トリフルオロメチルアニリノ)フルオラン、3−(N−エチル−N−イソペンチルアミノ)−6−メチル−7−アニノリフルオラン、3−ジエチルアミノ−6−メチル−7−(p−フェネチジノ)フルオラン、3−ジブチルアミノ−7−(o−フルオロアニリノ)フルオラン、マラカイトグリーンラクトン、ミヒラーヒドロール、クリスタルバイオレットカービノール、マラカイトグリーンカービノール、N−(2,3−ジクロロフェニル)ロイコオーラミン、N−ベンゾイルオーラミン、N−アセチルオーラミン、N−フェニルオーラミン、ローダミンBラクタム、2−(フェニルイミノエタンジリデン)3,3−ジメチルインドリン、N−3,3−トリメチルインドリノベンゾスピロピラン等が挙げられる。」(第2ページ左下欄第10行〜第3ページ左上欄第14行)
1d「(c)任意の融点を有する非揮発性疏水性化合物としてはアルコール類、エステル類、エーテル類、ケトン類、カルボン酸類等があり、具体的には次の様なものが例示される。
(1)アルコール類:
アルコール類としては1価アルコールから多価アルコール及びその誘導体がある。具体的には例えば、n−オクチルアルコール、n−ノニルアルコール、n−デシルアルコール、n−ラウリルアルコール、n−ミリスチルアルコール、n−セチルアルコール、n−ステアリルアルコール、n−アイコシルアルコール、n−ドコシルアルコール、n−メリシルアルコール、イソセチルアルコール、イソステアリルアルコール、イソドコシルアルコール、オレイルアルコール、シクロヘキサノール、シクロペンタノール、ベンジルアルコール、シンナミルアルコール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、ヘキシレングリコール、シクロヘキサン−1,4−ジオール、トリメチロールプロパン、1,2,6−ヘキサントリオール、ペンタエリスリット、ソルビット、マンニット等である。
(2)エステル類:
具体的には例えば、酢酸アミル、酢酸オクチル、プロピオン酸ブチル、プロピオン酸オクチル、プロピオン酸フェニル、カプロン酸エチル、カプロン酸アミル、カプリル酸エチル、カプリル酸アミル、カプリン酸エチル、カプリン酸アミル、カプリン酸オクチル、ラウリン酸メチル、ラウリン酸エチル、ラウリン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、ラウリン酸オクチル、ラウリン酸ドデシル、ラウリン酸ヘキシル、ラウリン酸セチル、ラウリン酸ステアリル、ミリスチン酸メチル、ミリスチン酸エチル、ミリスチン酸ブチル、ミリスチン酸ヘキシル、ミリスチン酸オクチル、ミリスチン酸ラウリル、ミリスチン酸ミリスチル、ミリスチン酸セチル、ミリスチン酸ステアリル、パルミチン酸メチル、パルミチン酸エチル、パルミチン酸ブチル、パルミチン酸ヘキシル、パルミチン酸オクチル、パルミチン酸ラウリル、パルミチン酸ミリスチル、パルミチン酸セチル、パルミチン酸ステアリル、ステアリン酸メチル、ステアリン酸エチル、ステアリン酸ブチル、ステアリン酸ヘキシル、ステアリン酸オクチル、ステアリン酸ラウリル、ステアリン酸ミリスチル、ステアリン酸セチル、ステアリン酸ステアリル、ペヘニン酸メチル、ペヘニン酸エチル、ペヘニン酸プロピル、ペヘニン酸ブチル、安息香酸エチル、安息香酸ブチル、安息香酸アミル、安息香酸フェニル、アセト酢酸エチル、オレイン酸メチル、オレイン酸ブチル、アクリル酸ブチル、シュウ酸ジエチル、シュウ酸ジブチル、マロン酸ジエチル、マロン酸ジブチル、酒石酸ジブチル、セバチン酸ジブチル、セバチン酸ジメチル、フタル酸ジメチル、フタル酸ジブチル、フタル酸ジオクチル、フマール酸ジブチル、マレイン酸ジエチル、マレイン酸ジブチル、クエン酸トリエチル、12−ヒドロキシステアリン酸トリグリセライド、ヒマシ油、ジオキシステアリン酸メチルエステル、12−ヒドロキシステアリン酸メチルエステル等である。
(3)エーテル類:
具体的には例えば、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジフェニルエーテル、ジステアリルエーテル、ブチルエーテル、ヘキシルエーテル、ジイソプロピルベンジルエーテル、ジフェニルエーテル、ジオキサン、エチレングリコールジブチルエーテル、ジエチレングリコールジブチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、エチレングリコールジフェニルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテル等である。
(4)ケトン類:
具体的には例えば、ジフェニルケトン、ジスチリルケトン、ジエチルケトン、エチルブチルケトン、メチルヘキシルケトン、メシチルオキシド、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノン、アセトフェノン、プロピオフェノン、ベンゾフェノン、2,4−ペンタンジオン、アセトニルアセトン、ジアセトンアルコール、ケトンワックス等である。
(5)カルボン酸類:
カルボン酸としては、モノカルボン酸からポリカルボン酸及びその誘導体がある。具体的には例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、インステアリン酸、ペヘニン酸、クロトン酸、オレイン酸、エライジン酸、リノール酸、リノレン酸、モノクロル酢酸、モノプロム酢酸、モノフロル酢酸、グリコール酸、ヒドロキシプロピオン酸、ヒドロキシ酢酸、リシノール酸、12−ヒドロキシステアリン酸、乳酸、ピルビン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、セバチン酸、リンゴ酸、酒石酸、キッコウ酸、マレイン酸、フマール酸、ナフテン酸、安息香酸、トルイル酸、フェニル酢酸、p−ターシャリーブチル安息香酸、桂皮酸、クロル安息香酸、ブロム安息香酸、エトキシ安息香酸、マンデル酸、プロトカテキュー酸、バニリン酸、レゾルシン酸、ジオキシ安息香酸、ジオキシクロル安息香酸、没食子酸、ナフトエ酸、ヒドロキシナフトエ酸、フタル酸、フタル酸モノエチルエステル、ナフタレンジカルボン酸、ナフタレンジカルボン酸モノエチルエステル、トリメリット酸、ピロメリット酸等が挙げられる。
上記化合物は単独で用いてもよく任意の融点を得るために二種以上を混合して用いてもよい。
可逆性熱変色材料における各成分の使用比は(a)色素と(b)サリチル酸樹脂と(c)疏水性有機化合物は重量比で(a):(b):(c)=1:0.1〜100:10〜1000が一般的であるが、(a):(b):(c)=1:0.1〜50::10〜100の範囲がより好ましい。
可逆性熱変色材料は、上記の成分以外に変色の性能を損なわない範囲内で変色性のない染料、顔料、可塑剤、紫外線吸収剤、増粘剤、接着剤、ワックス類、レベリング剤等を必要に応じて添加することができる。」(第3ページ左下欄第13行〜第5ページ左上欄第8行)
1e「可逆性熱変色材料をIn−Situ法で内包したマイクロカプセルの粒径は1〜100μ、壁膜厚は0.05〜5μの範囲が好ましい。
可逆性熱変色材料を内包したマイクロカプセル液はそのままで水性インキあるいは水性塗料として用いるか、又は濾過、遠心分離、乾燥等の処理により粉体として用いても良い。この粉体化されたマイクロカプセルは樹脂中に溶融混合させたり、繊維に付着させたり、再度油性インキとしてシルクスクリーン、グラビア、オフセット、フレキリ等の方法により紙、フィルム、磁器、ガラス等に印刷して使用することができる。
〔実施例〕
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
サリチル酸共縮合樹脂の合成
合成例1
サリチル酸27.6g(0.2モル)、α−メチルベンジルクロライド112.4g(0.8モル)および触媒として塩化亜鉛15.2gをガラス製の反応器に仕込み窒素ガスを通気して第一段の反応を温度60〜90℃で5時間および135℃で2時間行ない、共縮合樹脂〔A〕を得た。
合成例2
サリチル酸27.6g(0.2モル)、ベンジルクロライド55.7g(0.44モル)および触媒として無水塩化亜鉛(純度90%)0.3gをガラス製反応器に仕込み、窒素ガスを通気して反応温度70〜100℃で3時間および120℃で5時間反応を行なって第一段の反応を終了した。
ひきつづき、1,2−ジクロロエタン136gを装入し反応した樹脂を溶解させてから温度0〜2℃まで冷却した。これに95%硫酸7.2gを加え、激しく攪拌しながら同温度でスチレン41.6g(0.4モル)を3時間かけて滴下した。その後、同温度で2時間反応を行った後、溶剤の1,2−ジクロロエタンを留去して共縮合樹脂〔B〕を得た。
実施例1
下記成分を混合、加熱溶解して内部相とした。
3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン 2部
サリチル酸共縮合樹脂〔A〕 3部
パルミチン酸メチル 95部
(部は重量部)
エチレン無水マレイン酸(モンサント「EMA−31」)の10%水溶液50gおよび水120gを混合し、10%NaOH水溶液でpHを4.0とした後、40℃に保温して上記内部相100gをホモミキサーで乳化した後、固型分50%のメチル化メチロールメラミン水溶液(三井東圧化学(株)「ユーラミンT−30」)60gを加え、攪拌下60℃で3時間保持して、平均粒子径10μのマイクロカプセル液を得た。
このマイクロカプセル50gに10%ポリビニルアルコール10gを加え混合攪拌した後、上質紙上に乾燥塗布量が8g/m2になるように塗布、乾燥して可逆性熱変色シートを得た。
この可逆性熱変色シートを加温して変色温度、色相およびマクベス濃度計で濃度を測定した。数値が大きいほど高い濃度を示す。
可逆性熱変色シートをカーボンアークフェードメーター(スガ試験機製)に1時間曝露し照射後の発色濃度をマクベス濃度計を用いて測定して、試験前の変色シートと比較した。
数値が大きく、かつ試験前との差が小さいほど光による退色が少なく好ましい。
(a)、(b)、(c)の各成分及び上記試験の結果を実施例2〜5及び比較例の結果と共に表−1に示す。
実施例2〜5
(a)電子供与無色有機化合物、(b)サリチル酸共縮合樹脂、(c)任意の融点を有する非揮発性疏水性化合物の種類を変えた以外は実施例−1と同様にして変色シートを作成し試験を行なった。
比較例
サリチル酸共縮合樹脂をビスフェノールAに変えて以下の組成でマイクロカプセル化を行なった以外は実施例−1と同様にして変色シートを作成し試験を行なった。
3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン 5部
ビスフェノールA 10部
セチルアルコール 85部
(部は重量部)

表−1から明らかなように、サリチル酸を樹脂化したサリチル酸共縮合樹脂を用いた可逆性熱変色シートは高い発色濃度を示し、発色−消色の応答に敏感であり、非揮発性疏水性化合物の融点降下現象が小さく、耐光堅牢度にも優れていることがわかる。」(第5ページ右上欄第20行〜第7ページ左上欄第6行)

イ 甲第2号証(以下、「甲2」という。)
2a「【請求項1】
ロイコ染料と顕色剤と消色剤とをコア成分とし、ビニル系樹脂をシェル成分とするコアシェル構造を有する粒子が分散されている分散液であって、
前記粒子は粒子径が30〜400nmであり、前記消色剤は融点が80℃以上、凝固点が20℃以下である芳香族系脂肪酸エステル化合物を含む粒子分散液。
・・・
【請求項5】
前記シェルの膜厚が粒子径の5%以内である、請求項1から4のいずれかに記載の粒子分散液。」


ウ 甲第3号証(以下、「甲3」という。)
3a「特許請求の範囲
1 (イ)電子供与性呈色性有機化合物と、(ロ)フェノール性水酸基を有する化合物の金属塩及びまたはカルボン酸金属塩と、(ハ)アルコール類、エステル類、ケトン類、エーテル類から選んだ一種または二種以上の化合物を必須成分とした熱変色性材料。
・・・
3 (イ)電子供与性呈色性有機化合物と、(ロ)フェノール性水酸基を有する化合物の金属塩及びまたはカルボン酸金属塩と、(ハ)アルコール類、エステル類、ケトン類、エーテル類から選んだ一種または二種以上の化合物を必須成分とし、これを徴小カプセルに内包した特許請求の範囲第1項記載の熱変色性材料。」
3b「即ち、本発明を構成する基本的な熱変色性材料は、(イ)電子供与性呈色性有機化合物、(ロ)フェノール性水酸基を有する化合物の金属塩及びまたはカルボン酸金属塩、(ハ)アルコール類、エステル類、ケトン類、エーテル類のいずれかより選んだ化合物よりなるか又は更に(ニ)フェノール性水酸基を有する化合物及び又はカルボン酸より選んだ化合物を併用した組成物は、その変色温度領域が大略−100℃〜+200℃で日常生活温度域を充分にカバーしている。又、0℃以下特にマイナス数十度(℃)における変色を可能にしたことは従来の熱変色性素材には全くみられない大きな特徴であって熱変色性素材を低温産業まで拡大できたことは産業上の安定性、便利性への寄与はきわめて大である。さらに本発明による熱変色性材料の最大の特徴は変色する温度及び色の種類の組み合せを自由自在に選ぶことができることである。
即ち、前記の(イ)成分で色を選び、(ロ)又は(ロ)プラス(ニ)成分で呈色させて濃度を定めさらに(ハ)成分のいずれかの化合物の種類または配合量で変色温度点を決定することができる。換言すれば、大略−100℃〜200℃の間の温度において赤、青、黄、緑、橙、紫、黒その他配色により微妙な色まで有色から無色に、無色から有色へと変化させることが前記物質を適宜組み合せることにより可能である。」(第2ページ左下欄第14行〜右下欄第19行)
3c「実施例181
0.5gのヘキサメチレンビスクロロホルメートを実施例101で得られた熱変色性材料30gに80℃で加温溶解し、これを5%ゼラチン水溶液200g中に滴下し、微小滴になる様攪拌する。続いて3gのヘキサメチレンジアミンを50gの水に溶解し、これを先きに攪拌を続けている溶液中に徐々に添加し、約50℃に保って4時間攪拌を続けるとヘキサメチレンビスクロロホルメートが熱変色性材料の微小滴と水の界面でヘキサメチレンジアミンと反応し、水及び熱変色性材料に不溶性の固状のポリウレタンを生成し、これが熱変色性材料を被覆して熱変色性材料内包カプセルが得られる。
以上のようにして製造したカプセルは、これをろ過、遠心濃縮、乾燥等の後処理を施したりあるいは施さずにそのままの状態で使用する。以下の実施例についても同様。」(第19ページ左下欄第1〜17行)

エ 甲第4号証(以下、「甲4」という。)
4a「【請求項1】
可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させたインキを筆記先端から流出させる筆記具において、温度変化による様相変化により、少なくとも三段階の温度を択一的に視覚判別させる、温度識別性の筆跡を形成する筆記具であって、前記インキは、温度−色濃度曲線における、高温側変色開始温度(t3 )と高温側完全変色温度(t4 )との間、又は低温側変色開始温度(t2 )と低温側完全変色温度(t1 )との間の各過渡的変色温度域の温度幅が2〜10℃の可逆熱変色性マイクロカプセル顔料が水性媒体中に3〜30重量%配合されてなり、前記過渡的変色温度域における色濃度の明度値が少なくとも8.5以下であり、完全発色温度域、及び完全変色(消色を含む)温度域における色濃度の中間値を示し、前記視覚濃度の変化に伴う様相変化により、対応する温度を識別させる筆跡を形成する感温変色性温度識別性筆記具。
【請求項2】
前記マイクロカプセル顔料中、又はインキ中に非熱変色性着色剤が配合されており、過渡的変色温度域において色相変化による多段変化を示す、請求項1記載の感温変色性温度識別性筆記具。」
4b「【0008】
前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は、従来より公知の(イ)電子供与性有機化合物、(ロ)電子受容性化合物、及び(ハ)前記両者の呈色反応の生起温度を決める反応媒体、の必須三成分を少なくとも含む可逆熱変色性組成物をマイクロカプセル中に内包させたものが有効であり、発色状態からの加熱により消色する加熱消色型として、本出願人が提案した、特公昭51−44706号公報、特公昭51−44707号公報、特公平1−29398号公報等に記載のものが利用できる。前記は所定の温度(変色点)を境としてその前後で変色し、高温側変色点以上の温度域で消色状態、低温側変色点以下で発色状態を呈し、前記両状態のうち、常温域では特定の一方の状態しか存在しない。即ち、変色に要した熱又は冷熱の適用がなくなれば、常温域で呈する状態に戻るタイプであり、ΔH(ヒステリシス温度幅)は、3〜10℃の範囲が適性である(図5、図6、図7参照)。
ΔHが10℃を越えると前記変色に要した熱または冷熱を取り去った後にあっても、常温域で変色状態を記憶保持しており、自然復帰させ難く、本発明が要求する可逆性を満足させない。」
4c「【0025】
実施例7
加熱消色型可逆熱変色性マイクロカプセル顔料〔高温側変色点(t3 :─6℃、t4 :4℃)、低温側変色点(t1 :─8℃、t2 :2℃)、青色←→無色の色変化、平均粒子径:2.5μm、可逆熱変色性組成物/壁膜=2.6/1.0)〕のマイクロカプセルスラリー44.0部(固形分13.2部)をグリセリン5.00部、プロキセルXL−2(防黴剤、ゼネカ株式会社製)0.70部、SNデフォーマー 381(シリコーン系消泡剤、サンノプコ株式会社製)0.1部、食用赤色3号0.15部、及び水42.20部からなる水性媒体中に均一に分散状態となした後、セロサイズWP−09L(水溶性高分子凝集剤:ヒドロキシエチルセルロース、ユニオンカーバイド日本株式会社製)5.00重%を含む水溶液8.00部を攪拌しながら、前記分散状態にある液中に添加して、前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料をゆるやかな凝集状態に懸濁させた凝集系感温変色性温度識別性インキを調製した。
前記インキの粘度をB型粘度計にてBLアダプターを適用し、25℃で測定した結果、測定回転数60rpmで4.4mPa・sであった。
筆記具の作製
ポリエステルスライバーを合成樹脂フィルムで被覆した繊維集束インキ吸蔵体(気孔率約83%)中に、前記温度識別性インキを均一状態に攪拌した直後に含浸させて軸胴内に収容し、軸筒先端部に装着させたポリエステル繊維の樹脂加工ペン体(気孔率約60%)と接触状態に組み立て、感温変色性温度識別性筆記具を構成した。
筆跡の明度値の測定
上質紙上に10cm長さ(筆跡幅4mm)の筆跡を約2秒の筆記速度で筆記し、明度値
を測定した結果、発色状態で4.92、過渡的変色状態で6.03、完全変色(消色)状態で4.45の各測定値を示した。
筆跡の温度変化による様相変化
高温側変色開始温度(t3 :─6℃)と高温側完全変色温度(t4 :4℃)との間、及び低温側変色開始温度(t1 :─8℃)と低温側完全変色温度(t2 :2℃)との間の各過渡的変色温度域において、赤味を帯びた紫色を視覚させ、完全発色温度域で呈する青紫色、及び高温側完全変色温度域で呈するピンク色の各様相とは区別して視覚判別された。」

オ 甲第5号証(以下、「甲5」という。)
5a「【請求項1】
活性水素を有する化合物とイソシアネート化合物とを重合して形成されるポリウレタンおよび/またはポリウレア壁を有するマイクロカプセルを含有するマイクロカプセル組成物であって、4族の遷移元素化合物を含有することを特徴とするマイクロカプセル組成物。
・・・
【請求項3】
前記4族の遷移元素化合物は、少なくともチタン化合物およびジルコニウム化合物のいずれかであることを特徴とする請求項1または2に記載のマイクロカプセル組成物。」

5b「【0028】
<マイクロカプセル>
本発明におけるマイクロカプセルは、活性水素を有する化合物とイソシアネート化合物とを重合してポリウレタンおよび/またはポリウレア壁が形成されたものである。ここで「ポリウレタンおよび/またはポリウレア壁」とは、ポリウレタンおよび/またはポリウレアを構成成分として含むマイクロカプセル壁を意味する。このようにイソシアネート化合物と活性水素を有する化合物との重合によって形成されたポリウレアまたはポリウレタン壁を有する本発明のマイクロカプセルは、熱感度が高く、発色成分を内包した際に高い発色性を示し、且つ生保存性(シェルフライフ)にも優れた特性を有する。
・・・
【0030】
また、分子内に3個以上のイソシアネート基を有する化合物の例としては、上記の2官能イソシアネート化合物を主原料とし、これらの3量体(ビューレットあるいはイソシアヌレート)、トリメチロールプロパンなどのポリオールと2官能イソシアネート化合物の付加体として多官能としたもの、ベンゼンイソシアネートのホルマリン縮合物、メタクリロイルオキシエチルイソシアネート等の重合性基を有するイソシアネート化合物の重合体、リジントリイソシアネート等も用いることができる。特に、キシレンジイソシアネートおよびその水添物、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネートおよびその水添物を主原料としこれらの3量体(ビューレット或いはイソシヌレート)の他、トリメチロールプロパンとのアダクト体として多官能としたものが好ましい。これらの化合物については「ポリウレタン樹脂ハンドブック」(岩田敬治編、日刊工業新聞社発行、1987年)に記載されている。」

カ 甲第6号証(以下、「甲6」という。)
6a「2.特許請求の範囲
(1)基材上に、フォトクロミック物質及びサーモクロミック物質からなるインキ層により偽造防止情報がパターニングされたことを特徴とする偽造防止用印刷物。」
6b「本発明におけるフォトクロミック物質又はサーモクロミック物質と有色性インキとの組み合わせるにあたっては、フォトクロミック物質又はサーモクロミック物質の発色性と有色性インキとの混色性が有色性インキの色と明瞭に識別しつるものとするとよい。有色性インキとフォトクロミック物質、サーモクロミック物質との組合せとしては、例えば有色性インキが黄色の場合には、フォトクロミック物質としては青色に発色するものを、またサーモクロミック物質としては白色から赤色に変色するもの等、有色性インキ、フォトクロミックインキ、サーモクロミックインキの各々の色間に色差があるもので、L*a*b*表色計においてΔE=10以上のものとするとよい。」(第3ページ左下欄第13〜右下欄第6行)

キ 甲第7号証(以下、「甲7」という。)
7a「【請求項1】
支持体上に、視感反射率(Y)が20%以上の非変色性有色顔料と、黒色から無色に変色する可逆熱変色性顔料、又は、非変色性有色顔料と補色の関係にある色から無色に変色する可逆熱変色性顔料とを含み、黒色乃至略黒色に視認される色から非変色性有色顔料の呈する色に変色する可逆熱変色層Aを設け、前記可逆熱変色層上に、黒色から無色に変化する可逆熱変色性顔料を含み、黒色から無色に変色する可逆熱変色層Bを設けてなり、可逆熱変色層Aの可逆熱変色性顔料が発色状態における視感反射率と、可逆熱変色層Aと可逆熱変色層Bの各可逆熱変色性顔料が発色状態における視感反射率との差が1.5%以上である可逆熱変色性印刷物。」
7b「【0010】
前記可逆熱変色層Aを形成するために用いられる可逆熱変色性顔料は、(イ)電子供与性呈色性有機化合物、(ロ)電子受容性化合物、及び(ハ)前記両者の呈色反応の生起温度を決める反応媒体を含む可逆熱変色性組成物をカプセル壁膜により内包させた可逆熱変色性マイクロカプセル顔料が好適である。
前記可逆熱変色性顔料としては、特公昭51−44706号公報、特公昭51−44707号公報、特公平1−29398号公報等に記載された、所定の温度(変色点)を境としてその前後で変色し、高温側変色点以上の温度域で消色状態、低温側変色点以下の温度域で発色状態を呈し、前記両状態のうち常温域では特定の一方の状態しか存在せず、もう一方の状態は、その状態が発現するのに要した熱又は冷熱が適用されている間は維持されるが、前記熱又は冷熱の適用がなくなれば常温域で呈する状態に戻る、ヒステリシス幅が比較的小さい特性(ΔH=1〜7℃)を有する加熱消色型(加熱により消色し、冷却により発色する)の可逆熱変色性組成物を内包した可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を適用できる(図1参照)。」
7c「【0016】
前記(イ)、(ロ)成分による電子授受反応を特定温度域において可逆的に生起させる
反応媒体の(ハ)成分としては、アルコール類、エステル類、ケトン類、エーテル類を挙げることができる。
前記(ハ)成分のうち、低分子量のものは高熱処理を施すとカプセル外に蒸散するので、安定的にカプセル内に保持させるために炭素数10以上の化合物が好適に用いられる。
アルコール類としては、炭素数10以上の脂肪族一価の飽和アルコールが有効であり、具体的にはデシルアルコール、ウンデシルアルコール、ドデシルアルコール、トリデシルアルコール、テトラデシルアルコール、ペンタデシルアルコール、ヘキサデシルアルコール、ヘプタデシルアルコール、オクタデシルアルコール、エイコシルアルコール、ドコシルアルコール等が挙げられる。
エステル類としては、炭素数10以上のエステル類が有効であり、脂肪族及び脂環或いは芳香環を有する一価カルボン酸と、脂肪族及び脂環或いは芳香環を有する一価アルコールの任意の組み合わせから得られるエステル類、脂肪族及び脂環或いは芳香環を有する多価カルボン酸と、脂肪族及び脂環或いは芳香環を有する一価アルコールの任意の組み合わせから得られるエステル類、脂肪族及び脂環或いは芳香環を有する一価カルボン酸と、脂肪族及び脂環或いは芳香環を有する多価アルコールの任意の組み合わせから得られるエステル類が挙げられ、具体的にはカプリル酸エチル、カプリル酸オクチル、カプリル酸ステアリル、カプリン酸ミリスチル、カプリン酸ドコシル、ラウリン酸2−エチルヘキシル、ラウリン酸n−デシル、ミリスチン酸3−メチルブチル、ミリスチン酸セチル、パルミチン酸イソプロピル、パルミチン酸ネオペンチル、パルミチン酸ノニル、パルミチン酸シクロヘキシル、ステアリン酸n−ブチル、ステアリン酸2−メチルブチル、ステアリン酸3,5,5−トリメチルヘキシル、ステアリン酸n−ウンデシル、ステアリン酸ペンタデシル、ステアリン酸ステアリル、ステアリン酸シクロヘキシルメチル、ベヘン酸イソプロピル、ベヘン酸ヘキシル、ベヘン酸ラウリル、ベヘン酸ベヘニル、安息香酸セチル、p−tert−ブチル安息香酸ステアリル、フタル酸ジミリスチル、フタル酸ジステアリル、シュウ酸ジミリスチル、シュウ酸ジセチル、マロン酸ジセチル、コハク酸ジラウリル、グルタル酸ジラウリル、アジピン酸ジウンデシル、アゼライン酸ジラウリル、セバシン酸ジ−(n−ノニル)、1,18−オクタデシルメチレンジカルボン酸ジネオペンチル、エチレングリコールジミリステート、プロピレングリコールジラウレート、プロピレングリコールジステアレート、ヘキシレングリコールジパルミテート、1,5−ペンタンジオールジステアレート、1,2,6−ヘキサントリオールトリミリステート、1,4−シクロヘキサンジオールジデシル、1,4−シクロヘキサンジメタノールジミリステート、キシレングリコールジカプリネート、キシレングリコールジステアレート等が挙げられる。
又、飽和脂肪酸と分枝脂肪族アルコールのエステル、不飽和脂肪酸又は分枝もしくは置換基を有する飽和脂肪酸と分岐状であるか又は炭素数16以上の脂肪族アルコールのエステル、酪酸セチル、酪酸ステアリル及び酪酸ベヘニルから選ばれるエステル化合物も有効である。
具体的には、酪酸2−エチルヘキシル、ベヘン酸2−エチルヘキシル、ミリスチン酸2−エチルヘキシル、カプリン酸2−エチルヘキシル、ラウリン酸3,5,5−トリメチルヘキシル、パルミチン酸3,5,5−トリメチルヘキシル、ステアリン酸3,5,5−トリメチルヘキシル、カプロン酸2−メチルブチル、カプリル酸2−メチルブチル、カプリン酸2−メチルブチル、パルミチン酸1−エチルプロピル、ステアリン酸1−エチルプロピル、ベヘン酸1−エチルプロピル、ラウリン酸1−エチルヘキシル、ミリスチン酸1−エチルヘキシル、パルミチン酸1−エチルヘキシル、カプロン酸2−メチルペンチル、カプリル酸2−メチルペンチル、カプリン酸2−メチルペンチル、ラウリン酸2−メチルペンチル、ステアリン酸2−メチルブチル、ステアリン酸2−メチルブチル、ステアリン酸3−メチルブチル、ステアリン酸1−メチルヘプチル、ベヘン酸2−メチルブチル、ベヘン酸3−メチルブチル、ステアリン酸1−メチルヘプチル、ベヘン酸1−メチルヘプチル、カプロン酸1−エチルペンチル、パルミチン酸1−エチルペンチル、ステアリン酸1−メチルプロピル、ステアリン酸1−メチルオクチル、ステアリン酸1−メチルヘキシル、ラウリン酸1,1−ジメチルプロピル、カプリン酸1−メチルペンチル、パルミチン酸2−メチルヘキシル、ステアリン酸2−メチルヘキシル、ベヘン酸2−メチルヘキシル、ラウリン酸3,7−ジメチルオクチル、ミリスチン酸3,7−ジメチルオクチル、パルミチン酸3,7−ジメチルオクチル、ステアリン酸3,7−ジメチルオクチル、ベヘン酸3,7−ジメチルオクチル、オレイン酸ステアリル、オレイン酸ベヘニル、リノール酸ステアリル、リノール酸ベヘニル、エルカ酸3,7−ジメチルオクチル、エルカ酸ステアリル、エルカ酸イソステアリル、イソステアリン酸セチル、イソステアリン酸ステアリル、12−ヒドロキシステアリン酸2−メチルペンチル、18−ブロモステアリン酸2−エチルヘキシル、2−ケトミリスチン酸イソステアリル、2−フルオロミリスチン酸2−エチルヘキシル、酪酸セチル、酪酸ステアリル、酪酸ベヘニル等が挙げられる。
・・・
【0019】
また、ケトン類としては、総炭素数が10以上の脂肪族ケトン類が有効であり、2−デカノン、3−デカノン、4−デカノン、2−ウンデカノン、3−ウンデカノン、4−ウンデカノン、5−ウンデカノン、2−ドデカノン、3−ドデカノン、4−ドデカノン、5−ドデカノン、2−トリデカノン、3−トリデカノン、2−テトラデカノン、2−ペンタデカノン、8−ペンタデカノン、2−ヘキサデカノン、3−ヘキサデカノン、9−ヘプタデカノン、2−ペンタデカノン、2−オクタデカノン、2−ノナデカノン、10−ノナデカノン、2−エイコサノン、11−エイコサノン、2−ヘンエイコサノン、2−ドコサノン、ラウロン、ステアロン等を挙げることができる。
また、総炭素数が12乃至24のアリールアルキルケトン類、例えば、n−オクタデカノフェノン、n−ヘプタデカノフェノン、n−ヘキサデカノフェノン、n−ペンタデカノフェノン、n−テトラデカノフェノン、4−n−ドデカアセトフェノン、n−トリデカノフェノン、4−n−ウンデカノアセトフェノン、n−ラウロフェノン、4−n−デカノアセトフェノン、n−ウンデカノフェノン、4−n−ノニルアセトフェノン、n−デカノフェノン、4−n−オクチルアセトフェノン、n−ノナノフェノン、4−n−ヘプチルアセトフェノン、n−オクタノフェノン、4−n−ヘキシルアセトフェノン、4−n−シクロヘキシルアセトフェノン、4−tert−ブチルプロピオフェノン、n−ヘプタフェノン、4−n−ペンチルアセトフェノン、シクロヘキシルフェニルケトン、ベンジル−n−ブチルケトン、4−n−ブチルアセトフェノン、n−ヘキサノフェノン、4−イソブチルアセトフェノン、1−アセトナフトン、2−アセトナフトン、シクロペンチルフェニルケトン等を挙げることができる。」

ク 甲第8号証(以下、「甲8」という。)
8a「【請求項1】
(イ)電子供与性呈色性有機化合物、(ロ)電子受容性化合物、(ハ)前記(イ)、(ロ)成分による電子授受反応を特定温度域において可逆的に生起させる反応媒体とから少なくともなる可逆熱変色性組成物を賦形性ワックスに分散状態に保持、成形してなる固形筆記体であって、前記筆記体の針入度が1〜30であることを特徴とする固形筆記体。」
8b「【0021】
前記(イ)、(ロ)、(ハ)成分の配合割合は、濃度、変色温度、変色形態や各成分の種類に左右されるが、一般的に所望の変色特性が得られる成分比は、(イ)成分1に対して、(ロ)成分0.1〜50、好ましくは0.5〜20、(ハ)成分1〜800、好ましくは5〜200の範囲である(前記割合はいずれも質量部である)。」

(3)甲1に記載された発明
甲1には、特許請求の範囲第1項及び実施例1に着目すると、「エチレン無水マレイン酸(モンサント「EMA−31」)の10%水溶液50gおよび水120gを混合し、10%NaOH水溶液でpHを4.0とした後、40℃に保温して3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオランを2部、サリチル酸共縮合樹脂〔A〕を3部、パルミチン酸メチルを95部を混合、加熱溶解した、可逆的熱変性材料からなる内部相100gをホモミキサーで乳化した後、固型分50%のメチル化メチロールメラミン水溶液(三井東圧化学(株)「ユーラミンT−30」)60gを加え、攪拌下60℃で3時間保持して得られた、平均粒子径10μのマイクロカプセル液」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる(摘記1d参照)。

(4)対比・判断
ア 本件特許発明1
(ア)甲1発明との対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン」は、電子供与性無色色素であるから(摘記1c参照)、本件特許発明1の「電子供与性染料前駆体」に相当し、甲1発明の「サリチル酸共縮合樹脂〔A〕」は、電子供与性無色色素を発色させるものであるから、本件特許発明1の「電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物」に相当する。したがって、甲1発明の「3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン」及び「サリチル酸共縮合樹脂〔A〕」は、本件特許発明1の「電子供与性染料前駆体と前記電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物との反応生成物である発色色素」に相当する。
甲1発明の「パルミチン酸メチル」は、任意の融点を有する非揮発性疏水性化合物であり(摘記1d参照)、電子供与性無色有機色素の変色温度を決定することができるものであるから(摘記1b参照)、本件特許発明1の「変色温度調整剤」に相当する。
甲1発明の「マイクロカプセル液」は、上記のような(a)電子供与性無色有機色素、(b)サリチル酸共縮合樹脂、(c)任意融点を有する非揮発性疏水性化合物を含む可逆的熱変性材料を内包するものであるから、本件特許発明1の「熱応答性組成物」に相当する。
そうすると、本件特許発明1と甲1発明は、「電子供与性染料前駆体と前記電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物との反応生成物である発色色素、及び変色温度調整剤を内包するマイクロカプセル、
を含有する熱応答性組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
マイクロカプセルが、本件特許発明1ではその数平均壁厚が50nm〜200nmであるのに対し、甲1発明では数平均壁厚が不明である点。

<相違点2>
本件特許発明1ではマイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在する色材を含有するのに対し、甲1発明ではそのような特定がない点。

(イ)相違点についての検討
事案に鑑み、まず、<相違点2>について検討する。
<相違点2>は実質的な相違点である。
確かに、甲1には変色の性能を損なわない範囲内で変色性のない染料、顔料を必要に応じて添加することができることが記載されているが(摘記1d参照)、本件特許発明1の色材は、着色された上記マイクロカプセルに加えて色材を含むことで、熱が付与されてマイクロカプセル内の発色色素の色濃度が低下するに従い、マイクロカプセル内の発色色素の色相と色材の色相との混色となって変色し、色相差を形成することができるものであって、甲1の上記記載は、変色の性能を損なわないこと、つまり、変色に影響を与えないことを意味するといえるから、甲1発明において、発色色素の色相と混色して変色に影響することになる色材について、マイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在するものとして含有させる動機付けがあるとまではいえない。
そして、甲2〜8にも、甲1発明のような可逆的熱変性材料からなる内部相を有するマイクロカプセル液において色相差を形成することができる色材を採用することについて記載も示唆もない。
そうすると、甲1発明においてマイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在する色材を含有するものとすることは、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。

(ウ)本件特許発明1の効果
本件特許明細書【表1】の記載からみて、マイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在する色材を含有する熱応答性組成物は、そのような色材を含有しないものと比較して、大きな色相差を有するものとなっており、そのような本件特許発明1の効果は、甲1発明から当業者が予測できない顕著なものであるといえる。

(エ)小括
したがって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明ではなく、<相違点1>について検討するまでもなく、甲1に記載された発明及び甲2〜8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものではない。

イ 本件特許発明4
(ア)甲1発明との対比
本件特許発明4と甲1発明を対比する。
甲1発明の「3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン」は、電子供与性無職色素であるから(摘記1c参照)、本件特許発明4の「電子供与性染料前駆体」に相当し、甲1発明の「サリチル酸共縮合樹脂〔A〕」は、電子供与性無職色素を発色させるものであるから、本件特許発明1の「電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物」に相当するから、甲1発明の「3−ジエチルアミノ−7,8−ベンゾフルオラン」及び「サリチル酸共縮合樹脂〔A〕」は、本件特許発明4の「電子供与性染料前駆体と前記電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物との反応生成物である発色色素」に相当する。
甲1発明の「パルミチン酸メチル」は、任意の融点を有する非揮発性疏水性化合物であり(摘記1d参照)、電子供与性無色有機色素の変色温度を決定することができるものであるから(摘記1b参照)、本件特許発明4の「変色温度調整剤」に相当する。
甲1発明の「マイクロカプセル液」は、上記のような(a)電子供与性無色有機色素、(b)サリチル酸共縮合樹脂、(c)任意融点を有する非揮発性疏水性化合物を含む可逆的熱変性材料を内包するものであるから、本件特許発明4の「熱応答性組成物」に相当する。
そうすると、本件特許発明4と甲1発明は、「電子供与性染料前駆体と前記電子供与性染料前駆体を発色させる電子受容性化合物との反応生成物である発色色素、及び変色温度調整剤を内包するマイクロカプセル、
を含有する熱応答性組成物。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点3>
マイクロカプセルが、本件特許発明4ではその数平均壁厚が10nm〜200nmであるのに対し、甲1発明では数平均壁厚が不明である点。

<相違点4>
本件特許発明4ではマイクロカプセルの内部及び外部の少なくとも一方に存在する色材を含有するのに対し、甲1発明ではそのような特定がない点。

<相違点5>
本件特許発明4ではマイクロカプセルのカプセル壁の質量に対する、前記マイクロカプセルの内包物の質量の比が、7を超えるのに対し、甲1発明ではそのような特定がない点。

(イ)相違点についての検討
<相違点4>について
事案に鑑み、まず、<相違点4>について検討する。
<相違点4>は、ア(ア)の<相違点2>と同じであり、ア(イ)に<相違点2>についてで検討したとおり、当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。

(ウ)本件特許発明4の効果
上記ア(ウ)で検討したとおり、本件特許発明1の効果は、甲1発明から当業者が予測できない顕著なものであるといえる。

(エ)小括
本件特許発明1は、甲1に記載された発明ではなく、<相違点3>及び<相違点5>について検討するまでもなく、甲1に記載された発明及び甲2〜8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第1項第3号に該当せず、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものではない。

イ 本件特許発明2、3、5〜15
本件特許発明2及び3は本件特許発明1を引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と甲1発明との<相違点2>と実質的に同等の相違点を有し、本件特許発明5及び6は本件特許発明4を引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と甲1発明との<相違点4>と実質的に同等の相違点を有し、本件特許発明7〜15は、本件特許発明1又は本件特許発明4を引用してさらに限定するものであり、上記本件特許発明1と甲1発明との<相違点2>又は<相違点4>と実質的に同等の相違点を有するものであるから、本件特許発明2、3、5〜15は、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1発明及び甲2〜8に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、令和4年2月1日付けの取消理由通知及び同年5月25日付けの取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由並びに特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜15に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-09-01 
出願番号 P2019-512474
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C09K)
P 1 651・ 537- Y (C09K)
P 1 651・ 536- Y (C09K)
P 1 651・ 113- Y (C09K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 亀ヶ谷 明久
特許庁審判官 門前 浩一
瀬下 浩一
登録日 2021-04-22 
登録番号 6873232
権利者 富士フイルム株式会社
発明の名称 熱応答性組成物及び熱応答性材料  
代理人 特許業務法人太陽国際特許事務所  

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