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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01R
管理番号 1390379
総通号数 11 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-11-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-12-23 
確定日 2022-10-07 
事件の表示 特願2017−559234「磁気センサー、センサーユニット、磁気検出装置、及び磁気計測装置」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 7月 6日国際公開、WO2017/115839〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯
本願は、平成28年12月28日を国際出願日とする日本語特許出願であって(優先権主張 2015年12月28日)、その手続の経緯の概略は、次のとおりである。
令和 2年12月 1日付け:拒絶理由通知書
令和 3年 2月 1日 :意見書及び手続補正書の提出
同年 4月13日付け:拒絶理由通知書
同年 8月12日 :意見書及び手続補正書の提出
同年 9月17日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。) (同月29日 :原査定の謄本の送達)
同年12月23日 :審判請求書及び手続補正書の提出


第2 令和3年12月23日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和3年12月23日にされた手続補正を却下する。

[補正の却下の決定の理由]
1 本件補正の内容
令和3年12月23日にされた特許請求の範囲及び明細書についての補正(以下「本件補正」という。)は、以下の(1)に示される本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載を、以下の(2)に示される本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載に補正することを含むものである。下線は補正箇所を示す。

(1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1
「 【請求項1】
固定磁性層と、自由磁性層と、前記固定磁性層及び前記自由磁性層間に設けられた絶縁層とをそれぞれ有し、外界磁場の影響で前記絶縁層のトンネル抵抗をそれぞれ変化させる複数のトンネル磁気抵抗素子を含む素子アレイと、
前記素子アレイを構成する前記複数のトンネル磁気抵抗素子に電圧を印加する電気回路とを備え、
前記素子アレイは、直列接続された20個以上10000個以下の前記トンネル磁気抵抗素子を含み、
各トンネル磁気抵抗素子に印加される電圧が、0.5mV以上20mV以下である、磁気センサー。」

(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1
「 【請求項1】
固定磁性層と、自由磁性層と、前記固定磁性層及び前記自由磁性層間に設けられた絶縁層とをそれぞれ有し、外界磁場の影響で前記絶縁層のトンネル抵抗をそれぞれ変化させる複数のトンネル磁気抵抗素子を含む素子アレイと、
前記素子アレイを構成する前記複数のトンネル磁気抵抗素子に電圧を印加する電気回路とを備え、
前記素子アレイは、直列接続された20個以上10000個以下の前記トンネル磁気抵抗素子を含み、
各トンネル磁気抵抗素子の前記絶縁層の面積は、25μm2以上0.04mm2以下であり、
各トンネル磁気抵抗素子に印加される電圧が、0.5mV以上20mV以下である、磁気センサー。」

2 本件補正の適否についての当審の判断
(1) 本件補正の目的について
本件補正による請求項1についての補正は、本件補正前の「各トンネル磁気抵抗素子」について、「前記絶縁層の面積は、25μm2以上0.04mm2以下であ[る]」と限定するものである。
そして、本件補正前の請求項1に記載された発明と、本件補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である。
したがって、本件補正は、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

(2) 独立特許要件について
本件補正は、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するから、以下では、本件補正後における請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下「本件補正発明」という。)が、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか否か、すなわち、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か、について検討する。

ア 本件補正発明
本件補正発明は、本件補正後の請求項1に記載されている事項(前記1(2)参照)により特定されるとおりのものである。

イ 引用文献等
(ア) 引用文献1
a 引用文献1の記載事項
原査定の拒絶の理由において引用された特開2011−103336号公報(以下「引用文献1」という。)には、次の事項が記載されている。下線は当審が付した。
(a) 【0001】〜【0005】
「【0001】
本発明は、磁気抵抗効果素子およびそれを用いたセンサに関し、詳しくは、反強磁性材料により形成されたピニング層と、強磁性材料により形成されたピンド層と、トンネル現象により電子が透過可能なエネルギー障壁を有する絶縁層と、強磁性材料により形成されたフリー層とを少なくとも有する各層を順次積層して成る磁気抵抗効果多層膜を有し、磁気抵抗効果多層膜の置かれた場の磁界が変化すると、絶縁層を介してフリー層およびピンド層間に流れるトンネル電流の大きさが変化し得る磁気抵抗効果素子およびそれを用いたセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
この種の磁気抵抗効果素子は、トンネル磁気抵抗効果型素子(以下、TMR素子と略す)と称されている。図11は、従来のTMR素子の縦断面図であり、(a)は磁界が左向き(←)に印加された状態を示す説明図、(b)は磁界が右向き(→)に印加された状態を示す説明図である。
従来のTMR素子70は、下部電極層71と、この下部電極層71の表面に積層された磁気抵抗効果多層膜80と、この磁気抵抗効果多層膜80の表面に形成された上部電極層76とを有する。磁気抵抗効果多層膜80は、ピニング層72と、ピンド層(ピン層またはピン止め層ともいう)73と、絶縁層(トンネルバリア層ともいう)74と、フリー層75とを順次積層して成る。
【0003】
ピニング層72は反強磁性体材料によって形成されており、ピンド層73およびフリー層75は、それぞれ強磁性体材料によって形成されている。ピニング層72は、磁化が固定されており、ピンド層73の磁化が反転しないようにピン止めする。フリー層75は外部磁界Hにより磁化が自在に反転する。絶縁層74は、トンネル現象により電子が透過可能なエネルギー障壁を有する。
【0004】
今、図11に示すように、下部電極層71を負極に上部電極層76を正極にして上部電極層76および下部電極層71間に電圧Eを印加したとする。外部磁界Hが左向き(←)に印加されたときは、図11(a)に示すように、フリー層75の磁化方向Fは、ピンド層73の磁化方向Gと逆向きになっている。この状態では、磁気抵抗効果多層膜80は高抵抗値を示すため、トンネル現象によりフリー層75から絶縁層74に対して垂直に流れるトンネル電流Yの電流値は小さく、上部電極層76および下部電極層71間にながれる電流が小さい。
【0005】
一方、図11(b)に示すように、ピンド層73の磁化方向Gと平行かつ同一方向(右向き(→))に外部磁界Hが印加されると、フリー層75の磁化方向Fが反転し、ピンド層73の磁化方向Gと平行かつ同一方向になる。すると、磁気抵抗効果多層膜80の抵抗値が小さくなるため、トンネル電流Yの電流値が大きくなり、上部電極層76および下部電極層71間にながれる電流が大きくなる。たとえば、TMR素子を使用したセンサでは、上記のようなトンネル電流値の変化に基づいて、TMR素子が置かれた場の磁界の変化を検出する。」

(b) 【図11】
「【図11】



(c) 【0007】〜【0010】
「【0007】
図12は、TMR素子のバイアス電圧Vb(mV)とTMR比(%)との関係を示すグラフである。ここで、TMR比とは、磁気抵抗の変化の大きさを示し、フリー層およびピンド層の磁化の向きが逆かつ平行であるときの磁気抵抗効果多層膜の抵抗Rapと、フリー層およびピンド層の磁化の向きが同一かつ平行であるときの磁気抵抗効果多層膜の抵抗Rpとの差を抵抗Rpで除した値の百分率である。つまり、TMR比={(Rap−Rp)/Rp}×100%である。
【0008】
このTMR比が大きいほど、TMR素子が置かれた場の磁界の小さな変化を大きな出力値として取出すことができる。つまり、TMR比はTMR素子の特性を決める重要な因子である。たとえば、TMR素子を使用したセンサでは、TMR素子のTMR比が大きいほど感度が高い。ところが、図12に示したグラフから分かるように、TMR素子には、バイアス電圧Vbが高くなるほど、TMR比が小さくなるというバイアス電圧依存性が存在する。このため、TMR比を大きくするためにはバイアス電圧を低くしなければならない。
【0009】
しかし、TMR素子を使用したセンサの場合、センサへの供給電圧を低くすることによってTMR素子のバイアス電圧を低くすることが可能であるが、そうするとセンサの出力信号の電圧が低くなるため、センサの出力信号が外来ノイズなどの影響を受けて変化し、検出精度が低下するおそれがある。そこで、センサへの供給電圧を低くしなくても、TMR比を大きくすることができるTMR素子およびそれを用いたセンサが要望されている。
【0010】
本発明は、上述の要求に応えるためになされたものであり、TMR比を大きくすることができるTMR素子およびそれを用いたセンサを実現することを目的とする。」

(d) 【図12】
「【図12】




(e) 【0011】〜【0012】
「【課題を解決するための手段】
【0011】
(第1の特徴)
上記の目的を達成するため、本発明の第1 の特徴は、反強磁性材料により形成されたピニング層(42)と、強磁性材料により形成されたピンド層(43)と、トンネル現象により電子が透過可能なエネルギー障壁を有する絶縁層(44)と、強磁性材料により形成されたフリー層(21,31)とを少なくとも有する各層を順次積層して成る磁気抵抗効果多層膜を有し、前記磁気抵抗効果多層膜の置かれた場の磁界(H)が変化すると、前記絶縁層を介して前記フリー層およびピンド層間に流れるトンネル電流(I1〜I4)の大きさが変化し得るTMR素子において、少なくとも前記ピニング層、ピンド層、絶縁層およびフリー層を積層して成る第1および第2の積層体(20,30)が配列されており、かつ、前記第1および第2の積層体の前記ピニング層間または前記ピンド層間または前記フリー層間が電気的に直列接続されたセグメントを備えるTMR素子(50)としたことにある。
【0012】
つまり、セグメントには、電気的に直列接続された第1および第2の積層体が配置されているため、積層体1つで1つのセグメントを構成している従来のTMR素子と比較して、セグメント1つ当りの抵抗値を高くすることができる。
したがって、積層体1つで1つのセグメントを構成している従来のTMR素子と比較して、積層体1つ当りのバイアス電圧を低くすることができるため、積層体1つ当りのTMR比を大きくすることができる。」

(f) 【0054】〜【0069】
「【0054】
〈第1実施形態〉
本発明に係る第1実施形態について図を参照して説明する。図1は、本第1実施形態に係るTMR素子の説明図であり、(a)は平面説明図、(b)は(a)のA−A矢視断面図である。
【0055】
図1に示すように、本実施形態のTMR素子50は、電気的に直列接続されたセグメントSG1およびSG2の2つのセグメントを備える。各セグメントに共通の基板40の表面には絶縁膜41が形成されており、その絶縁膜41の表面にはピニング層42が形成されている。ピニング層42の表面にはピンド層43が形成されており、そのピンド層43の表面には絶縁層(トンネルバリア層)44が形成されている。ピンド層43は、ピニング層42によってピン止めされており、ピンド層43の磁化方向は、図中矢印Gで示す方向に固定されている。
【0056】
絶縁層44の表面にはフリー層21が形成されており、そのフリー層21の表面には電極層22が形成されている。電極層22には、電流を流すための接続線L1が接続されている。また、絶縁層44の表面には、フリー層21と離間したフリー層31が形成されており、そのフリー層31の表面には電極層22と離間した電極層32が形成されている。つまり、フリー層21,31と、電極層22,32とは、それぞれ独立構造であり、相互に絶縁されている。
・・・(中略)・・・
【0066】
TMR素子50は、磁気抵抗効果を発生する積層体を1つのセグメントに2つ備え、各積層体が電気的に直列接続されているため、1つのセグメントに1つの積層体のみを備える従来のTMR素子と比較して、積層体1つ当りのバイアス電圧を1/2にすることができる。
したがって、1つの積層体のTMR比を高くすることができるため、1つのセグメントのTMR比を高くすることができる。つまり、TMR素子のバイアス電圧依存性を低くすることができる。
・・・(中略)・・・
【0069】
[第1実施形態の効果]
(1)上述した第1実施形態のTMR素子50を用いれば、セグメントのピニング層42上には、電気的に直列接続された第1および第2の積層体20,30が配置されているため、積層体1つで1つのセグメントを構成している従来のTMR素子と比較して、セグメント1つ当りの磁気抵抗値を高くすることができる。
したがって、積層体1つで1つのセグメントを構成している従来のTMR素子と比較して、積層体1つ当りのバイアス電圧を低くすることができるため、積層体1つ当りのTMR比を大きくすることができる。


(g) 【0076】〜【0083】
「【0076】
[応用例1]
次に、前述した第1実施形態の応用例1について図を参照して説明する。図2は、本応用例1のTMR素子を用いて構成されたハーフブリッジ回路の説明図であり、図3は、図2に示すハーフブリッジ回路において用いたTMR素子を模式的に示す説明図である。
【0077】
図2に示すハーフブリッジ回路62は、TMR素子50を2つ直列接続して構成されており、その中点45から中点電圧Voutを取出し可能に構成されている。図3に示すように、TMR素子50は、セグメントSG1〜SG15の計15個のセグメントを電気的に直列接続して構成されている。各セグメントは、前述した第1実施形態において説明したセグメントと同じものであり、相互に隣接する一方のセグメントの電極層32と他方のセグメントの電極層22とが電気的に直列接続されている。つまり、各セグメント間を電気的に接続するための専用の電極層を形成する必要がないので、TMR素子50の製造効率を高めることができる。
【0078】
各セグメントは、第1および第2の積層体20,30をそれぞれ備えるため、TMR素子50は、計30個の積層体を電気的に直列接続して構成されている。それら計30個の積層体を磁気抵抗R1〜R30で表すと、図2に示すように、ハーフブリッジ回路62は、磁気抵抗R1〜R30を電気的に直列接続して構成された回路を2つ電気的に直列接続して構成されている。ここで、TMR素子50の両端にバイアス電圧Vaを印加したとすると、磁気抵抗1つ当りのバイアス電圧Vbは、Va/30になる。
【0079】
つまり、2つの磁気抵抗を直列接続して構成されるハーフブリッジ回路と比較して、磁気抵抗1つ当りのバイアス電圧Vbを1/30に低くすることができるため、磁気抵抗1つ当りのTMR比を高くすることができる。
したがって、たとえば、上記のハーフブリッジ回路62をセンサに用いた場合、感度の高いセンサを実現することができる。
【0080】
[応用例2]
次に、前述した第1実施形態の応用例2について図を参照して説明する。図4は、本応用例2のTMR素子を用いたセンサの回路図である。
【0081】
図4に示すセンサ60は、フルブリッジ回路61と、差動増幅回路65とを備える。フルブリッジ回路61は、前述した応用例1のハーフブリッジ回路62の両端同士を電気的に接続して構成されている。フルブリッジ回路61は、2つの中点63,64を有し、各中点は、差動増幅回路65の入力と接続されている。
【0082】
センサ60が置かれている場の磁界が変化すると、その変化は、中点63,64の中点電圧V1,V2の差分となって現れる。そして、その差分は、差動増幅回路65において増幅され、その増幅された電圧が出力電圧Voutとして出力される。この出力電圧Voutを図示しないマイクロコンピュータに取り込むことにより、磁界の強度、電流値、圧力、加速度などの演算が可能になる。
【0083】
上述したように、フルブリッジ回路61の一辺は、計30個の磁気抵抗R1〜R30を直列接続して構成されているため、一辺が1つの磁気抵抗のみで構成されているフルブリッジ回路と比較して、磁気抵抗1つ当りのバイアス電圧を1/30にすることができるため、磁気抵抗1つ当りのTMR比を高くすることができる。
したがって、上記のセンサ60を用いれば、感度の高いセンサを実現することができる。」

(h) 【図1】〜【図4】
「【図1】


【図2】



【図3】


【図4】




(i) 【図4】から読み取れる事項の認定
【図4】と段落【0081】〜【0083】の記載から、センサ60が、フルブリッジ回路61の一端に接続されたVcc電位端子及びフルブリッジ回路61の他端に接続された接地電位端子を含む電気回路を備えており、当該電気回路により、直列接続された計30個の積層体(磁気抵抗R1〜R30)に電圧が印加されることが読み取れる。

引用発明の認定
前記aの記載内容を総合すると、引用文献1には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明]
「センサ60であって(【0081】)、
セグメントSG1〜SG15の計15個のセグメントを電気的に直列接続して構成されているトンネル磁気抵抗効果型素子50を備え(【0077】、【0002】)、
各セグメントは、第1及び第2の積層体20,30をそれぞれ備えるため、トンネル磁気抵抗効果型素子50は、計30個の積層体を電気的に直列接続して構成されており(【0078】)、
各積層体は、ピンド層43、そのピンド層43の表面に形成された絶縁層(トンネルバリア層)44、及び、絶縁層44の表面に形成されたフリー層21を含むものであり(【0011】、【0055】、【0056】)、
フルブリッジ回路61を備えており(【0081】)、
フルブリッジ回路61の一端に接続されたVcc電位端子及びフルブリッジ回路61の他端に接続された接地電位端子を含む電気回路を備えており(【図4】から読み取れる事項)、
前記電気回路により、直列接続された計30個の積層体に電圧が印加されるものであり、(【図4】から読み取れる事項)、
トンネル磁気抵抗効果型素子は、磁気抵抗効果多層膜の置かれた場の磁界が変化すると、絶縁層を介してフリー層及びピンド層間に流れるトンネル電流の大きさが変化し得るものである、(【0001】、【0002】)
センサ60。(【0081】)」

(イ) 引用文献3
a 引用文献3に記載された事項
原査定の拒絶の理由において引用された特開2008−170368号公報(以下「引用文献3」という。)には、次の事項が記載されている。
「【0023】
また、本実施の形態のホイーストンブリッジ回路においては、後段の増幅器16の設計や磁界検出装置18の出力の零点オフセット電圧の調整の容易さから、抵抗部10の抵抗値を、例えば1KΩ程度の適当な値とすることが好ましい。この場合、面積規格化抵抗が1MΩμm2となるTMR素子を用いると素子面積は1000μm2となる。」

b 引用文献3に記載の技術事項の認定
「1000μm2=0.001mm2」であるから、引用文献3の前記摘記箇所には、次の技術事項(以下「引用文献3に記載の技術事項」という。)が記載されていると認められる。
[引用文献3に記載の技術事項]
「絶縁層の面積が0.001mm2であるTMR素子。」

ウ 対比
(ア) 対比分析
本件補正発明と引用発明を対比する。
a 次の引用発明の欄に記載した引用発明の各構成は、それぞれ、対応する本件補正発明の欄に記載した次の本件補正発明の構成に相当する。

<引用発明> <本件補正発明>
ピンド層43 固定磁性層
絶縁層(トンネルバリア層)44 絶縁層
フリー層21 自由磁性層
積層体 トンネル磁気抵抗素子
センサ60 磁気センサー

b(a) 引用発明において「各積層体は、ピンド層43、そのピンド層43の表面に形成された絶縁層(トンネルバリア層)44、及び、絶縁層44の表面に形成されたフリー層21を含むものであ[る]」ことは、本件補正発明において「絶縁層」が「前記固定磁性層及び前記自由磁性層間に設けられ[ている]」ことに相当する。
(b) 引用発明の「計30個の積層体を電気的に直列接続して構成されて[いる]」「トンネル磁気抵抗効果型素子50」は本件補正発明の「素子アレイ」に相当する。
引用発明は「磁気抵抗効果多層膜の置かれた場の磁界が変化すると、絶縁層を介してフリー層およびピンド層間に流れるトンネル電流の大きさが変化し得るものである」から、「置かれた場の磁界」すなわち外部磁界の変化に応じて「絶縁層」のトンネル抵抗値が変化することは明らかであり、このことは本件補正発明の「複数のトンネル磁気抵抗素子」が「外界磁場の影響で前記絶縁層のトンネル抵抗をそれぞれ変化させる」ことに相当する。
(c) したがって、本件補正発明と引用発明は、「固定磁性層と、自由磁性層と、前記固定磁性層及び前記自由磁性層間に設けられた絶縁層とをそれぞれ有し、外界磁場の影響で前記絶縁層のトンネル抵抗をそれぞれ変化させる複数のトンネル磁気抵抗素子を含む素子アレイ」を備える点で一致する。

c 引用発明は「フルブリッジ回路61の一端に接続されたVcc電位端子及びフルブリッジ回路61の他端に接続された接地電位端子を含む電気回路を備えており、前記電気回路により、直列接続された計30個の積層体に電圧が印加される」から、本件補正発明と引用発明は「前記素子アレイを構成する前記複数のトンネル磁気抵抗素子に電圧を印加する電気回路」を備える点で一致する。

d 引用発明において「トンネル磁気抵抗効果型素子50は、計30個の積層体を電気的に直列接続して構成されて[いる]」から、本件補正発明と引用発明は、「前記素子アレイは、直列接続された20個以上10000個以下の前記トンネル磁気抵抗素子を含[む]」点で一致する。

(イ) 一致点及び相違点
前記a〜dの対比内容をまとめると、本件補正発明と引用発明は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。

[一致点]
「固定磁性層と、自由磁性層と、前記固定磁性層及び前記自由磁性層間に設けられた絶縁層とをそれぞれ有し、外界磁場の影響で前記絶縁層のトンネル抵抗をそれぞれ変化させる複数のトンネル磁気抵抗素子を含む素子アレイと、
前記素子アレイを構成する前記複数のトンネル磁気抵抗素子に電圧を印加する電気回路とを備え、
前記素子アレイは、直列接続された20個以上10000個以下の前記トンネル磁気抵抗素子を含む、
磁気センサー。」

[相違点]
a 相違点1
本件補正発明においては「各トンネル磁気抵抗素子の前記絶縁層の面積は、25μm2以上0.04mm2以下であ[る]」のに対し、引用発明においては第1及び第2の積層体20,30の絶縁層44の面積の値は不明である点。

b 相違点2
本件補正発明は「各トンネル磁気抵抗素子に印加される電圧が、0.5mV以上20mV以下である」のに対し、引用発明においては第1及び第2の積層体20,30に印加される電圧の値は不明である点。

エ 当審の判断
(ア) 相違点1について
a トンネル磁気抵抗素子の面積(近似する絶縁層の面積)をどのような値とするかは、素子製造の容易性や素子全体のサイズ、要求される磁気検出領域の大きさや感度などに応じて当業者が適宜選択すべき事項である。
b さらに、「絶縁層の面積が0.001mm2であるTMR素子」が引用文献3に記載されていること(前記イ(イ)b参照)も考えれば、絶縁層の面積として、「25μm2以上0.04mm2以下」の範囲は、通常検討されるべき範囲内のものでもある。
c(a) そして、本件補正発明における、「各トンネル磁気抵抗素子の前記絶縁層の面積」を限定することの技術的意義を把握するために、本願明細書の段落【0043】及び【0044】を参照すると、次のように記載されている。
「 【0043】
絶縁層23の面積は、1μm2以上1mm2以下である。絶縁層23の面積は、絶縁層23の膜厚方向に垂直な方向の面積である。絶縁層23の面積を下限1μm2以上とすることで絶縁層23を含めたトンネル磁気抵抗素子20の製造精度や加工性を向上させることができ、絶縁層23の面積を上限1mm2以下とすることで製造時のホコリ等による初期不良の発生を抑制でき、トンネル磁気抵抗素子20の信頼性を高めることができる。
【0044】
絶縁層23の面積は、さらに25μm2以上0.04mm2以下であることが好ましい。」
(b) また、請求書において、請求人は、絶縁層の面積を25μm2以上0.04mm2以下とすることの技術的意義について、「絶縁層を含めたトンネル磁気抵抗素子の製造精度や加工性を向上させることができ、かつ製造時のホコリ等による初期不良の発生を抑制でき、トンネル磁気抵抗素子の信頼性を高めることができる」ことを主張している。
(c) 請求人の主張を踏まえつつ、本願明細書の記載を参酌すると、絶縁層の面積を「25μm2以上0.04mm2以下」に特定することの技術的な意味は、主に製造上の便宜を図るためのものであって、当該構成のものとして予測困難でかつ格別顕著な効果を認めることはできない。
d 以上のとおりであるから、相違点1は、格別なものではないから、設計事項として評価すべきものであり、相違点1を根拠として数値限定発明としての進歩性を認めることはできない。

(イ) 相違点2について
a 引用発明において、各トンネル磁気抵抗素子の積層体(引用文献1においては「磁気抵抗」とも呼んでいる。)に印加される具体的な電圧値は不明であるが、引用文献1の段落【0008】には、次のように記載されている。
「TMR素子を使用したセンサでは、TMR素子のTMR比が大きいほど感度が高い。ところが、図12に示したグラフから分かるように、TMR素子には、バイアス電圧Vbが高くなるほど、TMR比が小さくなるというバイアス電圧依存性が存在する。このため、TMR比を大きくするためにはバイアス電圧を低くしなければならない。」
b 図12として示されたTMR素子のバイアス電圧Vb(mV)とTMR比(%)との関係を示すグラフにおいては、最小のバイアス電圧Vbを表す点が、少なくとも20mVを下回る値であることが読み取れる。
<引用文献1の【図12】に矢印を加筆したもの>


c そして、引用文献の段落【0008】には、「TMR比を大きくするためにはバイアス電圧を低くしなければならない。」と記載され、段落【0083】に「フルブリッジ回路61の一辺は、計30個の磁気抵抗R1〜R30を直列接続して構成されているため、一辺が1つの磁気抵抗のみで構成されているフルブリッジ回路と比較して、磁気抵抗1つ当りのバイアス電圧を1/30にすることができるため、磁気抵抗1つ当りのTMR比を高くすることができる。」と記載されているのである。
d そうすると、相違点2に係る「0.5mV以上20mV以下」を満たすバイアス電圧の値は、TMR比を高くする観点から、当業者が試みるところということができる。
e(a) 本件補正発明における、「各トンネル磁気抵抗素子に印加される電圧が、0.5mV以上20mV以下である」と限定することの技術的意義を把握するために、本願明細書の段落【0050】を参照すると、次のように記載されている。
「 【0039】
各トンネル磁気抵抗素子20に印加される電圧(実質的には絶縁層23に印加される電圧)を50mV以下とすることにより、各トンネル磁気抵抗素子20の感度を実質的に向上させつつ、各トンネル磁気抵抗素子20で発生するノイズを低減できる。その一方、各トンネル磁気抵抗素子20の絶縁層23に印加される電圧を0.1mV以上とすることにより、トンネル磁気抵抗素子20の直列数又は並列数が過度に増えることを防止でき、トンネル磁気抵抗素子20の良品率等の信頼性を高めることにもなる。すなわち、絶縁層23への印加電圧を0.1mV以上とすることで、トンネル磁気抵抗素子20の直列数又は並列数を過度に増やしたり絶縁層23を過度に薄くしたりする必要がなくなり、トンネル磁気抵抗素子20に適度のバイアス効果を生じさせることが容易になる。」
(b) また、請求書において、請求人は、「各トンネル磁気抵抗素子に印加される電圧が、0.5mV以上20mV以下である」と限定することの技術的意義について「トンネル磁気抵抗素子の感度向上及びノイズ低減がより確実になるとともに、信頼性の高いトンネル磁気抵抗素子を比較的容易に製造することができる」ことを主張している。
(c) 引用発明は、磁気抵抗を直接に接続することによって、磁気抵抗一つ当りのバイアス電圧を小さくしつつ、全体としては印加される電圧を小さくしないものであるから、「トンネル磁気抵抗素子の感度向上及びノイズ低減がより確実になるとともに、信頼性の高いトンネル磁気抵抗素子を比較的容易に製造することができる」という効果は、予測困難で、かつ、格別顕著な効果であるというようなものではない。
f したがって、相違点2は、格別なものではないから、設計事項として評価すべきものであり、相違点2を根拠として数値限定発明としての進歩性を認めることはできない。

(ウ) 総合検討
前記(ア)及び(イ)において検討したとおり、相違点1及び2は格別なものではなく、当業者が適宜なすべき設計事項にすぎない。そして、これらの相違点を総合的に勘案しても、本件補正発明の奏する作用効果は、引用発明及び引用文献1に記載された技術事項から予測される程度のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。
したがって、本件補正発明は、引用発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 請求人の主張について
(ア) 請求人の主張内容
請求人は、審判請求書において、次のa及びb点を根拠として、本件補正発明は進歩性を有する旨主張している。
a 本件補正発明は、「各トンネル磁気抵抗素子の前記絶縁層の面積は、25μm2以上0.04mm2以下である」とすることにより、絶縁層を含めたトンネル磁気抵抗素子の製造精度や加工性を向上させることができ、かつ製造時のホコリ等による初期不良の発生を抑制でき、トンネル磁気抵抗素子の信頼性を高めることができる。
b 「各トンネル磁気抵抗素子に印加される電圧が、0.5mV以上20mV以下である」とすることにより、トンネル磁気抵抗素子の感度向上及びノイズ低減がより確実になるとともに、信頼性の高いトンネル磁気抵抗素子を比較的容易に製造することができる。

(イ) 請求人の主張の検討
請求人の主張する効果は、前記エ(ア)及び(イ)において検討したとおり、予測困難で、かつ、格別顕著な効果であるとはいえない。したがって、請求人の前記主張は採用することができない。

カ 小括
以上検討のとおり、本件補正発明は、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。
よって、本件補正は、同法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するから、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
したがって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。


第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、前記第2のとおり却下したので、本願の請求項1〜13に係る発明は、令和3年8月12日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜14に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、そのうち、請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2の1(1)に示した記載により特定されるとおりのものである。

2 原査定における拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由のうち、本願発明についての理由は、次のとおりである。

理由2(進歩性
本願発明は、下記の引用文献1、2、4に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。



引用文献1:特開2011−103336号公報(再掲)
引用文献2:米国特許出願公開第2006/0092689号明細書
引用文献4:国際公開第2015/146656号

3 引用文献に記載された事項
上記引用文献1には、前記第2の2(2)イ(ア)bにおいて認定したとおりの引用発明が記載されていると認められる。

4 対比・判断
本願発明は、本件補正発明の「磁気センサー」において「各トンネル磁気抵抗素子の前記絶縁層の面積は、25μm2以上0.04mm2以下であ[る]」という、前記相違点1に係る限定を省いたものである。
そうすると、本願発明と引用発明は前記相違点2で相違し、それ以外の点で一致するものであるから、前記第2の2(2)エ(イ)における検討を踏まえると、本願発明は引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。


第4 むすび
以上検討のとおりであるから、本願発明は、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2022-08-08 
結審通知日 2022-08-10 
審決日 2022-08-25 
出願番号 P2017-559234
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G01R)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 岡田 吉美
特許庁審判官 佐藤 久則
中塚 直樹
発明の名称 磁気センサー、センサーユニット、磁気検出装置、及び磁気計測装置  
代理人 福田 充広  
代理人 福田 充広  

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