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審決分類 |
審判 査定不服 特17 条の2 、4 項補正目的 取り消して特許、登録 E02D 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 取り消して特許、登録 E02D 審判 査定不服 (159条1項、163条1項、174条1項で準用) 取り消して特許、登録 E02D 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 E02D |
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管理番号 | 1390400 |
総通号数 | 11 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2022-11-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2022-01-17 |
確定日 | 2022-10-17 |
事件の表示 | 特願2019−168572「地中遮水壁及び地中遮水壁築造方法」拒絶査定不服審判事件〔令和 3年 3月25日出願公開、特開2021− 46685、請求項の数(4)〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、令和1年9月17日の出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。 令和2年12月15日付け:拒絶理由通知 令和3年 2月19日 :期間延長請求書(2か月)の提出 同年 3月 8日 :意見書の提出、手続補正 同年 4月16日付け:拒絶理由通知 同年 7月 6日 :期間延長請求書(2か月)の提出 同年11月24日付け:拒絶査定 令和4年 1月17日 :拒絶査定不服審判請求、手続補正 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 令和4年1月17日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正について (1)本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(下線は、補正箇所を示す。)。 「 【請求項1】 炭酸水素塩を含む固化材入りのセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁であって、 セメントミルク中のセメントに対する炭酸水素塩の重量比が10〜20%であり、水に対するセメントの重量比が13〜40%であることを特徴とする地中遮水壁。」 (2)本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載 本件補正前の、令和3年3月8日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。 「 【請求項1】 炭酸水素塩を含む固化材入りのセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁であって、 固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上であることを特徴とする地中遮水壁。」 2 本件補正の適否について 本件補正のうち、請求項1についての補正は、本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するための事項のうち「固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上であること」を削除し、「セメントミルク中のセメントに対する炭酸水素塩の重量比が10〜20%であり、水に対するセメントの重量比が13〜40%であること」という事項に置換するものであるが、この補正は本件補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項について限定を付加するものでないことは明らかであるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものではない。 また、請求項の削除、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明(拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするものに限る)のいずれにもあたらないことも明らかである。 3 本件補正についての結び 以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第5項に規定する要件を満たしていないものであるから、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。 第3 本願発明 本件補正は、上記「第2 補正の却下の決定」のとおり、却下された。 したがって、本願請求項1ないし4に係る発明(以下、それぞれ「本願発明1」ないし「本願発明4」という。)は、令和3年3月8日にされた手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される発明であり、以下に示すものである。 「 【請求項1】 炭酸水素塩を含む固化材入りのセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁であって、 固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上であることを特徴とする地中遮水壁。 【請求項2】 地中で炭酸水素塩を含む固化材入りセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌し固化させて、請求項1に記載の遮水壁を築造することを特徴とする地中遮水壁築造方法。 【請求項3】 炭酸水素塩は重曹であることを特徴とする請求項2に記載の地中遮水壁築造方法。 【請求項4】 地中で地盤土砂に泥水を注入しながら、地盤土砂と混合撹拌した後に、炭酸水素塩を含む固化材入りセメントミルクを注入しながら、地中で地盤土砂と混合撹拌して固化させることを特徴とする請求項2又は3に記載の地中遮水壁築造方法。」 第4 原査定の概要 原査定(令和3年11月24日付け拒絶査定)の概要は、次のとおりである。 理由1(サポート要件) この出願は、請求項1〜4について、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 理由2(明確性) この出願は、請求項1における「固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上であること」との記載が、ゲルの断面積上限値を示していないことも含めて不明確であるから、請求項1〜4について、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。 理由3(進歩性) この出願の請求項1ないし4に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された下記の引用文献1ないし3に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 引用文献1:特開2010−150914号公報 引用文献2:特開2015−98699号公報 引用文献3:川村満紀外3名,ソイルセメントにおける粘土鉱物とセメントの相互作用の役割,土木学会論文報告集,日本,1969年 9月,p.31-43 第5 判断 1 原査定の理由1(サポート要件)について (1)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)令和3年3月8日にされた手続補正により補正された本願の明細書には以下の記載がある。 ア 「【発明が解決しようとする課題】 【0006】 特許文献1のセメント系固化材を用いたスラリーやセメント・ベントナイトスラリーによる地中遮水壁は、曲げや引張に対して弱く、柔軟性が極めて低い。また、セメント系固化材及びセメント・ベントナイトの必要量の調整が難しく、地中遮水壁の品質が安定しないという問題もある。また、スラリーを地中で練り混ぜるために大量の水が必要となるという問題もある。 【0007】 特許文献2のベントナイトによる地中遮水壁は、粘度発現や水膨潤性が乏しく十分な遮水性能が得られない場合があるという問題がある。また、ベントナイトの必要量の調整が難しく、地中遮水壁の品質が安定しないという問題もある。また、排土が大量に生じるという問題がある。 【0008】 そこで、上記点より本発明は、十分な遮水性能と変形追随性とを両立する地中遮水壁、及び、地中遮水壁の品質が安定し、かつ、築造おいて環境負荷を抑制できる地中遮水壁築造方法を提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0009】 請求項1の地中遮水壁は、炭酸水素塩を含む固化材入りのセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁であって、固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上である。 【0010】 請求項1の地中遮水壁によれば、固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上となっていることで、地中遮水壁に存在するC−S−Hゲルにより地中遮水壁の遮水係数を事実上不透水レベルとすることができ、十分な遮水性能を実現できる。また、固化後のソイルセメントの断面においてにおいて、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上となっていることで、地中遮水壁に存在するC−S−Hゲルにより破壊ひずみが2%以上となり、遮水壁の柔軟性が得られ、十分な変形追随性能及び自己修復性能を実現できる。」 イ 「【0028】 3.試験結果 標準砂での各検討例及び各比較例の配合条件、透水試験、一軸圧縮試験及びフロー試験の結果を以下の表1に示す。 【0029】 【表1】 ![]() 【0030】 標準砂の各検討例及び比較例の中で、標準砂の検討例4と検討例5が、透水係数の目標値10-7cm/sec以下、強度の目標値100kN/m2以上、破壊ひずみの目標値2%以上、及び、フロー値の目標値15cm以上をすべて満たす。 【0031】 したがって、地盤土砂の「標準砂」、炭酸水素塩である重曹、粘土、セメント、及び水を適切な配合条件とすることによって、地中遮水壁は、十分な遮水性能と変形追随性及び自己修復性とを両立することができる」 ウ 「【0038】 セメントミルクに炭酸水素塩である重曹を混入することでC−S−Hゲルの生成が促進されるメカニズムについて、以下に説明する。 【0039】 セメント組成物である3CaO・SiO2と水との化学反応は以下の通りである。 【0040】 【化1】 ![]() 【0041】 化学式1中の2CaO・SiO2・1.17H2Oは、C−S−Hゲルの水和物である。 【0042】 また、セメントミルクに重曹が混入されると、重曹と水による加水分解反応が起こる。 【0043】 【化2】 ![]() 【0044】 化学式2の加水分解反応によって生じたナトリウムイオンによって、化学式1での2CaO・SiO2・1.17H2OのC−S−Hゲルの生成が促進されるようになっている。 【0045】 重曹を混入していないセメントミルクからなるソイルセメントの試験体の破断面の実体顕微鏡観察写真を図1に示す。重曹を混入したセメントミルクからなるソイルセメントの試験体の破断面の実体顕微鏡観察写真を図2に示す。 【0046】 各破断面には白色が濃い粒状の点が多数見られる。この白色が濃い粒状の点がC−S−Hゲルである。各破断面におけるC−S−Hゲルの領域の面積と破断面全体の面積との比率は、重曹を混入していないセメントミルクからなるソイルセメントの試験体では約10%であり、重曹を混入したセメントミルクからなるソイルセメントの試験体では約15%である。 【0047】 C−S−Hゲルは、多孔質であり、吸水して膨張するようになっている。限界まで吸水し膨張したC−S−Hゲルは、水を通さない。そのため、地中遮水壁におけるC−S−Hゲルの量が多くなればなるほど、遮水性能を向上させることができる。 【0048】 また、C−S−Hゲルが吸水して膨張することによって、地中遮水壁内部の空隙が充填され、地中遮水壁の自己修復性能が得られる。」 (3)本願における課題は、上記(2)の【0006】〜【0008】に示されるとおり、「十分な遮水性能と変形追随性とを両立する地中遮水壁」を提供することである。 本願発明1は、「炭酸水素塩を含む固化材入りのセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁であって、固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上であることを特徴とする地中遮水壁」であるところ、上記(2)の【0047】〜【0048】には、地中遮水壁中のC−S−Hゲルの量が多くなると、地中遮水壁の遮水性能及び自己修復性能が向上することが説明され、上記(2)の【0038】〜【0044】には、セメントミルクに炭酸水素塩を混入することで、C−S−Hゲルの生成が促進されるメカニズムが説明され、上記(2)の【0045】〜【0046】には、各破断面におけるC−S−Hゲルの領域の面積と破断面全体の面積との比率が約15%となる試験体が得られたことが説明されている。 (4)そうすると、本願発明1が有する「固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上である」構成により、「十分な遮水性能と変形追随性とを両立する地中遮水壁」を提供するという課題は、明細書記載の実施例等を参照し、配合条件を適切化することで、面積の比率を15%より高いものとした場合も含めて、合理的に解決できると理解される。 (5)したがって、本願発明1は、本願の明細書の発明の詳細な説明の記載により、当業者が本願における課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。 (6)本願発明2〜4については、本願発明1に係る地中遮水壁を築造する方法であるから、当業者が本願における課題を解決できると認識できる範囲のものである。 (7)以上のことから、本願発明1〜4は、発明の詳細な説明に記載されたものである。 2 原査定の理由2(明確性)について (1)特許法第36条第6項第2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から検討されるべきである。 (2)本願発明1の「固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上である」について、その記載自体明確である。そして、「C−S−Hゲルが存在する領域の面積」を「断面全体の面積の15%以上」とすることについて、上記1(4)で指摘したとおり、当業者であればその技術的意義についても十分理解できるものである。 (3)また、本願発明1のその余の記載、及び本願発明2〜4についても、第三者に不測の不利益を及ぼすほどの不明確な点は存在しない。 (4)したがって、本願発明1〜4は明確である。 3 原査定の理由3(進歩性)について (1)引用文献1 引用文献1には、以下の事項が記載されている(下線は、当審で付した。以下同様。)。 ア 「【0025】 そこで、本発明のソイルセメント柱の造成方法の一例について、図1の造成工程A〜Cを示す断面概略図を用いて説明する。本願発明のソイルセメント柱の造成方法は、掘削深度をZとするソイルセメント柱の造成において、基本的には、 A:地盤表面0から深度Z1(ここでZ1は、0<Z1<Zである)まで掘削土に気泡および水を供給しながら掘削撹拌する工程、 B:深度Z1から深度Zまで掘削土に気泡およびセメントを含む固化材ミルクを供給しながら掘削撹拌する工程、および C:深度Zから地盤表面0まで消泡剤を加えたセメントを含む固化材ミルクを供給しながら戻り撹拌する工程 を含むことを特徴としている。」 イ 「【0056】 固化材の種類についても特に制限はなく、例えばSMW等の工法で使用する固化材と同様に、セメントやセメント系固化材を用いることができる。この固化材を適切な割合で水に分散させることでセメントを含む固化材ミルクを調整する。必須ではないものの、掘削時の逸泥量を減少させ、固化体に止水性等を付加する効果を期待して、さらにベントナイト等を添加することも考慮できる。公知の様々な工法では、一般的に、固化材ミルクに、増粘材、凝結遅延材、分散材などの添加材を混合することが多く、本発明においても使用することができるが、基本的に不要である。また、気泡の効果で、これら固化材の添加量を低く抑えることもできる。」 ウ 「【0061】 本発明のソイルセメント連続壁の造成方法は、先行エレメントのソイルセメント柱を造成し、次いで先行エレメントの端部にラップするように後行エレメントのソイルセメント柱を造成することで地盤中に連続一体の地中壁を造成する方法であって、前記のソイルセメント柱の造成方法によりソイルセメント柱を造成することを特徴としている。」 エ 上記ア〜ウからみて、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているものと認める。 「ソイルセメント柱の造成において、掘削土にセメントを含む固化材ミルクを供給しながら撹拌する工程を含み、 固化材は、固化体に止水性を付加する効果を期待して、さらにベントナイトを添加することもでき、 先行エレメントのソイルセメント柱を造成し、次いで先行エレメントの端部にラップするように後行エレメントのソイルセメント柱を造成することで地盤中に連続一体の地中壁を造成した、 ソイルセメント連続壁。」 (2)引用文献2 引用文献2には、以下の事項が記載されている。 ア 「【0014】 そこで、本発明の目的は、亜炭鉱廃坑等の大規模な地下空洞を流動化処理土で充填する際に、できるだけ少数の打設孔から流動化処理土を打設できるようにして、打設孔の形成、流動化処理土の打設、段取り替え、パイプ清掃等にかかる手間、コスト及び工期を削減し、また固化材のコストも削減し、さらにそれ以外の用途にも広く使用することができる新規な遅延硬化型流動化処理土を提供することにある。 【課題を解決するための手段】 【0015】 本発明者は、亜炭鉱廃坑等の大規模な地下空洞を多量の流動化処理土で充填するには、流動化処理土が打設した翌日に固体とならないで流動体を保つようにし、それにより1箇所の打設孔に通したパイプから連続的に打設していくことが、工程的、コスト的にメリットがあると考えた。そのためには、1日以上(好ましくは2〜7日程度)は流動性を有し、その後、徐々に硬化していく遅延硬化型の流動化処理土の新規開発が必要となり、後述するように試験・研究を重ね、本発明に至った。 【0016】 本発明の遅延硬化型流動化処理土は、被処理土に水と固化材としての鉄鋼スラグとアルカリ刺激剤とを配合及び混合してなり、混合直後の日本道路公団規格JHS A 313−1992に準拠して測定した20℃におけるフロー値が80〜280mmであり、混合後に20℃の環境下に静置したときのJIS A 1216に準拠して測定した一軸圧縮強度が、1日経過時に0.02N/mm2以下であり、51日経過時に0.038〜5N/mm2となるものであることを特徴とする。」 イ 「【0021】 さて、被処理土に、従来のようにセメントを配合した場合には遅延硬化性にできず、本発明のように鉄鋼スラグとアルカリ刺激剤とを配合した場合に遅延硬化性にできるのは、次のようなメカニズムによるものと考えられる。 【0022】 (i)従来の一般的な流動化処理土に固化材として配合されている普通セメントは、主な化合物が3CaO・SiO2(エーライト;C3S)と2CaO・SiO2(ビーライト;C2S)であり、CaO/SiO2比は約3である。つまりSiO2に比べCaOが過剰なので、これらの化合物が水和反応すると、普通セメントに含まれるCaだけで全てのSiと珪酸カルシウム水和物(C−S−H)を生成することができ、さらに過剰分のCaでCa(OH)2が生成される。よって、普通セメントが水和反応すると直ちに水硬性が発現し、たとえ普通セメントの配合量を減らしたとしても、最終的な硬化の程度が低くなるだけで、その硬化までの時間が遅延することにはならない。 【0023】 (ii)一方、鉄鋼スラグは、潜在的にはC−S−Hを生成するためのCaOとSiO2を含んでいるが、CaO/SiO2比が1.2程度と低いため、鉄鋼スラグのみでセメントほどの水硬性を発揮することはできず(潜在水硬性)、添加したアルカリ刺激剤による刺激により反応が促進される。またこのとき、鉄鋼スラグに含まれるCaだけでは全てのSiとC−S−Hを作り出すには十分でないため、アルカリ刺激剤にCaが含まれる場合には、そのCaとポゾラン反応が生じてC−S−Hを生成する。よって、鉄鋼スラグに対するアルカリ刺激剤の配合の調整により、反応促進の程度を変化させて適度な遅延硬化性にでき、また、被処理土に対する鉄鋼スラグ及びアルカリ刺激剤の配合の調整により、最終的な固化の程度を変化させることができると考えられる。」 ウ 「【0033】 4.アルカリ刺激剤 アルカリ刺激剤は、特に限定されず、水酸化カルシウム(消石灰)、酸化カルシウム(生石灰)、トリエタノールアミン(前記水砕スラグを粉砕加工して高炉スラグ微粉末とする際に加えられる粉砕助剤)、水酸化ナトリウム溶液(苛性ソーダ)、塩化カルシウム、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム(重曹)、セメント(ポルトランドセメント等)、アンモニア水等を例示できる。」 エ 上記ア〜ウからみて、引用文献2には、次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されているものと認める。 「被処理土に水と固化材としての鉄鋼スラグとアルカリ刺激剤とを配合及び混合してなり、 鉄鋼スラグは、潜在的にはC−S−Hを生成するためのCaOとSiO2を含んでいるが、CaO/SiO2比が1.2程度と低いため、鉄鋼スラグのみでセメントほどの水硬性を発揮することはできず(潜在水硬性)、添加したアルカリ刺激剤による刺激により反応が促進され、 鉄鋼スラグに対するアルカリ刺激剤の配合の調整により、反応促進の程度を変化させて適度な遅延硬化性にでき、また、被処理土に対する鉄鋼スラグ及びアルカリ刺激剤の配合の調整により、最終的な固化の程度を変化させることができ、 アルカリ刺激剤は、炭酸水素ナトリウム(重曹)を例示できる、 遅延硬化型流動化処理土。」 (3)引用文献3 引用文献3には、以下の事項が記載されている。 ア 「(5) 光学顕微鏡による薄片の観察 写真−1,写真−2,写真−3は薄片の光学顕微鏡写真であり,おのおのセメント量20%のカオリナイト-セメント,ベントナイト-セメント,セリサイト-セメントの養生日数にともなう組織の変化を示す。養生日数90日および200日におけるカオリナイト-セメント,ベントナイト-セメントの写真−1(c),(d),写真−2(c),(d)は28日材令以前においてみられた(写真−1(a),(b),写真−2(a),(b))ground mass gelはみられない。 (中略) また,これら薄片の顕微鏡写真にみられるゲル状物質はCSH(gel)と無定形水酸化カルシウムの混合物であろう。」(第40頁右欄第2〜31行) イ 写真−2は次のものである。 「 ![]() 」 (4)本願発明について ア 対比 本願発明1と引用発明1とを対比する。 (ア)引用発明1の「掘削土」、「セメントを含む固化材ミルク」、「ベントナイト」は、それぞれ本願発明1の「地盤土砂」、「セメントミルク」、「固化材」に相当する。そして、引用発明1の「ベントナイトを添加」した「セメントを含む固化材ミルク」は、本願発明1の「固化材入りのセメントミルク」に相当する。 (イ)引用発明1において、「掘削土にセメントを含む固化材ミルクを供給しながら撹拌」すれば、「掘削土」と「固化材ミルク」が「混合」することは自明であり、当該「撹拌」工程により造成された「ソイルセメント柱」が「ソイルセメント」を「固化」させたものであることも自明である。よって、上記の点は、本願発明1の「セメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて」に相当する。 (ウ)引用発明1において、「止水性」を付加された「ソイルセメント柱」からなる「地中壁」である「ソイルセメント連続壁」は、本願発明1の「ソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁」に相当する。 (エ)以上のことから、本願発明1と引用発明1とは、 「固化材入りのセメントミルクと地盤土砂とを混合撹拌したソイルセメントを固化させて地中に築造される地中遮水壁。」 で一致するものの、以下の点で相違している。 〔相違点〕本願発明1の「固化材」は「炭酸水素塩を含む」ものであり、「固化後のソイルセメントのあらゆる断面における値の平均として、C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上である」のに対し、引用発明1の「ベントナイト」はそのように特定されていない点。 イ 判断 相違点について検討する。 (ア)引用発明2は、「C−S−H」の生成の促進に「アルカリ刺激剤」を添加し、及び、「アルカリ刺激剤」の例として「炭酸水素ナトリウム(重曹)」を示すものである。 しかしながら、引用発明2の「アルカリ刺激剤」は、「流動化処理土」に「適度な遅延硬化性」を与えるために、水硬性の低い「鉄鋼スラグ」と混合されるものである。そして引用文献2の【0022】には、「普通セメントが水和反応すると直ちに水硬性が発現し」と記載されているから、水硬性の高い「セメント」に「アルカリ刺激剤」を付与しても「遅延硬化性」が得られないことは明らかである。そうすると、引用発明1の「セメントを含む固化材ミルク」に、引用発明2の「アルカリ刺激剤」を添加する動機付けは存在せず、当業者が容易になし得たことではない。 また、引用文献3には、「固化材」に「炭酸水素塩」を用いることは記載されていない。 (イ)そして、本願発明1は、「炭酸水素塩」を「セメントミルク」に混入することでC−S−Hゲルの生成が促進され、「C−S−Hゲルが存在する領域の面積が、断面全体の面積の15%以上である」ソイルセメントが得られることで、本願が課題とする「十分な遮水性能と変形追随性との両立」が実現できるものである。各引用文献においては、引用文献2に鉄鋼スラグを用いる場合におけるC−S−Hの生成の促進に炭酸水素ナトリウムの使用が示唆されているにとどまり、セメントミルクに対して炭酸水素塩を混入することによりC−S−Hゲルが存在する断面領域面積の割合を増加させることや、C−S−Hゲルの増加とソイルセメントの遮水性能及び変形追随性との関係性については、記載も示唆もされていない。 (ウ)したがって、引用発明1において、引用文献2及び3に記載の事項を適用することにより、上記相違点に係る本願発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことではない。 ウ 小括 したがって、本願発明1は、引用文献1ないし3記載の発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 エ 本願発明2〜4について (ア)本願発明2は、本願発明1の地中遮水壁を築造する方法の発明であり、「固化材」として「炭酸水素塩」を含むことが特定されているから、上記イに示した理由と同様の理由により、引用文献1ないし3記載の発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (イ)本願発明3及び4は、本願発明2の構成を全て含み、さらに限定を付加する発明であるから、本願発明3及び4は、上記イに示した理由と同様の理由により、引用文献1ないし3記載の発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 第6 むすび 以上のとおり、本願は、原査定の理由によって拒絶することはできない。 また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審決日 | 2022-09-22 |
出願番号 | P2019-168572 |
審決分類 |
P
1
8・
57-
WY
(E02D)
P 1 8・ 121- WY (E02D) P 1 8・ 56- WY (E02D) P 1 8・ 537- WY (E02D) |
最終処分 | 01 成立 |
特許庁審判長 |
居島 一仁 |
特許庁審判官 |
奈良田 新一 有家 秀郎 |
発明の名称 | 地中遮水壁及び地中遮水壁築造方法 |
代理人 | 宮田 誠心 |
代理人 | 宮田 正道 |