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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23F
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23F
管理番号 1390583
総通号数 11 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-11-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-02-18 
確定日 2022-10-31 
異議申立件数
事件の表示 特許第6920992号発明「液体エスプレッソ濃縮物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6920992号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6920992号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし8に係る特許についての出願は、2015年(平成27年)12月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2015年1月2日 欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、令和3年7月29日にその特許権の設定登録(請求項の数8)がされ、同年8月18日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和4年2月18日に特許異議申立人 神谷 高伸(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし8)がされ、同年5月26日付けで取消理由が通知され、同年8月26日に特許権者 コーニンクラケ ダウ エグバート ビー.ブイ.(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出されたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいう。)は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
1-CQL、ジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン、および4-エチルグアヤコール(以下、まとめてマーカーという)の存在を表したフレーバープロファイルを有することによって特徴付けられ、ここで、上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値は、0.5よりも大きい、15%〜55%の乾燥固形物質を含むコーヒー濃縮物。
【請求項2】
上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値は0.55よりも大きい、請求項1に記載のコーヒー濃縮物。
【請求項3】
上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値は0.6よりも大きい、請求項1に記載のコーヒー濃縮物。
【請求項4】
乾燥固形物質のkg当たり、少なくとも450mgのクロロゲン酸等価物の量の1-カフェオイルキナ酸ラクトン(1-CQL)を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載のコーヒー濃縮物。
【請求項5】
乾燥固形物質のkg当たり、少なくとも510mgのクロロゲン酸等価物の量の1-カフェオイルキナ酸ラクトン(1-CQL)を含む、請求項4に記載のコーヒー濃縮物。
【請求項6】
乾燥固形物質のkg当たり、少なくとも590mgのクロロゲン酸等価物の量の1-カフェオイルキナ酸ラクトン(1-CQL)を含む、請求項4に記載のコーヒー濃縮物。
【請求項7】
芳香マーカー、即ちジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン、および4-エチルグアヤコールの濃度(mg芳香物質/kg可溶性コーヒー固形分)の合計が、2850mg/kg可溶性固形分よりも大きい、請求項1〜6のいずれか1項に記載のコーヒー濃縮物。
【請求項8】
芳香マーカー、即ちジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン、および4-エチルグアヤコールの濃度(mg芳香物質/kg可溶性コーヒー固形分)の合計が、3000mg/kg可溶性固形分よりも大きい、請求項7に記載のコーヒー濃縮物。」

第3 特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由の概要
令和4年2月18日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した特許異議申立ての理由の概要は次のとおりである。

1 申立理由1(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記(1)及び(2)の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

(1)甲第1号証に記載されているように(甲第1号証に記載された事項については下記参照。)、ガスクロマトグラフィー質量分析(GCMS)の特性上、GCMSピーク高は濃度比を反映するとは限らず、ピーク高に基づく定量は困難であることが技術常識であるから、Y processモデル値で芳香プロファイルを特定する態様を含む本件特許発明1ないし8は、エスプレッソタイプの芳香を備えるという本件特許発明の効果が奏されるか、本件特許明細書の記載からは理解できない態様を含む。
このように、本件特許発明1ないし8は、本件特許明細書の記載からは、エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む。

<甲第1号証に記載された事項>
甲第1号証には、おおむね次の事項が記載されている。

・「従来の概念から考えると,温度差によってキャリヤーガスの流量が変わり,それが主たる原因となって検出器の感度に影響し,Fig.4に示すようなピークの形状やRTに変化をもたらすため,定量精度はよくないと思われる.すなわちピーク高による定量法では分析物質と内部標準物質のそれぞれのカラム温度が異なっており,それぞれカラム温度が全く一定に保持されるとはいえず,またキャリヤーガス流量もつねに一定とは限らないので,同一温度条件における分析物質と内部標準の比のようにはならないと懸念され,当然バラツキを生ずると考えられるからである.しかし面積法による場合はある温度範囲においてはそれぞれの物質の面積がほぼ一定であることがTable 1の例のように明らかにされたので,このような物質についての定量は可能と思われる.また再現性がなければならないことはいうまでもない.」(第189ページ左欄下から第5行ないし右欄第10行)

(2)Y processモデル値やZ processモデル値とエスプレッソタイプの芳香プロファイルとの関係は、本件特許明細書に一切説明がなく、これを示す実験データも開示されていない。
このように、本件特許発明1ないし8は、本件特許明細書の記載からは、エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む。

2 申立理由2(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記(1)及び(2)の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

(1)上記1(1)で指摘したように、本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許明細書の記載からは、エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む。

(2)上記1(2)で指摘したように、本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許明細書の記載からは、エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む。

3 証拠方法
甲第1号証:楢府直大ら、「食品添加物のガスクロマトグラフィーによる定量法の研究(第2報)−昇温ガスクロマトグラフィーによる合成保存料の同時定量−」、食品衛生学雑誌、1969年6月5日、公益社団法人日本食品衛生学会、第10巻、第3号、第186〜189ページ、
証拠の表記は、特許異議申立書の記載におおむね従った。以下、「甲1」という。

第4 取消理由の概要
令和4年5月26日付けで通知した取消理由(以下、「取消理由」という。)の概要は以下のとおりである。

1 取消理由1(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記(1)及び(2)の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

(1)判断1
本件特許の請求項1には、「上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値は、0.5よりも大きい」との記載がある。
ところで、本件特許の発明の詳細な説明の記載の【0072】によると、「Y process」はジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン及び4-エチルグアヤコールの5つのマーカーのGCMSで求められたピーク高などを代入してモデル値を求める方程式である。
しかし、甲1によると、GCMSによる定量は困難であることが技術常識であり、GCMSによっては、同一サンプル・同一測定条件であっても、測定毎に測定値が相違する場合が多いといえるところ、本件特許の発明の詳細な説明又は図面には、どのようにすれば、GCMSによる定量の精度を改善できるのか何ら記載されていない。
そうすると、GCMSで求めた値を、「Y process」に代入して求められる「Y processモデル値」による特定では、本件特許発明1における「コーヒー濃縮物」という物を特定することはできない。

(2)判断2
上記(1)のとおり、本件特許の請求項1に記載された「Y process」は、ジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン及び4-エチルグアヤコールの5つのマーカーのGCMSで求められたピーク高などの値を代入してモデル値を求める方程式である。そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0072】に記載されているように、その方程式は、それぞれのマーカーの値をlog10変換したものに所定の係数を乗じ、加算したものであるから、上記5つのマーカーの値であるピーク高の大きさ次第で、「Y processモデル値」の値は変わるものである。
しかし、本件特許の発明の詳細な説明には、上記5つのマーカーのピーク高の大きさをどのようにして決めるのかの記載はない。
そうすると、本件特許発明1の「Y process」の「モデル値は、0.5よりも大きい」という特定では、本件特許発明1における「コーヒー濃縮物」という物を特定することはできない。

2 取消理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、該取消理由2は申立理由1のうち(1)の点による理由とおおむね同旨である。

・本件特許の発明の詳細な説明の【0001】ないし【0008】の記載によると、本件特許発明1ないし8の発明が解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は「エスプレッソタイプのコーヒー調製物を提供するのに適した液体コーヒー濃縮物」を提供することである。
さらに、本件特許の発明の詳細な説明の【0073】には、「0.5を超えるY process値が、本発明に従う液体コーヒー濃縮物をはっきりと特徴づける。」と記載されている。
しかし、GCMSで求めた値を、「Y process」に代入して求める「Y processモデル値」による特定では、「コーヒー濃縮物」という物を特定することはできないから、上記「Y processモデル値」では、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲を特定することはできず、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲は不明である。
そうすると、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえないし、また、当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
また、請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし8についても同様である。
よって、本件特許発明1ないし8に関して、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合しない。

3 取消理由3(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。
なお、該取消理由3は申立理由2のうち(1)の点による理由とおおむね同旨である。

・本件特許の発明の詳細な説明の【0013】ないし【0053】には、「コーヒー濃縮物」の製造方法が記載され、【0089】ないし【0102】には、「Y processモデル値」が0.827の実施例2A及び「Y processモデル値」が0.682の実施例2Bの製造方法が記載されている。
しかし、GCMSで求めた値を、「Y process」に代入して求める「Y processモデル値」による特定では、「コーヒー濃縮物」という物を特定することはできないから、発明の詳細な説明に記載された製造方法で本件特許発明1を製造することができたのかを確認することはできない。
したがって、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1を生産し、使用することができる程度の記載があるとはいえない。
また、請求項1を直接又は間接的に引用して特定する本件特許発明2ないし8についても同様である。
よって、本件特許発明1ないし8に関して、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を充足しない。

第5 取消理由についての当審の判断
1 取消理由1(明確性要件)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで、検討する。

(2)明確性要件の判断
本件特許の請求項1の記載は上記第2の【請求項1】のとおりであり、そこには、「上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値は、0.5よりも大きい」との記載がある。
本件特許の発明の詳細な説明の【0072】の「6の特徴的なマーカー(5つの同定されたSPME−GCMSマーカーと定量化されたLCMSマーカー1-CQL)のこのサブセットについての測定された値は、CAMO社(Nedre Vollgate 8、オスロ、ノルウェイ国)からのUnscrambler X(バージョン10.3)ソフトウェアを用いて、それらの強度信号のlog10変換および単位分散スケーリングの後、部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analysis(PLS-DA))に付された。これは、以下の線形PLSモデル方程式を結果した:
Yprocess= B0 +
B1 *log10(X1 ) +
B2 *log10(X2 ) +
B3 *log10(X3 ) +
B4 *log10(X4 ) +
B5*log10(X5 ) +
B6 *log10(X6 )

生の回帰係数
B0 = -0.6508
B1 =-0.4480
B2 = +0.3870
B3 =+0.2355
B4 =-0.5682
B5 =-0.08586
B6 = +0.8294
X1 :1.6重量%の調製物のml当たりのジメチルジスルフィドピーク高
X2 :1.6重量%の調製物のml当たりのフルフリルアルコールのピーク高
X3 :1.6重量%の調製物のml当たりの1-(アセチルオキシ)2-プロパノンのピーク高
X4 :1.6重量%の調製物のml当たりの2-ヘプタノンのピーク高
X5 :1.6重量%の調製物のml当たりの4-エチルグアヤコールのピーク高
X6 :乾燥物質kg当たりのクロロゲン等価物としての1-CQLmg」という記載によると、「Y process」はジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン及び4-エチルグアヤコールの5つのマーカーのGCMSで求められたピーク高などを代入してモデル値を求める方程式であり、同じく【0084】の「定量化された特徴的な全てのマーカーのうち、上記された本発明に従う5つのGCMSマーカーと1つのLCMSマーカー(前述の定量化されたSPME−GCMSマーカー(1)〜(5)、プラス前述の定量化されたLCMSマーカー1-CQL(6))のサブセットに関する計測値は、CAMO社(Nedre Vollgate 8、オスロ、ノルウェイ国)からのUnscrambler X(バージョン10.3)ソフトウェアを用いて濃度(mg/kg可溶性コーヒー固形分として表現された)のlog10変換およびそれら濃度の単位分散スケーリングの後、部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses:PLS−DA)に付された。これは、次の線形PLSDAモデル方程式をもたらした。


ここで、方程式内の因子β0〜β6は、下の表2に示された意味を有している。」及び【0085】の「【表2】

」という記載によると、「Z process」は上記5つのマーカーのGCMSで求められた濃度などを代入してモデル値を求める方程式である。
本件特許の発明の詳細な説明の【0070】の「コーヒー上部空間内の揮発性物質は、ガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)と結合された固相マイクロ抽出(solid phase micro-extraction, SPME)によって分析された。・・・(略)・・・SPMEファイバは、GC(Fisons 8000, Fisons Instruments)の注入ポート内へ挿入され、そして化合物は、250℃で1分の間にファイバから脱着させられ、そして搬送ガスとしてヘリウム(37kPa)を用いて、毛細管HP‐5カラム(50m×0.32mm、膜厚1.05μm;Hewlett Packard)上で分離された。」という記載によると、上記5つのマーカーを求めるGCMSは、「毛細管HP‐5カラム(50m×0.32mm、膜厚1.05μm;Hewlett Packard)」、すなわちキャピラリー(毛細管)カラムを用いたGCMSである。

ところで、令和4年8月26日に特許権者から提出された意見書に添付された乙第2号証(ガスクロマトグラフィー入門編 GC・GC/MS基礎講座)<URL:https://www.tokyodensan.co.jp/?page_id=2129>、東京電気産業株式会社、以下、「乙2」という。)及び乙第3号証(「食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)別表第9の第3欄に掲げる方法の詳細(以下「規定の方法」という。)は本通知によることとする。」と記載する「別添 栄養成分の分析方法等」の抜粋、以下、「乙3」という。)に記載された事項(それぞれ、下記参照。)によると、キャピラリーカラムを用いたGCMSは、シャープなピークが得られ、分離、定量性が良く、信頼度の高い分析機器であることは当業者の出願時の技術常識であるといえる。

<乙2に記載された事項>
乙2には、おおむね次の事項が記載されている。

・「

」(第2ページ第4ないし末行)

<乙3に記載された事項>
乙3には、おおむね次の事項が記載されている。

・「


・・・(略)・・・


」(第14ページ第28行ないし第18ページ第34行)

また、本件特許の発明の詳細な説明の【0068】ないし【0071】には、GCMS分析がどのように行われるのかについて、実験条件及び使用装置を含め具体的に記載されており、さらに、GCMS分析がクロマトグラフをもたらし、このクロマトグラフから手動又は容易に入手可能なソフトウェアを使用してピーク高を決定することができることは当業者の出願時の技術常識である。
さらに、本件特許の発明の詳細な説明の【0078】ないし【0083】には、GCMS分析による濃度の求め方が具体的に記載されている。

以上を踏まえると、当業者は、本件特許の発明の詳細な説明の記載及び当業者の出願時の技術常識に従い、本件特許発明1における「Y process」に代入する上記5つのマーカーのピーク高を精度良く求めることができるといえるし、同じく「Z process」に代入する上記5つのマーカーの濃度を精度良く求めることができるといえる。

したがって、当業者であれば、「上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値は、0.5よりも大きい」という特定によって、本件特許発明1における「コーヒー濃縮物」という物を特定することができるといえる。

そして、他に本件特許の請求項1に不明確な記載はないし、請求項1の記載は発明の詳細な説明の記載とも整合する。

したがって、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎とすれば、本件特許発明1に関して、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
また、本件特許発明2ないし8に関しても同様であり、本件特許発明2ないし8に関して、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

(3)取消理由1についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、取消理由1によっては、取り消すことはできない。

2 取消理由2(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そこで、検討する。

(2)サポート要件の判断
本件特許の特許請求の範囲の記載は上記第2のとおりである。
他方、本件特許の発明の詳細な説明の【0001】ないし【0008】の記載によると、本件特許発明1ないし8の発明の課題は「エスプレッソタイプのコーヒー調製物を提供するのに適した液体コーヒー濃縮物」を提供することである。
そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0011】及び【0056】ないし【0088】には、本件特許発明1ないし8に対応する記載がある。
特に、本件特許の発明の詳細な説明の【0003】には「「コーヒー濃縮物」という用語は、15重量%〜55重量%の乾燥固形物質含有量を有する(その乾燥固形物質は、大部分は液体可溶性固形分として濃縮物内に存在する)水性濃縮物と呼ばれるものとして当分野で与えられた意味を有する。」と記載され、同じく【0073】には、「0.5を超えるY process値は、本発明に従う液体コーヒー濃縮物をはっきりと特徴付ける。」と記載され、同じく【0087】に「Zprocess値は、下に規定されたように、0.5より、より好ましくは0.55より、最も好ましくは0.6よりも大きい。」と記載されている。
また、本件特許の発明の詳細な説明の【0089】ないし【0099】において、実施例1のコーヒー濃縮物がエスプレッソの芳香を有していることを確認している。
そうすると、当業者は、「1-CQL、ジメチルジスルフィド、フルフリルアルコール、1-(アセチルオキシ)2-プロパノン、2-ヘプタノン、および4-エチルグアヤコールの存在を表したフレーバープロファイル」を有し、「上記したマーカーの部分的最小二乗判別分析(Partial Least Squares Discriminant Analyses)に基づいた該計算されたY processまたはZ processモデル値」が「0.5よりも大き」く、「15%〜55%の乾燥固形物質」を含む「コーヒー濃縮物」は発明の課題を解決できると認識できる。
そして、本件特許発明1は、発明の課題を解決できると認識できる上記「コーヒー濃縮物」であり、本件特許発明2ないし8は、発明の課題を解決できると認識できる上記「コーヒー濃縮物」をさらに限定したものである。
したがって、本件特許発明1ないし8は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。
よって、本件特許発明1ないし8に関して、特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合する。

なお、特許異議申立人は、上記第3 1(1)のとおり主張する。
そこで、該主張について検討する。
甲1は、その第187ページ右欄第10行の「support: Chromosorb W(60-80 mesh)」及び同11行の「column: glass,1.8m,φ4mm」という記載からみて、充填カラムを用いたGCMSに関する文献であるから、「ガスクロマトグラフィー質量分析(GCMS)の特性上、GCMSピーク高は濃度比を反映するとは限らず、ピーク高に基づく定量は困難であること」は、充填カラムを用いたGCMSに関する技術常識といえるに止まり、キャピラリーカラムを用いたGCMSに関する技術常識とはいえない。
そして、本件特許発明1ないし8は、キャピラリーカラムを用いたGCMSにより上記5つのマーカーのピーク高や濃度を求めるものであるところ、上記1(2)のとおり、キャピラリーカラムを用いたGCMSはシャープなピークが得られ、分離、定量性が良く、信頼度の高い分析機器であることは当業者の出願時の技術常識であるから、「Y processモデル値」が「0.5よりも大きい」ことで芳香プロファイルを特定する態様を含む本件特許発明1ないし8が、エスプレッソタイプの芳香を備えるという効果を奏することを当業者は理解でき、「エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む」とはいえない。
したがって、該主張は採用できない。

また、特許異議申立人は、特許異議申立書において、「なお、本件明細書の段落[0076]には、GCMSピーク高について、・・・(略)・・・しかし、各フレーバーの検出限界値は、使用するGCMS装置によって異なる。このため、例えば、ジメチルジスルフィドの含有量がごく微量のコーヒー濃縮物について、装置Pを用いた場合にはジメチルジスルフィドのピークが検出され、そのGCMSピーク高を求めることができ、Y processモデル値が0.5以上であったが、装置Qを用いた場合にはジメチルジスルフィドのピークが検出されない、という場合もあり得る。この場合には、同一のコーヒー抽出物について、装置Pで測定した場合には本件発明1の技術的範囲内と判断され、装置Qで測定した場合には本件発明1の技術的範囲外と判断されることになる。このように、GCMS装置によって本件発明の技術的範囲が影響を受けるため、GCMSマーカーのピーク高の間の相互関係がGCMS装置によっては変化しないとの本件明細書の記載は失当である。」(第7ページ第26行ないし第8ページ第19行)旨の主張もしている。
該主張は、なお書きとしての主張であるが、念のため検討する。
本件特許発明1ないし8が、本件特許の発明の詳細な説明の【0070】に記載されたようなGCMSにより、「Y process」に代入する5つのマーカーのピークを検出するものであることは当業者に明らかであるから、「装置Pを用いた場合にはジメチルジスルフィドのピークが検出され、そのGCMSピーク高を求めることができ、Y processモデル値が0.5以上であったが、装置Qを用いた場合にはジメチルジスルフィドのピークが検出されない」という場合が生じるとは考えられないし、【0070】に記載されたようなGCMSを用いながらも、「装置P」ではジメチルジスルフィドのピークが検出され、「装置Q」ではジメチルジスルフィドのピークが検出されないといった場合があることの証拠も示されていない。
したがって、該主張も採用できない。

(3)取消理由2についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、取消理由2によっては取り消すことはできない。

3 取消理由3(実施可能要件)について
(1)実施可能要件の判断基準
本件特許発明1ないし8は「コーヒー濃縮物」という物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。
そこで、検討する。

(2)実施可能要件の判断
本件特許の発明の詳細な説明の【0003】及び【0056】ないし【0088】には、本件特許発明1ないし8の各発明特定事項について具体的に記載されている。
特に、本件特許の発明の詳細な説明の【0013】ないし【0053】及び図1には、本件特許発明1ないし8に係る「コーヒー濃縮物」の製造方法に関する説明が記載され、同じく【0089】ないし【0102】には、実施例1、実施例2A及び実施例2Bの製造方法が具体的に記載されている。
したがって、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし8を生産し、使用することができる程度の記載があるといえる。
よって、本件特許発明1ないし8に関して、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を充足する。

なお、特許異議申立人は、上記第3 2(1)のとおり主張する。
そこで、該主張について検討するに、上記2(2)で示したとおり、本件特許発明1ないし8が、エスプレッソタイプの芳香を備えるという効果を奏することを当業者は理解でき、「エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む」とはいえない。
したがって、該主張は採用できない。

(3)取消理由3についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、取消理由3によっては、取り消すことはできない。

第6 取消理由で採用しなかった特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由について
取消理由で採用しなかった特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由は、申立理由1(サポート要件)のうち(2)の点による理由及び申立理由2(実施可能要件)のうち(2)の点による理由である。
以下、検討する。

1 申立理由1(サポート要件)のうち(2)の点による理由について
(1)サポート要件の判断
本件特許発明1ないし8に関して、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するといえるのは、上記第5 2(2)のとおりである。

なお、本件特許の発明の詳細な説明の【0064】の記載から、「Y processモデル値」は、30のコーヒー調製物から、エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するコーヒー調製物とエスプレッソタイプの芳香プロファイルを有しないコーヒー調製物とを区別する指標であると当業者は理解し、【0076】ないし【0087】の記載から、「Z processモデル値」は「Y processモデル値」で使用されたピーク高を濃度に置き換えたものに相当すると当業者は理解し、「Y processモデル値」と同様に30のコーヒー調製物から、エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するコーヒー調製物とエスプレッソタイプの芳香プロファイルを有しないコーヒー調製物とを区別する指標であると当業者は理解する。すなわち、「Y processモデル値またはZ processモデル値」が「0.5よりも大きい」ものはエスプレッソタイプの芳香プロファイルを有すると当業者は理解する。
したがって、「Y processモデル値やZ processモデル値とエスプレッソタイプの芳香プロファイルとの関係は、本件特許明細書に一切説明がなく、これを示す実験データも開示されていない」とはいえず、本件特許発明1ないし8が、「エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む」とはいえない。
よって、申立理由1のうちの(2)の点による理由は採用できない。

(2)申立理由1のうちの(2)の点による理由についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、申立理由1のうち(2)の点による理由によっては取り消すことはできない。

2 申立理由2(実施可能要件)のうち(2)の点による理由について
(1)実施可能要件の判断
本件特許発明1ないし8に関して、発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を充足するといえるのは、上記第5 3(2)のとおりである。

なお、上記1(1)のとおり、「Y processモデル値やZ processモデル値とエスプレッソタイプの芳香プロファイルとの関係は、本件特許明細書に一切説明がなく、これを示す実験データも開示されていない」とはいえず、本件特許発明1ないし8が、「エスプレッソタイプの芳香プロファイルを有するか否か理解できないコーヒー濃縮物の態様を含む」とはいえない。
したがって、申立理由2のうち(2)の点による理由は採用できない。

(2)申立理由2のうち(2)の点による理由についてのむすび
したがって、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえず、同法第113条第4号に該当しないので、申立理由2のうち(2)の点による理由によっては取り消すことはできない。

第7 結語
上記第5及び6のとおり、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-10-21 
出願番号 P2017-535336
審決分類 P 1 651・ 537- Y (A23F)
P 1 651・ 536- Y (A23F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 三上 晶子
加藤 友也
登録日 2021-07-29 
登録番号 6920992
権利者 コーニンクラケ ダウ エグバート ビー.ブイ.
発明の名称 液体エスプレッソ濃縮物  
復代理人 加藤 由加里  
代理人 松井 光夫  
復代理人 河村 英文  
代理人 村上 博司  
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