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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C25D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C25D
管理番号 1392085
総通号数 12 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-12-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-08-01 
確定日 2022-11-28 
異議申立件数
事件の表示 特許第7014884号発明「表面処理銅箔、銅張積層板及びプリント配線板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7014884号の請求項1〜10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件の特許第7014884号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜10に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、令和 2年12月23日の出願であって、令和 4年 1月24日にその特許権の設定登録がされ、同年 2月 1日に特許掲載公報が発行され、その後、令和 4年 8月 1日に、その請求項1〜10(全請求項)に係る特許について、特許異議申立人である中村 年正(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜10に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜10に記載された事項により特定される次のとおりのものである。なお、以下において、本願の請求項1〜10に係る発明を「本件特許発明1」〜「本件特許発明10」といい、総称して「本件特許発明」ということがある。

「【請求項1】
表面処理銅箔であって、
前記表面処理銅箔は、銅箔と、前記銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、前記銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有し、前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であり、
前記表面処理銅箔の300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度が235〜290MPaであり、
前記銅箔は、99.0質量%以上のCu、残部不可避的不純物からなる表面処理銅箔。
【請求項2】
前記Ni付着量の比が0.8〜1.5である、請求項1に記載の表面処理銅箔。
【請求項3】
前記第1表面処理層のNi付着量が20〜200μg/dm2である、請求項1又は2に記載の表面処理銅箔。
【請求項4】
前記第1表面処理層のZn付着量が20〜1000μg/dm2である、請求項1〜3のいずれかに記載の表面処理銅箔。
【請求項5】
前記第1表面処理層のRzjisが0.3〜1.5である、請求項1〜4のいずれかに記載の表面処理銅箔。
【請求項6】
前記銅箔は、JIS−H3100(C1100)に規格するタフピッチ銅又はJIS−H3100(C1011)の無酸素銅からなる、請求項1〜5のいずれかに記載の表面処理銅箔。
【請求項7】
前記銅箔は、さらに、P、Ti、Sn、Ni、Be、Zn、In及びMgの群から選ばれる1種以上の添加元素を合計で0.002〜0.825質量%含有してなる、請求項1〜6のいずれかに記載の表面処理銅箔。
【請求項8】
前記第1表面処理層が基材に接着される、請求項1〜7のいずれかに記載の表面処理銅箔。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の表面処理銅箔と、前記表面処理銅箔の前記第1表面処理層に接着された基材とを備える、銅張積層板。
【請求項10】
請求項9に記載の銅張積層板の前記表面処理銅箔をエッチングして形成された回路パターンを備える、プリント配線板。」

第3 異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記4の甲第1号証〜甲第4号証(以下、それぞれ「甲1」〜「甲4」という。)を提出し、以下の理由により本件特許の請求項1〜10に係る特許を取り消すべき旨主張している。
1 申立理由1(進歩性
(1)申立理由1−1(甲1を主たる引用例とするもの)
本件特許発明1〜10は、甲1に記載された発明、甲2、甲3記載事項、及び甲4の周知事項に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由1−2(甲2を主たる引用例とするもの)
本件特許発明1〜10は、甲2に記載された発明、及び甲1記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由1−3(甲3を主たる引用例とするもの)
本件特許発明1〜10は、甲3に記載された発明、及び甲1記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 申立理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1〜10の記載は、本件特許発明1〜10について、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

3 申立理由3(明確性
本件特許の請求項1〜10の記載は、本件特許発明1〜10について、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

4 証拠方法
甲1:特開2019−81913号公報
甲2:特開2019−194360号公報
甲3:特開2017−141501号公報
甲4:柿本 雅明外1名監修、エレクトロニクス実装用基板材料の開発、株式会社シーエムシー出版、2010年 6月18日、p.33−44

第4 当審の判断
以下に述べるとおり、当審は、上記第3の各申立理由のいずれによっても、本件特許の請求項1〜10に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
1 申立理由1(進歩性)について
(1)甲1〜甲4の記載事項、及び甲1〜甲3に記載された発明
ア 甲1の記載事項
本願の出願前に公知となった甲1には、「表面処理銅箔、銅張積層板及びプリント配線板」(発明の名称)に関し、以下の記載がある(下線は当審が付したものである。また、以下、「・・・」は記載の省略を表す。以下、同様。)。
(ア)「【請求項1】
銅箔と、前記銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、前記銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有し、前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2である表面処理銅箔。
・・・
【請求項10】
前記第1表面処理層が絶縁基材に接着される、請求項1〜9のいずれか一項に記載の表面処理銅箔。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載の表面処理銅箔と、前記表面処理銅箔の第1表面処理層に接着された絶縁基材とを備える銅張積層板。
【請求項12】
請求項11に記載の銅張積層板の前記表面処理銅箔をエッチングして形成された回路パターンを備えるプリント配線板。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の表面処理銅箔は、表面処理層(めっき層)のエッチング速度が銅箔のエッチング速度に比べて遅いため、銅箔表面(トップ)から絶縁基材(ボトム)側に向かって末広がりにエッチングされてしまい、回路パターンのエッチングファクタが低下するという問題がある。そして、回路パターンのエッチングファクタが低いと、隣接する回路間のスペースを広くする必要があるため、回路パターンのファインピッチ化が難しくなる。
【0006】
本開示は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、ファインピッチ化に適した高エッチングファクタの回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔及び銅張積層板を提供することを目的とする。
また、本開示は、高エッチングファクタの回路パターンを有するプリント配線板を提供することを目的とする。」

(ウ)「【0007】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく鋭意研究を行った結果、銅箔の両面に表面処理層を形成し、該表面処理層において、エッチング液に溶解し難いNiの付着量を制御することにより、回路パターンのエッチングファクタを高め得ることを見出し、本開示に至った。」

(エ)「【0013】
第1表面処理層3及び第2表面処理層4は、付着元素としてNiを少なくとも含む。
表面処理銅箔1において、第2表面処理層4のNi付着量に対する第1表面処理層3のNi付着量の比は、0.01〜2、好ましくは0.8〜1.5である。Niはエッチング液に溶解し難い成分であるため、Ni付着量の比を上記の範囲とすることにより、銅張積層板10をエッチングする際に、回路パターンのボトム側となる第1表面処理層3の溶解を促進すると共に、回路パターンのトップ側となる第2表面処理層4の溶解を遅くすることができる。そのため、トップ幅とボトム幅との差が小さく、エッチングファクタが高い回路パターンを得ることが可能になる。」

(オ)「【0029】
銅箔2の材料としては、特に限定されないが、銅箔2が圧延銅箔の場合、プリント配線板の回路パターンとして通常使用されるタフピッチ銅(JIS H3100 合金番号C1100)、無酸素銅(JIS H3100 合金番号C1020又はJIS H3510 合金番号C1011)などの高純度の銅を用いることができる。また、例えば、Sn入り銅、Ag入り銅、Cr、Zr又はMgなどを添加した銅合金、Ni及びSiなどを添加したコルソン系銅合金のような銅合金も用いることができる。なお、本明細書において「銅箔2」とは、銅合金箔も含む概念である。
・・・
【0031】
上記のような構成を有する本開示の表面処理銅箔1は、当該技術分野において公知の方法に準じて製造することができる。ここで、第1表面処理層3及び第2表面処理層4のNi付着量、Ni付着量の比は、例えば、形成する表面処理層の種類、厚みなどを変えることによって制御することができる。また、第1表面処理層3のRzjisは、第1表面処理層3の形成条件などを調整することによって制御することができる。」

(カ)「【0037】
(実施例1)
厚さ12μmの圧延銅箔(JX金属社製HA−V2箔)を準備し、一方の面に第1表面処理層として粗化処理層、耐熱層及びクロメート処理層を順次形成すると共に、他方の面に第2表面処理層として耐熱層及びクロメート処理層を順次形成することによって表面処理銅箔を得た。各層を形成するための条件は下記の通りである。」

(キ)「【0058】
上記の実施例及び比較例で得られた表面処理銅箔について、下記の評価を行った。
<第1表面処理層及び第2表面処理層における各元素の付着量の測定>
Ni、Zn及びCoの付着量は、各表面処理層を濃度20質量%の硝酸に溶解し、VARIAN社製の原子吸光分光光度計(型式:AA240FS)を用いて原子吸光法で定量分析を行うことによって測定した。」

(ク)「【0060】
<エッチングファクタの評価>
表面処理銅箔の第1表面処理層上にポリイミド基板を積層して300℃で1時間加熱して圧着させることによって銅張積層板を作製した。次に、表面処理銅箔の第2表面処理層上に感光性レジストを塗布して露光及び現像することにより、L/S=29μm/21μm幅のレジストパターンを形成した。その後、表面処理銅箔の露出部(不要部)をエッチングによって除去することにより、L/S=25μm/25μm幅の銅の回路パターンを有するプリント配線板を得た。なお、前記回路パターンのL及びSの幅は、回路のボトム面、すなわちポリイミド基板に接している面の幅である。エッチングはスプレーエッチングを用いて下記の条件にて行った。
エッチング液:塩化銅水溶液
液温:50℃
スプレー圧:0.2MPa
次に、形成された回路パターンをSEM観察し、下記の式に基づいてエッチングファクタ(EF)を求めた。
EF=回路高さ/{(回路ボトム幅−回路トップ幅)/2}
エッチングファクタは、数値が大きいほど回路側面の傾斜角が大きいことを意味する。
上記の評価結果を表1に示す。
EFの値は各実施例及び比較例につき5回実験した結果の平均値である。
【0061】
【表1】

【0062】
表1に示されるように、Ni付着量の比が0.01〜2の範囲内である実施例1及び2の表面処理銅箔は、Ni付着量の比が当該範囲外の比較例1〜3に比べてエッチングファクタ(EF)が高かった。
以上の結果からわかるように、本開示によれば、ファインピッチ化に適した高エッチングファクタの回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔及び銅張積層板を提供することができる。
また、本開示によれば、高エッチングファクタの回路パターンを有するプリント配線板を提供することができる。」

イ 甲1に記載された発明
上記アに摘記した甲1の記載事項を総合勘案し、特に、実施例1の「表面処理銅箔」に着目すると、甲1には、次の発明が記載されていると認められる。

「厚さ12μmの圧延銅箔(JX金属社製HA−V2箔)を準備し、一方の面に第1表面処理層として粗化処理層、耐熱層及びクロメート処理層を順次形成すると共に、他方の面に第2表面処理層として耐熱層及びクロメート処理層を順次形成することによって得た表面処理銅箔であって、
第2表面処理層のNi付着量に対する第1表面処理層のNi付着量の比が1.32である表面処理銅箔。」(以下、「甲1発明」という。)

ウ 甲2の記載事項
本願の出願前に公知となった甲2には、「フレキシブルプリント基板用銅箔、それを用いた銅張積層体、フレキシブルプリント基板、及び電子機器」(発明の名称)に関し、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
JIS−H3100(C1100)に規格するタフピッチ銅又はJIS−H3100(C1011)の無酸素銅に対し、
Agを0.001〜0.05質量%、かつP、Ti、Sn、Ni、Be、Zn、In及びMgの群から選ばれる1種以上の添加元素を合計で0.003〜0.825質量%含有してなり、
平均結晶粒径が0.6〜4.3μm、かつMD方向の引張強度が230〜287MPaであり、
過硫酸ナトリウム濃度100g/L、過酸化水素濃度35g/Lの水溶液(液温25℃)に420秒浸漬した後の表面のJIS B 0601−2001に基づくスキューネスRskを、MD方向およびCD方向にそれぞれ16回測定し、各回の測定値の絶対値を平均した値が0.05以下であるフレキシブルプリント基板用銅箔。
【請求項2】
前記銅箔が圧延銅箔であり、
300℃で30分間の熱処理後の前記平均結晶粒径が0.6〜4.3μm、前記引張強度が230〜287MPaであり、かつ該熱処理後の前記スキューネスRskが0.05以下である請求項1に記載のフレキシブルプリント基板用銅箔。」

(イ)「【0006】
しかしながら、従来の銅箔の場合、ソフトエッチング後の表面の平坦化が十分とはいえず、回路の微細化が困難であった。
又、電子機器の小型、薄型、高性能化に伴い、FPCの回路幅、スペース幅も20〜30μm程度に微細化しており、エッチングにより回路を形成する時にエッチングファクタや回路直線性が劣化し易くなるという問題があり、この解決も要求されている。
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、エッチング性に優れたフレキシブルプリント基板用銅箔、それを用いた銅張積層体、フレキシブルプリント基板、及び電子機器の提供を目的とする。」

(ウ)「【0007】
本発明者らは種々検討した結果、銅箔の結晶粒を微細化し、かつエッチング後の銅箔のスキューネスRskを規定することで、エッチング性を向上できることを見出した。但し、結晶粒を微細化し過ぎると強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント基板用途に適さない。従って、結晶粒径及び引張強度の範囲を規定した。
又、結晶粒径を、近年のFPCの20〜30μm程度の回路幅のおよそ1/10程度に微細化することにより、エッチングにより回路を形成する時のエッチングファクタや回路直線性をも改善することができる。」

(エ)「【0015】
<組成>
本発明に係る銅箔は、JIS−H3100(C1100)に規格するタフピッチ銅又はJIS−H3100(C1011)の無酸素銅に対し、Agを0.001〜0.05質量%、かつP、Ti、Sn、Ni、Be、Zn、In及びMgの群から選ばれる1種以上の添加元素を合計で0.003〜0.825質量%含有してなる。
上述のように、本発明においては銅箔の再結晶後の結晶粒を微細化することにより、強度を高めて、かつエッチング性を向上させている。
・・・
【0019】
<平均結晶粒径>
銅箔の平均結晶粒径が0.6〜4.3μmである。平均結晶粒径が0.6μm未満であると、強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント基板用途に適さない。平均結晶粒径が4.3μmを超えると、結晶粒の微細化が実現されず、強度を高めて折り曲げ性を向上させることが困難になると共に、ソフトエッチング性、エッチングファクタや回路直線性が劣化してエッチング性が低下する。
平均結晶粒径の測定は、誤差を避けるため、箔表面を100μm×100μmの視野で3視野以上を観察して行う。箔表面の観察は、SIM(Scanning Ion Microscope)またはSEM(Scanning Electron Microscope)を用い、JIS H 0501に基づいて平均結晶粒径を求めることができる。
ただし、双晶は、別々の結晶粒とみなして測定する。
【0020】
<引張強度(TS)>
銅箔の引張強度が230〜287MPaである。上述のように、結晶粒を微細化することにより引張強度が向上する。引張強度が230MPa未満であると、強度を高めることが困難になる。引張強度が287MPaを超えると、強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント基板用途に適さない。
引張強度は、IPC-TM650に準拠した引張試験により、試験片幅12.7mm、室温(15〜35℃)、引張速度50.8mm/min、ゲージ長さ50mmで、銅箔の圧延方向(又はMD方向)と平行な方向に引張試験した。」

(オ)「【0027】
従って、樹脂と積層する前後で、銅箔の平均結晶粒径及び引張強度が変わる。そこで、本願の請求項1に係るフレキシブルプリント基板用銅箔は、樹脂と積層後の銅張積層体になった後の、樹脂の硬化熱処理を受けた状態の銅箔を規定している。
一方、本願の請求項4に係るフレキシブルプリント基板用銅箔は、樹脂と積層する前の銅箔に上記熱処理を行ったときの状態を規定している。この300℃で30分間の熱処理は、CCLの積層時に樹脂を硬化熱処理させる温度条件を模したものである。
なお、熱処理の雰囲気は特に限定されず、大気下でもよく、Ar、窒素等の不活性ガス雰囲気でもよい。」

(カ)「【0031】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されない。又、本発明の作用効果を奏する限り、上記実施形態における銅合金がその他の成分を含有してもよい。
例えば、銅箔の表面に、粗化処理、防錆処理、耐熱処理、またはこれらの組み合わせによる表面処理を施してもよい。」

エ 甲2に記載された発明
上記ウに摘記した甲2の記載事項を総合勘案し、特に、請求項1、2に記載された発明に着目すると、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。

「JIS−H3100(C1100)に規格するタフピッチ銅又はJIS−H3100(C1011)の無酸素銅に対し、
Agを0.001〜0.05質量%、かつP、Ti、Sn、Ni、Be、Zn、In及びMgの群から選ばれる1種以上の添加元素を合計で0.003〜0.825質量%含有してなり、
300℃で30分間の熱処理後の平均結晶粒径が0.6〜4.3μm、引張強度が230〜287MPaであり、
圧延銅箔である、
フレキシブルプリント基板用銅箔。」(以下、「甲2発明」という。)

オ 甲3の記載事項
本願の出願前に公知となった甲3には、「フレキシブルプリント基板用銅箔、それを用いた銅張積層体、フレキシブルプリント基板、及び電子機器」(発明の名称)に関し、以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
99.0質量%以上のCu、残部不可避的不純物からなる銅箔であって、
平均結晶粒径が0.5〜4.0μm、かつ引張強度が235〜290MPaであるフレキシブルプリント基板用銅箔。
【請求項2】
JIS−H3100(C1100)に規格するタフピッチ銅又はJIS−H3100(C1011)の無酸素銅からなる請求項1に記載のフレキシブルプリント基板用銅箔。
【請求項3】
さらに、P、Ti、Sn、Ni、Be、Zn、In及びMgの群から選ばれる1種以上の添加元素を合計で0.003〜0.825質量%含有してなる請求項1又は2に記載のフレキシブルプリント基板用銅箔。【請求項4】
300℃で30分間の熱処理後の前記平均結晶粒径が0.5〜4.0μm、かつ前記引張強度が235〜290MPaである請求項1〜3のいずれか一項に記載のフレキシブルプリント基板用銅箔。」

(イ)「【0005】
しかしながら、上述のようにFPCを高密度で実装するためには、MIT耐折性に代表される折り曲げ性の向上が必要であり、従来の銅箔では折り曲げ性の改善が十分とはいえないという問題がある。
又、電子機器の小型、薄型、高性能化に伴い、FPCの回路幅、スペース幅も20〜30μm程度に微細化しており、エッチングにより回路を形成する時にエッチングファクタや回路直線性が劣化し易くなるという問題があり、この解決も要求されている。
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、折り曲げ性及びエッチング性に優れたフレキシブルプリント基板用銅箔、それを用いた銅張積層体、フレキシブルプリント基板、及び電子機器の提供を目的とする。」

(ウ)「【0006】
本発明者らは種々検討した結果、銅箔の再結晶後の結晶粒を微細化することにより、強度を高めて折り曲げ性を向上できることを見出した。これは、ホールペッチ則により結晶粒を微細化するほど強度が高くなり、折り曲げ性も高くなるからである。但し、結晶粒を微細化し過ぎると強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント基板用途に適さない。従って、結晶粒径の範囲をも規定した。
又、結晶粒径を、近年のFPCの20〜30μm程度の回路幅のおよそ1/10程度に微細化することにより、エッチングにより回路を形成する時のエッチングファクタや回路直線性をも改善することができる。」

(エ)「【0020】
<平均結晶粒径>
銅箔の平均結晶粒径が0.5〜4.0μmである。平均結晶粒径が0.5μm未満であると、強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント基板用途に適さない。平均結晶粒径が4.0μmを超えると、結晶粒の微細化が実現されず、強度を高めて折り曲げ性を向上させることが困難になると共に、エッチングファクタや回路直線性が劣化してエッチング性が低下する。
平均結晶粒径の測定は、誤差を避けるため、箔表面を100μm×100μmの視野で3視野以上を観察して行う。箔表面の観察は、SIM(Scanning Ion Microscope)またはSEM(Scanning Electron Microscope)を用い、JIS H 0501に基づいて平均結晶粒径を求めることができる。
ただし、双晶は、別々の結晶粒とみなして測定する。
【0021】
<引張強度(TS)>
銅箔の引張強度が235〜290MPaである。上述のように、結晶粒を微細化することにより引張強度が向上する。引張強度が235MPa未満であると、強度を高めて折り曲げ性を向上させることが困難になる。引張強度が290MPaを超えると、強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント基板用途に適さない。
引張強度は、IPC-TM650に準拠した引張試験により、試験片幅12.7mm、室温(15〜35℃)、引張速度50.8mm/min、ゲージ長さ50mmで、銅箔の圧延方向(又はMD方向)と平行な方向に引張試験した。
【0022】
<300℃で30分間の熱処理>
銅箔を300℃で30分間の熱処理後の平均結晶粒径が0.5〜4.0μm、かつ引張強度が235〜290MPaであってもよい。
本発明に係る銅箔はフレキシブルプリント基板に用いられ、その際、銅箔と樹脂とを積層したCCLは、200〜400℃で樹脂を硬化させるための熱処理を行うため、再結晶によって結晶粒が粗大化する可能性がある。
従って、樹脂と積層する前後で、銅箔の平均結晶粒径及び引張強度が変わる。そこで、本願の請求項1に係るフレキシブルプリント基板用銅箔は、樹脂と積層後の銅張積層体になった後の、樹脂の硬化熱処理を受けた状態の銅箔を規定している。
一方、本願の請求項4に係るフレキシブルプリント基板用銅箔は、樹脂と積層する前の銅箔に上記熱処理を行ったときの状態を規定している。この300℃で30分間の熱処理は、CCLの積層時に樹脂を硬化熱処理させる温度条件を模したものである。」

(オ)「【0026】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されない。又、本発明の作用効果を奏する限り、上記実施形態における銅合金がその他の成分を含有してもよい。
例えば、銅箔の表面に、粗化処理、防錆処理、耐熱処理、またはこれらの組み合わせによる表面処理を施してもよい。」

カ 甲3に記載された発明
上記オに摘記した甲3の記載事項を総合勘案し、特に、請求項1、4に記載された発明に着目すると、甲3には、次の発明が記載されていると認められる。
「99.0質量%以上のCu、残部不可避的不純物からなる銅箔であって、
300℃で30分間の熱処理後の平均結晶粒径が0.5〜4.0μm、かつ引張強度が235〜290MPaであるフレキシブルプリント基板用銅箔。」(以下、「甲3発明」という。)

キ 甲4の記載事項
本願の出願前に公知となった甲4には、以下の記載がある。
「 表2に銅箔製品例における代表的特性を示す。基本特性は大きく銅箔の物性に関わるものと,積層板としての特性とに分けられる。前述の通り,銅箔の機械特性に関しては製箔時の条件が支配的であり,引張強さ,伸び特性(常温・高温・焼鈍後)等がこれにあたる。一方,基板特性に代表される銅箔の表面に関わる特性は表面処理(表面改質)により付加される。銅箔の基板特性(ピール強度・引き剥がし強さ)の評価法は,JISに規定されている。ここでのピール強度測定法では界面の接着強度以外に,銅箔の機械強度の影響を受けるため,箔厚が異なれば得られる数字が異なる点は注意が必要である。また,一般には表2に示したようにFR-4基板における数字の代表的な値として示すことが多いが,相手の樹脂基板が変わればその傾向も大きく変化する場合もある。特に特殊基板でも適応では十分な確認が必要である。試験基板をプレス後そのまま測定するものが常態ピールであり,半田浸漬後に測定したものが半田後ピールである。ハロゲンフリー基板対応,鉛フリーはんだ対応ではより高い耐熱性が求められる。また,配線のファイン化に伴ない耐薬品性が一層重要視されている。
配線材料に求められる特性としてIPCでは銅の純度や電気抵抗率が規定されている。」(第35頁下から17行〜下から5行)

(2)申立理由1−1について
ア 本件特許発明1について
(ア)対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
a 甲1発明の「厚さ12μmの圧延銅箔(JX金属社製HA−V2箔)」と、本件特許発明1の「銅箔」とは、「銅箔」である点で共通する。

b 甲1発明の「表面処理銅箔」、圧延銅箔の「一方の面に」形成された「第1表面処理層」、及び圧延銅箔の「他方の面に」形成された「第2表面処理層」は、それぞれ本件特許発明1の「表面処理銅箔」、「前記銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層」、及び「前記銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層」に相当する。

c 甲1発明において、「第2表面処理層のNi付着量に対する第1表面処理層のNi付着量の比が1.32である」点は、本件特許発明1において、「前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であ」る点に相当する。

d そうすると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「表面処理銅箔であって、
前記表面処理銅箔は、銅箔と、前記銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、前記銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有し、前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0である表面処理銅箔。」
である点で一致し、次の点で相違する。

<相違点1>
本件特許発明1の「表面処理銅箔」の「300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度が235〜290MPaであ」るのに対して、甲1発明の「表面処理銅箔」の「300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度」は不明な点。

<相違点2>
本件特許発明1の「銅箔」は、「99.0重量%以上のCu、残部不可避的不純物からなる」ものであるのに対して、甲1発明の「銅箔」における銅の純度は不明な点。

(イ)相違点についての判断
事案に鑑みて、上記相違点1について、まず検討する。
a 上記(1)アに摘記した甲1の記載を参照しても、甲1には、表面処理銅箔の引張強度についての記載は見当たらず、また、本願出願当時の技術常識を考慮しても、甲1発明に係る「表面処理銅箔」の「300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度」が「235〜290MPa」の範囲内であると認められる程の根拠を見いだせない。

b したがって、上記相違点1は、実質的な相違点である。

c 次に、上記相違点1の容易想到性について検討する。
(a)上記(1)ウに摘記したとおり、甲2には、強度を高めて折り曲げ性を向上させつつ、一方で強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり過ぎないフレキシブルプリント基板用銅箔として、「300℃で30分間の熱処理後の前記平均結晶粒径が0.6〜4.3μm、前記引張強度が230〜287MPaであ」(【請求項1】、【請求項2】、【0019】、【0020】)るものが記載されており、また、上記(1)オに摘記したとおり、甲3には、強度を高めて折り曲げ性を向上させつつ、一方で強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり過ぎないフレキシブルプリント基板用銅箔として、「300℃で30分間の熱処理後の前記平均結晶粒径が0.5〜4.0μm、前記引張強度が235〜290MPaであ」(【請求項1】、【請求項4】、【0020】、【0021】)るものが記載されている。

(b)また、上記(1)キに摘記したとおり、甲4には、JISに規定されているピール強度測定法では界面の接着強度以外に、銅箔の機械強度の影響を受けるため、箔厚が異なれば得られる数字が異なることが記載されている。

(c)しかしながら、上記(1)アに摘記したとおり、甲1発明は、「ファインピッチ化に適した高エッチングファクタの回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔」(【0006】)を提供することを目的として、「銅箔の両面に表面処理層を形成し、該表面処理層において、エッチング液に溶解し難いNiの付着量を制御することにより、回路パターンのエッチングファクタを高め得ることを見出し」(【0007】)たものであり、「表面処理銅箔」の「300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度」に着目するものではないから、上記(a)のとおり、銅箔の折り曲げ性や曲げ剛性の点から、その引張強度を「230〜287MPa」又は「235〜290MPa」とすることが甲2、甲3に記載されていたり、上記(b)のとおり、箔厚等の違いに起因する銅箔の機械的強度がピール強度(引き剥がし強さ)に影響することが甲4に記載されていたりするからといって、そのことによって、甲1発明において、「表面処理銅箔」の「300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度」に着目した上で、その値を「235〜290MPa」の範囲とすることが動機づけられるとはいえない。

(d)さらに、本件特許発明1によって奏される効果についても検討するに、本願の願書に添付した明細書及び図面(以下、「本願明細書等」という。)には、以下の記載がある。
「【0006】
そこで、本発明は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、基板からの剥がれを低減させファインピッチ化した回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔及び銅張積層板を提供することを目的とする。
また、本発明は、基板からの剥がれを低減させファインピッチ化した回路パターンを有するプリント配線板を提供することを目的とする。」

「【0035】
本実施形態において、表面処理銅箔の引張強度が235〜290MPaである。上述のように、結晶粒を微細化することにより引張強度が向上する。プリント配線板の製造工程および製品への実装時などにおいて外力が負荷されることにより引き起こされる回路剥離では、回路の変形を伴う。このような変形を伴う剥離の場合、剥離対象の変形のしやすさによって界面上で外力が集中する範囲が変化する。変形がしやすい場合は界面上の狭い範囲に外力が集中し、一方で変形し難い場合は界面上の広い範囲で外力が分散される。すなわち強度が高く変形し難い表面処理銅箔を回路として採用することで、外力を界面上の広い範囲で分散し、回路剥離を抑制することができる。特にファインピッチ回路においては、回路幅の狭さのため外力が集中し易く、剥離対象の変形のし難さによる外力の分散がより重要となることを本発明者らは見出した。表面処理銅箔の引張強度が235MPa未満の場合、界面上に負荷される外力が十分分散されず回路剥離を抑制できない。また表面処理銅箔の引張強度が290MPaを超えると、回路剥離は十分抑制できるが、強度が高くなり過ぎて曲げ剛性が大きくなり、特に、表面処理銅箔をフレキシブルプリント配線板用に用いる場合においては、スプリングバックが大きくなってフレキシブルプリント配線板用途に適さない傾向がある。引張強度は、IPC−TM−650に準拠した引張試験により、試験片幅12.7mm、室温(15〜35℃)、引張速度50.8mm/min、ゲージ長さ50mmで、銅箔の圧延方向(又はMD方向)と平行な方向に引張試験した。」

「【0047】
各実施例および各比較例の表面処理銅箔を下記のようにして得た。
<実施例:表面処理銅箔1>
電気銅を用いてインゴットを非酸化性雰囲気で作製した。インゴットに含まれる銅の割合は99.99質量%であった。このインゴットを900℃以上で均質化焼鈍後、熱間圧延し、冷間圧延と焼鈍を行った。最終焼鈍後、最終冷間圧延をして最終厚さ12μmの箔を得た。
次いで、上記の銅箔サンプルの、一方の面に第1表面処理層として粗化処理層、耐熱層及びクロメート処理層を順次形成すると共に、他方の面に第2表面処理層として耐熱層及びクロメート処理層を順次形成することによって表面処理銅箔を得た。各層を形成するための条件は下記の通りである。
なお、表面処理銅箔1の各物性は後述する方法で評価し、その結果を表1に示す。
・・・
【0049】
【表1】

【0050】
上記の表面処理銅箔1、2に対して、下記の基材を接着させた。
<基材>
基材としては、FR−4基材(ガラス布基材エポキシ樹脂の一種)を用いた。
【0051】
上記の表面処理銅箔と基材とを用いて、下記のように銅張積層板を得た。
<実施例1>
表面処理銅箔1の第1表面処理層の表面に基材を接着させて、銅張積層板1を得た。具体的には、銅箔の第1表面処理層の表面に基材を積層し、加熱プレス(4MPa)で300℃×30分の熱処理を加えて貼り合せ、銅張積層板1を得た。
【0052】
<比較例1>
表面処理銅箔1を表面処理銅箔2に変更した以外、実施例1と同様の方法で銅張積層板2を得た。
上記の銅張積層板1、2について、後述のピール強度の評価を行い、その結果を表2に示す。
【0053】
各物性、各評価を下記の方法で行った。
【0054】
<表面処理銅箔の引張強度>
上記の表面処理銅箔に300℃×30分の熱処理を加え、表面処理銅箔サンプルを得た。各表面処理銅箔サンプルについて、IPC−TM−650に準拠した引張試験により上記条件で引張強度を測定した。
【0055】
<第1表面処理層及び第2表面処理層における各元素の付着量の測定>
Ni、Zn及びCoの付着量は、各表面処理層を濃度20質量%の硝酸に溶解し、VARIAN社製の原子吸光分光光度計(型式:AA240FS)を用いて原子吸光法で定量分析を行うことによって測定した。また、Crの付着量は各表面処理層を濃度7質量%の塩酸に溶解し、上記と同様に原子吸光法で定量分析を行うことによって測定した。
【0056】
<ピール強度>
上記の銅張積層板1、2のピール強度(はがれやすさ)は、JIS C 6471 8.1に準拠して測定した。測定用の試験片は、銅張積層板に、塩化銅回路エッチング液を使用して10mm幅の回路を作製した。また、測定は、銅箔を基板から剥いて、90°方向に連続的に引張り、10mm以上の測定長さで荷重が安定した範囲内の最低値をピール強度とした。
なお、ピール強度が0.80kgf/cm以上の場合は、回路パターンが剥がれにくいと評価することができる。
【0057】
【表2】



(e)ここで、上記(d)に摘記した本願明細書等の記載を参照すると、本件特許発明1は、強度が高く変形し難い、引張強度が235〜290MPaの表面処理銅箔を回路として採用することで、外力を界面上の広い範囲で分散し、回路剥離を抑制することができる(【0035】)との機序によって、基板からの剥がれを低減させファインピッチ化した回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔を得ることができるという効果を奏することが理解でき、また、そのような効果は、引張強さが「251MPa」の実施例1に係る表面処理銅箔1が、同じく引張強さが「153MPa」の比較例1に係る表面処理銅箔2よりもピール強度が高く、回路パターンが剥がれにくいと評価できることから実証されているといえる(【表1】、【表2】)。

(f)そして、上記(e)の本件特許発明1の効果は、ファインピッチ化に適した高エッチングファクタの回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔を提供することを目的とする甲1発明(上記(c)参照)や、上記(a)、(b)において検討した甲2〜甲4の記載事項からは当業者が予測困難な顕著なものと認められる。

(g)したがって、甲1発明において、上記相違点1に係る特定事項を備えようとすることは、当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

d よって、上記相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1に記載された発明、及び甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件特許発明2〜10について
本件特許発明2〜10は、本件特許発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記ア(イ)dのとおり、本件特許発明1が甲1に記載された発明、及び甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲1に記載された発明、及び甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり、本件特許発明1〜10は、甲1に記載された発明、及び甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえないから、申立理由1−1によっては同発明に係る特許を取り消すことはできない。

(3)申立理由1−2、1−3について
ア 申立人は、特許異議申立書の第18頁の(オ)において、「さらに、甲第2号証を主要な文献とし、これに甲第1号証を組み合わせ、或いは甲第3号証を主要な文献とし、これに甲第1号証を組み合わせ、それぞれ本件特許発明1ないし10とすることも、上記同様に適宜なし得ることに過ぎない。」と主張しているものの、本件特許発明と甲2、甲3にそれぞれ記載された発明とを対比した上で、本件特許発明に進歩性がない理由を具体的に説明しているわけではない。

イ したがって、上記申立理由1−2、1−3の内容には一部判然としない部分があるが、以下検討するに、本件特許発明1と、甲2発明又は甲3発明とをそれぞれ対比すると、両者は、少なくとも「銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層」、「銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層」を有する「表面処理銅箔」であって、「前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理相のNi付着量の比が0.01〜2.0であ」る点で相違している(以下、「相違点3」という。)。

ウ そして、上記相違点3については、上記(1)ウに摘記した甲2の記載事項、又は上記(1)オに摘記した甲3の記載事項を参照しても、甲2、甲3には、少なくとも「前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であ」ることについての記載は見当たらず、また、本願出願当時の技術常識を考慮しても、甲2発明又は甲3発明に係る「フレキシブルプリント基板用銅箔」が、「前記第2表面処理層のNi付着量に対する前記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であ」るとの特定事項を当然に備えていると認められる程の根拠を見いだせない。

エ したがって、上記相違点3は、実質的な相違点である。

オ 次に、本件特許発明1の容易想到性について検討するに、上記(2)ア(イ)c(f)において検討したとおり、本件特許発明1の効果は、甲1〜甲4の記載事項からは予測困難な顕著なものと認められるから、主たる引用例を甲1から甲2、甲3に変更した場合でも同様に、本件特許発明1の効果は、甲1〜甲4の記載事項からは当業者が予測困難な顕著なものと認められる。

カ よって、その余の点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2に記載された発明、及び甲1、甲3、甲4の記載事項に基いて、又は甲3に記載された発明、及び甲1、甲2、甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

キ そして、本件特許発明2〜10は、本件特許発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、上記カのとおり、本件特許発明1が甲2に記載された発明、及び甲1、甲3、甲4の記載事項に基いて、又は甲3に記載された発明、及び甲1、甲2、甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、同様に、甲2に記載された発明、及び甲1、甲3、甲4の記載事項に基いて、又は甲3に記載された発明、及び甲1、甲2、甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ク 小括
以上のとおり、本件特許発明1〜10は、甲2に記載された発明、及び甲1の記載事項に基いて、又は甲3に記載された発明、及び甲1の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえないから、申立理由1−2、1−3によっては同発明に係る特許を取り消すことはできない。

(4)申立理由2(サポート要件)について
ア 上記(2)ア(イ)c(d)に摘記した本願明細書等の【0006】の記載を考慮すると、本件特許発明が解決しようとする課題は、基板からの剥がれを低減させファインピッチ化した回路パターンを形成することが可能な表面処理銅箔及び銅張積層板を提供すること、又は基板からの剥がれを低減させファインピッチ化した回路パターンを有するプリント配線板を提供することにあると認められる。

イ そして、上記(2)ア(イ)c(d)に摘記した本願明細書等の【0007】、【0008】、【0014】、【0029】、【0035】、【0047】〜【0058】の記載を考慮すると、本件特許発明は、表面処理銅箔を、銅箔と、該銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、該銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有するものとし、上記第2表面処理層のNi付着量に対する上記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であり、上記表面処理銅箔の引張強度を235〜290MPaとすることにより、回路パターンのファインピッチ化を実現するとともに、基板からの剥がれを低減し、上記アの課題を解決していると理解できる。

ウ そうすると、本願明細書等の発明の詳細な説明において「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」は、表面処理銅箔を、銅箔と、該銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、該銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有するものとし、上記第2表面処理層のNi付着量に対する上記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であり、上記表面処理銅箔の引張強度を235〜290MPaとすることにあるといえる。

エ 一方、上記第2に摘記したとおり、本件特許発明1〜10は、表面処理銅箔を、銅箔と、該銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、該銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有する表面処理銅箔とする点、上記第2表面処理層のNi付着量に対する上記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0である点、及び上記表面処理銅箔の引張強度を235〜290MPaとする点を発明特定事項として備えているから、上記ウの「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているとはいえない。

オ なお、申立人は、本件特許異議の申立てに係る特許異議申立書の第23頁において、「・・・つまり、ピール強度が0.80kgf/cm以上であり、且つ表面処理銅箔の引張強度が235〜290MPaである場合に上記課題が解決できるとする。・・・しかし、ピール強度の評価は、表面処理銅箔の引張強度が251MPa、153MPaの2例のみで行っており、特に発明の範囲とする引張強度が235〜290MPaでは、251MPaでの1例が評価されているのみである。このため、235〜290MPaの範囲で251MPa以外の引張強度における表面処理銅箔の300℃で30分間の熱処理後のピール強度は実証されておらず、一切不明である。」と主張し、また、同じく特許異議申立書の第25頁において、「要するに、Ni付着量の比を特定した第1表面処理層と第2表面処理層とを含む表面処理銅箔の2例以外に引張強度の対象である表面処理銅箔の第1表面処理層3、第2表面処理層4のNi付着量の比及び各成分付着量と引張強さとの具体的数値の関係が示されず、それによって引張強度を向上させる方法が不明であると共に、「表面処理銅箔の300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度が235〜290MPa」の全ての範囲で上記課題が解決できることの根拠は存在しない。」とも主張している。

カ 上記オの主張について検討するに、本件特許発明が、表面処理銅箔を、銅箔と、該銅箔の一方の面に形成された第1表面処理層と、該銅箔の他方の面に形成された第2表面処理層とを有するものとし、上記第2表面処理層のNi付着量に対する上記第1表面処理層のNi付着量の比が0.01〜2.0であり、上記表面処理銅箔の引張強度を235〜290MPaとすることにより、回路パターンのファインピッチ化を実現するとともに、基板からの剥がれを低減し、上記アの課題を解決していると理解できることは、上記イで検討したとおりであり、また、申立人は、「表面処理銅箔の300℃で30分間の熱処理をしたときの引張強度が235〜290MPa」のうち、251MPa以外の引張強度を有する場合には、上記アの課題が解決されないのではないかとの疑義が生じるような具体的根拠を何ら示していない。
したがって、申立人による上記オの主張は採用しない。

キ よって、本件特許発明1〜10は、発明の詳細な説明に記載したものといえる。

ク 小括
以上のとおり、本件特許の請求項1〜10の記載は、本件特許発明1〜10について、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、特許法第36条第6項第1号に適合するものであるから、申立理由2によっては同請求項に係る特許を取り消すことはできない。

(5)申立理由3(明確性)について
ア 本件特許発明に係る「表面処理銅箔」の「第1表面処理層のNi付着量」、「第2表面処理層のNi付着量」、及び「300℃で30分間熱処理したときの引張強度」については、上記(2)ア(イ)c(d)に摘記した本願明細書等に「<表面処理銅箔の引張強度>上記の表面処理銅箔に300℃×30分の熱処理を加え、表面処理銅箔サンプルを得た。各表面処理銅箔サンプルについて、IPC−TM−650に準拠した引張試験により上記条件で引張強度を測定した。」(【0054】)、「<第1表面処理層及び第2表面処理層における各元素の付着量の測定>Ni、Zn及びCoの付着量は、各表面処理層を濃度20質量%の硝酸に溶解し、VARIAN社製の原子吸光分光光度計(型式:AA240FS)を用いて原子吸光法で定量分析を行うことによって測定した。」(【0055】)とそれぞれの測定方法が明記されていることから、それらの文言の意味するところは明確である。

イ なお、申立人は、特許異議申立書の第26頁において、「引張強度の対象である表面処理銅箔の第1表面処理層3、第2表面処理層4のNi付着量の比及び各成分付着量と引張強さとの具体的数値の関係が全く不明であり、発明の課題が解決できる引張強度235〜290MPaが、第1表面処理層3、第2表面処理層4のNi付着量の比及び各成分付着量と引張強さとの具体的数値等の差異の有無により、請求項1の範囲内か否かを特定できるものではない点において、発明の範囲が明確でないものである。」と主張しているが、上記アで検討したとおり、本願明細書等には、本件特許発明に係る「表面処理銅箔」の「第1表面処理層のNi付着量」、「第2表面処理層のNi付着量」、及び「300℃で30分間熱処理したときの引張強度」について、それらの測定方法が明記されていることから、当該測定方法に従って得られた各Ni付着量、及び引張強度から、本件特許発明の特定事項を充足するか否かを判断することは、十分可能である。
したがって、申立人の上記主張は、採用しない。

ウ 小括
以上のとおり、本件特許の請求項1〜10の記載は、本件特許発明1〜10について、特許を受けようとする発明が明確であり、特許法第36条第6項第2号に適合するものであるから、申立理由3によっては同請求項に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人による特許異議の申立ての理由によっては、請求項1〜10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-11-14 
出願番号 P2020-214142
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C25D)
P 1 651・ 121- Y (C25D)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 猛
特許庁審判官 粟野 正明
佐藤 陽一
登録日 2022-01-24 
登録番号 7014884
権利者 JX金属株式会社
発明の名称 表面処理銅箔、銅張積層板及びプリント配線板  
代理人 アクシス国際特許業務法人  

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