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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C09K 審判 全部申し立て 2項進歩性 C09K 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 C09K |
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管理番号 | 1392088 |
総通号数 | 12 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2022-12-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2022-08-05 |
確定日 | 2022-12-07 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7016996号発明「摩擦調整材、摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7016996号の請求項に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7016996号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜13に係る特許についての出願は、令和3年7月7日(優先権主張 令和2年8月4日 日本国(JP))を国際出願日とする出願であって、令和4年1月28日にその特許権の設定登録がされ、同年2月7日に特許掲載公報が発行された。その後、令和4年8月5日に特許異議申立人馬場勝久(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明等 1 本件発明 本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜13に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明13」という。また、これらをまとめて「本件発明」ともいう。)は、その請求項1〜13に記載された、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 トンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物により構成される摩擦調整材であって、 前記チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が、0.5ppm〜400ppmであることを特徴とする、摩擦調整材。 【請求項2】 前記チタン酸塩化合物が、A2TinO(2n+1)〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上、nは2〜11の数〕、及びA(2+y)Ti(6−x)MxO(13+y/2−(4−z)x/2)〔式中、AはLiを除くアルカリ金属の1種又は2種以上、MはLi、Mg、Zn、Ga、Ni、Cu、Fe、Al、Mnより選ばれる1種又は2種以上、zは元素Mの価数で1〜3の整数、0.05≦x≦0.5、0≦y≦(4−z)x〕より選ばれる少なくとも1種である、請求項1に記載の摩擦調整材。 【請求項3】 前記チタン酸塩化合物が、複数の凸部形状を有する粒子、板状粒子、柱状粒子、又は球状粒子である、請求項1又は請求項2に記載の摩擦調整材。 【請求項4】 前記チタン酸塩化合物のアルカリ金属イオン溶出率が、0.01質量%〜15質量%である、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の摩擦調整材。 【請求項5】 前記チタン酸塩化合物の平均粒子径が、0.1μm〜200μmである、請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の摩擦調整材。 【請求項6】 前記チタン酸塩化合物の比表面積が、0.1m2/g〜12m2/gである、請求項1〜請求項5のいずれか一項に記載の摩擦調整材。 【請求項7】 請求項1〜請求項6のいずれか一項に記載の摩擦調整材と、熱硬化性樹脂とを含む摩擦材組成物において、 前記摩擦材組成物の合計量100質量%中における銅成分の含有量が、銅元素として0.5質量%未満である、摩擦材組成物。 【請求項8】 前記摩擦調整材の含有量が、前記摩擦材組成物の合計量100質量%に対して1質量%〜40質量%である、請求項7に記載の摩擦材組成物。 【請求項9】 前記摩擦調整材の前記熱硬化性樹脂に対する質量比(摩擦調整材/熱硬化性樹脂)が、0.1〜8である、請求項7又は請求項8に記載の摩擦材組成物。 【請求項10】 さらに銅及び銅合金とは異なる金属繊維を実質的に含有しない、請求項7〜請求項9のいずれか一項に記載の摩擦材組成物。 【請求項11】 回生協調ブレーキ用摩擦材組成物である、請求項7〜請求項10のいずれか一項に記載の摩擦材組成物。 【請求項12】 請求項7〜請求項11のいずれか一項に記載の摩擦材組成物の成形体である、摩擦材。 【請求項13】 請求項12に記載の摩擦材を備える、摩擦部材。」 2 本件特許の明細書の記載事項 本件特許の明細書には、以下の記載がある。 「【0001】 本発明は、摩擦調整材、該摩擦調整材を用いた摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材に関する。 ・・・ 【0010】 本発明の目的は、摩擦材を作製する際の成形性に優れ、吸湿した摩擦材をローターに押し付けた状態で長期間維持してもローターの発錆を抑制することができる、摩擦調整材、該摩擦調整材を用いた摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材を提供することある。 ・・・ 【0025】 本発明によれば、摩擦材を作製する際の成形性に優れ、吸湿した摩擦材をローターに押し付けた状態で長期間維持してもローターの発錆を抑制することができる、摩擦調整材、該摩擦調整材を用いた摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材を提供することができる。 ・・・ 【0032】 これに対して、本発明者らは、トンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物における塩素イオン溶出率に着目し、塩素イオン溶出率を特定の範囲とすることで、ローターの発錆の抑制と、摩擦材を作製する際の成形性の双方を改善し得ることを見出した。 【0033】 本発明において、チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率は、好ましくは0.5ppm以上、より好ましくは0.8ppm以上、さらに好ましくは1ppm以上、好ましくは400ppm以下、より好ましくは350ppm以下、さらに好ましくは300ppm以下である。チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が上記下限値以上および上記上限値以下である場合、摩擦材を作製する際の成形性をより一層向上させることができる。また、チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が上記上限値以下である場合、ローターの発錆をより一層抑制することができる。 ・・・ 【0041】 本発明において、チタン酸塩化合物のアルカリ金属イオン溶出率は、0.01質量%〜15質量%であることが好ましく、0.05質量%〜10質量%であることがより好ましく、0.1質量%〜6質量%であることが更に好ましい。 【0042】 ところで、摩擦材組成物に用いる熱硬化性樹脂の一例としてのノボラック型フェノール樹脂の硬化反応では、硬化促進剤としての例えばヘキサメチレンテトラミンが開環することで、ノボラック型フェノール樹脂中の水酸基と結合し硬化反応が開始される。しかしながら、この際にアルカリ金属イオンが存在すると、ノボラック型フェノール樹脂における水酸基中の水素イオンとイオン交換反応を起こし、ヘキサメチレンテトラミン(硬化促進剤)とノボラック型フェノール樹脂(熱硬化性樹脂)との結合を阻害(硬化阻害)すると考えられる。 【0043】 従って、アルカリ金属イオン溶出率を上記範囲とすることで、加熱加圧成形時に熱硬化性樹脂の硬化阻害を防ぐことができ、その結果、高温高負荷時の耐クラック性をより一層向上させることができる。 【0044】 なお、本明細書において、アルカリ金属イオン溶出率とは、80℃の水中においてチタン酸塩化合物等の測定サンプルから水中に溶出したアルカリ金属イオンの質量割合のことをいう。 ・・・ 【0052】 トンネル状結晶構造のチタン酸塩の製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば、層状結晶構造のチタン酸塩を準備する工程Iと、工程Iで準備したチタン酸塩の層間の陽イオンを酸処理によりデインターカレートとしてチタン酸を準備する工程IIと、工程IIで準備したチタン酸をアルカリ金属水酸化物の水溶液中に浸漬してアルカリ金属イオンをインターカレートした後、焼成する工程IIIとを備える製造方法を挙げることができる。 ・・・ 【0062】 アルカリ金属イオンのインターカレーション完了後、ろ過、水洗、乾燥した後、電気炉等を用いて500℃〜900℃の温度範囲で1時間〜14時間保持することで焼成反応を完結することができる。焼成後、得られる粉体を所望のサイズに粉砕したり、篩に通してほぐしたりしてもよい。以上のようにして、本発明のトンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物を得ることができる。 【0063】 トンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物における塩素イオン溶出率は、原料としてのチタン化合物の塩素イオン溶出率や、フラックスの量、トンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物の製造工程又は製造後における塩素を除去するための洗浄の程度などにより調整することができる。 【0064】 もっとも、トンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物では、結晶中の塩素が除去しにくい。原料由来の塩素を少なくし、原料混合物をメカノケミカル粉砕で反応活性を高め、不純物の少ない水で洗浄すると、得られるチタン酸塩化合物に含まれる塩素を少なくすることができるが、結晶末端の活性が高くなり熱硬化性樹脂とのなじみが悪くなり成形性が悪くなる恐れがある。チタン酸塩化合物の活性の強さは、ビタミンCの黄変度合で評価することができる。具体的には、ビタミンCの黄変度合が低いと、活性が低くなり、成形性を向上させることができる。 ・・・ 【0096】 (製造例1) 酸化チタン(塩素イオン溶出率:20ppm)542.0g、炭酸カリウム216.8g、炭酸リチウム41.2gを常法により混合し、原料混合物を振動ミルに充填し、振動数1200cpm、振幅6.0mmの条件で30分間摩砕処理した。摩砕混合物に水48mlを加えて混合し、この摩砕混合物の15gを油圧プレス機にて圧力10MPaでペレット形状に成形した。このペレットを電気炉中にて1000℃で4時間焼成した後、徐冷し、得られた焼成物を粉砕し粉末を得た。得られた粉末の組成式はK0.8Li0.27Ti1.73O4であった。 【0097】 得られたK0.8Li0.27Ti1.73O4の全量と70%硫酸297gを水12リットルに溶解させた溶液に分散させ、5質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により約5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、乾燥してチタン酸(H2Ti2O5)を得た。 【0098】 得られたチタン酸の全量を、85%水酸化カリウム59gを水4リットルに溶解させた溶液に分散させ、10質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、110℃で2時間乾燥した。次いで、このものを電気炉により500℃にて3時間焼成し、目的とするチタン酸塩化合物を得た。 【0099】 得られたチタン酸塩化合物の化学組成、塩素イオン溶出率、アルカリ金属イオン溶出率、粒子形状、平均粒子径、比表面積、ビタミンC黄変試験および発熱ピーク温度を表1に示した。 【0100】 (製造例2) 酸化チタン(塩素イオン溶出率:20ppm)542.0g、炭酸カリウム216.8g、炭酸リチウム41.2g、及びフラックスとして塩化カリウム162g(他の原料全量100質量部に対して20質量部)に水48mlを加えて混合し、この摩砕混合物の15gを油圧プレス機にて圧力10MPaでペレット形状に成形した。このペレットを電気炉中にて1000℃で4時間焼成した後、徐冷し、得られた焼成物を粉砕し粉末を得た。得られた粉末の組成式はK0.8Li0.27Ti1.73O4であった。 【0101】 得られたK0.8Li0.27Ti1.73O4の全量と70%硫酸297gを水12リットルに溶解させた溶液に分散させ、5%質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により約5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、乾燥してチタン酸(H2Ti2O5)を得た。 【0102】 得られたチタン酸の全量を、85%水酸化カリウム59gを水4リットルに溶解させた溶液に分散させ、10質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、110℃で2時間乾燥した。次いで、このものを電気炉により500℃にて3時間焼成し、目的とするチタン酸塩化合物を得た。 【0103】 得られたチタン酸塩化合物の化学組成、塩素イオン溶出率、アルカリ金属イオン溶出率、粒子形状、平均粒子径、比表面積、ビタミンC黄変試験および発熱ピーク温度を表1に示した。 【0104】 (製造例3) 酸化チタン(塩素イオン溶出率:5ppm)542.0g、炭酸カリウム216.8g、炭酸リチウム41.2gを常法により混合し、原料混合物を振動ミルに充填し、振動数1200cpm、振幅6.0mmの条件で30分間摩砕処理した。摩砕混合物に水48mlを加えて混合し、この摩砕混合物の15gを油圧プレス機にて圧力10MPaでペレット形状に成形した。このペレットを電気炉中にて1000℃で4時間焼成した後、徐冷し、得られた焼成物を粉砕し粉末を得た。得られた粉末の組成式はK0.8Li0.27Ti1.73O4であった。 【0105】 得られたK0.8Li0.27Ti1.73O4の全量と70%硫酸297gを水12リットルに溶解させた溶液に分散させ、5質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により約5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、乾燥してチタン酸(H2Ti2O5)を得た。 【0106】 得られたチタン酸の全量を、85%水酸化カリウム59gを水4リットルに溶解させた溶液に分散させ、10質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、110℃で2時間乾燥した。次いで、このものを電気炉により500℃にて3時間焼成し、目的とするチタン酸塩化合物を得た。 【0107】 得られたチタン酸塩化合物の化学組成、塩素イオン溶出率、アルカリ金属イオン溶出率、粒子形状、平均粒子径、比表面積、ビタミンC黄変試験および発熱ピーク温度を表1に示した。 【0108】 (比較製造例1) 酸化チタン(塩素イオン溶出率:20ppm)418.94g及び炭酸カリウム377.05gをヘンシェルミキサーで混合し、得られた混合物を振動数1200cpm、振幅6.0mmの条件で45分間摩砕処理した。 【0109】 以上のようにして得られた粉砕混合物50gをルツボに充填し、電気炉にて750℃で4時間焼成した。得られた生成物の組成式はK2Ti2O5であった。 【0110】 得られた2チタン酸カリウム(K2Ti2O5)を用いて、15重量%スラリー500mlを調製し、これに96質量%硫酸9.0gを加えて1時間撹拌し、pH8に調整した。このスラリーを炉別、乾燥し、電気炉にて500℃で1時間焼成した。 【0111】 さらに得られた粉末の15質量%水性スラリー200mlを調製し、ディスパミルにて15分間分散させ、この水性スラリーを吸引濾過した。さらに「分取したケーキ(固形分)を200mlの純水に分散させ、ディスパミルによる分散、及び吸引濾過」の作業を10回くり返し、110℃で1時間乾燥し、目的とするチタン酸塩化合物を得た。 【0112】 得られたチタン酸塩化合物の化学組成、塩素イオン溶出率、アルカリ金属イオン溶出率、粒子形状、平均粒子径、比表面積、ビタミンC黄変試験および発熱ピーク温度を表1に示した。 【0113】 (比較製造例2) 酸化チタン(塩素イオン溶出率:20ppm)542.0g、炭酸カリウム216.8g、炭酸リチウム41.2g、及びフラックスとして塩化カリウム324g(他の原料全量100質量部に対して41質量部)に水48mlを加えて混合し、この摩砕混合物の15gを油圧プレス機にて圧力10MPaでペレット形状に成形した。このペレットを電気炉中にて1000℃で4時間焼成した後、徐冷し、得られた焼成物を粉砕し粉末を得た。得られた粉末の組成式はK0.8Li0.27Ti1.73O4であった。 【0114】 得られたK0.8Li0.27Ti1.73O4の全量を、70%硫酸297gを水12リットルに溶解させた溶液に分散させ、5%質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により約5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、乾燥してチタン酸(H2Ti2O5)を得た。 【0115】 得られたチタン酸の全量を、85%水酸化カリウム59gを水4リットルに溶解させた溶液に分散させ、10質量%水性スラリーとした。撹拌羽根により5時間撹拌を続けた後、ろ過、水洗、110℃で2時間乾燥した。次いで、このものを電気炉により500℃にて3時間焼成し、目的とするチタン酸塩化合物を得た。 【0116】 得られたチタン酸塩化合物の化学組成、塩素イオン溶出率、アルカリ金属イオン溶出率、粒子形状、平均粒子径、比表面積、ビタミンC黄変試験および発熱ピーク温度を表1に示した。 【0117】 【表1】 ![]() 【0118】 (実施例1〜3及び比較例1〜2) <摩擦部材の製造> 表2に記載の配合比率に従って各材料を配合し、アイリッヒミキサーを用いて3分間混合を行った。得られた混合物を、常温(20℃)にて15MPaの圧力で5秒間加圧し、仮成形体を作製した。150℃に温めた加熱成形用金型のキャビティー部に、上記の仮成形体をはめ込み、その上にバックプレート(材質:鋼)を載せたまま、成形体の気孔率が15%となるように15MPa〜40MPaの圧力で300秒間加圧した。加圧開始から計測し60秒〜90秒の間に、5回のガス抜き処理を行った。得られた成形体を220℃に熱した恒温乾燥機に入れて2時間保持し、完全硬化を行うことにより、摩擦部材を得た。 【0119】 なお、表2中の「フェノール樹脂」はヘキサメチレンテトラミン配合ノボラック型フェノール樹脂粉末であり、「酸化ジルコニウム」は平均粒子径5μmの酸化ジルコニウムであり、「硫酸バリウム」は平均粒子径1.6μmの硫酸バリウム(堺化学工業社製、「硫酸バリウムBMH−100」)であり、「ロックウール」は平均繊維長125μmのロックウールである。また、表2には、銅元素としての銅含有量や、摩擦調整材(チタン酸塩化合物)の熱硬化性樹脂(フェノール樹脂)に対する質量比(チタン酸塩化合物/フェノール樹脂)を併せて示している。 【0120】 <摩擦部材の評価> 上記で作製した摩擦部材の気孔率、ロックウェル硬度およびローターの発錆量は以下のように評価し、結果を表2に記載した。なお、比較例1の摩擦部材は、成形時にクラックが生じたためローターの発錆量の評価を行うことができなかった。 【0121】 (気孔率) 摩擦部材のバックプレートを剥離したものを測定サンプルとし、JIS D4418の方法に従い測定した。 【0122】 (ロックウェル硬度) 摩擦部材の表面のロックウェル硬度をJIS D4421の方法に従い測定した。硬さのスケールはSスケールを用いた。 【0123】 (ローターの発錆量) 摩擦部材のバックプレートを剥離したものを15mm×20mm×厚み9mmの試験片に切削し、脱イオン水20ml中に1時間浸漬させた後、予め15mm×20mmにカットしたローター試験片を重ね合わせ、サンプル対とした。該サンプル対を2.0MPaに加圧し、25℃、湿度50%の環境下で72時間静置した。試験後、図1に示すように、パッド試験片に接触していたローター試験片1の表面1aにおける錆が発生した面積(図1に斜線で示す部分)を下記指標にて判定した。 【0124】 A:錆が発生した面積が5%未満 B:錆が発生した面積が5%以上30%未満 C:錆が発生した面積が30%以上 【0125】 【表2】 ![]() 【0126】 表2より、塩素イオン溶出率が小さいチタン酸塩化合物を使用した実施例1〜3の摩擦部材はローターの発錆が抑制されていることがわかる。 【0127】 また、表2より、塩素イオン溶出率が特定の範囲に制御されたチタン酸塩化合物を使用した実施例1〜3の摩擦部材は、比較例1〜2の摩擦部材と比較し、摩擦部材の気孔率が同じでありながらロックウェル硬度が大きいことから、熱硬化性樹脂の硬化反応の阻害が小さいことがわかる。このことから、摩擦部材の成形時間を短く、または成形温度を低くできるなどの成形条件に幅をもたせることが可能であるため、成形性が優れていることがわかる。また、熱硬化性樹脂の硬化反応の阻害が小さいことから、摩擦部材の耐摩耗性が向上することが期待できる。」 第3 異議申立理由の概要 1 申立人は、証拠方法として下記2の甲第1号証〜甲第8号証(以下、それぞれ「甲1」〜「甲8」ともいう。)を提出し、下記(1)〜(3)の理由により、本件発明1〜13は特許法第113条第2号及び第4号に該当し、取り消されるべきものである旨を主張している。 (1)理由1(新規性:特許法第29条第1項第3号) 本件発明1〜3、5、7〜10、12〜13は、甲1に記載された発明と同一である。 (2)理由2(進歩性:特許法第29条第2項) ア 本件発明1〜3は、甲1に記載された発明及び甲3〜甲7に記載された事項から容易想到である。 イ 本件発明4〜6は、甲1に記載された発明から、或いは甲1に記載された発明及び甲3〜甲7に記載された事項から容易想到である。 ウ 本件発明7〜10は、甲1に記載された発明及び甲3〜甲7に記載された事項から容易想到である。 エ 本件発明11は、甲1に記載された発明及び甲8に記載された事項から、或いは甲1に記載された発明及び甲3〜甲8に記載された事項から容易想到である。 オ 本件発明12〜13は、甲1に記載された発明から、或いは甲1に記載された発明及び甲3〜甲7に記載された事項から容易想到である。 (3)理由3(サポート要件:特許法第36条第6甲第1号) 本件発明2〜13は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない。 2 証拠方法 甲1:国際公開第2008/123046号 甲2:「SGS Testing & Control Services Singapore Pte Ltd」による「Sakai Chemical Industry Co., Ltd.」が提出した「Titanium dioxide (Anatase)」の「Test Report」、2017年8月17日 甲3:特開平9−78055号公報 甲4:特開昭58−121325号公報 甲5:特開昭61−276827号公報 甲6:特願2003−180382号に対する平成20年2月1日付け拒絶理由通知 甲7:村山新一著、「フェノール樹脂」、プラスチック材料講座[15]、日刊工業新聞社、昭和54年5月20日第5版発行 甲8:特開2017−2185号公報 第4 甲号証の記載 1 甲1には次の記載がある。 「[0006] 本発明の目的は、新規な形状を有し、摩擦材における優れた耐摩耗性や、樹脂組成物における優れた補強性能を有するチタン酸カリウム及びその製造方法並びに該チタン酸カリウムを含有する摩擦材及び樹脂組成物を提供することにある。 ・・・ [0009] 本発明のチタン酸カリウムは、一般に、不定形の形状を有している。すなわち、繊維状や、板状や、粒状の形状ではなく、不規則な形状を有している。具体的には、不規則な方向に複数の突起が延びる形状を有しているものであることが好ましい。すなわち、アメーバ状の形状や、ジグソーパズルのピースのような形状を有しているものであることが好ましい。 ・・・ [0041] 本発明のチタン酸カリウムは、摩擦材における摩擦調整剤として用いることにより優れた耐摩耗性を付与することができ、また樹脂組成物に含有させることにより優れた補強性能を発揮する。 ・・・ [0088] (比較例4) 酸化チタン542.00g、炭酸カリウム216.80g、及び炭酸リチウム41.20gをヘンシェルミキサーにて混合し、その混合物50gをルツボに充填し、電気炉にて920℃で4時間焼成した。得られた生成物はX線回折よりK0.8Li0.27Ti1.73O3.9であった。 [0089] 得られたK0.8Li0.27Ti1.73O3.9を用いて15重量%スラリー500mlを調製し、これに70重量%H2SO4水溶液37gを加えて2時間撹拌し、この水性スラリーを炉別、水洗を行い、乾燥して、H0.97Ti1.73O3.95を得た。 [0090] 得られたH0.97Ti1.73O3.95を15重量%スラリーに調製し、85重量%KOH水溶液16.7gを加えて4時間攪拌し、この水性スラリーを炉別、水洗を行い、乾燥し、電気炉にて600℃で1時間焼成した。 [0091] 得られた焼成物を、ハンマーミルで解砕し、板状チタン酸カリウム26.6gを得た。 [0092] 得られた板状チタン酸カリウムを蛍光X線分析にて確認したところ、K2Ti8.1O17.2であった。また、平均粒子径(メディアン径)は3.2μmであった。 ・・・ [0104] (比較応用例1) 比較例4で得られたK2Ti8.1O17.2の板状チタン酸カリウム20部、アラミド繊維10部、フェノール樹脂20部、硫酸バリウム50部を混合し、25MPaの圧力下にて1分間予備成形をした後、20MPaの圧力下および170℃の温度で5分間、金型による結着成形を行い、引き続き180℃で3時間熱処理した。成型物を金型から取り出し、研磨化工を施してディスクパッドE(JIS D 4411試験片)を製造した。 [0105] (試験例1)(摩擦材−摩擦摩耗試験) 応用例1〜4及び比較応用例1で得られたディスクパッドA、B、C、D、及びEにつき、JIS D 4411「自動車用ブレーキライニング」の規定に準じて低速式摩擦摩耗試験(ディスク摩擦面:FC25ねずみ鋳鉄、面圧:0.98MPa、摩擦速度7m/秒)を行って、摩耗率(cm3/kgm)及び摩擦係数(μ)を測定した。結果を図15及び図16に示す。 [0106] 図15及び図16から明らかなように、本発明のアメーバ状チタン酸カリウムを用いたディスクパッドA、B、C、及びDは、板状チタン酸カリウムを用いたディスクパッドEに比べ、摩耗率が小さく、耐摩耗性に優れていることがわかる。」 2 甲2には、次の記載がある。翻訳は、申立人作成のものを採用した。 (1)第1頁 「 ![]() ![]() 」 (上記(1)の翻訳) ![]() (2)第2頁 「 ![]() 」 (上記(2)の翻訳) ![]() 3 甲3には、次の記載がある。 「【0001】 【産業上の利用分野】本発明は、自動車・鉄道・産業機械等に用いられるブレーキの摩擦材に関する。 ・・・ 【0013】また、ハイドロタルサイトの構造がゼオライトと同様であることから、イオン吸着性を保有していることも摩擦材にとって好都合である。すなわち、摩擦材の相手材(ディスクロータ、ドラム等)はほとんどが鉄若しくは鉄合金であり、錆を発生する。特に注目する点は、冬季における融雪剤による相手材の発錆が摩擦性能を大幅に低下させることがある。この融雪剤にはCaCl2、NaClがよく使用され、Clイオンが相手材の発錆を誘起する。ハイドロタルサイトは、このClイオンを吸着することにより相手材の錆発生を抑える働きがある。また、摩擦材自体がFe成分を含むとき、摩擦材自体の発錆を防止する。」 4 甲4には、次の記載がある。 (1)第1頁左欄第15行〜同頁右欄第3行 「本発明は摩擦材、特に耐ジヤダー性と防錆性の改良されたクラツチフエーシングに関する。 クラツチフエーシングは、石綿、ガラス繊維、チタン酸カリウム繊維、スフ、ポリイミド系繊維等の繊維状物質、フエノール系の樹脂硬化物からなる耐摩耗粉、その他の無機性あるいは有機性の改質材等を構成成分として、フエノール系、メラミン系等のホルムアルデヒド縮合系樹脂結合剤を用いて成形加工されたものである。」 (2)第2頁左上欄第4行〜同第10行 「本発明者らは、錆付きの発生原因について鋭意検討したところ、クラツチフエーシングの原料である石綿、耐摩耗粉等を発生源とするCl−、SO42−、ギ酸等が発錆を促進し、特に、クラツチフエーシングの吸湿時のpHが6未満の時に発錆が着しく、亜硝酸ナトリウム等の防錆剤による防錆効果が阻害されることを見出した。」 5 甲5には、次の記載がある。 (1)第1頁左欄第11行〜第13行 「この発明は摩擦材、特にクラツチ等の摺動摩擦機構における摩擦材の製造方法に関するものである。」 (2)第1頁右欄第5行〜第19行 「しかしながら、このような従来の摩擦材製造方法にあっては、摩擦材に含まれるCl−、SO42−等の腐食促進物質を水洗して除去する方法をとっている。ところが摩擦材には一般的にアスベスト繊維と各種添加剤をフェノール樹脂により成形させており著しく微小なポーラス構造となっているため、水洗処理では腐食促進物質の除去に著しく長い処理時間が必要となり、かつ十分な除去が困難である。このため摩擦材を相手材に組み付は放置しておくと、アスベスト等が大気中の水分を吸収し、摩擦材とプレツシヤプレート、摩擦材とフライホイールの接触部において除去されなかった腐食促進物質に起因する錆が発生し、摩擦材とプレツシヤプレートおよび摩擦材とフライホイールが貼り付いてしまうという問題点があった。」 6 甲6の「備考」欄には、次の記載がある。 「・・・一方、摩擦材による錆発生の原因の一つに、材料に由来するSO42-があり、それらを低減させることは周知であるから(引用例4:2頁左上欄、引用例51頁右欄 等参照)、引用例1においても、より防錆効果を向上させるために、錆の原因であるSO42-の溶出がより少ない成分あるいは摩擦材組成物を選択して用いることは、当業者が容易に想到し得たものといえる。・・・」 7 甲7には、次の記載がある。 「 ![]() 」 8 甲8には、次の記載がある。 「【0018】 本発明の摩擦材組成物においては、チタン酸カリウム、チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウムの含有量の合計が10〜35質量%であることが好ましい。また、金属粉、あるいは金属繊維として鉄、錫、亜鉛、アルミニウムのうち少なくとも1種類を0.5〜5質量%含有することが好ましい。 ・・・ 【0020】 本発明によれば、自動車用ディスクブレーキパッドやブレーキライニング等の摩擦材に用いた際に、環境有害性、および人体有害性が低い組成としつつ、回生協調ブレーキ等に代表される、軽負荷制動時に安定したTFを形成し、安定した摩擦係数を発現する摩擦材を与える摩擦材組成物を提供することができる。また、本発明によれば、上記特性を有する摩擦材および摩擦部材を提供することができる。」 第5 甲第1号証に記載された発明 1 甲1の[0006](上記第4の1参照。)には、甲1の「摩擦材及び樹脂組成物」は、「新規な形状を有し、摩擦材における優れた耐摩耗性や、樹脂組成物における優れた補強性能を有するチタン酸カリウム」「を含有する」ものであることが記載されている。 2 同[0041]には、「本発明のチタン酸カリウムは、摩擦材における摩擦調整剤として用いることにより優れた耐摩耗性を付与することができ」ることが記載されている。 3 同[0088]〜[0092]には、「比較例4」として、「酸化チタン542.00g、炭酸カリウム216.80g、及び炭酸リチウム41.20gをヘンシェルミキサーにて混合し、その混合物50gをルツボに充填し、電気炉にて920℃で4時間焼成し」て「得られた生成物」である「K0.8Li0.27Ti1.73O3.9」を「用いて15重量%スラリー500mlを調製し、これに70重量%H2SO4水溶液37gを加えて2時間撹拌し、この水性スラリーを炉別、水洗を行い、乾燥して、H0.97Ti1.73O3.95を得」、「得られたH0.97Ti1.73O3.95を15重量%スラリーに調製し、85重量%KOH水溶液16.7gを加えて4時間攪拌し、この水性スラリーを炉別、水洗を行い、乾燥し、電気炉にて600℃で1時間焼成し」、「得られた焼成物を、ハンマーミルで解砕し」て得られた「K2Ti8.1O17.2」の「板状チタン酸カリウム」が記載されている。 4 してみると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。 <甲1発明> 「酸化チタン542.00g、炭酸カリウム216.80g、及び炭酸リチウム41.20gをヘンシェルミキサーにて混合し、その混合物50gをルツボに充填し、電気炉にて920℃で4時間焼成して得られた生成物であるK0.8Li0.27Ti1.73O3.9を用いて15重量%スラリー500mlを調製し、これに70重量%H2SO4水溶液37gを加えて2時間撹拌し、この水性スラリーを炉別、水洗を行い、乾燥して、H0.97Ti1.73O3.95を得、得られたH0.97Ti1.73O3.95を15重量%スラリーに調製し、85重量%KOH水溶液16.7gを加えて4時間攪拌し、この水性スラリーを炉別、水洗を行い、乾燥し、電気炉にて600℃で1時間焼成し、得られた焼成物を、ハンマーミルで解砕して得られたK2Ti8.1O17.2の板状チタン酸カリウムを含有し、摩擦調整剤として用いられる摩擦材」 第6 理由1(新規性)について 1 本件発明1 (1)対比 本件発明1と甲1発明を対比すると、甲1発明の「板状チタン酸カリウムを含有し、摩擦調整剤として用いられる摩擦材」は、チタン酸塩化合物により構成され、摩擦調整剤として用いられるものであるから、本件発明1の「チタン酸塩化合物により構成される摩擦調整材」に相当する。 そうすると、両者の一致点及び相違点は次のとおりである。 <一致点> 「チタン酸塩化合物により構成される摩擦調整材」 <相違点1> チタン酸塩化合物の構造が、本件発明1は「トンネル状結晶構造」であるのに対し、甲1発明はトンネル状結晶構造かどうか定かでない点。 <相違点2> チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が、本件発明1は「0.5ppm〜400ppm」であるのに対し、甲1発明の塩素イオン溶出率は不明である点。 (2)判断 事案に鑑み、上記相違点2について検討する。 甲1発明の「摩擦材」の製造工程において、塩素を明示的に含有する原料は用いられていない。しかしながら、「摩擦材」の原料の一つである「酸化チタン」について、本件特許の明細書の段落【0096】には「製造例1」の原料として「酸化チタン(塩素イオン溶出率:20ppm)」が記載され、同【0104】には「製造例3」の原料として「酸化チタン(塩素イオン溶出率:5ppm)」が記載されている。さらに、本件特許と同日に出願され、その後特許掲載公報が発行された特許第7016997号公報には、「製造例1」の原料として、明細書の段落【0096】には「酸化チタン(塩素イオン溶出率:20ppm)」が記載され、同【0105】には「製造例4」の原料として「酸化チタン(塩素イオン溶出率:5ppm)」が記載され、同【0112】には「比較製造例2」の原料として「酸化チタン(塩素イオン溶出率:450ppm)」が記載されている。 これは、入手可能な「酸化チタン」には、さまざまな塩素イオン溶出率のものがあることを意味し、甲1発明で原料として用いられた「酸化チタン」の塩素イオン溶出率は不明であるから、その「酸化チタン」を原料として製造した甲1発明の「摩擦材」の塩素イオン溶出率も不明といわざるを得ない。 そうすると、甲1発明の「摩擦材」の塩素イオン溶出率が「0.5ppm〜400ppm」の範囲であると断定することはできないから、本件発明1は、甲1発明と同一とはいえない。 また、上記相違点2について、甲2の第1頁(上記第4の2(1)参照。)には、「堺化学工業株式会社」が「SGS」に「二酸化チタン(アナスターゼ)」の調査を依頼したことが記載され、同第2頁(上記第4の2(2)参照。)には、「試験結果」として、いずれのハロゲンも検出されなかったこと、具体的には、「塩素(Cl)」は「検出下限値」の「50ppm」未満であったことが記載されている。 しかしながら、甲1発明で、この「堺化学工業株式会社」が製造した「二酸化チタン(アナスターゼ)」を原料として用いたという証拠はないから、甲2の存在によって、甲1発明で原料として用いられた「酸化チタン」の塩素イオン溶出率が定まることはないから、甲2の記載を参酌しても、本件発明1は甲1発明と同一とはいえない。 以上をまとめると、本件発明1は、上記相違点1について検討するまでもなく、甲1発明と同一とはいえない。 2 本件発明2〜3、5、7〜10、12〜13 本件発明2〜3、5、7〜10、12〜13は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して特定するものであり、いずれも本件発明1を全て包含し、それぞれ個別の技術事項を追加したものである。よって、本件発明2〜3、5、7〜10、12〜13は、上記1に示した理由と同じ理由により甲1発明と同一ではなく、また、甲2の記載を参酌しても、本件発明1は甲1発明と同一とはいえない。 3 新規性に係る申立人の主張 申立人は、特許異議申立書の第10頁第30行〜同頁第33行において「したがって、甲1号証の段落0088〜0091に記載されている製造方法によって得られる板状チタン酸カリウム(比較例4の板状チタン酸カリウム)は、本件特許発明1である蓋然性が高い。・・・」と主張する。 しかしながら、製造方法が略一致しているとしても、甲1には、原料となる「酸化チタン」の塩素溶出率が全く記載されていないし、甲1で使用した原料が甲2に記載された「酸化チタン」であることを示す証拠はない。 これに対し、申立人は、同第11頁第4行〜同頁第7行において「堺化学工業株式会社は酸化チタンの大手製造会社であるため、甲第2号証を考慮すると、甲第1号証で用いられている酸化チタンの塩素イオン溶出率は50ppm未満と同様のレベルであると推定される。」と主張する。 しかしながら、堺化学工業株式会社が酸化チタンの大手製造会社であるからといって、必ずしも、甲1発明において、甲2に記載された堺化学工業株式会社が製造した酸化チタンを使用したとは限らないから、甲1発明の酸化チタンの塩素イオン溶出率が50ppm未満と同様のレベルとはいえない。 したがって、申立人の主張は採用できない。 4 小括 以上で検討したとおり、本件発明1〜3、5、7〜10、12〜13は、甲2の記載を参酌しても、甲1発明と同一とはいえないから、特許法第29条第1項第3号に該当する発明ではない。 第7 理由2(進歩性)について 1 本件発明1 (1)対比 本件発明1と甲1発明を対比すると、上記第6の1(1)で検討したとおり、上記<相違点1>及び<相違点2>で相違する。 (2)判断 事案に鑑み、上記相違点2について検討する。 塩素イオンと錆の関係について、甲3(上記第4の3参照。)には、ブレーキの摩擦材において、融雪剤に含まれるClイオンが相手材の発錆を誘起すること、及びハイドロ樽サイトがClイオンを吸着することにより相手材の錆発生を抑える働きがあることが記載され、甲4(上記第4の4参照。)には、摩擦材であるクラツチフエーシングの原料である石綿、耐摩耗粉等を発生源とするCl−、SO42−、ギ酸等が発錆を促進し、特に、クラツチフエーシングの吸湿時のpHが6未満の時に発錆が着しいことが記載され、甲5(上記第4の5参照。)には、クラツチ等の摺動摩擦機構における摩擦材製造方法にあっては、摩擦材に含まれるCl−、SO42−等の腐食促進物質を水洗して除去することが記載されている。 さらに、甲6(上記第4の6参照。)には、錆の原因であるSO42-の溶出がより少ない成分あるいは摩擦材組成物を選択して用いることは、当業者が容易に想到し得たものであることが記載されている。 しかしながら、甲1発明において、塩素イオンの存在に関する特定はなく、甲1に記載された事項全体を見渡しても、塩素イオンの存在や作用について記載も示唆もない。そうすると、甲3〜甲5に上記したような塩素イオンを減らすことで摩擦材の錆を抑制することが記載され、甲6に錆の原因となる成分の溶出が少ない摩擦材を選択することが記載されていたとしても、そもそも塩素イオンが存在するかどうかもわからない甲1発明において、塩素イオンの溶出量を減少させたり、塩素イオンの溶出量の少ない材料を選択したりすることは想定されるものではないから、上記相違点2は、甲1発明及び甲3〜甲6の記載に基いて当業者が容易になし得たこととはいえない。 また、仮に甲3〜甲6の記載に基いて、甲1発明における塩素イオンの溶出量を減少させたり、塩素イオンの溶出量の少ない材料を選択したりしたとしても、その下限を「0.5ppm」とすることは想定し得るものではないから、上記相違点2は、甲1発明及び甲3〜甲6の記載に基いて当業者が容易になし得たこととはいえない。 ここで、甲7(上記第4の7参照。)には、フェノール樹脂の反応触媒および硬化剤として、各種の無機および有機の酸、アルカリまたはそれらの塩類が列挙され、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムと並び、塩酸が例示されている。そして、甲1発明の「摩擦材」が、甲1の[0104](上記第4の1参照。)に「比較例4で得られたK2Ti8.1O17.2の板状チタン酸カリウム20部、アラミド繊維10部、フェノール樹脂20部、硫酸バリウム50部を混合し」「ディスクパッド」「を製造した」と記載されるように、フェノール樹脂に混合成形されるものであることを考慮しても、塩素イオンの下限を「0.5ppm」とすることを導き出すことはできない。 そうすると、上記相違点2は、甲1発明及び甲3〜甲7の記載に基いて当業者が容易になし得たこととはいえない。 してみると、本件発明1は、上記相違点1について検討するまでもなく、甲1発明及び甲3〜甲7の記載に基いて当業者が容易になし得たものではない。 2 本件発明2〜10 本件発明2〜10は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して特定するものであり、いずれも本件発明1を全て包含し、それぞれ個別の技術事項を追加したものである。 よって、本件発明2〜10は、上記1に示した理由と同様の理由により、甲1発明及び甲3〜甲7に記載された技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。 3 本件発明11〜13 本件発明11〜13は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して特定するものであり、いずれも本件発明1を全て包含し、それぞれ個別の技術事項を追加したものである。 ここで、甲8(上記第4の8参照。)には、「チタン酸カリウム、チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウムの含有量の合計が10〜35質量%である」「摩擦材組成物」は「回生協調ブレーキ等に代表される、軽負荷制動時に安定したTFを形成し、安定した摩擦係数を発現する摩擦材を与える摩擦材組成物を提供することができる」ことが記載されているが、塩素イオンの溶出量と錆の関係については何ら記載されていないから、上記相違点2が容易であることの根拠とはならない。 よって、本件発明11〜13は、上記1に示した理由と同様の理由により、甲1発明及び甲3〜甲8に記載された技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえない。 4 進歩性に係る申立人の主張 申立人は、特許異議申立書の第11頁第37行〜第12頁第8行において「一方、甲7号証に記載されている通り、熱硬化性樹脂であるフェノール樹脂の硬化剤として塩酸は一般的である。このことから、本件特許の明細書の段落0127に記載されている「塩素イオンの溶出量が少な過ぎると、熱硬化性樹脂の硬化反応の阻害がされるおそれがあること」は当業者にとって自明である。つまり、「トンネル状結晶構造のチタン酸塩化合物により構成される摩擦調整材」において、甲第7号証に基づいて塩素イオン溶出率の下限を設定することも、当業者にとって容易である。塩素イオン溶出率の上限値の具体的数値(400ppm)及び下限値の具体的数値(0.5ppm)は、単なる設計事項に過ぎない。」と主張する。 しかしながら、甲7には、フェノール樹脂の硬化剤として多数の化合物が列挙され、それらのうち、塩素イオンを含むものは塩酸だけで、塩素イオンを含まないものが多数列挙されていることから、甲7の記載に基いて、甲1発明の塩素イオンの溶出率に下限を設定することは、当業者であっても容易とはいえない。また、上限値や下限値の具体的数値について、単なる設計事項に過ぎないとする具体的な根拠が何ら示されていない。 したがって、申立人の主張は採用できない。 5 小括 以上で検討したとおり、本件発明1〜13は、甲1発明及び甲3〜甲8に記載された技術に基いて当業者が容易に想到し得たものとはいえないから、特許法第29条第2項に規定する要件を満たすものである。 第8 理由3(サポート要件)について 1 判断手法について 特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。そこで、以下、この観点に立って、この出願の特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かについて検討する。 2 本件発明の課題について 本件発明の課題は、上記第2の2の【0010】の記載からみて、「摩擦材を作製する際の成形性に優れ、吸湿した摩擦材をローターに押し付けた状態で長期間維持してもローターの発錆を抑制することができる、摩擦調整材、該摩擦調整材を用いた摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材を提供すること」であると認められる。 3 検討 (1)本件発明1 上記第2の2に摘記したとおり、本件特許の明細書の【0033】には「本発明において、チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率は、好ましくは0.5ppm以上、より好ましくは0.8ppm以上、さらに好ましくは1ppm以上、好ましくは400ppm以下、より好ましくは350ppm以下、さらに好ましくは300ppm以下である。チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が上記下限値以上および上記上限値以下である場合、摩擦材を作製する際の成形性をより一層向上させることができる。また、チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が上記上限値以下である場合、ローターの発錆をより一層抑制することができる。」と記載され、さらに、同【0096】〜【0115】には、製造例1〜3及び比較製造例1〜2が記載され、同【0117】の【表1】には、製造例1〜3のチタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率は1.5〜255.4ppmであり、比較製造例1のチタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率は0.1であり、比較製造例2のチタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率は425.3であることが記載されている。 また、同【0125】の【表2】には、製造例1〜3のチタン酸塩化合物を用いた実施例1〜3のローターの発錆は「A:錆が発生した面積が5%未満」(同【0124】参照。)であり、比較製造例1のチタン酸塩化合物を用いた比較例1のローターの発錆は、「成形時にクラックが生じたためローターの発錆量の評価を行うことができなかった。」(同【0120】参照。)であり、比較製造例2のチタン酸塩化合物を用いた比較例2のローターの発錆は、「B:錆が発生した面積が5%以上30%未満」(同【0124】参照。)であることが記載されている。 そうすると、本件発明1は、「チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が、0.5ppm〜400ppmである」との構成を備えることにより、上記2の「摩擦材を作製する際の成形性に優れ、吸湿した摩擦材をローターに押し付けた状態で長期間維持してもローターの発錆を抑制することができる」という課題を解決するものである。 してみると、本件発明1は、発明の詳細な説明及び技術常識に基いて、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。 (2)本件発明2〜13 本件発明2〜13は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して特定するものであり、いずれも本件発明1を全て包含し、それぞれ個別の技術事項を追加したものである。そうすると、本件発明2〜3は、上記1で説明したとおり、「チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が、0.5ppm〜400ppmである」との構成を備えることにより、上記2の「摩擦材を作製する際の成形性に優れ、吸湿した摩擦材をローターに押し付けた状態で長期間維持してもローターの発錆を抑制することができる」という課題を解決するものである。 してみると、本件発明2〜13も、発明の詳細な説明及び技術常識に基いて、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。 4 サポート要件に係る申立人の主張 申立人は、特許異議申立書の第16頁第36行〜第17頁第25行において、本件特許の出願の明細書の実施例に記載された化学式や数値に対して、本件発明2〜6、8及び9で特定される化学式や数値の範囲が広すぎるため、本件発明2〜6、8及び9で特定される化学式や数値の範囲まで化学式や数値を拡張しても所望の効果を奏するかが明らかでないから、本件発明2〜6、8及び9及びそれらに従属する本件発明7、10〜13は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものではない、との趣旨の主張をしている。 しかしながら、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、「チタン酸塩化合物の塩素イオン溶出率が、0.5ppm〜400ppmである」との構成を備えることにより、上記2の「摩擦材を作製する際の成形性に優れ、吸湿した摩擦材をローターに押し付けた状態で長期間維持してもローターの発錆を抑制することができる」という課題を解決するものであるから、本件発明1を直接的又は間接的に引用する本件発明2〜13も、発明の詳細な説明及び技術常識に基いて、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。 5 小括 以上で検討したとおり、本件発明1〜13は、発明の詳細な説明及び技術常識に基いて、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすものである。 第9 むすび 以上のとおりであるから、異議申立人による特許異議申立書の理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2022-11-29 |
出願番号 | P2021-574319 |
審決分類 |
P
1
651・
113-
Y
(C09K)
P 1 651・ 121- Y (C09K) P 1 651・ 537- Y (C09K) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
亀ヶ谷 明久 |
特許庁審判官 |
蔵野 雅昭 関根 裕 |
登録日 | 2022-01-28 |
登録番号 | 7016996 |
権利者 | 大塚化学株式会社 |
発明の名称 | 摩擦調整材、摩擦材組成物、摩擦材、及び摩擦部材 |
代理人 | 弁理士法人大阪フロント特許事務所 |