• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01S
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01S
管理番号 1392757
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-01-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-12-03 
確定日 2022-12-21 
事件の表示 特願2019−545983号「電子密度分布の適応型モデルを決定する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年8月30日国際公開、WO2018/153601、令和2年3月19日国内公表、特表2020−508456号〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成30年1月24日を国際出願日とする外国語特許出願であって(パリ条約による優先権主張 2017年2月23日 ドイツ連邦共和国)、その手続の経緯の概略は、次のとおりである。

令和元年 8月22日 :翻訳文の提出
同年 9月26日 :手続補正書の提出
令和2年 5月26日付け:拒絶理由通知書
同年12月15日 :意見書、手続補正書の提出
令和3年 3月 9日付け:拒絶理由通知書
同年 6月21日 :意見書、手続補正書の提出
同年 8月 2日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
(同月 3日 :原査定の謄本の送達)
同年12月 3日 :審判請求書及び手続補正書の提出

第2 令和3年12月3日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和3年12月3日にされた補正を却下する。

[補正の却下の決定の理由]
1 本件補正の補正内容
令和3年12月3日にされた特許請求の範囲についての補正(以下「本件補正」という。)は、以下の(1)に示される本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載を、以下の(2)に示される本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載に補正することを含むものである。下線は補正箇所を示す。
(1) 本件補正前
「 【請求項1】
信号受信機によるポジション決定のために、地球衛星から送信される信号の伝播時間測定を補正するために使用される、地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法であって、少なくとも以下のステップ、即ち、
a)供給場所の局所的な電子密度データを求めるステップと、
b)供給場所の局所的な密度に依存して、局所的な分解能を決定するステップと、
c)ステップa)において求められた電子密度分布を、ステップb)において決定された前記分解能に依存して内挿する関数を決定するステップと、
d)ステップa)において求められた前記データと、ステップc)において求められた前記関数とを用いて、前記電子密度分布の前記モデルを作成するステップと、
を有し、
ステップa)において、固定の供給場所及び可動の供給場所の局所的な電子密度分布を求め、
前記固定の供給場所は、定置されたGNSS常設局であり、前記可動の供給場所は、車両内に又は車両に配置されている、
地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法。」

(2) 本件補正後
「 【請求項1】
信号受信機によるポジション決定のために、地球衛星から送信される信号の伝播時間測定を補正するために使用される、地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法であって、少なくとも以下のステップ、即ち、
a)供給場所の局所的な電子密度データを求めるステップと、
b)供給場所の局所的な密度に依存して、局所的な分解能を決定するステップと、
c)ステップa)において求められた電子密度分布を、ステップb)において決定された前記分解能に依存して内挿する関数を決定するステップと、
d)ステップa)において求められた前記データと、ステップc)において求められた前記関数とを用いて、前記電子密度分布の前記モデルを作成するステップと、
を有し、
ステップa)において、固定の供給場所及び可動の供給場所の局所的な電子密度分布を求め、
前記固定の供給場所は、定置されたGNSS常設局であり、前記可動の供給場所は、車両内に又は車両に配置されており、
ステップc)において決定された前記関数は、局所化を行う基底関数としてのボクセルであり、ボクセルサイズの配分が、分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定される、
地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法。」

2 本件補正の目的
本件補正は、請求項1において、本件補正前の「ステップc)」において「決定」された「関数」について、「局所化を行う基底関数としてのボクセルであり、ボクセルサイズの配分が、分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定される[もの]」に限定したものである。
そして、本件補正前の請求項1に記載された発明と、本件補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である。
よって、本件補正は、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

3 独立特許要件についての当審の判断
本件補正は、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するから、本件補正後における請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下「本件補正発明」という。)が特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか、すなわち、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて、以下検討を行う。

(1) 本件補正発明
本件補正発明は、前記1(2)において特定されるとおりのものである。

(2) 引用文献等
ア 引用文献1に記載された事項及び引用発明の認定
(ア) 引用文献1に記載された事項
原査定の拒絶の理由において引用された文献である、LIANG, W. ほか「Multi-scale ionosphere model with data-adapted spatial resolution」2014 XXXIth URSI General Assembly and Scientific Symposium (URSI GASS)、IEEE、2014年10月20日掲載(以下「引用文献1」という。)には、次の事項が記載されている。
下線は合議体が付した。摘記の後の括弧内に合議体が作成した日本語訳を示す。
a 「Space weather research and a wide range of applications in communication and navigation require high-resolution ionosphere models. Today, the global ionosphere maps (GIMs) provided by the International GNSS Service (IGS) are the widely-used global vertical total electron content (VTEC) products. However, their spatial resolution of 2.5° in latitude and 5° in longitude is not high enough for modeling small-scale structures of the ionosphere. Therefore, besides the GIMs some regional high-resolution ionosphere models were developed. The German Aerospace Center (DLR), for instance, provides a regional VTEC model over Europe with a spatial resolution of 2° in both latitude and longitude.」
(宇宙気象調査並びに通信及びナビゲーションにおける広範囲の応用においては、高分解能電離層モデルを必要とする。今日、国際GNSSサービス(IGS)によって提供されるグローバル電離層マップ(GIMs)は、あの広く使用されているグローバル垂直全電子量(VTEC)のプロダクトである。しかしながら、それらの緯度2.5°及び経度5°という空間分解能は、電離層の小規模構造をモデル化するのには十分な高さではない。したがって、GIMsに加えて、いくつかの地域的な高分解能電離層モデルが開発された。例えば、ドイツ航空宇宙センター(DLR)は、緯度及び経度の両方において2°の空間分解能を有する欧州域の地域VTECモデルを提供する。)

b 「The resolution of ionosphere models is primarily limited by heterogeneously distributed input data; to be more specific, high-resolution observations may exist over continental areas due to the distribution of GNSS stations whereas large data gaps may occur over the oceanic area even if altimetry and radio occultation can provide information. Due to the multi-scale variability of the ionosphere and the requirement for high-resolution models, the development of a multi-scale data-adapted ionosphere model is indispensable.」
(電離層モデルの分解能は、主に、不均一に分布する入力データによって制限され、より具体的には、高分解能の観測がGNSS局の分布に起因して大陸エリアにわたって存在し得るが、高度測定及び電波掩蔽(えんぺい)が情報を提供することができる場合であっても、海のエリアにわたって大きなデータギャップが生じ得る。電離層のマルチスケール変動性及び高分解能モデルの要請のため、マルチスケールデータに適合した電離層モデルの開発は不可欠である。)

c 「In this paper we present a regional multi-scale VTEC model as a building block system. Each block is characterized by a specified input data resolution and an adapted model resolution. As mathematical approach we choose series expansions in terms of localizing B-spline functions which can be used as scaling functions of a multi-scale representation (MSR). The chosen resolution level of the B-spline functions has to be consistent with the resolution of the input data, thus, the higher the resolution of the input data the higher the level of the B-spline functions and the finer the structures of VTEC which can be modeled. If the block sizes and the levels of the B-spline function are chosen appropriately, the blocks can be connected to each other by applying the pyramidal algorithm of the MSR and fusing techniques known from digital image processing. In our approach we use the International Reference Ionosphere (IRI) as a background model and calculate the coefficients of the B-spline series expansions by parameter estimation. We present preliminary results of our multi-scale model based on space-geodetic techniques, e.g. GNSS, satellite altimetry and radio occultation data.」
(この論文では、我々は、ビルディングブロックシステムとして地域マルチスケールVTECモデルを提示する。各ブロックは、指定された入力データ解像度及び適応されたモデル解像度によって特徴付けられる。数学的手法として、マルチスケール表現(MSR)のスケーリング関数として使用することができるBスプライン関数を局所化することに関して級数展開を選択する。
Bスプライン関数の選択された分解能レベルは、入力データの分解能と一致していなければならず、したがって、入力データの分解能が高いほど、Bスプライン関数のレベルは高くなり、モデル化することができるVTECの構造は微細になる。ブロックサイズ及びBスプライン関数のレベルが適切に選択される場合、ブロックは、デジタル画像処理から知られるMSR及び融合技術のピラミッドアルゴリズムを適用することによって互いに接続され得る。我々の手法では、国際基準電離層(IRI)を背景モデルとして使用し、パラメータ推定によってBスプライン級数展開の係数を計算する。我々は、空間測地技術、例えば、GNSS、衛星高度測定及び電波掩蔽(えんぺい)データに基づく我々のマルチスケールモデルの予備的な結果を提示する。)

(イ) 引用発明の認定
上記(ア)に摘記した引用文献1の記載内容を総合すると、引用文献1には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
[引用発明]
「ナビゲーションにおける応用において必要とされる、マルチスケールデータに適合した電離層モデルを開発することであって、(前記(ア)a及びb)
ビルディングブロックシステムとして地域マルチスケールの垂直全電子量(VTEC)のモデルを提示するものであり、(前記(ア)a及びc)
各ブロックは、指定された入力データ解像度及び適応されたモデル解像度によって特徴付けられ、(前記(ア)c)
電離層モデルの分解能は、主に、不均一に分布する入力データによって制限され、より具体的には、高分解能の観測がGNSS局の分布に起因して大陸エリアにわたって存在し得るものであり、(前記(ア)b)
数学的手法として、マルチスケール表現のスケーリング関数として使用することができるBスプライン関数を局所化することに関して級数展開を選択し、Bスプライン関数の選択された分解能レベルは、入力データの分解能と一致していなければならず、入力データの分解能が高いほど、Bスプライン関数のレベルは高くなり、モデル化することができるVTECの構造は微細になり、(前記(ア)c)
ブロックサイズ及びBスプライン関数のレベルが適切に選択される場合、ブロックは、デジタル画像処理から知られるMSR及び融合技術のピラミッドアルゴリズムを適用することによって互いに接続され得るものであり、
国際基準電離層(IRI)を背景モデルとして使用し、パラメータ推定によってBスプライン級数展開の係数を計算する、(前記(ア)c)
電離層モデルを開発すること。」

イ 引用文献2に記載された事項及び引用文献2記載技術の認定
原査定の拒絶の理由において引用された文献である、COLOMBO, O. L. 外3名,「Extending Wide Area and Virtual Reference Station Networks Far Into the Sea With GPS Buoys」, ION GNSS 18th International Technical Meeting of the Satellite Division, 2005年9月, 560〜572頁(以下「引用文献2」という。)には、次の事項が記載されている。下線は合議体が付した。摘記の後の括弧内に合議体が作成した日本語訳を示す。
(ア) 引用文献2に記載された事項
a 562頁左欄下から16〜9行
「Ionospheric Model: First, a computed tomography model of the ionospheric Total Electron Content (TEC) is obtained using data from all GPS receivers in the network, including the buoy. As described, for example, in [11], our model consists of two spherical shells, both divided into three-dimensional cells, or voxels, each assumed to have a spatially constant electron density that changes slowly over time, since the spherical grid is sun-fixed.」
(電離層モデル:まず、ブイを含むネットワーク内の全てのGPS受信機からのデータを使用して、電離層総電子量(TEC)のコンピューター断層撮影モデルが取得される。例えば文献11に記載されているように、本発明者らのモデルは、二つの球状シェルからなり、両方とも3次元セル又はボクセルに分割され、球状グリッドは太陽固定されているので、各々がゆっくりと時間変化する空間的に一定の電子密度を有すると仮定される。)

b 561頁右欄下から20〜11行
「To test our ideas, we have used some 15 hours of continuous 5-second GPS data downloaded, via the Internet, from several NOAA’s CORS stations separated by hundreds of kilometers. We have processed those data both during periods of low and high ionosphere activity, treating in each case two of the sites kinematically, one as a moving “buoy station”, another as a “ship” sailing within or near the perimeter of the land-and-buoy network while using the corrections provided by it, and the rest as conventional, fixed land stations.」
(我々の考えを試すために、数100キロメートル離れたいくつかのNOAAのCORS局からインターネットを介してダウンロードされた約15時間の連続する5秒のGPSデータを使用した。我々は、低電離層活動及び高電離層活動の両方の期間中のデータを処理した。それぞれの場合に二つのサイトを運動学上、一つは移動する「ブイステーション」として扱い、もう一つは、それによって提供される補正を使用しながら陸上及びブイのネットワークの周辺内又は周辺付近を航行する「船舶」として扱い、残りは従来の固定された陸上ステーションとして扱った。)

(イ) 引用文献2記載技術
前記(ア)に摘記した引用文献2に記載された事項から、引用文献2には次の技術(以下「引用文献2記載技術」という。)が記載されていると認められる。

[引用文献2記載技術]
「固定された受信機からのデータの他に可動の受信機からのデータも使用して、電離層の局所的な電子密度分布を求めること。」

ウ 技術常識の認定
(ア) 引用文献5の記載事項及び技術常識1の認定
a 引用文献5の記載事項
劉 秀「一周波の疑似距離単独測位を用いた電離層モデルに関する研究」修士学位論文、2013年3月、東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科海運ロジスティクス専攻

当審において新たに引用する上記文献(以下「引用文献5」という。)には次の記載がある。下線は当審が付与した。
(a) 6〜7頁
「2.2.1 単独測位原理
単独測位は以下の順序で行っている。
(ア)衛星からの電波到達所要時間測量
(イ)コードによる距離測計
(ウ)単独測位による位置決定
(エ)測位方式
それぞれに関して以下に詳細を示す。
(ア)衛星からの電波到達所要時間測量
GPS衛星は極めて安定した原子時計を搭載し、高精度の時刻を刻んだ信号(コード)を乗せた電波を地球に向けて送信している。利用者受信機は受信機内の水晶時計に同時して、衛星と同じコードを発生させているので、衛星からの電波上コードと受信機のコードを比較することより、衛星から受信機までの電波伝搬時間を計測する。この電波伝搬時間に光速度を乗じることによって衛星から受信機までの距離が得られる。
ここではまず、電波到達所要時間の求め方について考える。
いま、衛星からの電波発信時刻と受信機での到達時刻について
tS:電波が衛星から発信された時刻の観測値、
tS(GPS):真の発信時刻
tR:電波が受信機に到達した時刻の観測値、
tR(GPS):真の到達時刻
とすると、発信時刻の観測値は、衛星時計の誤差δSにより
tS=tS(GPS)+δS (2.1)
となる。また、到達時刻の観測値は、受信機の時計誤差(バイアス)δR、電波が電離圏を通過する際の遅延時間ΔIと大気を通過する際の遅延時間ΔT及び受信機のノイズvの影響を受けるため(図2−2)
tR=tR(GPS)+δR+ΔI+ΔT+v (2.2)
となる。したがって、衛星電波の到達所要時間Δtは、
Δt=tR−tS
={tR(GPS)+δR+ΔI+ΔT+v}−{tS(GPS)+δS}
={tR(GPS)−tS(GPS)}+δR−δS+(ΔI+ΔT+v)
(2.3)」




(b) 9〜10頁
「(ウ) 単独測位による位置決定
衛星の3次元位置は、衛星電波にのっている航法メッセージ(navigation message)に含まれる衛星軌道情報から受信機側でしることができる。したがって、原理的には受信機の三次元位置(未知数3個)を決定するには、3個の衛星から電波を地上で受信して、距離を計測すればよいはずである。
しかし、受信機の時計(水晶時計)は、衛星上の原子時計に比較して精度が劣るため、前項で述べたように大きな誤差を含み、3個衛星からの距離計測では正確な位置が求まらない(図2−5)。
そこで、この受信機の時計誤差に起因する距離誤差は各衛星に対して同じであるという性質を使って、この時計誤差自体を未知数として扱い、位置の未知数と合わせて4個の未知数を解くこととする。そのためには4個の衛星から距離を求めばよい。すなわち、4個の衛星から電波を受信すれば受信機の位置と時計誤差を求めることができる(図2−6)。これがGPSによる測位の基本プロセスであり、単独測位と呼ばれる。」

(c) 14頁
「○3 電波の伝搬にともなう誤差要因
(a) 電離層の伝搬
地表からの高さが60〜1000kmまでの非常に希薄な大気層が、太陽からの紫外線やX線によって電離した状態になっている領域を電離層と呼ぶ。電離層の状態は、太陽活動、季節、緯度、経度などによって複雑に変化する。電離層を通過する際の速度は、コード測定では群速度を位相測定では位相速度を用いなければならない。単独測位に用いるコード測定では群速度は真空中よりも遅くなり、見かけの観測距離は長くなる。この遅延量は距離にして数cmから数mであり、測位計算に直接影響にてくる。したがって、GPSでは遅延量を補正するモデルをつくり、電離層の状況に応じてその係数を決定し、航法メッセージに含んで放送している。
一方、位相測定では位相速度は真空中の光速より早いため、見かけの距離は短くなる。この縮む量はコード測定と符号が違うだけで絶対値は同じになる。その補正は二周波データの線形結合により補正される。詳細は第3章以降に示す。」
なお、○の中に算用数字3が入った符号を「○3」と表記した。
また、「電離層を呼ぶ。」という記載は「電離層と呼ぶ。」の誤記であることが明らかであるため合議体が訂正して摘記した。

(d) 20頁
「2.3.3 電離圏モデル
2000年5月2日にSA(Selective Availability)が解除されて以来、電離層遅延はGPS測位の最大の誤差要因と言われている。二周波受信機を利用する場合、電離層における電波伝搬の遅延は周波数に依存するため正確に推定できるが、二周波受信機の値段が高いため、本稿ではできる限り、一周波受信機を利用し、電離層の遅延量を求めることが目的である。本稿では、電離層補正にはKlobucharモデル、NeQuickモデル、Modified NeQuickモデル、IONEX、二周波の5種類の手法を利用し、電離層遅延の補正を試みる。
一般的によく利用されるモデルはKlobucharモデルと呼ばれているもので、GPS衛星から送られてくる航法メッセージには、電離層の電波遅延をこのKlobucharモデルで計算するためのパラメータが含まれている。Klobucharモデルを使うことにより、この遅延量のおよそ半分程度は補正できる。
NeQuickモデルは、Klobucharモデルより優れて、傾斜電離層遅延量の約60%を補正できる。NeQuickモデルは、欧州のGALILEOがリアルタイムの電離層補正モデルとして使うことになっている手法である。また、本稿で使っているModified NeQuickモデルは、NeQuick モデルを基に、改良されたモデルです。このモデルはNICT(National Institute of Information and Communications Technology)の丸山氏が考案したモデルである。Modified NeQuickモデルはNeQuickモデルよりも、電離圏嵐を含む電離圏変動に対して実用的な予測モデルである。
IONEX (IONosphere map EXchange) は、近年の精密単独測位の電離層補正手法として、良く利用されている。実際は、CODE(Center for Orbit Determination in Europe)が全地球電離層電子分布図を提供した。1998年、GIMを格納、配布する国際的な標準としてIONEXフォーマットが提案された。
5種類の手法の詳細は第4章以降に示す。」

(e) 42頁
「4.2 NeQuickモデル[10]
トリエステ(イタリア)にあるAbdus Salam 理論物理学国際センターの超高層大気電波伝搬研究所ARPL(Aeronomy and Radiopropagation Laboratory) とGraz大学(オーストリア)の地球・天文物理学、気象学研究所は、三次元の電離層電子密度モデルであるNeQuickモデルを開発した。
このモデルでは電離層の任意の場所での電子密度が扱え、天頂方向や衛星の視線方向の電子密度や全電子数TECが容易に計算できる。」

b 技術常識1の認定
前記aに摘記した引用文献5に記載の事項に例示されるように、次の技術事項は、技術常識(以下「技術常識1」という。)である。

[技術常識1]
「衛星からの送信信号を地上で受信する受信機の位置を決定するにあたり、当該信号が電離層を通過する際に生じる電波伝搬時間の遅延(電離層遅延)が誤差要因となり、電離層の電子密度モデルを用いることにより電離層遅延の補正が行われること。」


(イ) 引用文献6〜8の記載事項及び技術常識2−1から2−3の認定 a 引用文献6の記載事項と技術常識2−1の認定
(a) 引用文献6の記載事項
当審において新たに引用する特表2008−525054号公報(以下「引用文献6」という。)には次の記載がある。下線は当審が付与した。
「【0023】
一般に、3次元のスキャンされた対象の連続分布f(x,y,z)は、中心が格子点p(xn,yn,zn)を持つ格子上に配置された基底関数Φ(x)のスケーリング及びシフトされた重なるコピーの合計により近似されることができ、即ち
【数5】


であり、ここで{(xn,yn,zn),n=0〜N−1}は、サンプリング間隔Δで3次元空間内に一様に分布するN個のサンプリング点のセットであり、
cnは各サンプリング点nにおける画像係数である。」
「【0030】
補間プロセッサ又はプロセス62は、PETブロブデータをCTボクセル空間に補間する。より具体的には、位置調整手段82は、ブロブ空間をCTボクセル空間と位置調整するために以前に決定された変換マトリクス、例えば回転及び平行移動を使用する。一実施例において、位置調整手段82は、ブロブ空間をボクセル空間と位置調整するためにブロブ格子点p(x,y,z)にアフィン変換を適用する。代替的には、位置調整手段82は、前記PET画像メモリ内の画像が前記CT画像メモリ内の画像と位置調整されるように格子手段94におけるbcc格子に前記以前に決定された変換を適用することができる。PET画像空間をCT画像空間に変換する手段98は、PETブロブ画像をCTボクセル画像に変換する。
【数8】


ここで、f(x,y,z)は複合3次元画像表現であり、ΦblobはPETブロブ画像表現であり、ΦvoxelはCT画像ボクセル表現であり、nはPET画像空間におけるサンプリング点の数であり、mはCT画像空間におけるサンプリング点の数であり、ΔPETはPET画像ボクセルサイズ(サンプリング間隔)であり、ΔCTはCTボクセルサイズであり、cnは各サンプリング点nにおける画像係数であり、tmは各サンプリング点mにおける画像係数であり、CTボクセルvの中心上に位置するブロブの数に依存する。」

(b) 技術常識2−1の認定
前記aに摘記した引用文献6に記載の事項に例示されるように、次の技術事項は、技術常識(以下「技術常識2−1」という。)である。

[技術常識2−1]
「3次元座標空間上の関数f(x,y,z)について、ボクセルを基底関数として、級数展開の形式で表現すること。」

b 引用文献7の記載事項と技術常識2−2の認定
(a) 引用文献7の記載事項
当審において新たに引用する特表2006−510893号公報(以下「引用文献7」という。)には次の記載がある。下線は当審が付与した。
「【0011】
(中略)
ステップ4:
第3のステップで発生する問題を克服するために(つまり、最短波長の曖昧さを決定するために)、電離層屈折差を推定できるリアルタイムモデルを決定する。このモデルは、基準局のネットワーク内の固定の位置における二周波数搬送波位相データから計算される。これによって、衛星から送信される輻射電波が通り抜ける電離層領域の描写が行われると考えてよい。このモデルのデータは、同時に行われる測地計算から導出されるデータと、周知の方法で結合される。その測地計算は、有利なことに、「マスタ」局と呼ばれる、ネットワーク内の地上固定局の1つで実行できる。この手法の主な利点は、変動する電離層条件の下で、最寄りの基準局から何百キロも離れていても、0.25TECU未満の誤差(代表値)で屈折差を推定できることである。この精度であれば、中長距離のL1曖昧さの瞬時決定での誤差は0.5サイクル未満(代表値)である。
自由電子の電離層分布は、分解能体積単位のグリッド(「ボクセル」)によって大まかに決定できる。ボクセル内では、任意の時点での「地球中心を基準にした慣性座標系(Earth Centered Inertial(ECI)system)」内の電子密度が一定であると想定される。
このタイプの典型的な配置を図1Aに示す。この図1Aは、子午線断面のボクセルVoxijkの概略図である(i、j、kは、それぞれ、経度、緯度、高度の座標の添え字である)。この図では、リアルタイム電離層モデルのデータを決定するために、電離層電子密度分布を式(7)にしたがって細分化している。
この図1Aでは、地球GTは、部分断面で示され、電離層CIONで囲まれている。CIONは、2つの中間層Ci1およびCi2に任意に細分化されている。記載の例におけるCi1層の低い高度は60kmであり、高い高度は740kmである。Ci2層の低い高度は740kmであり、高い高度は1420kmである。各ボクセルVoxijkの面角度は、5×2度である。
例示目的で、衛星をSAT1〜SATnで表現し、そのうちの3つを図示した。各衛星は、「GPS」送信機GPSE1〜GPSEnをそれぞれ搭載している。これらの衛星SAT1〜SATnは、すべてまたは一部の地上局(たとえば、図1Aに示した3つの固定基準局ST1〜STM)の視野内にある。各地上局には、「GPS」受信機GPSR1〜GPSRnと、組み込まれた計算手段(図示せず)が含まれる。」
「【図1A】



(b) 技術常識2−2の認定
前記(a)に摘記した引用文献7の記載事項及び前記イ(ア)aに摘記した引用文献2の記載事項を参照することより「電離層電子密度分布を、分解能体積単位のグリッドであり、その内では電子密度が一定であるボクセルによって細分化し、電離層モデルを決定すること」は、技術常識であったと認められる。
ここで、「3次元座標空間上の関数f(x,y,z)について、ボクセルを基底関数として、級数展開の形式で表現すること」は技術常識(前記技術常識2−1を参照)であるから、次の技術事項は、当業者にとって技術常識であったと認められる(以下「技術常識2−2」という。)。

[技術常識2−2]
「電離層電子密度分布を、分解能体積単位のグリッドであるボクセルによって細分化し、ボクセル内では電子密度が一定であるとし、ボクセルを基底関数として級数展開の形式で表現して、電離層モデルを決定すること。」

c 引用文献8の記載事項と技術常識2−3の認定
(a) 引用文献8の記載事項
当審において新たに引用する特開2009−289144号公報(以下「引用文献8」という。)には次の記載がある。下線は当審が付与した。
「【0049】
〔局所高解像度化ルーチン〕
図10は、局所高解像度化ルーチンの一例を示すフローチャートである。かかる局所高解像度化ルーチンは、最大解像度Rmax未満の解像度をもつボリュームデータがウィンドウ90上に展開表示されているときに2D展開処理部24により実行されるものである。局所高解像度化ルーチンの開始に際して、2D展開処理部24は、画像表示制御部26から表示画面31におけるカーソルの位置の2D座標を取得すると共に(ステップS300)、その段階でウィンドウ90上に展開表示されているボリュームデータの解像度である現解像度Rnを取得して解像度Rとして設定する(ステップS310)。ステップS310の処理の後、ステップS300にて取得したカーソル位置に対応した2D画像100の正方形領域の2D座標(Xj,Yj)を求める(ステップS320)。すなわち、ステップS320では、現解像度Rn(第Rn段階)のシェルピンスキー・カーペットのカーソル位置に対応した正方形領域(対象正方形領域)の2D座標(Xj,Yj)を求める。次いで、ユーザによりマウス50がダブルクリックされているか否かを判定し(ステップS330)、マウス50がダブルクリックされていなければ、再度ステップS300以降の処理を実行する。
【0050】
また、ステップS330にてユーザによりマウス50がダブルクリックされたと判断された場合には、2D画像100上の上記正方形領域(ブランク領域を除く)に対応した箇所にカーソルが置かれているか否かを判定し(ステップS340)、ブランク領域に対応した箇所にカーソルが置かれている場合には、再度ステップS300以降の処理を実行する。これに対して、2D画像100上のブランク領域以外の正方形領域に対応した箇所にカーソルが置かれている場合には、ステップS300にて取得したカーソル位置に対応した現解像度Rnのボリュームデータのボクセル(対象ボクセル)の3D座標(xj,yj,zj)を求める(ステップS350)。ステップS350では、図7のステップS2215〜S2250の処理を逆方向に実行して対象正方形領域の2D座標(Xj,Yj)に対して上述の展開規則(テーブル)をR=Rn回適用することにより容易かつ高速に対象ボクセルの3D座標(xj,yj,zj)を求めることができる。対象ボクセルの3D座標(xj,yj,zj)を求めたならば、当該3D座標(xj,yj,zj)に基づいて対象ボクセルに対応した解像度R=R+1すなわち現解像度Rnよりも1段階高い解像度R=Rn+1のボリュームデータの8個のボクセルに格納されているスカラ値をボリュームデータ記憶部22から読み出す(ステップS360)。ここで、対象ボクセルに対応した解像度R=R+1(=Rn+1)のボリュームデータの8個のボクセルの3D座標は、(2・xj,2・yj,2・zj)〜(2・xj+1,2・yj+1,2・zj+1)として表されることから、ステップS360では、これらの3D座標に対応した番号のボクセルに格納されているスカラ値をボリュームデータ記憶部22から読み出せばよい。そして、図7のステップS2215〜S2250の処理と同様にして解像度R=R+1(=Rn+1)のボリュームデータの対象となる8個のボクセルの3D座標に対応した2D座標を求めると共に、当該8個のボクセルに格納されたスカラ値に基づく色情報で現解像度Rnのボリュームデータについての2D画像データの当該8個のボクセルの2D座標により規定される領域の情報を置き換えて局所的に高解像度化された現解像度Rnのボリュームデータの展開像を示す多重解像度画像データを生成する(ステップS370)。すなわち、ステップS370では、解像度R=R+1(=Rn+1)のボリュームデータのカーソル位置に対応したボクセルに格納されたスカラ値に基づく色情報を現解像度Rnに対応した段階(第Rn段階)のシェルピンスキー・カーペットの対応する正方形領域すなわち2D座標(Xj、Yj)に規定する領域に上記展開規則(テーブル)を用いて割り当てることにより多重解像度画像データを生成する。このようにして2D展開処理部24により多重解像度画像データが生成されると、画像表示制御部26により多重解像度画像データに基づく2D画像100、すなわち図11に示すように局所的に高解像度化された2D画像100がウィンドウ90(表示画面31)上に表示され(ステップS380)、本ルーチンが一旦終了する。
【0051】
ここまで説明したように、ボリュームデータ可視化装置としてのコンピュータ20では、表示画面31上に可視化されているボリュームデータの解像度Rである現解像度Rnが複数のボリュームデータの中の最大解像度Rmax未満である場合に、表示画面31において2D画像100の所望の正方形領域に対応した箇所にカーソルが置かれた状態(所望位置が指定された状態)でマウス50のダブルクリックにより指定箇所の高解像度化が指示されると、2D展開処理部24により局所高解像度化ルーチンが実行される。そして、かかる局所高解像度化ルーチンが実行されることにより、現解像度Rnよりも1段階高い解像度Rn+1をもったボリュームデータの表示画面31上で指定された位置(正方形領域)に対応したボクセルに格納されたスカラ値に基づく色情報が現解像度Rnに対応した第Rn段階のシェルピンスキー・カーペットの対応する正方形領域に上記展開規則を用いて割り当てられて局所的に高解像度化された展開像を示す多重解像度画像データが生成されると共に(ステップS360,S370)、当該多重解像度画像データに基づく2D画像が表示画面31に表示される。これにより、ユーザにボリュームデータ中の情報(スカラ値)の取捨選択を許容すると共に、ボリュームデータ中の情報のうちのユーザにとって重要性の高いものをより高い解像度で可視化することができる。従って、実施例のコンピュータ20によれば、ボリュームデータの局所的特性を容易かつ良好に把握することが可能となる。なお、図10のステップS360,S370では、現解像度Rnよりも2段階以上高い解像度をもったボリュームデータの指定位置(正方形領域)に対応したボクセルに格納されたスカラ値に基づく色情報を現解像度Rnに対応した第Rn段階のシェルピンスキー・カーペットの対応する正方形領域に上記展開規則を用いて割り当てることにより局所的に高解像度化された展開像を示す多重解像度画像データを生成してもよい。また、多重解像度画像データは、カーソル位置に対応した正方形領域以外の正方形領域が低解像度化されるように生成されてもよい。更に、指定箇所の高解像度化は、マウス50のダブルクリック以外にマウス50の右クリックを介したメニュー選択等により指示されてもよい。」
「【図10】


「【図11】



(b) 技術常識2−3の認定
前記(a)に摘記した事項により、次の技術事項は、当業者にとって技術常識であったと認められる(以下「技術常識2−3」という。)。

[技術常識2−3]
「注目するボクセルサイズを局所的に細分化して局所的に高解像度のものにできること。」

(ウ) 引用文献3の記載事項と技術常識3の認定
a 引用文献3の記載事項
木谷友哉 外3名、「近隣端末との誤差情報の共有によるGPS測位精度向上手法の検討」、情報処理学会研究報告、 Vol. 2012−ITS−49, No.2, 2012年6月15日, 1〜6頁

原査定の拒絶の理由において引用された上記文献(以下「引用文献3」という。)には、次の事項が記載されている。下線は合議体が付した。
(a) 2頁右欄下から5行〜3頁左欄3行
「GPSによる測位誤差は、受信機内の時計のずれを除くと、原因は以下の3つに大きく分類される。一つ目のグループは、衛星の正規の軌道位置からのずれ、衛星内部の時計のずれの衛星固有のずれである。二つ目のグループは、衛星からの信号が、電離層を通過するときの遅延、対流圏を通過するときの遅延といった、衛星が同じでかつ受信機の位置が近ければ相関があるずれである。最後のグループは、受信機の熱雑音、信号波が反射により発生するマルチパスによる遅延といったランダムノイズである。近隣の端末が同じ衛星を捕捉して距離を測定した場合、先の二つのグループの誤差(バイアス誤差)には強い相関がある。また、最後のグループの誤差はランダム誤差となって現れる。」

(b) 4頁左欄8〜22行
「4. 提案する誤差情報の共有による協調位置推定手法
本稿で提案する手法では、車載GPS端末や携帯電話に内蔵されたGPS端末を想定する。それらの端末が測位時の誤差情報を通信で交換して共有することによって、単独測位よりも測位精度を向上させられる方法を提案する。
表1に示したように、測位誤差に大きな影響を与える要因は、バイアス誤差とマルチパスによるランダム誤差である。
バイアス誤差は、DGPSを使えば大きく削減できる。しかし、DGPSは基準局数が多くなく、場所によっては移動局と基準局の距離が大きいこと、また、今後の運用に不安があることが問題である。現在のGPSの単独測位でも、SA(選択利用性)が解除されているため、十分多くの衛星を捕捉して測位している端末は、高精度に位置を推定できている。そのため、このような端末を疑似基準局として捉え、各衛星についてのバイアス誤差を計算し、周囲の端末に通信で知らせる。このとき、疑似基準局と周囲の移動局との距離は非常に小さいため、バイアス誤差にさらに誤差が発生することはない。高い建物がある場所などでは、ごく近くの端末でも衛星の捕捉状況は大きくことなるため、このバイアス誤差の情報を用いることで、少ない衛星からの疑似距離を用いた場合でも精度を向上させられると考える。」

b 技術常識3
前記aに摘記した引用文献3に記載の事項に例示されるように、次の技術事項は、技術常識(以下「技術常識3」という。)である。

[技術常識3]
「電離層遅延に関係するデータの可動の供給場所(受信機)が、車両内に又は車両に配置されていること。」

(3) 対比・判断
ア 対比
(ア) 対比分析
以下、本件補正発明の発明特定事項の記載に沿って、本件補正発明と引用発明を対比する。
a(a) 引用発明は、「垂直全電子量(VTEC)のモデルを提示するもの」であるところ、「全電子量(TEC)」とは「積分された電子密度いわゆる全電子数」のことであるから(本願明細書の段落【0003】の記載を参照)、「垂直全電子量(VTEC)のモデル」とは、電離層に直交する方向に沿って積分された電子密度のモデルを意味する。
(b) そして、「電離圏とは、おおよそ50kmから1000kmの高度に広がり、上方でプラズマ圏に移行する上層大気圏の範囲のことを表す」から(本願明細書の段落【0002】の記載を参照)、引用発明の「垂直全電子量(VTEC)のモデル」は、本件補正発明の「地球大気圏内の電子分布のモデル」に相当する。
(c) 前記技術常識1に示したとおり、「衛星からの送信信号を地上で受信する受信機の位置を決定するにあたり、当該信号が電離層を通過する際に生じる電波伝搬時間の遅延(電離層遅延)が誤差要因となり、電離層の電子密度モデルを用いることにより電離層遅延の補正が行われること」は技術常識であるところ、引用発明において、「ナビゲーションにおける応用において必要とされる」「電離層モデル」として「垂直全電子量(VTEC)のモデルを提示する」ことは、上記技術常識を参照すれば、衛星からの送信信号を地上で受信する受信機の位置を決定するにあたり、電離層遅延の補正のために使用される電離層の電子密度モデルを決定することを意味する。
(d) したがって、本件補正発明と引用発明は、「信号受信機によるポジション決定のために、地球衛星から送信される信号の伝播時間測定を補正するために使用される、地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法」という点において一致する。

b 引用発明は、「地域マルチスケールの垂直全電子量(VTEC)のモデルを提示するものであり」、「国際基準電離層(IRI)を背景モデルとして使用し」ているから、国際基準として既知の地球規模の電離層モデル(グローバル垂直全電子量(VTEC))から特定の地域に限定した電子密度データを取得しているといえる。
したがって、本件補正発明と引用発明は、「a)供給場所の局所的な電子密度データを求めるステップ」を有する点において一致する。

c(a) 引用発明では、「各ブロックは、指定された入力データ解像度及び適応されたモデル解像度によって特徴付けられ」ているところ、「電離層モデルの分解能は、主に、不均一に分布された入力データによって制限され、より具体的には、高分解能の観測は、GNSS局の分散に起因して大陸エリアにわたって存在し得るもの」であって、「数学的手法として、マルチスケール表現のスケーリング関数として使用することができるBスプライン関数を局所化することに関して級数展開を選択し、Bスプライン関数の選択された分解能レベルは、入力データの分解能と一致していなければならず、入力データの分解能が高いほど、Bスプライン関数のレベルは高くなり、モデル化することができるVTECの構造は微細にな[る]もの」であるから、引用発明の「地域マルチスケールの垂直全電子量(VTEC)のモデル」では、当該地域におけるブロック単位のGNSS局の集中密度の高低に応じて、当該地域におけるブロック単位の分解能の高低を変化させているといえる。
(b) ここで、本件補正発明の「供給場所」は、「固定の供給場所として、例えば、IGSネットワークなど参照ネットワーク内に定置されたGNSS常設局を用いることができる」としているから(本願明細書の段落【0012】)、引用発明における当該地域におけるブロック単位のGNSS局の集中密度は、本件補正発明の「供給場所の局所的な密度」に相当する。
(c) したがって、本件補正発明と引用発明は、「b)供給場所の局所的な密度に依存して、局所的な分解能を決定するステップ」を有する点において一致する。

d(a) 引用発明では、「Bスプライン関数を局所化することに関して級数展開を選択し」、「国際基準電離層(IRI)」(グローバル垂直全電子量(VTEC))を「背景モデルとして使用し、パラメータ推定によってBスプライン級数展開の係数を計算」しているから、局所的な電子密度分布を表す関数を決定しているといえる。
(b) また、引用発明では、「Bスプライン関数の選択された分解能レベルは、入力データの分解能と一致していなければならず、入力データの分解能が高いほど、Bスプライン関数のレベルは高くなり、モデル化することができるVTECの構造は微細にな」るから、局所的な分解能に応じて局所的な電子密度分布を表す関数を決定しているといえる
(c) したがって、本件補正発明と引用発明は「c)ステップa)において求められた電子密度分布を、ステップb)において決定された前記分解能に依存して内挿する関数を決定するステップ」を有する点において一致する。

e(a) 引用発明は、「ビルディングブロックシステムとして地域マルチスケールの垂直全電子量(VTEC)のモデルを提示するもの」であるから、当該地域において分割されたブロックを積み重ねること(ビルディングブロック)により、当該地域の電子密度分布のモデルを構築するものであるといえる。
(b) また、引用発明では、「ブロックサイズ及びBスプライン関数のレベルが適切に選択される場合、ブロックは、デジタル画像処理から知られるMSR及び融合技術のピラミッドアルゴリズムを適用することによって互いに接続され得る」から、当該地域において分割された各ブロック単位の電子密度データとBスプライン関数を用いて、各ブロックを互いに接続することにより、当該地域の電子密度分布のモデルを作成しているといえる。
(c) したがって、本件補正発明と引用発明は、「d)ステップa)において求められた前記データと、ステップc)において求められた前記関数とを用いて、前記電子密度分布の前記モデルを作成するステップ」を有する点において一致する。

(イ) 一致点及び相違点の認定
前記(ア)の対比分析の検討結果をまとめると、本件補正発明と引用発明は、次の一致点において一致し、以下の相違点1及び2において相違する。
a 一致点
「信号受信機によるポジション決定のために、地球衛星から送信される信号の伝播時間測定を補正するために使用される、地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法であって、少なくとも以下のステップ、即ち、
a)供給場所の局所的な電子密度データを求めるステップと、
b)供給場所の局所的な密度に依存して、局所的な分解能を決定するステップと、
c)ステップa)において求められた電子密度分布を、ステップb)において決定された前記分解能に依存して内挿する関数を決定するステップと、
d)ステップa)において求められた前記データと、ステップc)において求められた前記関数とを用いて、前記電子密度分布の前記モデルを作成するステップと、
を有する、
地球大気圏内の電子分布のモデルを決定する方法。」

b 相違点
(a) 相違点1
本件補正発明では、「ステップa)において、固定の供給場所及び可動の供給場所の局所的な電子密度分布を求め、前記固定の供給場所は、定置されたGNSS常設局であり、前記可動の供給場所は、車両内に又は車両に配置されて」いるのに対して、引用発明では、受信局(供給場所)について、固定されたGNSS局を想定している点。

(b) 相違点2
本件補正発明では、「ステップc)において決定された前記関数は、局所化を行う基底関数としてのボクセルであり、ボクセルサイズの配分が、分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定される」のに対して、引用発明では、Bスプライン関数を局所化を行う基底関数とし、Bスプライン級数展開をしており、Bスプライン関数のレベルが分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定される点。

イ 判断
(ア) 相違点1について
a 引用文献2には、「固定された受信機からのデータの他に可動の受信機からのデータも使用して、電離層の局所的な電子密度分布を求めること」が開示されており(前記引用文献2記載技術を参照)、引用発明に上記引用文献2技術事項を適用することにより、固定されたGNSS局を受信局(供給場所)とすることの他に、可動の受信機も供給場所として、電離層の局所的な電子密度分布を求めるように構成することは、当業者ならば格別の困難性はない。
b そして、引用発明は、「ナビゲーションにおける応用において必要とされる」「電離層モデルを開発すること」であるところ、前記技術常識3に示したとおり、「電離層遅延に関係するデータの可動の供給場所(受信機)が、車両内に又は車両に配置されていること」は技術常識であるから、前記引用文献2記載技術の適用に際して、可動の受信機も供給場所として用いる場合、「可動の供給場所は、車両内に又は車両に配置されていること」を選択することは、当業者には自明の設計事項にすぎない。
c したがって、引用発明において、技術常識3に基づいて設計変更を加えつつ引用文献2記載技術を適用して、「ステップa)において、固定の供給場所及び可動の供給場所の局所的な電子密度分布を求め、前記固定の供給場所は、定置されたGNSS常設局であり、前記可動の供給場所は、車両内に又は車両に配置されている」という構成を備えるようにすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(イ) 相違点2について
a 「電離層電子密度分布を、分解能体積単位のグリッドであるボクセルによって細分化し、ボクセル内では電子密度が一定であるとし、ボクセルを基底関数として級数展開の形式で表現して、電離層モデルを決定すること」は、技術常識である(前記技術常識2−2を参照)。
b ここで「注目するボクセルサイズを局所的に細分化して局所的に高解像度のものにできること」も技術常識である(前記技術常識2−3を参照)。
c してみれば、引用発明では、電離層モデルの決定するためにBスプライン関数を局所化を行う基底関数とし、Bスプライン級数展開をしているところ、分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定される要素を持つ関数としてボクセルは自明であるから、引用発明におけるBスプライン関数に代えてボクセルを選択することは、当業者には自明の設計変更にすぎない。すなわち、引用発明におけるBスプライン関数に代えて、ボクセルを局所化を行う基底関数として、級数展開の形式で表現することにより、電離層モデルを決定し、ボクセルサイズの配分が分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定されるように構成することは、当業者にとっては通常の創作能力の発揮にすぎない。
d したがって、前記相違点2に係る本件補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

(ウ) 総合評価
前記相違点1及び相違点2を総合的に勘案しても、本件補正発明の奏する効果は、引用発明、引用文献2記載技術及び技術常識1、2−1、2−2、2−3、3から当業者が予測できる程度のものにすぎず、格別顕著なものであるということはできない。
したがって、本件補正発明は、引用発明、引用文献2記載技術及び技術常識1、2−1、2−2、2−3、3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

ウ 請求人の主張について
(ア) 請求人の主張の要点
請求人は、審判請求書において次の主張(以下、それぞれ「主張1」及び「主張2」という。)をしている。
a 主張1(ボクセルを用いることの想到困難性)
引用文献1には、Bスプライン関数を用いることは開示されているが、その具体例としてボクセルを用いることは開示されておらず、したがって、ボクセルサイズの配分が分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定されることは、開示も示唆もされていない。
また、引用文献2及び3には、本件補正発明が備える上記発明特定事項は全く開示されておらず、示唆する記載もない。
したがって、本件補正発明は、引用文献1から3に記載された発明のいずれに対しても構成上の明確な相違点を有するものであり、引用文献1から3のいずれにも全く開示されておらず、示唆する記載もないので、本件補正発明は、引用文献1から3に記載された発明をどのように組み合わせたとしても構成し得ないものである。

b 主張2(ボクセルサイズの配分と固定と可動の供給場所の組み合わせによる効果の顕著性)
本件補正発明は、上記aの相違点に起因して、地球大気圏内の電子密度分布の適応型モデルを決定するための改良された方法を提供することができ、ポジション決定における電離圏誤差に対する補正を共通に計算するために、固定の供給場所と可動の供給場所とを組み合わせて用いることにより、特に、車両内に又は車両に配置された供給場所を、固定の供給場所と組み合わせて用いることにより、十分な時間的及び空間的なカバーを達成することができ、また、局所化を行う基底関数としてボクセルを用い、ボクセルサイズの配分を、分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定することにより、ボクセルの支持点及び/又はカバー範囲を空間的及び時間的な観測分布に適応的に整合させることができ、特に、車両の移動によって供給場所の分布が常に変化することに応じたボクセルの(動的な)再配分によって、供給場所の分布の変化に動的に対応することができる、という顕著な作用効果を奏するものである。
本件補正発明の上記顕著な作用効果は、引用文献1から3に記載された発明及びそれらの組合せの構成によっては決して得ることができないものであり、引用文献1から3のいずれにも、全く開示されておらず、示唆する記載もないものである。
したがって、本件補正発明は、引用文献1から3に記載された発明及びそれらの組合せに基いて当業者が容易に想到し得たものではない。

(イ) 請求人の主張の検討
a 主張1(ボクセルを用いることの想到困難性)について
前記(3)イ(イ)において説示したとおり、「電離層電子密度分布を、分解能体積単位のグリッドであるボクセルによって細分化し、ボクセル内では電子密度が一定であるとし、ボクセルを基底関数として級数展開の形式で表現して、電離層モデルを決定すること」は、技術常識であるから(前記技術常識2−2を参照)、ボクセルを用いることが想到困難である旨の請求人の主張1は採用することができない。

b 主張2(ボクセルサイズの配分及び固定と可動の供給場所の組み合わせによる効果の顕著性)について
前記(3)イ(イ)において説示したとおり、「注目するボクセルサイズを局所的に細分化して局所的に高解像度のものにできること」は技術常識であるところ(前記技術常識2−3を参照)、十分な時間的及び空間的なカバーを達成することができるという効果は、当該技術常識となっている技術手段を採用したことの結果として自明のものにすぎない。
前記イ(ア)において説示したとおり、引用発明において「ステップa)において、固定の供給場所及び可動の供給場所の局所的な電子密度分布を求め、前記固定の供給場所は、定置されたGNSS常設局であり、前記可動の供給場所は、車両内に又は車両に配置されている」という構成を備えるようにすることは、引用文献2記載技術及び技術常識3から当業者には容易に想到し得たものであるところ、供給場所の分布の変化に動的に対応することができるという効果は、当該構成を備えるようにしたことの効果として自明のものである。よって、本件補正発明は顕著な効果を奏する旨の請求人の主張は採用することができない。

エ 小括
以上検討のとおり、本件補正発明は、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。
よって、本件補正は、同法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するから、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
したがって、前記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明について
本件補正は、上記第2のとおり却下したので、本願の請求項1〜7に係る発明は、令和3年6月21日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜7に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、そのうち、請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は前記第2の1(1)に摘記した事項により特定されるとおりである。

2 原査定における拒絶の理由の概要
原査定の拒絶の理由のうち、本願発明についての理由は、次のとおりである。
理由2(進歩性
本願発明は、下記の引用文献1〜3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。



引用文献1: LIANG, W. 外6名「Multi-scale ionosphere model with data-adapted spatial resolution」2014 XXXIth URSI General Assembly and Scientific Symposium (URSI GASS)、IEEE、2014年10月20日掲載
引用文献2: COLOMBO, O. L. 外3名,「Extending Wide Area and Virtual Reference Station Networks Far Into the Sea With GPS Buoys」, ION GNSS 18th International Technical Meeting of the Satellite Division, 2005年9月, 560〜572頁
引用文献3: 木谷友哉 外3名、「近隣端末との誤差情報の共有によるGPS測位精度向上手法の検討」、情報処理学会研究報告、 Vol. 2012−ITS−49, No.2, 2012年6月15日, 1〜6頁

3 引用文献に記載された事項
上記引用文献1には、第2の3(2)ア(イ)において認定したとおりの引用発明が記載されていると認められる。
上記引用文献2には、第2の3(2)イ(イ)において認定したとおりの技術事項が記載されていると認められる。
また、技術常識1及び技術常識3は、前記第2の3(2)ウの(ア)b及び(ウ)bにおいて認定したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、本件補正発明の「ステップc)において決定された前記関数」について、「局所化を行う基底関数としてのボクセルであり、ボクセルサイズの配分が、分解能又は観測の量若しくは品質に依存して決定される」ものであるという限定、すなわち、相違点2を省いたものである。そうすると、技術常識1も踏まえると、前記第2の3(3)ア(ア)と同様の検討により、本願発明と引用発明の相違点は前記相違点1である。
そして、相違点1は、前記第2の3(3)イ(ア)において説示したとおり、引用発明、引用文献2記載技術及び技術常識3に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、本願発明は、引用発明、引用文献2記載技術及び技術常識1、3に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

第4 むすび
以上検討のとおりであるから、本願発明は、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 岡田 吉美
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2022-07-13 
結審通知日 2022-07-26 
審決日 2022-08-08 
出願番号 P2019-545983
審決分類 P 1 8・ 121- Z (G01S)
P 1 8・ 575- Z (G01S)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 岡田 吉美
特許庁審判官 濱野 隆
居島 一仁
発明の名称 電子密度分布の適応型モデルを決定する方法  
代理人 永島 秀郎  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 前川 純一  
代理人 上島 類  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ