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審決分類 審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H01L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01L
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  H01L
管理番号 1393082
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-21 
確定日 2022-11-01 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6892725号発明「熱伝導性シート及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6892725号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり〔1−12〕について訂正することを認める。 特許第6892725号の請求項1ないし7、9ないし12に係る特許を維持する。 特許第6892725号の請求項8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6892725号の請求項1ないし12に係る発明についての出願は、2020年(令和2年)10月26日(優先権主張 2019年11月1日)を国際出願日とする出願であって、令和3年6月1日にその特許権が設定登録され、令和3年6月23日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、以下のとおりである。
令和 3年12月21日 :特許異議申立人小早川安子、小早川政一郎(以下、「申立人A」という。)による特許異議の申立て(以下「異議1」という。)
令和 3年12月22日 :特許異議申立人小松一枝、前田知子(以下、「申立人B」という。)による特許異議の申立て(以下「異議2」という。)
令和 3年12月23日 :特許異議申立人福▲崎▼さおり(以下、「申立人C」という。)による特許異議の申立て(以下「異議3」という。)
令和 4年 4月 8日付け:取消理由通知書
令和 4年 6月 9日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
そして、令和4年6月17日付けの通知書で、申立人A、B、Cに対して期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、申立人A、B、Cからは応答がなかったものである。


第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和4年6月9日付の訂正請求の趣旨は、特許第6892725号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1−12について訂正することを求めるものであり、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シートであって、」と記載されているのを、「高分子マトリクス中に鱗片状充填材及び繊維状充填材を含む熱伝導性シートであって、」と訂正する。
(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2−7,9−12も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に、「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向する、」と記載されているのを、「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向し、前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し、さらに、前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である、」と訂正する。
(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2−7,9−12も同様に訂正する。)

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項8を削除する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項9に、「請求項8に記載の」とあるのを、「請求項1〜7のいずれか1項に記載の」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項10に、「前記鱗片状充填材を含み、」とあるのを、「前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を含み、」に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項10に、「請求項1〜9のいずれか1項に記載の」とあるのを、「請求項1〜7、9のいずれか1項に記載の」に訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項11に、「請求項1〜10のいずれか1項に記載の」とあるのを、「請求項1〜7、9、10のいずれか1項に記載の」に訂正する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項12に、「前記鱗片状充填材とを含む混合物」とあるのを、「前記鱗片状充填材及び繊維状充填材とを含む混合物」に訂正する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項12に、「前記鱗片状充填材を配向させつつ、」とあるのを、「前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を配向させつつ、」に訂正する。

(10)訂正事項10
特許請求の範囲の請求項12に、「請求項1〜11のいずれか1項に記載の」とあるのを、「請求項1〜7、9〜11のいずれか1項に記載の」に訂正する。

(11)一群の請求項について
訂正前の請求項1−12について、請求項2−12はそれぞれ請求項1を直接的又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1、2によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1−12に対応する訂正後の請求項1−12は、特許法第120条の5第4項に規定する関係を有する一群の請求項である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、請求項1の「高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シート」について、「高分子マトリクス中に鱗片状充填材」に加えて「繊維状充填材」も含む熱伝導性シートに限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
本件訂正前の請求項8に、高分子マトリクス中にさらに繊維状充填材を含む熱伝導性シートが記載されているから、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「明細書等」という。)に記載した事項の範囲内の訂正である。
また、高分子マトリクス中に、さらに繊維状充填材を含む構成とすることにより、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

したがって、訂正事項1は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2は、「前記繊維状充填材」に関し「その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」することを特定し、さらに、「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」と特定する訂正である。
したがって、訂正事項2は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(ア)「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」することについて
明細書等には第1の実施形態について以下の記載がある。なお、下線は当審で付した。
「【0011】
熱伝導性シート10において鱗片状充填材12は、その長軸方向Yが、熱伝導性シート10の厚さ方向である第1の方向に沿い、・・・
【0013】
繊維状充填材13は、その繊維軸方向が、シートの厚さ方向である第1の方向に沿うように配向される。熱伝導性シート10は、繊維状充填材13を第1の方向に沿って配向させることで、シートの厚さ方向(第1の方向)の熱伝導率をより一層高くでき、第1の方向に沿う熱伝導率を、第2の方向に沿う熱伝導率よりも十分に高くしやすくなる。」

また、明細書等には第2の実施形態について以下の記載がある。
「【0076】
[第2の実施形態]
次に、本発明の第1の実施形態について図4を用いて説明する。
第1の実施形態では、鱗片状充填材12の長軸方向Yに沿う方向がシートの厚さ方向(第1の方向)であったが、図4に示すように、本実施形態における熱伝導性シート20では、鱗片状充填材12の長軸方向Y(図2参照)に沿う方向が、シートの厚さ方向に垂直である一方向(第2の方向)となり、横軸方向Xに沿う方向が、シートの厚さ方向(第1の方向)となる点において相違する。
・・・・
【0078】
本実施形態における熱伝導シート20は、第1の実施形態と同様に、繊維状充填材13、非異方性充填材などの他の充填材を含有していてもよい。繊維状充填材13が配合される場合には、繊維状充填材13は、繊維軸方向も第2の方向に沿って配向するとよい。」

上記のとおり、明細書等において第1の実施形態及び第2の実施形態のいずれについても、「繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」することが記載されている。

(イ)「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」ことについて

明細書等には以下の記載がある。
「【0031】
鱗片状充填材12の第1のアスペクト比、及び繊維状充填材13のアスペクト比は、本実施形態では、言い換えると、第2の方向における異方性充填材の長さに対する、第1の方向における異方性充填材の長さの比ともいえる。
したがって、鱗片状充填材12の第1のアスペクト比と、繊維状充填材13のアスペクト比の加重平均値(「第1の方向/第2の方向のアスペクト比」ともいう)は、異方性充填材が第2の方向に対して、第1の方向にどの程度配向しているかを示す比率ともいえる。
なお、アスペクト比の加重平均値とは、各異方性充填材のアスペクト比(鱗片状充填材12であれば第1のアスペクト比、繊維状充填材13であればアスペクト比)に配合量(体積比率)を加重させて平均した値である。
第1の方向/第2の方向のアスペクト比は、具体的には、1以上であればよいが、1.5以上が好ましく、1.7以上がより好ましく、3以上がさらに好ましい。このアスペクト比を1.5以上にすると、本実施形態では厚さ方向の熱伝導率が高くなり、電子機器などに使用した場合の放熱効果が高くなる。また、第1の方向/第2の方向のアスペクト比は、例えば8以下であることが好ましく、7以下がより好ましく、5以下がさらに好ましい。」

上記のとおり、明細書等において「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」ことが記載されている

ウ 上記「イ(ア)、(イ)」のように訂正事項2は明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
また、繊維状充填材の繊維軸の配向方向を規定し、鱗片状充填材と繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値を特定することにより、実質上特許請求の範囲の拡張し、又は変更するものとはならない。

したがって、訂正事項2は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項3について
訂正事項3は、請求項8を削除する訂正であり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
したがって、訂正事項3は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(4)訂正事項5、8及び9について
ア 訂正の目的
訂正事項5は、請求項10において「前記鱗片状充填材を含み、」とあるのを、「前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を含み、」と訂正するものである。また、訂正事項8は請求項12において「前記鱗片状充填材とを含む混合物」とあるのを、「前記鱗片状充填材及び繊維状充填材とを含む混合物」とする訂正であり、訂正事項9は、同請求項において「前記鱗片状充填材を配向させつつ、」とあるのを、「前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を配向させつつ、」とする訂正である。そうしてみると、訂正事項5、8及び9は、充填剤として「鱗片状充填材」に加えて「繊維状充填材」も含むものに限定する訂正である。したがって、訂正事項5、8及び9は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
鱗片状充填材に加えて繊維状充填材を併用する態様は本件訂正前の請求項8に記載されていた事項であるから、訂正事項5、8及び9は、いずれも明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。また、充填剤として鱗片状充填材に加えて繊維状充填材を併用する態様とすることにより、実質上特許請求の範囲の拡張し、又は変更するものにはならない。

したがって、訂正事項5、8及び9は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

(5)訂正事項4、6、7及び10について
訂正事項4は請求項8が削除されるのに伴い、特許請求の範囲の請求項9に、「請求項8に記載の」とあるのを、「請求項1〜7のいずれか1項に記載の」とし、記載の整合をとる訂正であるから、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正である。訂正事項6、7及び10についても請求項8が削除されるのに伴い、訂正事項4と同様に引用する請求項の整合を図ったものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。また、訂正事項4、6、7及び10は、実質上特許請求の範囲の拡張し、又は変更するものではないことは明らかである。
したがって、訂正事項4、6、7及び10は特許法第120条の5第2項ただし書第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。

3 独立特許要件について
本件訂正前の全請求項について特許異議の申立てがされているから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正事項1ないし3、5、8、9について特許法第120条の5第9項で読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

4 小括
以上のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−12〕について訂正することを認める。


第3 本件発明
上記第2のとおり本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1−12に係る発明(以下、「本件発明1」・・・「本件発明12」のようにいう。)は、その訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された次の事項により特定されるものである。

「【請求項1】
高分子マトリクス中に鱗片状充填材及び繊維状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向し、
前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し、
さらに、前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である、熱伝導性シート。
【請求項2】
前記鱗片状充填材は、前記長軸方向が前記第1の方向に沿い、かつ前記横軸方向が前記第2の方向に沿うように配向する請求項1に記載の熱伝導性シート。
【請求項3】
前記鱗片状充填材は、前記横軸方向が前記第1の方向に沿い、かつ前記長軸方向が前記第2の方向に沿うように配向する、請求項1に記載の熱伝導性シート。
【請求項4】
前記鱗片状充填材の前記横軸方向の長さに対する、前記長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比が1.5以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項5】
前記鱗片状充填材の平均粒径が20μm以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項6】
前記鱗片状充填材が、鱗片状黒鉛粉末を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項7】
前記鱗片状充填材が、鱗片状窒化ホウ素粉末を含む請求項1〜6のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項8】(削除)
【請求項9】
前記繊維状充填材が、炭素繊維である請求項1〜7のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項10】
複数の単位層を有し、かつ前記複数の単位層のうち、少なくとも1つが前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を含み、
複数の単位層が、前記第1及び第2の方向に垂直な第3の方向に沿って積層される請求項1〜7、9のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項11】
前記高分子マトリクス中にさらに非異方性充填材を含有する請求項1〜7、9、10のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項12】
請求項1〜7、9〜11のいずれか1項に記載の熱伝導性シートの製造方法であって、
前記高分子マトリクスの前駆体である樹脂と、前記鱗片状充填材及び繊維状充填材とを含む混合物を調製する工程と、
前記混合物を流動配向処理して、前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を配向させつつ、1次シートを得る工程と、
前記1次シートを積層して積層ブロックを得る工程と、
前記積層ブロックを積層方向に沿って切断する工程と
を備える熱伝導性シートの製造方法。」


第4 取消理由の概要
当審が令和4年4月8日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、次のとおりである。

理由1)下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。
理由2)下記の請求項に係る発明は、本件特許出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、下記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

(理由1について)
・請求項1、2、4、5、7、10、12に係る発明は引用文献1に記載された発明である。
・請求項1、2、4ないし6、8ないし12に係る発明は引用文献2に記載された発明である。
・請求項1、5、6、10、12に係る発明は引用文献3に記載された発明である。
・請求項1、2、5、7、10、12に係る発明は引用文献4に記載された発明である。

(理由2について)
・請求項6、8、9、11に係る発明は引用発明1及び周知技術に基づいて発明できたものである。
・請求項2、3、4、7、8、9、11に係る発明は引用発明3及び周知技術に基づいて発明できたものである。
・請求項4、6、8、9、11に係る発明は引用発明4及び周知技術に基づいて発明できたものである。

<引用文献等一覧>
引用文献1 特開2011−208024号公報(甲2−3号証)
引用文献2 国際公開第2017/179318号(甲2−1号証)
引用文献3 国際公開第2008/053843号(甲2−2号証)
引用文献4 特開2002−26202号公報(甲3−1号証)
引用文献5 国際公開第2018/030430号(甲1−3号証)(周知技術)
引用文献6 特開2014−27144号公報(甲1−4号証)(周知技術)
引用文献7 特開2001−110961号公報(甲3−7号証)(周知技術)
引用文献8 国際公開第2013/099089号(甲3−3号証)(周知技術)
引用文献9 国際公開第2010/047278号(甲1−1号証)(周知技術)

(なお、便宜上、提出された書証及び記載された発明について、例えば「異議2」における「甲第1号証」を「甲2−1号証」、「異議2」における「甲第1号証」に記載された発明を「甲2−1発明」のように略記する。)


第5 当審の判断
1 引用文献1(特開2011−208024号公報(甲2−3号証))を主たる引用例とする拒絶理由について

(1)引用文献1の記載事項、及び引用発明1
取消理由において引用した上記引用文献1には、図面とともに以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付した。

「【請求項1】
非球状粒子(A)と、カルボキシル基を有する有機高分子化合物(B)と、硬化剤(C)と、アミノ基を有する添加剤と、を含む樹脂組成物からなる熱伝導シートであって、
前記非球状粒子(A)が、前記熱伝導シート内部で該熱伝導シートの厚み方向に対して前記非球状粒子(A)の長軸方向で配向している熱伝導シート。」

「【請求項3】
前記非球状粒子(A)が板状窒化ホウ素粒子であることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱伝導シート。」

「【請求項9】
前記非球状粒子(A)が、シートの厚み方向に対し前記非球状粒子(A)の長軸方向で配向している熱伝導シートの製造方法であって、
(a)少なくとも、前記非球状粒子(A)と、カルボキシル基を有する有機高分子化合物(B)と、硬化剤(C)と、アミノ基を有する添加剤(D)と、を混合し、樹脂組成物を調製する工程と、
(b)前記樹脂組成物を用いて、前記非球状粒子(A)が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
(c−1)前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
(d)前記成形体をその主面から出る法線に対して0度〜30度の角度でスライスする工程と、を有する熱伝導シートの製造方法。」

「【請求項11】
前記一次シートを形成する工程が、圧延、プレス、押出及び塗工からなる群から選択される少なくとも1つの成形方法を用いて実施されることを特徴とする請求項9又は10に記載の熱伝導シートの製造方法。」

「【0024】
本発明において、非球状粒子(A)を用いることで熱伝導シートの熱伝導性に十分効果がある。非球状粒子とは具体的には、長軸方向と短軸方向の比率が1.5以上のものを、本発明において「非球状」とする。
なお、「長軸」とは、粒子端における任意の2点を結ぶ線のうち最も長い部分のことであり、「短軸」とは、長軸に直交する線のうち最も長い部分のことである。
・・・中略・・・
【0031】
本発明において、非球状粒子(A)として好ましく用いられる板状窒化ホウ素粒子の具体例としては、特に限定するものではないが、「PT−110(商品名)」(モーメンティブパフォーマンスマテリアルズジャパン合同会社製、平均粒径:45μm、長軸方向と短軸方向の比率:20)、「HP−1CAW(商品名)」(水島合金鉄(株)製、平均粒径:16μm、長軸方向と短軸方向の比率:13)、「PT−110 Plus(商品名)」(モーメンティブパフォーマンスマテリアルズジャパン合同会社製、平均粒径45μm、長軸方向と短軸方向の比率:20)、「HP−1CA(商品名)」(水島合金鉄(株)製、平均粒径16μm、長軸方向と短軸方向の比率:13)等が挙げられる。」

上記の記載によれば、引用文献1には次の技術事項が記載されている。

・【請求項3】、段落【0031】によれば、非球状粒子は板状窒化ホウ素粒子であるから、【請求項1】の記載から、板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物とを含む樹脂組成物からなる熱伝導シートであって、板状窒化ホウ素粒子が、熱伝導シート内部で該熱伝導シートの厚み方向に対して板状窒化ホウ素粒子の長軸方向で配向しているといえる。

・段落【0024】では、長軸方向と短軸方向の比率が1.5以上のものを「非球状」としているから、板状窒化ホウ素粒子は、長軸方向と短軸方向の比率が1.5以上であるといえ、ここで「長軸」とは、粒子端における任意の2点を結ぶ線のうち最も長い部分のことであり、「短軸」とは、長軸に直交する線のうち最も長い部分のことである。

・【請求項9】を参照すれば、熱伝導シートの製造方法は以下のとおりといえる。
(a)板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物とを混合し、樹脂組成物を調製する工程と、
(b)前記樹脂組成物を用いて、前記板状窒化ホウ素粒子が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
(c−1)前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
(d)前記成形体をその主面から出る法線に対して0度の角度でスライスする工程とを有する方法。

・【請求項11】によれば、前記一次シートを形成する工程は、圧延、プレス、押出及び塗工からなる群から選択される少なくとも1つの成形方法を用いて製造される。

以上を総合すると、引用文献1には以下の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物を含む樹脂組成物からなる熱伝導シートであって、
前記板状窒化ホウ素粒子が前記熱伝導シート内部で該熱伝導シートの厚み方向に対して前記板状窒化ホウ素粒子の長軸方向で配向しており、
前記板状窒化ホウ素粒子は、長軸方向と短軸方向の比率が1.5以上であり、(なお、「長軸」とは、粒子端における任意の2点を結ぶ線のうち最も長い部分のことであり、「短軸」とは、長軸に直交する線のうち最も長い部分のことである。)
(a)板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物を混合し、樹脂組成物を調製する工程と、
(b)前記樹脂組成物を用いて、前記板状窒化ホウ素粒子が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
(c−1)前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
(d)前記成形体をその主面から出る法線に対して0度の角度でスライスする工程と、を有し、
前記一次シートを形成する工程が、圧延、プレス、押出及び塗工からなる群から選択される少なくとも1つの成形方法を用いて製造される熱伝導シート。」

(2)本件発明1との対比
本件発明1と引用発明1を対比する。

・引用発明1の「板状窒化ホウ素粒子」は板状であるから本件発明1の「鱗片状充填材」に相当し、引用発明1の「有機高分子化合物」「熱伝導シート」が本件発明1の「高分子マトリクス」「熱伝導性シート」にそれぞれ相当する。
しかしながら、引用発明1は「高分子マトリクス中」に「繊維状充填材」を有さない点で本件発明1と相違している。

・引用発明1の「板状窒化ホウ素粒子」の「長軸方向」は、本件発明1の「鱗片面の長軸方向」に相当するから、引用発明1の「前記板状窒化ホウ素粒子が前記熱伝導シート内部で該熱伝導シートの厚み方向に対して前記板状窒化ホウ素粒子の長軸方向で配向」していることは、本件発明1の「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方」に「沿うように配向する」ことに含まれる。
しかしながら、本件発明1と引用発明1とは、本件発明1が「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向する」のに対して、引用発明1は当該構成を有しているか明らかではない点で相違する。

・本件発明1は「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し」ているのに対して、引用発明1は当該構成を有していない点で相違している。

・本件発明1は「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」に対して、引用発明1では本件発明1の第1のアスペクト比に相当する板状窒化ホウ素粒子の長軸方向と短軸方向の比率が1.5以上であることは特定されているものの繊維状充填材とのアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下であることについては規定されていない点で相違している。

そうしてみると、本件発明1と引用発明1とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿うように構成された、熱伝導性シート。」

(相違点1)
本件発明1が「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向する」のに対して、引用発明1は当該構成を有しているか明らかではない点。

(相違点2)
本件発明1は高分子マトリクス中に「繊維状充填材」を有し、「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し」ているのに対して、引用発明1は当該構成を有していない点。

(相違点3)
本件発明1は「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」のに対して、引用発明1では板状窒化ホウ素粒子の長軸方向と短軸方向の比率が1.5以上であることが特定されているのみである点。

(3)判断
事案に鑑み、相違点3から検討する。
引用発明1は「鱗片状充填剤」は有するものの「繊維状充填剤」は有していない。しかしながら、「鱗片状充填剤」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、例えば、甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号、【0006】参照)、甲3−2号証(特開2019−108496号公報、【0042】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機を見出すことはできない。
そうしてみると、上に挙げた周知文献を参照しても引用発明1から相違点3とした構成を容易に想到することはできない。
なお、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号)には鱗片上黒鉛粉末のアスペクト比が2を超える(段落【0030】参照)、炭素繊維のアスペクト比は2を超える(段落【0026】参照)旨の記載があるものの、段落【0030】をみると鱗片状黒鉛粉末のアスペクト比は「鱗片面の長軸の長さ/厚み(短軸)」と定義されており、本件発明1の「長軸方向Yの長さ/横軸方向Xの長さ」で表される第1のアスペクト比とは定義が異なっている。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、引用発明1を主たる引用例として当業者が容易に本件発明1を発明できたものとはいえない。また、本件発明1が引用発明1と同一であるともいえない。したがって、本件発明1は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

(4)本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、引用発明1と同一であるとはいえず、また引用発明1から当業者が容易に発明できたものと言うこともできない。したがって、本件発明2〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

2 引用文献2(甲2−1号証(国際公開第2017/179318号))を主たる引用例とする拒絶理由について

(1)引用文献2の記載事項、及び引用発明2
取消理由において引用した引用文献2には、「試料13」に関連して以下の記載がある。なお、下線は当審で付した。
「[請求項1]
高分子マトリクス中に分散した炭素繊維と鱗片状黒鉛粉末とを含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状黒鉛粉末が、前記炭素繊維どうしの間に介在し、
前記炭素繊維の繊維軸方向がシートの厚み方向に配向し、前記鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の長軸方向がシートの厚み方向に配向するとともに、該鱗片面に対する法線方向がシートの面方向にランダムに向いており、
前記炭素繊維と鱗片状黒鉛粉末との質量割合が120:10〜60:70の範囲内にある熱伝導性シート。」

「[0055] 各表に示した原材料において、鱗片状黒鉛粉末は、平均粒径が130μmであり、アスペクト比は約10である。・・・」

「[0058] また試料13は、その混合組成物をコーターにより塗布して薄膜状の1次シートを形成し、これを積層して完全に硬化させた塊状体を形成した後、前記積層方向に沿ってスライスして厚みが2mmである2次シートを得た。次にこの2次シートから26mm×26mm四方を切り出して試料13の熱伝導性シートを得た。
[0059] なお、表1〜表3において、シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の配向方向が揃鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の法線方向がシートの面方向にランダムに向いている試料1〜試料12、試料14〜試料24の場合を「〇」、シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の配向方向が揃うものの、鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の法線方向がシートの面内の一方向を向いている試料13の場合を「×」と表示している。」

<表2>


・表2によれば、試料13には、マトリクス、炭素繊維、鱗片状黒鉛粉末が混合組成物として含まれることが見てとれる。

・表2によれば、試料13は「配向」の欄が「×」と表示されているが、これは段落[0059]によれば、シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の配向方向が揃い、かつ、鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の法線方向がシートの面内の一方向を向いていることを示している。ここで[請求項1]を参照すると、「シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の配向方向が揃い」とは「シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の長軸方向の配向方向が揃」うことである。

以上を総合すると、引用文献2には以下の発明(以下、「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。

「マトリクス、炭素繊維、鱗片状黒鉛粉末が混合組成物として含まれ、
鱗片状黒鉛粉末は、アスペクト比が約10であり、
シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の長軸方向の配向方向が揃い、かつ、鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の法線方向がシートの面内の一方向を向いている、熱伝導性シート。」

(2)本件発明1との対比
本件発明1と引用発明2を対比する。

・引用発明2の「マトリクス」、「炭素繊維」、「鱗片状黒鉛粉末」「熱伝導性シート」が、本件発明1の「高分子マトリクス」「繊維状充填材」「鱗片状充填材」「熱伝導性シート」
にそれぞれ相当する。

・引用発明2は、シートの厚み方向と鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の長軸方向の配向方向が揃い、かつ、鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の法線方向がシートの面内の一方向を向いているから、本件発明1のように「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」しているといえる。

・引用発明2では、「シートの厚み方向と炭素繊維や鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の長軸方向の配向方向が揃い、かつ、鱗片状黒鉛粉末の鱗片面の法線方向がシートの面内の一方向を向いて」おり、本件発明1において「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し」ていることに相当する。

・引用発明2では「鱗片状黒鉛粉末は、アスペクト比が約10」であるが、段落【0030】には「鱗片状黒鉛粉末のアスペクト比は・・・・ここでいうアスペクト比は鱗片状黒鉛粉末の「鱗片面の長軸の長さ/厚み(短軸)」の値である。」と記載されており、本件発明1の「長軸方向Yの長さ/横軸方向Xの長さ」で表される第1のアスペクト比と定義が異なっており対応していない。
また、試料13に直接関する記載ではないが、引用文献2の【0026】に「炭素繊維のアスペクト比は2を超えることが好ましい。」。【0030】に「鱗片状黒鉛粉末のアスペクト比は2を超えることが好ましい。」との記載もあるが、上述のように本件発明1の第1アスペクト比の定義が異なっている。
そうしてみると、引用発明2は、本件発明1の「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有していない点で相違する。

そうしてみると、本件発明1と引用発明2とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「高分子マトリクス中に鱗片状充填材及び繊維状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向し、
前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向する、熱伝導性シート。」

(相違点4)
本件発明1では「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」のに対し、引用発明2が当該構成を有していない点。

(3)判断
「鱗片状充填剤」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、引用発明2に加え、例えば甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲3−2号証(特開2019−108496号公報、【0042】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機を見出すことはできない。
そうしてみると、相違点4とした構成を当業者が引用発明2から容易に想到することはできない。また、本件発明1が引用発明2と同一であるともいえない。したがって、本件発明1は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

(4)本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、引用発明2と同一であるとはいえず、また引用発明2から当業者が容易に発明できたと言うこともできない。したがって、本件発明2〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。


3 引用文献3(国際公開第2008/053843号(甲2−2号証))を主たる引用例とする拒絶理由について

(1)引用文献3の記載事項、及び引用発明3
取消理由において引用した上記引用文献3(特許請求の範囲の記載を参照。)には、以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付した。

「[1]鱗片状、楕球状又は棒状であり、結晶中の6員環面が鱗片の面方向、楕球の長軸方向又は棒の長軸方向に配向している黒鉛粒子(A)と、Tgが50°C以下である有機高分子化合物(B)とを含有する組成物を含む熱伝導シートであって、
前記黒鉛粒子(A)の鱗片の面方向、楕球の長軸方向又は棒の長軸方向が熱伝導シートの厚み方向に配向しており、熱伝導シートの表面に露出している黒鉛粒子(A)の面積が25%以上80%以下であり、70°CにおけるアスカーC硬度が60以下であることを特徴とする熱伝導シート。
・・・略・・・
[5]前記黒鉛粒子(A)が鱗片状であり、かつその面方向が熱伝導シートの厚み方向及び表裏平面における1方向に配向していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の熱伝導シート。
・・・略・・・
[13]鱗片状、楕球状又は棒状であり、結晶中の6員環面が鱗片の面方向、楕球の長軸 方向又は棒の長軸方向に配向している黒鉛粒子(A)と、Tgが50°C以下である有機高分子化合物(B)とを含有する組成物を、前記黒鉛粒子(A)の長径の平均値の20倍以下の厚みに圧延成形、プレス成形、押出成形又は塗工し、主たる面に関してほぼ平行な方向に黒鉛粒子(A)が配向した一次シートを作製し、
前記一次シートを積層して成形体を得、
前記成形体を一次シート面から出る法線に対し0度〜30度の角度でスライスすることを特徴とする熱伝導シートの製造方法。」

上記記載及び明細書の記載を総合勘案すると、引用文献3には以下の発明(以下、「引用発明3」という。)が記載されていると認められる。

「鱗片状の黒鉛粒子と有機高分子化合物とを含有する組成物を含む熱伝導シートであって、
黒鉛粒子の鱗片の面方向が熱伝導シートの厚み方向及び表裏平面における1方向に配向しており、
黒鉛粒子と有機高分子化合物とを含有する組成物を圧延成形、プレス成形、押出成形又は塗工して、主たる面に関してほぼ平行な方向に黒鉛粒子が配向した一次シートを作製し、
前記一次シートを積層して成形体を得、
前記成形体を一次シート面から出る法線に対し0度の角度でスライスして製造される熱伝導シート。」

(2)本件発明1との対比
本件発明1と引用発明3を対比すると、
・引用発明3の「鱗片状の黒鉛粒子」「有機高分子化合物」「熱伝導シート」は本件発明1の「鱗片状充填材」「高分子マトリクス」「熱伝導性シート」にそれぞれ相当する。
しかしながら、引用発明3は「有機高分子化合物」中に「繊維状充填材」を有さない点で本件発明1と相違している。

・また、引用発明3の「熱伝導シートの厚み方向」「表裏平面における1方向」が本件発明1の「熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向」「前記第1の方向に垂直である第2の方向」にそれぞれ相当する。
引用発明3では「前記黒鉛粒子の鱗片の面方向が熱伝導シートの厚み方向及び表裏平面における1方向に配向して」いると特定されているのみであり、長軸と短軸の概念がないから、鱗片状の黒鉛粒子の長軸と鱗片面においてこれに垂直な横軸を考えたときに、長軸と横軸がどの方向に沿っているのか明らかではない。
したがって、鱗片状充填材の鱗片面の面方向が熱伝導シートの厚み方向及び表裏平面における1方向に配向していると言うことができるという点で引用発明3と本件発明1は共通しているといえるものの、引用発明3は本件発明1の「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有していない点で相違している。

・引用発明3では、「繊維状充填材」を有さず、また鱗片状の黒鉛粒子の長軸と鱗片面においてこれに垂直な横軸を考えたときに、長軸と横軸がどの方向に沿っているのか明らかではないから、本件発明1の「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」する構成を有していない点で相違している。

・引用発明3は、本件発明1の「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有していない点で相違している。

そうしてみると、本件発明1と引用発明3とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シートであって、鱗片状充填材の鱗片面の面方向が熱伝導シートの厚み方向及び表裏平面における1方向に配向している熱伝導性シート。」

(相違点5)
本件発明1は「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」しているのに対して、引用発明3は当該構成を有していない点。

(相違点6)
本件発明1は高分子マトリクス中に「繊維状充填剤」を有し、「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」しているのに対して、引用発明3は当該構成を有していない点。

(相違点7)
本件発明1は「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」のに対して、引用発明3は当該構成を有していない点。

(3)判断
事案に鑑み、相違点7から検討する。
引用発明3は「鱗片状の黒鉛粒子」は有するものの「繊維状充填剤」は有していないが、「鱗片状の黒鉛粒子」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、例えば、甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号、【0006】参照)、甲3−2号証(特開2019−108496号公報、【0042】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機を見出すことはできない。
そうしてみると、上に挙げた周知文献を参照しても引用発明3から相違点7とした構成を容易に想到することはできない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、引用発明3を主たる引用例として本件発明1を発明することができたものとはいえない。また、本件発明1が引用発明3と同一であるともいえない。したがって、本件発明1は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

(4)本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、引用発明3と同一であるとはいえず、また引用発明3から当業者が容易に発明できたと言うこともできない。したがって、本件発明2〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。


4 引用文献4(特開2002−26202号公報(甲3−1号証))を主たる引用例とする拒絶理由について

(1)引用文献4の記載事項、及び引用発明4
取消理由において引用した引用文献4には、図面とともに以下の事項が記載されている。なお、下線は当審で付した。

「【請求項1】 バインダ樹脂と、該バインダ樹脂中に分散せしめられた熱伝導性充填材とを含む熱伝導性シートであって、
前記バインダ樹脂が熱可塑性の樹脂からなり、かつ前記熱伝導性充填材が、前記熱伝導性シートの面に関してほぼ垂直な方向に配向され、その方向に高い熱伝導性を有している無機充填材の粒子であり、そして前記熱伝導性シートが、前記熱可塑性の樹脂と前記無機充填材の粒子の混練物から成形した複数枚の一次シートを積層した後に、得られた積層体をその積層面に対して垂直な方向にスライシングすることによって形成されたものであることを特徴とする熱伝導性シート。」

「【0017】さらにまた、その他の使用可能な添加剤として、例えば、粘着付与剤、改質剤、熱安定剤、着色剤、例えば顔料や染料も挙げることができる。本発明の熱伝導性シートにおいて、上記したバインダ樹脂中に分散せしめられる熱伝導性充填材は、熱伝導性シートの分野で一般的に使用されている各種の充填材を使用することができるが、好適には、本発明の工程によって熱伝導性シートの面に関してほぼ垂直な方向に配向され、その方向に高い熱伝導性を有している粒子状の無機充填材である。このような無機充填材として、好適には、窒化硼素(BN)の粒子がある。BN粒子は、先に説明したように、六方晶の粒子であり、層状の結晶構造を有しているために、その粒子形状は板状である。この層状のBN粒子において、層に平行な方向(a軸方向)の熱伝導性は、層に垂直な方向(c軸方向)のそれの約30倍程度であり、本発明の熱伝導性シートでは、この特性を利用して顕著に高められた熱伝導性を得ている。すなわち、本発明の熱伝導性シートでは、その特有の製造工程に由来して、具体的には、以下において詳細に説明するけれども、熱可塑性の樹脂と無機充填材の粒子を含む混練物から成形した複数枚の一次シートを積層した後に、得られた積層体をその積層面に対して垂直な方向にスライシングすることによって、BN粒子をそのa軸が熱伝導性シート面に垂直な方向へ配向するように分散させ、よって、高められた熱伝導性を得ている。BN粒子のこのような選択的な配向状態は、図1の模式図からも理解できるであろう。」

「【0036】上記した説明からも理解されるように、本発明の熱伝導性シートは、好ましくは、熱可塑性の樹脂からなるバインダ樹脂中に板状のBN粒子を分散せしめたものであり、しかも、そのシートに対して可塑剤を含浸したものである。このような構成を採用すると、例えば、一次シートの形成のために混練物の押し出し成形を行う時に、BN粒子は、押し出し成形機のダイリップに平行な方向に沿って分散する、すなわち、BN粒子は、その粒子のa軸が押し出されたシート面に平行になるように配向する。このため、最終的に得られる熱伝導性シートでは、BN粒子のa軸がシート面に対して垂直の方向に高度に配向しており、高い熱伝導性が得られる。」

上記記載及び明細書の記載を総合すると、引用文献4には以下の発明(以下、「引用発明4」という。)が記載されていると認められる。

「バインダ樹脂と該バインダ樹脂中に熱伝導性充填材とを含む熱伝導性シートであって、
熱伝導性充填材が、熱伝導性シートの面に関してほぼ垂直な方向に配向され、その方向に高い熱伝導性を有しており、
熱伝導性充填材は板状の窒化硼素(BN)の粒子であり、
熱伝導性シートが、樹脂と熱伝導性充填材の混練物から成形した複数枚の一次シートを積層した後に、得られた積層体をその積層面に対して垂直な方向にスライシングすることによって形成されたものであり、
一次シートの形成のために混練物の押し出し成形を行う時に、BN粒子は、押し出し成形機のダイリップに平行な方向に沿って分散し、a軸が押し出されたシート面に平行になるように配向し、このため、BN粒子のa軸がシート面に対して垂直の方向に配向する、熱伝導性シート。」

(2)本件発明1との対比
本件発明1と引用発明4とを対比すると、
・引用発明4の「熱伝導性充填材」は「板状」であるから本件発明1の「鱗片状充填材」に相当し、引用発明4の「バインダ樹脂」「熱伝導性シート」は本件発明1の「高分子マトリクス」「熱伝導性シート」にそれぞれ相当する。
しかしながら、引用発明4は「バインダ樹脂中」に「繊維状充填材」を有さない点で本件発明1と相違している。

・引用発明4において、熱伝導性充填材は、前記熱伝導性シートの面に関してほぼ垂直な方向、すなわち厚さ方向(第1の方向)に配向され、その方向に高い熱伝導性を有しているが、高い熱伝導性を有することから、当該方向は板状の粒子の長軸方向と考えることが自然である。また、引用発明4において、BN粒子は、押し出し成形機のダイリップに平行な方向に沿って分散し、a軸が押し出されたシート面に平行になるように配向」していることを勘案すれば、板状の窒化硼素(BN)の粒子の層に平行で、かつ長軸方向に直交する方向(横軸方向)は、厚さ方向(第1の方向)に垂直な方向(第2の方向)に沿うように配向しているといえる。
そうしてみると、引用発明4の上記構成は本願発明1の「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向する」構成に相当する。

・引用発明4は「繊維状充填材」を有さず、本件発明1の「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し、
さらに、前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有していない点で相違している。

そうしてみると、本件発明1と引用発明4とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向する、熱伝導性シート。」

(相違点8)
本件発明1は高分子マトリクス中に「繊維状充填剤」を有し、「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し」ているのに対して、引用発明4は当該構成を有していない点。

(相違点9)
本件発明1は「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」のに対して、引用発明4では当該構成を有していない点。

(3)判断
事案に鑑み、相違点9から検討する。
引用発明4は「鱗片状充填剤」は有するものの「繊維状充填剤」は有していない。しかしながら、「鱗片状充填剤」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、例えば、甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号、【0006】参照)、甲3−2号証(特開2019−108496号公報、【0042】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機を見出すことはできない。
そうしてみると、上に挙げた周知文献を参照しても引用発明1から相違点9とした構成を容易に想到することはできない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、引用発明4を主たる引用例として本件発明1を発明することができたとはいえない。また、本件発明1が引用発明4と同一であるともいえない。したがって、本件発明1は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

(4)本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、引用発明4と同一であるとはいえず、また引用発明4から当業者が容易に発明できたということもできない。したがって、本件発明2〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。

5 小括
以上のとおり、請求項1〜7、9〜12に係る発明は、引用文献1ないし4に記載された発明と同一ではなく、また、引用文献1ないし4に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
したがって、取消理由通知に記載した取消理由により、本件発明1ないし7、9ないし12に係る特許を取り消すことはできない。


第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 申立人Aによる特許異議の申立てについて
(1)申立理由の概要
ア.申立ての理由1(特許法第29条第1項第3号
請求項1〜5、7及び10〜12は、甲1−1発明と同一。
イ.申立ての理由2(特許法第29条第2項
請求項6は甲1−1発明と周知技術(甲1−3、1−4号証)から容易想到。
請求項8は甲1−1発明と周知技術(甲1−4、1−5号証)から容易想到。
請求項9は甲1−1発明と周知技術(甲1−4、1−5号証)から容易想到。

(2)当審の判断
申立人Aによる申立ての理由1、2は、いずれも甲1−1号証(国際公開第2010/047278号)を主たる引用例とする理由であるから合わせて検討する。
ア.甲1−1号証に記載された事項と甲1−1発明
甲1−1号証には以下の記載がある。

「[請求項1]組成物からなる熱伝導シートにおいて、前記組成物が、平均粒径10μm超60μm以下の板状窒化ホウ素粒子(A)と、50℃以下のガラス転移温度(Tg)を有する有機高分子化合物(B)と、を含有し、
前記板状窒化ホウ素粒子(A)が、前記組成物中に45〜75体積%の範囲で含有され、且つシートの厚み方向に対しその長軸方向で配向していることを特徴とする熱伝導シート。」

「[請求項5]板状窒化ホウ素粒子がシートの厚み方向に対しその長軸方向で配向している熱伝導シートの製造方法であって、
平均粒径10μm超60μm以下の板状窒化ホウ素粒子(A)45〜75体積%と、50℃以下のガラス転移温度(Tg)を有する有機高分子化合物(B)と、を含む組成物を調製する工程と、
前記組成物を用いて、前記板状窒化ホウ素粒子が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
前記成形体をその主面から出る法線に対して0度〜30度の角度でスライスする工程と、
を有する熱伝導シートの製造方法。」

上記記載を総合勘案すると、甲1−1号証には以下の発明(甲1−1発明)が記載されていると認められる。

「板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物とを含有する組成物からなる熱伝導シートであって、
板状窒化ホウ素粒子が、シートの厚み方向に対しその長軸方向で配向しており、
前記組成物を用いて、前記板状窒化ホウ素粒子が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
前記成形体をその主面から出る法線に対して0度の角度でスライスする工程により製造される熱伝導シート。」

イ.本件発明1と甲1−1発明との対比
本件発明1を甲1−1発明と対比。

・甲1−1発明の「板状窒化ホウ素粒子」「有機高分子化合物」「熱伝導シート」が本件発明1の「鱗片状充填材」「高分子マトリクス」「熱伝導性シート」にそれぞれ相当する。
しかしながら、甲1−1発明は「有機高分子化合物」中に「繊維状充填材」を有さない点で本件発明1と相違している。

・甲1−1発明の「板状窒化ホウ素粒子が、シートの厚み方向に対しその長軸方向で配向して」いることが、本件発明1の「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向に沿」うことに相当し、本件発明1と同様に「鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿」っているということができる。
しかしながら、甲1−1発明が、本件発明1の「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有しているか明確ではない点で相違する。

・甲1−1発明が、本件発明1の「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」する構成を有していない点で相違する。

・甲1−1発明が、本件発明1の「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有していない点で相違する。

そうしてみると、本件発明1と甲1−1発明とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿うように配向する、熱伝導性シート。」

(相違点10)
本件発明1が「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有しているのに対して、甲1−1発明が当該構成を有するか明らかではない点。

(相違点11)
本件発明1は高分子マトリクス中に「繊維状充填剤」を有し、「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」する構成を有しているのに対して、甲1−1発明が当該構成を有していない点。

(相違点12)
本件発明1は「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有しているのに対して、甲1−1発明が当該構成を有していない点。

ウ.判断
事案に鑑み、相違点12から検討する。
甲1−1発明は「鱗片状充填剤」は有するものの「繊維状充填剤」を有していないが、「鱗片状充填剤」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、例えば、甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号、【0006】参照)、甲3−2号証(特開2019−108496号公報、【0042】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機も見出せない。
そうしてみると、上に挙げた周知文献を参照しても甲1−1発明から相違点12とした構成を容易に想到することはできない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、甲1−1発明を主たる引用例として本件発明1を発明することができたものとはいえない。また、本件発明1が甲1−1発明と同一であるともいえない。

エ.本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、甲1−1発明と同一であるとはいえず、また甲1−1発明から当業者が容易に発明できたものと言うこともできない。

オ.小括
以上のとおり、本件発明1〜7、9〜12は甲1−1発明と同一であるとも、甲1−1発明を主引例として当業者が容易に発明をできたものと言うこともできない。したがって、本件発明1〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。
よって、申立人Aによる申立ての理由1、2は、いずれも採用することはできない。


2 申立人Bによる特許異議の申立てについて
申立ての理由7(特許法第36条第4項第1号)について検討する。
(1)申立人Bによる申立ての理由7の一つは、熱伝導性シート中の鱗片状充填剤について、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿っていること、また、鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿っていること、の確認方法について明細書に記載がないから当業者が発明を実施できる程度のその内容が発明の詳細な説明に記載されているとはいえず、特許法第36条第4項第1号に違反するというものである。
しかしながら、鱗片面の長軸方向と横軸方向が確認できないことが直ちに、鱗片面の長軸方向が熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及びこれと垂直な第2の方向のいずれにも沿わず、横軸方向が他方に沿っていないことにならないし、また、当業者であれば断面に適宜表面処理を施すことにより、鱗片面の長軸と横軸の方向を確認することが可能と考えられる。

(2)また、申立人Bによる申立ての理由7のうちの二つ目の理由は、周知の製造方法で得られるものと明確に区別される熱伝導性シートが得られるというのならば周知の製造方法とは異なる条件が採用されてしかるべきであるが、本件明細書で開示されている製造方法は周知の製造方法と変わりがなく、してみれば、発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号に違反するというものである。
しかしながら、本件明細書で開示されている製造方法が周知の製造方法と変わりがないとしても、製造方法が明確に把握できるのであるから、本館発明を実施するための製造方法が明確かつ十分に記載されていないということにはならない。

(3)以上のように請求項1に係る発明について、当業者が発明を実施できる程度のその内容が発明の詳細な説明に記載されていないとはいえず、特許法第36条第4項第1号に違反するところはない。請求項2〜7、9〜12に係る発明についても同様である。
したがって、申立人Bによる申立ての理由7を採用することはできない。


3 申立人Cによる特許異議の申立てについて
(1)申立て理由2
ア.申立て理由の概要
申立人Cによる申立て理由2は、請求項1ないし12に対して、甲3−2号証(特開2019−108496号公報)を主たる引用例として新規性進歩性の欠如を主張するものである。

イ.当審の判断
(ア)甲3−2号証に記載された事項と甲3−2発明
甲3−2号証には以下の記載がある。

「【請求項1】
樹脂及び絶縁フィラーを含み、前記絶縁フィラーの体積基準の粒度分布曲線が、粒子径133μm以上890μm以下の範囲内に少なくとも一つのピークを有する、熱伝導シート。
・・・・
【請求項7】
樹脂を含む組成物と体積平均粒子径が133μm以上である絶縁フィラーBとを混合してシート材料を調製するシート材料調製工程と、
前記シート材料を加圧してシート状に成形してプレ熱伝導シートを得る工程と、
前記プレ熱伝導シートを厚み方向に複数枚積層して、或いは、前記プレ熱伝導シートを折畳または捲回して、積層体を得る工程と、
前記積層体を、積層方向に対して45°以下の角度でスライスし、熱伝導シートを得る工程と、
を含む、熱伝導シートの製造方法。」

「【0035】
例えば、絶縁フィラーが窒化ホウ素粒子である場合には、板状を形成する一つの粒子(板状粒子)が、単位粒子(即ち、一次粒子)に相当する。また、かかる板状粒子が集合してより大径のフレーク状となった粒子が二次粒子である集合体に相当する。さらにまた、かかる板状粒子が化学的な力により凝集してなる、フレーク状よりも球に近い形状の粒子が二次粒子である凝集体に相当する。」

「【0042】
なお、一般的な熱伝導シートには、熱伝導性のフィラーとして、粒子状炭素材料および繊維状炭素材料などの炭素材料が含有されることがある。」

「【0044】
[厚み及び構造]
また、本発明の熱伝導シートの厚みは、例えば、0.05mm以上0.50mm以下でありうる。さらにまた、熱伝導シートは、熱伝導性を高める観点から、樹脂及び絶縁フィラーを含む条片が並列接合されてなる構造を有することが好ましい。特に、絶縁フィラーとして、例えば、上述した板状粒子又はその集合体又は凝集体である窒化ホウ素粒子を含有する場合には、窒化ホウ素粒子が熱伝導シートの厚み方向に対してその長軸方向で配向していることが好ましい。熱伝導性を良好に高めることができるからである。」

「【0052】
[プレ熱伝導シート成形工程]
プレ熱伝導シート成形工程では、上記工程で得られたシート材料を加圧してシート状に成形してプレ熱伝導シートを得る。シート状に成形するための方法としては、特に限定されることなく、プレス成形、圧延成形または押出し成形などの既知の成形方法を用いることができる。中でも、シート状に成形するための方法としては、圧延成形が好ましい。プレ熱伝導シートの厚みは、特に限定されることなく、例えば0.05mm以上2mm以下とすることができる。」

「【0055】
なお、熱伝導シートの熱伝導性を高める観点からは、積層体をスライスする角度は、積層方向に対して略0°である(即ち、積層方向に沿う方向である)ことが好ましい。」

上記記載を総合勘案すると、甲3−2号証には以下の発明(甲3−2発明)が記載されていると認められる。

「樹脂、及び絶縁フィラーとして板状粒子である窒化ホウ素粒子と繊維状炭素材料を含む熱伝導シートであって、
板状粒子である窒化ホウ素粒子が熱伝導シートの厚み方向に対してその長軸方向で配向されて熱伝導性が高められており、
圧延成形によりシート状に成形してプレ熱伝導シートを得、
プレ熱伝導シートを厚み方向に複数枚積層して積層体を得、
積層体を、積層方向に対して略0°でスライスして得られる、熱伝導シート。」

(イ)本件発明1と甲3−2発明との対比
本件発明1を甲3−2発明と対比すると、以下の事項がいえる。

・甲3−2発明の「板状粒子である窒化ホウ素粒子」「繊維状炭素材料」「樹脂」「熱伝導シート」が本件発明1の「鱗片状充填材」「繊維状充填材」「高分子マトリクス」「熱伝導性シート」にそれぞれ相当する。

・甲3−2発明では、「板状粒子である窒化ホウ素粒子が熱伝導シートの厚み方向に対してその長軸方向で配向されて」いるから、本件発明1の「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿」う構成を有しているということができる。
しかしながら、甲3−2発明は、本件発明1の「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有しているか明らかではない点で相違する。

・本件発明1の「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」しているのに対して、甲3−2発明では、繊維状炭素材料の配向について明確にされていない点で相違する。

・甲3−2発明が、本件発明1の「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有していない点で相違する。

そうしてみると、本件発明1と甲3−2発明とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「高分子マトリクス中に鱗片状充填材及び繊維状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿うように配向する、熱伝導性シート。」

(相違点13)
本件発明1が「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有しているのに対して、甲3−2発明が当該構成を有するか明らかではない点。

(相違点14)
本件発明1の「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」する構成を有しているのに対して、甲3−2発明が当該構成を有していない点。

(相違点15)
本件発明1の「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有しているのに対して、甲3−2発明が当該構成を有していない点。

(ウ)判断
事案に鑑み、相違点15から検討する。
「鱗片状充填剤」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、甲3−2発明に加え、例えば、甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号、【0006】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、甲3−2発明や上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機も見出せない。
そうしてみると、上に挙げた周知文献を参照しても甲3−2発明から相違点15とした構成を容易に想到することはできない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、甲3−2発明を主たる引用例として本件発明1を容易に発明することができたものとはいえない。また、本件発明1が甲3−2発明と同一であるともいえない。

(エ)本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、甲3−2発明と同一であるとはいえず、また甲3−2発明から当業者が容易に発明できたものと言うこともできない。

(オ)小括
以上のとおり、本件発明1〜7、9〜12は甲3−2発明と同一であるとも、甲3−2発明を主引例として当業者が容易に発明をできたものと言うこともできない。したがって、本件発明1〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。
よって、申立人Cによる申立ての理由2は採用することができない。


(2)申立て理由3
ア.申立て理由の概要
申立人Cによる申立て理由3は、請求項1ないし12に対して、甲3−11号証(特開2016−222925号公報)を主たる引用例として新規性進歩性の欠如を主張するものである。

イ.当審の判断
(ア)甲3−11号証に記載された事項と甲3−11発明
甲3−11号証には以下の記載がある。

「【請求項1】
組成物からなる熱伝導シートにおいて、前記組成物が、平均粒径10μm超60μm以下の板状窒化ホウ素粒子(A)と、50℃以下のガラス転移温度(Tg)を有する有機高分子化合物(B)と、を含有し、
前記板状窒化ホウ素粒子(A)が、前記組成物中に45〜75体積%の範囲で含有され、且つシートの厚み方向に対しその長軸方向で配向していることを特徴とする熱伝導シート。
・・・・・
【請求項5】
板状窒化ホウ素粒子がシートの厚み方向に対しその長軸方向で配向している熱伝導シートの製造方法であって、
平均粒径10μm超60μm以下の板状窒化ホウ素粒子(A)45〜75体積%と、50℃以下のガラス転移温度(Tg)を有する有機高分子化合物(B)と、を含む組成物を調製する工程と、
前記組成物を用いて、前記板状窒化ホウ素粒子が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
前記成形体をその主面から出る法線に対して0度〜30度の角度でスライスする工程と、
を有する熱伝導シートの製造方法。」

上記記載を総合勘案すると、甲3−11号証には以下の発明(甲3−11発明)が記載されていると認められる。

「板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物と、を含有し、前記板状窒化ホウ素粒子がシートの厚み方向に対しその長軸方向で配向している熱伝導シートであって、
板状窒化ホウ素粒子と有機高分子化合物を含む組成物を調製する工程と、
前記組成物を用いて、前記板状窒化ホウ素粒子が主たる面に対してほぼ平行な方向に配向した一次シートを形成する工程と、
前記一次シートを積層して多層構造を有する成形体を形成する工程と、
前記成形体をその主面から出る法線に対して0度の角度でスライスする工程と、
により製造される熱伝導シート。」

(イ)本件発明1と甲3−11発明との対比
本件発明1を甲3−11発明と対比する。

・甲3−11発明の「板状窒化ホウ素粒子」「有機高分子化合物」「熱伝導シート」が本件発明1の「鱗片状充填材」「高分子マトリクス」「熱伝導性シート」にそれぞれ相当する。
しかしながら、甲3−11発明は「有機高分子化合物」中に「繊維状充填材」を有さない点で本件発明1と相違している。

・甲3−11発明の「前記板状窒化ホウ素粒子がシートの厚み方向に対しその長軸方向で配向している」ことが、本件発明1の「前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向に沿」うことに相当し、本件発明1と同様に「鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿」っているということができる。
しかしながら、甲3−11発明が、本件発明1の「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有しているか明確ではない点で相違する。

・甲3−11発明が、本件発明1の「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」する構成を有していない点で相違する。

・甲3−11発明が、本件発明1の「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有していない点で相違する。

そうしてみると、本件発明1と甲3−11発明とは以下の点で一致ないし相違する。

(一致点)
「高分子マトリクス中に鱗片状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿うように配向する、熱伝導性シート。」

(相違点16)
本件発明1が「前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向」する構成を有しているのに対して、甲3−11発明が当該構成を有するか明らかではない点。

(相違点17)
本件発明1は高分子マトリクス中に「繊維状充填剤を有し、「前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向」する構成を有しているのに対して、甲3−11発明が当該構成を有していない点。

(相違点18)
本件発明1は「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である」構成を有しているのに対して、甲3−11発明が当該構成を有していない点。

(ウ)判断
事案に鑑み、相違点18から検討する。
甲3−11発明は「鱗片状充填剤」は有するものの「繊維状充填剤」を有していないが、「鱗片状充填剤」に加え「繊維状充填剤」を有する熱伝導性シートは、例えば、甲1−4号証(特開2014−27144号公報、【0035】【0037】実施例5を参照)、甲2−1号証(国際公開第2017/179318号、【0006】参照)、甲3−2号証(特開2019−108496号公報、【0042】参照)、甲3−7号証(特開2001−110961号公報、【0009】【0011】)に記載されているように周知の構成に過ぎない。
しかしながら、本件発明1のように「前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下」と規定することは、上に挙げた周知文献に記載も示唆もなく、加重平均値を1以上7以下の範囲とすべき動機も見出せない。
そうしてみると、上に挙げた周知文献を参照しても甲3−11発明から相違点18とした構成を容易に想到することはできない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、甲3−11発明を主たる引用例として本件発明1を容易に発明することができたものとはいえない。また、本件発明1が甲3−11発明と同一であるともいえない。

(エ)本件発明2〜7、9〜12について
本件の請求項2〜7、9〜12は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明2〜7、9〜12も本件発明1と同様の理由により、甲3−11発明と同一であるとはいえず、また甲3−11発明から当業者が容易に発明できたものと言うこともできない。

(オ)小括
以上のとおり、本件発明1〜7、9〜12は甲3−11発明と同一であるとも、甲3−11発明を主引例として当業者が容易に発明をできたものと言うこともできない。したがって、本件発明1〜7、9〜12は、特許法第29条第1項及び特許法第29条第2項の規定に違反してされたものでない。
よって、申立人Cによる申立ての理由3は採用することはできない。


第7 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した異議申立理由のいずれによっても、請求項1ないし7、9ないし12に係る特許を取り消すことはできないし、他に請求項1ないし7、9ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
また、本件請求項8に係る特許は、訂正により削除されたため、本件特許の請求項8に係る特許異議の申立ては対象となる請求項が存在しないものとなったから、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。


 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子マトリクス中に鱗片状充填材及び繊維状充填材を含む熱伝導性シートであって、
前記鱗片状充填材が、鱗片面の長軸方向が、前記熱伝導性シートの厚さ方向である第1の方向及び前記第1の方向に垂直である第2の方向のいずれか一方に沿い、かつ前記鱗片面において長軸方向に垂直となる横軸方向が、前記第1の方向及び前記第2の方向の他方に沿うように配向し、
前記繊維状充填材は、その繊維軸方向が、前記鱗片状充填材の鱗片面の長軸方向と同じ方向に沿うように配向し、
さらに、前記鱗片状充填材の横軸方向の長さに対する、長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比と、前記繊維状充填材のアスペクト比の加重平均値が、1以上7以下である、熱伝導性シート。
【請求項2】
前記鱗片状充填材は、前記長軸方向が前記第1の方向に沿い、かつ前記横軸方向が前記第2の方向に沿うように配向する請求項1に記載の熱伝導性シート。
【請求項3】
前記鱗片状充填材は、前記横軸方向が前記第1の方向に沿い、かつ前記長軸方向が前記第2の方向に沿うように配向する、請求項1に記載の熱伝導性シート。
【請求項4】
前記鱗片状充填材の前記横軸方向の長さに対する、前記長軸方向の長さの比(長軸方向の長さ/横軸方向の長さ)で表される第1のアスペクト比が1.5以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項5】
前記鱗片状充填材の平均粒径が20μm以上である請求項1〜4のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項6】
前記鱗片状充填材が、鱗片状黒鉛粉末を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項7】
前記鱗片状充填材が、鱗片状窒化ホウ素粉末を含む請求項1〜6のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項8】(削除)
【請求項9】
前記繊維状充填材が、炭素繊維である請求項1〜7のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項10】
複数の単位層を有し、かつ前記複数の単位層のうち、少なくとも1つが前記鱗片状充填材充及び繊維状填材を含み、
複数の単位層が、前記第1及び第2の方向に垂直な第3の方向に沿って積層される請求項1〜7、9のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項11】
前記高分子マトリクス中にさらに非異方性充填材を含有する請求項1〜7、9、10のいずれか1項に記載の熱伝導性シート。
【請求項12】
請求項1〜7、9〜11のいずれか1項に記載の熱伝導性シートの製造方法であって、
前記高分子マトリクスの前駆体である樹脂と、前記鱗片状充填材及び繊維状充填材とを含む混合物を調製する工程と、
前記混合物を流動配向処理して、前記鱗片状充填材及び繊維状充填材を配向させつつ、1次シートを得る工程と、
前記1次シートを積層して積層ブロックを得る工程と、
前記積層ブロックを積層方向に沿って切断する工程と
を備える熱伝導性シートの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-10-20 
出願番号 P2021-507107
審決分類 P 1 651・ 853- YAA (H01L)
P 1 651・ 851- YAA (H01L)
P 1 651・ 113- YAA (H01L)
P 1 651・ 121- YAA (H01L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 信一
特許庁審判官 山本 章裕
畑中 博幸
登録日 2021-06-01 
登録番号 6892725
権利者 積水ポリマテック株式会社
発明の名称 熱伝導性シート及びその製造方法  
代理人 虎山 滋郎  
代理人 田口 昌浩  
代理人 千々松 宏  
代理人 田口 昌浩  
代理人 千々松 宏  
代理人 虎山 滋郎  

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