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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B29B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B29B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B29B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B29B
管理番号 1393127
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-09-01 
確定日 2023-01-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第7033271号発明「繊維強化熱可塑性樹脂基材およびそれを用いた成形品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7033271号の請求項1ないし11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7033271号(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成29年8月31日(優先権主張 平成28年9月29日)を国際出願日とする出願であって、令和4年3月2日にその特許権の設定登録(請求項の数11)がされ、同年同月10日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年9月1日に特許異議申立人 渋谷 都(以下、「特許異議申立人A」という。)より特許異議の申立て(対象となる請求項:請求項1ないし11)がされ、同年同月9日に特許異議申立人 浅野 幸義(以下、「特許異議申立人B」という。)より特許異議の申立て(対象となる請求項:請求項1ないし11)がされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし11に係る発明(以下、これらの発明を順に「本件特許発明1」、「本件特許発明2」などという場合があり、また、これらをまとめて「本件特許発明」という場合がある。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材であって、繊維体積含有率が40〜65体積%の範囲内にあり、且つ下記の方法によって求められる繊維の分散パラメーターDが90%以上であることを特徴とする繊維強化熱可塑性樹脂基材。
(i)前記繊維強化熱可塑性樹脂基材の強化繊維配向方向と垂直な横断面を複数の区画に分割し、その中の1つの区画を撮影する。
(ii)前記区画の撮影画像を、式(1)で規定された一辺の長さtを有する複数の正方形ユニットに分割する。
(iii)式(2)で定義する分散パラメーターdを算出する。
(iv)異なる区画について(i)〜(iii)の手順を繰り返し、前記横断面から得られる複数の区画の分散パラメーターdの平均値を分散パラメーターDとする。
1.5a≦t≦2.5a (a:繊維直径、t:ユニットの一辺の長さ)・・・(1)
分散パラメーターd=区画内における強化繊維が含まれるユニットの個数/区画内におけるユニットの総個数×100・・・(2)
【請求項2】
前記分散パラメーターdの変動係数が4%以下である、請求項1に記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項3】
厚みが0.15mm〜1.5mmの範囲にある、請求項1または2に記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項4】
前記熱可塑性樹脂がポリアミド6もしくはポリアミド66、またはこれらの混合物のいずれかである、請求項1〜3のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項5】
前記熱可塑性樹脂が、ポリアミド6成分30〜90重量%とポリアミド66成分70〜10重量%とからなるポリアミド共重合体を含む、請求項1〜4のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項6】
前記強化繊維が炭素繊維である、請求項1〜5のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項7】
ボイド率が2%以下である、請求項1〜6のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項8】
引き抜き成形によって得られたものである、請求項1〜7のいずれかに繊維強化熱可塑性樹脂基材。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法であって、
複数のボビンから強化繊維束を連続的に送り出す工程と、
連続的に送り出された強化繊維束に、溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
含浸ダイ内の溶融樹脂に超音波を印加する方法又は強化繊維束を振動する方法、あるいは薄い強化繊維束層に樹脂を含浸させた後に各層を積層する方法により含浸のために加える力を小さくして、圧力を加えて前記溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
強化繊維束の移送方向における寸法が、強化繊維束が通過する時間が0.1秒以上の通過時間である長さのダイノズルを用いて、マトリックス樹脂が含浸した強化繊維束を所定の断面形状に賦形する工程と、
前記溶融したマトリックス樹脂を冷却固化して繊維強化熱可塑性樹脂基材を形成する工程と、
を含む、繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材からなる成形品。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれかに記載の繊維強化熱可塑性樹脂基材またはその成形品と、金属材料またはその成形品、もしくは樹脂材料またはその成形品とを一体化してなる複合成形品。」

第3 特許異議申立理由の概要

特許異議申立人A及びBがそれぞれ申し立てた請求項1ないし11に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。

1 特許異議申立人Aが申し立てた特許異議申立理由
特許異議申立人Aが申し立てた請求項1ないし11に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨(下記(1)ないし(4))は、次のとおりである。

(1) 申立理由A1−1(甲第A1号証を主たる証拠とする新規性
本件特許の請求項1、4、6及び10に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2) 申立理由A1−2(甲第A2号証を主たる証拠とする新規性
本件特許の請求項1、3、4、6及び10に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A2号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(3) 申立理由A2−1(甲第A1号証を主たる証拠とする進歩性
本件特許の請求項1ないし11に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(4) 申立理由A2−2(甲第A2号証を主たる証拠とする進歩性
本件特許の請求項1ないし11に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第A2号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(5) 証拠方法
・甲第A1号証:特表2016−503090号公報
・甲第A2号証:特開2012−246442号公報
・甲第A3号証:特表2014−518531号公報
・甲第A4号証:国際公開第2016/071266号
・甲第A5号証:特表2017−533994号公報
・甲第A6号証:特開2002−160303号公報
・甲第A7号証:特表2010−540297号公報
・甲第A8号証:特開2015−104833号公報
なお、証拠の表記については、おおむね特許異議申立人Aの特許異議申立書における記載にしたがった。

2 特許異議申立人Bが申し立てた特許異議申立理由
特許異議申立人Bが申し立てた請求項1ないし11に係る特許に対する特許異議申立理由の要旨(下記(1)ないし(5))は、次のとおりである。

(1) 申立理由B1(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし7及び9ないし11に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(2) 申立理由B2(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし7及び9ないし11に係る特許は、下記の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、申立理由B1及び申立理由B2の具体的理由の概略は、次のとおりである。

ア 本件特許の請求項1の発明は、本件特許発明の課題(つまり「達成すべき結果」)を単に記載したものにすぎない。
本件特許の請求項1の要件のうち、「繊維の分散パラメーターDが90%以上であること」は、繊維が均一に分散しているということを表わしており、本件特許発明の課題(「強化繊雑がより確実に均一に分散し、機械特性のばらつきの小さい繊維強化熱可塑性樹脂基材を提供すること」)をパラメーター数値で記載したものにすぎない。
この場合、達成すべき結果を達成するための具体的な手段(課題の解決手段)を請求項1において規定しなければ、実施可能要件違反となることは、審査基準に明記されている通りである。
そこで、本件特許の請求項1の発明について、(iii)「繊維の分散パラメーターDが90%以上であること」という「達成すべき結果」(課題)を達成するための具体的な手段(課題の解決手段)が何であるかを検討してみると、この具体的な手段は、繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造を少なくとも「引き抜き法」によって行うことであることが本件特許明細書の実施例と比較例の対比から判断される。
そうすると、繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造を「引き抜き法」で行うという本件特許の請求項1の発明の課題の解決手段を本件特許の請求項1において規定しなければ、実施可能要件又はサポート要件違反となることは明らかである。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項2ないし7、10及び11についても同様である。

イ 本件特許の請求項9の発明は、本件特許明細書の実施例によってサポートされていない。
本件特許の請求項9の発明は、請求項1の繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法を規定するものであり、そこには、第三の工程として「含浸ダイ内の溶融樹脂に超音波を印加する方法又は強化繊維束を振動する方法、あるいは薄い強化繊維束層に樹脂を含浸させた後に各層を積層する方法により含浸のために加える力を小さくして、圧力を加えて前記溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程」が規定されている。しかしながら、ここで規定される三つの方法はいずれも本件特許明細書の実施例では全く行われていない。従って、本件特許の請求項9の発明は、本件特許明細書の実施例によってサポートされていない。

(3) 申立理由B3(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし11に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、申立理由B3の具体的理由は、おおむね次のとおりである。

ア 本件特許の請求項1の発明には、分散パラメーターDの計算のための条件が十分に規定されていない。
本件特許の請求項1の後半に記載されている分散バラメーターDの定義によれば、一つの区画について分散パラメーターdを算出し、この手順を異なる区画について繰り返し、dの平均値を分散パラメーターDとすることになっている。しかしながら、本件特許の請求項1では、この手順を繰り返す回数が何ら具体的に規定されていない。このため、本件特許の請求項1の発明は、例えば2回だけこの手順を繰り返して2回の平均値を分散パラメーターDとする場合も含むことになるが、このような場合はバラツキが大きく、正確に分散パラメーターDを算出できるとは到底思われない。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用して特定する請求項2ないし8、10及び11についても同様である。

イ 本件特許の請求項9の発明における強化繊維束の通過時間に基づくダイノズルの寸法の規定は不明確であり、具体的な寸法の数値で特定すべきである。
本件特許の請求項9の発明では、ダイノズルの寸法を強化繊維束の通過時間で規定している。即ち、本件特許の請求項9には、「強化繊維束の移送方向における寸法が、強化繊維束が通過する時問が0.1秒以上の通過時間である長さのダイノズル」と規定されている。
しかしながら、この強化繊維束の通過時間に基づくダイノズルの寸法の規定では、具体的な寸法が一義的に定まらない。ダイノズルを強化繊維束が通過する時間は、ダイノズルの物理的寸法と強化繊維束の移動速度、つまり強化繊維束の引き抜き速度によって決まる。前者のダイノズルの物理的寸法は、それぞれのダイノズルに固有の値であリ、可変値ではない。一方、後者の強化繊維束の引き抜き速度は、可変値である。そうすると、強化繊維束の通過時間を0.1秒以上にするためには、強化繊維束の引き抜き速度を調節するしかない。しかるに、本件特許の請求項9には引き抜き速度が規定されていない。そうすると、本件特許の請求項9で規定するダイノズルの寸法は、一義的に定まらず、不明確である。

(4) 申立理由B4(甲第B1号証を主たる証拠とする新規性
本件特許の請求項1ないし8、10及び11に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(5) 申立理由B5(甲第B1号証を主たる証拠とする進歩性
本件特許の請求項1ないし11に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第B1号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(6) 証拠方法
・甲第B1号証:国際公開第2015/046290号
・甲第B2号証:特開2015−203058号公報
・参考資料B1:特開2005−290195号公報
・参考資料B2:特開2005−324733号公報
なお、証拠の表記については、おおむね特許異議申立人Bの特許異議申立書における記載にしたがった。

第4 当審の判断
以下に述べるとおり、当審は、特許異議申立人A及びBが申し立てる申立理由はいずれもその理由がないものと判断する。

1 特許異議申立人Aが申し立てた申立理由について
(1) 申立理由A1−1及び申立理由A2−1(甲第A1号証を主たる証拠とする新規性進歩性)について
ア 主な証拠の記載事項等
(ア) 甲第A1号証の記載事項
甲第A1号証には、「連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法」に関し、次の記載がある。

「【請求項1】
広幅化された複数個の炭素繊維を提供する段階と、
前記広幅化された炭素繊維の上部及び下部の少なくとも一部に熱可塑性フィルムを配置して積層体を製造する段階と、
前記積層体を構成する熱可塑性フィルムと炭素繊維を接合して接合体を製造する段階と、を含む、連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項2】
前記接合体を製造する段階はマイクロウエーブを照射して行われる、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項3】
前記接合体を製造する段階は、100〜450℃のハロゲンランプ及び赤外線ランプからなるグループより選択される少なくとも一つの熱源によって行われる、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項4】
前記広幅化された複数個の炭素繊維は一定の間隔で配置される、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項5】
前記広幅化された複数個の炭素繊維を提供する段階において、前記炭素繊維は前記熱可塑性フィルムより溶融温度が低い接合用樹脂でコーティングされる、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項6】
前記熱可塑性フィルムは、ポリプロピレン(PP)、ポリアミド(PA)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリエチレンテレフタレート(PET)からなるグループより選択される、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項7】
前記熱可塑性フィルムの厚さは10〜100μmである、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項8】
一対のローラによる真空または常圧圧着によって圧着する段階をさらに含む、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項9】
前記圧着する段階は100〜450℃の温度で行われる、請求項8に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項10】
加熱する段階と、
追加の一対のローラによって真空または常圧圧着する段階と、をさらに含む、請求項8に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項11】
前記加熱する段階は100〜450℃の温度で行われる、請求項10に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項12】
追加の圧着する段階は100〜450℃の温度で行われる、請求項10に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項13】
前記加熱する段階は、ハロゲンランプ及び赤外線ランプからなるグループより選択される少なくとも一つの熱源によって行われる、請求項10に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。
【請求項14】
前記積層体は、積層された熱可塑性フィルム、及び熱可塑性フィルムの間に配置された炭素繊維を含んで製造される、請求項1に記載の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。」

「【技術分野】
【0001】
本発明は、連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法に関するもので、より詳細には、溶融された熱可塑性樹脂に炭素繊維を直接的に含浸せず、複数層の熱可塑性樹脂フィルムの間に炭素繊維を展開及び配列した後、接合する工程を通じて連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグを製造する方法に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
よって、本発明の一側面は、高粘度の熱可塑性高分子ペレット溶融樹脂の含浸工程を経ずにフィルムと広幅化された炭素繊維束の繰り返し積層、溶融、及び含浸の工程を含むマイクロ含浸(Micro−impregnation)によって高集束率(12K、24K、48Kなど)の炭素繊維束に対する樹脂の含浸性を改善することにより、連続炭素繊維の含有体積分率を極大化し、ボイド(Void)の発生を減少させ、製造が容易である高強度連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法を提供することである。」

「【0012】
上記広幅化された複数個の炭素繊維は、一定の間隔で配置されることが好ましい。」

「【発明の効果】
【0023】
本発明の方法によると、熱可塑性樹脂フィルムが既に含有されたり、または既に含浸された連続炭素繊維補強プリプレグ(連続炭素繊維含有テープ)を単方向(Uni−Directional)または二軸(Bi−axial)(0°、90°)に配列した後、別途の樹脂含浸過程が求められず、本発明によって得られた熱可塑性プリプレグを一方向に配列または織組して熱間プレッシングすることにより、高強度を有しながら軽量化された多様な形態の連続炭素繊維強化熱可塑性型の炭素繊維補強板材を得ることができる。本発明による場合、織組が容易でありながらも多様な種類の熱可塑性フィルムが適用されることができ、均一性に優れた連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグ(連続炭素繊維含有テープ)を得ることができる。また、製造時において熱硬化性樹脂に比べて相対的に粘度が高い熱可塑性樹脂の含浸率を極大化することにより、成形体の内部の空隙(Void)を最小化し、炭素繊維の体積分率を極大化することで、高強度の熱可塑性炭素繊維複合素材(CFRTP、Carbon Fiber Reinforced Thermo−Plastics)部品を製造することができる。」

「【0045】
上記熱可塑性フィルムは、ポリプロピレン(PP)、ポリアミド(PA)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、及びポリエチレンテレフタレート(PET)からなるグループより選択されることが好ましいが、これに制限されない。」

「【0056】
一方、本発明の方法によって製造される連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグを構成する積層体は、複数層の熱可塑性フィルム、及び各熱可塑性フィルムの間に配置された炭素繊維層を含んで製造されたり、複数層の炭素繊維層、及び各炭素繊維層の間に配置された熱可塑性フィルムを含んで製造されることができる。上記積層体は、2層以上に積層された熱可塑性フィルム、及び熱可塑性フィルムの間に配置された炭素繊維を含んで製造されることが好ましい。」

「【0059】
本発明の連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法によると、多様な厚さ及び幅の連続炭素繊維強化熱可塑性セミプリプレグまたは最終のプリプレグが製造されることができ、このように製造されたテープ及び/またはこのテープで製造されたシートは高速成形用CFRPの中間財としても活用されることができる。図5の(a)及び(b)は本発明によって製造された炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの断面を異なる倍率でそれぞれ示したものである。」

「【0068】
<実施例>
1.CFRTP板材の製造
広幅化/コーティングCF(24K)と熱可塑性樹脂フィルムを積層、溶融、含浸して連続炭素繊維テープ(CF tape)を製造し、これを積層して100mm×180mmサイズの鋼鉄(Steel)材質の金型に挿入した後、270℃の温度において熱を加えて樹脂を溶かし、連続炭素繊維テープ(CF tape)間の接合力が生じたら、〜10MPaの圧力を加え、その後、冷却させる熱間圧縮成形方式でUD(Uni−Directional、一方向)型のCFRTP板材の試片を製作した。
【0069】
2.屈曲性能の評価
上記1.によって製造されたCFRTP板材から図8(b)に示されているように、12.7mm(w)及び127mm(d)サイズの試片を製作して図8(a)に示されているような屈曲性能測定装置(Instron UTM 5569A)を用いてASTM D790の標準化された測定方法で屈曲性能を測定した。
【0070】
その結果を図9のグラフに示した。図9から確認できるように、炭素繊維束及びフィルム層数の組み合わせによる多様な炭素繊維体積分率を有する板材を製造して炭素繊維体積分率及び屈曲強度を評価し、炭素繊維体積分率と屈曲強度は線形的な比例関係を示すことが分かる。
【0071】
同一の炭素繊維体積分率で比較する場合、本発明によるCFRTP板材が先進企業(Ticona社)の炭素繊維(CF)48Vol%含有PA6コンポジット(Composite)製品(製品名:Celstran CFT−TP PA6 CF60−01)と比較するとき、屈曲強度が100MPa以上上回ることが確認できた。
【0072】
したがって、同一の炭素繊維(CF)48Vol%含有PA6コンポジット(Composite)製品と比較するとき、高価な炭素繊維の含有量は減少しながらも優れた物性のCFRTPを製造することができる。
【0073】
3.微細構造の分析
図10は本発明の例示的な板材の断面を異なる倍率で示したSEMの分析結果である。」

「【図9】



「【図10】



(イ) 甲第A1号証に記載された発明
上記(ア)の記載、特に請求項1の記載を中心に整理すると、甲第A1号証には次の発明が記載されているものと認める。

「広幅化された複数個の炭素繊維を提供する段階と、
前記広幅化された炭素繊維の上部及び下部の少なくとも一部に熱可塑性フィルムを配置して積層体を製造する段階と、
前記積層体を構成する熱可塑性フィルムと炭素繊維を接合して接合体を製造する段階と、を含む、連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法で製造された連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグ。」(以下、甲A1物発明」という。)

「広幅化された複数個の炭素繊維を提供する段階と、
前記広幅化された炭素繊維の上部及び下部の少なくとも一部に熱可塑性フィルムを配置して積層体を製造する段階と、
前記積層体を構成する熱可塑性フィルムと炭素繊維を接合して接合体を製造する段階と、を含む、連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグの製造方法。」(以下、「甲A1方法発明」という。)

イ 対比・判断
(ア) 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲A1物発明とを対比すると、甲A1物発明における「広幅化された複数個の炭素繊維」は、その態様からみて本件特許発明1の「連続した強化繊維」であって、「平行に引き揃えられ」たものに相当し、甲A1物発明における「熱可塑性フィルム」は、熱可塑性樹脂からなるフィルムを意味するものであることから、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂」に相当する。
すると、甲A1物発明の広幅化された複数個の炭素繊維と熱可塑性フィルムからなる「連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグ」は、本件特許発明1の「繊維強化熱可塑性樹脂基材」に相当する。
また、甲A1物発明の「連続炭素繊維強化熱可塑性プリプレグ」は、熱可塑性樹脂が含浸したものである(【0023】)から、本件特許発明1における「熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材」との特定事項を満たすことも明らかである。

してみると、両者は、
「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材である繊維強化熱可塑性樹脂基材。」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点A1−1>
繊維強化熱可塑性基材における繊維体積含有率について、本件特許発明1は「40〜65体積%」と特定されるのに対し、甲A1物発明にはそのような特定がない点。

<相違点A1−2>
繊維強化熱可塑性樹脂基材において、本件特許発明1は、「下記の方法によって求められる繊維の分散パラメーターDが90%以上」であり、下記方法が、
「(i)前記繊維強化熱可塑性樹脂基材の強化繊維配向方向と垂直な横断面を複数の区画に分割し、その中の1つの区画を撮影する。
(ii)前記区画の撮影画像を、式(1)で規定された一辺の長さtを有する複数の正方形ユニットに分割する。
(iii)式(2)で定義する分散パラメーターdを算出する。
(iv)異なる区画について(i)〜(iii)の手順を繰り返し、前記横断面から得られる複数の区画の分散パラメーターdの平均値を分散パラメーターDとする。
1.5a≦t≦2.5a (a:繊維直径、t:ユニットの一辺の長さ)・・・(1)
分散パラメーターd=区画内における強化繊維が含まれるユニットの個数/区画内におけるユニットの総個数×100・・・(2)」
と特定されるのに対し、甲A1物発明にはそのような特定がない点。

事案に鑑み、先ず相違点A1−2について検討する。
甲第A1号証の図10には、甲第A1号証の実施例のSEMによる断面写真が示されているものの、当該断面写真を参酌しても、甲A1物発明が、相違点A1−2に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものであると言うことはできない。
よって、本件特許発明1は、甲A1物発明ではない。
また、甲第A1号証の記載、さらには他の全ての証拠の記載をみても、甲A1物発明において、相違点A1−2に係る本件特許発明1の特定事項を満たす条件とする動機付けもない。

なお、この点について特許異議申立人Aは、甲第A1号証の図10の解析を行い、甲A1物発明の分散パラメータDは95である旨主張する(特許異議申立書Aの第39頁ないし第41頁)が、特許異議申立人Aの図10の解析は、図10で示される1つの区画のみについて、分割した正方形ユニットのうちの一部(特許異議申立書Aの第41頁によると15ユニット)を選択し、各ユニットの分散パラメータdの平均を分散パラメータDとしているところ、本件特許発明1において特定されている分散パラメータDの算出は、全ての正方形ユニットに基いて分散パラメータdを算出し、更にこれを異なる区画について繰り返し、得られた複数のdの平均であることからみて、明らかに算出法が異なるものであるから、特許異議申立人Aの上記主張は採用しない。

したがって、他の相違点については検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲A1物発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(イ) 本件特許発明2ないし8、10及び11について
本件特許発明2ないし8、10及び11は、請求項1の記載を引用して特定するものである。
そして、上記(ア)で検討のとおり、本件特許発明1は、甲A1物発明ではなく、また、甲A1物発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の全ての特定事項を含む本件特許発明2ないし8、10及び11も同様に、甲A1物発明ではなく、また、甲A1物発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(ウ) 本件特許発明9について
本件特許発明9と甲A1方法発明とを対比すると、各々の製造方法で得られる繊維強化熱可塑性樹脂基材については上記(ア)と同様の相当関係があるといえるから、両者は、
「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材である繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法。」
で一致し、上記相違点A1−1、相違点A1−2に加え、さらに次の点で相違する。

<相違点A1−3>
繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法に関し、本件特許発明9は、
「複数のボビンから強化繊維束を連続的に送り出す工程と、
連続的に送り出された強化繊維束に、溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
含浸ダイ内の溶融樹脂に超音波を印加する方法又は強化繊維束を振動する方法、あるいは薄い強化繊維束層に樹脂を含浸させた後に各層を積層する方法により含浸のために加える力を小さくして、圧力を加えて前記溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
強化繊維束の移送方向における寸法が、強化繊維束が通過する時間が0.1秒以上の通過時間である長さのダイノズルを用いて、マトリックス樹脂が含浸した強化繊維束を所定の断面形状に賦形する工程と、
前記溶融したマトリックス樹脂を冷却固化して繊維強化熱可塑性樹脂基材を形成する工程と、
を含む、」
と特定されるのに対し、甲A1方法発明にはそのような特定がない点。

しかしながら、相違点A1−2は上記(ア)と同様に判断されるから、他の相違点については検討するまでもなく、本件特許発明9は、甲A1方法発明ではないし、甲A1方法発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ 申立理由A1−1及び申立理由A2−1についてのまとめ
上記イのとおりであるから、申立理由A1−1及び申立理由A2−1は、いずれもその理由がない。

(2) 申立理由A1−2及び申立理由A2−2(甲第A2号証を主たる証拠とする新規性進歩性)について
ア 甲第A2号証に記載された発明
甲第A2号証の請求項1、請求項6の記載を中心に整理すると、甲第A2号証には、次の発明が記載されているものと認める。

「複数の補強繊維が所定方向に引き揃えられた補強繊維シート層を熱可塑性樹脂材料からなるマトリックス樹脂により一体形成したプリプレグシート材において、前記マトリックス樹脂は、少なくとも一部に特性の異なる熱可塑性樹脂材料からなる複数の樹脂領域が形成されているプリプレグシート材。」(以下、「甲A2物発明」という。)

「複数の補強繊維が所定方向に引き揃えられた補強繊維シート材を特性の異なる熱可塑性樹脂材料からなる複数種類の熱可塑性樹脂シート材とそれぞれ付着させて複数種類の熱可塑性樹脂補強シート材を形成し、異なる種類の前記熱可塑性樹脂補強シート材を複数枚積層して加熱加圧することで一体形成するプリプレグシート材の製造方法。」(以下、「甲A2方法発明」という。)

イ 対比・判断
(ア) 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲A2物発明とを対比すると、甲A2物発明における「補強繊維」は、甲第A2号証の【0024】や実施例の記載からみてFRPに用いられる「炭素繊維」等であるから本件特許発明1の「連続した強化繊維」に相当する。
また、甲A2物発明の「複数の補強繊維が所定方向に引き揃えられた補強繊維シート層」は、その態様からみて、本件特許発明1の「平行に引き揃えられ」たものに相当する。
そして、甲A2物発明の「プリプレグシート材」は、本件特許発明1の「繊維強化熱可塑性樹脂基材」に相当するとともに、本件特許発明1における「熱可塑性樹脂が含浸された」との特定事項を満たすことも明らかである。

してみると、両者は、
「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材である繊維強化熱可塑性樹脂基材。」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点A2−1>
繊維強化熱可塑性基材における繊維体積含有率について、本件特許発明1は「40〜65体積%」と特定されるのに対し、甲A2物発明にはそのような特定がない点。

<相違点A2−2>
繊維強化熱可塑性樹脂基材において、本件特許発明1は、「下記の方法によって求められる繊維の分散パラメーターDが90%以上」であり、下記方法が、
「(i)前記繊維強化熱可塑性樹脂基材の強化繊維配向方向と垂直な横断面を複数の区画に分割し、その中の1つの区画を撮影する。
(ii)前記区画の撮影画像を、式(1)で規定された一辺の長さtを有する複数の正方形ユニットに分割する。
(iii)式(2)で定義する分散パラメーターdを算出する。
(iv)異なる区画について(i)〜(iii)の手順を繰り返し、前記横断面から得られる複数の区画の分散パラメーターdの平均値を分散パラメーターDとする。
1.5a≦t≦2.5a (a:繊維直径、t:ユニットの一辺の長さ)・・・(1)
分散パラメーターd=区画内における強化繊維が含まれるユニットの個数/区画内におけるユニットの総個数×100・・・(2)」
と特定されるのに対し、甲A2物発明にはそのような特定がない点。

事案に鑑み、先ず相違点A2−2について検討する。
甲第A2号証の図13には、甲第A2号証の実施例のSEMによる断面写真が示されているものの、当該断面写真を参酌しても、甲A2物発明が、相違点A2−2に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものであると言うことはできない。
よって、本件特許発明1は、甲A2物発明ではない。
また、甲第A2号証の記載、さらには他の全ての証拠の記載をみても、甲A2物発明において、相違点A2−2に係る本件特許発明1の特定事項を満たす条件とする動機付けもない。

なお、この点について特許異議申立人Aは、甲第A2号証の図13の解析を行い、甲2物発明の分散パラメータDは91.15である旨主張する(特許異議申立書Aの第48頁ないし第50頁)が、上記(1)イ(ア)における検討と同様に判断されるから、特許異議申立人Aの上記主張は採用しない。

したがって、他の相違点については検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲A2物発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(イ) 本件特許発明2ないし8、10及び11について
本件特許発明2ないし8、10及び11は、請求項1の記載を引用して特定するものである。
そして、上記(ア)で検討のとおり、本件特許発明1は、甲A2物発明ではなく、また、甲A2物発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の全ての特定事項を含む本件特許発明2ないし8、10及び11も同様に、甲A2物発明ではなく、また、甲A2物発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(ウ) 本件特許発明9について
本件特許発明9と甲A2方法発明とを対比すると、各々の製造方法で得られる繊維強化熱可塑性樹脂基材については上記(ア)と同様の相当関係があるといえるから、両者は、
「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材である繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法。」
で一致し、上記相違点A2−1、相違点A2−2に加え、さらに次の点で相違する。

<相違点A2−3>
繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法に関し、本件特許発明9は、
「複数のボビンから強化繊維束を連続的に送り出す工程と、
連続的に送り出された強化繊維束に、溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
含浸ダイ内の溶融樹脂に超音波を印加する方法又は強化繊維束を振動する方法、あるいは薄い強化繊維束層に樹脂を含浸させた後に各層を積層する方法により含浸のために加える力を小さくして、圧力を加えて前記溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
強化繊維束の移送方向における寸法が、強化繊維束が通過する時間が0.1秒以上の通過時間である長さのダイノズルを用いて、マトリックス樹脂が含浸した強化繊維束を所定の断面形状に賦形する工程と、
前記溶融したマトリックス樹脂を冷却固化して繊維強化熱可塑性樹脂基材を形成する工程と、
を含む、」
と特定されるのに対し、甲A2方法発明にはそのような特定がない点。

しかしながら、相違点A2−2は上記(ア)と同様に判断されるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明9は、甲A2方法発明ではないし、甲A2方法発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ 申立理由A1−2及び申立理由A2−2についてのまとめ
上記イのとおりであるから、申立理由A1−2及び申立理由A2−2は、いずれもその理由がない。

2 特許異議申立人Bが申し立てた申立理由について
(1) 申立理由B1(サポート要件)について
ア サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

イ サポート要件についての判断
本件特許発明の課題(以下、「発明の課題」という。)は、「熱可塑性樹脂をマトリックスとした繊維強化熱可塑性樹脂基材に関して、強化繊維がより確実に均一に分散し、機械特性のばらつきの小さい繊維強化熱可塑性樹脂基材を提供すること」(【0006】)である。
そして本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、「本発明に係る繊維強化熱可塑性樹脂基材は、平行に引き揃えられた連続した強化繊維に、熱可塑性樹脂基材を含浸させてなる」(【0010】)ものであって、「本発明に係る繊維強化熱可塑性樹脂基材では、繊維強化熱可塑性樹脂基材全体100体積%中、強化繊維を20体積%以上65体積%以下含有する。強化繊維を20体積%以上含有することにより、繊維強化熱可塑性樹脂基材を用いて得られる成形品の強度をより向上させることができる。・・・一方、強化繊維を65体積%以下含有することにより、強化繊維に熱可塑性をより含浸させやすい」(【0032】)こと、「本発明に係る繊維強化熱可塑性樹脂基材では下記の方法で定義される分散パラメーターDが90%以上である。分散パラメーターDが90%以上であることにより、繊維強化熱可塑性樹脂基材の機械特性のバラつきを低減することができる」(【0036】)ことが記載され、その効果を裏付ける具体的な実施例も記載されている。
してみると、これらの記載に接した当業者であれば、「平行に引き揃えられた連続した強化繊維に、熱可塑性樹脂基材を含浸させてなる」繊維強化熱可塑性樹脂基材であって、「繊維強化熱可塑性樹脂基材全体100体積%中、強化繊維を20体積%以上65体積%以下含有」し、特定の「分散パラメーターDが90%以上」との特定事項を満たせば、発明の課題を解決するものと認識できる。
そして、本件特許発明1は、上記の発明の課題を解決するものと認識できる特定事項を全て有するものであるから、当然、発明の課題を解決する、すなわち、サポート要件を満たすものといえる。
本件特許発明2ないし7及び9ないし11についても同様である。

ウ 特許異議申立人Bの主張について
特許異議申立人Bは、「分散パラメータ」の特定事項は、達成すべき課題をあげたものにすぎず、「引き抜き法」で行うという具体的な手段を特定する必要があること、さらには、本件特許発明9で特定されている第三の工程についての実施例がないことなどをあげ、本件特許発明1ないし11は、サポート要件を満たしていない旨主張する。
しかしながら、本件特許発明1は、「分散パラメータ」のみを特定するものではなく、「平行に引き揃えられた連続した強化繊維」を用い、強化繊維が全体の「20体積%以上65体積%以下」であり、かつ、特定条件における分散パラメータDの条件が特定されているものであるから、単に「達成すべき結果」のみを特定するものではない。また、分散パラメータDが特定の条件を満たすようにするための具体的な方法についても、実施例において示されており、かつ、当業者であれば、当該「分散パラメータ」の技術的意味も理解できるものであることからすれば、特許異議申立人Bの当該主張は採用できない。
さらに、本件特許発明9で特定されている方法においても、本件特許の明細書の【0047】に記載されているものであり、具体的な実施例がないことを根拠としてサポート要件を満たさないとする特許異議申立人Bの主張は採用できない。

エ 申立理由B1についてのまとめ
上記イ及びウのとおりであるから、申立理由B1は、その理由がない。

(2) 申立理由B2(実施可能要件)について
実施可能要件の判断基準
本件特許発明1ないし8、10及び11は、上記第2のとおり、「物」の発明であるところ、物の発明における実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、例えば、明細書等にその物を生産することができる具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、出願時の技術常識に基づいて当業者がその物を生産することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができる。
また、本件特許発明9は、上記第2のとおり、「物を生産する方法」の発明であるところ、物を生産する方法の発明における実施とは、そのものを生産する方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第3号)、例えば、明細書等にその物を生産する方法を使用することができることの具体的な記載があるか、そのような記載がなくても、出願時の技術常識に基づいて当業者がその物を生産する方法を使用することができるのであれば、実施可能要件を満たすということができる。

実施可能要件についての判断
本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、強化繊維の種類(【0011】ないし【0015】)、強化繊維の形態及び配列(【0010】)、熱可塑性樹脂の種類(【0019】)、連続した強化繊維に熱可塑性樹脂を含浸させる方法(【0030】)、繊維強化熱可塑性樹脂基材の強化繊維体積含有率とその算出法(【0032】、【0033】)、分散パラメータDの算出方法(【0036】)及び評価方法(【0037】ないし【0043】)、製造方法(【0044】ないし【0053】)が記載されており、また、具体的な実施例の記載もある。
してみれば、本件特許の明細書には、当業者が本件特許発明1ないし7及び9ないし11を実施できる程度に記載されている、すなわち、実施可能要件を満たす記載があるといえる。

ウ 特許異議申立人Bの主張について
特許異議申立人Bは、おおむね上記(1)ウと同旨の主張をするが、これらの主張は、上記イの判断に何ら影響するものではない。

エ 申立理由B2についてのまとめ
上記イ及びウのとおりであるから、申立理由B2には、その理由がない。

(3) 申立理由B3(明確性要件)について
明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

明確性要件についての判断
本件特許発明1は、「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材」であって、「繊維体積含有率が40〜65体積%の範囲内」にあり、且つ「下記の方法によって求められる繊維の分散パラメーターDが90%以上である」「繊維強化熱可塑性樹脂基材」であって、分散パラメータDの求め方についても特定されており、明確である。
本件特許発明2ないし8、10及び11についても同様に判断される。
また、本件特許発明9は、請求項1ないし8の記載を引用して特定するものであるところ、本件特許発明9において特定する工程およびその条件はいずれも明確であるから、本件特許発明9もまた明確である。

ウ 特許異議申立人Bの主張について
特許異議申立人Bは、分散パラメータを算出する際に、(i)ないし(iii)を何回繰り返すのか不明である旨主張する。しかしながら、本件特許発明1の(iv)には、「異なる区画について(i)〜(iii)の手順を繰り返し、前記横断面から得られる複数の区画の分散パラメーターdの平均値を分散パラメーターDとする。」と記載されていることからみて、本件特許発明1は、全ての区画について分散パラメータdを求め、その平均値を分散パラメータDとしているものと解される。よって、特許異議申立人Bの上記主張は採用できない。
また、特許異議申立人Bは、本件特許発明9の「強化繊維束が通過する時間が0.1秒以上の通過時間である長さのダイノズル」における「0.1秒以上の通過時間」は種々の要因が影響するものであり明確ではない旨主張するが、発明特定事項は「0.1秒以上の通過時間」となるものであれば事足りるものと解されるから、特許異議申立人Bの当該主張についても採用できない。

エ 申立理由B3についてのまとめ
上記イ及びウのとおりであるから、申立理由B3は、その理由がない。

(4) 申立理由B4及び申立理由B5(甲第B1号証を主たる根拠とする新規性進歩性)について
ア 主な証拠の記載事項等
(ア) 甲第B1号証の記載事項
甲第B1号証には、「一方向性繊維強化テープおよびその製造方法、ならびにそれを用いた成形体およびその製造方法」に関し、次の記載がある。

「[0001] 本発明は、熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂とする一方向性繊維強化テープに関するもので、基材の物性および生産性の両立を図ることができる一方向性繊維強化テープおよびそれを用いた成形体ならびにそれらの製造方法に関する。」

「[0017] そこで、本発明の目的は、強度、耐熱性および耐環境性を発揮させ、他の樹脂部材と接合しやすい一方向性繊維強化テープを提供することにあり、また、このような一方向性繊維強化テープと他の樹脂部材との接合性に優れた成形体を提供することにある。
[0018] さらには、本発明の他の目的は、繊維間への樹脂の含浸性に優れ、樹脂含浸時の糸切れ発生を抑制して、一方向性繊維強化テープを製造する方法を提供することにある。」

「[0028] 本発明に係る一方向性繊維強化テープは、一方向性の強化繊維と、ポリアミドで構成される樹脂とを有する。
[0029] 本発明において、一方向性の強化繊維とは、繊維方向が一方向に配列した状態の強化繊維をいい、一方向性繊維強化テープとは、マトリックス樹脂中に、強化繊維を、その繊維方向が一方向に配列した状態で含む基材をいう。図1は一方向性繊維強化テープ100の概略斜視図であり、強化繊維の配向方向に沿って略直角方向の断面が正面に図示されている。図1において、両方向矢印は繊維の配向方向を示している。強化繊維101は、一方向性繊維強化テープ100内に、特定の位置に固まることなく概ね均一に分散されており、強化繊維101の間はマトリックス樹脂102で充填されている。すなわち、強化繊維はマトリックス樹脂で含浸されている。具体的な製造方法は後述するが、引抜き成形法などの連続成形により、薄肉状の一方向性繊維強化テープ100が製造される。
[0030] 一方向性繊維強化テープ100に使用する強化繊維101としては、炭素繊維、金属繊維、有機繊維、および無機繊維が例示される。」

「[0040] 本発明において、上記一方向性繊維強化テープ100に使用するマトリックス樹脂102はポリアミドで構成される。ポリアミドとしては、例えば、ポリアミド6、ポリアミド66、ポリアミド610、ポリアミド612、ポリアミド11、ポリアミド12、ポリアミド46、ポリアミド56、ポリアミド410、ポリアミド510、ポリアミド4T、ポリアミド5T、ポリアミド5I、ポリアミド6T、ポリアミド6I、ポリアミド4,6共重合体、ポリアミド6.12、ポリアミド9T、ポリアミドMXD6、イソフタル酸とビス(3−メチル−4アミノシクロヘキシル)メタンとを重合してなるポリアミド(ポリアミドPACMI)などのホモポリマ−、または、これらの共重合体または混合物が挙げられる。それらポリアミドの中でも、ポリアミド6、ポリアミド66、またはポリアミド610を用いることが好ましく、ポリアミド6、またはポリアミド66を用いることがより好ましい。」

「[0065] また、本発明における一方向性繊維強化テープは、そのボイド率が、好ましくは6%以下、より好ましくは5%以下、さらに好ましくは3%以下、最も好ましくは2%以下であり、その厚さが、好ましくは0.1〜1.5mm、より好ましくは0.1〜1mm、さらに好ましくは0.2〜0.7mm、最も好ましくは0.2〜0.6mmである。」

「[0071] 含浸工程の例として、フィルム状のマトリックス樹脂と強化繊維束とを積層した後、フィルム状のマトリックス樹脂を溶融し、加圧することで強化繊維束にマトリックス樹脂を含浸させるフィルム法、繊維状のマトリックス樹脂と強化繊維束とを混紡した後、繊維状のマトリックス樹脂を溶融し、加圧することで強化繊維束にマトリックス樹脂を含浸させるコミングル法、粉末状のマトリックス樹脂を強化繊維束における繊維の隙間に分散させた後、粉末状のマトリックス樹脂を溶融し、加圧することで強化繊維束にマトリックス樹脂を含浸させる粉末法、溶融したマトリックス樹脂中に強化繊維束を浸し、加圧することで強化繊維束にマトリックス樹脂を含浸させる引き抜き法が挙げられる。強化繊維束は通常、連続しており、ボビンなどに巻かれている。」

「[0130] H.原材料
(a)マトリックス樹脂(A):ポリアミド6(ガラス転移点:50℃、融点:215℃、相対粘度:1.60)
ε-カプロラクタム(東レ(株)製)1750gに酢酸(和光純薬(株)製)7gおよびイオン交換水250gを加え、螺旋帯撹拌翼をもった撹拌機と熱媒ジャケットを装備した内容積5Lのバッチ式重合缶に仕込んだ。」

「[0138] (f)強化繊維束(F):PAN系炭素繊維束(東レ(株)製T700SC−12K)」

「[0141] (実施例1)
図3に示す一方向性繊維強化テープの製造装置を用いて、一方向性繊維強化テープを製造した。図3において、強化繊維束が巻かれたボビン202を16本準備し、それぞれボビン202から連続的に糸道ガイド203を通じて強化繊維束を送り出した。連続的に送り出された強化繊維束201は、含浸ダイ204内にて、マトリックス樹脂を充填したフィーダー205から定量供給されたマトリックス樹脂206を含浸させた。強化繊維束には、強化繊維束(F)を用い、マトリックス樹脂には、マトリックス樹脂(A)を用いた。含浸ダイ204内でマトリックス樹脂206を含浸した強化繊維束201を、含浸ダイ204のノズルから1m/minの引き抜き速度で連続的に引き抜いた。引取ロール207bにて引き抜かれた強化繊維束201は、冷却ロール207aを通過してマトリックス樹脂が冷却固化され、一方向性繊維強化テープ前駆体208aとして巻取機209にて巻き取られた。得られた一方向性繊維強化テープ前駆体208aの厚さは0.3mm、幅は50mmであった。巻き取られた一方向性繊維強化テープ前駆体208aを一定の大きさに切り取った後、加熱炉210内において、真空下、170℃で12時間の固相重合条件で固相重合を行い、一方向性繊維強化テープ208bを得た。
[0142] さらに、得られた一方向性繊維強化テープ208bを補強部材としてインサート成形を行った。図5に示すように、(a)金型402のキャビティ内に、一定の形状にされた一方向性繊維強化テープ410を設置し、(b)射出ノズル401から、所定の溶融温度で溶融した他の樹脂部材420を、金型402内に注入した後、(c)金型を広げ、注入された溶融樹脂を冷却固化し、一方向性繊維強化テープ410と接合した成形体を取り出した。他の樹脂部材としては、他の樹脂部材(G)を用い、溶融温度は280℃、金型温度は120℃であった。金型のキャビティは、幅方向に90mmのフィルムゲートを有し、幅100mm、長さ150mm、厚さ3mmであった。また、キャビティに一方向性繊維強化テープを設置するに際しては、キャビティの幅×長さと同サイズとなるよう幅50mm、長さ100mmの一方向性繊維強化テープを幅方向に3枚並べて接着し、繊維が長さ方向と並行するようキャビティの厚さ方向両面に設置した。また、射出成形するに際し、一方向性繊維強化テープの位置や繊維が乱れないようにした。
[0143] 得られた一方向性繊維強化テープは、高い相対粘度、結晶化度を有しており、また、ボイド率が低く、生産性も実使用上問題ないレベルであった。また、得られた一方向性繊維強化テープを補強部材としたインサート成形体での強度、耐熱性および接着性とも実使用上問題ないレベルであった。」

「[0162]
[表1]



「[図3]



「[請求項1] 一方向性の強化繊維と、ポリアミドで構成されるマトリックス樹脂とを有する一方向性繊維強化テープであって、一方向性繊維強化テープ中のマトリックス樹脂は、次式(1)で求められる初期結晶化度C1が30%以上、50%以下であり、かつ、相対粘度が1.9以上、4以下である、一方向性繊維強化テープ。
C1(%)=(ΔHA1/ΔH0)×100 ・・・(1)
(ここで、ΔHA1(J/g)は、一方向性繊維強化テープの示差走査熱量測定において、1回目の昇温時に現れる吸熱特性曲線のピーク面積から求められる、マトリックス樹脂の単位質量当たりの融解熱量の値であり、ΔH0(J/g)は、マトリックス樹脂を構成するポリアミドの完全結晶物の単位質量当たりの融解熱量の値である。)
[請求項2] 一方向性繊維強化テープ中のマトリックス樹脂は、初期結晶化度C1と、次式(2)で求められる加熱後結晶化度C2とが、次式(3)で求められる結晶化度の差Cdが5%以上、20%以下となる関係を有する、請求項1に記載の一方向性繊維強化テープ。
C2(%)=(ΔHA2/ΔH0)×100 ・・・(2)
Cd=C1(%)−C2(%) ・・・(3)
(ここで、ΔHA2(J/g)は、一方向性繊維強化テープの示差走査熱量測定において、2回目の昇温時に現れる吸熱特性曲線のピーク面積から求められる、マトリックス樹脂の単位質量当たりの融解熱量の値である。)
[請求項3] 一方向性繊維強化テープの示差走査熱量測定において1回目の昇温時に測定される、マトリックス樹脂の融点Tm1と吸熱開始温度Ts1とは、次式(4)で求められる差Tdが20℃以上、50℃以下となる関係を有する、請求項1または2に記載の一方向性繊維強化テープ。
Td=Tm1(℃)−Ts1(℃) ・・・(4)
[請求項4] ボイド率が6%以下であり、厚さが0.1mm以上、1.5mm以下である、請求項1〜3のいずれかに記載の一方向性繊維強化テープ。
[請求項5] 繊維体積含有率が20%以上、65%以下である、請求項1〜4のいずれかに記載の一方向性繊維強化テープ。
[請求項6] 一方向性の強化繊維と、ポリアミドで構成されるマトリックス樹脂とを有する一方向性繊維強化テープを製造する方法であって、マトリックス樹脂を溶融し、強化繊維束に含浸させる含浸工程、溶融したマトリックス樹脂を冷却固化し、一定形状の一方向性繊維強化テープ前駆体を形成する冷却固化工程、および、一方向性繊維強化テープ前駆体を固相重合する固相重合工程を有する、一方向性繊維強化テープの製造方法。
[請求項7] 含浸工程において、溶融したマトリックス樹脂を含浸させる強化繊維束が、連続的に送り出されてきた強化繊維束であり、含浸工程の後であって冷却固化工程の前に、溶融したマトリックス樹脂が含浸された強化繊維束を含浸ダイから連続して引き抜く引き抜き工程を有する、請求項6に記載の一方向性繊維強化テープの製造方法。
[請求項8] 固相重合を行う温度が、マトリックス樹脂のガラス転移温度よりも20℃以上高く、かつ、マトリックス樹脂の融点よりも10℃以上低い、請求項6または7に記載の一方向性繊維強化テープの製造方法。
[請求項9] 強化繊維束に含浸させる際のマトリックス樹脂は、その相対粘度が1.5以上、3以下である、請求項6〜8のいずれかに記載の一方向性繊維強化テープの製造方法。
[請求項10] 請求項1〜5のいずれかに記載の一方向性繊維強化テープ、または請求項6〜9のいずれかに記載の方法で製造された一方向性繊維強化テープと、一方向性繊維強化テープ以外の他の樹脂部材とを接合して得られる、成形体。
[請求項11] 他の樹脂部材との接合後の一方向性繊維強化テープは、他の樹脂部材との接合部分表層の結晶化度が、前記表層以外の部位の結晶化度よりも低い、請求項10に記載の成形体。
[請求項12] 他の樹脂部材との接合後の一方向性繊維強化テープにおいて、次式(5)で求められる他の樹脂部材との接合部分表層以外の部位におけるマトリックス樹脂の結晶化度C1’と、次式(6)で求められる他の樹脂部材との接合部分表層におけるマトリックス樹脂の結晶化度C2’とは、次式(7)で求められる結晶化度の差異Cd’が5%以上、20%以下となる関係を有する、請求項10または11に記載の成形体。
C1’(%)=(ΔHA1’/ΔH0)×100 ・・・(5)
C2’(%)=(ΔHA2’/ΔH0)×100 ・・・(6)
Cd’=C1’(%)−C2’(%) ・・・(7)
(ここで、ΔHA1’(J/g)は、他の樹脂部材との接合後の一方向性繊維強化テープにおける接合部分表層以外の部位について示差走査熱量測定した際の、1回目の昇温時に現れる吸熱特性曲線のピーク面積から求められる、マトリックス樹脂の単位質量当たりの融解熱量の値であり、ΔHA2’(J/g)は、他の樹脂部材との接合後の一方向性繊維強化テープにおける接合部分表層について示差走査熱量測定した際の、1回目の昇温時に現れる吸熱特性曲線のピーク面積から求められる、マトリックス樹脂の単位質量当たりの融解熱量の値であり、ΔH0(J/g)は、マトリックス樹脂を構成するポリアミドの完全結晶物の単位質量当たりの融解熱量の値である。)
[請求項13] 請求項1〜5のいずれかに記載の一方向性繊維強化テープ、または請求項6〜9のいずれかに記載の方法で製造された一方向性繊維強化テープを、補強部材として成形型内に配置する補強部材配置工程、および一方向性繊維強化テープが配置された成形型内に溶融樹脂を供給する溶融樹脂供給工程を有し、溶融樹脂供給工程において、溶融樹脂の熱作用により一方向性繊維強化テープの表層の結晶化度を低下させた状態として、一方向性繊維強化テープに溶融樹脂を接合して成形体を得る、成形体の製造方法。」

(イ) 甲第B1号証に記載された発明
上記(ア)の記載、特に実施例1の記載を中心に整理すると、甲第B1号証には次の発明が記載されているものと認める。

「PAN系炭素繊維束からなる強化繊維束が巻かれたボビンを16本準備し、それぞれボビンから連続的に糸道ガイドを通じて強化繊維束を送り出し、連続的に送り出された強化繊維束に、含浸ダイ内にて、ポリアミド6からなるマトリックス樹脂を充填したフィーダーから定量供給されたマトリックス樹脂を含浸させ、含浸ダイ内でマトリックス樹脂を含浸した強化繊維束を、含浸ダイのノズルから1m/minの引き抜き速度で連続的に引き抜き、次いで、冷却ロールを通過してマトリックス樹脂を冷却固化し、一方向性繊維強化テープ前駆体として巻取機にて巻き取り、
巻き取られた一方向性繊維強化テープ前駆体を一定の大きさに切り取った後、加熱炉内において、真空下、170℃で12時間の固相重合条件で固相重合を行い得られた、繊維体積含有率が53.2%の一方向性繊維強化テープ。」(以下、「甲B1物発明」という。)

「PAN系炭素繊維束からなる強化繊維束が巻かれたボビンを16本準備し、それぞれボビンから連続的に糸道ガイドを通じて強化繊維束を送り出し、連続的に送り出された強化繊維束に、含浸ダイ内にて、ポリアミド6からなるマトリックス樹脂を充填したフィーダーから定量供給されたマトリックス樹脂を含浸させ、含浸ダイ内でマトリックス樹脂を含浸した強化繊維束を、含浸ダイのノズルから1m/minの引き抜き速度で連続的に引き抜き、次いで、冷却ロールを通過してマトリックス樹脂を冷却固化し、一方向性繊維強化テープ前駆体として巻取機にて巻き取り、
巻き取られた一方向性繊維強化テープ前駆体を一定の大きさに切り取った後、加熱炉内において、真空下、170℃で12時間の固相重合条件で固相重合を行う、繊維体積含有率が53.2%の一方向性繊維強化テープの製造方法。」(以下、「甲B1方法発明」という。)

イ 対比・判断
(ア) 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲B1物発明とを対比すると、甲B1物発明の「強化繊維束」における「強化繊維」は、ボビンに巻き取られ、連続的に送り出すことができるものであることからみて、本件特許発明1の「連続した強化繊維」に相当する。
また、甲B1物発明の「連続的に送り出された強化繊維束」は、図3などの態様からみて、本件特許発明1の「平行に引き揃えられ」たとの特定事項を満たす。
さらに、甲B1物発明の一方向性繊維強化テープの繊維体積含有率は53.2%であるから、本件特許発明1の「繊維体積含有率が40〜65体積%の範囲内にある」との特定事項を満たす。
そして、甲B1物発明の「一方向性繊維強化テープ」は、本件特許発明1の「繊維強化熱可塑性樹脂基材」に相当するとともに、本件特許発明1における「熱可塑性樹脂が含浸された」との特定事項を満たすことも明らかである。

してみると、両者は、
「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材であって、繊維体積含有率が40〜65体積%の範囲内にある繊維強化熱可塑性樹脂基材。」
で一致し、次の点で相違する。

<相違点B1−1>
繊維強化熱可塑性樹脂基材において、本件特許発明1は、「下記の方法によって求められる繊維の分散パラメーターDが90%以上」であり、下記方法が、
「(i)前記繊維強化熱可塑性樹脂基材の強化繊維配向方向と垂直な横断面を複数の区画に分割し、その中の1つの区画を撮影する。
(ii)前記区画の撮影画像を、式(1)で規定された一辺の長さtを有する複数の正方形ユニットに分割する。
(iii)式(2)で定義する分散パラメーターdを算出する。
(iv)異なる区画について(i)〜(iii)の手順を繰り返し、前記横断面から得られる複数の区画の分散パラメーターdの平均値を分散パラメーターDとする。
1.5a≦t≦2.5a (a:繊維直径、t:ユニットの一辺の長さ)・・・(1)
分散パラメーターd=区画内における強化繊維が含まれるユニットの個数/区画内におけるユニットの総個数×100・・・(2)」
と特定されるのに対し、甲B1物発明にはそのような特定がない点。

相違点B1−1について検討する。
甲B1物発明(甲第B1号証における実施例1)は、本件特許の実施例と同じであるとはいえず、また、他の証拠の記載及び技術常識を参酌しても、甲B1物発明の特定事項を満たせば、相違点B1−1に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものと推認することもできないから、本件特許発明1は、甲B1物発明ではない。
また、甲第B1号証及び他の証拠の記載からは、単に強化繊維の分散度の均一化を図るとの方向性が見いだせるとしても、甲B1発明において、相違点B1−1に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものとする動機があるともいえない。

なお、この点について特許異議申立人Bは、甲第B1号証の実施例1は、本件特許の明細書の実施例1と実質的に同一である旨主張する(特許異議申立書Bの第32ないし36頁)が、本件特許の明細書の実施例1は、「含浸ダイ内で強化繊維束の分散が悪化しない程度の弱い力でマトリックス樹脂としてのポリアミド6樹脂を含浸した炭素繊維を、引取ロールを用いて含浸ダイのノズルから1m/minの引き抜き速度で連続的に引き抜いた」と、強化繊維束に「分散が悪化しない程度の弱い力」をかけること、含浸ダイのノズルからの引き抜き速度が「1m/min」であることが記載されており、これらの点で、甲第B1号証の実施例1と明らかに相違するものであるから、特許異議申立人Bの上記主張は採用できない。

したがって、本件特許発明1は、甲B1物発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(イ) 本件特許発明2ないし8、10及び11について
本件特許発明2ないし8、10及び11は、請求項1の記載を引用して特定するものである。
そして、上記(ア)で検討のとおり、本件特許発明1は、甲B1物発明ではなく、また、甲B1物発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の全ての特定事項を含む本件特許発明2ないし8、10及び11も同様に、甲B1物発明ではなく、また、甲B1物発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(ウ) 本件特許発明9について
本件特許発明9と甲B1方法発明とを対比すると、上記(ア)と同様の相当関係、及び製造方法上の各工程の対応関係があるといえるから、両者は、
「連続した強化繊維が平行に引き揃えられるとともに、熱可塑性樹脂が含浸された繊維強化熱可塑性樹脂基材であって、繊維体積含有率が40〜65体積%の範囲内にある繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法であって、
複数のボビンから強化繊維束を連続的に送り出す工程と、
連続的に送り出された強化繊維束に、溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
前記溶融したマトリックス樹脂を冷却固化して繊維強化熱可塑性樹脂基材を形成する工程と、
を含む、繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法。」
で一致し、上記相違点B1−1に加え、さらに次の点で相違する。

<相違点B1−2>
繊維強化熱可塑性樹脂基材の製造方法に関し、本件特許発明9は、
「含浸ダイ内の溶融樹脂に超音波を印加する方法又は強化繊維束を振動する方法、あるいは薄い強化繊維束層に樹脂を含浸させた後に各層を積層する方法により含浸のために加える力を小さくして、圧力を加えて前記溶融したマトリックス樹脂を含浸する工程と、
強化繊維束の移送方向における寸法が、強化繊維束が通過する時間が0.1秒以上の通過時間である長さのダイノズルを用いて、マトリックス樹脂が含浸した強化繊維束を所定の断面形状に賦形する工程」を有することが特定されるのに対し、甲B1方法発明にはそのような特定がない点。

しかしながら、相違点B1−1は上記(ア)と同様に判断されるから、他の相違点については検討するまでもなく、本件特許発明9は、甲A2方法発明ではないし、甲A2方法発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ 申立理由B4及び申立理由B5についてのまとめ
上記イのとおりであるから、申立理由B4及び申立理由B5には、その理由がない。

第5 結語
以上のとおりであるから、特許異議申立人A及びBがそれぞれ提出した特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1ないし11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-12-22 
出願番号 P2017-550951
審決分類 P 1 651・ 113- Y (B29B)
P 1 651・ 121- Y (B29B)
P 1 651・ 537- Y (B29B)
P 1 651・ 536- Y (B29B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 ▲吉▼澤 英一
特許庁審判官 植前 充司
平塚 政宏
登録日 2022-03-02 
登録番号 7033271
権利者 東レ株式会社
発明の名称 繊維強化熱可塑性樹脂基材およびそれを用いた成形品  
代理人 伴 俊光  
代理人 細田 浩一  

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