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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C12C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12C
管理番号 1393138
総通号数 13 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-09-29 
確定日 2022-12-22 
異議申立件数
事件の表示 特許第7043535号発明「ビールテイスト飲料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7043535号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7043535号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし8に係る特許についての出願は、令和2年3月27日を出願日とする特許出願であって、令和4年3月18日にその特許権の設定登録(請求項の数8)がされ、同年同月29日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、本件特許に対して、令和4年9月29日に特許異議申立人 中川 賢治(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし8)がされた。

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいい、また、これらをまとめて「本件特許発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
麦芽比率が50質量%以上100質量%以下であり、
糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、且つ、
テルペン類、ケトン類、及びチオール類から選ばれる少なくとも1種の成分(X)を含有し、
下記要件(I)を満たす、ビールテイスト飲料。
・要件(I):ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を含有し、成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下である。
【請求項2】
前記ビールテイスト飲料が、ビールである、請求項1に記載のビールテイスト飲料。
【請求項3】
原麦汁エキス濃度が、6.0質量%以上である、請求項1又は2に記載のビールテイスト飲料。
【請求項4】
総ポリフェノールの含有量が、前記ビールテイスト飲料の全量基準で、60質量ppm以上である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のビールテイスト飲料。
【請求項5】
アルコール度数が3.0(v/v)%以上である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のビールテイスト飲料。
【請求項6】
前記テルペン類が、ピネン、ミルセン、リモネン、β−カリオフィレン、α−フムレン(α−カリオフィレン)、ファルネセン、セリネン、リナロール、ゲラニオール、シトロネロール、テルピネオール、フムレノール、フムロール、オイデスモール、カジノール、フムレンエポキシド、及びカリオフィレンエポキシドから選ばれる少なくとも1種であり、
前記ケトン類が、ノナノン、デカノン、ウンデカノン、ヘキセナール、トランス−4,5−エポキシ−(E)−2−デセナール、及び(Z)−1,5−オクタジエン−3−オンから選ばれる少なくとも1種であり、
前記チオール類が、3−メルカプト−4−メチルペンタン−1−オール、3−メルカプト−4−メチルペンタンアセテート、及び4−メルカプト−4−メチルペンタン−2−オンから選ばれる少なくとも1種である、
請求項1〜5のいずれか一項に記載のビールテイスト飲料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のビールテイスト飲料を製造する方法であって、
下記工程(1)〜(2)を有する、ビールテイスト飲料の製造方法。
・工程(1):水及び麦芽を含む混合物を糖化処理して発酵原料液を調製する工程。
・工程(2):前記発酵原料液に酵母を添加して、アルコール発酵を行う工程。
【請求項8】
穀物に由来するスピリッツを添加する工程を有しない、請求項7に記載のビールテイスト飲料の製造方法。」

第3 特許異議の申立ての理由の概要
令和4年9月29日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要は以下のとおりである。

1 申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性
本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

2 申立理由2(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

本件明細書における「飲みやすさ」は、一般的な意味での「飲みやすさ」とは異なることは明らかである。にもかかわらず、本件明細書には、「飲みやすさ」についての具体的な定義がなく、不明確である。このように、本件特許発明の効果自体が不明確であるから、当該効果を発揮するとされる本件特許発明も当然に不明確である。

3 申立理由3(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

本件特許発明の効果は、高麦芽比率かつ低糖質であっても、飲みやすく、後味の収斂味が抑えられたビールテイスト飲料を提供するものである。このため、本件特許発明の効果が奏されていることが確認できるのは、比較データとして、高麦芽比率かつ高糖質であり、ゲラニオールとシトロネロールの合計含有量が本件特許発明の技術的範囲外であるビールテイスト飲料と、高麦芽比率かつ低糖質であり、ゲラニオールとシトロネロールの合計含有量が本件特許発明の技術的範囲外であるビールテイスト飲料と、が必要である。
本件明細書において、本件特許発明の効果を奏することが具体的に示されているのは、麦芽比率51%であり、比較例1及び2がある実施例1〜10のみである。麦芽比率100%の実施例11は、比較対象が高糖質(糖質3.0g/100mL)でありかつゲラニオールとシトロネロールの合計含有量が2ppb未満である比較例3しかなく、低糖質(糖質0.3g/100mL)でありかつゲラニオールとシトロネロールの合計含有量が2ppb未満の比較例がない。このため、本件明細書の記載からは、麦芽比率100%の場合に、低糖質にしたら飲みやすさが低下するという課題自体が存在するのか、本件明細書の記載からは不明である。特に、本件特許発明の効果である「飲みやすさ」の定義が不明確であることから、実際の実験データがなければ、麦芽比率100%でゲラニオールとシトロネロールによる飲みやすさ改善効果が得られるのか、麦芽比率51%の実施例1〜10と同様の本件特許発明の効果を奏するかどうか、当業者には理解できない。
実際に、本件明細書の実施例12と実施例13のビールは、いずれも糖質濃度が0.3g/100mLの低糖質ビールであるが、後味の収斂味の抑制性の評価点は、麦芽比率が51%である実施例12は4.7であり、麦芽比率が100%である実施例13は4.9であり、麦芽比率が低い実施例12のビールのほうが、後味の収斂味が抑制されている(表2)。この結果は、本件明細書の段落【0013】の記載「低糖質のビールテイスト飲料において、麦芽比率を上げると、(中略)飲料を口の含んだ際に口の中を締め付けるような感じがする収斂味(しゅうれんみ)が強い飲料となってしまう。」と矛盾しており、この点からも、麦芽比率が51%以外のビールテイスト飲料では実験データによる裏付けがなく、実際に本件特許発明の課題が存在するかどうか、当業者には理解できない。
また、麦芽比率100%の実施例11と比較例3を比較すると、総ポリフェノール量が、比較例3では131ppmであるのに対して、実施例11では95ppmと低下している。ポリフェノールは後味収斂味の原因成分であることから、実施例11が比較例3よりも後味収斂味の抑制が改善されたのは、ゲラニオールとシトロネロールを添加した効果ではなく、単にポリフェノール量が低減しただけという可能性がある。同様に、アルコール度数は、比較例3は4.6%であるのに対して、実施例11は3.2%であり、実施例11が比較例3よりも飲みやすさが改善されているのは、ゲラニオールとシトロネロールを添加した効果ではなく、単にアルコール度数が低下しただけという可能性がある。つまり、実施例11と比較例3の記載のみからは、麦芽比率100%のビールテイスト飲料において、麦芽比率51%(実施例1〜10)でみられた本件特許発明の効果が奏されているかどうか、当業者には理解できない。
このように、本件明細書の記載から、本件特許発明の効果が奏されることが当業者に理解できるのは、麦芽比率51%のビールテイスト飲料のみである。

4 申立理由4(実施可能要件
本件特許の請求項1ないし8に係る特許は、上記3と同様の点で本件明細書において当業者が実施できるように記載されておらず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

5 証拠方法
甲第1号証:Zainasheff and Palmer、「BREWING CLASSIC STYLES 80 Winning Recipes Anyone Can Brew」、Brewers Association、2007年、第45〜47ページ
甲第2号証:Sharp et al.、「Contributions of Select Hopping Regimes to the Terpenoid Content and Hop Aroma Profile of Ale and Lager Beers」、Journal of the American Society of Brewing Chemists、2017年、第75巻、第2号、第93〜100ページ
甲第3号証:Takoi et al.、「Biotransformation of Hop-Derived Monoterpene Alcohols by Lager Yeast and Their Contribution to the Flavor of Hopped Beer」、Journal of Agricultural and Food Chemistry、American Chemical Society, 2010年、第58巻、第5050〜5058ページ
甲第4号証:国際公開第2014/196265号
甲第5号証:鏡勇吉ら「<ポピュラーサイエンスブックス>ビールの花 ホップ」、昭和60年12月25日、日本工業新聞社、第35〜50、100、101、187〜191ページ
甲第6号証:全巧玲ら、2013年、Food and Fermentation Industries、第39巻、第5号、第170〜175ページ
甲第7号証:MiNTEL ミンテルGNPD(世界新商品情報データベース)、Mintel Group Ltd、記録番号5511389、「Bighead No Carb Lager」、2018年3月掲載、[online][検索日:2022年9月28日]、インターネット
甲第8号証:特開2009−28007号公報
甲第9号証:吉田重厚、「英独和ビール用語辞典」、平成16年2月15日、財団法人日本醸造協会、第92〜93ページ
(以下、順に「甲1」のようにいう。)
証拠の表記は、特許異議申立書の記載におおむね従った。

第4 当審の判断
当審は、以下に述べるように、上記申立理由1ないし4にはいずれも理由がないと判断する。

1 申立理由1(甲1に基づく進歩性)について
(1)甲1に記載された事項等
ア 甲1に記載された事項
甲1には、おおむね次の事項が記載されている。なお、甲1は外国語文献のため訳文のみを摘記する。

・「ライト・アメリカン・ラガー

」(第45ページ、第10〜16行)

・「レシピ:アンダー−ストーン ライト
(略)
OG: 1.038 (9.5 °P)
FG: 1.007 (1.8°P)
ADF:81%
苦味価:10
色:2 SRM (5 EBC)
アルコール:4.1 % ABV (3.2% ABW)
煮沸:60 分
煮沸前容量: 7 gallons (26.5L)
煮沸前比重: 1.032 (8.1°P)



ホップ
ハラタウ 4.0% AA 60分 0.61 oz. (17g)

苦味価
10

酵母
White Labs WLP840 American Lager, Wyeast 2007 Pilsen Lager, 又はFermentis Saflager S-23」(第46ページ第16行〜第47ページ第10行)

・「オール・グレイン・オプション
ライト・エキス(Light LME:麦芽エキス)を6.8lbs.(3.08kg)のアメリカ産2条麦芽又は6条麦芽に置き換える。米シロップを1.7ポンド(0.77kg)のフレーク状にした米で代替する。149°F (65℃)でマッシュする。低いマッシュ温度とフレーク状の米の変換の必要性から、ほとんどの醸造家は完全な変換を得るために最低90分の休止時間を長くする必要がある。また、90分の煮沸を可能にするために、必要に応じて煮沸前の量を増やすと、ビール中のDMSを減少させることができる。」(第47ページ第18〜25行)

イ 甲1に記載された発明
アの事項を特にアンダー−ストーン ライトビールについて整理する。
甲1における「OG」がOriginal Gravityを意味し、ビール分析では「原麦汁濃度」を表すことは、甲9の第92〜93ページより明らかである。
してみると、甲1には次の発明(以下、「甲1発明という。」)が記載されていると認める。

<甲1発明>
「麦芽比率が79.4質量%であり、ハラタウ種ホップを麦汁に17/26.5 g/L添加して煮沸処理された後、酵母で発酵させて得られた、原麦汁濃度が9.5質量%であり、アルコール度数が4.1v/v%である、ライトビール。」

さらに、甲1には次の発明(以下、「甲1製法発明」という。)が記載されていると認める。

<甲1製法発明>
「甲1発明の製造方法であって、ハラタウ種ホップを麦汁に17/26.5 g/L添加して煮沸処理した後、酵母で発酵させる工程を有する方法。」

(2)本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「麦芽比率が79.4質量%であり」は、本件特許発明1の「麦芽比率が50質量%以上100質量%以下であり」に相当する。
甲1発明の「ライトビール」は、本件特許発明1の「ビールテイスト飲料」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「麦芽比率が50質量%以上100質量%以下である、ビールテイスト飲料。」
である点で一致し、以下の点(以下、「相違点1」という。)で相違する。

<相違点1>
本件特許発明1は、糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、且つ、テルペン類、ケトン類、及びチオール類から選ばれる少なくとも1種の成分(X)を含有し、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下であるのに対し、甲1発明は、糖質濃度が不明であり、且つ、テルペン類、ケトン類、及びチオール類から選ばれる少なくとも1種の成分(X)やゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を含有するかが不明である点。

イ 判断
上記相違点1について検討する。

甲1の記載及び他の証拠を見ても、甲1発明が相違点1に係る本件特許発明1の特定事項を満たすものではない。
そして、甲1発明は、上市された商品レシピであることからみて、そのレシピを変更する動機がない。
さらに検討するに、甲1の記載及び他の証拠を見ても、甲1発明のライトビールにおいて、糖質濃度を0.5g/100mL以下とすることや、糖質濃度が0.5g/100mL以下のビールテイスト飲料において後味の収斂味を抑制するためにゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を2質量ppb以上100質量ppb以下とすることは記載も示唆もされていない。

そして、本件特許発明1は、糖質濃度を0.5g/100mL以下とし、且つ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を2質量ppb以上100質量ppb以下とすることで、高麦芽比率であって低糖質のビールテイスト飲料を、飲みやすく、後味の収斂味が抑制されたものとするという、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項からみて当業者が予測することができる範囲を超えた顕著な効果を奏するものである。

したがって、本件特許発明1は、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件特許発明2ないし6について
本件特許発明2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものである。

したがって、本件特許発明2ないし6は、本件特許発明1と同様に、甲1発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)本件特許発明7について
本件特許発明7と甲1製法発明とを対比する。
本件特許発明7の「請求項1〜6のいずれか一項に記載のビールテイスト飲料」なる事項は、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件特許発明7の「請求項1〜6のいずれか一項に記載のビールテイスト飲料」なる事項と甲1製法発明とを対比すると、上記(2)アと同様に対比される。
甲1製法発明の「ハラタウ種ホップを麦汁に17/26.5 g/L添加して煮沸処理した後、酵母で発酵させる工程」は、本件特許発明7の「・工程(2):前記発酵原料液に酵母を添加して、アルコール発酵を行う工程。」に相当する。

そうすると、本件特許発明7と甲1製法発明とは、
「麦芽比率が50質量%以上100質量%以下である、ビールテイスト飲料の製造方法であって、下記工程(2)を有する、ビールテイスト飲料の製造方法。
・工程(2):前記発酵原料液に酵母を添加して、アルコール発酵を行う工程。」
である点で一致し、以下の点(以下、「相違点7−1」ないし「相違点7−2」という。)で相違する。

<相違点7−1>
本件特許発明7で製造するビールテイスト飲料は、糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、且つ、テルペン類、ケトン類、及びチオール類から選ばれる少なくとも1種の成分(X)を含有し、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下であるのに対し、甲1製法発明で製造するビールテイスト飲料は、糖質濃度が不明であり、且つ、テルペン類、ケトン類、及びチオール類から選ばれる少なくとも1種の成分(X)やゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を含有するかが不明である点。

<相違点7−2>
本件特許発明7は「・工程(1):水及び麦芽を含む混合物を糖化処理して発酵原料液を調製する工程。」を有するのに対し、甲1製法発明は水及び麦芽を含む混合物を糖化処理して発酵原料液を調製する工程を有するのかが不明である点。

上記相違点7−1は、上記(2)アの相違点1と同様であるから、相違点7−1についての判断は上記(2)イと同様である。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1製法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)本件特許発明8について
本件特許発明8は、請求項7を直接又は間接的に引用して特定するものであり、本件特許発明7の発明特定事項を全て有するものである。

したがって、本件特許発明8は、本件特許発明7と同様に、甲1製法発明並びに甲1及び他の証拠に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6)申立理由1についてのまとめ
上記のとおりであるから、申立理由1は、その理由がない。

2 申立理由2(明確性要件)について
(1)判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけでなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
これを踏まえ、以下検討する。

(2)判断
本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載自体に不明確な記載はなく、本件特許の発明の詳細な説明の記載とも整合する。
したがって、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎とすれば、本件特許発明1ないし8に関して、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。
よって、本件特許発明1ないし8は明確である。

(3)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、明細書の「飲みやすさ」が不明確である点をあげ、本件特許発明は明確性要件違反である旨主張する。しかしながら、上記(2)のとおり本件特許発明1ないし8はその発明特定事項そのものにおいて明確であるし、特許異議申立人が主張する「飲みやすさ」は発明特定事項ではないから、当該特許異議申立人の主張は上記判断に影響しない。

(4)申立理由2についてのまとめ
上記のとおりであるから、申立理由2は、その理由がない。

3 申立理由3(サポート要件)について
(1)判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
これを踏まえ、以下検討する。

(2)判断
本件特許の発明の詳細な説明(以下、「詳細な説明」という。)の【0004】、【0006】、【0013】〜【0014】によると、本件特許発明の解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、「麦芽由来の味わいが向上して飲みやすく、後味の収斂味が抑えられた、高麦芽比率であって低糖質のビールテイスト飲料を提供すること」である。
また、詳細な説明の【0081】〜【0084】において、麦芽比率が51%であり、糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下である実施例1ないし10が、麦芽比率が51%であり、糖質濃度が3.0g/100mLであり、成分(A)を含有しない比較例1よりも飲みやすさに優れること、及び、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下である実施例1ないし8が、麦芽比率、糖質濃度、原麦汁エキス濃度、総ポリフェノール量、及びアルコール度数が実施例1ないし8と同じで成分(A)を含有しない比較例2よりも後味の収斂味の抑制性に優れていたこと、並びに、麦芽比率が100%であり、糖質濃度が0.3g/100mLであり、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が24.7ppbである実施例11及び13が優れた飲みやすさ及び十分な後味の収斂味の抑制性を有することが確認されている。
そして、詳細な説明の【0021】に、「要件(I)は、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を含有し、成分(A)の含有量が2質量ppb以上である旨を規定している。上述の後味の収斂味が強いという問題は、本発明のように、50質量%以上と高麦芽比率であって、且つ、糖質濃度が0.5g/100mL以下と低糖質のビールテイスト飲料に対して、特に際立つ問題となり易い。この後味の収斂味が強いとの問題に対して、本発明の一態様では、麦芽比率が50質量%以上100質量%以下であり、糖質濃度が0.5g/100mL以下であるビールテイスト飲料において、上記要件(I)のとおり、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量を調整することで、より飲みやすく、後味の収斂味がより抑えられた飲料となるように調整している。」(なお、改行は省略した。)とあることから、上記の詳細な説明の【0081】〜【0084】において示されている、「ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下」とすることにより奏される効果は、「麦芽比率が50質量%以上100質量%以下であり、糖質濃度が0.5g/100mL以下であるビールテイスト飲料」において定性的に発揮されるものといえる。
そうすると、当業者は、「麦芽比率が50質量%以上100質量%以下であり、糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下」とすることで発明の課題を解決できると認識できる。
そして、本件特許発明は、前記条件を満足しているものである。
したがって、本件特許発明は、詳細な説明に記載された発明で、詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

(3)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、上記第3 3に記載のとおり、麦芽比率がともに100%である実施例11と比較例3との比較、及び、麦芽比率が51%である実施例12と麦芽比率が100%である実施例13との比較について縷々主張し、該主張を根拠として、詳細な説明の記載から本件特許発明の効果が奏されることが当業者に理解できるのは、麦芽比率51%のビールテイスト飲料のみであり、麦芽比率100%のビールテイスト飲料において、麦芽比率51%でみられた本件特許発明の効果が奏されているかどうか、当業者には理解できない旨主張する。

しかしながら、上記(2)で述べたように、当業者が発明の課題を解決できると認識できるものは、「麦芽比率が50質量%以上100質量%以下であり、糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下」であるものであるし、詳細な説明において、麦芽比率が100%である実施例11及び13が、優れた飲みやすさ及び十分な後味の収斂味の抑制性を有し、発明の課題を解決できることが確認されている。
そうすると、麦芽比率が100%の場合も「糖質濃度が0.5g/100mL以下であり、かつ、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)の含有量が2質量ppb以上100質量ppb以下」とすることで発明の課題を解決するものと当業者は十分理解できる。
そして、異議申立人の、実施例11と比較例3との比較、及び、実施例12と実施例13との比較に基づく上記主張は、麦芽比率100%のときに飲みやすさや後味の収斂味の抑制が発揮されないとまでいうものではないから、該主張は当該判断を左右するものではない。
なお、上記主張のうちの実施例12と実施例13との比較に基づく主張は、成分(X1)の含有量、総ポリフェノール量、及び、アルコール度数が相違する実施例12と実施例13との「後味の収斂味の抑制性」を単純に比較することはできない点、及び、表2において実施例12のビールのほうが後味の収斂味が抑制されているとし、該事項が詳細な説明の段落【0013】の記載と矛盾する、との説明に矛盾がある点でも採用できないことを付記する。
また、麦芽比率が100%のときに、麦芽比率が51%の場合とは異なり飲みやすさの改善や後味の収斂味の抑制が発揮されないとする特段の証拠はない。

したがって、特許異議申立人の上記主張を採用することはできない。

(4)申立理由3についてのまとめ
上記のとおりであるから、申立理由3は、その理由がない。

4 申立理由4(実施可能要件)について
(1)判断基準
本件特許発明1ないし6は、上記第2のとおり、「物」の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。
また、本件特許発明7ないし8は、上記第2のとおり、「物を生産する方法」の発明であるところ、物を生産する方法の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産する方法を使用し、その物を生産する方法により生産した物の使用をすることができる程度の記載があることを要する。
そこで、検討する。

(2)判断
詳細な説明には、本件特許発明1ないし8の各発明特定事項に関し、【0010】には麦芽比率の定義及び算定方法が記載され、【0012】には糖質濃度の定義及び算定方法が記載され、【0014】〜【0025】、【0031】〜【0040】、及び、【0042】には、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を含む成分(X)を構成するテルペン類、ケトン類、及びチオール類の含有量、及び、含有量の測定方法が記載され、【0041】及び【0067】〜【0078】には、ゲラニオール及びシトロネロールから選ばれる少なくとも1種の成分(A)を含む成分(X)を構成するテルペン類、ケトン類、及びチオール類のそれぞれの含有量を、各成分の添加量の調整、及び、各成分の含有量の多い原材料(例えばホップ等)の品種やその使用量、及び当該原材料の添加のタイミング等を調整することによって制御できること、及び、成分(A)及び成分(X)の含有量をビールテイスト飲料の製造途中でろ過やフィルタリング等を行うことによって調整してもよいことが記載され、【0043】には原麦汁エキス濃度の定義、測定方法、及び、好ましい数値範囲が記載され、【0044】〜【0047】には、総ポリフェノールの含有量の定義、好ましい数値範囲、測定方法、及び、調整方法が記載され、【0048】〜【0049】にはアルコール度数の定義及び調整方法が記載され、【0071】〜【0073】には、工程(1)の糖化処理工程、及び、該糖化処理工程において、温度及び時間を、使用する麦芽の種類や麦芽比率等や、ビールテイスト飲料の糖質濃度及びアルコール度数を調整する観点から適宜調製することが記載され、【0075】〜【0077】には、工程(2)のアルコール発酵を行う工程、及び、該アルコール発酵を行う工程において、発酵条件を、ビールテイスト飲料の糖質濃度及びアルコール度数を調整する観点から適宜設定することが記載され、【0049】には、ビールテイスト飲料を、良質な味わいを有し、ビールらしいビールテイスト飲料とする観点から、スピリッツを含有しないことが好ましいことが記載されている。
そして、詳細な説明の【0080】〜【0087】には、酵素の種類、添加量及び添加のタイミング、糖化液を調製する際の各温度領域の設定温度及び保持時間等を適宜設定し、所定の糖質濃度、総ポリフェノール量及びアルコール度数となるように調整し、成分(A)及び/又は成分(X)を適宜添加して所定の量となるように調整した、具体的な実施例や比較例の記載もある。
してみれば、本件特許発明1ないし6、及び、本件特許発明7ないし8は、上記(1)に掲げる実施可能要件における判断基準を充足するものといえる。

(3)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、麦芽比率が100%のビールテイスト飲料の実施例11と比較例3との比較、及び、麦芽比率が51%である実施例12と麦芽比率が100%である実施例13との比較について縷々主張し、該主張を根拠として、本件明細書の記載から、本件特許発明の効果が奏されることが当業者に理解できるのは、麦芽比率51%のビールテイスト飲料のみであり、麦芽比率100%のビールテイスト飲料において、麦芽比率51%でみられた本件特許発明の効果が奏されているかどうか、当業者には理解できない点をあげ、本件特許発明は実施可能要件違反である旨主張する。
しかしながら、実施可能要件については上記(2)で挙げるような記載があることからみて、麦芽比率が51%以外の部分においても、当業者であれば実施できるものと判断される。よって、当該特許異議申立人の主張は上記判断に影響しない。

(4)申立理由4についてのまとめ
上記のとおりであるから、申立理由4は、その理由がない。

第5 むすび
したがって、特許異議申立人の主張する申立理由によっては、本件特許の請求項1ないし8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-12-12 
出願番号 P2020-058724
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C12C)
P 1 651・ 121- Y (C12C)
P 1 651・ 537- Y (C12C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 ▲吉▼澤 英一
特許庁審判官 植前 充司
三上 晶子
登録日 2022-03-18 
登録番号 7043535
権利者 サントリーホールディングス株式会社
発明の名称 ビールテイスト飲料  
代理人 石原 俊秀  
代理人 古橋 伸茂  
代理人 小林 浩  

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