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審決分類 審判 全部申し立て 発明同一  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1396296
総通号数 16 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-10-06 
確定日 2023-04-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第7067578号発明「鋼板、及び鋼板と部材の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7067578号の請求項1〜8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7067578号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜8に係る特許についての出願は、令和 2年 2月27日(優先権主張 平成31年 2月28日)の出願(特願2020−31987号。以下、「本願」という。)であって、令和 4年 5月 6日にその特許権の設定登録がなされ、同年 5月16日にその特許掲載公報が発行されたものであり、その後、同年10月 6日に、特許異議申立人 金田 綾香(以下、「申立人」という。)により、本件特許の請求項1〜8(全請求項)に係る特許に対して特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜8に係る発明は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜8に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、請求項1〜8に記載された発明を、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明8」という。また、これらを総称して「本件発明」という。)。
なお、請求項6における「浴湯」は、「溶湯」の誤記と認める。

「【請求項1】
質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
Cr:0.01%以上1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有し、
ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、
前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、
前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、
前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である鋼板。
【請求項2】
前記成分組成は、さらに、質量%で、B:0.0005%以上0.01%以下を含有する請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記成分組成は、さらに、質量%で、Ni及びMoのうちの1種以上を合計で0.01%以上0.5%以下含有する請求項1又は請求項2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記成分組成は、さらに、質量%で、Sb、Sn、Bi、Ge、Te及びSeのうちの1種以上を合計で0.002%以上0.03%以下含有する請求項1から請求項3までのいずれか一項に記載の鋼板。
【請求項5】
前記成分組成は、さらに、質量%で、Nb、Ti及びVのうちの1種以上を合計で0.001%以上0.05%以下含有する請求項1から請求項4までのいずれか一項に記載の鋼板。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずか一項に記載の成分組成を有する溶湯を、精錬終了後に、鋳込み開始温度から900℃まで100℃/s以上の平均冷却速度で冷却して厚さ1.0mm以上8.0mm以下の鋼板として凝固させ、
前記鋼板を800℃から600℃まで30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、
前記冷却後の前記鋼板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で一次焼鈍を行い、圧下率:30〜70%で冷間圧延して冷延板とし、
前記冷延板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で二次焼鈍を行う、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織を有し、ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記凝固後の鋼板を、前記凝固後の冷却前に、圧延率:50%以下で熱間圧延を行う請求項6に記載の鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は請求項7に記載の鋼板の製造方法によって製造された鋼板に対して、成形加工及び熱処理の少なくとも一方を施す工程を有する部材の製造方法。」

第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1号証〜甲第13号証を提出し、以下の申立理由1〜5により、本件特許の請求項1〜8に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。
1 申立理由1(拡大先願)
本件発明1〜3、5は、本願の優先日前の日本語特許出願であって、本願優先日後に特許掲載公報の発行がされた甲第1号証に係る日本語特許出願(PCT/JP2018/036950、特願2019−516719号)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本願の発明者がその優先日前の日本語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本願の出願の時にその出願人と上記日本語特許出願の出願人とが同一でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである(同法184条の13参照)。
したがって、本件発明1〜3、5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
2 申立理由2(拡大先願)
本件発明1〜5は、本願の優先日前の日本語特許出願であって、本願優先日後に特許掲載公報の発行がされた甲第2号証に係る日本語特許出願(PCT/JP2018/032111、特願2019−518330号)の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本願の発明者がその優先日前の日本語特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また、本願の出願の時にその出願人と上記日本語特許出願の出願人とが同一でもないので、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものである(同法184条の13参照)。
したがって、本件発明1〜5に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
3 申立理由3(新規性進歩性
本件発明6〜8は、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明6〜8は、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明に基いて、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件発明6〜8に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
4 申立理由4(新規性進歩性
本件発明1〜5は、甲第4号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明1〜5は、甲第4号証に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
本件発明6〜8は、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。また、本件発明6〜8は、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本件発明1〜8に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
5 申立理由5(サポート要件)
本件発明1〜8に係る特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。
6 証拠方法
・甲第1号証:特許第6587038号公報
(甲第1号証に係る国際出願の公開番号:国際公開第2020/070810号)
・甲第2号証:特許第6583588号公報
(甲第2号証に係る国際出願の公開番号:国際公開第2019/044970号)
・甲第3号証:特開2002−309345号公報
・甲第4号証:国際公開第2018/055687号
・甲第5号証:特表2004−508944号公報
・甲第6号証:特表2009−503259号公報
・甲第7号証:特表2015−515543号公報
・甲第8号証:特表2015−516504号公報
・甲第9号証:特表2015−516505号公報
・甲第10号証:特表2015−528858号公報
・甲第11号証:武智弘、外2名、”薄肉CCプロセスメタラジーの今後の展開”、日本金属学会会報、社団法人日本金属学会、1990年 6月20日、第29巻、第6号、p.413−421
・甲第12号証:伊藤幸良、”連続鋳造技術の進歩と連鋳材の品質”、鉄と鋼、社団法人日本鉄鋼協会、昭和61年 9月 1日、第72巻、第11号、p.1667−1673
・甲第13号証:松下俊郎、外3名、”双ロール式ストリップキャスタの開発と商用化”IHI技報、株式会社IHI、平成20年6月、第48巻、第2号、p.77−84

第4 本願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の記載事項
1 本件明細書には、以下の事項が記載されている。なお、「・・・」は記載の省略を表すものであって、以下同様である。
(1)「【0001】
本発明は、冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性に優れた鋼板、部材及びそれらの製造方法に関する。」
(2)「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された技術では、ファインブランキング加工性についてしか言及されておらず、プレス成形等の厳しい加工が必要な自動車用部品等には不適である。
【0007】
本発明は、上記問題を解決し、従来よりも優れた冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性を有する鋼板、部材及びそれらの製造方法を提供することを目的とする。」
(3)「【0012】
鋼板の成分組成、ミクロ組織、製造条件の順で説明する。なお、成分組成の含有量の単位である「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味するものとする。
【0013】
1)成分組成
C:0.15%以上0.70%以下
Cは、焼入れ後の強度を得るために重要な元素である。C含有量が0.15%未満の場合、部品形状に成形した後の熱処理によって所望の硬さが得られないため、C含有量は0.15%以上とする。より優れた焼入れ硬さを得るには、C含有量は0.20%以上とすることが好ましい。一方、C含有量が0.70%を超えると硬質化し、靭性や冷間加工性が劣化する。したがって、C含有量は0.70%以下とする。強加工を必要とする部品に用いられる場合には、冷間加工性を確保する観点から、C含有量を0.50%以下とすることが好ましい。
【0014】
Si:0.01%以上0.80%以下
Siは焼戻しに伴う軟化を抑制する効果があるとともに、固溶強化により強度を上昇させる元素である。Si含有量の増加とともに硬質化し、冷間加工性が劣化するため、Si含有量は0.80%以下とする。好ましくは0.60%以下である。一方、過度にSi含有量を低減すると、Siの焼き戻し軟化抑制の効果が得にくくなるため、Si含有量は0.01%以上とする。
【0015】
Mn:0.3%以上0.8%以下
Mnは焼入れ性を向上させるとともに、固溶強化により強度を上昇させる元素である。Mn含有量が0.8%を超えると、Mnの偏析に起因したバンド組織が発達し、組織が不均一になるため、冷間加工性が低下する。したがって、Mn含有量は0.8%以下とする。好ましくは0.6%以下である。一方、Mn含有量が0.3%未満になると焼入れ性が低下し始めるため、Mn含有量は0.3%以上とする。
【0016】
P:0.03%以下
Pは冷間加工性及び焼入れ後の靭性を低下させる元素であり、0.03%を超えて含有すると粒界脆化を招き、焼入れ後の靭性が劣化する。したがって、P含有量は0.03%以下とする。優れた焼入れ後の靭性を得るには、P含有量は0.02%以下が好ましい。P含有量は少ないほど好ましいが、過度にP含有量を低減すると精錬コストが増大するため、P含有量は0.002%以上が好ましい。
【0017】
S:0.01%以下
S含有量が0.01%を超えると、硫化物を形成し、鋼板の冷間加工性及び焼入れ後の靭性が著しく劣化する。したがって、S含有量は0.01%以下とする。優れた冷間加工性及び焼入れ後の靭性を得るには、S含有量は0.005%以下が好ましい。S含有量は少ないほど好ましいが、過度にSを低減すると精錬コストが増大するため、S含有量は0.0002%以上が好ましい。
【0018】
sol.Al:0.10%以下
sol.Al含有量が0.10%を超えると、焼入れ処理の加熱時にAlNが生成してオーステナイト粒が微細化し、冷却時にフェライト相の生成が促進され、組織がフェライトとマルテンサイトとなり、焼入れ後の硬さが低下する。したがって、sol.Al含有量は0.10%以下とし、好ましくは0.06%以下とする。Alは溶鋼中にアルミナ系介在物を形成し、鋳造時のノズル詰まりの要因となるため、sol.Al含有量は少ないほど好ましく、下限は特に規定しないが、精錬コスト増大の観点から、sol.Al含有量は0.001%以上が好ましい。
【0019】
N:0.01%以下
N含有量が0.01%を超えると、AlNの形成により焼入れ処理の加熱時にオーステナイト粒が微細化し、冷却時にフェライト相の生成が促進され、焼入れ後の硬さが低下する。したがって、N含有量は0.01%以下とする。なお、下限は特に規定しないが、NはAlN、Cr系窒化物及びMo系窒化物を形成し、これにより焼入れ処理の加熱時にオーステナイト粒の成長を適度に抑制し、焼入れ後の靭性を向上させる元素であるため、N含有量は0.0005%以上が好ましい。
【0020】
Cr:0.01%以上1.0%以下
Crは焼入れ性を高める重要な元素であり、Cr含有量が0.01%未満の場合、十分な効果が認められないため、Cr含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.3%以上である。一方、Cr含有量が1.0%を超えると、焼入れ前の鋼板が硬質化して冷間加工性が損なわれるため、1.0%以下とする。なお、プレス成形の難しい高加工を必要とする部品を加工する際にはより一層優れた冷間加工性を必要とするため、0.8%以下が好ましい。
【0021】
上記成分が本発明の必須成分である。なお、本発明において、必要に応じて以下の元素を含有しても良い。
【0022】
B:0%以上0.01%以下
Bは焼入れ性を高める重要な元素であり、0.01%以下添加することが好ましい。B含有量が0.01%を超えると、仕上げ圧延後のオーステナイトの再結晶化が遅延する。この結果、熱延鋼板の圧延集合組織が発達し、焼鈍後の鋼板の機械特性値の面内異方性が大きくなる。これにより、絞り成形において耳が発生しやすくなり、また真円度が低下して、成形時に不具合を生じやすくなる。このため、含有する場合は、B含有量を0.01%以下とすることが好ましい。なお、Bが0%でも本発明の効果は得られるので、Bは0%でもよい。一方、本発明の熱間圧延における仕上げ圧延後の冷却速度の条件のもとでは、B含有量が0.0005%未満の場合、フェライト変態を遅延させる固溶B含有量が不足するため、十分な焼入れ性向上効果が得られない場合がある。よって、含有する場合は、B含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。より好ましくは0.0010%以上である。
【0023】
Ni及びMoのうちの1種以上を合計で0.01%以上0.5%以下
Ni、Moは焼入れ性を高める重要な元素であり、Cr含有のみでは焼入れ性が不十分な場合に焼入れ性を向上させる。また、焼戻し軟化抵抗を抑制する効果を有する。このような効果を得るため、含有する場合は、合計の含有量を0.01%以上とすることが好ましい。一方、Ni、Moのうちの1種以上を合計で0.5%を超えて含有すると、焼入れ前の鋼板が硬質化して冷間加工性が損なわれる可能性があるため、含有する場合は合計で0.5%以下とすることが好ましい。なお、プレス成形の難しい高加工を必要とする部品を加工する際にはより一層優れた冷間加工性を必要とするため、合計で0.3%以下がより好ましい。
【0024】
Sb、Sn、Bi、Ge、Te及びSeのうち1種以上を合計で0.002%以上0.03%以下
Sb、Sn、Bi、Ge、Te及びSeは表層からの浸窒抑制に重要な元素である。これら元素のうち1種以上の合計の量が0.002%未満の場合、十分な効果が認められない。このため、含有する場合は合計で0.002%以上とすることが好ましい。一方、これらの元素を合計で0.03%を超えて含有しても、浸窒防止効果は飽和する。また、これらの元素は粒界に偏析する傾向があり、これらの元素の含有量を合計で0.03%超えとすると、含有量が多くなりすぎて、粒界脆化を引き起こす可能性がある。したがって、Sb、Sn、Bi、Ge、Te及びSeのうち1種以上の合計は0.03%以下とすることが好ましい。より好ましくは、合計で0.005%以上0.02%以下である。また、このように浸窒を抑制できるため、鋼板中にBを含有する場合において、焼入れ性向上に寄与する固溶BがBNとして窒化物を形成するのを抑制する効果がある。
【0025】
Nb、Ti及びVのうちの1種以上を合計で0.001%以上0.05%以下
Nb、Ti及びVは、Nと窒化物を形成することにより耐摩耗性の向上に寄与するとともに、鋼板中にBを含有する場合において、焼入れ性向上に寄与する固溶BがBNとして窒化物を形成するのを抑制する効果がある。このような効果を得るため、含有する場合は、合計で0.001%以上とすることが好ましい。一方、Nb、Ti及びVのうちの1種以上を合計で0.05%を超えて含有すると、炭化物等の析出物を生成し、焼入れ前の鋼板が硬質化して冷間加工性が損なわれる可能性があるため、合計で0.05%以下とすることが好ましい。より好ましくは、0.03%以下である。
【0026】
上記した成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物からなる。また、上記任意成分を成分組成に下限未満で含む場合、下限未満で含まれる任意成分は、不可避的不純物に含まれるものとする。また、不可避的不純物としては、O:0.005%以下、Mg:0.003%以下、が許容できる。また、本発明の効果を損なわない成分として、Cu:0.04%以下を含有することができる。」
(4)「【0027】
2)ミクロ組織
本発明の鋼板は、フェライトと炭化物を含むミクロ組織を有する。フェライトと炭化物以外に、ベイナイトやマルテンサイト、パーライトなどの残部組織を体積の割合で10%を超えて含む場合、冷間加工性及び打ち抜き性が損なわれるため、フェライト及び炭化物の占める体積の割合は、ミクロ組織全体に対して90%以上とする。好ましくは95%以上である。フェライトと炭化物の占める割合の体積の割合は高い方が好ましく、上限は特に規定されないが、当該割合を99%超えにするためには長時間の焼鈍が必要になるため、当該割合は好ましくは99%以下である。
【0028】
フェライトの平均粒径が5μm以上
フェライトの平均粒径が5μm未満の場合、鋼板が著しく硬化し、冷間加工性及び打ち抜き性が低下するため、フェライトの平均粒径は5μm以上とする。好ましくは8μm以上である。本発明の効果を得る観点からは、フェライトの平均粒径の上限は特に規定されないが、過度にフェライトの平均粒径が大きくなると靱性が低下するため、フェライトの平均粒径は30μm以下が好ましい。
【0029】
炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上
炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合(以下、「球状化率」ともいう。)が80%未満では、硬質化するうえ、冷間加工性及び打ち抜き性が低下する。このため、本発明では、十分な冷間加工性及び打ち抜き性を確保するために、炭化物の球状化率を80%以上に限定した。なお、本発明の効果を得る観点からは、球状化率の上限は特に規定されないが、球状化率を大きくするためには長時間の焼鈍が必要になるため、好ましくは90%以下である。
【0030】
炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上
フェライト粒界に存在する炭化物は、冷間加工性を劣化させる。これは、加工歪が加わった際にフェライト粒界上に存在する炭化物間でボイドがより連結しやすく、延性が低下するためと考えられる。よって本発明では、炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合を60%以上に限定した。好ましくは70%以上である。本発明の効果を得る観点からは、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合の上限は特に規定されないが、炭化物はフェライト粒界上に生成しやすく、80%以下になることが多い。
【0031】
なお、走査電子顕微鏡により、鋼板の圧延方向断面のミクロ組織中のフェライト粒及び炭化物を観察すると、フェライト粒の粒界に重なる位置に存在する炭化物と、フェライト粒の粒界に重ならない位置に存在する炭化物が存在する。本発明では、フェライト粒の粒界に重ならない位置に存在する炭化物を、フェライト粒内の炭化物と定義している。」
(5)「【0043】
本発明の鋼板は、冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性に優れている。また、本発明の鋼板を用いて得た部材は、焼入れ後の鋼板表層の硬さに優れるので、耐摩耗性に優れている。また、部材を製造する際に、打ち抜き加工する場合には、打ち抜きする際に使用する工具(金型)を高寿命化することができる。本発明の部材は、例えば、ギア、ミッション、シートリクライナーなどの自動車部品に好適に用いることができる。」
(6)「【実施例】
【0045】
表1に示す化学成分組成を有する鋼を精錬後、表2−1に示す条件で鋳造及び熱間圧延を行い、厚さ1.5mm〜10.0mmの鋼板とした。なお、鋳込み開始温度は、それぞれの鋼の融点+100℃以上とした。次いで、鋼板表面に生じたスケールを除去し、表2−1に示す条件の一次焼鈍、冷間圧延、二次焼鈍を行い、厚さ0.75mm〜5.0mmの鋼板とした。各鋼板の板厚は表2−2に示す。なお、一次焼鈍及び二次焼鈍は窒素雰囲気中にて行った。このようにして製造した鋼板について、下記に示す方法で、ミクロ組織、冷間加工性、打ち抜き性、焼入れ性を調査した。これらの結果を表3に示す。なお、熱間圧延率及び冷間圧延率で「−」と記載している製造条件は、圧延を行っていないことを意味する。
【0046】
なお、表1に示すAc1変態点は、フォーマスター試験機にて、円柱状の試験片(直径3mm×高さ10mm)を用いて、加熱時の体積変化を測定することにより、フェライトからオーステナイトに変態を開始する温度(Ac1変態点)を求めた。
【0047】
ミクロ組織
鋼板の板幅中央部から切断して採取した試料を板厚1/4位置まで研磨後、ナイタール腐食を施し、走査電子顕微鏡を用いて圧延方向断面の組織を観察した。走査電子顕微鏡写真に対して次に示す画像解析処理を行い、フェライト及び炭化物以外の残部組織の体積率、平均フェライト粒径、炭化物の球状化率、及びフェライト粒内の炭化物の割合を求めた。なお、それぞれの値には、異なる3視野の走査電子顕微鏡写真に対して画像解析処理を行って得られた値の算術平均値を用いた。
【0048】
走査電子顕微鏡写真に対して、画像解析ソフトを用いてフェライトと炭化物及び残部組織の二値化処理を行い、全体の面積に対して残部組織の面積が占める割合を、フェライト及び炭化物以外の残部組織の体積率として求めた。また、100%から残部組織の体積率(%)を引いた値を、ミクロ組織全体に対するフェライト及び炭化物の体積の割合(%)とした。
【0049】
平均フェライト粒径は、JIS G 0551に定められた結晶粒度の評価方法(切断法)を用いて測定した値を用いた。
【0050】
走査電子顕微鏡写真に対して、画像解析ソフトを用いてフェライトと炭化物の二値化処理を行い、さらに画像処理ソフトImage Jを用いて各炭化物のアスペクト比を求め、炭化物の総数に対してアスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合(炭化物の球状化率)を求めた。
【0051】
また、走査電子顕微鏡写真において、フェライト粒内に存在する炭化物と粒界上に位置する炭化物とを区別し、炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合を求めた。
【0052】
冷間加工性
冷間加工性を評価するため、鋼板からJIS13B号引張試験片を採取し、島津製作所社製 AG−IS250kNを用いて、クロスヘッド速度10mm/minでJIS Z2241(2011)の規定に準拠した引張試験を行い、突合せ伸び(%)を求めた。本発明では、30%以上の突合せ伸びを有する試料を優れた冷間加工性を有するとした。
【0053】
打ち抜き性
打ち抜き性を評価するため、打ち抜きに使用した工具(金型)の寿命を評価した。ファインブランク加工における打ち抜き回数が30000回に達した時点での打ち抜きサンプル(打ち抜き面)の表面粗さRaを測定し、サンプル表面の表面粗さが16μm以下を評価Aランク、16μm超えを評価Bランクとした。本発明では、評価Aランクであった試料を優れた打ち抜き性を有するとした。
【0054】
焼入れ性(焼入れ後硬さ)
上記鋼板に対してせん断加工を施して部材を製造し、当該部材をソルトバスにて925℃で30minの等温保持後、水冷を行った。この熱処理を行った部材から切断して採取した試料を研磨後、圧延方向断面の鋼板表面から板厚方向に板厚×1/4の距離の位置に対して、荷重1.0kgfでビッカース硬さを測定し、HV430以上のビッカース硬さを有する試料を評価Aランク、HV430未満のビッカース硬さを有する試料を評価Bランクとした。本発明では、評価Aランクであった試料を優れた焼入れ性を有するとした。
【0055】
【表1】

【0056】
【表2ー1】

【0057】
【表2ー2】

【0058】
【表3】

【0059】
表3に示すように、発明例のNo.1、3、5、7、9、11は、いずれも優れた冷間加工性、打ち抜き性及び優れた焼入れ性を示した。
【0060】
これに対して、比較例のNo.2は、鋳込み開始から900℃までの平均冷却速度が遅く、微細な鋳造組織を得ることができなかったため、最終組織における平均フェライト粒径及びフェライト粒内の炭化物の割合が小さくなり、冷間加工性及び打ち抜き性に劣っていた。
【0061】
比較例のNo.4は、800℃から600℃までの平均冷却速度が遅く、フェライト粒内に存在する炭化物の割合が小さくなったことから、冷間加工性に劣っていた。
【0062】
比較例のNo.8は、冷間圧延率が小さく、二次焼鈍におけるフェライトの再結晶が不十分となり、冷間加工性及び打ち抜き性に劣っていた。
【0063】
比較例のNo.10は、冷間圧延率及び二次焼鈍を行わなかったため組織が微細となり、冷間加工性及び打ち抜き性に劣っていた。
【0064】
比較例のNo.6、12は、一次焼鈍又は二次焼鈍における焼鈍温度が高かったため焼鈍時にオーステナイトの逆変態が生じ、最終組織に粗大なパーライトが生じたため打ち抜き性に劣っていた。
【0065】
比較例のNo.13、15は、C量又はMn量が少なく、焼入れ性に劣っていた。
【0066】
比較例のNo.14、16、17は、C量、Si量、Mn量、又はCr量のいずれかが過多であったため硬質化し、冷間加工性に劣っていた。」

第5 甲第1号証〜甲第13号証の記載事項
1 甲第1号証の記載事項
甲第1号証は、特許第6587038号公報であるところ、甲第1号証に係る日本語特許出願の請求項1及び段落[0011]は、審査段階で補正がされているため、甲第1号証の記載は、甲第1号証に係る日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面の記載とは一致しない。
そこで、ここでは、甲第1号証に係る国際出願の国際公開(国際公開第2020/070810号)に基づいて、甲第1号証に係る日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面の記載を摘記する。
甲第1号証に係る国際出願の国際公開(国際公開第2020/070810号)には、「浸炭用鋼板、及び、浸炭用鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「[請求項1]
質量%で、
C:0.02%以上0.30%未満
Si:0.005%以上0.5%以下
Mn:0.01%以上3.0%以下
P:0.1%以下
S:0.1%以下
sol.Al:0.0002%以上3.0%以下
N:0.0001以上0.035%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
フェライトの平均結晶粒径が、10μm未満であり、
炭化物の平均円相当直径が、5.0μm以下であり、
アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して80%以上であり、
フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して60%以上であり、
鋼板の最表面から深さ方向に50μmまでの領域における平均窒素濃度が、0.040質量%以上0.200質量%以下である、浸炭用鋼板。
[請求項2]
残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Cr:0.005%以上3.0%以下
Mo:0.005%以上1.0%以下
Ni:0.010%以上3.0%以下
Cu:0.001%以上2.0%以下
Co:0.001%以上2.0%以下
Nb:0.010%以上0.150%以下
Ti:0.010%以上0.150%以下
V:0.0005%以上1.0%以下
B:0.0005%以上0.01%以下
の1種又は2種以上を更に含有する、請求項1に記載の浸炭用鋼板。
[請求項3]
残部のFeの一部に換えて、質量%で、
W:1.0%以下
Ca:0.01%以下
の少なくとも何れかを更に含有する、請求項1又は2に記載の浸炭用鋼板。」
(2)「技術分野
[0001] 本発明は、浸炭用鋼板、及び、浸炭用鋼板の製造方法に関する。」
(3)「発明が解決しようとする課題
[0007] 上述したような機械構造部品は、強度を高めるために焼入れ性が求められる。すなわち、機械構造部品に用いられる素材には、焼入れ性を維持しつつも、成形性を確保することが求められる。更に、浸炭後の機械構造部品については、耐衝撃特性(特に、浸炭後の靭性)が求められる。
[0008] しかしながら、上記特許文献1の炭化物のミクロ組織制御を主体とする製造方法では、冷間加工により導入され得る亀裂を起点とする耐衝撃特性を改善することは可能であるが、浸炭後の靭性向上については効果が望めない。また、上記特許文献2で提案されている炭化物及びフェライトのミクロ組織制御を主体とする製造方法では、成形性は改善されるが、自動車のトルクコンバーターのダンパー等のような耐衝撃性が高いレベルで求められる特定の自動車部品に適用する場合、より優れた靭性を得るために、未だ改善の余地があった。更に、上記特許文献3で提案されている技術を用いることで成形性は改善されるものの、自動車のトルクコンバーターのダンパー等のような耐衝撃性が高いレベルで求められる特定の自動車部品に適用する場合、より優れた靭性を得るために、未だ改善の余地があった。このように、従来提案されている技術では、浸炭用鋼板の成形性、焼入れ性を担保しながら、浸炭後の十分な靭性を得ることには未だ改善の余地があり、そのため、特にトルクコンバーターのダンパー部品等といった、耐衝撃性が高いレベルで求められる特定の自動車部品に対して、より好適に適用できる浸炭用鋼板が希求されていた。
[0009] そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、成形性、及び、浸炭後の靭性により優れた浸炭用鋼板とその製造方法を提供することにある。」
(4)「[0023](浸炭用鋼板について)
まず、本発明の実施形態に係る浸炭用鋼板について、詳細に説明する。
本実施形態に係る浸炭用鋼板は、以下で詳述するような所定の化学成分を有している。加えて、本実施形態に係る浸炭用鋼板は、炭化物の平均円相当直径が、5.0μm以下であり、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して80%以上であり、フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して60%以上であり、かつ、鋼板の最表面から深さ方向に50μmまでの領域における窒素濃度が、0.040質量%以上0.200質量%以下であるという、特定のミクロ組織を有している。これにより、本実施形態に係る浸炭用鋼板は、焼入れ性を維持しつつ、より一層優れた成形性及び浸炭後の靭性を示すようになる。
[0024]<浸炭用鋼板の化学成分について>
まず、本実施形態に係る浸炭用鋼板の板厚中央部における化学成分について、詳細に説明する。なお、以下の説明において、化学成分に関する「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
[0025][C:0.02%以上0.30%未満]
C(炭素)は、最終的に得られる浸炭部材における板厚中央部の強度を確保するために必要な元素である。また、浸炭用鋼板において、Cは、フェライトの粒界に固溶して粒界の強度を上昇させ、曲げ性の向上に寄与する元素である。
[0026] Cの含有量が0.02%未満である場合には、上記のような曲げ性の向上効果が得られない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Cの含有量は、0.02%以上とする。Cの含有量は、好ましくは0.05%以上である。一方、Cの含有量が0.30%以上となる場合には、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、曲げ性が劣化する。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Cの含有量は、0.30%未満とする。Cの含有量は、好ましくは0.20%以下である。また、曲げ性及び焼入れ性のバランスを考慮すると、Cの含有量は、0.10%以下であることが更に好ましい。
[0027][Si:0.005%以上0.5%以下]
Si(ケイ素)は、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用をなす元素である。Siの含有量が0.005%未満である場合には、溶鋼を十分に脱酸することができない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Siの含有量は、0.005%以上とする。Siの含有量は、好ましくは0.01%以上である。一方、Siの含有量が0.5%を超える場合には、炭化物に固溶したSiが炭化物を安定化させて、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、曲げ性が損なわれる。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Siの含有量は、0.5%以下とする。Siの含有量は、好ましくは0.3%以下である。
[0028][Mn:0.01%以上3.0%以下]
Mn(マンガン)は、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用をなす元素である。Mnの含有量が0.01%未満である場合には、溶鋼を十分に脱酸することができない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Mnの含有量は、0.01%以上とする。Mnの含有量は、好ましくは0.1%以上である。一方、Mnの含有量が3.0%を超える場合には、炭化物に固溶したMnが炭化物を安定化させて、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、曲げ性の劣化を招く。そのため、Mnの含有量は、3.0以下とする。Mnの含有量は、好ましくは2.0%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
[0029][P:0.1%以下]
P(リン)は、フェライトの粒界に偏析して、曲げ性を劣化させる元素である。Pの含有量が0.1%を超える場合には、粒界の強度が著しく低下して、曲げ性が劣化する。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Pの含有量は、0.1%以下とする。Pの含有量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。なお、Pの含有量の下限は、特に限定しない。ただし、Pの含有量を0.0001%未満まで低減させると、脱Pコストが大幅に上昇して、経済的に不利になる。そのため、実用鋼板上、Pの含有量は、0.0001%が実質的な下限となる。
[0030][S:0.1%以下]
S(硫黄)は、介在物を形成して、曲げ性を劣化させる元素である。Sの含有量が0.1%を超える場合には、粗大な介在物が生成し曲げ性が低下する。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Sの含有量は、0.1%以下とする。Sの含有量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。なお、Sの含有量の下限は、特に限定しない。ただし、Sの含有量を0.0005%未満まで低減させると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、実用鋼板上、Sの含有量は、0.0005%が実質的な下限となる。
[0031][sol.Al:0.0002%以上3.0%以下]
Al(アルミニウム)は、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用をなす元素である。Alの含有量が0.0002%未満である場合には、溶鋼を十分に脱酸することができない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Alの含有量(より詳細には、sol.Alの含有量)は、0.0002%以上とする。Alの含有量は、好ましくは0.0010%以上であり、より好ましくは0.0050%以上であり、更に好ましくは0.010%以上である。一方、Alの含有量が3.0%を超える場合には、粗大な酸化物が生成して曲げ性が損なわれる。そのため、Alの含有量は、3.0%以下とする。Alの含有量は、好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.2%以下であり、より一層好ましくは0.05%以下である。
[0032][N:0.0001%以上0.035%以下]
本実施形態に係る浸炭用鋼板において、N(窒素)の含有量は、0.035%以下である必要がある。なお、ここで定義するNの含有量は、鋼板の板厚方向の全体にわたって存在するNの平均値(Nの含有量の板厚方向の平均値)である。Nの含有量が0.035%を超える場合には、浸炭用鋼板の板厚方向全体にわたって窒化物が多量に析出してしまい、所望の曲げ性を得ることが困難となる。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Nの含有量は、0.035%以下とする。Nの含有量は、好ましくは0.030%以下であり、より好ましくは0.020%以下であり、更に好ましくは0.010%以下である。Nの含有量の下限は、特に限定しない。ただし、Nの含有量を0.0001%未満まで低減させると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、実用鋼板上、Nの含有量は、0.0001%が実質的な下限となる。また、鋼板表層に窒素を十分含有させることを考慮すれば、Nの含有量は、0.0020%以上としてもよい。
[0033][Cr:0.005%以上3.0%以下]
Cr(クロム)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して浸炭後の靭性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Crを含有させてもよい。Crを含有させる場合、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Crの含有量を0.005%以上とすることが好ましい。Crの含有量は、より好ましくは0.010%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Crの含有量は、3.0%以下とすることが好ましい。Crの含有量は、より好ましくは2.0%以下であり、更に好ましくは1.6%以下である。
[0034][Mo:0.005%以上1.0%以下]
Mo(モリブデン)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して浸炭後の靭性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Moを含有させてもよい。Moを含有させる場合、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Moの含有量を0.005%以上とすることが好ましい。Moの含有量は、より好ましくは0.010%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Moの含有量は、1.0%以下とすることが好ましい。Moの含有量は、より好ましくは0.8%以下である。
[0035][Ni:0.010%以上3.0%以下]
Ni(ニッケル)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して浸炭後の靭性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Niを含有させてもよい。Niを含有させる場合、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Niの含有量を0.010%以上とすることが好ましい。Niの含有量は、より好ましくは0.050%以上である。また、Niがフェライトの粒界に偏析する影響を考慮すると、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Niの含有量は、3.0%以下とすることが好ましい。Niの含有量は、より好ましくは2.0%以下であり、更に好ましくは1.0%以下であり、より一層好ましくは0.5%以下である。
[0036][Cu:0.001%以上2.0%以下]
Cu(銅)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して浸炭後の靭性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Cuを含有させてもよい。Cuを含有させる場合、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Cuの含有量を0.001%以上とすることが好ましい。Cuの含有量は、より好ましくは0.010%以上である。また、Cuがフェライトの粒界に偏析する影響を考慮すると、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Cuの含有量は2.0%以下とすることが好ましい。Cuの含有量は、より好ましくは0.80%以下である。
[0037][Co:0.001%以上2.0%以下]
Co(コバルト)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、結晶粒を微細化して浸炭後の靭性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Coを含有させてもよい。Coを含有させる場合、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Coの含有量を0.001%以上とすることが好ましい。Coの含有量は、より好ましくは0.010%以上である。また、Coがフェライトの粒界に偏析する影響を考慮すると、浸炭後の靭性の更なる向上効果を得るためには、Coの含有量は、2.0%以下とすることが好ましい。Coの含有量は、より好ましくは0.80%以下である。
[0038][Nb:0.010%以上0.150%以下]
Nb(ニオブ)は、フェライトの結晶粒を微細化して曲げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Nbを含有させてもよい。Nbを含有させる場合、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Nbの含有量を0.010%以上とすることが好ましい。Nbの含有量は、より好ましくは0.035%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Nbの含有量は、0.150%以下とすることが好ましい。Nbの含有量は、より好ましくは0.120%以下であり、更に好ましくは0.100%以下であり、より一層好ましくは0.050%以下である。
[0039][Ti:0.010%以上0.150%以下]
Ti(チタン)は、フェライトの結晶粒を微細化して曲げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Tiを含有させてもよい。Tiを含有させる場合、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Tiの含有量を0.010%以上とすることが好ましい。Tiの含有量は、より好ましくは0.035%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Tiの含有量は、0.150%以下とすることが好ましい。Tiの含有量は、より好ましくは0.120%以下であり、更に好ましくは0.050%以下であり、より一層好ましくは0.020%以下である。
[0040][V:0.0005%以上1.0%以下]
V(バナジウム)は、フェライトの結晶粒を微細化して曲げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Vを含有させてもよい。Vを含有させる場合、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Vの含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。Vの含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Vの含有量は、1.0%以下とすることが好ましい。Vの含有量は、より好ましくは0.80%以下である。
[0041][B:0.0005%以上0.01%以下]
B(ホウ素)は、フェライトの粒界に偏析することで粒界の強度を向上させて、曲げ性を更に向上させる元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Bを含有させてもよい。Bを含有させる場合、曲げ性の更なる向上効果を得るためには、Bの含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。Bの含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。また、Bを0.01%を超えて添加しても、上記のような曲げ性の更なる向上効果は飽和するため、Bの含有量は、0.01%以下とすることが好ましい。Bの含有量は、より好ましくは0.0075%以下であり、更に好ましくは0.0050%以下であり、より一層好ましくは0.0020%以下である。
[0042][W:1.0%以下]
W(タングステン)は、溶鋼を脱酸して鋼を更に健全化する作用をなす元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、1.0%を上限としてWを含有させてもよい。Wの含有量は、より好ましくは、0.5%以下である。
[0043][Ca:0.01%以下]
Ca(カルシウム)は、溶鋼を脱酸して鋼を更に健全化する作用をなす元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、0.01%を上限としてCaを含有させてもよい。Caの含有量は、より好ましくは0.005%以下である。
[0044][残部:Fe及び不純物]
板厚中央部の成分組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、例えば、鋼原料もしくはスクラップから、及び/又は、製鋼過程で混入し、本実施形態に係る浸炭用鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。」
(5)「[0046]<浸炭用鋼板のミクロ組織について>
次に、本実施形態に係る浸炭用鋼板を構成するミクロ組織について、詳細に説明する。
本実施形態に係る浸炭用鋼板のミクロ組織は、実質的に、フェライトと炭化物とで構成される。より詳細には、本実施形態に係る浸炭用鋼板のミクロ組織において、フェライトの平均結晶粒径は、10μm未満であり、フェライトの面積率は、例えば80〜95%の範囲内であり、炭化物の面積率は、例えば5〜20%の範囲内であって、かつ、フェライトと炭化物の合計面積率が100%を超えないように構成される。
[0047] 上記のようなフェライト及び炭化物の面積率は、浸炭用鋼板の幅方向に垂直な断面を観察面として採取したサンプルを用いて測定する。サンプルの長さは、測定装置にもよるが、10mm〜25mm程度で良い。サンプルは、観察面を研磨した後、ナイタールエッチングする。ナイタールエッチングした観察面の、板厚1/4位置(浸炭用鋼板の表面から鋼板の厚さ方向に鋼板の厚さの1/4の位置を意味する。)、板厚3/8位置、及び、板厚1/2位置の範囲を、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(例えば、JEOL製JSM−7001F)で観察する。
[0048] 各サンプルの観察対象範囲について、2500μm2の範囲を10視野観察し、各視野において、視野面積中におけるフェライト及び炭化物の占める面積の割合を測定する。そして、フェライトの占める面積の割合の全視野での平均値、及び、炭化物の占める面積の割合の全視野での平均値を、それぞれ、フェライトの面積率、及び、炭化物の面積率とする。
[0049] ここで、本実施形態に係るミクロ組織における炭化物は、主として、鉄と炭素の化合物であるセメンタイト(Fe3C)、及び、ε系炭化物(Fe2〜3C)等の鉄系炭化物である。また、ミクロ組織における炭化物は、上述した鉄系炭化物に加えて、セメンタイト中のFe原子をMn、Cr等で置換した化合物や、合金炭化物(M23C6、M6C、MC等であり、Mは、Fe及びその他の金属元素)を含むこともある。本実施形態に係るミクロ組織における炭化物は、そのほとんどが鉄系炭化物により構成される。そのため、上記のような炭化物について、以下で詳述するような個数に着目した場合、その個数は、上記のような各種炭化物の合計個数であってもよいし、鉄系炭化物のみの個数であってもよい。すなわち、以下で詳述するような、炭化物に関する各種の個数割合は、鉄系炭化物を含む各種炭化物を母集団とするものであってもよいし、鉄系炭化物のみを母集団とするものであってもよい。鉄系炭化物は、例えば、試料に対してディフラクション解析やEDS(Energy dispersive X−ray spectrometry)を用いて特定することができる。
[0050] 曲げ変形では、軟質組織と硬質組織との界面に、変形応力が集中する。そのため、軟質組織と硬質組織との間の硬度差をできる限り小さくするか、又は、応力集中を緩和させるために硬質組織の形状を制御する必要がある。そこで、球状化焼鈍により炭化物のアスペクト比を低減させることで、亀裂の発生を抑制することができる。曲げ変形が更に進行すると、発生した亀裂が伸展する。亀裂は、破壊が起こりやすい領域を伝播していくため、フェライトの粒界、及び、フェライトと炭化物との界面が、伝播経路となりうる。その際、フェライトの粒界に炭化物が生成すると、粒界を伝播経路とする亀裂の伸展が助長されるため、炭化物をフェライトの結晶粒内に生成させることが重要である。炭化物をフェライトの結晶粒内に生成させることで、粒界での亀裂伝播を抑制できると考えられる。
[0051] 浸炭部材は、浸炭により表層に炭素が導入されるため、部材の表層で強度が高くなる一方で、浸炭部材の素材となる鋼材は、強度が上昇すると脆くなる。そのため、素材となる浸炭用鋼板において、表層の靭性が重要となる。かかる点に関して、鋼板表層の結晶粒を微細化することにより、靭性が向上する。以下で詳述するように、窒素含有率が高い雰囲気にて鋼板を焼鈍することにより、雰囲気中に含有する窒素が鋼板へと侵入し、鋼板表層において窒化物が形成される。生成された窒化物は、微細なAlNが主体であるため、浸炭熱処理において旧オーステナイトの粒成長を抑制する効果を示す。旧オーステナイト粒径と変態後のマルテンサイトの粒径との間には比例関係が成立するため、微細なAlNによって旧オーステナイトの粒成長が抑制されれば、浸炭部材の組織におけるマルテンサイトの粒径も微細化させることが可能となることが明らかとなった。
以下、本実施形態に係る浸炭用鋼板を構成するミクロ組織の限定理由について、詳細に説明する。
[0052][フェライトの平均結晶粒径:10μm未満]
本実施形態に係る浸炭用鋼板のミクロ組織において、フェライトの平均結晶粒径は、上記のように10μm未満である。フェライトの平均結晶粒径を10μm未満とすることで、上記のような結晶粒の微細化による効果を発現させることができ、浸炭後の衝撃値を向上させることができる。フェライトの平均結晶粒径が10μm以上であると、上記のような結晶粒の微細化による効果を発現することができず、浸炭後の衝撃値を向上させることができない。フェライトの平均結晶粒径は、好ましくは8μm未満である。フェライトの平均結晶粒径の下限値は、特に規定するものではない。ただし、実操業上、フェライトの平均結晶粒径を0.1μm未満に制御することは困難であるため、0.1μmが実質的な下限となる。
[0053][全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合:80%以上]
先だって言及したように、本実施形態における炭化物は、セメンタイト(Fe3C)とε系炭化物(Fe2〜3C)等の鉄系炭化物により主に構成される。本発明者らによる検討の結果、全炭化物のうち、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が80%以上であれば、良好な曲げ性を得ることができることが明らかとなった。全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が80%未満であると、曲げ変形時に亀裂の発生が助長されて、良好な曲げ性を得ることができない。従って、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合の下限を、80%とする。全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合は、曲げ性の更なる向上を目的として、好ましくは85%以上である。なお、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合の上限は、特に規定するものではない。ただし、実操業において98%以上とすることは困難であるため、98%が実質的な上限となる。
[0054][全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合:60%以上]
本発明者らによる検討の結果、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が60%以上であれば、良好な曲げ性を得ることができることが明らかとなった。全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が60%未満である場合には、曲げ変形時に亀裂の伸展が助長されて、良好な曲げ性を得ることができない。従って、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合の下限を、60%とする。全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合は、曲げ性の更なる向上を目的として、好ましくは65%以上である。なお、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合の上限は、特に規定するものではない。ただし、実操業において98%以上とすることは困難であるため、98%が実質的な上限となる。
[0055][炭化物の平均円相当直径:5.0μm以下]
本実施形態に係る浸炭用鋼板のミクロ組織において、炭化物の平均円相当直径は、5.0μm以下である必要がある。炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超える場合には、曲げ変形時に割れが発生し、良好な曲げ性を得ることができない。炭化物の平均円相当直径が小さい程、曲げ性は良好であり、炭化物の平均円相当直径は、好ましくは1.0μm以下であり、より好ましくは0.8μm以下であり、更に好ましくは0.6μm以下である。炭化物の平均円相当直径の下限は、特に規定するものではない。ただし、実操業において、炭化物の平均円相当直径を0.01μm以下とすることは困難であるため、0.01μmが実質的な下限となる。
[0056] 続いて、ミクロ組織におけるフェライトの平均粒径、並びに、炭化物の各種個数割合及び炭化物の平均円相当直径の測定方法について、詳細に説明する。なお、以下の測定ではサンプルの観察位置が規定されているが、サンプルにおいて測定されたフェライト及び炭化物の状態と、本実施形態に係る鋼板の表層部分(窒素が濃化している部分)におけるフェライト及び炭化物の状態との間に大きな差異は存在しない。
[0057] まず、浸炭用鋼板からその表面に垂直な断面(板厚断面)が観察できるようにサンプルを切り出す。サンプルの長さは、測定装置にもよるが、10mm程度で良い。断面を研磨及び腐食して、炭化物の析出位置とアスペクト比と平均円相当直径の測定に供する。研磨は、例えば、粒度600から粒度1500の炭化珪素ペーパーを使用して測定面を研磨した後、粒径が1μmから6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して、鏡面に仕上げれば良い。腐食は、炭化物の形状と析出位置を観察できる手法であれば、特に制限されるものではなく、例えば、炭化物と地鉄の粒界を腐食する手段として、飽和ピクリン酸−アルコール溶液によるエッチングを行っても良いし、非水溶媒系電解液による定電位電解エッチング法(黒澤文夫ら、日本金属学会誌、43、1068、(1979))等により、地鉄を数マイクロメートル程度除去して炭化物のみを残存させる方法を採用してもよい。
[0058] フェライトの平均結晶粒径は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(例えば、JEOL製JSM−7001F)を用いて、サンプルの板厚1/4位置を、2500μm2の範囲で撮影し、得られた画像に対して線分法を適用して算出する。
[0059] 炭化物のアスペクト比の算出は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(例えば、JEOL製JSM−7001F)を用いて、サンプルの板厚1/4位置を、10000μm2の範囲を観察して行う。観察した視野に含まれる全ての炭化物について、長軸と短軸を測定してアスペクト比(長軸/短軸)を算出し、その平均値を求める。上記観察を5視野で実施し、5視野の平均値を、サンプルの炭化物のアスペクト比とする。得られた炭化物のアスペクト比を参考に、アスペクト比が2.0以下である炭化物の全個数と、上記5視野中に存在した炭化物の合計数と、から、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合を算出する。
[0060] 炭化物の析出位置の確認は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(例えば、JEOL製JSM−7001F)を用いて、サンプルの板厚1/4位置を、10000μm2の範囲を観察して行う。観察した視野に含まれる全ての炭化物について、析出位置を観察し、全ての炭化物のうち、フェライトの粒内に析出した炭化物の割合を算出する。上記観察を5視野で実施し、5視野の平均値を、炭化物のうちフェライトの結晶粒内に形成した炭化物の割合(すなわち、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合)とする。
[0061] 炭化物の平均円相当直径は、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(例えば、JEOL製JSM−7001F)を用いて、サンプルの板厚1/4位置を、600μm2の範囲を4視野撮影することで行う。各視野について、画像解析ソフト(例えば、Media Cybernetics製 IMage−Pro Plus)を用いて、写り込んだ炭化物の長軸と短軸をそれぞれ測定する。視野中の各炭化物について、得られた長軸と短軸の平均値を当該炭化物の直径とし、視野中に写り込んだ炭化物の全てについて、得られた直径の平均値を算出する。このようにして得られた、4視野における炭化物の直径の平均値を更に視野数で平均して、炭化物の平均円相当直径とする。
[0062] 以上、本実施形態に係る浸炭用鋼板が有するミクロ組織について、詳細に説明した。
[0063][鋼板表層の平均窒素濃度:0.040質量%以上0.20質量%以下]
次に、浸炭用鋼板の表層の平均窒素濃度について説明する。本発明者らによる検討の結果、浸炭用鋼板の表層の平均窒素濃度が0.040質量%以上であれば、浸炭用鋼板から製造される浸炭部材において、良好な靭性を得ることができることが明らかとなった。以下、かかる知見について、詳細に説明する。
[0064] 本発明者らは、良好な靭性が得られた浸炭部材の表層近傍から、集束イオンビーム加工観察装置を用いて、長さ40μm×深さ25μmの薄膜サンプルを採取し、透過型電子顕微鏡を用いてミクロ組織を調査した。その結果、薄膜サンプルには、平均直径が50nm以下の微細なAlNの生成が認められた。
[0065] 更に、本発明者らは、AlNの生成位置と母相組織との対応を調査するために、以下のような分析を実施した。すなわち、集束イオンビーム加工観察装置を用いて採取した長さ100μm×深さ100μmの薄膜サンプルを、銅製のメッシュホルダーに固定した上で、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM−6500F)に搭載された透過型電子後方散乱回折装置に供して、分析を実施した。電子後方散乱回折法により得られた測定結果から、旧オーステナイトの結晶方位マップを再構築し、透過型電子顕微鏡画像と比較した。ところその結果、微細なAlNは、旧オーステナイト粒界近傍に存在しており、また、微細なAlNが析出した旧オーステナイト粒界は、鋼板の最表面から深さ50μm程度までの位置に存在していることが明らかとなった。すなわち、鋼板表層(鋼板の最表面から深さ50μmまでの領域)に生成した微細なAlNが、浸炭熱処理時に旧オーステナイトの粒成長を抑制させた結果、浸炭部材の組織におけるマルテンサイトの粒径が微細化し、衝撃値が飛躍的に増加したと考えられる。なお、ここでいう鋼板の最表面とは、鋼板母材の表面を意味し、スケール層等といった鋼板母材の表面に存在しうる各種の層は含まない。
[0066] 更に、本発明者らは、良好な靭性が得られた浸炭部材を用いて、鋼板表面から鋼板中心部までの窒素濃度のプロファイルを、波長分散型X線分光器と電界放射型電子銃とを搭載した電子プローブマイクロアナライザーを使用して測定した。その結果、鋼板表層(すなわち、鋼板の最表面から深さ50μmまでの領域)の平均窒素濃度は、0.040質量%以上となることが確認された。
[0067] 本発明者らが鋭意検討を重ねた結果、板厚中央部の平均窒素濃度(より詳細には、板厚中央部から表面側に向かって100μmの位置までの平均窒素濃度)が0.2質量%以下に制御された鋼板を素材とし、窒素濃度を体積分率で25%以上に制御した雰囲気において、5℃/h以上100℃/h以下の平均加熱速度で、素材とした鋼板をAc1点以下の温度域まで加熱し、かかるAc1点以下の温度域で10h以上100h以下保持した後、5℃/h以上100℃/h以下の平均冷却速度で冷却すれば、鋼板表層の平均窒素濃度が0.040質量%以上0.200質量%以下となることが確認された。すなわち、窒素濃度を体積分率で25%以上に制御した雰囲気において、5℃/h以上100℃/h以下の平均加熱速度で、Ac1点以下の温度域まで鋼板を加熱し、かかるAc1点以下の温度域で10h以上100h以下保持した後、5℃/h以上100℃/h以下の平均冷却速度で冷却することで、鋼板表層において50nm以下の微細なAlNが生成する。その結果、鋼板表層の平均窒素濃度は0.040質量%以上0.200質量%以下になると考えられる。なお、上記のような焼鈍により生成した微細なAlNの組織は、冷間加工により変化することはほとんどなく、浸炭熱処理時に旧オーステナイトの粒成長抑制に寄与することとなる。
[0068] 以上のように、本発明者らが鋭意検討した結果、浸炭用鋼板の鋼板表層(鋼板の最表面から深さ50μmまでの領域)における平均窒素濃度が0.040質量%以上であれば、鋼板表層には微細なAlNが生成しており、浸炭部材において衝撃値が向上することが明らかとなった。鋼板表層における平均窒素濃度は、好ましくは、0.045質量%以上である。一方、鋼板表層における平均窒素濃度が0.200質量%を超える場合には、粗大な窒化物が生成して靭性が劣化する。そのため、鋼板表層における平均窒素濃度は、0.200質量%を上限とする。鋼板表層における平均窒素濃度は、好ましくは0.150質量%以下である。
[0069] 次に、鋼板表面における平均窒素濃度の特定方法について説明する。
先だって言及したように、焼鈍により生成した微細なAlNの組織は、冷間加工によって変化することはほとんどなく、浸炭熱処理時において、旧オーステナイトの粒成長抑制に寄与する。そのため、熱間圧延鋼板又は冷間圧延鋼板を焼鈍に供した後の浸炭用鋼板を用いて、窒素のプロファイルを調査すれば良い。
[0070] 具体的には、まず、浸炭用鋼板から、その表面に垂直な断面(板厚断面)が観察できるようにサンプルを切り出す。サンプルの長さは、測定装置にもよるが、10mm〜25mm程度で良い。日本電子製のクロスセクションポリッシャと日本電子製の試料回転ホルダを用いて、アルゴンイオンビームにより、測定面に筋状の凹凸が発生しないように測定面を調整する。その後、波長分散型X線分光器及び電界放射型電子銃を搭載した電子プローブマイクロアナライザーを用いて、鋼板の最表面から板厚中央部(板厚1/2位置)までの窒素の濃度プロファイルを、50nm間隔で測定する。その後、鋼板の最表層から深さ50μmの位置までの窒素濃度(単位:質量%)の平均値を算出し、先だって言及したような鋼板表層における平均窒素濃度とする。更に、板厚中央部から表面側に向かって100μmまでの窒素濃度(単位:質量%)の平均値を、板厚中央部の平均窒素濃度とする。なお、焼鈍工程における窒素の侵入量は、コイルの表裏面で大きな差異がないため、上記測定は、鋼板の表裏面のどちらか一方で実施すれば良い。」
(6)「[0075]<熱間圧延工程について>
以下で詳述する熱間圧延工程は、所定の化学組成を有する鋼材を用いて、所定の条件に則して熱間圧延鋼板を製造する工程である。
[0076] ここで、熱間圧延に供する鋼片(鋼材)は、常法で製造した鋼片であればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスター等の一般的な方法で製造した鋼片を用いることができる。
・・・
[0078] より詳細には、先だって説明したような化学組成を有する鋼材を用い、かかる鋼材を加熱して熱間圧延に供し、熱間仕上圧延を、800℃以上920℃未満の温度域で終了し、700℃以下の温度で巻取ることで、熱間圧延鋼板とする。この際、熱間仕上圧延後の冷却開始時間を、熱間仕上圧延の終了時から1秒以内とし、かつ、熱間仕上圧延後の平均冷却速度を、50℃/s超とする。
・・・
[0082][熱間仕上圧延後の冷却開始時間:熱間仕上圧延の終了時から1秒以内]
[熱間仕上圧延後の平均冷却速度:50℃/s超]
本実施形態に係る熱間圧延工程では、熱間仕上圧延の終了時から1秒以内に、平均冷却速度が50℃/s超である冷却を開始する。これにより、熱間仕上圧延後のオーステナイト粒を微細化することが可能となる。熱間仕上圧延後のオーステナイト粒が微細化されることで、後段の焼鈍工程(より詳細には、球状化焼鈍)後のフェライトの平均粒径を、10μm未満に制御することが可能となる。
[0083] 熱間仕上圧延後の冷却開始時間が、終了時から1秒を超える場合には、オーステナイト粒が粗大化し、球状化焼鈍後のフェライトの平均結晶粒径が10μmを超えてしまい、結晶粒を微細化することによる効果を発現させることができない。熱間仕上圧延後の冷却開始時間は、好ましくは、終了時から0.8秒以内である。冷却開始時間の下限値は、特に規定するものではない。ただし、実操業上、冷却開始時間を終了時から0.01秒未満とすることは困難であるため、0.01秒が実質的な下限となる。」
(7)「[0087]<焼鈍工程について>
以下で詳述する焼鈍工程は、上記の熱間圧延工程により得られた熱間圧延鋼板、又は、熱間圧延工程後に冷間圧延が施された鋼板に対して、所定の熱処理条件に則して焼鈍処理(球状化焼鈍処理)を施す工程である。かかる焼鈍処理により、熱間圧延工程において生成したパーライトを球状化させ、球状化焼鈍後のフェライトの平均結晶粒径を10μm未満に制御する。
[0088] より詳細には、上記のようにして得られた熱間圧延鋼板、又は、熱間圧延工程後に冷間圧延が施された鋼板を、窒素濃度を体積分率で25%以上に制御した雰囲気にて、5℃/h以上100℃/h以下の平均加熱速度で、下記式(101)で定義されるAc1点以下の温度域まで加熱し、Ac1点以下の温度域で10h以上100h以下保持する焼鈍処理を施した後、焼鈍終了時の温度から550℃までの温度域における平均冷却速度を5℃/h以上100℃/h以下とする冷却を施す。
ここで、下記式(101)において、[X]との表記は、元素Xの含有量(単位:質量%)を表し、該当する元素を含有しない場合はゼロを代入するものとする。
[0089][数2]

・・・
[0093][加熱条件:5℃/h以上100℃/h以下の平均加熱速度でAc1点以下の温度域まで]
本実施形態に係る焼鈍工程では、上記のような熱間圧延鋼板又は熱間圧延工程後に冷間圧延が施された鋼板を、5℃/h以上100℃/h以下の平均加熱速度で、上記式(101)で定めるAC1点以下の温度域まで加熱する必要がある。平均加熱速度が5℃/h未満である場合には、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超えて、曲げ性が劣化する。一方、平均加熱速度が100℃/hを超える場合には、炭化物の球状化が十分に促進されずに、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合を80%以上に制御することが困難となる。また、加熱温度が、上記式(101)で定めるAC1点を超える場合には、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に形成した炭化物の個数割合が60%未満となってしまい、良好な曲げ性を得ることができない。なお、加熱温度の温度域の下限は、特に規定するものではないが、加熱温度の温度域が600℃未満であると、焼鈍処理における保持時間が長くなり、製造コストが不利になる。そのため、加熱温度の温度域は、600℃以上とすることが好ましい。炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における平均加熱速度は、20℃/h以上とすることが好ましい。また、炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における平均加熱温度は、50℃/h以下とすることが好ましい。炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における加熱温度の温度域は、630℃以上とすることがより好ましい。また、炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における加熱温度の温度域は、670℃以下とすることがより好ましい。
[0094][保持時間:Ac1点以下の温度域で10h以上100h以下]
本実施形態に係る焼鈍工程では、上記のようなAc1点以下(好ましくは、600℃以上Ac1点以下)の温度域を、10h以上100h以下保持する必要がある。保持時間が10h未満である場合には、炭化物の球状化が十分に促進されずに、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合を80%以上に制御することが困難となる。一方、保持時間が100hを超える場合には、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、曲げ性が劣化する。炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における保持時間は、20h以上とすることが好ましい。また、炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における保持時間は、80h以下とすることが好ましい。
[0095][冷却条件:5℃/h以上100℃/h以下の平均冷却速度で冷却]
本実施形態に係る焼鈍工程において、上記のような加熱保持後、鋼板を5℃/h以上100℃/h以下の平均冷却速度で冷却する。ここで、平均冷却速度とは、加熱保持温度(換言すれば、焼鈍終了時の温度)から550℃までの平均冷却速度である。平均冷却速度が5℃/h未満である場合には、炭化物が粗大化しすぎて、曲げ性が劣化する。一方、平均冷却速度が100℃/hを超える場合には、炭化物の球状化が十分に促進されずに、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合を80%以上に制御することが困難となる。炭化物の状態をより適切に制御するために、加熱保持温度から550℃までの平均冷却速度は、20℃/h以上とすることが好ましい。また、炭化物の状態をより適切に制御するために、本実施形態に係る焼鈍工程における加熱保持温度から550℃までの平均冷却速度は、50℃/h以下とすることが好ましい。」
(8)「実施例
[0100] 次に、本発明の実施例について説明する。なお、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した1条件例であり、本発明は、この1条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
[0101](試験例)
以下の表1に示す化学組成を有する鋼材を、以下の表2に示す条件で熱間圧延(及び冷間圧延)した後、焼鈍を施して、浸炭用鋼板を得た。以下の表2に示す条件で熱間圧延を行った後、大気中、55℃で105時間保持した上で、以下の表2に示す条件で焼鈍を行った。ここで、以下の表2に示す条件の一例においては、熱間圧延に供する鋼材を得るための連続鋳造工程において、単位時間当たりの溶鋼鋳込み量を制御することで、鋼材健全化処理を施した。なお、以下の表1及び表2において、下線は、本発明の範囲外であることを示す。
[0102][表1ー1]

・・・
[0114] 以下の表3に、得られたそれぞれの浸炭用鋼板のミクロ組織及び特性を、まとめて示した。
[0115][表3ー1]



2 甲第2号証の記載事項
甲第2号証は、特許第6583588号公報であるところ、甲第2号証に係る日本語特許出願の請求項1及び段落[0011]は、審査段階で補正がされているため、甲第2号証の記載は、甲第2号証に係る日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面の記載とは一致しない。
そこで、ここでは、甲第2号証に係る国際出願の国際公開(国際公開第2019/044970号)に基づいて、甲第2号証に係る日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面の記載を摘記する。
甲第2号証に係る国際出願の国際公開(国際公開第2019/044970号)には、「浸炭用鋼板、及び、浸炭用鋼板の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「[請求項1]
質量%で、
C:0.02%以上0.30%未満
Si:0.005%以上0.5%未満
Mn:0.01%以上3.0%未満
P:0.1%以下
S:0.1%以下
sol.Al:0.0002%以上3.0%以下
N:0.2%以下
を含有し、残部が、Fe及び不純物からなり、
フェライト結晶粒の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が、7.0以下であり、
炭化物の平均円相当直径が、5.0μm以下であり、
アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して80%以上であり、
フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して60%以上である、浸炭用鋼板。
[請求項2]
残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Cr:0.005%以上3.0%以下
Mo:0.005%以上1.0%以下
Ni:0.010%以上3.0%以下
Cu:0.001%以上2.0%以下
Co:0.001%以上2.0%以下
Nb:0.010%以上0.150%以下
Ti:0.010%以上0.150%以下
V:0.0005%以上1.0%以下
B:0.0005%以上0.01%以下
の1種又は2種以上を更に含有する、請求項1に記載の浸炭用鋼板。
[請求項3]
残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Sn:1.0%以下
W:1.0%以下
Ca:0.01%以下
REM:0.3%以下
の1種又は2種以上を更に含有する、請求項1又は2に記載の浸炭用鋼板。」
(2)「技術分野
[0001] 本発明は、浸炭用鋼板、及び、浸炭用鋼板の製造方法に関する。」
(3)「発明が解決しようとする課題
[0007] 上述したような機械構造部品は、強度を高めるために焼入れ性が求められる。すなわち、複雑な形状を有する部材を冷間加工で成形するためには、焼入れ性を維持しつつも、穴広げ性を確保すること(すなわち、優れた極限変形能を実現すること)が求められる。
[0008] しかしながら、上記特許文献1の炭化物のミクロ組織制御を主体とする製造方法では、冷間加工性、特に穴広げ性を十分に高めることは困難である。また、上記特許文献2においては、浸炭前の冷間加工性の向上については、一切検討されていない。更に、上記特許文献3で提案されている技術では、複雑な形状の部材への冷間加工に耐えうる穴広げ性を得ることは困難である。このように、従来提案されている技術では、浸炭用鋼板の穴広げ性を十分に高めることは困難であり、そのため、特にトルクコンバーターのダンパー部品等といった複雑な形状を有する部品への浸炭用鋼板の適用が限定されていた。
[0009] そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、浸炭前においてより優れた極限変形能を示す浸炭用鋼板とその製造方法を提供することにある。」
(4)「[0024](浸炭用鋼板について)
まず、本発明の実施形態に係る浸炭用鋼板について、詳細に説明する。
本実施形態に係る浸炭用鋼板は、以下で詳述するような所定の化学成分を有している。加えて、本実施形態に係る浸炭用鋼板は、フェライト結晶粒の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が、7.0以下であり、炭化物の平均円相当直径が、5.0μm以下であり、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して80%以上であり、フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して60%以上であるという、特定のミクロ組織を有している。これにより、本実施形態に係る浸炭用鋼板は、浸炭前において、より一層優れた極限変形能を示すようになる。
[0025]<浸炭用鋼板の化学成分について>
まず、本実施形態に係る浸炭用鋼板の有する化学成分について、詳細に説明する。なお、以下の説明において、化学成分に関する「%」は、特に断りのない限り「質量%」を意味する。
[0026][C:0.02%以上0.30%未満]
C(炭素)は、最終的に得られる浸炭部材における板厚中央部の強度を確保するために必要な元素である。また、浸炭用鋼板において、Cは、フェライトの粒界に固溶して粒界の強度を上昇させ、穴広げ性の向上に寄与する元素である。
[0027] Cの含有量が0.02%未満である場合には、上記のような穴広げ性の向上効果が得られない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Cの含有量は、0.02%以上とする。Cの含有量は、好ましくは、0.05%以上である。一方、Cの含有量が0.30%以上となる場合には、浸炭用鋼板中に生成される炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、穴広げ性が劣化してしまう。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Cの含有量は、0.30%未満とする。Cの含有量は、好ましくは、0.20%以下である。また、穴広げ性及び焼き入れ性のバランスを考慮すると、Cの含有量は、0.10%以下であることが更に好ましい。
[0028][Si:0.005%以上0.5%未満]
Si(ケイ素)は、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用をなす元素である。Siの含有量が0.005%未満である場合には、溶鋼を十分に脱酸することができない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Siの含有量は、0.005%以上とする。Siの含有量は、好ましくは0.01%以上である。一方、Siの含有量が0.5%以上となる場合には、炭化物に固溶したSiが炭化物を安定化させて、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、穴広げ性が損なわれる。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Siの含有量は、0.5%未満とする。Siの含有量は、好ましくは0.3%未満である。
[0029][Mn:0.01%以上3.0%未満]
Mn(マンガン)は、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用をなす元素である。Mnの含有量が0.01%未満である場合には、溶鋼を十分に脱酸することができない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Mnの含有量は、0.01%以上とする。Mnの含有量は、好ましくは0.1%以上である。一方、Mnの含有量が3.0%以上となる場合には、炭化物に固溶したMnが炭化物を安定化させて、炭化物の平均円相当直径が5.0μmを超え、穴広げ性の劣化を招く。そのため、Mnの含有量は、3.0未満とする。Mnの含有量は、好ましくは2.0%未満であり、より好ましくは1.0%未満である。
[0030][P:0.1%以下]
P(リン)は、フェライトの粒界に偏析して、穴広げ性を劣化させる元素である。Pの含有量が0.1%を超える場合には、フェライトの粒界の強度が著しく低下して、穴広げ性が劣化する。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Pの含有量は、0.1%以下とする。Pの含有量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。なお、Pの含有量の下限は、特に限定しない。ただし、Pの含有量を0.0001%未満まで低減させると、脱Pコストが大幅に上昇して、経済的に不利になる。そのため、実用鋼板上、Pの含有量は、0.0001%が実質的な下限となる。
[0031][S:0.1%以下]
S(硫黄)は、介在物を形成して、穴広げ性を劣化させる元素である。Sの含有量が0.1%を超える場合には、粗大な介在物が生成して穴広げ性が低下する。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Sの含有量は、0.1%以下とする。Sの含有量は、好ましくは0.010%以下であり、より好ましくは0.008%以下である。なお、Sの含有量の下限は、特に限定しない。ただし、Sの含有量を0.0005%未満まで低減させると、脱Sコストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、実用鋼板上、Sの含有量は、0.0005%が実質的な下限となる。
[0032][sol.Al:0.0002%以上3.0%以下]
Al(アルミニウム)は、溶鋼を脱酸して鋼を健全化する作用をなす元素である。Alの含有量が0.0002%未満である場合には、溶鋼を十分に脱酸することができない。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Alの含有量(より詳細には、sol.Alの含有量)は、0.0002%以上とする。Alの含有量は、好ましくは0.0010%以上である。一方、Alの含有量が3.0%を超える場合には、粗大な酸化物が生成して穴広げ性が損なわれる。そのため、Alの含有量は、3.0%以下とする。Alの含有量は、好ましくは2.5%以下であり、より好ましくは1.0%以下であり、更に好ましくは0.5%以下であり、より一層好ましくは0.1%以下である。
[0033][N:0.2%以下]
N(窒素)は、不純物元素であり、窒化物を形成して穴広げ性を阻害する元素である。Nの含有量が0.2%を超える場合には、粗大な窒化物が生成して穴広げ性が著しく低下する。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板において、Nの含有量は、0.2%以下とする。Nの含有量は、好ましくは0.1%以下であり、より好ましくは0.02%以下であり、更に好ましくは0.01%以下である。一方、Nの含有量の下限は、特に限定しない。ただし、Nの含有量を0.0001%未満まで低減させると、脱Nコストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、実用鋼板上、Nの含有量は、0.0001%が実質的な下限となる。
[0034][Cr:0.005%以上3.0%以下]
Cr(クロム)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して穴広げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Crを含有させてもよい。Crを含有させる場合、更なる穴広げ性の向上効果を得るためには、Crの含有量を0.005%以上とすることが好ましい。Crの含有量は、より好ましくは0.010%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Crの含有量は、3.0%以下とすることが好ましい。Crの含有量は、より好ましくは2.0%以下であり、更に好ましくは1.5%以下である。
[0035][Mo:0.005%以上1.0%以下]
Mo(モリブデン)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して穴広げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Moを含有させてもよい。Moを含有させる場合、更なる穴広げ性の向上効果を得るためには、Moの含有量を0.005%以上とすることが好ましい。Moの含有量は、より好ましくは0.010%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Moの含有量は、1.0%以下とすることが好ましい。Moの含有量は、より好ましくは0.8%以下である。
[0036][Ni:0.010%以上3.0%以下]
Ni(ニッケル)は、最終的に得られる浸炭部材において、焼入れ性を高める効果を持つ元素であるとともに、浸炭用鋼板においては、フェライトの結晶粒を微細化して穴広げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Niを含有させてもよい。Niを含有させる場合、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Niの含有量を0.010%以上とすることが好ましい。Niの含有量は、より好ましくは0.050%以上である。また、Niが粒界に偏析する影響を考慮すると、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Niの含有量は、3.0%以下とすることが好ましい。Niの含有量は、より好ましくは2.0%以下であり、更に好ましくは1.0%以下であり、より一層好ましくは0.5%以下である。
・・・
[0039][Nb:0.010%以上0.150%以下]
Nb(ニオブ)は、フェライトの結晶粒を微細化して穴広げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Nbを含有させてもよい。Nbを含有させる場合、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Nbの含有量を0.010%以上とすることが好ましい。Nbの含有量は、より好ましくは0.035%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Nbの含有量は、0.150%以下とすることが好ましい。Nbの含有量は、より好ましくは0.120%以下であり、更に好ましくは0.100%以下である。
[0040][Ti:0.010%以上0.150%以下]
Ti(チタン)は、フェライトの結晶粒を微細化して穴広げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Tiを含有させてもよい。Tiを含有させる場合、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Tiの含有量を0.010%以上とすることが好ましい。Tiの含有量は、より好ましくは0.035%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Tiの含有量は0.150%以下とすることが好ましい。Tiの含有量は、より好ましくは0.120%以下であり、更に好ましくは0.100%以下であり、より一層好ましくは0.050%以下であり、更に一層好ましくは0.020%以下である。
[0041][V:0.0005%以上1.0%以下]
V(バナジウム)は、フェライトの結晶粒を微細化して穴広げ性の更なる向上に寄与する元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Vを含有させてもよい。Vを含有させる場合、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Vの含有量は、0.0005%以上とすることが好ましい。Vの含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。また、炭化物や窒化物の生成の影響を考慮すると、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Vの含有量は、1.0%以下とすることが好ましい。Vの含有量は、より好ましくは0.80%以下であり、更に好ましくは0.10%以下であり、より一層好ましくは0.080%以下である。
[0042][B:0.0005%以上0.01%以下]
B(ホウ素)は、フェライトの粒界に偏析することで粒界の強度を向上させて、穴広げ性を更に向上させる元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、Bを含有させてもよい。Bを含有させる場合、穴広げ性の更なる向上効果を得るためには、Bの含有量は、0.0005%以上とすることが好ましい。Bの含有量は、より好ましくは0.0010%以上である。また、Bを0.01%を超えて含有させたとしても、上記のような穴広げ性の更なる向上効果は飽和するため、Bの含有量は、0.01%以下とすることが好ましい。Bの含有量は、より好ましくは0.0075%以下であり、更に好ましくは0.0050%以下であり、より一層好ましくは0.0020%以下である。
[0043][Sn:1.0%以下]
Sn(スズ)は、溶鋼を脱酸して鋼を更に健全化する作用をなす元素である。そのため、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、必要に応じて、1.0%を上限としてSnを含有させてもよい。Snの含有量は、より好ましくは、0.5%以下である。
・・・
[0048][残部:Fe及び不純物]
板厚中央部の成分組成の残部は、Fe及び不純物である。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから、及び/又は、製鋼過程で不可避的に混入し、本実施形態に係る浸炭用鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。」
(5)「[0050]<浸炭用鋼板のミクロ組織について>
次に、本実施形態に係る浸炭用鋼板を構成するミクロ組織について、詳細に説明する。
本実施形態に係る浸炭用鋼板のミクロ組織は、実質的に、フェライトと炭化物とで構成される。より詳細には、本実施形態に係る浸炭用鋼板のミクロ組織において、フェライトの面積率は、例えば80〜95%の範囲内であり、炭化物の面積率は、例えば5〜20%の範囲内であって、かつ、フェライトと炭化物の合計面積率が100%を超えないように構成される。
[0051] 上記のようなフェライト及び炭化物の面積率は、浸炭用鋼板の幅方向に垂直な断面を観察面として採取したサンプルを用いて測定する。サンプルの長さは、測定装置にもよるが、10mm〜25mm程度で良い。サンプルは、観察面を研磨した後、ナイタールエッチングする。ナイタールエッチングした観察面の、板厚1/4位置(浸炭用鋼板の表面から鋼板の厚さ方向に鋼板の厚さの1/4の位置を意味する。)、板厚3/8位置、及び、板厚1/2位置の範囲を、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(例えば、JEOL製JSM−7001F)で観察する。
[0052] 各サンプルの観察対象範囲について、2500μm2の範囲を10視野観察し、各視野において、視野面積中におけるフェライト及び炭化物の占める面積の割合を測定する。そして、フェライトの占める面積の割合の全視野での平均値、及び、炭化物の占める面積の割合の全視野での平均値を、それぞれ、フェライトの面積率、及び、炭化物の面積率とする。
・・・
[0059][全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合:80%以上]
先だって言及したように、本実施形態における炭化物は、セメンタイト(Fe3C)及びε系炭化物(Fe2〜3C)等の鉄系炭化物により主に構成される。本発明者らによる検討の結果、全炭化物のうち、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が80%以上であれば、良好な穴広げ性を得ることができることが明らかとなった。全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が80%未満である場合には、穴広げ時に亀裂の発生が助長されて、良好な穴広げ性を得ることができない。従って、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合の下限を、80%とする。全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合は、穴広げ性の更なる向上を目的として、好ましくは85%以上である。なお、全炭化物のうちアスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合の上限は、特に規定するものではない。ただし、実操業において98%以上とすることは困難であるため、98%が実質的な上限となる。
[0060][全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合:60%以上]
本発明者らによる検討の結果、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が60%以上であれば、良好な穴広げ性を得ることができることが明らかとなった。全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が60%未満である場合には、穴広げ時に亀裂の伸展が助長されて、良好な穴広げ性を得ることができない。従って、本実施形態に係る浸炭用鋼板においては、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合の下限を、60%とする。全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合は、穴広げ性の更なる向上を目的として、好ましくは65%以上である。なお、全炭化物のうちフェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合の上限は、特に規定するものではない。ただし、実操業において98%以上とすることは困難であるため、98%が実質的な上限となる。」
(6)「[0071]<熱間圧延工程について>
以下で詳述する熱間圧延工程は、所定の化学組成を有する鋼材を用いて、所定の条件に則して熱間圧延鋼板を製造する工程である。
[0072] ここで、熱間圧延に供する鋼片(鋼材)は、常法で製造した鋼片であればよく、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスター等の一般的な方法で製造した鋼片を用いることができる。」
(7)「[0081]<焼鈍工程について>
以下で詳述する焼鈍工程は、上記の熱間圧延工程により得られた熱間圧延鋼板、又は、熱間圧延工程後に冷間圧延が施された鋼板に対して、所定の熱処理条件に則して焼鈍処理(球状化焼鈍処理)を施す工程である。かかる焼鈍処理により、熱間圧延工程において生成したパーライトを球状化させる。
[0082] より詳細には、上記のようにして得られた熱間圧延鋼板、又は、熱間圧延工程後に冷間圧延が施された鋼板を、窒素濃度を体積分率で25%未満に制御した雰囲気にて、5℃/h以上100℃/h以下の平均加熱速度で、下記式(101)で定義されるAc1点以下の温度域まで加熱し、Ac1点以下の温度域で10h以上100h以下保持する焼鈍処理を施した後、焼鈍終了時の温度から550℃までの温度域における平均冷却速度を5℃/h以上100℃/h以下とする冷却を施す。
ここで、下記式(101)において、[X]との表記は、元素Xの含有量(単位:質量%)を表し、該当する元素を含有しない場合はゼロを代入するものとする。
[0083][数2]


(8)「実施例
[0093] 次に、本発明の実施例について説明する。なお、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した1条件例であり、本発明は、この1条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
[0094](試験例)
以下の表1に示す化学組成を有する鋼材を、以下の表2に示す条件で熱間圧延(及び冷間圧延)した後、焼鈍を施して、浸炭用鋼板を得た。なお、以下の表2に示す条件で熱間圧延を行った後、大気中、55℃で105時間保持した上で、以下の表2に示す条件で焼鈍を行った。以下の表1及び表2において、下線は、本発明の範囲外であることを示す。
[0095][表1ー1]

・・・
[0104] 以下の表3に、得られたそれぞれの浸炭用鋼板のミクロ組織及び特性を、まとめて示した。
[0105][表3ー1]



3 甲第3号証の記載事項
甲第3号証には、「焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板およびその製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】 鋼成分としてmass%で、C:0.10〜0.37%、Si:1%以下、Mn:2.5%以下、P:0.1%以下、S:0.03%以下、sol.Al:0.01〜0.1%、N:0.0005〜0.0050%、Ti:0.005〜0.05%、B:0.0003〜0.0050%を含有し、
B−(10.8/14)N*≧0.0005%
N*=N−(14/48)Ti、但し、右辺≦0の場合、N*=0
を満足し、鋼中析出物であるTiNの平均粒径が0.06〜0.30μmであり、かつ焼入れ後の旧オーステナイト粒径が2〜25μmであることを特徴とする焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板。
【請求項2】 鋼成分としてさらに、mass%で、Ni、Cr、Moの1種以上を、合計で1%以下含有することを特徴とする請求項1記載の焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板。
【請求項3】 請求項1又は請求項2記載の鋼成分を有する鋼を、巻取温度720℃以下で熱間圧延することにより、請求項1又は請求項2記載の薄鋼板を得ることを特徴とする焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板の製造方法。
【請求項4】 請求項1又は請求項2記載の鋼成分を有する鋼を、巻取温度720℃以下で熱間圧延し、酸洗した後、640℃以上Ac1変態点以下で球状化焼鈍することにより、請求項1又は請求項2記載の薄鋼板を得ることを特徴とする焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板の製造方法。
【請求項5】 請求項1又は請求項2記載の鋼成分を有する鋼を、巻取温度720℃以下で熱間圧延し、酸洗した後、冷圧率30%以上で冷間圧延し、その後、640℃以上Ac1変態点以下で焼鈍することにより、請求項1又は請求項2記載の薄鋼板を得ることを特徴とする焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板の製造方法。
【請求項6】 請求項1又は請求項2記載の鋼成分を有する鋼を、巻取温度720℃以下で熱間圧延し、酸洗した後、640℃以上Ac1変態点以下で球状化焼鈍して、冷圧率30%以上で冷間圧延し、その後、600℃以上Ac1変態点以下で焼鈍することにより、請求項1又は請求項2記載の薄鋼板を得ることを特徴とする焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板の製造方法。」
(2)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、自動車の構造部品等に使用される薄鋼板およびその製造方法に関する。」
(3)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、「まてりあ、第37巻、第6号(1998)」に記載の技術は、焼入れ条件の変動を小さくするため、莫大な設備投資が必要となっている。
【0007】特開昭60−238424号公報に記載の技術は、レーザ照射部は極く僅かであり、部材の強度上昇には長時間を要する。また、設備投資も莫大となりコスト増を招く。
【0008】特開平7−126807号公報に記載の技術は、局所的な強化を行うだけであるため、得られる強度レベルも710MPa程度に過ぎない。
【0009】このように、焼入れ安定性に優れ、かつ焼入れ後の衝撃特性に優れる鋼板は未だ提案されてないのが現状である。
【0010】よって、本発明は、焼入れ条件による変動が小さく、焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。」
(4)「【0041】また、本発明において、上記元素以外は実質的にFeであり、本発明の作用効果を無くさない限り、不可避不純物をはじめ、他の微量元素を含有するものが本発明の範囲に含まれ得ることを意味する。」
(5)「【0046】次に製造方法の限定理由について説明する。
【0047】巻取温度: 720℃以下
熱間圧延での巻取温度については、720℃を超えるとパーライトのラメラ間隔が大きくなり、焼入性が低下するとともに、焼入時にセメンタイトが溶け残り衝撃特性が低下する。よって、本発明において、熱間圧延での巻取温度は720℃以下とする。
【0048】熱延後の球状化焼鈍温度: 640℃以上Ac1変態点以下
熱延鋼板を酸洗した後、セメンタイトを球状化し、優れた加工性と焼入性を得るため球状化焼鈍を行うことができる。焼鈍温度が640℃未満の場合、セメンタイトの球状化が不十分となり、効果が得られない。一方、焼鈍温度がAc1変態点を超える場合、部分的にオーステナイト化して冷却中に粗大なパーライトを生成し、加工性が低下するとともに、焼入性も低下する。また、焼入れ時にセメンタイトが溶け残り衝撃特性が低下する。よって、本発明において熱延後に球状化焼鈍を行う場合は、焼鈍温度を640℃以上Ac1変態点以下とする。
【0049】冷間圧延時の圧下率: 30%以上
冷間圧延を行う場合の圧下率(冷圧率)は、30%未満であると焼鈍後に未再結晶部が残るとともに、セメンタイトの球状化が不十分となり、軟質化が得られず加工性が劣化する。よって、冷間圧延を行う場合の冷圧率は、30%以上とする。冷圧率の上限は、特に規定しないが、圧延機への負荷が大きくならないように、80%以下とするのが好ましい。
【0050】冷間圧延後の焼鈍温度: 640℃以上又は600℃以上Ac1変態点以下
冷間圧延後の焼鈍については、熱延後の球状化焼鈍を省略した場合は、ここで球状化焼鈍を行う。冷間圧延後の球状化焼鈍の焼鈍温度は、前述の熱延後の球状化焼鈍と同様、640℃以上Ac1変態点以下とする。
【0051】熱延後の球状化焼鈍を行った場合は、ここで再結晶焼鈍を行う。冷間圧延後の再結晶焼鈍の焼鈍温度は、600℃未満では未再結晶部が残り加工性が低下する。一方、焼鈍温度がAc1変態点を超える場合、部分的にオーステナイト化して冷却中に粗大なパーライトを生成し、加工性が低下するとともに、焼入性も低下する。また、焼入れ時にセメンタイトが溶け残り衝撃特性が低下する。よって、本発明において冷間圧延後の再結晶焼鈍を行う場合は、焼鈍温度を600℃以上Ac1変態点以下とする。
【0052】
【発明の実施の形態】本発明において、対象とする薄鋼板は、熱延鋼板あるいは冷延鋼板のいずれでも良い。本発明鋼板を製造する場合、素材鋼は、例えば転炉、電気炉等により溶製される。鋼片の製造は造塊−分塊圧延法、連続鋳造法、薄スラブ鋳造法、ストリップ鋳造法のいずれでも構わない。
【0053】熱延プロセスはスラブ加熱後圧延する方法、連続鋳造後短時間の加熱処理を施してあるいは前記加熱工程を省略して直ちに圧延する方法のいずれでもよいが、優れた表面品質を付与するためには、一次スケールのみならず熱間圧延時に生成する二次スケールについても十分に除去するのが好ましい。なお、熱間圧延中においては、バーヒーターにより加熱を行ってもよい。
【0054】仕上圧延終了温度は、組織の均一性からAr3点以上とすることが好ましい。また、組織の均一化を目的として、仕上圧延後1秒以内に200℃/秒以上の急速冷却を行ってもよい。巻取温度は材質安定性の観点から500℃以上とするのが好ましく、一方、上限はスケール生成増大による酸洗性の低下から700℃以下が好ましい。
【0055】冷延鋼板を本発明の薄鋼板として用いる場合、冷間圧延時の圧延率(冷圧率)は80%以下とするのが好ましい。冷圧率が80%を超えるような高い冷圧率の場合、圧延負荷が高くなりすぎるため生産性を低下させる。このときの冷間圧延はタンデム圧延、リバース圧延のいずれでも良い。」
(6)「【0058】
【実施例】〔実施例1〕表1に示す鋼番1から13の化学成分組成を有する鋼を溶製し、次いで表2に示す製造条件に従って熱間圧延−焼鈍を行い、2.4mmtの熱延板を製造した。
【0059】
【表1】

・・・
【0078】〔実施例2〕表1に示す鋼番1から13の化学成分組成を有する鋼を溶製し、次いで表4に示す製造条件に従って熱間圧延−冷間圧延−焼鈍を行い、1.2mmtの冷延板を製造した。
【0079】
【表4】

【0080】このようにして製造した冷延板について、実施例1と同様に、引張試験、TiNの平均粒径測定、および高周波焼入れ特性を調査した。結果を表5に示す。
【0081】
【表5】

【0082】表5より、熱延鋼板の場合と同様に、成分、B−(10.8/14)N*、TiN平均粒径、旧オーステナイト粒径が本範囲内であるNo.a、c、d、e、hは、焼入れ後の特性として980MPa以上の強度を有し、焼入れ後の冷却開始時間にかかわらず安定してJSC980Y以上(0.4kgm以上)のシャルピー衝撃吸収エネルギーが得られ、優れた衝撃特性が得られていることが明らかとなった。」
(7)「【0092】
【発明の効果】以上述べたように、本発明によれば、低温短時間での焼入れ性に優れ、焼入れ条件による変動が小さい焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板を得ることができる。 さらに、上記薄鋼板が安定して低コストで得られるため、高強度部材として工業的に有用な効果をもたらし、例えば、自動車構造部品として最適である。」

4 甲第4号証の記載事項
甲第4号証には、「鋼板」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「[請求項1]
単位質量%で、
C:0.03〜0.40%、
Si:0.01〜5.00%、
Mn:0.50〜12.00%、
Al:0.001〜5.000%、
P:0.150%以下、
S:0.0300%以下、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cr:0〜5.00%、
Mo:0〜5.00%、
Ni:0〜5.00%、
Cu:0〜5.00%、
Nb:0〜0.500%、
Ti:0〜0.500%、
V:0〜0.500%、
W:0〜0.500%、
B:0〜0.0030%、
Ca:0〜0.0500%、
Mg:0〜0.0500%、
Zr:0〜0.0500%、
REM:0〜0.0500%、
Sb:0〜0.0500%、
Sn:0〜0.0500%、
As:0〜0.0500%、及び
Te:0〜0.0500%
を含有し、残部が鉄および不純物からなり、
1/4t部の金属組織が、残留オーステナイトを4〜70体積%含み、
前記1/4t部において、前記残留オーステナイト中の単位質量%での平均Mn濃度[Mn]γが前記1/4t部全体の単位質量%での平均Mn濃度[Mn]aveに対して式1を満たし、
前記1/4t部において、アスペクト比が2.0以下の前記残留オーステナイトの体積率fγsと全ての前記残留オーステナイトの体積率fγとが式2を満たし、
単位質量%でのC含有量[C]及びMn含有量[Mn]が式3を満たす
ことを特徴とする鋼板。
[Mn]γ/[Mn]ave>1.5 ・・・(式1)
fγs/fγ≦0.30 ・・・(式2)
[C]×[Mn]≧0.15 ・・・(式3)」
(2)「技術分野
[0001] 本発明は、優れた成形性、すなわち優れた均一伸びと、優れた溶接性と、高強度とを有する鋼板に関わる。
背景技術
[0002] 自動車の車体及び部品等の、軽量化と安全性との両方を達成するために、これらの素材である鋼板の高強度化が進められている。一般に、鋼板を高強度化すると、均一伸び及び穴広げ性などが低下し、鋼板の成形性が損なわれる。従って、自動車用の部材として高強度鋼板を使用するためには、相反する特性である強度と成形性との両方を高める必要がある。
・・・
[0008] 特許文献4には、冷間圧延前に焼鈍が施されることにより機械特性が改善された高強度鋼板が開示されている。しかし、特許文献4に記載の鋼板は、r値に優れたDP鋼であり、強度及び延性に優れた鋼板ではない。特に、特許文献4には、熱間圧延後の巻き取りの処理時に鋼板のフェライト−パーライト及びフェライト中にセメンタイトを析出させ、冷間圧延前にセメンタイトを粗大化且つ球状化させる技術が開示されている。このような組織を有する鋼板は、自動車用鋼板に求められる引張強度、延性、及び穴広げ性を兼備し得るものではない。」
(3)「発明が解決しようとする課題
[0011] 本発明は、優れた均一伸び及び穴広げ性、高強度、並びに良好な溶接性を有する鋼板の提供を課題とする。」
(4)「[0018] 以下、「単位質量%での平均Mn濃度」を単に「平均Mn濃度」と称し、[Mn]γ/[Mn]aveを「Mn濃化度」と称する場合がある。また、以下に説明される本実施形態に係る鋼板の金属組織の特徴は、全て、鋼板の1/4t部(即ち、鋼板の圧延面から鋼板の厚さtの1/4の深さの領域)における金属組織の特徴である。鋼板の圧延面と、鋼板の厚さ方向の中心面との間に存在する鋼板の1/4t部は、平均的な金属組織を有していると考えられる。従って、鋼板に係る技術分野では、鋼板の1/4t部を、金属組織の制御対象とすることが通常である。本実施形態に係る鋼板の1/4t部の金属組織が以下に説明されるように制御されていれば、鋼板の1/4t部以外の領域の金属組織も好ましく制御されるので、本実施形態に係る鋼板の引張強度、均一伸び、及び穴広げ性が目標値を上回る。従って、鋼板の1/4t部以外の領域の金属組織の構成は、鋼板の1/4t部の金属組織の構成が本実施形態で説明される所定の範囲内である限り、特に限定されない。本実施形態では、特に断りが無い限り、鋼板の金属組織の構成に関する記載は、鋼板の1/4t部の金属組織に関するものである。」
(5)「[0028] 次に、本実施形態に係る鋼板の成分について説明する。なお、以下の説明で含有量の%は質量%を意味する。
[0029] (C:0.03〜0.40%)
Cは、鋼の強度を高め、残留オーステナイトを確保するために、極めて重要な元素である。十分な残留オーステナイト量を得るためには、0.03%以上のC含有量が必要となる。一方、C含有量を過剰に含有すると鋼板の溶接性を損なうので、C含有量の上限を0.40%以下とした。C含有量の好ましい下限値は0.04%、0.09%、又は0.14%である。C含有量の好ましい上限値は0.36%、0.32%、又は0.25%である。
[0030] (Mn:0.50〜12.00%)
Mnは、オーステナイトを安定化させ、焼入れ性を高める元素である。また、本実施形態に係る鋼板においては、Mnをオーステナイト中に分配させ、よりオーステナイトを安定化させる。室温でオーステナイトを安定化させるためには、0.50%以上のMnが必要である。一方、Mnを過剰に含有させると延性を損なうので、Mn含有量の上限を12.00%とする。Mn含有量の好ましい下限値は1.50%、2.30%、3.00%、又は3.50%である。Mn含有量の好ましい上限値は10.00%、8.00%、又は6.00%である。
[0031] (Si:0.01〜5.00%)
(Al:0.001〜5.000%)
Siは脱酸剤であり、0.01%以上含有させる必要がある。Alも脱酸剤であり、0.001%以上含有させる必要がある。また、Si及びAlは鋼板の焼鈍時にフェライトを安定化する元素であり、かつ、ベイナイト変態時のセメンタイト析出をおさえることによりオーステナイトのC濃度を高め、残留オーステナイトの確保に寄与する元素である。また、Si及びAlは、鋼板の穴広げ性を高める。この理由は明らかではないが、母相の焼戻しマルテンサイト又はフェライトが硬くなることによって、加工中にオーステナイトから変態したマルテンサイトと焼戻しマルテンサイト又はフェライトとの間の硬度差が小さくなるからであると推定される。
Si及びAlの含有量が多いほどその効果は大きくなるが、Si及びAlを過剰に含有させると、表面性状、塗装性、及び溶接性などの劣化を招くので、Siの上限を5.00%以下とし、Alの上限を5.000%以下とする。また、5.000%を超える量のAlを含有させる場合、デルタフェライトが室温でも残存する。当該フェライトは熱間圧延時に延伸したフェライトとなり、引張試験やプレス成型時に当該フェライトに応力集中するので鋼板が破断しやすくなる。Si含有量の好ましい下限値は0.40%、0.90%、又は1.20%である。Si含有量の好ましい上限値は4.00%、3.50%、又は3.00%である。
[0032] (P:0.150%以下)
Pは、不純物であり、過剰に含有すると延性や溶接性を損なう。したがって、P含有量の上限を0.150%以下とする。P含有量の好ましい上限値は0.060%、0.030%、又は0.025%である。本実施形態に係る鋼板はPを必要としないので、P含有量の下限値は0%である。P含有量の下限値を0%超、または0.001%としてもよいが、P含有量はできるだけ減少させることが好ましい。
[0033] (S:0.0300%以下)
Sは、不純物であり、過剰に含有すると、熱間圧延によって伸張したMnSが生成し、延性及び穴広げ性などの成形性の劣化を招く。したがって、S含有量の上限を0.0300%以下とする。S含有量の好ましい上限値は0.0100%、0.0070%、又は0.0040%である。本実施形態に係る鋼板はSを必要としないので、S含有量の下限値は0%である。S含有量の下限値を0%超、または0.0001%としてもよいが、S含有量はできるだけ減少させることが好ましい。
[0034] (N:0.0100%以下)
Nは、不純物であり、0.0100%を超えると局部延性の劣化を招く。したがって、N含有量の上限を0.0100%以下とする。N含有量の好ましい上限値は0.0080%、0.0060%、又は0.0050%である。本実施形態に係る鋼板はNを必要としないので、N含有量の下限値は0%である。N含有量の下限値を0%超、または0.0003%としてもよいが、N含有量はできるだけ減少させることが好ましい。
[0035] (O:0.0100%以下)
Oは、不純物であり、0.0100%を超えると延性の劣化を招く。したがって、O含有量の上限を0.0100%以下とする。O含有量の好ましい上限値は0.0060%、0.0040%、又は0.0020%である。本実施形態に係る鋼板はOを必要としないので、O含有量の下限値は0%である。O含有量の下限値を0%超、または0.0001%としてもよいが、O含有量はできるだけ減少させることが好ましい。
[0036] 以上が本実施形態に係る鋼板を構成する基本元素であるが、本実施形態に係る鋼板は更に、Cr、Mo、Ni、Cu、Nb、Ti、V、W、及びBからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。しかしながら、本実施形態に係る鋼板はCr、Mo、Ni、Cu、Nb、Ti、V、W、及びBを必要としないので、Cr、Mo、Ni、Cu、Nb、Ti、V、W、及びBの含有量の下限値は0%である。
[0037] (Cr:0〜5.00%)
(Mo:0〜5.00%)
(Ni:0〜5.00%)
(Cu:0〜5.00%)
Cr、Mo、Ni、及びCuは、本実施形態に係る鋼板に必須の元素ではない。しかし、Cr、Mo、Ni、及びCuは、鋼板の強度を向上させる元素であるので、本実施形態に係る鋼板に含有されてもよい。この効果を得るために、鋼板がCr、Mo、Ni、及びCuからなる群から選択された1種又は2種以上の元素それぞれを0.01%以上含有してもよい。しかし、これらの元素を過剰に含有させると、鋼板の強度が高くなりすぎて、鋼板の延性を損なうことがある。したがって、Cr、Mo、Ni、及びCuからなる群から選択された1種又は2種以上の元素それぞれの上限値を5.00%とする。
[0038] (Nb:0〜0.500%)
(Ti:0〜0.500%)
(V:0〜0.500%)
(W:0〜0.500%)
Nb、Ti、V、及びWは、本実施形態に係る鋼板に必須の元素ではない。しかし、Nb、Ti、V、及びWは微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を生成する元素であるので、鋼板の強度確保に有効である。従って、鋼板がNb、Ti、V、及びWからなる群から選択される1種または2種以上の元素を含有してもよい。この効果を得るためには、Nb、Ti、V、及びWからなる群から選択される1種または2種以上の元素それぞれの下限値を0.005%とすることが好ましい。一方で、これらの元素を過剰に含有させると、鋼板の強度が上昇しすぎて、鋼板の延性が低下する場合がある。従って、Nb、Ti、V、及びWからなる群から選択される1種または2種以上の元素それぞれの上限値を0.500%とする。
[0039] (B:0〜0.0030%)
Bは、フェライト変態及びベイナイト変態の開始を遅らせて、鋼の強度を高めることができるので、必要に応じて本実施形態に係る鋼板に含有させてもよい。この効果を得るためには、B含有量の下限値を0.0001%とすることが好ましい。一方で、過剰な量のBは、鋼板の焼き入れ性を高め過ぎて、フェライト変態及びベイナイト変態の開始を過剰に遅延させるので、残留オーステナイト相へのC濃化を妨げるおそれがある。従って、B含有量の上限を0.0030%とする。
[0040] 本実施形態に係る鋼板は、更に、Ca、Mg、Zr、及びREM(希土類元素)からなる群から選択される1種または2種以上の元素を含有しても良い。しかしながら、本実施形態に係る鋼板はCa、Mg、Zr、及びREMを必要としないので、Ca、Mg、Zr、及びREMの含有量の下限値は0%である。
[0041] (Ca:0〜0.0500%)
(Mg:0〜0.0500%)
(Zr:0〜0.0500%)
(REM:0〜0.0500%)
Ca、Mg、Zr、及びREMは、硫化物及び酸化物の形状を制御して、鋼板の局部延性及び穴広げ性を向上させる。この効果を得るために、0.0001%以上のCa、0.0001%以上のMg、0.0005%以上のZr、及び0.0005%以上のREMからなる群から選択される1種又は2種以上が鋼板に含有されても良い。しかし、過剰量のこれら元素は、鋼板の加工性を劣化させるので、これら元素それぞれの上限を0.0500%とした。なお、Ca、Mg、Zr、REMからなる群から選択される1種または2種以上の元素の含有量の合計を0.0500%以下とすることが好ましい。
[0042] 鋼はさらに、Sb、Sn、As、及びTeからなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。しかしながら、本実施形態に係る鋼板はSb、Sn、As、及びTeを必要としないので、Sb、Sn、As、及びTeの含有量の下限値は0%である。
[0043] (Sb:0〜0.0500%)
(Sn:0〜0.0500%)
(As:0〜0.0500%)
(Te:0〜0.0500%)
Sb、Sn、As、及びTeは、鋼板中のMn、Si、および/又はAl等の易酸化性元素が鋼板表面に拡散され酸化物を形成することを抑え、鋼板の表面性状やめっき性を高める。この効果を得るために、Sb、Sn、As、及びTeから成る群から選択される1種又は2種以上の元素それぞれの下限値を0.0050%としてもよい。一方、これら元素それぞれの含有量が0.0500%を超えると、その効果が飽和するので、これら元素それぞれの上限値を0.0500%とした。
[0044] ([C]×[Mn]≧0.15)
本実施形態に係る鋼板の化学成分は、単位質量%でのC含有量[C]及びMn含有量[Mn]が以下の式3を満たす必要がある。
[C]×[Mn]≧0.15・・・(式3)
C及びMnのいずれも、鋼板の製造方法に含まれる熱処理の際に、鋼板に含まれるオーステナイトを安定化し、最終的に得られる鋼板の残留オーステナイト量を増大させる効果を有する。C含有量とMn含有量との積が0.15以上である場合、残留オーステナイト量を4%以上とし、且つMnを残留オーステナイト内に濃化させて式1を満たすことができる。[C]×[Mn]の好ましい下限値は0.30、または0.50である。[C]×[Mn]の上限値を特に定める必要はないが、上述されたC含有量及びMn含有量の上限値から算出される4.80としてもよい。」
(6)「[0047] (鋼板の1/4t部の金属組織中の残留オーステナイトの量:4〜70体積%)
本実施形態に係る鋼板では、残留オーステナイトの量を制御することが重要である。残留オーステナイトは、変態誘起塑性によって鋼板の延性、特に鋼板の一様伸びを高める組織である。また、残留オーステナイトは、加工によってマルテンサイトに変態するので、鋼板の強度の向上にも寄与する。これら効果を得るために、本実施形態に係る鋼板の1/4t部は、体積率で4%以上の残留オーステナイトを含有する必要がある。好ましくは、残留オーステナイトの体積率の下限値は5%、7%、9%、または12%である。なお、上述の通り、鋼板の1/4t部以外の領域の金属組織の構成は、鋼板の1/4t部の金属組織の構成が本実施形態で説明される所定の範囲内である限り、特に限定されない。鋼板の1/4t部以外の領域の残留オーステナイトの体積率は限定されない。本実施形態では、特に断りが無い限り、残留オーステナイト等の含有量に関する記載は、鋼板の1/4t部の金属組織の残留オーステナイト等の含有量を示すものである。
[0048] 残留オーステナイトの体積率は高いほど好ましい。しかし、上述した化学成分を有する鋼板に、体積率で70%超の残留オーステナイトを含有させることは困難である。残留オーステナイトを70体積%超にするためには、0.40%超のCを含有させる必要があり、この場合、鋼板の溶接性が損なわれる。したがって、残留オーステナイトの体積率の上限を70%以下とする。
[0049] 上述の残留オーステナイトの量が規定範囲内である限り、本実施形態に係る鋼板の金属組織の残部は特に規定されず、求められる特性に応じて適宜選択されればよい。金属組織の残部に含まれ得る組織は、フェライト、フレッシュマルテンサイト、ベイナイト、焼戻しマルテンサイトなどであるが、これら以外の組織及び介在物が含まれてもよい。フェライト、フレッシュマルテンサイト、ベイナイト、及び焼戻しマルテンサイトの上下限値は特に限定されないが、以下にこれらの好ましい上下限値を説明する。
[0050] フェライトは、鋼板の延性を向上させる組織である。フェライト含有量を0面積%としてもよいが、目的とする強度レベルの範囲内で、強度と延性との両方を好ましく保つためには、フェライトの面積率を10〜75%とすることが好ましい。フェライトの含有量のさらに好ましい下限値は15面積%、20面積%、又は25面積%である。フェライトの含有量のさらに好ましい上限値は50面積%、65面積%、又は70面積%である。
[0051] 本実施形態に係る鋼板の金属組織は、フレッシュマルテンサイト(即ち、焼戻しされていないマルテンサイト)を含んでいてもよい。フレッシュマルテンサイトは硬質の組織であり、鋼板の強度の確保に有効である。しかし、フレッシュマルテンサイトの含有量が小さい場合、鋼板の延性が高くなる。従って、フレッシュマルテンサイトの含有量が0面積%とされてもよい。本実施形態に係る鋼板では、延性を確保するために、フレッシュマルテンサイトの含有量の上限値を面積率で25%としてもよい。フレッシュマルテンサイトの含有量の好ましい下限値は0.5面積%、1面積%、又は2面積%である。フレッシュマルテンサイトの含有量の好ましい上限値は20面積%、15面積%、又は12面積%である。
[0052] 本実施形態に係る鋼板の金属組織は、最終焼鈍後に生じたフレッシュマルテンサイトを焼き戻すことによって得られる焼戻しマルテンサイトを含んでいてもよい。焼戻しマルテンサイトの含有量が0面積%であってもよいが、焼戻しマルテンサイトは、鋼板の強度及び穴広げ性の両方を向上させる組織である。焼戻しマルテンサイトの含有量は、目的とする強度レベルに応じて適宜選択することができるが、焼戻しマルテンサイトの含有量の上限を25%とした場合、鋼板の延性を好ましく確保することができる。焼戻しマルテンサイトの含有量のさらに好ましい下限値は3面積%、5面積%、又は7面積%である。焼戻しマルテンサイトの含有量のさらに好ましい上限値は22面積%、20面積%、又は18面積%である。
[0053] 本実施形態に係る鋼板の金属組織は、ベイナイトを含んでいてもよい。ベイナイト変態の間に、Cがオーステナイト中に濃化し、オーステナイトが安定化する。即ち、最終的に得られる鋼板中にベイナイトが含まれるように熱処理を行えば、残留オーステナイトが安定化する。さらに、ベイナイトは、鋼板の強度及び穴広げ性の両方を向上させることができる組織でもある。ベイナイトの含有量が0面積%であってもよいが、これら効果を得るために、5面積%以上のベイナイトを含有させることが好ましい。本実施形態に係る鋼板では、0.5%以上のMnが含まれるので、ベイナイトを50面積%以上にすることは困難である。従って、ベイナイトの含有量の上限値を50面積%としてもよい。ベイナイトの含有量のさらに好ましい下限値は7面積%、8面積%、又は10面積%である。ベイナイトの含有量のさらに好ましい上限値は45面積%、42面積%、又は40面積%である。
[0054] 本実施形態に係る鋼板の金属組織は、パーライトを含んでも良い。パーライトは、焼鈍時の冷却中、及び合金化処理中等にオーステナイトから変態する場合がある。パーライトの含有量の上限値は、好ましくは10面積%である。パーライト含有量の上限値を10面積%とした場合、残留オーステナイト量が4面積%以下になることを防ぎ、強度及び延性を確保することができる。パーライトの含有量のさらに好ましい上限値は3面積%、2面積%、又は1面積%である。また、パーライトの含有量は低い方が良いので、パーライトの含有量の下限値は0面積%である。
[0055] なお、フェライト及び焼戻しマルテンサイトの一方又は両方が鋼板に含まれる場合、フェライト及び焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径を10μm以下にすることが好ましい。この場合、組織が微細になるので鋼板が高強度化する。さらに、組織が均一化されるので、加工歪が鋼板に均一に導入されるようになり、鋼板の均一伸びが向上する。フェライト及び焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径は、より好ましくは7μm以下であり、更に好ましくは、5μm以下である。
[0056] 以下に上記組織の同定方法を示す。なお、以下に説明される同定方法は、全て鋼板の1/4t部で実施される。
フェライトの観察は、研磨及びナイタール腐食された試料の切断面を用いて、光学顕微鏡によって行う。通常の光学顕微鏡像では、フェライトは白く見えるので、白色部の面積率を測定してフェライト分率とする。面積率の測定は、組織写真を画像解析して行う。
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法によって求める。なお、この手段によって求められる体積率は、面積率とほぼ同じであると考えてよい。
フレッシュマルテンサイトの観察は、研磨及びレペラ腐食された試料の切断面を用いて、光学顕微鏡によって行う。
パーライトは、研磨及びナイタール腐食された試料の切断面をSEMで観察し、ラメラー構造からなる領域の面積率を測定してパーライトの面積率とする。」
(7)「[0059] 次に、本実施形態に係る鋼板の機械特性について説明する。
本実施形態に係る鋼板の引張強度は、440MPa以上であることが好ましい。これは、鋼板を自動車の素材として使用する際、高強度化によって板厚を減少させ、軽量化に寄与するためである。また、本実施形態に係る鋼板をプレス成形に供するためには、均一伸び(uEL)と穴広げ性(λ)とが優れることが望ましい。引張強度と均一伸びとの積「TS×uEL」が20000MPa・%以上であり、引張強度と穴広げ性との積「TS×λ」が20000MPa・%以上であることが望ましい。成分及び1/4t部の金属組織の構成を上述の範囲内とすることにより、このような機械特性が得られる。」
(8)「[0061] 次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態に係る鋼板は、前記のような成分の鋼を常法で溶製し、鋳造してスラブまたは鋼塊を作成し、これを加熱して熱間圧延し、得られた熱延鋼板に酸洗をした後、第一の焼鈍を行った後、さらに第二の焼鈍を施して製造する。第一の焼鈍と第二の焼鈍との間に、必要に応じて冷間圧延を行っても良い。
[0062] 熱間圧延は、通常の連続熱間圧延ラインで行えばよい。上記第一の焼鈍及び第二の焼鈍は、後述する条件を満たせば、焼鈍炉及び連続焼鈍ラインのどちらで行われても構わない。更に、冷延圧延後の鋼板には、スキンパス圧延を行ってもよい。
[0063] 熱間圧延後の冷却条件、巻き取り条件、第一の焼鈍の焼鈍条件、冷間圧延率、及び第二の焼鈍の焼鈍条件をそれぞれ以下に示す範囲内で限定することによって、式1及び式2の規定を満たす金属組織を得ることができる。
[0064] 化学成分が上述された本実施形態に係る鋼板の範囲内である限り、溶鋼は、通常の高炉法で溶製されたものであってもよく、電炉法で作成された鋼のように、原材料がスクラップを多量に含むものでもよい。スラブは、通常の連続鋳造プロセスで製造されたものでもよいし、薄スラブ鋳造で製造されたものでもよい。
[0065] 上述のスラブまたは鋼塊を加熱し、熱間圧延を行う。その際の加熱温度及び熱間圧延温度は特に規定しない。
[0066] 仕上圧延を行って得られる熱延鋼板を冷却し、巻取り、コイルとする。パーライト変態の抑制、及び結晶粒径の微細化のためには、熱間圧延後から巻取り開始までの冷却速度が大きい方が好ましい。従って、熱間圧延後、800℃から巻取温度までの温度範囲の平均冷却速度を10℃/s以上とする。更に、粒径を微細化するためには、熱間圧延後、800℃から巻取温度までの温度範囲の平均冷却速度は30℃/s以上が好ましい。熱間圧延後、800℃から巻取温度までの温度範囲の平均冷却速度の上限は、巻取温度を精度良く制御するために100℃/s以下が好ましい。なお、「800℃から巻取温度までの温度範囲の平均冷却速度」とは、800℃と巻取温度との差を、鋼板が800℃から巻取温度まで冷却されるのに要した経過時間で割って得られる値である。熱間圧延の仕上圧延が800℃未満で終了する場合は、仕上圧延終了直後の温度から巻取温度までの温度範囲の平均冷却速度を、800℃から巻取温度までの温度範囲の平均冷却速度に代えて、制御対象とすればよい。
[0067] 冷却後の巻取温度を600℃以下とする。巻取温度が600℃を超えると、熱延組織がフェライト−パーライトの粗大化によって不均一な組織となり、その後の第一の焼鈍時に粗大なセメンタイトが生じる。この粗大なセメンタイトによって、第二の焼鈍後の残留オーステナイトが粗大になったり、第二の焼鈍後にセメンタイトが残り、残留オーステナイト量が減少したりする場合がある。いずれの場合においても、鋼板の機械特性が劣化する。巻取温度は、さらに好ましくは550℃以下であり、さらに好ましくは500℃以下である。
[0068] このようにして得られた熱延鋼板は、室温まで冷却された後に焼鈍される。
この熱間圧延後の焼鈍(第一の焼鈍)は本実施形態に係る鋼板の製造方法において重要なプロセスとなる。最終組織で、前記(式1)を満たすためには、当該焼鈍を用いて、Mnを残留オーステナイト中に濃化させる必要がある。冷間圧延後に行う焼鈍(第二の焼鈍)のみでは(式1)を満たすことができないからである。
[0069] 第一の焼鈍では、熱延鋼板を加熱し、550〜750℃の温度範囲に30分以上保持し、そしてMs点以下まで冷却する。本焼鈍を施すことによって(式1)及び式2の両方を満たす鋼板が得られる。
第一の焼鈍温度が550℃未満の温度域である場合、最終的に得られる鋼板の組織中の残留オーステナイトが(式2)を満たさなくなる。この原因は不明であるが、第一の焼鈍温度が550℃未満の場合、第一の焼鈍の際に粗大なセメンタイトが旧オーステナイト粒界及びパケット粒界に生じ、この粗大なセメンタイトが第二の焼鈍の際にアスペクト比が2.0以下の粗大なオーステナイトに変化するからであると推定される。
一方、第一の焼鈍温度が750℃を超えると、第一の焼鈍の終了時にマルテンサイトが多くなり、(式1)を満たさなくなる。この原因は不明であるが、(式1)を満たさなくなるのは、第一の焼鈍時に鋼板の組織が実質的にオーステナイト単相となり、Mnの偏析が起きなくなるからであると推定される。従って、第一の焼鈍温度の上限を750℃とした。
[0070] また、第一の焼鈍温度に鋼板を加熱する際、300〜550℃の温度域での平均加熱速度を1℃/s以上とする必要がある。本条件を満たさない場合、鋼板の金属組織が(式2)を満たさなくなり、穴広げ性が劣化する。この理由は定かではないが、1℃/s未満の場合には、加熱中に、旧オーステナイト粒界及びパケット粒界にセメンタイトが析出し、そのセメンタイトが、アスペクト比が2.0以下のオーステナイトになるからであると推定される。当該平均加熱速度の制限は、第一の焼鈍だけでなく、第二の焼鈍でも満たす必要がある。理由は第一の焼鈍と同じである。なお「300〜550℃の温度域での平均加熱速度」とは、温度域の上限と下限との差(250℃)を、鋼板温度が当該温度域を通過するのに要した時間で割った値である。
[0071] 焼鈍の際、鋼板の温度を厳密に等温保持する必要はない。焼鈍の間、鋼板の温度が30分間以上、550〜750℃の温度範囲にあればよく、この範囲内で鋼板の温度が変動してもよい。鋼板温度を550〜750℃の範囲に保持する時間が30分未満の場合には、鋼板の金属組織が(式1)を満たすことができない。これは、保持時間の不足によってMnの拡散距離が不足し、十分にオーステナイト中にMnが濃化できないからであると推定される。
[0072] 冷間圧延は、本実施形態に係る鋼板の製造のために必須ではない。しかしながら、板厚の調整、形状の調整のために鋼板に冷間圧延を行ってもよい。冷間圧延は、焼鈍後の鋼板の金属組織を微細化し、これにより機械特性を向上させる効果がある。しかしながら、冷間圧延の圧下率が大きすぎる場合、局部延性が低下する場合がある。
[0073] 第一の焼鈍後、または任意の冷間圧延後、鋼板に第二の焼鈍を施す。本実施形態に係る鋼板の製造方法では、第二の焼鈍における焼鈍温度は、フェライトとオーステナイトとが共存する温度とする。
第二の焼鈍の焼鈍温度が550℃未満の場合には、第二の焼鈍で得られるオーステナイト量が少なくなり、最終的に得られる鋼板中に十分な残留オーステナイトを残すことが出来ない。第二の焼鈍温度が800℃を超えると、第一の焼鈍でオーステナイト中に濃化させたMnが再び拡散されるので、最終的に得られる鋼板が(式1)を満たさなくなる。また、800℃がオーステナイト単相域となる鋼に対して、800℃を超える焼鈍温度で第二の焼鈍を行った場合、本実施形態に係る鋼板の組織を得ることができない。
[0074] また、第二の焼鈍での温度保持時間(550℃〜800℃での保持時間)は5秒以上とする。第二の焼鈍の温度保持時間が5秒未満である場合、炭化物が完全に溶けず、最終的に得られる残留オーステナイトの量が減少し、また、冷間圧延を行った場合は再結晶も進まないので、最終的に得られる鋼板の延性が大きく劣化する。第二の焼鈍の温度保持時間の上限値を規定する必要はないが、生産性を考慮して、上限を1000秒とすることが好ましい。
[0075] 第二の焼鈍後の冷却は、オーステナイト相からフェライト相への変態を促して、未変態のオーステナイト相中にCを濃化させてオーステナイトを安定化させるために重要である。第二の焼鈍後の冷却における平均冷却速度を1℃/s未満にすると、パーライトが生成し、最終的に得られる残留オーステナイトの量が減少してしまう。本実施形態に係る鋼板では、Mnを残留オーステナイト中に濃化させているので、第二の焼鈍後の冷却における平均冷却速度を1℃/sまで遅くすることが許容される。一方、第二の焼鈍後の冷却における平均冷却速度が200℃/s超の場合には、フェライト変態を十分進行させることが出来ないので、第二の焼鈍後の冷却における平均冷却速度の上限は200℃/sとすることが好ましい。なお、鋼板にめっきする場合は、第二の焼鈍後の冷却における平均冷却速度とは、第二の焼鈍温度から後述する冷却停止温度までの温度範囲の平均冷却速度(即ち、第二の焼鈍温度と冷却停止温度との差を、第二の焼鈍温度から冷却停止温度まで鋼板を冷却するのに要した時間で割った値)である。鋼板にめっきしない場合は、第二の焼鈍後の冷却における平均冷却速度とは、第二の焼鈍温度から430℃までの温度範囲の平均冷却速度(即ち、第二の焼鈍温度と室温との差を、第二の焼鈍温度から室温まで鋼板を冷却するのに要した時間で割った値)である。
[0076] 第二の焼鈍後の冷却は、鋼板にめっきしない場合には、そのまま室温まで行われればよい。また、鋼板にめっきする場合には、以下のようにして製造する。」
(9)「[0091] 鋼A〜Pを溶製および鋳造してスラブを作成し、これらスラブを熱間圧延して熱延鋼板を作成し、これら熱延鋼板を巻取、酸洗、第一の焼鈍、冷間圧延、及び第二の焼鈍に供し、並びに任意にめっき処理及び合金化処理に供し、これにより鋼板1〜25を得た。鋼A〜Pの化学成分は表1−1および表1−2に示される通りであり、鋼板1〜25の製造条件は表2に示される通りであり、鋼板1〜25の組織の状態は表3に示される通りであり、鋼板1〜25の機械特性は表4に示される通りであった。表1−1及び表1−2に示される鋼A〜Pの化学成分の数値の単位は質量%であり、化学成分の残部は鉄及び不純物であった。めっき処理が行われる場合、めっき浴に浸漬する前の冷却停止温度を460℃とした。また、合金化処理が行われる場合、合金化処理温度は520℃とした。
なお、表2に記載された「第一の焼鈍時間」とは、供試材No.4および供試材No.7を除き、供試材の温度が550〜750℃の範囲内とされていた時間である。供試材No.4および供試材No.7の「第一の焼鈍時間」とは、供試材の温度が「第一の焼鈍温度」とされていた時間である。表2に記載された「第二の焼鈍時間」とは、供試材No.8および供試材No.21を除き、供試材の温度が550〜800℃の範囲内とされていた時間である。供試材No.8および供試材No.21の「第二の焼鈍時間」とは、供試材の温度が「第二の焼鈍温度」とされていた時間である。「第二の焼鈍後の平均冷却速度」とは、供試材にめっきする場合は、第二の焼鈍温度から460℃(即ち上述されためっき浴に浸漬する前の冷却停止温度)までの平均冷却速度であり、供試材にめっきしない場合は、第二の焼鈍温度から430℃までの平均冷却速度である。
[0092] 1/4t部のフェライト体積率は、研磨及びナイタール腐食された試料の断面の1/4t部の組織写真を光学顕微鏡で撮影し、この組織写真を画像解析することにより求めた。なお、この手法によって得られる値はフェライトの面積率であるが、面積率と体積率とは実質的に同じ値になると考えられる。
1/4t部のパーライト体積率は、研磨及びナイタール腐食された試料の断面の1/4t部の組織写真をSEMで撮影し、この組織写真を画像解析することにより求めた。画像解析においては、ラメラー構造を有する領域をパーライトとみなした。
1/4t部の焼戻しマルテンサイトの体積率は、焼鈍終了後に焼戻し処理を行って焼戻しマルテンサイトを生成させた場合、焼戻し処理前の鋼板の1/4t部のマルテンサイトの量を測定し、このマルテンサイトの量を、焼戻し処理後に得られる1/4t部の焼戻しマルテンサイトの量とみなすことにより得た。オーステンパー処理前に鋼板の温度をMs〜Mf点の温度にして焼戻しマルテンサイトを生じさせた場合、1/4t部の焼戻しマルテンサイトの体積率は、鋼板の温度をMs〜Mfの温度にしてから0.1秒以内の鋼板の体積の増加量を測定し、この増加量を、焼戻し処理後に得られる1/4t部の焼戻しマルテンサイトの量とみなすことにより得た。
1/4t部のベイナイト体積率は、焼戻しマルテンサイトが存在しない場合には、フェライト、マルテンサイト、残留オーステナイト、及びパーライト以外の組織をベイナイトであるとみなし、1/4t部のフェライト、マルテンサイト、残留オーステナイト、及びパーライトの体積率に基づいて算出した。焼鈍終了後に焼戻し処理を行って焼戻しマルテンサイトを生成させた場合、1/4t部のベイナイト体積率は、フェライト、マルテンサイト、残留オーステナイト、パーライト、及び焼戻しマルテンサイト以外の組織をベイナイトであるとみなし、1/4t部のフェライト、マルテンサイト、残留オーステナイト、パーライト、及び焼戻しマルテンサイトの体積率に基づいて算出した。オーステンパー処理前に鋼板の温度をMs〜Mf点の温度にして焼戻しマルテンサイトを生じさせた場合、1/4t部のベイナイト体積率は、鋼板の温度をMs〜Mfの温度にしてから0.1秒後の鋼板の体積の増加量を1/4t部のベイナイト体積率とみなすことにより求めた。
1/4t部の残留オーステナイト体積率は、X線回折法によって求めた。
1/4t部のフレッシュマルテンサイト体積率は、研磨及びレペラ腐食された試料の断面の組織写真を光学顕微鏡で撮影し、この組織写真を画像解析することにより求めた。
[0093] 引張強度(TS)、均一伸び(u−EL)、及び延性(t−EL)は、JIS Z 2241に準拠した鋼板の引張試験によって測定した。穴広げ性λは、80mm角の試験片を用いて、日本鉄連規格JFST1001−1996に準拠した穴広げ試験によって測定した。TS×uEL及びTS×λが20000MPa・%以上である鋼板は、機械特性が優れた鋼板であるとみなされた。
[0094]
[表1-1]

[0095]
[表1-2]

[0096]
[表2]

[0097]
[表3]

[0098]
[表4]

[0099] 化学成分および製造条件が適切であった実施例1、3、5、6、9、11、13、15、17〜20は、残留オーステナイト体積率、[Mn]γ/[Mn]ave、及びfγs/fγが適切に制御され、機械特性に優れた。
[0100] 一方、第一の焼鈍における焼鈍時間が不足した比較例2、及び第一の焼鈍における焼鈍温度が過剰であった比較例4は、Mnが残留オーステナイト中に十分に濃化しなかったので、TS×uELが不足した。
第一の焼鈍における焼鈍温度が不足した比較例7は、アスペクト比が2.0以下の残留オーステナイトの体積率fγsが十分に減少しなかったので、TS×λが不足した。
第二の焼鈍における焼鈍温度が不足した比較例8は、残留オーステナイトを含まないので、TS×uELが不足した。
第二の焼鈍後の平均冷却速度が不足した比較例10は、残留オーステナイト量が不足したので、TS×uELが不足した。
第二の焼鈍における焼鈍時間が不足した比較例12は、残留オーステナイト量が不足したので、TS×uELが不足した。
第一の焼鈍後の平均冷却速度が不足した比較例14は、アスペクト比が2.0以下の残留オーステナイトの体積率fγsが十分に減少しなかったので、TS×λが不足した。
第一の焼鈍前の平均加熱速度が不足した比較例16は、アスペクト比が2.0以下の残留オーステナイトの体積率fγsが十分に減少しなかったので、TS×λが不足した。
第二の焼鈍における焼鈍温度が過剰であった比較例21は、第一の焼鈍でオーステナイト中に濃化させたMnが再び拡散されたので、Mnが残留オーステナイト中に十分に濃化せず、TS×uELが不足した。
[0101] C含有量が不足した比較例22、およびMn含有量が不足した比較例23は、Mnが残留オーステナイト中に十分に濃化しなかったので、TS×uELが不足した。
C×Mnが不足した比較例24は、Mnが残留オーステナイト中に十分に濃化しなかったので、TS×uELが不足した。
Mn含有量が過剰であった比較例25は、延性が損なわれ、TS×uEL及びTS×λが不足した。」

5 甲第5号証の記載事項
甲第5号証には、「薄鋼ストリップの製造」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】
両者間にロール間隙を形成する一対の冷却鋳造ロール上で溶融低炭素鋼の鋳造溜めを支持し、ロールを相互方向に回転させることによって凝固ストリップがロール間隙から下方に移動するようにしてオーステナイト粒を含む板厚5mm以下の凝固ストリップを連続鋳造し、
ストリップを圧延機に通して熱間圧延してストリップ板厚の少なくとも15%削減をもたらし、
90℃/秒以上の冷却速度でストリップを冷却して850℃と400℃との間の温度範囲でオーステナイトをフェライトに変えること
からなる鋼ストリップ製造方法。
【請求項2】
前記冷却速度が100℃/秒〜300℃/秒の範囲である、請求項1で請求の方法。
【請求項3】
低炭素鋼が、以下の重量組成を有するケイ素/マンガンキルド鋼である、請求項1で請求の方法。
炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下
【請求項4】
低炭素鋼がアルミニウムキルド鋼である請求項1で請求の方法。
【請求項5】
アルミニウムキルド鋼が以下の重量組成を有する、請求項4で請求の方法。
炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.40%最大
ケイ素 0.05%最大
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.05%最大
【請求項6】
仕上げられたストリップが450MPa以上の降伏強さを有する、請求項1で請求の方法。
【請求項7】
前記冷却速度が100℃/秒〜300℃/秒の範囲であり、ストリップが少なくとも450MPaの降伏強さを有する、請求項1で請求の方法。
【請求項8】
ストリップが450MPa〜700MPaの範囲の降伏強さを有する、請求項7で請求の方法。
【請求項9】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが100℃/秒〜300℃/秒の範囲の冷却速度で冷却されて少なくとも450MPaの降伏強さを有するストリップを生み出す、請求項1で請求の方法。
【請求項10】
最終ストリップが450MPa〜700MPaの範囲の降伏強さを有する。請求項9で請求の方法。
【請求項11】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが900℃〜1100℃の温度範囲で熱間圧延されてから100℃/秒〜300℃/秒の範囲の冷却速度で冷却されて少なくとも450MPaの降伏強さを有する最終ストリップを生み出す、請求項1で請求の方法。
【請求項12】
最終ストリップが450MPa〜700MPaの範囲の降伏強さを有する、請求項11で請求の方法。
【請求項13】
鋼が以下の重量組成を有する、請求項11で請求の方法。
炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下
【請求項14】
両者間にロール間隙を形成する一対の冷却鋳造ロール上で溶融低炭素鋼の鋳造溜めを支持し、ロールを相互方向に回転させることによって凝固ストリップがロール間隙から下方に移動するようにしてオーステナイト粒を含む板厚5mm以下の凝固ストリップを連続鋳造し、
ストリップを圧延機に通して熱間圧延してストリップ板厚の少なくとも15%削減をもたらし、
90℃/秒以上の冷却速度でストリップを冷却して850℃と400℃との間の温度範囲でオーステナイトをフェライトに変える
という段階からなる方法により製造される鋳造鋼ストリップ。
【請求項15】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが1200℃〜900℃の温度範囲で熱間圧延されてから100℃/秒〜300℃/秒の範囲の冷却速度で冷却されて少なくとも450MPaの降伏強さを有する最終ストリップを生み出す、請求項14の鋳造鋼ストリップ。
【請求項16】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが100℃/秒〜300℃/秒の範囲の冷却速度で冷却されて最終降伏強さが少なくとも450MPaである最終ストリップを生み出す、請求項14の鋳造鋼ストリップ。
【請求項17】
最終降伏強さが450MPaと700MPaとの間である、請求項16の鋼ストリップ。
【請求項18】
冷却速度が100℃/秒〜300℃/秒の範囲であり、ストリップが少なくとも450MPaの降伏強さを有する、請求項14の鋳造鋼ストリップ。
【請求項19】
降伏強さが450MPaと700MPaとの間である、請求項18の鋳造鋼ストリップ。
【請求項20】
低炭素鋼が以下の重量組成を有するケイ素/マンガンキルド鋼である、請求項14の鋳造鋼ストリップ。
炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下
【請求項21】
低炭素鋼がアルミニウムキルド鋼である、請求項14の鋼ストリップ。
【請求項22】
アルミニウムキルド鋼が以下の重量組成を有する、請求項14の鋼ストリップ。
炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.40%最大
ケイ素 0.05%最大
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.05%最大」
(2)「【0002】
本発明は、ストリップ鋳造機、特に双ロール鋳造機における薄鋼ストリップの製造に関する。」
(3)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】
これまで、ストリップ鋳造ではストリップを水スプレーすることによりオーステナイト変態域を介しストリップを冷却することが提案されている。斯かる水スプレーはほぼ90℃/秒程度の最高冷却速度を生み出すことができる。冷却の強さは最終ストリップ微構造に劇的な効果をもたらす。加速冷却速度を用いることにより典型的な低炭素鋼の化学的性質で驚く程の焼入性を達成することが可能であり、低温変態産物の形成を促進することで、造られるストリップ品の範囲を特に降伏強さ及び硬度の範囲について増加させることが、インライン熱間圧下で「鋳放し」(as cast)微構造を純化した場合でも可能である。
【0007】
【課題を解決するための手段】
開示によれば、
溶融平炭素鋼(plain carbon steel)をストリップオーステナイト粒を含む板厚5mm以下のストリップに連続鋳造し、
ストリップを圧延機に通して熱間圧延しストリップ板厚を15%以上減少させ、
ストリップを冷却し、850℃と400℃の温度範囲で90℃/秒以上の冷却速度でストリップをオーステナイトからフェライトに変える
ことからなる鋼ストリップの製造方法が提供される。
【0008】
両者間にロール間隙を形成する一対の冷却鋳造ロール上で溶融鋼の鋳造溜めを支持することでストリップは連続鋳造され、ロールを相互方向に回転させることにより凝固ストリップがロール間隙から下方に動くようにして凝固ストリップが造られる。
【0009】
冷却速度は例えば100℃/秒〜300℃/秒の範囲である。ストリップは850℃と400℃の間の範囲の、変態点範囲を介し(必ずしもその範囲全体を介してではない)斯かる冷却速度で冷却できる。正確な変態点範囲は鋼組成の化学的性質及び処理特性により異なる。」
(4)「【0016】
現在開示の方法により、450MPaよりもはるかに大きい降伏強さを持つ鋼ストリップの製造が可能である。より明細には、450〜超700MPaの範囲の降伏強さを持つストリップを100℃/秒〜300℃/秒の範囲の冷却速度で製造できる。しかしながら、アルミニウムキルド鋼は一般にケイ素/マンガンキルド鋼よりも20〜50MPa柔らかい。」
(5)「【0020】
ストリップは圧延機を通して熱間圧延でき、板厚は最大50%減少する。」
(6)「【0036】
冷却ヘッダ18は、従来の熱間ストリップ圧延機で使われる、一般に「層流冷却」(laminar cooling)ヘッダと呼ばれる種類のものである。従来の熱間ストリップ圧延機でのストリップ速度は薄ストリップ鋳造機でのそれよりもはるかに高速であり、典型的にはほぼ10倍位速い。層流冷却は、ストリップへ大流量の冷却水を当てて、水スプレーシステムで可能なよりもはるかに高速な冷却速度を生み出すのに有効な仕方である。冷却強度がはるかに高いため従来の巻取り温度にできないという理由で層流冷却はストリップ鋳造機には不適切であると従来考えられていた。従って、ストリップを冷却するのに水スプレーを用いることが従来提案されてきた。 しかしながら、水スプレーシステムと層流冷却ヘッダの両方を用いる双ロールストリップ鋳造機で大規模に試行鋳造することにより、我々は、平炭素鋼ストリップの最終微構造と物理的特性がストリップをオーステナイト変態点範囲を介し冷却するときの冷却速度を変えることにより劇的に影響され得ること、及び、 100℃/秒〜300℃/秒又はそれ以上の範囲の冷却速度での加速冷却の可能性により、商業的用途によっては有益な特性を有する、降伏強さを増加させたストリップの製造が可能になることを見知した。
試行により判明したことは、冷却速度が100℃/秒以上に増加するので、最終微構造が大部分多角形フェライト(粒径10〜40ミクロン)から多角形フェライトと低温変態産物との混合物に変化し、従って降伏強さが増加することである。これを示しているのが図8で、冷却速度の増加によりストリップの降伏強さが次第に増加することを示している。
【0037】
我々の試行により判明したのは、典型的なストリップ鋳造機において加速冷却が、ほぼ40〜60m3/時・m2程度の比水流速値(specific water flux values)で働く層流冷却ヘッダにより達成できることである。加速冷却の典型的な条件を表1に示す。
【0038】
【表1】



6 甲第6号証の記載事項
甲第6号証には、「薄鋼ストリップの製造」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】
両者間にロール間隙を形成する一対の冷却鋳造ロール上で溶融低炭素鋼の鋳造溜めを支持して、凝固ストリップがロール間隙から下方に移動するようロールを相互方向に回転させることにより板厚5mm以下でオーステナイト粒を含む凝固ストリップを連続鋳造し、
ストリップを圧延機に通して熱間圧延し、少なくとも15%のストリップ厚減少を生み出し、
ストリップを冷却して、温度範囲850〜400℃、冷却速度100℃/秒以上でストリップをオーステナイトからフェライトに変換させて、オーステナイトが約1%以下であり、10%以上がパケットサイズ300μm以上で(i)多角形フェライトと低温変態生成物との混合物か(ii)大部分が低温変態生成物である微細構造を有し、降伏強さが少なくとも450MPaである鋳造ストリップを形成するという諸段階からなる方法で造られる鋳造鋼ストリップ。
【請求項2】
冷却段階が、Ar3温度よりも少なくとも10℃高い温度で始まる、請求項1に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項3】
冷却段階が、800℃又はそれ以上で始まる、請求項2に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項4】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが温度範囲900〜1100℃で熱間圧延されてから冷却速度100〜300℃/秒で冷却されて、降伏強さが少なくとも450MPaである鋳造ストリップを製造する、請求項1に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項5】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが冷却速度100〜300℃/秒で冷却されて降伏強さが少なくとも450MPaである鋳造ストリップを製造する、請求項1に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項6】
降伏強さが450〜700MPaである、請求項5に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項7】
降伏強さが450〜700MPaである、請求項4に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項8】
低炭素鋼が、以下の重量組成を有するケイ素/マンガンキルド鋼である、請求項1に記載の鋳造鋼ストリップ。

炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下
【請求項9】
低炭素鋼が、アルミニウムキルド鋼である、請求項1に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項10】
低炭素鋼が、以下の重量組成を有するアルミニウムキルド鋼である、請求項1に記載の鋳造鋼ストリップ。

炭素 0.02〜0.08%
マンガン 最大で0.40%
ケイ素 最大で0.05%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 最大で0.05%
【請求項11】
冷却速度が100〜300℃/秒である、請求項10に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項12】
最終の鋳造鋼ストリップの降伏強さが450〜700MPaである、請求項10に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項13】
炭素鋼が、以下の重量組成を有する、請求項12に記載の鋳造鋼ストリップ。

炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下
【請求項14】
両者間にロール間隙を形成する一対の冷却鋳造ロール上で溶融低炭素鋼の鋳造溜めを支持して、凝固ストリップがロール間隙から下方に移動するようロールを相互方向に回転させることにより板厚5mm以下でオーステナイト粒を含む凝固ストリップを連続鋳造し、
ストリップを圧延機に通して熱間圧延し、少なくとも15%のストリップ厚減少を生み出し、
ストリップを連続冷却して、温度範囲400〜850℃、冷却速度100℃/秒以上で冷却速度を抑制することなくストリップをオーステナイトからフェライトに変換させて、オーステナイトが約1%以下であり、パケットサイズが300μmより少なくとも10%大きく(i)多角形フェライトと低温変態生成物との混合物か(ii)大部分が低温変態生成物である微細構造を有し、降伏強さが少なくとも450MPaである鋳造ストリップを形成するという諸段階からなる方法で造られる鋳造鋼ストリップ。
【請求項15】
冷却段階が、Ar3温度よりも少なくとも10℃高い温度で始まる、請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項16】
冷却段階が、800℃又はそれ以上で始まる、請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項17】
冷却速度が100〜300℃/秒である、請求項16に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項18】
低炭素鋼が、以下の重量組成を有するケイ素/マンガンキルド鋼である請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。

炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下
【請求項19】
低炭素鋼がアルミニウムキルド鋼である、請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項20】
低炭素鋼が、以下の重量組成を有するアルミニウムキルド鋼である、請求項19に記載の鋳造鋼ストリップ。

炭素 0.02〜0.08%
マンガン 最大で0.40%
ケイ素 最大で0.05%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 最大で0.05%
【請求項21】
冷却速度が100〜300℃/秒であり、ストリップの降伏強さが少なくとも450MPaである、請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項22】
ストリップの降伏強さが450〜700MPaである、請求項21に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項23】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが冷却速度100〜300℃/秒で冷却されて降伏強さが少なくとも450MPaである鋳造ストリップを製造する、請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項24】
最終の鋳造鋼ストリップの降伏強さが450〜700MPaである、請求項23に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項25】
低炭素鋼がケイ素/マンガンキルド鋼であり、ストリップが900〜1100℃で熱間圧延されてから冷却速度100〜300℃/秒で冷却されて降伏強さが少なくとも450MPaである最終ストリップを製造する、請求項14に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項26】
最終ストリップの降伏強さが450〜700MPaである、請求項25に記載の鋳造鋼ストリップ。
【請求項27】
鋼が以下の重量組成を有する、請求項26に記載の鋳造鋼ストリップ。

炭素 0.02〜0.08%
マンガン 0.30〜0.80%
ケイ素 0.10〜0.40%
硫黄 0.002〜0.05%
アルミニウム 0.01%以下」
(2)「【技術分野】
【0001】
本発明は、ストリップ鋳造機、特に双ロール鋳造機で製造される鋳造鋼ストリップに関する。」
(3)「【0020】
ストリップは圧延機に通して熱間圧延し、板厚を最大50%減少させることができる。」
(4)「【0038】
冷却段階はAr3温度よりも少なくとも10℃高い温度で始める。冷却段階は800℃又はそれ以上、例えば820℃で始めることができる。
【0039】
冷却速度が120℃/秒以上に増加すると、最終微細構造が大部分多角形フェライト(粒径10〜40ミクロン)から多角形フェライトと低温変態生成物との混合物に変化し、従って降伏強さが増加する。これを示しているのが図8で、冷却速度の増加によりストリップの降伏強さが次第に増加することを示している。」
(5)「【0040】
典型的なストリップ鋳造機において加速冷却が、ほぼ40〜60m3/時・m2程度の水分流動率値(specific water flux values)で働く層流冷却ヘッダにより達成できる。加速冷却の典型的な条件を表1に示す。
【0041】
【表1】



7 甲第7号証の記載事項
甲第7号証には、「ストリップ鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】
ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼の製造方法であって、
1)溶鋼の化学組成が重量%で、C:0.03〜0.1%、Si≦0.4%、Mn:0.75〜2.0%、P:0.07〜0.22%、S≦0.01%、N≦0.012%、Cu:0.25〜0.8%、Cr:0.3〜0.8%、Ni:0.12〜0.4%;
Nb、V、Ti及びMoから選択される1以上のマイクロアロイ元素:Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.1%、Ti:0.01〜0.1%、及び、Mo:0.1〜0.5%、並びに、
残部:Fe及び不可避的不純物
からなる、
製錬工程と、
2)1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロールと1対のサイド堰とで形成されている溶融プールに前記溶鋼が投入され、急速凝固により厚さ1〜5mmの鋳造鋼帯に直接鋳造される、
ストリップ連続鋳造工程と、
3)連続鋳造されて前記鋳造ロールから送出された後、前記鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、
20℃/秒を超える冷却速度での前記鋳造鋼帯の冷却工程と、
4)熱間圧延後の熱延鋼帯の厚さが0.5〜3.0mmであり、
前記鋳造鋼帯を熱間圧延するとオーステナイトのオンライン再結晶が起こる、
熱間圧延温度1050〜1250℃、圧下率20〜50%、変形速度>20s−1での前記鋳造鋼帯のオンライン熱間圧延工程と、
5)前記熱延鋼帯の冷却速度が10〜80℃/秒に制御され、前記熱延鋼帯の巻き取り温度が520〜670℃に制御される、
冷却及び巻き取り工程とを含み、
得られる最終鋼帯の微細組織は、均一なベイナイト及びアシキュラーフェライトから実質的になる、
製造方法。
【請求項2】
工程1)において、Nb、V及びTiの各含有量が0.01〜0.05重量%であり、Moの含有量が0.1〜0.25重量%である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程3)において、前記鋼帯の冷却速度が30℃/秒を超える速度である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
工程4)において、前記熱間圧延温度が1100〜1250℃の範囲、又は、1150〜1250℃の範囲である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
工程4)において、前記熱間圧延の圧下率が30〜50%である、
請求項1又は4に記載の製造方法。
【請求項6】
工程4)において、前記熱間圧延の変形速度が>30s−1である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
工程5)において、前記熱延鋼帯の冷却速度が30〜80℃/秒の範囲である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項8】
工程5)において、前記巻き取り温度が520〜620℃の範囲である、
請求項1又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記鋼帯の厚さが3mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項10】
前記鋼帯の厚さが2mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項11】
前記鋼帯の厚さが1mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項12】
前記鋼帯は降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上、伸びが18%以上である、
請求項1又は9に記載の製造方法。」
(2)「【技術分野】
【0001】
本発明は、ストリップ連続鋳造法(continuous strip casting process)、特に、ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼の製造方法に関する。この製造方法においては、上記鋼帯は、降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上、伸びが18%以上であり、180度曲げ試験に合格する特性を有し、優れた強度及び塑性のバランスがとれたものであり、また、主に均一なベイナイト及びアシキュラーフェライトからなる微細組織を有する。」
(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0033】
本発明の目的は、製造設備を追加することなく、合理的な組成及びプロセス設計によって、ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼を製造する方法を提供することにある。この製造方法によって、鋳造鋼帯の熱間圧延後にオーステナイトのオンライン再結晶が実現され、オーステナイト結晶粒が微細化され、その粒径の均一性が向上し、より均一に分散し且つ微細化されたベイナイト及びアシキュラーフェライトの微細組織が製品に付与され、高い強度及び伸びが同時に得られる。」
(4)「【0082】
連続鋳造されて鋳造ロールから送出された後、鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、
鋳造鋼帯の冷却工程。
鋳造鋼帯の温度を急速に低下させて、オーステナイト結晶粒が高温で過度に急速に成長しないようにするために、さらに重要なことには、P及びCuの偏析を制御するために、鋳造鋼帯の冷却速度を20℃/秒を超える速度、好ましくは30℃/秒を超える速度に制御する。鋳造鋼帯の冷却にはガス冷却法を用いるが、冷却ガスの圧力及び流量や、ガスノズルの位置によって調節及び制御を行うことができる。使用できる冷却ガスとしては、アルゴン、窒素、ヘリウム等の不活性ガスや、複数のガスからなる混合ガスが挙げられる。冷却ガスの種類、圧力及び流量や、ガスノズルと鋳造鋼帯との距離などを制御することにより、鋳造鋼帯の冷却速度を効率的に制御することができる。」
(5)「【0084】
熱延鋼帯の冷却にガス噴霧冷却、ラミナー冷却、スプレー冷却等の冷却法を用いる、
熱延鋼帯の冷却工程。
冷却水の流量、流速、排水口位置などのパラメータを調節して、熱延鋼帯の冷却速度を制御することができる。熱延鋼帯の冷却速度を10〜80℃/秒に制御し、必要とされる巻き取り温度まで熱延鋼帯を冷却する。冷却速度は、オーステナイトの相変態の実際の開始温度に影響を与える重要な要因であり、すなわち、冷却速度が速いほど、オーステナイトの相変態の実際の開始温度が低くなり、相変態後に得られる微細組織の粒径が微細化され、それにより鋼帯の強度及び靱性が向上しやすくなる。熱延鋼帯の冷却速度は30〜80℃/秒の範囲に制御されることが好ましい。」
(6)「【発明を実施するための形態】
【0094】
図1を参照して、本発明のストリップ連続鋳造法の流れを以下に説明する。大型の取鍋1内の溶鋼が、ロングノズル2、タンディッシュ3及び浸漬ノズル4を通して、1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロール(5a及び5b)と1対のサイド堰(6a及び6b)とで形成されている溶融プール7に投入され、水冷鋳造ロールによる冷却によって1〜5mmの大きさの鋳造鋼帯11が形成される。次に、鋼帯は、その冷却速度を制御するための気密チャンバ10内の第2の冷却装置8を通過し、その後、揺動するガイドプレート9及びピンチロール12を介して熱間圧延機13へと運搬される。熱間圧延後に形成された0.5〜3mmの大きさの熱延鋼帯が第3の冷却装置14を通過した後、巻き取り機15へと進む。その後、鋼コイルが巻き取り機から取り出されて室温まで自然冷却される。
【0095】
本発明の全ての実施例において、溶鋼は電気炉製錬により得られる。下記表1の具体的な化学組成を参照されたい。ストリップ連続鋳造後に得られる鋳造鋼帯の厚さ及び冷却速度、熱間圧延の温度、圧下率及び変形速度、熱延鋼帯の厚さ及び冷却速度、巻き取り温度等のプロセスパラメータに加え、室温まで冷却した後の熱延鋼帯の引張特性及び曲げ特性を表2に示す。
【0096】
表2から明らかなように、本発明の鋼帯は、降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上、伸びが18%以上であり、180度曲げ試験に合格する特性を有し、優れた強度及び塑性のバランスがとれたものである。
【0097】
【表1】

【0098】
【表2】



8 甲第8号証の記載事項
甲第8号証には、「ストリップ鋳造法による550MPa級高強度耐候性鋼帯の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】
ストリップ連続鋳造法による550MPa級高強度耐候性鋼帯の製造方法であって、
1)溶鋼の化学組成が重量%として以下の通り:
C:0.03〜0.08%、Si≦0.4%、Mn:0.6〜1.5%、P:0.07〜0.22%、S≦0.01%、N≦0.012%、Cu:0.25〜0.8%、Cr:0.3〜0.8%、Ni:0.12〜0.4%;
Nb、V、Ti及びMoから選択される1以上のマイクロアロイ元素:Nb:0.01〜0.08%、V:0.01〜0.08%、Ti:0.01〜0.08%、及び、Mo:0.1〜0.4%、並びに、
残部:Fe及び不可避的不純物、である、
製錬工程と、
2)1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロールと1対のサイド堰とで形成されている溶融プールに前記溶鋼が投入され、急速凝固により厚み1〜5mmの鋳造鋼帯に直接鋳造される、
ストリップ連続鋳造工程と、
3)連続鋳造されて前記鋳造ロールから送出された後、前記鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、
20℃/秒を超える冷却速度での前記鋳造鋼帯の冷却工程と、
4)熱間圧延後の熱延鋼帯の厚みが0.5〜3.0mmであり、
前記鋳造鋼帯を熱間圧延するとオーステナイトのオンライン再結晶が起こる、
熱間圧延温度1050〜1250℃、圧下率20〜50%、変形速度>20s−1での前記鋳造鋼帯のオンライン熱間圧延工程と、
5)前記熱延鋼帯の冷却速度が10〜80℃/秒に制御され、前記熱延鋼帯の巻き取り温度が570〜720℃に制御される、
冷却及び巻き取り工程とを含み、
得られる最終鋼帯の微細組織は、微細なポリゴナルフェライト及びパーライトから実質的になる、
製造方法。
【請求項2】
工程1)において、Nb、V及びTiの各含有量が0.01〜0.05重量%であり、Moの含有量が0.1〜0.25重量%である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程3)において、前記鋼帯の冷却速度が30℃/秒を超える速度である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
工程4)において、前記熱間圧延温度が1100〜1250℃の範囲である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
工程4)において、前記熱間圧延温度が1150〜1250℃の範囲である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
工程4)において、前記熱間圧延の圧下率が30〜50%である、
請求項1又は4に記載の製造方法。
【請求項7】
工程4)において、前記熱間圧延の変形速度が>30s−1である、
請求項1又は4に記載の製造方法。
【請求項8】
工程4)において、前記熱間圧延の変形速度が>30s−1である、
請求項6に記載の製造方法。
【請求項9】
工程5)において、前記冷却速度が30〜80℃/秒の範囲である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項10】
工程5)において、前記巻き取り温度が620〜720℃の範囲である、
請求項1又は9に記載の製造方法。
【請求項11】
前記鋼帯の厚みが3mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項12】
前記鋼帯の厚みが2mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項13】
前記鋼帯の厚みが1mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項14】
前記鋼帯は降伏強度が550MPa以上、引張強度が650MPa以上、伸びが22%以上である、
請求項1又は11に記載の製造方法。」
(2)「【技術分野】
【0001】
本発明は、ストリップ連続鋳造法(continuous strip casting process)、特に、ストリップ連続鋳造法による550MPa級高強度耐候性鋼帯の製造方法に関する。この製造方法においては、上記鋼帯は、降伏強度が550MPa以上、引張強度が650MPa以上、伸びが22%以上であり、180度曲げ試験に合格する特性を有し、優れた強度及び塑性のバランスがとれたものであり、また、主に微細なポリゴナルフェライト及びパーライトからなる微細組織を有する。」
(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0030】
本発明の目的は、製造設備を追加することなく、合理的な組成及びプロセス設計によって、ストリップ連続鋳造法による550MPa級高強度耐候性鋼帯を製造する方法を提供することにある。この製造方法によって、鋳造鋼帯の熱間圧延後にオーステナイトのオンライン再結晶が実現され、オーステナイト結晶粒が微細化され、その粒径の均一性が向上し、より均一に分散し且つ微細化されたフェライト及びパーライトの微細組織が製品に付与され、高い強度及び伸びが同時に得られる。」
(4)「【0079】
連続鋳造されて鋳造ロールから送出された後、鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、
鋳造鋼帯の冷却工程。
鋳造鋼帯の温度を急速に低下させて、オーステナイト結晶粒が高温で過度に急速に成長しないようにするために、さらに重要なことには、P及びCuの偏析を制御するために、鋳造鋼帯の冷却速度を20℃/秒を超える速度、好ましくは30℃/秒を超える速度に制御する。鋳造鋼帯の冷却にはガス冷却法を用いるが、冷却ガスの圧力及び流量や、ガスノズルの位置によって調節及び制御を行うことができる。使用できる冷却ガスとしては、アルゴン、窒素、ヘリウム等の不活性ガスや、複数のガスからなる混合ガスが挙げられる。冷却ガスの種類、圧力及び流量や、ガスノズルと鋳造鋼帯との距離などを制御することにより、鋳造鋼帯の冷却速度を効率的に制御することができる。」
(5)「【0081】
熱延鋼帯の冷却にガス噴霧冷却、ラミナー冷却、スプレー冷却等の冷却法を用いる、
熱延鋼帯の冷却工程。
冷却水の流量、流速、排水口位置などのパラメータを調節して、熱延鋼帯の冷却速度を制御することができる。熱延鋼帯の冷却速度を10〜80℃/秒に制御し、必要とされる巻き取り温度まで熱延鋼帯を冷却する。冷却速度は、オーステナイトの相変態の実際の開始温度に影響を与える重要な要因であり、すなわち、冷却速度が速いほど、オーステナイトの相変態の実際の開始温度が低くなり、相変態後に得られる微細組織の粒径が微細化され、それにより鋼帯の強度及び靱性が向上しやすくなる。熱延鋼帯の冷却速度は30〜80℃/秒の範囲に制御されることが好ましい。」
(6)「【発明を実施するための形態】
【0092】
図1を参照して、本発明のストリップ連続鋳造法の流れを以下に説明する。大型の取鍋1内の溶鋼が、ロングノズル2、タンディッシュ3及び浸漬ノズル4を通して、1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロール(5a及び5b)と1対のサイド堰(6a及び6b)とで形成されている溶融プール7に投入され、水冷鋳造ロールによる冷却によって1〜5mmの大きさの鋳造鋼帯11が形成される。次に、鋼帯は、その冷却速度を制御するための気密チャンバ10内の第2の冷却装置8を通過し、その後、揺動するガイドプレート9及びピンチロール12を介して熱間圧延機13へと運搬される。熱間圧延後に形成された0.5〜3mmの大きさの熱延鋼帯が第3の冷却装置14を通過した後、巻き取り機15へと進む。その後、鋼コイルが巻き取り機から取り出されて室温まで自然冷却される。
【0093】
本発明の全ての実施例において、溶鋼は電気炉製錬により得られる。下記表1の具体的な化学組成を参照されたい。ストリップ連続鋳造後に得られる鋳造鋼帯の厚み及び冷却速度、熱間圧延の温度、圧下率及び変形速度、熱延鋼帯の厚み及び冷却速度、巻き取り温度等のプロセスパラメータに加え、室温まで冷却した後の熱延鋼帯の引張特性及び曲げ特性を表2に示す。
【0094】
表2から明らかなように、本発明の鋼帯は、降伏強度が550MPa以上、引張強度が650MPa以上、伸びが22%以上であり、180度曲げ試験に合格する特性を有し、優れた強度及び塑性のバランスがとれたものである。
【0095】
【表1】

【0096】
【表2】



9 甲第9号証の記載事項
甲第9号証には、「ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼の製造方法」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】
ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼の製造方法であって、
1)鋳造鋼帯の化学組成が重量%で、C:0.03〜0.1%、Si≦0.4%、Mn:0.75〜2.0%、P:0.07〜0.22%、S≦0.01%、N≦0.012%、Cu:0.25〜0.8%;
Nb、V、Ti及びMoから選択される1以上のマイクロアロイ元素:Nb:0.01〜0.1%、V:0.01〜0.1%、Ti:0.01〜0.1%、及び、Mo:0.1〜0.5%、並びに、
残部:Fe及び不可避的不純物
からなる、
双ロール式連続鋳造機を用いた厚さ1〜5mmの鋳造鋼帯の鋳造工程と、
2)20℃/秒を超える冷却速度での前記鋳造鋼帯の冷却工程と、
3)熱間圧延後の熱延鋼帯の厚さが0.5〜3.0mmであり、
前記鋳造鋼帯を熱間圧延するとオーステナイトのオンライン再結晶が起こる、
熱間圧延温度1050〜1250℃、圧下率20〜50%、変形速度>20s−1での前記鋳造鋼帯のオンライン熱間圧延工程と、
4)冷却速度10〜80℃/秒での前記熱延鋼帯の冷却工程と、
5)巻き取り温度500〜650℃での前記熱延鋼帯の巻き取り工程とを含み、
得られる最終鋼帯の微細組織は、均一に分布したベイナイト及びアシキュラーフェライトから実質的になる、
製造方法。
【請求項2】
工程1)において、Nb、V及びTiの各含有量が0.01〜0.05重量%である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
工程1)において、Moの含有量が0.1〜0.25重量%である、
請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
工程2)において、前記鋳造鋼帯の冷却速度が30℃/秒を超える速度である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
工程3)において、前記熱間圧延温度が1100〜1250℃である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
工程3)において、前記熱間圧延温度が1150〜1250℃である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項7】
工程3)において、前記熱間圧延の圧下率が30〜50%である、
請求項1又は5に記載の製造方法。
【請求項8】
工程3)において、前記熱間圧延の変形速度が>30s−1である、
請求項1、5又は7に記載の製造方法。
【請求項9】
工程4)において、前記熱延鋼帯の冷却速度が30〜80℃/秒である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項10】
工程5)において、前記巻き取り温度が500〜600℃である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項11】
前記鋼帯の厚さが3mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項12】
前記鋼帯の厚さが2mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項13】
前記鋼帯の厚さが1mm未満である、
請求項1に記載の製造方法。
【請求項14】
前記鋼帯は降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上、伸びが18%以上である、
請求項1又は11に記載の製造方法。」
(2)「【技術分野】
【0001】
本発明は、ストリップ連続鋳造法(continuous strip casting process)、特に、ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼の製造方法に関する。この製造方法においては、上記鋼帯は、降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上、伸びが18%以上であり、180度曲げ試験に合格する特性を有し、主に粒径が微細で均一なベイナイト及びアシキュラーフェライトからなる微細組織を有するため、優れた強度及び伸びのバランスがとれたものである。」
(3)「【発明が解決しようとする課題】
【0033】
本発明の目的は、製造設備を追加することなく、合理的な組成及びプロセス設計によって、ストリップ連続鋳造法による700MPa級高強度耐候性鋼を製造する方法を提供することにある。この製造方法によって、鋳造鋼帯の熱間圧延後にオーステナイトのオンライン再結晶が実現され、オーステナイト結晶粒が微細化され、その粒径の均一性が向上し、より均一に分散し且つ微細化されたベイナイト及びアシキュラーフェライトの微細組織が
製品に付与され、高い強度及び伸びが同時に得られる。」
(4)「【0079】
連続鋳造されて鋳造ロールから送出された後、鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、
鋳造鋼帯の冷却工程。
鋳造鋼帯の温度を急速に低下させて、オーステナイト結晶粒が高温で過度に急速に成長しないようにするために、さらに重要なことには、P及びCuの偏析を制御するために、鋳造鋼帯の冷却速度を20℃/秒を超える速度、好ましくは30℃/秒を超える速度に制御する。鋳造鋼帯の冷却にはガス冷却法を用いるが、冷却ガスの圧力及び流量や、ガスノズルの位置によって調節及び制御を行うことができる。使用できる冷却ガスとしては、アルゴン、窒素、ヘリウム等の不活性ガスや、複数のガスからなる混合ガスが挙げられる。冷却ガスの種類、圧力及び流量や、ガスノズルと鋳造鋼帯との距離などを制御することにより、鋳造鋼帯の冷却速度を効率的に制御することができる。」
(5)「【0081】
熱延鋼帯の冷却にガス噴霧冷却、ラミナー冷却、スプレー冷却等の冷却法を用いる、
熱延鋼帯の冷却工程。
冷却水の流量、流速、排水口位置などのパラメータを調節して、熱延鋼帯の冷却速度を制御することができる。熱延鋼帯の冷却速度を10〜80℃/秒に制御し、必要とされる巻き取り温度まで熱延鋼帯を冷却する。冷却速度は、オーステナイトの相変態の実際の開始温度に影響を与える重要な要因であり、すなわち、冷却速度が速いほど、オーステナイトの相変態の実際の開始温度が低くなり、相変態後に得られる微細組織の粒径が微細化され、それにより鋼帯の強度及び靱性が向上しやすくなる。熱延鋼帯の冷却速度は30〜80℃/秒の範囲に制御されることが好ましい。」
(6)「【発明を実施するための形態】
【0092】
図1を参照して、本発明のストリップ連続鋳造法の流れを以下に説明する。大型の取鍋1内の溶鋼が、ロングノズル2、タンディッシュ3及び浸漬ノズル4を通して、1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロール(5a及び5b)と1対のサイド堰(6a及び6b)とで形成されている溶融プール7に投入され、水冷鋳造ロールによる冷却によって1〜5mmの大きさの鋳造鋼帯11が形成される。次に、鋼帯は、その冷却速度を制御するための気密チャンバ10内の第2の冷却装置8を通過し、その後、揺動するガイドプレート9及びピンチロール12を介して熱間圧延機13へと運搬される。熱間圧延後に形成された0.5〜3mmの大きさの熱延鋼帯が第3の冷却装置14を通過した後、巻き取り機15へと進む。その後、鋼コイルが巻き取り機から取り出されて室温まで自然冷却される。
【0093】
本発明の全ての実施例において、溶鋼は電気炉製錬により得られる。下記表1の具体的な化学組成を参照されたい。ストリップ連続鋳造後に得られる鋳造鋼帯の厚さ及び冷却速度、熱間圧延の温度、圧下率及び変形速度、熱延鋼帯の厚さ及び冷却速度、巻き取り温度等のプロセスパラメータに加え、室温まで冷却した後の熱延鋼帯の引張特性及び曲げ特性を表2に示す。
【0094】
表2から明らかなように、本発明の鋼帯は、降伏強度が700MPa以上、引張強度が780MPa以上、伸びが18%以上であり、180度曲げ試験に合格する特性を有し、優れた強度及び塑性のバランスがとれたものである。
【0095】
【表1】

【0096】
【表2】



10 甲第10号証の記載事項
甲第10号証には、「熱間圧延鋼ストリップを製造するためのプロセスおよびそれにより製造された鋼ストリップ」(発明の名称)に関して、以下の記載がある。
(1)「【請求項1】
760〜940MPaの引張強度および少なくとも50%の穴広げ率(hole expansion ratio)を有する熱間圧延鋼ストリップを製造するためのプロセスであって、
前記鋼鉄が、フェライトと、ベイナイトと、少なくとも3%のマルテンサイト(前記フェライト相および前記ベイナイト相の総体積は80%以上である)と、所望により、テンパリングされたマルテンサイト、残留オーステナイトおよび/または30nm以下の平均直径を有する微細炭化物もさらに含んでなる最終微細構造を有し、
前記微細構造がパーライトおよび/または粗Fe3Cを含有せず、重量%で:
・0.07〜0.15%のC、
・0.65〜1.30%のMn、
・0.6〜1.4%のCr、
・0.005〜0.8%のSi、
・0.06%までのP、
・0.05%までのS、
・0.001%までのB、
・0.07〜0.2%のTi、
・0.003〜0.6%のAl、
・0.01%までのN、
・所望により、MnS介在物制御のためのカルシウム処理と合致した量の
ルシウム、またはMnS介在物制御のための処理と合致した量のREM、
・残部鉄および製鉄プロセスに起因する不可避の不純物、
を含んでなり、
・連続キャスティング、薄スラブキャスティング、ベルトキャスティングまたはストリップキャスティングによって、所望によりカルシウム処理された、前記組成の鋼スラブまたは厚ストリップを提供する工程と、
・所望により、続けて鋼スラブまたはストリップを最大で1300℃の再加熱温度で再加熱する工程と、
・前記スラブまたは厚ストリップを熱間圧延し、前記最終熱間圧延パスの間に前記鋼鉄が依然としてオーステナイトであるように、Ar3より高い熱間圧延完了温度にて前記熱間圧延プロセスを完了させる工程と、
・前記熱間圧延ストリップを少なくとも20℃/sの冷却速度で連続冷却または断続冷却によってMs〜Bsのコイリング温度まで冷却する工程と、
を含んでなることを特徴とする、プロセス。
【請求項2】
前記アルミニウム含有量が少なくとも0.03%である、請求項1に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項3】
前記マンガン含有量が最大で1.0%である、請求項1または2に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項4】
連続冷却または断続冷却による前記熱間圧延ストリップの冷却が少なくとも30℃/sの冷却速度である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項5】
連続冷却または断続冷却による前記熱間圧延ストリップの冷却が最大で150℃/sの冷却速度である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項6】
前記コイリング温度が600℃より低い、請求項1〜5のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項7】
前記鋼鉄が、
・最大で0.13%のCおよび/または
・少なくとも0.75%のMnおよび/または
・最大で0.95%のMnおよび/または
・少なくとも0.1%のSiおよび/または
・0.03%までのPおよび/または
・0.01%までのSおよび/または
・少なくとも0.08%のTiおよび/または
・最大で0.15%のTiおよび/または
・最大で0.005%のN
を含んでなる、請求項1〜6のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項8】
前記鋼鉄が少なくとも0.4%のSiを含んでなる、請求項1〜7のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項9】
コイリング温度が、Bs−50℃からMs、好ましくはBs−80℃からMs+20℃の間である、請求項1に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項10】
760〜940MPaの引張強度および少なくとも50%の穴広げ率を有する熱間圧延鋼であって、
前記鋼鉄は、フェライトと、ベイナイトと、少なくとも3%のマルテンサイトと(ここで、前記フェライト相と前記ベイナイト相の総体積は80%以上である)、所望により、テンパリングされたマルテンサイト、残留オーステナイトおよび/または30nm以下の平均直径を有する微細炭化物も含んでなる最終微細構造を有し、
前記微細構造がパーライトおよび/または粗Fe3Cを含有せず、重量%で:
・0.07〜0.15%のC、
・0.65〜1.30%のMn、
・0.6〜1.0%のCr、
・0.005〜0.8%のSi、
・0.06%までのP、
・0.05%までのS、
・0.001%までのB、
・0.07〜0.2%のTi、
・0.003〜0.6%のAl、
・0.01%までのN、
・所望により、MnS介在物制御のためのカルシウム処理に合致したカルシウム、またはMnS介在物制御のための処理と合致した量のREM、
・残部鉄および製鉄プロセスに起因する不可避の不純物を含んでなる、熱間圧延鋼。
【請求項11】
アルミニウム含有量が少なくとも0.03%である、請求項10に記載の熱間圧延鋼を製造するためのプロセス。
【請求項12】
マンガン含有量が最大で1.0%である、請求項10または11に記載の熱間圧延鋼。
【請求項13】
鋼鉄が
・最大で0.13%のCおよび/または
・少なくとも0.75%のMnおよび/または
・最大で0.95%のMnおよび/または
・少なくとも0.1%のSiおよび/または
・0.03%までのPおよび/または
・0.01%までのSおよび/または
・少なくとも0.08%のTiおよび/または
・最大で0.15%のTiおよび/または
・最大で0.005%のN
を含んでなる、請求項10〜12のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼。
【請求項14】
鋼鉄が少なくとも0.4%のSiを含んでなる、請求項10〜13のいずれか一項に記載の熱間圧延鋼。」
(2)「【技術分野】
【0001】
本発明は、760〜940MPaの引張強度を有する熱間圧延鋼ストリップを製造するためのプロセスと、限定されるものではないが、プレス成形、曲げ、または伸びフランジ成形などの操作によって部品を製造するために適した、このプロセスで製造される鋼ストリップとに関する。」
(3)「【0032】
本発明の鋼板において、残留オーステナイトの生成を促進するためにベイナイト変態を利用することができ、鋼板の強度を改善するためにはベイナイト相が利用される。熱間圧延プロセス後のコイリング温度をベイナイト変態の開始(Bs)からマルテンサイト変態の開始(Ms)までの間に設定することが適切である。コイリング温度がBsを超える場合、コイリングされたストリップの冷却の間にセメンタイト(Fe3C)が析出し、パーライトが形成される可能性があり、どちらも成形性にとって有害である。コイリング温度がMsよりも低い場合、マルテンサイトの量が多くなりすぎ、このことは、延伸端部延性を低下させるであろう。BsおよびMsは(とりわけ)化学組成に依存し、一般的に言えばコイリング温度はBs−50℃からMsの間であるか、または好ましくはBs−80℃からMs゜+20℃の間であり、この場合、臨界変態温度BsおよびMsは、標準的膨張率測定技術または組成および適用される処理条件に適切な冶金学的モデルのいずれかを用いて決定される。本発明の前記微細構造を得るために、熱間圧延段階後の鋼板が少なくとも20℃/sの平均冷却速度で冷却されるのが望ましい。熱間圧延ステップ後の平均冷却速度が20℃/sよりも低い場合、フェライト相中に含まれるフェライト粒子および析出強化粒子は拡大し、粗大化して、鋼板の強度を低下させる。したがって、平均冷却速度が30℃/s以上であることが好ましい。熱間圧延ステップ後の平均冷却速度が高すぎる場合、フェライト粒子および強化炭化物を生成させることができなくなる。したがって、平均冷却速度は150℃/s以下であることが好ましい。
【0033】
1つの実施形態において、冷却プロセスは、熱間圧延鋼板を、600〜750℃、好ましくは少なくとも630℃および/または最大で670℃の範囲内にある温度領域まで、20℃/s以上の平均冷却速度にて冷却し、鋼板を600℃〜750℃(または少なくとも630℃および/もしくは最大で670℃)の温度範囲内に1〜25秒間空冷し、鋼板をコイリング温度まで20℃/s以上の平均冷却速度にてさらに冷却し、そして鋼板を前記コイリング温度にてコイリングするステップを含む。これは、ランアウトテーブル上でのいわゆる段階的冷却または断続冷却である。熱間圧延ステップ後の平均冷却速度が20℃/sよりも低い場合、フェライト相中に含まれるフェライト粒子および複合炭化物粒子は拡大し、粗大化して、鋼板の強度を低下させることに注目すべきである。さらに、空冷を600℃〜750℃(または少なくとも630℃および/もしくは最大で670℃)の温度範囲で1〜25秒間実施する場合、フェライト変態を促進すること、未変換オーステナイト中のC拡散を促進すること、そして形成されたフェライト中の炭化物の微細析出を促進することが可能である。空冷温度が750℃を超える場合、析出物は大きくなりすぎ、また粗くなりすぎ、析出物間隔が大きくなりすぎる。一方、空冷温度が600℃よりも低い場合、炭化物析出は悪影響を受ける。空冷時間が25秒よりも長い場合、フェライト変態が過度に進行し、その結果、ベイナイト含有量が非常に低くなる。また、空冷段階後の平均冷却速度が20℃/sよりも低い場合、パーライトが形成される可能性があり、このことは非常に望ましくない。好ましくは、空冷時間は最大で15秒であり、さらに好ましくは最大で10秒である。」

11 甲第11号証の記載事項
甲第11号証には、「薄肉CCプロセスメタラジーの今後の展開」(表題)に関して、以下の記載がある。
(1)「2.薄肉CCプロセスにおける金属学的問題点
薄肉に鋳造することは必然的に次の2つの条件を伴う.(1)溶鋼から凝固終了までの冷却速度が大きい. (2)鋳片の厚さが薄いため後の圧延工程で大きな圧下率を取ることができない.これらの制約が製品特性にもたらす影響を図2に示した.
冷却速度(以下冷速と略す)が大きいことは凝固組織を微細化するためには有利である.図3に種々の薄肉CCプロセスにおける冷速を示したが,双ドラムや双ベルトを使用すれば従来のCCプロセスに比べ10〜10000倍もの早い冷速を得ることができる.しかしこの早い冷速だけで製品特性を保証できるような微細組織を得ることは難しく,鋳造以降の工程で変態や圧延に伴う再結晶による微細化を考えねばらない.」(第413ページ左欄〜右欄)
(2)「

図3 種々の薄肉スラブ鋳造法における鋳造厚と冷却速度の関係.」(第413ページ右欄)

12 甲第12号証の記載事項
甲第12号証には、「連続鋳造技術の進歩と連鋳材の品質」(表題)に関して、以下の記載がある。
(1)「図8は我が国で公開されたアモルファスを除いた薄板用Near net shape連鋳法の特許数の推移を示したもので,昭和58年以降件数が急増しており,研究開発の活発化がうかがえる.日本鉄鋼協会昭和60年秋季講演大会討論会において,各社から薄板用Near net shape連鋳法の開発状況が報告された41).鋳片厚10〜40mmの薄スラブ連鋳法として双ベルト法が川崎製鉄および住友金属から,ストリップ連鋳法として双ロール法が新日本製鉄,川崎製鉄,神戸製鋼および日本鋼管から,Melt drag法の一種とみられる異径双ロール法が日本金属工業から発表された.我が国におけるストリップ連鋳法の開発は双ロール法に集中しているようである.これら発表資料から鋳片の冷却速度を評価し,鋳造厚との関係を図9に示した42).冷却速度(G)は鋳造法の種類によらず鋳造厚(d)によつて一義的に決まつており,両者の問には(2)式の関係が成立する.鋳造厚1mm以下では103℃/s以上の冷却速度となり,鋼種によつては急冷による材質上の効果も期待される.
G=803d−1.76・・・・(2)」(第1671ページ右欄〜第1672ページ左欄)
(2)「

図9 鋳造厚と冷却速度との関係」(第1671ページ右欄)

13 甲第13号証の記載事項
甲第13号証には、「双ロール式ストリップキャスタの開発と商用化」(表題)に関して、以下の記載がある。
(1)「第1表に示すように,基本的鋳造パラメータは,スラブ連鋳とでは大きな違いがあることが分かる.双ロール式ストリップキャスタは,凝固時間が非常に短く,熱流束が極めて高いことが特長である.このため薄板を高速で製造することが可能であり,生産性の高い魅力的な製法である.反面,短時間で凝固コントロールすることと鋳型に掛かる過大な熱負荷を克服することが,この製法の難しい技術課題である.近年,高速コンピュータ,先進的な材料,初期凝固の基礎研究,それに工業的な鋳造ノウハウが合体して商業的技術革新開発の基礎ができた.この10年間のブレークスルーのためにキーとなった論文を参考文献に記載した(5)〜(8).」(第78ページ左欄〜右欄)
(2)「第1表 各鋳造方式の基本特性
Table 1 Basic casting parameters
単位 ストリップ 薄スラブ連鋳 厚スラブ連鋳
キャスタ
厚さ mm 1.6 50 220
鋳造速度 m/min 80 6 2
平均熱流束 MW/m2 14 2.5 1.0
凝固時間 s 0.15 45*1 1070*2
平均冷却速度 ℃/s 1700 50 12
(注)*1 :K factor = 29
*2 :K factor = 26
K factor:凝固定数」(第78ページ左欄)

第6 当審の判断
以下に述べるように、本件特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。

1 申立理由1(拡大先願)について
(1)甲第1号証に係る日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下、「甲第1号証に係る出願の当初明細書等」という。)に記載された発明
ア 甲第1号証に係る出願の当初明細書等には、「質量%で、
C:0.02%以上0.30%未満
Si:0.005%以上0.5%以下
Mn:0.01%以上3.0%以下
P:0.1%以下
S:0.1%以下
sol.Al:0.0002%以上3.0%以下
N:0.0001以上0.035%以下
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
フェライトの平均結晶粒径が、10μm未満であり、
炭化物の平均円相当直径が、5.0μm以下であり、
アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して80%以上であり、
フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して60%以上であり、
鋼板の最表面から深さ方向に50μmまでの領域における平均窒素濃度が、0.040質量%以上0.200質量%以下である、浸炭用鋼板。」に関する発明が記載されている(請求項1)。
また、甲第1号証に係る出願の当初明細書等には、「残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Cr:0.005%以上3.0%以下
Mo:0.005%以上1.0%以下
Ni:0.010%以上3.0%以下
Cu:0.001%以上2.0%以下
Co:0.001%以上2.0%以下
Nb:0.010%以上0.150%以下
Ti:0.010%以上0.150%以下
V:0.0005%以上1.0%以下
B:0.0005%以上0.01%以下
の1種又は2種以上を更に含有する」こと、
「残部のFeの一部に換えて、質量%で、
W:1.0%以下
Ca:0.01%以下
の少なくとも何れかを更に含有する」ことも記載されている(請求項2、3)。
イ そして、甲第1号証に係る出願の当初明細書等には、上記アの発明の実施例として、実施例8には、質量%で、C:0.18%、Si:0.020%、Mn:0.54%、P:0.016%、S:0.0049%、sol.Al:0.0340%、N:0.0035%、Cr:0.000%、Mo:0.000%、Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、Ti:0.000%、V:0.0000%、B:0.0000%、W:0.00%、Ca:0.000%を含有し、残部がFe及び不純物からなる母材鋼板が記載されている(表1−1)。
ウ また、上記イの成分組成を有する鋼材に対し、圧延や焼鈍を施した鋼板のミクロ組織が、
フェライトの平均結晶粒径が、5.5μmであり、
炭化物の平均円相当直径が、0.35μmであり、
アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して92%であり、
フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して69%であり、
鋼板の最表面から深さ方向に50μmまでの領域における平均窒素濃度が、0.054質量%あることも記載されている(段落[0101]、表3−1)。
エ そうすると、甲第1号証に係る出願の当初明細書等には、特に実施例8に着目すると、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲1発明>
質量%で、C:0.18%、Si:0.020%、Mn:0.54%、P:0.016%、S:0.0049%、sol.Al:0.0340%、N:0.0035%、Cr:0.000%、Mo:0.000%、Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、Ti:0.000%、V:0.0000%、B:0.0000%、W:0.00%、Ca:0.000%を含有し、残部がFe及び不純物からなる成分組成を有し、
ミクロ組織が、フェライトの平均結晶粒径が、5.5μmであり、炭化物の平均円相当直径が、0.35μmであり、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して92%であり、フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して69%であり、鋼板の最表面から深さ方向に50μmまでの領域における平均窒素濃度が、0.054質量%ある、浸炭用鋼板。

(2)本件発明1について
ア 本件発明1と甲1発明との対比・判断
(ア)対比
a 甲1発明が、「C:0.18%、Si:0.020%、Mn:0.54%、P:0.016%、S:0.0049%、sol.Al:0.0340%、N:0.0035%」含有することは、本件発明1が、「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下」含有することに相当する。
b 甲第1号証に係る出願の当初明細書等において、「不純物」は、「鋼原料もしくはスクラップから、及び/又は、製鋼過程で混入し、本実施形態に係る浸炭用鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素」と例示される(段落[0044])から、甲1発明の「不純物」は、本件発明1の「不可避的不純物」に相当する。
また、甲1発明において、「Mo:0.000%、Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、Ti:0.000%、V:0.0000%、B:0.0000%、W:0.00%、Ca:0.000%」含有することは、これらの元素の含有量が検出限界以下であることを意味するから、これらの元素は、含まれていないか、含まれているとしても検出限界以下の微量の不純物であるといえる。
そうすると、甲1発明において、C、Si、Mn、P、S、sol.Al、N及びCr以外の残部が、「Mo:0.000%、Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、Ti:0.000%、V:0.0000%、B:0.0000%、W:0.00%、Ca:0.000%、Fe及び不純物からなる」ことは、本件発明1において、C、Si、Mn、P、S、sol.Al、N及びCr以外の残部が、「Feおよび不可避的不純物からなる」ことに相当する。
c 甲1発明において、鋼板のミクロ組織が、「フェライトの平均結晶粒径が、5.5μmであり」、「アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して92%であり、フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して69%であ」ることは、本件発明1において、鋼板のミクロ組織が、「前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、
前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、
前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である」ことに相当する。
d 甲1発明が、「フェライト」及び「炭化物」を含む「ミクロ組織」を有することは、本件発明1が、「フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有」することに相当する。
e 甲1発明における「浸炭用鋼板」は、鋼板であるから、本件発明1における「鋼板」に相当する。
f そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の一致点1において一致するとともに、以下の相違点1−1、相違点1−2において相違する。

<一致点1>
「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有し、
前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、
前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、
前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である鋼板。」である点。

<相違点1−1>
本件発明1は、鋼板が「Cr:0.01%以上1.0%以下」を含有する(Feと置換している。以下同様。)のに対し、甲1発明は、「Cr:0.000%」含有する点。
<相違点1−2>
本件発明1は、鋼板のミクロ組織について、「ミクロ組織全体に対して、フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上」であるのに対し、甲1発明は、「ミクロ組織全体に対して、フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上」であるか不明である点。

(イ)判断
相違点1−1について
上記(ア)bと同様に、甲1発明が、「Cr:0.000%」含有することは、Crの含有量が検出限界以下であることを意味するから、Crは、含まれていないか、含まれているとしても検出限界以下の微量の不純物であるといえる。そうすると、「Cr:0.000%」を含有する甲1発明は、「Cr:0.01%以上1.0%以下」を含有する本件発明1とは、Crの含有の有無又はCrの含有量の点で相違するから、相違点1−1は実質的な相違点である。
そして、本件発明1は、鋼板が「Cr:0.01%以上1.0%以下」を含有することで、鋼板の焼入れ性が高まるという新たな効果を奏するから(段落【0020】)、上記相違点1−1は、課題解決のための具体化手段における微差であるとはいえない。

イ 本件発明1についての小括
したがって、相違点1−2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない。

ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、特許異議申立書の第11ページにおいて、甲第1号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明を、以下の「甲1−1発明」と認定し、第22〜24ページにおいて、構成要件(1−c)を一応の相違点とした上で、課題解決のための具体化手段における微差に相当すると主張する。
<甲1−1発明>
「(1−a)質量%で、C:0.02%以上0.30%未満、Si:0.005%以上0.5%以下、Mn:0.01%以上3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.1%以下、sol.Al:0.0002%以上3.0%以下、N:0.0001以上0.035%以下、及びCr:0.005%以上3.0%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
(1−b)フェライトと炭化物とから実質的に成るミクロ組織とを有し、
(1−c)フェライトと炭化物の合計面積率が100%以下であり、
(1−d)フェライトの平均結晶粒径は10μm未満であり、
(1−e)全炭化物のうち、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が80%以上であり、
(1−f)全炭化物のうち、フェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が60%以上である、
(1−g)浸炭用鋼板。」
(イ)しかしながら、甲1−1発明のC、Si、Mn及びCrの各含有量の下限値は、本件発明1の同成分の各含有量の下限値を下回り、甲1−1発明のMn、P、S、sol−Al、N及びCrの各含有量の上限値は、本件発明1の同成分の各含有量の上限値を上回るものであるから、本件発明1と甲1−1発明とは、鋼板の成分組成の点で一致するとはいえず、実質的に相違するものである。
(ウ)そして、申立人は、甲1−1発明の成分組成を、本件発明1の成分組成の範囲内とすることが周知技術又は慣用技術であるとの証拠を示していないから、上記(イ)の相違点は、課題解決のための具体化手段における微差であるとはいえない。
(エ)よって、申立人の主張は採用できない。

(3)本件発明2、3、5について
本件請求項2、3、5は、本件発明1の記載を引用するものであり、本件発明2、3、5は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるところ、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第1号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない以上、本件発明2、3、5についても同様に、甲第1号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない。

(4)申立理由1のまとめ
以上のとおり、申立理由1によっては、本件特許の請求項1〜3、5に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由2(拡大先願)について
(1)甲第2号証に係る日本語特許出願の国際出願日における国際出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下、「甲第2号証に係る出願の当初明細書等」という。)に記載された発明
ア 甲第2号証に係る出願の当初明細書等には、「質量%で、
C:0.02%以上0.30%未満
Si:0.005%以上0.5%未満
Mn:0.01%以上3.0%未満
P:0.1%以下
S:0.1%以下
sol.Al:0.0002%以上3.0%以下
N:0.2%以下
を含有し、残部が、Fe及び不純物からなり、
フェライト結晶粒の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が、7.0以下であり、
炭化物の平均円相当直径が、5.0μm以下であり、
アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して80%以上であり、
フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して60%以上である、浸炭用鋼板。」に関する発明が記載されている(請求項1)。
また、甲第2号証に係る出願の当初明細書等には、「残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Cr:0.005%以上3.0%以下
Mo:0.005%以上1.0%以下
Ni:0.010%以上3.0%以下
Cu:0.001%以上2.0%以下
Co:0.001%以上2.0%以下
Nb:0.010%以上0.150%以下
Ti:0.010%以上0.150%以下
V:0.0005%以上1.0%以下
B:0.0005%以上0.01%以下
の1種又は2種以上を更に含有する」こと、
「残部のFeの一部に換えて、質量%で、
Sn:1.0%以下
W:1.0%以下
Ca:0.01%以下
REM:0.3%以下
の1種又は2種以上を更に含有する」ことも記載されている(請求項2、3)。
イ そして、甲第2号証に係る出願の当初明細書等には、上記アの発明の実施例として、実施例3には、質量%で、C:0.15%、Si:0.010%、Mn:0.70%、P:0.012%、S:0.0042%、sol.Al:0.0110%、N:0.0057%、Cr:0.020%、Mo:0.017%、Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、Ti:0.004%、V:0.0000%、B:0.0001%、Sn:0.000%、W:0.000%、Ca:0.000%、REM:0.00%を含有し、残部がFe及び不純物からなる母材鋼板が記載されている(表1−1)。
ウ また、上記イの成分組成を有する鋼材に対し、圧延や焼鈍を施した鋼板のミクロ組織が、
フェライト結晶粒の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が、3.8であり、
炭化物の平均円相当直径が、0.53μmであり、
アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して86%であり、
フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して83%であることも記載されている(段落[0094]、表3−1)。
エ そうすると、甲第2号証に係る出願の当初明細書等には、特に実施例3に着目すると、以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲2発明>
質量%で、C:0.15%、Si:0.010%、Mn:0.70%、P:0.012%、S:0.0042%、sol.Al:0.0110%、N:0.0057%、Cr:0.020%、Mo:0.017%、Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、Ti:0.004%、V:0.0000%、B:0.0001%、Sn:0.000%、W:0.000%、Ca:0.000%、REM:0.00%を含有し、残部がFe及び不純物からなる成分組成を有し、
フェライト結晶粒の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が、3.8であり、炭化物の平均円相当直径が、0.53μmであり、ミクロ組織が、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して86%であり、フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して83%である、浸炭用鋼板。

(2)本件発明1について
ア 本件発明1と甲2発明との対比・判断
(ア)対比
a 甲2発明が、「C:0.15%、Si:0.010%、Mn:0.70%、P:0.012%、S:0.0042%、sol.Al:0.0110%、N:0.0057%、Cr:0.020%」含有することは、本件発明1が、「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び、
Cr:0.01%以上1.0%以下」含有することに相当する。
b 甲第2号証に係る出願の当初明細書等において、「不純物」は、「鋼原料もしくはスクラップから、及び/又は、製鋼過程で不可避的に混入し、本実施形態に係る浸炭用鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素」と例示される(段落[0048])から、甲2発明の「不純物」は、本件発明1の「不可避的不純物」に相当する。
また、甲2発明において、「Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、V:0.0000%、Sn:0.000%、W:0.000%、Ca:0.000%、REM:0.00%」含有することは、これらの元素の含有量が検出限界以下であることを意味するから、これらの元素は、含まれていないか、含まれているとしても検出限界以下の微量の不純物であるといえる。
そうすると、甲2発明において、C、Si、Mn、P、S、sol.Al、N、Cr、Mo、Ti及びB以外の残部が、「Ni:0.000%、Cu:0.000%、Co:0.000%、Nb:0.000%、V:0.0000%、Sn:0.000%、W:0.000%、Ca:0.000%、REM:0.00%、Fe及び不純物からなる」ことは、本件発明1において、C、Si、Mn、P、S、sol.Al、N及びCr以外の残部が、「Feおよび不可避的不純物からなる」ことに相当する。
c 甲2発明において、鋼板のミクロ組織が、「アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が、全炭化物に対して86%」であることは、本件発明1において、鋼板のミクロ組織が、「炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上」であることに相当する。
d 甲2発明が、「フェライト」及び「炭化物」を含む「ミクロ組織」を有することは、本件発明1が、「フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有」することに相当する。
e 甲2発明における「浸炭用鋼板」は、鋼板であるから、本件発明1における「鋼板」に相当する。
f そうすると、本件発明1と甲2発明とは、以下の一致点2において一致するとともに、以下の相違点2−1〜相違点2−4において相違する。

<一致点2>
「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
Cr:0.01%以上1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有し、
前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上である鋼板。」である点。

<相違点2−1>
本件発明1は、鋼板がMo、Ti及びBを含有しないか、含有するとしても不可避的不純物量で含有するのに対し、甲2発明は、「Mo:0.017%、Ti:0.004%、B:0.0001%」含有する点。
<相違点2−2>
本件発明1は、鋼板のミクロ組織について、「ミクロ組織全体に対して、フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上」であるのに対し、甲2発明は、「ミクロ組織全体に対して、フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上」であるか不明である点。
<相違点2−3>
本件発明1は、鋼板のミクロ組織について、「フェライトの平均粒径が5μm以上」であるのに対し、甲2発明は、「フェライトの平均粒径」が不明である点。
<相違点2−4>
本件発明1は、鋼板のミクロ組織について、「炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下」であるのに対し、甲2発明は、「フェライト結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が、全炭化物に対して83%」である点。

(イ)判断
相違点2−4について
事案に鑑み相違点2−4から検討すると、本件発明1と甲2発明とは、「炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合」が異なることから、相違点2−4が実質的な相違点であることは明らかである。
そして、本件発明1は、鋼板のミクロ組織を、「炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下」とすることによって、打ち抜き性(金型寿命)に優れるという新たな効果を奏するから(段落【0030】、実施例)、上記相違点2−4は、課題解決のための具体化手段における微差であるとはいえない。

イ 本件発明1についての小括
したがって、相違点2−1〜相違点2−3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない。

ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、特許異議申立書の第14ページにおいて、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明を、以下の「甲2−1発明」と認定し、第24〜25ページにおいて、構成要件(2−c)を一応の相違点とした上で、課題解決のための具体化手段における微差に相当すると主張する。また、申立人は、特許異議申立書の第24〜27ページにおいて、フェライトの平均粒径の特定の有無を一応の相違点とした上で、フェライトの平均粒径が10μm未満となる甲第1号証に係る出願の当初明細書等に記載される焼鈍工程と、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に記載される焼鈍工程とが、下記(ウ)aの製造工程の有無で異なることを根拠に、甲2−1発明の浸炭用鋼板のフェライトの平均粒径が10μm未満とはならない旨主張する。
<甲2−1発明>
「(2−a)質量%で、C:0.02%以上0.30%未満、Si:0.005%以上0.5%未満、Mn:0.01%以上3.0%未満、P:0.1%以下、S:0.1%以下、sol.Al:0.0002%以上3.0%以下、N:0.2%以下、及びCr:0.005%以上3.0%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
(2−b)フェライトと炭化物とから実質的に成るミクロ組織とを有し、
(2−c)フェライトと炭化物の合計面積率が100%以下であり、
(2−d)全炭化物のうち、アスペクト比が2.0以下である炭化物の個数割合が80%以上であり、
(2−e)全炭化物のうち、フェライトの結晶粒内に存在する炭化物の個数割合が60%以上である、
(2−f)浸炭用鋼板。」
(イ)鋼板の成分組成について
a 甲2−1発明のC、Si、Mn及びCrの各含有量の下限値は、本件発明1の同成分の各含有量の下限値を下回り、甲2−1発明のMn、P、S、sol−Al、N及びCrの各含有量の上限値は、本件発明1の同成分の各含有量の上限値を上回るものであるから、本件発明1と甲2−1発明とは、鋼板の成分組成の点で一致するとはいえず、実質的に相違するものである。
b そして、申立人は、甲2−1発明の成分組成を、本件発明1の成分組成の範囲内とすることが周知技術又は慣用技術であるとの証拠を示していないから、上記aの相違点は、課題解決のための具体化手段における微差であるとはいえない。
(ウ)フェライト粒径について
a 甲第1号証に係る出願の当初明細書等には、「[熱間仕上圧延後の冷却開始時間:熱間仕上圧延の終了時から1秒以内]
[熱間仕上圧延後の平均冷却速度:50℃/s超]
本実施形態に係る熱間圧延工程では、熱間仕上圧延の終了時から1秒以内に、平均冷却速度が50℃/s超である冷却を開始する。これにより、熱間仕上圧延後のオーステナイト粒を微細化することが可能となる。熱間仕上圧延後のオーステナイト粒が微細化されることで、後段の焼鈍工程(より詳細には、球状化焼鈍)後のフェライトの平均粒径を、10μm未満に制御することが可能となる。」(段落[0082])との記載がある。
b 一方、甲第2号証に係る出願の当初明細書等には、上記aと同等の記載はない。
c そして、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に記載される製造工程においても、熱間圧延後に冷却が行われていることは自明であるから、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に上記aと同等の記載がないことが、直ちに「熱間仕上圧延後の冷却開始時間:熱間仕上圧延の終了時から1秒以内、熱間仕上圧延後の平均冷却速度:50℃/s超」との製造工程を有しないことにはならない。また、甲第2号証に係る出願の当初明細書等において、熱間圧延後に冷却が上記a以外の条件で行われていることを、申立人は立証していない。
d そうすると、甲2−1発明のフェライトの平均粒径が10μm以上であるかは不明である。
(エ)よって、申立人の主張は採用できない。

(3)本件発明2〜5について
本件請求項2〜5は、本件発明1の記載を引用するものであり、本件発明2〜5は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるところ、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない以上、本件発明2〜5についても同様に、甲第2号証に係る出願の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえない。

(4)申立理由2のまとめ
以上のとおり、申立理由2によっては、本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由3(新規性進歩性)について
(1)甲第3号証に記載された発明
ア 甲第3号証には、「鋼成分としてmass%で、C:0.10〜0.37%、Si:1%以下、Mn:2.5%以下、P:0.1%以下、S:0.03%以下、sol.Al:0.01〜0.1%、N:0.0005〜0.0050%、Ti:0.005〜0.05%、B:0.0003〜0.0050%を含有し、
B−(10.8/14)N*≧0.0005%
N*=N−(14/48)Ti、但し、右辺≦0の場合、N*=0
を満足し、鋼中析出物であるTiNの平均粒径が0.06〜0.30μmであり、かつ焼入れ後の旧オーステナイト粒径が2〜25μmであることを特徴とする焼入れ後の衝撃特性に優れる薄鋼板。」に関する発明が記載されている(請求項1)。
また、甲第3号証には、「鋼成分としてさらに、mass%で、Ni、Cr、Moの1種以上を、合計で1%以下含有すること」(請求項2)、請求項1、2に記載の薄鋼板の製造方法として、「請求項1又は請求項2記載の鋼成分を有する鋼を、巻取温度720℃以下で熱間圧延し、酸洗した後、冷圧率30%以上で冷間圧延し、その後、640℃以上Ac1変態点以下で焼鈍すること」(請求項5)、「請求項1又は請求項2記載の鋼成分を有する鋼を、巻取温度720℃以下で熱間圧延し、酸洗した後、640℃以上Ac1変態点以下で球状化焼鈍して、冷圧率30%以上で冷間圧延し、その後、600℃以上Ac1変態点以下で焼鈍すること」(請求項6)も記載されている。
イ そして、甲第3号証には、上記アの発明の実施例として、実施例2のNo.dには、mass%で、C:0.29%、Si:0.02%、Mn:0.55%、P:0.008%、S:0.003%、sol.Al:0.028%、N:0.0014%、Cr:0.1%、Ti:0.032%、B:0.0005%の化学成分組成を有する鋼(鋼番3)を溶製し、鋼片(【0052】)の加熱温度を1250℃とし、熱間圧延の仕上圧延終了温度を870℃とし、熱間圧延での巻取温度を610℃とし、冷間圧延の圧延率を50%とし、焼鈍温度を680℃とすることで、鋼中析出物であるTiNの平均粒径を0.23μmとすることが記載されている(段落【0078】〜【0081】)。(当審注:表5中の「BN」は「TiN」の誤記と認める。)
ウ そうすると、甲第3号証には、特に実施例2の鋼番3を用いたNo.dに着目すると、以下の発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲3発明>
mass%で、C:0.29%、Si:0.02%、Mn:0.55%、P:0.008%、S:0.003%、sol.Al:0.028%、N:0.0014%、Cr:0.1%、Ti:0.032%、B:0.0005%の化学成分組成を有する鋼を溶製し、鋼片の加熱温度を1250℃とし、熱間圧延の仕上圧延終了温度を870℃とし、熱間圧延での巻取温度を610℃とし、圧延率50%で冷間圧延し、680℃で焼鈍する、鋼中析出物であるTiNの平均粒径が0.23μmである薄鋼板の製造方法。

(2)本件発明6について
ア 本件発明6と甲3発明との対比・判断
(ア)対比
a 甲3発明において、鋼を溶製する際に溶湯を精錬すること、溶製した鋼を凝固させること、鋼の化学成分組成の残部がFe及び不可避的不純物であることは明らかであるから、「mass%で、C:0.29%、Si:0.02%、Mn:0.55%、P:0.008%、S:0.003%、sol.Al:0.028%、N:0.0014%、Cr:0.1%、Ti:0.032%、B:0.0005%の化学成分組成を有する鋼を溶製」することは、本件発明1、2の記載を引用する本件発明5の成分組成が、
「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
Cr:0.01%以上1.0%以下を含有し、」
「さらに、質量%で、B:0.0005%以上0.01%以下を含有」し、
「さらに、質量%で、Nb、Ti及びVのうちの1種以上を合計で0.001%以上0.05%以下含有」し、「残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成」であることから、本件発明6における、「請求項1から請求項5までのいずれか一項に記載の成分組成を有する溶湯を、精錬終了後に」「凝固させ」ることに相当する。
b 甲3発明における、「圧延率50%で冷間圧延し」は、甲3発明が薄鋼板を製造するものであることを踏まえると、冷間圧延により冷延板とされていることは明らかであるから、本件発明6における、「圧下率:30〜70%で冷間圧延して冷延板とし」に相当する。
c 甲3発明における、「680℃で焼鈍する」ことは、本件発明6における、「冷延板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で」「焼鈍を行う」ことに相当する。
d そうすると、本件発明6と甲3発明とは、以下の一致点3において一致するとともに、以下の相違点3−1〜相違点3−4において相違する。

<一致点3>
「請求項1から請求項5までのいずか一項に記載の成分組成を有する溶湯を、精錬終了後に、凝固させ、
圧下率:30〜70%で冷間圧延して冷延板とし、
前記冷延板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で焼鈍を行う、鋼板の製造方法。」である点。

<相違点3−1>
本件発明6は、精錬終了後に、「鋳込み開始温度から900℃まで100℃/s以上の平均冷却速度で冷却して厚さ1.0mm以上8.0mm以下の鋼板として」凝固させるのに対し、甲3発明は、「鋳込み開始温度から900℃まで」の「平均冷却速度」が不明であり、凝固時点での鋼片の「厚さ」が不明である点。
<相違点3−2>
本件発明6は、(凝固した)「鋼板を800℃から600℃まで30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、
前記冷却後の前記鋼板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で一次焼鈍を行」うのに対し、甲3発明は、熱間圧延工程を「鋼片の加熱温度を1250℃とし、熱間圧延の仕上圧延終了温度を870℃とし、熱間圧延での巻取温度を610℃と」する点。
<相違点3−3>
本件発明6は、冷延板の焼鈍が「二次焼鈍」であるのに対し、甲3発明は、冷延板の焼鈍が一次焼鈍である点。
<相違点3−4>
本件発明6は、鋼板のミクロ組織が「フェライト及び炭化物を含むミクロ組織を有し、ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である」のに対し、甲3発明は、「鋼中析出物であるTiNの平均粒径が0.23μmである」点。

(イ)判断
a 相違点3−1について
(a)甲第3号証には、「鋼片の製造は造塊−分塊圧延法、連続鋳造法、薄スラブ鋳造法、ストリップ鋳造法のいずれでも構わない。」(段落【0052】)との記載があるものの、甲3発明においては、「鋼片」が具体的にどのような方法で製造されたかは不明であるから、精錬終了後に、「鋳込み開始温度から900℃まで100℃/s以上の平均冷却速度で冷却して厚さ1.0mm以上8.0mm以下の鋼板として」凝固させたかどうかは、不明である。
もっとも、甲第3号証の上記記載によれば、甲3発明の「鋼片」が「ストリップ鋳造法」で製造されていたと解する余地があるので、仮に甲3発明の「鋼片」が「ストリップ鋳造法」で製造されていた場合について、以下検討する。
(b)甲第5〜10号証には、ストリップ鋳造法に関し以下の記載がある。
・「板厚5mm以下の凝固ストリップを連続鋳造し、ストリップを圧延機に通して熱間圧延してストリップ板厚の少なくとも15%削減をもたらし、90℃/秒以上の冷却速度でストリップを冷却して850℃と400℃との間の温度範囲でオーステナイトをフェライトに変える」(甲第5号証の請求項1)
・「板厚5mm以下でオーステナイト粒を含む凝固ストリップを連続鋳造し、ストリップを圧延機に通して熱間圧延し、少なくとも15%のストリップ厚減少を生み出し、ストリップを冷却して、温度範囲850〜400℃、冷却速度100℃/秒以上でストリップをオーステナイトからフェライトに変換させ」(甲第6号証の請求項1)
・「2)1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロールと1対のサイド堰とで形成されている溶融プールに前記溶鋼が投入され、急速凝固により厚さ1〜5mmの鋳造鋼帯に直接鋳造される、ストリップ連続鋳造工程と、
3)連続鋳造されて前記鋳造ロールから送出された後、前記鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、20℃/秒を超える冷却速度での前記鋳造鋼帯の冷却工程と、
4)熱間圧延後の熱延鋼帯の厚さが0.5〜3.0mmであり、前記鋳造鋼帯を熱間圧延するとオーステナイトのオンライン再結晶が起こる、熱間圧延温度1050〜1250℃、圧下率20〜50%、変形速度>20s−1での前記鋳造鋼帯のオンライン熱間圧延工程」(甲第7号証の請求項1)
・「2)1対の相対的に回転する内部水冷鋳造ロールと1対のサイド堰とで形成されている溶融プールに前記溶鋼が投入され、急速凝固により厚み1〜5mmの鋳造鋼帯に直接鋳造される、ストリップ連続鋳造工程と、
3)連続鋳造されて前記鋳造ロールから送出された後、前記鋳造鋼帯が気密チャンバを通過して冷却される、20℃/秒を超える冷却速度での前記鋳造鋼帯の冷却工程と、
4)熱間圧延後の熱延鋼帯の厚みが0.5〜3.0mmであり、前記鋳造鋼帯を熱間圧延するとオーステナイトのオンライン再結晶が起こる、熱間圧延温度1050〜1250℃、圧下率20〜50%、変形速度>20s−1での前記鋳造鋼帯のオンライン熱間圧延工程」(甲第8号証の請求項1)
・「双ロール式連続鋳造機を用いた厚さ1〜5mmの鋳造鋼帯の鋳造工程と、
2)20℃/秒を超える冷却速度での前記鋳造鋼帯の冷却工程と、
3)熱間圧延後の熱延鋼帯の厚さが0.5〜3.0mmであり、前記鋳造鋼帯を熱間圧延するとオーステナイトのオンライン再結晶が起こる、熱間圧延温度1050〜1250℃、圧下率20〜50%、変形速度>20s−1での前記鋳造鋼帯のオンライン熱間圧延工程」(甲第9号証の請求項1)
・「・連続キャスティング、薄スラブキャスティング、ベルトキャスティングまたはストリップキャスティングによって、所望によりカルシウム処理された、前記組成の鋼スラブまたは厚ストリップを提供する工程と、
・所望により、続けて鋼スラブまたはストリップを最大で1300℃の再加熱温度で再加熱する工程と、
・前記スラブまたは厚ストリップを熱間圧延し、前記最終熱間圧延パスの間に前記鋼鉄が依然としてオーステナイトであるように、Ar3より高い熱間圧延完了温度にて前記熱間圧延プロセスを完了させる工程と、
・前記熱間圧延ストリップを少なくとも20℃/sの冷却速度で連続冷却または断続冷却によってMs〜Bsのコイリング温度まで冷却する工程と、
を含んでなることを特徴とする、プロセス。」(甲第10号証の請求項1)
(c)上記のとおり、甲第5〜10号証に記載されるストリップ鋳造法における冷却速度は、それぞれ、「850と400℃との間の温度範囲」(甲第5号証)、「温度範囲850〜400℃」(甲第6号証)、「鋳造ロールから送出された後」「熱間圧延温度1050〜1250℃」まで(甲第7号証)、「鋳造工程」後「熱間圧延温度1050〜1250℃」まで(甲第8号証)、「鋳造工程」後「熱間圧延温度1050〜1250℃」まで(甲第9号証)、「熱間圧延」後(甲第10号証)の冷却速度であり、ストリップ鋳造法において、「鋳込み開始温度から900℃まで100℃/s以上の平均冷却速度で冷却」することは、いずれの甲号証にも記載されておらず、本件特許の優先日における周知技術であるとはいえない。
(d)そうすると、仮に甲3発明の「鋼片」が「ストリップ鋳造」により製造されていたとしても、少なくとも、「鋳込み開始温度から900℃まで」の「平均冷却速度」が「100℃/s以上」となるかは不明であるから、相違点3−1は実質的な相違点である。
(e)そして、甲第5〜10号証には、「鋳込み開始温度から900℃まで」の「平均冷却速度」を「100℃/s以上」とすることについて何ら記載されていないから、甲3発明に甲第5〜10号証の記載事項を適用したとしても、甲3発明において、上記相違点3−1に係る特定事項を備えることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

イ 小括
したがって、相違点3−2〜相違点3−4について検討するまでもなく、本件発明6は、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明とはいえないし、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(3)本件発明7、8について
本件請求項7、8は、本件発明6の記載を引用するものであり、本件発明7、8は本件発明6の発明特定事項を全て備えたものであるところ、上記(2)で述べたとおり、本件発明6が、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明とはいえない以上、本件発明7、8についても同様に、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明とはいえない。また、本件発明6が、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明7、8についても同様に、甲第3号証(補助的に甲第5〜10号証)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)申立理由3のまとめ
以上のとおり、申立理由3によっては、本件特許の請求項6〜8に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由4(新規性進歩性)について
(1)甲第4号証に記載された発明
ア 甲第4号証には、「単位質量%で、
C:0.03〜0.40%、
Si:0.01〜5.00%、
Mn:0.50〜12.00%、
Al:0.001〜5.000%、
P:0.150%以下、
S:0.0300%以下、
N:0.0100%以下、
O:0.0100%以下、
Cr:0〜5.00%、
Mo:0〜5.00%、
Ni:0〜5.00%、
Cu:0〜5.00%、
Nb:0〜0.500%、
Ti:0〜0.500%、
V:0〜0.500%、
W:0〜0.500%、
B:0〜0.0030%、
Ca:0〜0.0500%、
Mg:0〜0.0500%、
Zr:0〜0.0500%、
REM:0〜0.0500%、
Sb:0〜0.0500%、
Sn:0〜0.0500%、
As:0〜0.0500%、及び
Te:0〜0.0500%
を含有し、残部が鉄および不純物からなり、
1/4t部の金属組織が、残留オーステナイトを4〜70体積%含み、
前記1/4t部において、前記残留オーステナイト中の単位質量%での平均Mn濃度[Mn]γが前記1/4t部全体の単位質量%での平均Mn濃度[Mn]aveに対して式1を満たし、
前記1/4t部において、アスペクト比が2.0以下の前記残留オーステナイトの体積率fγsと全ての前記残留オーステナイトの体積率fγとが式2を満たし、
単位質量%でのC含有量[C]及びMn含有量[Mn]が式3を満たす
ことを特徴とする鋼板。
[Mn]γ/[Mn]ave>1.5 ・・・(式1)
fγs/fγ≦0.30 ・・・(式2)
[C]×[Mn]≧0.15 ・・・(式3)」に関する発明が記載されている(請求項1)
イ そして、甲第4号証には、上記アの発明の実施例として、供試材No.15には、単位質量%で、C:0.20%、Si:0.21%、Mn:6.07%、P:0.014%、S:0.0011%、Al:0.026%、N:0.0043%、Cr:0.20%、Mo:0.29%、Cu:0.17%、O:0.0012%を含有し、残部が鉄及び不純物からなり(鋼種H)、
1/4t部の金属組織が、フェライト:16体積%、焼き戻しマルテンサイト:66体積%、残留オーステナイト:18体積%からなり、
前記1/4t部において、前記残留オーステナイト中の単位質量%での平均Mn濃度[Mn]γが前記1/4t部全体の単位質量%での平均Mn濃度[Mn]aveに対して式1を満たし、
前記1/4t部において、アスペクト比が2.0以下の前記残留オーステナイトの体積率fγsと全ての前記残留オーステナイトの体積率fγとが式2を満たし、
単位質量%でのC含有量[C]及びMn含有量[Mn]が式3を満たす鋼板。
[Mn]γ/[Mn]ave>1.5 ・・・(式1)
fγs/fγ≦0.30 ・・・(式2)
[C]×[Mn]≧0.15 ・・・(式3)
が記載されている(段落[0091]〜[0098])。
ウ そうすると、甲第4号証には、特に鋼種Hを用いた供試材No.15に着目すると、以下の発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されていると認められる。

<甲4発明>
単位質量%で、C:0.20%、Si:0.21%、Mn:6.07%、P:0.014%、S:0.0011%、Al:0.026%、N:0.0043%、Cr:0.20%、Mo:0.29%、Cu:0.17%、O:0.0012%を含有し、残部が鉄及び不純物からなり、
1/4t部の金属組織が、フェライト:16体積%、焼き戻しマルテンサイト:66体積%、残留オーステナイト:18体積%からなる鋼板。

(2)本件発明1について
ア 本件発明1と甲4発明との対比・判断
(ア)対比
a 甲4発明の鋼板が、「単位質量%で、C:0.20%、Si:0.21%、Mn、P:0.014%、S:0.0011%、Al:0.026%、N:0.0043%、Cr:0.20%を含有」することは、本件発明1が、「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
Cr:0.01%以上1.0%以下を含有」することに相当する。
b そうすると、本件発明1と甲4発明とは、以下の一致点4において一致するとともに、以下の相違点4−1、相違点4−2において相違する。

<一致点4>
「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
Cr:0.01%以上1.0%以下を含有する鋼板。」である点。

<相違点4−1>
本件発明1は、Mn:0.3%以上0.8%以下含有し、鋼板の成分組成の残部が、Feおよび不可避的不純物であるのに対し、本件発明4は、Mn:6.07%含有し、さらにMo:0.29%、Cu:0.17%、O:0.0012%含有し、鋼板の成分組成の残部が鉄及び不純物である点。
<相違点4−2>
鋼板のミクロ組織について、本件発明1は、「フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有し、
ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、
前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、
前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、
前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である」のに対し、甲4発明は、「1/4t部の金属組織が、フェライト:16体積%、焼き戻しマルテンサイト:66体積%、残留オーステナイト:18体積%からなる」点。

(イ)判断
a 相違点4−2について
(a)事案に鑑み、相違点4−2から検討すると、甲4発明は、鋼板の金属組織について、フェライト及び炭化物のどちらでもない金属組織である残留オーステナイトを18体積%含むものである。一方、本件発明1において、フェライト及び炭化物のどちらでもないミクロ組織の割合は10体積%未満であるから、相違点4−2は実質的な相違点である。
(b)そして、本件発明1における、「炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合」は炭化物の「球状化率」であり(段落【0029】)、「アスペクト比2以下の炭化物」は、600℃以上Ac1変態点未満の焼鈍(球状化焼鈍)により得られるものである(段落【0038】、【0040】)。
一方、甲第4号証に記載された発明(上記(1)アの発明)は、球状化焼鈍を行う技術(甲第4号証に開示される特許文献4)では、自動車用鋼板に求められる引張強度、延性、及び穴広げ性を兼備し得るものではないとの問題点を解決しようとする発明であって、この問題点を、上記(1)アに記載の金属組織を備えることで解決しようとする発明であるから、甲4発明において、少なくとも、鋼板のミクロ組織を、「炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上」とすることが動機付けられるとはいえない。
(c)申立人は、特許異議申立書の第28ページにおいて「仮に・・・当業者であれば甲4−1発明に周知技術を適用して本件特許発明1に容易に想到できる」と主張するが、上記「周知技術」の具体的な内容は不明であるから、申立人の上記主張は採用できない。
(d)したがって、甲4発明において、上記相違点4−2に係る特定事項を備えることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

イ 小括
したがって、相違点4−1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第4号証に記載された発明とはいえないし、甲第4号証に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、特許異議申立書の第19〜20ページにおいて、甲第4号証に記載された発明を、以下の「甲4−1発明」と認定し、第28ページにおいて、「甲第4号証に記載されている鋼板の製造方法と本件特許の鋼板の製造方法は、出発物質がほぼ一致しているとともに工程が類似している。よって、甲4−1発明は、本件特許発明1における構成要件(B)〜(F)の特性を内在している蓋然性が高い。」と主張する。
<甲4−1発明>
「(4−a)単位質量%で、C:0.03〜0.40%、Si:0.01〜5.00%、Mn:0.50〜12.00%、Al:0.001〜5.000%、P:0.150%以下、S:0.0300%以下、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、Cr:0〜5.00%、Mo:0〜5.00%、Ni:0〜5.00%、Cu:0〜5.00%、Nb:0〜0.500%、Ti:0〜0.500%、V:0〜0.500%、W:0〜0.500%、B:0〜 0.0030%、Ca:0〜0.0500%、Mg:0〜0.0500%、Zr:0〜0.0500%、REM:0〜0.0500%、Sb:0〜0.0500%、Sn:0〜0.0500%、As:0〜0.0500%及びTe:0〜0.0500%を含有し、残部が鉄及び不純物からなる成分組成を有し、
(4−b)フェライトを含む金属組織を有し、
(4−c)フェライトの平均結晶粒径は10μm以下である、
(4−d)鋼板。」
(イ)しかしながら、甲4−1発明のC及びCrの各含有量の下限値は、本件発明1の同成分の各含有量の下限値を下回り、甲4−1発明のSi、Mn、P、S、Al及びCrの各含有量の上限値は、本件発明1の同成分の各含有量の上限値を上回るものであるから、本件発明1と甲4−1発明とは、鋼板の成分組成の点でほぼ一致しているとはいえない。また、下記(4)ウ(イ)で述べるように、工程が類似しているともいえないから、甲4−1発明が、「構成要件(B)〜(F)の特性を内在している蓋然性が高い。」とはいえない。
(ウ)よって、申立人の主張は採用できない。

(3)本件発明2〜5について
本件請求項2〜5は、本件発明1の記載を引用するものであり、本件発明2〜5は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるところ、上記(2)で述べたとおり、本件発明1が、甲第4号証に記載された発明とはいえない以上、本件発明2〜5についても同様に、甲第4号証に記載された発明とはいえない。また、本件発明1が、甲第4号証に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明2〜5についても同様に、甲第4号証に記載された発明、あるいは、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明6について
ア 本件発明6は、本件発明1と同様に、「フェライト及び炭化物を含むミクロ組織を有し、ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である」との発明特定事項を有しているが、甲第11〜13号証の記載を考慮したとしても、上記(2)ア(イ)aで検討したのと同様の理由により、本件発明6と甲4発明とは、当該発明特定事項を備える点で実質的に相違するものであり、また、甲4発明において、当該発明特定事項を備えることは、当業者が容易になし得ることであるとはいえない。

イ 小括
したがって、本件発明6は、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明とはいえないし、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

ウ 申立人の主張について
(ア)申立人は、特許異議申立書の第20ページにおいて、甲第4号証に記載された発明を、以下の「甲4−2発明」と認定し、第33ページにおいて、「甲第4号証の段落【0064】には、スラブは、薄スラブ鋳造で製造されたものであってもよいことが記載されている。甲第11号証〜甲第13号証は、薄スラブ鋳造法に関する。そして、甲第11号証〜甲第13号証には、薄スラブ鋳造法における冷却速度条件が記載されており、いずれも構成要件(M)及び(N)の冷却速度条件と重複する。よって、構成要件(M)及び(N)の冷却速度条件は本件特許の出願時からの周知技術である。また、構成要件(M)及び(N)の冷却速度条件を採用することに格別の困難性はない。」と主張する。また、「甲4−2発明は、本件特許発明6における構成要件(R)〜(U)の特性を内在している蓋然性が高い。」と主張する。
<甲4−2発明>
「(4−e)甲4−1のいずれかに記載の成分組成を有する鋼を溶製し、
(4−f)550℃〜750℃で第一の焼鈍を行い、圧下率:52%で冷間圧延し、
(4−g)冷間圧延後に550℃〜800℃で第二の焼鈍を行う、
(4−h)鋼板の製造方法。」
(イ)薄スラブ鋳造法における冷却速度条件について
a 甲第11〜13号証には、薄スラブ鋳造法に関し以下の記載がある。
・双ベルトCC 板厚20〜50mm程度 冷却速度1〜5K/s程度(甲第11号証の図3)
・双ベルト法 鋳片厚10〜40mmの薄スラブ連鋳法 冷却速度10℃/s程度(甲第12号証の第1671ページ右欄、図9)
・薄スラブ連鋳 厚さ50mm 平均冷却速度50℃/s(甲第13号証の第1表)
b 上記aの記載をみても、薄スラブ鋳造法における冷却速度条件として、(M)「鋳込み開始温度から900℃まで100℃/s以上の平均冷却速度で冷却して厚さ1.0mm以上8.0mm以下の鋼板として凝固させ、」、(N)「前記鋼板を800℃から600℃まで30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、」の冷却速度条件と重複するものは、いずれの甲号証にも記載されていないから、構成要件(M)及び(N)の冷却速度条件は、本件特許の優先日における周知技術であるとはいえない。
(ウ)鋼板の成分組成について
上記(2)ウ(イ)で述べたとおり、本件発明1と甲4−1発明とは、鋼板の成分組成の点でほぼ一致しているとはいえないから、本件発明6と甲4−2発明とは、鋼板の成分組成の点でほぼ一致しているとはいえない。
(エ)そうすると、「甲4−2発明は、本件特許発明6における構成要件(R)〜(U)の特性を内在している蓋然性が高い」とはいえない。
(オ)よって、申立人の主張は採用できない。

(5)本件発明7、8について
本件請求項7、8は、本件発明6の記載を引用するものであり、本件発明7、8は本件発明6の発明特定事項を全て備えたものであるところ、上記(4)で述べたとおり、本件発明6が、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明とはいえない以上、本件発明7、8についても同様に、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明とはいえない。また、本件発明6が、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上、本件発明7、8についても同様に、甲第4号証(補助的に甲第11〜13号証)に記載された発明、あるいは、甲第4号証に記載された発明と周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)申立理由4のまとめ
以上のとおり、申立理由4によっては、本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。

5 申立理由5(サポート要件)について
(1)ア 本件発明が解決しようとする課題は、従来よりも優れた冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性を有する鋼板、部材及びそれらの製造方法を提供することであると認められる(段落【0007】)。
イ 上記本件発明が解決しようとする課題に対し、本件発明1の鋼板は、
「質量%で、
C:0.15%以上0.70%以下、
Si:0.01%以上0.80%以下、
Mn:0.3%以上0.8%以下、
P:0.03%以下、
S:0.01%以下、
sol.Al:0.10%以下、
N:0.01%以下、及び
Cr:0.01%以上1.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織とを有し、
ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、
前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、
前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、
前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である鋼板。」との技術的事項で特定されている。
また、本件発明6の鋼板の製造方法は、
「請求項1から請求項5までのいずか一項に記載の成分組成を有する浴湯を、精錬終了後に、鋳込み開始温度から900℃まで100℃/s以上の平均冷却速度で冷却して厚さ1.0mm以上8.0mm以下の鋼板として凝固させ、
前記鋼板を800℃から600℃まで30℃/s以上の平均冷却速度で冷却し、
前記冷却後の前記鋼板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で一次焼鈍を行い、圧下率:30〜70%で冷間圧延して冷延板とし、
前記冷延板を焼鈍温度:600℃以上Ac1変態点未満で二次焼鈍を行う、フェライト及び炭化物を含むミクロ組織を有し、ミクロ組織全体に対して、前記フェライト及び炭化物が占める体積の割合が90%以上であり、前記フェライトの平均粒径が5μm以上であり、前記炭化物の総数に対して、アスペクト比2以下の炭化物の数が占める割合が80%以上であり、前記炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合が60%以上80%以下である鋼板の製造方法。」との技術的事項で特定されている。
ウ 一方、本件明細書には、鋼板が従来よりも優れた冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性を有する機序に関し、以下の事項が記載されている。
「C含有量が0.70%を超えると硬質化し、靭性や冷間加工性が劣化する。」(段落【0013】)
「Si含有量の増加とともに硬質化し、冷間加工性が劣化するため、Si含有量は0.80%以下とする。」(段落【0014】)
「Mnは焼入れ性を向上させるとともに、固溶強化により強度を上昇させる元素である。Mn含有量が0.8%を超えると、Mnの偏析に起因したバンド組織が発達し、組織が不均一になるため、冷間加工性が低下する。」(段落【0015】)
「Crは焼入れ性を高める重要な元素であり、Cr含有量が0.01%未満の場合、十分な効果が認められないため、Cr含有量は0.01%以上とする。好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.3%以上である。一方、Cr含有量が1.0%を超えると、焼入れ前の鋼板が硬質化して冷間加工性が損なわれるため、1.0%以下とする。」(段落【0020】)
「Bは焼入れ性を高める重要な元素であり、0.01%以下添加することが好ましい。」(段落【0022】)
「Ni、Moは焼入れ性を高める重要な元素であり、Cr含有のみでは焼入れ性が不十分な場合に焼入れ性を向上させる。」(段落【0023】)
「Sb、Sn、Bi、Ge、Te及びSeは表層からの浸窒抑制に重要な元素である。」、「このように浸窒を抑制できるため、鋼板中にBを含有する場合において、焼入れ性向上に寄与する固溶BがBNとして窒化物を形成するのを抑制する効果がある。」(段落【0024】)
「Nb、Ti及びVは、Nと窒化物を形成することにより耐摩耗性の向上に寄与するとともに、鋼板中にBを含有する場合において、焼入れ性向上に寄与する固溶BがBNとして窒化物を形成するのを抑制する効果がある。」(段落【0025】)
「本発明の鋼板は、フェライトと炭化物を含むミクロ組織を有する。フェライトと炭化物以外に、ベイナイトやマルテンサイト、パーライトなどの残部組織を体積の割合で10%を超えて含む場合、冷間加工性及び打ち抜き性が損なわれるため、フェライト及び炭化物の占める体積の割合は、ミクロ組織全体に対して90%以上とする。」(段落【0027】)
「フェライトの平均粒径が5μm未満の場合、鋼板が著しく硬化し、冷間加工性及び打ち抜き性が低下するため、フェライトの平均粒径は5μm以上とする。」(段落【0028】)
「本発明では、十分な冷間加工性及び打ち抜き性を確保するために、炭化物の球状化率を80%以上に限定した。」(段落【0029】)
「フェライト粒界に存在する炭化物は、冷間加工性を劣化させる。」、「よって本発明では、炭化物の総数に対して、フェライト粒内に存在する炭化物の数が占める割合を60%以上に限定した。」(段落【0030】)
エ そして、本件明細書の実施例(段落【0045】〜【0066】)には、本件発明1、6の発明特定事項である鋼板の成分組成、製造条件及びミクロ組織を満たすNo.1、3、5、7、9、11は、突合せ伸びが30%以上となり優れた冷間加工性を有すること、金型寿命が評価Aとなり優れた打ち抜き性を有すること、焼入れ後硬さがHV430以上となり優れた焼入れ性を有することが示されている。また、鋼板の成分組成を満たさないか、製造条件を満たさないためミクロ組織を満たさないNo.2、4、6、8、10、12〜17は、冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性のいずれかが劣っていることが示されている。
オ そうすると、当業者であれば、本件発明1の発明特定事項を有する鋼板、本件発明6の発明特定事項を有する鋼板の製造方法であれば、鋼板が従来よりも優れた冷間加工性、打ち抜き性及び焼入れ性を有することが理解できるといえる。
カ 以上によれば、本件発明1、6は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。
キ また、本件請求項2〜5は、本件請求項1の記載を引用するものであり、本件発明2〜5は本件発明1の発明特定事項を全て備えたものであるところ、本件発明2〜5についても、上記オの判断と同様である。さらに、本件請求項7、8は、本件請求項6の記載を引用するものであり、本件発明7、8は本件発明6の発明特定事項を全て備えたものであるところ、本件発明7、8についても、上記オの判断と同様である。
ク よって、本件発明1〜8について、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものである。

(2)申立人の主張について
申立人は、特許異議申立書の第36〜37ページにおいて、本件発明1〜5に係る鋼板の成分組成及び本件発明6〜8に係る溶鋼の成分組成について、その数値範囲の上限及び下限の意義が立証されていない旨を主張する。
しかしながら、上記(1)で述べたとおり、上記鋼板又は溶鋼の成分組成については、それらが上記(1)ウの数値範囲を満たすことで、本件発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、申立人の主張は採用できない。

(3)申立理由5のまとめ
以上のとおり、申立理由5によっては、本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。

第7 まとめ
以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2023-03-27 
出願番号 P2020-031987
審決分類 P 1 651・ 161- Y (C22C)
P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 113- Y (C22C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 猛
特許庁審判官 佐藤 陽一
山本 佳
登録日 2022-05-06 
登録番号 7067578
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 鋼板、及び鋼板と部材の製造方法  
代理人 森 和弘  
代理人 坂井 哲也  
代理人 熊坂 晃  
代理人 磯村 哲朗  

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