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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01R
審判 全部無効 ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  G01R
審判 全部無効 特許請求の範囲の実質的変更  G01R
審判 全部無効 (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  G01R
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  G01R
審判 全部無効 特174条1項  G01R
審判 全部無効 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  G01R
審判 全部無効 ただし書き2号誤記又は誤訳の訂正  G01R
審判 全部無効 ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  G01R
審判 全部無効 判示事項別分類コード:857  G01R
管理番号 1397389
総通号数 18 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2023-06-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2020-01-31 
確定日 2023-03-22 
訂正明細書 true 
事件の表示 上記当事者間の特許第5839527号発明「超高感度マイクロ磁気センサ」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 令和2年4月16日付け訂正請求において、特許第5839527号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項8のとおり、訂正後の請求項8について訂正することを認める。 請求項1、3−7に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 請求項8に係る発明についての審判請求を却下する。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 請求及び答弁の趣旨
1 請求の趣旨
特許第5839527号の請求項1及び請求項3〜8に係る発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める。

2 答弁の趣旨
次の審決を求める。
特許第5839527号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1、3−8〕について訂正することを認める。
本件審判請求は成り立たない。
審判費用は請求人の負担とする。


第2 手続の経緯
1 本件無効審判請求の前までの経緯
(1) 特許権の設定登録までの経緯
本件特許無効審判請求に係る特許第5839527号(以下「本件特許」という。)の特許出願(特願2015−27092号)は、平成27年2月26日に出願され、その後、請求項1〜8に係る発明について、同年11月20日に特許権の設定の登録がされた。

(2) 第1次無効審判の経緯
その後、平成30年9月27日に特許無効審判が請求され(無効2018−800119号)、同年12月25日に特許請求の範囲を訂正後の請求項1から請求項8について訂正する旨の訂正の請求がされるなどした後、令和元年9月24日付けで、次を結論とする審決(以下「1次無効審判の審決」という。)がされた。
1次無効審判の審決は、同年10月3日に送達され、同年11月5日に確定した。

<1次無効審判の審決の結論>
特許第5839527号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−8〕について訂正することを認める。
請求項1、3−8についての本件審判の請求は、成り立たない。
請求項2についての本件審判の請求を却下する。
審判費用は、請求人の負担とする。

2 本件無効審判の手続の経緯
本件無効審判における手続の経緯の概略は、次のとおりである。

令和2年 1月31日 :本件無効審判の請求
同年 4月16日 :審判事件答弁書,訂正請求書の提出
同年 6月10日 :上申書の提出(請求人)
同年 8月 7日 :弁駁書の提出
同年 9月30日付け:訂正拒絶理由通知書
同年10月15日 :上申書の提出(被請求人)
同年12月17日 :上申書の提出(被請求人)
令和3年 3月 8日 :上申書の提出(被請求人)
同年 3月18日付け:審理事項通知(1回目)
同年 5月 6日 :口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年 5月 7日 :口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
同年 5月21日 :審理事項通知(2回目)
同年 5月28日 :訂正請求書の手続補正書の提出
同年 6月21日 :口頭審理陳述要領書、上申書の提出(請求人)
同年 6月21日 :口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
同年 6月28日 :上申書の提出(被請求人)
同年 6月28日 :口頭審理
同年 6月29日 :上申書の提出(請求人)
同年 7月12日 :上申書の提出(請求人)
同年 7月12日 :上申書の提出(被請求人)
同年 8月10日 :手続補正書、上申書の提出(被請求人)
同年 8月11日 :上申書の提出(請求人)
同年 8月20日 :上申書の提出(被請求人)
同年10月 7日付け:審決の予告
同年10月22日 :上申書の提出(被請求人)

なお、上記審決の予告に対する訂正を請求するための期間は経過していないところであるが、被請求人により令和3年10月22日に提出された上申書において、審決の予告に対する訂正の請求を行わない旨の上申がなされたため、上記予告のとおり審決することとした。


第3 訂正の適否
1 訂正の内容
令和2年4月16日に提出された訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を訂正することを求めるものであり、以下の(1)の本件訂正前の特許請求の範囲の記載を、(2)の本件訂正後の特許請求の範囲の記載のとおり訂正するものである(下線は訂正箇所を示す。)。
なお、令和3年5月28日に訂正請求書の手続補正書が提出され、「訂正後の請求項8については、当該請求項についての訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別途訂正することを求める。」ことが訂正請求書に加筆された(以下「別の訂正単位とする求め」という。)

(1) 本件訂正前の特許請求の範囲の記載
「 【請求項1】
基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなり、
前記磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、
前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、
前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)
ここで、Vsはコイル出力電圧、Voは比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻き数、fはパルス周波数、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る時の外部磁界強度。

【請求項2】
(削除)

【請求項3】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
基板上に右巻きコイルの検出素子と左巻きコイルの検出素子の一対または複数対を設置し、左巻コイルと右巻コイルに反対向きに前記パルス電流が流れるように、ワイヤ通電用の電極2個とワイヤ端子を接続し、またコイル電圧検出用電極2個とコイル端子は前記ワイヤには前記パルス電流を通電した時に、右巻きコイルと左巻きコイルの出力電圧が外部磁界に比例した出力電圧が同符号になり、かつ外部磁界がゼロの場合にパルス通電が作る円周方向磁界によって発生する出力電圧が異符号になるように接続することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項4】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
前記基板上の前記磁性ワイヤ1本に、パルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、
第1コイルの第1コイル端子と第2コイルの第1コイル端子とを接続し、
コイル出力電極と第1コイルの第2コイル端子とを接続するとともにコイルグランド電極と第2コイルの第2コイル端子を接続し、
かつ、
前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第1コイル端子と前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第2コイル端子とは前記磁性ワイヤの両側に配置し、
前記コイル出力電極から前記第1コイルの第2コイル端子への配線とコイルグランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項5】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
前記基板上の2本の前記磁性ワイヤは、並列かつパルス電流がお互いに反対方向に流れるように接続して配置し、
一の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
他の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第3コイルと右巻きコイルの第4コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルと前記第3コイルと前記第4コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、該コイルのコイル端子間の接続は、前記磁性ワイヤの2本の間に配置し、前記第1コイルの第1コイル端子と前記第4コイルの第2コイル端子を接続し、前記第4コイルの第1コイル端子と前記第2コイルの第1コイル端子を接続し、前記第1コイルの第2コイル端子と前記第3コイルの第2コイル端子を接続し、
前記コイルのコイル端子と接続する電極は、前記2本の磁性ワイヤの両側に配置し、コイル出力電極から前記第3コイルの第1コイル端子への配線とコイルグランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が前記2本の磁性ワイヤの間で交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項6】
請求項1、請求項3ないし請求項5のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
プログラミング演算電子回路またはソフトプログラム演算の手段を用いて、磁界Hにおけるコイル電圧の測定値から、磁界ゼロにおけるコイル誘導電圧を差し引くことを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項7】
請求項1、請求項3ないし請求項6のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
内蔵した温度センサと温度依存性補正プログラムを使ったVsに対する温度の影響を補正する手段を有することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項8】
請求項1、請求項3ないし請求項7のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
前記磁界検出素子に使用されている前記磁性ワイヤとして、アモルファス構造またはナノ結晶構造を有していて、小さな結晶磁気異方性とゼロまたは弱負磁歪特性を持つ磁性合金からなる高透磁率磁性ワイヤに対して、引張応力を負荷し軸方向と円周方向に異方性を発生させて、円周方向スピン配列を持つ円周表面磁区と軸方向スピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を形成せしめ、さらに十分大きなパルス電流でパルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い円周方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去することができる磁性ワイヤを用いることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。」

(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載
「 【請求項1】
磁性ワイヤは、8G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有する磁気特性と導電性を有してなり、
基板上に前記磁性ワイヤを取り付け、その磁界出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁界検出用磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面にHmの1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、
前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、
前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)
ここで、Vsはコイル出力電圧、Voは比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻き数、fはパルス周波数、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る時の外部磁界強度。

【請求項2】
(削除)

【請求項3】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
基板上に右巻きコイルの検出素子と左巻きコイルの検出素子の一対または複数対を設置し、左巻コイルと右巻コイルに反対向きに前記パルス電流が流れるように、ワイヤ通電用の電極2個とワイヤ端子を接続し、またコイル電圧検出用電極2個とコイル端子は前記ワイヤには前記パルス電流を通電した時に、右巻きコイルと左巻きコイルの出力電圧が外部磁界に比例した出力電圧が同符号になり、かつ外部磁界がゼロの場合にパルス通電が作る円周方向磁界によって発生する出力電圧が異符号になるように接続することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項4】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
前記基板上の前記磁性ワイヤ1本に、パルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、
第1コイルの第1コイル端子と第2コイルの第1コイル端子とを接続し、
コイル出力電極と第1コイルの第2コイル端子とを接続するとともにコイルグランド電極と第2コイルの第2コイル端子を接続し、
かつ、
前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第1コイル端子と前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第2コイル端子とは前記磁性ワイヤの両側に配置し、
前記コイル出力電極から前記第1コイルの第2コイル端子への配線とコイルグランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項5】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
前記基板上の2本の前記磁性ワイヤは、並列かつパルス電流がお互いに反対方向に流れるように接続して配置し、
一の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
他の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第3コイルと右巻きコイルの第4コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルと前記第3コイルと前記第4コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、該コイルのコイル端子間の接続は、前記磁性ワイヤの2本の間に配置し、前記第1コイルの第1コイル端子と前記第4コイルの第2コイル端子を接続し、前記第4コイルの第1コイル端子と前記第2コイルの第1コイル端子を接続し、前記第1コイルの第2コイル端子と前記第3コイルの第2コイル端子を接続し、
前記コイルのコイル端子と接続する電極は、前記2本の磁性ワイヤの両側に配置し、コイル出力電極から前記第3コイルの第1コイル端子への配線とコイルグランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が前記2本の磁性ワイヤの間で交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項6】
請求項1、請求項3ないし請求項5のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
プログラミング演算電子回路またはソフトプログラム演算の手段を用いて、磁界Hにおけるコイル電圧の測定値から、磁界ゼロにおけるコイル誘導電圧を差し引くことを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項7】
請求項1、請求項3ないし請求項6のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
内蔵した温度センサと温度依存性補正プログラムを使ったVsに対する温度の影響を補正する手段を有することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。

【請求項8】
(削除)」

(3) 本件訂正の内容
本件訂正は、一群の請求項〔1、3−8〕に対して請求されたものであるところ、その内容は、次のとおり訂正事項1及び訂正事項2からなる。なお、訂正事項1については、訂正の内容に関する検討の便宜の観点から、訂正事項1−1から訂正事項1−3に細分化した。

ア 訂正事項1
(ア) 訂正事項1−1
特許請求の範囲の請求項1において、次のaに示す訂正前の記載をbに示す訂正後の記載に訂正し、請求項1の記載を引用する請求項3〜7も同様に訂正する。

a 訂正前の記載
「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなり、
前記磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」

b 訂正後の記載
「磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有する磁気特性と導電性を有してなり、
基板上に前記磁性ワイヤを取り付け、その磁界出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁界検出用磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」

(イ) 訂正事項1−2
特許請求の範囲の請求項1において、次のaに示す訂正前の記載をbに示す訂正後の記載に訂正する。請求項1の記載を引用する請求項3〜7も同様に訂正する。
a 訂正前の記載
「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、」

b 訂正後の記載
「磁性ワイヤは、8G以下の異方性磁界を有し、」

(ウ) 訂正事項1−3
特許請求の範囲の請求項1において、次のaに示す訂正前の記載をbに示す訂正後の記載に訂正する。請求項1の記載を引用する請求項3〜7も同様に訂正する。
a 訂正前の記載
「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」

b 訂正後の記載
「該ワイヤ表面にHmの1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項8を削除する。

2 訂正拒絶理由通知
当審は、令和2年9月30日付け訂正拒絶理由通知書により、次の(1)及び(2)に示したとおり、本件訂正は特許法134条の2第1項の規定並びに同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しないから、本件訂正は認められない旨通知した。

(1) 訂正事項1−1について
ア 訂正の目的
訂正事項1−1の訂正は、訂正前の請求項1の「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、・・・」との記載において、「前記磁性ワイヤ」が、その前段の「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、」なる記載における「磁性ワイヤ」のうち、基板上に設置された状態のものを指すのか、設置前の状態のものを指すのかが不明瞭であったものを、段落の記載順を変更して
「磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有する磁気特性と導電性を有してなり、
基板上に前記磁性ワイヤを取り付け、その磁界出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段と
からなる磁気センサにおいて、
前記磁界検出用磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」
とすることにより、「磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有する磁気特性と導電性を有してなり、」との記載における「磁性ワイヤ」が設置前の状態のものを指すことを明確にする訂正事項を含んでいる。当該訂正事項は、訂正前の特許請求の範囲における記載の順番の関係で不明瞭となっている記載上の不備を訂正し、その本来の意を明らかにするものであるから、一見したところでは、特許法134条の2第1項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものに見受けられる。
しかしながら、訂正事項1−1は、同時に、訂正前に「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子」とされていた記載を、「基板上に前記磁性ワイヤを取り付け、その磁界出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した磁界検出素子」と訂正することにより、訂正前は「磁界検出用磁性ワイヤ」と共に「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個」が「設置」される箇所が「基板上」であると特定されていた構成を、訂正後には「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個」について、その設置箇所が「基板上」であるとは特定されない構成に変更するものであり(訂正後の記載から「基板上に」「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した」と読み取ることはできない。)、訂正事項1−1のうち当該訂正事項は、特許法134条の2第1項ただし書3号に掲げる「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものには該当しない。さらに、当該訂正事項の目的が特許法134条の2第1項ただし書1号、2号及び4号のいずれにも該当しないことは明らかである。
したがって、訂正事項1−1は、特許法第134条の2第1項の規定に適合しない。

イ 新規事項の有無
訂正事項1−1において訂正された、「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個」を「基板上」以外に設置する点は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載されておらず、また、記載されているに相当する事項であるとも認められない。したがって、訂正事項1−1は、特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しない。

ウ 特許請求の範囲の拡張、変更の存否
訂正事項1−1において、訂正前に「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子」とされていた記載が、実質的に「基板上に前記磁性ワイヤを取り付け、その磁界出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した磁界検出素子」と訂正された。
これにより、訂正前は「磁界検出用磁性ワイヤ」と共に「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個」が「設置」される箇所が「基板上」であると特定されていた構成が、訂正後には「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個」について、その設置箇所が「基板上」であるとは特定されない構成となっており、訂正事項1−1は実質上特許請求の範囲を拡張するものである(訂正後の記載から「基板上に」「周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧出用電極2個を設置した」と読み取ることはできない。)。
したがって、訂正事項1−1は、特許法134条の2第9項で準用する同法126条6項の規定に適合しない訂正である。

(2) 訂正事項1−3について
ア 訂正の目的
訂正事項1−3の訂正は、訂正前の請求項1において「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」として、「異方性磁界」を基準として「円周方向磁界」の大きさを特定していた記載を、「該ワイヤ表面にHmの1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、」として、「Hm」を基準とするように訂正するものである。
本件特許明細書において、「Hm」は「コイル出力電圧が最大値を取る外部磁界強度」(段落【0017】)と定義されており、一方の「異方性磁界」は「磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。磁化M=χH、ここでχの近似式は式(5)で表される。磁性ワイヤの透磁率μが200から4万程度まで変化した場合、それに対応して、近似式中のβは0.07から0.7程度まで変化する。
χ=χo{1−β×(H/Hk)2) (5)」(段落【0021】)
と定義されているものであって、両者が異なるパラメータであって、概念として互いに上位下位の関係でないことも明らかである。そして、訂正前の「異方性磁界」なる記載はそれ自体明瞭であって、これを「Hm」の誤記であるとすべき理由も認められない。
したがって、訂正事項1−3の訂正の目的は、特許法134条の2第1項ただし書各号に掲げるいずれの事項にも該当しない。

イ 特許請求の範囲の拡張、変更の存否
訂正事項1−3は、上記のように、「円周方向磁界」の大きさを特定する基準を「異方性磁界」から、異なるパラメータの「Hm」に変更するものであるから、訂正事項1−3は実質上特許請求の範囲を変更するものである。
したがって、訂正事項1−3は、特許法134条の2第9項で準用する同法126条6項の規定に適合しない訂正である。

3 訂正請求の適法性についての判断
(1) 訂正事項1について
訂正拒絶理由通知書で示した理由により、訂正事項1−1の訂正の目的は、特許法134条の2第1項ただし書各号に掲げるいずれの事項にも該当しないので、訂正事項1−1の訂正は特許法第134条の2第1項の規定に適合しない(前記2(1)ア参照)。また、訂正事項1−1の訂正は、訂正拒絶理由通知書で示した理由により、特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しない(前記2(1)イ参照)。さらに、訂正事項1−1の訂正は、訂正拒絶理由通知書で示した理由により、特許法134条の2第9項で準用する同法126条6項の規定に適合しない訂正である(前記2(1)ウ参照)。
訂正拒絶理由通知書で示したとおり、訂正事項1−3の訂正の目的は、特許法134条の2第1項ただし書各号に掲げるいずれの事項にも該当しないので、訂正事項1−3の訂正は特許法第134条の2第1項の規定に適合しない(前記2(2)ア参照)。さらに、訂正事項1−3の訂正は、訂正拒絶理由通知書で示したとおり、特許法134条の2第9項で準用する同法126条6項の規定に適合しない(前記2(2)イ参照)。
したがって、訂正事項1−1及び訂正事項1−3を含む訂正事項1の訂正は、特許法第134条の2第1項の規定並びに同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しないから、訂正事項1の訂正は認めない。

(2) 訂正事項2について
訂正事項2の訂正は、請求項8の削除を目的とするものであり、特許法134条の2第1項ただし書1号に該当し、特許法第134条の2第1項の規定に適合する。また、訂正事項2の訂正が、同条9項で準用する同法126条5項及び126条6項の規定に違反しないことは明らかである。
そして、被請求人からは、別の訂正単位とする求めがされているから、訂正後の請求項8について、訂正することを認める。

(3) 訂正請求についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件訂正のうち、訂正事項1の訂正は、特許法第134条の2第1項の規定並びに同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しないから、訂正事項1の訂正は認めない。
また、以上のとおり、本件訂正のうち、訂正事項2の訂正は、特許法134条の2第1項並びに同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するから、訂正事項2の訂正は認める。
したがって、特許請求の範囲の請求項8について、令和2年4月16日に提出され、令和3年5月28日提出の手続補正書により補正された訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項8のとおり、訂正後の請求項8について訂正することを認める。


第4 本件発明
請求項1、3〜7についての訂正は認められないから、請求項1、3〜7に係る発明(以下、請求項の番号に従って「本件発明1」などという。また、これらを総称して「本件発明」ということもある。)は、1次無効審判の審決によって訂正が認められた訂正特許請求の範囲の請求項1、3〜7に記載された事項により特定されるとおりのものである(前記第3の1(1)の請求項1、3〜7を参照)。


第5 請求人の主張の概要
1 請求人の主張する無効理由
請求人の主張する無効理由の概要は、次のとおりである(以下、書証については、単に「甲1」などと略記する。)。

(1) 無効理由1(サポート要件違反)
本件発明1及び3〜8は、次のア〜キに示す理由により、発明の詳細な説明に記載されたものでないから、本件発明1及び3〜8に係る特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法123条1項4号に該当し、無効とすべきである。

ア 無効理由1−1(「10G以下の異方性磁界を有」する「磁性ワイヤ」について)
請求項1の「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」なる記載の「前記磁性ワイヤ」とは、それ以前の「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤと・・・を設置した磁界検出素子」という記載からみて、基板上に設置された磁性ワイヤを指すものと解される。しかしながら、発明の詳細な説明には、基板上に設置された磁性ワイヤが10G以下の異方性磁界を有する構成は開示されていない。
(審判請求書の(i−イ))

イ 無効理由1−2(軸方向の磁化変化「のみ」をコイル出力として取り出す手段又は方法について)
請求項1には「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」と記載されており、発明の詳細な説明において「【0018】・・・本発明センサは表面磁区内のスピンの回転のみを純粋に検知する全く新しい原理、」と述べられていることからみて、請求項1の上記記載は「超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化のみを実質的に取り出す」との意味ではなく、「超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化のみを純粋に取り出す」ことを指すものと解される。
すなわち、請求項1は、超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化以外の現象がわずかに含まれている現象を取り出す、つまり、軸方向の磁化変化のみを実質的に取り出すとの意味ではなく、超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化以外の現象を全く含まない現象を取り出す、つまり、「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出し」という文言どおりの意味と解される。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明には、「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出」す手段又は方法が具体的に記載されておらず、そのようなものが技術常識であったともいえないから、本件発明1は、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されておらず、発明の詳細な説明において記載された範囲を超えている。
(審判請求書の(i−ロ)、弁駁書の第2(i)(ウ))
「磁化変化」だけを純粋に検出したコイル電圧は、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むと理解されるし、それ以外の意味に理解することはできない。そして、「磁化変化」に起因する電圧と、熱雑音に起因する電圧とは異なるものであるから、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むコイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない。したがって、信号として磁化変化のみを検出するという表現と、出力電圧にノイズとして熱雑音が含まれることとは、矛盾しているとしか理解できない。
(弁駁書の第2(i)(ウ))

ウ 無効理由1−3(「関係式(1)」について)
(ア) 無効理由1−3−1 α=0.96であることの特定の欠如
請求項1に含まれる関係式(1)に関し、関係式(1)は、スピンの回転角度を直接表す変数を含んでいないところ、明細書の段落【0020】には「もし、実験式(1)が、スピン角度を検知しているならば、θaとθbが一致していることが必要である。」と、また、段落【0033】には「α=0.96と条件式(15)が成立するとき・・・θa=θbとなる。」と記載されており、これによれば、α=0.96及び条件式(15)の成立が、関係式(1)がスピン角度を検知するために必要な条件である。しかしながら、請求項1には上記の条件が含まれていないから、スピンの一斉回転を検知するもの以外を含むものとなっている。
(審判請求書の(i−ハ−(ア)))

(イ) 無効理由1−3−2(GSR現象の発現条件の不足)
関係式(1)について、発明の詳細な説明においては図3のグラフに示されたデータなどに基づいて関係式(1)の実効性の説明がされているところ、関係式(1)の成立性を示す実験データが不足しており、パルス電流の周波数を0.5〜4.0GHzの範囲で変更した場合に、範囲内の全ての周波数で関係式(1)が成立することを示していない。また、パルス電流の強度、異方性磁界、コイルピッチ及びコイル内径についても、パルス電流の周波数と同様に、請求項1に記載されている範囲内の全ての数値で関係式(1)が成立することを示していない。さらに、パルス電流の周波数以外の条件をどのように変化させればパルス周波数をGHzオーダーに高めることによってGSR現象が生じるか、どういう場合にGSR現象が起き、どういう場合にGSR現象が起きないかを、当業者は理解困難である。したがって、請求項1の全範囲で正弦関数関係が成立するというためのデータが不足しているから、請求項1に記載された発明特定事項を備える磁気センサでは、常に、関係式(1)が成り立つことについて、当業者が認識できる程度に本件特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。
(審判請求書の(i−ハ−(イ))、口頭審理陳述要領書第1のイ、令和3年7月12日提出の上申書の第1〜第2)
また、知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号平成17年11月11日判決(「偏光フィルムの製造法事件知財高裁大合議判決」という。)の裁判例に照らすと、当該判決の別紙では実験データが2点、比較データが2点記載されているが、本件特許では(4点どころか)コイル出力と外部磁界との間に正弦関数関係があることを示す実験データが1点(図3として示される正弦関数のグラフ1本)であり、明らかに実験結果が不足している。
(令和3年7月12日提出の上申書の第3)

エ 無効理由1−4(数値限定と効果の関係について)
請求項1には、次の(ア)〜(エ)の数値限定を備えるところ、これらの構成と効果の関係が発明の詳細な説明において当業者に理解できるように記載されておらず、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明の課題を解決できるものであるとはいえない。
(審判請求書の(i−ニ))
また、各数値範囲の臨界的意義が不明である。
(令和3年6月28日付け上申書のスライド11)

(ア) 磁性ワイヤに関して、異方性磁界が10G以下である。
(審判請求書の(i−ニ−1))
(イ) パルス電流の周波数が0.5〜4GHzである。
(審判請求書の(i−ニ−2))
(ウ) パルス電流の強度が異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる強度である。
(審判請求書の(i−ニ−3))
(エ) コイルピッチが10μm以下、かつ、コイル内径が25μm以下である。
(審判請求書の(i−ニ−4))

オ 無効理由1−5(「GSRセンサ」を実現するコイルの構成が記載されていないことについて)
請求項1には「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」と記載されているところ、明細書の段落【0050】の「しかしスピン回転は高速回転が可能であるが磁気信号は微弱であり、内径30μmのコイルではワイヤとコイル間が10μmもあり、電磁結合が弱く十分検知することが出来なかった。」及び段落【0061】の「検出コイルは、ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるために、コイル内径は25μm以下、望ましくはワイヤとコイルとの間隔を3μm以下にすべきである。」との記載によれば、その実現のためにはコイルとワイヤとの間の距離が3μmであることが必要な条件となっている。請求項1に記載された「コイルピッチが10μm以下、かつ、コイル内径が25μm以下」との事項では、上記の必要な条件を満たさない構成も含むものとなっている。
(審判請求書の(i−ホ)、口頭審理陳述要領書の(第1ア))

カ 無効理由1−6(「GSRセンサ」を実現する回路が記載されていないことについて)
請求項1には「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」と記載されているところ、発明の詳細な説明によれば、その実現のためには(請求項1に記載されていない)「バッハー回路」を備えることが必要な条件となっているが、請求項1には「バッハー回路」を備えることの特定がない。
(審判請求書の(i−ヘ))

キ 無効理由1−7(「GSRセンサ」を実現するコイル構造が記載されていないことについて)
請求項1には「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」と記載されているところ、発明の詳細な説明によれば、コストアップを避けつつ「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という構成を実現して驚異的な出力を引き出すためには、コイルがメッキプロセス以外の「微細コイル作成技術」なる技術により製造されることが必要であるが、請求項1には「微細コイル作成技術」なる技術でコイルが製作されたことの特定はなく、「微細コイル作成技術」なる技術で製作されたコイルの構造が特定されていない。
(審判請求書の(i−ト))

(2) 無効理由2(明確性要件違反)
本件発明1及び3〜8は、次のア〜オに示す理由により、明確でないから、本件発明1及び3〜8に係る特許は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法123条1項4号に該当し、無効とすべきである。

ア 無効理由2−1(「異方性磁界」の意味について)
請求項1において「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる」と記載されているところ、この記載における「異方性磁界」が、いかなる状態の磁性ワイヤの異方性磁界であるのか(基板上に設置された磁性ワイヤの異方性磁界を指すのかどうか)不明である。
(審判請求書の(ii−イ))

イ 無効理由2−2(「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という機能について)
請求項1には「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」と機能の限定があるところ、「90度磁壁の移動による磁化回転」によって誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする手段又は方法は不明であるから、当該特性の意味内容を当業者は理解することができないため、発明が不明確である。
(審判請求書の(ii−ロ))

ウ 無効理由2−3(範囲を曖昧にし得る表現について)
請求項8において「小さな結晶磁気異方性」及び「十分大きなパルス電流」と記載されているところ、いずれも大小の基準が明確でない。
(審判請求書の(ii−ハ))

エ 無効理由2−4(「その時」の意味について)
請求項1の「その時に生じる超高速スピン回転現象」なる記載は、「超高速スピン回転現象」が発現するタイミングを意味すると解されなければならないところ、スピンの一斉回転の開始から終了までの期間に対応すると解され得るとともに、スピンの一斉回転の開始又は終了等の特定の瞬間に対応するとも解され得るので、タイミングの意味自体が不明確である。
(審判請求書の(ii−ニ))

オ 無効理由2−5(磁壁移動と磁化回転との発生順序の矛盾について)
請求項1の「異方性磁界」について、明細書においては、「磁性ワイヤのコア磁区における磁壁移動が終了した後で、磁性ワイヤの表面磁区におけるスピン回転が開始するときの磁界強度」と定義されているところ、これに従うと、「異方性磁界」は、「超高感度マイクロ磁気センサ」の磁性ワイヤの中で生じている現象としてはあり得ないタイミングで印加される磁界強度として定義されることになり、当業者が理解することができないものであるから、「異方性磁界」の定義が不明確である。
(審判請求書の(ii−ホ))
被請求人は、磁化曲線の近似式から、Ms=χoHkと定義して使用していることが分かると主張しているが、M(Hk)=(1−β)Msという定義式は、Ms=χoHkという関係から求めたHkと磁化曲線の交点Bについて定義されたものである。Ms=χoHkが成立する前提で、M(Hk)=(1−β)Msと定義しているのであるから、M(Hk)=(1−β)Msのときに、Ms=χoHkが成立するのは当然であり、被請求人の説明は典型的な循環論法となっており、何の論証も行っておらず、失当である。
(請求人が令和3年8月11日に提出した上申書の第1ウ)

(3) 無効理由3(実施可能要件違反)
請求項1において、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段の記載は、抽象的又は機能的である。抽象的又は機能的に記載された技術的手段を含む場合、本件特許の発明の詳細な説明が、当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものに該当するためには、次の要件アとイのいずれかを満たすことが求められる。
(要件ア)本件特許の発明の実施の形態の記載において、請求項中の発明特定事項に対応する技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等が明瞭に記載されている。
(要件イ)請求項中の発明特定事項に対応する技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等を、出願時の技術常識に基づいて当業者が理解できる。
しかし、本件特許の発明の詳細な説明には、コイル電圧を測定するタイミングや、ノイズ低減処理について記載されているものの、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等が明瞭に記載されているとはいえない。したがって、要件アは満たされていない。
また、「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出し」との事項は、本件特許の出願時において技術常識であったとはいえない。したがって、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等を、出願時の技術常識に基づいて当業者が理解できるとは到底いえないから、要件イは、満たされない。
要件ア及び要件イが両方とも満たされないので、本件特許の発明の詳細な説明は、抽象的又は機能的に記載された技術的手段を含む本件発明1を、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものに該当するとはいえない。したって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1及び3〜8について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、本件発明1及び3〜8に係る特許は、特許法36条4項1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法123条1項4号に該当し、無効とすべきである。
(審判請求書の(iii))

(4) 無効理由4(新規事項違反)
平成27年7月4日付けの手続補正書によってされた明細書の段落【0032】及び【0033】についての補正(以下「本件補正」という。)は、次のア及びイに示す理由により、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、本件発明に係る特許は、特許法17条の2第3項の規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであり、本件発明1及び3〜8に係る特許は、同法123条1項1号に該当し、無効とすべきである。

ア 本件補正により、条件式(15)の成立がスピンの一斉回転を検知するために必要な条件であることが追加されており、新たな技術的事項を導入するものである。
(審判請求書の(iv−イ))

イ 本件補正前の式(15)を導出する手順は明確でなく、本件補正前は、本件補正後の記載に基づく導出手順とは異なる手順で導出されていた可能性がある。
(審判請求書の(iv−イ))
被請求人は、βの係数を4.49とすべきところ、4.26と誤記したことに気が付いて補正しただけであると述べているが、他の部分を補正した結果としてβを4.49に変更する必要が生じたのであれば、βの係数の変更は新規事項の追加に該当する。
(弁駁書の第5(イ))

2 請求人が提出した証拠
請求人の提出した証拠は、次のとおりである。
(証拠方法)
甲1 :知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10552号判決(平成17年12月27日)
甲2 :日本磁気学会ホームページ「HOME/技術情報/磁気に関するQ&A/磁気に関するQ&A/磁気物理(中・上級)」
https://www.magnetics.jp/tech-info/m_mag_phy/
甲3 :近角聡信「強磁性体の物理(下):磁気特性と応用(物理学選書18)」、裳華房、2008年6月10日 第16版発行、p.1−21
甲4 :TDK株式会社「じしゃく忍法帳第101回「棒磁石はなぜ長い?」の巻」
https://www. tdk.com/ja/tech-mag/ninja/101
甲5 :近角聡信「強磁性体の物理(上):物質の磁性(物理学選書4)」、裳華房、2007年1月20日 第22版発行、p.11−17
甲6 :「新しい磁気センサとその応用」株式会社トリケップス、2013年9月11日、p.73−79
甲7 :国際公開第2014/115765号
甲8 :国際公開第2012/081377号
甲9 :最高裁判所昭和62年(行ツ)第3号判決(平成3年3月8日)
甲10:知的財産高等裁判所平成30年(行ケ)第10131号及び平成30年(行ケ)第10126号判決(令和元年7月22日)
甲11:知的財産高等裁判所平成29年(行ケ)第10159号判決(平成30年4月11日)
甲12:特開2010−256109号公報
甲13:「新しい磁気センサとその応用」株式会社トリケップス、2013年9月11日、p.67−79、p.121−123
甲14:日本応用磁気学会誌、Vol.21 No.4-2 1997、1997年4月15日、p.793−796
甲15:国際公開第2010/097932号
甲16:Google ScholarのWebページにおいて、検索範囲を2017年以降とし、かつ、'GSR Sensor'を検索ワードとして検索した結果のスクリーンショット。
(https://scholar.google.com/scholar?as_ylo=2017&q=GSR+Sensor&hl=en&as_sdt=0.5&as_vis=l)
甲17:Google ScholarのWebページにおいて、検索範囲を2017年以降とし、かつ、'GSR Sensor galvanic skin response'を検索ワードとして検索した結果のスクリーンショット。
(https://scholar.google.com/scholar?hl=en&as_sdt=0%2C5&as_ylo=2017&as_vis=l&q=GSR+Sensor+galvanic+skin+response&btnG=)
甲18: Google ScholarのWebページにおいて、検索範囲を2017年以降とし、かつ、'GSR Sensor GHz spin rotation'を検索ワードとして検索した結果のスクリーンショット。
(https://scholar.google.com/scholar?hl=en&as_sdt=0%2C5&as_ylo=2017&as_vis=l&q=GSR+Sensor+GHz+spin+rotation&btnG=)
甲19:Google ScholarのWebページにおいて、検索範囲を2017年以降とし、かつ、'GSR Sensor GHz spin rotation magnetic -galvanic'を検索ワードとして検索した結果のスクリーンショット。
(https://scholar.google.com/scholar?hl=en&as_sdt=0%2C5&as_ylo=2017&as_vis=l&q=GSR+Sensor+GHz+spin+rotation+magnetic+-galvanic&btnG=)
甲20:Google ScholarのWebページにおいて、検索範囲を2017年以降とし、かつ、'GSR Sensor honkra'を検索ワードとして検索した結果のスクリーンショット。
(https://scholar.google.com/scholar?hl=en&as_sdt=0%2C5&as_ylo=2017&as_vis=l&q=GSR+Sensor+honkura&btnG=)


第6 被請求人の主張の概要
1 被請求人の主張の要旨
(1) 無効理由1(サポート要件違反)について
ア 無効理由1−1について
請求項1に「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載があるが、使用する磁性ワイヤの異方性磁界が10G以下の意味である。素子に設置された状態での磁性ワイヤの異方性磁界は10G以下ではない。素子に組み込んだ時には、当然異方性磁界は長さによって増加し、必ずしも、10G以下とはならない。
磁性ワイヤの異方性磁界はワイヤの長さによって大きく変化する特性値であり、長さを短くすると、反磁界係数が大きくなるから、異方性磁界が増大することは技術常識である。
明細書の段落【0016】及び段落【0034】の記載と照らし合わせると、請求項1の「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載における「前記磁性ワイヤ」との記載が単に使用した磁性ワイヤであることは明らかである。このことは、段落【0016】の「異方性磁界が5Gの磁性ワイヤを使った微細コイル」の記載の異方性磁界は、使用した磁性ワイヤに対応し、十分長い磁性ワイヤの固有の異方性磁界に対応すること、及び段落【0034】には、「使用している磁性材料は異方性磁界Hkが5G,素子に組み込んだ時の異方性磁界が40G」と両者を明確に分けて記載されていることを踏まえれば、誤解の余地はない。
(答弁書12〜20頁)

イ 無効理由1−2について
請求人は、90度磁壁の影響を完全にキャンセルする手段が記載されてない旨指摘している。
本特許発明は、GHzパルス通電したときに発生する現象として、コイル電圧Vと磁界Hとの間に正弦関数関係が存在することを発見した。この新現象は90度磁壁の移動がなくて、スピンの回転のみを仮定することで説明できることを提唱している。本特許発明によると、90度磁壁の移動の影響を取り除く手段(キャンセル手段)は、GHzパルスとHmの1.5倍の円周方向磁界と表面磁区の深さdと表皮深さpとのp<dの関係である。
請求人は、熱雑音が含まれるから、スピン回転だけの影響を取り出していない、と指摘している。
検出コイルは、コイルコアの磁性材料の磁化の変化だけを信号として検出するが、この時コイル出力には熱雑音などの雑音がノイズとして必ず含まれる。熱雑音を含まない回路は存在しない。
コイルが、信号として磁化変化のみを検出するという表現と、出力電圧にノイズとして、熱雑音が含まれることは矛盾することではない。
コイルが信号として磁化変化のみを検出することと、その際のコイル電圧には熱雑音を伴うことは、技術常識である。
(答弁書20〜21頁)

ウ 無効理由1−3について
(ア) α=0.96なる関係は実験的事実であって、この関係を用いて条件式(15)が導出されたものである。
式(1)において、最も重要なものは、VとHとの間のsin(πH/2Hm)なる関数関係であり、図3は、この事実を実験データとして示しているものであって、α=0.96なる関係は関係式(1)を成立させるための必須の条件ではない。

(イ) 式(1)の周波数の影響(pf=√f)については、図4に実験結果が示されており、また式(1)において、コイル巻き数(Nc)、ワイヤ長さ(L)、ワイヤ直径(D)などは正弦関数特性に影響するものではなく、コイルの出力電圧を左右する制御因子である。
図3のグラフに示されたデータを得た測定の方法は、明細書の段落【0102】〜【0116】、図6、図10により説明されている。
(答弁書22〜25頁)

エ 無効理由1−4について
(ア) 磁性ワイヤに関して、異方性磁界が10G以下である点について
本件明細書の段落【0007】において「しかし、異方性磁界を大きくすると透磁率μが1000程度と著しく小さくなり、感度が大きく低下してしまう。」と記載されているように、磁性ワイヤの異方性磁界が小さくなるほど、センサの感度が向上するという関係は明らかである。
(イ) パルス電流の周波数が0.5〜4GHzである点について
本件明細書の図4から、パルス電流の周波数とセンサ感度との関係は明らかである。
(ウ) パルス電流の強度が異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる強度である点について
パルス電流の強度が異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる強度であることは、GSR現象を引き起こすための必須要件である。
(エ) コイルピッチが10μm以下、かつ、コイル内径が25μm以下である点について
コイルピッチが小さいほど、またコイル内径を小さくしてワイヤとコイルの間隔を小さくするほど、コイル出力が増加することは明細書に記載されている。
(答弁書25〜41頁)

オ 無効理由1−5について
段落【0061】には、「検出コイルは、ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるために、コイル内径は25μm以下、望ましくはワイヤとコイルとの間隔を3μm以下にすべきである。」と記載している。
ワイヤとコイルの間隔は、コイル内径25μmを前提に、ワイヤ径は20μm以下を想定しており、その組合せにより3μm以下の間隔に調整するものである。コイルの内径とワイヤ径の両方を組み合せると、間隔を3μm以下に制御できることは、当業者でなくても理解は可能である。
また、ワイヤ径については、段落【0084】に「ワイヤの直径は、ワイヤの直径Dに比例してコイル出力が増加するが、大きすぎると表面の円周方向スピン磁区が形成できなくなるので20μm以下にすべきである。また直径が大きいほど必要なパルス電流が大きくなる。さらにピッチが小さい微細コイルの製造が困難となるので、望ましくは5μm〜12μmとすべきである。」と記載しているとおりである。
(答弁書41頁)

カ 無効理由1−6について
発明の詳細な説明は、パルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路として、実験に用いたバッハー回路を挙げたものであって、必須要件ではない。ほかにもピークホールド回路の利用が可能であることなどは、当業者ならば容易に理解できることである。
(答弁書42頁)

キ 無効理由1−7について
請求項1には「前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、」としてコイル構造が記載されており、そのような特性を有するコイルの製造方法の一つとして、メッキプロセス以外の「微細コイル作成技術」が挙げられているにすぎない。なお、「微細コイル作成技術」自体は技術常識である。
(答弁書42〜46頁)

(2) 無効理由2(明確性要件違反)について
ア 無効理由2−1について
請求項1において「基板上の検出用磁性ワイヤ」と記載した後で、「前記磁性ワイヤはl0G以下の異方性磁界を有して」と記載したところにおける「異方性磁界」は、使用する磁性ワイヤのもともとの性質としての異方性磁界の意味である。「前記磁性ワイヤ」との表記は、審査過程における補正時に紛れ込んだ誤記であるので、段落【0034】に記載の「使用している磁性ワイヤ」の意味を使って訂正請求する。
請求項1の「Hkの1.5倍」との表記は、特許申請当初の「Hmの1.5倍」としていたものが審査の過程における補正時に紛れ込んだ誤記の一種であるので、段落【0082】に記載の「Hmの1.5倍以上」との表記に訂正請求する。
訂正後の本件特許の請求項1の記載は、特許法第36条6項2号に規定する要件を満たしている。
(答弁書46〜48頁)

イ 無効理由2−2について
請求人は、90度磁壁の移動による磁界回転の影響をキャンセルする手段についての記載がない、と指摘している。
コイル出力は軸方向の磁化変化のみを検知する。段落【0039】にて、「コイル出力電圧の原因としては、90度磁壁の移動による磁化回転と表面磁区のスピン回転が考えられる。90度磁壁は小さな磁界で移動できるが、周波数が高くなると渦電流による電磁ブレーキのため著しく遅くなる。一方表面磁区内のスピン回転は、集団で一斉回転しその移動は瞬時に完了する。回転に参加するスピン数が限られ出力信号は微弱である。」と記載している。これまでFGセンサ、MIセンサは磁壁の移動を加速して大きな磁化変化を作り、大きな出力を得ていた。検出コイル電圧と磁界HとはBH曲線に対応しており、その関係は非直線的で、特定の数学的な関係式は存在していなかった。特許発明は、GHzパルス通電した場合において、磁化の変化は小さいが、変化のスピードを大きくして、大きなコイル電圧△Φ/△tを得たものである。しかも検出コイル電圧と磁界Hとの間に正弦関数関係なる数学的な関係式(式(1))が存在していることを発見したものである。この関係は、磁壁の移動はGHzパルスのため移動が停止し、最表面に存在するスピンの高速回転だけが生じると仮定すると説明できることを明らかにした。
したがって、本特許発明の磁気センサは、超高速スピン回転現象による磁化変化のみをコイル出力として取り出しているとの結論は、当業者なら容易に理解できる。
請求人がいう、90度磁壁の移動をキャンセルする手段を、その影響を排除する手段という意味にとらえるならば、GHzパルスがその主な手段に相当する。
(答弁書48〜49頁)

ウ 無効理由2−3について
請求項8については、訂正請求により、削除する。
(答弁書49頁)

エ 無効理由2−4について
請求項1の「その時」の意味は、普通に読めば、パルス通電した時であるという以外の意味には理解できないはずである。また、請求人が指摘する、「回転の開始から終了の特定の瞬間に対応すると解され得る」タイミングは、明細書では検波タイミングとして説明している。請求項1では、そもそもタイミングという用語は使用していない。検波タイミングはコイル電圧の波形が最大値となるタイミングで検波をするという操作であるが、パルス通電したその時に関係する技術用語ではない。
(答弁書49〜50頁)

オ 無効理由2−5について
(ア) 異方性磁界の定義
異方性磁界の定義は、磁化過程で見ると磁化回転がはじまる磁界強度に対応する。磁化過程は、磁化曲線となって現象する。磁化過程は、外部磁界を増加していくと、磁壁が容易軸方向に移動し、その向きで飽和する。その後磁化の回転がはじまり、最後の飽和に至るというものであるが、磁化曲線としては、H=0のときにM=0で、HがかかるとM=χoHの直線で増加し、次第になめらか曲線となり、最後にM=Msで飽和する。
磁気便覧では、この磁化曲線から異方性磁界HkをMs=χoHkとして求めるとしている。これからMs=χoHkの測定方法から求めた異方性磁界Hkと磁化回転がはじまる磁界強度との定性的の定義とは同じ考え方のものであることが分かる。つまり磁化回転がはじまる磁界強度とは磁化過程におけるHkの定性的定義であり、Ms=χoHkの測定方法は磁化過程におけるHkの定量的定義である。考え方としては、両者は同じである。
つまり、Hkを磁化回転がはじまる磁界強度と定義している以上、Ms=χoHkの測定方法を使用することが前提となっている。
さらに、本発明では、磁気便覧に記載されている一般的方法なので、あえて測定方法を本件特許明細書には記載していない。しかし、本発明が、この方法を採用して異方性磁界Hkを求めたことは、異方性磁界をMs=χoHkから求めて、磁化曲線の近似式を作成して、本発明の理論的考察に利用している事実から裏づけられる。
(答弁書50〜52頁)

(イ) 磁化曲線の近似式からの論証
明細書の段落【0021】に式5として記載された、次のχの近似式から、Ms=χoHkでHkを求めていることが分かる。
χ=χo(1−β(H/Hk)2) (式5)

なお、上記近似式は、次の(1)から(4)の手順で作成される。
(1) 実際の磁化曲線からMsとχoを求めて、
(2) 交点A(つまりMs=χoHk)からHkを求める。
(3) 次にH=Hkの時の磁化曲線の交点Bの磁化M(Hk)を
M(Hk)=(1−β)Msと定義する。
(4) χoとHkとβとを使って、次の式1及び式2を作成する。
磁化率 χ=χo(1−β(H/Hk)2) (式1)
磁化曲線の近似式 M=χH=χo(1−β(H/Hk)2)H(式2)

(3) 無効理由3(実施可能要件違反)について
請求人は、請求項1の「スピン回転によるワイヤの方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段の記載は抽象的又は機能的であり、この場合要件(ア)技術的手段を具現化すべき材料、装置工程が明瞭に記載さていること、要件(イ)それが出願時の常識にもとづいて当業者が理解できることが必要である、と指摘している。
請求項1には、磁界検出素子の磁性ワイヤ、コイル、コイル電圧を検知する回路及びコイル電圧を磁界Hに変換する手段からなる磁気センサにおいて、所定の周波数と電流の強度を持つパルス電流を流し、所定のコイルに発生する電圧を取り出すことが記載されている。
その上で、本特許発明の特徴である、磁性ワイヤを特定し、パルス電流の周波数や電流強度を特定し、さらに検出素子の構造を特定しており、技術的手段の記載は具体的かつ構成的である。当業者ならば発明の構成を容易に理解できる内容となっている。
(答弁書52〜56頁)

(4) 無効理由4(新規事項違反)について
補正前後の記載のいずれにおいても、式(15)が成立するならばθa=θbとなる旨が記載されている。また、βの係数の変更は誤記の訂正であり、平成27年7月4日の手続補正書による補正は新たな技術的事項を追加するものではない。(答弁書56〜57頁)

2 被請求人が提出した証拠
乙1 :品名MW-H20の製品規格の内容を示す工程表SAT-D12-HMI03-F、愛知製鋼、2008年3月5日
乙2 :金子秀夫、本間基文「金属工学シリーズ8 磁性材料」日本金属学会、昭和52年11月20日、p.93−94
乙3 :磁化過程と異方性磁界との関係の模式図、本蔵義信により2020年4月10日に作成
乙4 :太田恵造「磁気工学の基礎 I 磁気の物理」共立出版、1973年6月1日発行、p.40−41
乙5 :A. Zhukov et al“High Frequency Giant Magnetoimpedance Effect of amorphous microwires for magnetic sensors applications”, Proceedings of the 8th International Conference on Sensing Technology, Sep.2-4, 2014, Liverpool, UK,p.625
乙6 :毛利佳年雄監修「新しい磁気センサとその応用」株式会社トリケップス、2013年9月11日発行、p.73−80
乙7 :本蔵義信 他「平面基板タイプの超小型MIセンサ素子開発」企画特集「ナノテクノロジ−EXPRESS」<第34回>、NanotechJapan Bulletin,Vol. 7, No.6, 2014,p.1-5
乙8 :Y.Honkura 他"The Development of a High Sensitive Micro Size Magnetic Sensor Named as GSR Sensor Excited by GHz Pulse Current" 2018 Progress In Electromagnetics Research Symposium (PIERS-Toyama), Japan, 1-4 August, p.324-331
乙9 :Y.Honkura 他"The Development of ASIC Type GSR Sensor Driven by GHz Pulse Current" SENSORDEVICES 2018: The Ninth International Conference on Sensor Device Technologies and Applications, p.15-21
乙10:Y.Honkura 他"The Development of ASIC Type GSR Sensor Driven by GHz Pulse Current" Sensors 2020,20(4),1023, p.1-13
乙11:Y.Honkura"The study on electromagnetic coupling with amorphous wire and micro coil excited by GHz pulse current" the International Workshop on Magnetic Wires, IWMW 2015, Ordizia, 3 July, 2015
http://www.magnedesign.jp/jan/wp-content/uploads/2016/07/885c163e3765add18a36a3433fe123ef.pdf
乙12:「マグネデザイン社特許に関する意見書」、毛利佳年雄により平成28年11月29日に作成
乙13:欠番
乙14:欠番
乙15:欠番
乙16:欠番
乙17:欠番
乙18:Y.Honkura 他"The development of a micro-coil-on-ASIC type GSR sensor driven by GHz pulse current." Journal of Magnetism and Magnetic Materials, 513(2020)167240, p.1-8
乙19:Sensors掲載のGSRセンサ論文のダウンロード件数、本蔵義信により2021年5月6日作成
乙20:Journal of Electrical and Electronic Engineering からのボードメンバー及び査読者への招待メール、2020年4月13日
乙21:American Journal of Modern Physics からのボードメンバー及び査読者への招待メール、2020年8月16日
乙22:International Journal of Sensors and Sensor Networks からの編集ボードメンバー及び査読者への招待メール、2020年10月13日
乙23:Smart Materials 2021, March 10-12, Barcelona Spainへの招待講演のリマインドメール、2020年4月18日
乙24:10th Annual Congress of Nano Science and Technology-2021, May 19-21, Osaka Japanへの座長招待と招待講演のメール、2020年4月21日
乙25:The 9th Annual World Congress of Advanced Materials 2021, May 19-21, Osaka Japanへの座長招待と招待講演のメール、2020年5月27日
乙26:Optics Virtual 2020 September 24-25, 2020への招待講演のメール、2020年7月7日
乙27:The World Congress on Analysis Chemistry and Technology (ACT), October 20-22, 2021 Osaka Japanへの招待講演のメール、2020年11月7日
乙28:The International Meet & Expo on Mechanical and Mechatronics Engineering (MECHMEET 2021), September 13-15, Port Portugalへの招待講演のメール、2021年3月27日
乙29:W.C.S.M 2022, March 10-12, Barcelona Spainへの招待講演のメール、2021年4月28日
乙30:Magnetochemistry誌からの論文投稿依頼メール、2020年7月8日
乙31:Micromachines誌からの論文投稿依頼メール、2020年7月17日
乙32:The journal SensorsからのSpecial Issueへの論文投稿依頼メール、2020年7月17日
乙33:日本磁気学会編「磁気便覧」丸善、平成28年1月30日発行、p.495−496、p.499−500
乙34:Melina Wang氏からのSensors特集号のゲスト編集者を依頼するメール、2021年4月25日
乙35:Melina Wang氏からのSensors特集号のゲスト編集者受託に対する御礼のメール、2021年5月25日
乙36:SensorsからのSensors特集号のタイトルとゲスト編集者の決定を知らせるメール、2021年5月25日
乙37: Melina Wang氏からのSensors特集号のゲスト編集者の応募受諾を確認するメール、2021年6月18日
乙38:RTNSA & IWMW-7の概要を示す資料、2015年7月2日
乙39:PIERS国際会議 招待講演者のリスト、令和3年7月8日
乙40:Arkady Zhukov教授からのメール 2021年6月22日
乙41:IWMW 2019 Book of Abstracts, p.1-4
乙42:TMS2020 149th Annual Meeting & Exibition, Februay 23-27, 2020 Technical Program、表紙、p.136-137
乙43:Arkady Zhukov教授からのメール 2021年7月2日
乙44:毛利佳年雄「磁気センサ理工学」コロナ社、1998年3月10日、68−69頁
乙45:ウィキペディアのGSRセンサの項目(2021年7月10日印刷)
乙46:「磁性材料・部品の最新開発事例と応用技術」技術情報協会、2018年3月30日、執筆者紹介、目次、p.221−229
乙47:無効2018−800119号の審決(令和元年9月24日付け)
乙48:V.E.Makhotkin 他"Magnetic Field Sensors Based on Amorphous Ribbons" Sensors and Actuators A,25-27(1991),p.759-762
乙49:川島克裕ほか、「アモルファス磁性ワイヤの磁気インダクタンス効果とMI素子」日本応用磁気学会誌、Vol.17, No.2,1993、p.423−428
乙50:「新しい磁気センサとその応用」株式会社トリケップス、2013年9月11日、表紙、目次、p.24
乙51:特許第2617498号公報
乙52:「新しい磁気センサとその応用」株式会社トリケップス、2013年9月11日、裏表紙、まえがき、目次、p.24、25、32、33、194
乙53:Sensors特集号「Recent Advances in Magnetic GSR Sensor」の案内をするSensorsのホームページ
https://www.mdpi.com/jopurnal/sensors/special_issues/GSR_sensors


第7 当審の判断
1 本件発明について
(1) 「超高速スピン回転(GSR:GHz Spin Rotation)現象」について
ア 本件特許の明細書の記載
本件無効審判請求においては、サポート要件、明確性要件及び実施可能要件違反のいわゆる記載要件違反が無効理由として挙げられているところ、本件発明は、超高速スピン回転(GSR:GHz Spin Rotation)現象を動作原理としているので、まず、本件発明の「超高速スピン回転現象」(GSR現象)について検討する。
本件特許明細書の段落【0016】〜【0060】及び図面の【図3】、【図4】を参照すると、次のように記載されている。
「【0016】
本発明者は、コイル出力電圧と外部磁界Hの関係に及ぼすワイヤの磁気特性、磁性ワイヤの大きさ、コイル巻き数およびパルス電流特性の影響を詳細に調査した結果、本発明センサにおいて、表面磁区とコア磁区の2相構造で異方性磁界が5Gの磁性ワイヤを使った微細コイルに0.5GHz以上の周波数の台形状パルスを与えた時、コイルの発生する電圧と外部磁界との間に、式(1)なる実験式が存在することを発見した。
Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)
【0017】
ここで、Vsはコイル出力電圧、Voはワイヤ透磁率、飽和磁束密度のワイヤ素材の磁気特性およびパルス電強度等で決まる比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻き数、fはパルス周波数、Hは外部磁界、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る外部磁界強度である。
【0018】
磁性ワイヤの表面磁区内に存在する円周方向の内部磁界によって円周方向に強制されていたスピンが、外部磁界Hによってθだけ傾いたとする。この状態に周波数0.5GHz以上のパルス電流が印加されると、スピンは円周方向に一斉にθ 回転する。この磁気変化をコイル電圧として検知すると、
V=Vosin2θ (2)
となる。したがって実験式(1)はこのスピンの一斉高速回転を検知していると考えることができる。つまり同じ表皮効果でもMIセンサは90度磁壁の移動による磁化回転を検知するが、本発明センサは表面磁区内のスピンの回転のみを純粋に検知する全く新しい原理、つまり発明者は超高速スピン回転現象に基づく新型のGSRセンサであると考えられる。
この原理に基づくと、以下の実施例1で詳細に紹介するように、MIセンサに比較して、コイル出力が大幅に向上し、性能指数で試算すると、K=0.2mG、W=40G、L=0.2mm、D=0.01mmでS=10万となって、コイル式MIセンサの120倍程度の飛躍的改善が実現できることを見出した。
【0019】
(1)まず、新原理の基礎であるスピン角度θとコイル出力、外部磁界との関係について説明する。
超高速スピン回転をコイルで検出する時のコイル電圧は、磁束Φの時間変化に比例する。つまりV=−dΦ/dtである。
スピン傾斜角θで回転開始時期(時間t=0)における磁束Φxo(θ)は、ms・L・πD・d・sinθである。角速度はdθ/dt=2πf(ここでfはパルス周波数)と一定なので、回転開始の瞬間のX軸方向のφxの変化速度は、dΦx(θ)/dt=dφx(θ)/dθ・dθ/dt=cosθ・2πfとなる。
磁束Φxo(θ)が、cosθ・2πfの変化速度を持つので、V=−dΦ/dt=φ0(θ)・dφx(θ)/dt。これに、φ0(θ)とdφx(θ)/dtの値を代入すると、V=−dΦ/dt=−ms・L・πD・d・sinθ・cosθ・2π/T=−φ0・sin2θとなって、コイル出力電圧はsin2θに比例する。
コイル出力と外部磁界Hはsin関数関係で存在しており、本発明者が行った条件下では、スピンの一斉回転のみを検出していると思われる。
【0020】
ここで、コイル出力と外部磁界とは、式(1)に示したようにsin(πH/2Hm)となることが実験的に発見されているので、式(3)となることが期待される。
θa=πH/4Hm (3)
しかし、一方本来のスピン角度θbは、磁性ワイヤにかかる磁界Hから反磁界の影響を除いた実際の内部磁界Hinと、円周方向の異方性磁界Kθとで決まる角度で(4)式のように定義できる。
tanθb=Hin/Kθ (4)
もし、実験式(1)が、スピン角度を検知しているならば、θaとθbが一致していることが必要である。以下、両者が一致していることを証明する。
【0021】
(2)その説明の前に、用いた磁性材料の特性として、磁性ワイヤの軸方向磁化特性10を図1a)に、円周方向磁化特性11としてのコイル出力電圧特性を図1b)に示す。磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。
磁化M=χH、ここでχの近似式は式(5)で表される。磁性ワイヤの透磁率μが200から4万程度まで変化した場合、それに対応して、近似式中のβは0.07から0.7程度まで変化する。
χ=χo{1−β×(H/Hk)2) (5)
磁性ワイヤの磁化特性は、反磁界がゼロ(無限長のワイヤの場合)で、外部磁界Hと内部磁界Hinが一致しするが、有限長のワイヤでは、反磁界が強まり、Hin=H−NMs(ここでMs=χH)となるので、式(2)を使ってHをHinに補正すると(6)式になる。
Hin=H{1−Nχo+βNχo(H/Hk)2} (6)
【0022】
コイル出力は外部磁界Hの増加とともに式(1)に従って単調に増加し、外部磁界H が、Hmの時に最大出力を取りその後漸減傾向を示す。Hmは、軸方向磁化特性のHkとほぼ一致していた。厳密にはHm=αHk、α=0.96との関係にあった。外部磁界H=Hkの時、コア磁区が飽和し、表面磁区のスピンは45度と最大傾斜をとるためである。表面磁区の方が反磁界は小さいのでコア部が飽和する前に最表面のスピンは45度に達する。そのためにHmはHkよりやや小さな値を取る。外部磁界HがHk以上に負荷されると、コア磁区との界面に存在する90度磁壁が移動して表面磁区全体が作る磁化は減少していく。スピンは45度の傾斜を保っているが、最後に消失する。
【0023】
パルス電流は、円周方向に磁化飽和を実現する十分な電流強さで、周波数は、0.5GHz〜4GHzのパルス周波数(パルス周波数は、f=1/2dtで定義した。ここで立上り、立下り瞬間の遷移時間をdtとした。)とした。これにより電流の表皮深さを0.2μm〜1μmに制御して、円周表面磁区の厚み以下とした。パルス時間間隔はコイル信号干渉を避けることのできる十分な長さ5n秒とした。
【0024】
上記の2相の磁区構造を持つアモルファスワイヤに、ワイヤ軸方向の外部磁界Hをかけると、円周表面磁区内の円周方向スピンは軸方向にθ角度ほど傾斜し軸方向に磁化Ms(=Ns・ms・sinθ)が生じる。Nsは、表面磁区内の単位体積当たりのスピン数、msはスピンが持つ磁化である。中央部のコア磁区では磁壁が移動し磁化Mcが発生する。
【0025】
この状態のワイヤに上記パルス電流を通電すると、パルスが作る60G程度の大きな円周磁界によって、超高速(パルスの遷移時間dt内をいう。)でスピンが円周方向に一斉回転する。その際に生じるワイヤの磁化変化をコイル出力電圧Vsとして検知する。そのコイル出力電圧は、周波数に比例するが、一方、表皮深さがf−1/2で小さくなり、両効果を合わせてコイル出力はf/p=f1/2 に比例して増加する。コイル巻き数Ncに比例し両者を合わせると驚異的な出力となる。
この超高速スピン回転効果は将来の超高感度マイクロ磁気センサの新原理と期待される。なおコア磁区部の磁化Mcは、表皮効果により影響を受けず、また磁壁の移動は生じない。
【0026】
(3)次に、超高速スピン回転現象をコイルで検出する時、スピンの回転角と磁界とコイル出力電圧との関係性を説明する。
コイル出力電圧は、磁束Φの時間変化とコイル巻き数Ncに比例する。外部磁界Hによって円周方向に強制されていたスピンがθだけ傾いたとする。時間t=0における磁束Φは、ms・L・πD・d・sinθに比例する。回転開始の瞬間、角度の時間変化dθ/dtは、sinθの微分であるcosθdθに比例する。回転初期に獲得した回転速度dθ/dtで角度θだけ回転すると考えられるので、その時の磁束Φ の変化量はcosθに比例する。その結果、コイル電圧の最大値はms・L・πD・d・sinθ・cosθに比例する。つまりに(7)式のようにsin2θ比例する。
V=VoNc・sin2θ (7)
コイル出力と磁界とは、式(1)に示したようにsin(πH/2Hm)となることが実験的に発見されているので、θ=πH/4Hmとなって、スピンの傾斜角度θを求めることができる。コイル出力電圧のデータから求めたθをθaとすると、(8)式が得られる。
θa=πH/4Hm (8)
【0027】
本来、スピンの傾斜角θは、磁性ワイヤにかかる磁界Hから反磁界の影響を除いた実際の内部磁界Hinと、円周方向の異方性磁界Kθとで決まる角度である。理論的な角度θをθbとすると、(9)式のように定義できる。
tanθb=Hin/Kθ (9)
Vsが最大値を取るピーク値は、θは45度の時であるから、Hin=Kθの時である。
この時Hin={1−(1−β)Nχo}Hkであるので、この結果
Kθ={1−(1−β)Nχo}Hk (10)
と求めることができる。tanθb=Hin/Kθに、(6)式のHinと(10)式のKθを代入すると、(11)式となる。
tanθb=H/Hk{(1−Nχo)+βNχo(H/Hk)2}/{1−(1−β)Nχo} (11)
【0028】
以上の考察の結果、コイル出力の実験結果から求まる角度θa=πH/4Hmと材料固有の基礎データから理論予測で与えられるスピンの傾斜角度θb(tanθ=Hin/Kθ)の二つが存在することになる。そこで(3)式で定義したθaと(6)式で定義したθbとが一致することを説明する。
【0029】
θaは、Hmで定義され、θbは、Hkで定義されているので、まずHkとHmの関係を詳細に説明する。実験事実としてHm=αHkが成立、ここでαは0.96程度である。
【0030】
異方性磁界Hkは、磁壁の移動が終了し磁化回転が始まり最終的に飽和に至る過程の変化点を示す値である。磁性ワイヤの場合、外部磁界HがHkまで増加するとコア磁区は飽和にまで達する。表面磁区内のスピンは軸方向に傾斜して45度に達する。外部磁界HがHk以上に増加していくと、軸方向の磁化の増加は90度磁壁が表面磁区に浸透する形で進む。この間スピンは45度に保たれている。スピンを45度に保つ時の磁界がHmであるから、Hk=Hmとなるはずである。しかしこの時コア磁区と表面磁区内では磁界が異なりスピンを傾ける有効磁界である内部磁界は異なっている。表面磁区内の反磁界は、飽和したコア部の漏れ磁場によって反磁界が形成されるので、コア磁区内よりやや小さい。HmはHkより小さい値で必要な内部磁界に到達する。この時の磁界Hmで、円周方向の異方性磁界Kθと内部磁界がつり合い、スピンは45度の傾斜角度をとる。その結果、Hm=0.96×Hkとなる。
【0031】
磁界HがHkより少し小さい値で、表面磁区の最表面のスピンは45度なるが、コア磁区との境界の磁壁に近いところでは45度にはまだ達していない。逆に外部磁界HがHkよりやや大きくなると、最表面のスピンは45度を保ち、磁壁が表面方向に移動して飽和したコア磁区部が太り表面磁区が細り軸方向の磁化が大きくなる。最表面のスピンが45度となる外部磁界Hmは、表面磁区全体のスピンが異方性磁界とつりあって45度となる磁界Hkにくらべてやや小さくなる。
【0032】
(4)HkとHmとの関係が掴めたので、次に(8)式で定義したθaと(9)式で定義したθbとが一致することを説明する。
θa=πH/4Hmのtanをとると、tanθは、以下の式で近似できるので、
tanθ=θ(1+1/3×θ2) (12)
tanθa=(H/Hm){π/4+1/3×(π/4)3(H/Hm)2} (13)
一方、(11)式にHm=αHkを代入すると、(14)式となる。
tanθb=(H/Hm){α(1−Nχo)+βNχoα3(H/Hm)2}/{1−(1−β)Nχo} (14)
【0033】
(13)式と(14)式は同じ関数形となっている。Hが小さいとき、2次項は無視できるので、両者の一次項が等しい。α=0.96として計算すると、
Nχoは、(15)式にように求まる。
Nχo=1/(1+4.49β) (15)
次に、Hが大きいときは、両者の2次項同士を比較すると、条件式(15)が成立しているとき、両者は等しくなることが確認できる。つまり、α=0.96と条件式(15)が成立するとき、tanθa=tanθbとなって、θa=θbとなる。
【0034】
ここでNχoは0.25から0.77などの値を取るが、物理的の意味について考察する。有効透磁率μeffと反磁場係数Nとの関係は、以下の(13)式で表される関係が存在することが知られている。
Nμeff=1−(μeff/μr) (16)
ここでμrは、材料固有の透磁率である。
理想的磁性材料では、μr=∞となって、Nμeff=1である。実際の磁性材料ではNμeff=0.2〜0.8と低下する。今回使用している磁性材料は異方性磁界Hkが5G、μr=32000、素子に組み込んだ時の異方性磁界は40G、μeff=600で、Nμeff=0.8であった。
また、使用したアモルファスワイヤのμrは、4,000で、μeffをワイヤの長さを変えて有効透磁率を3000から920程度まで変化させた時、Nμeff=0.25から0.77程度と変化する。さらに、μ=χ+1(μとχは1より十分大きい)なので、χo≒μeffと近似すると、Nχo=Nμeffとなる。
【0035】
以上の検討の結果、スピンの傾斜角度θは、円周方向の異方性磁界と内部磁界Hinの合成方向に向いて、その角度から円周方向に回転した時、式(1)式で与えられるコイル出力電圧を得ることができる。つまりスピンの傾斜角度がコイル出力の源であることが明確になった。
その角度は、表面磁区内のスピンにかかる内部磁界Hinと円周方向の異方性磁界の比で決まるが、それをいかに制御するかが重要である。異方性磁界が大きいほどスピンが傾斜しにくく大きな外部磁界が必要となる。しかも外部磁界を大きくしても表面磁区内の内部磁界を大きくするのは難しい。というのは、表面磁区とコア磁区の2相構造の下では、小さな外部磁界でコア部は磁壁移動して容易に磁化し大きな反磁界を生み出す。表面磁区のスピンは、コア磁区からも漏れ磁場を反磁界として、その影響を強く受けることになるためである。したがって異方性磁界を極力小さくして、小さな内部磁界でスピンが大きく傾斜できるようにすることが重要である。
【0036】
(5)磁性ワイヤの表面磁区内のスピンの傾斜角度をいかに制御するか。まずスピンの傾斜角度と外部磁界との関係について説明する。
図2は、磁性ワイヤのスピン構造をワイヤ軸方向断面12と断面13に分けて示す。表面磁区14のスピンは円周方向向きで、コア磁区15のスピンは軸方向向きで右向きスピン16と左向きスピン17に4分割されている。外部磁界H を負荷させた時の、スピン構造の変化を示す。
a)外部磁界H=0の場合で、コア部の磁区構造15はスピンが軸方向に正負向きに向いた4個の磁区に対称的に分割され磁化M はゼロである。表面磁区14のすべてのスピンは、円周方向のパルス磁化された向きに整列している。
b)外部磁界H=Hk/2程度を印加した場合で、コア磁区15の印加磁界の向きのスピン17をもつ磁化が太り、反対方向のそれ16が細って磁化M=χHが生じ、大きな反磁界をつくる。表面磁区のすべてのスピン18は印加磁界Hの方向に傾斜するが、実験式(1)のθから求めることができて、傾斜角度θは、θ=πH/4Hmである。GSRセンサの対象域は、ゼロからHmで、θを決める反磁界、円周方向の異方性磁界Kθによってセンサ出力が決定づけられる。さらにパルス周波数に依存したθの回転速さ、および表面磁区の厚みと表面積で決まるスピン総量が重要であることがわかる。
c)外部磁界H=Hkを印加した場合で、コア磁区のスピンはすべて印加磁界の向きに整列している。表面磁区のすべてのスピンは印加磁界Hの方向に傾斜角度45度で傾斜している。Hkより少し小さな値のHm=0.96Hkにおいて、最表面部のスピンは45度に傾斜し、コイル出力は最大値をとる。逆に、HがHk以上になると、スピンの傾斜角度は45度のまま、コア磁区と表面磁区の境界磁壁が外側に移動をはじめ、表面磁区の厚みが小さくなっていき、コイル出力が低下し始める。測定範囲は、Hmで定義される。
d)Hkより十分大きな外部磁界Hを印加した場合で、コア部のスピンはすべて印加磁界の向きに整列し、しかもコア部と表面磁区の磁壁が外側に移動し、ついには表面磁区が消失または非常に細る。GSRセンサの測定範囲外の磁化状態になる。HkとHmはほぼ同じ値をとるので、外部磁界HがHkからさらに増加した時、最表面のスピンは45度のままより強く固着され、パルス円周磁界に対して抵抗を示しコイル出力が低下する。同時に表面磁区の厚みが減少を開始してコイル出力の減少が始まると予想される。
【0037】
外部磁界H が小さい場合、つまりスピン角度θが0.2ラジアン(12度)以下の場合、コイル出力は外部磁界Hに比例する。言い換えれば0.2Hk以下の場合である。逆に外部磁界Hが異方性磁界Hkより大きくなると、コア部磁区が太り、表面磁区が細ることになってコイル出力の低下が起こる。Hが、0.2HkからHkの間は、式(1)を使ってコイル出力電圧からHを求めることができる。
【0038】
(6)次に、新電磁現象である超高速スピン回転現象が発現する条件を説明する。
発現条件は、表面に円周方向スピン配列を持った表面磁区が存在す磁性ワイヤを用いて、GHzの周波数を持つ十分大きな電流の励磁パルスを印加して、表皮深さp が表面磁区の厚さdよりも小さくして、円周方向スピンの一斉回転を惹起し、その変化を微細コイルで検知することであることを説明する。
【0039】
コイル出力電圧の原因としては、90度磁壁の移動による磁化回転と表面磁区のスピン回転が考えられる。90度磁壁は小さな磁界で移動できるが、周波数が高くなると渦電流による電磁ブレーキのため著しく遅くなる。一方表面磁区内のスピン回転は、集団で一斉回転しその移動は瞬時に完了する。回転に参加するスピン数が限られ出力信号は微弱である。
【0040】
MI現象は、表面磁区とコア磁区の境界である90度磁壁が最表面に存在し、1MHzから30MHzの周波数域で表皮深さp(この場合、1μm〜4μmである。)の幅で振動する。表面磁区の厚みは0.2μm〜0.8μmと考えられる。周波数が0.5GHz以上と増加すると、90度磁壁の移動は渦電流による電磁ブレーキのため著しく遅くなる。しかも表皮深さpが0.2μm〜0.8μmとなって、表面磁区の厚み程度となり、磁壁振動は停止する。
一方GSR現象は、表面磁区の厚みを1μmとして、周波数0.5GHz以上、磁性ワイヤの透磁率を3000以上として、表皮深さを0.2μm程度にして、表面スピンの一斉回転を惹起せしめる。
【0041】
式(1)から分かるように、表面磁区の厚みdが1μm程度あり、表皮深さpが0.1μから1μ以下の場合、コイル出力電圧は周波数の平方根に比例する。理由はスピン回転する深さである表皮深さpが周波数の平方根の逆数に比例するためである。
一方厚みdが0.2μmと表皮深さpより小さい場合、スピン回転する深さはpまでは浸透せず、90度磁壁の位置dで固定されるので、p=dと一定となって、コイル出力電圧は周波数に一次比例する。ガラス付ワイヤを使った実験では、コイル出力電圧は周波数の平方根に比例しており、表面磁区の厚みは1μm程度と十分な深さを有していると考えられる。

【0042】
使用した磁性ワイヤは、直径10μmで、アモルファス構造を有し、弱負磁歪特性を持つ磁性Co合金からなり、磁気異方性は1Gまたは5G、比透磁率は2万と3000の高透磁率磁性ワイヤである。そのワイヤに、引張応力を負荷し軸方向と円周方向にそれぞれ磁気異方性Kuと磁気異方性Kθを発生させて、円周方向スピン配列を持つ円周表面磁区と軸方向スピン配列を持つ中央部コア磁区の2 相の磁区構造を形成した。パルス電流の表皮深さpは0.5μmを考慮して、表面磁区の厚みdを1μm程度に制御した。
さらに十分大きなパルス電流で、異方性磁界Hkの1.5倍を超える磁界を発生させて、パルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い円周方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去した。
【0043】
以上の条件で、純粋にスピンの一斉回転現象のみを惹起することができる。微弱で高速な信号をコイルで検知するためには、微細コイルが必要である。単位長さ当たりのコイルピッチを30μmから10μm以下としコイル内径を15μm以下とし、磁性ワイヤとコイルとの間隔をコイル式MIセンサの10μmから3μm以下として、ワイヤとコイルとの電磁結合を強めて、コイル数Nに比例した出力電圧を得ることに成功した。
【0044】
(7)超高速スピン回転効果型のGSRセンサとコイル検出型のMIセンサを比較して、新原理の特徴を明確にする。
MIセンサは外部磁界H中にある磁性ワイヤまたは磁性薄膜に周波数1MHzから30MHzの高周波電流またはパルス電流を通電した時、インピーダンスが表皮効果のため大きく変化する現象を利用したものである。表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁が振動した時に、透磁率が外部磁界Hに大きく依存して変化し、表皮深さを小さくして大きなインピーダンス変化が起こる。その変化量から外部磁界Hを検知する。センサ長さを5mmのセンサで1mGの優れた感度を実現した。
【0045】
出力は外部磁界に対して正負対称でしかも外部磁界の大きさに対して単調増加し、ある臨界磁界以上では漸減するという非線形特性を持つ。さらに出力は、磁性ワイヤのヒステリシスの影響も強く受けるので、負帰還回路を利用して、そのフィードバック電流の強さから直線的でヒステリシスに小さな出力を得ることが前提となっている。
先行技術であるFGセンサは、一般的な磁区構造を持つパーマロイ等の磁性材料を用いて、周波数30KHzの交流を使って外部磁界Hに比例したコイル出力電圧を取る。MIセンサは30MHzの高周波を活用して1000倍程度の高性能化を実現した画期的な発明であった。表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁が振動するという画期的な発明がその基礎にあった。
【0046】
発明者らが開発したコイル付の改良型MIセンサは、台形状のパルス電流を与えてパルス磁界アニーリングを施して負帰還回路を省略して消費電流の低減に成功したタイプである。またMI素子をMEMSプロセスで製作して長さを3mmから0.6mmへと小型化している。パルス周波数を200MHzにあげることによってコイル出力の向上を図った。同時に磁性ワイヤの異方性磁界を20Gと著しく大きくして測定レンジを拡大した。以上のように小型化と測定レンジの拡大を図ったために、トレードオフ関係にある感度が2mGと大幅に低下している。今後感度の改善とさらなる小型化・測定レンジ拡大が今後の課題となっている。
【0047】
200MGzの周波数は、MI現象を現出する周波数域を超えている。そこで、台形形状のパルス電流のパルスの立下りを利用して、90度磁壁の移動を可能にした。コア内部に浸透した90度磁壁はパルス遮断時に円周方向磁界が消失に伴って、外部磁界の力で90度磁壁がゆっくり表面方向に移動していく。
一方、パルスの立下り時に、表面磁区内のスピンは円周方向磁界の消失に伴って傾斜し始めるが、強い異方性磁界によって傾斜が小さくまた回転速度も遅いものとなってコイル出力の増化が抑制されている。コイル出力は主にMI現象である90度磁壁の移動に起因するが、一部GSR現象であるスピン回転の影響も検出している。
【0048】
MI効果を基礎にしたコイル出力電圧の最大値は外部磁界Hに比例する。本方式はMI現象とGSR現象が混合しているため、直線域が測定領域の1/3程度までに小さくなっている。一方GSRセンサの出力は明確な数学的式が成立しているので、演算処理によって測定領域のすべての範囲で使用することができる。
【0049】
MIセンサの電子回路は、積分回路のコンデンサにコイル電流を蓄積してコイル信号を受けて、その積分電圧を求め、その最大値をピークホールド回路で求めて出力する。MEMSコイルにしたためコイルの抵抗が増加し、積分電圧を獲得する過程で電圧降下(IRドロップ)が生じてしまい問題である。またコイルをメッキプロセスで形成し膜厚を厚くし抵抗を下げる対処しているため、大幅のコストアップになってしまっている。
【0050】
さらに本発明者は、上記MEMSコイル型MIセンサにおいて、パルス周波数を0.2GHzから1GHzと高めることを検討した(特許文献6)。0.5GHzとすると出力を2倍程度向上することができるが、1GHz以上では逆に出力が低下する。これは、MI現象を前提に周波数を高めていくと、コア磁区の90度磁壁の移動による磁化回転と表面磁区の傾斜スピンの一斉回転の両方をコイル電圧として検知するようになる。高周波化しても磁壁の移動は緩慢のままで、表面磁区のスピン回転の影響の方が大きくなる。しかしスピン回転は高速回転が可能であるが磁気信号は微弱であり、内径30μmのコイルではワイヤとコイル間が10μmもあり、電磁結合が弱く十分検知することが出来なかった。スピン回転現象を検知するためには、コイルとワイヤ間の距離を10μmから3μm以下と接近させ、かつ単位長さ当たりのコイルピッチを増やしてワイヤ表面のスピン回転とコイルとの電磁結合を強化する必要がある。
【0051】
また感度と測定レンジの背反問題が存在する中で、MIセンサでは測定レンジは直線近似できる範囲に限られているため広くすることが困難であった。高周波化によって2倍程度の改善はなされている。しかし、それ以上に高周波化に伴う技術課題が噴出し商品化にまでは至らなかった。
高周波パルス発振回路の技術的課題は、コイルと配線回路に付随する寄生容量が増加して、パルス立ち上がりの平滑化、IRドロップによる出力の減衰が発生し、大出力回路が必要となり実用的でなかった。高周波化に伴う電磁誘導電圧の増加は、表面の磁化変化によるコイル電圧よりも大きくなり、その除去が最大の問題となっている。大きな電磁誘導電圧は、信号の増幅度の制約、検出信号の直線性と精度の低下、温度特性の劣化などに大きな誤差を生じさせてしまい、実用的な感度はむしろ低下した。MIセンサを前提にして、周波数を高めるという発想ではトレードオフの網の目に迷い込み性能アップに向けた改善策は発見できないと発明者は判断した。
【0052】
(8)GSRセンサの原理とMIセンサの原理の基本的な違いをまとめる。
MI現象は、周波数を1MHzから30MHzで発現し、表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁の振動に起因するが、GSR現象は0.5GHzから4GHzで生じて、表面磁区のスピン回転に起因する。MIセンサのコイル出力は、出力電圧を積分回路のコンデンサに蓄積し、その電圧と磁界との比例関係から磁界を求める。GSRセンサは、コイルの瞬間電圧をバッハー回路で直接検知し、その電圧と磁界とが式(1)の数学的関係にあることから磁界を求める。MIセンサのコイルを微細化すると抵抗が増加してIRドロップが生じる。そのためコイルの微細化およびコイル巻き数Ncの増加による効果は限定的になる。GSRセンサは、コイルの抵抗が著しく大きくコイルにはごく微量電流しか流れない。コイル出力電圧を電圧のまま直接検知する必要があるのでバッハー回路を介して検知する。コイル巻き数およびコイル微細化による抵抗増加の問題の影響をほとんど受けず、コイルによる検出力を増加させることができる。
【0053】
一方GSR現象を基礎にしたGSRセンサは、駆動パルス周波数を0.5GHzから3GHzと高めて、表面磁区内のスピンを一斉に高速回転させ、発生する高速信号を微細コイルで検出することによって、周波数とコイル巻き数に比例して大きな出力を実現することができる。具体的にはパルスの表皮深さpより表面磁区の深さdを大きくすることで、コイル出力が周波数の平方根に比例して増加することを発見し、かつ微細コイル製作技術と融合することで、驚異的な出力を引出すことに成功した。
【0054】
さらにコイル出力電圧と外部磁界Hは、測定領域±Hmの範囲で、式(1)に示すような明瞭な数学的関係が存在し、ヒステリシスもほとんど生じないので、図3 に示すように広い測定範囲の優れた出力特性と低消費電流特性を得ることができる。図3−a)は、外部磁界とコイル出力電圧Vsとの関係を示した。図3−b)は、コイル出力電圧Vsのarcsin変換した換算値と外部磁界Hとの関係を示した。換算電圧値と外部磁界とは測定範囲(最大値から最小値までの範囲)で直線的関係が存在することが良く分かる。
【0055】
この数学的関係の成立は、外部磁界Hに対する表面の円周方向スピンをもつ表面磁区と中央コア部の軸方向スピン磁区の2相の磁区の持つ磁化挙動の違いに着目して、異方性磁界を8G以下にして表面磁区深さを表皮深さ以上に調整し、パルス電流の周波数を0.5GH以上、表皮効果深さを1μm以下として、超高速で円周方向スピン回転のみを純粋に検知できる条件を設定したことに起因している。
【0056】
超高速一斉スピン回転の電磁現象の物理的基礎は、スピン−スピン間の交換相互作用である。円周方向に整列したスピン集団はこの交換相互作用で強力に結合しており2GHzの超高速でスピンの一斉回転が可能となっている。また表面磁区の厚みを十分大きく確保している場合で、周波数を高めると、表皮深さが小さくなりコイル出力はf/p=f1/2に比例して増加する。
しかし高速化に伴って渦電流が増加しスピン回転を抑制するようになるので、ある周波数で最大値を取る。さらに、5GHz近くまでパルス周波数を高めると、スピンの歳差運動やスピン共鳴現象が発生し始め、各スピンは交換作用力に打ち勝って回転を始めて、コイル出力電圧が低下する。渦電流による格子発熱や歳差運動によるスピン系の発熱によって、コイル出力の低下が増幅する。
【0057】
周波数が高いほど出力電圧は大きくなる。また表皮深さも小さくなって、表面磁区の厚さdを小さくできる。このことは円周方向の応力を小さくし磁性ワイヤの透磁率を大きくできて、つまり係数Voの値を大きくできて出力を改善しうることを意味している。
しかしスピン共鳴周波数に近づくにつれて、一斉回転に揺らぎが生じコイル電圧が低下するので、最適周波数域が存在し、それは0.5GHzから4GHzである。図4に実施例1を使ってコイル出力に及ぼす周波数の影響を調査した結果を示す。(A)は、本発明品で、測定レンジは±40G、センサ長さ0.2mmのタイプである。(B)(C)は特許文献6のセンサ長さ0.6mmで、測定レンジが±2Gと±30Gの二つのMIセンサの実施例である。本発明のGSRセンサは感度および測定レンジともにMIセンサよりも優れている。さらにより高い周波数域まで、周波数増加に伴って電圧は増加していく。2GHzで最高値を示し、その後ゆるやかに減少していく。スピンの歳差運動や渦電流ブレーキが増加するためと思われる。したがって望ましい周波数域は0.5GHzから4GHzである。
しかし、パルス周波数の増加は、コイルに円周パルス磁界によって誘導される誘導電圧を増加するのでこの対策がGSRセンサにおいてはより重要となる。
【0058】
(9)次のGSR効果を実現する具体的なセンサ緒元を明らかにする。
発明者は上記GSR効果の電磁現象を基礎に、以下のセンサ緒元の解明と具現化方策を発明した。
磁性ワイヤは、ゼロ磁歪または弱負磁歪のCo基合金で、異方性磁界Hkを8 G以下、比透磁率は1000以上で、直径は20μm以下、軸方向の応力は表面磁区の厚みdは1μm以下で2p以上とした。厚みについては適用パルス周波数を考慮して、パルス磁界アニーリングまたはテンションアニーリングを施して2p以上になるように調整した。なおコア部の残留磁化はパルス通電継続時間の間に、それ以前の外部磁界の影響履歴の消失・低減を図り、ヒステリシスを抑制した。
【0059】
パルス電流の電流強さは、ワイヤの直径を考慮し上での表面での円周方向磁界の強さを30G以上、目安として1.5×Hk以上の円周方向磁界強度を確保して、パルス周波数は0.5GHZ〜4GHzとして、表面磁区内のスピンのみの超高速一斉スピン回転を実現した。またパルス通電継続時間中の大きな円周方向磁界でコア磁区を縮小させ、表面磁区の厚みを増加した。
パルスの立上り速度は、コイルの寄生容量の低減、配線ワイヤボンディングから半田づけ接合への変更、コンデンサのASIC内蔵などにより急峻な立上りを確保した。
パルス時間間隔は長さ10n秒以上としコイル信号干渉を避けると同時にワイヤの自然冷却を行った。
【0060】
素子のサイズについては、コイル出力はワイヤの直径Dに比例するが、直径を大きくしすぎると表面の円周方向スピン磁区が形成できないので30μm以下にすべきである。しかし、コイルピッチの最小化およびセンササイズの小型化を考慮すると直径は20μm以下が現実的である。長さLは、コイル出力を増加するが、磁界の測定範囲が小さくなり、コイル出力と測定範囲とがトレードオフ関係にある。その対策としては、コイルピッチを小さくしてコイル巻き数を増やしてコイル出力を増加し、ワイヤ長さLは出来るだけ小さくして測定範囲を拡大することが望ましい。測定範囲が小さくてもよい場合は、十分な長さを確保してコイル出力およびセンサ感度を高めることが望ましい。
【0061】
検出コイルは、ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるために、コイル内径は25μm以下、望ましくはワイヤとコイルとの間隔を3μm以下にすべきである。コイルの巻き数については、最表面のGSR素子を小型化する上ではコイルピッチを10μm以下と小さくすることが重要である。
その微細コイルの構造は、凹形状のコイル下部と凸形状のコイル上部および両者の間にある段差を介して連結するジョイント部の3層構造または段差がゼロの特殊な場合は2層の凹凸構造からなり、磁性ワイヤの下部のみをコイル下部配線を施した基板溝に埋設し、それを接着機能を有する樹脂で固定し、ワイヤ上部は樹脂の表面張力で薄く覆われ、もしくは絶縁被覆磁性ワイヤの場合には一部露出した状態で、コイル上部配線およびコイル下部と上部のジョイント部の配線を行うことによって得られる。」


「【図3】


【図4】



イ 明細書に基づいた本件発明の理解
上記記載を参照すると、本件発明についての特許権者の説明として、次のことが理解できる。
本件発明は、所定の異方性磁界を有し、2相の磁区構造(円周方向の表面磁区と軸方向のコア磁区)の磁性ワイヤに対して、パルスの立ち上がりがギガヘルツオーダーのパルス電流を所定の強度で通電すると、検出される電圧が、外部磁場の変化に伴って正弦関数として変化することを実験的に見出し、当該実験式(式(1))を外部磁場の測定に用いて磁気センサとして構成したことを要点とするものである。
検出電圧と外部磁場の変化の間に成立する正弦関数の関係(以下、単に「正弦関数関係」という。)については、多数の実験結果があるわけではないが、少なくとも、【図3】に示される実験結果により確認されている。
このような検出電圧と外部磁場の数学的な関係は、表面磁区内において、ワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンが超高速に一斉回転するという「超高速スピン回転現象(GSR現象)」に基づくものである。そして、「超高速スピン回転現象」が実際に起きていることの根拠としては、「超高速スピン回転現象」に基づくものであればその出力は正弦関数になるということ、及び、コイル出力電圧が最大値を取るときの外部磁界強度Hmと、軸方向磁化特性であるHkがほぼ一致し、その比がα=Hm/Hk=0.96という1に近い値であり、コイル出力電圧のデータから求めたスピンの傾斜角度θa=πH/4Hmと、材料固有の基礎データから理論予測で与えられるスピンの傾斜角度θbの間に、θa≒θbという関係が成立し、スピンの傾斜角度がコイル出力の源であると推論できることが挙げられる。
上記「超高速スピン回転現象」については、「スピン−スピン間の交換相互作用」にその物理的基礎を求めることができ、円周方向に整列したスピン集団はこの交換相互作用で強力に結合し、2GHzの超高速でスピンの一斉回転が可能になると考えられる。
このような超高速スピン回転現象(GSR現象)と、ワイヤの磁気インピーダンスが大きく変化する電磁現象(MI現象)は、動作の原理が異なるものであり、MI現象は、周波数が1MHzから30MHzで発現し、表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁の振動に起因するのに対して、GSR現象は0.5GHzから4GHzで生じて、表面磁区のスピン回転に起因するものである。

(2)「超高速スピン回転現象」の学術的な評価について
ア 被請求人の主張
被請求人は、「超高速スピン回転現象」について、令和3年7月12日に提出した上申書において、次のとおり説明している。
「被請求人は、GSR効果は磁壁の移動の関与を防ぎ、表面磁区内のスピン回転だけを検出する新現象だと確信していますが、現時点では、学術的にはそれが単なる実験式や仮説として認められた段階で、近い将来法則として認められると考えています。当分野の研究者が新しい仮説として認識し注目しています。GSR効果の説明は技術的には明確で、それ故に、GSRセンサの論文は査読を経て、著名な学術誌に掲載され、さらには特集号が企画されています。学会の場で、GSR仮説に対して異論を呈した研究者は一人もいません。」
(令和3年7月12日提出の被請求人の上申書8頁下から12〜7行)

イ GSR仮説についての学術的な評価の検討の必要性
被請求人も認めるように、本件発明において、式(1)の正弦関数関係が「超高速スピン回転現象」に由来し、従来のMI現象と原理的に異なるものであるとしたことについては、厳密には、仮説である(以下「GSR仮説」という。)。このような新現象のメカニズムについての仮説は、まずは本件特許の明細書及び図面に開示された被請求人の理論に沿って理解すべきであるとしても、最終的には、このような物理現象を学術的な観点から専門的に取り扱う研究者の学術界による評価を参酌することが必要である。。

ウ GSR仮説についての学術的な評価について
そこで、GSR仮説の学術的な評価について、証拠に基づいて以下検討する。
(ア) 学術誌への掲載
a 「Journal of Magnetism and Magnetic Materials」誌
「Journal of Magnetism and Magnetic Materials」(以下「JMMM誌」という。)に掲載された本蔵義信博士他による乙18号証の論文の要約及び図5〜7には次の記載がある。和訳は当審による。
「Abstract
Through applying GHz (Gigahertz) pulse current on the amorphous micro wire, we observed an increase in the coil voltage around the wire, and a sine function relationship between the coil voltage and the surrounding magnetic field. We assumed that the new performance of the coil voltage must be caused by the rotation of electron spins on the wire surface with GHz angular velocity, induced by the magnetic field force in the same direction, and proposed to name the observed new phenomena as GSR (Gigahertz Spin Rotation) effect. The developed GSR sensor presents excellent features with enhanced sensitivity and low hysteresis better than that of the GMI (Giant Magnetoimpedance) sensor.
We developed the production technology to produce micro coils and developed a Micro-coil-on-ASIC (Application Specified Integrated Circuit) type GSR sensor, where the micro coils are directly formed on the ASIC surface, making small size GSR sensor possible.」
(要約
アモルファスマイクロワイヤにGHz(ギガヘルツ)パルス電流を印加することによって、ワイヤの周りのコイル電圧の増加、及び、コイル電圧と周囲の磁場との間の正弦関数関係が観察された。我々は、コイル電圧の新しい動作は、同じ方向の磁場力によって誘導される、GHzの角速度を有するワイヤ表面上の電子スピンの回転によって引き起こされているはずであると仮定し、観察された新しい現象をGSR(Gigahertz Spin Rotation(ギガヘルツスピン回転))効果と呼ぶことを提案した。開発されたGSRセンサは、GMI(Giant Magnetoimpedance(巨大磁気インピーダンス))センサよりも感度が高く、ヒステリシスが低いという優れた特徴を有する。
本発明者らは、マイクロコイルを製造するための製造技術を開発し、マイクロコイルオンASIC(Application Specified Integrated Circuit(特定用途向け集積回路))タイプのGSRセンサを開発した。これは、マイクロコイルがASIC表面上に直接形成され、小型のGSRセンサを可能にする。)







b 「Sensors」
「Sensors」に掲載された本蔵義信博士他による乙10号証の論文の要約及び図5〜7には次の記載がある。和訳は当審による。
「Abstract: The GigaHertz spin rotation (GSR) effect was observed through the excitement of Giga Hertz (GHz) pulse current flowing through amorphous wire. The GSR sensor that was developed provides excellent features that enhanced magnetic sensitivity and sine functional relationship, as well as good linearity, absence of hysteresis, and low noise. Considering the GHz frequency range used for the GSR sensor, we assume that the physical phenomena associated with the operation of the sensor are based on spin reduction and rotation of the magnetization. The proper production technology needed was developed and a micro-sized GSR sensor was produced by directly forming micro coils on the surface of the application-specific integrated circuit (ASIC). Some prototypes of the ASIC type GSR sensor have been produced in consideration of applications such as automotive use, mobile device use, and medical use. Therefore, we can conclude that GSR sensors have great potential to become promising magnetic sensors for many applications.」
(要約: ギガヘルツスピン回転(GSR)効果は、アモルファスワイヤを流れるギガヘルツ(GHz)パルス電流の励起によって観察された。開発されたGSRセンサは、良好な線形性、ヒステリシスの欠如、及び、低ノイズであるとともに、向上した磁気感度及び正弦関数関係という優れた特徴を提供する。GSRセンサに使用されるGHz周波数範囲を考慮して、センサの動作に関連する物理的現象は、スピン減少及び磁化の回転に基づくと仮定する。必要とされる適切な製造技術が開発され、特定用途向け集積回路(ASIC)の表面上にマイクロコイルを直接形成することによって、マイクロサイズのGSRセンサが製造された。ASIC型GSRセンサは、自動車用途、モバイル機器用途、医療用途等の用途を考慮して試作されたものがある。したがって、GSRセンサは、多くの用途のための有望な磁気センサになる大きな可能性を有すると結論付けることができる。)







c JMMM誌及びSensors誌のまとめ
前記a及びbに示したように、正弦関数関係及びその解釈としてのGSR仮説について論述した内容を含む二つの論文が、著名で査読付きの、基礎研究も含めて磁性分野における研究を専門的に扱う権威のある学術誌であるJMMM誌及び、磁気センサーも含めてセンサー分野を扱う著名な査読付の学術誌であるSensors誌にそれぞれ掲載されたことを踏まえると、正弦関数関係が観測されるGSR仮説が、実験結果に基づく妥当な仮説であり、GMI現象とは異なるものとすることについて、科学的な根拠があると評価されていると認められる。

(イ) 「Sensors」誌における特集号のゲスト編集者の就任
乙34〜乙37及び乙53によれば、本件特許の発明者である本蔵義信博士は、「Sensors」において、「Recent Advances in Magnetic GSR Sensor」というタイトルの特集号を編集する際のゲスト編集者に、磁性の分野において国際的に著名な学者であるZhukov教授とともに就任していることが認められる。

(ウ) 著名な学者の招き等による国際学会での招待講演
本件特許の発明者である本蔵義信博士は、IWMW 7 2015(乙38)、PIERS 2018(乙39、乙8)、SENSORDEVICES 2018(乙40)、IWMW-8 2019(乙41)、TMS 2020(乙42)を含む複数の国際会議において、GSR現象についての招待講演を行ったことが認められる。
なお、乙38は何の文書であるのか不明であるが、当審が職権調査を行ったところ、IWMW 2015, July 2nd, Palacio Barrena, Ordizia (Gipuzkoa), Spainの PROGRAMには、乙38と同じ内容が記載されている。当該プログラムのURLは次のとおりである。
https://www.ehu.eus/documents/2957227/0/IWMW+2015+Program+24.06.pdf/a5d57759-68d3-4ae4-bb2d-6c052401b21a?t=1435178486000
乙39も何の文書であるのか不明であるが、当審が職権調査を行ったところ、PIERS 2018 Toyamaの Final PROGRAMには、乙39と同じ内容が記載されている。当該プログラムのURLは次のとおりである。
https://www.piers.org/piers2018Toyama/files/programfinal.pdf
SENSORDEVICES 2018については、Zhukov教授からの招聘(しょうへい)であったことが認められる(乙40)。 IWMW7 2015及びIWMW8 2019においては、Zhukov教授がプログラム委員会のメンバーに入っている(乙38及び乙41)。
PIERS 2018 Toyamaのプログラムより、当該国際会議における本蔵義信博士の招待講演のセッションについては、Zhukov教授が企画し、座長を務めたことが認められる。
TMS 2020においては、国際的に著名な学者であるOhodnicki教授が座長を務めており、Zhukov教授がプログラムオーガナイザーを務めていたことが認められる(乙42)。

(エ) 前記(ア)〜(ウ)において認定した事実を踏まえれば、GSR仮説の妥当性については、当該分野の今後の研究の進展に左右される可能性があることは排除できないものの、現時点では、「超高速スピン回転現象(GSR現象)」は、MI現象と原理的に異なる新たな物理現象の仮説として、主張することに相当の妥当性があると学術上評価されていると認められ、少なくとも、正弦関数関係については、査読付論文に掲載されたり、国際会議で招待講演を受けたりするほどの、当該分野の研究者にとって大変興味深い、新現象として十分に検討に値するものであると評価されていると認められる。

エ GSR仮説についての請求人の主張について
(ア) GSR現象の学術的な評価に関し、請求人は、令和3年8月11日に提出した上申書において、概ね次のa〜cの主張をしている。

a JMMMとSensorsの権威について
乙43は、単なるZhukov氏のメールにすぎないから、雑誌の権威を立証するための証拠として不十分である。また、Zhukov氏はGSRセンサにおいて被請求人と関係のある人物であって、いわば被請求人の身内に該当する人物であるから第三者に該当しない。したがって、乙43により、雑誌の権威は立証されていない。
なお、雑誌の権威が立証されたとしても、乙10や乙18は、本件特許の出願日以後に投稿・刊行された論文であるから、本件特許の無効理由の成否の判断に参酌されるべきものではない。

b Sensors特集号のタイトルについて
Sensors事務局が磁気センサである「GSRセンサ」の特集号を企画する最初の段階では、本件特許のGSRセンサに関する論文だけでなく、別種のGSRセンサ(Galvanic Skin Responseセンサ等)に関する論文も含んだ検索結果に着目された可能性は否定できず、しかも、着目された検索結果における本件特許のGSRセンサに直接関係する論文の比率は、1%未満しかなかった可能性が高い。
Sensors事務局が、仮に本件特許の「GSRセンサ」を別種のGSRセンサとする誤解を解消していたとしても、論文のヒット数については、誤解したままである可能性を否定できない。

c 被請求人の主観にすぎない意見について
学会の場でGSR仮説に対して異論が呈されていないことや、仮説を証明する第三者の追試結果等について、客観的証拠が提出されていない以上、被請求人の確信及び主張は、あくまで被請求人の主観でしかない。
したがって、被請求人の主観にすぎない意見に基づいて本件特許の記載不備の無効理由が解消することはない。

(イ) GSR仮説についての請求人の主張についての当審の判断
a 請求人の主張aについて
(a) JMMM誌は、1975年に創刊され、Elsevier社が発行するピアレビューの学術誌で、磁性材料の基礎研究から応用技術をカバーするものであり(「JOURNAL OF MAGNETISM AND MAGNETIC MATERIALS Author Information Pack参照」)、「Clarivate Analytics Journal Citation Reports 2021」によると、2020年のインパクトファクターは、2.993である。JMMM誌が、物性物理学・材料科学のうちの磁性分野を扱う、専門性の高い著名な学術雑誌であることは、当審においては職務上顕著な事実である。すなわち、著名な学術誌であるばかりでなく、基礎研究もカバーするものであり、磁性を専門的に扱う雑誌であり、この意味において、権威があると認められる。
(b) 乙43によると、Zhukov教授は本蔵博士宛のメールにおいて、JMMM誌について「among the journals on magnetism, JMMM is one of the most reputated.」(磁気に関するジャーナルの中で、JMMMは最も高名なジャーナルの一つである。)と評しているところ、Zhukov教授はGSRセンサにおいて被請求人と関係のある人物であって、いわば被請求人の身内に該当する人物であるから第三者に該当しないと請求人は主張する。
提出された証拠から、Zhukov教授が本蔵博士を国際学会に招へいしたり、本蔵博士が国際学会において発表した際にZhukov教授が座長を務めたり、Sensors誌の特集号において共同でゲスト編集者に就任しているという意味で、被請求人と関係のある人物であることは理解でき、また、Zhukov教授が本蔵博士のGSR現象に関する研究を高く評価していることは理解できる。しかし、Zhukov教授がJMMM誌を過大評価していることをうかがわせる証拠はない。
仮に、Zhukov教授が「被請求人の身内に該当する人物」であるとしたとしても、JMMM誌が権威のある著名な学術雑誌であることは、前記(a)のとおり、当審においては顕著な事実から評価できるものであるから、Zhukov教授と本蔵博士の個人的な関係の事実は、JMMM誌の位置づけについての当審の判断を左右するものではない。
なお、請求人は主張aにおいてJMMM誌の権威について反論しているが、この主張を前記ウ(イ)及び(ウ)への反論であると考えても、前記ウ(エ)の結論を左右するものではないことは、次のとおりである。Zhukov教授は、当審が職権で調査したところ、磁性の分野において多数の論文の著作者となっており、国際的に著名な学者であると認められる。もし、内容に問題のある研究について招待講演を企画すると国際的学術界における自己の評価を下げてしまうこととなりかねないのであるから、裏返せば、Zhukov教授が仮に請求人のいうところの「被請求人の身内に該当する人物」であるとしたとしても、そのことは、本蔵博士のGSR仮説に関する研究の国際学会の場における評価を否定する事実とはならないから、前記ウ(エ)の結論を左右するものではない。
(c) さらに、乙43が、陳述書でなく、単なる身内どうしの私信にすぎないとしても、証拠能力は否定されない。
センサー全般に関する研究を扱い、応用指向が比較的高いピアレビュー誌のSensors誌に加えて(乙10)、磁性を専門的に扱い、基礎研究もカバーするピアレビュー誌のJMMM誌にもGSR現象に係る論文が掲載されたこと自体は揺るぎのない事実であって(乙18)、前記論文の掲載の事実は、GSR現象の国際的な学術的評価を肯定的にするための有力な証拠材料であることに変わりはないから、乙43の証明力がたとえ低かったとしても、このことは前記ウ(エ)の結論を左右するものではない。
また、乙10や乙18が、本件特許の出願日以後に投稿・刊行された論文であったとしても、そのこと自体は、GSR現象の学術的評価を何らおとしめることにはならないから、前記ウ(エ)の結論を左右するものではない。

b 請求人の主張bについて
紆余曲折があったのかもしれないが、最終的には、Sensors誌の事務局は「Recent Advances in magnetic GSR Sensors」というタイトルの特集号とする旨了解したと認められるから(乙37及び乙53)、当該特集号の企画は、GSR現象の学術的評価を肯定的にするための有力な証拠材料であると認められ、前記ウ(エ)の結論を左右するものではない。

c 請求人の主張cについて
国際会議の発表の場でGSR仮説に対して異論が呈されたという事実や仮説を否定する実験結果等が存在するという事実については、請求人に証明責任があるところ、その立証はされておらず、当審が職権で調査した範囲からは当該事実は発見できていないから、当該事実はなかったとして判断するよりない。
しかも、前記ウ(エ)の結論を導くに当たって、当審は、国際学会の場でGSR仮説に対して異論が呈されていないという事実は、前記ウ(エ)の結論を導くための根拠事実として用いてはいない。したがって、請求人の主張cは、前記ウ(エ)の結論を左右するものではない。

(3) 1次無効審判の審決の説示内容
1次無効審判の審決においては、次の認定及び判断がされている。なお、次の摘記部分における各甲号証は、1次無効審判の審決における甲号証であるので、当審注として文献名を付した。

「(2)一致点及び相違点
上記(1)の対比の結果をまとめると、本件訂正発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 一致点
「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とからなる磁気センサにおいて、
前記磁性ワイヤに通電するパルス電流の周波数は50MHz以上である磁気センサ。」

イ 相違点
(ア) 相違点1
本件訂正発明1の磁気センサは、「超高速スピン回転現象」を利用した「超高感度マイクロ磁気センサ」であるのに対して、甲1発明の磁気センサは、そのようなものではない点。
すなわち、本件訂正発明1では、磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなり」、磁性ワイヤに通電するパルス電流が「該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされ、「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」、「コイル電圧を外部磁界Hに変換する手段」が設けられているのに対して、甲1発明では、磁性ワイヤが「2相の磁区構造を有してな」るかどうかが不明であり、磁性ワイヤに通電するパルス電流の周波数が「50MHz以上」であって「0.5GHz〜4.0GHz」であるとは特定されておらず、該パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」であるとは特定されておらず、「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出」すとは特定されておらず、また、「コイル電圧を外部磁界Hに変換する手段」が設けられているかどうかも不明である点。
なお、上記「関係式(1)」は、「Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)」「ここで、Vsはコイル出力電圧、Voは比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻き数、fはパルス周波数、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る時の外部磁界強度。」である。

(イ) 相違点2
磁性ワイヤが、本件訂正発明1では、「10G以下の異方性磁界」を有するのに対して、甲1発明では、どの程度の異方性磁界を有するかが不明である点。

(ウ) 相違点3
本件訂正発明1では、「コイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とする」のに対し、甲1発明では、「検出コイル31、32の線幅及び線間幅は共に25μm」(「コイルピッチ」が50μmであることに相当する。)で「検出コイル31、32の捲線内径」を「66μm」とする点。」
当審注:
甲1発明:甲第1号証(特開2006−300906号公報)に記載された発明

「(イ)ところで、甲9号証には、「アモルファス磁気マイクロワイヤの巨大磁気インピーダンス(GMI)効果は、駆動交流電流Iacの周波数によって大まかに4つの異なるモードに分けられ」、駆動交流電流の周波数によってGMI効果の挙動が大きく異なるということも記載され、甲第10号証には、「周方向に異方性を有する場合におけるMIの挙動」が電流の「周波数ωに依存して完全に異なりうる」ということも記載されていることに鑑みれば、甲1発明で「50MHz以上」とされているパルス電流の周波数を、本件訂正発明1のように「0.5GHz〜4.0GHz」とした場合には、磁気センサの挙動が大きく変化することが考えられるため、そのようにした場合にそのまま磁気センサの機能が維持できるということは直ちには認められない。実際、本件特許の明細書には、MI現象では「周波数が0.5GHz以上に増加すると、90度磁壁の移動は渦電流による電磁ブレーキのため著しく遅くなり、しかも表皮深さpが0.2μm〜0.8μmとなって表面磁区の厚み程度となるため、磁壁振動が停止してしまう」という問題があったのに対し、「表面に円周方向スピン配列を持った表面磁区が存在する磁性ワイヤを用いて、GHzの周波数を持ち、かつパルス磁界アニーリング処理を行うのに十分な大きさの電流の励磁パルスを印加し、表皮深さpを表面磁区の厚さdよりも小さくして、円周方向スピンの一斉回転を惹起することで」「超高速スピン回転現象」を「発現」させ、この場合に、「コイル出力電圧Vsと外部磁界H」は、「コイル検出型のMIセンサ」のような「比例関係」ではなく、「関係式(1): Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm)」「を満たす」ようになるということが記載されているから (上記第3の2(2)ウ参照。)、本件訂正発明1は、パルス電流の周波数を「0.5GHz〜4.0GHz」とすることとあわせて、磁性ワイヤとして「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造」を有するものを採用し、パルス電流の大きさを「ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とすることで「超高速スピン回転現象」を発現させ、これによる「ワイヤの軸方向の磁化変化のみ」をコイル出力として取り出せるようにし、更に「コイル出力」を「Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)」という「関係式(1)を
使って磁界Hに変換する」ことで、「0.5GHz〜4.0GHz」という高い周波数でも機能する磁気センサを実現したものと理解することができる。
このことを踏まえると、本件訂正発明1における、磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項、磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項、パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項、及び「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項は、これら全てが相まって初めて、新たな「超高速スピン回転現象」を発現させ、それを検出して磁気センサとして機能させることができるものと理解されるため、かかる「超高速スピン回転現象」を基礎とする本件訂正発明1と従来の「MIセンサ」である甲1発明との対比においては、上記の4つの事項は一体をなすものというべきである。

当審注:
甲第9号証: A.Zhukovほか、“High Frequency Giant Magnetoimpedance Effect of amor phous microwires for magnetic sensors applications”、Proceedings of the 8th International Conference on Sensing Technology、平成26年9月4日掲載、p.624−629
甲第10号証: L.V.Paninaほか、“Magnetoimped
ance in amorphous wires and multifunctional applications: from sensors to tunable artificial microwave materials”、Journal of Magnetism and Magnetic Materials 272−276、ELSEVIER、平成16年発行、p.1452−1459」

そして、1次無効審判の審決は、相違点2に係る本件訂正発明1の構成及び相違点3に係る本件訂正発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであると判断した一方、相違点1に係る本件訂正発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものではないと判断した。
すなわち、1次無効審判の審決は、新たな「超高速スピン回転現象(GSR現象)」を発現させることに関して、次の四つの事項を一体的なものとして取り扱っており、これは、当該四つの事項がGSR現象の発現にとって密接不可分な要素を含むことを前提とした判断であるといえる。

ア 磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項
イ 磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項
ウ パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項、
エ 「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項

(4)本件発明(GSR現象)についての当審の評価
上記(2)において認定したGSR仮説に対する国際的な学術的評価、及び請求人が「超高速スピン回転現象(GSR現象)」と称される現象の存在自体について明示的には争っていないことを考慮すると、本件特許の明細書及び図面において、GSR仮説に基づいて本件発明を理論的に説明した内容は、現時点では妥当なものとして尊重すべきと当審は考える。すなわち、上記(1)イにおいて、明細書に基づいた本件発明の理解として整理した内容は、現時点では正しいものとして取り扱うのが相当である。
また、上記(3)において述べたように、1次無効審判の審決は、以下に示すア〜エの四つの事項がGSR現象の発現にとって密接不可分な要素を含むとしている。
以上を踏まえると、本件発明のGSR現象を利用したセンサ(GSRセンサ)が、MIセンサの先行技術に比較して本質的である構成は、次のア〜エの四つの事項であり、これらの事項に係る理論的な側面については、現時点では正しく説明されていると考えるべきであって、そのことを前提にして無効理由の存否の検討が行われるべきである。

ア 磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項
イ 磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項
ウ パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項、
エ 「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項

2 無効理由1について
(1) 無効理由1−1について
ア 無効理由1−1についての当審の判断
(ア) 磁性ワイヤの異方性磁界はワイヤの長さによって大きく変化する特性値であり、長さを短くすると、反磁界係数が大きくなるから、異方性磁界が増大することは技術常識(以下「技術常識A」という。)である。なお、この点については、請求人と被請求人で争いがない(請求人の主張については、弁駁書の第1(ア−1−1)参照)。

(イ) 本件特許の明細書の段落【0036】及び【0059】には、次の記載がある。
「【0036】
(5)磁性ワイヤの表面磁区内のスピンの傾斜角度をいかに制御するか。まずスピンの傾斜角度と外部磁界との関係について説明する。
図2は、磁性ワイヤのスピン構造をワイヤ軸方向断面12と断面13に分けて示す。表面磁区14のスピンは円周方向向きで、コア磁区15のスピンは軸方向向きで右向きスピン16と左向きスピン17に4分割されている。外部磁界H を負荷させた時の、スピン構造の変化を示す。
a)外部磁界H=0の場合で、コア部の磁区構造15はスピンが軸方向に正負向きに向いた4個の磁区に対称的に分割され磁化Mはゼロである。表面磁区14のすべてのスピンは、円周方向のパルス磁化された向きに整列している。
b)外部磁界H=Hk/2程度を印加した場合で、コア磁区15の印加磁界の向きのスピン17をもつ磁化が太り、反対方向のそれ16が細って磁化M=χHが生じ、大きな反磁界をつくる。表面磁区のすべてのスピン18は印加磁界Hの方向に傾斜するが、実験式(1)のθから求めることができて、傾斜角度θは、θ=πH/4Hmである。GSRセンサの対象域は、ゼロからHmで、θを決める反磁界、円周方向の異方性磁界Kθによってセンサ出力が決定づけられる。さらにパルス周波数に依存したθの回転速さ、および表面磁区の厚みと表面積で決まるスピン総量が重要であることがわかる。
c)外部磁界H=Hkを印加した場合で、コア磁区のスピンはすべて印加磁界の向きに整列している。表面磁区のすべてのスピンは印加磁界Hの方向に傾斜角度45度で傾斜している。Hkより少し小さな値のHm=0.96Hkにおいて、最表面部のスピンは45度に傾斜し、コイル出力は最大値をとる。逆に、HがHk以上になると、スピンの傾斜角度は45度のまま、コア磁区と表面磁区の境界磁壁が外側に移動をはじめ、表面磁区の厚みが小さくなっていき、コイル出力が低下し始める。測定範囲は、Hmで定義される。
d)Hkより十分大きな外部磁界Hを印加した場合で、コア部のスピンはすべて印加磁界の向きに整列し、しかもコア部と表面磁区の磁壁が外側に移動し、ついには表面磁区が消失または非常に細る。GSRセンサの測定範囲外の磁化状態になる。HkとHmはほぼ同じ値をとるので、外部磁界HがHkからさらに増加した時、最表面のスピンは45度のままより強く固着され、パルス円周磁界に対して抵抗を示しコイル出力が低下する。同時に表面磁区の厚みが減少を開始してコイル出力の減少が始まると予想される。」

「【0059】
パルス電流の電流強さは、ワイヤの直径を考慮し上での表面での円周方向磁界の強さを30G以上、目安として1.5×Hk以上の円周方向磁界強度を確保して、パルス周波数は0.5GHZ〜4GHzとして、表面磁区内のスピンのみの超高速一斉スピン回転を実現した。またパルス通電継続時間中の大きな円周方向磁界でコア磁区を縮小させ、表面磁区の厚みを増加した。」
明細書の段落【0036】及び【0059】等の記載を踏まえると、「異方性磁界Hkの1.5倍を超える磁界を発生させ」ることの目的は、「表面磁区内のスピンのみの超高速一斉スピン回転を実現」することであるから、請求項1における「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」という記載中の「異方性磁界」は、測定時における「異方性磁界」であって、「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であることは明らかである。

(ウ) 他方、本件特許の明細書の段落【0034】には、次の記載がある。
「今回使用している磁性材料は異方性磁界Hkが5G、μr=32000、素子に組み込んだ時の異方性磁界は40G、μeff=600で、Nμeff=0.8であった。」
前記技術常識Aを参酌しつつ、段落【0034】の記載の意味を考えると、段落【0034】の記載事項は、使用した磁性ワイヤの物性値、すなわち、十分長い磁性ワイヤの固有の異方性磁界が5Gであったが、ワイヤを短く切断して素子に組み込んだ時の異方性磁界は40Gであることを意味することは、明らかであり、疑問の余地はない。

(エ) 前記技術常識A及び明細書の段落【0034】、【0036】、【0059】等の記載を踏まえれば、請求項1の記載における「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」という記載中の「異方性磁界」は、「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であるが、請求項1の記載における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載中の、「異方性磁界」は、材料の特性であり、「十分に長い状態のワイヤの「異方性磁界」」の意味であることは明らかである。
してみれば、磁性ワイヤが10G以下の(十分に長い状態の物性値としての異方性磁界)を有する構成は、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであると認められる。

イ 請求人の主張について
(ア) 「前記」があるから「基板上に設置された状態のワイヤ」を指す
a 請求人の主張
請求項1の記載において、「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、」との記載の前段には「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、」との記載があるから、「前記磁性ワイヤ」は、「基板上に設置したワイヤ」を指すことは明らかである。

b 当審の判断
請求項1においては「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤと・・・を設置した磁界検出素子」と記載されており、この記載において示されているのは「基板上に」設置される素材としての「磁界検出用磁性ワイヤ」、及び、「磁性ワイヤ」を「設置した磁界検出素子」であって、「基板上に」設置された「磁性ワイヤ」なるものは直接的に記載されてはいない。また、これを受ける記載も「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し・・・」とされており、『前記基板上に設置された磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し・・・』とは記載されていないのであるから、「前記」の記載があるとしても、請求項1の記載は「前記磁性ワイヤ」が基板上に設置された後の磁性ワイヤと、設置前の磁性ワイヤのいずれを指すものかを直ちに特定することはできないというべきであって、請求項1の記載における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載中の「異方性磁界」が、「材料の特性である、十分に長い状態のワイヤの異方性磁界」の意味でなく、「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であるとは、直ちに、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができ」るほどに明確であるとはいえない。
むしろ、請求人も認めるように、発明の詳細な説明には、基板上に設置された磁性ワイヤが10G以下の異方性磁界を有する構成は開示されていないのであるから、たとえ特許請求の範囲の記載が「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であると解釈しなければならない記載であったとしても、「一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである」というべきである。
したがって、請求人の主張は、採用することができない。

(イ) 特許公報に基づく第三者のクレーム解釈との不整合
a 請求人の主張
前記アの当審の解釈に対して、請求人は、この解釈は、本件無効審判の被請求人である特許権者からの主張等を考慮した結果として、初めて認識できる解釈であり、無効審判の審理内容を把握することなく、特許公報のみを参照しただけで内容を理解しようとする他の大多数の当業者は、請求人が主張してきたように、本件特許の権利範囲として「基板上に設置された磁性ワイヤの異方性磁界が10G以下」である磁気センサとしか認識できないから、このような解釈は許されない旨主張する。

b 当審の判断
上記請求人の主張は採用できない。なぜならば、当審の解釈は、技術常識Aと明細書の記載を踏まえてしたものであるところ、技術常識を踏まえて特許公報の内容を参照した当業者であれば、当審がした解釈と同様に合理的に解釈することを期待できるのであり、当業者に不測の不利益を及ぼすものではないからである。

(ウ) リパーゼ判決との不整合
a 請求人の主張
合議体の解釈手法は、最高裁判所昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決(以下「リパーゼ事件最高裁判決」という。)の判示内容を無視した手法であり、妥当といえないことは明らかである。
すなわち、上記判決は、発明の「要旨認定は、特段の事情のない限り、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎない。」と判示している。
発明の要旨認定は、特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるところ、本件特許の特許請求の範囲の「前記磁性ワイヤ、は10G以下の異方性磁界を有し」という記載は、「前記磁性ワイヤ」が「基板上に設置された状態の磁性ワイヤ」と一義的に明確に理解することができるものであるし、一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるともいえない。
これに対して、合議体は、明細書を精査し、明細書の記載との整合性を検討した上で、初めて請求項1の解釈ができるというものであり、妥当でない。

b 当審の判断
前記(イ)bに説示したとおり、当審は、技術常識Aを踏まえて、請求項1の記載における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載中の「異方性磁界」という用語が、「材料の特性である、十分に長い状態のワイヤの異方性磁界」の意味でなく、「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であるとは、直ちに、「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができ」るほどに明確であるとはいえないものであり、むしろ、特許請求の範囲の記載は「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であると解釈しなければならない記載であったとしても、「一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである」というべきであると判断したのであって、リパーゼ事件最高裁判決のいうところの「特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合」に該当すると判断したものであり、リパーゼ事件最高裁判決に反しない解釈手法である。

(エ) 「磁性ワイヤ」という同一の用語を異なるレベルの概念に解釈する不当
a 請求人の主張
「医薬品」という用語の解釈について検討した知的財産高等裁判所平成30年(行ケ)第10131号及び平成30年(行ケ)第10126号の令和元年7月22日第3部判決の判示内容を本件特許に当てはめると、本件特許の特許請求の範囲の記載において、「磁性ワイヤ」が「十分に長い状態の磁性ワイヤ」を意味するのか、又は、具体的にどのような長さの磁性ワイヤを意味するのか明示的な特定はないから、「前記磁性ワイヤは、l0G以下の異方性磁界を有し」という記載の「磁性ワイヤ」と、「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」という記載の「磁性ワイヤ」とが同一のレベルの概念であると解するのが自然である。
したがって、2つの「磁性ワイヤ」をあえて異なる長さの「磁性ワイヤ」と解釈する手法は、上述した判示内容を無視した手法であり、妥当といえないことは明らかである。

b 当審の判断
まず、当審の「磁性ワイヤ」の解釈は、異なる意味に解していないから、請求人の主張は、当審の前記判断を左右するものではない。
当審は、「異方性磁界」をどの状態で測定したものかという観点から解釈したのであり、すなわち、「磁性ワイヤ」について、「十分に長い状態」で測定した場合における「異方性磁界」の意味と、「短く切断した状態」で測定した場合における「異方性磁界」の意味の二通りに、技術常識及び明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して解釈している。しかし、両者の「異方性磁界」は、いずれも確立した学術用語の「異方性磁界」(後記3(6)ア参照)の意味で解釈しており、双方の解釈において、同一のレベルの概念である。
請求人が挙げた裁判例は、事案を異にするものであるから、本件にそのまま適用可能ではないところ、上記二通りの意味に解釈した「異方性磁界」は、同一のレベルの概念であることに変わりはないから、当審の解釈手法は、請求人の主張する裁判例と対立するものでもない。

(オ) 「異方性磁界」という同一の用語を異なる意味に解釈する不当
a 請求人の主張
特許法施行規則24条には、「願書に添付すべき明細書は、様式第29により作成しなければならない。」と規定され、特許法施行規則の様式第29の備考7及び8には、それぞれ、「7 技術用語は、学術用語を用いる。」及び「8 用語は、その有する普通の意味で使用し、かつ、明細書全体を通じて統一して使用する。ただし、特定の意味で使用しようとする場合において、その意味を定義して使用するときは、この限りでない。」と規定されている。
そうしてみると、本件特許の請求項1における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載中の「異方性磁界」と、「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」という記載中の「異方性磁界」とは、明細書中に別の意味で使用しているとする説明も全くないのであるから、両方とも同じ意味で使用されていると理解することが自然である。
しかし、合議体の解釈は、二つの「異方性磁界」がそれぞれ異なる意味で使用されていると解釈するものであり、技術用語を統一して使用するという規定に照らして妥当といえないことは明らかである。

b 当審の判断
前記アのとおり、当審の解釈は、技術常識A及び明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して、「異方性磁界」を「十分に長い状態」で測定した場合における「異方性磁界」の意味と、「短く切断した状態」で測定した場合における「異方性磁界」の意味の二通りに解釈しているところ、両者はどの状態で測定したものかという点で異なる解釈をしているが、「異方性磁界」については、確立した学術用語である「異方性磁界」の意味で解釈しており(後記3(6)ア参照)、学術用語として指す意味内容は同一であることに変わりはないから、明細書で用語を統一することに反するものではない。
明細書の発明の詳細な説明は、「異方性磁界」について、どの状態で測定したものかという点については、大変分かりやすいとはいえないものの、技術常識Aを参酌すればその意味を解きほぐすことが可能であるから、特許を無効とすべき程の違法性はないと判断する。

ウ 無効理由1−1についての小括
以上検討のとおり、請求人の主張する無効理由1−1は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(2) 無効理由1−2について
請求人は、請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載について、「磁化変化」だけを純粋に検出したコイル電圧は、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むと理解されるし、それ以外の意味に理解することはできないものであり、「磁化変化」に起因する電圧と、熱雑音に起因する電圧とは異なるものであるから、「磁化変化」に起因する電圧だけを含むコイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない、と主張する。
請求人の上記主張は、熱力学・統計力学を無視した主張であり、理科系の素養を有する当業者にはおよそあり得ない、常識外れの主張というほかなく、全く採用することができない。そもそも「熱雑音」とは、物質内の電子の不規則な熱振動によって生じる雑音をいうところ、これは絶対零度という極限状態(T→0)に冷却しない限り完全に排除することができないものである。このような極限状態に該当しない環境において使用される本件発明の「磁気センサ」について、「コイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできない」、と主張するのは、大きな誤りである。
なお、当審は、請求人がこのような技術常識に反する主張を堂々としていることを大変遺憾に思うと同時に、当該主張をしたことの事実は、請求人の主張するその他の内容の信用度が著しく低いことの証左となることを指摘する。
他方、被請求人の「検出コイルは、コイルコアの磁性材料の磁化の変化だけを信号として検出するが、この時コイル出力には熱雑音などの雑音がノイズとして必ず含まれる。熱雑音を含まない回路は存在しない。コイルが、信号として磁化変化のみを検出するという表現と、出力電圧にノイズとして、熱雑音が含まれることは矛盾することではない。」という反論は、熱力学・統計力学を含む物理学からの視点からみて正当な主張である。
以上のとおり、請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載について、「軸方向の磁化変化のみを実質的にコイル出力として取り出すとの意味ではなく、軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出すとの意味である」とする請求人の解釈は、誤った解釈である。熱力学・統計力学を含む物理学の法則を踏まえつつ、請求項1の全体の記載も含めて上記記載を理解しようとすれば、上記記載において「のみ」という表現を用いたのは、全体として、「90度磁壁の移動による磁化回転」現象に比較して、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」が支配的な領域を用いることにより、もっぱら「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」「をコイル出力として取り出し」の意味であることは、理科系の素養と常識を有する当業者には明らかである。
以上のとおり、無効理由1−2は、請求項1の誤った解釈を前提するものであるから、失当であり、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(3) 無効理由1−3について
ア 無効理由1−3−1 α=0.96であることの特定の欠如
(ア) 本件特許の明細書の記載
前記1(1)アにおいて摘記した、本件特許の明細書の段落【0019】〜【0022】、【0028】〜【0030】の記載を参酌することにより明らかであるように、GSR仮説の下では、コイル出力電圧が最大値を取るときの外部磁界強度Hmと、軸方向磁化特性であるHkがほぼ一致し、Hm=Hkとなることが予測されるから、α=Hm/Hkは1に近い値になり、コイル出力電圧のデータから求めたスピンの傾斜角度θa=πH/4Hmと、材料固有の基礎データから理論予測で与えられるスピンの傾斜角度θbの間に、θa≒θbの関係が成立するはずである。明細書においてαの値を開示したのは、実験結果として、α=0.96であり、これが1に近い値であるという事実、したがって、θa≒θbという関係が成立することを示し、スピンの傾斜角度がコイル出力の源であることを示すためである。そうすると、αの値の開示は、GSR仮説が正当であることの一つの証左を示すためであることは明らかである。
そして、GSR現象の下では、αは1に近い値となることが明細書に開示されており、請求項1には、「超高速スピン回転現象」であることが特定されているのであるから、請求項1においてαが1に近い値であることを条件として特定する必要はない。まして、αとして、実験結果0.96以外の値であるときは「超高速スピン回転現象」が発現しないと考えることは、適当ではない。
したがって、無効理由1−3−1は、理由がない。

イ 無効理由1−3−2 GSR現象の発現条件の不足
(ア) 請求項においてGSR現象を示すものに限定されていることについて
a 請求項1の記載
【請求項1】の記載は次のとおりである。
「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなり、
前記磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、
前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、
前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。」

b GSR現象を示すものだけに限定されていることを踏まえた評価
請求項1においては、「前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」と記載されているから、「コイル出力」は、「超高速スピン回転現象」に結び付いた「sin(πH/2Hm)」に比例するものだけに限定されていることは明らかである。
また、「コイル出力」が、ワイヤの長さL、ワイヤの直径D、パルス電流の表皮深さp、コイルの巻き数Nc、パルス周波数fに比例することは明らかであり、これらのパラメータは、上述の正弦関数関係とは無関係な因子である。
そうすると、本件発明に係るサポート要件については、「コイル出力」が正弦関数関係を充足するような実験事実が少なくとも一つ存在することを確認できれば、当該要件は満たされるというべきであって、たとえその実験データが一つであったとしても、正弦関数関係の成立が確認された以上、その実験データでは不足であるということにはならない。
また、「偏光フィルムの製造法事件知財高裁大合議判決」に反しないことは、明らかである。

(イ) そもそも開示が十分であること
a サポート要件の立証基準について
請求項1がGSR現象を示すものだけに限定されていないという立場からみても、当審は本件特許の特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たしていると判断する。その検討を行う前に、サポート要件の立証基準について説明する。
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
そして、サポート要件を充足するには、明細書に接した当業者が、特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り、また、課題の解決についても、当業者において、技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。
なぜなら、サポート要件は、発明の公開の代償として特許権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから、明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば、サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり、また、明細書が、先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば、その記載内容が、科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。
サポート要件について、上記の立証基準を採用した裁判例としては、例えば、知財高裁平成30年(行ケ)第10158号及び平成30年(行ケ)第10113号令和2年7月2日判決、知財高裁令和2年(行ケ)第10009号令和3年6月28日判決、知財高裁令和2年(行ケ)第10003号令和3年6月28日判決がある。
ここで、本件発明のように新現象を発見した基本発明のような場合、その理論的根拠を科学的に証明することが困難な内容が含まれ、当該現象の理解についての学術界における決着には、時として10年以上の長期の期間を要することが珍しくないことは、当審には顕著な経験則である(例えば超伝導現象は1911年に発見されたが、その理論的な解明は、1957年のいわゆるBCS理論まで待たなければならなかった)。したがって、本件発明に係るサポート要件の判断においては、前記の立証基準に従って、過度な立証の負担を課すことのないよう慎重にサポート要件の充足について検討することが必要である。

b サポート要件の立証基準を踏まえての評価
i パルス電流の周波数について
パルス電流の周波数について検討すると、正弦関数関係が明確に認識できる図3に加えて、パルス周波数とコイル出力電圧の関係を示す図4のグラフが少なくとも0.5GHzから4.0GHzの範囲で相当の強度が得られていることが開示されており、図4のグラフの形状を説明するための合理的定性的な説明が明細書の段落【0056】から【0057】に開示されているから、0.5GHzから4.0GHzの範囲でも正弦関数関係が成立するだろうとの合理的な期待が当業者には得られる程度の記載があるということができる。また、請求人は「本件特許の発明の詳細な説明には、図3のグラフにプロットされているデータを取得するための条件すら、当業者が理解できる程度に明確に記載されてはいない。」(審判請求書22ページの23〜25行)とも主張しているが、正弦関数関係を示すための実験としては、当業者に過度の試行錯誤を要するような事情は認められないから、本件特許を無効とすべき程の違法性はない。
以上のとおりであるから、パルス電流の周波数については、前記サポート要件充足のための立証基準を満たしている記載であると評価できる。

ii パルス周波数以外の条件について
前記1(1)アにおいて摘記した明細書の段落【0040】、【0041】、【0056】及び【0057】等の記載を参酌すると、次のことが理解できる。
パルス周波数fを十分に高くすることにより表面磁区の厚みよりも表皮深さを薄くすることにより(表皮深さは周波数の平方根の逆数に比例する)、表面スピンの一斉回転を惹起せしめることができ、しかし、パルス周波数fを大きくしすぎると、高速化に伴って渦電流が増加しスピン回転を抑制するようになり、さらに5GHz近くまでパルス周波数を高めると、スピンの歳差運動やスピン共鳴現象が発生し始め、各スピンは交換作用力に打ち勝って回転を始めて、コイル出力電圧が低下する。したがって、最適周波数域が存在し、それは0.5GHzから4GHzである。
また、前記1(1)アにおいて摘記した段落【0043】の記載を参酌すると、「微弱で高速な信号をコイルで検知するためには、微細コイルが必要である。単位長さ当たりのコイルピッチを30μmから10μm以下としコイル内径を15μm以下とし、磁性ワイヤとコイルとの間隔をコイル式MIセンサの10μmから3μm以下として、ワイヤとコイルとの電磁結合を強めて、コイル数Nに比例した出力電圧を得ることに成功した。」とあるように、コイルピッチの特定及びコイル内径の特定は、信号強度を高めるためであり、正弦関数関係を生じるGSR現象にとって本質的なパラメータではないことは明らかである。
したがって、GSR現象を生じさせるためには、基本的にパルス周波数のみによることは明らかであるから、「パルス周波数以外の条件をどのように変化させればパルス周波数をGHzオーダーに高めることによってGSR現象が生じるか、どういう場合にGSR現象が起き、どういう場合にGSR現象が起きないかを、当業者は理解困難である」との請求人の主張は、GSR現象がパルス周波数を本質的な発生条件とすることを無視したものであり失当であって、理由がない。

c 式(1)についてサポート要件の立証基準を満たしていることの小括
以上検討のとおりであるから、請求項1がGSR現象を示すものだけに限定されていないという立場からみても、本件特許の特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たしている。

ウ 無効理由1−3の小括
以上のとおりであるから、無効理由1−3は理由がなく、当該理由によっては本件発明1、3−7についての特許を無効とすることはできない。

(4) 無効理由1−4について
ア 磁性ワイヤに関して、異方性磁界が10G以下である点について
本件特許明細書の【0007】の「異方性磁界を大きくすると透磁率μが1000程度と著しく小さくなり、感度が大きく低下してしまう。」との記載、及び段落【0055】「この数学的関係の成立は、外部磁界Hに対する表面の円周方向スピンをもつ表面磁区と中央コア部の軸方向スピン磁区の2相の磁区の持つ磁化挙動の違いに着目して、異方性磁界を8G以下にして表面磁区深さを表皮深さ以上に調整し、パルス電流の周波数を0.5GH以上、表皮効果深さを1μm以下として、超高速で円周方向スピン回転のみを純粋に検知できる条件を設定したことに起因している。」等の記載から、異方性磁界を10G以下とすることは、微弱な信号をできるだけ大きくして感度を向上させるための条件として技術上の意義があることを認識できることは明らかである。

イ パルス電流の周波数が0.5〜4GHzである点について
本件特許の明細書の段落【0056】の「表面磁区の厚みを十分大きく確保している場合で、周波数を高めると、表皮深さが小さくなりコイル出力はf/p=f1/2に比例して増加する。しかし高速化に伴って渦電流が増加しスピン回転を抑制するようになるので、ある周波数で最大値を取る。さらに、5GHz近くまでパルス周波数を高めると、スピンの歳差運動やスピン共鳴現象が発生し始め、各スピンは交換作用力に打ち勝って回転を始めて、コイル出力電圧が低下する。渦電流による格子発熱や歳差運動によるスピン系の発熱によって、コイル出力の低下が増幅する。」との記載及び段落【0057】の「周波数が高いほど出力電圧は大きくなる。また表皮深さも小さくなって、表面磁区の厚さdを小さくできる。このことは円周方向の応力を小さくし磁性ワイヤの透磁率を大きくできて、つまり係数Voの値を大きくできて出力を改善しうることを意味している。しかしスピン共鳴周波数に近づくにつれて、一斉回転に揺らぎが生じコイル電圧が低下するので、最適周波数域が存在し、それは0.5GHzから4GHzである。」との記載並びにパルス電流の周波数とコイル出力電圧(センサ出力)との関係を示す図4からおおよそ2〜3GHzでコイル出力電圧が最大となり、そこから離れるにつれて出力が低下していることが読み取れることから、請求項1の「0.5〜4GHz」という値が、超高速スピン回転現象(GSR現象)を発現させ、そのセンサ出力の強度を大きくする条件として技術上の意義があることを認識できることは明らかである。
また、請求人は、本件特許の明細書には、パルス周波数が「f=1/2dt」で定義されているところ、当該定義によるパルス周波数と電流の表皮深さとの関係を具体的に開示する記載はなく、パルス周波数を0.5GHz以上にしたときに、電流の表皮深さが1μm以下になることの技術的な意味を当業者に理解できるように記載されているとはいえないとも主張する(請求書33頁下から11行目から下から3行目)。しかしながら、表皮深さが、次式「表皮深さδ=(2ρ/ωμ)1/2」(ここで、ρは抵抗率、μは透磁率、ωは正弦波電流の角周波数をそれぞれ表す。)で求められることが技術常識であることについて両当事者に争いはないところ、パルス周波数f=1/2dtが大きくなればフーリエ成分としてωの高周波成分が多くなることは明らかであるから、f=1/2dtが大きくなれば電流の表皮深さが小さくなることは自明であり、当業者が前記周波数の数値範囲の限定の技術的意味を理解できないとは認められない。

ウ パルス電流の強度が異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる強度である点について
「異方性磁界」とは、当該値以上の磁場であれば、スピンが磁場の方向にそろうことを意味しているのであるから、「異方性磁界の1.5倍以上」ということは、スピンが十分に同じ方向にそろうように、異方性磁界よりも十分大きな磁場が掛けられるようにという意味であることは、当業者には明らかである。
このことは、本件特許明細書の【0082】において、「パルス電流の強度は、50mA以上としてワイヤ表面にHmの1.5倍以上の十分大きな円周磁界Hθを発生させて表面スピンの一斉回転を実現した。」と述べられていることとも合致するものである。
請求人の主張は、磁性体の物理学の基本的な知識を踏まえない主張であって、採用の限りではない。

エ コイルピッチが10μm以下、かつ、コイル内径が25μm以下である点について
コイル内径が25μm以下であることは、少なくとも小型化に寄与するので、明細書の発明の詳細な説明に当該限定をすることの意義について特段の説明がなくとも、発明が記載されていないことにはならない。
また、請求人が審判請求書において引用しているように、本件明細書においては例えば前記【0061】に「検出コイルは、ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるために、コイル内径は25μm以下、望ましくはワイヤとコイルとの間隔を3μm以下にすべきである。コイルの巻き数については、最表面のGSR素子を小型化する上ではコイルピッチを10μm以下と小さくすることが重要である。」と記載されている。請求人はこの記載に対して「ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合と、コイルピッチ及びコイル内径との関係を説明する実験結果等の実施例が具体的に開示されていない。」(審判請求書)と主張するが、あるワイヤに対してコイルの内径を小さくすれば、両者の間隔が小さくなり、電磁的相互作用が強まることは技術常識であって、当業者は技術上の意義を定性的に理解することができるから、実験結果が不足しているということはない。
なお、前記【0060】の記載から明らかなように、コイルピッチが小さくなれば、単位長さあたりのコイルの巻き数は増えるから、出力電圧が大きくなることは、自明のことである。

オ 臨界的意義について
数値範囲の境界に臨界的意義がなくとも、当該数値限定の技術上の意義を認識できれば発明を認識できるから、数値限定を伴う発明がサポート要件を充足するか否かの判断において、数値限定の技術上の意義が理解できることは要するとしても、それ以上に数値の境界に臨界的意義があることまでを要しないことは、自明のことである。したがって、臨界的意義を要するとする請求人の主張は、失当であって採用できるものではない。
なお、請求人は、数値限定発明について、同質の効果を奏する先行技術がある場合に、数値の境界に臨界的意義がないと進歩性が欠如するとの判断が示されることがあることと混同していると思われる。

カ 無効理由1−4についての小括
以上検討のとおり、請求人の主張する無効理由1−4は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(5) 無効理由1−5について
ア 本件明細書の段落【0061】は必須の構成要件としていないこと
請求人が引用する、本件明細書の段落【0061】には、「検出コイルは、ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるために、コイル内径は25μm以下、望ましくはワイヤとコイルとの間隔を3μm以下にすべきである。」と記載されており、「望ましくは」とあることから、コイルとワイヤとの間の距離が3μmであることが必須要件とされていないことは明らかである。
請求人が主張するように、本件明細書の段落【0050】には、「・・・しかしスピン回転は高速回転が可能であるが磁気信号は微弱であり、内径30μmのコイルではワイヤとコイル間が10μmもあり、電磁結合が弱く十分検知することが出来なかった。スピン回転現象を検知するためには、コイルとワイヤ間の距離を10μmから3μm以下と接近させ、かつ単位長さ当たりのコイルピッチを増やしてワイヤ表面のスピン回転とコイルとの電磁結合を強化する必要がある。」と記載されてはいるが、ここでいう「ワイヤとコイル間が10μmもあり、電磁結合が弱く十分検知することが出来なかった」とは、段落【0042】に記載されている「直径10μmで、アモルファス構造を有し、弱負磁歪特性を持つ磁性Co合金からなり、磁気異方性は1Gまたは5G、比透磁率は2万と3000の高透磁率磁性ワイヤ」に特定の引張応力を与えたものを磁界検出用磁性ワイヤとして採用し、特定のパルス電流を印加した場合の動作例について述べているにすぎない。これらの条件が異なれば、スピン回転現象を検知するために必要とされるコイルとワイヤ間の距離も当然に異なるものとなることは、当業者ならば容易に推測できるものであって、ワイヤとコイルとの間隔を3μm以下とすることは、必須とはいえないと考えるのが合理的である。
したがって、無効理由1−5は、理由がない。

イ 本件発明1の客観的課題を再構築しての検討
なお、当審は、そもそも、請求項1におけるコイル内径の特定は、必要すらなかったものであると考える。
(ア) 本件発明1の本質的特徴について
前記1(1)〜(4)において検討したとおり、本件発明1は、新規に見いだされた現象である「超高速スピン回転現象(GSR現象)」を用いて磁場を測定するところに要点がある基本発明であり、MIセンサの先行技術に比較して本質的である構成は、次のa〜dの四つの事項である。

a 磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項
b 磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項
c パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項
d 「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項

(イ) 本件発明1の本質的特徴に基づいた検討
コイルとワイヤとの間の距離が3μmであることは、本件明細書の前記段落【0061】に記載されているように、「ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるため」であり、信号強度を高めるだけのものにすぎない。
この点及び前記(ア)の本件発明1の本質的特徴を踏まえれば、本件特許明細書の段落【0014】には、「本発明の課題は、MIセンサの100倍程度の性能向上を実現する磁気センサ原理と具現化条件を見出すことである。」と記載されているものの、本件発明1の課題を出願時の技術水準に照らして客観的に捉えるならば、本件発明1の課題は「超高速スピン回転現象(GSR)現象」を磁気計測に用いることであって、「100倍程度」などという定量的な記載はその効果が特筆すべきものであることを象徴的に表現したものにすぎず、本来は定性的な課題を解決するものとして捉えるべきである。
このように考えれば、ワイヤとコイルの間隔を3μm以下にすべきこと(コイルの内径を特定すること)は、もとより本件発明1の本質的特徴ではなく、上記定性的な課題を解決するために必須のことでないことは、明らかである。
本件発明1の下位の発明である、本件発明3〜7についても、同様である。

ウ 無効理由1−5の小括
以上検討のとおり、請求人の主張する無効理由1−5は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(6) 無効理由1−6について
本件発明1は、前記1において検討したとおり、新規に見いだされた現象である「超高速スピン回転現象(GSR現象)」を用いて磁場を測定するところに要点がある基本発明である。そして、本件特許の明細書の段落【0052】には「GSRセンサは、コイルの抵抗が著しく大きくコイルにはごく微量電流しか流れない。コイル出力電圧を電圧のまま直接検知する必要があるのでバッハー回路を介して検知する。」との記載があるところ、微量電流しか流れない場合に電圧を出力することができる回路であれば、バッハー回路に限定されないことは自明である。また、パルス電流により生じるコイル電圧を検知する回路として、バッハー回路以外にピークホールド回路(これも周知である。)を利用することも可能であることは、当業者にとって自明である。
請求人の主張は、基本発明に対して、その技術的特徴を無視して、不当な限定を迫るものであり、到底採用できるものではなく、バッハー回路の特定をしないと本件発明1はサポート要件を充足しない旨の請求人の主張は失当である。
本件発明3〜7は、基本発明である本件発明1の下位概念であるが、同様の理由により、「バッハー回路」の特定を要しない。
以上検討のとおり、請求人の主張する無効理由1−6は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(7) 無効理由1−7について
本件特許の明細書の段落【0049】及び【0053】には次の記載がある。
「【0049】
MIセンサの電子回路は、積分回路のコンデンサにコイル電流を蓄積してコイル信号を受けて、その積分電圧を求め、その最大値をピークホールド回路で求めて出力する。MEMSコイルにしたためコイルの抵抗が増加し、積分電圧を獲得する過程で電圧降下(IRドロップ)が生じてしまい問題である。またコイルをメッキプロセスで形成し膜厚を厚くし抵抗を下げる対処しているため、大幅のコストアップになってしまっている。」
「【0053】
一方GSR現象を基礎にしたGSRセンサは、駆動パルス周波数を0.5GHzから3GHzと高めて、表面磁区内のスピンを一斉に高速回転させ、発生する高速信号を微細コイルで検出することによって、周波数とコイル巻き数に比例して大きな出力を実現することができる。具体的にはパルスの表皮深さpより表面磁区の深さdを大きくすることで、コイル出力が周波数の平方根に比例して増加することを発見し、かつ微細コイル製作技術と融合することで、驚異的な出力を引出すことに成功した。」
請求人は、上記段落【0049】及び【0053】の記載を根拠として、コストアップを避けつつ本件特許の請求項1の「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との構成を実現して驚異的な出力を引き出すために、コイルがメッキプロセス以外の適切な技術で製作されることが必要条件になっていると主張し、本件発明では、コイルについて「前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、」と特定されているだけで、「微細コイル作成技術」なる技術で製作されたものであることの特定が不足していると主張している。
しかしながら、本件発明1は、新規に見いだされた「超高速スピン回転現象(GSR現象)」を用いることにより磁場を測定するという基本発明を特定しているのであって、コストアップを避けることまでも課題としているのでないことは、明らかである。コストアップを避けることも課題として主張することは、基本発明に対して過度な限定を要求する、著しく独断的な主張であって、到底採用できるものではない。
請求項1には「前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、」という事項を発明の構成の一部としているところ、明細書においては、その製造方法の実施例として「微細コイル作成技術」(【0053】)が挙げられているにすぎず、基本発明を基礎とした更なる関連発明を開示しているにすぎない。
本件発明1は、そもそも「超高速スピン回転現象(GSR現象)」を用いることにより磁場を測定するという「磁気センサ」の基本発明であって、その製造方法の発明ではないから、その製造方法までも請求項に特定する必要はない。
本件発明3〜7は、基本発明である本件発明1の下位概念であるところ、同様の理由により、「微細コイル作成技術」なる技術で製作されたものであることの特定を要しない。
以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由1−7は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

3 無効理由2について
(1) 明確性要件の判断における技術常識及び明細書の記載の考慮の必要性
特許法36条6項2号において、発明の明確性を要件とする趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。
そして、特許法36条6項2号明確性要件を定めることの上記趣旨に従えば、発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
なお、上記判断基準と同旨の判示する裁判例としては、次に例示した裁判例のほか多数あり、確立した判断手法である。
知財高裁令和 2年(行ケ)第10033号令和3年6月28日判決
知財高裁令和 元年(行ケ)第10173号令和2年9月3日判決
知財高裁平成31年(行ケ)第10019号令和2年3月25日判決
知財高裁平成28年(行ケ)第10187号平成29年8月30日判決
知財高裁平成28年(行ケ)第10005号平成29年1月18日判決
知財高裁平成21年(行ケ)第10434号平成22年8月31日判決
以下の無効理由2−1から無効理由2−5の検討においては、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から明確性要件の充足について検討する。

(2) 無効理由2−1について
請求項1の訂正については認めないこととしたので(前記第3の3(3)参照)、訂正後の請求項1の記載は明確である旨の被請求人の主張は採用することができない。
しかしながら、前記2(1)アで検討したとおり、技術常識A及び明細書の記載等を踏まえれば、請求項1の記載における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載中の、「異方性磁界」は、材料の特性、すなわち、「十分に長い状態のワイヤの「異方性磁界」」の意味であり、請求項1の記載における「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」という記載中の「異方性磁界」は、「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」の意味であることは明らかである。したがって、請求項1の当該記載については、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、評価すれば、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確ではなく、発明は明確である。請求項1の記載を引用する3〜7についても、同様の理由により、発明は明確である。
したがって、請求人の主張する無効理由2−1は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(3) 無効理由2−2について
前記3(2)で説示したとおり、請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載については、請求項1の全体の記載も含めて理解すれば、上記記載において「のみ」という表現を用いたのは、全体として、「90度磁壁の移動による磁化回転」現象に比較して、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」が支配的な領域を用いることにより、もっぱら「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」「をコイル出力として取り出し」の意味であることは、当業者には明らかである。したがって、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、評価すれば、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確ではない。
また、そもそも請求人が主張するように、「90度磁壁の移動による磁化回転」によって誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする手段又は方法が不明なのであれば、そのような技術常識を踏まえた当業者が請求項1を読んだ場合に、「誘起される電圧の影響を完全にキャンセルする」、すなわち厳密な意味で当該磁化変化のみを取り出す発明が記載されているなどと誤解しないのであって、実質的に当該磁化変化のみを取り出す(もっぱら当該磁化変化を取り出す)発明が記載されていると直ちに理解することができるから、請求人の主張は、結局のところ技術常識に反した曲解に基づくものである。
したがって、請求人の主張する無効理由2−2は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(4) 無効理由2−3について
無効理由2−3は、請求項8のみに対するものであるが、請求項8は、訂正を認めたことにより、削除され、請求項8に係る発明は、存在しないものとなった。したがって、請求項8に係る発明についての特許に対する無効審判請求は不適法な請求であってその補正をすることができないものとなったから、特許法第135条の規定により却下すべきものである。

(5) 無効理由2−4について
請求人は、請求項1における「その時に生じる超高速スピン回転現象」なる記載は、「超高速スピン回転現象」が発現するタイミングを意味すると解されなければならないところ、スピンの一斉回転の開始から終了までの期間に対応すると解され得るとともに、スピンの一斉回転の開始又は終了等の特定の瞬間に対応するとも解され得るので、タイミングの意味自体が不明確であると主張するが、請求項1における「その時に生じる超高速スピン回転現象」なる記載は、「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、」という一続きの文中の記載であって、この記載を曲解することなく自然に解釈すれば、前記「その時」とは、「円周方向スピンを超高速に一斉回転させ」るために、「パルス電流を通電」している「その時」という期間を指すとしか解釈しようのない記載であって、請求項1の当該記載は明確である。
したがって、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、評価すれば、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確ではないことはもとより明らかであるばかりでなく、請求人の主張は、技術常識や日本語の一般的な意味を無視し、記載が不明瞭であるという結論にただただ導かんとすることのみを目的として、記載中の取るに足らぬ曖昧さを曲解、拡大しているものであって、到底これを支持することはできない。
以上検討のとおり、請求人の主張する無効理由2−4は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

(6) 無効理由2−5について
ア 学術用語の「異方性磁界Hk」
学術用語である「異方性磁界Hk」は、文献によって定義の仕方には、種々の表現があるものの、確立した学術用語であって、要するに、磁気異方性を有する物質において、磁化容易軸方向に磁化を揃えようとする磁界が存在していると考えた場合の等価的な仮想的磁界のことであって、この仮想的な磁界の下での磁化の向きによって定まる物質内部のエネルギーが磁気異方性エネルギーと等価となるという条件から求められる仮想的な磁界のことであり、確立した学術用語である。

参考文献
近角聡信「強磁性体の物理(下)−磁気特性と応用−(物理学選書 18)、裳華房、2008年6月10日 第16版発行、p.1−21
川西健次ほか編「磁気工学ハンドブック」、朝倉書店、1998年11月10日発行、p.137−138

イ 本件特許の明細書及び図面の記載
本件特許の明細書の段落【0021】及び【図1】には、次の記載がある。
「【0021】
(2)その説明の前に、用いた磁性材料の特性として、磁性ワイヤの軸方向磁化特性10を図1a)に、円周方向磁化特性11としてのコイル出力電圧特性を図1b)に示す。磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。
磁化M=χH、ここでχの近似式は式(5)で表される。磁性ワイヤの透磁率μが200から4万程度まで変化した場合、それに対応して、近似式中のβは0.07から0.7程度まで変化する。
χ=χo{1−β×(H/Hk)2) (5)
磁性ワイヤの磁化特性は、反磁界がゼロ(無限長のワイヤの場合)で、外部磁界Hと内部磁界Hinが一致しするが、有限長のワイヤでは、反磁界が強まり、Hin=H−NMs(ここでMs=χH)となるので、式(2)を使ってHをHinに補正すると(6)式になる。
Hin=H{1−Nχo+βNχo(H/Hk)2} (6)」

「【図1】



ウ 本件特許における「異方性磁界Hk」の解釈上の論点
前記アにおいて示したとおり、「異方性磁界」は、確立した技術用語である。したがって、特段の事情がなければ、「異方性磁界Hk」は、確立した技術用語のとおり解釈すべきである。しかし、本件特許の明細書の段落【0021】を参照すると、「磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。」と記載されており、わざわざ「定義」という文言を用いているので、この記載により、本件特許における「異方性磁界」の意味が、上記確立した技術用語の意味とは異なるものであるのかについて検討することが必要である。

エ 本件特許における「異方性磁界Hk」の意味の検討
(ア) 数量的にHkを特定することの必要性
図1の磁化曲線は、はじめは、原点から右肩上がりの直線状の部分があり、その後、磁化の値が飽和磁化の値に近い部分で曲がっているが、どこで曲がり始めるのか判然としないから、明細書の定義規定(磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。)によっては、一義的にHkを求めることができないことは明らかである。しかし、明細書の記載全体を参酌すれば、Hkを数量的に一義的に求めなければならないことは明らかである(例えば、磁性ワイヤの切断前と切断後のHkを測定していること、HkとHmの比α=Hm/Hkを用いて、その値が1に近いという実験結果を基にしてスピンの傾斜角度がコイル出力の源であると予想し、GSR現象を唱えていることなどから、明らかである)。

(イ) 磁化曲線から異方性磁界を求める手法(技術常識B)
磁化曲線の直線部分の外挿線と「磁化=飽和磁化」の直線の交点から異方性磁界を求めること、すなわち、「異方性磁界Hk=Ms/χo、Msは飽和磁化、χoは磁化曲線の直線部分の傾き)」は、乙33等から、技術常識(以下「技術常識B」という。)であると認められる。
被請求人は、当該技術常識を証明するための証拠として、乙33(日本磁気学会編「磁気便覧」丸善、平成28年1月30日発行、p.495−496、p.499−500)を挙げているところ、当該文献には、「原点から磁化曲線の傾きに沿った直線(点線)と、飽和磁化の外挿との交点からHkを推定することとなる。」と記載されている(次の<乙33(磁気便覧)からの摘記事項>参照)。

<乙33(磁気便覧)からの摘記事項>












(ウ) 乙33が本件特許の出願日の後に刊行された点について
乙33は、本件特許の出願日の後に刊行された文献であるが、そのこと自体が技術常識Bを認定することの妨げとならないことは、最高裁判所昭和51年(行ツ)第9号昭和51年4月30日第二小法廷判決が、「実用新案登録出願にかかる考案の進歩性の有無を判断するにあたり、右出願当時の技術水準を出願後に領布された刊行物によって認定し、これにより右進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、実用新案法3条2項の規定に反するものではない。原判決が本願考案出願後の刊行物である甲第六号証の二によって右出願当時の技術水準を認定したにすぎないものであることは、同号証の記載及び原判文に徴し明らかである。」と判示しているとおりである。
そして、乙33の発行日が本件特許の出願日より後であることが、技術常識Bが本件出願前に技術常識であることの証明に影響がないことの根拠としては、乙33では、図4.2.33において、W. D. Doyle J. Appl. Phys., 33, 1769(1962)を引用していることも挙げられる。
また、異方性磁界について解説する甲3号証が引用する「近角聡信「強磁性体の物理(下)」の21頁には、「磁気異方性定数は磁化曲線の測定からも決定できるが、これについては§18(c)で論ずることにする」と記載され、250−252頁の§18(c)の記載を参酌すると、「外挿線の交点から求める」との直接の記載はないが、計算結果は等価のことであることからも、上記技術常識Bの立証に問題はない。

(エ) 技術常識Bを踏まえた検討
数量的に異方性磁界Hkを求めなければならない当業者は、明細書の段落【0021】に記載された、「Hk」が含まれているχの近似式である次式(5)に注目し、これを検討することとなる。
χ=χo(1−β(H/Hk)2) (5)
そして、「異方性磁界Hk=Ms/χo」という技術常識Bがあることも考慮すると、本件特許明細書においても、「異方性磁界Hk=Ms/χo」という技術常識Bを前提として、式(5)というχの近似式を使用しているのではないかとの推測が働くのは自然なことである。
これを検討すると、後述の「<式変形>」の欄に示した式変形から容易に理解できるように、式(5)は、「Ms=χoHk」が導き出せるように設定された式であり、技術常識Bを前提にしていることが理解できる。
そうすると、明細書の段落【0021】には、「磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。」との記載があるが、当該記載は、磁性体に外部磁界を掛けた場合における物理的描像を概念的に示すことを趣旨とした記載であって、「定義」という語句が用いられているとしても、異方性磁界Hkを定量的に定義するための記載ではないと解するのが相当であり、実際の異方性磁界を数値として求める際には、技術常識B「Hk=Ms/χo」を前提とした簡便な手法により算出を行っていると解すべきである。
すなわち、本件特許の「異方性磁界Hk」についても、確立した学術用語の「異方性磁界」と同じ意味であると理解するのが、当業者の合理的な推論であるといえる。
してみれば、本件発明の「異方性磁界」については、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、当業者の出願当時における技術常識を基礎として評価すれば、特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確ではない。
以上検討のとおりであるから、無効理由2−5は、理由がなく、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

<式変形>
χ=χo(1−β(H/Hk)2) (5)
上記式(5)は、磁化率χが外部磁場Hの関数であることを意味するから、それを明示するために改めて左辺をχ(H)と書く。
今、外部磁場Hが異方性磁界Hkに相当する値をとる場合を考えるため、式(5)において、H=Hkを代入すると、
χ(Hk)=χo(1−β)・・・(a)となる。
ここで、磁性体の磁化Mと外部磁場Hとの間には、磁化率χ(H)を係数として、次の式(b)の関係がある。
M(H)=χ(H)・H・・・(b)
そうすると、H=Hkにおける磁化M(Hk)はχ(Hk)・Hkで求まるから、式(a)も考慮すると、次の関係式が得られる。
M(Hk)=χ(Hk)・Hk=χo(1−β)・Hk・・・(c)
ここで、
M(Hk)=(1−β)・Ms・・・(d)
であるから、
式(c)と(d)により、次式が得られる。
(1−β)・Ms=χo(1−β)・Hk・・・(e)
式(e)の両辺を(1−β)で除すると、
Ms=χoHk・・・(f)
となる。
したがって、式(5)は、Ms=χoHkが導き出せるように設定された式であり、技術常識Bを前提にしていることが理解できる。 なお、上記式の導出過程では、途中でMs=χoHkを用いてはいない。

(オ) 請求人の主張について
この点に関し、請求人は、式(d)は、式(f)が成立する前提で定義されたものであるから、式(d)が成立するときに、式(f)が成立するのは当然であり、被請求人の説明は典型的な循環論法となっており、何の論証も行っておらず、失当である旨主張している。
(令和3年8月11日に提出した上申書の第1ウ)
上記請求人の主張について検討すると、「M(Hk)=(1−β)・Ms」という式(d)自体は、磁性体に印加される外部磁場Hがある値Hkをとるときの磁化の値M(Hk)の値と飽和磁化の値Msの値の関係をβというパラメータを用いて表したものにすぎず、当該磁性体の固有の物性値である異方性磁界Hkと飽和磁化Msが「Ms=χoHk」という関係にあることを前提として設定した式ではない。
したがって、被請求人の説明は循環論法の誤解を招く大変分かりにくい主張となっているが、上記の議論自体は循環論法でないことは、明らかであって、式(f)が成立することを前提に式(d)が定義されたものであるとの請求人の主張は、失当である。

4 無効理由3について
前記3(2)で説示したとおり、請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載については、請求項1の全体の記載も含めて上記記載を理解しようとすれば、上記請求項1記載において「のみ」という表現を用いたのは、全体として、「90度磁壁の移動による磁化回転」現象に比較して、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」が支配的な領域を用いることにより、もっぱら「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」「をコイル出力として取り出し」の意味であることは、当業者には明らかである。
請求人の主張する無効理由3は、請求項1の「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載を「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出し」と解釈するという、誤った解釈を前提するものであるから、失当であり、理由がない。
したがって、無効理由3によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。

5 無効理由4について
(1) 本件補正前後の段落【0032】及び【0033】の記載
本件補正前後の段落【0032】及び【0033】の記載は、次のア及びイに示すとおりである。なお、本件補正前後の段落【0032】及び【0033】のそれぞれについて、補正された箇所に下線を引いた。

ア 本件補正前の段落【0032】及び【0033】の記載
「 【0032】
(4)HkとHmとの関係が掴めたので、次に(8)式で定義したθaと(9)式で定義したθbとが一致することを説明する。
tanθbは、以下の式で近似できる。
tanθb=θb(1+1/3×θb2) (12)
この式にθa=θbと仮定して、θb=πH/4Hmを代入すると、(13)式となる。
tanθa=(H/Hm){π/4+1/3×(π/4)3(H/Hm)2} (13)
一方、(8)式にHm=αHkを代入すると、(14)式となる。
tanθb=(H/Hm){α(1−Nχo)+βNχoα3(H/Hm)2}/{1−(1−β)Nχo} (14)
【0033】
(13)式と(14)式は同じ関数形となっている。(13)式のHの一次項の係数は0.78、三次項の係数は0.16である。Hが小さい時2次項は無視すると、Nχoが(15)式にように求まる。
Nχo=1/(1+4.26β) (15)
これを第3次項に代入すると、式(10)の第3次項と一致することが確認できる。
この結果、tanθa=tanθbとなって、θa=θbとなる。」

イ 本件補正後の段落【0032】及び【0033】の記載
「【0032】
(4)HkとHmとの関係が掴めたので、次に(8)式で定義したθaと(9)式で定義したθbとが一致することを説明する。
θa=πH/4Hmのtanをとると、tanθは、以下の式で近似できるので、
tanθ=θ(1+1/3×θ2) (12)
tanθa=(H/Hm){π/4+1/3×(π/4)3(H/Hm)2} (13)
一方、(11)式にHm=αHkを代入すると、(14)式となる。
tanθb=(H/Hm){α(1−Nχo)+βNχoα3(H/Hm)2}/{1−(1−β)Nχo}(14)
【0033】
(13)式と(14)式は同じ関数形となっている。Hが小さいとき、2次項は無視できるので、両者の一次項が等しい。α=0.96として計算すると、
Nχoは、(15)式にように求まる。
Nχo=1/(1+4.49β) (15)
次に、Hが大きいときは、両者の2次項同士を比較すると、条件式(15)が成立しているとき、両者は等しくなることが確認できる。つまり、α=0.96と条件式(15)が成立するとき、tanθa=tanθbとなって、θa=θbとなる。」

(2) 当審の判断
ア 条件式(15)の導出とβの算出について
補正の前後において、条件式(15)を式(13)と式(14)におけるHの一次の項の係数が等しいという条件から導いていることに変わりはない。
具体的に書き下すと次のとおりである。
π/4 = α(1−Nχo)/{1−(1−β)Nχo}・・・(A1)
以下、式変形を行う。式(A1)の右辺の分母を両辺に掛ける。
π/4{1−(1−β)Nχo} = α(1−Nχo)・・・(A2)
式A2の両辺に4を掛けつつ、括弧を一つ外す。
π−π(1−β)Nχo = 4α−4αNχo ・・・(A3)
式(A3)において、Nχoの項を左辺に、それ以外を右辺に移項する。
4αNχo−π(1−β)Nχo = 4α−π ・・・(A4)
式(A4)の左辺を整理する。
{(4α−π)+πβ}Nχo = 4α−π ・・・(A5)
式(A5)の両辺を「4α−π」で割る。
{1+π/(4α−π)・β}Nχo = 1 ・・・(A6)
式(A6)をNχoを求める式に変形する。
Nχo = 1/{1+π/(4α−π)・β} ・・・(A7)
ここで、α=0.96を用いて、βの係数である「π/(4α−π)」を計算すると、4α−π=3.84−3.14=0.70であるから、式(A7)におけるβの係数を計算すると、
π/(4α−π) = 3.14÷0.70=4.49 ・・・(A8)
となる。
以上のとおり、補正の前後において、式(13)と式(14)におけるHの一次の項の係数が等しいという条件とα=0.96という条件だけから条件式(15)を導いており、当該事情は補正の前後で変わりはない。また、その導出は、高校修了までに学習する代数学の式変形だけを用いており、βの係数について、当初の4.26が誤りで4.49が正しいことは、出願当初の明細書の記載から初等代数学を用いて容易に検証できるものであって、明白である。
よって、請求人の「本件補正前の式(15)を導出する手順は明確でなく、本件補正前は、本件補正後の記載に基づく導出手順とは異なる手順で導出されていた可能性がある」との主張、及び「被請求人は、βの係数を4.49とすべきところ、4.26と誤記したことに気が付いて補正しただけであると述べているが、他の部分を補正した結果としてβを4.49に変更する必要が生じたのであれば、βの係数の変更は新規事項の追加に該当する。」との主張は、理由がない。

イ 条件式(15)の成立を必要条件としている点について
請求人は、本件補正は、条件式(15)の成立がスピンの一斉回転を検知するために必要な条件であることが追加されており、新たな技術的事項を導入するものであると主張する。
本件補正前においても、次のように記載されている。
「Nχo=1/(1+4.26β) (15)
これを第3次項に代入すると、式(10)の第3次項と一致することが確認できる。
この結果、tanθa=tanθbとなって、θa=θbとなる。」
すなわち、式(15)の3次項に代入することにより、θa=θbとなることを確認しているのであるから、本件補正の前後において、「式(15)が成立するならばθa=θbとなる」という趣旨に変わりはない。
よって、請求人の上記主張は、理由がない。

ウ 無効理由4の小括
以上検討のとおり、平成27年7月4日付けの手続補正書によってされた明細書の段落【0032】及び【0033】についての補正は、「出願当初明細書等に記載された全ての事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものである」とは、到底いえないものであり、無効理由4は理由がないから、当該理由によっては、本件発明1、3〜7についての特許を無効とすることはできない。


第8 むすび
以上のとおり、無効理由1〜無効理由4はいずれも理由がないものであり、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明1、3〜7についての特許は無効とすることはできない。
請求項8は、訂正により存在しないこととなったため、請求項8に係る発明についての特許に対する無効審判請求は不適法な請求であってその補正をすることができないものとなったから、特許法第135条の規定により却下する。
審判に関する費用については、特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性ワイヤは、8G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有する磁気特性と導電性を有してなり、
基板上に前記磁性ワイヤを取り付け、その磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁界検出用磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁界検出用磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面にHmの1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、
前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、
前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)
ここで、Vsはコイル出力電圧、Voは比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻き数、fはパルス周波数、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る時の外部磁界強度。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
基板上に右巻きコイルの検出素子と左巻きコイルの検出素子の一対または複数対を設置し、左巻コイルと右巻コイルに反対向きに前記パルス電流が流れるように、ワイヤ通電用の電極2個とワイヤ端子を接続し、またコイル電圧検出用電極2個とコイル端子は前記ワイヤには前記パルス電流を通電した時に、右巻きコイルと左巻きコイルの出力電圧が外部磁界に比例した出力電圧が同符号になり、かつ外部磁界がゼロの場合にパルス通電が作る円周方向磁界によって発生する出力電圧が異符号になるように接続することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項4】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
前記基板上の前記磁性ワイヤ1本に、パルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、
第1コイルの第1コイル端子と第2コイルの第1コイル端子とを接続し、
コイル出力電極と第1コイルの第2コイル端子とを接続するとともにコイルグランド電極と第2コイルの第2コイル端子を接続し、
かつ、
前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第1コイル端子と前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第2コイル端子とは前記磁性ワイヤの両側に配置し、
前記コイル出力電極から前記第1コイルの第2コイル端子への配線とコイルグランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項5】
請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
前記基板上の2本の前記磁性ワイヤは、並列かつパルス電流がお互いに反対方向に流れるように、接続して配置し、
一の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
他の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第3コイルと右巻きコイルの第4コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルと前記第3コイルと前記第4コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、該コイルのコイル端子間の接続は、前記磁性ワイヤの2本の間に配置し、前記第1コイルの第1コイル端子と前記第4コイルの第2コイル端子を接続し、前記第4コイルの第1コイル端子と前記第2コイルの第1コイル端子を接続し、前記第1コイルの第2コイル端子と前記第3コイルの第2コイル端子を接続し、
前記コイルのコイル端子と接続する電極は、前記2本の磁性ワイヤの両側に配置し、コイル出力電極から前記第3コイルの第1コイル端子への配線とコイルグランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が前記2本の磁性ワイヤの間で交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項6】
請求項1、請求項3ないし請求項5のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
プログラミング演算電子回路またはソフトプログラム演算の手段を用いて、磁界Hにおけるコイル電圧の測定値から、磁界ゼロにおけるコイル誘導電圧を差し引くことを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項7】
請求項1、請求項3ないし請求項6のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
内蔵した温度センサと温度依存性補正プログラムを使ったVsに対する温度の影響を補正する手段を有することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項8】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2021-11-05 
結審通知日 2021-11-10 
審決日 2021-11-25 
出願番号 P2015-027092
審決分類 P 1 113・ 854- YAB (G01R)
P 1 113・ 853- YAB (G01R)
P 1 113・ 857- YAB (G01R)
P 1 113・ 537- YAB (G01R)
P 1 113・ 855- YAB (G01R)
P 1 113・ 536- YAB (G01R)
P 1 113・ 55- YAB (G01R)
P 1 113・ 851- YAB (G01R)
P 1 113・ 841- YAB (G01R)
P 1 113・ 852- YAB (G01R)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 岡田 吉美
特許庁審判官 中塚 直樹
濱野 隆
登録日 2015-11-20 
登録番号 5839527
発明の名称 超高感度マイクロ磁気センサ  
代理人 伊藤 剛志  
代理人 内海 一成  
代理人 杉村 憲司  
代理人 ▲高▼木 楓子  
代理人 梅林 啓  
代理人 塚中 哲雄  
代理人 杉村 光嗣  
代理人 湯村 暁  

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