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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H05B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H05B
管理番号 1399340
総通号数 19 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-07-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2022-04-26 
確定日 2023-04-10 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6953587号発明「空気中で安定な表面不動態化ペロブスカイト量子ドット(QD)、このQDを作製する方法及びこのQDを使用する方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6953587号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜14〕について訂正することを認める。 特許第6953587号の請求項1〜2、4〜5、11〜13に係る特許を維持する。 特許第6953587号の請求項3、6〜10、14に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6953587号(請求項の数14。以下「本件特許」という。)についての出願(特願2020−106242号)は、2016年(平成28年)11月8日(パリ条約に基づく優先権主張外国庁受理 2015年11月8日及び2016年5月13日 米国)を国際出願日とする特願2018−522984号の一部を新たな特許出願として令和2年6月19日に分割出願したものであって、令和3年10月1日にその特許権の設定登録がされ、令和3年10月27日に特許掲載公報が発行された。
本件特許について、特許掲載公報の発行の日から6月以内である令和4年4月26日に、特許異議申立人 萩 光知代(以下「特許異議申立人」という。)から、本件特許の全請求項に係る特許に対して、特許異議の申立てがされた(異議2022−700344号、以下「本件事件」という。)。
本件事件についての、その後の手続等の経緯は、以下のとおりである。

令和4年 7月22日付け: 取消理由通知書
令和4年10月20日 : 訂正請求書の提出
令和4年10月20日 : 意見書(特許権者)の提出
令和4年12月 6日 : 意見書(特許異議申立人)の提出

第2 本件訂正請求について
令和4年10月20日にされた訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。

1 訂正の趣旨
本件訂正請求の趣旨は、「特許第6953587号の特許請求の範囲を、本訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜14について訂正することを求める。」というものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである(下線は、訂正箇所として特許権者が付したものである。)
なお、本件訂正は、一群の請求項である、請求項1〜14についてなされたものである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「不動態化ペロブスカイト量子ドットを含むフィルムであって、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、形態APbX3(式中、Aは、Cs+、Rb+、CH3NH3+又はHC(NH2)2+であり、Xは、ハロゲンである)であるコア、及び
ハライド、ジドデシルジメチルアンモニウム又はその両方を含む無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含み、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、50%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する、フィルム。」と記載されているのを、「不動態化ペロブスカイト量子ドットを含むフィルムであって、
前記不動態化ペロブスカイ卜量子ドットが、形態APbX3(式中、Aは、Cs+、CH3NH3+又はHC(NH2)2+であり、Xは、ハロゲンである)であるコア、及び
ジドデシルジメチルアンモニウムイオンを含む無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含み、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する、フィルム。」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2、4、5、11、12及び13についても同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7を削除する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9を削除する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10を削除する。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11に、「請求項1〜10のいずれか一項」と記載されているのを「請求項1、2、4又は5」に訂正する。

(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項14を削除する。

3 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、訂正前の請求項1について、「A」として択一的に記載されている「Cs+、Rb+、CH3NH3+又はHC(NH2)2+」のうち「Rb+」を削除するとともに、「無機−有機ハイブリッドイオン対」に含まれる「ハライド、ジドデシルジメチルアンモニウム又はその両方」のうち「ハライド」及び「又はその両方」を削除し、さらに「フォトルミネッセンス量子収率(PLQY)」を「50%以上」から「70%以上」に限定するものである。
したがって、訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。

イ 新規事項
「フォトルミネッセンス量子収率(PLQY)」が「70%以上」であってもよいことは本件特許の願書に添付した明細書の【0004】等に記載されている。
また、「A」として択一的に記載されていたカチオンのうち「Rb+」を削除するとともに、「無機−有機ハイブリッドイオン対」に含まれるイオンのうち「ハライド」及び「又はその両方」を削除することは、新たな技術的事項を導入しないことが明らかである。
したがって、訂正事項1による訂正は、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。

ウ 拡張又は変更
上記ア及びイに照らせば、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでない。

(2)訂正事項2〜9について
訂正事項2〜7及び9による訂正は、請求項3、6〜10及び14を削除する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項8は、請求項の削除に伴い、引用する請求項から削除された請求項を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、これらの訂正が、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でしたものであること、及び実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないことは明らかである。

(3)小括
訂正事項1〜9に係る訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、かつ、同法同条9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜14〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は認められることとなったことから、本件特許の請求項1〜2、4〜5及び11〜13に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」〜「本件特許発明2」、「本件特許発明4」〜「本件特許発明5」及び「本件特許発明11」〜「本件特許発明13」という。また、請求項1〜2、4〜5及び11〜13に係る発明を、「本件特許発明」と総称する。)は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜2、4〜5及び11〜13に記載された事項によって特定されるとおりの、以下のものである。

「【請求項1】
不動態化ペロブスカイト量子ドットを含むフィルムであって、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、形態APbX3(式中、Aは、Cs+、CH3NH3+又はHC(NH2)2+であり、Xは、ハロゲンである)であるコア、及び
ジドデシルジメチルアンモニウムイオンを含む無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含み、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する、フィルム。
【請求項2】
前記無機−有機ハイブリッドイオン対が、ジドデシルジメチルアンモニウムスルフイド(S2−−DDA+)含む、請求項1に記載のフィルム。」
「【請求項4】
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、CsPbCl3である、請求項1に記載のフィルム。
【請求項5】
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、CsPbBr3である、請求項1に記載のフィルム。」
「【請求項11】
請求項1、2、4又は5に記載のフィルムを備えるデバイス。
【請求項12】
オプトエレクトロニクスデバイスである、請求項11に記載のデバイス。
【請求項13】
QLEDデバイスである、請求項11に記載のデバイス。」

第4 取消しの理由及び証拠
特許権者に対して、当合議体が令和4年7月22日付け取消理由通知書により通知した取消しの理由の概要は、下記のとおりである。

理由1:(新規性)本件特許の請求項1〜3、5〜6、10〜13に係る発明は、その優先権主張の基礎とされた、出願日が2016年5月13日である出願(優先権主張国 米国、優先権主張番号 62/335727、以下「先の出願」という。)前に、日本国内又は外国において、頒布された下記刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。
理由2:(進歩性)本件特許の請求項1〜14に係る発明は、その優先権主張の基礎とされた、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて、先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件特許は、特許法113条2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲1:Nano Letters, 2015, 15, p.3692-3696及びSupporting Information, p.S1-S9, 2015.1.29, [令和4年7月20日検索], インターネット
甲2:ACS Nano, 2016, 10, p.2071-2081, 2016.1.19, [令和4年7月20日検索], インターネット
甲3:The Journal of Physical Chemistry C, 2015, 119, p.12047-12054, 2015.4.15, [令和4年7月20日検索], インターネット
甲4:The Journal of Physical Chemistry Letters, 2015, 6, p.5027-5033, 2015.12.1, [令和4年7月20日検索], インターネット
甲5:出願日が2015年11月8日である本件特許の優先権主張の基礎出願(出願国:米国、出願番号:62/252525)
甲6:特開2002−299063号公報
(当合議体注:甲1は主引用文献である。甲2は、主引用文献であるとともに、副引用文献でもある。甲3は、副引用文献であるとともに、周知技術を示す文献である。甲4は、主引用文献であるとともに、周知技術を示す文献である。甲5は、本件出願の優先権主張の基礎出願である。甲6は、当合議体が追加した、周知技術を示す文献である。)

理由3:(サポート要件)本件特許は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであるということができないから、本件特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものである。
したがって、本件特許は特許法113条4号に該当し、取り消されるべきものである。

第5 取消しの理由についての当合議体の判断
1 優先権主張による効果について
本件特許発明1は、「ジドデシルジメチルアンモニウムイオンを含む無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含み」及び「前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する」という構成を具備している。
これに対して、甲5に示される、出願日を2015年11月8日とする優先権主張の基礎出願(出願国:米国、出願番号:62/252525)に係る明細書等(以降、便宜上、単に甲5という。)には、以下に示すとおり、これらの構成が記載されている。
すなわち、甲5の第30頁第10〜22行には、「Moreover, the PLQY depended on the size of the QDs, reaching values of approximately 35%, 49% and 49% for samples1, 2 and 3, respectively.・・・中略・・・We observed that the solution PLQY was enhanced from 49% to 70% upon the injection of 100 μl of sulfur precursor (Figure S3b).」(日本語訳:さらに、PLQYはQDのサイズに依存し、サンプル1、2、および3でそれぞれ約35%、49%、および49%の値に達しました。・・・100μlの硫黄前駆体を注入すると、溶液PLQYが49%から70%に向上することが観察されました(図S3b)。」と記載されており、70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有することは、甲5に記載されている。
同様に、甲5には、本件特許明細書の発明の詳細な説明の例1に相当する記載があって、そこには、キャッピングリガンドにジドデシルジメチルアンモニウムイオンを含む形態が記載されている。
そうしてみると、本件特許発明1は、出願日を2015年11月8日である優先権主張の基礎出願(出願国:米国、出願番号:62/252525)に基づく優先権主張の効果を享受できる。
本件特許発明2、4〜5、11〜13は、本件特許発明1の構成をすべて含むものであるから、本件特許発明1と同様である。
よって、甲2及び甲4に記載の発明は、本件特許の優先権主張の基礎とされた、出願日が2015年11月8日である出願(出願国:米国、出願番号:62/252525)前に、日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明ではない。
したがって、以下、甲2及び甲4を除いて、新規性及び進歩性を検討する。

新規性について
取消理由における新規性欠如の理由は、甲4を主引用文献とした理由のみであった。しかし、上記1のとおり、新規性を検討するにあたり甲4は検討の対象から除かれたので、本件特許発明は新規性を有する。

進歩性について
取消理由における進歩性欠如の理由は、甲1、甲2及び甲4を主引用文献とした理由であった。しかし、上記1のとおり、進歩性を検討するにあたり甲2及び甲4は検討の対象から除かれたので、以下、甲1を主引用文献とした場合について検討する。

(1)引用発明について
甲1(特に、Abstract、第3695頁右欄第30〜32行等を参照。)に記載された、
「LED」などの、
「オプトエレクトロニクス用途」のための、
「高発光ペロブスカイトベースのコロイド量子ドット材料」であって、
「完全無機セシウム鉛ハロゲン化物ペロブスカイト(CsPbX3、X=Cl、Br及びI、又は混合ハロゲン化物システムCl/Br及びBr/I)」であり、
「フォトルミネッセンスは、最大90%の高い量子収率」を示す、
「コロイド量子ドット材料。」、
を「甲1発明」という。

(2)対比
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「完全無機セシウム鉛ハロゲン化物ペロブスカイト(CsPbX3、X=Cl、Br及びI、又は混合ハロゲン化物システムCl/Br及びBr/I)」は、本件特許発明1の「APbX3」のうち、「A」は「Cs+」、「X」は「ハロゲン」である形態に相当する。

(3)一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明は、次の構成で一致する。
「ペロブスカイト量子ドットであって、
ペロブスカイト量子ドットが、形態APbX3(式中、Aは、Cs+であり、Xは、ハロゲンである)であるコアを含み、
70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する、ペロブスカイト量子ドット。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明は、以下の相違点1−1及び相違点1−2で相違する。
(相違点1−1)
本件特許発明1は、「フィルム」であるのに対し、甲1発明は、「オプトエレクトロニクス用途」のための「コロイド量子ドット材料」であるものの、「フィルム」ではない点。
(相違点1−2)
量子ドットが、本件特許発明1は、「不動態化ペロブスカイト量子ドット」であり、「ジドデシルジメチルアンモニウムイオンを含む無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含」むのに対し、甲1発明は、「不動態化」されず、「キャッピングリガンド」も含まない点。

(4)判断
事案に鑑み、相違点1−2を検討する。
甲3には、「メチルアンモニウム鉛ブロミド(MAPbBr3)ペロブスカイトナノ粒子」(Abstract)による「量子ドット」(第12047頁左欄第1行〜右欄第5行)を用いた「薄膜照明デバイス」(Abstract)において、「キャッピング剤である臭化オクチルアンモニウム」(第12048頁左欄第33〜34行)によって、「ペロブスカイト結晶の成長を制限」(第12049頁左欄第23〜26行)させ、「デバイスとフィルムが2か月以上の環境条件下で安定に保存されることを実証」(第12053頁左欄第4〜26行)した「デバイス」が記載されている。甲3の「キャッピング剤である臭化オクチルアンモニウム」は、本件特許発明1の「無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンド」に相当するものの、「ハライド」を含むものであって、「ジドデシルジメチルアンモニウムイオン」を含むものではない。
そうすると、甲1発明と甲3に記載の発明がオプトエレクトロニクス用途のペロブスカイト量子ドットに関する分野に属しており、量子収率の向上又は量子ドットの安定性のために、甲1発明において、甲3に記載のキャッピングリガンドを導入したとしても、相違点1−2に係る本件特許発明1の構成のうち、少なくとも「ジドデシルジメチルアンモニウムイオン」との構成には至らない。
したがって、相違点1−1について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1に記載された発明、甲3に記載された技術的事項、特許異議申立人が提出したその他の甲号証に記載された技術的事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

(5)本件特許発明2、4〜5、11〜13について
本件特許の特許請求の範囲の請求項2、4〜5及び11〜13は、いずれも、請求項1を直接又は間接的に引用するものであって、本件特許発明2、4〜5及び11〜13は、本件特許発明1の構成を全て具備するものである。
そうすると、前記(4)のとおり、本件特許発明1が、甲1に記載された発明、甲3に記載された技術的事項、特許異議申立人が提出したその他の甲号証に記載された技術的事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない以上、本件特許発明2、4〜5及び11〜13も、甲1に記載された発明、甲3に記載された技術的事項、特許異議申立人が提出したその他の甲号証に記載された技術的事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。

4 サポート要件について
本件訂正請求により請求項8は削除されたので、請求項8の「前記不動態化ペロブスカイト量子ドットの直径が、5〜20nmである」とする発明特定事項が発明の詳細な説明に記載されていない、とするサポート要件違反は解消された。

第6 取消理由通知において採用しなかったその他の特許異議申立理由について
特許異議申立人は、特許異議申立書の85〜89頁において、「本件特許の例3(段落0088〜0107)では、・・・中略・・・例1、例2のような、PLQYが50%以上となることを観察したデータ、記述はなく、例3が請求項1の要件を満たすか否か不明、あるいは少なくとも立証できていないと解される。
ここで、例3はハロゲン化物イオン対(例えば、ジドデシルジメチルアンモニウムブロミド、DDAB)によってキャッピングされたCsPbX3QDからできた非常に安定なフィルムであって、例1,2の無機−有機ハイブリッドイオン対(ジドデシルジメチルアンモニウムスルフィド、S2−−DDA+)とは異なっている。
・・・中略・・・キャッピングリガンドとして例1,2では「ジドデシルジメチルアンモニウム」、例3では「ハライド」であるところ、「50%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する」との要件を満たすのは例1,2であると解すのが自然である。つまり例3は、審査の過程で補正により付記された「50%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する」との発明特定事項を満たさず、本件特許にかかる発明ではないと解される。
・・・中略・・・
従って、本件発明は、・・・中略・・・例1および例2を基にした技術的思想から導かれる範囲とすべきである。」と述べた上でサポート要件違反を主張する。
しかしながら、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0093】には、例3について、「513nmにおけるPL強度の向上は、DDAB−OA−QDの量子収率が49%から71%まで増大したことと相まって、表面捕捉状態の不動態化の向上を指し示している。」と記載されており、例3のPLQYも71%である。
また、例3は、「無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンド」が「ハライド」である形態に相当するが、当該「ハライド」についての特許請求の範囲の記載は本件訂正請求で削除された。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

第7 特許異議申立人の意見について
進歩性について
特許異議申立人は、令和4年12月6日提出の意見書の1頁において、「甲第3号証には、本件特許発明1の「ハライド」を含む「無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドが記載されていること」と述べた上で、進歩性欠如を主張する。
しかしながら、当該「ハライド」についての特許請求の範囲の記載は本件訂正請求で削除された。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

2 サポート要件について
特許異議申立人は、令和4年12月6日提出の意見書の1〜2頁において、「本件特許において、フォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を証しているのは、図1.4Bに認められます。この図においては、処理済みS前駆体の量として0〜100μlまでの添加において、PLQYが49%から徐々に増加し、最大で70%となった後、100μlを超えると徐々に減少していくという軌跡をたどっています。すなわちPLQYが、「70%以上」ではなくて、「最大70%」であるにすぎません。」と述べた上で、「訂正された請求項1の「70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)」のうち、70%を超えるものにつきましてはサポートされていないと思料します。」と主張する。
しかしながら、「70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する」とする発明特定事項は、訂正前の請求項10に存在していた。
よって、特許異議申立人の主張は、訂正の請求の内容に付随して生じる理由に係るものではなく、適切な取消理由を構成することが一見して明らかな場合に係るものともいえず、かつ、実質的に新たな理由を主張するものといえるため、採用しない。
なお、仮にサポート要件の充足性について判断すると、本件特許発明の課題は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0002】を参照し、「ペロブスカイトLED(PeLED)は依然として、総合的な低性能により制限された安定性を呈する。」ことについての改善を提供することにあると解されるところ、その解決手段は、同【0004】に記載のとおり、「不動態化ペロブスカイト量子ドットが、形態APbX3(式中、Aは、Cs+、Rb+、CH3NH3+又はHC(NH2)2+であり、Xは、ハロゲンである)であり、不動態化ペロブスカイト量子ドットが、無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含む」とするものである。そして、本件特許発明は、上記解決手段を更に限定したものであるから、上記課題を解決できることは明らかである。また、上記のとおり、そもそも「PLQY」を「70%以上」とすること自体が課題ではないし、しかも、「70%以上」とすることは、同【0004】及び【0033】に記載されている。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

第8 むすび
請求項1〜2、4〜5、11〜13に係る特許は、いずれも、令和4年7月22日付け取消理由通知書に記載した取消しの理由、及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜2、4〜5、11〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
本件特許の請求項3、6〜10、14は、本件訂正請求による訂正で削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てのうち、本件特許の請求項3、6〜10、14に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
不動態化ペロブスカイト量子ドットを含むフィルムであって、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、形態APbX3(式中、Aは、Cs+、CH3NH3+又はHC(NH2)2+であり、Xは、ハロゲンである)であるコア、及び
ジドデシルジメチルアンモニウムイオンを含む無機−有機ハイブリッドイオン対から構成されるキャッピングリガンドを含み、
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、70%以上のフォトルミネッセンス量子収率(PLQY)を有する、フィルム。
【請求項2】
前記無機−有機ハイブリッドイオン対が、ジドデシルジメチルアンモニウムスルフィド(S2−−DDA+)を含む、請求項1に記載のフィルム。
【請求項3】(削除)
【請求項4】
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、CsPbCl3である、請求項1に記載のフィルム。
【請求項5】
前記不動態化ペロブスカイト量子ドットが、CsPbBr3である、請求項1に記載のフィルム。
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
【請求項9】(削除)
【請求項10】(削除)
【請求項11】
請求項1、2、4又は5に記載のフィルムを備えるデバイス。
【請求項12】
オプトエレクトロニクスデバイスである、請求項11に記載のデバイス。
【請求項13】
QLEDデバイスである、請求項11に記載のデバイス。
【請求項14】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2023-03-31 
出願番号 P2020-106242
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (H05B)
P 1 651・ 121- YAA (H05B)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 河原 正
石附 直弥
登録日 2021-10-01 
登録番号 6953587
権利者 キング アブドラ ユニバーシティ オブ サイエンス アンド テクノロジー
発明の名称 空気中で安定な表面不動態化ペロブスカイト量子ドット(QD)、このQDを作製する方法及びこのQDを使用する方法  
代理人 吉住 和之  
代理人 池田 成人  
代理人 池田 成人  
代理人 吉住 和之  
代理人 酒巻 順一郎  
代理人 酒巻 順一郎  
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