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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1399388
総通号数 19 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2023-07-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-01-12 
確定日 2023-07-06 
異議申立件数
事件の表示 特許第7099655号発明「鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7099655号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許7099655号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜9に係る特許についての出願(以下、「本願」という。)は、2021年(令和 3年) 9月 9日(優先権主張 令和 2年 9月10日、日本国)を国際出願日とする出願であって、令和 4年 7月 4日に特許権の設定登録がされ、同年 7月12日に特許掲載公報が発行され、その後、令和 5年 1月12日に、請求項1、2に係る特許に対し、特許異議申立人である吉田敦子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1〜9に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」〜「本件特許発明9」といい、総称して「本件特許発明」ということがある。)は、その特許請求の範囲の請求項1〜9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.050〜0.200%、
Si:0.10〜1.00%、
Mn:0.50〜2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.010%以下、
Al:0.002〜0.050%、
N :0.0010〜0.0060%、
O :0.0005〜0.0060%、
Ti:0.003〜0.020%、
Cu:0.01〜1.50%、
Ca:0〜0.0080%、
Mg:0〜0.0080%、
REM:0〜0.0080%、
Mo:0〜0.200%、
W :0〜0.500%、
Nb:0〜0.030%、
V :0〜0.050%、
Ni:0〜1.00%、
Cr:0〜0.10%、
B :0〜0.0030%、
Sb:0〜0.30%、
Sn:0〜0.30%、
Pb:0〜0.30%、
As:0〜0.30%、
Bi:0〜0.30%、
Ta:0〜0.50%、
Zr:0〜0.50%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式を満足し、
前記鋼板の表面と、前記鋼板の表面から1.0mmの位置との間の領域である鋼板表層部における固溶Moおよび固溶Wの合計含有量が、質量%で、0.005%以上であり、
前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である、
鋼板。
0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。
【請求項2】
鋼板の圧延方向断面において、前記鋼板の厚さをtとした時に、前記鋼板の表面から1/4tの位置におけるフェライトの平均結晶粒径が60μm以下である、
請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
P :0.015%以下、
S :0.005%以下、
であり、
下記(ii)式および(iii)式を満足し、
鋼板の圧延方向断面において、前記鋼板の表面から1/4tの位置における金属組織が、
面積%で、
ベイナイト:5〜30%、
ベイナイトおよびパーライトの合計面積率:50%以下、
残部:フェライトである、
請求項1または請求項2に記載の鋼板。
0.0005≦Ca+Mg+REM≦0.0080 ・・・(ii)
0.5≦Ti/N≦4.0 ・・・(iii)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。
【請求項4】
下記(iv)式で求められるフェライト変態開始温度Ar3が760〜820℃である、
請求項3に記載の鋼板。
Ar3=910−310×C+65×Si−80×Mn−20×Cu−55×Ni−15×Cr−80×Mo ・・・(iv)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれかに記載の鋼板の製造方法であって、
請求項1から請求項4までのいずれかに記載の化学組成を有する鋼片を加熱炉で加熱する加熱工程と、
加熱後の鋼片にデスケーリングを施すデスケーリング工程と、
デスケーリング後の鋼片に対して、仕上圧延を含む熱間圧延を施して鋼板とする熱間圧延工程と、
熱間圧延後の前記鋼板を冷却する冷却工程と、を備え、
前記加熱工程において、前記鋼片に対して、O2濃度が1.0体積%以上の雰囲気で、1000〜1300℃の加熱温度で、保持時間が60分間以上となるよう保持し、前記鋼片を前記加熱炉から取り出す際の前記鋼片の表面温度を1300℃以下とし、
前記冷却工程は、水冷工程および空冷工程を含み、
前記水冷工程において、前記鋼板の表面温度が200〜650℃の温度まで、4℃/s超、50℃/s以下の平均冷却速度で、かつ開始温度と停止温度との差が150〜600℃となる条件で水冷を行い、
前記空冷工程において、水冷後の復熱温度を700℃以下とし、100℃以下まで空冷を行う、
鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記加熱工程において、前記保持時間を120分間以下とする、
請求項5に記載の鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記熱間圧延工程において、前記鋼片の表面温度が(Ar3−30)℃〜900℃の温度範囲内における累積圧下率が50〜75%となる条件で前記仕上圧延を行う、
請求項5または請求項6に記載の鋼板の製造方法。
但し、Ar3は下記(iv)式で求められる。なお、下記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表す。
Ar3=910−310×C+65×Si−80×Mn−20×Cu−55×Ni−15×Cr−80×Mo ・・・(iv)
【請求項8】
前記冷却工程後に、前記鋼板を650℃以下の温度に再加熱する焼戻し工程を、さらに備える、
請求項5から請求項7までのいずれかに記載の鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記冷却工程後に、下記(v)式で定義される、前記鋼板に付与される加工度Kが4.0以下となる条件で、レベラーにより前記鋼板の曲がりを矯正するレベラー工程を、さらに備える、
請求項5から請求項8までのいずれかに記載の鋼板の製造方法。
K=Et/(2ρ×(1.15×YS)) ・・・(v)
但し、上記式中の各記号の意味は以下のとおりである。
E:縦弾性係数(MPa)
t:板厚(mm)
ρ:鋼板の曲率半径(mm)
YS:降伏応力(MPa)」

第3 特許異議の申立ての理由の概要
申立人は、証拠方法として、次の甲第1号証〜甲第5号証を提出し、以下の申立理由1、2により、本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

<証拠方法>
甲第1号証:特開2004−204344号公報
甲第2号証:宮下芳雄,“鋼の脱酸と酸化物系介在物”,日本金属学会会報,第12巻,第4号,1973年,第259〜267ページ
甲第3号証:特開2012−214885号公報
甲第4号証:特開2003−105439号公報
甲第5号証:特許第7099655号公報(本件特許の特許公報)

(1)申立理由1(新規性
本件特許発明1、2は、甲第1号証に記載された発明であるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号により、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(進歩性
ア 申立理由2−1
本件特許発明1は、甲第1号証〜甲第3号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号により、取り消されるべきものである。

イ 申立理由2−2
本件特許発明2は、甲第1号証〜甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号により、取り消されるべきものである。

以下、「甲第1号証」〜「甲第5号証」を、順に「甲1」〜「甲5」ということがある。

第4 本件明細書の記載事項及び甲1〜5の記載事項
1 本件明細書の記載事項
本願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)には、以下の記載がある。(なお、下線は当審で付した。以下、同様。)

「【0008】
本発明者らは、原油油槽底板の腐食環境と繰返し負荷に着目した検討を行った。その結果、ピット(半球状の局部腐食)が発生した原油油槽に繰返し負荷が作用すると、ピットが応力集中部となり、ピット底部から疲労き裂が発生することを発見した。加えて、この疲労き裂を起点に局部腐食が発生すると、疲労き裂がない場合と比較して、鉄の加水分解とブライン(原油に含まれる塩分濃度の高い水)中のCl−イオンとによるpHの低下が促進されることを見出した。すなわち腐食速度がさらに増加して、より深いピットが発生することを見出すに至った。
【0009】
さらに検討を重ねた結果、鋼板表層部に圧縮残留応力を導入することでピットからの疲労き裂発生を抑制し、繰返し負荷が作用する原油油槽底板の近傍の腐食環境における耐食性を顕著に向上させることを見出した。」

「【0066】
(C)鋼板の機械的特性
鋼板表層部の残留応力:0MPa未満
鋼板の冷却時において、表面付近の冷却速度を速くすることで、内部の温度差に起因して、鋼板の表層部と内部とで付与される塑性歪に差が生じ、その結果として、鋼板表面近傍に圧縮残留応力を生じさせることが可能となる。ここで、圧縮残留応力とは、残留応力が0MPa未満であることを意味する。」

「【0074】
(D)鋼板の製造方法
本発明においては、主としてMo、Wの固溶量を確保するとともに鋼板表層部に圧縮残留応力を導入するための製造方法についての要件を下記に説明する。ただし、本発明鋼に関する要件は、その達成手段は問わない。すなわち、本発明の製造方法に限定されるものではない。本発明に係る鋼板の製造条件について特に制限はないが、後述する加熱工程、デスケーリング工程、熱間圧延工程、および冷却工程を順に行うことで製造することができる。各工程について説明する。
【0075】
(a)加熱工程
鋼片に対して熱間圧延を施すために、鋼片を加熱炉で加熱する。なお、鋼片を製造する方法については特に制限はない。例えば、転炉、電気炉、真空溶解炉等、公知の方法で溶鋼を溶製し、連続鋳造することで上述した化学組成を有する鋼片を製造することができる。
【0076】
加熱工程においては、上述した化学組成を有する鋼片に対して、O2濃度が1.0体積%以上の雰囲気で、1000〜1300℃の加熱温度で、保持時間が60分間以上となるよう保持する。また、鋼片を加熱炉から取り出す際の鋼片の表面温度を1300℃以下とする。
【0077】
上記の条件で加熱することによって、鋼板の表面にFeを主体とする酸化スケールが形成される。この際、Feより貴な元素であるMoおよびWは、酸化スケール中には含まれず、スケール直下の鋼板表層部に濃化し、固溶Moおよび固溶Wを含有させることができる。
【0078】
特に、O2濃度が1.0体積%未満では、形成される酸化スケールが薄く、鋼板表層部にMoおよびWの濃化が不十分となり、固溶Moおよび固溶Wの合計含有量が不十分となるおそれがある。
【0079】
また、加熱温度が1000℃未満では、鋼素材溶製時に析出したMo、Wの析出物が再固溶しないために、固溶Mo、W含有量が十分確保されず、固溶Mo、Wが本発明で規定する量を確保された場合に比べて、耐食性が若干損なわれる懸念があるため好ましくない。一方、加熱温度が1300℃を超えると、加熱時のスケールによって表面疵が生じやすく、圧延後の手入れ負荷が増大する。このため、加熱温度は1000〜1300℃の範囲とする。
【0080】
また、保持時間が60分間未満では、形成される酸化スケールが薄く、鋼板表層部にMoおよびWの濃化が不十分となり、固溶Moおよび固溶Wの合計含有量が不十分となるおそれがある。そのため、保持時間は60分間以上とする。
【0081】
一方、保持時間が過剰であると、フェライト粒が粗大化するおそれがある。鋼片を加熱する際の保持時間は、フェライト粒の微細化に影響する。例えば、フェライトの平均結晶粒径を60μm以下にしたい場合には、保持時間は120分間以下とすることが好ましく、フェライトの平均結晶粒径を50μm以下にしたい場合には、保持時間は90分間以下とすることが好ましい。
【0082】
(b)デスケーリング工程
加熱した鋼片に対して、デスケーリングを行った後に、後述する熱間圧延を施す。デスケーリングを行うことで、鋼片の表面のFeを主体とした酸化スケールを除去し、酸化スケール直下のMoおよびWを、鋼片表層部に濃化させた状態で熱間圧延を施すことで、鋼板表層部に固溶Moおよび固溶Wを濃化させることができる。デスケーリング方法については上記の酸化スケールを除去可能な限りにおいて特に制限はなく、公知の方法を用いればよい。
【0083】
(c)熱間圧延工程
熱間圧延工程において、鋼片に対して熱間圧延を施して鋼板とする。熱間圧延工程は、粗圧延および仕上圧延を含む。優れた延性を得たい場合には、上述のような加熱条件の適正化に加えて、仕上圧延条件を適正化することが好ましい。具体的には、熱間圧延を施す時に、粗圧延した後、鋼片の表面温度が(Ar3−30)℃〜900℃の温度範囲内における累積圧下率が50〜75%となる条件で仕上圧延を行うことが好ましい。
【0084】
Ar3は鋼を冷却する際のフェライト変態開始温度であり、下記(iv)式で求められる。ここで、鋼組成としてのAr3の値が大きいほど高温でフェライト変態するため、フェライト粒内の転位密度が低下し、伸び特性が向上する。すなわち、Ar3の値が小さすぎると、ベイナイトを形成し伸び特性が劣化する。一方、Ar3の値が大きすぎると、フェライトが粗大化し強度および延性が低下する。そのため、Ar3は760〜820℃であるのが好ましい。
Ar3=910−310×C+65×Si−80×Mn−20×Cu−55×Ni−15×Cr−80×Mo ・・・(iv)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表す。
【0085】
仕上圧延における温度が(Ar3−30)℃未満では2相域圧延となり、延伸したフェライトを形成し、伸びが劣化する。また、900℃超では再結晶域圧延となり、フェライトが粗大化して強度および延性を劣化させる。
【0086】
また、累積圧下率が50%以上であると、オーステナイト中のフェライト核生成サイトが増え、フェライトを細粒化するとともにγ→α変態温度を高めることができる。一方、累積圧下率が75%を超えると生産性が劣化する。そのため、累積圧下率を50〜75%とするのが好ましく、55〜65%とするのがより好ましい。
【0087】
(d)冷却工程
熱間圧延後の鋼板を冷却する。上述のように、冷却工程を制御することで、内部の温度差に起因して鋼板表面近傍に圧縮残留応力を生じさせることが可能となる。冷却工程には、水冷工程および空冷工程が含まれる。なお、以下の説明において、温度は鋼材表面温度とし、冷却速度は鋼材の厚さ方向での平均値を用いるものとする。また、板厚内部の冷却速度は、鋼材表面温度から伝熱解析によって求める。
【0088】
(d−1)水冷工程
水冷工程では、熱間圧延後の鋼板の表面温度が200〜650℃の温度まで、4℃/s超、50℃/s以下の平均冷却速度で、かつ開始温度と停止温度との差が150〜600℃となる条件で水冷を行う。
【0089】
平均冷却速度:4℃/s超、50℃/s以下
冷却速度が平均で、4℃/s以下では、鋼板表層部と内部とでの温度差が小さくなるため、鋼板表層部に所望の圧縮残留応力を確保できなくなる。一方、50℃/sを超えるとマルテンサイト変態しやすくなり、延性を劣化させる。よって、平均冷却速度は4℃/s超、50℃/s以下とし、10〜30℃/sとするのが好ましい。
【0090】
停止温度:200〜650℃
水冷の停止温度が650℃を超える温度域では、転位の回復に伴う残留応力の解放が生じるため、鋼板表層部に所望の圧縮残留応力を確保できなくなる。よって、水冷の停止温度を650℃以下とし、600℃以下とすることが好ましい。一方、水冷の停止温度が200℃未満となると延性の劣化を招くとともに生産性を低下させる。よって、水冷の停止温度は200℃以上とするのが好ましい。
【0091】
開始温度と停止温度との差:150〜600℃
水冷により鋼板表層部に所望の圧縮残留応力を生じさせるには、水冷の開始温度と停止温度との差を150℃以上とする。一方、600℃を超えると延性の低下を招くとともに、冷却後の平坦度を悪化させ、生産性を低下させる。よって、水冷の開始温度と停止温度との差は、150〜600℃とする。
【0092】
(d−2)空冷工程
空冷工程では、水冷後の復熱温度を700℃以下とし、100℃以下まで空冷を行う。
【0093】
水冷後の復熱温度:700℃以下
空冷工程において、水冷後の復熱温度が700℃を超えると、転位の回復に伴う残留応力の解放が生じるため、鋼板表層部に所望の圧縮残留応力を確保できなくなる。よって、水冷後の復熱温度は、700℃以下とし、650℃以下とするのが好ましい。
【0094】
水冷後の復熱温度から、100℃以下の温度域まで空冷を行う。空冷速度は特に限定しないが、例えば、0.1〜4℃/sとしてもよい。
【0095】
(e)焼戻し工程
冷却工程に続いて、鋼板に対して、焼戻し工程を行ってもよい。具体的には、焼戻し工程では、鋼板を650℃以下の温度に再加熱する。焼戻し工程を行うことにより、強度、延性、および靭性の調整を行うことができる。ただし、焼戻し温度が650℃を超えると、残留応力の解放が生じるため、鋼板表層部に所望の圧縮残留応力を確保できなくなる。そのため、焼戻し工程を行う場合における焼戻し温度は650℃以下とする。
【0096】
(f)レベラー工程
冷却工程後に、レベラーにより鋼板の曲がりを矯正するレベラー工程を行ってもよい。特に、鋼板の板厚が30mm以下の場合には曲がりが発生しやすくなるため、レベラー工程が必要となる。鋼板の板厚が30mm以上の場合でもレベラー工程を行ってもよい。なお、上記の焼戻し工程を実施する場合においては、レベラー工程は、焼戻し工程の前に行ってもよいし、後に行ってもよい。
【0097】
この際、鋼板の曲がりを確実に矯正する観点から、余裕をもって鋼板には十分な加工量を付与するのが一般的である。しかし、鋼板に付与される加工量が過剰であると、鋼板の中心部付近まで塑性変形し、鋼板の表層部と内部とで付与される塑性歪が均一化され、鋼板表層部に生じていた残留応力が消失してしまう。曲がりは鋼板の表層部付近のみが塑性変形すれば矯正できるため、鋼板表層部に生じていた残留応力が消失しないよう、必要最低限の加工量を付与する必要がある。そのため、本発明のレベラー工程においては、下記(v)式で定義される、鋼板に付与する加工度Kを4.0以下とする。なお、加工度Kは、レベラーにより被矯正材に与えられる曲率の絶対値を被矯正材の弾性限曲率で除した値であり、加工量の指標として広く用いられている値である。
K=Et/(2ρ×(1.15×YS)) ・・・(v)
但し、上記式中の各記号の意味は以下のとおりである。
E:縦弾性係数(MPa)
t:板厚(mm)
ρ:鋼板の曲率半径(mm)
YS:降伏応力(MPa)」

2 甲1の記載事項
甲1には、「原油油槽用鋼およびその製造方法、原油油槽およびその防食方法」(発明の名称)に関し、以下の記載がある。

「【請求項1】
質量%で、
C:0.001〜0.2%、
Si:0.01〜2.5%、
Mn:0.1〜2%、
P:0.03%以下、
S:0.007%以下、
Cu:0.01〜1.5%、
Al:0.001〜0.3%、
N :0.001〜0.01%、
を含有し、さらに、
Mo:0.01〜0.2%、
W:0.01〜0.5%、
の1種または2種を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする原油油槽用鋼。
【請求項2】
質量%で、固溶Mo+固溶W≧0.005%
であることを特徴とする請求項1に記載の原油油槽用鋼。
【請求項3】
質量%で、
▲1▼式で示される炭素当量(Ceq.)が0.4%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の原油油槽用鋼。
Ceq.=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+W+V)/5・・・▲1▼
【請求項4】
質量%で、Cr:0.1%未満を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の原油油槽用鋼。
【請求項5】
質量%で、さらに、
Ni:0.1〜3%、
Co:0.1〜3%、
の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の原油油槽用鋼。
【請求項6】
質量%で、さらに、
Sb:0.01〜0.3%、
Sn:0.01〜0.3%、
Pb:0.01〜0.3%、
As:0.01〜0.3%、
Bi:0.01〜0.3%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の原油油槽用鋼。
【請求項7】
質量%で、さらに、
Nb:0.002〜0.2%、
V:0.005〜0.5%、
Ti:0.002〜0.2%、
Ta:0.005〜0.5%、
Zr:0.005〜0.5%、
B:0.0002〜0.005%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の原油油槽用鋼。
【請求項8】
質量%で、さらに、
Mg:0.0001〜0.01%、
Ca:0.0005〜0.01%、
Y:0.0001〜0.1%、
La:0.005〜0.1%、
Ce:0.005〜0.1%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項に記載の原油油槽用鋼。」

「【0005】
原油タンカーの油槽底板では直径10〜30mm程度の食孔が多数発生する。その進展速度は、2〜3mm/年に達する。これは船体設計時に考慮する腐食による平均衰耗速度である0.1mm/年を遥かに超える値である。原油油槽においては、構造材の局部腐食は次の理由などで特に好ましくなく対策が不可欠である。局部的に腐食が進行すると、その部分の荷重が予想外に増大して大きな歪や塑性変形を生じ、構造物全体の破壊に至る可能性がある。また、局部腐食の発生箇所と進展は予測が難しい。それゆえ、溶接構造用鋼として強度や溶接性に優れながら耐食性、特に局部腐食の進展速度が遅い鋼の開発が待たれていた。」

「【0051】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、かかる課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、原油油槽の底板環境で優れた耐局部腐食性を示し、かつ原油油槽の上甲板裏の気相部において固体Sを含む腐食生成物の生成速度が遅い溶接構造用の原油油槽用鋼及びその製造方法、並びに原油油槽及びその防食方法を提供することである。
【0052】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決すべく、本発明者らは、原油油槽の底板での局部腐食進展挙動および上甲板裏での固体Sの析出挙動に及ぼす鋼の化学成分、組織、製法の影響を調査した結果、以下の知見を得た。
〔1〕原油油槽底板における局部腐食進展の抑制手段原油油槽底板上には、原油中に含まれる大量の岩塩水が分離、滞留する。前記岩塩水の濃度は原油の産出地および油井深度に依存するが、NaCl換算でおよそ1〜60質量%の濃厚塩水であることを、まず知見した。このような濃厚塩水、すなわち濃厚ハロゲン水溶液に鋼板が曝されると、腐食生成物、スラッジ、灰などの付着物により鋼板表面は不均一な状態となり、優先的に地鉄が溶解するサイトが急速に形成・固定され、されらのサイトを起点に局部腐食が進展することを見出した。さらに、濃厚塩水溶液のpH緩衝能力が極めて弱いため、地鉄が優先的に溶解するサイトでは、溶出した鉄イオンや合金イオンの加水分解によりpHが急激に2以下に低下し、これらのサイトを起点に局部腐食が触媒加速的に進展するとの機構を提案した。」

「【0058】
以上の知見をまとめると、それらの特徴は、▲1▼Cuを0.1質量%以上含む鋼にMoを0.01〜0.1質量%複合添加すると、局部腐食の進展速度が、普通鋼比で1/5以下に著しく低下すること、▲2▼Cuを0.1質量%以上含む鋼にMoを0.1質量%を超えて添加すると、Moによる局部腐食の進展速度抑制効果が低減すること、▲3▼Cuを0.1質量%以上含む鋼における最適なMo添加量は、0.03〜0.07質量%であること、▲5▼過剰のP、Sの添加は局部腐食進展速度を加速し、P、Sの上限を限定することで優れた耐局部腐食性が得られること、▲6▼Alの添加量を0.01〜0.1%にすると、さらに耐局部腐食性が向上する、▲7▼Crは耐局部腐食性を著しく加速する有害な元素であり、0.01%以下に制限するのが好ましい、などの本発明者の得た知見に基づいて、低合金鋼の鋼成分を制御することにより、局部腐食発生後の該腐食部における進展速度を遅くしたところにある。
【0059】
さらに鋭意研究を進めた結果、下記の知見を得た。
【0060】
すなわち、一般的な溶接構造用鋼の化学組成を基本として、Crを実質的に無添加とし、特定量のMo、Wのいずれかまたは両方とCuとを複合添加し、不純物であるP、Sの添加量を限定し、Alを添加することにより、以下の効果が得られることを知見した。
【0061】
1)P、S、Alを限られた範囲で含有することにより、より少ないCu、Mo、Wの合金添加量で、当該環境での局部腐食の進展速度が飛躍的に低減する。
【0062】
2)Mo、Wの存在状態と耐食性との関係を詳細に研究した結果、Mo、Wは固溶状態で存在する方がより一層耐食性に好ましい。
〔2〕スラッジの原因となる原油油槽上甲板裏で気相から析出する固体硫黄の軽減対策の手段
本発明者らが、原油油槽上甲板の鋼板表面における固体硫黄の気相からの析出挙動を鋭意研究した結果、下記の知見を得た。▲1▼固体Sは油槽気相中の硫化水素と酸素が鉄さび表面を触媒として反応・析出する。▲2▼固体Sの析出速度は、温度、気相中硫化水素および酸素濃度に依存するほか、鉄さびに極微量含まれる合金に依存する。▲3▼鉄さびにCuとMoが同時に含まれると固体Sの析出速度が抑制される。▲4▼CuとMoが同時含まれると、当該環境での全面腐食速度も同時に低減する。前記知見を基に、一般的な溶接構造用鋼の化学組成を基本として、Crを無添加とし、特定量のCuとMoとを複合添加し、不純物であるP、Sの添加量を限定することにより、当該環境での耐食性、すなわち耐全面腐食性を向上させることが可能であるという知見を得た。」

「【0075】
Mo、Wは局部腐食特性に対してCuと同様、重要な元素であり、0.01%以上のCuとともに含有させることによって、特に局部腐食進展速度低減に顕著な効果を発揮する。MoとWとはほぼ同等の効果を有し、Moは0.01〜0.2%、Wは0.01〜0.5%の範囲で、各々単独あるいは両方を含有させる必要がある。Moは0.01%以上、Wは0.01%以上含有させると耐局部腐食性向上に明確な効果を生じる。一方、Moは0.2%、Wは0.5%を超えて含有させると耐局部腐食性が逆に低下し、かつ溶接性や靭性を劣化させるため、Moは0.01〜0.2%、Wは0.01〜0.5%に限定する。なお、析出物の生成を抑制して固溶Mo、Wを確実に確保するためには、Mo、Wの上限を各々、0.1%、0.05%未満とすることがより好ましい。また、Moは0.01〜0.08%添加した場合、少ない添加量で著しい耐局部腐食性の向上が得られるので、0.01〜0.08%がより好ましい。さらに、製造安定性を考慮すると0.03〜0.07%がより好ましい。また、Wは0.01〜0.05%未満の場合、少ない添加量で著しい耐局部腐食性の向上が得られるので、0.01〜0.05%未満がより好ましい。
【0076】
上記のMo、Wの範囲は必要条件ではあるが、耐局部腐食性向上効果をより有効に発揮させるためには、含有量を上記範囲とした上で、MoとWの固溶量を一定以上確保する必要がある。すなわち、Mo、Wとが粗大な析出物を形成すると、その周りに該元素の枯渇層を生じ、耐局部腐食性向上効果が損なわれるため、Mo、Wは極力均一に存在する必要がある。固溶状態のMoとWとは耐局部腐食性に対して同等の効果を有するため、両元素の固溶量の合計が0.005%以上あれば耐局部腐食性が大幅に向上する。固溶量の上限は特に定めることなく本発明の効果を得ることができるが、固溶強化によって強度が上昇するため、適度な強度を経済的に得るためには、両元素の固容量の上限は0.5%以下とすることが好ましい。
【0077】
なお、本発明における耐局部腐食性向上に有効な固溶Mo、固溶Wとは、全含有量から抽出残渣分析によって求められた析出量を差し引いた量を指す。すなわち、抽出残渣分析では固溶とみなされるようなごく微細な析出物の場合はほぼ固溶状態に準じて均一に鋼中に存在しているとみなせるため耐食性には有効に働く。」

「【0094】
熱間圧延後に加速冷却を行う加工熱処理による製造する場合は、固溶Mo、Wを必要量確保するために、先ず、熱間圧延後の加速冷却を含む冷却条件を規定する必要がある。
【0095】
加速冷却は水冷等によって行うが、加速冷却の平均冷却速度は5〜100℃/s、該加速冷却の停止温度は600〜300℃、加速冷却停止後の冷却は、加速冷却停止〜100℃まで0.1〜4℃/sで冷却する必要がある。
【0096】
加速冷却の冷却速度の下限を5℃/sとするのは、該冷却速度が5℃/s未満であると、加速冷却による強度、靭性の向上が明確でないために加速冷却を実施する意義が失われてしまうためと、冷却中にMo、Wが析出物を形成して固溶Mo、Wが確保できない恐れがあるためである。一方、加速冷却の冷却速度は大きいほど、強度の向上、Mo、Wの析出抑制にはより好ましいが、100℃/s超になると、これらに対する効果が飽和する一方で、鋼板の形状が悪化する懸念が増大するため、上限を100℃/sとする。
【0097】
加速冷却は600〜300℃の範囲で停止する。加速冷却の停止が600℃超であると、加速冷却停止後の冷却速度を本発明範囲としても、加速冷却停止後にMo、Wが析出物を形成し、固溶Mo、W量が十分確保されず、固溶Mo、Wが本発明で規定する量を確保された場合に比べて、耐食性が若干損なわれる懸念があるため好ましくない。一方、加速冷却停止温度が300℃未満であると、特に溶接構造物用鋼として必要な靭性レベルを確保することが化学組成によっては困難になるためと、残留応力が大きく、鋼の形状が悪化する可能性が大となるため好ましくない。なお、加速冷却の開始温度は、固溶Mo、W量への影響が加速冷却停止温度に比べて非常に小さいため、特に規定する必要はないが、強度、靭性を劣化させないためには、熱間圧延終了後、すみやかに開始することが好ましい。Ar3変態点以上から開始することを目安とすれば、特段の問題を生じない。
【0098】
さらに、固溶Mo、W量を確実に確保するためには、加速冷却停止後の冷却にも考慮を払う必要がある。すなわち、加速冷却停止〜100℃までの冷却が0.1℃/s未満の徐冷になると、該冷却中にMo、Wが炭窒化物を形成する可能性がある。従って、例えば鋼の厚さが大きく、空冷では冷却速度が0.1℃/s未満となることが避けられない場合には、シャワー冷却やガス冷却等の手段により冷却速度が0.1℃/s以上となるように制御する必要がある。該冷却速度は大きいほど固溶Mo、Wの確保からは効果が確実であるが、4℃/s超では効果が飽和する一方で、5〜100℃/sに制御する熱間圧延後の加速冷却との差が明確でなくなり、靭性の劣化や残留応力の増大等の悪影響が顕在化する恐れがあるため、本発明では4℃/sを上限とする。
【0099】
以上の熱間圧延・冷却工程を最終工程とするか、材質調整のために、さらに焼戻しまたは焼鈍を施すことができるが、焼戻しまたは焼鈍でのMo、Wの析出を抑制して、固溶Mo、W量を確保するためには、焼戻しまたは焼鈍の温度は500℃以下に限定する必要がある。」

「【0114】
【実施例】
試作鋼は真空溶解または転炉により溶製し、インゴットまたは鋼片を鋼板に製造した。表1に化学組成、表2に鋼板の製造条件を示す。鋼板の製造は本発明の製造方法の効果を明らかにできるよう、拡散熱処理、熱間圧延、焼きならし、焼戻し、各々条件や組み合わせを変化させている。なお、表2中には、試作した鋼板の固溶Mo、W量、Mnのミクロ偏析状態の測定結果を合わせて示す。固溶Mo、W量は、黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた。ミクロ偏析の測定は、鋼板表面に直角な断面の表面下1mm、板厚の1/4位置、板厚中心部、各々の位置において、X線マイクロアナライザーにより行い、濃度マップにおいて、Mn濃度が平均Mn濃度の1.2倍以上となる領域の面積率を画像解析により求めた。
【0115】
表3は試作した鋼板の機械的性質(強度、2mmVノッチシャルピー衝撃特性)と溶接性として溶接熱影響部の最高硬さを、表4、表5は耐食性の試験結果を各々示している。なお、表4は主として耐局部腐食性を評価するための試験であり、表5は主として耐全面腐食性とスラッジ生成挙動を評価するための試験である。
【0116】
鋼板の機械的性質としては、丸棒引張試験、2mmVノッチシャルピー衝撃試験により、強度、靭性を調査したが、試験片は試験片長手方向が圧延報告に直角になる方向で、板厚中心部から採取した。引張試験は室温で行い、2mmVノッチシャルピー衝撃試験は種々の温度で行い、遷移曲線から求めた破面遷移温度を靭性の指標とした。
【0117】
溶接熱影響部の最高硬さ試験は、JISZ3101に従って、予熱を行わない条件で実施した。
【0118】
表4の主に耐局部腐食性を評価するための試験条件は下記の通りである。
【0119】
長さ40mm、長さ40mm、厚さ4mmの試験片を鋼板の板厚1/4位置が試験片の厚さ中心になるように採取した。試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨後、40mm×40mmの表裏面を残して端面を塗料で被覆した。該試験片を、塩酸でpHを0.2に調整した20mass%NaCl水溶液、の2種類の腐食液中に浸漬した。浸漬条件は、液温30℃、浸漬時間24時間〜4週間で実施し、腐食減量を測定し、腐食速度を評価した。該腐食液組成は、実際の鋼構造物で局部腐食が発生する際の環境の条件を模擬したもので、該腐食試験での腐食速度の低減に応じて実環境で局部腐食の進展速度が低減される。
【0120】
表5の全面腐食性、スラッジ生成挙動を調査するための試験条件は下記の通りである。
【0121】
長さ40mm、長さ40mm、厚さ4mmの試験片を鋼板の板厚1/4位置が試験片の厚さ中心になるように採取した。試験片全面を機械研削し、600番の湿式研磨後、40mm×40mmの表面を残して裏面と端面を塗料で被覆した。試作鋼の腐食速度、及び、固体Sを主体とするスラッジの生成速度は図6に示す試験装置を用いて評価した。表6には、腐食試験で使用したガスの組成を示す。
【0122】
ガスは、露点調整水槽2を通して、一定の露点(30℃)に調整した後、試験チャンバー3に送った。腐食試験前に、NaClの付着量が1000mg/m2となるように、試験片4の表面にNaCl水溶液を塗布、乾燥させ、試験チャンバー内の恒温ヒーター板5に水平に設置した。ヒーター制御器6を制御することにより、図7に示すような、20℃×1時間と40℃×1時間の計2時間/サイクルの温度サイクルを与え、試験片表面で乾湿繰り返しが生じるようにした。720サイクル後に腐食減量から腐食速度を、試験片表面に生成した生成物質量からスラッジ生成速度を評価した。なお、生成物は化学分析及びX線分析で、オキシ水酸化鉄(鉄さび)及び固体Sであることは予備試験により確認している。
【0123】
実施例のうち、先ず、機械的性質に関しては、本発明の要件を満足している鋼板番号A1〜A26の鋼は全て溶接構造用鋼として十分な特性を有していることが表3の結果から明らかである。さらに、溶接性に関して、式(1)で示す炭素当量を0.4%以下とした本発明例の鋼板では溶接熱影響部の最高硬さがビッカース硬さで確実に300以下になっており、良好な溶接性を有していることが明らかである。」

「【0138】
【表1】


【0139】
【表2】

【0140】
【表3】

・・・(略)・・・
【0142】
【表5】

・・・(略)・・・
【0144】
【表7】

【0145】
【表8】

【0146】
【表9】

【0147】
【表10】

【0148】
【発明の効果】
本発明によれば、原油タンカーの油槽や、地上または地下原油タンクなどの、原油を輸送または貯蔵する構成油槽で生じる原油腐食に対して、優れた耐全面腐食性及び耐局部腐食性を示し、さらに固体Sを含む腐食生成物(スラッジ)の生成を抑制できる溶接構造用の原油油槽用鋼、原油油槽を提供することが可能となり、鋼構造物、船舶の長期の信頼性向上、安全性向上、経済性の向上等に寄与する。よって、産業上の本発明の効果は極めて大きい。」

3 甲2の記載事項
甲2は、「鋼の脱酸と酸化物系介在物」と題する技術資料であって、以下の記載がある。

「通常のキルド鋼では,酸素および硫黄濃度はそれぞれ0.004,0.020%程度であり,これがすべてAl2O3およびMnSの形で存在するとすれば,その密度はそれぞれ3.96,3.00g/cm3であるから(9),酸化物の体積は介在物全体のわずか13%を占めるにすぎず,介在物の影響としてはほとんどMnSのみに支配されると考えてもさしつかえない。」(259頁右欄下から7行〜1行)

4 甲3の記載事項
甲3には、「板厚方向の耐疲労特性に優れた厚鋼板およびその製造方法」(発明の名称)に関し、以下の記載がある。

「【請求項1】
鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる圧縮残留応力が100MPa以上であることを特徴とする板厚方向の耐疲労特性に優れた厚鋼板。
【請求項2】
前記厚鋼板が、質量%で、C:0.03〜0.15%、Si:1.0%以下、Mn:1.0〜2.0%を含み、更にTi:0.005〜0.05%、Nb:0.001〜0.05%の1種または2種、N:0.0035〜0.0075%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有することを特徴とする請求項1に記載の厚鋼板。
【請求項3】
更に、質量%で、Cu:0.01〜0.5%、Ni:2.0%以下、Cr:0.01〜0.5%、Mo:0.01〜0.5%、V:0.001〜0.1%、W:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Ca:0.0005〜0.0030%、B:0.0005〜0.0020%の1種または2種以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項2に記載の厚鋼板。
【請求項4】
更に、質量%で、Al:0.1%以下を含有する組成とすることを特徴とする請求項2または3に記載の厚鋼板。
【請求項5】
請求項2ないし4のいずれか一つに記載の化学成分を有する鋼素材を、1000〜1250℃の温度に加熱後、板厚中央部が(Ar3 点+50)℃以上となる温度域で累積圧下率30%以上の熱間圧延を行い、その後、3℃/s以上の冷却速度にて350℃以下まで冷却することを特徴とする板厚方向の耐疲労特性に優れた厚鋼板の製造方法。」

「【0020】
以下、本発明で規定する鋼板の圧縮残留応力、好ましい成分組成、製造条件について説明する。
[鋼板の圧縮残留応力]
本発明に係る厚鋼板は、鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲に板厚方向に直角となる、100MPa以上の圧縮残留応力を備える。
【0021】
溶接構造物の製作において鋼板表面部への仮付溶接あるいは打ち傷等が避けられず、鋼板のごく表裏面部においては圧縮残留応力が損なわれるので、100MPa以上の圧縮残留応力の存在する範囲を鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmとする。
【0022】
一方、圧縮残留応力の範囲が表面から4mmを超えて板厚の内部にまで拡がると、内部応力のバランスから疲労亀裂が発生する表面部付近の圧縮残留応力が小さくなるため、鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲とする。
【0023】
上記範囲内における板厚方向に直角方向の圧縮残留応力は100MPa以上とする。疲労亀裂の伝播抑制には、亀裂面と直角方向に圧縮応力を作用させることが有効である。本発明は板厚方向に伝播する亀裂を対象とするので、圧縮残留応力の圧縮方向を板厚方向と直角方向とする。
【0024】
圧縮残留応力が100MPa未満では、疲労亀裂伝播速度は低減されるものの、疲労寿命の向上につながるほど顕著な効果は得られないため、100MPa以上とする。なお、より好ましくは、150MPa以上である。鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲を超える鋼板内の板厚方向に直角方向の圧縮残留応力については特に規定しないが、通常、板厚方向に4mmまでの範囲内より小さい大きさとなる。」

「【0044】
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物で、P:0.035%以下、S:0.035%以下が許容できる。
[製造条件]
スラブ等の鋼素材の製造方法は、とくに限定しない。上記組成の溶鋼を、転炉等の常用の溶製炉を用いて溶製し、連続鋳造法等の常用の方法で、スラブ等の鋼素材とし、1000〜1250℃の温度に加熱する。
【0045】
加熱温度が1000℃未満では、所望の熱間圧延が困難となる。一方、1250℃を超える加熱温度では、表面酸化が顕著となり、また、結晶粒の粗大化が顕著となる。このため、鋼素材の加熱温度は、1000〜1250℃の範囲の温度に限定することが好ましい。なお、より好ましくは、靭性向上の観点から、1200℃以下である。
【0046】
加熱された鋼素材に、熱間圧延を施す。熱間圧延は、(Ar3点+50)℃以上の温度域において累積圧下率30%以上の圧延を行い、後述の冷却条件との組み合わせで、鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲に、100MPa以上の板厚方向に直角方向の圧縮残留応力を導入する。Ar3点は、例えば、Ar3(℃)=910−273×C−74×Mn−57×Ni−16×Cr−9×Mo−5×Cu(各元素は含有量(質量%))で求めることが可能である。
【0047】
熱間圧延では、板厚50mm以上の鋼板とする。圧縮残留応力は、疲労特性を向上させるが、座屈性能を低下させ、その低下は板厚が薄い鋼板ほど顕著で板厚50mm未満では鋼板自体の座屈性能の低下が懸念されるため、板厚50mm以上とする。
【0048】
尚、本発明は規定した温度域外での圧延を制限するものではなく、スラブ加熱後の高温で実施する粗圧延などを行うことが可能である。
【0049】
圧延終了後、3℃/s以上の冷却速度にて350℃以下まで冷却する。冷却速度、冷却停止温度のどちらかが上記規定を外れると、鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる100MPa以上の圧縮残留応力が得られない。より好ましくは、5℃/s以上の冷却速度にて300℃以下まで冷却する。
【実施例】
【0050】
表1に示す組成の鋼素材に、表2に示す条件で熱間圧延を施し、板厚55〜70mmの厚鋼板とした。これら厚鋼板について、残留応力測定、引張試験、靭性試験、疲労試験を実施した。試験方法はつぎのとおりとした。
【0051】
(1)残留応力測定
得られた厚鋼板から、X線残留応力測定用試験片(大きさ:板厚(鋼板元厚まま)×12.5mm×300mm[板厚方向寸法×圧延直角方向寸法×圧延方向寸法])を採取し、測定面[12.5mm×300mmの面]に電解研磨を施した後、板厚方向に4mmピッチでX線により板厚方向に直角方向の残留応力を測定した。板厚方向に4mmピッチで測定するライン数は5ラインとした。測定された5ラインの残留応力を各板厚位置毎に5点平均して求めた残留応力の板厚方向分布図から、表面/裏面から4mmの位置における残留応力(マイナスの値)を求め、その絶対値を、圧縮残留応力とした。
【0052】
(2)引張試験
得られた厚鋼板から、JIS Z 2201(1998)の規定に準拠して、引張方向が鋼板の圧延方向と直角方向となるように、JIS 4号引張試験片(平行部径:14mm)を採取した。試験片の採取位置は、板厚の1/4位置とした。引張試験は、JIS Z 2241(1998)に準拠して行い、YS:降伏強さまたは0.2%耐力TS:引張強さ、伸びELを求め、静的引張時の引張特性を評価した。
【0053】
(3)靭性試験
得られた厚鋼板から、JIS Z 2242(2005)の規定に準拠して、長手方向が圧延方向に平行となるように、Vノッチ試験片を採取し、−40℃における吸収エネルギーを求め、靭性を評価した。なお、Vノッチ試験片は、板厚の1/4位置から採取した。
【0054】
(4)疲労試験
得られた厚鋼板から、疲労亀裂の伝播方向が板厚方向となるように、疲労試験用試験片(大きさ:板厚(鋼板元厚まま)×12.5mm×300〜350mm[板厚方向寸法×圧延垂直方向寸法×圧延方向寸法])を採取した。試験片は、図1に示す寸法形状の切欠き付き3点曲げ疲労試験片であり、疲労試験時の曲げスパンを板厚の4倍とするため、板厚が50〜65mmの場合、圧延方向寸法を300mm、板厚が80mmの場合、圧延方向寸法を350mmとした。疲労試験は、応力範囲が340MPa、応力比R(=最小荷重/最大荷重)が0.1となる条件で実施して、板厚方向の疲労特性(疲労寿命)を求めた。
【0055】
得られた結果を表2に示す。本発明例(No.2、4、5、7、8、10)はいずれも、表面/裏面から4mmの位置(表面/裏面から4mmまでの範囲で圧縮残留応力が最低の位置)で、板厚方向に垂直方向の圧縮残留応力が100MPa以上となっており、靭性の低下もなく、板厚方向の耐疲労特性に優れた厚鋼板となっている。
【0056】
一方、比較例(No.1、3、6、9)は、板厚方向に垂直方向の圧縮残留応力が100MPa未満となっており、板厚方向の耐疲労特性が劣る。比較例11は鋼の成分組成においてC量が0.23質量%と本発明の好ましい含有量の上限を超えるため、圧縮残留応力が100MPa未満で板厚方向の耐疲労特性が劣る。
【0057】
【表1】


【0058】
【表2】



5 甲4の記載事項
甲4には、「低温用低降伏比鋼材およびその製造方法」(発明の名称)に関し、以下の記載がある。

「【請求項1】 C:0.02〜0.16%、Si:0.10〜0.5 %、Mn:0.70〜1.6 %、Al:0.01〜0.08%を含有し、あるいはさらに下記(a)〜(e)のいずれか一又は二以上を含有し、Ceq:0.20〜0.40%になる鋼素材を、950 〜1250℃に加熱後、これに圧下率:30%以上のγ再結晶域圧延と圧下率:30%以上のγ未再結晶域圧延を順次施して850 ℃〜Ar3で圧延終了後、圧延終了温度に応じて次式(1) で与えられる下限待ち時間以上かつ180 秒以下の時間待ってから、冷却速度:10℃/s以上で 150℃未満まで冷却することを特徴とする低温用低降伏比鋼材の製造方法。
tc =(TFR−Ar3−5)/10(−0.842logh+0.889)‥‥‥(1)
tc :下限待ち時間(秒)、TFR:圧延終了温度(℃)、h:板厚(mm)、ただし、式(1) 右辺値が10未満の場合、tc =10

(a)Ni:0.8 %以下
(b)Cr:0.25%以下、Mo:0.08%以下の1種または2種
(c)Cu:0.35%以下
(d)Nb:0.05%以下、V:0.10%以下、Ti:0.025 %以下
(e)B:0.0025%以下
【請求項2】 C:0.02〜0.16%、Si:0.10〜0.5 %、Mn:0.70〜1.6 %、Al:0.01〜0.08%を含有し、あるいはさらに下記(a)〜(e)のいずれか一又は二以上を含有し、Ceq:0.20〜0.40%になる化学組成と、フェライト地にマルテンサイト又はマルテンサイトとベイナイトとの混合からなる第2相が分散し、フェライト結晶粒径:3.0 〜8.0 μm 、第2相分率:1〜20体積%になる組織とを有することを特徴とする低温用低降伏比鋼材。

(a)Ni:0.8 %以下
(b)Cr:0.25%以下、Mo:0.08%以下の1種または2種
(c)Cu:0.35%以下
(d)Nb:0.05%以下、V:0.10%以下、Ti:0.025 %以下
(e)B:0.0025%以下」

「【0017】また、本発明では、不可避的不純物は極力低減するのが望ましいが、それらのうちP,Sはそれぞれ0.04%、0.01%まで許容できる。次に、本発明に係る鋼材の組織は、フェライト地にマルテンサイト、又はマルテンサイトとベイナイトとの混合からなる第2相が分散してなるものである。この組織は低YRとするために必須である。また、フェライト結晶粒径(フェライト粒径)の適正範囲は3.0 〜8.0 μm である。フェライト粒径が3.0 μm 未満ではYSが高くなりすぎて低YRとならず、一方、フェライト粒径が8.0 μm 超では靭性が劣化する。なお、より安定した強度と靭性を得るには、フェライト粒径は4.8 〜6.2 μm がより好ましい。
【0018】また、第2相分率の適正範囲は1〜20体積%である。第2相分率が1体積%に満たないと引張試験の応力− 歪曲線がラウンドカーブにならず、低YR化が困難であり、一方、20体積%を超えるとTSが高くなりすぎて焼戻しによる強度調整が必要になり、非調質法による製造ができなくなる。なお、より好ましくは3〜15体積%、最も好ましくは5〜12体積%である。
【0019】次に、製造方法の限定理由について説明する。
鋼素材加熱温度:950 〜1250℃
前記組成になる鋼素材(スラブ、ブルーム、ビレット等)を950 〜1250℃に加熱するのは、完全にオーステナイト化しかつ均一な整細粒組織とするためである。加熱温度が 950℃未満ではオーステナイト化が不完全であり、1250℃超ではγ粒が粗大化し、ともに最終的に十分な靭性が得られない。
【0020】γ再結晶域圧延圧下率:30%以上
γ再結晶域で30%以上の圧下率で圧延するのは、オーステナイトを十分に再結晶させて微細化し、最終的に得られる靭性を良好なものとするためである。
γ未再結晶域圧延圧下率:30%以上
γ未再結晶域で30%以上の圧下率で圧延するのは、この圧延で歪エネルギーを蓄積し、フェライトの析出を促すとともに、フェライト中の炭素を未変態オーステナイトに十分に排出させて、冷却後にこの未変態オーステナイトをベイナイト+マルテンサイトにするためである。ここでの圧下率が30%未満であると炭素の未変態オーステナイトへの排出が十分でなく、マルテンサイトの体積率が1%未満となり所望の機械的性質が得られない。
【0021】圧延終了温度:850 ℃〜Ar3(Ar3変態点:式(3) で定義)
Ar3(℃)=910 −273 C−74Mn−5Cu−56Ni−16Cr−9Mo‥‥(3)
C、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo:各元素の含有量(%)
850 ℃からAr3の間で圧延を終了するのは、前記歪エネルギーを十分蓄積させ、かつ圧延集合組織の発達を抑制するためである。圧延終了温度が850 ℃超では前記歪エネルギーの蓄積が不十分となり、マルテンサイト体積率が1%未満となって所望の機械的性質が得られない。一方、圧延終了温度がAr3未満では圧延集合組織が発達してシャルピーのシェルフエネルギー(vEshelf )が極端に低下する。
【0022】圧延終了直後から冷却(冷却速度10℃/s以上の加速冷却)開始までの待ち時間
(「冷却待ち時間」という。):tc (式(1) で定義)〜180 秒
tc =(TFR−Ar3−5)/10(−0.842logh+0.889) ‥‥‥(1)
tc :下限待ち時間(秒)、TFR:圧延終了温度(℃)、h:板厚(mm)、ただし、式(1) 右辺値が10未満の場合、tc =10冷却待ち時間をtc 秒よりも短くするとフェライト量が不十分(マルテンサイト量が過剰)となって、TSが超過する。また、冷却待ち時間を180 秒よりも長くするとフェライト結晶粒径が過大となり、所望の靭性が得られない。なお、冷却待ち時間は、好ましくは165 秒以下である。
【0023】加速冷却の冷却速度:10℃/s以上
この冷却速度を10℃/s未満とするのでは、マルテンサイトが生成せず、YR80%以下を達成できない。また、冷却速度が25℃/s超では第2相体積率が20%を超えてTS超過となりやすいことから、冷却速度は25℃/s以下が好ましい。なお、冷却設備面の制約等から特に薄物で冷却速度を25℃/s以下とするのが困難な場合、前記TS超過を有効に防ぐには、γ未再結晶域圧延圧下率を次式(4) で示される範囲にとるのが好ましい。
【0024】
Rnx≧ 56.6logCR -23.6 (CR≧25)………(4)
CR:500-370 ℃間の平均冷却速度(℃/s)、Rnx:γ未再結晶域圧延圧下率
加速冷却の冷却停止温度: 150℃未満
この冷却停止温度を150 ℃以上に設定すると、第2相がベイナイト主体となり、TSが不足するとともにYRが超過する。
【0025】
【実施例】表1に示す化学組成になる鋼スラブを表2に示す加熱・圧延・冷却条件で処理し、製品板厚8〜40mmの鋼板とした。これらの鋼板について板厚中心から採取したJIS14A号引張およびJIS4号シャルピー試験片を用いて母材の強度および靭性を調査した。また、板厚中心部の走査型電子顕微鏡による組織観察像を画像解析し、フェライト粒径、第2相分率(組織全体に対する体積%)、マルテンサイト分率(第2相全体に対する体積%)を測定した。その結果を表2に示す。表2より、本発明例では所望の機械的性質(YS:355−440MPa、TS:530−610MPa、vTrs:−80 ℃以下)が達成されたのに対し、比較例では強度、 靭性のいずれか一方または両方が不十分であった。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【発明の効果】かくして本発明によれば、低温用低降伏比鋼を非調質法で安定製造できるから、液体アンモニア、液化天然ガス収容用タンク材をより安価に供給できるようになるという産業上格段の効果を奏する。」

6 甲5の記載事項
甲5は本件特許であり、その記載内容は上記1に摘記したとおりである。

第5 当審の判断
以下に述べるように、特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、本件特許の請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。

1 甲1に記載された発明
上記第4の2に摘記した甲1の記載からみて、特に「鋼板番号A2」、「鋼板番号A12」、及び「鋼板番号A19」の「本発明例」の記載に着目すると、甲1には、次の3の発明(順に、「甲1−1発明」〜「甲1−3発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲1−1発明]
「質量%で、
C:0.14%、
Si:0.21%、
Mn:1.46%、
P:0.008%、
S:0.003%、
Cu:0.35%、
Al:0.046%、
N :0.0032%、
Cr:0.012%、
Mo:0.078%、
Nb:0.009%、
Ti:0.012%、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた固溶Mo、W量は、
質量%で、固溶Mo+固溶W=0.026%
である原油油槽用鋼板。」

[甲1−2発明]
「質量%で、
C:0.11%、
Si:0.21%、
Mn:1.00%、
P:0.015%、
S:0.004%、
Cu:0.15%、
Al:0.029%、
N :0.0039%、
Ni:0.09%、
Cr:0.050%、
Mo:0.074%、
Nb:0.007%、
Ti:0.013%、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた固溶Mo、W量は、
質量%で、固溶Mo+固溶W=0.026%
である原油油槽用鋼板。」

[甲1−3発明]
「質量%で、
C:0.14%、
Si:0.21%、
Mn:1.46%、
P:0.008%、
S:0.003%、
Cu:0.35%、
Al:0.046%、
N :0.0032%、
Cr:0.012%、
Mo:0.078%、
Nb:0.009%、
Ti:0.012%、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた固溶Mo、W量は、
質量%で、固溶Mo+固溶W=0.024%
である原油油槽用鋼板。」

2 申立理由1(新規性)、申立理由2(進歩性)について
(1)本件特許発明1と甲1−1発明との対比・判断
ア 本件特許発明1と甲1−1発明とを対比する。
(ア)甲1−1発明において、「質量%で、」「C:0.14%」、「Si:0.21%」、「Mn:1.46%」、「P:0.008%」、「S:0.003%」、「Cu:0.35%」、「Al:0.046%」、「N :0.0032%」、「Cr:0.012%」、「Mo:0.078%」、「Nb:0.009%」、「Ti:0.012%」を有することは、本件特許発明1において、「化学組成が、質量%で、」「C :0.050〜0.200%」、「Si:0.10〜1.00%」、「Mn:0.50〜2.00%」、「P :0.030%以下」、「S :0.010%以下」、「Cu:0.01〜1.50%」、「Al:0.002〜0.050%」、「N :0.0010〜0.0060%」、「Cr:0〜0.10%」、「Mo:0〜0.200%」、「Nb:0〜0.030%」、「Ti:0.003〜0.020%」を有することに相当する。

(イ)甲1−1発明が、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cu、Al、N、Cr、Mo、Nb、Ti「を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からな」ることは、
本件特許発明1が、所定量のC、Si、Mn、P、S、Al、N、O、Ti、Cu、Ca、Mg、REM、Mo、W、Nb、V、Ni、Cr、B、Sb、Sn、Pb、As、Bi、Ta、Zrの「残部がFeおよび不可避的不純物からな」ることと、
化学組成において、C、Si、Mn、P、S、Al、N、Ti、Cu、Mo、Nb、Crの残部に「Feおよび不可避的不純物」を含む限りにおいて一致する。

(ウ)上記(ア)及び(イ)の検討より、本件特許発明1と甲1−1発明の一致点と相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「化学組成が、質量%で、
C :0.050〜0.200%、
Si:0.10〜1.00%、
Mn:0.50〜2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.010%以下、
Al:0.002〜0.050%、
N :0.0010〜0.0060%、
Ti:0.003〜0.020%、
Cu:0.01〜1.50%、
Mo:0〜0.200%、
Nb:0〜0.030%、
Cr:0〜0.10%、
を含有し、
残部に、Feおよび不可避的不純物、を含む、
鋼板。」

<相違点1>
Oの含有量について、本件特許発明1では、質量%で「O :0.0005〜0.0060%」であるのに対し、甲1−1発明では、酸素原子を含有するか否かが明らかでなく、その含有量が、質量%で「O :0.0005〜0.0060%」であるかが不明な点。

<相違点2>
本件特許発明1では、「前記鋼板の表面と、前記鋼板の表面から1.0mmの位置との間の領域である鋼板表層部における固溶Moおよび固溶Wの合計含有量が、質量%で、0.005%以上」であるのに対し、甲1−1発明では、「黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた固溶Mo、W量は、質量%で、固溶Mo+固溶W=0.024%」である点。

<相違点3>
本件特許発明1においては、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」のに対し、甲1−1発明においては、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」かが不明である点。

<相違点4>
本件特許発明1は、化学組成が、「質量%で、」「Ca:0〜0.0080%」、「Mg:0〜0.0080%」、「REM:0〜0.0080%」、「W :0〜0.500%」、「V :0〜0.050%」、「Ni:0〜1.00%」、「B :0〜0.0030%」、「Sb:0〜0.30%」、「Sn:0〜0.30%」、「Pb:0〜0.30%」、「As:0〜0.30%」、「Bi:0〜0.30%」、「Ta:0〜0.50%」、「Zr:0〜0.50%」を有するのに対し、
甲1−1発明は、Ca、Mg、REM、W、V、Ni、B、Sb、Sn、Pb、As、Bi、Ta、Zrの各元素の含有量が特定されておらず、不可避的不純物として含有される可能性を排除することができない以上、当該各元素の含有量が「質量%で、」「Ca:0〜0.0080%」、「Mg:0〜0.0080%」、「REM:0〜0.0080%」、「W :0〜0.500%」、「V :0〜0.050%」、「Ni:0〜1.00%」、「B :0〜0.0030%」、「Sb:0〜0.30%」、「Sn:0〜0.30%」、「Pb:0〜0.30%」、「As:0〜0.30%」、「Bi:0〜0.30%」、「Ta:0〜0.50%」、「Zr:0〜0.50%」であるかが直ちに明らかでない点。

<相違点5>
本件特許発明1は、次の「下記(i)式」
「0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。」を充足する。」を「満足」するのに対し、
甲1−1発明は、化学組成において「Mo:0.078%」を含有する一方、Wの含有量が特定されておらず、Wが不可避的不純物として含有される可能性を排除することができない以上、Wの含有量は直ちに明らかではないため、「Mo+W」(式中の「元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。)の値について、「0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)」を満足するかも直ちに明らかでない点。

イ 相違点についての判断
事案に鑑み、上記相違点3について検討する。
(ア)まず、上記第4の2に摘記した甲1の記載事項を含め、甲1には、「鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力」についての記載はない。

(イ)この点に関し、申立人は、特許異議申立書の第36ページ第19行〜第37ページ第22行において、「甲第3号証には、圧縮残留応力の範囲が表面から4mmを超えて板厚の内部にまで拡がると、疲労亀裂が発生する表面部付近の圧縮残留応力が小さくなることが記載されている・・・(略)・・・から、鋼板の表面から深さ方向へ4mmを超えない0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて、板厚方向に直角(圧延方向)となる圧縮残留応力が存在する(残留応力が0MPa未満である)ことは明らかであり、同様に表面部付近である圧延直交方向の残留応力も0MPa未満であることも明らかである。・・・(略)・・・甲第1号証には、甲第3号証と同様の条件で熱間圧延、及び圧延終了後の冷却を行うこと・・・(略)・・・が記載されている・・・(略)・・・から甲1発明においても、甲3発明と同様に、鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である蓋然性が極めて高い。」と主張するため、この主張について以下検討する。

(ウ)上記第4の4に摘記した記載からみて、甲3には、「鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる圧縮残留応力が100MPa以上」とする厚鋼板が記載されている。しかしながら、当該厚鋼板における「板厚方向に直角」な方向としては、「板厚方向に直角」な面内における任意の方向が想定されるから、甲3記載の「板厚方向に直角となる圧縮残留応力」が「圧延方向および圧延直交方向の残留応力」を意味しているとまでは理解することができない。
そうすると、甲3記載の厚鋼板が、「鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる圧縮残留応力が100MPa以上」であるから、「鋼板の表面から深さ方向へ4mmを超えない0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて、板厚方向に直角(圧延方向)となる圧縮残留応力が存在する(残留応力が0MPa未満である)ことは明らかであり、同様に表面部付近である圧延直交方向の残留応力も0MPa未満であることも明らかである。」という上記(イ)の主張は、その前提において妥当性を欠いている。
また、甲1と甲3のそれぞれに記載されている鋼板は、同じ化学組成を有し、かつ同じ製造条件を用いて製造されたものでなく、化学組成や製造条件における差異が最終的に得られる鋼板における残留応力に与える影響は不明であるから、甲1に記載された鋼板が「甲第3号証と同様の条件で熱間圧延、及び圧延終了後の冷却」されたことのみを根拠として、甲3に記載された鋼板と同様の圧縮残留応力を有するという主張も認めることができない。
したがって、上記(イ)の主張は採用しない。

(エ)また、申立人が、特許異議申立書の第39ページ第27行〜第40ページ第8行において、甲1−1発明と本件特許発明1との製造方法における共通点に関し、「水冷(加速冷却)を、熱間圧延後の鋼板の表面温度が200〜650℃の温度(350℃・・・(略)・・・)まで、4℃/s超、50℃/s以下の平均冷却速度(15℃/s・・・(略)・・・)で、かつ開始温度と停止温度との差が150〜600℃(450℃・・・(略)・・・)となる条件で行う点で一致し、水冷(加速冷却)後の温度から、100℃の温度域まで0.1〜4℃/s(0.10℃/s・・・(略)・・・)で空冷を行う点で一致する。なお、甲第1号証には、水冷(加速冷却)後の復熱温度について記載はないが350℃・・・(略)・・・まで冷却しているから、水冷後の復熱温度が700℃を超えることはなく、転位の回復に伴う残留応力の開放が生じることがないことは明らかである。」とも主張しているため、この主張についても以下検討する。

(オ)本件明細書の【0066】には、
「(C)鋼板の機械的特性
鋼板表層部の残留応力:0MPa未満
鋼板の冷却時において、表面付近の冷却速度を速くすることで、内部の温度差に起因して、鋼板の表層部と内部とで付与される塑性歪に差が生じ、その結果として、鋼板表面近傍に圧縮残留応力を生じさせることが可能となる。ここで、圧縮残留応力とは、残留応力が0MPa未満であることを意味する。」との記載があり、
また同【0087】には、
「(d)冷却工程
熱間圧延後の鋼板を冷却する。上述のように、冷却工程を制御することで、内部の温度差に起因して鋼板表面近傍に圧縮残留応力を生じさせることが可能となる。冷却工程には、水冷工程および空冷工程が含まれる。」との記載があり、
いずれの記載においても冷却工程により圧縮残留応力を生じさせることが可能となる旨が説示されているものの、本件明細書の【0074】には、
「本発明においては、主としてMo、Wの固溶量を確保するとともに鋼板表層部に圧縮残留応力を導入するための製造方法についての要件を下記に説明する。・・・(略)・・・本発明に係る鋼板の製造条件について特に制限はないが、後述する加熱工程、デスケーリング工程、熱間圧延工程、および冷却工程を順に行うことで製造することができる。」との記載があることからみれば、本件特許発明1の鋼板が有する残留応力には、製造方法における冷却工程の具体的な条件のみならず、当該冷却工程に供されるまでに鋼板に対して行われる「加熱工程」、「デスケーリング工程」及び「熱間圧延工程」の具体的な条件の影響も反映されるものと認められる。
そうすると、例えば、「熱間圧延工程」について、本件明細書の【0083】には、「熱間圧延を施す時に、粗圧延した後、鋼片の表面温度が(Ar 3−30)℃〜900℃の温度範囲内における累積圧下率が50〜75%となる条件で仕上圧延を行うことが好ましい。」との記載があるところ、甲1−1発明は、圧延開始温度を1120℃、圧延終了温度を940℃、累積圧下率を84%とする、本件明細書の【0083】記載の条件から外れた条件の熱間圧延工程を経て製造されたものである。そうすると、甲1−1発明が、本件特許発明1と同じ「鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力」を有すると解することには十分な根拠があるとはいえず、認めることはできない。
したがって、上記(エ)の主張は採用しない。

(カ)以上のとおりであるから、上記相違点3は、実質的な相違点である。

(キ)よって、上記相違点1、2、4、5について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−1発明であるとはいえない。

(ク)次に、上記相違点3の容易想到性について検討する。

(ケ)まず、上記第4の2に摘記した甲1の記載事項を含め、甲1の記載事項を考慮しても、甲1−1発明において、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」ものとする動機付けを見い出すことはできない。

(コ)また、甲3には、上記第4の4に摘記した記載からみて、「溶接鋼構造物向けとして好適な強度と靱性を備えた、板厚方向の耐疲労特性に優れた厚鋼板およびその製造方法を提供する」との「解決しようとする課題」に鑑み、厚鋼板において「鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる圧縮残留応力が100MPa以上」とすることが記載されているところ、当該「板厚方向に直角となる圧縮残留応力」が「圧延方向および圧延直交方向の残留応力」を意味しているとまでは理解することができないことは、上記(ウ)でも述べたとおりである。

(サ)一方、甲1に記載された「発明が解決しようとする課題」は、上記第4の2に摘記したとおり、「原油油槽の底板環境で優れた耐局部腐食性を示し、かつ原油油槽の上甲板裏の気相部において固体Sを含む腐食生成物の生成速度が遅い溶接構造用の原油油槽用鋼及びその製造方法、並びに原油油槽及びその防食方法を提供すること」(【0051】)であり、上記(コ)の甲3に記載された解決しようとする課題とは異なるものである。
また、甲1の「実施例のうち、先ず、機械的性質に関しては、本発明の要件を満足している鋼板番号A1〜A26の鋼は全て溶接構造用鋼として十分な特性を有していることが表3の結果から明らかである。」(【0123】)との記載からみて、「鋼板番号A2」が用いられた甲1−1発明は「溶接構造用鋼として十分な特性を有し」、上記(コ)の解決しようとする課題を有するものかは不明なものである。
してみれば、上記第4の2に摘記した甲1の記載、及び甲1の記載事項を考慮しても、甲1−1発明において、「溶接鋼構造物向けとして好適な強度と靱性」及び「板厚方向の耐疲労特性」を解決すべき課題として有していることが明らかとまではいえないため、甲3記載の「鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる圧縮残留応力が100MPa以上」とすることが動機付けられるとはいえない。
また、仮に、甲1−1発明において、甲3記載の「溶接鋼構造物向けとして好適な強度と靱性」及び「板厚方向の耐疲労特性」を解決すべき課題とし、「鋼板の圧延面の両側または片側から板厚方向に4mmまでの範囲において、板厚方向に直角となる圧縮残留応力が100MPa以上」とすることが動機付けられたとしても、甲3の記載から「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」ものとすることまで、当業者が容易に想到し得たということはできない。
また、甲1−1発明において、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」ものとすることは、甲2、甲4の記載からみても当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

ウ 小括
したがって、上記相違点1、2、4、5について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−1発明であるとはいえず、また甲1−1発明と、甲2〜4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明1と甲1−2発明との対比・判断
ア 本件特許発明1と甲1−2発明とを対比する。
(ア)甲1−2発明において、「質量%で、」「C:0.11%」、「Si:0.21%」、「Mn:1.00%」、「P:0.015%」、「S:0.004%」、「Cu:0.15%」、「Al:0.029%」、「N :0.0039%」、「Ni:0.09%」、「Cr:0.050%」、「Mo:0.074%」、「Nb:0.007%」、「Ti:0.013%」を有することは、本件特許発明1において、「化学組成が、質量%で、」「C :0.050〜0.200%」、「Si:0.10〜1.00%」、「Mn:0.50〜2.00%」、「P :0.030%以下」、「S :0.010%以下」、「Cu:0.01〜1.50%」、「Al:0.002〜0.050%」、「N :0.0010〜0.0060%」、「Ni:0〜1.00%」、「Cr:0〜0.10%」、「Mo:0〜0.200%」、「Nb:0〜0.030%」、「Ti:0.003〜0.020%」を有することに相当する。

(イ)甲1−2発明が、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cu、Al、N、Ni、Cr、Mo、Nb、Ti「を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からな」ることは、
本件特許発明1が、所定量のC、Si、Mn、P、S、Al、N、O、Ti、Cu、Ca、Mg、REM、Mo、W、Nb、V、Ni、Cr、B、Sb、Sn、Pb、As、Bi、Ta、Zrの「残部がFeおよび不可避的不純物からな」ることと、
化学組成において、C、Si、Mn、P、S、Al、N、Ti、Cu、Mo、Nb、Ni、Crの残部に「Feおよび不可避的不純物」を含む限りにおいて一致する。

(オ)上記(ア)及び(イ)の検討より、本件特許発明1と甲1−2発明の一致点と相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「化学組成が、質量%で、
C :0.050〜0.200%、
Si:0.10〜1.00%、
Mn:0.50〜2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.010%以下、
Al:0.002〜0.050%、
N :0.0010〜0.0060%、
Ti:0.003〜0.020%、
Cu:0.01〜1.50%、
Mo:0〜0.200%、
Nb:0〜0.030%、
Ni:0〜1.00%、
Cr:0〜0.10%、
を含有し、
残部に、Feおよび不可避的不純物、を含む、
鋼板。」

<相違点6>
Oの含有量について、本件特許発明1では、質量%で「O :0.0005〜0.0060%」であるのに対し、甲1−2発明では、酸素原子を含有するか否かが明らかでなく、その含有量が、質量%で「O :0.0005〜0.0060%」であるかが不明な点。

<相違点7>
本件特許発明1では、「前記鋼板の表面と、前記鋼板の表面から1.0mmの位置との間の領域である鋼板表層部における固溶Moおよび固溶Wの合計含有量が、質量%で、0.005%以上」であるのに対し、甲1−2発明では、「黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた固溶Mo、W量は、質量%で、固溶Mo+固溶W=0.026%」である点。

<相違点8>
本件特許発明1においては、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」のに対し、甲1−2発明においては、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」かが不明である点。

<相違点9>
本件特許発明1は、化学組成が、「質量%で、」「Ca:0〜0.0080%」、「Mg:0〜0.0080%」、「REM:0〜0.0080%」、「W :0〜0.500%」、「V :0〜0.050%」、「B :0〜0.0030%」、「Sb:0〜0.30%」、「Sn:0〜0.30%」、「Pb:0〜0.30%」、「As:0〜0.30%」、「Bi:0〜0.30%」、「Ta:0〜0.50%」、「Zr:0〜0.50%」を有するのに対し、
甲1−2発明は、Ca、Mg、REM、W、V、B、Sb、Sn、Pb、As、Bi、Ta、Zrの各元素の含有量が特定されておらず、不可避的不純物として含有される可能性を排除することができない以上、当該各元素の含有量が「質量%で、」「Ca:0〜0.0080%」、「Mg:0〜0.0080%」、「REM:0〜0.0080%」、「W :0〜0.500%」、「V :0〜0.050%」、「B :0〜0.0030%」、「Sb:0〜0.30%」、「Sn:0〜0.30%」、「Pb:0〜0.30%」、「As:0〜0.30%」、「Bi:0〜0.30%」、「Ta:0〜0.50%」、「Zr:0〜0.50%」であるかが直ちに明らかでない点。

<相違点10>
本件特許発明1は、次の「下記(i)式」
「0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。」を充足する。」を「満足」するのに対し、
甲1−2発明は、化学組成において「Mo:0.074%」を含有する一方、Wの含有量が特定されておらず、Wが不可避的不純物として含有される可能性を排除することができない以上、Wの含有量は直ちに明らかではないため、「Mo+W」(式中の「元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。)の値について、「0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)」を満足するかも直ちに明らかでない点。

イ 相違点についての判断
(ア)事案に鑑み、上記相違点8について検討すると、相違点8は相違点3と同じである。
してみれば、上記2(1)イ(ア)〜(キ)で検討したとおり、相違点8は実質的な相違点であるから、上記相違点6、7、9、10について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−2発明であるとはいえない。

(イ)また、上記相違点8の容易想到性について検討すると、上記2(1)イ(ク)〜(サ)で検討したのと同様の理由により、甲1〜4の記載からみて、甲1−2発明を「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」ものとすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

ウ 小括
したがって、上記相違点6、7、9、10について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−2発明であるとはいえず、また、甲1−2発明と、甲2〜4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(3)本件特許発明1と甲1−3発明との対比・判断
ア 本件特許発明1と甲1−3発明とを対比する。
(ア)甲1−3発明において、「質量%で、」「C:0.14%」、「Si:0.21%」、「Mn:1.46%」、「P:0.008%」、「S:0.003%」、「Cu:0.35%」、「Al:0.046%」、「N :0.0032%」、「Cr:0.012%」、「Mo:0.078%」、「Nb:0.009%」、「Ti:0.012%」を有することは、本件特許発明1において、「化学組成が、質量%で、」「C :0.050〜0.200%」、「Si:0.10〜1.00%」、「Mn:0.50〜2.00%」、「P :0.030%以下」、「S :0.010%以下」、「Cu:0.01〜1.50%」、「Al:0.002〜0.050%」、「N :0.0010〜0.0060%」、「Cr:0〜0.10%」、「Mo:0〜0.200%」、「Nb:0〜0.030%」、「Ti:0.003〜0.020%」を有することに相当する。

(イ)甲1−3発明が、所定量のC、Si、Mn、P、S、Cu、Al、N、Cr、Mo、Nb、Ti「を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からな」ることは、
本件特許発明1が、所定量のC、Si、Mn、P、S、Al、N、O、Ti、Cu、Ca、Mg、REM、Mo、W、Nb、V、Ni、Cr、B、Sb、Sn、Pb、As、Bi、Ta、Zrの「残部がFeおよび不可避的不純物からな」ることと、
化学組成において、C、Si、Mn、P、S、Al、N、Ti、Cu、Mo、Nb、Cr、の残部に「Feおよび不可避的不純物」を含む限りにおいて一致する。

(ウ)上記(ア)及び(イ)の検討より、本件特許発明1と甲1−3発明の一致点と相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「化学組成が、質量%で、
C :0.050〜0.200%、
Si:0.10〜1.00%、
Mn:0.50〜2.00%、
P :0.030%以下、
S :0.010%以下、
Al:0.002〜0.050%、
N :0.0010〜0.0060%、
Ti:0.003〜0.020%、
Cu:0.01〜1.50%、
Mo:0〜0.200%、
Nb:0〜0.030%、
Cr:0〜0.10%、
を含有し、
残部に、Feおよび不可避的不純物、を含む、
鋼板。」

<相違点11>
Oの含有量について、本件特許発明1では、質量%で「O :0.0005〜0.0060%」であるのに対し、甲1−3発明では、酸素原子を含有するか否かが明らかでなく、その含有量が、質量%で「O :0.0005〜0.0060%」であるかが不明な点。

<相違点12>
本件特許発明1では、「前記鋼板の表面と、前記鋼板の表面から1.0mmの位置との間の領域である鋼板表層部における固溶Moおよび固溶Wの合計含有量が、質量%で、0.005%以上」であるのに対し、甲1−3発明では、「黒皮を除去した鋼板全厚試料について抽出残渣分析により求めた固溶Mo、W量は、質量%で、固溶Mo+固溶W=0.024%」である点。

<相違点13>
本件特許発明1においては、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」のに対し、甲1−3発明においては、「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」かが不明である点。

<相違点14>
本件特許発明1は、化学組成が、「質量%で、」「Ca:0〜0.0080%」、「Mg:0〜0.0080%」、「REM:0〜0.0080%」、「W :0〜0.500%」、「V :0〜0.050%」、「Ni:0〜1.00%」、「B :0〜0.0030%」、「Sb:0〜0.30%」、「Sn:0〜0.30%」、「Pb:0〜0.30%」、「As:0〜0.30%」、「Bi:0〜0.30%」、「Ta:0〜0.50%」、「Zr:0〜0.50%」を有するのに対し、
甲1−3発明は、Ca、Mg、REM、W、V、Ni、B、Sb、Sn、Pb、As、Bi、Ta、Zrの各元素の含有量が特定されておらず、不可避的不純物として含有される可能性を排除することができない以上、当該各元素の含有量が「質量%で、」「Ca:0〜0.0080%」、「Mg:0〜0.0080%」、「REM:0〜0.0080%」、「W :0〜0.500%」、「V :0〜0.050%」、「Ni:0〜1.00%」、「B :0〜0.0030%」、「Sb:0〜0.30%」、「Sn:0〜0.30%」、「Pb:0〜0.30%」、「As:0〜0.30%」、「Bi:0〜0.30%」、「Ta:0〜0.50%」、「Zr:0〜0.50%」であるかが直ちに明らかでない点。

<相違点15>
本件特許発明1は、次の「下記(i)式」
「0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。」を充足する。」
を「満足」するのに対し、
甲1−3発明は、化学組成において「Mo:0.078%」を含有する一方、Wの含有量が特定されておらず、Wが不可避的不純物として含有される可能性を排除することができない以上、Wの含有量は直ちに明らかではないため、「Mo+W」(式中の「元素記号は各元素の含有量(質量%)を表し、含まれない場合はゼロとする。)の値について、「0.010≦Mo+W≦0.700 ・・・(i)」を満足するかも直ちに明らかでない点。

イ 相違点についての判断
(ア)事案に鑑み、上記相違点13について検討すると、相違点13は相違点3と同じである。
してみれば、上記2(1)イ(ア)〜(キ)で検討したとおり、相違点13は実質的な相違点であるから、上記相違点11、12、14、15について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−3発明であるとはいえない。

(イ)また、上記相違点13の容易想到性について検討すると、上記2(1)イ(ク)〜(サ)で検討したのと同様の理由により、甲1〜4の記載からみて、甲1−3発明を「前記鋼板の表面から深さ方向へ0.5mmの位置と1.0mmの位置とにおいて圧延方向および圧延直交方向の残留応力が0MPa未満である」ものとすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

ウ 小括
したがって、上記相違点11、12、14、15について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1−3発明であるとはいえず、また、甲1−3発明と、甲2〜4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)本件特許発明2について
本件特許発明1が、甲1−1発明〜甲1〜3発明であるとはいえず、また甲1−1発明〜甲1−3発明のそれぞれと甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件特許発明1に従属する本件特許発明2も、甲1−1発明〜甲1〜3発明であるとはいえず、また甲1−1発明〜甲1−3発明のそれぞれと甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(5)申立理由1、申立理由2についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明1とそれに従属する本件特許発明2は、甲1に記載された発明であるとはいえず、特許法第29条第1項第3号に該当しない。
また、本件特許発明1は、甲1に記載された発明、及び甲2〜甲3の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。
さらに、本件特許発明2は、甲1に記載された発明、及び甲2〜甲4の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書の申立理由によっては、本件請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1、2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2023-06-26 
出願番号 P2022-505644
審決分類 P 1 652・ 121- Y (C22C)
P 1 652・ 113- Y (C22C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 池渕 立
宮部 裕一
登録日 2022-07-04 
登録番号 7099655
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 鋼板およびその製造方法  
代理人 弁理士法人ブライタス  

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