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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D04H
審判 全部申し立て 2項進歩性  D04H
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  D04H
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  D04H
管理番号 1406716
総通号数 26 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-02-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-08-07 
確定日 2024-01-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第7223215号発明「不織布及びその用途、並びに不織布の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7223215号の請求項1〜11に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7223215号の請求項1〜11に係る特許についての出願は、2022年(令和4年)6月30日(パリ条約による優先権主張2021年6月30日)を国際出願日とする出願であって、令和5年2月7日にその特許権の設定登録がされ、令和5年2月15日に特許掲載公報が発行された。その後、請求項1〜11に係る特許に対し、令和5年8月7日に特許異議申立人中村和男(以下「申立人」という。)により、本件特許異議の申立てがされた。
令和5年11月1日に、当審より特許権者に審尋を通知したところ、令和5年12月15日に回答書が提出されたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1〜11に係る発明(以下「本件発明1」等という。また、まとめて「本件発明」ということもある。)は、その特許請求の範囲の請求項1〜11に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
熱可塑性樹脂を含む繊維からなる不織布であって、該繊維の平均単糸繊度が0.7dtex以上4.0dtex以下であり、該繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有し、該繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率が20%以上90%以下であり、
前記熱可塑性樹脂がポリオレフィンであり、前記繊維の複屈折Δnが0.015以上0.029以下である、不織布。
【請求項2】
前記繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.6質量%以下の量で含有する、請求項1に記載の不織布。
【請求項3】
前記繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.1質量%以上の量で含有する、請求項1又は2に記載の不織布。
【請求項4】
前記脂肪酸アミドの脂肪酸部分の炭素数が22以下である、請求項1又は2に記載の不織布。
【請求項5】
前記脂肪酸アミドがエルカ酸アミドである、請求項1又は2に記載の不織布。
【請求項6】
前記熱可塑性樹脂が、既定融点よりも高い融点を有する高融点熱可塑性樹脂を70質量%以上99質量%以下含有し、かつ、前記既定融点以下の融点を有する低融点熱可塑性樹脂を1質量%以上30質量%以下含有し、前記既定融点が110℃である、請求項1又は2に記載の不織布。
【請求項7】
長繊維不織布である、請求項1又は2に記載の不織布。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の不織布を含む、吸収性物品。
【請求項9】
使い捨てオムツ、生理用ナプキン又は失禁パットである、請求項8に記載の吸収性物品。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の不織布の製造方法であって、
前記方法が、紡糸工程、冷却工程、捕集工程及びボンディング工程を含むスパンボンド法であり、
前記紡糸工程における吐出速度が4m/min以上8m/min以下であり、
前記冷却工程における冷風速度が0.5m/s以上1.5m/s以下である、不織布の製造方法。
【請求項11】
前記脂肪酸アミドがエルカ酸アミドである、請求項10に記載の不織布の製造方法。」

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠として甲第1号証〜甲第5号証(以下「甲1」等という。)を提出し、以下の理由1〜5を申立てている。なお、本件特許の願書に添付した明細書を、「本件明細書」という。

1 理由1(新規性
本件発明1〜5,7〜9は、下記の甲1に記載された発明であって、又は、本件発明1〜9は、下記の甲2に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、本件発明1〜9に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

2 理由2(進歩性
本件発明1〜5,7〜11は、下記の甲1に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、又は、本件発明1〜11は、下記の甲2に記載された発明及び甲3に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件発明1〜11に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

3 理由3(サポート要件)
本件発明1〜11に規定された「脂肪酸アミド被覆率」に関し、本件明細書には、(1)「脂肪酸アミド被覆率」測定のための「二値化」を行うための「閾値」が開示されておらず、また、(2)熱可塑性樹脂及び脂肪酸アミドのみからなる不織布以外の不織布における「脂肪酸アミド被覆率」を算出する方法が開示されておらず、更には、(3)「脂肪酸アミド被覆率」を算出する際の「オスミウム」のコーティング条件について何ら記載されていないことから、本件発明1〜11に記載された「脂肪酸アミド被覆率」は発明の詳細な説明に記載したものではない(特許異議申立書(以下「申立書」という。)第54〜57頁)。
したがって、本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1〜11の記載は、これら請求項に係る発明が、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないものであるから、本件発明1〜11に係る特許は、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

4 理由4(実施可能要件
本件明細書には、「3 理由3(サポート要件)(2)」で述べたとおり、「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」の算出方法が具体的に示されていないことから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1〜11の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないものであるから、本件発明1〜11に係る特許は、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

5 理由5(明確性
本件発明1の「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」の測定方法が不明であることから(申立書第57頁)、本件発明1及び本件発明2〜11は明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないものであるから、本件発明1〜11に係る特許は、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

6 証拠方法
甲第1号証:特開2001−226865号公報
甲第2号証:特開2018−145536号公報
甲第3号証:特開2019−196576号公報
甲第4号証:郡洋平,外6名,“ポリプロピレンの高速溶融紡糸における低立体規則性成分ブレンドの効果”,成形加工,一般社団法人プラスチック成形加工学会,2008年発行,第20巻,第11号,p.831−839
甲第5号証:Subhash Chand,外3名,“Structure and properties of polypropylene fibers during thermal bonding”,Thermochimica Acta 367-368 (2001),Elsevier B.V., 2001年,p.155−160
乙第1号証:高野智史,“樹脂用添加剤のブリードアウト対策”,株式会社技術情報協会,2008年10月31日,第1版第1刷,p.25

(以下、甲第1号証、乙第1号証を「甲1」、「乙1」という。以下、他の甲各号証についても同様とする。)


第4 各甲号証
1 甲1に記載された発明
甲1には、以下の記載がある。なお、以下において下線は当審が付した。
「【請求項2】 脂肪酸アミド化合物がエルカ酸アミドであり、その含有率が0.05〜1.0質量%である請求項1記載のポリオレフィン系樹脂不織布。」
「【0045】
【実施例】以下、本発明のポリオレフィン系樹脂不織布、製造方法を製造例に基づいて詳細に説明するが、本発明はこれら製造例に何ら限定されるものではない。
【0046】製造例1
結晶性ポリプロピレン樹脂〔IPF:91モル%、MI:60g/10分、融点:160℃〕100質量部に、フェノール系酸化防止剤(チバスペシャルティケミカルズ社製、イルガノックス1010):0.035質量部、リン系酸化防止剤(サンド社製、サンドスタブP−EPQ):0.035質量部、中和剤(協同薬品(株)製、ステアリン酸カルシウム0.025質量部及び第1表に示すエルカ酸アミドの所定量をスーパーミキサーでドライブレンドした後、65mmφ押出成形機を用いて220℃で溶融混練し、紡糸口金より押し出し溶融紡糸した。この場合の紡糸口金は、口金口径:0.3mmで、巾方向:200個、押し出し方向15個のものであった。
【0047】ついで、紡糸された繊維群はエアカーサーに導入され牽引延伸され、吸引装置を有するベルト上に補集され、引き続き熱エンボスロール〔140℃のエンボスロール/140℃のフラットロール〕に送られ部分接着された後、紙管に巻き取って、スパンボンド不織布を得た。得られた巻き取り不織布を所定の温度と時間の条件でエージング処理することにより本発明のポリオレフィン系樹脂不織布を得た。不織布の目付、紡糸性、得られた不織布の評価結果を第1表に示す。」
「【0041】
【表1】



甲1の【請求項1】、【0046】〜【0047】の記載から、ポリオレフィン系樹脂不織布は、ポリオレフィンからなる熱可塑性樹脂を含む繊維から構成されているといえる。

上記認定事項及び甲1に記載されている事項(特に、【請求項1】、【請求項2】、【請求項3】、【請求項7】、【請求項8】、【0030】、【0046】、【0047】、【0049】【表1】、【0051】【表2】、【0053】【表3】、【0056】【表4】、【0057】)を総合すれば、甲1には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「熱可塑性樹脂を含む繊維からなるポリオレフィン系樹脂不織布であって、該繊維径が1〜50μmであり、脂肪酸アミド化合物の含有量が0.5〜1.0質量%であり、前記熱可塑性樹脂がポリオレフィンであるポリオレフィン系樹脂不織布。」

2 甲2に記載された発明
甲2の【請求項1】の記載から、スパンボンド不織布は、プロピレンからなる熱可塑性樹脂を含む繊維から構成されているといえる。
また、甲2の「【0060】プロピレン単独重合体(A1)90質量%及びプロピレン系重合体(B1)10質量%からなる樹脂混合物に対し、該樹脂混合物基準でエルカ酸アミド2000ppmとなる量のスリップ剤マスターバッチを添加して、樹脂組成物を調製した。」なる記載から、樹脂組成物である繊維は、エルカ酸アミドを繊維総質量に対して2000ppm含んでいるといえる。

上記認定事項及び甲2に記載されている事項(特に、【請求項1】、【0008】、【0046】、【0055】【表1】、【0057】、【0060】、【0074】【表2】)を総合すれば、甲2には、以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「熱可塑性樹脂を含む繊維からなるスパンボンド不織布であって、該繊維の繊度が1.0〜2.0denierであり、該繊維はエルカ酸アミドを繊維総質量に対して2000ppm含み、
前記熱可塑性樹脂がプロピレンである、スパンボンド不織布。」

3 甲3に記載された事項
甲3の【請求項1】、【0017】、【0031】、【0052】〜【0054】、【0056】〜【0057】、【0062】、【0082】、【0098】の記載事項、特に、【0082】[実施例1]に着目すると、甲3には以下の事項(以下「甲3記載事項」という。)が記載されている。
「プロピレン単独重合体であり、メルトマスフローレートが200g/10分であるポリプロピレン系樹脂を、単軸エクストルーダーによって溶融押出しし、ギアーポンプで計量しつつ紡糸口金にポリプロピレン系樹脂を供給し、紡糸温度(口金温度)は230℃とし、孔径Dが0.3mmで、ランド長Lが0.6mmの口金孔から、単孔吐出量0.36g/分の条件でポリプロピレン系樹脂を吐出させ、口金孔の直情に位置する導入孔はストレート孔とし、導入孔と口金孔の接続部分はテーパーとした紡糸口金を用い、吐出された繊維状樹脂に外側から温度10℃、速度60m/分の冷却風を当てて冷却固化した後、矩形エジェクターによって4.4km/分の速さで牽引し、移動するネット上に捕集してポリプロピレン繊維からなる繊維ウェブを得ること。」

4 甲4に記載された事項
甲4の第835頁Fig.5には、次の事項(以下「甲4記載事項」という。)が記載されている(和訳については、申立書第28頁の訳を用いた。)。
「図5.標準PPおよび分子量の異なる低立体規則性成分を含む2種類のPPブレンドの紡糸した繊維の複屈折の巻取速度依存性



5 甲5に記載された事項
甲5の第156頁左欄9行〜24行、第156頁のTable 1、第156頁右欄第30行〜33行には、以下の事項(以下「甲5記載事項」という。)が記載されている(和訳については、申立書第28〜30頁の訳を用いた。)。

「2. 実験手順
Montell USA社から供給されたメルトフローレート17°/分のファイバーグレードポリプロピレ ンを使用した。繊維は、孔径0.764mm、L/D比5の7孔ダイを用いたFourne押出機と、孔径0,764mm、L/D比5の7孔ダイを用いた紡糸セットアップで製造した。押出温度は230℃で一定に保った。ポリマーの処理速度と巻き取り速度は、すべての繊維が同じ直径になるように変化させた。クエンチ媒体(quenching medium)としては、周囲空気を使用した。6種類のサンプルのうち、3種類は紡糸後延伸せず、3種類は紡糸後延伸した。延仲は、加熱ロールを備えた2段延伸機を用いて140℃で行つた。すべての繊維サンプルの詳細を表1にまとめた。」
「Table 1
製造した繊維サンプルの詳細



「Table 3
熱接着前後の複屈折と結晶化度



第5 当審の判断
以下、事案に鑑み、明確性実施可能要件、サポート要件及び新規性進歩性の順に検討する。

1 理由5(明確性)について
(1)当審の判断
本件特許の請求項1で特定されている「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」は、「繊維の表面」を「脂肪酸アミド」が「被覆」する「率」を意味することは明らかであり、明確である。
また、その測定方法については、発明の詳細な説明の段落【0056】の「6.脂肪酸アミド被覆率(%)
不織布から繊維を10本採取し、オスミウムにてコーティング後、電界放出型走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日立ハイテク製:SU8220)を用い、加速電圧0.8kVにて形態観察した。SEM画像を二値化し、繊維10本の各々について、繊維表面の付着物の繊維全体に対する面積比率を測定し、10本の平均を脂肪酸アミド被覆率として算出した。」という記載を参酌すれば、当業者は本件特許の請求項1で特定された「脂肪酸アミド被覆率」が、どのような手法によって計測されるものであることが分かることから、本件特許の請求項1の記載は明確である。

(2)申立人の主張
申立人は、「請求項1の構成要件Dに係る「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」は、JIS規格などにより定められた定義を有し、又はこれらで定められた試験、測定方法によって定量的に決定できるものではなく、当業者に慣用されているものでもなく、慣用されていないにしてもその定義や試験・測定方法が当業者に理解できるものでもないのであるから、発明の詳細な説明の記載において、その機能、特性等の定義や試験方法又は測定方法を明確にするとともに、請求項のこれらの機能、特性等の記載がそのような定義や試験方法又は測定方法によるものであることが明確になるように記載されるべきものである。にもかかわらず、・・・、「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」の測定方法については、発明の詳細な説明にSEM画像をどのような条件(閾値)で二値化すればよいかであったり、その二値化した際に、脂肪酸アミドとその他の物質との間で区別をつける方法であったり、オスミウムのコーティングのコーティング条件であったりの記載がされておらず、また出願時の技術常識でもないので、「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率が20%以上90%以下であるとの機能、特性等の意味内容を当業者が理解できないものである。」なる旨主張し(申立書第57頁)、本件発明1〜11は明確でない旨、主張している(なお、「・・・」は文章の省略を表す。)。

しかしながら、上述したように「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」の測定方法については、発明の詳細な説明の段落【0056】に説明されている測定手段である電界放出型走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日立ハイテク製:SU8220)を用いることによって、二値化を含めた計測ができることは当業者にとって自明な事項であるといえる。なお、詳細な理由については、後述の「2 理由4(実施可能要件)」の「(2)申立人の主張」において述べる。

(3)まとめ
よって、本件特許の請求項1に係る発明、及び請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2〜11は明確であるといえることから、申立人の主張は採用できない。

2 理由4(実施可能要件)について
(1)当審の判断
上記「1 理由5(明確性)について」に記載したとおり、本件特許の請求項1で特定されている「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」の測定方法については、発明の詳細な説明の段落【0056】に、具体的な測定手段である「電界放出型走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日立ハイテク製:SU8220)」が示されている。
そうしてみると、上記「1 理由5(明確性)について (1)当審の判断」で述べたとおり、本件請求項1の「脂肪酸アミド被覆率」の測定をどのように行うのかは当業者にとって明らかであることから、この測定を実施するにあたり当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものではない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1〜11に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。

(2)申立人の主張
申立人は本件発明1〜11に規定された「脂肪酸アミド被覆率」に関して以下の主張をしている(申立書第54〜57頁))。
(ア)本件明細書の【0056】には、SEM画像を二値化し「脂肪酸アミド被覆率」を算出することが記載されているものの、二値化を行うための閾値が記載されていない。
(イ)本件明細書の【0035】には、熱可塑性樹脂及び脂肪酸アミド以外の成分を原料として使用可能であると示唆されているが、その他の成分と脂肪酸アミドと区別がつくように、SEM画像を二値化して熱可塑性樹脂及び脂肪酸アミドのみからなる不織布以外の不織布における「脂肪酸アミド被覆率」を算出する方法が開示されていない。
(ウ)本件明細書の【0056】には、オスミウムにてコーティングした後に形態観察を行うことが記載されているが、「脂肪酸アミド被覆率」を算出する際のオスミウムのコーティング条件について何ら記載されていない。
以上から、本件発明1〜11は、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。

以下、上記(ア)〜(ウ)の点について検討する。
(ア)について、本件発明1〜11の繊維は、熱可塑性樹脂を含む繊維である一方、脂肪酸アミドは本件明細書の「脂肪酸アミドは、繊維中から繊維表面への移行し易さの観点、すなわち比較的少量の脂肪酸アミドで良好な柔軟性向上効果を得る観点から、比較的分子量が低いものが好ましく、脂肪酸部分の炭素数は、好ましくは、24以下、又は22以下、又は20以下である。」(【0027】)の記載から、繊維を構成する熱可塑性樹脂と比べると低分子量であるといえる。
そしてみれば、当該繊維とその表面に付着している脂肪酸アミドとは、その電子密度の違いから、SEM形態像自体において明瞭に区別可能であり、そのうえで当業者が二値化を行うことが可能といえるため、二値化の行うための閾値はSEM形態像で観察される繊維領域と脂肪酸アミド領域とを正しく反映する範囲で選択すれば足りる。
よって、申立人が主張するように二値化を行うための閾値を本件発明1を限定することを要しない。

(イ)について、本件明細書の【0035】には、「核剤、難燃剤、無機充填剤、顔料、着色剤、耐熱安定剤、帯電防止剤など」熱可塑性樹脂及び脂肪酸アミド以外の成分を原料として使用可能であることが示唆されているが、これらの成分は一般的な樹脂用添加剤にすぎない。
ここで、一般的な樹脂用添加剤の配合において、繊維表面への顕著なブリードアウトが生じないように制御することは慣用技術(例えば、乙1、「4.添加剤のブリードアウトの原因」(p.25)の記載参照)であることを鑑みれば、一般的な樹脂用添加剤の配合において、繊維表面への顕著なブリードアウトが生じないように制御することは当業者にとって自明の事項といえる。
したがって、申立人が主張する、その他の成分と脂肪酸アミドと区別がつくように、SEM画像を二値化して熱可塑性樹脂及び脂肪酸アミドのみからなる不織布以外の不織布における「脂肪酸アミド被覆率」を算出する方法は、本件明細書の記載と慣用技術から、当業者であれば理解できるものである。

(ウ)について、確かに、コーティング条件によってコーティングの厚みが変化すれば、観察されるSEM像は全く同一ではないが、オスミウムコーティングは、あくまで試料をSEM観察するための導電化処理であり、その厚みは数μmであることが技術常識であるといえる。
そうしてみれば、必要な導電性を確保できる限度で当業者が適宜選択することができるといえる。また、繊維とその表面の付着物とは、それらの電子密度の違いからSEM形態像で明瞭に区別可能であるともいえる。

よって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1〜11に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるといえることから、申立人の主張は採用できない。

3.理由3(サポート要件)について
(1)本件発明の課題
本件発明が解決しようとする課題は、本件明細書の【0007】の記載から、「不織布を含む衛生材料等の製品の製造工程における不織布同士の滑り性を抑えつつも、人間の手で触れた際に十分な柔軟性を感知することが可能である不織布及びその用途、並びに当該不織布の製造方法を提供すること」である。

(2)課題を解決する手段
この課題の解決手段について、本件明細書には以下の記載がある 。
「【0024】
本実施形態の不織布を構成する繊維の平均単糸繊度は、一態様において0.7dtex以上4.0dtex以下であり、好ましくは0.7dtex以上3.0dtex以下、より好ましくは0.7dtex以上2.0dtex以下である。平均単糸繊度は、紡糸安定性の観点から、一態様において0.7dtex以上であり、特に衛生材料に有利な(すなわち高過ぎない)強力を不織布に付与する観点から、一態様において4.0dtex以下である。尚、不織布を構成する繊維の平均単糸繊度が細いほど柔軟化する傾向である。
【0025】
本実施形態の不織布を構成する繊維に含まれる熱可塑性樹脂がポリオレフィンを含み又はポリオレフィンである場合、繊維の複屈折Δnは、0.015以上0.029以下であることが好ましく、より好ましくは0.017以上0.027以下、更に好ましくは0.018以上0.026以下、特に好ましくは0.019以上0.025以下である。複屈折Δnが0.015以上0.029以下であれば、結晶性が低いため脂肪酸アミドの繊維表面への移行量を制御しやすい。複屈折Δnの測定方法については後述する。」
「【0027】
本実施形態の不織布は、脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有する。脂肪酸アミドは、繊維中から繊維表面への移行し易さの観点、すなわち比較的少量の脂肪酸アミドで良好な柔軟性向上効果を得る観点から、比較的分子量が低いものが好ましく、脂肪酸部分の炭素数は、好ましくは、24以下、又は22以下、又は20以下である。一方、当該炭素数は、脂肪酸アミドの繊維表面への移行の程度が大きくなり過ぎないようにして、不織布を含む製品の製造工程における不織布同士の滑り性を抑制する観点から、好ましくは、12以上、又は14以上、又は16以上、又は18以上である。好適な脂肪酸アミドの具体例としては、ラウリン酸アミド、ミリスチン酸アミド、パルミチン酸アミド、ステアリン酸アミド、ベヘン酸アミド、オレイン酸アミド、エルカ酸アミドなどが挙げられ、特にエルカ酸アミドが好ましい。これらの脂肪酸アミドは、複数種組み合わせて用いることもできる。脂肪酸アミドは比較的少量の添加でも曲げ柔軟度や滑りやすさが著しく向上し、含有量が多すぎると、不織布を含む製品(例えば衛生材料)製造工程でのスリップが発生しやすくなる。このことから、繊維総質量に対する脂肪酸アミドの含有率は、1.5質量%以下が適切であり、一態様において0.01質量%以上、好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.15質量%以上、特に好ましくは0.2質量%以上であり、また一態様において1.5質量%以下、好ましくは1.0質量%以下、特に好ましくは0.6質量%以下である。
【0028】
本実施形態の不織布を構成する繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率は、20%以上90%以下であり、好ましくは25%以上80%以下、より好ましくは30%以上70%以下である。繊維表面の脂肪酸アミド被覆率が20%以上90%以下であることで、不織布を含む製品の製造工程における不織布同士の滑り性の抑制と、十分な柔軟性を両立することが可能となる。繊維表面の脂肪酸アミド被覆率の測定方法については後述する。」
「【0056】
6.脂肪酸アミド被覆率(%)
不織布から繊維を10本採取し、オスミウムにてコーティング後、電界放出型走査電子顕微鏡(FE−SEM)(日立ハイテク製:SU8220)を用い、加速電圧0.8kVにて形態観察した。SEM画像を二値化し、繊維10本の各々について、繊維表面の付着物の繊維全体に対する面積比率を測定し、10本の平均を脂肪酸アミド被覆率として算出した。
【0057】
7.複屈折Δn
透過定量型干渉顕微鏡(カールツアイスイエナ社製干渉顕微鏡インターフアコ)を用い、干渉縞法により不織布の複屈折率を測定した。10点を測定し、10点の複屈折率の平均値を複屈折Δnとして算出した。」
「【0061】
(実施例1)
MFRが55g/10分(JIS−K7210に準じ、温度230℃、荷重2.16kgで測定)、融点が160℃のポリプロピレン樹脂に、脂肪酸アミドとしてエルカ酸アミドを繊維中含有率が0.4質量%となる量、及び、低融点熱可塑性樹脂としてMFRが20g/10分、融点80℃のポリプロピレン系エラストマーを繊維中含有率が5質量%となる量添加した。得られた混合物をノズル径0.4mmの紡糸ノズルから、単孔吐出量0.5g/min・hole、紡糸温度230℃、吐出速度5.2m/minで押出し、吐出した糸を風速0.7m/sの冷風で冷却後、エアジェットによる高速気流牽引装置を使用して牽引し、移動捕集面に捕集し、ウェブを得た。次いで、得られたウェブを、フラットロールとエンボスロール(パターン仕様:直径0.5mm、千鳥配列、横ピッチ2mm、縦ピッチ2mm、圧着面積率6.3%)の間に通して、温度136℃、線圧35kN/mで繊維同士を接着し、目付15g/m2の長繊維不織布を得た。得られた長繊維不織布の物性を表1に示す。
・・・
【0080】
(比較例6)
風速2.1m/sの冷風で冷却したことを除いて、実施例1と同様にして長繊維不織布を得た。得られた長繊維不織布の物性を表1に示す。
【0081】
【表1】



(3)当審の判断
上記(2)に摘記した本件明細書の記載から、「熱可塑性樹脂を含む繊維からなる不織布」において、「繊維の平均単糸繊度が0.7dtex以上4.0dtex以下であり、該繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有し、該繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率が20%以上90%以下であり、前記熱可塑性樹脂がポリオレフィンであり、前記繊維の複屈折Δnが0.015以上0.029以下である」ものは、上記本件明細書の【表1】における実施例1〜15の検証結果によれば、比較例1〜6に比して、「不織布同士の滑り性を抑えつつも、人間の手で触れた際に十分な柔軟性を感知することが可能である」といえるから、当業者であれば、「繊維の平均単糸繊度」、「脂肪酸アミド」の含有量、「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」及び「繊維の複屈折Δn」を上記本件発明1に特定された数値以下とすることにより本件発明の課題を解決できると認識できる。
そして、本件発明1には、これらの事項が特定されており、本件発明1は、発明の詳細な説明において本件発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲のものといえる。

4 理由1、2(甲1発明に基づく新規性進歩性)について

(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明を、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比すると、甲1発明の「脂肪酸アミド化合物」及び「ポリオレフィン系樹脂不織布」は、本件発明1の「脂肪酸アミド」及び「不織布」に相当する。

また、甲1発明の「繊維は脂肪酸アミド化合物を繊維総質量に対してその含有量が0.5〜1.0質量%であ」ることは、本件発明1の「繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有し」ていることを満たしている。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、以下の点で一致し、かつ、相違点1〜3で相違する。

<一致点>
「熱可塑性樹脂を含む繊維からなる不織布であって、該繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有し、
前記熱可塑性樹脂がポリオレフィンである、不織布。」

<相違点1>
本件発明1は、「繊維の平均単糸繊度が0.7dtex以上4.0dtex以下であ」るのに対して、甲1発明は、繊維の繊維径が1〜50μmである点。

<相違点2>
「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」に関して、本件発明1は、「20%以上90%以下であ」るのに対して、甲1発明は、脂肪酸アミド被覆率が明らかでない点。

<相違点3>
「繊維の複屈折Δn」に関して、本件発明1は、「0.015以上0.029以下である」のに対して、甲1発明は、複屈折Δnが明らかでない点。

イ 判断
事案に鑑み、<相違点2>から検討する。
甲1には、上記第4の1で示した記載がある。
ここで、脂肪酸アミド被覆率が脂肪酸アミド含有量と相関して変動することが技術常識であったとしても、甲1には具体的な「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」ついては記載も示唆もされていない。また、甲1の実施例において、エージング処理が行われている点が記載され、【表1】から、エージング処理によって肌触りや風合いに変化があることが看取されるとしても、そのことをもって特定の「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」を示唆しているとまではいえない。
よって、相違点2は実質的な相違点である。
更に、甲3にも相違点2に係る本件発明1の構成について、記載も示唆もされておらず、相違点2に係る本件発明1の構成は、甲1発明及び甲3記載事項から当業者が容易に想到し得るものではない。

したがって、本件発明1は甲1発明ではない。また、甲1発明又は甲1発明及び甲3記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本件発明2〜5,7〜11について
本件発明2〜5,7〜9は、本件発明1の特定事項を全て含み、さらに限定を加えるものであるから、上記(1)で検討したのと同じ理由により、甲1発明ではない。また、本件発明2〜5,7〜11は、甲1発明又は甲1発明及び甲3記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

5 理由1、2(甲2発明に基づく新規性進歩性)について

(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明を、その機能、構造又は技術的意義を考慮して対比すると、甲2発明の「プロピレン」、「エルカ酸アミド」及び「スパンボンド不織布」は、本件発明1の「熱可塑性樹脂又はポリオレフィン」、「脂肪酸アミド」及び「不織布」に相当する。

また、甲2発明の「繊維はエルカ酸アミドを繊維総質量に対して2000ppm含」むことは、2000ppmは0.2質量%に換算できることから、本件発明1の「繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有し」ていることを満たしている。

そうすると、本件発明1と甲2発明とは、以下の点で一致し、かつ、相違点4〜6で相違する。

<一致点>
「熱可塑性樹脂を含む繊維からなる不織布であって、該繊維は脂肪酸アミドを繊維総質量に対して0.01質量%以上1.5質量%以下の量で含有し、
前記熱可塑性樹脂がポリオレフィンである、不織布。」

<相違点4>
本件発明1は、「繊維の平均単糸繊度が0.7dtex以上4.0dtex以下であ」るのに対して、甲2発明は、繊度が1.0〜2.0denierである点。

<相違点5>
「繊維の表面の脂肪酸アミド被覆率」に関して、本件発明1は、「20%以上90%以下であ」るのに対して、甲2発明は、脂肪酸アミド被覆率が明らかでない点。

<相違点6>
「繊維の複屈折Δn」に関して、本件発明1は、「0.015以上0.029以下である」のに対して、甲2発明は、複屈折Δnが明らかでない点。

イ 判断
事案に鑑み、<相違点5>から検討する。
甲2の【0060】には、
「実施例1
プロピレン単独重合体(A1)90質量%及びプロピレン系重合体(B1)10質量%からなる樹脂混合物に対し、該樹脂混合物基準でエルカ酸アミド2000ppmとなる量のスリップ剤マスターバッチを添加して、樹脂組成物を調製した。」との記載がある。
ここで、上記「4 理由1、2(甲1発明に基づく新規性進歩性)について (1)本件発明1について」で述べた理由と同様、脂肪酸アミド被覆率がエルカ酸アミド含有量と相関して変動することが技術常識であったとしても、甲2には具体的な「繊維の表面の脂肪酸被覆率」については記載も示唆もされていない。
よって、相違点5は実施的な相違点である。
更に、甲3にも相違点5に係る本件発明1の構成について、記載も示唆もされておらず、相違点5に係る本件発明1の構成は、甲2発明及び甲3記載事項から当業者が容易に想到し得るものではない。

したがって、本件発明1は甲2発明ではなく、また、甲2発明に基いて、又は甲2発明及び甲3記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(2)本件発明2〜11について
本件発明2〜11は、本件発明1の特定事項を全て含み、さらに限定を加えるものであるから、上記(1)で検討したのと同じ理由により、本件発明2〜9は甲2発明ではなく、又は本件発明2〜11は甲2発明及び甲3記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

第6 むすび
したがって、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜11に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜11に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2024-01-10 
出願番号 P2022-556272
審決分類 P 1 651・ 536- Y (D04H)
P 1 651・ 121- Y (D04H)
P 1 651・ 537- Y (D04H)
P 1 651・ 113- Y (D04H)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 茂夫
特許庁審判官 稲葉 大紀
西本 浩司
登録日 2023-02-07 
登録番号 7223215
権利者 旭化成株式会社
発明の名称 不織布及びその用途、並びに不織布の製造方法  
代理人 三間 俊介  
代理人 青木 篤  
代理人 三橋 真二  
代理人 中村 和広  
代理人 齋藤 都子  

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