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審決分類 |
審判 一部申し立て 2項進歩性 C01G 審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載 C01G 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C01G 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C01G |
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管理番号 | 1412315 |
総通号数 | 31 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-07-26 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2024-03-19 |
確定日 | 2024-06-24 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7346700号発明「オキシハロゲン化物前駆体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7346700号の請求項1に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件の特許第7346700号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜6に係る特許についての出願(特願2022−501223号。以下、「本願」という。)は、2020年(令和 2年) 7月 8日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2019年 7月 9日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、令和 5年 9月 8日にその特許権の設定登録がされ、同年同月19日に特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1に係る特許について、令和 6年 3月19日に特許異議申立人である榊原彰子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件特許発明 本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜6に係る発明(以下、「本件特許発明1」〜「本件特許発明6」といい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、本願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定されるものであるところ、本件特許発明1は次のとおりのものである。 「【請求項1】 式MoO2Cl2を有する結晶形態の化合物であって、12.94、23.64、26.10、39.50、及び/又は40.28±0.04度の2θに1つ又は複数のピークを有する粉末XRDパターンを示す、化合物。」 第3 申立理由の概要 1 申立人は、証拠方法として、本願の優先日前に公知となった、下記甲第1号証を提出して、以下の申立理由1〜4により、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。 (1)申立理由1(新規性及び進歩性) 本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、また、甲第1号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、同発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。 (2)申立理由2(実施可能要件) 本願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)には、その段落【0028】に記載された実施例1の化合物であるMoO2Cl2に関連するXRDデータは明示されていないから、本件特許発明1の特定事項である「12.94、23.64、26.10、39.50、及び/又は40.28±0.04度の2θに1つ又は複数のピークを有する粉末XRDパターンを示す」ことを導き出すことはできず、また、図5の実験的X線粉末回折のプロットが実施例1で得られたものと同一であるか導き出すことはできない。つまり、本件特許発明1の化合物は、本件明細書に開示された製造方法によって製造することができたものとはいえない。 したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから、本件特許の請求項1に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 (3)申立理由3(サポート要件) 本件特許発明1は、本願の出願日前に周知の製造方法によって得られた化合物を包含しているので、本件特許発明1が解決しようとする課題を解決し得るものとして本件明細書に開示された化合物と同等のものであるとはいえず、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 (4)申立理由4(明確性) 本件特許発明1は、本願の出願日前に周知の製造方法によって得られた化合物を包含しているので、本件請求項1の記載は、本件特許発明1が解決しようとする課題を解決し得るものとして本件明細書に開示された製造方法により得られる化合物を明確に記載したものとはいえない。 したがって、本件特許の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえず、特許法第36条第6項第2号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 <証拠方法> 甲第1号証:佐伯雄造、外2名、モリブデンおよびその化合物の塩素化、電気化学、第33巻、昭和40年、p151〜155 (以下、甲第1号証を「甲1」という。) 第4 当審の判断 上記申立理由1〜4はいずれも採用できない。その理由は下記1〜5に記載のとおりである。 1 甲1の記載及び甲1に記載された発明並びに特許異議申立書の別紙の記載 (1)甲1の記載 ア 甲1には、「モリブデンおよびその化合物の塩素化」(論文の表題)に関して、次の記載がある。 (1ア)「 」 (151頁左欄下から15〜11行) (1イ)「 」 (151頁左欄下から10〜5行) (1ウ)「 」 (151頁左欄下から4行〜152頁左欄2行) (1エ)「 」 (152頁左欄下から3行〜右欄12行) (1オ)「 」 (153頁右欄12行〜154頁左欄2行) (1カ)「 」 (153頁右欄下) イ 甲1に記載された発明 (ア)上記ア(1ア)によれば、甲1では、三酸化モリブデンと塩素ガスの反応過程を熱てんびん法により追求し、さらにこの結果に基づいて小規模で塩素化実験を行い、塩素化反応の詳細を調べた結果が報告されている。 (イ)上記ア(1イ)によれば、実験に使用した三酸化モリブデンは、特級モリブデン酸アンモニウム(東京タングステン(株)製)を600℃で加熱して得られたものを、−150メッシュの粒径にそろえたものである。 (ウ)上記ア(1ウ)によれば、熱てんびん法とは、原料を石英製るつぼにとり、装置にセットし、反応管内の空気をアルゴンガスで置換し、さらにこのアルゴンガスを乾燥窒素で置換した後に、乾燥塩素ガスを300cc/minの割合で絶えず通じながら、電気炉の温度を約3℃/minの割合で上昇させ、各温度ごとに反応による重量変化を測定する方法のことであり、熱てんびん法による実験の結果、原料が三酸化モリブデンの場合には、反応開始温度が約420℃であることがわかった。 (エ)上記ア(1エ)、ア(1オ)によれば、上記(ウ)の実験結果に基づき、三酸化モリブデンと塩素ガスの反応についてさらに詳細に調べるにあたり、まず好適塩素ガス流量を調べる実験から始められており、この実験は小型塩素化炉において行われたものである。上記ア(1エ)によれば、上記小型塩素化炉における実験では、まず所定量の試料を反応管中央部にそう入し、反応管内の空気をアルゴンガスで十分に置換し、次に電気炉加熱により反応管を所定温度に保持し、これに乾燥塩素ガスを所定流量で通じながら所定時間塩素化が行われた。 (オ)上記ア(1オ)によれば、上記(エ)の実験の結果、好適塩素ガス流量が350cc/minであることがわかったので、三酸化モリブデンと塩素ガスの反応において、塩素ガスの流量を350cc/minとし、反応開始温度が約420℃であることを考慮して、550、600、650、700℃等の温度において所定時間塩素化を行うと、図8に示されるように、約600℃以上の温度で反応が顕著に進行した。600及び700℃における反応生成物を化学分析した結果、二オキシ二塩化モリブデンが生成していた(なお、650℃における反応生成物も二オキシ二塩化モリブデンであると推認される。)。また、600℃で生成した上記二オキシ二塩化モリブデンは、黄白色をしており、Mo含有率が48.1%、Cl含有率が35.2%であり、700℃で生成した上記二オキシ二塩化モリブデンは、黄白色をしており、Mo含有率が48.0%、Cl含有率が35.3%である。 (カ)上記ア(1カ)の図8によれば、三酸化モリブデンと塩素ガスの反応は、550、600、650、700℃等の温度において、15分〜60分程度もしくはそれ以上の所定時間で行われた。 (キ)以上、小型塩素化炉内で三酸化モリブデンと塩素ガスを反応させて得られる二オキシ二塩化モリブデンであって、特に、600℃と650℃と700℃で生成したものについて注目すると、甲1には、次の二オキシ二塩化モリブデンの発明が記載されているものと認められる。 「特級モリブデン酸アンモニウム(東京タングステン(株)製)を600℃で加熱して得られたものを、−150メッシュの粒径にそろえた三酸化モリブデンを原料とし、 上記原料の所定量を小型塩素化炉の反応管中央部にそう入し、 反応管内の空気をアルゴンガスで十分に置換し、 電気炉加熱により反応管を所定温度である、600℃、650℃又は700℃に保持し、 これに乾燥塩素ガスを350cc/minの所定流量で通じながら15分〜60分程度もしくはそれ以上の所定時間塩素化を行うことにより、上記三酸化モリブデンと上記塩素ガスを反応させることによって得られた、二オキシ二塩化モリブデンであって、 600℃で生成した上記二オキシ二塩化モリブデンは、黄白色をしており、Mo含有率が48.1%、Cl含有率が35.2%であり、 700℃で生成した上記二オキシ二塩化モリブデンは、黄白色をしており、Mo含有率が48.0%、Cl含有率が35.3%である、 二オキシ二塩化モリブデン。」(以下「甲1発明」という。) (2)特許異議申立書の別紙の記載 ア 特許異議申立書の別紙には、「モリブデンおよびその化合物の塩素化(以下、塩素化文献)のトレース試験」(別紙の標題)に関して、次の記載がある。 (2ア)「 試験方法 30gの三酸化モリブデンを反応器中央部に挿入し、反応器内の空気をN2ガスで十分に置換する。その後、反応器を650℃に維持し、塩素ガスを350 cc/minで通じながら25分間塩素化した後、N2ガスに切り替え、捕集された反応生成物を回収した。反応生成物の取り扱いは常にN2グローブボックス中で行った。回収した反応生成物は、粉末XRDパターンを3回測定し、特許第7346700号「オキシハロゲン化物前駆体」の【請求項1】に記載のピークと比較した。」 (2イ)「 表1 試験条件比較 ※反応に関与しない不活性ガスはN2により代替」 (2ウ)「 表2 XRD測定条件 」 (2エ)「 試験結果 測定した粉末XRDパターンのピーク位置と特許第7346700号記載のピーク位置の比較を表3に示す。いずれの測定においても12.94、23.64、26.10、39.50、及び40.28度付近の2θにピークが存在した。さらに、いずれの測定においても12.94、23.64、26.10、39.50及び/又は40.28±0.04度の2θに1つ又は複数のピークを有していた。」 (2オ)「 表3 塩素化文献トレース試験と特許第7346700号記載のピーク位置比較 色付き箇所は、特許第7346700号「オキシハロゲン化物前駆体」の【請求項1】に記載のピーク範囲に含まれるピークを示す。」 2 申立理由1(甲1を主引例とする新規性・進歩性)について (1)本件特許発明1と甲1発明との対比 ア 甲1発明の「二オキシ二塩化モリブデン」は、本件特許発明1の「式MoO2Cl2を有する」「化合物」に相当する。 イ 甲1には、「二オキシ二塩化モリブデン」の結晶形態について何ら記載されていないので、その結晶形態は不明である。 ウ 以上の検討によれば、本件特許発明1と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。 (一致点) 「式MoO2Cl2を有する化合物。」の点。 (相違点1) 「式MoO2Cl2を有する化合物」が、本件特許発明1では「12.94、23.64、26.10、39.50、及び/又は40.28±0.04度の2θに1つ又は複数のピークを有する粉末XRDパターンを示す」ような「結晶形態」であるのに対して、甲1発明ではそのような結晶形態であるか不明である点。 (2)相違点1についての検討 ア 相違点1が実質的な相違点であることについて 甲1には、二オキシ二塩化モリブデンの結晶形態について記載されておらず、どのような結晶形態であるか不明である。 また、甲1の製造方法によって製造された二オキシ二塩化モリブデンの結晶形態が、相違点1に係る本件特許発明1の結晶形態であることが技術常識によって明らかであるともいえない。 したがって、相違点1は実質的な相違点である。 よって、本件特許発明1は甲1に記載された発明であるとはいえない。 イ 相違点1の容易想到性について 甲1において、甲1発明の二オキシ二塩化モリブデンの結晶形態を相違点1に係る本件特許発明1の結晶形態とするための動機付けとなる記載を見出すことはできない。 また、二オキシ二塩化モリブデンをそのような結晶形態にすることについて記載された証拠は提出されておらず、またそのようなことが技術常識であるともいえない。 したがって、甲1発明において、相違点1に係る本件特許発明1の特定事項とすることが、当業者にとって容易になし得たことであるということはできない。 よって、本件特許発明1は甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。 ウ 相違点1についての申立人の主張 上記相違点1について、申立人は、特許異議申立書の別紙として「モリブデンおよびその化合物の塩素化(以下、塩素化文献)のトレース試験」の標題が付された実験成績証明書(以下、単に「実験成績証明書」という。)を提出し、要するに、甲1に記載された二オキシ二塩化モリブデンの製造方法を再現したトレース試験によって得られた反応生成物について粉末XRDパターンを測定すると、そのピーク位置は表3に示されたとおりであるから、甲1発明のうち、650℃で生成した二オキシ二塩化モリブデンは、相違点1に係る本件特許発明1の特徴を備えたものであるということができ、したがって、本件特許発明1は甲1に記載された発明であるか、甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであると主張している。 そこで、申立人の上記主張について検討する。 エ 実験成績証明書について 申立人が提出した実験成績証明書には、実験日、実験場所、実験者名が記載されておらず、真正に成立した書証であるとは認められないから、上記実験成績証明書を証拠として採用することができない。 また、仮に、上記実験成績証明書が真正に成立した書証であると認められたとしても、以下の理由によって、上記実験成績証明書に記載されたトレース試験が、甲1発明の二オキシ二塩化モリブデンの製造方法を適切に再現しているものであると認めることができない。 (ア)甲1発明において原料として使用された三酸化モリブデンは、特級モリブデン酸アンモニウム(東京タングステン(株)製)を600℃で加熱して得られたものを、−150メッシュの粒径にそろえたものであるが、上記1(2)(2ア)の試験方法によれば、使用された三酸化モリブデンがどのように製造されたものであるか記載されていないため、同じ原料を使用しているとはいえない。 (イ)甲1発明では、反応管内の空気をアルゴンガスで置換した後、乾燥塩素ガスを通じているが、上記1(2)(2ア)の試験方法では、N2ガスで置換した後、塩素ガスを通じている。したがって、両者において、置換ガスの種類が異なっており(その合理的な理由も不明である。)、また、上記1(2)(2ア)の試験方法では塩素ガスが乾燥したものであるか不明であるから、製造条件が同じであるとはいえない。 (ウ)甲1発明では、得られた二オキシ二塩化モリブデンについて、その色とMo含有率とCl含有率が調べられており、650℃で生成した二オキシ二塩化モリブデンも、600及び700℃で生成したものと同様、黄白色をしており、Mo含有率が48%程度、Cl含有率が35%程度であると考えられるが、上記1(2)(2ア)の試験方法によって得られた反応生成物(650℃で生成した二オキシ二塩化モリブデン)について色と上記含有率が調べられていないため、両者で同じ反応生成物が得られていることを確認することができない。 (エ)実験成績証明書の上記1(2)(2エ)の表3には、試験結果として粉末XRDパターンのピーク位置が記載されているが、当該粉末XRDパターン(θ−2θプロファイル)が掲載されていないため、表3のピークが実際に得られたものであることを確認することができない。 以上、(ア)〜(エ)の理由によって、上記実験成績証明書に記載されたトレース試験が、甲1発明の二オキシ二塩化モリブデンの製造方法を適切に再現していると認めることができないから、上記ウの申立人の主張を採用することができない。 (3)小括 以上のとおりであるから、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるとはいえず、また、甲1発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。 したがって、申立理由1によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 3 申立理由2(実施可能要件) 本件特許発明1は「化合物」という物の発明である。物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する実施可能要件に適合するか否かは、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤をすることなく、その物を製造し、使用することができる程度に、発明の詳細な説明が明確かつ十分に記載されているか否かを検討して判断すべきであるところ、以下、上記観点に立って検討する(平成26年(行ケ)第10254号の第65頁、4(1)参照。)。 具体的には、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例1の合成方法によって、本件特許発明1の化合物が製造可能であるといえるかについて以下検討する。 (1)本件明細書には次の記載がある(下線は当審が付した。また、「…」は記載の省略を表す。)。 「【実施例】 【0028】 実施例1.MoO2Cl2の合成 塩化リチウム及び塩化カリウムの混合物(44/56重量)を、ステンレス鋼アンプル中でMO3と合わせ、減圧下(20mTorr)で排気した。アンプルを管状炉内で475℃に加熱した。得られたMoO2Cl2蒸気を、丸底フラスコを備えたショートパス管(short−path tube)を介して回収した。FTIR及びSTA分析は、MoO2Cl2の合成を支持した。 表1.4(記載した方法を使用して合成したMoO2Cl2に関するICP−MSデータ。データは百万分率(ppm)で報告した。) …(表1は省略)… 【0029】 表2 MoO2Cl2の結晶データ及び構造精密化 識別コード NB00657 実験式 Cl2MoO2 式量 198.84 温度 100.0K 波長 0.71073Å 結晶系 斜方晶系 空間群 Cmc21 単位格子寸法 a=13.552(5)Å α=90°である。 b=5.456(2)Å β=90°である。 c=5.508(2)Å γ=90°である。 … 【0030】 表3.MoO2Cl2の結合長[Å]及び角度[°]。 …(表3は省略)… …(表4は省略)… 【0031】 表4は、PXRDデータをモデル化及びシミュレートするための市販のソフトウェアを使用した、単位格子(MoO2Cl2結晶構造)を使用してシミュレートされた粉末X線回折(PXRD)スペクトルである。」 (2)本件明細書の段落【0028】には、実施例1のMoO2Cl2の合成方法が記載されているとともに、表1として、「記載した方法を使用して合成したMoO2Cl2に関するICP−MSデータ」が記載されている。また、同段落【0029】には、表2として、「MoO2Cl2の結晶データ及び構造精密化」が記載されており、単位格子寸法について「a=13.552(5)Å」、「b=5.456(2)Å」、「c=5.508(2)Å」であることが記載されている。さらに、同段落【0030】には、表3として、「MoO2Cl2の結晶長[Å]及び角度[°]」が記載されており、同段落【0031】には、表4が、「単位格子(MoO2Cl2結晶構造)を使用してシミュレートされた粉末X線回折(PXRD)スペクトルである」と説明されている。 (3)ここで、上記表1の「記載した方法を使用して合成したMoO2Cl2」とは、当該記載の直前に記載された実施例1の合成方法によって合成したMoO2Cl2であることを意味するものと認められる。また、上記表2及び表3においても、実施例1の測定結果のデータを表す表1に引き続いて記載されていることから、実施例1の合成方法によって合成したMoO2Cl2の測定結果が記載されているものと認められる。 表4については、次にその一部抜粋を掲載して、詳細に検討する。 「 」 表4には、上から3つ目の欄に「CELL:13.552×5.456×5.508<90.0×90.0×90.0>」と記載されており、これらの数値は、表2の結晶データに記載された単位格子寸法と全く同じ数値であることが確認できるから、表2に記載された単位格子の寸法をパラメータとして、表4のシミュレーションが行われたことが理解できる。そして、表2の上記単位格子寸法は、上述のとおり、実施例1の合成方法によって合成された化合物MoO2Cl2のデータであるから、表4の粉末X線回折スペクトルの各数値は、実施例1の化合物から測定された単位格子の寸法を使用してシミュレーションした結果得られたものであると認められる。 (4)さらに、本件明細書の段落【0006】には、本願の図5について、「得られたMoO2Cl2単位格子パラメータを使用して計算されたスペクトル(黒線)と比較した、MoO2Cl2結晶の実験的X線粉末回折のプロットである。」と記載されており、図5の二つのピーク位置に記載された「6.776Å」及び「3.7268Å」との数値は、上記(3)において一部抜粋を掲載した表4のうち、ピーク♯1と♯3の「d(Å)」の値と同じ値である。 そうすると、図5において、「計算されたスペクトル(黒線)」(以下、「黒線」という。)は、表4のシミュレーションによって得られたピーク位置が表示されているものであり、多数の連続したピークが連なる折れ線(以下、「折れ線」という。)は、実施例1の合成方法によって合成したMoO2Cl2のX線粉末回折のプロットが表示されているものであると認められる。 (5)そこで、図5において、d=6.776Åのピーク#1及びd=3.7268のピーク#3のそれぞれに対応する、実施例1の合成方法によって合成したMoO2Cl2のピークを「第1ピーク」及び「第3ピーク」と呼ぶこととし、図5からの読み取りにより第3ピークの回折角度2θを算出する。次の参考図は、本願の図5の一部を拡大した図であり、Wordの機能を用いて必要な図形や矢印等を挿入したものである。 (参考図) 上記参考図において、横軸の値である「8.84」及び「4.44」について、図5に「d−scale(Å)」と記載されているところ、当該dとは、技術常識を参酌するとブラッグ反射における隣接格子間隔dを表しているものと認められる。 ここで、周知のブラッグの反射条件の式 2dsinθ=nλ を用いると、表4の値から入射X線の波長λを求めることができる。n=1のときを考えれば良いから、例えば、♯1の2θとdの値を用いると、 λ=2dsinθ=2dsin(2θ/2) =2×6.776×sin(13.055°/2)=1.540Å と求めることができる。なお、この値から、X線回折で使用したX線がCuのKα線(λ=1.5418Å)であることが理解できる。また、#2など他のピークの値を用いても同じλの値が求まる。 上記ブラックの反射条件の式を変形すると、 2θ=2×arcsin(λ/2d) であるから、当該式と上記λの値を用いると、参考図におけるd=8.84Å、d=4.44Åに対応する2θの値を次のとおり算出することができる。 d=8.84のとき2θ=10°(これを2θ(8.84)=10と記載する。) d=4.44のとき2θ=20°(これを2θ(4.44)=20と記載する。) したがって、上記参考図(図5)において、横軸の8.84は2θ=10°の位置であり、同4.44は2θ=20°の位置であることがわかる。 参考図において、横軸2θの10°と20°の位置がわかったので、第3ピークの位置を直接読み取ることができる。 参考図の横軸8.84の位置が10°で横軸4.44の位置が20°であるから、 横軸8.84からピーク#1までの長さをL1 横軸8.84から4.44までの長さをL2 横軸8.84から第3ピークまでの長さをL3 横軸8.84からピーク#3までの長さをL4 とすると、第3ピークの2θの値(以下、「2θ(第3ピーク)」という。)は、参考図からL1〜L4の長さを測定して、比例配分することにより求めることができる。実際に測定したL1〜L4の長さL4の長さは次のとおりである(下記L1等の数値は、Wordの挿入図形のサイズの表示機能によって求めたものである。)。 L1= 23.81mm L2= 78.85mm L3=107.69mm L4=109.54mm したがって、2θ(第3ピーク)は次のように求めることができる。 2θ(第3ピーク)=2θ(8.84)+(2θ(4.44)−2θ(8.84))×L3/L2 =10+10×107.69/78.85 =23.657° 以上の計算から、実施例1のMoO2Cl2は2θ=23.657°にピークを有することがわかるが、当該ピークは、本件特許発明1の「12.94、23.64、26.10、39.50、及び/又は40.28±0.04度の2θ」のうち、23.64±0.04、すなわち、23.60〜23.68の範囲のピークに該当するものである。 したがって、粉末X線回折(PXRD)スペクトルが図5で表される実施例1のMoO2Cl2は、本件特許発明1の具体例であるということができる。 なお、上記2θの算出方法が妥当な方法であることを確認するため、L1の長さからピーク#1の2θを求める。 2θ(ピーク#1)=2θ(8.84)+(2θ(4.44)−2θ(8.84))×L1/L2 =10+10×23.81/78.85 =13.019° この値は表4の#1の2θ=13.055°と0.036°の誤差の範囲に収まっている。 (6)以上の検討によれば、本件特許発明1の化合物は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例1の合成方法によって製造可能であるといえるから、本件明細書の発明の詳細な説明が、当業者が本件特許発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえる。 よって、申立理由2によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 4 申立理由3(サポート要件)について 本件明細書には次の記載がある。 「【0025】 別の実施形態では、MoO2Cl2の結晶形態は、12.94、23.64、26.10、39.50、及び/又は40.28±0.04度の2θに1つ以上のピークを有する粉末XRDパターンを示す。さらなる実施形態では、MoO2Cl2の結晶形態は、図5に示す粉末XRDパターンを有する。別の実施形態では、結晶性MoO2Cl2は、表4に列挙された単結晶単位格子パラメータから決定される1つ以上のピークを有する粉末XRDパターンを有する。」 ここで、上記の「12.94、23.64、26.10、39.50、及び/又は40.28±0.04度の2θに1つ以上のピークを有する粉末XRDパターンを示す」ような「結晶形態」の「MoO2Cl2」は、上記3で検討したように、上記の「図5に示す粉末XRDパターンを有する」、実施例1の合成方法で製造された化合物である。 したがって、本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。 よって、申立理由3によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 5 申立理由4(明確性)について 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は、全ての記載事項について不明確な点を見出すことができず、特許を受けようとする発明が明確であるから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。 よって、申立理由4によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 第5 結び 以上のとおりであるから、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2024-06-14 |
出願番号 | P2022-501223 |
審決分類 |
P
1
652・
537-
Y
(C01G)
P 1 652・ 121- Y (C01G) P 1 652・ 536- Y (C01G) P 1 652・ 113- Y (C01G) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
井上 猛 |
特許庁審判官 |
池渕 立 佐藤 陽一 |
登録日 | 2023-09-08 |
登録番号 | 7346700 |
権利者 | インテグリス・インコーポレーテッド |
発明の名称 | オキシハロゲン化物前駆体 |
代理人 | 山本 修 |
代理人 | 園田・小林弁理士法人 |