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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08F
審判 全部申し立て 特29条の2  C08F
管理番号 1413317
総通号数 32 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-08-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2023-07-27 
確定日 2024-05-31 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第7217146号発明「新規エマルション及びこのエマルションを用いた塗料用組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7217146号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−20〕について訂正することを認める。 特許第7217146号の請求項1ないし20に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7217146号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし20に係る特許についての出願は、平成30年12月27日を出願日とする特願2018−246310号であって、令和5年1月25日にその特許権の設定登録(請求項の数20)がされ、同年2月2日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年7月27日に特許異議申立人 高橋 和秀(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし20)がされたものである。その後の手続きは以下のとおり。
令和5年11月30日付け 取消理由通知
令和6年 2月 8日 訂正請求、意見書の提出
同年 同月15日付け 訂正請求があった旨の通知
同年 同月29日 上申書(申立人)の提出
同年 3月21日 意見書(申立人)の提出

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和6年2月8日付けの訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)ないし(3)のとおりである。なお、下線は当審で付与した。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が10〜90質量%である、エマルション。
【化1】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜 1000を示す。)
【化2】

【化3】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)」と記載されているのを、
「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が25〜90質量%である、エマルション。
【化1】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化2】

【化3】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)」
に訂正する。

(2)訂正事頃2
特許請求の範囲の請求項2に、
「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレートを含み、水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、エマルション。
【化4】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化5】

【化6】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)」と記載されているのを、
「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレートを含み、水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、エマルション。
【化4】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化5】

【化6】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)」に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項7に、
「(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃である請求項1〜6のいずれかに記載のエマルション。」と記載されているのを、
「水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜10質量部である請求項2記載のエマルション。」
に訂正する。

2 一群の請求項について
訂正前の請求項3ないし6、10ないし20は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項1、3ないし6、10ないし20に対応する訂正後の請求項1、3ないし6、10ないし20は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
また、訂正前の請求項3ないし12、14ないし20は、請求項2を直接又は間接的に引用するものであり、訂正事項2によって記載が訂正される請求項2に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項2ないし12、14ないし20に対応する訂正後の請求項2ないし12、14ないし20は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
そして、上記各一群の請求項は、共通する請求項3ないし6及び14ないし20を有しているため、これらの一群の請求項が組み合わされて、請求項1ないし20が一群の請求項を構成する。
よって、訂正前の請求項1ないし20に対応する訂正後の請求項1ないし20は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1による訂正について
訂正事項1による請求項1についての訂正は、「(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃」であるものに限定すると共に、「2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合の下限値を「10質量%」から「25質量%」に変更して数値範囲を狭めるものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、「(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃」とする訂正事項は、訂正前の特許請求の範囲の請求項7及び本件特許明細書の段落【0120】に記載されており、「2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が25〜90質量%」とする訂正事項は、本件特許明細書の段落【0068】に記載されていることから、本件特許の明細書、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内のものであり、また、特許請求の範囲の減縮を目的とすることからみて、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2による訂正について
訂正事項2による請求項2についての訂正は、「(メタ)アクリル系ポリマー」について、「ガラス転移温度が−40〜80℃」であるものに限定するものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
そして、当該訂正事項は、訂正前の特許請求の範囲の請求項7及び本件特許明細書の段落【0120】に記載されていることから、本件特許の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、また、特許請求の範囲の減縮を目的とすることからみて、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項3による訂正について
訂正事項3による請求項7についての訂正は、引用する「請求項1〜6」を「請求項2」に限定すると共に、請求項2で特定されていた「脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対」する「水酸基含有(メタ)アクリレートの割合」の上限値を「20質量部」から「10質量部」と数値範囲を狭めるものであるから、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また、訂正事項3による請求項7についての訂正は、訂正事項2により、請求項7が引用する請求項2において、「(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃である」ことが発明特定事項とされたことに伴い、「(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃」である記載を削除して整合を図るものであるから、「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものである。
そして、上記「10質量部」とすることについて、本件特許明細書の段落【0079】に記載されていることから、当該訂正事項は、本件特許の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、また、特許請求の範囲の減縮を目的とすることからみて、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

4 本件訂正後の独立特許要件について
特許異議の申立ては、訂正前の請求項1ないし20に対してされているので、当該請求項における訂正を認める要件として、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する独立特許要件は課されない。

5 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件訂正は適法なものであり、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−20〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2で示したとおり、本件訂正は認められるため、本件特許の請求項1ないし20に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいい、本件特許発明1ないし20を総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1ないし20に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。なお、下線は当審で付与した。
「【請求項1】
芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が25〜90質量%である、エマルション。
【化1】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化2】

【化3】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)
【請求項2】
芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレートを含み、水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、エマルション。
【化4】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化5】

【化6】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)
【請求項3】
重合成分が、さらに、脂環族基を有する単量体及び芳香族基を有する単量体から選択される1種以上の単量体を含む請求項1又は2に記載のエマルション。
【請求項4】
反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.5〜10質量%である請求項1〜3のいずれかに記載のエマルション。
【請求項5】
反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%である請求項1〜4のいずれかに記載のエマルション。
【請求項6】
反応性乳化剤(A)以外の乳化剤の割合が、重合成分全体に対して5質量%以下である請求項1〜5のいずれかに記載のエマルション。
【請求項7】
水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜10質量部である請求項2記載のエマルション。
【請求項8】
重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含む請求項2〜7のいずれかに記載のエマルション。
【請求項9】
重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が10〜90質量%である、請求項2〜7のいずれかに記載のエマルション。
【請求項10】
重合成分が、さらに、脂環族系単量体を含み、重合成分全体における脂環族系単量体の割合が5〜80質量%である、請求項1〜9のいずれかに記載のエマルション。
【請求項11】
重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び脂環族系単量体を含み、これらの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート/脂環族系単量体(質量比)=95/5〜5/95である、請求項1〜10のいずれかに記載のエマルション。
【請求項12】
重合成分が、水酸基含有(メタ)アクリレートを重合成分全体の0.1〜20質量%の割合で含む、請求項1〜11のいずれかに記載のエマルション。
【請求項13】
重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレートを含み、水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、請求項1、3〜12のいずれかに記載のエマルション。
【請求項14】
重合成分が、さらに、芳香族系単量体を含み、重合成分全体における芳香族系単量体の割合が0.1〜50質量%である、請求項1〜13のいずれかに記載のエマルション。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれかに記載のエマルション及びウレタン会合型増粘剤を含む塗料用組成物。
【請求項16】
(メタ)アクリル系ポリマー:ウレタン会合型増粘剤の質量比が、100:0.01〜100:1である、請求項15記載の組成物。
【請求項17】
請求項1〜14のいずれかに記載のエマルション又は請求項15〜16のいずれかに記載の組成物を含む塗料。
【請求項18】
請求項17に記載の塗料で形成された塗膜。
【請求項19】
請求項18に記載の塗膜を有する建築物。
【請求項20】
請求項18に記載の塗膜を有する建材。」

第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由、証拠方法等及び取消理由通知の概要
1 申立人が提出した特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和5年7月27日に申立人が提出した特許異議申立書(以下、「申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。
(1)申立理由1(甲第1号証に基づく進歩性
本件特許の請求項1ないし20に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という 。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)申立理由2(甲第2号証に基づく進歩性
本件特許の請求項1ないし20に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第2号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(3)申立理由3(甲第3号証に基づく進歩性
本件特許の請求項1ないし18に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第3号証に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(4)申立理由4(甲第9号証に基づく拡大先願)
本件特許の請求項1、4ないし11、14、17及び18に係る発明は、本件特許出願の日前の特許出願であって、本件特許出願後に出願公開がされた下記の甲第9号証に示される出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許出願の発明者が本件特許出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、本件特許の上記請求項に係る特許は、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

2 証拠方法
甲第1号証:国際公開第2012/014761号
甲第2号証:国際公開第2008/102816号
甲第3号証:国際公開第2014/157406号
甲第4号証:国際公開第2013/108588号
甲第5号証:特開2013−82809号公報
甲第6号証:国際公開第2016/076116号
甲第7号証:New Reactive Surfactants for Emulsion Polymerization, Part 3 (http://www.pcimag.com/articles/98839−new−reactive−surfactants−for−emulsion−polymerization−part−3)
甲第8号証:Technical Information B−RI 18 OPTIFLO 水系配合用の水溶性会合型シックナ−(https://www.tetsutani.co.jp/wp−content/uploads/2015/12/33.pdf)
甲第9号証:特願2018−228982号(特開2020−90619号公報)
以下、「甲第1号証」等を、順に「甲1」等という。

3 取消理由通知に記載した取消理由の概要
当審が令和5年11月30日付けで特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。
(1)取消理由1(甲2に基づく進歩性
本件特許の請求項1ないし20に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲2に記載された発明に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
(2)取消理由2(甲9に基づく拡大先願)
本件特許の請求項1、3ないし6、8ないし10、12、14、17及び18に係る発明は、本件特許の出願の出願前の特許出願であって、その出願後に公開がされた甲9として示される出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下、「先願明細書」という。)に記載された発明と同一であり、しかも、この出願の発明者がその出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、またこの出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないので、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

第5 当審の判断
以下に述べるように、当審が通知した取消理由通知に記載した取消理由、及び、申立書に記載された申立理由によっては、本件特許発明1ないし20に係る特許は取り消すことはできない。

1 本件特許発明の技術的意義
本件特許発明は、本件特許明細書の段落【0006】及び【0007】等からみて、「耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れる(増粘応答性を改善又は向上しうる)エマルションを提供しうる」ことを課題とするものと認められる。
そして、本件特許発明1及び2は、「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される(当審注:構造式は省略する。)反応性乳化剤を含み」、「反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%」であることを発明特定事項とするものである。
本件特許明細書の段落【0014】及び【0015】には、上記課題に対応した、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れる(増粘応答性を改善又は向上しうる)エマルションを提供しうる効果を奏することが記載されている。
そこで、本件特許明細書の【実施例】を見てみると、上記発明特定事項を備える実施例1〜9は、「没水後の塗膜強度」の試験結果が、「◎:僅かに傷が付くが浮きや剥れが見られない。」か「○:僅かに傷が付くが浮きや剥れが一部発生。」となり、優れた耐水性となっているのに対し、上記発明特定事項を備えない比較例、参考例、実施例10は、「×:浮きや剥れが発生。」となり、良好な耐水性が確保できていない。また、上記発明特定事項を備えない比較例、参考例は、「増粘応答性」の試験結果が「3.0〜3.5g」であるのに対し、上記発明特定事項を備える実施例1〜9は、「増粘応答性」の試験結果が「1.5gか1.6g」と比較例、参考例の半分の値となっていることから、「増粘応答性」に優れることが理解できる。
そうすると、本件特許発明1及び2は、上記発明特定事項を備えることにより、「耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能」とする技術的意義を有するものといえる。

2 取消理由通知に記載した取消理由について
申立理由2(甲2に基づく進歩性)は、取消理由1(甲2に基づく進歩性)と証拠を同じくするものであるから、取消理由1と併せて検討する。また、申立理由4(甲9に基づく拡大先願)は、取消理由2(甲9に基づく拡大先願)と証拠を同じくするものであるから、取消理由2と併せて検討する。
(1)取消理由1(甲2に基づく進歩性)及び申立理由2(甲2に基づく進歩性)について
引用発明の認定
甲2の製造例A10で得られた「(メタ)アクリルエマルション(A10)」に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「滴下ロ−ト、攪拌機、窒素導入管、温度計、及び、還流冷却管を備えたフラスコに、脱イオン水を仕込み、滴下ロ−トに、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)、メチルメタクリレ−ト13重量部、スチレン15重量部、タ−シャリ−ブチルメタクリレ−ト20重量部、アクリル酸2重量部からなる一段目のプレエマルションを調整し、そのうち全重合性単量体成分の総量の10%をフラスコに添加し、ゆるやかに窒素ガスを吹き込みながら80℃まで昇温し、過硫酸アンモニウムの5%水溶液を添加して重合を開始しその後、一段目のプレエマルションの残部を120分にわたり均一に滴下し、滴下終了後、同温度で60分間維持し、一段目の重合を終了し、次に25%アンモニア水を添加し、系のpHが6以上になったことを確認し、引き続いて、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)(一段目と二段目の合計3重量部)、2−エチルへキシルアクリレ−ト22重量部、メチルメタクリレ−ト12重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト10重量部、2−イソプロペニル−2−オキサゾリン(IPO)5重量部、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン(TMSMA)1重量部からなる二段目のプレエマルションを120分間にわたって均一に滴下し、滴下終了後、同温度で180分間維持して重合を終了して得られた、重合体のTgが45℃の(メタ)アクリルエマルション。」(以下、「甲2A10発明」という。)

甲2の製造例A11で得られた「(メタ)アクリルエマルション(A11)」に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「滴下ロ−ト、攪拌機、窒素導入管、温度計、及び、還流冷却管を備えたフラスコに、脱イオン水を仕込み、滴下ロ−トに、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)、メチルメタクリレ−ト18重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト30重量部、アクリル酸2重量部からなる一段目のプレエマルションを調整し、そのうち全重合性単量体成分の総量の10%をフラスコに添加し、ゆるやかに窒素ガスを吹き込みながら80℃まで昇温し、過硫酸アンモニウムの5%水溶液を添加して重合を開始しその後、一段目のプレエマルションの残部を120分にわたり均一に滴下し、滴下終了後、同温度で60分間維持し、一段目の重合を終了し、次に25%アンモニア水を添加し、系のpHが6以上になったことを確認し、引き続いて、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)(一段目と二段目の合計3重量部)、2−エチルへキシルアクリレ−ト18重量部、メチルメタクリレ−ト4重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト20重量部、IPO5重量部、2−[2’−ヒドロキシ−5’−メタクリロイルオキシエチルフェニル]−2H−ベンゾトリアゾール(RUVA)1重量部、4−メタクリロイルオキシ−1,2,2,6,6−ペンタメチルピペリジン(HALS)1重量部、TMSMA1重量部からなる二段目のプレエマルションを120分間にわたって均一に滴下し、滴下終了後、同温度で180分間維持して重合を終了して得られた、重合体のTgが45℃の(メタ)アクリルエマルション。」(以下、「甲2A11発明」という。)

甲2の製造例A12で得られた「(メタ)アクリルエマルション(A12)」に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「滴下ロ−ト、攪拌機、窒素導入管、温度計、及び、還流冷却管を備えたフラスコに、脱イオン水を仕込み、滴下ロ−トに、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)、2−エチルへキシルアクリレ−ト4重量部、メチルメタクリレ−ト29重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト15重量部、アクリル酸2重量部からなる一段目のプレエマルションを調整し、そのうち全重合性単量体成分の総量の10%をフラスコに添加し、ゆるやかに窒素ガスを吹き込みながら80℃まで昇温し、過硫酸アンモニウムの5%水溶液を添加して重合を開始しその後、一段目のプレエマルションの残部を120分にわたり均一に滴下し、滴下終了後、同温度で60.分間維持し、一段目の重合を終了し、次に25%アンモニア水を添加し、系のpHが6以上になったことを確認し、引き続いて、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)(一段目と二段目の合計3重量部)、2−エチルへキシルアクリレ−ト33重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト10重量部、IPO25重量部、HALS1重量部、TMSMA1重量部からなる二段目のプレエマルションを120分間にわたって均一に滴下し、滴下終了後、同温度で180分間維持して重合を終了して得られた、重合体のTgが10℃の(メタ)アクリルエマルション。」(以下、「甲2A12発明」という。)

甲2の製造例A13で得られた「(メタ)アクリルエマルション(A13)」に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「滴下ロ−ト、攪拌機、窒素導入管、温度計、及び、還流冷却管を備えたフラスコに、脱イオン水を仕込み、滴下ロ−トに、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)、メチルメタクリレ−ト33重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト15重量部、アクリル酸2重量部からなる一段目のプレエマルションを調整し、そのうち全重合性単量体成分の総量の10%をフラスコに添加し、ゆるやかに窒素ガスを吹き込みながら80℃まで昇温し、過硫酸アンモニウムの5%水溶液を添加して重合を開始しその後、一段目のプレエマルションの残部を120分にわたり均一に滴下し、滴下終了後、同温度で60分間維持し、一段目の重合を終了し、次に25%アンモニア水を添加し、系のpHが6以上になったことを確認し、引き続いて、脱イオン水、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)(一段目と二段目の合計3重量部)、2−エチルへキシルアクリレ−ト11重量部、メチルメタクリレ−ト12重量部、シクロヘキシルメタクリレ−ト20重量部、IPO5重量部、HALS1重量部、TMSMA1重量部からなる二段目のプレエマルションを120分間にわたって均一に滴下し、滴下終了後、同温度で180分間維持して重合を終了して得られた、重合体のTgが65℃の(メタ)アクリルエマルション。」(以下、「甲2A13発明」という。)

イ 対比・判断
(ア)本件特許発明1について
a 甲2A10発明との対比
本件特許発明1と甲2A10発明とを対比する。
甲2A10発明の「乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)」は、甲2の段落【0068】から、「アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩」であり、アリル基なる反応性基を有するものであるから、本件特許発明1の「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)」における「反応性乳化剤」の限りにおいて相当する。
甲2A10発明の「γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン」は、本件特許発明1の「重合性不飽和結合基を有するシランカップリング(B)」に相当する。
ここで、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)、2−エチルへキシルアクリレ−トは、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランの配合量は、それぞれ3重量部、22重量部、1重量部であるところ、各成分の配合量を「反応性乳化剤」を含む重合成分全体に対する比率に換算すると、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)は「2.9重量%」(=(3/103)×100)、2−エチルへキシルアクリレ−トは「21.3重量%」(=(22/103)×100)、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランは「0.97重量%」(=(1/103)×100)となる。
そうすると、甲2A10発明の「γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン」の含有割合「0.97重量%」は、本件特許発明1の「シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%」である範囲と重複一致する。
そして、甲2A10発明の「(メタ)アクリルエマルション」は、本件特許発明1の「(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルション」に相当する。

してみると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレ−トを含む、エマルション。

<相違点2−10−1−1>
反応性乳化剤(A)が、本件特許発明1が、「芳香族基を複数有」し、「式(1)で表される反応性乳化剤」(当審注:構造式は省略する。以下、同様。)を含むものであり、反応性乳化剤(A)の配合量が、重合成分全体に対して「0.1〜10質量%」であるのに対し、甲2A10発明は、「アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」であり、その配合量が、重合成分全体に対して「2.9重量%」である点
<相違点2−10−1−2>
重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が、本件特許発明1は「25〜90質量%」であるのに対し、甲2A10発明は「21.3重量%」である点
<相違点2−10−1−3>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明1は「−40〜80℃」であるのに対し、甲2A10発明は「45℃」であるものの、<相違点2−10−1−1>に係る本件特許発明1の反応性乳化剤及びその配合量、及び<相違点2−10−1−2>に係る本件特許発明1の2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの配合量を満たす場合に不明な点

そこで、上記相違点について検討する。
<相違点2−10−1−1>について
甲2の段落[0068]及び[0070]には、反応性乳化剤の具体例が多数列挙されており、アデカリアソ−プSR−10と同列に反応性乳化剤である「ビス(ポリオキシエチレン多環フェニルエーテル)メタクリレート化スルフォネート塩(例えば、日本乳化剤社製、アントックスMS−60)」等が記載されているが、本件特許発明1の式(1)で表される反応性乳化剤は記載されていない。
そして、甲4には、「乳化重合時の重合安定性をより良好なものとし、泡立ちの問題を解決し、かつ重合後のポリマ−ディスパ−ジョンから得られるポリマ−フィルムの耐水性、粘着性等の諸特性を著しく改善させることができる乳化重合用反応性乳化剤」(段落[0005])を目的とする、「下記の一般式(I)で表される化合物を含有することを特徴とする乳化重合用乳化剤。
[化1]

但し、一般式(I)中、
R0は炭素数1〜4のアルキル基を示し、R1は以下に示す基から選択された1種又は2種の基を示し、式中、R2は水素又はメチル基を示し、
Dは下記化学式D−1又はD−2のいずれかで表される重合性の不飽和基を表し、これらの式中、R3は水素原子又はメチル基を表し、
m1は1〜2の数を表し、m2は1〜3の数を表し、m3は0又は1の数を示し、
Aは炭素数2〜4のアルキレン基又は置換アルキレン基を表し、nはアルキレンオキシドの平均付加モル数を表し、0〜1,000の範囲にある数を表し、
Xは水素原子、又は−(CH2)a−SO3M、−(CH2)b−COOM、−PO3M2、−P(Z)O2M、及び−CO−CH2−CH(SO3M)−COOMから選択されたアニオン性親水基を表し、これらの式中、a及びbはそれぞれ0〜4の数を表し、Zは前記一般式(I)からXを除いた残基を表し、Mはそれぞれ、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子、アンモニウム残基、又はアルカノ−ルアミン残基を表す。

」([請求項1])について記載されている。
ところで、甲2は、「良好な塗膜性能を損なうことなく、耐候性、耐温水白化性、耐凍害性、及び、耐ブロッキング性等が良好であり、塗布直後から、長期に渡って特に屋外での耐汚染性に優れた塗膜を形成することができる塗料用水性樹脂組成物、特に、顔料を含む塗料に比べて耐汚染性、耐温水白化性の要求レベルが高いクリヤー塗料として好適に使用できる塗料用水性樹脂組成物を提供することを目的」(段落[0012])とする、「乳化重合によって得られる(メタ)アクリルエマルション(A)と、水溶性樹脂(B)とを必須として構成される塗料用水性樹脂組成物であって、該塗料用水性樹脂組成物は、(メタ)アクリルエマルション(A)と水溶性樹脂(B)とが架橋構造を形成し得るものであることを特徴とする塗料用水性樹脂組成物。」(請求の範囲 請求項1)に関する技術を開示するものである。
一方、甲4は、「乳化重合時の重合安定性をより良好なものとし、泡立ちの問題を解決し、かつ重合後のポリマーディスパージョンから得られるポリマーフィルムの耐水性、粘着性等の諸特性を著しく改善させることができる乳化重合用反応性乳化剤を提供すること」(段落[0005])を課題とするように、重合後のポリマーディスパージョンから得られるポリマーフィルムの耐水性を向上する技術に関するものであって、甲2のような艶消し剤を使用したクリヤー塗料の耐温水白化性を向上させる技術に関するものではないため、両者の技術分野や課題は異なるものといえる。
そして、甲4には、一般式(I)で表される化合物を含有する乳化重合用乳化剤により、「増粘応答性」に優れるエマルションが得られることは記載も示唆もされていない。

ここで、本件特許明細書の【実施例】を改めて見てみる。
非反応性乳化剤を用いた参考例6のエマルションの増粘応答性が「3.1g」であるところ、参考例6と同じモノマー組成で、反応性乳化剤を用いた参考例1、参考例4、参考例5のエマルションの増粘応答性が「3.1g」、「3.0g」、「3.1g」とほとんど変化していない。
ところで、遊離の乳化剤がラテックス粒子と増粘剤との会合相互作用を減少させて粘度を低下させること、即ち増粘剤の効率に影響を与えることは、甲7(第2頁2段落第5〜6行)及び甲8(第6頁第1〜6行)に示されるように、本件特許出願時における技術常識ではある。しかしながら、参考例1、4及び5は反応性乳化剤を用いていることから、非反応性乳化剤を用いた参考例6よりも、遊離の乳化剤が少なくなり、増粘応答性が多少なりとも改善されることが上記技術常識から予測されるところ、そのような予測される結果となっていない。一方、参考例6と同じモノマー組成で、式(1)で表される反応性乳化剤を用いた実施例1は増粘応答性が「1.5g」と参考例の半分の値となり、増粘応答性が劇的に改善している。当該結果は、本件特許出願時における技術常識からだけでは理解することができず、予測し得ないものと言わざるを得ない。
そして、式(1)で表される反応性乳化剤を用いることにより、増粘応答性が本件特許明細書の実施例で得られるのと同程度に優れたものとなることは、申立人の提出した甲6等、いずれの証拠にも記載も示唆もされていない。
してみると、甲2A10発明において、増粘応答性が改善されるよう、「アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」を、甲4に記載される一般式(I)で表される化合物を含有する乳化重合用乳化剤に代替する動機付けはないといえる。
よって、本件特許発明1は、他の相違点を検討するまでもなく、甲2A10発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

b 甲2A11発明ないし甲2A13発明との対比
甲2A11発明ないし甲2A13発明は、甲2A10発明と同じく、乳化剤として、「アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」を配合量が重合成分全体に対して「2.9重量%」用いていることから、少なくとも、上記<相違点2−10−1−1>と同様の相違点で相違する。
そうすると、上記aで説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2A11発明ないし甲2A13発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

c 効果について
本件特許発明1は、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能とする効果を奏するものである(本件特許明細書段落【0014】【0015】)。
そして、当該効果は、甲2A11発明ないし甲2A13発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

d 小括
よって、本件特許発明1は、甲2に記載された発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件特許発明2について
a 甲2A10発明との対比
本件特許発明2と甲2A10発明とを対比する。
甲2A10発明の「メチルメタクリレ−ト」、「タ−シャリ−ブチルメタクリレ−ト」、「2−エチルへキシルアクリレ−ト」は、すべて本件特許発明2の「脂肪族(メタ)アクリレ−ト」に相当する。また、甲2A10発明の「シクロヘキシルメタクリレ−ト」は、本件特許発明2の「脂環族系単量体」に相当する。
そうすると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び脂環族系単量体を含む、エマルション。

<相違点2−10−2−1>
反応性乳化剤(A)が、本件特許発明2は「芳香族基を複数有」し、「式(1)で表される反応性乳化剤」を含むものであり、反応性乳化剤(A)の配合量が、重合成分全体に対して「0.1〜10質量%」であるのに対し、甲2A10発明は、「アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」であり、その配合量が、重合成分全体に対して「2.9重量%」である点
<相違点2−10−2−2>
重合成分が、本件特許発明2は「水酸基含有(メタ)アクリレ−トを含み、水酸基含有(メタ)アクリレ−トの割合が、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である」のに対し、甲2A10発明は、水酸基含有(メタ)アクリレ−トを含まない点
<相違点2−10−2−3>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明2は「−40〜80℃」であるのに対し、甲2A10発明は「45℃」であるものの、<相違点2−10−2−1>に係る本件特許発明2の反応性乳化剤及びその配合量、及び<相違点2−10−2−2>に係る本件特許発明2の水酸基含有(メタ)アクリレ−トの配合量を満たす場合に不明な点

そこで、<相違点2−10―2−1>について検討するに、当該相違点は<相違点2−10−1−1>と実質同じである。
そうすると、上記(ア)aで説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲2A10発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

b 甲2A11発明ないし甲2A13発明との対比
甲2A11発明ないし甲2A13発明は、甲2A10発明と同じく、乳化剤として、「アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」を配合量が、重合成分全体に対して「2.9重量%」用いていることから、少なくとも、上記<相違点2−10−2−1>と同様の相違点で相違する。
そうすると、上記aで説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲2A11発明ないし甲2A13発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

c 効果について
本件特許発明2は、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能とする効果を奏するものである(本件特許明細書段落【0014】【0015】)。
そして、当該効果は、甲2に記載された発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

d 小括
よって、本件特許発明2は、甲2に記載された発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ)本件特許発明3ないし20について
本件特許発明3ないし20は、本件特許発明1又は本件特許発明2を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1又は本件特許発明2の発明特定事項を全て有するものであるから、上記(ア)又は(イ)で説示したのと同様の理由により、本件特許発明3ないし20は、甲2に記載された発明、及び甲2、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 申立人の主張について
申立人は、令和6年3月21日付けの意見書において、「遊離の乳化剤がラテックス粒子と増粘剤との会合相互作用を減少させて粘度を低下させること、即ち増粘剤の効率に影響を与えることは、甲7(第2頁2段落第5〜6行)及び甲8(第6頁第1〜6行)に記載されているように、当業者の技術常識にすぎません(特許異議申立書の58〜59頁に跨がる段落に記載の通り。)そうすると、甲4には、本件特定の反応性乳化剤を用いることにより使用することにより、増粘応答性を改善できること、及び、当該反応性乳化剤が他の反応性乳化剤よりも増粘応答性の向上効果に優れることが示唆されているといえます。」(第6ページ)と主張している。
しかしながら、上記イ(ア)aで説示したように、参考例1、4及び5は反応性乳化剤を用いていることから、反応性ではない乳化剤を用いた参考例6よりも、遊離の乳化剤が少なくなり、増粘応答性が多少なりとも改善されることが当業者の技術常識から予測されるものの、そのような予測される結果となっておらず、また、参考例6と同じモノマー組成で、式(1)で表される反応性乳化剤を用いた実施例1は増粘応答性が「1.5g」と参考例の半分の値となり、増粘応答性が劇的に改善している。この結果は、本件特許出願時における技術常識からだけでは理解することができず、予測し得ないものと言わざるを得ない。
よって、申立人の主張を首肯することができない。

エ まとめ
したがって、本件特許発明1ないし20は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし20に係る特許は、取消理由1及び申立理由2によっては取り消すことはできない。

(2)取消理由2(甲9に基づく拡大先願)及び申立理由4(甲9に基づく拡大先願)について
引用発明の認定
先願明細書の【実施例】における「アクリル系ポリマ−B」に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「温度計、攪拌機、窒素導入管及び還流冷却管を備えた反応容器に、界面活性剤(RS−B:反応性界面活性剤(商品名「アクアロンAR−1025」、第一工業製薬株式会社製))0.2部および蒸留水67部を加え、撹拌しながら室温(25℃)で1時間窒素置換した後、これに重合開始剤(商品名「VA−057」、富士フイルム和光純薬株式会社製)0.10部を加え、60℃にした。ここに、2−エチルヘキシルアクリレ−ト(2EHA)85部、メチルアクリレ−ト(MA)13部、アクリル酸(AA)1.25部、メタクリル酸(MAA)0.75部、t−ドデカンチオ−ル(連鎖移動剤)0.025部、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(商品名「KBM−503」、信越化学工業株式会社製)0.02部および界面活性剤(RS−B)1.8部を蒸留水33部で乳化させたものを60℃で4時間かけて滴下しながら重合し、さらに、70℃で1時間熟成した後、重合開始剤(商品名「VA−057」、富士フイルム和光純薬株式会社製)を0.05部加え、さらに2時間熟成した。室温まで冷却し、pH調整剤としての10%アンモニア水を用いてpH=6にすることにより調製したアクリル系ポリマ−。」(以下、「甲9先願発明」という。)

イ 対比・判断
(ア)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲9先願発明とを対比する。
甲9先願発明の「界面活性剤(RS−B:反応性界面活性剤(商品名「アクアロンAR−1025」、第一工業製薬株式会社製))」は、第一工業製薬株式会社のホームページ(https://www.dks-web.co.jp/pdf/takuto/579_3.pdf#page=1)を参酌すると、本件特許発明1の「式(1)で表される」「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)」に相当する。
甲9先願発明の「3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン」、「2−エチルへキシルアクリレ−ト」は、それぞれ本件特許発明1の「重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)」、「2−エチルヘキシル(メタ)アクリレ−ト」に相当する。
ここで、界面活性剤(RS−B:反応性界面活性剤(商品名「アクアロンAR−1025」、第一工業製薬株式会社製))、2−エチルへキシルアクリレ−ト、3−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランの配合量は、それぞれ0.2重量部、85重量部、0.02重量部であるところ、各成分の配合量を「反応性界面活性剤」を含む重合成分全体に対する比率に換算すると、界面活性剤(RS−B)は「0.2重量%」(=(0.2/102.02)×100)、2−エチルへキシルアクリレ−トは「83.3重量%」(=(85/102.02)×100)、3−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランは「0.02重量%」(=(0.02/102.02)×100)となる。
そうすると、甲9先願発明の「界面活性剤(RS−B)」の含有割合「0.2重量%」は、本件特許発明1の「反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%」である範囲と重複一致し、甲9先願発明の「2−エチルへキシルアクリレ−ト」の含有割合「83.3重量%」は、本件特許発明1の「重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレ−トの割合が10〜90質量%」である範囲と重複一致する。
また、甲9先願発明の「アクリル系ポリマ−」は、先願明細書の段落【0044】【0045】に記載されているように、エマルション重合により調製されていることから、本件特許発明1の「(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルション」に相当する。

してみると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、反応性乳化剤(A)が式(1)で表される反応性乳化剤を含み、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレ−トを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレ−トの割合が10〜90質量%である、エマルション。

<相違点9−1−1>
シランカップリング剤(B)の割合が、本件特許発明1は「重合成分全体に対して0.05〜10質量%」であるのに対し、甲9先願発明は「0.02重量%」である点
<相違点9−1−2>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明1は「−40〜80℃」であるのに対し、甲9先願発明は不明な点

そこで、上記相違点について検討する。
事案に鑑み、<相違点9−1−2>から検討する。
先願明細書の段落【0040】及び【0041】に、「ここで、アクリル系ポリマーのTgとは、該ポリマーの合成に用いられるモノマー成分の組成に基づいて、Foxの式により求められるTgをいう。Foxの式とは、以下に示すように、共重合体のTgと、該共重合体を構成するモノマーのそれぞれを単独重合したホモポリマーのガラス転移温度Tgiとの関係式である。
1/Tg=Σ(Wi/Tgi)
なお、上記Foxの式において、Tgは共重合体のガラス転移温度(単位:K)、Wiは該共重合体におけるモノマーiの重量分率(重量基準の共重合割合)、Tgiはモノマーiのホモポリマーのガラス転移温度(単位:K)を表す。
Tgの算出に使用するホモポリマーのガラス転移温度としては、公知資料に記載の値を用いるものとする。例えば、以下に挙げるモノマーについては、該モノマーのホモポリマーのガラス転移温度として、以下の値を使用する。
2−エチルヘキシルアクリレート −70℃
n−ブチルアクリレート −55℃
メチルメタクリレート 105℃
メチルアクリレート 8℃
酢酸ビニル 32℃
アクリル酸 106℃
メタクリル酸 228℃」と記載されている。
そこで、甲9先願発明であるアクリル系ポリマ−のガラス転移温度について計算してみる。
当該アクリル系ポリマ−のモノマー組成は、2−エチルヘキシルアクリレ−ト(2EHA)85部、メチルアクリレ−ト(MA)13部、アクリル酸(AA)1.25部、メタクリル酸(MAA)0.75部、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(商品名「KBM−503」、信越化学工業株式会社製)0.02部である。なお、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランのホモポリマーのガラス転移温度は不明である。ここで、本願明細書の段落【0124】に、「なお、特殊単量体、多官能単量体などのようにガラス転移温度が不明の単量体については、単量体成分における当該ガラス転移温度が不明の単量体の合計量が質量分率で10質量%以下である場合、ガラス転移温度が判明している単量体のみを用いてガラス転移温度が求めてよい。」と記載されており、3−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランの含有量は、0.02部と10質量%以下であるため、当該モノマーを除外して、アクリル系ポリマ−のガラス転移温度を計算する。
1/Tg=Σ(Wi/Tgi)=0.85/(273.15−70)+0.13/(273.15+8)+0.0125/(273.15+106)+0.0075/(273.15+228)
Tg=−60℃となる。そうすると、当該相違点は実質的な相違点である。
ところで、先願明細書の段落【0039】には、「ここに開示される技術におけるアクリル系ポリマーは、該ポリマーのガラス転移温度(Tg)が−25℃以下(典型的には−75℃以上−25℃以下)となるように設計されていることが適当である。アクリル系ポリマーのTgは、好ましくは−40℃以下(例えば−70℃以上−40℃以下)、より好ましくは−50℃以下(典型的には−70℃以上−50℃以下)であり得る。」と記載されており、本件特許発明1と重複する「−40〜−25℃」の範囲が形式的には記載されている。しかしながら、先願明細書において、アクリル系ポリマーのガラス転移温度の好ましい範囲は「−40℃以下」であるから、甲9先願発明のガラス転移温度「−60℃」を、好ましい範囲から外れるTg「−40〜−25℃」の範囲に変更したポリマーが、先願明細書に実質的に記載されているとまではいえない。
よって、当該相違点は、課題解決のための具体化手段における微差であるともいえない。
よって、<相違点9−1−1>について検討するまでもなく、本件特許発明1は、先願明細書に記載された発明と同一ないし実質同一ではない。

(イ)本件特許発明7について
本件特許発明7と甲9先願発明とを対比する。
甲9先願発明の「2−エチルヘキシルアクリレ−ト(2EHA)」は、本件特許発明7の「脂肪族(メタ)アクリレート」に相当する。
その他の相当関係については、上記(ア)の相当関係を参酌すると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、反応性乳化剤(A)が式(1)で表される反応性乳化剤を含み、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレートを含む、エマルション。

<相違点9−7−1>
シランカップリング剤(B)の割合が、本件特許発明7は「重合成分全体に対して0.05〜10質量%」であるのに対し、甲9先願発明は「0.02重量%」である点
<相違点9−7−2>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明7は「−40〜80℃」であるのに対し、甲9先願発明は不明な点
<相違点9−7−3>
脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対する水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、本件特許発明7は「0.1〜10質量部」であるのに対し、甲9先願発明は「0質量部」である点

そこで、上記相違点について検討する。
事案に鑑み、<相違点9−7−2>から検討する。
<相違点9−7−2>は、上記(ア)の<相違点9−1−2>とは実質同じである。
よって、上記(ア)で説示したのと同様の理由により、本件特許発明7は、先願明細書に記載された発明と同一ないし実質同一ではない。

(ウ)本件特許発明4ないし6、8ないし11、14、17、18について
本件特許発明4ないし6、8ないし11、14、17、18は、請求項1又は請求項7を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1又は本件特許発明7の発明特定事項を全て有するものであるから、上記(ア)又は(イ)で説示したのと同様の理由により、本件特許発明4ないし6、8ないし11、14、17、18は、先願明細書に記載された発明と同一ないし実質同一ではない。

オ まとめ
よって、本件特許発明1、4ないし11、14、17、18は、特許法第29条の2の規定により、特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1、4ないし11、14、17、18に係る特許は、取消理由2及び申立理由4によっては取り消すことはできない。

3 取消理由に採用しなかった申立書に記載された申立理由について
(1)申立理由1(甲1に基づく進歩性
引用発明の認定
甲1の実施例5に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「滴下ロート、撹拌機、窒素ガス導入管、温度計および還流冷却管を備えたフラスコ内に、脱イオン水1040部を仕込み、滴下ロートに、脱イオン水290部、乳化剤〔(株)ADEKA製、商品名:アデカリアソープSR−10〕の25%水溶液120部、シクロヘキシルメタクリレート350部、n−ブチルメタクリレート200部、2−エチルヘキシルアクリレート330部、グリセリンモノメタクリレート100部、アクリル酸5部、メタクリル酸5部およびγ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン10部からなる滴下用プレエマルションを調製し、そのうち全重合性単量体成分の総量の6%にあたる85部をフラスコ内に添加し、ゆるやかに窒素ガスを吹き込みながら80℃まで昇温し、3.5%過硫酸アンモニウム水溶液43部を添加し、重合を開始し、次に、滴下用プレエマルションの残部と3.5%過硫酸アンモニウム水溶液43部と2.5%亜硫酸水素ナトリウム水溶液40部を、240分間をかけて均一に滴下し、滴下終了後、80℃で60分間維持し、25%アンモニア水を添加することによってpHを9に調整し、重合を終了し、得られた反応液を室温まで冷却した後、300メッシュ(JISメッシュ、以下同じ)の金網で濾過することにより調整した、樹脂エマルション(不揮発分量は40質量%であり、エマルション粒子の平均粒子径は170nmであり、エマルション粒子を構成している重合体全体のガラス転移温度は0℃であった。)。」(以下、「甲1発明」という。)

イ 対比・判断
(ア)本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「乳化剤〔(株)ADEKA製、商品名:アデカリアソープSR−10〕」は、甲1の段落[0087]から、「アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩」であり、アリル基なる反応性基を有するものであるから、本件特許発明1の「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)」における「反応性乳化剤」の限りにおいて相当する。
甲1発明の「γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン」は、本件特許発明1の「重合性不飽和結合基を有するシランカップリング(B)」に相当する。
ここで、乳化剤〔(株)ADEKA製、商品名:アデカリアソープSR−10〕、2−エチルへキシルアクリレ−ト、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランの配合量は、それぞれ30重量部(=120×0.25)、330重量部、10重量部であるところ、各成分の配合量を「反応性乳化剤」を含む重合成分全体に対する比率に換算すると、乳化剤(アデカリアソ−プSR−10:旭電化工業社製)は「2.9重量%」(=(30/1030)×100)、2−エチルへキシルアクリレ−トは「32.0重量%」(=(330/1030)×100)、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランは「0.97重量%」(=(10/1030)×100)となる。
そうすると、甲1発明の「γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン」の含有割合「0.97重量%」は、本件特許発明1の「シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%」である範囲と重複一致し、甲1発明の「2−エチルへキシルアクリレ−ト」の含有割合「32.0重量%」は、本件特許発明1の「重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレ−トの割合が25〜90質量%」である範囲と重複一致する。
そして、甲1発明の「樹脂エマルション」は、モノマーとして、(メタ)アクリル系モノマーを使用しているから、本件特許発明1の「(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルション」に相当する。

してみると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレ−トを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が25〜90質量%である、エマルション。

<相違点1−1−1>
反応性乳化剤(A)が、本件特許発明1は「芳香族基を複数有」し、「式(1)で表される反応性乳化剤」を含むものであり、反応性乳化剤(A)の配合量が、重合成分全体に対して「0.1〜10質量%」であるのに対し、甲1発明は「〔(株)ADEKA製、商品名:アデカリアソープSR−10〕(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」であり、その配合量が、重合成分全体に対して「2.9重量%」である点
<相違点1−1−2>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明1は「−40〜80℃」であるのに対し、甲1発明は「0℃」であるものの、<相違点1−1−1>に係る本件特許発明1の反応性乳化剤及びその配合量を満たす場合に不明な点

そこで、上記相違点について検討する。
<相違点1−1−1>について
当該相違点は、上記2(1)イ(ア)aの<相違点2−10−1−1>と実質同じである。
そうすると、上記2(1)イ(ア)aで説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

そして、本件特許発明1は、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能とする効果を奏するものである(本件特許明細書段落【0014】【0015】)ところ、当該効果は、甲1発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

よって、本件特許発明1は、甲1に記載された発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件特許発明2について
本件特許発明2と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「n−ブチルメタクリレート」、「2−エチルへキシルアクリレ−ト」は、本件特許発明2の「脂肪族(メタ)アクリレ−ト」に相当し、甲1発明の「シクロヘキシルメタクリレ−ト」は、本件特許発明2の「脂環族系単量体」に相当する。また、甲1発明の「グリセリンモノメタクリレート」は、本件特許発明2の「水酸基含有(メタ)アクリレ−ト」に相当する。
そして、各成分の配合量を「反応性乳化剤」を含む重合成分全体に対する比率に換算すると、「グリセリンモノメタクリレート」は「9.7重量%」(=(100/1030)×100)となる。
そうすると、甲1発明の「グリセリンモノメタクリレート」の含有割合「9.7重量%」は、本件特許発明1の「水酸基含有(メタ)アクリレ−トの割合が、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である」である範囲と重複一致する。

してみると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレ−トを含み、水酸基含有(メタ)アクリレ−トの割合が、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、エマルション。

<相違点1−2−1>
反応性乳化剤(A)が、本件特許発明2は「芳香族基を複数有」し、「式(1)で表される反応性乳化剤」を含むものであり、反応性乳化剤(A)の配合量が、重合成分全体に対して「0.1〜10質量%」であるのに対し、甲1発明は「〔(株)ADEKA製、商品名:アデカリアソープSR−10〕(アリルオキシメチルアルコキシエチルヒドロキシポリオキシエチレン硫酸エステル塩)」であり、その配合量が、重合成分全体に対して「2.9重量%」である点

<相違点1−2−2>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明2は「−40〜80℃」であるのに対し、甲1発明は「0℃」であるものの、<相違点1−修正2−1>に係る本件特許発明2の反応性乳化剤及びその配合量を満たす場合に不明な点

そこで、<相違点1―2−1>について検討するに、当該相違点は上記(ア)の<相違点1−1−1>と実質同じである。
そうすると、上記(ア)で説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲1発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

そして、本件特許発明2は、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能とする効果を奏するものである(本件特許明細書段落【0014】【0015】)ところ、当該効果は、甲1発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

よって、本件特許発明2は、甲1に記載された発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ)本件特許発明3ないし20について
本件特許発明3ないし20は、本件特許発明1又は本件特許発明2を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1又は本件特許発明2の発明特定事項を全て有するものであるから、上記(ア)又は(イ)で説示したのと同様の理由により、本件特許発明3ないし20は、甲1に記載された発明、及び甲1、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ まとめ
したがって、本件特許発明1ないし20は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし20に係る特許は、申立理由1によっては取り消すことはできない。

(2)申立理由3(甲3に基づく進歩性
引用発明の認定
甲3の合成例2に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「攪拌機、温度計、還流コンデンサー、滴下ロートを備えた反応容器内に、イオン交換水40質量部と、アニオン型反応性界面活性剤(第一工業製薬(株)製「アクアロンKH−10」、下記式(9)で表される化合物(XはSO3NH4))0.2質量部を仕込み、80℃まで昇温し、次に、単量体混合物として、2−エチルヘキシルアクリレート80質量部、メチルメタクリレート16質量部、アクリル酸2質量部、メタクリル酸2質量部、及びγ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン(信越化学(株)製「シリコーンKBM−503」)0.2質量部、連鎖移動剤として、ドデシルメルカプタン0.03質量部、並びにラジカル重合性界面活性剤(第一工業製薬(株)製、製品名「アクアロンHS−10」)1.0質量部を、イオン交換水49質量部に乳化分散させた溶液と、過硫酸カリウム0.3質量部をイオン交換水9.7質量部に溶解させた重合開始剤を混合し、この混合溶液を3時間かけて滴下ロートから、上記反応容器内に供給し、80℃で乳化重合を行い、乳化物(2)を得、滴下終了後、80℃で2時間熟成した後、室温(25℃)まで冷却し、25質量%アンモニア水を加えて、pHが7.5になるように調整して得られた、平均粒子径150nmのアクリル系共重合体(2)のエマルション。

」(以下、「甲3発明」という。)

イ 対比・判断
(ア) 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「アニオン型反応性界面活性剤(第一工業製薬(株)製「アクアロンKH−10」、下記式(9)で表される化合物(XはSO3NH4))」及び「ラジカル重合性界面活性剤(第一工業製薬(株)製、製品名「アクアロンHS−10」)」は、本件特許発明1の「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)」における「反応性乳化剤」の限りにおいて相当する。また、甲3発明の「γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン」は、本件特許発明1の「重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)」に相当する。
ここで、甲3発明の反応性乳化剤、2−エチルへキシルアクリレ−ト、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランの配合量は、それぞれ1.2質量部(=0.2+1.0)、80質量部、0.2質量部であるところ、各成分の配合量を「反応性乳化剤」を含む重合成分全体に対する比率に換算すると、反応性乳化剤は「1.19質量%」(=(1.2/101.4)×100)、2−エチルへキシルアクリレ−トは「78.9質量%」(=(80/101.4)×100)、γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシランは「0.20質量%」(=(0.2/101.4)×100)となる。
そうすると、甲3発明の「γ−メタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン」の含有割合「0.20質量%」は、本件特許発明1の「シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%」である範囲と重複一致し、甲1発明の「2−エチルへキシルアクリレ−ト」の含有割合「78.9質量%」は、本件特許発明1の「重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ )アクリレ−トの割合が25〜90質量%」である範囲と重複一致する。
そして、甲3発明の「アクリル系共重合体(2)のエマルション」は、本件特許発明1の「(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルション」に相当する。

してみると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレ−トを含み、重合成分全体における2−エチルへキシル(メタ)アクリレートの割合が25〜90質量%である、エマルション。

<相違点3−1−1>
反応性乳化剤(A)が、本件特許発明1は「芳香族基を複数有」し、「式(1)で表される反応性乳化剤」を含むものであり、反応性乳化剤(A)の配合量が、重合成分全体に対して「0.1〜10質量%」であるのに対し、甲3発明は「アニオン型反応性界面活性剤(第一工業製薬(株)製「アクアロンKH−10」、下記式(9)で表される化合物(XはSO3NH4))」及び「ラジカル重合性界面活性剤(第一工業製薬(株)製、製品名「アクアロンHS−10」)」であり、その配合量が、重合成分全体に対して「1.19質量%」である点
<相違点3−1−2>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明1は「−40〜80℃」であるのに対し、甲3発明は不明な点

そこで、上記相違点について検討する。
<相違点3−1−1>について
当該相違点は、上記2(1)イ(ア)aの<相違点2−10−1−1>と実質同じである。
そうすると、上記2(1)イ(ア)aで説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲3発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

そして、本件特許発明1は、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能とする効果を奏するものである(本件特許明細書段落【0014】【0015】)ところ、当該効果は、甲3発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

よって、本件特許発明1は、甲3に記載された発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件特許発明2について
本件特許発明2と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「メチルメタクリレート」、「2−エチルへキシルアクリレ−ト」は、本件特許発明2の「脂肪族(メタ)アクリレ−ト」に相当する。

そうすると、両者は、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマ−のエマルションであり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び/又は脂環族系単量体を含む、エマルション。

<相違点3−2−1>
反応性乳化剤(A)が、本件特許発明2は「芳香族基を複数有」し、「式(1)で表される反応性乳化剤」を含むものであり、反応性乳化剤(A)の配合量が、重合成分全体に対して「0.1〜10質量%」であるのに対し、甲3発明は「アニオン型反応性界面活性剤(第一工業製薬(株)製「アクアロンKH−10」、下記式(9)で表される化合物(XはSO3NH4))」及び「ラジカル重合性界面活性剤(第一工業製薬(株)製、製品名「アクアロンHS−10」)」であり、その配合量が、重合成分全体に対して「1.19質量%」である点
<相違点3−2−2>
重合成分が、本件特許発明2は「水酸基含有(メタ)アクリレ−トを含み、水酸基含有(メタ)アクリレ−トの割合が、脂肪族(メタ)アクリレ−ト及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である」のに対し、甲3発明は、水酸基含有(メタ)アクリレ−トを含まない点
<相違点3−2−3>
(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が、本件特許発明2は「−40〜80℃」であるのに対し、甲3発明は不明な点

そこで、<相違点3―2−1>について検討するに、当該相違点は上記(ア)の<相違点3−1−1>と実質同じである。
そうすると、上記(ア)で説示したのと同様、他の相違点を検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲3発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

そして、本件特許発明2は、耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れるエマルションを提供可能とする効果を奏するものである(本件特許明細書段落【0014】【0015】)ところ、当該効果は、甲3発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項から当業者が予測し得るものではない。

よって、本件特許発明2は、甲3に記載された発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(ウ)本件特許発明3ないし18について
本件特許発明3ないし18は、本件特許発明1又は本件特許発明2を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1又は本件特許発明2の発明特定事項を全て有するものであるから、上記(ア)又は(イ)で説示したのと同様の理由により、本件特許発明3ないし18は、甲3に記載された発明、及び甲3、甲4、甲6ないし甲8に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ まとめ
したがって、本件特許発明1ないし18は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし18に係る特許は、申立理由3によっては取り消すことはできない。

3 令和6年3月21日付けの意見書で主張された理由について
申立人は、当該意見書において、以下の主張をしている。
「(4)サポート要件違反(特許法第36条第6項第1号)(意見3)
独立請求項である請求項1及び請求項2において、訂正により「(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり」との構成が追加されました。
ガラス転移温度について、 本件明細書の段落[0120]には「エマルションを構成する(メタ)アクリル系ポリマー(a)のガラス転移温度は、例えば、−40℃以上(例えば、−40〜80℃、−40〜40℃など)、好ましくは−30℃以上(例えば、−30〜80℃、−30〜40℃など)、より好ましくは−25℃以上(例えば、−25〜80℃、−25〜40℃など)であってもよい。」と記載されていますが、耐水性及び増粘応答性に優れるとの本件特許の課題を解決するものとして具体的に示されたのは−29〜39℃であり(本件明細書の[0211]の[表1]における実施例1〜10についての「物性」の「Tg(℃)」参照)、上記範囲の約1/3に相当する39℃〜80℃の範囲については、発明の課題を解決できるものとして示されていません。
重合体のガラス転移温度は、重合成分の種類及びそれらの比率により定まるところ、本件明細書にはエマルションの種類が耐水性や増粘応答性に影響を与えることが示唆されているため(本件明細書の[0009][0010])、請求項1又は請求項2に記載の重合成分を満たしたとしても、 実施例で示された−29〜39℃を外れるあらゆるTgを持つものについて上記課題を解決できるとはいえません。」(第9〜10ページ)
そこで、念のため、以下検討する。
上記「1 本件特許発明の技術的意義」で示したように、本件特許発明は、「耐水性に優れた塗膜を効率よく形成すると共に、増粘応答性に優れる(増粘応答性を改善又は向上しうる)エマルションを提供しうる」ことを課題とするものと認められる。
そして、上記1で示したように、本件特許発明1及び2は、「芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み」、「反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%」であることを発明特定事項とを備えることにより、本件特許発明の課題を解決し得るものである。
また、申立人は、「重合体のガラス転移温度は、重合成分の種類及びそれらの比率により定まるところ、本件明細書にはエマルションの種類が耐水性や増粘応答性に影響を与えることが示唆されている」と一般的な技術的事項を述べるにとどまり、具体的な証拠をもって、本件特許発明が本件特許発明の課題を解決し得ないことを立証していない。このため、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度の大小が、本件特許発明の課題解決に影響するとまでは認められない。
よって、申立人の主張は首肯できない。

第6 むすび
上記第5のとおり、本件特許の請求項1ないし20に係る特許は、当審が通知した取消理由通知及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては取り消すことはできない。
さらに、他に本件特許の請求項1ないし20に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含み、重合成分全体における2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートの割合が25〜90質量%である、エマルション。
【化1】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化2】

【化3】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)
【請求項2】
芳香族基を複数有する反応性乳化剤(A)及び重合性不飽和結合基を有するシランカップリング剤(B)を少なくとも重合成分とする(メタ)アクリル系ポリマーのエマルションであり、反応性乳化剤(A)が下記式(1)で表される反応性乳化剤を含み、(メタ)アクリル系ポリマーのガラス転移温度が−40〜80℃であり、反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.05〜10質量%であり、重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレートを含み、水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、エマルション。
【化4】

(式中、Dは下記式(D−1)又は(D−2)を示し、Aは炭素数2〜4のアルキレン基を示し、Tは水素原子又は−SO3M(Mは、水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はNH4)を示し、lは1〜2を示し、mは1〜3を示し、nは1〜1000を示す。)
【化5】

【化6】

(式中、R1は水素原子又はメチル基を示す。)
【請求項3】
重合成分が、さらに、脂環族基を有する単量体及び芳香族基を有する単量体から選択される1種以上の単量体を含む請求項1又は2に記載のエマルション。
【請求項4】
反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して0.5〜10質量%である請求項1〜3のいずれかに記載のエマルション。
【請求項5】
反応性乳化剤(A)の割合が、重合成分全体に対して1〜10質量%であり、シランカップリング剤(B)の割合が、重合成分全体に対して0.1〜10質量%である請求項1〜4のいずれかに記載のエマルション。
【請求項6】
反応性乳化剤(A)以外の乳化剤の割合が、重合成分全体に対して5質量%以下である請求項1〜5のいずれかに記載のエマルション。
【請求項7】
水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜10質量部である請求項2記載のエマルション。
【請求項8】
重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含む請求項2〜7のいずれかに記載のエマルション。
【請求項9】
重合成分が、さらに、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートを含み、重合成分全体における2−エチルヘキシル(メタ)アクリレートの割合が10〜90質量%である、請求項2〜7のいずれかに記載のエマルション。
【請求項10】
重合成分が、さらに、脂環族系単量体を含み、重合成分全体における脂環族系単量体の割合が5〜80質量%である、請求項1〜9のいずれかに記載のエマルション。
【請求項11】
重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び脂環族系単量体を含み、これらの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート/脂環族系単量体(質量比)=95/5〜5/95である、請求項1〜10のいずれかに記載のエマルション。
【請求項12】
重合成分が、水酸基含有(メタ)アクリレートを重合成分全体の0.1〜20質量%の割合で含む、請求項1〜11のいずれかに記載のエマルション。
【請求項13】
重合成分が、さらに、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体、並びに水酸基含有(メタ)アクリレートを含み、水酸基含有(メタ)アクリレートの割合が、脂肪族(メタ)アクリレート及び/又は脂環族系単量体100質量部に対して、0.1〜20質量部である、請求項1、3〜12のいずれかに記載のエマルション。
【請求項14】
重合成分が、さらに、芳香族系単量体を含み、重合成分全体における芳香族系単量体の割合が0.1〜50質量%である、請求項1〜13のいずれかに記載のエマルション。
【請求項15】
請求項1〜14のいずれかに記載のエマルション及びウレタン会合型増粘剤を含む塗料用組成物。
【請求項16】
(メタ)アクリル系ポリマー:ウレタン会合型増粘剤の質量比が、100:0.01〜100:1である、請求項15記載の組成物。
【請求項17】
請求項1〜14のいずれかに記載のエマルション又は請求項15〜16のいずれかに記載の組成物を含む塗料。
【請求項18】
請求項17に記載の塗料で形成された塗膜。
【請求項19】
請求項18に記載の塗膜を有する建築物。
【請求項20】
請求項18に記載の塗膜を有する建材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2024-05-23 
出願番号 P2018-246310
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08F)
P 1 651・ 16- YAA (C08F)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 近野 光知
特許庁審判官 松本 直子
細井 龍史
登録日 2023-01-25 
登録番号 7217146
権利者 株式会社日本触媒
発明の名称 新規エマルション及びこのエマルションを用いた塗料用組成物  
代理人 勝又 政徳  
代理人 岩谷 龍  
代理人 勝又 政徳  
代理人 岩谷 龍  

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