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審決分類 |
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 A23L 審判 全部申し立て 2項進歩性 A23L 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A23L |
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管理番号 | 1413358 |
総通号数 | 32 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-08-30 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2024-03-06 |
確定日 | 2024-07-06 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7343965号発明「食材の加熱調理のための下処理用組成物、及び加熱調理食品の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7343965号の請求項1〜6に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7343965号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成30年9月21日の出願であって、令和5年9月5日にその特許権の設定登録(請求項の数6)がされ、同年同月13日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対して、令和6年3月6日に特許異議申立人古橋翼(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1〜6)がなされたものである。 第2 本件発明について 本件特許の請求項1〜6に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」〜「本件発明6」という。まとめて、「本件発明」ということもある。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜6に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 なお、以下において、隅付き括弧は「[ ]」と表記した。 「[請求項1] 食材を加熱調理する前に前記食材に付着させる下処理用組成物であって、 ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ(澱粉A)、及び リン酸架橋タピオカ澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉、酸化タピオカ澱粉、漂白タピオカ澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉(澱粉B)を含むことを特徴とする下処理用組成物。 [請求項2] 前記澱粉Aの含有量と前記澱粉Bの含有量の比(澱粉A:澱粉B)が、1:9〜9:1の範囲である請求項1に記載の下処理用組成物。 [請求項3] 得られる加熱調理食品の食材表面にぬめりが生じることを抑制する請求項1又は2に記載の下処理用組成物。 [請求項4] 食材に下処理用組成物を付着させる下処理工程、及び 前記下処理した食材を加熱調理する工程を含む加熱調理食品の製造方法であって、 前記下処理用組成物が、 ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ(澱粉A)、及び リン酸架橋タピオカ澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉、酸化タピオカ澱粉、漂白タピオカ澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉(澱粉B)を含むことを特徴とする加熱調理食品の製造方法。 [請求項5] 前記下処理工程における、前記食材に前記下処理用組成物を付着させる量が、前記食材100質量部に対して、前記澱粉A及び前記澱粉Bの総質量として0.2〜2.4質量部である請求項4に記載の加熱調理食品の製造方法。 [請求項6] 前記下処理用組成物として、請求項1〜3いずれか1項に記載の下処理用組成物を用いる請求項4又は5に記載の加熱調理食品の製造方法。」 第3 特許異議申立理由の概要 申立人は、証拠方法として下記2.に示す甲第1号証〜甲第3号証(以下、それぞれ「甲1」〜「甲3」のようにいう。)を提出し、概略、以下の特許異議申立理由を主張している。なお、特許異議申立理由の番号は当審が仮に付与した。 1.特許異議申立理由 (1)理由1(甲1に基づく新規性欠如) 本件発明1〜4、6は、本件特許の出願前に日本国内または外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができるものではなく、それらの発明についての特許は同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (2)理由2(甲1に基づく進歩性欠如) 本件発明1〜6は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲1に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができるものではなく、それらの発明についての特許は同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。 (3)理由3(サポート要件違反) 本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本件発明1〜6についての特許は同法同条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである(甲2及び甲3参照)。 本件特許発明の出願日前における技術常識として、加熱方法の違いによって食材に対する熱の伝わり方が異なるため、加熱調理後の食材の態様(食材の表面状態や食感など)は大きく変わり得ることが知られている(甲2、甲3)。 一方、本件特許明細書の段落0019〜0039には、複数の実施例において食材を焼成した時の澱粉由来のぬめり抑制効果について触れられているものの、焼成以外のその他の加熱方法によって調理した食材については何ら評価が記載されていない。また、本件特許明細書の記載からは、焼成以外の加熱方法で調理した際の食材の「ぬめり」という表現が指し示す具体的な状態も不明である。そうすると、本件特許発明1は、食材の加熱調理に係る内容(手段・方法)が具体的に特定されておらず、焼成以外の加熱調理を含み得る点において、発明の課題を解決できるものとは言えず、さらには本件特許明細書の記載及び本件特許発明の出願日前における技術常識から当業者が当然に理解できるものではないため、発明の詳細な説明に開示された内容から拡張ないし一般化できるものとは言えない。本件特許発明1を引用する本件特許発明2、3及び6と、本件特許発明1の構成を実質的に含有する本件特許発明4、5についても同様である。 2.証拠方法 甲1:特開2018−68251号公報 甲2:田中佐知ほか3名,「加熱方法の異なる鶏肉の物性と食味評価」,日本調理科学会誌,日本調理科学会,2010年10月5日,第43巻,第5号,p.306〜313 甲3:門馬哲也ほか4名,「肉類の過熱水蒸気調理における水分・油分移動について」,シャープ技報,シャープ株式会社技術本部,平成18年8月10日,通巻第94号,p.10〜15 なお、証拠の表示は当審による。 第4 当審の判断 当審は、申立人が申し立てたいずれの特許異議申立理由によっても、本件発明1〜6についての特許を取り消すことはできないと判断する。理由は以下のとおりである。 1.理由1(甲1に基づく新規性欠如)及び理由2(甲1に基づく進歩性欠如)について (1)甲1に記載された事項 甲1には以下の事項が記載されている。 (1−1)「[請求項1] 糊化抑制澱粉と糊化促進澱粉とからなるレトルトバッター用澱粉組成物であって、澱粉組成物全量に対して糊化抑制澱粉を15〜85質量%及び糊化促進澱粉を85〜15質量%含有し、 前記糊化抑制澱粉が、5〜15質量%の澱粉水溶液又は澱粉水分散液を70〜90℃で加熱混合処理した際に糊化しないという特性;及び前記加熱混合処理した液を室温まで冷却した後、121℃で30分間加熱した液の、24℃における粘度が500〜4,000mPa・sであるという特性を有する澱粉であり、 前記糊化促進澱粉が、5〜15質量%の澱粉水溶液又は澱粉水分散液を70〜90℃で加熱混合した際に糊化するという特性;及び前記加熱混合処理した液を室温まで冷却した後、121℃で30分間加熱した液の、24℃における粘度が4,000〜50,000mPa・sであるという特性を有する澱粉である、前記レトルトバッター用澱粉組成物。」 (1−2)「[発明の効果] [0008] 本発明によれば、レトルト処理しても餅様にゲル化することなく、適度な流動性と粘性を有するバッターを提供することができる。また加熱調理(焼成、油調等)することでゲル化し、洋風スナック類であれば多孔性構造の基材として、和風スナックであれば外皮膜や多孔性構造の基材として、揚物類であれば調理食材(揚げ種)のバリア基材として活用することができるバッターを提供することができる。」 (1−3)「[実施例] [0017] 以下本発明を具体的に説明する為に実施例を示すが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。 [評価例1 糊化抑制澱粉の選抜] 本発明に使用する糊化抑制澱粉を選抜するための簡易的な評価指標として、表1記載の澱粉9質量部を91質量部の水に懸濁し、75℃で加熱混合して均質化した澱粉液の糊化(指標1)、75℃から室温に冷却した澱粉液の状態(指標2)、75℃から室温に冷却の後、レトルトパウチに200gずつ充填して121℃で30分間レトルト処理し、室温に冷却したレトルト澱粉液の粘度(指標3)と200〜230℃のホットプレートで焼成した際のゲル化性(指標4)を採用した。 ・・・ [0018] (リン酸架橋澱粉の糊化抑制澱粉としての評価) [表1] 評価1:リン酸架橋タピオカ澱粉は、松谷化学社製のパインべークCC」 (1−4)「[0020] [評価例2 糊化促進澱粉の選抜] 本発明に使用する糊化促進澱粉を選抜するための簡易的な評価指標は、表2記載の澱粉を使用した以外は評価例1記載の指標1〜4を採用した。 ・・・ [0021] (ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉の糊化促進澱粉としての評価) [表2] [0022] 評価11:HP化リン酸架橋タピオカ澱粉は、日本食品化工社製のクリアテクストB3 評価12:HP化リン酸架橋コーンスターチは、松谷化学社製のVA70C 評価13:HP化リン酸架橋ワキシーコーンスターチは、松谷化学社製のVA70QM ・・・ [0023] 評価11のHP化リン酸架橋澱粉は、レトルト処理の後に室温に冷却した際の糊液の粘度が21,000mPa・sであり、良好な低流動性のトロミ及び粘りが強いゾルであったので、本発明に使用する糊化促進澱粉として適していた。評価12及び13のHP化リン酸架橋澱粉は、室温の糊液の粘度が各々6,000及び4,800mPa・sであり、トロミ及び粘りがややあるゾルであったので、本発明の糊化促進澱粉として許容されるものであった。」 (1−5)「[0024] [試験例1 レトルトバッターにおける糊化促進澱粉と糊化抑制澱粉の含有比] 表4記載の質量部の評価1の糊化抑制澱粉(リン酸架橋澱粉)と評価11の糊化促進澱粉(HP化リン酸架橋澱粉)とを粉体混合し、91質量部の水に懸濁し、75℃で加熱混合して均質化し、200gをレトルトパウチに充填・密封し、121℃で30分間レトルト処理してレトルトバッターを得た。得られたバッターを24℃における粘度をC型粘度計により測定した。また、レトルトバッターを200〜230℃に加温したホットプレートに投入し、ヘラで混ぜながら200〜230℃で焼成した。得られた焼成ゲルの状態及び作業性を10名の専門パネラーにより下記基準表3および4に基づき官能評価を行った。 [0025] 結果を表5に示す。 (評価基準)焼成ゲルの状態 [表3] [0026] (評価基準)作業性 [表4] [0027] [表5] 」 (1−6)「[0032] 以下の製造例1〜5においては、糊化抑制澱粉としてパインべークCC、糊化促進澱粉としてクリアテクストB3を使用した。 ・・・ [0036] [製造例5 トンカツ様食品の製造] 糊化抑制澱粉5質量部と糊化促進澱粉5質量部とを粉体混合した後、水90質量部に懸濁し、75℃で加熱混合して均質化して揚物用バッターを得た。これをレトルトパウチに250gずつ充填・密封し、121℃で30分間レトルト処理して揚物用レトルトバッターを得た。 揚物用レトルトバッター200gを容器に投入し、一口サイズの豚肉(1.0×2.5×3.5cm)へ均等に揚物用レトルトバッターを被覆させ、パン粉を満遍なく付着させた後、180℃に熱した食用油でフライしたところ、良好なトンカツ様食品が得られた。」 (2)甲1に記載された発明 甲1の請求項1(摘記1−1)には、「糊化抑制澱粉と糊化促進澱粉とからなるレトルトバッター用澱粉組成物であって、澱粉組成物全量に対して糊化抑制澱粉を15〜85質量%及び糊化促進澱粉を85〜15質量%含有し、 前記糊化抑制澱粉が、5〜15質量%の澱粉水溶液又は澱粉水分散液を70〜90℃で加熱混合処理した際に糊化しないという特性;及び前記加熱混合処理した液を室温まで冷却した後、121℃で30分間加熱した液の、24℃における粘度が500〜4,000mPa・sであるという特性を有する澱粉であり、 前記糊化促進澱粉が、5〜15質量%の澱粉水溶液又は澱粉水分散液を70〜90℃で加熱混合した際に糊化するという特性;及び前記加熱混合処理した液を室温まで冷却した後、121℃で30分間加熱した液の、24℃における粘度が4,000〜50,000mPa・sであるという特性を有する澱粉である、前記レトルトバッター用澱粉組成物。」が記載されており、[0017]〜[0018](摘記1−3)には、10種類のリン酸架橋澱粉の糊化抑制澱粉としての評価結果が記載され、評価1はリン酸架橋タピオカ澱粉である松谷化学社製パインベークCCであったこと、[0020]〜[0022](摘記1−4)には、9種類のヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉の糊化促進澱粉としての評価結果が記載され、評価11はHP化リン酸架橋タピオカ澱粉である日本食品化工社製クリアテクストB3であったことが記載されている。また、[0036](摘記1−6)には、糊化抑制澱粉としてパインべークCC、糊化促進澱粉としてクリアテクストB3を使用し、「糊化抑制澱粉5質量部と糊化促進澱粉5質量部とを粉体混合した後、水90質量部に懸濁し、75℃で加熱混合して均質化して揚物用バッターを得」、「これをレトルトパウチに250gずつ充填・密封し、121℃で30分間レトルト処理して揚物用レトルトバッターを得た」こと、及び「揚物用レトルトバッター200gを容器に投入し、一口サイズの豚肉(1.0×2.5×3.5cm)へ均等に揚物用レトルトバッターを被覆させ、パン粉を満遍なく付着させた後、180℃に熱した食用油でフライしたところ、良好なトンカツ様食品が得られた」ことが記載されている。 そうすると、甲1には以下の発明が記載されていると認める。 「糊化抑制澱粉としてリン酸架橋タピオカ澱粉である松谷化学社製パインべークCC 5質量部と、糊化促進澱粉としてヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉である日本食品化工社製クリアテクストB3 5質量部とを粉体混合した後、水90質量部に懸濁し、75℃で加熱混合して均質化して揚物用バッターを得て、これをレトルトパウチに250gずつ充填・密封し、121℃で30分間レトルト処理して得た揚物用レトルトバッター。」(以下、「甲1発明」という。) 「一口サイズの豚肉(1.0×2.5×3.5cm)へ均等に甲1発明の揚物用レトルトバッターを被覆させ、パン粉を満遍なく付着させた後、180℃に熱した食用油でフライすることにより、トンカツ様食品を製造する方法。」(以下、「甲1製法発明」という。) (3)本件発明1について ア 本件発明1と甲1発明との対比 本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「糊化抑制澱粉としてリン酸架橋タピオカ澱粉である松谷化学社製パインべークCC」、「糊化促進澱粉としてヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉である日本食品化工社製クリアテクストB3」及び「揚物用レトルトバッター」は、それぞれ本件発明1における「リン酸架橋タピオカ澱粉」、「ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉」及び「食材を加熱調理する前に前記食材に付着させる下処理用組成物」に相当する。 そうすると、両者は、 「食材を加熱調理する前に前記食材に付着させる下処理用組成物であって、 リン酸架橋タピオカ澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉、酸化タピオカ澱粉、漂白タピオカ澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉(澱粉B)を含むことを特徴とする下処理用組成物。」 の点で一致し、 相違点1:本件発明1は「ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ(澱粉A)」を含むと特定するのに対し、甲1発明はそのように特定されていない点 で相違する。 そこで、相違点1について検討する。 イ 相違点1について 甲1の[0020]〜[0023](摘記1−4)には、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉の糊化促進澱粉としての評価結果の一つとして、評価13のHP化リン酸架橋ワキシーコーンスターチである松谷化学社製VA70QMが記載され、「評価12及び13のHP化リン酸架橋澱粉は、室温の糊液の粘度が各々6,000及び4,800mPa・sであり、トロミ及び粘りがややあるゾルであったので、本発明の糊化促進澱粉として許容されるものであった」と記載されているが、甲1には、糊化促進澱粉としてHP化リン酸架橋ワキシーコーンスターチである松谷化学社製VA70QMを用いた揚物用レトルトバッターの具体例は記載されていないから、相違点1は実質的な相違点である。 したがって、本件発明1は甲1発明ではない。 また、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用する動機付けはない。 仮に、上記[0023]における「糊化促進澱粉として許容されるものであった」との記載に基づいて、甲1発明における「糊化促進澱粉としてヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉である日本食品化工社製クリアテクストB3」を「HP化リン酸架橋ワキシーコーンスターチである松谷化学社製VA70QM」に置き換えることに思い至ったとしても、そのことによる効果として当業者が予測し得るのは、甲1の[0008](摘記1−2)に記載された「レトルト処理しても餅様にゲル化することなく、適度な流動性と粘性を有するバッターを提供することができる。また加熱調理(焼成、油調等)することでゲル化し、洋風スナック類であれば多孔性構造の基材として、和風スナックであれば外皮膜や多孔性構造の基材として、揚物類であれば調理食材(揚げ種)のバリア基材として活用することができるバッターを提供することができる」こと、[0017](摘記1−3)及び[0020]〜[0023](摘記1−4)に記載された澱粉液の糊化及び粘度についての効果(指標1〜指標4)、[0024]〜[0027](摘記1−5)に記載されたレトルトバッターの焼成ゲルの状態(弾力が優れ、ゲルの厚さが適切か)及び作業性(バッターの広がりが適切で、ヘラで容易にまとまるか)についての効果、及び[0036](摘記1−6)に記載された「良好なトンカツ様食品が得られた」という効果にとどまり、本件発明1の「歩留り及びジューシー感が良好で、且つ食材表面のぬめりが抑制された加熱調理食品を容易に製造することができる」という効果(本件明細書の[0009]及び実施例等参照。)は、甲1発明から当業者が予測することができたものではない。 さらに、本件明細書の[0019]〜[0023]には、澱粉B−1(リン酸架橋タピオカ澱粉)又は澱粉B−3(ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉)を下処理用組成物として用いた比較例3及び比較例5の評価は、加熱後歩留りがいずれも79%、ジューシー感がいずれも2(食材のジューシー感がやや劣る)、食材表面のぬめりがいずれも○(加熱後の食材の表面に、澱粉由来のぬめりが感じられる)であるのに対し、澱粉A−1(ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ)と澱粉B−1(リン酸架橋タピオカ澱粉)とを含む実施例1の評価は、加熱後歩留りが82%、ジューシー感が5(食材がジューシーに仕上がり、非常に良い)、食材表面のぬめりが○であることが記載されているが、甲1の記載からは、甲1発明の加熱後歩留り及びジューシー感の評価が向上するという効果を予測することはできない。 そうすると、本件発明1は甲1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件発明1についてのまとめ 以上のことから、本件発明1は甲1発明ではなく、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 (4)本件発明2及び3について 本件発明2及び3は、いずれも請求項1を直接又は間接的に引用し、本件発明1の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件発明1と同様に判断される。 (5)本件発明4について ア 本件発明4と甲1製法発明との対比 本件発明4と甲1製法発明とを対比すると、甲1製法発明における「一口サイズの豚肉(1.0×2.5×3.5cm)へ均等に甲1発明の揚物用レトルトバッターを被覆させ」、「180℃に熱した食用油でフライする」及び「トンカツ様食品を製造する方法」は、それぞれ本件発明4における「食材に下処理用組成物を付着させる下処理工程」、「前記下処理した食材を加熱調理する工程」及び「加熱調理食品の製造方法」に相当する。また、甲1製法発明における「甲1発明の揚物用レトルトバッター」と本件発明4における「下処理用組成物」との対比は、実質的に上記(3)アと同じである。 そうすると、両者は、 「食材に下処理用組成物を付着させる下処理工程、及び 前記下処理した食材を加熱調理する工程を含む加熱調理食品の製造方法であって、 前記下処理用組成物が、 リン酸架橋タピオカ澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉、酸化タピオカ澱粉、漂白タピオカ澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉(澱粉B)を含むことを特徴とする加熱調理食品の製造方法。」 の点で一致し、 相違点2:本件発明4は下処理組成物が「ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ(澱粉A)」を含むと特定するのに対し、甲4発明の下処理組成物はそれを含まない点 で相違する。 そこで、相違点2について検討する。 イ 相違点2について 相違点2は、実質的に相違点1と同じ内容の相違点であるから、相違点1と同様に判断される。 ウ 本件発明4についてのまとめ 以上のことから、本件発明4は甲1製法発明ではなく、甲1製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。 (6)本件発明5について 本件発明5と甲1製法発明とを対比すると、両者は上記(5)アに記載した点で一致し、相違点2で相違することに加え、 相違点3:本件発明5においては、「前記下処理工程における、前記食材に前記下処理用組成物を付着させる量が、前記食材100質量部に対して、前記澱粉A及び前記澱粉Bの総質量として0.2〜2.4質量部である」と特定されるのに対し、甲1製法発明においてはそのように特定されない点 で相違する。 そこで、事案に鑑み、相違点2について検討すると、相違点2は実質的に相違点1と同じ内容の相違点であるから実質的な相違点であり、甲1製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 よって、相違点3について検討するまでもなく、本件発明5は甲1製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (7)本件発明6について 本件発明6は、請求項4又は5を引用し、本件発明4又は5の発明特定事項を全て備えるものであるから、本件発明4及び5と同様に判断される。 (8)理由1(甲1に基づく新規性欠如)及び理由2(甲1に基づく進歩性欠如)についてのまとめ 以上まとめると、本件発明1〜4、6は、いずれも甲1に記載された発明ではないから、特許法第29条第1項第3号には該当せず、また、本件発明1〜6は、いずれも甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではない。 よって、理由1(甲1に基づく新規性欠如)及び理由2(甲1に基づく進歩性欠如)により本件発明1〜6についての特許を取り消すことはできない。 2.理由3(サポート要件違反)について (1)サポート要件の判断手法 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)本件発明の課題について 本件明細書の[0006]等の記載から見て、本件発明1〜3の課題は「食肉類、魚介類等の食材を加熱調理する前に前記食材に付着させる下処理用組成物であって、得られる加熱調理食品の歩留り及びジューシー感を向上させるとともに、食材表面にぬめりが生じることを抑制する下処理用組成物」を提供することにあり、本件発明4〜6の課題は「歩留り及びジューシー感が良好で、且つ食材表面のぬめりが抑制された加熱調理食品の製造方法を提供すること」にあるものと認められる。 (3)本件明細書の記載事項 本件明細書の発明の詳細な説明の[0010]には、「澱粉A及び澱粉Bを配合した本発明の下処理用組成物を加熱調理前に食材に付着させることにより、加熱調理時の食材からのうま味を含む水分や油脂等の流出を抑制することができ、得られる加熱調理食品の歩留り及びジューシー感を向上させるとともに、食材表面にぬめりが生じることを抑制することができる。後述する実施例で示す通り、本発明の下処理用組成物を食材に付着させる量は、加熱調理前の食材の種類、大きさ等に応じて、本発明の効果が得られるように適宜調整することができる。」と記載されており、[0012]には、「澱粉Aは、ワキシーコーンスターチ、コーンスターチ、馬鈴薯澱粉、及びそれらの澱粉を原料澱粉として、物理的、化学的な加工を単独又は複数組み合わせて施した加工澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉」であり「アセチル化リン酸架橋澱粉、及び/又はエーテル化リン酸架橋澱粉であることがさらに好ましい」ことが記載され、[0013]には、「澱粉Bは、キャッサバから得られるタピオカ澱粉を原料澱粉として、物理的、化学的な加工を単独又は複数組み合わせて施した加工澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉」であり「酵素処理澱粉、アルファー化澱粉;湿熱処理澱粉;酸化澱粉;酸処理澱粉;漂白澱粉;アセチル化澱粉等のエステル化澱粉;リン酸化澱粉;ヒドロキシプロピル化澱粉等のエーテル化澱粉;リン酸架橋澱粉、アジピン酸架橋澱粉等の架橋澱粉;アセチル化アジピン酸架橋澱粉、アセチル化リン酸架橋澱粉、アセチル化酸化澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋澱粉、リン酸モノエステル化リン酸架橋澱粉等の複数の加工を組み合わせた加工澱粉等が挙げられる」ことが記載されている。また、[0019]〜[0023]には、澱粉A−1(ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ)と澱粉B−1(リン酸架橋タピオカ澱粉)、澱粉B−3(ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉)、澱粉B−4(酸化タピオカ澱粉)又は澱粉B−5(漂白タピオカ澱粉)とを含む実施例1、実施例5、実施例6及び実施例7の下処理組成物に鶏もも肉を漬け込み、ジェットオーブンで焼成したときの評価が、加熱後歩留りは82〜83%、ジューシー感はいずれも5(食材がジューシーに仕上がり、非常に良い)、食材表面のぬめりはいずれも○(加熱後の食材の表面に、澱粉由来のぬめりが全く感じられない)であったことが記載されているから、上記[0010]に記載された効果が得られることが裏付けられている。さらに、[0024]〜[0038]には、澱粉A−1と澱粉B−1との配合比率、食材100質量部に対する澱粉の添加量、漬け込み時間、調味粉及び食材を変更しても、上記[0010]に記載された効果が得られることが裏付けられている。 (4)サポート要件違反の判断 ア 課題を解決できる範囲 上記本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、澱粉A−1と、澱粉B−1、澱粉B−3、澱粉B−4又は澱粉B−5とを含む下処理組成物は、配合比率、食材100質量部に対する澱粉の添加量、漬け込み時間、組成物の形態、食材の違いによらず、加熱後歩留り、ジューシー感、食材表面のぬめりにおいて相応の評価が見込めるものと理解することができるから、 「食材を加熱調理する前に前記食材に付着させる下処理用組成物であって、 ヒドロキシプロピル化リン酸架橋ワキシーコーンスターチ(澱粉A)、及び リン酸架橋タピオカ澱粉、ヒドロキシプロピル化リン酸架橋タピオカ澱粉、酸化タピオカ澱粉、漂白タピオカ澱粉からなる群から選択される1種以上の澱粉(澱粉B)を含む下処理用組成物。」 及び当該下処理組成物を用いる加熱調理食品の製造方法は、本件発明の課題を解決することができると認識することができる。 イ 本件発明1〜6について 本件発明1及び4は、上記した「下処理組成物」及び「当該下処理組成物を用いる加熱調理食品の製造方法」であるから、発明の課題を解決できると認識することができる範囲のものである。請求項1若しくは4を直接又は間接的に引用する本件発明2、3、5及び6についても同様である。 したがって、特許請求の範囲の記載は明細書のサポート要件に適合する。 ウ 申立人の主張について 申立人は特許異議申立書において、概略、上記第3 1.(3)のように主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、当業者は澱粉A及び澱粉Bを含む下処理組成物が付着された食材が加熱調理されるときには、加熱の具体的な手段によらず、加熱に伴う澱粉の変性反応ないし食材との反応が共通して生じるものと理解することができ、また、甲2及び甲3を参酌しても、焼成以外の加熱調理では加熱後歩留り、ジューシー感及び食材表面の澱粉由来のぬめりに関する効果を得ることができないといえるに足る具体的な根拠は見いだせない。 また、加熱調理した際の澱粉由来のぬめりについては、本件明細書の[0005]に、従来技術の課題に関連して、「澱粉を含む下処理液で浸漬した場合、焼成等の加熱調理後の食材表面に澱粉由来のぬめりが生じ、加熱調理食品の食感が低下する場合がある」と記載されており、[0021]には、食材表面のぬめりの評価が専門パネル5名で3段階で評価されたことが記載されているから、食材の評価の訓練を受けた当業者であれば、食材表面の食感等に基づいて澱粉由来のぬめりがどのようなものであるか理解し評価することができるものといえる。 よって、申立人の主張を採用することはできない。 (5)理由3(サポート要件違反)についてのまとめ 以上のことから、本件発明1〜6は、いずれも発明の詳細な説明に記載したものであるといえるから、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合するものであり、それらの発明についての特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たしている特許出願に対してされたものである。 よって、理由3(サポート要件違反)により本件発明1〜6についての特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり、本件発明1〜6についての特許は、上記のいずれの特許異議申立理由によっても取り消すことはできない。 また、他に、これらの特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2024-06-28 |
出願番号 | P2018-177594 |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(A23L)
P 1 651・ 113- Y (A23L) P 1 651・ 537- Y (A23L) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
加藤 友也 |
特許庁審判官 |
天野 宏樹 磯貝 香苗 |
登録日 | 2023-09-05 |
登録番号 | 7343965 |
権利者 | 昭和産業株式会社 |
発明の名称 | 食材の加熱調理のための下処理用組成物、及び加熱調理食品の製造方法 |
代理人 | 野村 悟郎 |