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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 H01M 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載 H01M 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01M |
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管理番号 | 1413373 |
総通号数 | 32 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-08-30 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2024-04-25 |
確定日 | 2024-07-12 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7376970号発明「蓄電デバイス用外装材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7376970号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7376970号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜4に係る特許についての出願は、平成28年10月28日に出願され、令和5年10月31日にその特許権の設定登録がされ、同年11月9日に特許掲載公報が発行された。 その後、令和6年4月25日に特許異議申立人藤江桂子(以下、「特許異議申立人」という。)により本件の請求項1〜4に係る特許に対する特許異議の申立てがなされ、甲第1号証〜甲第8号証が提出された。 第2 本件特許発明 本件特許の請求項1〜4に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」〜「本件特許発明4」といい、これらを総称して「本件特許発明」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。 【請求項1】(本件特許発明1) 多層フィルムからなる蓄電デバイス用外装材であって、 水の濡れ接触角が50〜70度の範囲である表面を有する塗工層と、 第一の腐食防止処理層と、 バリア層と、 第二の腐食防止処理層と、 シーラント層と、 をこの順序で少なくとも備え、前記第一の腐食防止処理層上に前記塗工層が直接形成されており、 前記水の濡れ接触角は、1μgの水が滴下された前記塗工層の前記表面において、水及び空気の接する部位から水の曲面に接線を引いたとき、前記接線と前記塗工層の前記表面のなす角度であり、 前記塗工層が無機又は有機のフィラーを含有し、 前記フィラーの含有量が、前記塗工層の質量100質量部に対して0.5〜5.0質量部である、蓄電デバイス用外装材。 【請求項2】(本件特許発明2) 前記塗工層がポリエステル樹脂、ウレタン樹脂、フッ素樹脂、エポキシ樹脂、アミノ樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂及びアルキド樹脂よりなる群から選択される少なくとも一種の樹脂を含有する、請求項1に記載の蓄電デバイス用外装材。 【請求項3】(本件特許発明3) 前記バリア層がアルミニウム箔、銅箔及びステンレス箔よりなる群から選択される金属箔からなる、請求項1又は2に記載の蓄電デバイス用外装材。 【請求項4】(本件特許発明4) 前記バリア層とシーラント層との間に接着層を更に備え、 前記接着層が酸変性ポリオレフィン樹脂からなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の蓄電デバイス用外装材。 第3 特許異議の申立ての理由の概要 特許異議申立人が申し立てた理由は、概略以下のとおりである。 理由1 特許法第36条第6項第2号 請求項1〜4に係る特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。 理由2 特許法第29条第1項第3号 請求項1〜4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1〜4に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。 理由3 特許法第29条第2項 請求項1〜4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明と、周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。 甲第1号証:特開2015−84314号公報 甲第2号証:諸貫信行外1名、「微小液的の接触角ヒステリシス測定と表面微細構造の影響」、2010年度精密工学会春季大会学術講演会講演論文集、公益社団法人精密工学会、2010年9月1日、1127〜1128頁、セッションID:R34 甲第3号証:特開2016−186871号公報 甲第4号証:特開2015−65159号公報 甲第5号証:特開2002−137537号公報 甲第6号証:特開2005−88482号公報 甲第7号証:国際公開2015/115493号 甲第8号証:加藤正和、「インクジェットヘッドから吐出された微小液滴の接触角測定技術」、日本印刷学会誌、社団法人日本印刷学会、48巻3号、2011年、186〜190頁 第4 各甲号証の記載 1 甲第1号証 (1)甲第1号証に記載された事項 甲第1号証には、以下の記載がある。 なお、下線は、当審で付したものであり、以下の各甲号証についても同様である。 「【0001】 本発明は、バリア層上にコーティング層を最表層として設けることによって薄膜化されたフィルム状の電池用包装材料であって、優れた成形性を備え、しかもリードタイムも短縮化できる電池用包装材料に関する。」 「【0011】 本発明は、従来のフィルム状の電池用包装材料における接着層と基材層に代えてコーティング層を最表層として設けることによって薄膜化を実現できるフィルム状の電池用包装材料であって、優れた成形性を備え、しかもリードタイムの短縮化を図ることができるフィルム状の電池用包装材料を提供することを目的とする。」 「【0024】 2.電池用包装材料を形成する各層の組成 [コーティング層1] 本発明の電池用包装材料において、コーティング層1はバリア層2の上に設けられ、電池用包装材料の最表層を形成する層である。また、コーティング層1は、熱硬化性樹脂、及び硬化促進剤を含む樹脂組成物の硬化物で形成された単層又は複層構成からなり、且つ当該コーティング層を構成する少なくとも1つの層(硬化物)を形成させる樹脂組成物に反応性樹脂ビーズが含まれる。」 「【0048】 (反応性樹脂ビーズ) 単層構造のコーティング層1において、又は複層構造のコーティング層1を構成する少なくとも1つの層において、その形成に使用する樹脂組成物は、前記熱硬化性樹脂及び硬化促進剤と共に、反応性樹脂ビーズを含有する。このように、コーティング層1を構成する少なくとも1つの層において、反応性樹脂ビーズを含有させることにより、層中で反応性樹脂ビーズが熱硬化性樹脂と化学的に結合され、電池用包装材料に優れた成形性を備えさせることが可能になる。 【0049】 反応性樹脂ビーズとは、前記熱硬化性樹脂と反応して化学的に結合する官能基を有する樹脂製の粒子(フィラー)である。」 「【0057】 コーティング層1を構成する少なくとも1つの層の形成に使用される樹脂組成物において、反応性樹脂ビーズの含有量については、使用する熱硬化性樹脂の種類、反応性樹脂ビーズの種類等に応じて適宜設定されるが、例えば、熱硬化性樹脂100質量部に対して、反応性樹脂ビーズが総量で0.1〜30質量部、好ましくは0.2〜15質量部が挙げられる。」 「【0085】 また、バリア層2として金属箔を使用する場合、接着の安定化、溶解や腐食の防止等のために、少なくとも一方の面、好ましくは少なくともシーラント層側の面、更に好ましくは両面が化成処理されていることが好ましい。ここで、化成処理とは、バリア層2の表面に耐酸性皮膜を形成する処理である。化成処理は、例えば、硝酸クロム、フッ化クロム、硫酸クロム、酢酸クロム、蓚酸クロム、重リン酸クロム、クロム酸アセチルアセテート、塩化クロム、硫酸カリウムクロム等のクロム酸化合物を用いたクロム酸クロメート処理;リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、ポリリン酸等のリン酸化合物を用いたリン酸クロメート処理;下記一般式(1)〜(4)で表される繰り返し単位からなるアミノ化フェノール重合体を用いたクロメート処理等が挙げられる。」 「【0114】 上記のようにして、単層又は複層構造のコーティング層1/必要に応じて表面が化成処理されたバリア層2/必要に応じて設けられる接着層4/シーラント層3からなる積層体が形成される。」 「【0120】 (1)2層構造のコーティング層を有する電池用包装材料の製造とその評価−1 [電池用包装材料の製造1] 両面に化成処理を施したアルミニウム箔(厚さ40μm)からなるバリア層に、2層構造のコーティング層を形成した。具体的には、バリア層に、下記組成の樹脂組成物A2を硬化後の厚さが5μmとなるように塗布し、120℃、30秒の条件で硬化させて第2コーティング層を形成した。次いで、当該第2コーティング層上に、下記組成の樹脂組成物A1を硬化後の厚さが5μmとなるように塗布し、120℃、30秒の条件で硬化させて第1コーティング層を形成した。なお、バリア層として使用したアルミニウム箔の化成処理は、フェノール樹脂、フッ化クロム化合物、及びリン酸からなる処理液をクロムの塗布量が10mg/m2(乾燥重量)となるように、ロールコート法によりアルミニウム箔の両面に塗布し、皮膜温度が180℃以上となる条件で20秒間焼付けすることにより行った。 【0121】 その後、バリア層のコーティング層が積層されていない側に、カルボン酸変性ポリプロピレン(バリア層側に配置、厚さ23μm)とホモポリプロピレン(最内層、厚さ23μm)を、共押し出しすることにより、バリア層上に2層からなるシーラント層を積層させた。斯して、2層構造のコーティング層(第1コーティング層/第2コーティング層)/バリア層4/シーラント層が順に積層された積層体からなる電池用包装材料を得た。 【0122】 <第2コーティング層の形成に使用した樹脂組成物A2> ・熱硬化性樹脂 100質量部 (主剤:分子量8000〜50000、水酸基価40未満のウレタンポリオール、硬化剤:ジフェニルメタンジイソシアネートアダクト) ・硬化促進剤 1質量部 (80〜150℃で熱硬化性樹脂の架橋反応を促進するイミダゾール化合物) 【0123】 <第1コーティング層の形成に使用した樹脂組成物A1> ・熱硬化性樹脂 100質量部 (主剤:分子量500〜3000、水酸基価70以上の脂肪族ポリオール、硬化剤:ジフェニルメタンジイソシアネートアダクト) ・硬化促進剤 1質量部 (1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7エンのオクチル酸塩) ・樹脂ビーズ 表1〜4に示す所定量 (表1〜4に示す樹脂ビーズ) ・スリップ剤 1質量部 (エルカ酸アミド)」 「【0131】 【表3】 」 (2)甲第1号証に記載された発明 【0001】より、甲第1号証には、「バリア層上にコーティング層を最表層として設けることによって薄膜化されたフィルム状の電池用包装材料」に関する発明が記載されている。 【0114】より、甲第1号証の電池用包装材料は、コーティング層1/表面が化成処理されたバリア層2/接着層4/シーラント層3からなる積層体である。 ここで、【0085】より、化成処理とは、腐食の防止のためにバリア層の両面に耐酸性皮膜を形成する処理であるから、表面が化成処理されたバリア層2は、腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層であるといえる。 そして、コーティング層側の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層及び接着層側の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層を、それぞれ、第一の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層及び第二の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層と称すると、甲第1号証の電池用包装材料は、コーティング層と、第一の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層と、バリア層と、第二の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層と、接着層と、シーラント層とをこの順序で備えているものといえる。 【0024】、【0048】より、コーティング層は反応性樹脂ビーズを含有するものであり、【0049】より、反応性樹脂ビーズとは、樹脂製のフィラーである。 すなわち、コーティング層は、樹脂製のフィラーである反応性樹脂ビーズを含有しているといえる。 【0120】〜【0123】の記載を考慮し、【0131】の【表3】における第1コーティング層の樹脂組成物をA1とする実施例35に着目すると、甲第1号証のコーティング層は、2層構造のコーティング層であり、バリア層に、下記組成の樹脂組成物A2を硬化後の厚さが5μmとなるように塗布し第2コーティング層を形成し、当該第2コーティング層上に、下記組成の樹脂組成物A1を硬化後の厚さが5μmとなるように塗布し第1コーティング層を形成したものである。 <第2コーティング層の形成に使用した樹脂組成物A2> ・熱硬化性樹脂 100質量部 (主剤:分子量8000〜50000、水酸基価40未満のウレタンポリオール、硬化剤:ジフェニルメタンジイソシアネートアダクト) ・硬化促進剤 1質量部 (80〜150℃で熱硬化性樹脂の架橋反応を促進するイミダゾール化合物) <第1コーティング層の形成に使用した樹脂組成物A1> ・熱硬化性樹脂 100質量部 (主剤:分子量500〜3000、水酸基価70以上の脂肪族ポリオール、硬化剤:ジフェニルメタンジイソシアネートアダクト) ・硬化促進剤 1質量部 (1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7エンのオクチル酸塩) ・樹脂ビーズ アクリル樹脂製であり、平均粒径が6μm、添加量が0.3質量部である。 ・スリップ剤 1質量部 (エルカ酸アミド) 以上より、特に第1コーティング層の樹脂組成物をA1とする実施例35に係る構成に着目し、上記記載及び図面を総合勘案すると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。 (甲1発明) バリア層上にコーティング層を最表層として設けることによって薄膜化されたフィルム状の電池用包装材料であって、 コーティング層と、 第一の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層と、 バリア層と、 第二の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層と、 接着層と、 シーラント層と、 をこの順序で備え、 コーティング層は、樹脂製のフィラーである反応性樹脂ビーズを含有し、 コーティング層は、2層構造のコーティング層であり、バリア層に、下記組成の樹脂組成物A2を硬化後の厚さが5μmとなるように塗布し第2コーティング層を形成し、当該第2コーティング層上に、下記組成の樹脂組成物A1を硬化後の厚さが5μmとなるように塗布し第1コーティング層を形成したものである電池用包装材料。 <第2コーティング層の形成に使用した樹脂組成物A2> ・熱硬化性樹脂100質量部 (主剤:分子量8000〜50000、水酸基価40未満のウレタンポリオール、硬化剤:ジフェニルメタンジイソシアネートアダクト) ・硬化促進剤1質量部 (80〜150℃で熱硬化性樹脂の架橋反応を促進するイミダゾール化合物) <第1コーティング層の形成に使用した樹脂組成物A1> ・熱硬化性樹脂100質量部 (主剤:分子量500〜3000、水酸基価70以上の脂肪族ポリオール、硬化剤:ジフェニルメタンジイソシアネートアダクト) ・硬化促進剤1質量部 (1,8−ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデセ−7エンのオクチル酸塩) ・樹脂ビーズ アクリル樹脂製であり、平均粒径が6μm、添加量が0.3質量部である。 ・スリップ剤1質量部 (エルカ酸アミド) 2 甲第2号証 甲第2号証には、以下の記載がある。 「2.装置構成と実験手順 (中略) 図3は液滴写真の例を示す.数mmの大きさの液滴の場合,シリンジによる収縮操作を行って後退接触角を測定する.図に示すように直径がmm以下の微小液滴では比表面積(体積に対する表面積の割合)が大きいため数秒のうちに蒸発に伴う収縮が始まる.そこで,時々刻々の接触角を測定すれば前進接触角から後退接触角までを測定することができる.同図で体積が1/10になるとさらに比表面積が大きくなり,わずか10秒程度で液滴は消えてしまった(スケール効果).」 「3.2 ヒステリシス 図6はガラス基板上の液滴の接触角の時間経過を示す.接触角は液滴形成直後からほぼ一定の速度で小さくなり始め,その速度(グラフ上の勾配)は液滴が小さいほど大きい.これは前述のように比表面積が大きいためである.(中略) 図7はシリコン基板上の液滴の接触角の時間経過を示す.」 3 甲第3号証 甲第3号証には、以下の記載がある。 「【発明が解決しようとする課題】 【0009】 ところが、本発明者らが検討したところ、基材層側の表面に滑剤を存在させて、電池用包装材料の成形性を高めた場合には、基材層側の表面においてインキが弾かれて、インキが定着しにくくなり、インキが形成されない抜け部分が生じることがあることが明らかとなった。特に、パッド印刷によって印刷した場合の印刷適性が不十分になる傾向があることが明らかとなった。 このような状況下、本発明は、基材層側の表面におけるインキの印刷特性に優れた電池用包装材料を提供することを主な目的とする。さらに、本発明は、当該電池用包装材料の製造方法、及び当該電池用包装材料用いた電池を提供することも目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0010】 本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、少なくとも、基材層と、金属層と、シーラント層とが順次積層された積層体からなる電池用包装材料において、基材層側の表面(シーラント層とは反対側の表面)の接触角を80°以下に設定することにより、基材層側の表面におけるインキの印刷特性を効果的に高めることができることを見出した。さらに、本発明者等は、基材層側の表面にコロナ処理を施すことにより、当該基材層側の表面の接触角を80°以下に設定できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。」 「【0026】 本発明の電池用包装材料においては、基材層1側の表面(電池用包装材料の最表面)の接触角が、80°以下であることを特徴とする。すなわち、基材層1が最表面を構成している場合には、基材層1の表面の接触角が、80°以下となる。また、後述のコーティング層6を基材層1の外側に設ける場合には、コーティング層6の表面の接触角が、80°以下となる。本発明においては、電池用包装材料の基材層1側の表面の接触角が80°以下であることにより、基材層1側の表面においてインキが弾かれにくく、印刷適性に優れている。特に、基材層1側の表面に滑剤を存在させて成形性を高めた電池用包装材料に対して、パッド印刷によってインキを印刷すると、基材層1側の表面でインキが弾かれ、印刷不良が生じる場合があるが、本発明の電池用包装材料は、このような場合においても、基材層1側の表面の接触角が、80°以下であるため、インキが弾かれにくく、パッド印刷によって基材層表面に印字などが形成される電池用包装材料として、特に好適である。」 「【0088】 【表1】 」 4 甲第4号証 甲第4号証には、以下の記載がある。 「【0008】 本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた印刷適性を有するリチウムイオン電池用外装材を提供することを目的とする。」 「【0014】 本発明の外装材は、前記基材層側の表面に、前記印刷に使用されるインクに含まれるインク溶媒の液滴を着滴させたときに、前記液滴の着滴から5秒後における接触角(以下「5秒後の接触角」ともいう。)が10°以上30°以下であり、前記液滴の着滴から5秒間での接触角の変化(以下「接触角の時間変化(5秒間)」ともいう。)が6°以下である。これにより、本発明の外装材は優れた印刷適性を有する。 前記5秒後の接触角は、15°以上25°以下が好ましい。 前記接触角の時間変化(5秒間)は3°以下が好ましい。 【0015】 前記5秒後の接触角が10°未満であると、インクの濡れが良すぎて、インクの滲みによる印刷不良が生じやすい。例えばインクの液滴を印刷面(基材層側の表面)に直接吹き付けるインクジェット印刷では、インクの滲みが発生して形状を維持できないおそれがある。前記5秒後の接触角が30°超であると、インクのハジキによる印刷不良が生じやすい。 前記接触角の時間変化(5秒間)が6°を超える場合、インクを用いて前記基材層側の表面にデザインやバーコードを印刷する際に、適切な印刷が出来なくなるおそれがある。つまり、該表面にインクを塗布してインクが乾燥するまでには数秒間の時間を要する。インクが乾燥するまでの間に該表面のインクの濡れやすさ(インクに対する接触角)が大きく変化すると、該表面にてインクの滲みやハジキが発生するおそれがある。」 「【0142】 【表1】 【0143】 【表2】 【0144】 上記結果に示すように、基材層11側の表面におけるMEK接触角の時間変化(5秒間)が6°以下であり、5秒後のMEK接触角が10°以上30°以下である実施例1〜3の外装材は、インク溶媒がMEKであるインクによる印刷を良好に行うことができた。 一方、MEK接触角の時間変化(5秒間)が6°超であり且つ5秒後のMEK接触角が10°未満の比較例1、MEK接触角の時間変化(5秒間)が6°超の比較例2の外装材は、インク溶媒がMEKであるインクによる印刷を行ったときに、印刷不良が生じた。」 5 甲第5号証 甲第5号証には、以下の記載がある。 「【0006】 【発明が解決しようとする課題】本発明は、顔料インクを使用して記録するプリンターやインクジェットプロッター等に好適に用いられ、ニジミがなく高品位の画像を高速でプリントすることができ、印字濃度が高く、塗膜の耐水性に優れるインクジェット記録用シートを提供する。」 「【0010】 【発明の実施の形態】本発明は、まず、水非浸透性である樹脂フィルムのようなシートを支持体として用いたインクジェット記録シートのインク受容層表面が、蒸留水に対する接触角が25〜80度となるように調節することが特徴である。本発明でいう蒸留水に対する接触角(TAPPIT458)は、水平なステージの上に置かれたインクジェット記録用シートの上にマイクロシリンジ等を用い、液滴がインクジェット記録用シートと接触するかしないかの高さから一定量の液滴を滴下し、滴下後の液滴の輪郭をビデオカメラにより捕らえ、その画像を解析することにより求める。接触角は、液の吸収の影響を受けて時間経過とともに変化するため、測定時間については、滴下直後が好ましいが、本発明では着弾による液滴の揺れが落ち着つく0.1秒後で測定する。 【0011】本発明は、インク受容層表面の蒸留水に対する接触0.1秒後の接触角が25〜80度に規定するものであり、好ましい接触角は30〜70度、より好ましい接触角は45〜65度である。因みに、前記接触角が25度未満になると、高インク吐出量を有するインクジェットプロッターで印字を行った場合、印字部のインク受容量が大きく即座にインクが吸収されにいくいためか、水平方向へのインクの移動が発生し、結果として輪郭ニジミが発生し実用上問題がある。一方、前記接触角が80度を越えるとインクの乾燥性が悪くなり、印字部と隣接する異なる色の印字部の境界で異なる色同士が交じり合う境界ニジミが発生し実用上問題がある。なお、前記接触角が、25度以上45度未満であると、実用上問題のないものの、同様のインク着弾直後の水平方向へのインクの移動が発生する傾向があり、若干印字品質が低下する。前記接触角が65度を超え80度以下であると、実用上問題のないものの、インクの乾燥性が若干悪くなる傾向がある。 【0012】紙などの支持体を使用する場合とは異なり、本発明は水を浸透しない樹脂フィルム類を支持体として使用する。即ち、樹脂フィルム類を基材とするインクジェット記録用シートでは、基材がインクを吸収しない為に、紙を基材としたものと比較してインク吸収速度が遅くなる傾向があり、フィルムを基材とするインクジェット記録用シートのインク受容層表面の接触角が80度を越えるとインクの乾燥性が悪くなり、印字部と隣接する異なる色の印字部の境界で異なる色同士が交じり合う境界ニジミが発生し実用上問題がある。」 6 甲第6号証 甲第6号証には、以下の記載がある。 「【0009】 本発明は上記の実態に鑑みて為されたものであり、本発明の目的は、インクジェットプリンターで印字した際に、色ムラ及び滲みを生じることがなく、高画質、高解像度で発色性に優れたインクジェット記録媒体の製造方法、インクジェット記録媒体及びインクジェット記録方法を提供することにある。」 「【0039】 本発明の記録媒体はインク吸収層を有し、該インク吸収層に、沈降法又はゲル法で得られるシリカ凝集体を粉砕分散したシリカ微粒子を含有させ、且つ、記録媒体の表面と水との0.04秒後の接触角が40°〜80°になるよう製造されることを特徴とする。好ましくは前記0.04秒後の接触角が50°〜70°である。 【0040】 本発明者らが鋭意検討した結果、このような範囲に該記録媒体表面の濡れ性(記録媒体表面と水との接触角を本願範囲にする)を制御するすることで、水系インクで記録した画像の画質が優れることを見出した。本発明における該記録媒体表面と水との接触角は市販の接触角測定装置を用いて求めることができる。このような表面の濡れ性を制御した記録媒体の作製は後述するインク吸収層中の構成材料、添加剤種類、その使用量等を制御すること及び/又はインク吸収層作製後、表面に各種添加剤をオーバーコートすること等により可能である。」 「【0100】 【表1】 【0101】 [インクジェット画像の評価] <色ムラの評価> カラーインクジェットプリンターPM800C(セイコーエプソン社製)により、前記作製した記録媒体1〜11に、ブラック、シアン、マゼンタ、イエローのベタ画像を印字し、下記に示す基準に則り目視にて評価を行った。結果を表2に示す。 【0102】 4:ムラが全くなし 3:ムラが僅かに認められるが実技上は問題ないレベル 2:ムラが認められ実技上問題となるレベル 1:全く許容され得ないレベル <解像度の評価> カラーインクジェットプリンターPM800C(セイコーエプソン社製)により、前記作製した記録媒体1〜11に、ブラック、シアン、マゼンタ、イエローの幅100μmのラインを印字し、顕微鏡で50倍に拡大し、下記に示す基準に則り目視にて評価を行った。結果を表2に示す。 【0103】 4:ドット形状が非常にシャープである 3:ドット形状がシャープである 2:ドット形状が一部崩れているが、実用上問題ないレベル 1:ドット形状を保持していない <画質の評価> カラーインクジェットプリンターPM800C(セイコーエプソン社製)により、前記作製した記録媒体1〜11に、黄ベタに黒文字画像を印字し、下記に示す基準に則り目視にて評価を行った。結果を表2に示す。 【0104】 4:文字の滲みが全くなし 3:文字の滲みが僅かに認められるが実技上は問題ないレベル 2:文字の滲みが認められ実技上問題となるレベル 1:全く許容され得ないレベル <発色性の評価> カラーインクジェットプリンターPM800C(セイコーエプソン社製)により、前記作製した記録媒体1〜11に、ブラックのベタ画像を印字し、濃度計(X−Rite社製X−Rite938)を用いて反射濃度測定を行った。結果を表2に示す。 【0105】 【表2】 【0106】 表2より明らかなように、本発明のインクジェット用記録媒体の製造方法及びそれで得られたインクジェット用記録媒体、インクジェット記録方法を用いて記録した画像は、比較のインクジェット用記録媒体を用いて記録した画像に比して、色ムラ、解像度、画質、発色性の全ての面で優れた効果を示すことが分かる。」 7 甲第7号証 甲第7号証には、以下の記載がある。 「[0007] (前略) 従って、本発明は、安価な炭酸カルシウムを顔料の主成分(50質量%以上)とし、インクジェット印字の際のインクの乾燥性と耐水性に優れ、高精細な画質と高い発色性を有し、且つ、オフセット印刷タイプの風合いと筆記適性のある、線太りが抑制されたインクジェット記録媒体及びその製造方法を提供することにある。」 「[0035] (接触角) 本発明のインクジェット記録媒体は、蒸留水0.004ml(4μl)による、滴下0.06秒後のインク受容層の接触角を40度以上、又は40度未満に調整することが好ましい。 接触角は、角度(度)で表わされ、接触角が高いほど滴下した液滴の広がりが小さく、接触角が低いほど滴下した液滴の広がりが大きい。 本発明において、インク受容層の接触角を40度以上に調整することにより、インクジェット印字の際のムラが小さく、画像の周辺部の滲み、特に文字の縁における毛羽立ち(フェザリング)や、異なる色の境界で色が混ざり合って発生する滲み(ブリーディング)が小さい、高精細な画質が得られる。更に、線太りの抑制が容易となる。 一方、インク受容層の接触角を40度未満に調整することにより、インクが広がるので、筋抜け(筋状の未印字部)の抑制が容易となり、インクの乾燥性が向上する。従って、用途に応じてインク受容層の接触角を調整すればよい。 (後略)」 8 甲第8号証 甲第8号証には、以下の記載がある。 「1.はじめに (中略)そのため,これまではインクとメディアとのぬれ・浸透性の評価機器としてμL(マイクロリットル)の液量を使用する汎用タイプの接触角計が代用されてきた.接触角計とは図1のように液滴の断面画像から液体のぬれ性を角度(接触角)として数値化したもので,一般には液体と固体表面との親和性を評価する目的で使用される.また,接触角以外に着液量,接触半径,高さも計測することができ,計測値の経時変化を追跡することにより浸透や蒸発(定着)の速さも評価することができる. 汎用タイプの接触角計では実際のスケールには程遠いが傾向は見いだせるという期待もあり,事実それで商品開発を進めることができた実績もある.しかし,浸透性の評価にμLはあまりにも多量であり多くても1nL(ナノリットル)1),望ましくは1〜100pL(ピコリットル)で評価したいとの要求が根強くあった.そこで,pLの液滴吐出ディスペンサ,観測用光学系,照明,カメラ,それらを連動させるコントロールポックス,制御・解析ソフトウェアから構成された極小接触角計を構築し.汎用接触角計では不可能であった計測や観察が可能となった. 以下に,IJヘッドをディスペンサとしたタイプの極小接触角計による測定例を中心に,微小液滴による接触角の測定技術を紹介する.」 第5 当審の判断 1 理由1について (1)特許異議申立人の主張 特許異議申立人は、特許異議申立書において、以下のような明確性違反に関する主張をしている。 「(ア)本件特許発明1について (中略) b また、本件特許の発明の詳細な説明では、この水の濡れ接触角は、JIS R3257:1999に記載された方法(静滴法)に準じて測定することができることが記載され(【0012】)、実施例(【0067】〜【0082】)において、塗工層の水の濡れ接触角は、JIS R3257:1999に記載された方法(静滴法)に準じて測定した値であることが記載されている(【0069】)。 c そして、JIS R3257:1999では、静滴法の試験方法について、以下のように説明されている(要すれば、https://kikakurui.com/r3/R3257-1999-01.html)。 「6.3 ぬれ性試験 6.3.1 試験条件 試験条件は,次による。 a) 室温25士5℃,湿度50土10%とする。 b) 水滴の容量は,1μl以上4μl以下とする。 c) 測定時間は,水滴を試験片上に静置してから1分以内とする。 d) 使用する水は,蒸留水とする。 6.3.2 試験操作手順 a) 試験装置に定められた方法で,試験装置の校正を行う。 b) 試験片を試料台に置く。 c) 清浄なガラス製ビーカーに蒸留水を入れ,この蒸留水を注射器の中に採取する。 d) 注射器内の蒸留水を,試料台上の試験片上に水滴として静置する。速やかに水滴のrとhを測定するか,θ/2を読み取る。 e) 測定場所は,図5に示すように最低5か所以上とする。 d また、甲2〜8によれば、インクによる印刷を施す素材表面の接触角に関して、以下のことが周知であったといえる。 (a)接触角の測定に用いる微小液滴は、比表面積が大きく、蒸発に伴う収縮が始まる等の影響で、接触角の値は、液滴形成直後から経時的に変化することこと(上記甲2−1、甲2−2、甲8−1(図1)) (b)上記(a)の事情もあって、通常、接触角の測定は、液滴形成後、一定の時間を経過したタイミングで行われていること(上記甲3−4(【0087】、上記甲4−1、甲4−3、甲4−4、上記甲5−1、甲5−2、上記甲6−1、甲6−2、甲6−3、上記甲7−1) e 上記d(a)(b)の周知技術も踏まえると、素材表面の接触角を規定するには、その測定のタイミングも併せ特定する必要があるが、本件特許発明1では、測定タイミングについて規定がなされていない。 f よって、本件特許発明1において、接触角の値は一義的に定まらないから、同発明は不明確である。 (イ)本件特許発明2〜4について 上記(ア)の記載不備は、請求項1を引用する本件特許発明2〜4にも妥当する。 よって、本件特許発明2〜4も、不明確である。」(特許異議申立書44頁〜46頁) (2)検討 発明の詳細な説明には、水滴を試験片に静置してから接触角測定までの具体的な時間についての記載や示唆はないものの、【0012】、【0069】には、「この水の濡れ接触角は、JISR3257:1999に記載された方法(静滴法)に準じて測定することができる。」、「「濡れ接触角」は、60℃にて7日間のエージング処理後の塗工層の水の濡れ接触角をJISR3257:1999に記載された方法(静滴法)に準じて測定した値である。」と記載されている。 ここで、特許異議申立人が摘記しているように、JIS R3257:1999における静滴法の試験方法では、試料台上の試験片上に水滴として静置し、速やかに水滴のrとhを測定するか,θ/2を読み取ることとされている。 してみると、特許異議申立人が主張するように、濡れ接触角の値が経時的に変化するものであるとしても、本件特許発明1における「水の漏れ接触角」は、JIS R3257:1999に記載されているように、試料台上の試験片上に水滴を静置したら速やかに測定されてなるものであると解され、静置してから測定するまでの具体的な時間についての限定がなくとも、本件特許発明1における「水の漏れ接触角」の値が一義的に定まらないとまではいえず、よって、本件特許発明1〜4に関する記載が不明確であるとは認められない。 よって、特許異議申立人の明確性要件に関する主張を採用することはできず、本件特許明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえないから、本件請求項1〜4に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではない。 2 理由2、3について (1)本件特許発明1について ア 対比 本件特許発明1と甲1発明とを対比する。 (ア)甲1発明の「電池用包装材料」は、複数の層からなる薄膜化されたフィルム状のものであるから、本件特許発明1のように、「多層フィルムからなる」ものといえる。 また、「電池」は、蓄電デバイスであるといえ、「電池用包装材料」は、電池(蓄電デバイス)の外装材であるといえるから、甲1発明の「電池用包装材料」は、本件特許発明1の「蓄電デバイス用外装材」に相当する。 以上より、甲1発明の「電池用包装材料」は、本件特許発明1の「多層フィルムからなる蓄電デバイス用外装材」に相当する。 (イ−1)甲1発明の「コーティング層」は、バリア層に、樹脂組成物A2を塗布し第2コーティング層を形成し、当該第2コーティング層上に、樹脂組成物A1を塗布したもの、すなわち、塗工した層といえるから、本件特許発明1の「水の濡れ接触角が50〜70度の範囲である表面を有する塗工層」とは、「塗工層」である点で共通する。 (イー2)甲1発明の「第一の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層」及び「第二の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層」は、それぞれ、腐食防止のために処理された層といえるから、本件特許発明1の「第一の腐食防止処理層」及び「第二の腐食防止処理層」に相当する。 (イ−3)甲1発明の「バリア層」及び「シーラント層」は、それぞれ、本件特許発明1の「バリア層」及び「シーラント層」に相当する。 (イ−4)甲1発明のコーティング層と第一の腐食の防止のために耐酸性皮膜が形成されている層とは、接着層等を介することなく、直接形成されているものであるから、甲1発明は、本件特許発明1のように、「前記第一の腐食防止処理層上に前記塗工層が直接形成」されているものである。 (イ−5)以上より、本件特許発明1と甲1発明とは、 「 塗工層と、 第一の腐食防止処理層と、 バリア層と、 第二の腐食防止処理層と、 シーラント層と、 をこの順序で少なくとも備え、前記第一の腐食防止処理層上に前記塗工層が直接形成されて」いる点で共通する。 しかし、本件特許発明1の「塗工層」は、「水の濡れ接触角が50〜70度の範囲である表面を有する」ものであり、「前記水の濡れ接触角は、1μgの水が滴下された前記塗工層の前記表面において、水及び空気の接する部位から水の曲面に接線を引いたとき、前記接線と前記塗工層の前記表面のなす角度」であるのに対し、甲1発明は、そのような特定を有していない点で相違する。 (ウ)甲1発明の「コーティング層」は、アクリル樹脂製のフィラーである反応性樹脂ビーズを含有しており、アクリル樹脂製のフィラーは、有機のフィラーであるので、本件特許発明1と甲1発明とは、「前記塗工層が有機のフィラーを含有」している点で共通する。 (エ)甲1発明のコーティング層は、熱硬化性樹脂100質量部、硬化促進剤1質量部、熱硬化性樹脂100質量部、硬化促進剤1質量部、樹脂ビーズ0.3質量部、スリップ剤1質量部からなるものである。 したがって、コーティング層の質量100質量部に対する樹脂ビーズの含有量は、0.3/(100+1+100+1+0.3+1)×100=0.148質量部である。 そうすると、フィラーの含有量が、塗工層の質量100質量部に対して、本件特許発明1は、「0.5〜5.0質量部である」のに対し、甲1発明は、0.148質量部である点で相違する。 (オ)上記(ア)〜(エ)によれば、本件特許発明1と甲1発明との一致点、相違点は次のとおりである。 (一致点) 「 多層フィルムからなる蓄電デバイス用外装材であって、 塗工層と、 第一の腐食防止処理層と、 バリア層と、 第二の腐食防止処理層と、 シーラント層と、 をこの順序で少なくとも備え、前記第一の腐食防止処理層上に前記塗工層が直接形成されており、 前記塗工層が有機のフィラーを含有する、 蓄電デバイス用外装材。」 (相違点1) 本件特許発明1の「塗工層」は、「水の濡れ接触角が50〜70度の範囲である表面を有する」ものであり、「前記水の濡れ接触角は、1μgの水が滴下された前記塗工層の前記表面において、水及び空気の接する部位から水の曲面に接線を引いたとき、前記接線と前記塗工層の前記表面のなす角度」であるのに対し、甲1発明は、そのような特定を有していない点。 (相違点2) フィラーの含有量が、塗工層の質量100質量部に対して、本件特許発明1は、「0.5〜5.0質量部である」のに対し、甲1発明は、0.148質量部である点。 イ 判断 (ア)相違点1について 塗工層の水の濡れ接触角に関して、本件明細書の発明の詳細な説明には以下のような記載がある。(下線は、当審で付したものである。) 「【0011】 本発明は、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成することが可能であり且つ十分に薄い蓄電デバイス用外装材を提供することを目的とする。」 「【0013】 上記外装材においては、従来の延伸フィルム等の基材フィルムの代わりに塗工層を採用している。塗工層は厚さを十分に薄く形成できるため、外装材全体を十分に薄くできる。また、塗工層の表面が所定範囲(40〜80度)の水の濡れ接触角を有しているため、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成することができる。」 「【0018】 本発明によれば、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成することが可能であり且つ十分に薄い蓄電デバイス用外装材が提供される。」 「【0026】 塗工層13は、表面に1μgの水を滴下した状態において、塗工層、水及び空気の接する部位から、水の曲面に接線を引いたとき、この接線と塗工層13の表面のなす角度(濡れ接触角)が40度〜80度であることが好ましい(JISR3257:1999参照)。この角度は50度〜70度であることがより好ましい。濡れ接触角が40度以上であれば、成型加工時に金型表面との親和性が低減し、成型エリア内への外装材の流れ込みを促し、成型性が向上する。角度が80度以下であれば、塗工層13上への印字の際にインクをはじくことが十分に抑制され、印字性に優れる。濡れ接触角は塗工層を構成する主剤樹脂の種類、並びに、フィラーなどの添加剤の種類及びその含有量によって調節することができる。」 すなわち、本件特許発明1は、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成するために、塗工層の表面の水の濡れ接触角を40度〜80度好ましくは50度〜70度の範囲にしたものであり、当該範囲の下限値以上とすることにより成型性が向上し、上限値以下とすることにより印字性が優れたものとなる。 また、濡れ接触角は塗工層を構成する主剤樹脂の種類、並びに、フィラーなどの添加剤の種類及びその含有量によって調節することができるものである。 そこでまず、濡れ接触角は塗工層を構成する主剤樹脂の種類、並びに、フィラーなどの添加剤の種類及びその含有量によって調節することができることから、本件特許発明1と甲1発明に関して、主剤樹脂の種類、並びに、フィラーなどの添加剤の種類及びその含有量が同じであれば濡れ接触角も同じになる蓋然性が高いといえるので、具体的な主剤樹脂の種類、並びに、フィラーなどの添加剤の種類及びその含有量について検討する。 本件の【0070】の【表1】において、濡れ接触角が50〜70度になるのはA1〜A7である。 A1〜A7をみると、主剤樹脂は、水分散型ポリウレタン、二液硬化型ポリウレタン、水分散型ポリエステル、溶剤可溶型ポリエステルのいずれかであり、添加剤の種類は、アクリルフィラー、ベンゾグアナミンフィラー、メラミンフィラーシリカフィラーのいずれかであり、添加量はいずれも2質量部である。 一方、甲1発明は、A1〜A7のいずれと比較しても主剤樹脂の種類、添加剤の種類及びその含有量の全てが一致する構成ではない。 したがって、甲1発明において、濡れ接触角が50〜70度になる蓋然性が高いとはいえない。 更には、甲第1号証の実施例35以外の実施例を見ても、A1〜A7と主剤樹脂の種類、添加剤の種類及びその含有量の全てが一致する構成はない。 次に、甲第3号証〜甲第7号証の記載を検討し、甲1発明において、濡れ接触角が50〜70度とすることが容易に想到しうるものであるかについて検討する。 甲第3号証には、インキの印刷特性に優れた電池用包装材料を提供することを目的として、基材層の表面の接触角を80°以下(実施例1〜6は、71〜79°)に設定した電池用包装材料が記載されている。 甲第4号証には、優れた印刷適性を有するリチウムイオン電池用外装材を提供することを目的として、前記液滴の着滴から5秒後における接触角(以下「5秒後の接触角」ともいう。)が10°以上30°以下であり、15°以上25°以下が好ましい(実施例1〜3は、16.7°〜21.8°)リチウムイオン電池用外装材が記載されている。 そうすると、甲第3号証及び甲第4号証の記載から、蓄電デバイス用外装材の塗工層に関して、優れた印刷特性とするために、濡れ接触角を定めることは周知技術であるといえるものの、いずれも本件特許発明1の濡れ接触角の範囲と異なるものであるし、本件特許発明1のような、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成するための技術でなく、甲第5号証〜甲第7号証にも、接触角の範囲に関する記載があるものの、いずれも、インクジェット記録に関する技術であって蓄電デバイス用外装材に関する技術ではなく、また、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成するための技術でもないことから、上記相違点1に係る構成は、甲第3号証〜甲第7号証に記載された周知技術を考慮しても容易に想到しうるものであるとはいえない。 (イ)相違点2について 甲第1号証の【0057】には、「熱硬化性樹脂100質量部に対して、反応性樹脂ビーズが総量で0.1〜30質量部、好ましくは0.2〜15質量部が挙げられる。」と記載されており、当該範囲は、本件特許発明1の範囲を含むものであるが、甲第1号証には成形性を向上させることの記載はあるものの、印字性に関する記載はなく、印字性の向上性をも考慮して、甲1発明の上限及び下限について、0.5〜5.0質量部に限定する理由はなく、甲1発明に基づいて相違点3に係る構成が容易に想到しうるものであるとはいえない。 (ウ)小括 以上より、本件特許発明1と甲1発明とを対比すると、上記ア(オ)で示したように相違点1及び相違点2を有するものであり、当該相違点に係る構成が容易に想到しうるものでない以上、請求項1に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明でなく、また、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載の発明と、周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 新規性及び進歩性に関する特許異議申立人の主張について (ア)特許異議申立人の主張 特許異議申立人は、特許異議申立書において新規性及び進歩性に関し、特に以下のような主張をしている。 a 「甲1発明Aにおける「2層構造のコーティング層」に含まれる「樹脂ビーズ」及び「スリップ剤」は、本件特許発明1における「有機のフィラー」に相当する。また、甲1発明Aにおける「2層構造のコーティング層」中の「樹脂ビーズ」及び「スリップ剤」の含有割合は、(中略)0.6質量%であるから、本件特許発明1における「前記フィラーの含有量が、前記塗工層の質量100質量部に対して0.5〜5.0質量部である」との発明特定事項を充足する。」(特許異議申立書48頁)(以下、「主張1」という。) b 「ここで、甲1発明Aにおけるコーティング層は、熱硬化性樹脂として、ウレタン系樹脂が用いられ(樹脂組成物A1及びA2ともに、ポリオールとイソシアネートが反応することで得られる熱硬化性樹脂が用いられている)、有機フィラーとして、アクリル樹脂ビーズとスリップ剤(エルカ酸アミド)を所定量含んでいる。 (中略)甲1発明Aにおけるコーティング層表面の水の濡れ接触角も、50〜70度の範囲を充足する蓋然性が高い。」(特許異議申立書50〜51頁)(以下、「主張2」という。) c 「b−2−1 構成の容易想到性について (a)本件特許の出願日当時、電池用包装材料の最外層に直接インクジェット等で印刷を行うことは、周知の技術であった(上記甲3−1〜甲3−4、上記甲4−1〜甲4−4)。 (b)また、印刷特性の観点から、印刷される素材表面の接触角は重要なファクターであること、そして、接触角の適切な範囲は、用いるインクの溶媒との関係で決まること(水系インクの場合は、蒸留水に関する接触角が重要であり、また、溶剤系インクの場合は、当該溶剤についての接触角が重要であること。上記甲5−2(【0013】)、上記甲4−1、甲4−3、甲4−4)も周知の技術的事項であった。(中略) (c)そして、印刷特性の関係から、印刷される素材表面の水の接触角の適切な範囲については、以下のような範囲が知られている。 甲3:80°以下、好ましくは72°以下 甲5:25〜80度、好ましくは45〜65度 甲6:40°〜80°、好ましくは50°〜70° 甲7:40度以上 (d)そうしてみると、甲1発明Aの電池用包装材料のコーティング層表面の水性インクジェット印刷を行う場合の印刷特性向上の観点から、上記(b)(c)の内容も踏まえて、甲1発明Aのコーティング層表面の水の接触角を「1μg」の大きさの液滴を用いて測定し、その最適な範囲を決定することは、当業者であれば、適宜なしうることである。(中略) b−2−2 効果の顕著性について (a)甲1発明Aの電池用包装材料は、薄膜化を実現でき、優れた成形性を備えるものである(上記甲1−2)。 (b)そして、上記b−2−1で述べたとおり、甲1発明Aのコーティング層表面の水の接触角の最適な範囲を決定することにより、印刷特性にも優れたものとなることは、当然のことである。 (c)よって、本件特許発明1の効果(優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成することが可能であり且つ十分に薄い蓄電デバイス用外装材が提供される)は、当業者が予測可能なものである。そして、本件特許の明細書に記載の実施例2〜5では、水の濡れ接触角の値が68度で、本件特許発明1の発明特定事項を充足するが、印字性の評価は「A」であるものの、「成型性」の評価は「B」であり、水の濡れ接触角を所定の範囲(50〜70度)としたことによる効果も、顕著なものとはいえない。」(特許異議申立書51〜52頁)(以下、「主張3」という。 (イ)主張に対する検討 a 主張1について 甲1発明のスリップ剤は、エルカ酸アミドであるところ、かかるエルカ酸アミドは通常、粉末状のものであって、「フィラー」であると認めることができない。 したがって、上記ア(ウ)及び(エ)で検討したとおりのものであって、特許異議申立人の主張1を採用することはできない。 b 主張2について 上記イ(ア)で検討したように、甲1発明は、本件の【0070】の【表1】において、濡れ接触角が50〜70度になるA1〜A7のいずれと比較しても主剤樹脂の種類、添加剤の種類及びその含有量の全てが一致する構成ではないから、濡れ接触角が50〜70度になる蓋然性が高いとはいえない。 したがって、特許異議申立人の主張2を採用することはできない。 c 主張3について 電池用包装材料の最外層に直接インクジェット等で印刷を行うことは、周知の技術であったとしても、上記イ(ア)で検討したように、甲第3号証、甲第4号証に記載された周知技術は、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成するための技術でなく、甲第5号証〜甲第7号証は、いずれも、インクジェット記録に関する技術であって蓄電デバイス用外装材に関する技術ではなく、また、優れた成型性及び最外層の優れた印字性の両方を十分に高水準に達成するための技術でもないことから、これらの甲号証から相違点1に係る構成を容易に想到しうるものとはいえない。 また、甲第1号証の【0001】には、優れた成型性を備えるための発明であることが記載されているものの、そもそも濡れ接触角を制御することの発明ではない以上、当該記載をもって、相違点1に係る構成を導き出すこともできない。 (2)本件特許発明2〜4について 請求項2〜4は、請求項1を引用するものであり、本件特許発明2〜4は、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含みさらに他の発明特定事項を追加して限定したものである。 したがって、上記(1)と同様の理由により、請求項2〜4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明でなく、また、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載の発明と、周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものではない。 第6 むすび 以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜4に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1〜4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2024-07-01 |
出願番号 | P2016-211870 |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(H01M)
P 1 651・ 113- Y (H01M) P 1 651・ 537- Y (H01M) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
井上 信一 |
特許庁審判官 |
須原 宏光 渡辺 努 |
登録日 | 2023-10-31 |
登録番号 | 7376970 |
権利者 | TOPPANホールディングス株式会社 |
発明の名称 | 蓄電デバイス用外装材 |
代理人 | 鈴木 洋平 |
代理人 | 和田 雄二 |
代理人 | 黒木 義樹 |
代理人 | 長谷川 芳樹 |