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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 C23C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C23C |
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管理番号 | 1414215 |
総通号数 | 33 |
発行国 | JP |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2024-09-27 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2024-04-23 |
確定日 | 2024-09-09 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第7369773号発明「耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材とその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第7369773号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第7369773号(以下、「本件特許」という。)の請求項1〜3に係る特許についての出願(特願2021−534947号。以下、「本願」という。)は、2019年(令和 1年)12月12日(パリ条約による優先権主張:外国庁受理 2018年12月19日、2019年11月21日 大韓民国(KR))を国際出願日とする出願であって、令和 5年10月18日にその特許権の設定登録がされ、同年10月26日に特許掲載公報が発行されたものである。 その後、その請求項1〜3(全請求項)に係る特許に対し、令和 6年 4月23日に特許異議申立人である中川 賢治(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。 第2 本件特許発明 本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜3に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」等といい、総称して「本件特許発明」ということがある。)は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜3に記載された事項によって特定される次のとおりのものである。 「【請求項1】 素地鉄を用意する段階; 前記用意された素地鉄を重量%で、Al:8〜25%、Mg:4〜12%、選択的に、Be、Ca、Ce、Li、Sc、Sr、V及びYからなる群から選択された1種以上:0.0005〜0.009%、残りはZn及び不可避不純物からなるめっき浴に浸漬してめっきする段階; 前記めっきされた素地鉄をワイピングする段階;及び 前記ワイピング後、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相を形成する段階; を含み、 前記多角形凝固相の形成は、 体積分率で窒素78〜99%を含むガスを溶融亜鉛めっき層の表面に噴射(1次ガス噴射)した後、露点が−5〜50℃である気体を噴射(2次ガス噴射)して行う、耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材の製造方法。 【請求項2】 前記気体を噴射した後、100Hz〜5MHzの振動を付加することをさらに含む、請求項1に記載の耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材の製造方法。 【請求項3】 前記Al及びMgは、下記関係式1を満たす、請求項1に記載の耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材の製造方法。 [関係式1] Mg≦−0.0186×Al2+1.0093×Al+4.5 (但し、前記Al及びMgは、各成分の含有量(重量%)を意味する)」 第3 申立理由の概要 申立人は、証拠方法として、次の甲第1号証を提出し、以下の申立理由1、2により、本件特許の請求項1〜3に係る特許は取り消されるべきものである旨主張している。 (証拠方法) 甲第1号証:特許第7060693号公報 1 申立理由1(実施可能要件) (1)申立理由1−1 本件特許の請求項1〜3に係る発明について、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が、本願の願書に添付した明細書(以下、「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明に基づき、めっき層の表面における面積率が20〜90%となるように多角形凝固相を形成するためには、1次ガス噴射と2次ガス噴射の切替え時期、1次ガス噴射の所要時間及び2次ガス噴射の所要時間を適切な範囲に制御する必要があると考えられるところ、発明の詳細な説明には、1次ガス噴射と2次ガス噴射の切替え時期、1次ガス噴射の所要時間及び2次ガス噴射の所要時間については何ら記載されていないから、実際にその適切な範囲の条件を見いだすためには、試行錯誤を繰り返すほかなく、このような作業は、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いるものである。 よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許の請求項1〜3に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、特許法第36条第4項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 (2)申立理由1−2 本件特許の請求項2に係る発明について、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明に基づき、めっき層の表面における面積率が20〜90%となるように多角形凝固相を形成するためには、2次ガス噴射の終了時期又は振動の付与を開始する時期を適切な範囲に制御する必要があると考えられるところ、発明の詳細な説明には、2次ガス噴射の終了時期又は振動の付与を開始する時期については何ら記載されていないから、実際にその適切な範囲の条件を見いだすためには、試行錯誤を繰り返すほかなく、このような作業は、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いるものである。 よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許の請求項2に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず、特許法第36条第4項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 2 申立理由2(サポート要件) 本件明細書の発明の詳細な説明の【実施例】(【0047】〜【0058】)には、冷延鋼板を溶融亜鉛合金めっき浴に浸漬することで表1のめっき層組成を有するようにめっき鋼板を製造し、浸漬後にエアワイピングを行うとともに、表1の1次及び2次ガス処理を行うことでめっき鋼板を製造したことが記載されているが、100Hz〜5MHzの振動を付加したことについては何ら記載されていないため、100Hz〜5MHzの振動を付加した場合の効果が何ら示されておらず、更には、振動の周波数を100Hz〜5MHzの範囲に限定する理由も何ら実証されていないから、本件特許の請求項2に係る発明が、2次ガス噴射後に100Hz〜5MHzの振動を付加することで、本件明細書の【0009】に記載された課題を解決できるものとは認められない。 よって、本件特許の請求項2の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合しないものであるから、同請求項に係る特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。 第4 当審の判断 以下に述べるとおり、当審は、上記第3の申立理由1、2によっては、本件特許の請求項1〜3に係る特許を取り消すことはできないと判断する。 1 申立理由1(実施可能要件) (1)申立理由1−1について ア 本件明細書の記載事項 本件明細書には、「耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材とその製造方法」に関して、次の記載がある(なお、下線は当審が付したものであり、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。 (ア)「【0001】 本発明は、自動車、建材資材、家電製品などに用いられる亜鉛合金めっき鋼材に関するものであって、より詳細には、耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材及びこれを製造する方法に関するものである。 【背景技術】 【0002】 鉄は産業において最も多く用いられる素材であって、優れた物理的、機械的な特性を有している。しかし、鉄は酸化しやすく腐食に弱いという欠点を有している。このため、鉄の酸化を防止する方法として、鉄よりも酸素との反応性が高い金属を保護膜として素材表面にコーティングし、腐食を遅延させる方法が開発されている。代表的なものとして亜鉛または亜鉛系皮膜を形成した亜鉛めっき鋼材がある。 ・・・ 【0004】 しかし、最近、腐食環境が日増しに悪化し、省資源及び省エネの側面から高度の耐食性向上に多くの努力をしている。このような努力の一環として、優れた耐食性を有する亜鉛−アルミニウム合金めっきも検討されているが、アルミニウムが亜鉛よりもアルカリ条件で溶解しやすいため、長期耐久性の面で不十分であるという欠点がある。 ・・・ 【0006】 ・・・また、Zn−Al−Mg主成分にその他の元素を添加して耐食性を向上させようとする技術である特許文献3では、めっき層にクロム(Cr)を添加してAl−Fe−Si系合金層中にCrを含有することを特徴とするが、Cr成分の添加によってドロス過度生成の問題があり、めっき浴の成分管理に不利であるという欠点がある。 【0007】 したがって、優れた耐食性を確保しつつ、ドロスなどから表面を保護して優れた表面品質を有するめっき鋼材に対する要求が続いている実情である。 ・・・ 【発明が解決しようとする課題】 【0009】 本発明の一側面は、めっき層の組成及び微細組織を最適化して優れた耐食性を確保するとともに、表面特性に優れた亜鉛合金めっき鋼材とこれを製造する方法を提供する。」 (イ)「【課題を解決するための手段】 【0011】 本発明の一態様は、素地鉄及び上記素地鉄上に形成された亜鉛合金めっき層を含み、 上記亜鉛合金めっき層は、重量%で、Al:8〜25%、Mg:4〜12%、残りはZn及び不可避不純物を含み、 上記亜鉛合金めっき層の表面で観察される多角形凝固相が占める面積分率は、20〜90%である耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材を提供する。 【0012】 本発明のもう一つの一態様は、素地鉄を用意する段階; 上記用意された素地鉄を重量%で、Al:8〜25%、Mg:4〜12%、残りはZn及び不可避不純物を含むめっき浴に浸漬してめっきする段階; 上記めっきされた素地鉄をワイピングする段階;及び 上記ワイピング後、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相を形成する段階を含む耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材の製造方法を提供する。」 (ウ)「【発明の効果】 【0013】 本発明によると、優れた耐食性及び表面特性を有するZn−Al−Mg系亜鉛合金めっき鋼材とこれを製造する方法を提供することができる。特に、優れた耐食性及び表面特性を有するため、従来のめっき鋼材が適用されなかった新しい分野への拡大適用が可能であるという利点がある。」 (エ)「【0017】 上記素地鉄の種類は特に限定せず、本発明が属する技術分野で適用することができる素地鉄であれば十分である。例えば、熱延鋼板、冷延鋼板、線材、鋼線などが挙げられる。 【0018】 上記亜鉛合金めっき層は、亜鉛(Zn)をベースとして、マグネシウム(Mg)及びアルミニウム(Al)を含む。上記亜鉛合金めっき層は、重量%で、Al:8〜25%、Mg:4〜12%、残りはZn及び不可避不純物を含むことが好ましい。また、Be、Ca、Ce、Li、Sc、Sr、V及びYのうち1種以上を0.0005〜0.009%さらに含むことができる。以下、各成分の組成範囲について詳細に説明する。 【0019】 アルミニウム(Al):8〜25重量%(以下、%) 上記Alは、溶湯の製造時にMg成分を安定化し、腐食環境での初期腐食を抑制する腐食障壁役割を果たすものであって、Mg含有量に応じてAl含有量が異なることができる。上記Al含有量が8%未満であると、溶湯の製造時にMgを安定化することができず、溶湯表面にMg酸化物が生成されて使用が困難になる。一方、25%を超える場合には、めっき温度の上昇及びめっき浴中に設けられる各種設備の溶食が過度に発生するため、好ましくない。 【0020】 マグネシウム(Mg):4〜12% 上記Mgは、耐食性を発現する組織を形成する主成分であって、上記Mgが4%未満であると、耐食性の発現が十分でなく、12%を超える場合には、Mg酸化物が多量に形成される問題があって、2次的に材質劣化と費用上昇などの様々な問題を引き起こす可能性があるため、上記Mgは4〜12%含むことが好ましい。より好ましくは、上記Mgは5%以上含むことができる。 【0021】 一方、上記Al及びMgは下記関係式1を満たすことが好ましい。 [関係式1] Mg≦−0.0186×Al2+1.0093×Al+4.5 【0022】 ここで、Al及びMgは、各成分の含有量(重量%)を意味する。本発明では、めっき時の溶湯の安定化と酸化物の生成を最大限抑制するために、上記Al及びMgの含有量が関係式1の条件を満たすことが好ましい。 【0023】 一方、上記Al及びMg以外に、Mg成分をさらに安定化するために、ベリリウム(Be)、カルシウム(Ca)、セリウム(Ce)、リチウム(Li)、スカンジウム(Sc)、ストロンチウム(Sr)、バナジウム(V)、イットリウム(Y)などをさらに含むことができ、0.0005〜0.009%含むことが好ましい。0.0005%未満であると、実質的なMg安定化の効果を期待しにくく、0.009%を超える場合には、めっき末期に凝固されて腐食が起こり、耐食性を阻害することがあり、費用上昇の問題があるため、好ましくない。 【0024】 上記合金組成以外の残りは亜鉛(Zn)及び不可避不純物を含む。上記組成以外に有効な成分の添加を排除するものではない。」 (オ)「【0025】 上記亜鉛合金めっき層の表面では、多角形凝固相を含み、表面で観察される多角形凝固相が占める面積分率は、20〜90%であることが好ましい。 ・・・ 【0028】 上記多角形凝固相が表面に占める面積は、面積分率で20〜90%であることが好ましい。上記多角形凝固相の面積が20%未満であると、耐食性及び加工性が不十分であり、90%を超えると、却って耐食性が低下するという問題が生じる。より好ましくは、面積分率が30〜70%である。上記多角形凝固相は表面で観察されるため、表面積に占める面積を示したものである。」 (カ)「【0034】 以下、本発明の亜鉛合金めっき鋼材を製造する一実施例について詳細に説明する。 【0035】 本発明は、耐食性及び表面外観に優れた亜鉛合金めっき層を形成するための方案を提案する。 【0036】 めっき層の凝固過程は、核生成及び成長によって進行するが、冷却すると凝固核が生成され、凝固核は熱力学的にギブス自由エネルギーが最も低いところで生成される。上記ギブス自由エネルギーの差は、均一核生成よりも不均一核生成であるとき、凝固に有利な位置になり、不均一核生成部位の面積が大きいほど、核生成が有利であり、多数の核生成が行われる。この時、不均一核生成部位は溶融金属の液相と固相が接触する所であって、鋼板表面が代表的である。別の不均一核生成部位としては、溶融金属の液相と大気が接触する所であって、溶融金属の表面である。ここで、本発明の発明者らはめっき層の表面に多角形凝固相を形成するために、めっき浴を抜け出した鋼材の凝固を調節する方案を導出するようになった。 【0037】 本発明の亜鉛合金めっき鋼材を製造する方法は、素地鉄を用意し、用意された素地鉄をめっき浴に浸漬してめっきした後、ワイピングしてめっき層の厚さを調節し、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相を形成する過程を含む。以下、各過程について詳細に説明する。 【0038】 まず、素地鉄を用意する。上述したように、上記素地鉄は、その種類を制限せず、本発明が属する技術分野で適用することができるものであれば、問題ない。上記素地鉄をめっき浴に浸漬する前に表面に存在する酸化物、不純物などを除去する工程、還元のための熱処理工程などを含むことができる。 【0039】 上記素地鉄をめっき浴に浸漬して素地鉄の表面に亜鉛合金めっき層を形成する。上記めっき浴組成は重量%で、Al:8〜25%、Mg:4〜12%、残りはZn及び不可避不純物を含むことが好ましく、追加的にBe、Ca、Ce、Li、Sc、Sr、V及びYからなる群から選択された1種以上を0.0005〜0.009%含むことができる。また、上記Al及びMgの含有量は、下記関係式1を満たすことができる。上記めっき浴の合金組成範囲は、上述した亜鉛合金めっき層の合金組成範囲について説明したものと変わらない。 [関係式1] Mg≦−0.0186×Al2+1.0093×Al+4.5 【0040】 上記めっき浴の温度は、融点に応じて異なり、上記融点は、めっき浴の組成に依存する物理化学的特性である。上記めっき浴の温度を決定する要素は、作業の便宜性、加熱費用及びめっき品質など多様である。このような点を総合して考慮すると、上記めっき浴の温度は融点より高く、好ましくは融点に対して20〜100℃高くする。 【0041】 一方、めっき浴に沈着される素地鉄は、作業の便宜性、熱バランスなどを考慮して設定する。好ましくは上記めっき浴温度の−10〜+10℃とする。 【0042】 上記めっき浴から引き出された亜鉛合金めっき鋼材について、めっき浴上部のエアナイフ(air knife)と呼ばれるワイピングノズルによりめっき層の厚さが調節されるワイピング処理を行う。上記ワイピングノズルは、空気または不活性気体を噴射してめっき層の厚さを調整する。 【0043】 上記ワイピング処理後、めっき層の表面に多角形凝固相を形成する。このため、1次的に窒素濃度が体積分率で、78〜99%を含む気体を噴射(1次ガス噴射)し、2次的に露点が−5〜50℃である気体を順に噴射(2次ガス噴射)する。 【0044】 上記1次ガス噴射時、窒素以外の気体は、特に制限されないが、空気、酸素または窒素、アルゴンなどの不活性気体とこれらの混合気体を含むことができる。一方、上記2次ガス噴射での露点は、ガス中に含まれる水分量を規定する特定値であり、このとき、2次ガス噴射時、気体の種類は特に制限されない。一例として、窒素濃度89〜99%を含む気体を使用することができる。 【0045】 上記1次気体噴射時、窒素濃度が78%未満であると、表面欠陥が発生しやすく、99%を超えると、多角形凝固相の形成が不足する。また、2次気体噴射時に露点が上昇すると、多角形凝固核の形状が増加するが、−5℃未満では十分でなく、露点が50℃を超えると、表面欠陥が多量に発生するという問題がある。 【0046】 一方、追加的に2次気体噴射後に多角形凝固相の形成に有利な環境を付与するためには、100Hz〜5MHzの振動を付加することができる。上記振動が100Hz未満であると、めっき層の表面に多角形凝固相の形成が不十分であることがあり、5MHzを超えると、表面欠陥が発生することがある。」 (キ)「【0048】 (実施例) 素地鉄として厚さ0.8mmの冷延鋼板であって、0.03重量%C−0.2重量%Si−0.15重量%Mn−0.01重量%P−0.01重量%S(残りはFeと不可避不純物)を含む冷延鋼板を用意し、オイルなどの鋼板表面に付着した不純物を除去するための脱脂工程を経て、次のように水素10vol.%−窒素90vol.%である還元性雰囲気で800℃で熱処理する工程を経てから、溶融亜鉛合金めっき浴に浸漬して下記表1のめっき層組成を有するようにめっき鋼板を製造した。このとき、上記溶融亜鉛めっき浴の温度は493℃、引込まれる鋼板の温度も493℃とした。上記浸漬後のエアワイピングを介してめっき層の厚さを約8〜10μmに調節した。この後、表1の1次及び2次ガス処理を行い、めっき鋼板を製造した。 【0049】 製造された亜鉛合金めっき鋼材はEDS分析を介して相(phase)を同定し、XRD分析を介してMgZn2及びMg2Zn11相(phase)分率を測定した。一方、多角形凝固相の面積分率は、イメージ分析器(image analyzer)を用いて測定し、短軸(a)に対する長軸(b)の比(b/a)は、それぞれの長さを測定して計算した。 【0050】 上記亜鉛合金めっき鋼材について表面品質及び耐食性を評価し、その結果を表1に併せて示した。 【0051】 上記耐食性は塩水噴霧試験を行い、赤錆発生時間を測定し、比較サンプルと比較して評価した。この時、比較サンプルはめっき層の組成が94重量%Zn−3重量%Al−3重量%Mgである亜鉛合金めっき鋼材を用い、上記塩水噴霧試験は、塩度5%、温度35℃、pH6.8、塩水噴霧量2ml/80cm2・1Hrで行った。 【0052】 評価結果は、比較サンプルに比べて赤錆発生時間が1.5倍以上である場合には良好(○)、1.5倍未満である場合には不良(×)と評価した。 【0053】 一方、表面品質は、製造されたサンプルからサンプルの外観を観察してドロスなどの表面欠陥の発生有無を評価した。その結果は以下のとおりである。 良好(○):ドロス、点状などの表面欠陥の発生なし 不良(×):ドロス、点状などの表面欠陥の発生あり 【0054】 【表1】 【0055】 上記表1に示したように、本発明の条件を満たす発明例はいずれも、優れた表面品質及び耐食性を有することが分かる。 【0056】 特に、図1は、上記発明例1の表面を観察した写真であって、上記図1を参照すると、直線が交差して一定角をなす多角形凝固相が適正分率で形成されていることが分かる。これに対し、図2は、上記比較例1の表面を観察した写真であって、図1と比較すると、表面から多角形凝固相を観察することは困難であることが分かる。 【0057】 比較例1及び2は、提示しためっき層の必須成分であるAl及びMgの含有量が本発明で提示した範囲から外れた場合であって、比較例1は、Al及びMgの含有量が非常に少なく、表面で観察される多角形凝固相が十分でないため、耐食性を確保できておらず、比較例2は、めっき層のAl及びMgの含有量が過度であり、表面での多角形凝固相が多すぎて表面品質及び耐食性がすべて劣化したことが分かる。 【0058】 比較例3は、補充的な効果のために添加されたBeがめっき層に過度に含まれた場合であって、表面品質及び耐食性が劣化したことが分かる。比較例4及び5は、本発明で提示するガス噴射条件を満たしておらず、めっき層の表面耐食性及び表面特性が劣化したことが確認できる。」 イ 判断 (ア)本件特許発明1〜3に係る亜鉛合金めっき鋼材の製造方法及び同発明の発明特定事項の各事項については、上記ア(エ)、(カ)に摘記したとおり、本件明細書において、具体的な説明がなされている。 (イ)また、上記ア(キ)に摘記したとおり、本件明細書の実施例には、本件特許発明1、3を実施することにより、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相が形成された、耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材を製造した発明例1〜16が記載されている。 (ウ)そうすると、当業者であれば、上記ア(キ)に摘記した発明例1〜16における各種の製造条件を、上記ア(エ)、(カ)に摘記した数値範囲内で適宜変更することにより、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いられることなく、上記発明例1〜16以外にも、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相が形成された、耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材を製造することができるといえる。すなわち、当業者であれば、本件特許発明1、3に係る亜鉛合金めっき鋼材の製造方法を使用することができる。 (エ)また、当業者であれば、上記ア(キ)に摘記した発明例1〜16を前提として、2次ガス噴射後に100Hz〜5MHzの振動を付加することにより、さらには、各種の製造条件を、上記ア(エ)、(カ)に摘記した数値範囲内で適宜変更することにより、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いられることなく、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相が形成された、耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材を製造することができるといえる。すなわち、当業者であれば、本件特許発明2に係る亜鉛合金めっき鋼材の製造方法を使用することができる。 (オ)一方、申立人が主張するように、本件明細書には、1次ガス噴射と2次ガス噴射の切替え時期、1次ガス噴射の所要時間及び2次ガス噴射の所要時間についての記載はない(上記第3の1(1)参照)。 (カ)この点について検討すると、上記ア(カ)に摘記したとおり(特に【0043】及び【0045】参照)、1次ガス噴射及び2次ガス噴射は、ワイピング処理後のめっき層の表面に多角形凝固相を形成するために行うものである。 (キ)そして、上記ア(カ)の【0036】に「めっき層の凝固過程は、核生成及び成長によって進行するが、冷却すると凝固核が生成され・・・る。」及び「本発明の発明者らはめっき層の表面に多角形凝固相を形成するために、めっき浴を抜け出した鋼材の凝固を調節する方案を導出するようになった。」と記載されるように、鋼材がめっき浴から引き出された直後からめっき層の冷却は開始されるが、同【0040】に「上記めっき浴の温度は融点より高く、好ましくは融点に対して20〜100℃高くする」と記載されるとおり、めっき層の冷却開始時の温度は融点より20〜100℃高い程度にすぎないから、ワイピング後において、多角形凝固核が生成されるまでの温度的余裕はそれほど残されていないと解される。 (ク)そうすると、1次ガス噴射終了から2次ガス噴射開始までの所要時間並びに1次ガス噴射の所要時間及び2次ガス噴射の所要時間は、いずれもごく短時間であると解されるから、当業者であれば、多少の試行錯誤を要求されるとしても、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いられることなく、1次ガス噴射と2次ガス噴射の切替え時期、1次ガス噴射の所要時間及び2次ガス噴射の所要時間を適切な範囲に制御することができるといえる。 (ケ)また、申立人は、「めっき層の表面における面積率が20〜90%となるように」多角形凝固相を形成する必要がある旨主張している(上記第3の1(1)参照)が、本件特許発明1〜3の発明特定事項に多角形凝固相の面積率は含まれていないし、上記ア(オ)に摘記したとおり、「20〜90%」という面積(分)率は飽くまで「好ましい」範囲にすぎないから、申立人の主張は前提において誤っているともいえる。 (コ)したがって、いずれにしても、申立人の主張を採用することはできない。 (サ)よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許の請求項1〜3に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ、特許法第36条第4項第1号に適合するものであるから、申立理由1−1によっては、本件特許の請求項1〜3に係る特許を取り消すことはできない。 (2)申立理由1−2について ア 本件特許発明2の発明特定事項については、上記(1)ア(カ)の【0046】に「追加的に2次気体噴射後に多角形凝固相の形成に有利な環境を付与するためには、100Hz〜5MHzの振動を付加することができる。上記振動が100Hz未満であると、めっき層の表面に多角形凝固相の形成が不十分であることがあり、5MHzを超えると、表面欠陥が発生することがある。」と記載されるとおり、本件明細書において、具体的な説明がなされている。 イ そうすると、上記(1)ア(キ)に摘記したとおり、本件明細書の実施例には、2次ガス噴射後に「100Hz〜5MHzの振動を付加」した発明例は記載されていないが、上記(1)イ(エ)のとおり、当業者であれば、発明例1〜16を前提として、2次ガス噴射後に100Hz〜5MHzの振動を付加することにより、さらには、各種の製造条件を、上記(1)ア(エ)、(カ)に摘記した数値範囲内で適宜変更することにより、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いられることなく、溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相が形成された、耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材を製造することができるといえる。 ウ 一方、申立人が主張するように、本件明細書には、2次ガス噴射の終了時期又は振動の付与を開始する時期についての記載はない(上記第3の1(2)参照)。 エ この点について検討すると、上記(1)イ(キ)で検討したのと同様に、多角形凝固核が生成されるまでの温度的余裕を考慮すると、2次ガス噴射の終了から振動の付与を開始するまでの時間もごく短時間であると解されるから、当業者であれば、多少の試行錯誤を要求されるとしても、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤等を強いられることなく、2次ガス噴射の終了時期又は振動の付与を開始する時期を適切な範囲に制御することができるといえる。 オ また、申立人が、「めっき層の表面における面積率が20〜90%となるように」多角形凝固相を形成する必要がある旨主張している点(上記第3の1(2)参照)は、上記(1)イ(ケ)で検討したとおりである。 カ したがって、申立人の主張を採用することはできない。 キ よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許の請求項2に係る発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるといえ、特許法第36条第4項第1号に適合するものであるから、申立理由1−2によっては、本件特許の請求項2に係る特許を取り消すことはできない。 (3)小括 以上のとおりであるから、申立理由1によっては、本件特許の請求項1〜3に係る特許を取り消すことはできない。 2 申立理由2(サポート要件) (1)申立理由2について ア 課題 上記1(1)ア(ア)からすると、本件特許発明が解決しようとする課題は、「めっき層の組成及び微細組織を最適化して優れた耐食性を確保するとともに、表面特性に優れた亜鉛合金めっき鋼材を製造する方法を提供する」ことであると認められる。 イ 判断 (ア)上記1(1)ア(エ)〜(カ)からすると、上記アの課題を解決するためには、亜鉛合金めっき鋼材の溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相を形成できればよく、物を生産する方法の発明としては、「溶融亜鉛めっき層の表面に多角形凝固相を形成する」との発明特定事項を備えた本件特許発明1が、上記課題を解決することができる発明に該当すると解される。 (イ)そうすると、本件特許発明2は本件特許発明1の発明特定事項を全て含むものであるから、本件特許発明1を引用する本件特許発明2も、本件特許発明1と同様に上記アの課題を解決することができる発明であると解される。 (ウ)一方、申立人は、「本件明細書の発明の詳細な説明の【実施例】(【0047】〜【0058】)には、・・・100Hz〜5MHzの振動を付加したことについては何ら記載されていないため、100Hz〜5MHzの振動を付加した場合の効果が何ら示されておらず、更には、振動の周波数を100Hz〜5MHzの範囲に限定する理由も何ら実証されていないから、本件特許の請求項2に係る発明が、2次ガス噴射後に100Hz〜5MHzの振動を付加することで、本件明細書の【0009】に記載された課題を解決できるものとは認められない。」と主張している。 (エ)そこで、この主張について検討すると、確かに本件明細書の実施例には、2次ガス噴射後に「100Hz〜5MHzの振動を付加」した発明例は記載されていないが、「100Hz〜5MHzの振動を付加した場合の効果」及び「振動の周波数を100Hz〜5MHzの範囲に限定する理由」は上記1(1)ア(カ)の【0046】に記載されており、当業者であれば、当該効果及び理由を理解することができるといえる。 (オ)また、申立人は、発明の詳細な説明に本件特許発明2の実施例がないことを述べるのみであり、本件特許発明1では解決できていた上記アの課題が、2次ガス噴射後に100Hz〜5MHzの振動を付加することで解決できなくなる具体的な根拠については何ら示していない。 (カ)したがって、申立人の主張を採用することはできない。 (キ)よって、本件特許の請求項2の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものであるから、申立理由2によっては、本件特許の請求項2に係る特許を取り消すことはできない。 (2)小括 以上のとおりであるから、申立理由2によっては、本件特許の請求項2に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり、申立人による特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1〜3に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1〜3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2024-08-30 |
出願番号 | P2021-534947 |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(C23C)
P 1 651・ 537- Y (C23C) |
最終処分 | 07 維持 |
特許庁審判長 |
井上 猛 |
特許庁審判官 |
相澤 啓祐 土屋 知久 |
登録日 | 2023-10-18 |
登録番号 | 7369773 |
権利者 | ポスコ カンパニー リミテッド |
発明の名称 | 耐食性及び表面品質に優れた亜鉛合金めっき鋼材とその製造方法 |
代理人 | 三好 秀和 |
代理人 | 加藤 澄恵 |
代理人 | 原 裕子 |
代理人 | 大渕 一志 |