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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12Q
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12Q
管理番号 1417667
総通号数 36 
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2024-12-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2024-08-15 
確定日 2024-12-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第7433217号発明「RNAウイルスの処理方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第7433217号の請求項1ないし13に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第7433217号の請求項1〜13に係る発明についての出願は、平成31年4月24日(優先権主張 2018年5月2日、2018年7月13日)を国際出願日とする出願であって、令和6年2月8日にその特許権の設定登録がされ、令和6年2月19日に特許公報が発行された。
その後、その特許に対し、令和6年8月15日に、特許異議申立人小林瞳(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされた。


第2 本件発明
特許第7433217号の請求項1〜13に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、それぞれを項番に従い「本件発明1」、「本件発明2」などといい、本件発明1〜13を合わせて「本件発明」という。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
下記工程を含む、非エンベロープ型RNAウイルスが有しているRNAに相補的なcDNAの合成方法;
(a)非エンベロープ型RNAウイルスを含む可能性のある試料を用意する工程であって、前記試料が、糞便を緩衝液、滅菌水、もしくは生理食塩水に懸濁して調製された、未処理の上清である、工程、
(b)工程(a)の試料と、DNA依存性のDNA合成活性を有する耐熱性逆転写酵素を含む逆転写反応液を調製する工程であって、前記耐熱性逆転写酵素がポルI型の耐熱性DNAポリメラーゼである、工程、
(c)工程(b)で得られた反応液を75℃〜99℃で加熱する工程、および
(d)工程(c)で得られた反応液をさらに50℃〜70℃で反応させる工程。
【請求項2】
工程(b)〜(d)の反応が同一容器内で行われる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
さらに、
(e)工程(d)で得られた反応液をさらに核酸増幅条件で反応させる工程
を含む、請求項1記載の方法。
【請求項4】
工程(e)における核酸増幅がPCRであることを特徴とする請求項3記載の方法。
【請求項5】
工程(b)〜(e)の反応が同一容器内で行われる請求項3記載の方法。
【請求項6】
ポルI型の耐熱性DNAポリメラーゼがTth DNAポリメラーゼまたはその変異体である、請求項1記載の方法。
【請求項7】
逆転写反応液が界面活性剤を含むことを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項8】
前記工程(c)の加熱の時間が15分以下であることを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項9】
前記工程(c)の加熱の時間が3分以下であることを特徴とする請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記試料が、糞便を緩衝液、滅菌水、もしくは生理食塩水に懸濁して調製された、熱処理を行っていない上清である、請求項1記載の方法。
【請求項11】
RNAウイルスがカリシウイルス科ウイルスである請求項1記載の方法。
【請求項12】
RNAウイルスがノロウイルスである請求項1記載の方法。
【請求項13】
少なくとも、以下の試薬を含むことを特徴とする請求項1〜12のいずれか一項に記載のcDNAの合成方法を実施するためのキット;
DNA依存性のDNA合成活性を有する耐熱性逆転写酵素であって、ポルI型の耐熱性DNAポリメラーゼ、
デオキシリボヌクレオチド類、
緩衝成分。


第3 申立理由の概要
申立人が申し立てた理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は、次のとおりである。

1 申立理由1(甲1号証を主引例とする進歩性の欠如)
本件発明1〜13は、甲1発明並びに甲1〜6、9及び10号証に記載された事項とに基づいて、当業者が容易になし得るものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、上記発明に係る特許は同法113条2号に該当し、取り消されるべきである。

2 申立理由2(サポート要件違反)
本件発明1〜13は、甲2、7、8号証によると、発明の詳細な説明に記載したものとはいえないものであり、上記発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法113条4号に該当し、取り消されるべきである。

[証拠方法]
甲1号証:
特開2018−138号公報
甲2号証:
特開2017−131164号公報
甲3号証:
特開2017−209036号公報
甲4号証:
特表2014−522646号公報
甲5号証:
フナコシ株式会社,SunScript Reverse
Transcriptase,
https://www.funakoshi.co.jp/contents/63497,
印刷日:令和6年8月7日
甲6号証:
PCR Biosystems社,PCR reagents to
simplify your research and power
your diagnostics,
https://pcrbio.com/app/uploads/PCRBIO−Brochure−2024−S150.pdf,
印刷日:令和6年8月7日
甲7号証:
Predmore A. and Li J.,Enhanced
Removal of a Human Norovirus
Surrogate from Fresh Vegetables
and Fruits by a Combination of
Surfactants and Sanitizers,
Appl Environ Microbiol,2011,
vol.77,no.14,
https://doi.org/10.1128/AEM.00174−11
甲8号証:
ZeptoMetrix社,Norovirus GI
Positive Control (6x0.125mL),
https://www.zeptometrix.com/us/en/nattrol−norovirus−gi−positive−control−6−x−0125ml−3103,
印刷日:令和6年8月8日
甲9号証:
特表2008−502330号公報
甲10号証:
特表2017−521654号公報


第4 認定事実
甲1〜4号証及び甲7〜10号証の記載の概要は次のとおりである。なお、英文で記載された証拠の日本語への翻訳は、断りのない限り、当審で行っている。また、下線は当審による。

1 甲1号証
(1)甲1号証の記載
本件優先日前に頒布された刊行物である甲1号証の特許請求の範囲には、「逆転写酵素および耐熱性DNAポリメラーゼを含む1ステップRT−PCR反応による試料中のカリシウイルス科ウイルスの検査方法であって、RT−PCR反応が1時間以内に終了することを特徴とするカリシウイルス科ウイルスの存在の有無を検査するための方法。」(請求項1)が記載されている。
また、甲1号証の特許請求の範囲には、カリシウイルスがノロウイルスであること(【請求項2】)、試料が糞便であること(【請求項6】)、試料が水、生理食塩水または緩衝液に懸濁された懸濁液であること(【請求項7】)、試料が懸濁液の遠心上清であること(【請求項8】)、及び試料が85℃以上で加熱処理されたサンプルであること(【請求項10】)が記載されている。
そして、甲1号証には、実施例1〜6が記載されているところ、その実施例1〜6のいずれにおいても、ヒト糞便検体を滅菌水に懸濁した懸濁液の遠心上清を85℃で1分間熱処理を行ったこと、1ステップRT−PCR反応液に「rTth DNA polymerase(東洋紡)」及び「RevertraAce(東洋紡)」が含まれていることが記載されているとともに、実施例1〜5では50℃で5分の逆転写反応を行ったことが記載されている。

(2)甲1発明
前記(1)に示された事項からみて、甲1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「逆転写酵素RevertraAce(東洋紡)および耐熱性DNAポリメラーゼrTth DNA polymerase(東洋紡)を含む1ステップRT−PCR反応による試料中のノロウイルスの検査方法であって、RT−PCR反応が1時間以内に終了することを特徴とするノロウイルスの存在の有無を検査するための方法であって、試料がヒト糞便検体を滅菌水に懸濁した懸濁液の遠心上清を85℃で1分間熱処理を行ったものであり、逆転写反応を50℃で5分行う方法。」

2 甲2号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲2号証には、糞便試料中のカリシウイルス科ウイルスの検出について記載されており(【0001】)、試料からウイルスRNAの精製処理を行うことなく、または試料の熱処理を行うことなく、逆転写酵素および耐熱性DNAポリメラーゼを含む1ステップRT−PCR反応液中に試料を加えることを特徴とするカリシウイルス科ウイルスの存在の有無を検査するための方法が記載されている(【請求項1】)。

3 甲3号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲3号証には、糞便試料中のエンベロープを持たないウイルスの検出について記載されており(【0001】)、試料からのRNA精製、または試料の事前の熱処理のない、(1)試料とカオトロピック剤を含む試薬を混合する工程、(2)前記混合液に逆転写酵素および耐熱性DNAポリメラーゼを含む1ステップRT−PCR反応液を添加する工程、(3)反応容器を密閉後、1ステップRT−PCR反応を実施する工程からなるウイルスの存在の有無を検査するための方法が記載されている(【請求項1】)。また、甲3号証には、エンベロープを持たないウイルスがノロウイルスであることも記載されている(【請求項7】)。

4 甲4号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲4号証には、直接増幅を用いるウイルスおよび細菌病原体の核酸の検出方法について記載されており(【0002】)、ヒトから得られた生体試料中の微生物由来の標的核酸の存否を確認するための方法であって、該方法が、(a)試料から標的核酸を抽出することなく、試料由来の標的核酸の増幅に好適な条件下で試料をDNAポリメラーゼおよび緩衝液と接触させる工程;(b)工程(a)により得られた試料に、存在する場合には標的核酸が増幅されるように熱サイクルを行う工程;ならびに(c)存在する場合には工程(b)により製造された増幅された標的核酸を検出する工程を含み、試料中の核酸を増幅の前に試料から抽出しない方法が記載されている(【請求項1】)。
そして、甲4号証には、試料を、工程(b)の前に加熱すること(【請求項3】)、及び工程(a)の前に加熱すること(【請求項4】)が記載されている。
また、甲4号証には、標的核酸がRNAであること(【請求項12】)、増幅の前に、試料をさらに逆転写酵素と接触させること(【請求項13】)、試料をDNAポリメラーゼおよび逆転写酵素と同時に接触させること(【請求項14】)が記載されている。
さらに、甲4号証には、便試料を用いた実施例において、97℃で10分間加熱した便試料を、Taqポリメラーゼ等が含まれたユニバーサルマスターミックスすなわち反応液に加えることが記載されている(実施例6A、実施例6B、実施例11)。

5 甲7号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲7号証には、「ヒトノロウイルスの代替物であるマウスノロウイルス1(MNV−1)の生鮮食品からの除去に対する界面活性剤の有効性を系統的に評価した」こと、「SDSがエンベロープウイルスとノンエンベロープウイルスの両方のウイルス構造に重大な損傷を与えることができること」、及び「同様の観察結果は、他の界面活性剤、NP−40、TritonX−100、Tween20、Tween65、Tween80でも得られた」ことが記載されている(申立人による甲7号証の部分翻訳による。)。

6 甲8号証
甲8号証は、ZeptoMetrix社による「Norovirus GI Positive Control (6x0.125mL)」に関する試料であって、その「説明」には、「NATtrolTMノロウイルス外部検査コントロール…は、非感染性で冷蔵庫に安定なように化学的に修飾された精製されたインタクトなウイルス粒子で製剤化されています。」(申立人による甲8号証の部分翻訳による。)と記載されている。また、甲8号証の「使用目的」には、「NATtrolTMノロウイルス外部検査コントロールは、ノロウイルス核酸の存在を判定するための核酸検査の性能を評価するように設計されています。」と記載されている。

7 甲9号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲9号証には、1ステップRT‐PCR試験について記載されており(【0078】)、当該RT‐PCR増幅に、Tthポリメラーゼ(サーマス・サーモフィルス(Thermos thermophilis)由来の組換えDNAポリメラーゼ/逆転写酵素クローン)を用いることが記載されている(【0079】)。

8 甲10号証
本件優先日前に頒布された刊行物である甲10号証には、三重マスターミックスqPCRアッセイについて記載されており(【0283】)、当該qPCRアッセイにおける逆転写およびDNAポリメラーゼ活性は、酵素rTth(Roche)を用いて実施したことが記載されている(【0283】)。


第5 当審の判断
1 本件発明の課題及び課題を解決するための手段
本件明細書には、本件発明について、次の事項が記載されていると認める。なお、下線は当審による。
本件発明は、RNAウイルスの処理方法および該処理液を用いた核酸検出方法に関するものであって(【0001】)、検体としての糞便などには、核酸以外の物質も多量に含んでおり、通常は検体中の核酸の分離精製が必要とされている(【0002】、【0003】)との背景技術の下、本件発明は、RNAウイルスを含む可能性のある試料からRNAを抽出する工程を経ることなく、耐熱性逆転写酵素反応液を調製して核酸合成を可能にすることを課題とするものである(【0010】)。
そして、本件発明は、DNA依存性DNA合成活性を有する耐熱性逆転写酵素を含むRT−PCR反応液に試料を直接添加し、RNAの溶出とcDNA合成、及び核酸増幅反応を連続して行うことで、より効率よくウイルスRNAを検出可能であることを見出すことによって完成するに至ったものであり(【0011】)、本件発明のRNAウイルスの処理方法においては、RNAウイルスを含有する可能性のある試料と耐熱性逆転写酵素を含む逆転写反応液を高温で反応させることにより、試料にRNAウイルスが含まれる場合、該RNAウイルスからRNAが溶出されるものであり(【0024】)、この処理方法を行った反応液はそのまま、試料中のRNAウイルスが有しているRNAに相補的なDNAを合成するための逆転写反応に供することができるものである(【0025】)。

2 申立理由1(甲1号証を主引例とした進歩性の欠如)について
(1)本件発明1
ア 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「逆転写酵素RevertraAce(東洋紡)」は、本件発明1の「耐熱性逆転写酵素」に相当する。
また、甲1発明の「ノロウイルス」は、本件発明1の「非エンベロープ型RNAウイルス」に相当する。
さらに、甲1発明の「逆転写反応を50℃で5分行う」点は、甲1発明において、ノロウイルスのRNAに相補的なcDNAを合成する反応であるから、本件発明1の「非エンベロープ型RNAウイルスが有しているRNAに相補的なcDNAの合成方法」に相当するとともに、本件発明1の「反応液を…50℃〜70℃で反応させる工程」にも相当する。

以上からみて、本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は次のとおりである。
(一致点) 「下記工程を含む、非エンベロープ型RNAウイルスが有しているRNAに相補的なcDNAの合成方法;
(a)非エンベロープ型RNAウイルスを含む可能性のある試料を用意する工程であって、前記試料が、糞便を緩衝液、滅菌水、もしくは生理食塩水に懸濁して調製された上清である、工程、
(b)工程(a)の試料と、耐熱性逆転写酵素を含む逆転写反応液を調製する工程、
(d)反応液を50℃〜70℃で反応させる工程。」
(相違点1) 「上清」すなわち試料が、本件発明1は「未処理」のものであるのに対し、甲1発明は「85℃で1分間熱処理」したものである点。
(相違点2) 「耐熱性逆転写酵素」が、本件発明1は「DNA依存性のDNA合成活性を有する」「ポルI型の耐熱性DNAポリメラーゼ」であるのに対し、甲1発明は「逆転写酵素RevertraAce(東洋紡)」である点。
(相違点3) 「(d)反応液を50℃〜70℃で反応させる工程」の前、すなわち、逆転写反応の前に、本件発明1は「(c)工程(b)で得られた反応液を75℃〜99℃で加熱する工程」が特定されているのに対して、甲1発明にはこのような特定がない点。

イ 判断
(ア)相違点1及び3について
前記1に示したとおり、本件発明の解決しようとする課題は、「RNAウイルスを含む可能性のある試料からRNAを抽出する工程を経ることなく、耐熱性逆転写酵素反応液を調製して核酸合成を可能にすること」である(以下、「本件課題」という。下線は当審による。)ところ、本件発明は、耐熱性逆転写酵素を含む逆転写反応液に、RNAウイルスを含有する可能性のある試料を直接添加し、これを高温で反応させることにより、該RNAウイルスからRNAを溶出させ、これをそのまま逆転写反応に供することで、本件課題を解決しようとするものである。
そうすると、本件発明1において、試料が未処理である点(相違点1)は、本件課題の「RNAを抽出する工程を経ることなく」との点に対応するものであり、また、工程(b)で得られた反応液、すなわち、未処理の試料を含む逆転写反応液を75℃〜99℃で加熱する点(相違点3)は、高温で反応させることにより、試料に含有するRNAウイルスからRNAを溶出させるものであるから、本件課題の「核酸合成を可能にする」点に対応するものである。
よって、相違点1及び3として挙げた本件発明1の発明特定事項は、本件課題の「RNAを抽出する工程を経ることなく、耐熱性逆転写酵素反応液を調製して核酸合成を可能にする」うえで密接不可分な関係にあるものなので、以下では、それらの容易想到性について、まとめて検討する。
a 甲2及び3号証に基づく容易想到性について
前記第4の2に示すとおり、甲2号証には、ウイルスRNAを含む試料を事前に熱処理しない点が記載されているものの、試料を含む反応液を、逆転写反応の前に、75℃〜99℃で加熱する点は記載されていない。また、試料を含むRT−PCR反応液を加熱することにより、RNAウイルスからRNAを溶出させる点は記載も示唆もされていない。
また、前記第4の3に示すとおり、甲3号証には、前記第4の2に示す甲2号証と同様の記載があるのみである
そうすると、甲2及び3号証には、甲1発明において、試料を「85℃で1分間熱処理」するかわりに未処理のものとした上で、当該試料を含むRT−PCR反応液を、逆転写反応の前に、75℃〜99℃で加熱することを動機付ける記載があるとはいえない。
b 甲4号証に基づく容易想到性について
前記第4の4に示すとおり、甲4号証には、ウイルス等を含む試料から標的核酸を抽出することなく、試料を反応液と接触させる点が記載されており、その請求項13に、反応液中での核酸増幅のための熱サイクルを行う前に加熱する点が記載されている。
一方で、甲4号証の請求項14には、試料を反応液に加える前に加熱する点も記載されているといえ、実際に、その実施例において、便試料は、反応液に加える前に、97℃で10分間の加熱処理がなされている。
そうすると、甲4号証には、甲1発明における、ヒト糞便検体に由来する試料を「85℃で1分間熱処理」するかわりに未処理のものとした上で、当該試料を含むRT−PCR反応液を、逆転写反応の前に、75℃〜99℃で加熱することを動機付ける記載があるとはいえない。
c 相違点1及び相違点3についての小括
前記a及びbで検討したとおり、甲2〜4号証には、甲1発明において、試料を「85℃で1分間熱処理」する代わりに「未処理」のものとし(相違点1)、かつ、逆転写反応の前に反応液を「75℃〜99℃で加熱する」こと(相違点3)を当業者が容易に想到し得たと判断するための動機付けとなる記載はない。
そして、甲5、6、9及び10号証にも、相違点1及び相違点3の本件発明1の発明特定事項の採用を動機付ける記載はない。

(イ)相違点2について
甲1発明の「耐熱性DNAポリメラーゼrTth DNA polymerase(東洋紡)」は、本件発明1の「DNA依存性のDNA合成活性を有する」「ポルI型の耐熱性DNAポリメラーゼ」に相当するものの、甲1発明における耐熱性逆転写酵素は、相違点2に示すとおり、「逆転写酵素RevertraAce(東洋紡)」である。
ここで、甲2〜4号証には、DNAポリメラーゼと共に逆転写酵素を用いる点が記載されており、DNAポリメラーゼ自体を逆転写酵素として用いる点は記載も示唆もされていない。そうすると、甲2〜4号証には、甲1発明において、「耐熱性DNAポリメラーゼrTth DNA polymerase(東洋紡)」を逆転写酵素として用いることを動機付ける記載があるとはいえない。
また、甲9及び10号証には、「rTth DNA polymerase」を逆転写酵素及びDNAポリメラーゼとして用いることが記載されているものの、かかる記載と甲1発明と結びつける記載は、甲9及び10号証に存しないので、甲1発明における逆転写反応を、「逆転写酵素RevertraAce(東洋紡)」にかえて「耐熱性DNAポリメラーゼrTth DNA polymerase(東洋紡)」により行うことが、当業者において容易に想到し得たとはいえない。
さらに、甲5及び6号証には、DNAポリメラーゼ自体を逆転写酵素として用いる点が記載も示唆もされていないので、上記の他の甲号証と同様に、相違点2として挙げた本件発明1の発明特定事項を動機付けるものではない。

(ウ)小括
前記(ア)及び(イ)で検討したとおり、本件発明1は、甲1発明並びに甲1〜6、9及び10号証に記載された事項とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2〜12について
前記第2に示したとおり、本件発明2〜12は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、本件発明1をさらに限定したものである。
したがって、本件発明2〜12は、本件発明1と同様の理由により、甲1発明並びに甲1〜6、9及び10号証に記載された事項とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)本件発明13について
前記第2に示したとおり、本件発明13は、本件発明1〜12のいずれか一項に記載のcDNAの合成方法を実施するためのキットである。
したがって、本件発明13は、本件発明1〜12と同様の理由により、甲1発明並びに甲1〜6、9及び10号証に記載された事項とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)申立理由1の結論
以上検討したところによると、申立理由1は理由がない。

3 申立理由2(サポート要件違反)について
(1)申立人の主張の概要
本件明細書の実施例2だけが、本件発明1を具現化した例であるところ、実施例2では、糞便検体のノロウイルスの検出のために、界面活性剤として終濃度4%のPNSEを含む反応液でリアルタイムPCRを行っている。
一方、界面活性剤が、非エンベロープ型RNAウイルスであるカリシウイルス科ウイルスのウイルス構造の不安定化を引き起こし得ること(甲2号証)や、SDSなどの界面活性剤が、マウスノロウイルス1(MNV−1)にダメージを与えることが知られている(甲7号証)ことに照らすと、本件発明1が解決しようとする課題、すなわち、「RNAウイルスを含む可能性のある試料からRNAを抽出する工程を経ることなく、耐熱性逆転写酵素反応液を調製して核酸合成を可能にすること」を解決するためには、逆転写反応液が、ある程度の量の界面活性剤を含むことが必要である、と当業者は認識する。
そうすると、逆転写反応液に、ある程度の界面活性剤を含有することが特定されていない本件発明1〜13の範囲まで本件明細書に開示された内容を拡張ないし一般化することはできないから、本件発明1〜13は、本件明細書に記載した範囲を超えるものである。

(2)判断
前記第5の1及び2イ(ア)で示したとおり、本件課題は、「RNAウイルスを含む可能性のある試料からRNAを抽出する工程を経ることなく、耐熱性逆転写酵素反応液を調製して核酸合成を可能にすること」である。
ここで、申立人は、本件課題を解決するためには、逆転写反応液が、ある程度の量の界面活性剤を含むことが必要であると当業者は認識するから、その点が特定されていない本件発明1〜13の範囲まで本件明細書に開示された内容を拡張ないし一般化することはできないと主張するので、以下で検討する。
本件明細書の参考例1では、ノロウイルスNATtrol Norovirus GI Positive Control(以下、「ノロウイルスNATtrol」という。)のウイルス溶液を70℃〜90℃で3分間加熱処理することにより、ウイルスが破壊され、ウイルスRNAが得られることが示されている。また、本件明細書の参考例2では、ノロウイルスGIが検出されたヒト糞便懸濁液の上清をウイルス溶液とし、当該ウイルス溶液を70℃〜90℃で3分間加熱処理することにより、ウイルスが破壊され、ウイルスRNAが得られることが示されている。
ここで、上記参考例1及び2では、界面活性剤を加えることなく加熱処理が行われているといえるところ、参考例1及び2の記載に接した当業者であれば、界面活性剤なしの反応液中での70℃〜90℃で3分間の加熱処理により、ノロウイルスNATtrolやヒト糞便試料中のノロウイルスに関わりなく、ウイルスが破壊され、ウイルスRNAが得られることを理解できるといえる。
次に、いわゆるOne−Tube反応系について記載された本件明細書の実施例1及び実施例3では、ノロウイルスNATtrolのウイルス溶液は、界面活性剤なしであっても、90℃で3分間加熱処理することにより、RT−PCRにおいて標的核酸が増幅したことが示されているから、その前提として、界面活性剤なしであっても、ウイルスが破壊され、ウイルスRNAが得られることが示されているといえる。
そうすると、同じくOne−Tube反応系について記載された本件明細書の実施例2では、界面活性剤として終濃度4%のPNSEが含まれてはいるものの、仮に界面活性剤なしであったとしても、実施例1及び実施例3と同様に、90℃で3分間加熱処理することにより、ヒト糞便試料中のノロウイルスウイルスは破壊され、ウイルスRNAが得られると当業者は理解できるといえる。そして、ウイルスが破壊され、ウイルスRNAを得ることができれば、その後の逆転写反応も可能となり、その結果、RNAに相補的なcDNAの合成すなわち核酸合成もなされると当業者は理解できる。
このような理解は、本件明細書【0022】の「逆転写反応液はさらに界面活性剤を含んでいてもよく、界面活性剤を添加するとさらに好適な結果が得られる」との記載、すなわち、界面活性剤が「好適な結果」を得るために含まれていても良いことは記載されているものの、界面活性剤が必須であるとまでは記載されていない点とも矛盾しない。
したがって、以上の本件明細書の記載によれば、本件課題の解決において、逆転写反応液が、ある程度の量の界面活性剤を含むことが必要であると当業者は認識しないから、本件発明1において、逆転写反応液が界面活性剤を含むことが特定されていないことを理由に、本件発明1〜13がサポート要件に違反していると解することはできない。
なお、申立人は、ノロウイルスNATtrolと「被験者より採取された糞便検体のノロウイルス」を同列に扱うことはできないとの主張もしているので、念のため検討する。
前記第4の6で示したように、甲8号証には、ノロウイルスNATtrolが「インタクトなウイルス粒子」であることが記載されていることから、ノロウイルスNATtrolは、糞便検体のノロウイルスなどと同様にカプシドを有しているものであり、加えて、甲8号証には、使用目的として「ノロウイルス核酸の存在を判定するための核酸検査の性能を評価するように設計されて」いると記載されていることから、ノロウイルスNATtrolは、ノロウイルス核酸の存在を判定するための核酸検査において、通常のノロウイルスと同様の挙動を示すと理解するのが自然である。
そうすると、申立人の「同列に扱うことはできない」との主張は根拠がなく、かかる主張に基づき本件発明1〜13がサポート要件に違反していると解することはできない。
したがって、申立人の上記主張を採用することはできない。

(3)申立理由2の結論
以上検討したところによると、申立理由2は理由がない。

3 むすび
以上からみて、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1〜13に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2024-12-04 
出願番号 P2020-517056
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C12Q)
P 1 651・ 537- Y (C12Q)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 中村 浩
特許庁審判官 小暮 道明
福井 悟
登録日 2024-02-08 
登録番号 7433217
権利者 タカラバイオ株式会社
発明の名称 RNAウイルスの処理方法  
代理人 冨田 憲史  
代理人 笹倉 真奈美  
代理人 山尾 憲人  

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