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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F04B
管理番号 1096415
異議申立番号 異議2002-72940  
総通号数 54 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-03-10 
種別 異議の決定 
異議申立日 2002-12-09 
確定日 2004-05-11 
異議申立件数
事件の表示 特許第3292096号「可変容量斜板式圧縮機」の請求項1に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3292096号の請求項1に係る特許を取り消す。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第3292096号の請求項1に係る発明についての出願は、出願日が平成5年7月14日である実願平5-38592号を平成9年7月9日に特許出願に変更したものであって、平成14年3月29日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、サンデン株式会社より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、意見書の提出がなされたものである。

2.本件発明
本件特許第3292096号の請求項1に係る発明(以下、「本件発明」という。)は、特許明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。
「クランク室と、吸入室及び吐出室との間に位置する複数のシリンダボアを回転軸の周りに配列し、シリンダボア内に片頭ピストンを往復直線運動可能に収容し、クランク室内において回転軸上に斜板を傾動可能に支持すると共に、ピストン端部の首部において、球の一部を構成する形状に形成された一対のシューを介して片頭ピストンを斜板の周縁部に係合し、さらにクランク室内の圧力を制御することによってピストンストロークを変更するようにした可変容量斜板式圧縮機において、
前記片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成すると共に、前記斜板を前記片頭ピストンよりも比重の大きな銅系材料で形成し、さらに前記シューを鉄系材料で形成したことを特徴とする可変容量斜板式圧縮機。」

3.引用刊行物記載の発明等
先の取消理由通知において引用した刊行物1(特開昭61-171886号公報;申立人の提示した甲第1号証)には、次の事項が記載されている。
(ア)「本発明は冷凍機などに用いられる斜板式の圧縮機,特に,容量可変型の圧縮機に関する。」(第1頁右下欄第9〜10行)
(イ)「次に第1図及び第2図を参照して上述した構造の圧縮機の動作を冷凍システムに用いた場合について説明する。
シャフト軸4に回転力を与えると,この回転力はロータ8,上述したヒンジ部を至て斜板10へ伝達され,斜板10が回転する。斜板10の回転に伴なってスライディングシュー19が斜板10の円周上を摺動するから,スライディングシュー19に連結しているピストンロッド20には回転力が伝達されることはない。すなわちピストン21は実質的に図中上下方向への移動がない。したがって斜板10の回転力はピストン21の往復運動(図中左右方向)に変換される。そしてピストン21の往復運動によって,吸入孔22からシリンダボア2aに吸入された流体(冷媒)は圧縮されたのち吐出孔23を通って吐出室28に吐出される。
さらにこの圧縮機の圧縮容量を変化させる場合について説明すると,この冷凍システムにおいて熱負荷が予じめ定められた設定温度よりも高く,さらに冷凍能力が不足しているとすると,この場合には,冷媒の吸入圧力が高くなって,吸入室27の圧力が高くなる。したがって吸入室27と連通している連通孔部30bの圧力も高くなる。
連通孔部30bに配置されているベローズ34には,冷凍システムで予じめ定められ設定温度に対応する吸入圧力よりも若干圧力が高くなるようにガスが封入されている。したがって,熱負荷が設定温度よりも高いと,ベローズ34は第1図に示すように右方へ収縮し,その結果ニードル34aが通過孔31aに設けられた弁座31bから離れて,吸入室27とクランク室1aは連通する。
圧縮機の動作によってシリンダボア室2aからクランク室1aに漏れたブローバイガスは吸入室27へ逃げるため,クランク室1a内の圧力は低下し,吸入室27の圧力とほぼ等しくなる。
一方,斜板10上に等角度間隔で配置されたピストンによって圧縮行程中に,ガス圧縮の反作用が斜板10に加わっている。そして,この反作用の合力は上述したヒンジ部で受け止められることになる。各ピストンに作用する反力によるヒンジ部回りのモーメントは,第1図中の斜板10の下端に位置するピストン(図示せず)によるモーメントのほうが大きいから,結局斜板10を第1図の平面内において,右方向へ回転させるモーメント(M1)がヒンジ部に作用することになる。
ここで,スプリング12によってヒンジ部に生じるモーメントをM2(この場合は図中左方向へ作用する。),またクランク室1aと吸入室27間の圧力差によってヒンジ部に生じるモーメントをM3とすれば,上述の場合においては,吸入室27の圧力とクランク室1aの圧力がほぼ等しくなっているため,M1と反対向きのモーメントはM2のみである。したがって予じめM1>M2となるようにスプリング12の弾性力を定めておけば,ヒンジ部を中心とする右回りモーメントによって斜板10の傾斜角が大きくなる。そして,斜板10の傾斜角はヒンジ部のピン11が長孔8bの上端に移動するまで傾斜し,斜板10の傾斜角はシャフト軸4に対して最大となる。(斜板とシャフト軸が直角の場合を基準とする。)この結果ピストン21のストローク量が大きくなって圧縮機の容量が増加する。
次に,熱負荷が低くなり,あるいは,圧縮機が高速域で使用されることにより,圧縮機の容量が過剰になると,冷媒の吸入圧力が低下し,吸入室27の圧力が低くなる。よって吸入室27と連通している連通孔部30bの圧力も序々に低くなる。したがって,ベローズ34は第2図に示すように収縮が弱まり,左方へ移動する。その結果ニードル34aの先端が通過孔31a内に挿入され,弁座31bとニードル34aによって,通過孔31aが閉塞され,吸入室27とクランク室1aは遮断される。
圧縮機の動作によってシリンダボア室2aからクランク室1aへ漏れたブローバイガスによってクランク室1a内の圧力は上昇する。したがってモーメントM3はヒンジ部を中心として,左方向に作用し,ある時点で,M1<M2+M3となって,斜板10はヒンジ部を中心として,左方向のモーメントが作用し,斜板10の傾斜角は序々に小さくなる。そして,斜板10の傾斜角はヒンジ部のピン11が長孔8bの下端に移動するまで小さくなる。この結果ピストン27のストローク量が小さくなって圧縮機の容量が減少する。」(第3頁右下欄第8行〜第4頁右下欄第12行)
(ウ)「一方,第4図に示すように一面が球面を有するスライディングシュー19を斜板10の両面に配設し,しかもこの一対のスライディングシュー19が斜板10の中心軸線の一点を中心とする実質的に球体(半径をRとする)を形成するように配置されていれば,球面間距離A′は,A′=2R,で示される。従ってこの場合球面間距離A′は斜板10の傾斜角αに関係なく常に一定である。よって,スライディングシュー19と斜板10との間にすきまが生ずることはなく,常にピストンは円滑な動作を行うことができる。」(第5頁左上欄第13行〜同頁右上欄第3行)
上記記載事項(ア)〜(ウ)によると、刊行物1には、
「クランク室1aと、吸入室27及び吐出室28との間に位置する複数のシリンダボア2aをシャフト軸4の周りに配列し、シリンダボア2a内にピストン21を往復直線運動可能に収容し、クランク室1a内においてシャフト軸4上に斜板10を傾動可能に支持すると共に、ピストンロッド20において、球の一部を構成する形状に形成された一対のスライディングシュー19を介してピストン21を斜板10の周縁部に係合し、さらにクランク室1a内の圧力を制御することによってピストンストロークを変更するようにした可変容量斜板式圧縮機。」
の発明(以下、「刊行物1記載の発明」という。)が記載されていると認められる。

同じく引用した刊行物2(実願平3-75218号(実開平5-19573号)のCD-ROM;申立人の提示した甲第2号証)には、次の事項が記載されている。
(カ)「【考案が解決しようとする課題】
近年、斜板式可変容量圧縮機の実用化が検討される段階になったが、この場合、固定容量タイプと異なり、斜板の傾斜角が自在に変わるため、ピストンの往復動慣性力と斜板の回転慣性力とのバランスが不充分な場合、不要な不釣合振動が発生するだけでなく、モーメントの不釣合によって、斜板の傾斜角が変化するという問題を生じる。特に、圧縮機の高速運転時に、斜板の傾斜角を増大させる方向のモーメントが生じると、斜板の傾斜角の制御が困難になり、この結果、圧縮機の高速運転時に容量制御が困難になる問題が生じた。
それ故、本考案の課題は、高速域での容量制御を確実に行うことが可能な斜板式可変容量圧縮機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
本考案によれば、シリンダを有するハウジングと、該ハウジング内方に回転自在に配置された主軸と、該主軸に傾斜角可変に備えられた斜板と、上記シリンダ内に摺動自在に挿入されたピストンと、該ピストンと上記斜板との間に介在して上記主軸の回転に伴なう上記斜板の運動を往復運動に変換して上記ピストンに伝達する変換部材とを含む斜板式可変容量圧縮機において、上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを、上記ピストン及び上記変換部材の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくしたことを特徴とする斜板式可変容量圧縮機が得られる。
【作用】
本考案の斜板式可変容量圧縮機の場合、圧縮機の運転状態において、斜板の回転慣性力によって生じる斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントが、ピストン及び変換部材の往復動慣性力によって生じる斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくなるので、斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは、圧縮機の高速運転時に、生じないか、生じた場合でも斜板の傾斜角を小さくする方向のモーメントである。従って、圧縮機の高速運転時に、斜板には、傾斜角に影響を与えるモーメントが生じないか、生じたとしても傾斜角を小さくするモーメントであるので、斜板の傾斜角の制御が確実に行われる。」(段落番号【0003】〜【0006】)
(キ)「図2は図1に示す実施例の要部における慣性力の概念的関係を示す説明図である。
図2をも参照して、斜板42は、センタピン40によって主軸20に対して傾斜角可変に支持されている。主軸20が回転すると、斜板42も回転するが、その傾斜した質量分布により、図面上、斜板42の上下において、慣性力Fs,-Fsが生じ、これによって、図面上、左巻きモーメント-Fs・Lが生じる(実際は、斜板42内の微少質量の位置により生じる慣性力とその力対間距離の積の総和で表わされるが、ここでは簡略的に記す)。
一方、両頭ピストン50の往復動慣性力によって生じる、図面上、右巻きのモーメントFp・r・nがある(nはピストン数)。
-Fs・Lと、Fp・r・nの2つのモーメントにおいて、後者が大きいと、斜板42は、更に傾斜角が増大する方向に付勢される。この傾向は、回転数の2乗に比例して増大するため、結局、回転数が増大すると容量が最大の方向に移行し、高速で最大容量になる望ましくない特性が生じる。反対に、本実施例の場合の様に、-Fs・LがFp・r・nよりも大きくなるようにすると、高速域では、斜板42が容量減少に移行する特性が得られる。
以上のように、斜板42の慣性力によるモーメントをピストン50のそれよりも等しいか、大きくすることにより、高速域での容量制御性を確保するとともに、超高速での容量低減効果による耐久性向上、振動、騒音の低減という大きな効果を得ることができる。」(段落番号【0016】)
(ク)「尚、本実施例は、ハウジングの両側にシリンダを有するタイプの斜板式可変容量圧縮機であるが、これに限定されず、本考案は、ハウジングの一方にシリンダを有する通常の斜板式可変容量圧縮機にも適応可能である。」(段落番号【0017】)

同じく引用した刊行物3(特開平1-110879号公報;申立人の提示した甲第3号証)には、次の事項が記載されている。
(サ)「本発明は、例えば自動車空調機用冷媒圧縮機等に用いられる斜板式圧縮機の構造に係り、特に圧縮機の小型化及び振動騒音の低減に好適な斜板式圧縮機に関する。」(第1頁右下欄第4〜7行)
(シ)「(問題点を解決するための手段)
本発明は、コンロッドのすくなくとも一部を中空とするものである。
………
(作用)
コンロッド等の往復動により生ずるモーメントを減少されることができるのでこの往復運動により生ずるモーメントを減少でき、したがってこのモーメントに釣り合うように設けられていた錘の重さを減少することができる。したがって、コンロッド及び錘の重量を減少することによって圧縮機の小形軽量化を図ることができ、高速回転時の振動騒音を抑えることができる。」(第2頁左下欄第7行〜同頁右下欄第11行)
(ス)「ピストン31、コンロッド32及びピストンサポート21の揺動運動などにより、主軸に沿った軸線方向の慣性力により斜板本体には時計回りのモーメントMIが、斜板本体の偏心質量など自身の質量分布により反時計回りのモーメントMJが、斜板本体に加わる。」(第5頁左下欄第5〜10行)
(セ)「ピストン31、コンロッド32の往復動部は、主軸13に沿った軸線方向の慣性力により斜板本体12を時計方向に回そうとするモーメントMP(MPは前記MIの一部)を生じさせる。」(第6頁左上欄第14〜17行)
(ソ)「(12)式からも明らかなように、モーメントMPは、ピストン及びコンロッドなどの重量Wに比例し、しかも主軸の回転速度の2乗に比例する。
コンロッドの重量を低減することによって前記Wを小さくし、したがってMPを小さくすることにより前記(5)式のMIを減少できる。その結果、制御差圧ΔPCを小さくすることができる。」(第6頁左下欄第7〜13行)

同じく引用した刊行物4(実願平1-56010号(実開平2-145674号)のマイクロフィルム;申立人の提示した甲第4号証)には、次の事項が記載されている。
(タ)「本考案は可変容量型斜板式圧縮機の斜板に係わり、特に傾角を変更する際に後述する斜板揺動力や制御圧を受ける斜板の強度を確保する技術に関するものである。」(明細書第1頁第18行〜第2頁第1行)
(チ)「従来から斜板、半球シュー及び両頭ピストンのうち互いに接触する部位が同材質であると焼付を起こしやすいことが知られている。また圧縮機自体の軽量化を考慮して、従来の斜板式圧縮機においては斜板及び両頭ピストンをアルミニウム合金で形成し、硬度が要求される半球シューは鉄系の金属で形成し、前記斜板及びピストンとは材質を異にしている。」(明細書第3頁第3〜10行)
(ツ)「斜板の本体を鉄系の材料で形成し、該斜板本体の周縁部にアルミニウム合金の層を前記斜板本体と一体に形成した………前述のように構成した本考案の斜板は、その本体が鉄系の金属で形成されているため制御圧力や斜板揺動力等の力に対して充分な強度を有し、前記斜板本体の周縁部に形成されたアルミニウム合金の層を介して鉄系の金属で形成された摺動部材と摺接する。そのため、斜板と摺動部材は互いに異種材質として摺接することから摺動性も良好である。」(明細書第4頁第7〜20行)

同じく引用した刊行物5(特開平2-267371号公報;申立人の提示した甲第5号証)には、次の事項が記載されている。
(ナ)「本発明は両頭ピストンを備えた可変容量型斜板式圧縮機に関するものである。」(第1頁右下欄第5〜6行)
(ニ)「さらに、一般に斜板は回転力伝達部の強度確保やコスト等の関係で鉄系材料で形成されているが、シューの材質にも軸受鋼等の鉄系の材料が使用されるため、シューと斜板との摺動性が悪く、摺動部の潤滑不良時や負荷荷重が大きな時に焼付き等の不具合が発生するという問題もある。」(第2頁右上欄第19行〜同頁左下欄第4行)
(ヌ)「斜板本体15はシュー14との摺動部15a以外が鉄系材料で形成され、摺動部15aが銅系軸受合金で形成されている。摺動部15aは鉄系母材の表面にJISのLBC6等の銅系軸受合金を焼結、溶射、接合等することにより形成されている。」(第3頁右上欄第16行〜同頁左下欄第1行)
(ネ)「又、斜板本体15の摺動部15aがシュー14の材質である軸受鋼等の鉄系材料と摺動の相性が良いJISのLBC6等の銅系軸受合金で形成されているので、潤滑不良時や高負荷荷重時にも斜板13とシュー14との摺動が円滑に行われ、両頭ピストン6が常に円滑に往復動される。」(第5頁左上欄第4〜9行)

同じく引用した刊行物6(特開平5-52183号公報)には、次の事項が記載されている。
(ハ)「上記目的を達成するための本発明の手段は、ピストンと、前記ピストンを駆動するピストンサポートと、前記ピストンサポートを揺動させるための斜板とを揺動角を変えて支持するサポートスリーブと、前記斜板を主軸に対する傾斜角を変えて支持する斜板スリーブにより構成され、前記斜板の傾転角を変えることにより容量制御を行う可変容量形圧縮機において、前記ピストンなどの往復運動及びピストンサポートなどの揺動運動の慣性力により生じるモーメントをMp、前記斜板の回転運動に伴い斜板自身の質量分布により生じるモーメントをMsとしたとき、Ms≧Mpとなる関係を満足させることである。」(第2頁右欄第19〜30行)
(ヒ)「次に、本発明の他の実施例について説明する。本実施例は、図18に示すように、往復運動及び揺動運動によるモーメントMpよりも大きい逆向きのモーメントである斜板の質量分布によるモーメントMsを生じさせるように構成することである。つまり、斜板傾転角に対して常に、Ms+Mp>0なる関係になるように構成することにある。Mp及びMsの大きさは、数7及び数8に示すように、各部材の寸法,質量によって決まる値C1及びC2で決まるので、これらの値を適当に操作することで容易に達成できる。例えば、Msを大きくする場合、斜板12の板厚を少し大きくしたり比重の大きい材料を使用するなどすればよい。ただし、斜板の板厚さを大きくしても斜板の重心位置は、常に、斜板の回転中心に合わせる。また、本実施例では、Msに対しMpを小さくすることでも達成することができ、例えば、コンロッドなどを中空化するなどの方法により往復動、あるいは、揺動部材を軽量化するのも一つの手段である。なお、本実施例を達成するためには、前述したように慣性力による不釣合な遠心力を零にする。図18には、図14の従来例との比較を示しているが、慣性力によるモーメントの和(Ms+Mp)の斜板傾転角に対する傾きが従来例と逆特性になっていることが特徴である。本実施例では、斜板傾転角が最大、つまり、最大容量側で、モーメントの和(Ms+Mp)が反時計回り、つまり、斜板傾転角を減少させる方向に作用するようにした。」(第6頁左欄第28行〜同頁右欄第17行)
(フ)「また、慣性力により常に斜板傾転角を減少させる方向に作用する傾転モーメントを発生させることができるので、容量制御性、特に高速回転での容量制御性に優れた可変容量形圧縮機を提供することができる。」(第7頁左欄第20〜23行)

同じく引用した刊行物7(特公昭63-40943号公報)には、次の事項が記載されている。
(マ)「本発明は上記問題点を克服するものであり、耐摩耗性、耐焼付性、靱性および低熱膨張性に優れた斜板式コンプレッサを提供することを目的とする。」(第2頁左欄第28〜31行)
(ミ)「本発明においては、ロータの斜板を形成する少なくとも表面部は、短繊維を主とする第1繊維で構成された第1繊維集積体と、該第1繊維集積体の一面に一体的に構成されたウイスカを主とする第2繊維で構成された第2繊維集積体からなる繊維成形体が埋設された繊維強化金属で構成され、該斜板には該第2繊維が母材金属表面に表出した構造としたことを特徴とする。
………
上記「ロータ」は、マグネシウム系金属、銅系金属、アルミ系金属で構成されている。これらの金属のうち軽量化等を考慮するとアルミニウム、アルミニウム合金、マグネシウムまたはマグネシウム合金が好ましく、特にアルミニウム合金がより好ましい。………
上記の「少なくとも表面部は、」とは、例えば第1図および第2図に示すように、2つの表面部1と1′,11と11′が上記繊維成形体が埋設された繊維強化金属で構成され、その2つの表面部1と1′,11と11′の内部は、………第2図に示すように繊維を含まない金属のみから成る部分5を有する構成でもよいことを意味する。」(第2頁右欄第24行〜3頁左欄第15行)

4.対比
本件発明と刊行物1記載の発明とを対比する。
刊行物1記載の発明の「クランク室1a」は、本件発明の「クランク室」に相当し、以下同様に、「吸入室27」は「吸入室」に、「吐出室28」は「吐出室」に、「シリンダボア2a」は「シリンダボア」に、「シャフト軸4」は「回転軸」に、「ピストン21」は「片頭ピストン」に、「斜板10」は「斜板」に、「ピストンロッド20」は「ピストン端部の首部」に、「スライディングシュー19」は「シュー」に、それぞれ、相当する。
してみると、両者は、
「クランク室と、吸入室及び吐出室との間に位置する複数のシリンダボアを回転軸の周りに配列し、シリンダボア内に片頭ピストンを往復直線運動可能に収容し、クランク室内において回転軸上に斜板を傾動可能に支持すると共に、ピストン端部の首部において、球の一部を構成する形状に形成された一対のシューを介して片頭ピストンを斜板の周縁部に係合し、さらにクランク室内の圧力を制御することによってピストンストロークを変更するようにした可変容量斜板式圧縮機。」
の点で一致し、次の点で相違する。
〔相違点〕
本件発明においては、前記片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成すると共に、前記斜板を前記片頭ピストンよりも比重の大きな銅系材料で形成し、さらに前記シューを鉄系材料で形成したのに対して、刊行物1記載の発明においては、前記片頭ピストン,前記斜板,及び前記シューをどのような材料で形成したのか明らかでない点。

5.当審の判断
上記〔相違点〕について検討する。
刊行物2には、上記記載事項(カ),(キ)によれば、高速域での容量制御を確実に行うことが可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを目的として、「上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを、上記ピストン及び上記変換部材の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくする」という技術事項が開示されている。ここで、上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを、上記ピストン及び上記変換部材(本件発明の「シュー」に相当する。)の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくするには、従来装置の斜板の質量を従来装置のピストン及び変換部材の質量に比べて相対的に大きくすればよいことは、技術常識というべきものである。すなわち、ピストン及び変換部材の質量はそのままにして斜板の質量を大きくする,または斜板の質量はそのままにしてピストン及び変換部材の質量を小さくするなどが考えられる。そして、刊行物3,刊行物6には、上記記載事項(シ),(ソ),(ヒ)によれば、往復動慣性力に影響を与えるコンロッドの質量を小さくするためにコンロッドの少なくとも一部を中空とするという技術事項が、同じく刊行物6には、上記記載事項(ヒ)によれば、回転慣性力に影響を与える斜板の質量を大きくするために斜板の板厚を少し大きくしたり,斜板の材料として比重の大きい材料を使用するという技術事項が、それぞれ、開示されているところである。
以上のことを踏まえて、さらに検討する。
従来の可変容量斜板式圧縮機においては、刊行物4の上記記載事項(チ),本件特許明細書で引用した実公昭61-43981号公報によれば、斜板及びピストンをアルミニウム系材料で,シューを鉄系材料で形成しているところである。このような、従来の可変容量斜板式圧縮機において、上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを、上記ピストン及び上記変換部材(本件発明の「シュー」に相当する。)の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくするには、上記ピストン及び上記シューの質量はそのままにして上記斜板の質量を大きくすること、しかも上記斜板の質量を大きくするために上記斜板の材料として比重の大きい材料を使用することが一つの選択枝であることは明らかである。そして、刊行物4,刊行物5には、上記記載事項(ツ),(ニ),(ヌ)によれば、斜板を形成する母材金属としてアルミニウム系材料でなくアルミニウム系材料より比重の大きい鉄系材料を使用するという技術事項が、刊行物7には、上記記載事項(ミ)によれば、斜板を形成する母材金属としてアルミニウム系材料でなくアルミニウム系材料より比重の大きい銅系材料を使用するという技術事項が、それぞれ開示されているところである。
以上のとおりの検討事項からみて、刊行物2における「上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを、上記ピストン及び上記変換部材の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくする」という技術事項に接した当業者は、ピストンをアルミニウム系材料,シューを鉄系材料,斜板を鉄系材料若しくは銅系材料で形成することを適宜なし得るものと認められる。
<なお、刊行物4記載の斜板は、斜板の強度を確保するためにアルミニウム系材料に代えて鉄系材料を使用し、耐焼付性を考慮して斜板本体の周縁部にアルミニウム合金の層を形成するというものであり、刊行物5記載の斜板は、斜板の強度確保やコスト等の関係で鉄系材料を使用し、耐焼付性を考慮してシューとの摺動部に銅系軸受合金の層を形成するというものであり、刊行物7記載の斜板は、耐摩耗性,耐焼付性,靱性,低熱膨張性に優れた斜板を提供するために第1,第2繊維集積体を設け、母材金属として銅系金属を使用するというものであり、いずれも高速域での容量制御を確実に行うことが可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを目的として斜板を鉄系材料,銅系材料で形成するというものではないが、斜板を鉄系材料,銅系材料で形成し得るということを少なくとも開示しているところである。また、斜板を鉄系材料で形成するか,銅系材料で形成するかは、斜板・シュー・ピストンの寸法,質量等を考慮して当業者が適宜選択する単なる設計的事項である。>
そして、刊行物1及び刊行物2記載の発明は、「可変容量斜板式圧縮機」という同一技術分野に属するものであるから、しかも刊行物2には、上記記載事項(ク)によれば、片頭ピストンを用いた可変容量斜板式圧縮機にも適応可能である旨の示唆があるから、刊行物1記載の発明に刊行物2記載の上記技術事項を適用し、さらに当該適用に際し刊行物3ないし7記載の上記技術事項を参酌して、本件発明のような構成とする程度のことは当業者が格別困難なく想到し得るものと認められる。
なお、本件発明の効果は、刊行物1記載の発明、及び刊行物2ないし7記載の上記技術事項から当業者が予測し得る程度のものである。

6.むすび
以上のとおりであるから、本件発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件発明についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく、特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2003-07-30 
出願番号 特願平9-183632
審決分類 P 1 651・ 121- Z (F04B)
最終処分 取消  
前審関与審査官 尾崎 和寛  
特許庁審判長 西野 健二
特許庁審判官 飯塚 直樹
亀井 孝志
登録日 2002-03-29 
登録番号 特許第3292096号(P3292096)
権利者 株式会社豊田自動織機
発明の名称 可変容量斜板式圧縮機  
代理人 山本 格介  
代理人 池田 憲保  
代理人 後藤 洋介  
代理人 櫻井 義宏  

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