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審決分類 |
審判 全部無効 2項進歩性 訂正を認める。無効とする(申立て全部成立) A61K 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 訂正を認める。無効とする(申立て全部成立) A61K |
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管理番号 | 1100275 |
審判番号 | 無効2001-35159 |
総通号数 | 57 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 1991-07-24 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2001-04-24 |
確定日 | 2004-02-16 |
訂正明細書 | 有 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第3143470号発明「ポリペプチド含有の皮下または筋肉内投与用医薬組成物」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 訂正を認める。 特許第3143470号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 |
理由 |
1.手続きの経緯 本件特許第3143470号に係る発明は、平成2年11月28日に特許出願(パリ条約による優先権主張:1989年11月29日、ドイツ)され、平成12年12月22日に特許権の設定の登録がされたものである。 これに対して、請求人により平成13年4月24日に無効審判が請求され、被請求人は平成13年12月17日付けで答弁書を提出すると同時に、明細書の訂正を請求した。その後、平成14年3月29日付けで当審により訂正拒絶理由が通知され、被請求人は平成14年5月7日付けで手続補正書を提出して、訂正請求書及び添付した訂正明細書を補正した。 2.訂正請求について (1)訂正の内容 平成14年5月7日付け手続補正書により補正された訂正請求書及び添付した訂正明細書によれば、訂正を求める事項は以下のとおりである。 訂正事項1 発明の名称の 「ポリペプチド含有の皮下または筋肉内投与用医薬組成物」 を、 「ポリペプチド含有の皮下投与用医薬組成物」 に訂正する。 訂正事項2 特許請求の範囲の、 「【請求項1】エリスロポイエチン、ヒルジンまたは胎盤蛋白質4(PP4)と、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸または該アミノ酸の塩の少なくとも1種とを含有する溶液からなる皮下投与用医薬組成物。 【請求項2】エリスロポイエチン、ヒルジンまたは胎盤蛋白質4を含有する溶液に、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種を加えることからなるエリスロポイエチン、ヒルジンまたは胎盤蛋白質4含有皮下投与用医薬組成物。」 を、 「【請求項1】エリスロポイエチンと、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸または該アミノ酸の塩の少なくとも1種とを含有する溶液からなる皮下投与用医薬組成物。 【請求項2】エリスロポイエチンを含有する溶液に、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種を加えることからなるエリスロポイエチン含有皮下投与用医薬組成物。」 に訂正する。 (2)訂正の適否 ア.訂正事項1について 訂正事項1は、特許請求の範囲の記載に整合するように発明の名称を訂正するものであるので、明りょうでない記載の釈明を目的とする訂正である。 イ.訂正事項2について 訂正事項2は、請求項1及び2に係る医薬組成物の成分としてエリスロポイエチンと共に記載されていたヒルジン及び胎盤蛋白質4を削除して、エリスロポイエチンだけを残すものであるので、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。 ウ.そして、訂正事項1及び2は、いずれも願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであり、また実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことが明らかである。 エ.したがって、本件訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律 第116号)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成6年法律116号による改正前の特許法第134条第2項ただし書並びに同条第5項において準用する同法第126条第2項及び第3項の規定に適合するので、訂正を認める。 3.当事者の主張の概要 (1)請求人の主張 請求人は、本件の請求項1及び2に係る特許は、下記ア.及びイ.の理由により無効とすべきである旨を主張し、証拠方法として甲第1〜12号証を提出している。 ア.本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明であり、また本件出願前に頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、本件特許は特許法第29条の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号の規定に該当する。 イ.本件特許の明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないし、また特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものではないから、本件特許は特許法第36条に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号の規定に該当する。 (2)被請求人の主張 被請求人は、本件特許発明は特許法第29条の規定に違反するものではないし、本件明細書は特許第36条に規定する要件を満たしているので、請求人の主張はいずれも理由がないと主張している。 4.当審の判断 (1)本件特許発明 本件特許発明は、訂正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された、次のとおりのものである。 【請求項1】エリスロポイエチンと、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸または該アミノ酸の塩の少なくとも1種とを含有する溶液からなる皮下投与用医薬組成物。 【請求項2】エリスロポイエチンを含有する溶液に、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種を加えることからなるエリスロポイエチン含有皮下投与用医薬組成物。 ここで、請求項2に係る発明は、請求項1に係る医薬組成物を得るために普通に行う「エリスロポイエチンを含有する溶液に、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種を加える」という操作を特定したものに過ぎないから、請求項1に係る発明と請求項2に係る発明は、単に表現が相違するだけの実質的に同一の発明であるので、以下、両者を本件特許発明という。 (2)特許法第29条第2項について ア.請求人が、本件特許は特許法第29条第2項に違反してされたものであるとして、審判請求書第23頁9行〜24頁において論じている、「本件特許発明は、甲第1号証又は甲第2号証及び甲第6〜11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである」旨の主張について、以下に検討する。 イ.甲第1号証、甲第2号証及び甲第6〜11号証の記載 甲第1号証:特開昭61-97229号公報 (1-1)「ポリエチレングリコール、・・・アミノ酸、・・・からなる群より選択される1つ又は2つ以上を安定化剤として含有することを特徴とするエリトロポエチン製剤。」(請求項1) (1-2)「製剤の安定化剤として選択するアミノ酸がグリシン、アラニン、リジンのいずれかである特許請求の範囲第1項に記載のエリトロポエチン製剤。」(請求項4) (1-3)実験例として人尿由来のエリトロポエチン0.1mgを200mlのレシチン懸濁液に溶解し、安定化剤を添加して、一定期間後のエリトロポエチンの残存率を測定することにより安定化効果の試験が記載され、表中には安定化剤としてリジンを添加した例が記載されている。(2頁右下欄〜3頁左下欄) (1-4)「エリトロポエチンの投与経路は、静脈内、筋肉内などに注射する血管または組織内投与、・・・、これらに適用される剤型としては注射剤のような液剤、・・・」(5頁右下欄) 甲第2号証:特開昭64-71818号公報 (2-1)「ヒト蛋白質、生理的に認容性の緩衝剤並びに場合により・・・を含有する貯蔵安定で認容性のヒト蛋白質製剤において、注射剤形で 尿素 5 〜50g/1 アミノ酸 1 〜50g/1 非イオン性湿潤剤 0.05〜5g/1 を含有することを特徴とする、貯蔵安定で認容性のヒト蛋白質製剤。」(請求項1) (2-2)「アミノ酸が、グリシン、L-アラニン、L-アルギニン、L-ロイシン、L-2-フェニルアラニン、L-グルタミン酸、L-トレオニン及び/又はL-イソロイシンを含有する混合物である請求項1記載の製剤。」(請求項2) (2-3)「ヒト蛋白質がエリトロポエチンである請求項1から6までのいずれか1項記載の製剤。」(請求項7) (2-4)「それ故、貯蔵安定でもある認容性のEPO製剤、即ち生体内有効作用を維持し、アンプルや注射器の壁に吸着されずかつ簡単に注射可能な形状にすることのできるその製剤を見出すという課題が生じた。」(3頁左上欄15〜19行) (2-5)「この課題が、特許請求の範囲で詳しく特徴が挙げられている成分の組合せにより解決されることは驚異的である。」(3頁右上欄1〜3行) (2-6)「得られた製剤は窒素下に0℃で2年間以上、室温で1年間以上保管し得る。水で再生する際に、製剤は数秒間で、混濁せずに溶解し、それ故直接静脈内に又は筋肉内に注射することができあるいは等張溶液(例えば食塩溶液)で稀釈後に注入することができる。」(3頁右下欄18行〜4頁左上欄3行) (2-7)例7の表2には、L-アルギニンを含有するエリスロポイエチン製剤が記載されている。(7頁左下欄〜8頁下欄) 甲第6号証:The Lancet, August 13, p406, 1988 (6-1)「皮下投与エリスロポイエチン」との表題の下に、組み換えヒト(rh)エリスロポイエチンのヒトに対する静脈内投与と皮下投与の比較が表I及び表IIに記載され、「rhエリスロポイエチンの皮下投与は、投与量を低下させることができる。」と記載されている。(406頁右欄:抄訳2頁参照) 甲第7号証:The Lancet, February 25, pp425-427, 1989 (7-1)「持続的携帯型腹膜透析(CAPD)を継続して行っている外来患者に組換えヒトエリスロポイエチン(EPO)を投与するための最適な投与計画を決定するために、EPOを静脈内(120U/kg)、腹腔内(50,000U)、および皮下(120U/kg)経路で単回投与したときの薬物動態を研究した。・・・皮下投与によるEPOの生物学的利用能(21.5%)は、腹腔内投与の場合(2.9%)と比べて7倍大きかった。これらの結果はCAPD患者に対してはEPOの皮下投与が最も満足のいく投与経路であることを示唆している。」(425頁の要約の欄:抄訳1頁参照) (7-2)「EPOを静脈投与されている血液透析患者は、投与量を減らした皮下投与によりヘモグロビン濃度を維持することができる。この知見は、EPOの静脈投与後の非常に高い(血中濃度の)ピークは治療効果に必要なものではないことを示唆する。この理由のため、および皮下投与後のEPOの(血中)レベルが静脈投与よりも長く(3〜4日)残存することから、CAPDおよび血液透析患者にEPOの皮下投与を推奨することは妥当と思われる。」(426頁右欄下から5行〜427頁左欄7行:抄訳1頁下から3行〜2頁参照) 甲第8号証:The Lancet, June 17,pp1388-1389, 1989 (8-1)CAPD(患者)の貧血に、(r-HuEPOの)皮下投与が有効であることを見出した。他の2経路(腹腔内、静脈内)に比べて、(皮下投与は)経済的、実際的、安全で、成人には受容可能である。(1389頁左欄21行〜24行:抄訳参照) (8-2)10,000IU/mlに調製された組換えEPO(オルソ社)は1ml未満の皮下投与が可能である。腿への自己注射は不快感もほとんどなく、局所反応も示さず、EPOを静脈投与された患者で報告された例があるインフルエンザ様の症状も示さなかった。(1388頁右欄下から6行〜下から1行:抄訳参照) 甲第9号証:The Journal of Pediatrics, 114, 550-554, April 1989 (9-1)12〜18歳の、輸血を必要とし、腹膜透析を受けている末期腎疾患の5人の貧血患者(平均へマトクリット値22±0.31%)に家庭での自己注射による組換えヒトエリスロポイエチン(rHuEPO)初期投与150U/kg週3回の皮下投与を実施した。全ての患者で赤血球数およびヘモグロビン濃度が増加し、いずれの患者も更なる輸血を必要としなかった。・・・この結果は、rHuEPOが末期腎疾患の貧血の治療に有効であり、関連した臨床的症状および更なる輸血をなくすことができることを示すものである。(550頁の要約部分:抄訳参照) (9-2)週3回150U/kg の投与量で rHuEPO の皮下投与を受けたCCPD(持続的周期腹膜透析)を行っている我々の患者は、15〜18日以内にピークの赤血球数に達し、rHuEPO治療開始後3週間以内に目標のへマトクリットレベルに到達した。・・・ひとたび目標のへマトクリットレベルに到達した後は、我々の患者は週1回の投与スケジュールで33%を超えるへマトクリットレベルを維持できた。・・・週1回の維持スケジュールは、明らかに利便性に優れ、かつ経済的である。(553頁右欄19〜32行:抄訳参照) 甲第10号証:Physicians' Desk Reference PDR 44 Edition 1990 pp616-619 (10-1)「EPOGEN(R) は、静脈内又は皮下投与用の無菌、無色、保存剤なしの液体として製剤化されている。・・・発行日:06/15/89」(616頁左欄) 甲第11号証:Clinical Pharmacy Vol8 Nov 1989, p769-782 (11-1)「エポエチン:ヒト組み換えエリスロポイエチン」(769頁表題) (11-2)「エポエチンの腹腔内投与は研究中である。皮下投与は、透析前患者用に認可されている。」(778頁下から6行〜下から4行) ウ.対比・判断 (ウ-1)甲第1号証に記載されたエリスロポイエチン(以下、本件明細書の表記に従いエリトロポエチンはエリスロポイエチンに表記を統一する。但し、引用部分についてはEPOと表記することがある。)製剤は、アミノ酸を安定化剤として含有するものであって、アミノ酸としてはリジン(リジンが側鎖にアミノ基を有するアミノ酸であることは周知である。)が使用できることが記載され、安定性を試験する実験例では、安定剤としてリジンを添加した例が記載されている。エリスロポイエチン製剤の剤型としては注射剤が記載され、投与形態に関しては、「静脈内、筋肉内などに注射する血管または組織内投与」が開示されている。 また、本件特許発明における「皮下投与」が注射剤としての投与形態であることは自明である。 そこで、本件特許発明と甲第1号証に記載された発明を対比すると、両者は 「エリスロポイエチンと、側鎖にアミノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種とを含有する溶液からなる注射剤医薬組成物」である点で一致し、本件特許発明が皮下投与用であるのに対し、甲第1号証の薬剤は静脈内、筋肉内などに注射する血管または組織内投与用である点で相違する。 この相違点について、以下に検討する。 甲第6〜11号証には、エリスロポイエチンの皮下注射製剤が記載されており、甲第6号証には、「静脈内投与に比べて、皮下投与が投与量低減効果があること」が、甲第7号証には、「CAPD患者に対して皮下投与がもっとも満足のいく投与形態である」こと及び「CAPD及び血液透析患者にEPOの皮下投与を推奨することは妥当と思われる」ことが、甲第8号証には、皮下投与が「経済的、実際的、安全」で、「腿への自己注射は不快感もほとんどなく、局所反応も示さない」ことが、それぞれ記載されている。これらの記載は、本件特許の出願時において、皮下投与がエリスロポイエチンの投与形態として広く知られており、しかもより好ましい投与形態と考えられていたことを示している。 したがって、甲第1号証に記載された注射用のエリスロポイエチン製剤について、そこに明示的に記載された静脈投与や筋肉内投与に代えて、皮下投与を行うことは、当業者が容易に想到し得ることに過ぎない。 (ウ-2)甲第2号証に記載されたエリスロポイエチン製剤もアミノ酸を含有するものであり、アミノ酸としてはアルギニン(アルギニンが側鎖にグアニジノ基を有するアミノ酸であることは周知である。)が使用できることが記載され、例7の表でもアルギニンを配合した製剤例が開示されている。そして、甲第2号証のエリスロポイエチン製剤は注射剤であって、静脈内に又は筋肉内に注射することができるものであるので、本件特許発明と甲第2号証に記載された発明は、「エリスロポイエチンと、側鎖にグアジニノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種とを含有する溶液からなる注射剤医薬組成物」である点で一致し、本件特許発明が皮下投与用であるのに対し、甲第2号証の薬剤は静脈内、筋肉内などに注射する血管または組織内投与用である点で相違する。 そして、甲第6〜11号証の記載からみて、本件特許の出願時において、皮下投与がエリスロポイエチン製剤の投与形態として広く知られており、しかもより好ましい投与形態と考えられていたのであるから、甲第2号証に記載された注射用のエリスロポイエチン製剤について、そこに明示的に記載された静脈投与や筋肉内投与に代えて、皮下投与を行うことは、当業者が容易に想到し得ることに過ぎない。 (ウ-3)被請求人の主張について 被請求人は、答弁書において、「甲第1号証及び甲第2号証については、エリスロポイエチンの皮下注射については記載されておらず、また、エリスロポイエチンを皮下投与した場合の生物学的利用性の改善については記載されていない」(答弁書4頁)こと、一方、甲第6〜11号証については、エリスロポイエチン製剤が「側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸を含有することは記載されておらず、皮下投与の生物学的利用性の改善については記載も示唆もされていない」(答弁書5頁3行〜6頁下から3行)ことから、本件特許発明は、甲第1号証又は甲第2号証並びに甲第6〜11号証に記載された発明から当業者が容易に発明できたものではないと主張する。 被請求人の主張は、以下の2点に整理できる。 (a)甲第1号証又は甲第2号証のアミノ酸を含むエリスロポイエチン製剤を皮下投与することは記載されていないし、甲第6〜11号証の皮下投与を行うエリスロポイエチン製剤にはアミノ酸が含まれていない。 (b)甲第1号証、甲第2号証及び甲第6〜11号証のいずれにも、アミノ酸を含むエリスロポイエチン製剤を皮下投与することによる生物学的利用性の改善については記載も示唆もされていない。 a. 上記(a)についての被請求人の主張は、本件特許発明と各甲号証に記載された発明の相違点を指摘するのみであって、甲第1号証又は甲第2号証に記載されたアミノ酸を含有するエリスロポイエチン製剤を皮下投与することが困難と考えるべき特別な事情(例えば、阻害要因の存在)については何ら触れるところがない。 そして、上述したとおり、本件特許の出願時において、皮下投与がエリスロポイエチンの投与形態として広く知られ、しかもより好ましい投与形態と考えられていたものであるから、甲第1号証又は甲第2号証のエリスロポイエチン製剤について皮下投与することを妨げる格別の事情も見出せない以上、これを皮下投与することに何ら困難性は見出せない。 b.上記(b)についての請求人の主張は、生物学的利用性の改善に関するものであるが、以下に述べる理由のいずれの観点からみても、本件特許発明が甲第1号証、甲第2号証及び甲第6〜11号証から当業者が容易に発明できたという判断を覆す根拠となり得るものではない。 (b-1)一般に薬剤がその投与形態によって生物学的利用性が異なることは周知であり、例えば、甲第7号証に記載されているようにエリスロポイエチン製剤についても投与形態による生物学的利用性の違いが検討され、この面からも皮下投与が最も満足のいく投与経路であるとされている。 (b-2)甲第1号証及び甲第2号証のアミノ酸を含有するエリスロポイエチン製剤は、安定性が向上したものであって、製剤の安定性と活性に関連があることは自明であるから、生物学的利用性の向上が予期できないほどの顕著な効果であるとはいえない。 なお、後述するように、本件明細書には、本件エリスロポイエチン製剤の皮下投与が他の投与形態から予想できないほど顕著な生物学的利用性の改善効果を奏することを確認できる程度の記載はない。 被請求人は、さらに平成14年4月19日付けで提出した上申書において、上記主張に関連して、以下の点をさらに主張している。 c.本件特許発明と、甲第1号証及び甲第2号証に記載の発明を比較すると、両者はアミノ酸を使用するEPO製剤である点は、共通であるが、前者がEPOの生物学的利用性を高めることを目的とした皮下投与用EPO製剤であるのに対して、後者はEPOの安定化を高めることを目的としたEPO製剤である点で相違している。このように両者は目的を異にしているので、後者から前者を容易に想到することはできない。 しかし、被請求人も認めるとおり、本件特許発明と甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明はいずれもアミノ酸を使用するEPO製剤であって、上述したように両者は、その投与形態においてのみ相違するものである。そして、本件特許発明の投与形態である皮下投与がEPO製剤の好ましい投与形態として知られていたことも上述したとおりであって、甲第1号証及び甲第2号証に記載されたエリスロポイエチン製剤において皮下投与とすることに困難性は見出せない以上、単に目的の相違という主観的な要因をもって本件特許発明が甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明から容易に想到できないとする、被請求人の主張は採用できない。 エ.したがって、本件特許発明は、甲第1号証又は甲第2号証及び甲第6〜11号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 (3)特許法第36条について ア.請求人は、「本件特許発明のエリスロポイエチンを含む皮下投与用医薬組成物の生物学的利用性に関する効果は全く示されていない」(審判請求書31頁1〜2行)と主張し、「本件特許発明のアミノ基又はグアニジノ基を有するアミノ酸によって、このアミノ酸を含有する、ある蛋白質の皮下投与用製剤の生物学的利用性及び耐用性が改善されるか否かは、実験なしには予測できない」(審判請求書31頁17行〜20行)ことを指摘している。 これに対して、被請求人は、請求人の上記指摘で引用した本件明細書(特許公報第7欄下から2行〜第8欄下から6行)の「データは、本発明による溶液の投与が、ウロキナーゼとr-ヒルジンの場合を除いて、特にsc投与の場合に、明らかに良好な生物学的利用性を保証するものであることを示している」との記載を根拠に、「エリスロポイエチンの場合にも具体的データが示された試験化合物と同様に良好な生物学的利用性を示したことは明らかである」と主張する。 イ.そこで、本件明細書に本件特許発明のエリスロポイエチンを含む皮下投与用医薬組成物について生物学的利用性に関する効果が記載されているか否かについて検討する。 本件特許発明のエリスロポイエチン製剤については、他の蛋白質製剤とともに、実施例1に皮下(sc)及び筋肉内(im)投与用溶液が記載され、実施例2に動物への投与試験が記載されている。 一方、生物学的利用性の試験結果は、明細書(特許公報6〜10頁)の表及び図において、t-PA(表I)、t-PA変異体(表IIと第1図及び第2図)、抗トロンビンIII(表III)、FXIII(表IV)及びフォン・ビレブランド因子(表V)について開示されているが、ウロキナーゼ、r-ヒルジン、pp4及びエリスロポイエチンについてのデータは開示されていない。 被請求人は、上記引用箇所の「ウロキナーゼとr-ヒルジンの場合を除いて」との記載から、「エリスロポイエチンの場合にも具体的データが示された試験化合物と同様に良好な生物学的利用性を示したことは明らかである」と主張するが、明細書に開示されたデータによれば、生物学的利用性に関する挙動は蛋白質製剤によって著しく変動しており、例えばフォン・ビレブランド因子(表V)では本件特許発明の態様である緩衝液3での皮下投与の場合が生物学的利用性は最も劣っている。そして、甲第1号証及び甲第2号証に記載された投与形態である筋肉内投与(im)に比べて皮下投与(sc)が生物学的利用性の点で優れているといえるのは、FXIII(表IV)の場合だけである。 そうすると、上記した本件明細書(特許公報第7欄下から2行〜第8欄下から6行)の記載は、エリスロポイエチン皮下投与用製剤の生物学的利用性についての効果を示す根拠となり得るものではなく、また、本件明細書には、他に本件特許発明のエリスロポイエチン皮下投与用製剤が生物学的利用性の点で優れた効果を有することを示す記載は見当たらない。 なお、被請求人が「本件特許発明のエリスロポイエチン製剤が優れた生物学的利用性を示すことをより具体的に示す」として答弁書に添付した参考資料は、アミノ酸を含むものと含まないものとの効果の比較データであって、皮下投与と筋肉内投与との効果の比較データでさえなく、しかも実施された3グループのデータの平均値では、アミノ酸を含有しないものが優れた数値となっており、本件特許発明の優れた効果を示すデータといえるものではない。 ウ.したがって、本件明細書には、本件特許発明を当業者が容易に実施できる程度に発明の効果が記載されていない。 5.むすび 以上のとおり、本件請求項1及び2に係る発明の特許は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第6〜11号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当する。 また本件明細書には、請求項1及び2に係る発明を当業者が容易に実施することができるようにその発明の効果が記載されていないから、本件特許は特許法第36条第3項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであり、特許法第123条第1項第4号に該当する。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定を適用して、被請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
発明の名称 |
(54)【発明の名称】 ポリペプチド含有の皮下投与用医薬組成物 (57)【特許請求の範囲】 1)エリスロポイエチンと、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸または該アミノ酸の塩の少なくとも1種とを含有する溶液からなる皮下投与用医薬組成物。 2)エリスロポイエチンを含有する溶液に、側鎖にアミノまたはグアニジノ基を有するアミノ酸の少なくとも1種を加えることからなるエリスロポイエチン含有皮下投与用医薬組成物。 【発明の詳細な説明】 本発明は、ポリペプチドと少なくとも1種のアミノ酸を含有する皮下(sc)投与用の液体医薬組織物およびそのような医薬組成物の製造方法に関する。 治療的に使用される蛋白質の提供形態は、わずかな例外を除いて静脈内投与に限られている。ポリペプチドの経口投与は、ポリペプチドが胃腸管内で分解するため、多くの場合成功しない。多様な方法を用いて、たとえばリポソーム中へのマイクロエンカプセレーションにより、ポリペプチドを経口的に投与できる提供形態を開発することがすでに試みられてきた。しかしながら現在まで、これらの方法は低分子量のポリペプチドの場合に適しているにすぎない。 したがって、ポリペプチドをscまたはimで投与することが試みられてきた。しかしながら、この場合には、従来のiv投与に比較して、scまたはim投与は生物学的利用性が著しく劣る、あるいは局所的な不耐性反応を生じることがあるという問題が起こってくる。 しかし一方、scおよびim投与形態には、im投与に比べてきわめて重要な利点がある。とくに、患者自身で治療が可能なこと、および治療の長期間持続作用が期待できることが挙げられる。 WO 86/06962号およびEP-A-0,292,908号には、ヒドロキシルアミンまたはメチルアミンの存在下における蛋白質のscまたはim投与が記載されている。しかしながら、これらの物質はその限られた耐容性のため、制限された様式でしか使用できない。 本発明の目的はしたがって、scまたはim投与に適当な、ポリペプチド含有製剤を利用可能にすることにあった。 この目的は本発明により、少なくとも1種のアミノ酸、またはアミノ酸の塩、誘導体または類縁体をポリペブチド含有溶液に混和することによって達成される。好ましくは、D-またはL-アミノ酸が混和される。 驚くべきことに、このような物質の添加は、scまたはim投与されるポリペプチドの生物学的利用性および耐容性を劇的に改善し、したがってそれらのscまたはim投与を可能にすることが明らかにされた。 本発明の目的に適当な物質は、たとえば、リジン、オルニチン、アルギニン、ジアミノピメリン酸、アグマチン、クレアチニン、グアニジノ酢酸、アセチルオルニチン、シトルリン、アルギニノコハク酸、トラネキサム酸またはε-アミノカプロン酸である。それらのすべてに共通な特徴は、アミノ基またはグアニジノ基の形態での塩基性基の存在である。 とくに適当な組合せは、アルギニンとリジンの好ましくは0.001〜1モル/l、とくに好ましくは0.01〜0.5モル/lであることが明らかにされている。scまたはim投与されたポリベブチドの生物学的利用性は、ポリペプチドおよび所望により慣用の添加物たとえば安定剤を含有する溶液に比較して著しく上昇する。 これらの物質による生物学的利用性に対するこの好ましい影響および/または耐容性の改善は、とくにt-PA(組織プラスミノーゲンアクティベーター)、t-PA変異体、ヒルジン、ウロキナーゼ、ATIII(アンチスロンビンIII)、第XIII因子、EPO(エリスロポエチン)、フォン・ビレブランド因子およびPP4(胎盤蛋白質4)について認めることができた。上述の物質が本発明によって添加された蛋白質の活性は凍結乾燥し、投与前に滅菌水に溶解されたのちにも維持された。 本発明の一態様においては、ポリペプチド含有溶液を、緩衝液たとえば濃度0.001〜0.1モル/l好ましくは0.01〜0.05モル/l、pH2〜10好ましくは4〜9のリン酸塩、tris-グリシン、酢酸塩またはクエン酸緩衝液で、他のアミノ基もしくはグアニジノ基をもっていてもよいアミノ酸またはアミノ酸誘導体少なくとも1種たとえばリジン、オルニチン、アルギニン、ジアミノピメリン酸、アグマチン、クレアチニン、グアニジノ酢酸、アセチルオルニチン、シトルリン、アルギニノコハク酸、トラネキサム酸またはε-アミノカプロン酸好ましくはリジン、オルニチンまたはアルギニンを0.005〜0.5モル/l好ましくは0.01〜0.3モル/lの濃度含有する緩衝液に対して、2〜30℃好ましくは4〜15℃で透析する。 透析溶液の伝導度は好ましくは1〜50mSi(20℃)、さらに好ましくは5〜30mSi(20℃)である。浸透圧(osmoeality)は10〜2000mOsmol、好ましくは100〜1000mOsmolである。 透析完了後、ポリペプチド含有溶液は、濃縮または希釈して所望の最終濃度に調整する。ついでこの溶液を滅菌濾過し、瓶に充填し、また所望により凍結乾燥する。 本発明の溶液は医薬用にも獣医薬にも同様に適している。生理学的に耐容性のある物質のみが添加されているので、本発明による溶液の投与によって炎症や皮膚刺激または血管損傷を生じることはない。 本発明の製剤を使用することにより、scまたはim投与で、予防および治療の両者が可能なポリペブチドの血漿濃度を達成することができる。 実施例により本発明を例示する。 実施例1 scおよびim投与用蛋白質溶液の製造 1.r-t-PA(RActilyse)はBoehringer Ingelheimから購入した。 2.ウロキナーゼ(UK)(RActosol)はBehringwerkeから入手した。 3.FXIII(RFibrogammin)はBehringwerkeから入手した。 4.アンチトロンビンIII(ATIII)(RKybernin)はBehringwerkeから入手した。 5.r-ヒルジンは、EP 0,316,650号の方法によって調製した。 6.r-t-PA変異体(No.1)はEP 0,227,462号の方法によって調製した。 7.フォン・ビルブラント(vW)はDE 3,904,354号の方法によって調製した(vW 1mgはvW抗原 100Uに相当する)。 8.PP4はEP 0,123,307号の方法によって調製した。 9.r-エリスロポイエチン(EPO)はEP 0,123,307号の方法によって調製した(EPO 1mgはEPO抗原 80,000Uに相当する)。 蛋白質1〜4は蒸留水に溶解した。 蛋白質1〜9はついで以下の緩衝液(第1表)に対して透析した。 透析後、得られた溶液を滅菌濾過し、使用時まで-20℃で凍結した。 実施例 2 実施例1の溶液を解凍し、各1mlを動物(ラットまたはウサギ)にscおよびim(大腿二頭筋)投与した。im投与の場合には、計1mlを4つのタイプに分けて投与した。 動物は次のように処置した。 0、15、30、60、120、180、240および340分後(r-t-PA変異体)または0、30、60、120、180、240、300、360、420および450分後(r-t-PA、ヒルジン、ウロキナーゼ、ATIII、FXIII、フォン・ビレブラント、EPO、PP4)、血液(+クエン酸)を採取した。血液サンプルは直ちに遠心分離し、得られた加クエン酸血漿は測定時まで-20℃に凍結した。試験物質の血漿濃度は次のように測定した。 r-t-PA ELISA (Biopool,Sweden) ウロキナーゼ ELISA (Biopool,Sweden) FXIII 活性試験 (Behringwerke) 抗トロンビンIII ELISA (Behringwerke) r-ヒルジン ELISA (Behringwerke) r-t-PA変異体 ELISA (Biopool,Sweden) フォン・ビレブラント ELISA (Stago,France) PP4 ELISA (Behringwerke) r-エリスロポイエチン ELISA (Behringwerke) 測定値は第1図および第2図に示すようにグラフで表示した。ついで曲線下面積(AUC)を計算した。この値は生物学的利用性を示すものであり、他の投与形態との間での比較が可能である。データは、本発明による溶液の投与が、ウロキナーゼとr-ヒルジンの場合を除いて、とくにsc投与の場合に、明らかに良好な生物学的利用性を保証するものであることを示している。 本発明による投与形態を用いた場合、ヒルジンおよびウロキナーゼのscおよびim投与に際して投与部位に生じる出血は、驚くべきことに、これらの物質を慣用の投与形態で投与した場合に比べて明らかに低減することが明らかにされた。 【図面の簡単な説明】 第1図および第2図は、t-PA変異体を本発明による溶液としてまたは慣用の緩衝液中溶液として、それぞれimおよびsc投与した場合の血漿中t-PA変異体濃度の経時的変化を示すグラフである。 |
訂正の要旨 |
審決(決定)の【理由】欄参照。 |
審理終結日 | 2003-09-19 |
結審通知日 | 2003-09-25 |
審決日 | 2003-10-07 |
出願番号 | 特願平2-323438 |
審決分類 |
P
1
112・
531-
ZA
(A61K)
P 1 112・ 121- ZA (A61K) |
最終処分 | 成立 |
前審関与審査官 | 瀬下 浩一 |
特許庁審判長 |
竹林 則幸 |
特許庁審判官 |
小柳 正之 深津 弘 |
登録日 | 2000-12-22 |
登録番号 | 特許第3143470号(P3143470) |
発明の名称 | ポリペプチド含有の皮下または筋肉内投与用医薬組成物 |
代理人 | 大屋 憲一 |
代理人 | 高木 千嘉 |
代理人 | 平木 祐輔 |
代理人 | 西村 公佑 |
代理人 | 佐藤 辰男 |
代理人 | 高木 千嘉 |
代理人 | 佐藤 辰男 |
代理人 | 西村 公佑 |