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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200580069 審決 特許
無効200335227 審決 特許
無効200680250 審決 特許
無効2010800100 審決 特許
無効200335239 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない A61K
審判 全部無効 発明同一 無効としない A61K
審判 全部無効 特29条特許要件(新規) 無効としない A61K
審判 全部無効 1項3号刊行物記載 無効としない A61K
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない A61K
審判 全部無効 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備 無効としない A61K
管理番号 1156051
審判番号 無効2003-35218  
総通号数 90 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2007-06-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2003-05-29 
確定日 2007-04-06 
事件の表示 上記当事者間の特許第3250802号発明「脊椎動物における外因性ポリヌクレオチド配列の発現」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 1.手続の経緯

特許第3250802号(以下、本件特許という。)に係る発明についての出願は、平成2年3月21日(外国語特許出願、パリ条約による優先権主張; 1989年3月21日 米国、1990年1月19日 米国)に国際出願され、平成13年11月16日にその発明についての特許の設定登録がなされた。
本件無効審判請求は、上記本件特許に対し平成15年5月29日にされたものであって、被請求人から平成15年12月24日付けで答弁書及び訂正請求書が提出され、これに対し請求人からは平成16年4月14日付けで弁ぱく書が提出された。
なお、上記訂正請求は平成18年1月26日に取り下げられている。

2.本件発明

本件無効審判請求時に審判に継続していた本件特許に対する異議申立て(異議2002-71870 平成14年7月29日申立て)について、平成15年7月11日付けで訂正を認容し、特許を維持するとの異議決定がされ、同年8月2日に確定し、同じく本件無効審判請求時に審判に継続していた本件特許についての2件の無効審判請求(無効2003-35208;平成15年5月23日請求、無効2003-35217;平成15年5月28日請求)は併合審理され、平成16年11月17日付けで訂正を認容し、審判請求は成り立たないとする審決がなされ、平成17年3月29日に確定している。
その結果、本件特許明細書(併合された無効2003-35208、無効2003-35217において提出された平成15年12月12日付けの訂正請求書に添付された訂正明細書。この特許明細書の内容は本事件において取り下げられた訂正請求書に添付された訂正明細書と同一のものである。)の特許請求の範囲の請求項1?36に記載されたとおりの以下のものである。

【請求項1】
治療または免疫原性処置のため脊椎動物の身体の組織に直接投与するための医薬であって、
脊椎動物の細胞において治療遺伝子生産物を作動的にコードする非統合性でかつ非感染性であるポリヌクレオチドを有効成分とし、
前記ポリヌクレオチドは、ウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈澱剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されておらず、
前記ポリヌクレオチドは、DNAプラスミドであり、前記脊椎動物の細胞内で非複製性であり、前記治療遺伝子生産物が必要な脊椎動物の組織の間質的空間にインビボで、製薬的に許容される液体の担体とともに、導入されるとき、前記脊椎動物の細胞内に取り込まれ、かつ前記治療遺伝子生産物は必要な治療効果をもたらすのに十分な量で発現される、医薬。
【請求項2】
前記ポリヌクレオチドは、前記脊椎動物の細胞への導入を促進するように作用することができる配達媒体を伴っておらず、かつ前記ポリヌクレオチドは、トランスフェクションを促進する物質を伴っていない、請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
前記治療遺伝子生産物がペプチド、ポリペプチドまたはタンパク質である、請求項1に記載の医薬。
【請求項4】
前記ペプチド、ポリペプチドまたはタンパク質が免疫応答誘導物質である、請求項3に記載の医薬。
【請求項5】
前記ペプチド、ポリペプチドまたはタンパク質が体液性免疫応答誘導物質である、請求項4に記載の医薬。
【請求項6】
前記ペプチド、ポリペプチドまたはタンパク質が細胞性免疫応答誘導物質である、請求項4に記載の医薬。
【請求項7】
前記ペプチド、ポリペプチドまたはタンパク質が疾病治療物質である、請求項3に記載の医薬。
【請求項8】
前記ペプチド、ポリベプチドまたはタンパク質がインターロイキン-2である、請求項7に記載の医薬。
【請求項9】
前記DNAプラスミドは、プロモーターと結合して前記治療遺伝子生産物を作動的にコードする請求項1に記載の医薬。
【請求項10】
身体の筋肉に直接投与するために使用されるものである、請求項1に記載の医薬。
【請求項11】
身体の骨格筋に直接投与するために使用されるものである、請求項10に記載の医薬。
【請求項12】
身体の心臓、血液、粘膜または皮膚に直接投与するために使用されるものである、請求項1に記載の医薬。
【請求項13】
身体の組織に注射により直接投与するために使用されるものである、請求項1に記載の医薬。
【請求項14】
前記疾病治療物質がガン治療物質である、請求項7に記載の医薬。
【請求項15】
前記遺伝子生産物がインターフェロンである、請求項7に記載の医薬。
【請求項16】
治療または免疫原性処置のため哺乳動物の組織に投与するための医薬であって、
哺乳動物の細胞において治療ポリペプチドの合成を誘導する有効成分としての非統合性ポリヌクレオチドと、
低張液の担体および等張液の担体よりなる群から選ばれた製薬的に許容される液体の担体とからなり、
前記ポリヌクレオチドは、ウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈澱剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されておらず、
前記ポリヌクレオチドは、プロモーターと結合して前記治療ポリペプチドを作動的にコードするDNAプラスミドであり、
前記ポリヌクレオチドは、前記哺乳動物細胞内で非複製性であり、
前記ポリヌクレオチドは、前記治療ポリペプチドが必要な前記哺乳動物の組織の間質的空間にインビボで導入されるとき、前記哺乳動物の細胞内に取り込まれ、かつ前記治療ポリペプチドは必要な治療効果をもたらすのに十分な量で発現される、医薬。
【請求項17】
治療または免疫原性処置のため哺乳動物の組織に投与するための医薬であって、
哺乳動物の細胞において治療ポリペプチドの合成を誘導する有効成分としての非統合性ポリヌクレオチドと、
低張液の担体および等張夜の担体よりなる群から選ばれた製薬的に許容される液体の担体とのみからなり、
前記ポリヌクレオチドは、プロモーターと結合して前記治療ポリペプチドを作動的にコードするDNAプラスミドであり、
前記ポリヌクレオチドは、前記哺乳動物細胞内で非複製性であり、
前記ポリヌクレオチドは、前記治療ポリペプチドが必要な前記哺乳動物の組織の間質的空間にインビボで導入されるとき、前記哺乳動物の細胞内に取り込まれ、かつ前記治療ポリベプチドは必要な治療効果をもたらすのに十分な量で発現される、医薬。
【請求項18】
前記DNAプラスミドがプロモーターと結合して前記治療ポリペプチドを作動的にコードする、請求項16または17に記載の医薬。
【請求項19】
前記プロモーターが、ラウス肉腫ウイルス長末端反復(RSV LTR)、骨髄増殖性肉腫ウイルス長末端反復(MPSV LTR)、シミアンウイルス40前初期プロモーター(SV40 IEP)、メタロチオネインプロモーターおよびヒトサイトメガロウイルス前初期プロモーター(CMV IEP)からなる群より選択されるものである、請求項18に記載の医薬。
【請求項20】
前記組織が筋肉である、請求項18に記載の医薬。
【請求項21】
前記組織が皮膚である、請求項18に記載の医薬。
【請求項22】
前記組織が血液である、請求項18に記載の医薬。
【請求項23】
前記ポリヌクレオチドは注射により前記組織に導入される、請求項18に記載の医薬。
【請求項24】
前記哺乳動物はヒトである、請求項18に記載の医薬。
【請求項25】
前記治療ポリペプチドは前記組織の細胞によって生産される、請求項18に記載の医薬。
【請求項26】
前記治療ポリペプチドは、酵素、ホルモン、リンホカイン、受容体、成長因子、調節タンパク質、免疫をもたらすポリペプチド、免疫調節因子および抗体からなる群より選択されるものである、請求項18に記載の医薬。
【請求項27】
前記治療ポリペプチドは、ヒト成長ホルモン、インスリン、インターロイキン-2、腫瘍壊死因子、神経成長因子、表皮増殖因子、組織プラスミノーゲンアクチベーター、因子VIII:C、カルシトニン、チミジンキナーゼ、インターフェロン、顆粒球-マクロファージコロニー刺激因子(GMCSF)およびエリトロポエチンからなる群より選択されるものである、請求項26に記載の医薬。
【請求項28】
前記治療ポリペプチドはインターロイキン-2である、請求項27に記載の医薬。
【請求項29】
前記治療ポリペプチドは免疫をもたらすポリペプチドであり、かつ前記治療効果は免疫原性の効果である、請求項18に記載の医薬。
【請求項30】
前記免疫をもたらすポリペプチドは、ウイルスタンパク質および腫瘍関連ポリペプチドからなる群より選択されるものである、請求項29に記載の医薬。
【請求項31】
前記ウイルスタンパク質は、ヒト免疫不全ウイルスタンパク質、肝炎ウイルスタンパク質およびヘルペスウイルスタンパク質からなる群より選択されるものである、請求項30に記載の医薬。
【請求項32】
前記免疫原性の効果は、体液性のものであり、かつ抗体の生産をもたらすものである、請求項29に記載の医薬。
【請求項33】
前記免疫原性の効果は、細胞性のものであり、かつ細胞傷害性T細胞の生産をもたらすものである、請求項29に記載の医薬。
【請求項34】
前記免疫をもたらすポリペプチドまたはそのフラグメントは、クラスI主要組織適合性分子、クラスII主要組織適合性分子、およびクラスI主要組織適合性分子とクラスII主要粗織適合性分子の組み合わせからなる群より選択される1つまたは複数の分子と共に、前記哺乳動物の細胞膜に運ばれるものである、請求項33に記載の医薬。
【請求項35】
前記ポリペプチドの生産は疾病の治療をもたらすものである、請求項18に記載の医薬。
【請求項36】
前記疾病はガンである、請求項35に記載の医薬。

本件無効審判の請求後に本件特許明細書の訂正が行われた結果、特許査定時の請求項に対応する訂正後の請求項の番号に変更が生じている。
すなわち、特許査定時の請求項5、6、11,12、14,19は削除されたので、現在の請求項の番号1?4、5?8、9,10?13、14?36は、それぞれ特許査定時の請求項1?4、7?10,13,15?18、20?42に対応する。
請求人は特許査定時の請求項番号により無効を申し立てているので、請求人の主張中の請求項番号については当該番号の後に対応する訂正後の番号を括弧内に記載することとし、それ以外の本審決中において検討する請求項の番号は訂正後の番号とする。
本審決中、各請求項に係る発明を総合して「本件発明」ということがある。
また、訂正は特許請求の範囲についてのみ行われたものであるから、本件明細書の特許請求の範囲以外の記載部分については本件明細書(無効2003-35208、無効2003-35217において提出された平成15年12月12日付けの訂正請求書に添付された訂正明細書)に代えて本件特許公報(甲第1号証)を参照する。

3.請求人の主張

請求人は、「特許第3250802号の全請求項に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決を求め、以下の書証を提出し、本件特許出願についての優先権主張は認められないものであるから、本件特許の出願日は現実の出願日であるとし、(ア)?(オ)の理由によって、本件特許は特許法123条第1項第2号および第4号に該当し無効とすべきであると主張している。

(ア) 特許法第29条の2に関する理由
優先権の利益を享受できない本件特許の請求項1及びこれに従属する請求項に記載された発明は、ポリヌクレオチドを担う微小投射物の衝撃による動物組織細胞の粒子-仲介形質転換を記載し、優先権を享受できる結果、本件特許に対する先願である特願平3-501470号の明細書(甲第16号証)に記載された発明である。

(イ) 特許法第29条第1項3号に関する理由

(イ)-a
優先権の利益を享受できない本件特許の請求項1、22(16)および23(17)ならびにこれらに従属する請求項に記載された発明は、マウス骨格筋へのイン・ビボでの注射による裸のRNAおよびDNA発現べクターの導入を記載する、本件特許の現実の出願日前に頒布された刊行物である甲第18号証に記載された発明である。

(イ-b)
本件特許の請求項22(16)は、医薬からのリポソームを除外していない。したがって、本件特許の請求項22(16)に記載された発明は、イン・ビボでの遺伝子転移および発現のための担体としてリポソームの使用を記載している甲第6号証に記載された発明である。

(ウ) 特許法第29条第2項に関する理由

(ウ)-a
本件特許の請求項1、22(16)および23(17)ならびにこれらに従属する請求項に記載された発明は、マウス骨格筋へのイン・ビボでの注射による裸のRNAおよびDNA発現べクターの導入を記載する甲第18号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(ウ)-b
トランスフェクション促進剤としてのDEAE-デキストラン、ポリブレンおよびDMSOを細胞内への送達のためのポリヌクレオチドを有する組成物に導入することは甲第20号証?甲第23号証で本件特許の優先日前公知であった。
したがって、ポリヌクレオチドのイン・ビボでの送達のためにこれらのトランスフェクション促進剤を使用することを含む請求項1および22(16)ならびにこれらに従属する請求項に記載された発明は、甲第20号証?甲第23号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(ウ)-c
本件特許の請求項22(16)は、製剤からのリポソームを除外していない。本件特許の優先日前に頒布された甲第6号証には、上記のとおり、イン・ビボでの遺伝子転移および発現のための担体としてリポソームの使用を記載している。したがって、本件特許の請求項22(16)に記載された発明は、甲第6号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。

(エ) 特許法第36条第3項および第4項に関する理由

本件明細書は(a)?(c)の点で不備がある。
(a)本件特許の請求項には、所望の冶療または免疫原性効果を得るためのポリヌクレオチド、その組織への導入法、その組織およびその標的部位についての限定がない。当業者は、過度の負担なく、また発明的技量なくして、クレームされた全部の発明を実施できない。
(b)実施例中には、ポリヌクレオチドの体内への導入により所望の治療または 免疫原性効果が得られたことの実証がない。
(c)ポリヌクレオチドを取り込みかつ発現させる能力は筋肉細胞の特別の能力であることが本件特許の発明者も含めた優先日当時の当業者によって認識されていたが、本件特許の請求項1?42(36)は、筋肉内の間質空間への注射によるポリヌクレオチドの送達に限定されていない。

(オ) 特許法第29条柱書に関する理由

少なくとも筋肉以外の組織へのポリヌクレオチドの送達、製薬的に許容される液体の担体中でのポリヌクレオチドの針を用いた注射以外による送達および組織の間質空間以外へのポリヌクレオチドの送達についての発明は、未完成であり、産業上利用することができない。

甲第1号証:特許第3250802号明細書
甲第2号証:特表平4-504125号公報
甲第3号証:米国特許出願第326305号
甲第4号証:別紙(米国基礎出願(甲第3号証)
および特表平4-504125号公報(甲第2号証)
における明細書の記載の抜粋)
甲第5号証:Wang and Huang, PNAS USA 84, 7851-7855, November l987
甲第6号証:Nicolau et al, Methods in Enzymology 149, 157‐176,1987
甲第7号証:Wu and Wu, J Biol. Chem. 263, 14621-14624, 1988
甲第8号証:Coutelle教授の宣誓供述書
甲第9号証:Hoffman博士の宣誓供述書
甲第10号証:Ramshaw教授の宣誓供述書
甲第11号証:Acsadi et al, The New Biologist 3, 71-81,1991
甲第12号証:Lin et al, Circulation 82(6), 2217-2221,1990
甲第13号証:Wolff et al, BioTechniques Vol. 11(4),474-485,1991
甲第14号証:Wolff et al, J, Cell Science l03, 1249-1259, 1992
甲第15号証:Desnick et al,Acta Paediatrica Japonica 40, 191-203, 1998
甲第16号証:特表平5-503841号公報
甲第17号証:米国特許出願第437848号明細書
甲第18号証:Wolff et al.,abstract D434, J. Cell Biochem. suppl. 14A,
page 376, 13,January l990
甲第19号証:Mrs. Linda Hrycajの供述書
甲第20号証:Kawai et al., Molecular Cellualar Biology, l984 pp l172-1174
甲第21号証:Sussman et al., Molecular Cellular Biology, l984
pp 1641 - 1643
甲第22号証:Benvenisty et al., PNAS 83, 9551-9555, 1986
甲第23号証:Chisholm et al., Nucleic Acids Research Vo.16(5) 2352, 1988

4.被請求人の主張

「特許第3250802号の特許無効審判の請求は成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決を求め、本件特許は少なくとも米国特許出願467881号(乙第1号証)に基づく優先権主張は有効であるとし、請求人が指摘する無効理由は何れも成り立たない旨主張している。
被請求人の提出した書証は以下のとおりである。

乙第1号証:米国特許出願第467881号
乙第2号証:中山 信弘 著、注解 特許法 「第三版」上巻、平成12年8月25日、第三版第1刷発行、株式会社 青林書院第232?241頁の写し
乙第3号証:
Dr.C.Thomas Caskeyの署名された宣誓書、及びその翻訳文
乙第4号証:7つの独立した図書館が甲第18号証の要旨集を何時に受領したかを示す日付スタンプの押印等された要旨集の該当頁の写し
乙第5号証:甲第18号証である要旨集に関連するUCLAシンポジアのスケジュール表及び発表者及び参加者のリストの写し
乙第6号証:
Dr.Frltz Melchersの署名された宣誓供述書、及びその翻訳文及び経歴書
乙第7号証:
Dr.Moriya Tsujiの署名された宣誓供述書、及びその翻訳文及び経歴書
乙第8号証(異議乙第1号証):
平成15年5月29日に提出の特許異議意見書に添付した乙第1号証の写し(Dr.C.Thomas Caskeyの署名された宣誓供述書及びその翻訳文、及び添付書類として経歴書、以下の文書1?11を含む)
文書1:Wolff et al.,Science 247: 1465‐1468,published March 23,1990;
文書2:Cohen,J.,“Naked DNA Points the Way to Vaccines,“Science 259: 1691‐1692(1993)
文書3:Dixon,B., ”The Third Vaccine Revolution,“Biotechnology 13: 420(1995)
文書4:Felgner,Scientific American 276: 102‐106(1997);
文書5:Micolau et al.,Meth.Enzymol.149: 157‐176(1987);
文書6:Stolar M. W.and Baumann G. Metabolism 35 : 883‐888(1986);
文書7:Tripathy S.K. et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 93 :10876‐10880(1996)
文書8:Shiver J. W. et al.,Vaccine 15 : 884‐887(1997);
文書9:Wang,C. et al.,J.Clin.Invest.95 : 1710‐1716(1995);
文書10:Tsurumi Y. et al.,Circulation 96 Suppl.II :II‐382‐II‐388(1997) 文書11:Ulmer J. B.,et al., Science 259 : 1745-1748(1993)
乙第9号証:本件特許出願後に公表された文献の写し(添付書類として以下の文書1?22を含む)
文書1:Research News :“Naked DNA Points Way to Vaccines. ”Science 259 : 1691‐92(1993)
文書2:Dixon,B.“The Third Vacccie Revolution. ”Biotechnology 13 :420(1995)
文書3:Etchart et al.,”Class I- restricted CTL induction by mucosal immunization with naked DNA encoding measles virus haemagglutinin.“J Gen.Virol. 78 :1577‐80(1997)
文書4:Fynan et al.,”DNA vaccines: Protective immunizations by parenteral,mucosal,and gene‐gun inoculations.”Proc.Natl.Acad. Scl. 90 : 11478‐482(1993)
文書5:Gramzinski et al.,“Optimization of Antibody Responses of a Malaria DNA Vaccine in Aotus Monkeys.”Vaccine Res.5 : 173‐183(1996)
文書6:Gramzinski et al. ,Immune Response to a Hepatitis BDNA Vaccine in Aotus Monkeys. Mol.Med.4 :109-118(1998)
文書7:Gurunathan et al. ”Vaccination with DNA Encoding the Immunodominant LACK Parasite Antigen Confers Protective Immunity to Mice Infected with Leishmania major.” J.Exp.Med.186 : 1137‐47(1997)
文書8:He et al.,”Intravenous Injection of Naked DNA Encoding Secreted flt3 Ligand Dramatically Increases the Number of Dendritic Cells and Natural Killer Cells in Vivo.”Human Gene Therapy 11 :547-554(2000)
文書9:Hengge et al.,”Cytokine gene expression in epidermis with biological effects following injection of naked DNA.”Nature Genetics 10 :161‐166(1995)
文書10:Hickman et al.,“Gene Expression Following Direct Injection of DNA into Liver. ”Human Gene Therapy 5 : 1477‐1483(1994)
文書11:Kuklin et al.,”Induction of Mucosal Immunity against Herpes Simplex Virus by Plasmid DNA Immunization. ”J. Virol. 71 : 3138-3145(1997)
文書12:Lin et al.,”Prolonged Reduction of High Blood Pressure with Human Nitric Oxide Synthase Gene Delivery.“Hypertension 30 : 307-313(1997)
文書13:Lodmell et al.,”Post‐exposure DNA vaccination protects mice against rabies virus.“Vaccine 19 : 2468‐2473(2001)
文書14:Mendez et al.,“The Potency and Durability of DNA‐and Protein‐Based Vaccines against Leishmania major Evaluated Using Low‐Dose,Intradermal Challenge.”J. Immunol. 166 : 5122-5128(2001)
文書15:Pardoll and Beckerleg,”Exposing the Immunology of Naked DNA Vaccines.”Immunity 3 : 165-169(1995)
文書16:Park et al.,”Effective Immunotherapy of Cancer by DNA Vaccination. ” Mol.Cells 9 : 384‐391(1999)
文書17:Raz et al.,“Intradermal gene Immunization: The possible role of DNA uptake in the induction of cellular immunity to viruses.“Proc.Natl.Acad.Sci. 91 : 9519‐9523(1994)
文書18:Robinson et al.,“Use of Direct DNA Inoculations to Elicit Protective Immune Responses.”Abstract presented at Modem Approaches to New Vaccines,September 16-September 20,1992,Cold Spring Harbor Laboratory,New York.
文書19:Sato et al.,”In vivo introduction of the Interleukin 6 gene into human keratinocytes.”Arch.Dermatol.Res. 29 : 400-404(1999)
文書20:Tsan et al.,”Lung-specific direct in vivo gene transfer with recombinant plasmid DNA.”Am.J.Physiol. 268(Lung Cell.Mol. Physiol. 12): L1052‐L1056(1995)
文書21:Wang et al.,“Induction of Antigen-Specific Cytotoxic T Lymphocytes in Humans by a Malaria DNA Vaccine.”
Science 282 : 476‐480(1998)
文書22:Yasutomi et al.,“Simian Imunodeficiency Virus-Specific Cytotoxic T-Lymphocyte Induction through DNA Vaccination of Rhesus Monkeys .”J.Virol. 70 : 678‐681(1996)

5.判断

5-1 優先日について

本件特許出願には、米国特許出願第326305号(甲第3号証;以下、第1の米国基礎出願という。)及び米国特許出願467881号(乙第1号証;以下、第2の米国基礎出願という。)の2つの優先権が主張されている。

本件特許請求の範囲においては請求項1、16、17が独立形式で記載されており、他の請求項はこれに従属するものであるから、請求項1、16の「ポリヌクレオチドは、ウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈澱剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されておらず、」および、請求項17の「哺乳動物の細胞において治療ポリペプチドの合成を誘導する有効成分としての非統合性ポリヌクレオチドと、低張液の担体および等張夜の担体よりなる群から選ばれた製薬的に許容される液体の担体とのみからなり、」の要件、並びにこれらの請求項に共通する「ポリヌクレオチドがDNAプラスミドであり、動物の組織の間質空間にインビボで導入されるとき、細胞内に取り込まれ、必要な治療効果をもたらすのに十分な量で発現される」点につき、第1の米国基礎出願の明細書に記載されているか否かをまず検討する。

甲第3号証には、上記要件に関連する記載として、
「本発明は単独で又はリポソームを用いて、哺乳動物内に発現しうるDNA及びmRNAを導入することに関する。」(甲第3号証第1頁、6?9行)
「別法として、ポリヌクレオチドを、リポソームなしで、注射可能な担体中にて細胞に直接送達しても良い。」(同第4頁、22?24行)
「また、ポリヌクレオチドはmRNAであることが好ましいが、DNAも用いることもできる。上記したように、該方法はリポソームなしで、注射可能な担体中にポリヌクレオチドだけを用いて行ってもよい。担体は、好ましくは、等張又は低張であり、スクロース溶液などのイオン強度が低い溶液であることが好ましい。」(同第5頁、24?29行)
「リポソームの使用を必要としない本発明の具体例においては、そのポリヌクレオチドは注射されるか、そうでなければ周知の型の医薬上許容される液体担体と一緒に動物に送達される。この担体は、好ましくは、低張又は等張性であり、主としてスクロースなどの非イオン性材料で形成される。」(同第7頁、1?8行)
の各記載、及び実施例7に非リポソーム的にクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)をコードするmRNAをインビボでトランスフェクトし、その後のCATタンパク質の発現を見た例が記載されているがDNAプラスミドを使用した例はない。
そして、甲第5,6、7号証に見られるように第1の米国基礎出願時においては、DNA単独ではトランスフェクションはうまくいかないことが当業界の技術常識であったから、単に哺乳動物内に発現しうるDNAを単独で導入するという記載のみで何ら実験的裏付けのない甲第3号証に、DNAプラスミドがウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈澱剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されず、あるいは、DNAプラスミドを低張液の担体および等張夜の担体よりなる群から選ばれた製薬的に許容される液体の担体とのみで組織の間質的空間にインビボで導入された時に、細胞内に取り込まれ遺伝子生産物を発現することが可能であるとする発明が開示されていたとすることはできない。
したがって、本件特許の請求項1、16、17及びこれらに従属する請求項(即ち全請求項)に係る発明について、第1の米国基礎出願に基づく優先権を認めることはできない。

一方、1990年1月19日に出願された米国特許出願467881号(乙第1号証、以下、第2の米国基礎出願という。)の明細書には請求項1?36の内容に対応する技術的事項が記載され、かつ、本件特許明細書の実施例12,13,15,16,17,18,19に対応するインビボでの様々な脊椎動物の組織の間質空間内にトランスフェクションを促進する物質なしで純粋なDNAを注射することにより導入した例が記載されている。したがって、本件特許の請求項1?36に係る発明はいずれも第2の米国基礎出願の明細書に記載の範囲内のものであるから、当該出願に基づく優先権主張は有効であり、その出願の日である1990年1月19日を本件特許についての優先日として取り扱う。

なお、請求人は、第2の米国基礎出願には主として注射による溶液中のDNAの筋肉への導入が記載されているに過ぎないと主張するが、当該出願の明細書の実施例16、17には、筋肉以外の組織である肺、肝臓へ注射により導入した例が示されている。また、該明細書において注射を例として脊椎動物へ液体担体とともにDNAを導入するという概念が示されているのであるから、本件特許において導入手段が注射に限定されていないことが優先権の有効性になんら影響を与えるものではない。したがって、上記主張は理由がない。

5-2 理由(ア)について

本件特許の優先日より前の優先日を有し、本件特許の優先日後に出願公開された甲第16号証(特願平3-501470号、優先日1989年11月16日)の明細書には、動物組織細胞の粒子-仲介形質転換(微片仲介トランスフォーメーション)に関する発明が記載されており、上記形質転換は、皮膚や筋肉などの組織にポリ核酸配列、特にDNAを担う微小投射物により衝撃を加えて達成される。この微小投射物(微小投射物を形成する物質の例;金属、ガラス、シリカ、氷、ポリエチレンなど)は、標的細胞の内部に入り、ポリ核酸配列をその内部に沈着させるためのものであるから、ポリ核酸配列の細胞内への侵入を容易にするために作用する物質即ち本件特許の「トランスフェクションを促進する物質」に相当する。
しかし、本件請求項1に係る発明は、請求項1に「ポリヌクレオチドがウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈澱剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されておらず」と記載されているとおり、ポリヌクレオチドがトランスフェクションを促進する物質であるウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈澱剤はもちろんのこと、トランスフェクションを促進する機能を有する物質とは一切組合わされていないものである。
そうすると、甲第16号証に記載された発明は、少なくともトランスフェクションを促進する物質である微小投射物を必要とする点において請求項1に係る発明とは相違しており、請求項1に従属する請求項2?15に係る発明にしても同様の理由により甲第16号証に記載された発明とは相違する。
したがって、本件請求項1に係る発明及びそれに従属する請求項に係る発明は、いずれも甲第16号証に記載された発明ということはできない。

5-3 理由(イ)について

(イ)-a 甲第18号証に基づく理由について
甲第18号証(Wolff et al., abstract D434, J. Cell Biochem. suppl. 14A, page 376, 13,January l990)の表紙にはUCLA SYMPOSIA ON MOLECULAR CELLULAR BIOLOGYの開催期間とみられるJANUARY 13-JANUALY 28,1990 の表示があるが頒布日の記載はない。
しかし、上記刊行物は通常シンポジウムで発表される内容の要旨を事前に参加者に伝えるためのものと解されるから、少なくとも本件特許出願の優先日前である研究会の開催初日1990年1月13日には当日シンポジウムに参加する者が入手できたと考えるのが自然である。
上記要旨集が1990年1月13日に頒布されたと供述する甲第19号証(Mrs. Linda Hrycajの供述書)も、また、登録した会場での参加受付時点で抄録誌の配布が行われたことを述べる乙第3号証(Dr.C.Thomas Caskeyの宣誓書、第3頁10項参照)も何れも上記解釈に沿うものである。
被請求人は、シンポジウム参加者は会議中に得た情報を秘密にするというポリシーを受け入れていたと主張するが、乙第3号証の「1988年12月から少なくとも1994年までの間、本会議の参加者全員により秘密厳守が期待された」とする宣誓内容にもかかわらず、甲第18号証の要旨集は1990年3月13日には図書館に受領され(乙第4号証)、一般の閲覧が可能となっているのであるから、仮に会議中に得た情報に対し秘密厳守の指示があったとしても、それが要旨集の記載内容をも対象とするものであったということはできないし、数百人もの参加者を集めて開催された(乙第5号証、参加者リスト参照)学術シンポジウムにおいて配布された要旨集自体を秘密とする合理的理由も見あたらない。したがって、上記主張を採用することはできず、甲第18号証は本件特許の優先日前に頒布された刊行物と認められる。
なお、乙第3号証?乙第5号証によれば、D434に記載の主題は本件の優先日後の1990年1月22日?28日に行われたMANIPULATING THE MAMMALIAN GENOMEシンポジウムにおける1月26日のポスターセッションに関するものである。

甲第18号証には「in vivoでのマウス筋肉内への直接遺伝子導入」と題し以下の事項が記載されている。

「マウス骨格筋へのイン・ビボでの遺伝子の直接導入は、遺伝子治療目的のためには有用であろう。クロラムフェニコール-アセチルトランスフェラーゼ・・の遺伝子からなるRNAおよびDNA発現ベクターを別々にイン・ビボでマウス骨格筋内に注射した。タンパク質の発現は、全ての場合容易に検出された。RNAおよびDNA構築物両者からの発現レベルは、最適の条件下、インビトロでトランスフェクトされた繊維芽細胞から得られた発現レベルに匹敵するものであった。ベーターガラクトシダーゼ(EC-3.2.1.23)活性に対するin situ細胞化学染色は、ベーターガラクトシダーゼベクター(プラスミドpRSVLac-Z)の注射後筋肉細胞に局在化した。DNA発現ベクターからの発現は少なくとも2週間安定であった。それらの長期安定性はさらに研究された。」

しかし、この要旨の頒布当時においては、トランスフェクションを促進する物質なしでDNAを導入しても当該DNAがコードするタンパク質は発現しないというのが当業界の常識であった(甲第5?7号証)から、直接DNAを細胞に導入するに際して採用した条件や発現の程度についてのデータが具体的に示されず、単に上記のような「・・タンパク質の発現は、・・容易に検出された」「・・遺伝子治療目的のためには有用であろう。」等の抽象的な記述からは、トランスフェクションを促進する物質と組合わされていないDNAを医薬として認識し、その有用性を理解することは当業者にとっては極めて困難であると解される。
そうすると、甲第18号証には、本件の請求項1、16、17並びにこれらの従属する請求項に係る医薬の発明が記載されているとすることはできず、これらの発明の新規性を否定する根拠となるものではない。

(イ)-b 甲第6号証に基づく理由について
甲第6号証には、リポソームで包まれたインスリン遺伝子をラットに注射した後、肝臓及び脾臓でインスリン遺伝子が発現したことが記載されており、これはリポソームをトランスフェクション促進物質として使用しているものである。一方、本件特許の請求項16に係る発明は、「前記ポリヌクレオチドは、ウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈殿剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されておらず・・」という構成要件を備えているから、リポソーム調製物と組み合わされたものは当然に含まれない。
また、甲第6号証(TABLE III)には遊離のインスリン遺伝子(リポソームを伴わない遺伝子)を同様にラットに導入した例も記載されているが、この場合にはインスリンは発現しておらず、請求項16にいう「治療ポリペプチドが治療効果をもたらすのに十分な量で発現される医薬」にはあたらない。
したがって、甲第6号証に請求項16に係る医薬の発明が記載されているとすることはできない。

5-4 理由(ウ)について

(ウ)-a 甲第18号証に基づく理由について
上記のとおり、甲第18号証の要旨の頒布当時、当業界にはトランスフェクションを促進する物質なしでDNAを導入しても当該DNAがコードするタンパク質は発現しないという常識が存在している。
そうすると、何らの特別なデリバリー系を必要とせずにDNAが細胞内に導入され、そこで発現したことについて、その具体的手法の開示、発現の確率や程度などについての裏付けを伴なっていない要旨の記載は、当業者に対しトランスフェクションを促進する物質を組合せないDNAの筋肉細胞内での発現の事実と従前の常識との乖離に対する疑問を抱かせると同時に、その具体的手法や発現の程度に対する興味を喚起し、より詳細な情報を得ようとD434のポスターセッションに赴くことを動機づけるものということはできる。
しかしながら、そのような事前の詳細な情報の入手を待たず、単にD434の要旨に記載された漠然とした内容から、トランスフェクションを促進する物質なしでのDNAの医薬としての有用性を見出すべく、従来不可能とされていたトランスフェクションを促進する物質なしでのDNAの導入を従来手法のままに試行錯誤的に繰り返すことは、当業者であればむしろ避けるべきと認識したと考えられる。
したがって、甲第18号証の記載は治療遺伝子を作動的にコードするポリヌクレオチドの医薬としての有用性を見出すに至る動機付けを当業者に与えるに足りるものとはいえず、甲第18号証に基づいて当業者が本件請求項1?15に係る発明を容易に想到できたとすることはできない。

(ウ)-b 甲第20?23号証に基づく理由
甲第20号証には、CEF(ニワトリ胚繊維芽細胞)に対し、ポリカチオン(ポリブレン)およびジメチルスルフォキシドを用いてDNAのトランスフェクションを達成したことが、甲第21号証には、ジメチルスルフォキシドでショック処理することによりマウスLtk-細胞中で外来DNAの発現を達成したことが記載されている。
また、甲第22号証には、培養細胞に遺伝子を導入するのに用いられる手段として、リン酸カルシウムまたはDEAE-デキストランの存在下でのDNAの沈澱、運搬体としてレトロウイルスを使用するトランスダクション、甲第23号証には、トランスフェクション法としてリン酸カルシウム沈澱,DEAE-デキストランおよびプロトプラスト融合、ポリブレン/DMSOの使用が各々記載されている。
これらは何れも培養細胞に対しトランスフェクション促進手段を組み合わせてDNAの導入を行うものであることが明らかであって、何ら促進手段と組み合わせずに脊椎動物の組織の間質空間にDNAを導入しそこで遺伝子生産物を発現させることについての記載や示唆はない。
さらに甲第20?23号証の記載を総合してみても、トランスフェクションを行いDNAを発現させるにあたり、従来必要とされたトランスフェクションを促進する物質の使用を排除しDNAプラスミド単独で、かつ脊椎動物の組織の間質空間にインビボで導入することの動機づけを見出すことはできない。
したがって、共に「ポリヌクレオチドは、ウイルス粒子、リポソーム調製物、荷電した脂質および沈殿剤を含む、トランスフェクションを促進する物質と組合されていない」こと、即ち、トランスフェクション促進物質を全く使用しないことを要件とし、これを脊椎動物の組織の間質空間に導入するものである、本件請求項1および16並びにこれに従属する請求項に係る発明を、甲第20?23号証から当業者が容易に想起し得たとすることはできない。

(ウ)-c 甲第6号証に基づく理由
(イ)-bに記載のとおり、甲第6号証にはリポソームをトランスフェクションを促進する物質として用いインスリン遺伝子の導入を肝臓、脾臓等に行い、インスリンの発現、血糖低下を確認する一方、遊離のインスリン遺伝子のみを導入した場合には血糖もインスリン値も処理しなかった動物と同様であることが記載されている。
これは遊離の遺伝子の医薬としての利用を阻害する記載に他ならないから、甲第6号証の記載は、本件特許の請求項16に係る発明の構成要件である「リポソーム調製物・・を含むトランスフェクションを促進する物質と組合されていない」ポリヌクレオチド(遺伝子)の利用を当業者に動機付けるどころかむしろ放棄させるものである。
したがって、甲第6号証に記載された発明に基づいて請求項16に係る発明を容易に発明し得たとすることはできない。

5-5(エ)特許法第36条第3項または第4項

請求人の指摘する前記(a)?(c)の不備について検討する。
本件特許の請求項1、16、17においては、「ポリヌクレオチド」については脊椎動物の細胞において治療遺伝子生産物(治療ポリペプチド)を作動的にコードする非統合性でかつ非感染性であるポリヌクレオチドであってこのポリヌクレオチドはDNAプラスミドであり、脊椎動物(哺乳動物)の細胞内で非複製性であることの特定がされている。また、その組織への導入法は「治療遺伝子生産物が必要な脊椎動物の組織の間質的空間にインビボで、製薬的に許容される液体の担体とともに、導入される」ことが特定されている。その他の請求項はこれらの請求項を引用するものであるから、何れも上記事項が特定されているものである。
また、本件明細書の例11?13、15?19にはDNAプラスミドを細胞内に導入した具体的な手法とその結果が、例14には筋肉内のDNAの安定性が試験されている。そのうち例11はクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼのマウス筋肉内での発現、例12はβ-ガラクトシダーゼのマウス筋肉内での発現、例13、15はルシフェラーゼのマウス筋肉内での発現、例16はルシフェラーゼのラット肺での発現、例17はルシフェラーゼのマウス肝臓中での発現、例18は成長ホルモンのマウス筋肉内での発現、実施例19はマウスにおけるop-120(ウイルスタンパク)に対する抗体産生に関するものである。(なお、例7はmRNAについてのものであるから本件発明の実施例には該当しない。)
上記例11?17は、治療に使用する遺伝子生産物をコードするDNAを使用したものではなく、発現の有無を調べるレポーターとしての遺伝子生産物をコードしたDNAを使用しているが、それらをコードするDNAプラスミドをトランスフェクションを促進する物質を含まない条件で間質細胞内に導入しこれらが発現することが具体的に確認されれば、当業者は治療に使用する遺伝子生産物をコードするDNAにおいても同様の手法で発現させることが可能であることをある程度推認可能である上、例18,19には実際に治療用に使用されうる成長ホルモンをコードしたDNAの発現や、ウイルス抗原をコードするDNAの導入による抗体生産を確認した例も具体的に記載されている。
したがって、本件特許の請求項の記載は本件明細書の発明の詳細な説明の記載に裏付けられものであって、当業者が容易に実施可能な程度に開示されていると認められるから、請求人の指摘する(a)(b)は理由がない。

請求人は(c)に関し、本件出願後の文献である甲第11?15号証を提出し、ポリヌクレオチドを取り込みかつ発現させる能力は筋肉細胞の特別の能力であることは本件特許の発明者も含め優先日当時の当業者によって認識されていたとするが、甲第11?15号は何れも本件特許の優先日以降の文献であるから、これを優先日当時の当業者の技術常識とすることはできない。そして、本件明細書の実施例には、筋肉のみならず肺(実施例16)、肝臓(実施例17)での発現例が具体的に示されているのであって、甲第11?15号証の記載によってこれらの実施例の実験が再現不可能であることが証明されているものでもない。
そして、乙第9号証には本件出願後、筋肉以外の組織でトランスフェクションを促進する物質を伴わないDNAが発現した例が数多く添付され、例えば、文書10(「肝臓への直接のDNA注入による遺伝子の発現」と題する報文)第1480頁のDISCUSSIONの項では、従来肝臓では発現されないとされた原因は注入技術とDNA量等の違いによるものであろうとの推論と共に肝臓での発現が肯定されている。
本件発明は従来DNAの各種組織の細胞への導入に必須と考えられていたトランスフェクション促進物質を使用することなくトランスフェクションが可能であることを見出した点にその技術的意義を有するものであるから、筋肉と他の組織での発現の程度に差があったり、DNAを導入した個体間に発現の程度の差がある場合がみられることをもって、本件特許請求の範囲の記載や発明の詳細な説明の記載を不備とすることはできない。

5-6 理由(オ)について

請求人の主張は、本件特許発明のうちで少なくとも筋肉以外の組織へのポリヌクレオチドの送達、製薬的に許容される液体の担体中でのポリヌクレオチドの針を用いた注射以外による送達および組織の間質空間以外へのポリヌクレオチドの送達についての発明は実施不可能であるから、発明として未完成であり、産業上利用することができないというものである。
しかし、上記5-5に述べたとおり、実施例には筋肉以外の組織(肺、肝臓)への送達の例があり、筋肉以外で実施不能とする根拠が無い。また、本件明細書には導入手段として点滴注入(甲第1号証第11頁22欄末行)カニューレ挿入された動脈中への直接導入(同号証第14頁28欄第1行)、吸入(同号証第18頁35欄第7行)も記載されており、これらの方法は医薬の導入方法として従来からよく知られているものであるから、実施例に具体的に採用されている導入法が針を用いた注射のみであることをもってそれ以外の送達についての実施を不能ということはできず、本件発明を未完成とする理由はない。

6.結論
以上のとおりであるから、請求人の上記主張及び証拠によっては、本件発明の特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とすべきものとする。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-11-06 
結審通知日 2006-11-08 
審決日 2006-11-30 
出願番号 特願平2-505276
審決分類 P 1 112・ 121- Y (A61K)
P 1 112・ 113- Y (A61K)
P 1 112・ 534- Y (A61K)
P 1 112・ 1- Y (A61K)
P 1 112・ 161- Y (A61K)
P 1 112・ 531- Y (A61K)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 森田 ひとみ
特許庁審判官 吉住 和之
塚中 哲雄
登録日 2001-11-16 
登録番号 特許第3250802号(P3250802)
発明の名称 脊椎動物における外因性ポリヌクレオチド配列の発現  
代理人 西山 雅也  
代理人 樋口 外治  
代理人 鶴田 準一  
代理人 福本 積  
代理人 大屋 憲一  
代理人 樋口 外治  
代理人 藤田 節  
代理人 福本 積  
代理人 鶴田 準一  
代理人 石田 敬  
代理人 西山 雅也  
代理人 石田 敬  
代理人 平木 祐輔  

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