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審判番号(事件番号) データベース 権利
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不服20058936 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12P
管理番号 1171432
審判番号 不服2002-24664  
総通号数 99 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-03-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2002-12-24 
確定日 2008-01-28 
事件の表示 平成 5年特許願第510842号「アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成 5年 6月24日国際公開、WO93/12143、平成 7年 3月30日国内公表、特表平 7-502892〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、1992年12月11日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1991年12月13日、スウェーデン)を国際出願日とする出願であって、その請求項1?8に係る発明は、平成15年1月22日付け手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?8に記載されたとおりのものと認められるところ、そのうちの請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)は次のとおりである。

「【請求項1】
(a)組換え技術により大腸菌からアポリポ蛋白質A1-ミラノを製造し、該アポリポ蛋白質A1-ミラノを分裂し、その後存在する単量体を2量体に変換させるか、または
(b)アポリポ蛋白質A1-ミラノ、単量体および2量体を大腸菌中の発現系統においてバクテリア培養媒体に分泌させる組換え技術によりアポリポ蛋白質A1-ミラノを製造し、その後存在する単量体を2量体にさせるか、または
(c)アポリポ蛋白質A1-ミラノキャリヤから血漿を集め、単量体を純化し、その後その単量体を2量体に変換させ、
そして2量体をほぼ純粋な形状に純化することにより製造することを特徴とするアポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体の製造方法。」

2.引用例の記載
(a)原査定の拒絶理由に引用された、本願優先日前に頒布された特表平2-500797号公報(以下、「引用例a」という。)には、以下の事項が記載されている。
(a1)「アテローム性動脈硬化症及びその合併症(例えば冠性心疾患、 CHD)は恐らく健康上の最も危険な問題の1つである。この病気の進行には多数の危険要因(risk factor) が伴っており、最も重要な危険要因の1つは血漿コレステロール(CHL) レベルの上昇である。」(第2頁右下欄6行?10行)(下線は合議体による。以下、同様。)

(a2)「HDL は特に末梢組織からCHL を除去しCHL 逆輸送(RCT) と指称されるメカニズムによって肝臓に逆輸送する機能を果たすと考えられる。HDLの主なアポリポタンパク質はapoAIであり、いくつかの研究によれば血漿apoAIレベルとCHD との間にはHDL-CHL レベルとCHD との間で報告されたような(Ishikawa等、Eur. J. Clin. Invest. 、8:179-182 、1978)逆相関関係があることが判明した。更に、HDL-CHL 及びapoAIのレベルは血管造影法で診断される冠性アテローム動脈硬化病巣の容態に対して逆の相関関係をもつ(Pearson 等、Amer. J. Epidem.、109:285-295 、1979;Maciejko 等、New Eng. J. Med.、309:385-389 、1983)。従って、血漿中の高濃度HDL は粥腫の形成を遅らせ及び/または既存病巣の退行を促進することによってCHD に影響を与えると考えられる。HDL アポリポタンパク質主としてapoAIとレシチンとの複合体は、培養された動脈平滑筋細胞のごとき細胞からinvitro で遊離CHL の流出を促進する(Stein 等、Biochem.Bio-phys. Acta、380:106-118 、1975)。実験的に誘発したアテロームをもつ動物に対するリン脂質の静脈注入はこの流出に有利に作用し(Adams等、J. Path. Bact.、94:77-87、1967)、apoAI/レシチン複合体は天然HDL 粒子と同様の速度で血漿から除去される(Malmendier等、Clin. Chem. Acta、131:201-210 、1983)。CHL を与えたウサギにapoAIを静脈注入すると病巣波及範囲が50%縮小する。これは、apoAIがアテローム性動脈硬化の病巣形成に対する防御効果をもつことを示し、その理由は恐らく大動脈壁に吸収されてCHL が減少するためである(Maclejko and Mao、Artheriosclerosis 、2:407a、1982;Mao等、Fed. Proc. (USA)、42、no7 pABSTRACT 357 、1983;Badimon等、Cardiovascular Disease '86、1986 ABS-TRACT 81)。」(第3頁左上欄下6行?左下欄6行)

(a3)「最初に発表されたヒトapoAIの分子変異体はMilano(apoAI-MI)変異体であった(Franceschini等、J.Clin.Invest.、66:892-900、1980)。この特徴は、Arg173-Cys置換にあり(Weisgraber等、J.Biol.Chem.、258:2508-2513、1983)、同じ血縁に属する33人の被験者において同定された。」(第3頁右下欄下7行?下2行)

(a4)「実際、罹患被験者は早期アテローム性動脈硬化の進行から明らかに保護されていた(Gualnadri 等、Am. J. Hum. Gen.、1986、印刷中)。ApoAI-MI中のアミノ酸置換は突然変異アポタンパク質の構造を修飾しα螺旋秩序構造を減少させ疎水性残基の露出を増加させる(Franceschini等、J. Biol. Chem.、260:16321-16325、1985)。突然変異アポタンパク質の構造再生(remodelling) は、正常apoAIよりも容易に脂質と会合する分子の脂質結合性を有意に変化させる。アポタンパク質/脂質複合体は、正常apoAIによって形成される複合体と同様であるが変性剤による破壊が容易である。変異形の内部にシステイン残基が存在するので、apoAIIとの複合体及びapoAI二量体の形成が可能である。これらのタンパク質複合体が「罹患」被験者で観察された異常HDL 粒子の形成の主因であると推定される。ApoAI-MIのこれらの特徴すべてがその異化作用促進及び組織脂質の有効吸収能に寄与すると考えられる。」(第4頁左上欄4行?右上欄1行)
(a5)「apoAIまたはその遺伝変異体を含むタンパク質は治療効果をもつのでヒトまたは動物の体内治療に使用され得る。より詳細には、血漿コレステロール及び/またはトリグリセリドのレベルを低下させるために使用され得る。従って、このタンパク質は、アテローム性動脈硬化症及び冠性心疾患のごとき心血管疾患に対して使用され得る。」(第7頁左上欄下2行?右上欄4行)

(a6)「出願人等は、apoAIまたはその遺伝変異体を含むタンパク質を産生するために組換えDNA技術の使用が有効であることを知見した。変異体としては、・・・apoAI-MI・・・がある。」(第4頁右上欄下7行?下2行)

(a7)「好ましい実施態様によれば本発明は、(A)・・・apoAI-MI・・・から成るタンパク質をコードする遺伝子を担う組換えプラスミドの構築、及び、(B)大腸菌(Escherichia coli, E.coli株)中での前記遺伝子の発現に係る。これらの遺伝子の発現によって以下のタンパク質が得られる。・・・Met-apoAI-MI・・・から選択されたアポリポタンパク質。」(第4頁左下欄下4行?第5頁左上欄下4行)

(a8)「実施例3 ヒトapoAIを前駆体即ち267 個のアミノ酸から成る pre-proapoAIとして合成する。18個のアミノ酸から成るプレペプチドを分泌中に開裂し、 proapoAIと指称されるプロタンパク質を残す。従って、 proapoAIは6 個のアミノ酸から成るN-末端延長部即ちArg-His-Phe-Trp-Gln-Gln とこれに続く成熟タンパク質とから構成される。」(第14頁右下欄5行?11行)

(b)原査定の拒絶理由に引用された、本願優先日前に頒布された国際公開第90/12879号パンフレット(以下、「引用例b」という。)には、以下の事項が記載されている。
(b1)「Apo AI-Mのもう1つの非常に特別な特徴は、両方の場合において、Cys残基の存在のため、それ自身でダイマーを形成し、Apo AIIと複合体を形成するその能力である。ダイマーおよび複合体の循環系における存在は、おそらくキャリアーにおけるこれらの排泄半減期の遅延の原因となるものであり、最近臨床的研究で記載されている[グレッグら(Gregg et al),ヒト・アポリポ蛋白質突然変異体についてのNATO ARW:表現型発現に対する遺伝子構造から(NATO ARW on Human Apolipoprotein Mutants:From Gene Structure to Phenotypic Expression),リモネン・エス・ジィ(Limone S.G.),1988]。修飾されたアポリポ蛋白質粒子はかくして循環系に非常に長時間残存し、かくして、通常のAI粒子に比し、良好なその動脈保護活性を呈する。」(第4頁28行?第5頁8行)

(b2)「より最近になって、実験動物中へのHDLのApo AIの注入は重要な生化学的変化を起こし、また、アテローム性動脈硬化症損傷の程度および重症度を減少させることが示された。マチエイコおよびマオ(Maciejko and Mao)[アーテリオスクレロシス(Arteriosclerosis),2:407a,1982]、2の連続的研究におけるバディモンら(Badimon et al)[カルディオバスキュラー・ディジーズ(Cardiovascular Disease),1983,アブストラクト(Abs.) 81;アーテリオスクレロシス(Arteriosclerosis),7:522a,1987]は、Apo AIまたはHDLいずれかを注射することによって(d=1.063?1.325g/ml)、アテローム性動脈硬化症損傷におけるコレステロールエステル含有量を58.4%だけ減少させつつ、コレステロール供与ウサギにおける該損傷の程度を著しく減少させることができる(-45%)ことを明瞭に示した。また、HDLの注入は、動脈損傷を早々に生じる遺伝性高コレステロール血症をもつワタナベ(Watanabe)・ウサギの血漿リポ蛋白質組成を顕著に変化させることができるのが示され得た。これらにおいて、HDL注入は保護的HDLおよびアテローム成形性LDLの間の比を2倍以上とできる。さらに、動物モデルにおいて動脈疾患を改善するHDLの可能性は、Apo AIはかなりのフィブリン溶解活性を呈し得るという観察によってさらに刺激された[サクら(Saku et al),トロンボウシス・リサーチズ(Thromb. Res.),39:1-8,1985]。ロッネンベルゲル(Ronneberger)[(第10回国際薬理学会議議事録、シドニー,1987,990頁]は、抽出Apo AIはビーグル犬およびマカクザルにおいてフィブリン溶解をかなり増大させることができるのを明瞭に示した。同様の活性はin vitroにてヒト血漿で観察できる。本著者はApo AI処理動物における脂質の沈積および動脈斑形成の減少を確認できた。」(第2頁17行?第3頁14行)

(c)原査定の拒絶理由に引用された、本願優先日前に頒布されたJ.Biol.Chem.Vol.265,No.21(1990)p.12224-12231(以下、「引用例c」という。)には、以下の事項が記載されている。

(c1)「アポリポ蛋白質AIミラノ(apoAI_(M))変異体キャリアにおける高密度リポタンパク質(HDL)のインビトロメタボリズムを、全血漿と単離されたリポ蛋白質分画との培養期間中調査した。減少したコレステロールエステル化(16.5に対し、コントロールでは25.0%)と、減少したHDLと低密度リポ蛋白質間の脂質の交換が、AI_(M)血漿との培養において(37℃で6時間)観察された。コントロールHDL_(3)は、大きく、速い浮動性の粒子へと変換されるのに対し、AI_(M)HDL_(3)の分画のみは、同じ経路が続いた。脂質内部から単離されたトリグリセリドに富んだ粒子の存在下において、リポ蛋白質と劣化血漿分画と共に、コントロールとAI_(M)キャリアからの混合HDL_(3)による培養もまた実施された。AI_(M)HDL_(3)は、再び脂質の変換において減少した能力を示した。いくつかのHDL_(3)粒子は、通常の変化である速い浮動性で、大きなHDLへ変換したが、小さいAI_(M)HDL_(3)は修飾されず、AI_(M)HDL_(3)は、代謝的に機能的な粒子と非機能的なものの混合物であることを示した。続いて、AI_(M)HDL_(3)の還元とカルボキサミドメチレーションにより、アポAI_(M)のホモ及びヘテロ2量体を通常の対応物、すなわち、単量体のアポAI及びAIIへ変換すると、修飾されたHDL_(3)は、リポ蛋白質と劣化血漿とトリグリセリドに富んだ粒子との培養において、コントロールHDL_(3)と同じように行動した。AI_(M)2量体は、AI_(M)キャリアにおけるHDL_(3)安定性に寄与している可能性が高く、アポリポ蛋白質組成物は、HDL粒子の相互変換において大きな役割を担っている。」(第12224頁要約)

(c2)「AI_(M)キャリアにおいて、アポリポ蛋白質変異体のジスルフィド結合型は、HDL粒子の増加した代謝安定性に寄与している。」(第12230頁左欄下)

(d)原査定の拒絶理由に引用された、本願優先日前に頒布されたProc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.83,No.20(1986)p.7643-7647(以下、「引用例d」という。)には、以下の事項が記載されている。
(d1)「還元され、変性されたRNアーゼの再活性化において、チオレドキシンは、モデルであるジチオール、ジチオトレイトールよりもモル単位で1000倍効果的であり、チオレドキシンは、ジスルフィド変換のための効果的な触媒として働くことが示された。」(第7643頁要約5行?9行)

(d2)「実施における配慮として、チオレドキシンのジスルフィド異性化活性は、細菌内で産生される組換え哺乳類蛋白質の再折り畳みに適用することができる。大腸菌においてクローニングされ発現された哺乳類ジスルフィド蛋白質は、頻繁に不溶性蛋白質の封入体として産生され、混乱した、部分的に酸化された形状で存在するかもしれない(35,36)。大腸菌は、通常、蛋白質を分泌しないし、ジスルフィドを含むタンパク質を産生しないからこれは、おそらく驚くべきことではない。それでもなお、この再折り畳みの技術的課題が解決されれば、異種蛋白質のクローニングと発現に大腸菌を使用することは、多くの利点がある。」(第7647頁左欄下)

(e)原査定の拒絶理由に引用された、本願優先日前に頒布されたBiochim.Biophys.Acta,Vol.960,No.1(1988)p.73-82(以下、「引用例e」という。)には、以下の事項が記載されている。
(e1)「Lp(A-IIを含むA-I)とLp(A-IIを含まないA-I)の分画 透析の後、免疫親和性クロマトグラフィにより単離されたLp(A-IIを含むA-I)とLp(A-IIを含まないA-I)粒子は、分子量10000カットオフ透析膜(Biomolecular Dynamics,Beaverton,OR)を使用したMicro-Confilt濃縮器により、1-4mg/mlまで濃縮された。濃縮されたリポ蛋白質粒子の1又は2.0mlアリコートは、4℃で、6ml/Hの流速により、Ultogel AcA34(LKB,Bromma,Sweden)によるゲル濾過クロマトグラフィ(1.5×95cm)により分画された。ゲル濾過分画は、化学的架橋と蛋白質分析のために貯留する前に、勾配ゲル電気泳動により分析された。」(第75頁左欄22行?下14行)

(f)原査定の拒絶理由に引用された、本願優先日前に頒布されたJ.Clin.Invest.,Vol.66,No.5(1980)p.901-907(以下、「引用例f」という。)には、以下の事項が記載されている。
(f1)「通常のアポA-Iは、脱脂されたコントロールHDLから、4Mグアニジンと0.2Mトリス(pH8.0)で平衡化された3-mセファデックスG-200カラム(Pharmacia Fine Chemicals,Div. of Pharmacia Inc.,Piscataway,N.J.)を用いたゲル濾過により単離された。患者(D.V.)のHDLアポ蛋白質は、Stephens(17)により述べられた予備的なSDSゲル電気泳動により単離された。アポ(A-I_(cys)-A-II)サブユニットは、錯体を還元し、アルキル化した後、予備的SDSゲル電気泳動により単離された。」(第902頁左欄下8行?右欄2行)


3.当審の判断
(1)対比
上記記載事項(a2)?(a7)によると、引用例aには、アポリポ蛋白質A1は、末梢組織からコレステロールを除去する機能を担っており、既存のアテローム動脈硬化病巣の退行をも促進する作用が確認されているところ、その変異体としてアポリポ蛋白質A1-ミラノが存在すること、そして、A1-ミラノキャリア個体は、アテローム動脈硬化症になりにくいことが記載されている。さらに、A1-ミラノの特徴として、脂質と会合しやすい構造となっていること、Cys残基が存在するため2量体を形成することが記載されており、これらの特徴すべてが組織脂質の有効吸収能に寄与していることが示唆されている。さらに、アポリポ蛋白質A1の変異体を血漿コレステロールのレベルを低下させるための治療へ使用できることが記載されている。また、A1-ミラノの製造方法として、DNA組換え技術により大腸菌中の発現系統を用いて製造することが記載されている。

本願発明1と引用例aに記載された技術的事項を対比すると、両者は、アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体に関するものである点で一致するが、本願発明1は、(i)アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体の製造方法であって、(ii)その製造方法は、請求項1に記載された(a)?(c)いずれかの方法により2量体を製造し、さらに、(iii)当該2量体をほぼ純粋な形状に純化するものであるのに対し、引用例aには、アポリポ蛋白質A1-ミラノを製造することは記載されているが、それを2量体へと変換することについては記載されていない点で相違する。

(2)判断
(i)アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体を製造しようとする動機付けについて
引用例aには、遺伝子工学的にA1-ミラノを製造すること、そして、A1-ミラノには、2量体の形態が存在することは記載されているが、遺伝子工学的に製造したA1-ミラノを積極的に2量体へと変換することは記載されていない。
しかしながら、引用例aには、A1-ミラノは2量体で存在することができて、この特徴が組織脂質の有効な吸収能に寄与することが示唆されており(記載事項(a4))、引用例bには、A1-ミラノは2量体となると、排泄半減期が延長されることにより、良好な動脈保護活性を有することが記載されており(記載事項(b1))、また、引用例cには、アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体の存在は、HDL3の安定性を増大させること及び、代謝安定性を増加させることが記載されている(記載事項(c1)及び(c2))。
このように、A1-ミラノは、2量体の形態になると、半減期及び脂質の吸収能の点で優れた性質を有するものであることを考慮すれば、当業者であれば、血漿コレステロールのレベルを低下させるための治療に用いるアポリポ蛋白質としてアポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体の形態のものを製造しようとすることは、容易に想起することである。

(ii)アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体を製造する方法について
次に、アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体を製造する手法について検討する。
ここで、本願発明1は、アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体の製造方法について、発明の構成要件の一部が(a)?(c)の選択肢で記載されたものである。
そこで、本願発明1のうちの(b)の「アポリポ蛋白質A1-ミラノ、単量体および2量体を大腸菌中の発現系統においてバクテリア培養媒体に分泌させる組換え技術によりアポリポ蛋白質A1-ミラノを製造し、その後存在する単量体を2量体にさせる」方法を選択した場合の発明(以下、「本願発明1’」という。)による製造方法について検討する。

アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体は、生体内において産生したアポリポ蛋白質A1-ミラノの一部が2量体化することにより生じているものであるから、これを人工的に多量に生産するに際し、遺伝子組換えの手法によりまず、A1-ミラノを産生させ、これにより生じたA1-ミラノの単量体を2量体化することは、当業者がまず、自然に発想することである。
そして、引用例aには、アポリポ蛋白質A1-ミラノの製造方法として、大腸菌中の発現系統を用いて製造することが記載されている。
ところで、あるタンパク質を遺伝子工学的に製造する際に、培養上清中に目的タンパク質を分泌することができれば、精製を容易にすることができるため、目的タンパク質をコードする遺伝子の5’末端側に分泌シグナル配列を付加して、目的タンパク質を培養媒体に分泌させるようにすることは、例をあげるまでもなく、当該技術分野における周知技術である。そして、引用例aの実施例には、proapoAIの大腸菌中での発現において、18個のアミノ酸からなるプレ配列をN末端側に付加することにより、分泌発現させる態様も記載されている(記載事項(a8))。
これらの事項を考慮すれば、アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体を製造するにあたり、その第一段階として、引用例aに記載の大腸菌中の発現系統におけるアポリポ蛋白質A1-ミラノの製造において、上記周知技術であるバクテリア培養媒体に分泌させる組換え技術を適用して、アポリポ蛋白質A1-ミラノを培養媒体に分泌させて製造することは、当業者が容易に想到することである。

そのようにして製造されたアポリポ蛋白質A1-ミラノの形態は、通常、大腸菌により産生された蛋白質がジスルフィド結合を含まないことからみて(記載事項(d2))、単量体を含むものであるといえる。
そして、アポリポ蛋白質A1-ミラノは、ジスルフィド結合を形成することができるアミノ酸残基であるCysを1つしか含まない(要すれば、The Journal of Biological Chemistry,Vol.258,No.4,1983,p.3508-3513、特に、表I参照)ものであるから、アポリポ蛋白質A1-ミラノ単量体を2量体に変換する方法として、引用例dに記載されるような、蛋白質にジスルフィド結合を形成させる方法(記載事項(d1))を適用して2量体化することは、当業者にとって格別な困難性を有するものとも認められない。

(iii)さらに2量体を純化する点について
目的物質の純度をより高くしようとすることは、化学物質を扱う技術分野における一般的な課題であるから、2量体化したアポリポ蛋白質A1-ミラノをさらに、純化しようとすることは、当業者にとって自然な発想である。その際、透析法、ゲル濾過クロマトグラフィ法、SDS電気泳動法などの分子量に基づく精製法を組み合わせて、アポリポA1を含むリポ蛋白質粒子を精製することは周知技術であること(記載事項(e1)及び(f1))を考慮すれば、2量体化したアポリポ蛋白質A1-ミラノを、さらに上記周知技術により、ほぼ純粋な形状のアポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体とすることは、当業者が適宜なし得ることである。

そして、本願発明1が、A1-ミラノの2量体を製造する方法として、格別の効果を奏するものとも認められない。

なお、審判請求人は、平成18年4月28日付け回答書において、アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体自体の効果として、(イ)単量体より血漿半減期が長いこと、(ロ)繊維素溶解刺激特性を有することを主張しているが、アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体自体が有する性質については、上記(i)で述べたように、2量体を得ることが十分動機づけられる以上、アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体の製造方法に係る本願発明1の容易性の判断に影響を与えないものである。

念のため、審判請求人が主張する効果について付言しておくと、(イ)の半減期延長の効果については、引用例bには、アポリポ蛋白質A1-ミラノを2量体とすることにより半減期が延長することが記載されていることからみれば(記載事項(b1))、当業者が予測し得る範囲のものである。

次に、効果(ロ)の点について検討する。
アポリポ蛋白質A1-ミラノキャリア個体は、臨床的に、血管内での繊維素(「フィブリン」と同義)形成が原因であるアテローム性動脈硬化になりにくいことが知られていた(記載事項(a4))。
そして、アポリポ蛋白質A1の変異体であるA1-ミラノは、突然変異により脂質と結合しやすい構造となっていること、アポリポ蛋白質A1-ミラノは血漿中で2量体での存在が可能であることが知られており、これらの特徴が、アポリポ蛋白質A1-ミラノの組織の脂質の有効な吸収能に寄与していることが示唆されている(記載事項(a4))。
さらに、本来、アポリポ蛋白質A1は、末梢組織からのコレステロールを肝臓に逆輸送するだけではなく、高コレステロールが原因で形成される繊維素についても、その溶解作用を有することが知られていた(記載事項(b2))。

このように、そもそもアポリポ蛋白質A1は繊維素溶解作用を有するところ、その変異体であるA1-ミラノキャリア個体は、アテローム性動脈硬化になりにくいという事実があること、さらに、アポリポ蛋白質A1-ミラノは血漿中で2量体で存在しているということを考慮すれば、アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体と繊維素溶解系に関連性があろうことは、当業者であれば、容易に推測できることである。実際に、本願明細書において、アポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体が、プラスミノーゲンを活性化する性質を有すること(例8?9)が確認されたとしても、それは単に、繊維素溶解系との関連が予測されるアポリポ蛋白質A1-ミラノ2量体において、より具体的な作用・機能を観察したに留まると解すべきである。

そうしてみると、請求人の主張するこれらの効果は、いずれも予測可能なものである。また、仮にこのような機能・性質を発見したことで、当該機能・性質に基づく新たな用途発明が成立する可能性はあるとしても(なお、用途が医薬の場合は、実施可能要件を満たすためには、明細書に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があるところ、本願明細書には、そのような記載はない。)、このことをもって本願発明1の製造方法に係る発明における格別な効果として評価することはできない。

(3)小括
したがって、本願発明1’は、引用例a?fに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、それを選択肢として含む本願発明1も同様である。

4.むすび
以上のとおり、本願発明1は、引用例a?fに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、その余の本願請求項に係る発明について検討するまでもなく、本特許出願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2006-09-04 
結審通知日 2006-09-12 
審決日 2006-09-27 
出願番号 特願平5-510842
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高堀 栄二  
特許庁審判長 種村 慈樹
特許庁審判官 冨永 みどり
阪野 誠司
発明の名称 アポリポ蛋白質A1-ミラノの2量体の製造方法  
代理人 江藤 剛  
代理人 土橋 秀夫  

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