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審判番号(事件番号) データベース 権利
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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備 無効としない A23L
審判 全部無効 2項進歩性 無効としない A23L
管理番号 1185016
審判番号 無効2001-35092  
総通号数 107 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2008-11-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2001-03-05 
確定日 2008-09-11 
事件の表示 上記当事者間の特許第3084609号「トレハロース含有シラップ」の特許無効審判事件についてされた平成16年 4月13日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決(平成17年(行ケ)第10302号平成17年10月13日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
本件特許第3084609号の請求項1?13に係る発明についての出願は、平成8年4月10日(国内優先権主張、平成7年4月12日)に出願され、平成12年7月7日にその発明について特許権の設定登録がなされ、この特許に対して平成13年3月5日付けで日本食品化工株式会社より請求項1?13に係る発明の特許を無効とすべき旨の特許無効審判が請求され、平成16年4月13日に、請求項1?13に係る発明の特許を無効とする旨の審決がなされ、平成16年5月18日にこれを不服とする審決取消訴訟が知的財産高等裁判所に提起され、当該訴訟係属中の平成16年8月5日に本件特許明細書の訂正を求める訂正審判(訂正2004-39187)が請求され、平成17年7月11日に当該訂正を認める旨の審決がなされ、これを受けて、平成17年10月13日に上記無効審決を取り消す旨の判決がなされ、本件無効審判は特許庁に差し戻された。
本件差し戻し後、当審は無効審判請求人に平成17年11月16日付で上記訂正審判において本件請求項1?13に係る発明の訂正が認められ、当該訂正が確定した旨を通知し、これに対し請求人より平成17年12月19日付で意見書が提出され、これに対し被請求人より平成18年2月2日付で意見書が提出され、当審はこれらの意見を踏まえ平成18年3月1日付で当事者双方に新たな無効理由を通知し、これに対し被請求人より平成18年4月4日付で意見書が提出され、これらに対し、請求人より平成18年4月5日付で被請求人の2月2日付意見書に対する意見書が、また、平成18年5月17日付で被請求人の4月4日付意見書に対する意見書が、更に、6月29日付で5月17日付意見書を補う上申書がそれぞれ提出され、これらに対し被請求人より平成18年8月2日付で意見書が提出され、これに対し請求人より平成18年10月13日付で上申書が提出されている。

II.本件発明
上記訂正審判により訂正された本件請求項1?13に係る発明(以下、それぞれ本件発明1?13という。)は、訂正された本件特許明細書の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?13に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「 【請求項1】 α,α-トレハロースを、室温下におけるα,α-トレハロースの水分当たりの溶解度量を超えて、その溶解度量に対応する温度において溶解含有しているとともに、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を、溶液組成で当該α,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有し、かつ、α-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップであるか、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、及び蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を、溶液組成で当該α,α-トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で溶解含有し、かつ、α-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップ。
【請求項2】 α,α-トレハロースを、ある温度下におけるα,α-トレハロースの水分当たりの溶解度量を超えて、その温度において溶解含有しているとともに、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を、溶液組成で当該α,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有し、かつ、α-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップであるか、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、及び蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を、溶液組成で当該α,α-トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で溶解含有し、かつ、α-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップ。
【請求項3】 シラップ当たり、α,α-トレハロースを18.5乃至25.0w/w%溶解含有していることを特徴とする請求項1又は2記載のα,α-トレハロース含有シラップ。
【請求項4】 シラップが、10℃の恒温室にて1週間放置後、肉眼観察により晶出の見られない甘味料である請求項1、2又は3記載のα,α-トレハロース含有シラップ。
【請求項5】 請求項1乃至4の何れかに記載のα,α-トレハロース含有シラップを、0.5w/w%以上含有せしめることを特徴とする組成物の製造方法。
【請求項6】 組成物が飲食物、化粧品、医薬品であることを特徴とする請求項5記載の組成物の製造方法。
【請求項7】 飲食物が、乳酸菌飲料、缶入りコーヒー、ハードキャンディー、あん、ジャム、パン、カスタードクリーム、求肥、アイシング、ソフトキャンディー、口中清涼キャンディー、ボンボン、ハム、又は佃煮であることを特徴とする請求項6記載の組成物の製造方法。
【請求項8】 グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を、溶液組成で当該α,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で共存せしめるか、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、及び蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を、溶液組成で当該α,α-トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で共存せしめることを特徴とする、α,α-トレハロースを、室温下におけるα,α-トレハロースの水分当たりの溶解度量を超えて、その溶解度量に対応する温度において溶解含有し、かつ、α-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップの晶出抑制方法。
【請求項9】 α,α-トレハロース含有シラップが、シラップ当たり、α,α-トレハロースを18.5乃至25.0w/w%含有していることを特徴とする請求項8記載のα,α-トレハロース含有シラップの晶出抑制方法。
【請求項10】 グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を有効成分とし、α,α-トレハロース含有シラップに対し、そのシラップが含有するα,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で使用されるか、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、及び蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を有効成分とし、α,α-トレハロース含有シラップに対し、そのシラップが含有するα,α-トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で使用されるα-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップのためのα,α-トレハロース晶出抑制剤。
【請求項11】 α-グリコシルトレハロースを含有しないα,α-トレハロース含有シラップに、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を有効成分とするα,α-トレハロース晶出抑制剤を、α,α-トレハロース含有シラップが含有しているα,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有せしめるか、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、及び蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を有効成分とするα,α-トレハロース晶出抑制剤を、α,α-トレハロース含有シラップが含有しているα,α-トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で溶解含有せしめることにより、α,α-トレハロース含有シラップにα,α-トレハロースを、室温下におけるα,α-トレハロースの水分当たりの溶解度量を超えてその溶解度量に対応する温度において溶解含有せしめることを特徴とするα-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップからのα,α-トレハロースの晶出抑制方法。
【請求項12】 α,α-トレハロースを、室温下におけるα,α-トレハロースの水分当たりの溶解度量を越えて、その溶解度量に対応する温度において含有せしめるとともに、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を、溶液組成で当該α,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で含有せしめるか、ソルビトール、マルチトール、マルトトリイトール、及び蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を、溶液組成で当該α,α-トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で含有せしめることを特徴とするα,α-トレハロースの晶出が抑制されたα-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップの製造方法。
【請求項13】 シラップ当たりのα,α-トレハロースの含有量が18.5乃至25.0w/w%である請求項12記載のα,α-トレハロース含有シラップの製造方法。」
(下線部は、上記訂正により訂正された箇所を示す。)

III.差し戻し後の当事者の主張と当審による無効理由通知の概要
1.訂正審決確定通知
本件差し戻し後、当審は、平成17年11月16日付で、無効審判請求人に、訂正審判において本件請求項1?13に係る発明を上述のとおり訂正することが認められ、当該訂正が確定した旨を通知し、これについて意見を述べる機会を与えた。
2.請求人の主張の概要
これに対し、請求人は、平成17年12月19日付の意見書において、「訂正後の請求項1?13に係る発明は、依然として、特許法第36条第4項及び特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであるから、特許法第123条第1項第4号及び特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものである」旨主張し、証拠方法として、当該意見書に添付して、下記の甲第26号証乃至甲第43号証を提出し、また、その後、平成18年5月17日付の意見書に添付して、下記の甲第44号証を、また、平成18年6月29日付の上申書に添付して、下記の甲第45号証を提出している。
また、請求人は、差し戻し前の本件審理においては、下記の甲第1号証乃至甲第25号証および参考資料1を提出している。

甲第1号証:特開平6-319486号公報
甲第2号証:特開平6-253801号公報
甲第3号証:特公昭40-11897号公報
甲第4号証:特公昭45-17128号公報
甲第5号証:特公昭45-40253号公報
甲第6号証:「澱粉科学ハンドブック」、朝倉書店、1977年7月20日初版発行、第456?459頁
甲第7号証;日本食品化工株式会社 研究所 吉田雅浩の試験報告書
甲第8号証;財団法人日本食品分析センターの試験報告書
甲第9号証:「甘蔗糖製造法」、山根嶽雄著、株式会社光琳書院、昭和38年4月5日発行、268-269頁
甲第10号証:「新甘味料技術資料集」、中山正夫監修、第一インターナショナル株式会社、昭和62年12月15日発行、139-140頁
甲第11号証:「光琳全書17 甘味料」、山根嶽雄編、株式会社光琳書院、昭和41年7月25日発行、71-73頁
甲第12号証:「結晶工学ハンドブック」、山本美喜雄編集、共立出版株式会社、昭和46年5月10日発行、128-129頁
甲第13号証:乙第2号証の部分翻訳文
甲第14号証:「新実験化学講座1 基本操作I」、社団法人日本化学会編、丸善株式会社、昭和50年9月20日発行、244-250頁
甲第15号証:「ハイマルトースシラップMC-70」の検査表の写し
甲第16号証:澱粉科学ハンドブック、二國二郎監修、株式会社朝倉書店、昭和52年7月20日発行、244-250頁
甲第17号証:サイクロデキストリン品質月報の写し
甲第18号証:CYCLODEXTRINS AND THEIR INCLUSION COMPLEXES,J.SZEJTII Ph.D.,D.Sc.,AKADEMIAI KIADO BUDAPEST 1982,32-35頁
甲第19号証:平成13年8月20日付作成の吉田雅浩による実験報告書
参考資料1:被請求人代理人(弁護士・弁理士 安江邦治氏)から受領した上申書の写し
甲第20号証:平成14年11月25日作成の実験報告書(作成者:吉田雅浩、実験者:渡辺純未)
甲第21号証:渡辺純未による平成15年1月26日作成の実験報告書
甲第22号証:甲第20号証における試料No.1(A1)の7日目の結晶の写真
甲第23号証:請求人の使用している、タンクローリー車によるシラップ輸送の作業マニュアルの写し
甲第24号証:糖液貯蔵輸送設備フローシートの写し
甲第25号証:液糖タンクの設計図の写し
甲第26号証:平成17年(行ケ)第10302号審決取消訴訟において被請求人(原告)から平成17年2月8日付で提出された要約書の写し
甲第27号証:同取消訴訟において請求人(被告)が平成17年2月17日付で提出した要約書の写し
甲第28号証:同取消訴訟の判決の写し
甲第29号証:「園芸食品の加工と利用」、緒方邦安著、株式会社養賢堂、昭和49年10月1日第7版発行、4?5頁の写し
甲第30号証:取消訴訟の原告準備書面一の11頁及び26頁の写し
甲第31号証:請求人が取消訴訟で乙第15号証として提出した、静岡県沼津工業技術センターによる平成16年12月7日付けの実験報告書の写し
甲第32号証:平成元年(行ケ)第259号審決取消請求事件の判決の写し
甲第33号証:「特許・実用新案 審査基準」、特許庁、第I部、第1章、明細書及び特許請求の範囲の記載要件、21頁の写し
甲第34号証:平成8年(行ケ)第201号審決取消請求事件の判決の写し
甲第35号証:取消訴訟の原告準備書面(三)の2頁の写し
甲第36号証:請求人が取消訴訟で乙第23号証として提出した、山崎 孝による平成16年12月9日作成の実験報告書の写し
甲第37号証:請求人が取消訴訟で乙第24号証として提出した、中村信行による平成17年2月7日付けの実験補足説明書の写し
甲第38号証:山崎 孝による平成17年9月7日作成の実験報告書
甲第39号証:昭和50年(行ケ)第73号審決取消訴訟の判決の写し
甲第40号証:取消訴訟の被告準備書面(1)の32頁の写し
甲第41号証:取消訴訟の原告準備書面(二)の37頁の写し
甲第42号証:山崎 孝による平成17年9月5日作成の実験報告書
甲第43号証:特開平10-165118号公報
甲第44号証:甲第38号証の実験報告書の作成者である山崎 孝の宣誓供述書
甲第45号証:事実実験公正証書
(以上、提出日順)

3.当審による無効理由通知の概要
(3-1)上述の請求人による平成17年12月19日付の意見書における主張のうち、特許法第36条第4項の規定に違反しているとする主張については、新たに提出した請求人自身による実験報告書(甲第38号証)の実験結果をその根拠の一つとしている。
(3-2)これに対し、被請求人は、後述の平成18年2月2日付の意見書において、甲第38号証に基づく請求人の主張は本件審判請求書の要旨を変更するものであり、採用すべきでないか、少なくとも、被請求人に反論および訂正請求の機会を与えるべきであると主張した。
(3-3)そこで、当審は、請求人により新たに提出された上記甲第38号証に基づき
「本願発明1?13についての特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。」
との無効理由(内容についてはIV-1の(2-3-2)項で後述)を、平成18年3月1日付で当事者双方に通知し、被請求人に反論および訂正請求の機会を与えた。

4.被請求人の主張の概要
これらに対し、被請求人は、平成18年2月2日付の意見書において、証拠方法として下記の乙第15号証乃至乙第24号証及び参考資料3を提出して、請求人の上記甲第26号証乃至甲第43号証に基づく主張は失当であると主張し、また、平成18年4月4日付の意見書において、証拠方法として下記の乙第25号証乃至乙第28号証を提出して、当審が通知した無効理由は成り立たない旨主張し、さらに、その後、平成18年8月2日付の意見書に添付して、下記の乙第29号証乃至乙第32号証を提出している。
また、被請求人は、差し戻し前の本件審理においては、下記の乙第1号証乃至乙第14号証および参考資料1、参考資料2を提出している。

乙第1号証:「シュガーハンドブック」、184頁、株式会社朝倉書店発行(昭和39年5月30日発行)
乙第2号証:Pharmaceutical Research,Vol.14,No.5(1997),pp.578-590
乙第3号証:「澱粉科学実験法」、株式会社朝倉書店、1979年、291-293頁
乙第4号証:「化学大辞典 3」、化学大辞典編集委員会編、共立出版株式会社、昭和47年、355頁
乙第5号証:「化学大辞典」、株式会社東京化学同人、1989年、2407-2408頁
乙第6号証:「化学大辞典 9」、化学大辞典編集委員会編、共立出版株式会社、昭和46年、19頁
乙第7号証:「カップリングシュガーと虫歯」、株式会社光琳、昭和56年、37、42頁
乙第8号証:「化学大辞典」、株式会社東京化学同人、1989年、1524頁
乙第9号証:Journal of Food Science,Vol.41,1978,p.1081-1084
乙第10号証:Journal of the American Chemical Society,Vol.74,1952,p.2789-2793
乙第11号証:渋谷孝作成の「実験報告書」、平成14年1月25日作成
乙第12号証:渋谷孝作成の「実験報告書」、平成14年1月25日作成
乙第13号証:渋谷孝作成の「実験報告書」、平成14年5月13日作成
参考資料1:平成14年8月21日付 松井茂弁理士からのFAX送信状(実験計画書(案)添付)
参考資料2:平成14年8月22日付 松井茂弁理士からのFAX送信状(実験計画書(案)添付)
乙第14号証:岡山県工業技術センターによる「受託研究報告書」、平成15年3月31日作成
乙第15号証:特許庁総務部総務課 工業所有権制度改正審議室編、「平成10年改正 工業所有権法の解説」、平成10年12月25日、社団法人発明協会発行、97?98頁
乙第16号証:「審判便覧(平成12年3月改訂版) 51-04『特許(登録)無効審判の請求の手続』」
乙第17号証:「審判便覧(平成17年7月15日更新版) 51.04.1『請求の理由』の要旨変更」
乙第18号証:最高裁第三小法廷平成11年3月9日判決
乙第19号証:竹田靖史博士の「鑑定書」
乙第20号証:竹田靖史博士の「履歴書」
乙第21号証:試験報告書(作成者:渋谷 孝)
乙第22号証:「日食酵素水あめMT-30」の製品パンフレット
乙第23号証:谷口肇博士の「鑑定書」
乙第24号証:谷口肇博士の「履歴書」
参考資料3:甲第31号証の実験結果と甲第20号証の実験結果との対比
乙第25号証:実験報告書(作成者:渋谷 孝 平成18年3月24日作成)
乙第26号証:岡山工業技術センターによる「受託研究報告書」(平成18年3月31日作成)
乙第27号証:五十嵐脩ほか編集、「丸善食品総合辞典」、平成10年3月25日、丸善株式会社発行、1046?1047頁
乙第28号証:実験報告書(作成者:渋谷 孝 平成16年12月22日作成)
乙第29号証:何森健博士の見解書
乙第30号証:実験報告書(作成者:渋谷 孝 平成18年7月31日作成)
乙第31号証:「デベロップメント イン フード カーボハイドレート-2(DEVELOPMENTS IN FOOD CARBOHYDRATE-2)」、アプライド サイエンス プブリッシャーズ リミティッド(APPLIED SCIENCE PUBLISHERS LTD)、1980年、187?217頁
乙第32号証:日本食品化工株式会社の技術開発部次長役の渡会弘之氏の「報告書」
(以上、提出日順)

IV.当審の判断
IV-1.特許法第36条第4項違反について
1.請求人が主張する無効理由及び当審が通知した無効理由の内容
(1-1)審判請求書における請求人の主張
請求人は、審判請求書において、訂正前の本件発明1?13について、
「本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明で規定する『グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質を、溶液組成でα,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有する』ということの作用、効果が何ら立証されているとはいえないので、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」と主張している。
(1-2)平成17年12月19日付の意見書における請求人の主張
請求人は、平成17年12月19日付の意見書において、訂正後の本件発明1?13が依然として特許法第36条第4項の規定に違反する理由として、以下の4点を上げている。
(i)本件発明の効果が本件明細書中で確認されていない。
(ii)本件発明の効果を確認する実験方法に誤りがある。
(iii)訂正後の本件発明のトレハロース含有シラップは、晶出抑制効果がもたらされない組成のシラップを含んでいる。
(iv)訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証(注.訂正2004-39187号審判の審理において特許権者(本件被請求人)が甲第10号証及び甲第11号証として提出した実験報告書、このうち訂正甲第10号証は本件において乙第28号証として提出されている。)の実験報告書の実験は、本件特許明細書の実験2と異なる条件で行われたものであり、これを追試するものとして適切でない。
(1-3)当審が通知した無効理由
当審は、請求人の上記(1-2)の(iii)の主張が専ら請求人が新たに提出した甲第38号証に基づくものである点に顧み、上述の平成18年3月1日付の無効理由通知において、あらためてこれについて指摘(後述の無効理由1)するとともに、同号証に基づき、同様の観点の他の無効理由(後述の無効理由2)をも追加、指摘し、これらにつき、被請求人に反論及び訂正請求の機会を与えた。

2.特許法第36条第4項違反についての当審の判断
請求人が上記意見書において主張する4つの点、及び、そのうちの(1-2)の(iii)の点に関し当審が通知した無効理由について、その後の当事者の主張、立証をも踏まえ、以下に検討する。
(2-1)「本件発明の効果が本件明細書中で確認されていない」との主張について
(2-1-1)この点について、請求人は、具体的には以下のとおり主張する。
(i)本件明細書中には、「トレハロース含量をできるだけ高めるとともに、室温下で難晶出性乃至非晶出性であって、かつ、微生物汚染を受けにくい安定なトレハロース高含有シラップとその用途を提供する」という目的(【0010】)が記載され、実験2には「トレハロースの晶出の有無を肉眼観察し、トレハロースの晶出抑制効果を判定した。」と記載され、その結果を示す表には、「表中、+は晶出が起こったことを示し、-は晶出が起こらなかったことを示す。」という記載があって、α,α-トレハロース18.5重量部に対して、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質35重量部以上からなる糖組成のものは、10℃で晶出が起こらなかったことが示されている。
しかしながら、実験2で晶出が起こらなかったとされる組成のものでも、トレハロースに対してグルコースあるいはマルトースをそれぞれ単独で加えた組成のものにおいては、晶出が生じることは、被請求人が提出した乙第14号証、及び請求人が提出した甲第19号証、甲第20号証等でも確認され、被請求人も認めるところである。
(ii)被請求人によれば、本件特許明細書の実験2の実験結果は、何らかの結晶の晶出ではなく、トレハロースの晶出の有無を示すものであるとのことであり、これを言い換えれば、上記実験結果は、晶出を起こしたものであっても、晶出したものがα,α-トレハロースでなければ、「-」(晶出が起こらなかった)という結果を記載したものである。してみると、本件特許明細書の実験2からは、訂正後の本件発明のトレハロース含有シラップについて、α,α-トレハロースのみならず、溶解含有した他の糖質も晶出しないということは確認できないはずである。
(iii)これにつき、一般に化学分野の発明においては、発明の構成からその効果が理論的に推認できるものではなく、実験によって効果が確認されて初めて有用なものと判断できるのであり、本件発明の糖組成のシラップを当業者が作り得る程度に記載がなされていたとしても、そのような糖組成のシラップが実際に晶出抑制効果を有するかどうかについての確認データが記載されていないのであれば、当業者には、当該シラップの有用性は判断できず、本件特許明細書は、当業者が容易に実施することができる程度に記載されているとはいえない。
(iv)本件発明は、「トレハロース含量をできるだけ高めるとともに、室温下で難晶出性乃至非晶出性であって、かつ、微生物汚染を受けにくい安定なトレハロース高含有シラップとその用途を提供する」という目的を有する発明を対象とするものであるから、実際に晶出抑制効果がもたらされるかどうかについての実験データによる確認は、本件発明の実施に際して不可欠な要件である。
(v)このような発明の実施に際して不可欠な要件が記載されていないという明細書の記載不備は、後から提出された証拠等によって補うことはできないのであり、訂正審判において提出された実験報告書によって解消されるものではない。
(vi)従って、訂正後の本件発明のトレハロース含有シラップについて、本件発明の奏するべき効果の確認を、訂正審判において提出された実験報告書(訂正甲第10号証、訂正甲第11号証)に基づいて行って、明細書の記載不備は解消されたと判断することは、正当ではなく、本件明細書からは、本件発明のトレハロース含有シラップについて、α,α-トレハロースのみならず、溶解含有した他の糖質も晶出しないということは確認できないのであるから、訂正後の本件発明は、依然として特許法第36条第4項に違反している。
(2-1-2)これに対し、被請求人は、平成18年2月2日付の意見書において、以下のとおり主張する。
(i)本件特許明細書の実験2は、本件特許明細書の【0032】に記載されているとおり、「室温環境下でのトレハロース晶出抑制効果に与える還元性糖質共存の影響」を調べる実験であり、「トレハロースの晶出の有無を肉眼観察し、トレハロースの晶出抑制効果を判定した」ものであるから、本件特許明細書の実験2に記載すべきは、α,α-トレハロースの晶出の有無であって、「溶解含有した他の糖質」の晶出の有無ではない。
ただ、事実として、実験2に記載されている、訂正後の本件発明に該当するトレハロース含有シラップは、α,α-トレハロースのみならず、溶解含有した他の糖質も晶出しないシラップなのであり、訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証は、単にこの事実を確認したに過ぎない。
(ii)また、これに関連し、被請求人は、本件発明のトレハロース含有シラップの奏するべき効果(有用性)について、以下のとおり主張する。
無効審決においては、「糖質が晶出するシラップは、晶出する糖がトレハロースであるか否かにかかわらず、貯蔵したシラップの使用、あるいは輸送したシラップの分取、貯蔵に際しては、均一なシラップを得るために、晶出成分を再溶解させるなどの操作を要する場合が生じるものと認められるから、本件発明1は、上記明細書に記載された本件発明の効果を奏するとはいえない。」と判断された。
しかしながら、本件発明のトレハロース含有シラップにおいて、仮に、グルコースまたはマルトースがわずかに晶出する場合があるとしても、そのことによって、本件発明のトレハロース含有シラップの有用性が損なわれることはない。
シラップ製品として市販され流通しているシラップの中にも、場合によってはグルコースまたはマルトースの結晶がわずかに晶出することのあるシラップが存在する(乙第21号証、乙第22号証)のであり、この事実は、グルコースまたはマルトースがわずかに晶出する場合があってもシラップ製品としての有用性は損なわれるものではないと当業者には理解されていることを物語っている。
(2-1-3)当審は、これにつき、以下のとおり判断する。
本件発明は、単にトレハロースのみが晶出しなければよいというものではなく、たとえトレハロースが晶出しなくとも、他の共存糖質が、シラップとして成り立たない程の量晶出するのであれば、そのようなシラップは本件発明の奏するべき効果を奏さないものというべきであり、トレハロースさえ晶出しなければよいかのごとき、被請求人の上記(i)の主張は妥当なものとはいえない。
しかしながら、本件特許明細書には、「トレハロースの過飽和溶液は、室温下できわめて不安定で容易にトレハロース含水結晶の析出を起こし、沈澱を生じてシラップの特徴である均質流動性を失い易く、タンク貯蔵、ポンプ輸送などに重大な支障をきたすことが判明した。そこで、トレハロース含量をできるだけ高めた安定なシラップの確立が望まれる。」(【0009】)と、トレハロース含量を高めた安定なシラップを得るうえで、トレハロースの析出が問題であったことが記載されており、また、被請求人が本件無効審判及び先の訂正審判において提出した、本件特許明細書の実験2の追試の実験結果(乙第13、14、26、28(訂正甲第10号証)、30号証、および訂正甲第11号証)は、いずれも、他の共存糖質は晶出しないか、晶出するとしても、その程度はシラップとして成り立たないという程のものではないから、被請求人が本件特許明細書の実験2においてトレハロースの晶出の有無のみを見ているのは、他の糖質がいくら晶出してもかまわないということではなく、他の糖質は殆ど晶出しないことを前提に、晶出が問題となっていたトレハロースの晶出のみを調べたというものであるということができるので、実験2は本件発明のシラップが本件発明の奏するべき効果を奏することを裏付けるためのものであり、特許明細書に記載されたその結果は、本件発明のシラップが当該効果を奏することを一応裏付けるものであると認めることができる。
この点につき、請求人は、共存糖質を所定量含む場合でも、糖質の晶出が認められ、シラップとして成り立たないほどの量晶出する場合もあることを示す実験結果を提出していた(甲第19乃至22号証)ので、当審は、先の訂正審判において、トレハロースの晶出の有無のみを示す実験2の記載からは、本件発明が本件発明の奏するべき効果を奏することが確認できない旨の訂正拒絶理由を通知し、これに対して、被請求人は、本件発明の糖組成においては、共存糖質を含め、糖質は晶出しないことを確認する実験結果を訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証として提出したものである。
すなわち、訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証は、本件特許明細書に当初から記載されていた、本件発明が本件発明の奏するべき効果を奏することを一応裏付ける記載を、更に確認したものに過ぎないから、本件発明の奏する効果について判断するにあたり、当該訂正甲号証の実験結果を参酌することが妥当性に欠けることであるとはいえない。
請求人は、これにつき、平成18年4月5日付の意見書において、「本件特許明細書の実験2では、グルコース又はマルトース単独の場合と、そうではない場合とで、作用効果上の相違があるのかないのかは、確認できないのであり、訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証の実験結果によって初めて確認がなされた事実である。すなわち、本件特許明細書の記載だけでは、当業者は、グルコース又はマルトース単独の場合と、そうではない場合とで、作用効果上の相違を確認できず、グルコース又はマルトース単独の場合を除いたものが、本件発明の効果を達成できるかどうかは、判断できない。」と主張する。
しかしながら、本件発明について本件特許明細書の記載が特許法第36条第4項に規定する要件を満たすものであるかどうかを判断するにあたっては、上記訂正によってグルコース又はマルトース単独の場合が除かれた訂正後の本件発明が、本件明細書に実施可能な程度に記載されているといえるかどうか判断すれば足りるから、請求人の上記主張は採用できない。

(2-2)「本件発明の効果を確認する実験方法に誤りがある」との主張について
(2-2-1)この点について、請求人は、具体的には以下のとおり主張する。
(i)本件明細書の実験2には「トレハロースの晶出の有無を肉眼観察し、トレハロースの晶出抑制効果を判定した。」と記載されている。
しかしながら、甲第36号証?甲第38号証の結果によれば、顕微鏡写真ではトレハロース結晶と判断される柱状の結晶が明らかに存在する試料であっても、晶出した結晶を肉眼観察しただけでは、それらの結晶がトレハロースを含むものであるか否かについては全く判らない。
このことは、本件明細書の実験2に記載された「肉眼観察」という方法では、トレハロースが晶出したかどうかは確認できないことを意味するから、本件明細書の実験2は、当業者が追試してその効果を確認できる程度に記載がなされていないのみならず、その実験手法自体に基本的な誤りがあり、その結果は何ら技術的な意義を持つものではない。
(ii)実験2の方法では、各試料間の水分蒸発率の差に違いがあり、空気中に浮遊する塵等の混入によって晶出が偶発的に促進されたりするので、シラップの晶出抑制効果を正確に評価できる方法であるとはいえない。
このような明細書の記載不備は、請求の範囲の訂正によって解消されるものではなく、訂正後の本件特許が依然として特許法第36条第4項に違反していることは明らかである。
(2-2-2)これに対し、被請求人は、平成18年2月2日付の意見書において、以下のとおり主張する。
(i)請求人の指摘する甲第38号証のA-3等の試料は、いずれも、もはやシラップとは呼べないほどに大量の結晶を晶出しているか、シラップとしての清澄性を完全に失うまでに結晶を晶出しており、このような状態では、晶出している結晶中にトレハロースの結晶が存在するかどうかを肉眼で判別することができないのは理の当然であるが、公的機関で作成された乙第14号証によれば、「対照としてのNo.1の試料においては…トレハロースと判断される、柱状、粗大な硬質感のある透明結晶を肉眼観察することができた」のに対し、「No.3、No.4およびNo.7の試料からは…微量であるものの、微小で軟質感のある白色結晶を肉眼観察することができた」のであり、試料であるシラップからシラップの清澄さを保ちつつ結晶が晶出してくる系においては、本件特許明細書の実験2と同様に、トレハロースの結晶の晶出の有無が肉眼観察によって容易に判定できることが確認されている。
(ii)請求人は、上記主張の根拠として、乙第14号証に準じて行ったとされる、静岡県沼津工業技術センターによる実験報告書(甲第31号証)において、i)各試験区分間での水分蒸発率の差が著しいこと、ii)3回繰り返された実験において、同じ試料であっても晶出量にかなりバラツキがあることを指摘している。
しかしながら、仮に甲第31号証の実験が、本件特許明細書の実験2を忠実に再現した結果、各試験区分間での水分蒸発率に差が生じたというのであれば、それは、各試験区分の試料を同1条件下で一週間放置した結果における差であって、試験条件の違いではないから、各試験区分間で水分蒸発率に差があるということを理由に、実験2が「室温環境下でのトレハロース晶出抑制効果に与える還元性糖質共存の影響」を調べる実験として不適切であるということはできない。
また、甲第31号証の3回繰り返された実験における結果のバラツキは、あくまで甲第31号証の実験における結果のバラツキであり、甲第31号証における実験手法の正確さや再現性についての疑念を生じさせこそすれ、本件特許明細書の実験2の適切さにいかなる疑義をも生じさせるものではない。
これにつき、竹田靖史博士は、甲第31号証の実験は、恒温室内の相対湿度が著しく低レベルに設定されている点において、トレハロース含有シラップが現実に取り扱われる状況から著しく乖離しており、トレハロース含有シラップが現実に取り扱われる可能性がある状況で試験するという「実験2」の目的に照らして、乙第14号証の試験の方が、甲第31号証の試験より適切であり、その試験結果は十分に信憑性が認められる、と鑑定している(乙第19号証)。
(2-2-3)当審は、これらについて、以下のとおり判断する。
(i)晶出した結晶の判定方法については、上述のとおり、被請求人が提出した実験2の追試の実験結果は、いずれも、シラップとして成り立たない程の晶出はしておらず、これらの実験結果における程度の晶出であれば、肉眼観察により、トレハロースの結晶の晶出の有無が容易に判定できないとはいえない。
請求人は、この点につき、平成18年4月5日付の意見書において、
「本件特許明細書の実験2には、「清澄なトレハロース含有シラップからシラップの清澄さを保ちつつ結晶が晶出してくるときに、それがトレハロースの結晶であるか、グルコースの結晶であるかの判別を行う」というようなことはどこにも記載されていない。甲第31号証、甲第38号証の写真を見ると、晶出が始まる状態において、そのような状態にはならず、白く濁ったような状態で析出が始まる場合も多いことが判る。」と主張する。
しかしながら、(2-3)において後述するように、市販シラップの安定性を調べる試験としては、被請求人が提出した実験報告書において行われた実験の方が適切であると認められるところ、被請求人の提出した実験結果によれば、いずれの試料もシラップの清澄性が失われたりシラップとして成り立たない程の晶出はしていないのであるから、肉眼観察によりトレハロース晶出の判定ができないとはいえない。
(ii)また、各試料区分間で水分の蒸発量、蒸発率が異なることについては、両当事者が提出した実験結果は、その数値はまちまちであるものの、いずれも、トレハロースを単独で含有する溶液が最も水分の蒸発量、蒸発率が大きく、還元糖質を共存させることによって水分の蒸発量、蒸発率は小さくなっており、この傾向において両者に相違はない。
請求人は、この点につき、平成18年4月5日付の意見書において、
「被請求人は、『ガラス製ビーカーに蓋をしないという条件には、実験中に試料と外気とを自由に接触させ、かつガラス製ビーカーからの水分の蒸発を起こさせてα,α-トレハロースの過飽和度を上昇させ、結果として、α,α-トレハロースの晶出を促進するという技術的意味がある。』と述べている。すなわち、水分蒸発量の差は、α,α-トレハロースの晶出の促進度の差となってくるのであり、晶出の促進度が異なるもの同士で比較していることを意味するところ、晶出の促進が同程度に行われた試料間で比較しなければ、真の晶出のしやすさを判定できないことは明らかである。」と主張する。
しかしながら、市販シラップを取り扱う過程においては、当該シラップの一部を貯蔵容器から取り出す際などに、当該シラップが外気と接する機会があることは十分想定されることであるから、市販シラップの経時的安定性を調べる試験として、シラップを外気と接する条件で放置する試験を採用することには一定の合理性が認められる。そして、このような条件下で、同じ条件での水分蒸発量がシラップの糖組成により異なること、すなわち、トレハロース単独の場合の水分蒸発量が共存糖質が存在する場合よりも多いことは、そのこと自体が、トレハロースを単独で含む市販シラップの経時安定性が劣ることの一因であろうと考察することはあり得ても、このことをもって、各試料区分の糖液について水分蒸発量が同一の条件で実験しなければ、市販シラップの経時的安定性を調べる試験として適当ではないということにはならない。
また、甲第31号証の実験-1?実験-3において、同じ還元糖質を共存させた同じ糖組成の試料であっても晶出結果が相互に相違する(実験-1ではグルコースを共存させたものが多量晶出し、実験-2ではマルトースを共存させたものが多量晶出し、実験-3ではどちらを共存させたものも多量晶出する)ことについては、甲第31号証によれば、環境湿度を30%に保った場合(実験-2)の水分蒸発量及び水分蒸発率はそうではない場合(実験-1、実験-3)と大差がないから、実験-1?実験-3における晶出結果の上記相違は、周囲の環境湿度を調整したことに起因するものと解するには無理があり、これらの相違には、請求人の指摘するように、試験を開放系で行うことに伴う、空気中に浮遊する塵等の混入による、晶出の偶発的な促進が関与しているという可能性を否定できない。
そして、偶発的な促進であれば、何度か同1条件で試験を行えばその影響が実験結果に表れてくるはずのものである。すなわち、1回だけの実験で糖質が晶出することは、塵等の混入による偶発的なものと解することもできようが、複数回の実験で常に晶出するのであれば、偶発的な要因以外の要因が関与していると解することが自然である。
これにつき、甲第31号証のこれらの実験では、トレハロースを単独で含む溶液については共通して晶出することが認められ、このことから、トレハロースを単独で含む溶液における晶出が、偶発的な要因のみによるものではないことが示される。
また、1回だけの実験であっても糖質が晶出しないのであれば、その条件では、偶発的な要因で促進されない限り晶出しないということもいえるから、要すれば実験を複数回行うことにより、偶発的な要因による影響を排除することもできると考えられる。
請求人は、また、被請求人が、甲第31号証の実験は恒温室内の相対湿度が著しく低レベルに設定されている点において適切な実験ではない旨指摘した点について、「実験2は、シラップの晶出抑制効果を確認するための実験であって、シラップをビーカーに入れて晶出を促進するために開放状態で1週間放置するという手段を採用したのであるから、相対湿度を我が国の環境に合わせるべき理由はない。そのような条件を定めなければ結果が求められないのであれば、そのこと自体が、本件特許明細書の実験2の記載では、当業者がその効果を確認できないことを意味している。」と主張する。
これについては、加速試験として晶出の促進度を過度に上げれば、それだけ、多くの糖組成の試料が晶出し易くなることとなり、その結果、本来ある程度の晶出抑制効果が奏されるものについても晶出が見られることによって、晶出のし易さに与える糖組成の影響が判別しにくくなるのは、明らかなことであるから、加速試験である以上、いくら過酷な条件でも差し支えないということにはならず、糖組成により晶出のし易さに違いがあるのであれば、その違いが明確に把握できる程度の、過酷に過ぎない加速試験であることが必要であると認められる。
以上のとおりであるから、いずれにしても、「実験2の方法では、各試料間の水分蒸発率の差に違いがあり、空気中に浮遊する塵等の混入によって晶出が偶発的に促進されたりするので、シラップの晶出抑制効果を正確に評価できる方法であるとはいえない」との、請求人の主張は採用できない。

(2-3)「訂正後の本件発明のトレハロース含有シラップは、晶出抑制効果がもたらされない組成のシラップを含んでいる」との主張について
(2-3-1)この点について、請求人は、具体的には以下のとおり主張する。
(i)訂正後の本件発明は、トレハロースの他に、グルコースとマルトースとを併用した場合であっても、グルコースに対するマルトースの割合が極めて少ない場合、あるいはマルトースに対するグルコースの割合が極めて少ない場合をも包含しているが、このような場合には、グルコース又はマルトース単独の場合と同様な結果になることは論理必然であり、当業者にとって十分に予測されることである。
(ii)この証拠として、甲第38号証の実験報告書によれば、7日放置後において、訂正後の本件発明の範囲に含まれる試料A-3(トレハロース:グルコース:マルトース=1.0:0.78:2.00)、A-4(同じく1.0:0.28:2.50)、A-5(同じく1.0:0.09:1.89)のシラップについて、明らかな晶出が生じており、7日放置後でも晶出を起こさなかった試料C-2(同じく1.0:1.35:1.43)と比較して、明らかに晶出抑制効果が劣っており、これらのシラップでは本件発明の目的が達成されないことが判る。
このように、訂正後の本件発明は、本件発明の目的が達成されない範囲を含むものとなっており、本件特許明細書には、本件発明で規定する全領域について、本件発明の実施に際して不可欠な、実験データによる晶出抑制効果の確認がなされていないことが明らかであるから、本件特許明細書は、当業者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載されているとはいえない。
(2-3-2)この点に関し、当審は、上述の無効理由通知において、以下の2点を指摘した。
(i)甲第38号証の実験結果によれば、グルコースおよびマルトースを、溶液組成でトレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有する、トレハロース含有シラップには、トレハロースのみを含有するシラップが晶出する条件において、量的に同等、あるいはそれ以上、晶出するものがあることが示される。
そうすると、上記組成のトレハロース含有シラップは本願発明の目的とする難晶出性のシラップとはいえず、また、このような組成とすることはトレハロース含有シラップの晶出を抑制することにならないから、本願発明1?13はこの点につき実施可能要件を欠くものである(無効理由1)。
(ii)甲第38号証の実験結果を考慮すると、マルトトリオース及び/又はマルトテトラオースに対して更にグルコース及び/又はマルトースを組み合わせて添加する態様についても、それらの比率によっては晶出する場合があることは十分にあり得ることであるところ、先の訂正審判において特許権者(本件被請求人)が提出した甲第10号証及び甲第11号証に記載されたこれらの態様に関するいくつかの特定の組成の実験結果によっては、これらの態様が本願発明の効果を奏することが十分に示されたとはいえないから、本願発明1?13はこの点についても実施可能要件を欠く蓋然性が高いと言わざるを得ない(無効理由2)。

(2-3-3)これに対し、被請求人は、平成18年2月2日付の意見書において、上述のとおり、請求人の上記主張は審判請求の要旨を変更するものである旨主張し、当審が通知した無効理由に対して、平成18年4月4日付意見書において、被請求人自身による実験報告書(乙第25号証)及び公的機関による実験報告書(乙第26号証)に基づき、以下のとおり反論している。
(2-3-3-1)無効理由1について
(i)乙第25号証の実験結果により、甲第38号証のA-4の糖組成のシラップを、「脱イオン水と所定の糖質とを200ml容ガラスビーカーにとり、70?100℃で1hr湯煎し、次いでビーカーを湯浴から取り出し、開口部周辺に付着した糖質を丹念に洗い込み、底部付近の内容物を丹念に撹拌する操作を数回行い、糖質を完全に溶解させた後、再度70?100℃で30min湯煎し、加熱に伴って蒸発した水分を補填する」という手順で調製した場合には、10℃、5?7日目の晶出状況において、トレハロースのみを溶解含有させたC-1では、容器底部全体を覆う晶出を見たのに対し、A-4では、晶出が肉眼観察されなかったこと、また、当該A-4に対し、結晶マルトースを極微量(0.1mg以下)又は微量(約3mg)シラップ液面に満遍なく振りかけた場合は、いずれも、軟質微細結晶が著量晶出し、試料全体が固まったことが示される。
(ii)乙第26号証(岡山工業技術センターにおいて行った甲第38号証の実験の追試を内容とする実験報告書)の実験結果により、シラップを、「正確に計りとった脱イオン水と各糖質とを200ml容ガラス製ビーカーに移し、70?100℃で略2hr湯煎し、内容物を丹念に撹拌することによって糖質を完全に溶解させた後、蒸発した水分を補填する」という手順で調製し、ビーカーとしてトールビーカーを使用して、10℃、7日目の晶出状況を、各糖組成の試料について調べたところ、C-1では、相当量の晶出が肉眼観察されたのに対し、A-3、A-4、A-5のいずれの試料についても、晶出が肉眼観察されなかったこと、また、普通のビーカーを使用して、C-1について試験すると、相当量の晶出が肉眼観察されたことが示される。
(iii)乙第25号証の結果に基づけば、甲第38号証の実験において、異常ともいえるほどに大量の晶出が見られたのは、「試料中にマルトースの結晶が存在し、これが核になって、試料中でマルトースの晶出を促した」ためであり、「試料中にマルトースの結晶が存在したのは、各糖質の結晶を水に溶解させることによって試料を調製するにあたって、マルトースの結晶が完全には溶解されていなかったこと」に原因があるということが、合理的に、かつ、高い蓋然性をもって推定される。
(iv)「シラップ製品は、通常、原料である澱粉を水中に分散させた状態で液化し、複数の酵素を作用させることによって所定の糖組成になるまで糖化した後、糖化物を精製し、濃縮して調製される。つまり、原料から製品に至る一連のシラップ製造工程において、糖質成分は終始一貫水中に溶解した状態にあり、一度として結晶状態になることがない」から、試験試料となるシラップについても、用いる結晶糖質が水に完全に溶解していることが必須であることは明らかである。
(v)甲第38号証と乙第26号証の結果の齟齬については、請求人自身による甲第38号証には実験手法上の不備ないし手落ちがあったと合理的に、かつ、高い蓋然性をもって推定される上に、乙第26号証が公的機関で行われたものであるという事実の重さに鑑み、被請求人は、甲第38号証の結果よりも乙第26号証の結果のほうがより真実に近いものであると確信する。
(vi)従って、無効理由1は理由がない。
(2-3-3-2)無効理由2について
マルトトリオースまたはマルトテトラオースに対しグルコースまたはマルトースを併用する場合については、
(i)乙第26号証により、各糖質を完全に溶解させた場合、マルトトリオースまたはマルトテトラオースに対しマルトースを多量併用しても晶出しないことが示される(例えば、表2、表3-2の試料No.7(トレハロース:マルトース:マルトトリオース=18.5:35.0:1.8)、No.10(トレハロース:マルトース:マルトテトラオース=18.5:35.0:1.8))。
(ii)訂正甲第10号証に、マルトトリオースに対しグルコースを略等量併用したとき(DE値48.2)、晶出が見られなかったことが示されていることから、DE50未満でグルコースを併用しても晶出しないといえる。
(iii)マルトトリオースおよびマルトテトラオース自体は非結晶性であるから、これらを多量併用する場合も晶出しないと合理的に推測できる。
(iv)従って、無効理由2は理由がない。

(2-3-4)これに対し、請求人は、平成18年4月5日付及び5月17日付意見書並びに6月29日付上申書において、以下のとおり反論する。
(i)甲第38号証の実験結果について
甲第38号証で調製したシラップは、被請求人がそれまで主張してきた方法に従って調製したものであり、結晶の残存など全く見られない、完全に透明なシラップである。
結晶が残存すればそれが結晶核となって晶出が促進されることは当業者の常識であり、各糖質を完全に溶解させて試料溶液を調製したことは当然である。
(ii)乙第26号証の実験結果について
乙第26号証は、以下の点からみて、晶出のしやすさを正しく評価した実験とはいえない。
(ii-1)各試料溶液における水分蒸発量の違いが大きい。
食料原料としてのシラップの取り扱いの態様においては、水分が蒸発して晶出を起こすことはほとんどなく、むしろ振動や外気からの塵の混入、温度低下による晶出の方が問題となる。
本件の実験2のような実験においては、振動や温度低下を防いで他の要因を少なくしているのであるから、晶出の主たる要因となる水分蒸発量を各試料間において一定にしないと正しい評価ができない。すなわち、水分蒸発量が多いほど、糖濃度が高まって晶出しやすくなるのは当然であり、他の試料に比べて水分蒸発量が多いために晶出したとしても、それはシラップ自体の晶出のしやすさ(振動、温度低下、外気からの塵の混入など、様々な要因によって促進される、実際のシラップの取り扱い態様における晶出のしやすさ)を意味してはいない。
乙第26号証の表3-1に示されるように、7日経過した時点での水分蒸発量は、試料No.1が17.4gに対して、No.2、3、4が4.4g、4.4g、8.4gと、試料毎に著しく相違しており、このような結果に基づいて、試料No.2、3、4は、試料No.1よりも晶出しにくいと断定することはできない。
(ii-2)本件特許明細書の実験2で用いたような通常のビーカーではない、トールビーカーを用いた実験である。
(ii-3)同じくトールビーカーを用いた前回の実験(乙第14号証)と比較しても、水分蒸発の傾向に違いがある。
(iii)マルトトリオース及び/又はマルトテトラオースに更にマルトースを組み合わせて添加する態様について
乙第26号証の表3-2よりもマルトースの比率を更に増大させた試料についても晶出抑制効果が確認されない以上、本件発明の全範囲において本願発明の目的が達成されるのかどうかについて確認されたことにはならない。
(iv)実施可能要件は出願当初の明細書に基づいて判断すべきである(既に主張)。
(v)乙第22号証について
被請求人は、請求人の製品のパンフレットである乙第22号証に「寒冷時長時間保存すると結晶が出て、液が白くなることがありますが、これは糖の結晶でお湯の中で温めればもとに戻ります」と記載されていることを指摘して、グルコースやマルトースがわずかに晶出する場合があるとしても、そのことによって、本件発明のトレハロース含有シラップの有用性が損なわれることはない旨、主張する。
しかしながら、乙第22号証のトレハロース含有シラップは、本件発明で特定する糖組成を有するものであるが、乙第22号証の記載は、これがシラップとして必ずしも安定なものでなく、むしろ取り扱いに注意を要する不安定なシラップに属するものであることを示すものである。
乙第22号証に示されるように、結晶が析出した場合には、お湯の中で温めるなどの再溶解作業を必要とするのであり、「溶解させる操作も不要であり」、「室温下で安定なトレハロース含有シラップを提供する」という、本件発明の目的は達成されない。
(vi)甲第38号証の正当性
請求人による甲第38号証の実験に被請求人指摘の不備や手落ちがないことを立証するため、公証人による事実実験公正証書(甲第45号証)を提出した。

(2-3-5)これに対し、被請求人は、平成18年8月2日付意見書において、以下のとおり反論する。
(i)甲第38号証と乙第26号証の実験について
甲第38号証の晶出挙動は、公的機関による乙第26号証における晶出挙動とはその様相を全く異にする。
甲第38号証と乙第25号証の実験は、試料の調製の仕方がマルトース結晶の添加の有無という点で全く異なるにも拘わらず、10℃で1週間放置した時点での糖質の晶出量並びに晶出状態が互いに極めて酷似する。
何森健博士の見解書(乙第29号証)によれば、肉眼で検出できる結晶核が存在しなかったからといって、肉眼で検出できない大きさの結晶核が存在した可能性を排除できないことは明白である。
被請求人は、糖質を加熱溶解する場合には、ガラスビーカーなどの開口部周辺に付着している糖質を丹念に洗い込むことの重要性について、平成18年4月4日付意見書などで、繰り返し述べてきた。このことの重要性は専門家も指摘している(乙第29号証)。甲第38号証(平成17年9月7日作成)には、このような溶解操作を行ったとは記載されていない。
乙第26号証は「丹念な溶解操作」を行っており、用いられた結晶糖質が試料溶液中に完全に溶解した状態であったことは疑いがない。このことは、乙第26号証の晶出実験結果が、上記試料溶液をオートクレーブ中で加熱水蒸気処理した、糖質が完全な溶解状態であることが明らかな試料の晶出実験の結果(乙第30号証の実験1)と全く一致することにより裏付けられる。
乙第26号証の実験において、試料毎の水分蒸発量の違いが大きいことについては、各試料を同1条件で1週間放置した結果における差であって、試験条件の違いに基づく差ではないから、これを理由に、乙第26号証の結果に基づいて晶出のしやすさを判断することができないということはできない。
請求人は「水分蒸発量を各試料間において一定にしないと正しい評価ができない」と述べているが、水分蒸発のしやすさは溶解糖質の量や種類に応じて変化するので、同一環境下では異なってくるのが当然であり、実際問題としてこれを一定にすることは実験手法上不可能に近く、そのような実験系は、逆に不合理なものとなる。
仮に水分の蒸発量が一定になるような環境が設定できたとしても、故意に環境を異ならせた複数の条件下で得られた実験結果の解釈は極めて複雑なものとなり、実験系として合理的なものではない。
差し戻し前の本件審決においても、「他の糖質を含まない過飽和溶液については一週間の内にトレハロースの晶出がおこる条件が採用されている、本件特許明細書の実験2のような条件の実験は、現実に取り扱われる状況でのトレハロース含有シラップの安定性を調べる実験として、一応適切であるといえる。」との判断がなされている。
(ii)甲第45号証の実験について
甲第45号証の実験(平成18年5月25日、30日、6月1日に実施)においては、各糖質を水に溶解させるに際してショット瓶が用いられており、このような加熱溶解操作は、本件実施例2や、公的機関で行われた乙第26号証の加熱溶解操作と異なることはもちろん、甲第38号証の実験における加熱溶解操作とも明らかに異なるものである。
ビーカーを開放状態で湯中浸漬して加熱溶解する場合よりも、「密封されたショット瓶に入れて水分蒸発がない状態で溶解させるという手段の方」が、「結晶も完全に溶解させることができる」ということについて、審判請求人は、検証はおろか、合理的な根拠すら示していない。
甲第45号証のショット瓶を用いる加熱溶解操作は、糖質投入の困難性、加熱撹拌操作の不足、溶解状態の確認(目視のみ)における不備、ショット瓶からビーカーに配分する時の不都合の観点からみて、各糖質を水に完全に溶解させる操作としては、極めて不十分、不適切な操作である。この点は、専門家も指摘している(乙第29号証)。
甲第45号証による加熱溶解操作の不備は、検証実験(乙第30号証の実験2)によって明らかである。
すなわち、甲第45号証と全く同様の手順で調製した試料(No.6)からは、10℃放置5日目で著量のマルトースの晶出が認められたのに、全く同じ組成の試料を全く同様の手順で調製し、さらにオートクレーブ処理を施した試料(No.5)からは、7日目においても糖質の晶出は一切認められなかった。
オートクレーブ処理が、仮にショット瓶からビーカーに試料溶液を移し取るときに、結晶核が紛れ込んだとしても、それを溶解することができる処理であることを考慮すると、No.6の試料には、例え視認によっては観察されなかったとしても、未溶解の結晶核が何らかの形で残存しており、それが著量の結晶晶出を招来したのに対し、No.5の試料においては、残存していた未溶解の結晶核がオートクレーブ処理により完全に溶解された結果、一切の糖質の晶出が認められなくなったというのが、上記実験結果の唯一合理的な解釈である。
(iii)実験に用いられたマルトース試料について
請求人が、甲第31号証、甲第38号証、及び甲第45号証の実験で用いたマルトース試料は、それまで両当事者が用いていた水分含量約5%のマルトース含水結晶とは異なる、無水の結晶マルトースであり、湯浴による加熱溶解に適さないマルトース試料を敢えて用いたものである。

(2-3-6)これに対し、請求人は、平成18年10月13日付上申書において、以下のとおり反論する。
(i)甲第38号証、甲第45号証で調製したシラップは、訂正後の本件請求項1、2、3に記載された構成要件を全て充足する。
(ii)本件発明において、目に見えない結晶核をも完全に溶解することが、本件発明の作用効果を達成させるために必須の構成要件であるとするなら、本件特許明細書には、目に見えない結晶核をも完全に溶解する具体的手段について、何ら説明されておらず、そのような溶液になっているかどうか確認する具体的手段が記載されていない。
(iii)甲第38号証の実験においても、被請求人が主張するような丹念な溶解操作を行っており、目に見えない結晶核も存在していなかったはずである。そもそも、丹念な溶解操作は、当業者であれば通常行うことである。
甲第45号証の実験では、ショット瓶の口部内周に試料粉末が付着しない工夫等、行っており、結晶核が残存しているとは考えにくいことである。甲第7号証、甲第8号証は、スクリューキャップ付き試験管を用いているが、晶出はおこっていない。結晶核の残存が原因であるならば、甲第45号証の各試料の晶出の程度の差があること、また、同じショット瓶の試料を順次分注した6群の試料の晶出傾向が大体同じであること(最初に分注したものが最大の晶出をするはずである)の説明ができない。
(iv)本件の実験2の方法では、水分の蒸発のしやすさが各試料ごとに異なるのであるから、晶出しなかったのは、水分の蒸発が少なかったためか、晶出が抑制されたためなのかは判断できないのであり、晶出抑制実験として適切な方法とはいえない。

(2-3-7)当審は、両当事者のこれらの主張を踏まえ、請求人の「訂正後の本件発明のトレハロース含有シラップは、晶出抑制効果がもたらされない組成のシラップを含んでいる」との主張について、以下のとおり判断する。
(2-3-7-1)当事者双方の実験結果の齟齬について
(i)被請求人の示す実験結果(乙第26号証)によれば、糖質の過飽和溶液試料を容器に蓋をしないで7日間10℃の恒温室に放置する試験において、糖質がトレハロース単独のものは晶出するのに対し、トレハロースに対して還元糖質を本件発明で規定する範囲内の特定の組成比で共存させると、還元糖質を含め、糖質は晶出しない。一方、請求人の示す実験結果(甲第38号証)によれば、還元糖質を当該特定の組成比で共存させると、シラップとして成り立たないほどの晶出が起こる場合があり、両者の実験結果は一致しない。
そして、請求人は、同様の実験の結果を複数提出している(甲第45号証)が、上記実験結果の不一致は常に一定しており、請求人の示すいずれの実験でも晶出を生じている。
そうすると、これらの実験結果の不一致は、実験自体が再現性のない不安定なものであることに起因するというよりは、被請求人が示す実験と請求人が示す実験の実験条件に何らかの差異があることに主に起因するものと解するのが妥当であるといえる。
すなわち、これらの実験は、糖質溶液を収容した容器を蓋をせずに静置するものであるから、外気中に浮遊する塵等の混入によって晶出が偶発的に促進されることは常にあり得ることではあるが、上記実験結果の不一致が一定して生じることからすれば、このような偶発的な促進は、両当事者の実験結果の齟齬の、少なくとも主要な要因であるとは考えられない。
(ii)これに関し、請求人は、乙第26号証の実験は各試料溶液における水分蒸発量の違いが大きいことを指摘する。
しかしながら、各試料溶液における水分蒸発量の違いが大きいのは、請求人の提出する甲第38号証、甲第45号証における実験でも同様である。
そこで、これらの実験間における、各試料溶液における水分蒸発量の違いが、被請求人の示す実験結果と請求人の示す実験結果の齟齬の原因となり得るか否かを、検討する。
水分蒸発量に関して、甲第38号証と乙第26号証の実験結果を対比すると、トレハロース:グルコース:マルトース=18.5:0:0の試料(前者では試料C-1、後者では試料No.1)、同じく18.5:14.5:37.0の試料(同じく、A-3、No.2)、同じく18.5:5.1:46.3の試料(同じく、A-4、No.3)、同じく18.5:1.8:35.0の試料(同じく、A-5、No.4)の10℃静置7日目の水分蒸発量は、前者が、当初試料に含まれていた水分30.0gのうち、それぞれ、9.82g、2.27g、3.26g、4.72gであるのに対し、後者が、同じく当初水分30.0gのうち、それぞれ、17.4g、4.4g、4.4g、8.4gであり、甲第38号証の方が、各試料からの水分蒸発量が少ない。例えば、C-1の水分蒸発量をNo.1と対比すると、9.86g/17.4g=0.56であるから、前者の水分蒸発量は後者のおよそ1/2である。そして、両実験それぞれにおける各糖組成ごとの蒸発量の比率を見ると、前者は、1:0.23:0.33:0.48であるのに対し、後者は、1:0.25:0.25:0.48であり、両者の糖組成ごとの水分蒸発のし易さの傾向はほぼ同じである。
そうすると、両者は、水分蒸発の程度が、各糖組成の試料について、甲第38号証が乙第26号証の1/2程度であるといえ、水分蒸発に関しては、乙第26号証の方が過酷な条件であったといえる。
一方、これらの実験における晶出の結果は、甲第38号証では、すべての試料で+であり、特にA-4の晶出は著しいのに対し、乙第26号証では、No.1(C-1)のみ+で、他は晶出していない。
これを言い換えると、水分蒸発量が多い実験において晶出しない試料が、水分蒸発量の小さい実験で晶出したことになるところ、水分蒸発量が晶出に影響するとすれば、それは水分蒸発量が増加することにより晶出が促進されることであると考えられ、水分蒸発量の多い乙第26号証の試料の方が晶出し易いはずであるから、これらの実験結果の齟齬は、両実験間の水分蒸発量の相違、すなわち、乙第26号証の実験が甲第38号証の2倍の水分が蒸発する条件で行われたこと、に起因するとは考えにくい。
この結果は、甲第45号証の結果を乙第26号証の結果と対比した場合でも、同じである。
(iii)一方、被請求人は、糖質を加熱溶解した実験当初の溶液における微細な結晶核の残存の有無が、実験結果の齟齬の原因であると主張する。
(iii-1)この点に関し、被請求人が提出した、香川大学希少糖研究センター長の何森健博士の見解書(乙第29号証)には、「実験2で用いられている5種類の糖質のうちで、トレハロース、グルコースおよびマルトースだけが結晶性糖質であって、…これらの糖質は、いずれも、水に比較的溶けやすい部類に属するので、濃度が比較的薄い水溶液を調製するのであれば、水に糖質を所定量加えた後、例えば、湯煎などを用いて加熱しつつ、撹拌しながら溶かし込めばよい。しかし、実験2が対象にしているような濃度(70質量%)の濃厚水溶液を調製する場合、例えば、ビーカーなどの容器に所定量のトレハロース、グルコースおよびマルトースの結晶粉末をとり、これに水を加えると、いわゆる、「だま」の発生は避けられない。しかも、周知のとおり、結晶性糖質は、例えば、目で見たのではわからないような「だま」の状態も含め、なんらかの形で未溶解のまま残っていると、極微量であっても結晶核になり、濃厚水溶液全体におよぶ結晶化を招来しかねない。このため、結晶性糖質などを加熱撹拌しながら水に溶解させる場合、得られた濃厚水溶液を目で見て、溶液全体におよぶ結晶化を招来しかねない結晶核の有無を判断するなどということは到底不可能である。したがって、結晶核を一切含まない、結晶性糖質の均一な濃厚水溶液を調製するためには、…それなりの注意が必要となろう。」、「結晶核を一切含まない、結晶性糖質の濃厚水溶液を調製する一番確実な方法は、水に結晶性糖質などを所定量加え、加熱撹拌などによってある程度まで溶解させたうえで、加熱水蒸気を加圧容器内へ導入するオートクレーブを適用することである。この方法だと、加圧容器内を結晶性糖質の融点を上回る温度に設定し、その温度を数分にわたって維持しさえすれば、結晶核を一切含まない、結晶性糖質の濃厚水溶液がたやすく得られる。」、「オートクレーブを適用することなく、結晶性糖質をその融点を下回る温度で加熱撹拌しながら水に溶解させる場合、得られた濃厚水溶液において結晶核を招来しかねない主な原因として、(1)ビーカーなどの容器の開口部周縁に結晶性糖質の粉末などが未溶解のまま付着していて、これが濃厚水溶液中へ混入する場合、(2)ビーカーなどの容器の開口部周縁に結晶性糖質が一見溶解したように見えて、実は、表面だけが溶解し、内部が未溶解のまま残っていて、その一部または全体が未溶解の部分が濃厚水溶液中へ混入する場合、(3)撹拌棒などに結晶性糖質が未溶解のまま付着していて、これが溶解操作を終える時点で濃厚水溶液中へ混入する場合、(4)得られた濃厚水溶液において、結晶性糖質の濃度に偏りがあって、濃度が高く、したがって、比重が大きいがゆえに、容器の下方に沈んでいる部分に結晶性糖質が未溶解のまま残っている場合、(5)開口部が小さい蓋付き容器を用いて溶解させたことによって、結晶性糖質の微粉末などが未溶解のまま開口部周縁と蓋とが接触する部分に付着しているにもかかわらず、溶解操作が終了した後、濃厚水溶液をビーカーなどの別の容器に移しかえたことによって、結果的に、結晶性糖質が未溶解のまま濃厚水溶液中へ混入する場合、(6)結晶核を一切含まない、結晶性糖質の均一な濃厚水溶液に対して、結晶性糖質の微粉末などが容器外から濃厚水溶液中へ混入する場合などが考えられる。」、「上に掲げたいくつかの想定される原因のうち、(5)および(6)の原因を除けば、そのような原因があり得ることを常に念頭に置いて溶解操作に臨む限り、いずれも消去可能である。…(5)の原因については、用いる容器からして不適切であり、論外であると言わざるを得ない。」(乙第29号証第2?3頁)と、丹念な加熱溶解を行わない場合や、ショット瓶のような蓋付き小開口容器を用いて加熱溶解を行う場合は、結晶核が残存しがちであるとの見解が示され、また、オートクレーブ処理により微細な結晶核も加熱溶解できるとの見解が示されている。
そして、被請求人が提出した乙第30号証によれば、上述の両当事者の実験におけるのと同じ糖組成の溶液をオートクレーブ処理すると、7日間静置試験において、甲第38号証や甲第45号証の晶出結果ではなく、乙第26号証と同様の晶出結果が得られたことが示され(実験1)、更に、甲第45号証の手法により作成した溶液についても、オートクレーブ処理しない場合は甲第45号証と同様に晶出するのに対し、オートクレーブ処理すると、糖質の晶出が認められなくなったことが示されている(実験2)。
(iii-2)これに対し、請求人は、請求人提出の実験報告書における実験においても、当然のことながら、糖質の十分な溶解操作を行っている旨、主張する。
そこで、甲第38号証の糖質の加熱溶解に関する記載を見ると、「水と表2に示す各糖質とを用いて、下記表3に示す配合割合で、200ml容ガラス製ビーカーに入れ、70?100℃で加熱し、完全に溶解した。」と記載されているだけで、加熱溶解操作の詳細は記載されていない。そして、請求人は、甲第38号証の加熱溶解操作について、これ以上の具体的な根拠を伴う反論はしていない。
また、甲第45号証においては、糖質の加熱溶解にショット瓶を用いており、上述の乙第29号証によれば、この手法では、微細な結晶核が残存する可能性がないとはいえない。
この点につき、請求人は、平成18年10月13日付の上申書において、甲第45号証において微細な結晶核が残存していたのであれば、各試料の晶出の程度に差があること、また、同じショット瓶の試料を順次分注した6群の試料の晶出傾向が大体同じであることの説明ができないと主張しているが、微細な結晶核の残存は糖組成に全く関係なく生じるのかどうか、また、晶出のしやすさは糖組成に全く関係なく、微細な結晶核の残存の有無のみにより決まるのかどうかは不明であるし、また、微細な結晶核が残存していても一見均一な溶液のように振る舞い、分注されることは十分想定できることであるから、請求人のこれらの主張は採用できない。
また、甲第45号証の実験は、被請求人が、丹念な加熱溶解操作を行えば結晶核が残存しない旨の指摘をした(平成18年4月4日付意見書第5頁等)後に行われたものであるにも拘わらず、敢えて異なる加熱溶解手法を採用した理由が不明であり、微細な結晶核の残存が晶出の原因ではないことを立証するものとしては、不十分なものである。
(iv)以上のとおりであるから、両当事者のこれらの主張・立証に基づいて考察すれば、甲第38号証、甲第45号証と、乙第26号証の実験結果の齟齬は、当初溶液において含有糖質が十分に溶解されていたかどうかに主に起因するものであるとするのが最も妥当な解釈であり、当初溶液において含有糖質が完全に溶解されている場合は、各糖組成の溶液からこれらの実験における程度の水分が蒸発する条件下では、乙第26号証の実験結果のように、トレハロースを単独で含む試料C-1(No.1)は晶出し、他の糖質をも含む試料A-3、A-4、A-5(No.2、No.3、No.4)は晶出しないものと理解される。
(2-3-7-2)市販するシラップにおける糖の溶解について
市販のシラップにおいて糖質の晶出が望ましくないことは自明なことであり、特にトレハロースのシラップについては晶出が問題であったのであるから、市販のトレハロース含有シラップを作成するにあたっては、当然十分な溶解操作が行われるものと解される。
したがって、市販のトレハロース含有シラップの安定性を調べる試験においては、十分な溶解操作が行われた糖溶液を試験対象とするのが適切であることは、明らかである。
そうすると、乙第26号証の実験結果は、糖質が完全に溶解したことが想定される乙第30号証の実験1と同様の結果であることから、甲第38号証や甲第45号証の実験結果と比べれば、市販のトレハロース含有シラップの安定性により近い結果を示すものであるというべきである。
請求人は、平成18年10月13日付の上申書において、本件特許明細書には、シラップを作成するにあたり、含有糖質を微細な結晶核をも残存させることなく完全に溶解させるべきこと、また、晶出試験において、シラップには蓋をせず、開放系で行うべきことは記載されていないから、甲第38号証、甲第45号証の実験は、いずれも、本件特許明細書に記載された晶出試験において、本件発明1の構成要件を具備するシラップが糖質を晶出することを示すものであり、また、甲第7号証、甲第8号証は、本件特許明細書に記載された晶出試験において、トレハロースのみを含有するシラップさえも糖質が晶出しないことを示すものであるといえ、これらの実験結果は、本件発明1が、本件発明1の奏すべき効果を奏さないことを示すものである旨主張する。
しかしながら、上述のとおり、市販を目的とする安定なトレハロース含有シラップを作成するにあたっては、十分な溶解操作を行うべきことは当然のことであり、市販シラップの安定性試験を行うに際し、糖質が晶出しにくいように、含有糖質を微細な結晶核をも残存させることなく完全に溶解させることが適切であることは、本件特許明細書に特にその旨記載されていなくとも、明らかなことである。
請求人は、これにつき、本件発明1が含有糖質を微細な結晶核をも残存させることなく完全に溶解させることを前提にするのであれば、本件特許明細書には、そのような溶解操作について開示されておらず、目に見えない結晶核をも完全に溶解する具体的手段が不明であり、当業者はそのような溶解を容易に行うことができず、本件発明1を容易に実施できない旨を主張する。
しかしながら、そのような溶解手法として、オートクレーブ処理による方法が本願出願日当時当業者に知られていなかったとはいえないし、また、乙第26号証では特にそのような特殊な操作を行っていないことからすれば、乙第29号証にも示されているように、濃厚な水溶液であることを意識して、丹念に溶解操作を行えばそのような完全な溶解が実現可能であったものと認められるから、本件特許明細書をみても、そのような糖質が微細な結晶核をも残存させることなく完全に溶解した溶液を当業者が容易に作成することができず、本件発明1を容易に実施できないとの請求人の主張はあたらない。
また、本件特許明細書に、試料を恒温室に静置する際にビーカーに蓋をしないこと、適切な水分蒸発の程度などの、晶出試験の具体的条件が明示されていない点については、本件発明1の効果である、本件発明1のシラップが難晶出性であること自体が明細書に記載されていなかったこととは異なり、本件発明1のシラップが難晶出性であることを裏付けるための実験の具体的な条件が不明確であったに過ぎず、本来そのような条件が明細書に明記されていることは望ましいことではあるが、当該記載がないことにより本件発明1が実施できなかったことにはならず、後にその条件を明確に示すことで補填できないことではないと認められる。
(2-3-7-3)糖組成により試料からの水分蒸発量、蒸発率が異なる実験を、市販のシラップの安定性を調べる実験として採用することの可否について
上述のとおり、請求人及び被請求人が提出した試料からの水分の蒸発量及び蒸発率について記載している実験報告書を参照すると、水分蒸発量及び蒸発率は、トレハロースのみ含有する場合が最も高く、これにグルコース、マルトース等を添加すると、これより低くなることが認められ、実験2において、トレハロース単独では晶出するのに、共存糖質が存在すると糖質が抑制されるのは、水分の蒸発が抑制されることが一因といえる。
これにつき、請求人は、本件の実験2の方法では、水分の蒸発のしやすさが各試料ごとに異なるのであるから、晶出しなかったのは、水分の蒸発が少なかったためか、晶出が抑制されたためなのかは判断できない、すなわち、最も水分蒸発量の多い、トレハロースのみを溶解させた溶液が晶出する条件で、それより水分蒸発量が少ない共存糖質を有する溶液が晶出しないとしても、格別のことではないのであり、このことをもって共存糖質を有する溶液の晶出が抑制されたとはいえないから、実験2の方法は、晶出抑制実験として適切な方法とはいえないと主張する。
しかしながら、(2-2)で検討したとおり、市販シラップを取り扱う過程においては、当該シラップの一部を貯蔵容器から取り出す際などに、当該シラップが外気と接する機会があることは十分想定されることであるから、市販シラップの経時的安定性を調べる試験として、シラップを外気と接する条件で放置する試験を採用することには一定の合理性が認められ、このような条件下で、同じ条件での水分蒸発量がシラップの糖組成により異なること、すなわち、トレハロース単独の場合の水分蒸発量が共存糖質が存在する場合よりも多いことは、そのこと自体が、トレハロースを単独で含む市販シラップの経時安定性が劣ることの一因であろうと考察することはあり得ても、このことをもって、各試料区分の糖液について水分蒸発量が同一の条件で実験しなければ、市販シラップの経時的安定性を調べる試験として適当ではないということにはならない。
すなわち、市販シラップとしての安定性を評価するうえで、同じ条件下での水分蒸発量が少ないこともまた、晶出抑制効果の少なくとも一部と見るべきであって、これを本来の晶出抑制とは別のものと判断すべき理由はない。
請求人は、また、水分蒸発量が試料溶液により異なる、このような試験が、水分蒸発が晶出の主な要因であるとは考えられない市販シラップの晶出抑制効果を調べる加速試験として、適当であるとはいえないと主張する。
しかしながら、上述のとおり、通常の市販シラップの取り扱いにおいて、水分の蒸発が晶出の一要因であることは十分想定できることである。
請求人の主張するように、晶出の要因はこの他にもあるかもしれないが、このような要因に対しトレハロース溶液の糖組成がどのように影響するか、請求人は何も示しておらず、例えば振動について、共存糖質があることによって、かえってトレハロース単独の場合よりも晶出がし易くなるといったような実験結果を何も示していない。
そして、少なくとも、溶液の取り出しに伴う水分の蒸発に関しては、本件発明1のシラップが効果を有することを被請求人は示しているといえるから、実験2の晶出試験が市販シラップの晶出抑制効果を調べる加速試験として適当ではないという請求人の主張は、理由がない。

(2-4)「訂正甲10号証及び訂正甲11号証の実験報告書の実験は実験2と異なる条件で行われたものである」との主張について
(2-4-1)この点について、請求人は、具体的には以下のとおり主張する。
(i)これらの報告書における実験は、いずれもガラス製トールビーカーを用いている点で、通常のガラス製ビーカーを用いる本件特許明細書の実験2に記載された方法とは異なっている。
被請求人は、甲第19号証が実験2の結果を再現できなかったのは、同号証において、ガラス製ビーカーを用いずにガラス製ショット瓶を用いているため、水分蒸発量が少ないことが原因であると主張しているにもかかわらず、訂正甲10号証及び訂正甲11号証において、通常のガラス製ビーカーを用いずにガラス製トールビーカーを用いているのは、自己に有利な実験結果を導くために、作為的にそうしたのではないかと思慮される。
実際、請求人の実験結果(甲第42号証)によれば、トールビーカーの水分蒸発量は、通常のビーカーの約60%であり、1週間放置後の結晶の析出量及び析出形状もかなり相違する。
訂正甲第10号証における「対照」と「本シラップ」との晶出量の違いは、「実験のバラツキによってもたらされる誤差の範囲」に過ぎない。
(2-4-2)これに対し、被請求人は、平成18年2月2日付及び4月4日付意見書において、以下のとおり主張する。
ガラス製ショット瓶の水分蒸発量は通常のガラス製ビーカーの約33%であり(乙第11号証)、一方、トールビーカーの水分蒸発量は通常のガラス製ビーカーのおよそ60%(甲第42号証)なのであるから、通常のガラス製ビーカーとガラス製ショット瓶との間での水分蒸発量の違いに比べ、通常のガラス製ビーカーとトールビーカーとの間での水分蒸発量の違いは、さほど大きいものではなく、トールビーカーを用いた訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証における実験結果に、さほどの差異をもたらすものではない。
事実、訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証において、「対照」と「本シラップ」との間で、糖質の晶出の有無は判然としており、訂正後の本件発明のシラップがトレハロースを含め共存する他の糖質も晶出しないシラップであることが明瞭に確認されている。
(2-4-3)これに対し、請求人は以下のとおり主張する。
上記計算によれば、ガラス製ショット瓶の水分蒸発量は、トールビーカーの水分蒸発量の約55%となり、通常のガラスビーカーとトールビーカーとの間での水分蒸発量の違いとさほど変わらないにもかかわらず、ガラス製ショット瓶を用いた甲第19号証の実験結果と、トールビーカーを用いた乙第14号証の実験結果は相違している。
すなわち、トールビーカーの水分蒸発量は、通常のガラスビーカーのおよそ60%なのであるから、試験結果に与える影響はさほど大きいものではないとする被請求人の主張は、ガラス製ショット瓶を用いた甲第19号証の実験結果と、トールビーカーを用いた乙第14号証の実験結果とが大きく相違していることを考慮すれば、合理性がある主張とはいえない。
(2-4-4)当審は、これについては、以下のとおり判断する。
両当事者の提出した資料等によれば、糖液試料の静置実験に用いる容器として、通常のガラスビーカーを用いる場合、トールビーカーを用いる場合、及び、ショット瓶を用いる場合では、この順に試料溶液からの水分の蒸発量が少なくなるものと認められる。
一方、(2-3)で検討したように、請求人の提出した甲第38号証と被請求人の提出した乙第26号証の実験は、前者が後者の1/2程度の水分が蒸発するような条件で行われたのにもかかわらず、実験結果は、水分蒸発量の多い後者で晶出しない試料が、水分蒸発量が少ない前者で多量に晶出するというものであり、これらの実験結果の齟齬は、両実験間の水分蒸発量の相違、すなわち、乙第26号証の実験が甲第38号証の2倍の水分が蒸発する条件で行われたこと、に起因するとは考えにくい。
すなわち、同じ糖組成の試料について、被請求人の実験では糖質が晶出せず、請求人の実験では晶出するのは、これらの試料間における水分蒸発量乃至水分蒸発率の差異が主要な要因ではないことが窺える。
してみると、晶出実験の容器としてトールビーカーを用ても、そのことによって、晶出実験の結果に基本的な差異が生じるとは考えにくく、これにより大きな影響があるものとは解されない。
従って、訂正甲第10号証及び訂正甲第11号証において、晶出試験を行う試料容器としてトールビーカーを用いたことをもって、これら訂正甲号証の実験が、本件特許明細書の実験2を追試するものとして適切でないとはいえない。

(2-5)特許法第36条第4項違反について・まとめ
以上のとおり、請求人の主張するいずれの点を検討しても、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、本件発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に記載されていないとはいえない。
また、本件発明2?4は本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有シラップに係る発明であり、本件発明8、9、11は糖組成を本件発明と同様にすることを特徴とする、トレハロース含有シラップの晶出抑制方法に係る発明であり、本件発明10はトレハロース含有シラップに対し本件発明1と同様の糖組成になるように使用されるその他の糖を有効成分とする晶出抑制剤に係る発明であり、本件発明12、13は本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有シラップの製造方法に係る発明であって、これらの発明はいずれもトレハロース含有シラップの糖組成を本件発明1に規定する範囲のものとすることによりトレハロース含有シラップの晶出を抑制することを専ら特徴とし、これを種々の側面から発明として構成したものである。また、本件発明5?7は本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有シラップを含有せしめる組成物の製造方法に係る発明であるところ、トレハロース含有シラップを本件発明5?7で規定するような組成物に含有せしめることは、本件特許明細書に記載され、また、それ自体シラップの周知の用途であるにすぎない。
したがって、本件発明2?13についても、本件発明1と同様に、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者がその実施をすることができる程度に記載されていないとはいえない。

IV-2.特許法第29条第2項違反について
1.請求人が主張する無効理由の内容
(1-1)審判請求書における請求人の主張
請求人は、審判請求書において、訂正前の本件発明1?13について、甲第1号証に、固形分当たり約20乃至80%のトレハロースを含有し、他にグルコース、マルトース、マルトトリオースなどの還元性糖質を含有する糖液が開示され、甲第2号証に、非還元及び/又は還元オリゴ糖を、α,α-トレハロースに対して1?10倍量(w/w)併用した水溶液が開示されている点を指摘し、
「甲第1号証及び甲第2号証には、α,α-トレハロースを溶解度量を超えて溶解含有する点が開示されていないが、甲第3号証?甲第6号証に示されるように、糖液をできるだけ高濃度にし、かつ、結晶が析出しない安定なシラップとすることは当業者の常套手段であり、ある糖類の水溶液に他の糖類を共存させることにより、その糖類の溶解度が増大することも周知事実であるから、甲第1号証、甲第2号証に記載された糖液を濃縮して、α,α-トレハロースが溶解度量を超えて溶解含有された糖液を得ることは当業者が容易に想到し得たことであり、また、α,α-トレハロース18.5重量部に対してグルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質を35重量部以上の割合で溶解含有するという、本件発明の要件の臨界的な意義は何ら認められないから、本件発明1?13は、甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。」と主張している。
(1-2)平成17年12月19日付の意見書における請求人の主張
請求人は、平成17年12月19日付の意見書において、訂正後の本件発明1?13が依然として特許法第29条第2項の規定に違反する理由として、以下の2点を上げている。
(1-2-1)「グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種または2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)」という訂正事項について
(i)甲第1号証、甲第2号証のいずれにも、トレハロース以外の糖質として、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる2種以上が例示されており、そのような糖組成は、甲第1号証、甲第2号証の記載から当業者が容易に想到し得たものである。
(ii)トレハロースの他に、グルコースとマルトースとを併用した場合であっても、グルコースに対するマルトースの割合が極めて少ない場合、あるいはマルトースに対するグルコースの割合が極めて少ない場合には、グルコース又はマルトース単独の場合と同様な結果になることは論理必然であり、当業者にとって十分に予測されることであり、実際に甲第38号証に示されるように、訂正後の本件発明は、晶出抑制効果が達成されないシラップを含むものとなっている(IV-1の(2-3-1)参照)。
(iii)更に、本件明細書には、その他の糖質として、グルコース、マルトースを単独で用いた場合と、マルトトリオース又はマルトテトラオースの単独か、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる2種以上を用いた場合とで、どのような作用効果上の相違があるかについて、何ら示唆されておらず、実験による立証もされていない。
(iv)訂正後の請求の範囲における上記構成要件は、訂正甲第10号証、訂正甲第11号証の実験によって初めて想定されたものであり、そのような本件明細書に記載されていない実験に基づいて想定された構成要件について、本件明細書によって裏付けられていない作用効果を主張し、進歩性があると主張することは正当ではない。
以上のとおりであるから、上記のような構成要件の付加によって、本件発明の進歩性が認められるべきではない。
(1-2-2)「α-グルコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップ」という訂正事項について
(i)本件特許明細書中には、α-グルコシルトレハロースを含有しないことは明確に記載されておらず、これを含有しないことによる利点についても何の説明もなされていないから、本件特許明細書中には、「α-グルコシルトレハロースを含有しない」という構成要件が、技術的思想として記載されているとはいえない。
訂正後の本件発明が「α-グルコシルトレハロースを含有しない」ということを構成要件としたからといって、それによる顕著な作用、効果は全く認められないのであり、そのような無意味な限定によって進歩性が付与されるのは妥当ではない。
(ii)「デキストロース・エクイバレント(DE)50未満」という構成要件についても、DEは、トレハロース0、グルコース100、マルトース50、マルトトリオース33、マルトテトラオース25であるため、グルコースの割合が少ないシラップにおいては当然DE50未満になるのであり、シラップとして特別な構成要件を規定しているわけではない。
また、DE50未満という構成要件を満たさないシラップであっても7日目の晶出が生じないものがある(甲43号証の試料C-2、訂正甲10号証の試料2)から、シラップのDEが50未満という構成要件による顕著な作用、効果は認められないのであり、そのような限定を付しても、本件発明に何ら進歩性が付与されるものではない。
2.特許法第29条第2項違反についての当審の判断
(2-1)IV-1の(2-3-7-1)で検討したとおり、本件発明1が規定する「グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を、溶液組成でα,α-トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有する」、「α-グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α-トレハロース含有シラップ」は、糖質の微結晶が残存しないように十分に溶解させた後、10℃の恒温室にて1週間放置後、α,α-トレハロースを単独含有するシラップが晶出するのに対し、肉眼により晶出が見られないという安定性を有するものである。
なお、本件発明1の特許性を判断するにあたって、これらの効果を参酌することが認められるべきことは、IV-1の(2-1-3)で検討したとおりである。
(2-2)これに対し、甲第1号証には、固形物当たり20乃至80w/w%のトレハロースを含有しているトレハロース含有糖液が記載され(特許請求の範囲の請求項4)、当該トレハロース含有糖液は還元性を示す澱粉部分分解物に非還元性糖質生成酵素を作用させる方法により製造されたものであり、トレハロースの他にグルコース、マルトース、マルトトリオースなどの還元性糖質を含有するものであることが記載されており(【0007】)、当該トレハロース含有糖液のうち、固形物あたりのトレハロースの含有量が20?33.6w/w%のものは、トレハロース、グルコース、マルトース、マルトトリオースについては、本件発明1のトレハロース含有シラップと同じ糖組成を有する場合を含むと解される。また、甲第1号証には、トレハロース含有糖液を濃縮し、シラップ状製品とすることについても記載されている(【0008】)。
しかしながら、甲第1号証には、固形物当たり20乃至80w/w%のトレハロースを含有しているトレハロース含有糖液のうち特に固形物あたりのトレハロースの含有量が20?33.6w/w%のものが、トレハロースの含有量がより多いものに比べて、安定性に優れる好適なものであることは記載も示唆もされていない。
そうすると、甲第1号証の記載に基づいて、α,α-トレハロース18.5重量部に対して、グルコース、マルトース、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し、糖質が、グルコース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)35重量部以上からなる糖組成とすることにより、糖類の晶出しにくい安定なシラップが得られることは、容易に導かれることであるとは認められない。
そして、還元性を示す澱粉部分分解物に非還元性糖質生成酵素を作用させる方法により製造されたトレハロース含有糖液には、グルコース、マルトース、マルトトリオースなどの還元性糖質の他にも、α-グリコシルトレハロースが副生成物として含まれているものと認められるから、この点で、甲第1号証に記載されたトレハロース含有糖液の糖組成は、本件発明1のトレハロース含有シラップの糖組成と相違するものであり、甲第1号証の記載に基づき、固形物あたりのトレハロースの含有量が20?33.6w/w%の上記製法によるトレハロース含有糖液を濃縮し、シラップ状製品としても、当該シラップはα-グリコシルトレハロースを含有する点で本件発明1のトレハロース含有シラップと相違するものであり、当該シラップは本件発明1から除外されているものである。
また、この点は、本件発明1のトレハロース含有シラップのデキストロース・エクイバレント(DE)を50未満と特定することにより、変更されるものではない。
(2-3)また、甲第2号証には、トレハロース、およびトレハロースに対して1?10倍量の、構成糖の重合度が3?10であるオリゴ糖を溶解した水溶液を食品に含浸させることにより、当該食品の冷凍による品質劣化を防止することが記載され、使用するオリゴ糖として、マルトトリオースおよびマルトテトラオースが例示されているから、甲第2号証の上記糖水溶液には、本件発明1と同様の糖組成のものが含まれる。
しかしながら、甲第2号証には、当該糖水溶液をα,α-トレハロース18.5重量部に対して、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種または2種の糖質35重量部以上からなる糖組成とすることは記載されていないし、そのような糖組成が糖類の晶出しにくい安定なシラップを得るうえで好適であることは、記載も示唆もされていない。
してみると、甲第2号証の記載に基づいて、α,α-トレハロース18.5重量部に対して、マルトトリオース、及びマルトテトラオースから選ばれる1種または2種の糖質35重量部以上からなる糖組成とすることにより、糖類の晶出しにくい安定なシラップが得られることは、容易に導かれることであるとは認められない。
また、この点は、本件発明1のトレハロース含有シラップのデキストロース・エクイバレント(DE)を50未満と特定することにより、変更されるものではない。
(2-4)以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件発明2?4は本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有シラップに係る発明であり、本件発明5?7は本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有シラップを含有せしめる組成物の製造方法に係る発明であり、本件発明8、9、11は糖組成を本件発明と同様にすることを特徴とする、トレハロース含有シラップの晶出抑制方法に係る発明であり、本件発明10はトレハロース含有シラップに対し本件発明1と同様の糖組成になるように使用される晶出抑制剤に係る発明であり、本件発明12、13は本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有シラップの製造方法に係る発明であるから、本件発明1が甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、これらの発明についても、同様の理由により、甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

V.むすび
以上のとおり、本件特許明細書の記載は、本件発明1?13について、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないとはいえず、また、本件発明1?13は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものとはいえないから、本件発明1?13についての特許は特許法第123条第1項第4号ないし特許法第123条第1項第2号の規定により無効とすべきものであるとの審判請求人の主張は採用できない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2007-02-15 
結審通知日 2004-03-31 
審決日 2004-04-13 
出願番号 特願平8-112159
審決分類 P 1 112・ 121- Y (A23L)
P 1 112・ 536- Y (A23L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 引地 進  
特許庁審判長 河野 直樹
特許庁審判官 種村 慈樹
田中 久直
鈴木 恵理子
鵜飼 健
登録日 2000-07-07 
登録番号 特許第3084609号(P3084609)
発明の名称 トレハロース含有シラップ  
代理人 松井 茂  
代理人 須磨 光夫  
代理人 安江 邦治  
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