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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16D
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16D
管理番号 1196246
審判番号 不服2008-2672  
総通号数 114 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-06-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-02-07 
確定日 2009-04-23 
事件の表示 平成10年特許願第296783号「一方向クラッチ」拒絶査定不服審判事件〔平成12年 4月25日出願公開、特開2000-120730〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成10年10月19日の特許出願であって、平成19年12月27日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成20年2月7日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年2月21日付けで明細書に対する手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされたものである。
その後、当審において、平成20年10月28日(起案日)付けで審尋がなされ、同年12月18日に審尋に対する回答書が提出されたものである。

2.本件補正の却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]

2-1.本件補正の内容

本件補正は、平成18年10月23日付けの手続補正にて補正された特許請求の範囲の請求項1に記載の
「【請求項1】 鋼製のシェル形外輪の内径面に周方向に傾斜した複数のカム面が設けられ、これらの各カム面と対向する位置に鋼製の転動体が保持器で保持され、これらの転動体が、前記カム面でロックされる方向に鋼製のばねで押圧され、前記鋼製の外輪の表面に金属めっきが施された海釣り用リールに装着される一方向クラッチにおいて、前記転動体とばねをステンレス鋼で形成し、前記外輪の表面に、前記金属めっきとして無電解ニッケルめっきを施したことを特徴とする一方向クラッチ。」を、
「【請求項1】 絞りしごき加工で成形される鋼製のシェル形外輪の内径面に周方向に傾斜した複数のカム面が設けられ、これらの各カム面と対向する位置に鋼製の転動体が保持器で保持され、これらの転動体が、前記カム面でロックされる方向に鋼製のばねで押圧され、前記鋼製の外輪の表面に金属めっきが施された海釣り用リールに装着される一方向クラッチにおいて、前記転動体とばねをステンレス鋼で形成し、前記外輪の表面に、前記金属めっきとして無電解ニッケルめっきを施したことを特徴とする一方向クラッチ。」
と補正するものである。(なお、下線部は、対比の便のため当審において付したものである。)

2-2.補正の適否

本件補正は、願書に最初に添付した明細書の段落【0002】「【従来の技術】・・・この一方向クラッチは、薄鋼板を絞りしごき加工で成形したシェル形外輪1の内径面に周方向に傾斜した複数のカム面2が形成され、これらの各カム面2と対向する位置に鋼製のころ3が樹脂製の保持器4で保持され、保持器4に取り付けられた鋼製のばね5で、各ころ3がカム面2でロックされる方向に押圧されている。・・・」の記載に基づいて、補正前の「鋼製のシェル形外輪」を「絞りしごき加工で成形される鋼製のシェル形外輪」と限定するものである。
すなわち、本件補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとして認めることができ、かつ、補正前の各請求項に記載した発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題を変更することのない範囲内において行われたものであり、更に構成を限定したものに相当するものであるから、特許請求の範囲の減縮に該当するものである。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当するものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項追加禁止に違反するものではない。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(1)本願補正発明

本願補正発明は、平成18年10月23日付け手続補正、及び本件補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、上記「2-1.本件補正の内容」に示した本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

(2)引用刊行物とその記載事項

刊行物A.特開平8-336348号公報
刊行物B.特開平9-177836号公報
刊行物C.特開平6-313434号公報
刊行物D.特開平7-301241号公報

(刊行物A)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物A(特開平8-336348号公報)には、「魚釣用リールの逆転防止装置」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は魚釣用リールの回転軸を逆転防止と逆転可能に切換できるようにした魚釣用リールの逆転防止装置の改良に関するものである。」

(イ)「【0006】前記カラー6の外側にはころがり部材7が嵌合するガイド溝孔8を形成しかつころがり部材7を前後両側から支承した環状保持体9が回転自在に嵌着されると共に該環状保持体9はリール本体4に固着された環状外枠10にの径方向の内側に回動可能に嵌着し、前記ころがり部材7の外方移動が規制されており、また前記ガイド溝孔8には嵌合するころがり部材7をカラー6に対して楔作用をする方向に付勢する発条11が設けられ、クラッチ本体12を形成しており、回転軸筒3がローター1の釣糸捲取り方向に回動するときはその回転を許容し、回転軸筒3が逆転しようとすると、ころがり部材7の楔作用により回転軸筒3はカラー6を介して逆転を阻止されるように構成されている。」

(ウ)「【0013】図11乃至図16に示す実施例は、前記実施例がクラッチ本体12を略円盤状に形成したのに対し、クラッチ本体12を軸方向に長い略円筒状に形成し、各円筒状ころがり部材7の軸方向の長い周側面による楔作用によって径方向に大型化することなく回転部材と固定部材との間に装着できるようにして魚釣用リールのローターやリール本体のギャボックス内等の限られたスペースに装着するのに適するようにしたものであり、図13乃至図15はその円筒状環状体9と円筒状環状外枠10の変形例である。
【0014】即ち図13は鋼板を浸炭焼き入れ処理して、絞り加工で筒状に形成し、窒化処理や他の耐蝕処理がなされた略円筒状の環状外枠10の上部に回動操作部材13の長孔18を設けると共に環状外枠10の上端に閉鎖板10′を圧入して形成したものであり、・・・(以下、略)」

そうすると、上記記載事項(ア)?(ウ)及び図面の記載からみて、上記刊行物Aには次の発明(以下、「刊行物A発明」という。)が記載されているものと認められる。

「鋼板を絞り加工して形成された略円筒状の環状外枠10を有し、該環状外枠10の内側にはころがり部材7が嵌合するガイド溝孔8を形成し、ころがり部材7を前後両側から支承した環状保持体9が回転自在に嵌着され、前記ガイド溝孔8には嵌合するころがり部材7をカラー6に対して楔作用をする方向に付勢する発条11が設けられ、環状外枠10に耐蝕処理がなされた、魚釣用リールの逆転防止装置。」

(刊行物B)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物B(特開平9-177836号公報)には、「一方向クラッチ」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(エ)「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、産業機械用や事務機器用の一方向クラッチに関し、さらに詳しくは、クラッチ機能の高い信頼性は要求されるが、耐ラジアル荷重能力は比較的要求されない一方向クラッチに関する。」

(オ)「【0003】すなわち、外輪3には軸受鋼等のような硬度及び耐摩耗性を備えた材料が使用されており、その両端面にはラジアル軸受として焼結金属製の滑り軸受2が圧入されている。また、その保持器1及びばね5は樹脂製又はステンレス製である。」

(カ)「【0011】図1に示すように、軸受鋼等のような硬度及び耐摩耗性を備えた材料が使用された外輪14に、樹脂製の保持器部11及びラジアル軸受としての樹脂製の滑り軸受部12が一体化された軸受付保持器10、及びラジアル軸受としての滑り軸受13が圧入され、上記軸受付保持器10には樹脂製又はステンレス製のころからなる転動体15及びばね16が配置されている。」

そうすると、上記記載事項(エ)?(カ)及び図面の記載からみて、上記刊行物Bには次の発明(以下、「刊行物B発明」という。)が記載されているものと認められる。

「軸受鋼が使用された外輪14を有し、ステンレス製の転動体15及びばね16を有する、一方向クラッチ。」

(刊行物C)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物C(特開平6-313434号公報)には、「耐食性転がり軸受」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(キ)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、洗濯機,釣り具等のように水や海水により錆が発生しやすいものに使用される転がり軸受に関する。」

(ク)「【0006】そこで、本発明は、このような従来の問題点に着目してなされたものであり、ニッケルメッキ層を形成することにより、耐食性を具備すると共に転動体と内・外輪の軌道面との良好な「なじみ性」も得られる耐食性転がり軸受を提供することを目的としている。
【0007】
【課題を解決するための手段】上記の目的を達成する本発明は、外輪,内輪,転動体及び保持器の各部材のうちの合金鋼からなる部材を浸炭又は浸炭窒化した後に熱処理硬化するか、又は焼入熱処理硬化して組み立ててなる転がり軸受において、前記外輪,内輪,転動体および保持器のうち少なくとも一つの部材の表面にニッケルメッキ層を有することを特徴とする。
【0008】ここで、前記転がり軸受はローラクラッチであってもよい。また、前記ニッケルメッキ層は無電解ニッケルメッキ層とすることができる。・・・(以下、略)」

(ケ)「【0029】図7のローラクラッチ1において、2は内周面に複数の凹部3を有する外輪で、その外輪2と内輪4(内輪がない場合は軸)との間に複数の転動体としてのローラ5と、そのローラ5と同数のポケット6及びローラ5を前記凹部3の斜面から離す方向に付勢するスプリング7を備えたプラスチックス製の保持器8が介装されている。
【0030】・・・(中略)・・・ニッケルメッキ層は、上記ローラクラッチ1の鋼材製の外輪2,内輪4のそれぞれの転動面とローラ5の表面に対して、先の実施例1で述べたのと同1条件で無電解ニッケルメッキ処理を施すことにより形成した。・・・(以下、略)。」

(コ)「【0035】・・・なお、上記の各実施例においては、被試験軸受の構成部材である外輪,内輪,転動体および保持器のうち、外輪,内輪,転動体のそれぞれにニッケルメッキ層を形成したものについて説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、それら構成部材のうちの一部の部材にのみニッケルメッキ層を形成した場合も適用可能である。」

(刊行物D)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物D(特開平7-301241号公報)には、「耐食性軸受」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(サ)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、半導体製造用エッチング装置、食品製造機械、製紙機械、屋外駐車設備等、腐食性ガス雰囲気、有機ガス雰囲気、水蒸気、雨水等に曝される軸受、その他、腐食性環境下で使用される転がり軸受のうち、特に、耐熱耐食性(加熱後の耐食性)、耐打ち傷性を要求される耐食性軸受に関する。」

(シ)「【0005】一方、SUS440C等のマルテンサイト系ステンレス鋼は、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼に比べ、耐食性にやや劣り、食品製造機械、製紙機械等の有機ガス、水蒸気等に曝される環境下では、発錆による軸受の機能低下が見られる場合もある。また、SUJ2(軸受鋼)材にくらべて高価である。そして、無電解ニッケルめっきで十分な耐食性を得ようとする場合、20μm以上のめっき厚みが必要で、その場合、軸受の寸法精度を上げるため、後加工が必要である。また、寸法精度劣化防止のためにめっき膜厚を2?3μmに抑えた場合、被膜のピンホール等、母材を完全に覆わない部分が発生し、水分等が付着した際、母材金属(鉄系)と被膜金属(ニッケル)の間にガルバニック腐食(水分の付着により局部電池を構成し、電流が流れて腐食する現象)を生じ、逆に母材の腐食を促進してしまう結果となる。また、被膜の耐摩耗性、硬度を上げるために、加熱処理を施した場合、被膜の硬化に伴なうめっき層のクラック発生が起こり、耐食性を低下させたり、軸受鋼(SUJ2)に処理した場合には、軸受鋼の焼き戻し温度(180℃)を越えているため、下地(軸受鋼)の硬度低下、変形等を生じる結果となる。」

(3)対比・判断

本願補正発明と刊行物A発明を対比する。
刊行物A発明の「環状外枠10」は、「鋼板」を「絞り加工」して形成される(上記記載事項(ウ))ものであるから、本願補正発明の「シェル形外輪」ないし「外輪」に相当し、刊行物A発明の「ころがり部材7」、「環状保持体9」及び「発条11」は、それぞれ、本願補正発明の「転動体」、「保持体」及び「ばね」に相当するものである。
そうすると、刊行物A発明の「鋼板を絞り加工して形成された略円筒状の環状外枠10を有し、該環状外枠10の内側にはころがり部材7が嵌合するガイド溝孔8を形成し」は、その加工方法や材質を別途検討することとして、その機能からみると、本願補正発明の「鋼製のシェル形外輪の内径面に周方向に傾斜した複数のカム面が設けられ」に相当し、以下同様に、「ころがり部材7を前後両側から支承した環状保持体9が回転自在に嵌着され」は「これらの各カム面と対向する位置に(鋼製の)転動体が保持器で保持され」に相当し、「前記ガイド溝孔8には嵌合するころがり部材7をカラー6に対して楔作用をする方向に付勢する発条11が設けられ」は「これらの転動体が、前記カム面でロックされる方向に(鋼製の)ばねで押圧され」に相当し、「魚釣用リールの逆転防止装置」は「海釣り用リールに装着される一方向クラッチ」ないし「一方向クラッチ」に相当するということができる。

したがって、本願補正発明の用語にならってまとめると、両者は、
「鋼製のシェル形外輪の内径面に周方向に傾斜した複数のカム面が設けられ、これらの各カム面と対向する位置に転動体が保持器で保持され、これらの転動体が、前記カム面でロックされる方向にばねで押圧された、海釣り用リールに装着される一方向クラッチ。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
上記シェル形外輪について、本願補正発明が、「絞りしごき加工で成形」したのに対し、刊行物A発明は、絞り加工して形成した点。

[相違点2]
本願補正発明が、上記外輪を「鋼製」とし、「転動体とばねをステンレス鋼で形成」するとともに、「前記鋼製の外輪の表面に金属めっきとして無電解ニッケルめっきを施した」のに対し、刊行物A発明は、上記外輪は鋼製としているものの、転動体とばねの材質については明らかではなく、かつ、外輪(環状外枠10)には耐蝕処理が施されているものの、その具体的手段について明らかではない点。

[相違点1についての検討]
上記相違点1における本願補正発明の「成形」と刊行物A発明の「形成」は、表現の相違はあるものの、技術上の有意な差異はない。そうすると、鋼板から外輪をどのような成形手段によって加工あるいは成形するかは、当業者が、仕上がりの具体的形状、成形材料の材質、寸法精度など、さまざまな条件を考慮して適宜決定する設計的事項であるものというべきところ、上記のような鋼板の成形手段として、絞りしごき加工は周知技術(例えば、特開平4-231722号公報の段落【0004】参照)であって、上記成形手段は技術分野を問わず当業者が適宜選択して採用できるものであるから、刊行物A発明における絞り加工に代えて、絞りしごき加工を採用して、上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものである。

[相違点2についての検討]
次に、一方向クラッチを構成する部材の材料としてどのような材料を選択するかは、一般には、当業者が、合金鋼、合成樹脂、アルミニウムなど多様な材料から適宜選択し、さらに必要があればさまざまな熱処理や表面処理も適宜実施している設計的事項というべきところ、刊行物Bには、「軸受鋼が使用された外輪14を有し、ステンレス製の転動体15及びばね16を有する、一方向クラッチ」の発明が記載されており、防錆性に関する具体的な記載はないものの、上記相違点2に係る一方向クラッチを構成する部材の材質、すなわち、外輪を「鋼製」とし、転動体とばねをステンレス鋼からなる一方向クラッチが記載されている。この一方向クラッチを構成する材料は、何れも特異な材料ではなく、かつ、その組合せを阻害する事情もないことは明らかであるから、刊行物A発明の一方向クラッチを構成する部材の材質として、刊行物B発明の一方向クラッチの材質を採用することは、当業者が適宜実施できることである。
ところで、上記のような金属材料からなる一方向クラッチを海釣りなどの用途に用いる場合、海水に対する錆びの対策は、当業者が当然考慮すべき事項である。なぜなら、海水が電解質として作用する環境下では、一方向クラッチを構成する異なる種類の金属材料が電気的に接触し、腐食を促進するからである。この腐食は、相互に接触している金属の電位差が大きいほど影響が大きい。そして、このような異種金属が接触することに起因する腐食を防止する対策は、技術分野に関わりないものであって、要するに異種金属が電気的に接触することの影響を小さくすればよく、そのための具体策として、絶縁することや接触する異種金属の間の電位差を小さくすることは、その原理から自明あるいは技術常識といえる事項である(この点に関して、特開平9-168352号公報の段落【0031】?【0032】には魚釣り用リールの構成部材の材質に応じて相互に接触する部材を選定すべきことが示唆されている。また、特開平10-204665号公報の段落【0002】?【0003】には、釣り具の電気化学的腐食防止構造について電溶圧の異なる二部品が海水等を介して導通して電気化学的腐食が発生することが記載されている。)。
そうだとすると、刊行物A発明の魚釣用リールに、刊行物B発明に記載された一方向クラッチの構成部材の材質の組合せを適用し、異種金属が接触することに起因する腐食に関する上記技術常識や、鋼製の外輪に耐蝕処理をすることを示唆した上記刊行物Aの記載事項(ウ)を踏まえて、異種金属が接触する一方向クラッチの構成部材の材料の電位差を近づけて海水等に対する上記電気化学的腐食を防止することは当業者が容易に想到できることである。そして、上記電位差を近づける手段を選択することは、設計的事項というべきところ、異種金属接触の電位差による腐食を防止するためにステンレス鋼と接触する相手部材を無電解ニッケルメッキによって被覆することは周知技術(例えば、特開平4-300487号公報の段落【0030】参照)であることに加えて、一方向クラッチの分野や類似する軸受の分野においても、錆の防止のために無電解ニッケルメッキで外輪、内輪、転動体、ばねなどを必要に応じて被覆することも周知技術(例えば、上記刊行物Cの記載事項(ク)及び(コ)、上記刊行物Dの記載事項(シ)参照)として適宜実施されていることに照らせば、刊行物A発明に刊行物B発明及び上記周知技術を適用して、上記相違点2に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものというべきであり、本願補正発明が、一方向クラッチに上記技術常識を踏まえた上で上記周知技術を適用するにあたって、更に格別の工夫をしたなど、上記容易想到性を覆すような点も見あたらない。

また、本願補正発明が奏する「以上のように、この発明の一方向クラッチは、鋼製の外輪と転動体、場合によってはばねも含めて、これらの部品表面に金属めっき処理や絶縁皮膜処理を施し、各部品表面間の電位差をなくすか、もしくは非常に近い電位差とすること、または、各部品表面間を絶縁することにより、各部品の電解腐食を防止するとともに、前記金属めっきや絶縁皮膜で各部品を防錆するようにしたので、海浜等の腐食や錆びが生じやすい環境で使用されても、優れた防錆防食性能を発揮することができる。」(本願明細書の発明の詳細な説明の段落【0028】参照)といった効果は、上記技術常識を前提に、刊行物A発明、刊行物B発明、及び上記周知技術から導かれる一般的なものであって、いずれも当業者が予測できるものである。

以上のとおり、本願補正発明は、刊行物A発明、刊行物B発明、及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)審判請求人の主張について
審判請求人は、平成20年2月21日付けの審判請求書の手続補正書において、
「引用文献1には、・・・本願発明のように、厳しい防錆性能と防食性能が要求される海釣り用リールの使用環境に対して、転動体とばねをステンレス鋼で形成し、シェル形外輪の表面に無電解ニッケルめっきを施すことを示唆する記載もない。・・・
引用文献2・・・この外輪14はシェル形外輪ではなく、本願発明のように無電解ニッケルめっきを施すことの記載も、これを示唆する記載もない。
引用文献6・・・この無電解ニッケルめっき層は、少なくとも一つの部材の表面に形成されて、個々の部材の防錆性能のみを確保するためのものであり、本願発明のように、互いに接触する鋼製部品間の電位差に起因する電解腐食を防止するものではない。
引用文献7・・・本願発明が問題とした各鋼製部品間の電位差によるガルバニック腐食を説明するものではない。」(審判請求書の手続補正書【本願の発明が特許されるべき理由】(c)の項参照)などと主張するとともに、平成20年12月18日付けの審尋に対する回答書においても同旨のことを主張して、本願は特許されるべき旨主張している。
確かに、各文献に記載された事項は、本願補正発明と個別に比較する限りにおいて、審判請求人の主張も首肯できる点はある。しかしながら、外輪を絞りしごき加工で成形することは、本願の当初明細書にも従来の技術として行われていることが記載されているところ、この点が周知技術であることは上記相違点1についての検討において説示したとおりである。さらに、一方向クラッチの外輪、転動体及びばねを構成する材料の組合せとして、それぞれ、外輪を鋼とし、転動体とばねをステンレス鋼とすることは、刊行物Bに記載されており、この組合せを刊行物A発明の一方向クラッチに適用することは、当業者に何ら困難性がないことは上記相違点2についての検討に説示したとおりである。さらに、本願補正発明が、海釣り用リールに上記一方向クラッチを適用するにあたって採用した各部品の表面の電位差に起因して発生する錆を防止する手段は、いずれも、技術常識に沿って周知技術を適用したものであって、一方向クラッチに特有の工夫などはなされていないものである以上、この点に当業者が容易に想到できないような困難があるとは認められない。
よって、請求人の主張は採用できない。

(5)むすび

以上のとおり、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

(1)本願発明

平成20年2月21日付け手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明は、平成18年10月23日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は以下のとおりのものである。

「【請求項1】 鋼製のシェル形外輪の内径面に周方向に傾斜した複数のカム面が設けられ、これらの各カム面と対向する位置に鋼製の転動体が保持器で保持され、これらの転動体が、前記カム面でロックされる方向に鋼製のばねで押圧され、前記鋼製の外輪の表面に金属めっきが施された海釣り用リールに装着される一方向クラッチにおいて、前記転動体とばねをステンレス鋼で形成し、前記外輪の表面に、前記金属めっきとして無電解ニッケルめっきを施したことを特徴とする一方向クラッチ。」

(2)引用刊行物

刊行物A.特開平8-336348号公報
刊行物B.特開平9-177836号公報
刊行物C.特開平6-313434号公報
刊行物D.特開平7-301241号公報

(3)対比・判断

本願発明は、上記本願補正発明から鋼製のシェル形外輪に関する「絞りしごき加工で成形される」点の限定を省いたものに相当する。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定した本願補正発明が、上記「2-2.(3)対比・判断」に示したとおり、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記限定を省いた本願発明も同様の理由により、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)むすび

以上のとおり、本願発明、すなわち、本願の請求項1に係る発明は、刊行物A及び刊行物Bに記載された発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。



 
審理終結日 2009-02-18 
結審通知日 2009-02-24 
審決日 2009-03-09 
出願番号 特願平10-296783
審決分類 P 1 8・ 575- Z (F16D)
P 1 8・ 121- Z (F16D)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 増岡 亘  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 山岸 利治
戸田 耕太郎
発明の名称 一方向クラッチ  
代理人 鳥居 和久  
代理人 東尾 正博  
代理人 鎌田 文二  
代理人 田川 孝由  

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