• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) F16C
管理番号 1197500
審判番号 不服2007-28012  
総通号数 115 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-10-11 
確定日 2009-05-11 
事件の表示 特願2006-29301「車輪用軸受装置」拒絶査定不服審判事件〔平成19年8月23日出願公開、特開2007-211791〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成18年2月7日の出願であって、その請求項1?4に係る発明は特許を受けることができないとして、平成19年8月31日付けで拒絶査定がされたところ、平成19年10月11日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。
そして、本願の請求項1?3に係る発明は、平成19年3月12日、及び平成21年3月9日付けの手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。なお、平成19年6月18日付けの手続補正は、前審において平成19年8月31日付けで決定をもって却下され、また、平成19年11月12日付けの手続補正は、当審において平成20年11月21日付けで決定をもって却下された。
「【請求項1】
内周に複列の外側転走面が形成された外方部材と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周にこの車輪取付フランジから軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材の両転走面間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の開口部に装着されたシールとを備えた車輪用軸受装置において、
前記シールのうち少なくともインナー側のシールは、断面が略L字状に形成されて互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とからなり、当該スリンガが前記内方部材に外嵌される円筒部と該円筒部から径方向外方に延びる立板部とを有し、前記シール板は、前記外方部材に内嵌される円筒部と該円筒部から径方向内方に延びる立板部からなる芯金と、該芯金に一体に加硫接着されたシール部材と、該芯金の立板部から外径方向に傾斜しつつ軸方向に延び、当該シール部材に形成された先端が前記スリンガの立板部に所定の接触荷重を持ちつつ摺接され得る径方向内外の2枚のサイドリップと、先端が前記スリンガの円筒部に対して所定の緊迫力を持って摺接され得る1枚のグリースリップとを具備し、該グリースリップが根元から前記スリンガの立板部と反対側に傾斜して延び、かつ、該グリースリップが前記スリンガの円筒部に摺接しており、少なくとも前記シールの前記外方部材と内方部材との間への装着前において、前記グリースリップのシール板を前記スリンガから離間させようとする力に対して抗する方向に働く力が、前記2枚のサイドリップのシール板を前記スリンガから離間させようとする方向に働く力の合計よりも大きくなるように設定されて当該シール板とスリンガとが組み合わされた状態で軸受に組付けられるとともに、前記芯金の円筒部の外周面の一部に前記シール部材が回り込んで固着されていることを特徴とする車輪用軸受装置。」

2.本願出願前に日本国内において頒布され、当審において平成20年12月12日付けで通知した拒絶理由において引用した刊行物に記載された発明及び記載事項
(1)刊行物1:特開2003-161372号公報
(2)刊行物2:実願平1-22485号(実開平2-113021号)のマイクロフィルム
(3)刊行物3:実願平1-3170号(実開平2-93569号)のマイクロフィルム
(4)刊行物4:特開2003-314698号公報

(刊行物1)
刊行物1には、「密封装置」に関して、図面(特に、図1及び5を参照)とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(a)「本発明は、例えば軸受装置等に機密性や液密性を保つ等のために設けられる密封装置に関する。」(第2頁第1欄第35?37行、段落【0001】参照)
(b)「図1は、本発明の実施形態1に係る密封装置を示す上半分の断面図である。図中、10Aはいわゆるパックシールと呼ばれる密封装置である。この密封装置10Aは、径方向内外に相対回転自在に配置される二つの部材40、50間に配設されて、前記二つの部材40、50の間の環状空間を軸方向で仕切るものである。この密封装置10Aは、シールリング20と、スリンガー30とを組み合わせて構成される。
シールリング20は、前記二つの部材40、50のうち一方部材40に嵌合装着され、断面ほぼ逆向きコの字状の環状芯金21に、ラジアルリップ23aと二つのアキシャルリップ24a、24bとを被着した構成である。
スリンガー30は、前記二つの部材40、50のうち他方部材50に嵌合装着され、金属板をプレス加工した断面ほぼ逆向きL字状に形成されており、円筒部30aと、この円筒部30aの一方の軸端から径方向外向きに延びる環状板部30bとを有している。
そして、シールリング20のラジアルリップ23aは、環状芯金21の内筒部21aの自由端側から付け根側へ向けて径方向斜め内向きに延出されており、スリンガー30の円筒部30aの外周面に対して当接されて接触密封部を作る。
また、上記第1のアキシャルリップ24aは、環状芯金21の内筒部21aの付け根側から自由端側へ向けて径方向斜め外向きに延出されており、スリンガー30の環状板部30bに対して当接されて接触密封部を作る。
また、上記第2のアキシャルリップ24bは、環状芯金21の内筒部21aの自由端側から外側へ向けて径方向斜め外向きに延出されており、第1のアキシャルリップ24aよりも内径側に配置されている。このアキシャルリップ24bは、スリンガー30の環状板部30bに対して当接されて接触密封部を作る。」(第3頁第3欄第18行?第4欄第1行、段落【0017】?【0022】参照)
(c)「本発明では、上述した実施形態1?4に示す密封装置10A?10Dの緊迫力を軽減して、トルク低減を図るように、以下のような工夫を施している。
まず、上記実施形態1、2に示す密封装置10A、10Bでは、単一のラジアルリップ23aについて、また、上記実施形態3、4に示す密封装置10C、10Dでは、二股のラジアルリップ23b、23cのうちの補助ラジアルリップ23cについて、それぞれの長さAと付け根の肉厚Bとの関係を、A/B=1.42以上に設定している。
このような設定にすれば、ラジアルリップ23a、23cの腰が柔軟になるために、内側部材50あるいはスリンガー30に対する緊迫力、つまり接触圧が軽減されることになる。これにより、ラジアルリップ23a、23cの内側部材50あるいはスリンガー30に対する摺動抵抗が軽減されることになるので、トルク低減が可能となる。」(第4頁第5欄第11行?第6欄第6行、段落【0034】?【0036】参照)
(d)「補助ラジアルリップ23cの締め代を0.1mm以下に設定すれば、A/Bの値に拘わらず、ラジアルリップ23b、23cの合計緊迫力は従来例よりも小さくできることが判る。」(第6頁第9欄第19?22行、段落【0044】参照)
(e)「上記実施形態3の密封装置10Cにおいて、補助ラジアルリップ23cの長さAと付け根の肉厚Bとの比A/B=1.42以上とすることに加え、締め代を0.1mm以下に設定することにより、補助ラジアルリップ23cと主ラジアルリップ23bとの合計の緊迫力が従来例に比べて最も効果的に軽減されることになる。つまり、主ラジアルリップ23b、補助ラジアルリップ23cのスリンガー30に対する摺動抵抗が軽減され、トルク低減が可能となる。
なお、以上述べたいずれの試験も、実施形態1、2および4に示す密封装置10A、10B、10Dを用いた試験は行っていないが、上記のような実施形態3の密封装置Cを用いた試験結果とほぼ同様の結果が得られるものと推定される。
また、以上述べたように緊迫力を低減しても、密封装置10のシール性能は従来例と遜色ないことが試験により判ったので、説明する。」(第6頁第9欄第37行?第10欄第3行、段落【0048】?【0050】参照)
(f)「密封装置10A?10Dは、例えば図5に示すような車両用軸受装置などに使用される。
図例の車両用軸受装置は、ハブホイール2と、複列転がり軸受3とを備えている。
ハブホイール2は、その外周面の車両アウタ側には径方向外向きのフランジ4が形成されており、このフランジ4に対して不図示のブレーキディスクロータや車輪が取り付けられる。ハブホイール2の外周面においてフランジ4よりも車両インナ側の領域は、下記複列転がり軸受3において車両アウタ側の玉7群の内輪軌道面5とされる。
複列転がり軸受3は、二列の軌道溝を有する単一の外輪6と、二列で配設される転動体としての複数の玉7と、二つの冠形保持器8と、一列の軌道溝を有する内輪9を備えており、上記ハブホイール2においてフランジ4よりも車両インナ側に設けられた拡径部の外周部を内輪軌道面5とする構成になっている。外輪6の外周面の軸方向中間には径方向外向きのフランジ3aが設けられており、このフランジ3aが、車体の一部である不図示のナックルに対して取り付けられる。
このような車両用軸受装置1において、複列転がり軸受3の車両インナ側に対して実施形態1および2に係る密封装置10A、10Bが、車両アウタ側に対して実施形態3および4に係る密封装置10C、10Dが、それぞれ装着されることにより、この車両用軸受装置1を使用する車両の燃費や走行性能が向上し、またシール部材の寿命を延ばすこともできる。また車両の走行騒音の低減にもつながり、好ましい。」(第6頁第28行?第7頁第6行、段落【0056】?【0060】参照)
したがって、刊行物1には、下記の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認める。
【引用発明】
内周に複列の外側転走面が形成された外輪6又は一方部材40と、
一端部に車輪を取り付けるためのフランジ4を一体に有し、外周にこのフランジ4から軸方向に延びる小径段部が形成されたハブホイール2、およびこのハブホイール2の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪9からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内輪軌道面5が形成された他方部材50と、
この他方部材50と前記外輪6又は一方部材40の両転走面間に冠形保持器8を介して転動自在に収容された複列の玉7と、
前記外輪6又は一方部材40と他方部材50との間に形成される環状空間の開口部に装着された密封装置10とを備えた車両用軸受装置1において、
前記密封装置10のうち少なくともインナー側の密封装置10Aは、断面ほぼ逆向きL字状に形成されて互いに対向配置されたスリンガー30と環状のシールリング20とからなり、当該スリンガー30が前記他方部材50に嵌合接着される円筒部30aと該円筒部30aから径方向外向きに延びる環状板部30bとを有し、前記シールリング20は、前記外輪6又は一方部材40に嵌合接着される円筒部と該円筒部から径方向内方に延びる立板部と該立板部の先端から延びる内筒部21aとからなる環状芯金21と、該環状芯金21に一体に加硫接着されたシール部材と、環状芯金21の内筒部21aの付け根及び自由端から径方向斜め外向きに延出し、当該シール部材に形成された先端が前記スリンガー30の環状板部30bに所定の緊迫力を持ちつつ当接して接触され得る径方向内外の2枚のアキシャルリップ24a、24bと、先端が前記スリンガー30の円筒部30aに対して所定の緊迫力を持って摺接され得る1枚のラジアルリップ23aとを具備し、該ラジアルリップ23aが付け根から前記スリンガー30の環状板部30bと反対側に傾斜して延出し、かつ、該ラジアルリップ23aが前記スリンガー30の円筒部30aに当接して接触している車両用軸受装置1。

(刊行物2)
刊行物2には、「ベアリングシール」に関して、図面(特に、図3及び4を参照)とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(g)「本考案は、相対的に回転する二部材間に装着されその内部と外部とを密封するシール材に関し、具体的には軸受け部であるベアリングに取り付けられるベアリングシールの形状改良に関する。」(第2頁第3?6行)
(h)「第3図に示すように、前記形状のベアリングシールAに略L字形をなすスリンガー4を組み合わせ、その内周面にシールリップ2を摺接せしめた構造とすることも可能である。」(第4頁第8?11行)
(i)「第3図に示すように該ベアリングシールAに略L字形状のスリンガー4を組み合わせる場合、予めこの二部材A・4を組み付けた後該スリンガー4の外側面を押し付けて嵌入を図る。この構造では、まずベアリングシールAの周縁部がベアリングの外輪端面に接触しその圧入を拒むが、ここで軸方に突出するシールリップ2と剛性のある突出リング3がスリンガー4の内側面に接触し、これをさらに圧入するとベアリングシールA全体を押し動かしてその嵌合部分まで移動せしめ適位置での装着を見せる。」(第5頁第7?17行)
(j)「スリンガー3を組み合わせる場合は軸方向に突出するシールリップ2側に多くの部分を持たしめるのが前記圧入作業を確実に行うことが出来るので好ましい構造となる。
また、前記スリンガー4を、第4図のように突出リング3に接しない形状とすることもでき、この構造では該突出リング3と該スリンガー4を同時に押し込む嵌入方法が好ましい方法となる。
また、本考案の説明及び図面では何れも軸方向に突出するシールリップ2を用いたが、径方向に拡がるシールリップにこれを用いても一向に差し支えない。」(第6頁第1?13行)

(刊行物3)
刊行物3には、「密封装置」に関して、図面とともに、下記の技術的事項が記載されている。
(k)「本考案は、各種の流体やダストなどをシールするために用いられる密封装置に関する。」(第2頁第10及び11行)
(l)「軸受の内輪と外輪のように相対に運動する2部材がある場合、軸受外部のダストが内部へ侵入したり、軸受内部のグリースが外部へ漏出したりすることのないように、内外両輪の間に密封装置が装着されており、この密封装置として、ゴム状弾性材製の弾性リップを備えたリップシール(オイルシール)が多用されている。
前記リップシールは、一般に複数の弾性リップを備え、少なくとも2本の弾性リップを軸方向に並べて両リップを背向させている。両リップのうち、受圧面を軸受の外側に向けたリップが対ダストのシールを担当し、受圧面を軸受の内部に向けたリップが対グリースのシールを担当している。
前記リップシールは、軸受の内輪と外輪の何れか一方、例えば外輪の内周に気密的に取り付けられて両リップを内輪の外周面に摺接させるが、内輪が摺接に適しないものである場合や当該軸受が泥水中で使用されて内輪の摩耗が懸念される場合は、内輪の外周にスリーブを気密的に取り付けてこのスリーブに前記リップを摺接させることが行なわれている。この場合、リップ部材とスリーブの組み合わせによってひとつの密封装置が構成され、両者は、軸受に装着される以前においても、1対の組立品として取扱われる。」(第2頁第13行?第4頁第6行)
(m)「上記密封装置において、装着前、リップ部材とスリーブは弾性リップのスリーブに対する緊迫力だけで一体に組み立てられており」(第4頁第8?10行)

3.対比・判断
本願発明と引用発明とを対比すると、それぞれの有する機能からみて、引用発明の「外輪6又は一方部材40」は本願発明の「外方部材」に相当し、以下同様にして、「フランジ4」は「車輪取付フランジ」に、「ハブホイール2」は「ハブ輪」に、「内輪9」は「内輪」に、「内輪軌道面5」は「内側転走面」に、「他方部材50」は「内方部材」に、「冠形保持器8」は「保持器」に、「玉7」は「転動体」に、「密封装置10」は「シール」に、「車両用軸受装置1」は「車輪用軸受装置」に、「密封装置10A」は「シール」に、「断面ほぼ逆向きL字状」は「断面が略L字状」に、「スリンガー30」は「スリンガ」に、「シールリング20」は「シール板」に、「嵌合接着」は「外嵌」に、「円筒部30a」は「円筒部」に、「径方向外向き」は「外方」に、「環状板部30b」は「立板部」に、「嵌合接着」は「内嵌」に、「環状芯金21」は「芯金」に、「径方向斜め外向きに」は「外径方向に傾斜しつつ軸方向に」に、「延出し」は「延び」に、「緊迫力」は「接触荷重」に、「当接して接触」は「摺接」に、「アキシャルリップ24a、24b」は「サイドリップ」に、「ラジアルリップ23a」は「グリースリップ」に、「付け根」は「根元」に、それぞれ相当するので、両者は下記の一致点、及び相違点1?3を有する。
<一致点>
内周に複列の外側転走面が形成された外方部材と、
一端部に車輪を取り付けるための車輪取付フランジを一体に有し、外周にこの車輪取付フランジから軸方向に延びる小径段部が形成されたハブ輪、およびこのハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、外周に前記複列の外側転走面に対向する複列の内側転走面が形成された内方部材と、
この内方部材と前記外方部材の両転走面間に保持器を介して転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と内方部材との間に形成される環状空間の開口部に装着されたシールとを備えた車輪用軸受装置において、
前記シールのうち少なくともインナー側のシールは、断面が略L字状に形成されて互いに対向配置されたスリンガと環状のシール板とからなり、当該スリンガが前記内方部材に外嵌される円筒部と該円筒部から径方向外方に延びる立板部とを有し、前記シール板は、前記少なくとも外方部材に内嵌される円筒部と該円筒部から径方向内方に延びる立板部からなる芯金と、該芯金に一体に加硫接着されたシール部材と、芯金の所定個所から外径方向に傾斜しつつ軸方向に延び、当該シール部材に形成された先端が前記スリンガの立板部に所定の接触荷重を持ちつつ摺接され得る径方向内外の2枚のサイドリップと、先端が前記スリンガの円筒部に対して所定の緊迫力を持って摺接され得る1枚のグリースリップとを具備し、該グリースリップが根元から前記スリンガの立板部と反対側に傾斜して延び、かつ、該グリースリップが前記スリンガの円筒部に摺接している車輪用軸受装置。
(相違点1)
本願発明は、前記芯金が「円筒部と該円筒部から径方向内方に延びる立板部からなる」とともに、前記2枚のサイドリップが「芯金の立板部から外径方向に傾斜しつつ軸方向に延び」ているのに対し、引用発明は、環状芯金21が円筒部と円筒部から径方向内方に延びる立板部と立板部の先端から延びる内筒部21aとからなるとともに、2枚のアキシャルリップ24a、24bが環状芯金21の内筒部21aの付け根及び自由端から径方向斜め外向きに延出している点。
(相違点2)
本願発明は、「少なくとも前記シールの前記外方部材と内方部材との間への装着前において、前記グリースリップのシール板を前記スリンガから離間させようとする力に対して抗する方向に働く力が、前記2枚のサイドリップのシール板を前記スリンガから離間させようとする方向に働く力の合計よりも大きくなるように設定されて当該シール板とスリンガとが組み合わされた状態で軸受に組付けられる」のに対し、引用発明は、そのような構成を具備していない点。
(相違点3)
前記シール部材に関し、本願発明は、「前記芯金の円筒部の外周面の一部に前記シール部材が回り込んで固着されている」のに対し、引用発明は、そのような構成を具備していない点。
そこで、上記相違点1?3について検討する。
(相違点1について)
密封装置において、芯金を外方部材に内嵌される円筒部と円筒部から径方向内方に延びる立板部から構成するとともに、2枚のサイドリップを芯金の立板部から外径方向に傾斜しつつ軸方向に延びるようにすることは、従来周知の技術手段(例えば、刊行物4の図1には、金属環3をハウジング20に内嵌される軸方向部3aと軸方向部3aから径方向内方に延びる径方向部3bから構成するとともに、2枚のサイドリップ6a,6bを金属環3の径方向部3bから外径方向に傾斜しつつ軸方向に延びるようにしている構成が記載されている。)にすぎない。
してみれば、引用発明の環状芯金21及び2枚のアキシャルリップ24a、24bに、上記従来周知の技術手段を適用することにより、上記相違点1に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到し得たものである。
(相違点2について)
引用発明及び刊行物2に記載された技術事項は、ともに軸受の密封装置に関する技術分野に属するものであって、刊行物2には、「第3図に示すように該ベアリングシールAに略L字形状のスリンガー4を組み合わせる場合、予めこの二部材A・4を組み付けた後該スリンガー4の外側面を押し付けて嵌入を図る。」(上記摘記事項(i)参照)、及び「スリンガー3を組み合わせる場合は軸方向に突出するシールリップ2側に多くの部分を持たしめるのが前記圧入作業を確実に行うことが出来るので好ましい構造となる。
また、前記スリンガー4を、第4図のように突出リング3に接しない形状とすることもでき、この構造では該突出リング3と該スリンガー4を同時に押し込む嵌入方法が好ましい方法となる。」(上記摘記事項(j)参照)と記載されている。刊行物2の上記記載からみて、少なくともベアリングシールA及びスリンガー4の外方部材と内方部材との間への装着前において、ベアリングシールA及びスリンガー4が組み合わされた状態で軸受に組付けられることは技術的に自明である。
また、引用発明及び刊行物3に記載された技術事項は、ともに軸受の密封装置に関する技術分野に属するものであって、刊行物3には、「リップ部材とスリーブの組み合わせによってひとつの密封装置が構成され、両者は、軸受に装着される以前においても、1対の組立品として取扱われる。」(上記摘記事項(l)参照)、及び「密封装置において、装着前、リップ部材とスリーブは弾性リップのスリーブに対する緊迫力だけで一体に組み立てられており」(上記摘記事項(m)参照)と記載されている。刊行物3の上記記載からみて、リップ部材1及びスリーブ7は、軸受に装着される以前においても、1対の組立品として取扱われるのであるから、少なくともリップ部材1及びスリーブ7の外輪11と内輪12との間への装着前において、リップ部材1及びスリーブ7が組み合わされた状態で軸受に組付けられることは技術的に自明である。
上記記載からみて、上記刊行物2及び3に記載されたものは、密封装置の軸受への装着前に、特に折曲部などの抜け止め対策を施すことなく、分離しないような軸方向の力関係のみによってシール板とスリンガとを組み合わせた状態で軸受に組付けることが記載又は示唆されているといえる。
してみれば、引用発明の2枚のアキシャルリップ24a、24bと1枚のラジアルリップ23aとからなる回転抵抗を低く抑える密封装置に、刊行物2及び3に記載又は示唆された「密封装置の軸受への装着前に、分離しないような軸方向の力関係のみによってシール板とスリンガとを組み合わせた状態で軸受に組付ける」という技術手段を適用することにより、ラジアルリップ23aをスリンガー30から離間させようとする力に対して抗する方向に働く力が、2枚のアキシャルリップ24a、24bをスリンガー30から離間させようとする方向に働く力の合計よりも大きくなるように設定し、上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到し得たものである。
(相違点3について)
密封装置において、芯金の円筒部の外周面の一部にシール部材を回り込んで固着することは、従来周知の技術手段(例えば、刊行物4の図1には、金属環3の軸方向部3aの外周面の一部にシール部4の嵌合部4aを回り込んで固着している構成が記載されている。)にすぎない。
してみれば、引用発明の環状芯金21に、上記従来周知の技術手段を適用することにより、上記相違点3に係る本願発明の構成とすることは、技術的に格別の困難性を有することなく当業者が容易に想到し得たものである。

また、本願発明の奏する効果についてみても、引用発明、刊行物2及び3に記載された発明、並びに従来周知の技術手段の奏するそれぞれの効果の総和以上の格別顕著な効果を奏するものとは認められない。
したがって、本願発明は、刊行物1?3に記載された発明、及び従来周知の技術手段に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

なお、審判請求人は、意見書(平成21年3月9日付け)において、「本願発明は、・・・スリンガが軸受の組立前においても分離しないように、スリンガの立板部と逆方向を向き、円筒部と接触するグリースリップの緊迫力の軸方向力(緊迫力に軸方向の摩擦係数を掛けたもの)をサイドリップの接触力の軸方向力よりも大きくして組立性を向上させている。このように、グリースリップとサイドリップの軸方向力の関係をもって分離を防止することで、シールの密封性を向上させると共に、軸受への組立性を向上させている。」(「3.本願発明の内容」の項参照)と本願発明の奏する効果について縷々主張している。
しかしながら、上記(相違点1について)?(相違点3について)において記載したように、引用発明に、刊行物2及び3に記載された発明、並びに従来周知の技術手段を適用することは当業者が容易に想到し得たものであるところ、審判請求人が主張する本願発明の奏する上記の効果は、従前知られていた構成が奏する効果を併せたものにすぎず、本願発明の構成を備えることによって、本願発明が、従前知られていた効果を併せたものとは異なる、相乗的で予想外の効果を奏するものとは認められないので、審判請求人の上記主張は採用することができない。

4.むすび
結局、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、その出願前日本国内において頒布された刊行物1?3に記載された発明、及び従来周知の技術手段に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願の請求項2及び3に係る発明について検討をするまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-03-10 
結審通知日 2009-03-11 
審決日 2009-03-30 
出願番号 特願2006-29301(P2006-29301)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (F16C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 瀬川 裕  
特許庁審判長 溝渕 良一
特許庁審判官 常盤 務
戸田 耕太郎
発明の名称 車輪用軸受装置  
代理人 越川 隆夫  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ