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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16H
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16H
管理番号 1197503
審判番号 不服2008-3178  
総通号数 115 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-07-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-02-12 
確定日 2009-05-11 
事件の表示 特願2002-166063「静油圧式無段変速装置」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 1月15日出願公開、特開2004- 11769〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
1.手続の経緯

本願は、平成14年6月6日の特許出願であって、平成19年12月28日(起案日)付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成20年2月12日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、平成20年3月10日付けで明細書に対する手続補正(以下、「本件補正」という。)がなされたものである。なお、平成19年9月6日付けの手続補正は、原審において、平成19年12月28日(起案日)付けで決定により却下されている。
その後、当審において、平成20年10月28日(起案日)付けで審尋がなされ、平成20年12月24日に審尋に対する回答書が提出されたものである。

2.本件補正の却下の決定

[補正却下の決定の結論]
本件補正を却下する。

[理由]

2-1.本件補正の内容

本件補正は、補正前の特許請求の範囲について、次のとおりとする補正を含むものである。なお、下線は、対比の便のため、当審において付したものである。

(1)補正前の特許請求の範囲(平成18年12月11日付け手続補正)
「【請求項1】 走行用のミッションケースとして、主ケース部とモーターケース部とこれらを接続する油路ブロックとを備え、前記主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、定容量型の油圧モータとを設け、前記モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設け、
前記定容量型の油圧モータと可変容量型の油圧モータとの2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、
前記2個の油圧モータを、これらの各出力回転が同一軸心上で得られるように配設して、これらの2個の油圧モータの各出力回転を合流させて単一の出力回転として取出すように構成してある静油圧式無段変速装置。
【請求項2】 走行用のミッションケースとして、主ケース部とモーターケース部とこれらを接続する油路ブロックとを備え、前記主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、定容量型の油圧モータとを設け、前記モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設け、
前記定容量型の油圧モータと可変容量型の油圧モータとの2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、
前記2個の油圧モータを、これらの各出力回転が同一軸心上で得られるように配設して、これらの2個の油圧モータの各出力回転を合流させて単一の出力回転として取出すように構成し、
前記可変容量型の油圧モータを、これの斜板角が、前記定容量型の油圧モータにおける斜板角に等しい第1速度状態と、0度となる第2速度状態との2状態切換型に構成してある静油圧式無段変速装置。
【請求項3】 前記可変容量型の油圧モータの斜板角を変更する操作部を前記モータケース部に備えてある請求項1又は2記載の静油圧式無段変速装置。
【請求項4】 前記油圧ポンプのポンプ軸15には、HST12用のチャージポンプ19が装備されている請求項1又は2記載の静油圧式無段変速装置。」

(2)本件補正後の特許請求の範囲
「【請求項1】 走行用のミッションケースとして、主ケース部とモーターケース部とこれらを接続する油路ブロックとを備え、前記主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、定容量型の油圧モータとを設け、前記モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設け、
前記定容量型の油圧モータと可変容量型の油圧モータとの2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、
前記2個の油圧モータを、これらの各出力回転が同一軸心上で得られるように配設して、これらの2個の油圧モータの各出力回転を合流させて単一の出力回転として取出すように構成し、
前記可変容量型の油圧モータを、これの斜板角が、前記定容量型の油圧モータにおける斜板角に等しい第1速度状態と、0度となる第2速度状態との2状態切換型に構成し、
前記可変容量型の油圧モータの斜板角を変更するシリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダを前記モータケース部に備え、
前記切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを前記第1速度状態と第2速度状態とに選択切換え自在に構成してある静油圧式無段変速装置。
【請求項2】 前記油圧ポンプのポンプ軸には、静油圧式無段変速装置用のチャージポンプが装備されている請求項1記載の静油圧式無段変速装置。」

2-2.補正の適否

本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項2を新たな請求項1に繰り上げ、補正前の請求項1及び請求項3を削除して請求項4を新たな請求項2に繰り上げたものである。そして、新たな請求項1は、さらに、補正前の請求項3の「操作部」を願書に最初に添付した明細書の段落【0022】及び図面の図2,3の記載に基づいて、「シリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダ」と限定して付加するとともに、同明細書の段落【0021】に基づいて、「前記切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを前記第1速度状態と第2速度状態とに選択切換え自在」に構成した点を限定したものであり、新たな請求項2は、補正前の「HST12用」を「静油圧式無段変速装置用」と補正するとともに、補正前に記載されていた「ポンプ軸15」及び「チャージポンプ19」の符号を削除したものである。
すなわち、本件補正は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものとして認めることができ、かつ、補正前の各請求項に記載した発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題を変更することのない範囲内において行われたものであるから、本件補正後の新たな請求項1及び2は、特許請求の範囲の減縮に該当するものである。
したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第1号に規定された請求項の削除を目的とするとともに、同法第17条の2第4項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とする補正に該当するものであり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項追加禁止に違反するものではない。
そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

(1)本願補正発明

本願補正発明は、本件補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、上記「2-1.本件補正の内容(2)」に示した本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおりのものであると認める。

(2)引用刊行物とその記載事項

刊行物1:特開2000-219056号公報

(刊行物1)
原査定の拒絶の理由に引用された、本願の出願日前に頒布された刊行物1(特開2000-219056号公報)には、「油圧式無段変速機」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ア)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、トラクタ、コンバイン、田植機、船舶、パワーショベル、バックホウ、ドラグライン、クラムシェル、クレーン、ショベルローダー、ブルドーザー、スクレーパー、グレーダー、ロードローラー、タイヤローラー、クローラーキャリヤ等に搭載される油圧式無段変速機の構成に関する。」

(イ)「【0003】また、コンバインの変速装置においては、作業中の変動する負荷に対して、一定した駆動速度が要求されるため、円滑な変速操作が可能な変速装置が要求される。田植機においては、負荷の急激に変動する走行状況下で、車両速度を一定にして作業を行う必要があり、急激な車両速度の低下は作業精度の悪化をもたらす。このため、同様に円滑な変速操作が可能な変速装置が要求される。」

(ウ)「【0005】また、広場の整地仕上げ、道路や側溝の建設、砂利道の補修、除雪作業などに使用される建設機械においても同様である。パワーショベル、バックホウ、ドラグライン、クラムシェル、クレーン、ショベルローダー、ブルドーザー、スクレーパー、グレーダー、ロードローラー、タイヤローラー、クローラーキャリヤ等においても、作業時には高荷重を受けながら、徐行する必要があり、作業現場間では迅速に移動する必要がある。」

(エ)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】・・・また、HST式変速機により、高速走行時に対する作業時の一般的な速度比3.5?4.0を実現するためには、HST式変速機のモーター容量をポンプ最大容量に対して約2倍程度大きくする必要がある。しかし、モーターの容量を大きくするためには該モーターを大型にする必要があり、ポンプおよびモーターの部品の共用が困難となり、製造コストが増す。また、大容量のモータは高回転に不利であり、大型化するため、搭載性が低下する。」

(オ)「【0008】
【課題を解決するための手段】上記の課題を解決すべく、次のような手段を用いるものである。請求項1に記載のごとく、一個の可変容量ポンプと並列二個の油圧モータを一個の油路板の側面に連接するように配設した油圧無段変速機であって、二個の油圧モータは両方が可変制御される場合には、一個の斜板操作機構により同時に制御し、一方が固定容量形油圧モータで、他方が可変容量形油圧モータである場合には可変容量形モータの斜板を制御することにより、変速操作を行う。」

(カ)「【0017】・・・また、第一油圧モータ22と第二油圧モータ23は接続されており、第一油圧モータ22とともに第二油圧モータ23が回転する構成になっている。第二油圧モータ23には出力軸24が接続されており、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23により発生する駆動力が出力軸24に伝達される。」

(キ)「【0018】上記の構成において、駆動力伝達機構27が第一油圧モータ22と第二油圧モータ23を1対1の比率で回転するように接続している場合には、可変容量式油圧ポンプ21の作動油の吐出量と第一油圧モータ22と第二油圧モータ23の作動油の吸入量の比により出力軸24における回転数が決定される。すなわち、第一油圧モータ22と第二油圧モータ23の吸入量の和が少ない場合には出力軸24の回転数が大きくなり、第一油圧モータ22と第二油圧モータ23の吸入量の和が多い場合には出力軸24の回転数が小さくなる。このため、第一油圧モータ22と第一油圧モータ22のどちらか一方もしくは両方の容量を可変式にし、第一油圧モータ22と第一油圧モータ22の容量を調節し、作動油の吸入量を制御することにより、出力軸24の回転数を調節することができる。
【0019】次に二つの操作レバーを用いてHST式変速装置10を操作する構成について説明する。図4に示すごとく、可変容量式油圧ポンプ21を主変速レバー21aで操作し、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23を副変速レバー22aで操作する場合について説明する。エンジン3により、可変容量式油圧ポンプ21が駆動され、作動油が第一油圧モータ22および第二油圧モータ23に供給され、出力軸24により接続された第一油圧モータ22および第二油圧モータ23が駆動される。出力軸24はディファレンシャルギヤ5aを介して後輪5を駆動する。該構成において、該可変容量式油圧ポンプ21に主変速レバー21aを接続し、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23をともに副変速レバー22aに接続している。主変速レバー21aにより、可変容量式油圧ポンプ21の作動油の吐出量を調節でき、副変速レバー22aにより第一油圧モータ22および第二油圧モータ23の容量を調節できる。すなわち、主変速レバー21aおよび副変速レバー22aを操作することにより、可変容量式油圧ポンプ21の容量と第一油圧モータ22および第二油圧モータ23の容量を制御し、変速操作を行うことができる。これにより、高回転に対応可能であり、変速比の範囲の広い油圧式無段変速機構を構成できる。」

(ク)「【0020】また、別の構成により、第一油圧モータ22もしくは第二油圧モータ23のどちらか一方の油圧モータを他方の油圧モータに対して吐出と排出の方向を逆転させた場合には、第一油圧モータ22もしくは第二油圧モータ23の容量の差により回転数が決定される。例えば、第一油圧モータ22の斜板角度を第二油圧モータ23の斜板角度に対して逆転させ、可変容量式油圧ポンプ21の作動油の供給により第二油圧モータ23が駆動されることにより、該第一油圧モータ22が油圧ポンプとして作動するようにした場合、可変容量式油圧ポンプ21と第一油圧モータ22が吐出する作動油を第二油圧モータ23が吸入することとなる。すなわち、可変容量式油圧ポンプ21の作動油の吐出に対しての第一油圧モータ22と第二油圧モータ23の容量の差により出力軸24の回転数が決定される。また、可変容量式油圧ポンプ21を可動斜板により容量を変化させる油圧ポンプにより構成した場合には、該可変容量式油圧ポンプ21の可動斜板の傾斜角により、作動油の吸入および排出方向を逆転させることが可能であり、出力軸24の回転方向の正転および逆転を制御することができる。」

(ケ)「【0021】これにより、HST式変速機10において、可変容量式油圧ポンプ21に対する第一油圧モータ22および第二油圧モータ23により構成される油圧モータの容量比を大きくすることができ、該HST式変速機10の変速比の範囲を大きく構成することができる。すなわち、油圧ポンプを大型化することなく、二つの油圧ポンプである第一油圧モータ22および第二油圧モータ23により出力軸24を駆動する油圧モータを構成するため、HST式変速機10をコンパクトに構成でき、部品の共通化を行うことにより、該HST式変速機10の製造コストを低減することができる。」

(コ)「【0022】次にHST式変速機10の他の実施例について説明する。まず、図5および図6において、2つの油圧モータをともに可変容量形に構成した場合について説明する。HST式変速機10は、アキシャルピストンポンプである可変容量式油圧ポンプ21、可変容量式の第一油圧モータ22および可変容量式第二油圧モータ23により構成されている。可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22はハウジング31に内包されると共に、油路板32の同一面に配設されている。また、第二油圧モータ23は可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22が配設された油路板32の反対側に配設されており、該第二油圧モータ23はハウジング33内に配設されている。すなわち、可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22は油路板32の前面に配設されると共に、ハウジング31により被装されており、第二油圧モータ23は油路板32の後面に配設され、ハウジング33により被装された構成となっている。
【0023】・・・油路板32には油路が設けられており、可変容量式油圧ポンプ21は該油路より作動油を吸入するとともに、吐出する。
【0024】該油路は第一油圧モータ22および第二油圧モータ23に接続されており、該第一油圧モータ22および第二油圧モータ23に作動油を供給する。第一油圧モータ22の出力軸22pは、第二油圧モータ23の出力軸23pに接続部材22qにより接続されており、出力軸22pと出力軸23pが一体回転する構成になっている。該出力軸23pはには第二油圧モータ23のシリンダブッロク23rが挿嵌されている。該シリンダブッロク23rは出力軸23pとともに回動する構成になっており、該シリンダブッロク23rにはプランジャが摺動自在に挿嵌されている。該プランジャはハウジング33に固設された固定斜板23sに当接している。
【0025】また、可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22の容量はハウジング31の側面に設けられた斜板制御機構31aおよび斜板制御機構31bにより制御される。斜板制御機構31aおよび斜板制御機構31bにはそれぞれレバー31cおよびレバー31dが設けられており、該アーム31cを回動することにより、可変容量式油圧ポンプ21の容量を、レバー31dを回動することにより、第一油圧モータ22の容量を制御する構成になっている。」

(サ)「【0026】上記構成において、可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22の斜板は可動式であり、第二油圧モータ23の斜板は固定式となっている。第一油圧モータ22の容量を一定とした場合には、可変容量式油圧ポンプ21の容量を変化させることにより、変速操作を行うことができる。可変容量式油圧ポンプ21による作動油の吐出量を多くすることにより、出力軸22aの回転数を増し、吐出量を少なくすることにより、回転数を減少させることができる。また、可変容量式油圧ポンプ21の容量を一定とした場合には、第一油圧モータ22の容量を変化させることにより、変速操作を行うことができる。該第一油圧モータ22の容量を減少させることにより、出力軸23pの回転数が増大し、第一油圧モータ22の容量を増大させることにより、出力軸23pの回転数が減少する。
【0027】第一油圧モータ22は可動斜板により容量を調節できると共に、斜板角度を反対方向にも操作可とすることにより、作動油の吐出方向も制御できる構成になっている。このため、可変容量式油圧ポンプ21により、油路26に作動油が吐出される場合に、該第一油圧モータ22の回動斜板22cにより、第一油圧モータ22が同じく油路26に作動油を吐出するようにした場合には、第一油圧モータ22の作動油の吐出量と可変容量式油圧ポンプ21の作動油の吐出量の和により、第二油圧モータ23が駆動される。すなわち、第一油圧モータ22の容量を可変に構成するため、該第一油圧モータ22を油圧モータとして使用することも可能であり、油圧ポンプとして使用することも可能である。すなわち、第一油圧モータ22の容量を可変に構成するため、可変容量式油圧ポンプ21に対しての第一油圧モータ22および第二油圧モータ23の容量、もしくは、可変容量式油圧ポンプ21と第一油圧モータ22の吐出量に対しての第二油圧モータ23の容量により変速操作が行われるため、HST式変速機10の変速範囲を広く構成することができる。
【0028】また、上記構成において、可変容量式油圧ポンプ21、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23は同一の油路板32により接続され、該油路板32に設けた油路により可変容量式油圧ポンプ21、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23が接続される。これにより、可変容量式油圧ポンプ21と第一油圧モータ22および第二油圧モータ23間の油圧配管が不要であり、部品および加工費を少なくし、HST式変速機10の構成がコンパクトになり、作業機への搭載性がよくなる。
【0029】前記HST式変速機10は可変容量式油圧ポンプ21および可変容量形の第一油圧モータ22が共に油路板32の前面に配設されており、該可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22の操作機構をHST式変速機10の前部に集中できると共に、組み立て性を良く構成でき、また全長を短く構成できるため作業機への搭載性が向上する。」

(シ)「【0030】次に、図7において、HST式変速機10を油圧ポンプ21を可変容量形、第一油圧モータ22を可変容量形、第二油圧モータ23を固定容量形により構成した場合のHST式変速機10の操作構成について説明する。可変容量式油圧ポンプ21はエンジン3により駆動され、該駆動力により作動油を吐出し、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23を駆動する。第一油圧モータ22および第二油圧モータ23には出力軸24が接続されており、該出力軸24を介してディファレンシャルギヤ5aに駆動力が伝達され後輪5が駆動される。また、可変容量式油圧ポンプ21には該可変容量式油圧ポンプ21の可動斜板の角度を制御する操作レバー21aが接続されており、第一油圧モータ22には該第一油圧モータ22の回動斜板の角度を制御する操作レバー22aが接続されている。
【0031】可変容量式油圧ポンプ21の容量および作動油の吐出量を操作レバー21aにより制御することにより、速度および前後進を制御できる。また、操作レバー22aを操作することにより、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23の作動油の吸入量の和を制御し、可変容量式油圧ポンプ21の作動油の吐出量に対しての出力軸24の回転比を制御できる。すなわち、操作レバー22aを操作し、第一油圧モータ22が第二油圧モータ23の作動油吸入側に作動油を吐出するように制御することで、第一油圧モータ22および第二油圧モータ23の作動油の吸入量の和は小さくなり、可変容量式油圧ポンプ21に対する出力軸24の回転数の比を増すことができる。操作レバー21aおよび操作レバー22aにより、変速範囲の広い変速操作を行うことができる。
【0032】また、上記の構成において、低速操作時には操作レバー22aを最大位置にたもち、操作レバー21aにより、可変容量式油圧ポンプ21の制御により変速を行い、高速操作時には操作レバー21aを最大傾動位置に保持し、操作レバー22aにより変速操作を行う事ができる。すなわち、第一油圧モータ22の容量を減少させることにより、第二油圧モータ23に供給される作動油の量が増す。このため、第二油圧モータ23の駆動速度が増す構成になっており、操作レバー22aを最大位置より斜板角が0°になる方向に操作することにより、増速を行う事ができる。・・・」

(ス)「【0048】次に可変容量形油圧ポンプを二つ配設したHST式変速装置81の実施例について説明する。図20および図21において、ハウジング31内には入力軸82qを有する可変容量式油圧ポンプ82および可変油圧形油圧モータである第一油圧モータ83が配設されており、油路板32の同一面に配設されている。該油路板32の反対面には可変容量形油圧モータである第二油圧モータ84がが配設されている。該第一油圧モータ83は図示しない斜板制御機構により容量を制御可能に構成されている。
【0049】上記のごとく、可変容量式油圧ポンプ82および可変容量式油圧モータ83を油路板32の同一面に配設し、可変容量式油圧モータ84を同一の油路板32の反対面に配設するため、HST式変速装置81をコンパクトに構成できる。
【0050】次に油圧ポンプを可変容量形にし、2つの油圧モータを二段式可変容量形に構成したHST式変速機の構成について説明する。図22において、HST式変速機81は可変容量式油圧ポンプ82、および該可変容量式油圧ポンプ82に油路85により接続される第一油圧モータ83および第二油圧モータ84により構成されている。第一油圧モータ83と第二油圧モータ84は出力軸87により接続されており、第一油圧モータ83および第二油圧モータ84が同一方向、同一回転速度で回転する構成になっている。
【0051】また、第一油圧モータ83および第二油圧モータ84はともに、斜板の傾斜角により容量を調節する油圧モータであり、該斜板の傾斜角を二段階に調節する二段式可変容量形油圧モータにより構成されている。第一油圧モータ83は容量がVacc/revもしくは0cc/revの二段階に調節される構成になっており、第二油圧モータ84は容量がVb1cc/revもしくはVb1cc/revの二段階に調節される構成になっている。すなわち、第一油圧モータ83の容量Vacc/revに対していて第二油圧モータ84の容量をVb1cc/revもしくはVb2cc/revに、また、第一油圧モータ83の容量0cc/revに対していて第二油圧モータ84の容量をVb1cc/revもしくはVb2cc/revに調節することにより、4段階の変速操作を行う事ができる。」

(セ)「【0053】また、上記構成においてVaを第一油圧モータ83の最大容量、Vb1を第二油圧モータ84の最大容量、Vb2を第二油圧モータ84の最小容量とすることで、第一油圧モータ83および第二油圧モータ84の容量をそれぞれ最大と最小の二段階に切換可能に構成することもできる。この場合、Vb2は容量0でないものとする。また、第一油圧モータ83の最小容量を0cc/rev、Vb1およびVb2でない容量に構成することもできる。これにより、HST式変速機81をコンパクトかつ低コストで構成できるとともに、該HST式変速機81の操作機構をシンプルに構成できる。」

(ソ)「【0054】さらに、HST式変速機81に油圧アクチュエータもしくは電動アクチュエータを装着し、上記の四段階の変速比を操作することもできる。図23に示すごとく、可変容量式油圧ポンプ82および第一油圧モータ83の可動斜板は操作レバー82aおよび操作レバー83aによりそれぞれ制御され、第二油圧モータ84はアクチュエータ84aにより制御される。アクチュエータ84aは図24に示すごとく、斜板操作ピストン91および油路切換弁92により構成されている。該油路切換弁92には油圧ポンプ93より作動油が供給され、該油路切換弁92を摺動することにより、斜板操作ピストン91を操作する構成になっている。該斜板操作ピストン91は第二油圧モータ84の斜板にリンク機構を介して接続されており、該斜板操作ピストン91の摺動により、第二油圧モータ84の斜板の傾斜角が制御される。油路切換弁92には二通りの油路が設けられており、第二油圧モータ84の斜板の傾斜角を二段階に制御する構成になっている。上記の油路切換弁92の摺動を電磁ソレノイド等により切換第二油圧モータ84の斜板制御を行うことも可能である。」

(タ)「【0055】図25に示すごとく、可変容量式油圧ポンプ82をリンク機構を介して操作レバー82aにより操作し、第一油圧モータ83をアクチュエータ83bにより制御し、第二油圧モータ84をアクチュエータ84aにより制御する構成を実施することもできる。図26に示すごとく、第一油圧モータ83に斜板にはリンク機構を介して斜板操作ピストン101が接続されており、該操作ピストン101には油路切換電磁弁102が接続されている。該電磁弁102により油圧ポンプより供給される作動油の方向を制御することにより、該操作ピストン101を伸縮させ、第一油圧モータ83の斜板を制御する構成になっている。また、第二油圧モータ84の斜板は、油路切換電磁弁92に接続された斜板操作ピストン91により、制御される。該油路切換電磁弁102および油路切換電磁弁92は、配電盤94に接続されており、該配電盤94には速度切換スイッチ96・96・96・96および電源95が接続されている。配電盤94において、電源95の油路切換電磁弁102、油路切換電磁弁92への電力供給が制御される。第一油圧モータ83の容量の二段切換、第二油圧モータ84の容量の二段切換を配電盤94において制御でき、該制御を配電盤94に接続された速度切換スイッチ96・96・96・96により行うことができる。
【0056】4つの速度切換スイッチ96・96・96・96にはそれぞれ、油路切換電磁弁102および油路切換電磁弁92ともにオフ、油路切換電磁弁102のみオン、油路切換電磁弁92のみオン、油路切換電磁弁102および油路切換電磁弁92ともにオンの4種の制御が対応している。すなわち、4つの速度切換スイッチ96・96・96・96の何れかを選択することにより、四段階の変速を行うことができる。」

そうすると、上記記載事項(ア)?(タ)及び図面(特に、図22,図24?図26及び図20,21)の記載からみて、上記刊行物1には次の発明(以下、「刊行物1発明」という。)が記載されているものと認められる。

「ハウジング31内には可変容量式油圧ポンプ82および可変容量式第一油圧モータ83が油路板32の同一面に配設され、該油路板32の反対面にはハウジング33内に可変容量式第二油圧モータ84が配設され、可変容量式油圧ポンプ82と油路85により接続される第一油圧モータ83および第二油圧モータ84により構成され、第一油圧モータ83と第二油圧モータ84は出力軸87により接続されており、第一油圧モータ83および第二油圧モータ84が同一方向、同一回転速度で回転する構成になっており、第一油圧モータ83および第二油圧モータ84はともに、斜板操作ピストン91を有するアクチュエータ83b、84aにより制御され、その斜板の傾斜角を二段階に調節する二段式可変容量形油圧モータにより構成され、第一油圧モータ83は容量がVacc/revもしくは0cc/revの二段階に調節される構成になっており、第二油圧モータ84は容量がVb1cc/revもしくはVb2cc/revの二段階に調節される構成になっている、HST式変速機81。」

(3)対比・判断

本願補正発明と刊行物1発明を対比する。
刊行物1発明の「ハウジング31」は、その機能からみて、本願補正発明の「主ケース部」に相当し、以下同様に、「ハウジング33」は「モーターケース部」に相当し、「油路板32」は「油路ブロック」に相当し、「可変容量式油圧ポンプ82」は「可変容量型の油圧ポンプ」に相当し、「可変容量式第一油圧モータ83」及び「可変容量式第二油圧モータ84」は、それぞれ油圧モータである限りにおいて「(定容量型の)油圧モータ」及び「(可変容量型の)油圧モータ」に相当し、「HST式変速機81」は「静油圧式無段変速装置」に相当するものである。そして、刊行物1発明における、ハウジング31、油路板32、及びハウジング33は、全体として、本願補正発明の走行用のミッションケースに相当する構成であるということができる。
そうすると、刊行物1発明の「ハウジング31内には可変容量式油圧ポンプ82および可変容量式第一油圧モータ83が油路板32の同一面に配設され、該油路板32の反対面にはハウジング33内に可変容量式第二油圧モータ84が配設され」は、定容量型か可変容量型というモータの形式を別途検討することとすると、実質的に、本願補正発明の「走行用のミッションケースとして、主ケース部とモーターケース部とこれらを接続する油路ブロックとを備え、前記主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、(定容量型の)油圧モータとを設け、前記モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設け」に相当する。また、刊行物1発明の「可変容量式油圧ポンプ82と油路85により接続される第一油圧モータ83および第二油圧モータ84により構成され」は、第一油圧モータ83と第二油圧モータ84の圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを上記油路板32を介して連通接続して並列回路を形成しているものであるから、実質的に、本願補正発明の前記(定容量型の)油圧モータと(可変容量型の)油圧モータとの「2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに」に相当し、以下同様に、「第一油圧モータ83と第二油圧モータ84は出力軸87により接続されており、第一油圧モータ83および第二油圧モータ84が同一方向、同一回転速度で回転する構成になっており」は、「前記2個の油圧モータを、これらの各出力回転が同一軸心上で得られるように配設して、これらの2個の油圧モータの各出力回転を合流させて単一の出力回転として取出すように構成し」に相当する。
さらに、刊行物1発明の「第一油圧モータ83および第二油圧モータ84はともに、斜板操作ピストン91を有するアクチュエータ83b、84aにより制御され、その斜板の傾斜角を二段階に調節する二段式可変容量形油圧モータにより構成され」の構成のうち、「第二油圧モータ84」を制御した点は、第一油圧モータと関連して第1速度状態と第2速度状態に制御した点と、アクチュエータ84aの設置場所がモーターケース部か否か明らかでない点、について別途検討することとすると、少なくとも、該アクチュエータ84aがシリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダによって第二油圧モータ84を選択切換え自在に構成するものであるから、「前記可変容量型の油圧モータの斜板角を変更するシリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダを(前記モータケース部に)備え、前記切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを(前記第1速度状態と第2速度状態とに)選択切換え自在に構成してある」に相当するものである。

したがって、本願補正発明の用語にならってまとめると、両者は、
「走行用のミッションケースとして、主ケース部とモーターケース部とこれらを接続する油路ブロックとを備え、前記主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、油圧モータとを設け、前記モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設け、2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、前記2個の油圧モータを、これらの各出力回転が同一軸心上で得られるように配設して、これらの2個の油圧モータの各出力回転を合流させて単一の出力回転として取出すように構成し、前記可変容量型の油圧モータの斜板角を変更するシリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダを備え、前記切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを選択切換え自在に構成してある静油圧式無段変速装置。」である点で一致し、以下の点で相違する。

[相違点1]
本願補正発明が、二つの油圧モータのうちの一方を定容量型、他方を可変容量型とするとともに、主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、定容量型の油圧モータとを設け、モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設けたのに対し、刊行物1発明は、主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、可変容量型の油圧モータとを設け、モーターケース部にも可変容量型の油圧モータを設けた点。

[相違点2]
本願補正発明が、「定容量型の油圧モータと可変容量型の油圧モータ」との2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、「前記可変容量型の油圧モータを、これの斜板角が、前記定容量型の油圧モータにおける斜板角に等しい第1速度状態と、0度となる第2速度状態との2状態切換型に構成し」、「切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを前記第1速度状態と第2速度状態とに選択切換え自在に構成してある」のに対し、刊行物1発明は、「第一油圧モータ83および第二油圧モータ84はともに、斜板操作ピストン91を有するアクチュエータ83b、84aにより制御され、その斜板の傾斜角を二段階に調節する二段式可変容量形油圧モータにより構成され、第一油圧モータ83は容量がVacc/revもしくは0cc/revの二段階に調節される構成になっており、第二油圧モータ84は容量がVb1cc/revもしくはVb2cc/revの二段階に調節される構成になっている」点。

[相違点3]
本願補正発明が、可変容量型の油圧モータの斜板角を変更するシリンダ室とピストンロッドを備えた「切換シリンダを前記モータケース部に備え」ているのに対し、刊行物1発明は、上記切換シリンダが具体的にどの部分に配置されているのか明らかでない点。

[上記相違点1についての検討]
刊行物1発明は、本願補正発明と同様の技術分野に属するトラクタ等の作業機に用いられる静油圧式無段変速装置である(上記記載事項(ア))。この無段変速装置は、高速走行時に対する作業時の一般的な速度比3.5?4.0を実現するためには、HST式変速機(審決注:「静油圧式無段変速装置」に相当する。)のモーター容量をポンプ最大容量に対して約2倍程度大きくする必要があるが、モーターの容量を大きくするためには該モーターを大型にする必要があり、ポンプおよびモーターの部品の共用が困難となり、製造コストが増すなどの課題があることから(上記記載事項(エ))、この課題を解決するために、一個の可変容量ポンプと並列二個の油圧モータを一個の油路板の側面に連接するように配設した(上記記載事項(オ))ものであって、本願補正発明と類似の課題を認識し、近似した解決手段を採用しているものである。そして、その制御の手法においても、「油圧無段変速機であって、二個の油圧モータは両方が可変制御される場合には、一個の斜板操作機構により同時に制御し、一方が固定容量形油圧モータで、他方が可変容量形油圧モータである場合には可変容量形モータの斜板を制御することにより、変速操作を行う。」(上記記載事項(オ))にもあるように、油圧モータの構成は二個の油圧モータの両方を可変制御する形式だけでなく、一方が固定容量形油圧モータで、他方が可変容量形油圧モータである形式も上記解決手段の一つとして挙げている。
これらのことを考慮した上で、油圧ポンプと二つの油圧モータの配置について検討するに、刊行物1の図7には、油圧ポンプ21を可変容量形、第一油圧モータ22を可変容量形、第二油圧モータ23を固定容量形により構成した静油圧式無段変速装置が記載されている(上記記載事項(シ)の段落【0030】)。上記油圧ポンプ21と上記第一油圧モータ22及び上記第二油圧モータ23は、図5、図6に基づいて配置されていると解すると、主ケースには上記油圧ポンプ21と可変容量型の上記第一油圧モータ22が設けられ、モーターケースには固定容量型の上記第二油圧モータ23が配置されていることになる。
ところで、静油圧式無段変速装置において、油圧ポンプと油圧モータをどのように配置するかについては、その形式が可変容量型(以下、刊行物1を直接引用する場合を除いて「形」を「型」と表記する。)か固定容量型(「定容量型」に相当する。以下、「固定容量型」と「定容量型」を区別せずに表記する。)かによって配置が制限されるような特段の事情はなく、当業者が適宜決定できる設計的事項である。このことは、刊行物1にもさまざまな配置の例が記載されていることからも理解できることである。
ただし、刊行物1に記載された油圧ポンプと油圧モータの配置は、基本的に「可変容量式油圧ポンプ21および可変容量形の第一油圧モータ22が共に油路板32の前面に配設されており、該可変容量式油圧ポンプ21および第一油圧モータ22の操作機構をHST式変速機10の前部に集中できる」(上記記載事項(サ)の段落【0029】)ことを念頭に置いて配置されているため、主ケースには油圧ポンプと可変容量型の第一油圧ポンプが配置され、モータケースには固定容量型の第二油圧モータ23が配置されているにすぎないのであって、このことが、主ケースに油圧ポンプと定容量型の油圧モータを配置することを妨げる事情にあたらないことは明らかである。
以上のことから、刊行物1発明の二つの可変容量型の油圧モータの一方に定容量型の油圧モータを採用して主ケース側に配置することにより、上記相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できる程度のことといわざるを得ない。

[上記相違点2についての検討]
可変容量型の油圧ポンプと二つの油圧モータを有する静油圧式無段変速装置の制御について検討するに、刊行物1の上記記載事項(キ)段落【0018】からも明らかなように、駆動力伝達機構27が第一油圧モータ22と第二油圧モータ23を1対1の比率で回転するように接続している場合には、可変容量式油圧ポンプ21の作動油の吐出量と第一油圧モータ22及び第二油圧モータ23の作動油の吸入量の比により出力軸24における回転数が決定されることは技術常識であり、上記二つの油圧モータの上記「どちらか一方」の容量を可変式(可変容量型)にし、他方の油圧モータの容量を固定式(定容量型)にした場合であっても、上記他方の油圧モータの容量に変化がないというだけで、油圧ポンプと二つの油圧モータの基本的な作動は上記技術常識に基づくものである。
そこで、刊行物1の図22に記載された静油圧式無段変速装置を詳細に見ると、第二油圧モータ84は、容量がVb1cc/revもしくはVb2cc/revの二段階に調節され、それぞれの容量に対応して第一油圧モータ83の容量がVacc/revもしくは0cc/revの二段階に調節されるものであるから、上記相違点2において、本願補正発明が二つの油圧モータの一方を定容量型とし、他方を可変容量型とした点は、油圧モータの配置を別にすると、刊行物1発明の第二油圧モータ84の二つの容量を一つの容量に固定して用いたということもでき、刊行物1発明において選択できる態様の範ちゅうに属する事項としても捉えられる。そして、刊行物1発明において第一油圧モータ側を定容量型とすることが容易想到であることは、上記相違点2において検討したとおりである。
さらに、静油圧式無段変速装置において、可変容量型のポンプに対して同一の出力軸を有する二つの油圧モータを用いる場合、同じ容量の油圧モータを用いることは周知事項(例えば、特開平6-265014号公報の段落【0013】及び図1参照)であることから、刊行物1発明の二つの油圧モータに容量が同じものを採用することに困難性があるとは認められず、その制御の結果も刊行物1発明においてVacc/revがVb1cc/revまたはVb2cc/revと一致する場合にすぎないものである。
以上のことから、刊行物1発明に上記周知事項を適用して上記相違点2に係る本願補正発明の構成、すなわち、「定容量型の油圧モータと可変容量型の油圧モータ」との2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、「前記可変容量型の油圧モータを、これの斜板角が、前記定容量型の油圧モータにおける斜板角に等しい第1速度状態と、0度となる第2速度状態との2状態切換型に構成し」、「切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを前記第1速度状態と第2速度状態とに選択切換え自在に構成」することは、当業者が容易に想到できることである。

[上記相違点3についての検討]
可変容量型の油圧モータの斜板角を変更するシリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダを静油圧式無段変速装置のどの部分に設けるかは当業者が適宜決定できる設計的事項であるというべきところ、上記のような切換シリンダをモータケース部に設けることは周知事項(例えば、特表平6-510352号公報の第3ページ右上欄第15?26行、及び図1の調節ピストン装置29参照。)であり、刊行物1発明にこれを適用することを妨げる事情も見あたらないことから、刊行物1発明の切換シリンダをモータケース部に設けて上記相違点3に係る本願補正発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。

また、全体としてみても、本願補正発明が奏する効果は、いずれも刊行物1発明及び上記周知事項から当業者が予測できるものである。

(4)審判請求人の主張について
審判請求人は、平成20年3月10日付けの審判請求書の手続補正書において、「可変容量型の油圧モータの斜板角を定容量型の油圧モータの斜板角と等角度の第1状態と0度となる第2状態とに切換える」技術は、刊行物1の図24にも周知技術(特開平06-265014号公報)にも記載されていない旨を主張するとともに(審判請求書の手続補正書の「【本願発明が特許されるべき理由】(4-2)相違点の検討」の項参照)、平成20年12月24日付けの審尋に対する回答書において、「引用文献1の図22,図23,図25には、可変容量ポンプ〔82〕と、可変容量モータ〔83〕と、可変容量モータ〔84〕とを備えた油圧式無段変速装置が記載されており、図22の説明において可変容量モータ〔83〕が0ccと、Vaccとに切り換え操作されることが記載されておりますが、固定容量モータとの組み合わせで可変容量モータ〔83〕を0ccと、Vaccとに切り換え操作するものではありません。・・・『圃場での耕耘作業及び路上走行に適した静油圧式無段変速装置の出力トルクの変更を簡易な操作構造で行えるようにする』という本願発明の特有の技術的思想は開示されておりません。」(回答書の「【回答の内容】(6)相違点について」の項参照)などと主張し、本願は特許されるべき旨主張している。
しかしながら、可変容量型の油圧ポンプと二つの油圧モータを有する静油圧式無段変速装置において、上記油圧モータに同じ容量のものを用いることは周知事項であり、一方の油圧モータを定容量型とし、他方を可変容量型とすることは刊行物1に記載された発明及び刊行物1に記載ないし示唆された事項から当業者が容易に想到できることであって、その際、可変容量型の油圧モータを、その斜板角が定容量型の油圧モータにおける斜板角に等しい第1速度状態と、0度となる第2速度状態との2状態切換型に構成して、切換シリンダに対する制御により、可変容量型の油圧モータを第1速度状態と第2速度状態とに選択切換え自在に構成することは、刊行物1の図22に記載された制御の態様に照らせば、当業者が容易に実施できることであることは上記に説示したとおりである。また、静油圧式無段変速装置において、圃場での耕耘などの作業をする場合と路上走行の場合にでは、運転に適したトルクと回転数が異なることは刊行物1においても十分に認識されていることであり、該認識に基づけば、刊行物1に記載された発明に、同刊行物1に記載された他の技術や上記周知事項を適宜組み合わせることが、当業者にとって格別の困難があるとも認められない。
よって、請求人の主張は採用できない。

なお、上記回答書において、回答書で主張した点をより明確化する旨の補正案が提示されているが、上述のとおり、審判請求人が主張した点に特段不明確な点はないので補正案を採用する必要はない。

(5)むすび

以上のとおり、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、刊行物1に記載された発明ないし上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
よって、本願補正発明、すなわち本件補正後の請求項1に係る発明は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明について

(1)本願発明

平成20年3月10日付け手続補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?4に係る発明は、平成18年12月11日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、上記「2-2.補正の適否」において検討した本願補正発明に対応する請求項2に係る発明(以下、「本願発明」という。)は以下のとおりのものである。

「【請求項2】 走行用のミッションケースとして、主ケース部とモーターケース部とこれらを接続する油路ブロックとを備え、前記主ケース部に可変容量型の油圧ポンプと、定容量型の油圧モータとを設け、前記モーターケース部に可変容量型の油圧モータを設け、
前記定容量型の油圧モータと可変容量型の油圧モータとの2個の油圧モータの圧油入力側ポートどうし、及び排油側ポートどうしを前記油路ブロックを介して連通接続して並列回路を形成するとともに、
前記2個の油圧モータを、これらの各出力回転が同一軸心上で得られるように配設して、これらの2個の油圧モータの各出力回転を合流させて単一の出力回転として取出すように構成し、
前記可変容量型の油圧モータを、これの斜板角が、前記定容量型の油圧モータにおける斜板角に等しい第1速度状態と、0度となる第2速度状態との2状態切換型に構成してある静油圧式無段変速装置。」

(2)引用刊行物とその記載事項

刊行物1:特開2000-219056号公報
刊行物1の記載事項は、上記2-2.(2)のとおり。

(3)対比・判断

本願発明は、上記本願補正発明から「前記可変容量型の油圧モータの斜板角を変更するシリンダ室とピストンロッドを備えた切換シリンダを前記モータケース部に備え、前記切換シリンダに対する制御により、前記可変容量型の油圧モータを前記第1速度状態と第2速度状態とに選択切換え自在に」構成してある点の限定を省いたものに相当する。
そうすると、本願発明の発明特定事項をすべて含み、審判請求時の手続補正によってさらに構成を限定した本願補正発明が、上記「2-2.(3)対比・判断」に示したとおり、刊行物1に記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、上記限定を省いた本願発明も実質的に同様の理由により、刊行物1に記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)むすび

以上のとおり、本願発明、すなわち、本願の請求項2に係る発明は、刊行物1に記載された発明及び上記周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項2に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項1及び請求項3,4に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-03-09 
結審通知日 2009-03-12 
審決日 2009-03-24 
出願番号 特願2002-166063(P2002-166063)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16H)
P 1 8・ 575- Z (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 津田 真吾  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 常盤 務
戸田 耕太郎
発明の名称 静油圧式無段変速装置  
代理人 北村 修一郎  

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