• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B60T
管理番号 1200007
審判番号 不服2007-2804  
総通号数 116 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2009-08-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-01-24 
確定日 2009-06-29 
事件の表示 平成 8年特許願第127310号「車両ブレーキ装置の制御方法および制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成 9年 1月28日出願公開、特開平 9- 24809〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯の概要
本願は、平成8年5月22日の出願(パリ条約による優先権主張 1995年7月8日 ドイツ連邦共和国)であって、平成18年10月23日(起案日)付けで拒絶査定され、これに対し、平成19年1月24日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、その後、当審において平成20年6月3日(起案日)付けで拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)を通知したところ、平成20年12月4日付けで明細書を補正する手続補正がなされたものである。

2.本願発明
本願の請求項1ないし3に係る発明は、 平成18年8月11日付け、及び平成20年12月4日付け手続補正により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「【請求項1】 車両ブレーキ装置の制御方法であって、
車輪ブレーキにおいてドライバ設定値とは独立に圧力が上昇または低下され、
ドライバにより調節されたブレーキ装置の供給圧力の変化率が所定しきい値を超えたとき、自動ブレーキ過程が起動され、
危険状態を示す少なくとも1つの運転変数の関数としてしきい値が変化され、これにより危険の可能性の増大と共に自動ブレーキ過程の起動が行われやすくなり、
前記運転変数が、車両回転比、車両の横方向加速度、またはかじ取角変化率であり、
前記自動ブレーキ過程は、前記車両のすべての車輪がロックされるまで及びアンチスキッド制御装置が応答するまで行われることを特徴とする車両ブレーキ装置の制御方法。」

3.引用刊行物とその記載事項
(刊行物1)
本願優先日前に頒布された刊行物である特開平7-76267号公報(以下、「刊行物1」という。)には、「自動制動過程の開始及び終了を決定する方法」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,車両の制動中に自動制動過程の開始及び終了を決定する方法に関する。」

(イ)「【0002】
【従来の技術】本発明の基礎となつているドイツ連邦共和国特許第4028290号明細書から,臨界走行状態において制動距離を短くする方法が公知で,制動ペダルの操作速度が閾値を超過すると,自動制動過程が開始される。自動制動過程の開始直後に,制動ペダル位置から生ずる制動圧力より大きい制動圧力が確立される。それにより非常状態が検出され,制動距離の短縮が行われる。
【0003】自動制動過程の開始が早く行われるほど,制動距離の短縮が大きくなる。なぜならば,制動過程の初めに車両が最高の速度を持つているので,主としてこの時点における減速度により車両の制動距離が決定されるからである。他方,非常制動以外における予想しない激しい制動は運転者を驚かせ,運転者を適切でないパニツク及び驚き反応の状態にもたらすことがあるので,非常制動の開始が早すぎてはならない。更にこのような制動を必要としない交通状態における激しい制動は後続の車両の運転者を驚かせることがあるので,後続車両はもはや正しく反応せず,場合によつては先行車両へ衝突することがある。
【0004】これらの理由から,閾値を規定する際,できるだけ早い開始即ち低い閾値と不必要な開始の回避即ち高い閾値との間で,妥協を行わねばならない。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は,自動制動過程の開始を最適化することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】臨界走行状態における制動距離を短くする目的で,制動ペダルの操作速度の閾値を決定するため,この閾値の超過を自動制動過程の開始のためのただ1つの判定基準として使用し,自動制動過程の開始後,制動ペダル位置から得られる制動圧力より大きい制動圧力を自動的に確立し,制動ペダル操作速度のための固定閾値を規定する方法において,固定閾値と少なくとも1つの係数との乗算によつて制動ペダル操作速度の閾値を求め,走行状態を表わす量に関係してこの少なくとも1つの係数を求める。
【0007】更に固定閾値を規定するが,少なくとも1つの係数との係数によりこの固定閾値を異なる走行状態に合わせる。このため車両の走行状態を表わす量に関係して少なくとも1つの係数を求める。走行状態を表わす量とは,車両の運動を特徴づける物理量のみならず,運転者により操作されて車両の運動に影響を及ぼす操作素子をも意味する。固定閾値及び自動制動過程は,ドイツ連邦共和国特許第4028290号明細書に示されている。
【0008】従属請求項による本発明の実施態様では,車両速度に関係して係数を求め,また制動ペダル行程に関係して別の係数を求める。これらの係数はそれぞれ単独に特性曲線で記憶することができる。複数のこのような係数の積を共通な特性曲線で記憶することも可能である。」

(ウ)「【0011】図1の特性曲線は,車両速度vに関係して係数F1を示している。図示した特性曲線は,種々の車両速度vに対する係数F1の多数の所定の値により規定される。中間の値は直線的補間により求められる。【0012】低い車両速度v即ち約50km/h以下の車両速度の範囲B1において,特性曲線が最大値を持つている。5?10km/hの車両速度vで,制動ペダル操作速度の閾値Seffの超過が不可能であるように,係数F1の大きさを選ぶのが有利である。それにより割込み駐車又は後退の際,自動制動過程が必要な状態が存在しなくても,制動ペダルの激しい操作により自動制動過程が開始されるのを防止することができる。続いて係数F1の特性曲線が低下する。低い速度での縦列走行の際及び停止-進行走行の際,高い閾値Seffで自動制動過程が超過されるようにすることができる。係数F1の最大値は例えば2?5の値をとり,それから特性曲線は値1に低下する。
【0013】範囲B2は,普通の速度の円滑な交通の範囲,従つて約50?180km/hの範囲にある速度範囲にある。ここでは,固定閾値S1がこれらの車両速度において制動ペダルの普通の操作速度vBに合わされているので,係数F1は最小値例えば値1を持つている。
【0014】約180km/h以上の非常に高い車両速度では,運転者は基本的に激しく従つて高い操作速度vBで制動ペダルを操作する傾向があるので,係数F1の特性曲線は範囲B3で再び上昇する。この係数は200km/h以上の速度で1.5以上の値へ上昇する。」

(エ)「【0019】図5は自動制動過程を実施する方法の流れ図を示している。測定される制動ペダル行程sBが段階100で制御へ導入される。それから段階101及び102で操作速度が求められる。即ち段階101において,求められる制動ペダル行程値sBと先行する測定により求められた制動ペダル行程の値sB′との差をその間に経過した時間Tで除算することによつて,速度vB1か求められる。なおこの時間Tは,周期的に行われる方法では,この方法のサイクル時間に等しい。フイルタ効果を得るため,この値vB1が前に求める際計算された操作速度の値vBAと共に平均化される。こうして操作速度値vB2が得られる。この値vB2が,段階104で新しい操作速度値vBAとして記憶装置に記憶される。測定された制動ペダル行程sBが段階で新しい値sB′として記憶される。
【0020】段階106において,段階105で求められた車両速度vに基いて,特性曲線から車両速度に関係する係数F1が求められる。段階107で特性曲線から,制動ペダル行程に関係する係数F2が求められる。段階108において,記憶されている固定閾値S1が読出される。段階109で制動ペダル操作速度閾値SeffがF1,F2及びS1の積として求められる。
【0021】 その代りに,主サイクル時間T中に二次ループで制動ペダル行程を複数回読込んで処理(フイルタリング)することができる。これはT=12msの主サイクル時間において3?4回行うことができる。それにより操作速度vBの一層精確な値が得られる。
【0022】段階110において,実際の操作速度vB2が閾値Seffより大きいか否かが決定される。否の場合プログラムの開始へ戻る。操作速度が閾値を超過していると,・・・(中略)・・・自動制動過程118が行われる。・・・」

(オ)「【0028】一般に制動ペダルの操作速度の代りに,それに直接関係する量を自動制動過程のただ1つの開始判定基準として使用することも可能である。例えば制動ペダルへ作用する力の時間微分又は制動圧力の時間微分が,このために適当な量とみなされる。」

そして、刊行物1に記載された制動装置は、上記摘記事項(ア)?(オ)、及び図面の記載からみて、車輪ブレーキのブレーキシリンダに圧力を供給して制動を行うものであって、制動制御を行う制御ユニットを備えているものと認められる。

したがって、上記摘記事項(ア)?(オ)、及び図面の記載からみて、刊行物1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認める。

【引用発明】
車両制動装置の制御方法であって、車輪ブレーキにおいて運転者設定値とは独立に圧力が上昇または低下され、制動ペダル操作速度、したがって、運転者により調節された制動圧力の時間微分が所定閾値Seffを超えたとき、自動制動過程が起動され、車両速度や制動ペダル行程等の車両の走行状態を表す量の関数として閾値Seffが変化される車両制動装置の制御方法。

(刊行物2)
本願優先日前に頒布された刊行物である特開平4-135958号公報(以下、「刊行物2」という。)には、「車両のアンチスキッドブレーキ装置」に関して、図面とともに、以下の事項が記載されている。

(カ)「(産業上の利用分野)
本発明は車両のアンチスキッドブレーキ装置に関する。」(第2ページ右上欄第11?13行)

(キ)「(発明が解決しようとする課題)
ところで、車両の運転においては、運転者が一時的にパニック状態に陥った状態で車輪に制動がかけれる場合がある。例えば、車両走行中に道路横から車両前方への急な飛び出しがあった場合であるが、かかる場合、運転者は危険回避のためにブレーキペダルを強く踏みながら、本能的にハンドルを右、左に速く切るという動作を行なってしまうことがある。
かかる状況において、上記アンチスキッドブレーキ装置が通常の制動時と同様に作動すると、この装置自体が制動時にも旋回走行が行われることを考慮して所定の横抗力(路面からの反力)が得られるように制動圧を増減制御するようになっている関係で、車両には必ずしも可能な最も高い制動効果が与えられない。
すなわち、本発明の課題は、上述のパニック状態においても、アンチスキッドブレーキ装置の特性を生かしながら、車両を短い制動距離で速やかに停止できるようにすることにある。
(課題を解決するための手段)
本発明は、このような課題に対して、運転者のブレーキペダルの踏込状態を検出し、この踏込状態に応じて制動圧制御の閾値を変更できるようにするものである。
すなわち、そのための具体的な手段は、第1図に示すように、車輪の回転速度を検出する車輪速検出手段1と、車輪の制動圧を調節する制動圧調節手段2と、上記車輪速検出手段1によって検出される車輪速に基づき所定の制御閾値に従って上記制動圧を増減するよう上記制動圧調節手段2を制御する制御手段3とを備えた車両のアンチスキッドブレーキ装置を前提とし、
ブレーキペダルの踏込状態を検出するブレーキペダル踏込状態検出手段4と、
上記ブレーキペダル踏込状態検出手段4により検出されるブレーキペダルの踏込状態に基いて上記制御閾値を変更する制御閾値変更手段5とを備えていることを特徴とする。
ブレーキペダル踏込状態検出手段4をブレーキペダルの踏込速度を検出するものとした場合、制御閾値変更手段5は上記踏込速度が所定値以上のときに制御閾値を車輪の制動効率が高くなる方向に変更するものとする。
また、ブレーキペダル踏込状態検出手段4をブレーキペダルの踏込量を検出するものとした場合、制御閾値変更手段5は上記踏込量が所定の限界踏込量以上のときに、検出された踏込量から限界踏込量を差し引いた値が大きいほど車輪の制動効率か高くなるように制御閾値を変更するものとする。
ブレーキペダルの踏込速度を検出する場合、転舵量を検出する転舵量検出手段を設け、この転舵量検出手段で検出される転舵量が所定の限界転舵量を越えるときに、検出された転舵量から限界転舵量を差し引いた値が大きいほど車輪の制動効率が高くなるように制御閾値を変更することができる。
また、車速を検出する車速検出手段を設け、ブレーキペダル踏込速度が所定値以上であるときに、車速が高くなるほど車輪の制動効率が高くなるように制御閾値を変更してもよい。
また、ブレーキペダル踏込量に基いて制御閾値を変更する場合、車速が高いほど制御閾値変更手段5による制御閾値の変更量を車輪の制動効率が高くなる方向に補正する制御閾値補正手段7を設けてもよい。
さらに、ブレーキペダルの踏込速度が所定値以上であっても、転舵量が所定値以下のとき、あるいはブレーキペダルの踏込量が所定値以下のときには、制御閾値変更手段5による制御閾値の変更を禁止する制御閾値変更禁止手段6を設けることもできる。
(作用)
上記アンチスキッドブレーキ装置においては、ブレーキペダルの踏込状態に基いて制動圧制御のための閾値を変更する手段を備えているから、例えばブレーキペダルの踏込速度が高いとき(ブレーキペダルの急踏込時)には、制御閾値を車輪に通常よりもロック気味に制動圧が作用するように、つまり車輪の制動効率が高くなるように変更することにより、車両を通常よりも短い制動距離で停止させることができるものである。
この場合、車輪はロック気味になることから、旋回走行のために必要な横抗力を充分に確保することができなくなる。しかし、ブレーキペダルのが急に踏み込まれているという状況は、運転者が危険回避のために思わずブレーキペダルを強く踏み込んだという状態、例えばパニックに陥っている状態であり、かかる状況では実際にはハンドル操作による車両の旋回は危険回避にはあまり役に立たないのが通常である。そこで、上記旋回走行性を多少犠牲にしても十分な制動力を得て車両をできるたけ速やかに停止させるものである。
また、ブレーキペダルの踏込量が限界踏込量を越えるときに、検出された踏込量から限界踏込量を差し引いた値が大きいほど車輪の制動効率が高くなるように制御閾値を変更するようにすれば、ブレーキペダルの踏込量から運転者のパニック度合を判定して、その程度に応じたABS制御を行なうことができるものである。
また、上記ブレーキペダルの急踏込時における制御閾値の変更において、検出された転舵量が限界転舵量を越えるときに、検出された転舵量から限界転舵量を差し引いた値が大きいほど車輪の制動効率が高くなるように、つまりロックが深くなるように制御閾値を変更するようにすれば、運転者のパニック状態の程度に応じた制動効率にすることができる。
また、上述の如く、ブレーキペダル踏込速度に基いて制御閾値を変更する場合、車速が高いほど車輪の制動効率が高くなるようにすれば、車速が低い場合に旋回走行性を適度に確保しながら、車速が高い場合に制動効率を高めて車両を速やかに停車せしめることができる。
ブレーキペダル踏込量に応じて制御閾値の変更量を決める場合においても、この変更量を車速が高いほど車輪の制動効率が高くなる方向に補正すれば、車速に応じたABS制御を行なうことができる。
また、ブレーキペダルの踏込速度が所定値以上であるときであっても、転舵量、あるいはブレーキペダルの踏込量をみて、上記変更を行なうか否かを決定するようにすれば、真に運転者がパニックに陥っている場合、あるいは転舵で危険を回避することが実際に難しい場合にのみ、ロック気味の制御によって危険を回避することができるようになる。
つまり、転舵量が所定値以下のとき、あるいはブレーキペダルの踏込量が所定値以下のときには、運転者の正常な意思によって転舵が行なわれ、あるいはブレーキペダルの踏込が行われた結果であって、運転者はパニックに陥っていないことから、制御閾値変更手段による制御閾値の変更を禁止して、転舵で危険を回避できるようにするものである。
(発明の効果)
従って、本発明によれば、車両のアンチスキッドブレーキ装置において、ブレーキペダルの踏込状態に基いて制動圧制御のための閾値を変更するようにしたから、ブレーキペダルの踏込速度が高いときや、ブレーキペダルの踏込量が大きいとき、例えば運転者がパニックに陥っている状態のときには、ロック気味になるように制動圧を制御して制動性を確保し、そうでないときには通常のABS制御を行なって車両の操縦安定性を確保するというように、運転者ないしは車両の置かれている状況に応じた制御を行なうことができるようになる。
また、ブレーキペダルの踏込速度が高い場合、限界転舵量を越える転舵量であるときには、その越えた量に応じて制御閾値の変更量を決定するようにすれば、運転者のパニック度合をより実際に即して把握してABS制御を行なうことができる。
また、ブレーキペダルの踏込速度が高い場合、車速が高いほど車輪の制動効率が高くなるようにすれば、あるいは、ブレーキペダル踏込量に応じて制御閾値の変更量を決める場合においても、この変更量を車速が高いほど車輪の制動効率が高くなる方向に補正すれば、車両の実際の状況に応じたABS制御を行なうことができる。
また、制御閾値の変更にあたっても、転舵量、あるいはブレーキペダルの踏込量をみて、上記変更を行なうか否かを決定するようにすれば、運転者ないしは車両の置かれている状況をより実際に即して把握して制御を行なうことができるようになる。」(第2ページ左下欄第15行?第4ページ左下欄第20行)

(ク)「-ペダル踏込速度、転舵量に基く変更-
この制御閾値の変更は、上述のブレーキペダル踏込速度に、舵角センサ41により得られる転舵量を考慮して行なうものである。すなわち、実際の転舵量θHが限界転舵量θHmを越えるときに、この実際の転舵量θHから限界転舵量θHmを差し引いた値bが大きいほどロックが深くなる方向に制御閾値が変更されるものである。
この場合、上記限界転舵量θHmとは、舵角に対応する旋回走行を行なうことができない(例えば、オーバステアリングになる)ような転舵量であって、車速V及び路面の摩擦係数μに基いて第6図に示すマップから演算される。
第7図は本変更制御のフローであり、ステップS2でブレーキペダル踏込速度Bvが所定値Bvoよりも大きいとき、上記値bが零以下ならば制御閾値を変更することなく、通常のABS制御を行なう(ステップS7)。そして、上記値bが零よりも大きい、つまり実際の転舵量θHが限界転舵量θHmを越えるとき、このbに基いてマップから制御閾値変更量βを演算し、制御閾値の変更を行なう(ステップS2?S6)。
上記値bの大きさは、運転者がパニック状態に陥っている程度を表わすとみることができる。従って、この値bの大きさに応じて制御閾値の変更量を変えるこの例では、運転者のパニック状態に応じたABS制御を行なうことができるものである。」(第7ページ左下欄第8行?右下欄第15行)

(ケ)「-制御閾値変更禁止-
制御閾値の変更を禁止するためのパラメータとしては、転舵量、転舵速度及びブレーキペダル踏込量がある。
具体的に説明すると、舵角センサ4からの信号に基き、転舵速度dθH/dtが所定値A未満、または転舵量θHが所定値θHo未満であるという情報を得た場合、あるいはブレーキセンサ35からブレーキペダルの踏込量Btが所定値Bto未満であるという情報を得た場合、制御閾値変更手段5に制御閾値の変更が行なわれないように作動禁止指令が出される。
すなわち、ブレーキペダル26の急踏込時でも転舵やブレーキペダル26の踏込が運転者の正常な意思によって行われるときには、転舵速度、転舵量あるいはブレーキペダル26の踏込量は所定値以下に抑えられるのが通常であり、かかる場合には通常のABS制御を実行させ、転舵速度、転舵量あるいはブレーキペダル26の踏込量が所定値を越えるときに上記制御閾値の変更を行なわしめるものである。
第9図は制御閾値変更の禁止制御を示すフローであり、ステップS2でブレーキペダル踏込速度Bvが所定値Bvoよりも大きいときには、さらに転舵速度dθH/dtが所定値A以上、転舵量θHが所定値θHo以上、及びブレーキペダルの踏込量Btが所定値Bto以上という判定を得たときに制御閾値をロック深め方向に変更してABS制御を行ない、いずれか一が所定値未満のときには制御閾値を変更することなく通常のABS制御を行なうことになる(ステップS3?S7)。
なお、この例では、転舵速度、転舵量及びブレーキペダルの踏込量の全てが所定値以上のときに制御閾値の変更を行なうようにしているが、いずれか一について所定値以上という情報を得たときに制御閾値の変更を行なうようにしてもよい。」(第8ページ左上欄第7行?左下欄第2行)

(コ)「-総合制御-
以上の制御閾値変更制御は、各制御パラメータにより別個に行なう例であるが、場合によっては、上記各パラメータによる条件を全て考慮に入れて、ロック深め方向への制御閾値の変更を行なうようにした方がよい。第11図はその場合の制御のフローを示すものである。
すなわち、各種データの入力後、ブレーキペダル踏込速度Bvが所定値Bvoよりも大きいときは、実際のブレーキペダル踏込量Btから限界踏込量Btlを差し引いた値aが零よりも大きいか否かをみて、大きい場合に、aに応じた制御閾値変更量αを求める(ステップS1?S4)。次に、実際の転舵量θHから限界転舵量θHmを差し引いた値bが零よりも大きいか否かをみて、大きい場合に、bに応じた制御閾値変更量βを求める(ステップS5,S6)。次に、車速Vに応じた制御閾値変更量γを求める(ステップS7)。
そして、転舵速度dθH/dtが所定値A以上、転舵量θHが所定値θHo以上、及びブレーキペダルの踏込量Btが所定値Bto以上という判定を得たときに、上記α+β+γを演算して最終的な制御閾値変更量を求め、それに基いて制御閾値を変更してABS制御を行ない(ステップS8?S12)、上記判定が得られないとき制御閾値を変更することなく通常のABS制御を行なうことになる(ステップS13)。」(第8ページ右下欄第13行?第9ページ左上欄第19行)

4.対比・判断
本願発明と引用発明とを対比すると、それぞれの有する機能からみて、引用発明の「制動装置」は本願発明の「ブレーキ装置」に相当し、以下同様に、「運転者」は「ドライバ」に、「制動圧力の時間微分」は「ブレーキ装置の供給圧力の変化率」に、「閾値Seff」は「しきい値」に、「自動制動過程」は「自動ブレーキ過程」に、「車両の走行状態を表す量」は「少なくとも1つの運転変数」に、それぞれ相当するから、両者は以下の一致点及び相違点を有するものである。

(一致点)
車両ブレーキ装置の制御方法であって、車輪ブレーキにおいてドライバ設定値とは独立に圧力が上昇または低下され、ドライバにより調節されたブレーキ装置の供給圧力の変化率が所定しきい値を超えたとき、自動ブレーキ過程が起動され、少なくとも1つの運転変数の関数としてしきい値が変化される車両ブレーキ装置の制御方法、である点。

(相違点1)
本願発明は、「危険状態を示す少なくとも1つの運転変数の関数としてしきい値が変化され、これにより危険の可能性の増大と共に自動ブレーキ過程の起動が行われやすくなり、前記運転変数が、車両回転比、車両の横方向加速度、またはかじ取角変化である」ものであるのに対し、引用発明は、車両速度や制動ペダル行程等の車両の走行状態を表す量の関数として閾値Seffが変化されるものである点。

(相違点2)
本願発明は、「前記自動ブレーキ過程は、前記車両のすべての車輪がロックされるまで及びアンチスキッド制御装置が応答するまで行われる」のに対し、引用発明は、そのような構成を有していない点。

上記各相違点について、以下に検討する。
(相違点1について)
刊行物2には、上記摘記事項(カ)?(コ)及び図面の記載からみて、ブレーキペダルの急踏込時にブレーキ制御の制御閾値をブレーキ圧力の大側に変更して車両の制動距離を短縮させるものにおいて、前記制御閾値の変更に影響を与える運転変数として、車速やブレーキペダル踏込量の他に、危険状態を示す運転変数として、転舵量や転舵速度を考慮することにより、運転者のパニック状態(危険状態)をより正確に判定し、危険の可能性の増大に応じてブレーキ圧力の大側への変更が行われるようにした車両のブレーキ装置の発明が記載されていると認められる。
してみると、引用発明において、制動ペダルの急踏込時に制動圧力を増大させる自動制動過程を開始する閾値である閾値Seffを、車両速度や制動ペダル行程のみならず、危険状態を示す運転変数である転舵量や転舵速度(かじ取角変化率)の関数として、「危険の可能性の増大と共に自動ブレーキ過程の起動が行われやすくな」るように変化させて、運転者のパニック状態(危険状態)をより正確に判定するようにすることは、ブレーキペダル急踏込時において制動距離を短縮するためのブレーキ制御に関するものである点で互いに技術分野及び課題が共通する刊行物1及び2の発明に接した当業者であれば、格別の創意を要することなく容易に想到することである。
また、かじ取り角変化率(転舵速度)のみならず、車両の横方向加速度や車両回転比(ヨーレート)も、運転者のパニック状態を判定するための運転変数として適宜採用可能なパラメータであることは、当業者であれば容易に理解することができる事項にすぎないものであり(例えば、特開平5-205199号公報の段落【0039】、特開平6-99803号公報の段落【0030】?【0034】、【0040】の記載等参照)、引用発明において、前記運転変数を車両の横方向加速度あるいは車両回転比(ヨーレート)とすることも、格別なことではない。

(相違点2について)
本願発明において、「前記自動ブレーキ過程は、前記車両のすべての車輪がロックされるまで及びアンチスキッド制御装置が応答するまで行われる」は、通常アンチスキッド制御装置が、車輪のロックを防止するための装置であることを考慮すると、その文言の意味するところは必ずしも明らかではないが、技術常識からみて、「前記自動ブレーキ過程は、前記車両のすべての車輪がロックされる直前まで及びアンチスキッド制御装置が応答するまで行われる」と解釈するのが妥当である。
そして、ドライバ設定値とは独立に圧力が上昇または低下され、ドライバにより調節されたブレーキ装置の供給圧力の変化率が所定しきい値を超えたとき、自動ブレーキ過程が起動されるようなブレーキアシスト制御装置と、アンチスキッド制御装置を両方備えた車両自動ブレーキ装置は、従来周知であり(例えば、特開平4-121260号公報の第4ページ右下欄第5行?第5ページ左上欄第7行及び第5図、国際公開第93/24353号に対応する特表平7-507020号公報の第4ページ左下欄第6?8行等参照)、引用発明の制動装置においても、アンチスキッド制御装置を設けることに格別困難性は認められない。
また、ブレーキアシスト制御装置とアンチスキッド制御装置を備えた車両自動ブレーキ装置において自動ブレーキ過程(ブレーキアシスト)が、車両のすべての車輪がロックされる直前まで及びアンチスキッド制御装置が応答するまで行われることは、当業者にとって自明である。

そして、本願発明の奏する効果についてみても、刊行物1、2に記載された発明、及び周知の事項から当業者が予測し得る程度のものであって、格別なものとはいえない。

ところで、請求人は、当審拒絶理由に対する意見書において、
「拒絶理由に記載の相違点1について、刊行物2には、確かに、所定しきい値を変化させる運転変数として、転舵量を考慮することは開示されております。しかしながら、所定しきい値を変化させる運転変数として、転舵速度を考慮することは何ら開示されておりません。
刊行物2では、「上記α+β+γを演算して最終的な制御閾値変更量を求め」とあるように、所定しきい値を変化させる運転変数としては、ブレーキペダル踏込量に関連したαと、転舵量に関連したβと、車速Vに応じたγとが考慮されておりますが、「転舵速度dθH/dtが所定値A以上、?????という判定を得たときに、上記α+β+γを演算して最終的な制御閾値変更量を求め」ているだけで、転舵速度dθH/dtを、運転変数の関数としてしきい値を変化させてはおりません。
このように刊行物2では、転舵速度は、単に、α+β+γを演算する契機、すなわち、しきい値を変化させるか否かのきっかけに用いているに過ぎず、転舵速度そのものを用いて、自動ブレーキ過程の起動を左右するしきい値を変化させるようにしておりません。
拒絶理由通知書には、「なお、かじ取り角変化(転舵量ないし転舵速度)のみならず、車両の横方向加速度や車両回転比(ヨーレート)も、運転者のパニック状態を判定するための運転変数として適宜採用可能なパラメータであることは、当業者であれば普通に理解することができる事項にすぎないものであり(例えば、特開平5-205199号公報の段落[0039]、特開平6-99803号公報の段落[0030]?[0034]、[0040]の記載等を参照)、引用発明1において、前記運転変数を車両の横方向加速度あるいは車両回転比(ヨーレート)とすることも、格別なことではない。」(11頁最終段落)とあります。
しかしながら、これらの公報を単に組み合わせただけでは、上述した場合と同様に、車両の横方向加速度などを用いて、しきい値を変化させるためのきっかけにするという構成が案出されるだけに過ぎず、車両の横方向加速度などそのものを用いて、自動ブレーキ過程の起動を左右するしきい値を変化させるという構成まで案出できるものではありません。」(平成20年12月4日付け意見書の【意見の内容】のE.本願発明と刊行物との比較(理由1)を参照)と主張している。

しかしながら、刊行物2には、制御閾値の変更を禁止するためのパラメータの一つとして、転舵速度が例示されているように(上記摘記事項(ケ)参照)、転舵速度は、車両における各種制御に用いられるパラメータとして一般的なものであるから、転舵速度をしきい値を変化させる変数とすることが格別なものとは認められない。
また、制御に用いる各パラメータを他のパラメータと関連させて用いるのか、パラメータそのものの関数として用いるのかは、必要に応じて当業者が適宜決定すべき設計的事項にすぎない。
よって、請求人の上記主張は採用できない。

5.むすび
したがって、本願の請求項1に係る発明(本願発明)は、刊行物1、2に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の請求項2及び3に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2009-02-04 
結審通知日 2009-02-05 
審決日 2009-02-17 
出願番号 特願平8-127310
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (B60T)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小野 孝朗村上 聡  
特許庁審判長 川上 益喜
特許庁審判官 藤村 聖子
溝渕 良一
発明の名称 車両ブレーキ装置の制御方法および制御装置  
代理人 星野 修  
代理人 富田 博行  
代理人 社本 一夫  
代理人 千葉 昭男  
代理人 小林 泰  
代理人 増井 忠弐  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ