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審判番号(事件番号) データベース 権利
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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A01K
審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 A01K
管理番号 1217127
審判番号 不服2007-8928  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-03-29 
確定日 2010-05-20 
事件の表示 特願2002-549063「HLA-A24発現トランスジェニック動物及びその利用」拒絶査定不服審判事件〔平成14年 6月20日国際公開、WO02/47474〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成13年12月12日(国内優先権主張 平成12年12月13日,特願2000-378556号;平成13年9月6日,特願2001-269746号)に国際出願されたものであって,平成19年2月2日付けで願書に添付した明細書について手続補正がなされ,平成19年2月22日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成19年3月29日に拒絶査定に対する審判請求がなされ,平成19年4月26日付けで願書に添付した明細書について手続補正がなされたものである。


第2 平成19年4月26日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年4月26日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.平成19年4月26日付け手続補正に係る特許法第17条の2第4項の規定についての判断
本件補正により,補正後の特許請求の範囲の請求項1は,
「 【請求項1】 配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含有する遺伝子が導入されている,C57BL/6系統のトランスジェニックマウス。」
と補正されることになる(補正後の発明を,以下,「本願補正発明1」という。)。

トランスジェニックマウスに係る補正前の請求項1?9は,
「 【請求項1】 HLA-A24拘束性の抗原刺激により、細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導されることを特徴とする、HLA-A24遺伝子導入トランスジェニックマウス。
【請求項2】 HLA-A24遺伝子をホモで有することを特徴とする、請求項1に記載のトランスジェニックマウス。
【請求項3】 HLA-A24遺伝子が、HLA-A24遺伝子のα1及びα2領域とマウスMHCクラスI遺伝子のα3領域を含有するキメラ遺伝子である、請求項1又は2に記載のトランスジェニックマウス。
【請求項4】 HLA-A24遺伝子がHLA-A2402遺伝子である、請求項1?3のいずれかに記載のトランスジェニックマウス。
【請求項5】 HLA-A24遺伝子が配列番号:3に記載のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含有するものである、請求項1?4のいずれかに記載のトランスジェニックマウス。
【請求項6】 HLA-A24遺伝子が配列番号:2に記載のヌクレオチド配列を含有するものである、請求項1?4のいずれかに記載のトランスジェニックマウス。
【請求項7】 HLA-A24遺伝子が配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含有するものである、請求項1?4のいずれかに記載のトランスジェニックマウス。
【請求項8】 HLA-A24遺伝子が、請求項5?7のいずれかに記載のヌクレオチド配列の相補鎖とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、かつ当該DNAの発現産物がHLA-A24拘束性抗原ペプチドと結合してCTL誘導能を有するものである、請求項1?4のいずれかに記載のトランスジェニックマウス。
【請求項9】 マウスがC57BL/6系統のマウスである、請求項1?8のいずれかに記載のトランスジェニックマウス。」
のとおりであり,本願補正発明1はこれら発明のうちいずれかに対応するものである。

補正前請求項2?9はいずれも直接的又は間接的に請求項1を引用しており,補正前請求項1は「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ことを発明特定事項としているが,本願補正発明1には,当該発明特定事項は記載されていない。
したがって,補正前の請求項1?9に共通する発明特定事項である「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ことが,本願補正発明1の発明特定事項となっておらず,「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含有する遺伝子が導入されている」又は「C57BL/6系統」であることは,補正前の発明の発明特定事項である,「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ものであることを概念的により下位にしたものではなく,発明特定事項の限定にはあたらない。
してみると,補正前の特許請求の範囲の請求項1?9における「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導されることを特徴とする,HLA-A24遺伝子導入トランスジェニックマウス」を,本願補正発明1における「配列番号:1に記載のヌクレオチド配列を含有する遺伝子が導入されている,C57BL/6系統のトランスジェニックマウス」と補正する補正事項は,補正前発明の発明特定事項を限定的に減縮したものとはいえず,また,誤記の訂正,拒絶の理由についてする明りょうでない記載の釈明のいずれにも当たらないので,本件補正は,特許法第17条の2第4項の各号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しないものである。

2.むすび(特許法第17条の2第4項の規定について)
よって,補正前請求項1?9に係る発明を補正後請求項1に補正する,審判請求時の補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項の規定に違反するので,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって,結論のとおり決定する。


第3.本願発明について
平成19年4月26日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明1」という。)は,平成19年2月2日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。
「【請求項1】 HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導されることを特徴とする,HLA-A24遺伝子導入トランスジェニックマウス。」


第4.原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由となった,平成18年11月27日付けで通知した拒絶理由2の概要は,この出願の発明は,引用文献1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。


第5.理由2(特許法特許法第29条第2項の要件)についての判断
1.引用例1の記載
原査定の拒絶の理由に引用文献1として引用された本願優先日前に頒布された刊行物である.J.Immunol. (1997), Vol.159, p.4753-4761(以下,「引用例1」という。)には,以下のとおり記載されている。

(ア)「キメラのヒト(α1及びα2 HLA-11ドメイン)及びマウス(α3,膜貫通領域,細胞内領域 H-2K^(b)ドメイン)クラスI分子を発現するトランスジェニックマウスが得られた。」(第4753頁要約欄1?2行)

(イ)「フロイント不完全アジュバント中で乳化した7つの公知HLA-A11拘束性CTLエピトープによるこれらマウスの免疫付与の結果,活発な特異的細胞傷害性T細胞(CTL)応答が引き起こされた。」(第4753頁要約欄3?4行)

(ウ)「一次ヒトインビトロ培養物において細胞傷害性T細胞(CTL)応答を引き起せる8ペプチドのうち8つのものが,HLA-A11/K^(b)マウスにおいてもまた免疫原性であることが見出された。最終的に,少なくともある程度A11エピトープは生体内における天然の加工と提示の結果,トランスジェニックマウスによって生成されることを示唆するものである,HLA-A11/K^(b)トランスジェニックマウスがインフルエンザウイルスA/PR/8/34による免疫付与後に,A11/K^(b)拘束性細胞傷害性T細胞(CTL)応答を引き起こすことが見出された。」(第4753頁要約欄3?4行)

(エ)「CD8分子とクラスI分子のα3ドメイン間の種特異的相互作用を維持するために,ヒトHLA-2.1のリーダー,α1,及びα2ドメインに融合したマウスクラスI分子H-2K^(b)のα3,膜貫通,細胞内ドメインを含むハイブリッドクラスI分子が構築された。A2.1/K^(b)トランスジェニックマウスは,インフルエンザウイルスA/PR/8/34の感染によって誘発される細胞傷害性T細胞(CTL)応答が直接HLA-A2.1抗原が発現しているヒトにおいて認識される同じ主要エピトープに対して直接引き起こされることを示すことによって免疫学的水準が検証された。同じA2.1/K^(b)トランスジェニックマウス及び38の異なった予め定義された合成エピトープのパネルを用いたその後の研究はこれらの観察を拡大させ,これらマウスの細胞傷害性T細胞レパートリーとHLA-A2.1抗原陽性ヒト個体との間の良好な相関性を立証した。他の研究は,ヒトの細胞傷害性T細胞エピトープの可能性を予測するHLA-A2.1トランスジェニックマウスモデルの有用性を立証した。
A2.1抗原は人口の大部分(20-50%,考慮対象とする民族集団によって異なる)において見出されるものの,広い人口を保護範囲としたエピトープを基礎としたワクチンの開発には,他の普遍的HLAタイプにより拘束された細胞傷害性T細胞(CTL)応答を研究するための検証とモデルシステムの使用が必要である。
本研究において,我々はHLA-A11/K^(b)トランスジェニックマウスの開発について説明する。HLA-A11抗原は,考慮対象とする民族集団によって異なるが,一般的人口の4?33%において発現している,最も普遍的なクラスI HLA抗原のひとつである。」(第4753頁右欄21行?第4754頁左欄13行)

(オ)「トランスジェニックマウスの作製
キメラヒト-マウスクラスIcDNA構築物はトランスジェニックマウスの作製に用いられ,標準的なPCR増幅及びクローニング手法によって作製された。これらの構築物は,ヒトHLA-11のリーダー,α1,及びα2ドメインに融合したマウスH-2K^(b)のα3,膜貫通,細胞内ドメインを含む。すべてのDNA構築物の配列は標準的DNA配列決定法によって確認された。クラスIハイブリッド構築物は続いてH-2L^(d)プロモーター,イントロン,ポリアデニレーションシグナルに由来する要素を含むcDNA発現ベクター中に複製された。・・・続いて,精製されたDNAは,既に述べられたように,トランスジェニックマウス作製のため受精BALB/c × C57BL/6受精卵中に注入された。得られた産仔はHLA抗原広範囲反応性クラスIモノクローナル抗体9.12.1を用いた蛍光活性化細胞選別装置によってクラスI導入遺伝子の発現について選抜された。四世代の間,クラスIを最も高発現しているトランスジェニックマウスをC57BL/6マウスに戻し交配させた後,ホモ接合性トランスジェニックマウスはヘテロ接合性トランスジェニックマウスの交配によって作製された。」(第4754頁右欄下から3行?左欄16行)

(カ)「結論として,我々はHLA-A11/K^(b)トランスジェニックマウスの作出を報告する。これらのマウスは機能的A11/K^(b)拘束性の細胞傷害性T細胞レパートリーを有している。したがって,このシステムはエピトープ同定及びワクチン開発の為の免疫学的ツールとして使用することができるであろう。」(第4760頁右欄3?7行)

2.引用例2の記載
原査定の拒絶の理由に引用文献2として引用された本願優先日前に頒布された刊行物であるImmunogenetics (1992), Vol.35, p.41-45(以下,「引用例2」という。)には,以下のとおり記載されている。

(キ)図3にはHLA-A2401?A2403のHLA分子のエクソン1,2,3を含む核酸配列が記載されており,図4にはそれら核酸配列に対応するリーダー配列及びα1ドメイン,α2ドメインのアミノ酸配列が記載されている。(第43?44頁)

(ク)「HLA-A24もまた広範に分布しており,様々な人種への分岐以前に両サブタイプが存在していたことを示す。」(第44頁右欄22?24行)

3.本願発明1と引用例1に記載された発明との対比について
引用例1には,「キメラのヒト(α1及びα2 HLA-11ドメイン)及びマウス(α3,膜貫通領域,細胞内領域 H-2K^(b)ドメイン)クラスI分子を発現するトランスジェニックマウスが得られた」こと(記載事項(ア)),及び当該トランスジェニックマウスが,「公知HLA-A11拘束性CTLエピトープによるこれらマウスの免疫付与の結果,活発な特異的細胞傷害性T細胞(CTL)応答が引き起こされた」ことが記載されている(記載事項(イ))。
本願発明1と引用例1に記載された事項を対比すると,両者は,HLA-Aのタイプのうち特定のものの拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導されることを特徴とする,HLA-Aのタイプのうち特定のものの遺伝子を導入したトランスジェニックマウス」である点で一致し,本願発明1では,HLA-Aのタイプが「A24」であるのに対して,引用例1に記載された事項では,HLA-Aのタイプが「A11」である点で相違する(相違点1)。

4.本願発明1と引用例1に記載された発明との相違点についての判断
相違点1について検討する。
引用例1には,「広い人口を保護範囲としたエピトープを基礎としたワクチンの開発には,他の普遍的HLAタイプにより拘束された細胞傷害性T細胞(CTL)応答を研究するための検証とモデルシステムの使用が必要である」(記載事項(エ))と記載されており,他の普遍的HLAタイプにより拘束された細胞傷害性T細胞(CTL)応答を研究するために他のモデルマウスを作製することの動機付けについて記載されている。
ここで,例えば優先日前の周知例として挙げられた引用例2には「HLA-A24もまた広範に分布して」いるHLAタイプであることが記載されている(記載事項(ク))ように,HLA-Aのタイプが「A24」であるものも,普遍的HLAタイプであるから,当業者であれば,引用例1に記載されたHLA-Aのタイプが「A11」である遺伝子に代えて,HLA-Aのタイプが「A24」である遺伝子として,例えば引用例2に記載されたHLA-2401?HLA-2403のリーダー,α1,及びα2ドメインに対応するエクソン1,2,3に係る核酸配列をマウスに導入することによって,HLA-A24タイプにより拘束された細胞傷害性T細胞(CTL)応答を研究するためモデルシステムを産生することは容易に想到しうることであり,当該手法により産生されたHLA-A24遺伝子導入トランスジェニックマウスのうち,HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導されるようなマウスを選抜することについても容易になしうるといえる。
よって,本願発明1は,引用例1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5.請求人の主張について
請求人は,平成19年2月2日付け意見書,平成19年6月7日付け審判請求理由を補充する手続補正書,及び平成21年2月23日付け回答書において以下のように主張している。
(1)発明の構成について
(主張 ア)本願発明のトランスジェニックマウスは,既知の方法を単に踏襲するのみで作製できるものではなく,適切なキメラ遺伝子を得るには,HLA分子の遺伝子上に,H-2K^(b)分子の遺伝子を連結するのに適した制限酵素部位が必要であるが,HLA-A24遺伝子には,HLA-A24遺伝子のα1及びα2領域とマウスMHC(H-2K^(b))のα3領域とをゲノム上で連結するための適当な制限酵素部位が存在しない。
そのため,本願発明者らは,塩基配列を改変して人工的に適切な制限酵素部位を構築したが,引用文献1には,そのようなことは記載されておらず,天然に存在しない配列を含むキメラHLA-A24のゲノムDNAが,それを個体へ導入した際に正常にスプライシングされて目的のキメラHLA-A24分子を発現するか否か,まして,作製されたトランスジェニック動物が正常にキメラHLA-A24を発現し,所望のCTL誘導能を有するヒトモデル動物となり得るか否か,ということは全く予測不可能である。

(主張 イ)引用文献2は遺伝子配列などHLAハプロタイプに関する一般的な情報を提供しているに過ぎない。引用文献2には,引用文献1の発明においてHLA-A11に代えてHLA-A24を用いることを動機づけるような記載はどこにもない。したがって,引用文献2は本願発明の創作を容易になしうる根拠材料として引用文献1記載の発明に適用するには値しない。

(主張 ウ)引用文献1のトランスジェニックマウスは「BALB/c×C57BL/6系統」でありC57BL/6と他の系統のマウスの間に生まれたF1系統のマウスであり,異系交配のF1系統のマウスにおいて同系交配よりも優れた形質,例えば高い生存率がみられることは「雑種強勢」という用語で知られるように当業界にて周知である。かかる状況下,トランスジェニックマウスの取得率が低いC57BL/6系統を当業者が当然に選択するとはいえない。

(2)発明の効果について
(主張 エ) 本願発明のトランスジェニックマウスは,種々のヒト癌抗原ペプチドに高感度で反応するように広範な抗原ペプチドに対する反応性があり,自己抗原ペプチドという極めて抗原性の弱いペプチドにも反応性を有するマウスであり,ヒトとマウスで配列が共通する癌ペプチドにも反応するという特徴を有する。
審査官は,「当該マウスはMHC分子中において提示抗原ペプチドを収納する部分であるα1及びα2をヒトHLA-A24に変更していることから,合理的に予測できる範囲内の効果にすぎない。引用文献1には自己抗原についてはなんら記載されていないが,同様の効果が奏されると推測でき,請求項1の構成により初めて生じた格別顕著な効果であるとは認めることができない。」と述べているが,自己抗原ペプチドがHLA分子に結合し提示されうるか否かと,提示された自己抗原ペプチドに対するCTLの誘導が検出可能な程度に起こるか否かとは別の問題であり,たとえ自己抗原ペプチドがキメラHLA-A24分子に結合することが予測可能であったとしても,CTLの誘導が見られるか否かは実験によりはじめて明らかになることで技術常識から予測できるものではない。
引用文献1には自己抗原ペプチドについてなんら記載されておらず,ましてやそのトランスジェニックマウスにおいて自己抗原ペプチドに対するCTL誘導が見られることを示す実施例もない。つまり,引用文献1のトランスジェニックマウスは,投与ペプチドが自己抗原ペプチドと一致してしまった場合であっても信頼性あるCTL誘導活性の評価が可能なヒトモデル動物たりうるものではない。本願の実施例には,本願発明のトランスジェニックマウスが自己抗原ペプチドと同一の配列を有するHLA-A24拘束性ヒト癌抗原ペプチドと反応し,検出可能なCTL誘導を示したことが記載されており,これは,本発明者にとっても予想外の結果であった。
よって,上記の効果は,本発明者が構築したキメラHLA-A24遺伝子を有するという,本願発明の構成により初めて生じた格別顕著な効果である。

(主張 オ) 本願発明のトランスジェニックマウスは,多数の研究者に分与され,それぞれの研究目的に応じてHLA-A24拘束性癌抗原ペプチドの研究および実用化に貢献している。本願発明のトランスジェニックマウスを用いて得られた成果のリストは,本願発明が,癌抗原ペプチドの研究を進展させ延いては癌の治療や予防方法の開発に大いに貢献する,ということを証明するものである。


主張(1)(ア)について検討する。
請求項1に記載された発明に係るトランスジェニックマウスを特定する事項は「HLA-A24遺伝子」を導入したものであること,及び「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ものであることのみであり,ヒトHLA「遺伝子のα1及びα2領域とマウスMHC(H-2K^(b))のα3領域とをゲノム上で連結する」ことは,請求項1に記載された発明を特定するための事項となっていない。したがって,ゲノム上で連結するように構成することを前提とした主張(1)(ア)は特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
また,そもそもキメラ遺伝子を作製するに当たり接続部分をどのように設計するかは,ゲノム上で連結する場合であってもスプライシングで取り除かれるイントロンの両端近傍を避ければよく,当業者にとって通常の創作能力の発揮の範囲内に過ぎない。
したがって,請求人の主張(1)(ア)は採用することができない。

主張(1)(イ)について検討する。
4.で述べたように,引用例1には,「広い人口を保護範囲としたエピトープを基礎としたワクチンの開発には,他の普遍的HLAタイプにより拘束された細胞傷害性T細胞(CTL)応答を研究するための検証とモデルシステムの使用が必要である」(記載事項(エ))と記載されており,他の普遍的HLAタイプにより拘束された細胞傷害性T細胞(CTL)応答を研究するために他の普遍的HLAタイプに係るモデルマウスを作製することの動機付けについて記載されている。
したがって,請求人の主張(1)(イ)は採用することができない。

主張(1)(ウ)について検討する。
請求項1に記載された発明に係るトランスジェニックマウスを特定する事項は「HLA-A24遺伝子」を導入したものであること,及び「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ものであることのみであり,「C57BL/6系統」であることは,請求項1に記載された発明を特定するための事項となっていない。したがって,C57BL/6系統のマウスであることを前提とした主張(1)(ウ)は特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
また,マウス「C57BL/6系統」はH-2複合体遺伝子群(H-2K,H-2A,H-2E,H-2D,H-2S)に対してH-2^(b)ハプロタイプを持つものとして周知であり、それに対して例えば「BALB/c系統」はH-2^(d)ハプロタイプを持つものである(必要であれば,J.Immunol. 1998, Vol.161, p.6215-6222の要約,図1等を参照のこと)。そもそもキメラ遺伝子を作製するに当たり,キメラ分子のマウスMHCクラスI分子部分としてH-2複合体遺伝子群のうちH-2K遺伝子がH-2K^(b)タイプに由来するものを用いた場合,ホストであるマウスもH-2^(d)等他のハプロタイプに由来するH-2Kd等の他の遺伝子が混じる可能性があるF1雑種等を用いるのではなく,H-2K^(b)タイプのみを有するH-2^(b)ハプロタイプを持つ「C57BL/6系統」を使用することも当業者であれば当然に想起しうる程度のことであって,適宜選択しうる事項に過ぎない。
したがって,請求人の主張(1)(ウ)は採用することができない。

主張(2)(エ)について検討する。
請求人は,「種々のヒト癌抗原ペプチドに高感度で反応するように広範な抗原ペプチドに対する反応性があり,自己抗原ペプチドという極めて抗原性の弱いペプチドにも反応性を有するマウスであり,ヒトとマウスで配列が共通する癌ペプチドにも反応する」という「効果は,本発明者が構築したキメラHLA-A24遺伝子を有するという,本願発明の構成により初めて生じた格別顕著な効果である」と主張している。
しかしながら,請求項1に記載された発明に係るトランスジェニックマウスを特定する事項は「HLA-A24遺伝子」を導入したものであること,及び「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ものであることのみである。
例えば,引用例1には,「得られた産仔はHLA抗原広範囲反応性クラスIモノクローナル抗体9.12.1を用いた蛍光活性化細胞選別装置によってクラスI導入遺伝子の発現について選抜された。」(記載事項(オ))と記載されているように,導入された遺伝子が完全に同じものであっても導入された個々のトランスジェニックマウスにおける遺伝子の挙動は,その遺伝子の発現量一つとってみても差が生じるのが常識である。
したがって,マウスに同じ機能を有する遺伝子を導入しても,導入される遺伝子の具体的配列や領域,挿入された部位の違いや,付随させるプロモーターやエンハンサーの相違によるDNA構築物の相違,及び,導入されるマウス系統などの相違など様々な要因によりその具体的な挙動は変化することが技術常識であるが,本願発明1は,ペプチドに対する感度に与える影響が大きいと認められるA24タイプのうちのいずれのサブタイプによるものか,どのドメインを含む領域を包含するか,制御配列として何を用いるか等を含む具体的な導入DNA構築物の構成,また導入遺伝子をホモで保持するかヘテロで保持するか,宿主たるマウスの系統等については何ら規定するものではない。
そして,本願発明1の「HLA-A24遺伝子」を導入したものであって「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ものであれば,導入遺伝子の具体的な構成や,導入されるマウスの系統などの請求の範囲に規定されていない条件によらず,すべからく「種々のヒト癌抗原ペプチドに高感度で反応するように広範な抗原ペプチドに対する反応性があり,自己抗原ペプチドという極めて抗原性の弱いペプチドにも反応性を有するマウスであり,ヒトとマウスで配列が共通する癌ペプチドにも反応する」ことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,請求人の主張する,「種々のヒト癌抗原ペプチドに高感度で反応するように広範な抗原ペプチドに対する反応性があり,自己抗原ペプチドという極めて抗原性の弱いペプチドにも反応性を有するマウスであり,ヒトとマウスで配列が共通する癌ペプチドにも反応する」との効果は,本願実施例において作製された特定のトランスジェニックマウス個体及びその子孫の効果にすぎないと認められ,本願発明1が,「HLA-A24遺伝子」を導入したものであること,「HLA-A24拘束性の抗原刺激により,細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導される」ものであることのみを規定するものであって,その他に感度に影響を与えうる要素を何ら特定するものではないことにかんがみると,当業者の予測し得ない,本件発明1のトランスジェニックマウスの奏する顕著な作用効果ということはできない。
したがって,請求人の主張(2)(エ)は採用することができない。

主張(2)(オ)について検討する。
仮に,請求人の主張の通り,本願発明のトランスジェニックマウスが,多数の研究者に分与され,それぞれの研究目的に応じてHLA-A24拘束性癌抗原ペプチドの研究および実用化に貢献しているとしても,その事実によって,本願発明1に係るトランスジェニックマウスが引用発明1及び優先日前の周知技術から容易に想到しうることであったという判断が左右されるものではない。
したがって,請求人の主張(2)(オ)は採用することができない。

したがって,請求人の主張はいずれも採用できない。


第6.むすび
以上のとおりであるから,本願発明1は,本願優先日前に頒布された刊行物である引用例1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。

第7.付記
なお、本願発明1の発明特定事項に係るものではなく,拒絶の理由で言及されていないが,cDNAによってではなくゲノムDNAをマウスに導入する点について,ヒトHLA-A2遺伝子のリーダー配列,α1及びα2ドメインをコードするエクソン1-3を含むゲノム配列にマウスH-2K^(b)遺伝子のエクソン4-8を含むゲノム配列を結合したDNA構築物をマウスに導入したことを開示する,本願優先日前に頒布された刊行物であるJ.Immunol. 2000/9, Vol.165, No.5, p.2341-2353が存在し(特に図1参照),ヒトHLA-A24遺伝子のリーダー配列,α1及びα2ドメインをコードするエクソン1-3を含むゲノム配列を開示する,本願優先日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった電子的技術情報であるLaforet,M. et al.," H.sapiens HLA-A gene (isolate PAn)./ An intronic mutation responsible for a low level of expression of an HLA-A*24 allele", Genbank [online]; National Center for Biotechnology Information, Bethesda MD, USA, [retrived on 12 March 2010] Retrived from the Internet:, Accession No.Z72422が存在し,マウスH-2K^(b)遺伝子のα3ドメイン、膜貫通領域、細胞内領域をコードするエクソン4-8を含むゲノム配列(H2-K1(b)遺伝子:82418-84717残基)を開示する,本願優先日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった電子的技術情報であるRowen,L. et al.," Mus musculus major histocompatibility locus class II region; Fas-binding protein Daxx (DAXX) gene, partial cds; Bing1 (BING1), tapasin (tapasin), RalGDS-like factor (RLF), KE2 (KE2), BING4 (BING4), beta1, 3-galactosyl transferase (beta1,3-galactosyl transferase), ribosomal protein subunit S18 (RPS18), Sacm21 (Sacm21), H2K1(b) (H2-K1(b)), RING1 (RING1), KE6a (KE6a), KE4 (KE4), RXRbeta (RXRbeta), collagen alpha-2 (XI) (COLA11A2), H2-O alpha (H2-Oalpha), RING3 (RING3), H2-M alpha (H2-M alpha), H2-M beta 2 (H2-M beta2), and H2-M beta1 (H2-M beta1) genes, complete cds; and LMP 2 gene, partial cds.", Genbank [online]; National Center for Biotechnology Information, Bethesda MD, USA, [retrived on 12 March 2010] Retrived from the Internet:, Accession No. AF100956が存在する点に留意されたい。
 
審理終結日 2010-03-18 
結審通知日 2010-03-23 
審決日 2010-04-07 
出願番号 特願2002-549063(P2002-549063)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A01K)
P 1 8・ 572- Z (A01K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 長井 啓子  
特許庁審判長 平田 和男
特許庁審判官 鵜飼 健
上條 肇
発明の名称 HLA-A24発現トランスジェニック動物及びその利用  
代理人 齋藤 みの里  
代理人 鮫島 睦  
代理人 品川 永敏  
代理人 田中 光雄  

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