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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1217355
審判番号 不服2007-15884  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-06-07 
確定日 2010-05-26 
事件の表示 特願2002-301454「カイコを利用したタンパク質の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 5月13日出願公開、特開2004-135528〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成14年10月16日に出願されたものであって,平成19年4月24日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成19年6月7日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに,平成19年7月5日付けで願書に添付した明細書について手続補正がなされ,平成22年1月4日付けで審尋がなされ,平成22年3月5日に回答書が提出されたものである。



第2 平成19年7月5日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年7月5日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正前請求項1に係る本件補正の内容
本件補正により,トランスジェニックカイコ自体の発明を特定する事項を記載した補正前の特許請求の範囲の請求項7ないし11
「【請求項7】 絹糸を構成するペプチドの生産が抑制されているカイコのトランスジェニックカイコであって,絹糸を構成するペプチドをコードするDNAのプロモーター領域の下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合したDNAを有するトランスジェニックカイコ。
【請求項8】 絹糸を構成するペプチドの生産が抑制されているカイコが,絹糸を構成するペプチドをコードする遺伝子領域の変異によって該ペプチドの生産が抑制されているカイコである,請求項7に記載のトランスジェニックカイコ。
【請求項9】 絹糸を構成するペプチドをコードする遺伝子領域の変異によって該ペプチドの生産が抑制されているカイコが,突然変異系統のカイコである,請求項8に記載のトランスジェニックカイコ。
【請求項10】 絹糸を構成するペプチドがフィブロインである,請求項7?9のいずれかに記載のトランスジェニックカイコ。
【請求項11】 突然変異系統のカイコがNd-sDである,請求項9に記載のトランスジェニックカイコ。」
は,補正後の特許請求の範囲の請求項1
「【請求項1】 Nd-sDのトランスジェニックカイコであって,フィブロインL鎖のプロモーター領域とフィブロインL鎖をコードするDNAの下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合したDNAを有するトランスジェニックカイコ。」と補正されることになる(補正された発明を,以下,「本願補正発明1」という。)。


2.補正前請求項11に係る特許法第17条の2第4項の規定(本件補正の目的)についての判断
上記補正は,請求項11に記載した発明を特定するために必要な事項である「絹糸を構成するペプチドをコードするDNAのプロモーター領域の下流」について,「フィブロインL鎖のプロモーター領域とフィブロインL鎖をコードするDNAの下流」へと限定するものであって,平成14年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の本願補正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。


3.独立特許要件について(特許法第29条第2項についての判断)
(1)引用例1
原審において,平成17年6月23日付けの拒絶査定の拒絶理由1において引用した,日本蚕糸学会第72回学術講演会 2002 講演要旨集(2002.04.03), p. 28 (208)(引用例1)には,次のことが記載されている。

(a)「我々はトランスポゾンを利用した形質転換カイコの作出系を開発の成功し,現在その利用技術の開発に取り組んでいる。本研究ではその一環として絹フィブロインの後部絹糸腺細胞内輸送機構を解析することを研究目的とした。」(第208欄頁5-6行)

(b)「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーターとL鎖とGFPの融合遺伝子を連結したインサートDNAを目でマーカー遺伝子(DsRed2)が発現するトランスポゾンベクター(piggyBac)中に挿入し,これをトランスポゼースを発現させる機能のあるヘルパーベクターと共に絹フィブロイン分泌正常品種(w1/pnd)の卵にマイクロインジェクションした。孵化したカイコを飼育,交配しG1の6?7日胚でマーカー遺伝子の発現をもとに形質転換体をスクリーニングした。」(第208欄頁7-11行)

(c)「得られた形質転換体を解析したところ,後部絹糸腺細胞と絹糸腺内腔,さらに繭にGFPの蛍光が観察された。また,H鎖,L鎖とGFPに対する特異抗体を用いたWestern blottingを行ったところ,後部絹糸腺内腔に分泌されたフィブロイン及び繭の可溶性タンパク質中にL鎖-GFP融合タンパク質は内在性L鎖の数%含まれていること,融合タンパク質も内在性L鎖と同様にH鎖とS-S結合をして分泌されていることが示された。L鎖がH鎖とS-S結合することはフィブロインの効率的な細胞内輸送・分泌に不可欠であるため,融合タンパク質の分泌量が相対的に少ないのは融合タンパク質の方が内在性L鎖よりもH鎖との結合能が低いことに起因しているものと推定された。」(第208欄頁12-17行)

(d)「現在,L鎖の変異によりフィブロインの分泌量が1%以下に減少した裸蛹変異種(Nd-sD)に形質転換させることでフィブロイン分泌能が回復した形質転換カイコの作出を試みている。」(第208欄頁12-17行)

(2)引用例2
原審において,平成17年6月23日付けの拒絶査定の拒絶理由1において引用した,Nature Biotechnol. (2000), Vol.18, p. 81-84(引用例2)には,次のことが記載されている。

(e)「我々は,鱗翅目イラクサギンウワバの中で発見されたトランスポゾンであるpiggyBacを使用して,家蚕における安定な形質転換用のシステムを開発した。・・・緑色蛍光タンパク質陽性のG1カイコのDNA分析によって,多数の独立した挿入が頻繁に生じることが明らかとなった。導入遺伝子は,正常なメンデル遺伝によって次世代に安定して受け継がれた。piggyBacの逆方向末端反復配列,及び分析された挿入物全ての境界における特徴的なTTAA配列の存在は,導入が正確な転移事象に起因することを裏付けている。この鱗翅目昆虫中の安定的遺伝子導入の効率的な方法は,有望な基礎研究および生物工学的な応用を可能とする。」(第81頁要約)

(f)「我々のデータは,日常的に使用される確立したプロトコルと認められる頻度でカイコ染色体へpiggyBac由来のベクターが転位することができることを示す。カイコの安定な形質転換は,遺伝子調節の基本メカニズムを解明する際に,及び商用養蚕用の系統を改善する際に相当な支援になるだろう。さらに,絹糸腺細胞で生じる,高いタンパク質合成は,繭から直接収穫することができる製薬又は獣医学上の関心があるタンパク質を生産するために利用可能であろう。」(第83頁左欄1?9行)

(g)「プラスミド構築。特徴的な融合ベクターpPIGA3GFPは,p3E1.2の中にある野生型のpiggyBac要素に由来し,その中でトランスポゼース遺伝子の中央部は,緑色蛍光タンパク質コード配列およびカイコ細胞質のアクチン遺伝子BmA3Bのプロモーターを含む導入遺伝子に置き換えられた。
・・・トランスポゼースを産生するプラスミドpHA3PIGは左側逆方向反復配列,5'フランキング配列,トランスポゼース遺伝子のリーダー配列が欠けている改変されたpiggyBac要素を持っている。
・・・産卵後1?2時間の合胞前胚盤葉期での卵が集められた。0.5mMのリン酸緩衝液(pH 7.0),5mM KCl,中のベクターとヘルパープラスミド(0.4μg/μl総DNA濃度)の1:1混合物の約15?20nlは,既述のとおり,各卵に注入された。注入口は膠(ボーデン社(オハイオ州コロンバス))で密閉され,胚は,25°Cで成長させられた。」(第83頁右欄2行?第84頁左欄10行)


(2)本願補正発明1と引用例1に記載された技術的事項との対比
引用例1には,「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーターとL鎖とGFPの融合遺伝子を連結したインサートDNAを眼でマーカー遺伝子(DsRed2)が発現するトランスポゾンベクター(piggyBac)中に挿入し,これをトランスポゼースを発現させる機能のあるヘルパーベクターと共に絹フィブロイン分泌正常品種(w1/pnd)の卵にマイクロインジェクションした」(記載事項(b))こと,「現在,L鎖の変異によりフィブロインの分泌量が1%以下に減少した裸蛹変異種(Nd-sD)に形質転換させることでフィブロイン分泌能が回復した形質転換カイコの作出を試みている」(記載事項(d))ことが記載されている。
裸蛹変異種(Nd-sD)に形質転換させるための導入DNAが何であるかについては当該記載事項(d)の一文においては省略されているものの,第208欄の記事において記載された導入DNAは「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーターとL鎖とGFPの融合遺伝子を連結したインサートDNA」を含むもののみであり,かつ,当該DNAは絹フィブロインの1成分であるL鎖をL鎖のプロモーターの制御下で発現させるものであるから,フィブロインL鎖が発現可能なものであって,L鎖の変異によりフィブロインの分泌量が1%以下に減少した裸蛹変異種(Nd-sD)に形質転換させることでフィブロイン分泌能を回復させるのに適したもの,すなわち,正常なL鎖を発現するものである。よって,「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーターとL鎖とGFPの融合遺伝子を連結したインサートDNA」は,記載の重複を避けるために省略されている,上記裸蛹変異種(Nd-sD)に形質転換させるための導入DNAに該当することは明らかである。
したがって,上記記載事項(d)はその前の記載事項(b)を併せて読み込めば,「現在,L鎖の変異によりフィブロインの分泌量が1%以下に減少した裸蛹変異種(Nd-sD)に」「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーターとL鎖とGFPの融合遺伝子を連結したインサートDNAを目でマーカー遺伝子(DsRed2)が発現するトランスポゾンベクター(piggyBac)中に挿入し,これをトランスポゼースを発現させる機能のあるヘルパーベクターと共に」「形質転換させることでフィブロイン分泌能が回復した形質転換カイコの作出を試みている」ことが記載されているということができる。

ここで,引用例1に記載された,「形質転換カイコ」,「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーター」,「L鎖」及び「GFP」は,それぞれ,本願補正発明1における「トランスジェニックカイコ」,「フィブロインL鎖のプロモーター」,「フィブロインL鎖」,「任意のペプチド」に相当する。

そこで,本願補正発明1と,引用例1に記載された上記技術的事項を対比すると,両者は,「Nd-sDのトランスジェニックカイコであって,フィブロインL鎖のプロモーター領域とフィブロインL鎖をコードするDNAと任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合したDNAを有するトランスジェニックカイコ」に係る発明である点で一致するが,本願補正発明1が,「フィブロインL鎖をコードするDNAの下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合した」ものであるのに対して,引用例1に記載されたNd-sDのトランスジェニックカイコは,「フィブロインL鎖をコードするDNAの下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合した」ものであるのか「フィブロインL鎖をコードするDNAの上流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合した」ものであるのかが明記されていない点(相違点1),及び,本願補正発明1に係るNd-sDの「トランスジェニックカイコ」が実施例に記載のとおり,実際に作出されたものであるのに対して,引用例1に記載されたNd-sDのトランスジェニックカイコは,「作出を試みている」ことが記載されているものの,実際にはまだ作出されていなかった点(相違点2)で,本願補正発明1と相違する。

(3)判断
相違点1について検討する。
引用例1の「インサートDNA」に係る「絹フィブロインの1成分であるL鎖のプロモーターとL鎖とGFPの融合遺伝子を連結した」という記載は,フィブロインL鎖のプロモーター領域の下流にはもともとフィブロインL鎖をコードするDNAが存在すること,及び「L鎖のプロモーター」の次に「L鎖」が言及され,次いで「GFP」が言及されていることを考慮すれば「フィブロインL鎖」をコードするDNAの下流に「GFP」をコードするDNAが機能的に結合した」ものであることを示唆しているといえる。
したがって,引用例1の「Nd-sDのトランスジェニックカイコであって,フィブロインL鎖のプロモーター領域とフィブロインL鎖をコードするDNAと任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合したDNAを有するトランスジェニックカイコ」に接した当業者であれば,「フィブロインL鎖をコードするDNAの下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合」するように設計された「インサートDNA」を有するトランスジェニックカイコは容易に想到しうるものであり,相違点1については,これを格別のこととすることはできない。

相違点2について検討する。
引用例1には,記載事項(b)に記載のとおり,インサートDNA,トランスポゾンベクター(piggyBac),ヘルパーベクター,と共に絹フィブロイン分泌正常品種(w1/pnd)の卵にマイクロインジェクションによって卵に導入すべきことが具体的に記載されており,引用例1に記載された形質転換手法自体は,当業者にとってもともと容易に用いることができるものであるから,引用例1にNd-sDのトランスジェニックカイコについて,「作出を試みている」ことが記載されていれば,当業者にとってそれは十分に容易に作出可能なものである。以上のことから,相違点2は実質的な相違点ではない。
また,仮に相違点2が実質的な相違点であるとしても,ペプチドをコードするDNAをトランスポゾンベクター(piggyBac)中に挿入し,これをトランスポゼースを発現させる機能のあるヘルパーベクターと共にカイコの卵にマイクロインジェクションすることについての具体的な手法も引用例2に記載されているから,引用例2に記載された具体的な手法を用いることによりNd-sDのトランスジェニックカイコは十分に容易に作出可能なものであって,相違点2についても当業者であれば容易になし得ることである。
ここで,本願補正発明1に係るトランスジェニックカイコが奏する効果について,本願明細書【0010】段落には,「変異体のトランスジェニックカイコを作出することにより,1)絹糸腺の大きさが大きくなり,正常のサイズに近いものになること,2)合成された融合タンパク質が絹糸腺後部の細胞から内腔に分泌され,中部絹糸腺に蓄積すること,3)この突然変異の繭にも,蛍光タンパク質の観察やウェスタンブロッテイングにより融合タンパク質の存在が観察されたこと,4)突然変異でない正常のカイコに同じ遺伝子を導入し,発現量を突然変異のトランスジェニック個体と比較した結果,突然変異種では数倍のタンパク質が合成されていることが確認されるともに正常個体に大量に存在する内在性のフィブロインL鎖タンパク質は全く存在しなかったこと等の特徴が実験的に証明された」こと,【0012】段落には,「さらに,本発明の方法によって,従来の方法よりも,カイコにおける任意のペプチドの生産量を向上させること,また,純度を高めることが可能になった」こと,【0044】段落には,「正常なカイコではフィブロインL鎖の遺伝子は機能しているため,フィブロインL鎖の抗体を用いたウェスタンブロッティングにおいて,大量のフィブロインL鎖が検出される(図4,レーン1)。・・・バンドの強さから見ても,量的な比較では突然変異体のトランスジェニックカイコの方が正常のトランスジェニックカイコの作るタンパク量より多いことが分かった(図4,レーン6と8)。」こと,【0045】段落には,「この方法は,正常なカイコに同じ融合遺伝子を導入して,組換えタンパク質を合成する方法に比較し,突然変異種では数倍のタンパク質が合成されていることが確認されるともに正常個体に大量に存在する内在性のフィブロインL鎖タンパク質は全く存在しなかった。このことは遺伝子組換え手法を利用してカイコの絹糸腺において,外来の有用タンパク質の合成するうえで大きな利点がある。すなわち,1)突然変異Nd-sDの利用は導入した遺伝子由来のタンパク質の合成能力を向上させる。2)内在性の類似タンパク質の混入を避けることができるため,導入した外来遺伝子による組換えタンパク質の精製が容易になる。」と記載されている。
したがって,(ア)カイコ各組織の形態について,(イ)タンパク質の合成・生産量について効果が主張されているので,その顕著性についてそれぞれ検討する。

(ア)カイコ各組織の形態について
融合遺伝子の導入によって,「裸蛹変異種(Nd-sD)」の「フィブロイン分泌能」の回復を果たすこと,「フィブロイン分泌」がなされるように絹糸腺等の組織が発達することについては,引用文献1に,「L鎖の変異によりフィブロインの分泌量が1%以下に減少した裸蛹変異種(Nd-sD)」への形質転換の目的が,「フィブロイン分泌能が回復した形質転換カイコ」を得ることにあることがそもそも記載されているから,引用例1に接した当業者が期待する範囲内であって,当業者にとって予見し得ないことであるということはできない。

(イ)タンパク質の合成・生産量について
「フィブロイン分泌能が回復した形質転換カイコ」を得ることを目的とした引用例1に記載された発明を基に本願補正発明1の構成に想到することが容易であると解すべきことは,上に述べたとおりであるから,引用例1に記載された発明からの本願補正発明1の進歩性が肯定されるためには,本願補正発明1が現実に示すものとして本願明細書より明らかにされた効果が,当業者が同発明の構成のものとして予想することができない顕著な効果を奏することが必要である。したがって,比較すべき対象は,従来技術の示す効果である,突然変異でない正常のカイコに同じ遺伝子を導入したトランスジェニックカイコの作るタンパク量ではなく,同発明の構成のものと当業者が引用例1に記載された事項から予想する効果である。
請求人は,本件明細書の段落【0010】,【0012】,【0044】?【0045】等の記載において,同記載の実験結果等から,「バンドの強さから見ても,量的な比較では突然変異体のトランスジェニックカイコの方が正常のトランスジェニックカイコの作るタンパク量より多いことが分かった(図4,レーン6と8)」として,本願補正発明1が当業者の予測し得なかった顕著な効果を奏すると主張しているが,ここで比較対象としている発明は,引用例1に記載された発明よりも本願補正発明1との技術的連関性の低いものであるから,引用例1及び2に記載された発明及び本願優先日前に周知の技術から極めて容易に想到しうるトランスジェニックカイコと比較して予測される範囲を超えた顕著な効果を奏する証拠とはそもそもなりえないものであり,当該実験結果等から本願補正発明1に係る進歩性の存在を推認することはできない。

また,上記本願明細書の図4に示されたタンパク量について検討してみても,そこには,フィブロインL鎖抗体によって検知した正常のトランスジェニックカイコの作るタンパク量(レーン2)と突然変異体のトランスジェニックカイコの作るタンパク量(レーン6)の両レーンのL鎖とGFP融合タンパク質のみの発現量同士(レーン2のうち上部とレーン6)やGFP抗体によって検知した正常のトランスジェニックカイコの作るタンパク量(レーン4)と突然変異体のトランスジェニックカイコの作るタンパク量(レーン8)に基づくバンドの強さが示されているにすぎない。
,「正常なカイコではフィブロインL鎖の遺伝子は機能しているため,フィブロインL鎖の抗体を用いたウェスタンブロッティングにおいて,大量のフィブロインL鎖が検出される(図4,レーン1)」ことは本願明細書【0044】段落に記載されているとおりである。そして,当該実験系においては当該元からカイコに内在する高発現の系をノックアウト等によって無効化することなく,大量のフィブロインL鎖を発現させ続けたままなのであるから,新たに別のフィブロイン鎖をコードするDNA鎖を含む「インサートDNA」を導入しても,生物一個体が一時に産生できるタンパク質の量には限りがあること,引用例1には,「H鎖,L鎖とGFPに対する特異抗体を用いたWestern blottingを行ったところ,後部絹糸腺内腔に分泌されたフィブロイン及び繭の可溶性タンパク質中にL鎖-GFP融合タンパク質は内在性L鎖の数%含まれていること,融合タンパク質も内在性L鎖と同様にH鎖とS-S結合をして分泌されていることが示された。L鎖がH鎖とS-S結合することはフィブロインの効率的な細胞内輸送・分泌に不可欠であるため,融合タンパク質の分泌量が相対的に少ないのは融合タンパク質の方が内在性L鎖よりもH鎖との結合能が低いことに起因しているものと推定された。」(記載事項(c))と記載されており,当該記載から融合タンパク質を発現させる上で,H鎖との結合にあたって競合する内在性L鎖がない突然変異体のトランスジェニックカイコの方が正常のトランスジェニックカイコの分泌する融合タンパク量より多くなるであろうことは,引用例1に接した当業者であれば予見可能であることを考慮すれば,突然変異体のトランスジェニックカイコの作るタンパク量(レーン6)のL鎖とGFP融合タンパク質のみの発現量が,正常のトランスジェニックカイコの作るL鎖とGFP融合タンパク質のみの発現量(レーン2のうち上部)を上回ったり,突然変異体のトランスジェニックカイコの作るタンパク量(レーン8)のL鎖とGFP融合タンパク質のみの発現量が,正常のトランスジェニックカイコの作るL鎖とGFP融合タンパク質のみの発現量(レーン4)を上回ったりしても,それらは格別予見し得ないことであるということはできない。
そして,その他に,明細書に記載された「突然変異種では数倍のタンパク質が合成されている」ことや,「量的な比較では突然変異体のトランスジェニックカイコの方が正常のトランスジェニックカイコの作るタンパク量より多い」ことの根拠となりうるものは示されていない。
よって,本願補正発明1に係る「インサートDNA」を導入することによって産生されるL鎖とGFPの融合タンパク質が,正常のカイコに同じ「インサートDNA」を導入することによって産生されるL鎖とGFPの融合タンパク質よりも抗体によって強く検出される程度のことをもって当業者が本願補正発明1の構成のものとして予見し得ない程度に格別に顕著な効果を奏すると認めることはできず,引用例1及び2に記載された発明及び本願優先日前に周知の技術から極めて容易に想到しうるトランスジェニックカイコと比較して予測される範囲を超えた顕著な効果を奏するものとして,進歩性の存在を推認することはできない。
なお,本願補正発明1の奏する効果は,引用例1において「試みている」と記載されている「裸蛹変異種(Nd-sD)に形質転換させることでフィブロイン分泌能が回復した形質転換カイコ」を実際に作出した結果として確認したものに過ぎず,よほど顕著なものであれば別として,それにより進歩性の判断が左右されるものではない。

よって,相違点1については,当業者にとって引用例1及び2の記載及び優先日前の周知技術から十分に予想しうる範囲内のものに過ぎず,格別顕著な効果を奏するともいえない。
したがって,本願補正発明1は,当業者が引用例1及び2に記載された技術的事項並びに周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。


(4)審判請求書等における請求人の主張について
審判請求人は,審査官が通知した特許法第29条第2項に基づく拒絶理由に対して提出した平成18年8月25日付の意見書,平成19年8月30日付けの審判請求の理由を補充する手続補正書,平成22年3月5日付けの回答書において,

(主張1)引用例1に記載された形質転換系が組換えタンパク質の生産系として使用できることを証明するためには,様々なことを示す必要があり,引用例1は,この形質転換系が組換えタンパク質の生産系として使用できることを想起させるものではなく,引用例1はNd-sDを使用してフィブロイン細胞内輸送機構を解析することが課題であるのに対して,本願はNd-sDを使用して目的タンパク質を大量生産することが課題であるから,引用例1は本願と共通する課題を意識したものとは言えず,本願の課題は当業者にとって自明な課題や容易に着想しうる課題とも言えない,

(主張2)突然変異体における縮小し,退化した絹糸腺が,正常の大きさにまで回復すること,Nd-sD変異体にL鎖-GFP融合遺伝子を導入したトランスジェニックカイコにおけるタンパク質の発現量が,正常カイコにおけるタンパク質の発現量と同程度まで回復するのではなく,正常カイコにおけるタンパク質の発現量を大量に上回ったこと,L鎖-GFP融合遺伝子のみをNd-sD変異体に導入するだけで,L鎖だけではなくH鎖の合成までも回復し,L鎖-GFP融合蛋白質が取り込まれた分泌フィブロインが大量に産生されたことは,当業者の予想を遥かに超える,
と主張する。

しかしながら,当該主張1については,そもそも,補正された請求項1に記載された発明において生産されるタンパク質を特定する事項は「任意のペプチド」であり,引用例1に記載された緑色蛍光タンパク質(GFP)もこれに該当するものであって,組換えタンパク質の生産系において生産されるタンパク質であることや大量生産を目的としたタンパク質であることは,請求項1に記載された発明を特定するための事項となっていない。したがって,審判請求人の主張1は特許請求の範囲の記載に基づかないものであって失当である。
また,「本件発明も引用発明も,・・・技術分野を同一にするものである以上,それぞれに明記されている課題が異なるとしても,そのことが引用発明を本件発明の容易推考性を判断するための公知の技術資料とすることを妨げるべき理由とはなり得ない,というべき」(東京高判平15.2.13(平成13(行ケ)242))であって,「特許を受けようとする発明において,異なる課題・用途から,同一の構成が容易に想到できる場合は十分にあり得ることであるから,・・・容易に想到できる根拠とされた発明自体に当該課題・用途が明示されていないからといって,その構成が容易に想到される発明についてまで特許が認められるべき筋合いではない」(東京高判平16.4.27(平成14(行ケ)365))ことは,東京高等裁判所の判示するところである。
よって,前記「(3)判断」において述べたとおり,引用例1に「Nd-sDのトランスジェニックカイコであって,フィブロインL鎖のプロモーター領域とフィブロインL鎖をコードするDNAと任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合したDNAを有するトランスジェニックカイコ」に接した当業者であれば,「フィブロインL鎖をコードするDNAの下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合」するように設計された「インサートDNA」を有するトランスジェニックカイコを想到することを何ら妨げるものではなく,当該主張1を採用することはできない。

また,当該主張2については,(3)で検討したとおり,請求人が主張する「正常カイコにおけるタンパク質の発現量を大量に上回った」なる効果は,引用例1の記載から当業者が期待しうる範囲内であるか,その根拠を欠くものであって,当業者にとって予見し得ないことであるということはできないから,本願補正発明1に含まれるカイコが引用例1に記載されたカイコと比較して顕著な効果があるとすることはできない。

以上のとおりであるから,請求人のこれらの主張1乃至2はいずれも採用することができない。


(5)小括
したがって,本願補正発明1は,当業者が引用例1及び2に記載された技術的事項並びに本願出願当時の周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本願補正発明1は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものである。


4.むすび
したがって,本件補正後の本願補正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでないので,平成18年9月25日付手続補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に違反するものであるから,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。



第3 本願発明について
1.本願発明1について
平成19年7月5日付け手続補正は,「第2 平成19年7月5日付け手続補正についての補正却下の決定」のとおり却下されたので,本願の請求項7に係る発明(以下,「本願発明7」という。)は,平成18年8月25日付け手続補正書に添付された特許請求の範囲の請求項7に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。

「【請求項7】
絹糸を構成するペプチドの生産が抑制されているカイコのトランスジェニックカイコであって,絹糸を構成するペプチドをコードするDNAのプロモーター領域の下流に任意のペプチドをコードするDNAが機能的に結合したDNAを有するトランスジェニックカイコ。」


2.原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由となった,平成19年4月24日付けで通知した拒絶理由の概要は,次のとおりである。

(1)請求項1-13に係る発明は,引用例1及び2に記載された発明に基いて当業者が容易になし得たものである。


3.判断
本願発明7は,前記 第2で検討した本願補正発明1から,「絹糸を構成するペプチドの生産が抑制されているカイコ」,「絹糸を構成するペプチドをコードするDNAのプロモーター領域の下流」についてそれぞれ特定するものである,「Nd-sD」,「フィブロインL鎖のプロモーター領域とフィブロインL鎖をコードするDNAの下流」という特定事項を省いたものである。
そうすると,本願発明7を特定するために必要な事項を全て含み,さらに発明特定事項のうちの一部の特定事項を限定したものにそれぞれ相当する本願補正発明1については,前記「第2 3.」において記載したとおり,当業者が引用例1及び2に記載された技術的事項及び出願日当時の周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,これらをそのまま包含する本願発明7も,これと同様の理由により,引用例1及び2に記載された技術的事項及び出願日当時の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたといえる。
したがって,本願発明7は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものである



第4.むすび
以上のとおりであるから,本願発明7は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-29 
結審通知日 2010-03-31 
審決日 2010-04-13 
出願番号 特願2002-301454(P2002-301454)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
P 1 8・ 575- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中村 正展  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 上條 肇
平田 和男
発明の名称 カイコを利用したタンパク質の製造方法  
代理人 清水 初志  
代理人 清水 初志  

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