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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
無効200480156 審決 特許
無効2012800042 審決 特許
無効2007800196 審決 特許
無効2009800029 審決 特許
無効200680021 審決 特許

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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61K
管理番号 1217626
審判番号 無効2009-800076  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2009-04-07 
確定日 2010-05-10 
事件の表示 上記当事者間の特許第4074457号発明「ヘパリン溶液入りプレフィルドシリンジ製剤およびその製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4074457号の請求項1?6に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第4074457号(以下、「本件特許」という。)及び本件審判事件の手続の経緯の概要は、次のとおりである。

平成13年12月20日 特許出願(特願2001-388458)
平成20年 2月 1日 特許権の設定登録(特許第4074457号)
平成20年12月 4日 訂正審判請求(訂正2008-390129)
平成21年 1月21日 訂正審判審決(訂正を認める)
平成21年 2月 2日 同審決確定
平成21年 4月 7日 本件審判請求(無効2009-800076)
平成21年 6月18日 上申書提出(請求人)
平成21年 6月19日 上申書提出(請求人)
平成21年 6月29日 答弁書提出(被請求人)
平成21年11月 6日 弁駁書提出(請求人)
平成21年11月27日 上申書提出(請求人)
平成22年 2月 8日 口頭審理陳述要領書提出(請求人)
平成22年 2月 8日 口頭審理陳述要領書提出(被請求人)
平成22年 2月 8日 第1回口頭審理
平成22年 2月19日 上申書提出(請求人)
平成22年 2月19日 上申書提出(被請求人)

第2 請求人の主張

請求人は、「特許第4074457号の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、証拠方法として甲第1?30号証及び参考資料1?3を提出し、本件請求項1?6に係る発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第1号証?甲第9号証及び甲第11号証に記載された発明に基づいて、或いは少なくとも甲第1号証及び甲第6号証並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1?6に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきであると主張している。
なお、審判請求書に記載した請求の理由のうち、甲第1号証を主引用例とする進歩性欠如の無効理由以外の請求の理由については、主張が取り下げられた(第1回口頭審理調書)。

証拠方法は、次のとおりである。

<審判請求書に添付>
甲第1号証: HEPARIN LOCK FLUSH SOLUTION, USP, June, 2000, ABBOTT LABORATORIES、及びその部分和訳文
甲第2号証: アメリカ食品医薬品局(FDA)発行のインターネット晴報であって、申請番号K011967に関する市販前通知データベース(510(k) Premarket Notification Database; http://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfPMN/pmn.cfm?)、及び申請番号K003245に関する有害事象報告(Adverse Event Report;http://www.accessdata.fda.gov/scripts/cdrh/cfdocs/cfMAUDE/Detail.CFM?MDRFOI)
甲第3号証: 日本薬局方解説書編集委員会編、第十四改正 日本薬局方解説書、平成13年6月27日、廣川書店発行、C-2633?2635.「ヘパリンナトリウム注射液」の項
甲第4号証: 特表平2-503199号公報
甲第5号証: 日本薬局方 ヘパリンナトリウム注射液 ヘパリンナトリウム注N「味の素」の添付文書、2007年7月改定(第3版)
甲第6号証: 米国特許第3030272号明細書(1962年)、及びその部分和訳文
甲第7号証: 佐々木次雄他著、「日本薬局方に準拠した滅菌法及び微生物殺滅法」、第1版、財団法人 日本規格協会、1998年2月10日、第115-121頁
甲第8号証: 特開平5-222078号公報
甲第9号証: 特開平10-130440号公報
甲第10号証: Denis Jenke, "Extractable Substances from Plastic Materials Used in Solution Contact Applications: An Updated Review" PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology 2006 vol.60, N0.3,191 - 207(テニス・ジャンク「溶液が接触する用途に使用されるプラスチック材料から溶出される物質;アップデートレビュー」 PDA ジャーナル・オブ・ファーマシューティカル・サイエンス・アンド・テクノロジー、2006年、第60巻、第3号、第191-207頁)
甲第11号証: "ABPI COMPENDIUM OF DATA SHEETS AND SUMMARIES OF PRODUCT CHARACTERISTICS 1996-97"(英国製薬工業協会編集医薬品集 製品特徴の概要 1996-97年、第512頁)
甲第12号証: 訂正審判請求書(訂正2008-390129)

<平成21年6月18日付け上申書に添付>
甲第13号証: 実験成績証明書
(平成21年6月19日付け上申書により証拠番号を訂正)

<弁駁書に添付>
甲第14号証: 後藤伸之他、「適応外使用医薬品に関する実態調査-ヘパリン生食液-」、薬剤疫学、第4巻第1号、1999年5月、第1-8頁
甲第15号証: 日木薬局方解説書編集委員会編、第十四改正 日本薬局方解説書、平成13年6月27日、廣川書店発行、「製剤総則」の項 A-83頁
甲第16号証: DDペリン他著「緩衝液の選択と応用」、第14刷、講談社、2006年7月10日、第114-121頁(1981年1月20日第1刷発行)
甲第17号証: 米国特許第5773212号明細書(1998年)、及びその部分和訳文
甲第18号証: H. M. Bowie et al., Journal of Clinical Pharmacy, 1978, 3, 211-214、及びその部分和訳文
甲第19号証: 日本薬局方解説書編集委員会編、第十四改正 日本薬局方解説書、平成13年6月27日、廣川書店発行、「最終滅菌法及び滅菌指標体」の項F-37頁および「超ろ過法」の項 B-1074頁
甲第20号証: 特開2006-169214号公報
甲第21号証: 市販前通知(510k) アメリカ食品医薬品局発行のインターネット晴報、及びその部分和訳文
甲第22号証: Kenneth A. Jandik et al., Journal of Pharmaceutical Sciences, 1996, Vol. 85, No.1, 45-51、及びその部分和訳文
甲第23号証: 石谷孝佑、「最新 機能包装実用事典」、初版第1刷、フジ・テクノシステム発行、1994年8月1日、第46頁
甲第24号証: 大阪市立工業研究所他、「プラスチック読本」、改訂第18版、プラスチックス・エージ発行、1992年8月15日、第43頁
甲第25号証: 東垣内恒雄、信愛紀要、第2号、和歌山信愛女子短期大学、1958年、第8-10頁
甲第26号証: N. C. Billingham et al., Polymer Engineering and Science, March 2001, Vol. 41, No.3, 417-425、及びその部分和訳文
甲第27号証: 高木謙行他、「ポリプロピレン樹脂」、第6版、日刊工業新聞、昭和54年10月10日、第102-105頁
甲第28号証: 特開平1-204903号公報
甲第29号証: 本件特許の出願審査手続における平成19年8月8日付け拒絶理由通知
甲第30号証: Heparin Sodium and 0.9% Sodium Chloride Injection in Plastic Container, Aug 21 2001, Baxter、及びその部分和訳文

<平成22年2月19日付け上申書に添付>
参考資料1: 東京理科大学松本和子准教授による見解書
参考資料2: 「化学辞典」、第1版、東京化学同人、1994年10月1日発行、第369?370頁、「クエン酸」の項
参考資料3: 「血液検査の基礎知識」、第2版、昭和57年2月15日発行、第34?35頁

第3 被請求人の主張

被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする。」との審決を求め、本件請求項1?6に係る発明は、甲第1?9号証号証及び甲第11号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、本件請求項1?6に係る発明の特許を無効とすることはできないと主張し、証拠方法として乙第1?16号証を提出している。

証拠方法は、次のとおりである。

<答弁書に添付>
乙第1号証: 「医薬品添加物事典 2005」、日本医薬品添加剤協会編集、薬事日報社、2005年7月12日、第39頁
乙第2号証: 「食品添加物公定書解説書」、第7版、廣川書店、平成11(1999)年6月9日、D-180?D-184頁
乙第3号証: 「化学辞典」、第1版、東京化学同人、1994年10月1日発行、第172?173頁、「エチレンジアミン四酢酸」の項
乙第4号証: 本件特許の出願審査手続における平成19年5月11日付け意見書に添付された(参考例)「安定性に及ぼす各種pH緩衝剤の添加効果」

<口頭審理陳述要領書に添付>
乙第5号証: 「医薬品添加物辞典 2000」、日本医薬品添加剤協会編集、薬事日報社、2000年4月28日、第38-79頁(エデト酸ナトリウム)、及び第78-79頁(クエン酸ナトリウム)
乙第6号証: 「工業材料」、日刊工業新聞社、1990年8月臨時増刊号、38巻 10号 第21頁
乙第7号証: 「POYLMER HANDBOOK」、第4版、J. Brandrup et al., 1999年発行、VI/543-545、547、550-551頁
乙第8号証: 第十四改正 日本薬局方解説書、2001(平成13)年6月27日初版発行、B-593頁
乙第9号証: 「有害性評価書 Ver.1.0, No.301」、(財)化学物質評価研究機構、2009年3月改訂、第3-5頁、及び第22頁
乙第10号証: Heparin Sodium Monograph -(2)、RxMEDウェブサイト、1998年、第16-18頁
乙第11号証: 第十四改正 日本薬局方解説書、2001(平成13)年6月27日初版発行、D-117-121頁
乙第12号証: J. L. Root et al., "Antimicrobial Agents and Chemotherapy" Vol.32, No.11, p.1627-1631, 1988
乙第13号証: 「製剤学」 一番ヶ瀬尚編 廣川書店 昭和52年2月25日初版発行 第2章 製剤添加物 2.1 総論 270?279頁
乙第14号証: 「ヘパリンモチダ」 添付文書 2003年3月改定(第2版)
乙第15号証: 「へパフラッシュ」 添付文書 2009年11月改定(第7版)
乙第16号証: 「ヘパリンナトリウム注N『シミズ』」 添付文書 1998年8月改定(新様式第1版)

第4 本件発明

本件請求項1?6に係る発明は、訂正審判請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウム、水酸化ナトリウムおよび注射用水からなるヘパリン溶液を充填してなるプレフィルドシリンジ製剤において、下記の特徴を有する当該医薬品製剤。
(a)ヘパリン溶液のpHが6?9である
(b)ヘパリン溶液が防腐剤を含まない、および
(c)プレフィルドシリンジを構成するシリンジがポリプロピレン製である
【請求項2】
高圧蒸気滅菌を施してなる請求項1の製剤。
【請求項3】
40℃で2ヶ月間保存可能である請求項1または2の製剤。
【請求項4】
1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、生理的に等張化するのに有効な量の塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムを含み、かつpH6?9のヘパリン溶液を調整する工程、ならびに
調整したヘパリン溶液をポリプロピレン製シリンジに充填する工程を含む、防腐剤を含まないヘパリン溶液入りプレフィルドシリンジ医薬品製剤の保存方法。
【請求項5】
1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、生理的に等張化するのに有効な量の塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムを含み、かつpH6?9のヘパリン溶液を調整する工程が、
1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、および生理的に等張化するのに有効な量の塩化ナトリウムを含有するヘパリン溶液を調整する工程、ならびに
前記ヘパリン溶液をpH6?9となるようにクエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムで調整する工程からなるものである、請求項4の保存方法。
【請求項6】
充填工程後に高圧蒸気滅菌を施す工程をさらに含む請求項4または5の保存方法。」

以下、それぞれを請求項の順に「本件発明1」?「本件発明6」といい、これらを総称して「本件発明」ということがある。

第4 当審の判断

請求人は、本件請求項1?6に係る発明は、少なくとも甲第1号証及び甲第6号証並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1?6に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであると主張するので、以下検討する。

1.各号証の記載事項

以下、甲第1、6、11号証の記載事項を摘示する。これら以外の証拠については、「3.対比・判断」の本文中で摘示するか、摘示を省略する。

1-1.甲第1号証の記載事項

甲第1号証は、その第6頁下第2?1行に「June, 2000 Printed in USA ABBOTT LABORATORIES, ・・・・, USA」(2000年6月 米国で印刷 アボットラボラトリーズ、・・・・、米国)と記載されており、標題の「HEPARIN LOCK FLUSH SOLUTION, USP」(ヘパリンロックフラッシュ溶液USP)という製品名の製剤について、その内容や使用方法等について当該製剤を扱う不特定多数の者を対象として説明するための文書であると認められるから、同号証は本件特許出願前に頒布された刊行物であると認められる。
そして、同号証には、次の事項が記載されている(英文のため日本語訳で摘示し、必要に応じて原文も併記する。翻訳について当事者間に争いのある箇所については、原文のまま摘示する。)。

(1A)「ヘパリンロックフラッシュ溶液USPは、注射用に十分な塩化ナトリウムで等張化されたヘパリンナトリウム注USPの、滅菌された非発熱性の製剤である。(原文: Heparin Lock Flush Solution, USP is a sterile nonpyrogenic preparation of Heparin Sodium Injection, USP with sufficient sodium chloride to make it isotonic in water for injection.)」(第1頁「DESCRIPTION」第1段落)

(1B)「1mL当たり、ヘパリンナトリウム100USP単位(豚腸粘膜由来);安定化剤として添加される無水エデト酸2ナトリウム0.1mg;注射用に溶液を等張化するための塩化ナトリウム4.5mgを含む。pH調節のための水酸化ナトリウム及び/又は塩酸を含むことがある。pH6.1(5.0?7.5)。(原文: Each milliliter (mL)contains: Heparin sodium, 100 USP units (derived from porcine intestinal mucosa); edetate disodium, anhydrous 0.1 mg added as a stabilizer; and sodium chloride, 4.5 mg to render the solution isotonic in water for injection. May contain sodium hydroxide and/or hydrochloric acid for pH adjustment. pH 6.1 (5.0 to 7.5).)」(第1頁「DESCRIPTION」第2段落)

(1C)「溶液は、静菌剤、抗菌剤又は added 緩衝剤を含んでいない。各使い捨てシリンジは、1回使用限りである。(原文: The solution contains no bacteriostat, antimicrobial agent or added buffer. Each disposable syringe is intended only for one-time use.)」(第1頁「DESCRIPTION」第3段落)

(1D)「留置静脈穿刺器具のヘパリン生理食塩液ロック用(原文: For Heparin-Saline Lock of Indwelling Venipuncture Devices)」(第1頁第2段落)
「ヘパリンロックフラッシュ溶液USPは、静脈注射器具の開存性の維持にのみ適用され、抗凝血療法のためには用いられない。(原文: Heparin Lock Flush Solution, USP is indicated maintenance of patency of intravenous injection devices only and is not be used for anticoagulant therapy.)」(第1頁「DESCRIPTION」第4段落)

(1E)「アンシル^(TM) 使用単位プラスチックシリンジ(原文: Ansyr^(TM) Unit of Use Plastic Syringe)」(第1頁第2段落)
「プラスチックシリンジは、特別に処方されたポリプロピレンで成形されている。容器の内側からの水分の浸透は極めて低速であり、予定の貯蔵期間を超えた溶液の濃度への影響は軽微である。プラスチック容器に接触する溶液は、ある種の化学成分をプラスチックから非常に少量で溶出させる可能性がある。しかし、生物学的試験はシリンジ材料の安全性を支持するものであった。(原文: The plastic syringe is molded from a specially formulated polypropylene. Water permeates from inside the container at an extremely slow rate which will have an insignificant effect on solution concentration over shelf life. Solution in contact with the plastic container may leach out certain chemical components from the plastic in vary small amounts; however, biological testing was supportive of the safety of the syringe material.)」(第2頁第2段落)

(1F)「ヘパリンロックフラッシュ溶液は、下記の態様で入手できる。
リスト 容器 濃度 容量 量数
3454 アンシルシリンジライフシールド付 100USP単位/mL 5mL 1箱
雄型ルアーロックアダプタ
3454 アンシルシリンジライフシールド付 100USP単位/mL 5mL 50箱
雄型ルアーロックアダプタ
管理された室温15℃?30℃(59°F?86°F)で保存する。」(第6頁「HOW SUPPLIED」)

1-2.甲第6号証の記載事項

甲第6号証(米国特許第3030272号明細書)は、本件特許出願前に頒布されたことが明らかな刊行物であり、次の事項が記載されている(英文であるため日本語訳で摘示し、原文も併記する。)。

(6A)「2. 安定な、プラスチック容器中での保存に適した、生理的ヘパリン溶液であって、そこに溶解した0.001?0.5%(w/v)のクエン酸ナトリウムを含み、pH4.5?8.0を有し、該pHが必要量のクエン酸で調整されている、上記溶液。
3. 上記pHがクエン酸によって6.0?7.5に調整されている、請求項2の溶液。
(原文: 2. A stable, physiological heparin solution suitable for storage in a plastic container containing dissolved therein from 0.001 to 0.5% W./V. of sodium citrate, said solution having a pH of between 4.5 and 8.0, said pH being adjusted with the required amount of citric acid.
3. The solution of claim 2 wherein said pH is adjusted with citric acid to from 6.0 to 7.5.)」(第6欄、請求項2?3)

(6B)「本発明は、安定なヘパリン溶液に関するものであり;より詳しくは、ある種のプラスチック容器に貯蔵するために、ヘパリンナトリウム溶液を安定化することに関する。(原文: The present invention is concerned with a stable heparin solution; more particularly it is concerned with stabilizing a solution of sodium heparin for storage in certain types of plastic containers.)」(第1欄第9?12行)

(6C)「しかし、何らかのその他の化学物質が、例えば、この生理的溶液に含まれる他の物質から、又は容器の材料から、このヘパリン溶液に入ったときには、この溶液は、比較的短期間のうちにその活性の一部又は全部を失う。ガラス以外の容器は、しばしば、表面の分解によって、あるいは漏出効果によって、そのような劣化物質を与える。ヘパリンナトリウムをデキストロース、または生理学的に類似の汎用される化合物に混合したときや、ヘパリンナトリウムを、最近開発された、ポリ塩化ビニルのような樹脂からなる、破れにくく、透明なプラスチック容器に貯蔵したときには、この分解は、特に顕著となる。(原文: However, when certain other chemicals have access to the heparin solution, e.g: from other materials included in this physiological solution or from the container material, it loses some or all of its activity within relatively short periods of time. Containers other than glass often provide such deteriorating materials, be it by surface decomposition or by a leaching effect. This decomposition is particularly evident when heparin sodium is combined with dextrose or similar physiologically often used compounds or when heparin sodium is stored in one of the recently developed unbreakable, transparent plastic containers made from resins such as polyvinylchloride.)」(第1欄第21?32行)

(6D)「したがって、本発明の一つの目的は、生理的溶液の保存に使用される全ての通常の医療用容器中でヘパリン溶液を保存できるようにすることである。本発明のもう一つの目的は、光、温度、そして容器の材料の影響に対して、ヘパリン溶液を安定化することである。一つの特定の目的は、ポリ塩化ビニル製の透明なプラスチック容器中で保存した場合に、ヘパリン溶液の活性を数年間にわたり保持できるようにすることである。もう一つの目的は、他の生理的に望ましい成分の存在下でも、ヘパリン溶液を安定に保つことである。(原文: It is therefore an object of the present invention to provide a heparin solution which permits its storage in all ordinary medical containers used for storage of physiological solutions. It is another object of the present invention to provide a heparin solution stable to the influences of light, temperature, and the container material. A particular object is the provision of a heparin solution retaining its activity for several years when stored in transparent plastic containers made from polyvinylchloride. Another object is the provision of a heparin solution which remains stable in spite of the presence of other physiologically desirable ingredients.)」(第1欄第43?54行)

(6E)「これらの目的は、0.0 1?0.5%(重量/容量)のクエン酸ナトリウムと、pHを4.5?8.0の範囲内に調節する少量のクエン酸とを含む安定な生理的ヘパリン溶液を提供することによって、達成される。(原文: These objects are accomplished by providing a stable physiological heparin solution containing therein 0.01-0.5% (weight per volume) of sodium citrate and such a minor amount of citric acid to adjust the pH to within the range of from 8.0 to 4.5.」(第1欄第56?60行)

(6F)「全ての実施例において、40?67USP単位/mlのヘパリンを含むヘパリンナトリウム溶液が用いられる。この溶液は、容器への充填の前に濾過され、続いて、オートクレーブ中で、112℃で0.5時間、容器ごと熱滅菌される。(原文: In all these examples, sodium heparin solutions are used which contain 40-67 USP units of heparin per milliliter of solution. The solutions are filtered prior to filling them into the containers and are subsequently heat-sterilized in the containers at 112℃ for half an hour in an autoclave.)」(第2欄第26?30行)

(6G)「実施例1 2000USPヘパリン単位と0.45gの塩化ナトリウムが50cc溶液中に含まれる等張ヘパリンナトリウム溶液を、医薬的に許容し得る可塑化ポリ塩化ビニルのバッグ中に保存し、これらのバッグを5℃、25℃、そして40℃で、数ヶ月間、保存する・・・・。(原文: EXAMPLE 1 An isotonic heparin solution containing 2000 USP heparin units and 0.45g of sodium chloride in 50cc of solution is stored in medicinally accepted plasticized polyvinylchloride bags, the bags are stored at 5°, 25°, and 40℃, for several months ・・・・.)」(第2欄第38?43行)

(6H)「実施例4 上記の等張ヘパリンナトリウム溶液を、50ccの量で、可塑化ポリ塩化ビニル製の500cc容のプラスチック容器中に保存する。(a)非緩衝コントロール。 (b)緩衝剤:0.16%クエン酸ナトリウム、0.002%クエン酸、pH6.5。 (c)・・・・。
(原文: EXAMPLE 4 The above isotonic sodium heparin solution is stored in amounts of 50 cc. in 500 cc. plastic containers made from plasticized polyvinylchloride. (a) Unbufferd control. (b)Buffer: 0.16% sodium citrate, 0.002% citric acid, pH 6.5. (c) ・・・・.)」(第3欄第32?38行)

(6I)「実施例5 実施例4(b)に記載の溶液を、50ccの量で、可塑化ポリ塩化ビニル製の500cc容量のプラスチック容器中に保存する。当初の活性は105%であり、溶液は、それぞれ、25℃、40℃、そして60℃で保存する。以下の活性の結果を判定する。(原文: EXAMPLE 5 The solution described in EXAMPLE 4(b) is stored in a volume of 50cc. in a plasticized polyvinylchloride container of 500cc. capacity. The initial activity is 105% and the solution is stored at 25°, 40°, and 60℃, respectively. The following activity results are determined.)」(第3欄第54?72行)
そして、表Vには、上記溶液を40℃で2ヶ月間保存した場合、その活性が100%であることが示されている。

(6J)「実際的な理由から、上記の実施例では、可塑化ポリ塩化ビニルの容器の使用のみを示している。しかし、酸性成分を生成して分解するその他のポリマーが、同じ仕方でヘパリンナトリウム溶液に影響することは当業者にとって自明であろう。そのようなその他のポリマーは、ポリ(塩化ビニリデン)、非可塑化ポリ塩化ビニル、そしてこれらの材料の共重合体であり、似たようなプラスチック材料も同様である。(原文: For practical reasons, the above examples only demonstrate the use of plasticized polyvinylchloride containers. However, it will be obvious to those skilled in the art that other polymers decomposing with evolution of acidic components will affect the sodium heparin solution in the same fashion. Among those other polymers are poly-(vinylidene chloride), unplasticized polyvinylchloride, and copolymers of these materials as well as similar plastic materials.)」(第5欄第34?42行)

(6K)「上記の実施例で示したように、クエン酸ナトリウムの添加は、少量のクエン酸を加えるか否かに関わらず、ヘパリン溶液を安定化する。クエン酸の添加は、通常、好ましいかも知れないが、クエン酸の存在は、ヘパリンナトリウム溶液を特定のpHに調節するために必要とされるに過ぎない。注射用液にとって最も望ましい範囲はpH8.0?pH4.5である。そのような注射用液にとってより好ましいpH範囲は約6.0?7.5の間である。(原文: As shown in the examples above, the addition of sodium citrate produces a stable heparin solution whether it is mixed with a minor amount of citric acid or not. Although ordinarily the addition of citric acid may be desirable, its presence is only indicated to adjust the sodium heparin solution to a particular pH. The most desirable range for injectable solution is from a pH of 8.0 to a pH of 4.5. A preferred pH range for such an injectable solution lies between about 6.0 and 7.5.)」(第5欄第55行?第6欄第7行)

1-3.甲第11号証の記載事項

甲第11号証(英国製薬工業協会編集医薬品集 製品特徴の概要)は、本件特許出願前に頒布されたことが明らかな刊行物であり、次の事項が記載されている(英文であるため日本語訳で摘示し、原文も併記する)。

(11A)「PUMP-HEP
ヘパリンの持続注射剤
紹介 英国薬局方ヘパリン(粘液)注射剤1,000単位/ml。1ml当たり1,000単位のヘパリンナトリウムを含み、防腐剤を含まない、20ml、10ml又は5mlの単回投与アンプル(即ち、アンプルのそれぞれについて、20,000単位、10,000単位又は5,000単位)である。 他の成分: 塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウム及び注射用水。
(原文: PUMP-HEP
Heparin for Continuous Infusion
Presentation Heparin (Mucous) Injection BP 1,000 units/ml. Single dose ampoules of 20m1, 10m1, or 5ml containing 1,000 units sodium heparin per ml without preservative (i.e. 20,000, 10,000 or 5,000 units per ampoule respectively). Other ingredients: sodium chloride, sodium citrate and water for injections.)」(第512頁左欄「PUMP-HEP」の項)

2.甲第1号証に記載された発明

甲第1号証に記載された「ヘパリンロックフラッシュ溶液USP」という製品名の製剤は、静脈注射器具の開存性の維持に適用される留置静脈穿刺器具のヘパリン生理食塩液ロック用の製剤であるから(摘示事項(1D))、医薬品製剤であることは明らかであり、その溶液は、100USP単位/mLのヘパリンナトリウム、無水エデト酸2ナトリウム、塩化ナトリウム、及び水酸化ナトリウムを含有し、pHは6.1(5.0?7.5)であり(摘示事項(1B))、静菌剤及び抗菌剤を含まない使い捨てのシリンジ製剤であり(摘示事項(1C))、ポリプロピレン製のシリンジに充填されてなるものであり(摘示事項(1E)?(1F))、滅菌されたものである(摘示事項(1A))。また、同製剤は、注射用ヘパリンナトリウム溶液を塩化ナトリウムで等張化したものであるから(摘示事項1A)、注射用水を含むものであることも明らかである。

そうすると、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「100USP単位/mLのヘパリンナトリウム、塩化ナトリウム、無水エデト酸2ナトリウム、水酸化ナトリウム及び注射用水を含むヘパリン溶液を充填してなる、使い捨てのシリンジ製剤であって、ヘパリン溶液のpHが6.1(5.0?7.5)であり、ヘパリン溶液が静菌剤及び抗菌剤を含まない、シリンジがポリプロピレン製である、滅菌された医薬品製剤。」

3.対比・判断

3-1.本件発明1について

本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「使い捨てのシリンジ製剤」は、予めヘパリン溶液を充填してなる1回使用のシリンジ製剤であるから、本件発明1の「プレフィルドシリンジ製剤」に相当する。
また、「静菌剤及び抗菌剤」は「防腐剤」に該当するものであるから、甲1発明の「静菌剤及び抗菌剤を含まない」との構成は、本件発明の「防腐剤を含まない」との構成に相当する。

そうすると、両者は、
「ヘパリンナトリウム、塩化ナトリウム、水酸化ナトリウムおよび注射用水を含むヘパリン溶液を充填してなるプレフィルドシリンジ製剤において、下記の特徴を有する当該医薬品製剤。
(b)ヘパリン溶液が防腐剤を含まない、および
(c)プレフィルドシリンジを構成するシリンジがポリプロピレン製である」
である点で一致し、次の相違点1?3で相違している。

<相違点1>
ヘパリン溶液におけるヘパリンナトリウムの濃度が、本件発明1では「1?100単位/mL」であるのに対し、甲1発明では「100USP単位/mL」である点。

<相違点2>
本件発明1のヘパリン溶液は「pHが6?9」であるのに対し、甲1発明のヘパリン溶液は「pHが6.1(5.0?7.5)」である点。

<相違点3>
本件発明1のヘパリン溶液は「クエン酸ナトリウム」を含むものであるのに対し、甲1発明のヘパリン溶液は「無水エデト酸2ナトリウム」を含むものである点。

そこで、上記相違点1?3について、以下検討する。

(1)相違点1について

ヘパリン製剤におけるヘパリン濃度を規定する単位については、米国ではUSP単位が用いられるのに対し、日本では国際単位が用いられており、両単位の定義は異なっているところ、両単位の換算式として、「1国際単位≒0.877USP単位」があり(例えば、特開2008-120798号公報の段落【0016】を参照)、この換算式が甲第1号証の頒布時及び本件特許の出願時にも適用可能なものであることは、両当事者ともに認めている(第1回口頭審理調書)。
そこで、甲1発明の製剤おけるヘパリンナトリウムの濃度である「100USP単位/mL」に、上記換算式を適用し国際単位に換算すると、100/0.877≒114.0であるから、「114.0単位/mL」となり、本件発明1で規定するヘパリンナトリウムの濃度の範囲「1?100単位/mL」の上限値を若干上回ることになる。

ところで、甲第14号証は、「適応外使用医薬品に関する実態調査-ヘパリン生食液-」と題する、本件特許出願(2001年12月)の約2年半前である1999年5月に公表された調査報告書であり、同号証には次の記載がある。
(14A)「今回の対象薬剤は、高カロリー輸液や末梢輸液間歇投与時のカテーテル血液凝固防止に用いるヘパリン生食液(審決注:せいしょくえき)(ヘパリンナトリウム注射液を生理食塩液で希釈した製剤)とした。ヘパリン生食液としての使用は、現在のヘパリンナトリウム注射液の添付文書の効果・効能以外の適応外使用にあたる。しかし、ヘパリン生食液は全国各施設で多量に調製・使用されているので使用実態調査を実施し、さらに文献的考察も行ったので報告する。」(第2頁左欄第8?17行)
(14B)「ヘパリン生食液は、今回調査した病院の内97%(246/253病練)で調製されていた。・・・・。調製濃度は、末梢静脈用では、10単位/mlが、高カロリー輸液用では10単位/mlと100単位/mlが多く調製されていた(図3)。」(第2頁右欄第18?19行、第25?27行)
(14C)「また、ヘパリン生食液は全国各施設で多量に使用されているものの、現在、市販されているヘパリンナトリウム注射液をヘパリンロックに用いる場合、医療現場において希釈、分割使用となり、細菌汚染、異物混入(医療用ゴムのコアリング)、便宜性、残液が生じる等多くの問題を含んでいる。・・・・。さらに、ヘパリン生食液を投与するところを希釈消毒液を投与した医療事故が発生しており、これは分割使用の問題点を露呈した結果である。」(第7頁左欄第5?11行、右欄第8?11行)
(14D)「海外での状況は、米国、英国では薬局方に収載されており、PDR(PHYSICIANS' DESK REFERENCE)によれば Heparin Lock Flush Solution として10単位/mlと100単位/mlの1ml、2ml、10ml、30ml Vialおよび10単位/ml、100単位/mlの1ml、2.5mlのクローズド・システムの特殊注射器入り製剤が市販されている。」(第7頁右欄第14?20行)
(14E)「今回の調査結果より、ヘパリン生食液の製剤化を考えると、調製濃度は、末梢静脈用では10単位/ml、高カロリー輸液用では100単位/mlで、その用量は5?10ml程度で、現在医療現場で看護婦が危惧していることを考慮すると、調製に手間がかからず無菌性、簡便性が保たれ、保険請求漏れがしにくく、医療事故防止にも有用な1回使用分の薬剤が充填されたプレフィルドシリンジ製剤が市販されるのが望ましいと考えられる。」(第8頁左欄第6?14行)
(14F)「高カロリー輸液や抹消輸液間歇投与時のカテーテル血液凝固防止に用いるヘパリン生食液は、医療従事者の利益性、安全性、医療経済性、医療事故の面からみても、早急に適応拡大に必要な手続きを取り、市販品として供給されるべきである。また、今後ますます重要になる在宅医療において在宅注射療法を行うにあたり、患者にも容易に扱える製剤剤形の市販化が必要不可欠と思われる。」(第8頁左欄下第7行?右欄第2行)

上記の甲第14号証の記載によれば、本件特許出願前、日本では、カテーテル内の血液凝固の防止(所謂「ヘパリンロック」)に用いられるヘパリン生食液は市販されておらず、多くの医療現場でヘパリンナトリウム注射液を希釈して調製されていたところ、希釈調製・分割使用に起因する、細菌汚染や異物混入、煩雑さ、投与ミス等の様々な問題があり、米国等において既に市販されていた「ヘパリンロックフラッシュ溶液」のようなプレフィルドシリンジ製剤の市販が強く望まれる状況にあったと認められ、また、このことは、医薬品分野の当業者ならば当然に認識していたものと認められ、本件特許訂正明細書の段落【0003】?【0006】における従来技術の説明とも整合している(なお、訂正審判請求書に添付された訂正明細書の発明の詳細な説明及び図面は、出願当初及び特許査定時の明細書の発明の詳細な説明及び図面と同じ内容であり、訂正事項はない。)。
そして、本件特許出願前、日本の医療現場においては、10単位/mlや100単位/mlの濃度のヘパリン生食液が多く調製されており(摘示事項14B)、これらの濃度のヘパリン溶液のプレフィルドシリンジ製剤が市販されることが望まれていたことも広く知られていたのであるから(摘示事項14E)、当業者であれば、日本の医療現場のニーズに合ったプレフィルドシリンジ製剤の開発を検討することは自然なことであったといえる。

そうすると、甲1発明のプレフィルドシリンジ製剤に接した当業者であれば、これを日本の医療現場により適応したものとするために、ヘパリン溶液の濃度を、「100USP単位/mL」に代えて、例えば、10単位/mLや100単位/mLとし、本件発明1の「1?100単位/mL」の範囲内の製剤とすることは、容易に想到し得たことである。

(2)相違点2について

甲1発明の製剤におけるヘパリン溶液のpHについて、甲第1号証には、「pH6.1(5.0?7.5)」と記載されているが、同号証に記載された製剤における当該pHは、第一義的には、括弧外の「pH6.1」であることが示されているものと認められる。
そうすると、この「pH6.1」の値は、本件発明1で規定するヘパリン溶液のpHである「pH6?9」の範囲内に含まれるものであるから、上記相違点2は実質的な相違点ではない。

仮に、甲第1号証の上記記載において、括弧内に「5.0?7.5」との記載が含まれていることをもって、この点を相違点としたとしても、以下の理由により、甲1発明の製剤におけるヘパリン溶液のpHを「pH6?9」の範囲内のものとすることは、以下に述べるとおり当業者が容易になし得たことである。

日本薬局方解説書(第十四改正)「ヘパリンナトリウム注射液」の項(甲第3号証)には、次の記載がある。
(3A)「製法 本品は『ヘパリンナトリウム』をとり、『生理食塩液』を加えて溶かし、注射剤の製法により製する。(注1)」(C-2633頁下第18?17行)
(3B)「pH 5.5?8.0」(C-2633頁下第15行)
(3C)「(注1) 溶液が中性であればかなり安定である。しかし、pH6以下ではかなり分解し、またブドウ糖注射液などにヘパリンを溶かした液を加熱滅菌すると、滅菌時のブドウ糖の分解により液が酸性となり、力価が低下する。」(C-2634頁第4?6行)

上記甲第3号証の記載によれば、ヘパリンナトリウム溶液は、pH6以下の酸性条件下ではかなり分解し、ヘパリンの力価が低下するものと認められ(摘示事項(3C))、甲第3号証が医薬品に関する品質規格書であることも勘案すれば、このことは当業者ならば当然に把握しているべきことであるといえる。また、甲第3号証には、ヘパリン注射液のpHが「5.5?8.0」とも記載されているが(摘示事項(3B))、これは医薬品として許容し得る範囲を示しているに過ぎないのであって、このpH範囲内ならばヘパリンの分解が生じないということを意味するものではない。
なお、甲第22号証(Journal of Pharmaceutical Sciences, 1996)には、ヘパリンの安定性に関する加速試験について記載されており、リン酸水素二ナトリウムを緩衝剤として用いたpH7.0のヘパリン溶液に対し、100℃で4000時間の加熱を行ったところ、加水分解による脱N-硫酸化によって酸性分解物を生じ、この酸性分解物が溶液のpHを低下させる方向に作用し、酸性分解物の増加により溶液の緩衝能力が消失した時点で、pHが急激に低下し、酸性が反応を促進するグリコシド結合の内分解的な加水分解によってヘパリン活性が急激に低下することが記載されている。つまり、甲第22号証には、ヘパリン溶液は低pHになると自己分解を促進することが示されており、このことは、上記甲第3号証における酸性条件下におけるヘパリンの分解と力価の低下についての記述を、実証的にも理論的にも支持するものである。

そうすると、甲1発明の製剤におけるヘパリン溶液のpH「6.1(5.0?7.5)」のうち、括弧内の「5.0?7.5」の部分は、製品として許容し得るpH範囲を示したものと解されるが、前記のとおり、pH6以下の酸性条件下ではヘパリンが分解し力価が低下することが甲第3号証に記載されていて周知であったのであるから、当業者ならば、ヘパリンが分解して力価が低下するような6以下のpHではなく、より安定な製剤とするように製剤を調製するはずであり、甲1発明におけるヘパリン溶液のpHを、本件発明1に規定する「pHが6?9」の範囲内のものとすることは、当業者が容易になし得たことである。

この点について、被請求人は、(a)本件発明1の「pHが6?9」との条件の下限値である「pH6?」には、ヘパリン溶液の長期保存安定性という臨界的意義がある、(b)甲第1?6号証には、ヘパリン溶液をpH6以上に維持すべきことやそのための具体的手段が記載も示唆もされていない、(c)本件特許出願当時の当業者の一般的理解は、pH4、好ましくはpH5以上であれば、ヘパリン製剤として使用可能というものであり、プレフィルドシリンジ製剤において、ヘパリン溶液をpH6?9に維持すれば、ヘパリンの分解が防止されるという合理的期待はおろか、課題すら存在しなかった、と主張する。
しかしながら、上記(a)及び(b)の点については、前記のとおり、pH6以下の酸性条件下では、ヘパリン溶液がかなり分解し力価が低下することが甲第3号証に記載され当業者に周知であったのであるから、ヘパリン溶液を6よりも大きなpHとして製剤を製造すれば、製剤の安定性がより向上することは予測可能であるし、甲1発明の製剤においてヘパリン溶液を6よりも大きなpHとして調製することは、甲第1号証に「pH調節のための水酸化ナトリウム」(摘示事項(1B))と記載されていることからも明らかなように、塩基である水酸化ナトリウムの添加量を調節することによって、容易に実現できることである。
また、上記(c)の点については、従来技術において、ヘパリン製剤の許容可能なpHの範囲の下限値として、6よりも低いpHが示されていたとしても、その下限値以上のpHであればヘパリンの分解が生じないということを意味するものではなく、前記のとおり、pHが6以下の酸性条件下ではヘパリン溶液がかなり分解しヘパリンの力価が低下することは当業者にとって周知であったのであるから、甲1発明のプレフィルドシリンジ製剤についても、ヘパリン溶液をpHが6よりも大きいものとして製造すればヘパリンの分解が防止されるという合理的期待があったというべきである。
したがって、被請求人の上記主張はいずれも採用できない。

(3)相違点3について

甲1発明の製剤は、ヘパリン溶液が「無水エデト酸2ナトリウム」を含むものとされているところ、当該成分について、甲第1号証には「安定化剤として添加される(added as a stabilizer)」(摘示事項(1B))ものであることが記載されている。
ここで、上記無水エデト酸2ナトリウムが、甲1発明の製剤中において、どのようにヘパリン溶液を安定化しているのか考察する。
無水エデト酸2ナトリウムは、強力なキレート作用を有する物質として周知であるが(例えば、乙第2、3、11号証を参照)、同時にpH緩衝作用を有する物質であることも周知である(例えば、甲第16号証の第115頁及び第120頁、甲第17号証の第3欄を参照)。
しかし、後述するように、甲1発明の製剤において、無水エデト酸2ナトリウムがキレート作用によってヘパリン溶液を安定化しているものと認めるに足る根拠は見出せない。
一方、甲第1号証には、「溶液は、静菌剤、抗菌剤又は added 緩衝剤を含んでいない(The solution contains no bacteriostat, antimicrobial agent or added buffer)」(摘示事項(1C))という記載がある。この記載の原文の「contains no ・・・・ added buffer」の部分は、文理上、明らかに「(さらに)追加された緩衝剤を含まない」ということを意味しており、ヘパリン溶液には既に別の緩衝剤が含まれていることが示されているものと認められる。そして、甲1発明のヘパリン溶液に含まれている成分のうち、緩衝剤に該当するものは、安定化剤として添加された無水エデト酸2ナトリウム以外にはあり得ない。
さらに、前記「(2)相違点2について」でも指摘したように、ヘパリン溶液がpH6以下の酸性条件下ではかなり分解しヘパリンの力価が低下するという問題があることが周知であったこと、及び無水エデト酸2ナトリウムがpH6強付近で緩衝作用を示すことは当業者が容易に理解できること(例えば、乙第3号証(化学辞典)には、エチレンジアミン四酢酸、即ち、エデト酸のpK3値が6.16であることが記載されている。)も勘案すると、甲1発明の製剤における無水エデト酸2ナトリウムは、そのpH6強付近での緩衝作用によって、pHを維持しヘパリン溶液を安定化させているものと認められる。

一方、甲第6号証には、クエン酸ナトリウムを含み、pHが6.0?7.5に調整された、プラスチック容器中での保存に適した、安定な生理的ヘパリン溶液が記載され(摘示事項(6A)、請求項3)、ヘパリン溶液は、ポリ塩化ビニル等のプラスチック容器から漏出する酸性成分によって、分解され活性が損なわれることが記載され(摘示事項(6C)、(6J))、実施例として、40?67USP単位/mlのヘパリンと、塩化ナトリウムと、クエン酸ナトリウムを含む、pH6.5のヘパリンナトリウム溶液を、ポリ塩化ビニル製のバッグに充填して、オートクレーブ(即ち、高圧蒸気滅菌)を施したところ、ヘパリン活性が、当初は105%であったものが、40℃で2ヶ月間保存した後でも100%であったことが記載されている(摘示事項(6F)?(6I))。
また、同号証には、「生理的溶液の保存に使用される全ての通常の医療用容器中でヘパリン溶液を保存できるようにすること」及び「光、温度、そして容器の材料の影響に対して、ヘパリン溶液を安定化すること」が、同号証に記載された発明の目的の一つであることも記載されている(摘示事項(6D))。
そして、クエン酸ナトリウムについては、pH調節剤であり緩衝剤であることが周知であり(例えば、乙第5号証の第78頁を参照)、pH6強付近で緩衝作用を示すことも当業者が容易に理解できるから(例えば、参考資料2(化学辞典)には、クエン酸のpK3値が6.396であることが記載されている。)、甲第6号証の上記記載に接した当業者であれば、クエン酸ナトリウムが、そのpH6強付近での緩衝作用によって、プラスチック容器から漏出した酸性成分がpHを低下させることに起因するヘパリン溶液の分解を防止し、同溶液を安定化していると認識するものといえる。

ところで、前記「(1)相違点1について」で指摘したように、本件特許出願前、日本においてヘパリン生食液のプレフィルドシリンジ製剤の市販が強く望まれていたことは、当業者に周知であったと認められる。そして、医薬品製剤においては、安全性や保存安定性に優れたものであることは当然に求められる技術的課題であるから、甲1発明のプレフィルドシリンジ製剤に接した当業者であれば、これらの観点から検討を行って、改良品や代替品を製造することは、通常試みることである。
また、前記のように、ヘパリン溶液はpH6以下の酸性条件下ではかなり分解しヘパリンの力価が低下する問題があることが周知であったことから、当業者が甲1発明のプレフィルドシリンジ製剤の改良品や代替品を検討する際には、当然、このpHの問題を考慮に加えるはずである。
甲1発明のプレフィルドシリンジ製剤においては、前記のとおり、無水エデト酸2ナトリウムが、そのpH6強付近での緩衝作用によってpHを維持しヘパリン溶液を安定化しているものと認められるが、無水エデト酸2ナトリウムについては、その強力なキレート作用に起因する副作用や毒性があることが周知であった(例えば、乙第2号証のD-182?D-184頁、乙第11号証のD-120頁を参照)。
そこで、甲1発明の製剤の改良品や代替品を検討していた当業者は、無水エデト酸2ナトリウムと同じくpH6強付近での緩衝作用によってpHを維持しヘパリン溶液を安定化し得る、より安全かつ適切な代替成分を探索したはずである。そして、pH6強付近で緩衝作用を有する化合物の候補としては、周知慣用の緩衝剤である、クエン酸、リン酸、炭酸、乳酸等の酸のアルカリ金属塩等を想定することができる。
これらの周知慣用の緩衝剤のうち、クエン酸ナトリウムについては、先述したように、そのpH6強付近での緩衝作用によって、pH低下に起因するヘパリン溶液の分解を防止し、同溶液を長期にわたり安定化するものであることを、甲第6号証の記載から当業者が認識し得たものである。
また、甲第11号証の記載によれば、クエン酸ナトリウムを含有するヘパリン注射剤が本件特許出願前から市販されていたことが認められ(摘示事項(11A))、ヘパリン溶液に添加される成分として、クエン酸ナトリウムは通常のものであったということができる。
そして、クエン酸については、もともと人体内にも存在する物質であり、特に副作用や毒性は知られておらず、清涼飲料等の食品にも広く添加される比較的安全な物質であることも周知である(例えば、前記参考資料2(化学辞典)を参照)。
そうすると、甲1発明の製剤において、pH6強付近での緩衝作用によってpHを維持しヘパリン溶液を安定化するための無水エデト酸2ナトリウムの代替成分として、同じくpH6強付近での緩衝作用を有し、甲第6号証に記載されるように、ヘパリン溶液の分解を高圧蒸気滅菌後も長期間にわたって防止できることが知られ、甲11号証に記載されるように、市販のヘパリン注射剤に添加される通常の成分としても知られていた、比較的安全な物質であるクエン酸ナトリウムを採用することは、当業者ならば容易に想到し得たことである。

なお、被請求人は、甲1号証における前記「contains no ・・・・ added buffer」との記載について、その意味を「添加された緩衝剤を含まない」と解釈すべきであって、甲1発明のヘパリン溶液に緩衝剤は全く含まれておらず、「安定化剤」として添加された無水エデト酸2ナトリウムは、あくまでもキレート剤であって、その強力なキレート作用によりヘパリン溶液を安定化しているものである、と主張する。
しかしながら、甲1号証の上記記載が、被請求人の主張するように「添加された緩衝剤を含まない」という意味であるとすると、同様にヘパリン溶液に添加されないことが記載されている「静菌剤(bacteriostat)」及び「抗菌剤(antimicrobial agent)」には、「added」という修飾語が付されていないことと整合せず、何故に「緩衝剤(buffer)」にのみ、「added」という修飾語が付されているのか理解が困難となるため、被請求人の上記解釈は極めて不自然なものである(必要ならば、参考資料1(松本和子准教授による見解書)を参照)。
また、甲第1号証全体の記載をみても、甲1発明の製剤におけるヘパリン溶液には、無水エデト酸2ナトリウムの強力なキレート作用によって捕捉しなければならないような重金属イオン等が添加されているものとは認められない。
この点について、被請求人は、甲1発明の製剤のヘパリン溶液には、注射用水中に存在する微量な金属イオンや、ヘパリン自体に結合した微量な金属イオン、シリンジの材料のポリプロピレンから溶出する可能性のある非常に微量な金属イオン等が混入し得るため、これらの微量な金属イオンをキレートする目的で、無水エデト酸2ナトリウムが安定化剤として添加されているなどと主張するが、甲1発明の製剤のヘパリン溶液における無水エデト酸2ナトリウムの濃度は約0.27mMであり、被請求人が混入の恐れがあると主張する微量な金属イオンの想定し得る濃度に対して、遙かに高濃度であるため、被請求人の主張は、妥当性を欠くものである。
したがって、被請求人の上記主張はいずれも採用できない。

(4)本件発明1の効果について

被請求人は、ポリプロピレン製のプレフィルドシリンジ製剤において、クエン酸ナトリウムを用いてヘパリン溶液のpHを6?9とした場合に、他のpH6強付近で緩衝作用を有するpH緩衝剤を用いた場合と比較して、pH低下の抑制及びヘパリンの分解(力価低下)の防止という点で、格別優れた効果が得られる旨を主張する。
しかしながら、前記のとおり、甲第6号証には、クエン酸ナトリウムを含むpH6.5のヘパリンナトリウム溶液をポリ塩化ビニル製バッグに充填し高圧蒸気滅菌した場合、40℃で2ヶ月間保存した後でもヘパリンの活性は殆ど低下しなかったことが記載されており、この効果はクエン酸ナトリウムのpH6強付近での緩衝作用によってヘパリン溶液のpH低下が抑制されたことに基づくものであると理解できるから、容器の材質やヘパリンの濃度が異なっても、同様の効果が得られると予測できるものである。
そうすると、甲1発明のポリプロピレン製のプレフィルドシリンジ製剤において、pH6強付近での緩衝作用によってヘパリン溶液を安定化するための成分として、無水エデト酸2ナトリウムに代えて、クエン酸ナトリウムを用いた場合にも、上記甲第6号証の記載から把握し得る、pH低下の抑制やヘパリン活性の低下防止の効果が奏されることは、当業者が予測可能なものであったというべきである。

なお、被請求人が上記主張の根拠としている、乙第4号証の表1と表2、及び本件特許訂正明細書の実験例2(表2)と実験例3(表3)をみても、pH緩衝剤としてクエン酸ナトリムを用いた場合と、炭酸水素ナトリウムを用いた場合とを比較すると、pH変動でもヘパリン力価変動でも、両者の差は僅かであり、格別なものとは認められない。
しかも、本件特許訂正明細書の実験例2と実験例3は、いずれもガラス製シリンジを用いたものであり、また、保存中のpH変動やヘパリン力価変動を示したものでもないため、被請求人が主張する、ポリプロピレン製の容器を用いたことによる特有の効果や、保存中のpH及び力価の変動が小さいという効果は、明細書の記載に基づいたものではない。

また、請求人が提出した実験成績証明書(甲第13号証)には、本件特許訂正明細書に記載の実施例1のポリプロピレン製プレフィルドシリンジ製剤において、クエン酸ナトリウムに代えて、無水無水エデト酸2ナトリウムを添加した製剤(甲1発明の製剤に対応するものである)が、高圧蒸気滅菌後に、本件発明に係る上記実施例1の製剤と同等の、40℃で2ヶ月にわたるヘパリンの力価低下の抑制効果を奏したという実験結果が示されている。
そうすると、被請求人が主張する、本件発明1によるヘパリンの長期保存安定性という効果は、甲1発明の製剤において既に得られていた程度のものに過ぎないというべきである。

(5)小括

したがって、本件発明1は、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-2.本件発明2について

本件発明2は、本件発明1の製剤について、さらに「高圧蒸気滅菌を施してなる」という事項を追加して特定を行ったものであるから、本件発明2と甲1発明とを対比すると、両者は、前記「3-1.」で指摘した相違点1?3で相違するほか、次の相違点4で相違する。

<相違点4>
滅菌手段について、本件発明2の製剤は「高圧蒸気滅菌を施してなる」とするものであるのに対し、甲1発明の製剤は「滅菌された」とするのみで、具体的な滅菌手段が不明である点。

相違点1?3については既に検討したので、相違点4について検討する。

高圧蒸気滅菌は最も普遍的な滅菌方法であり、シリンジ、ソフトバッグ、プラスチックボトル等の容器入りの医薬品製剤の滅菌法としても、高圧蒸気滅菌が好適であり、慣用手段とされていることが周知であるから(例えば、甲第7号証を参照)、甲1発明のプレフィルドシリンジ製剤も、高圧蒸気滅菌により滅菌されたものである蓋然性が極めて高い。
仮にそうでないとしても、前記のとおり、甲第6号証には、クエン酸ナトリウムを含むpH6.5のヘパリン溶液をポリ塩化ビニル製バッグに充填し高圧蒸気滅菌した場合、40℃で2ヶ月間保存した後でもヘパリンの活性が殆ど低下しなかったことが記載されており、これに接した当業者は、プラスチック容器に充填したヘパリン溶液について、高圧蒸気滅菌を施すことが可能であることを理解するものといえるから、甲1発明のヘパリン溶液を含むプレフィルドシリンジ製剤についても、その滅菌手段として高圧蒸気滅菌を採用することに、何ら困難性は認められない。
そして、高圧蒸気滅菌後も、長期間にわたりpH低下が抑制されヘパリン分解(力価低下)が抑制されるという本件発明2の効果についても、上記の甲第6号証の記載から、当業者が予測し得る程度のものである。

なお、被請求人は、ヘパリン溶液に高圧蒸気滅菌を施すとpHが低下し、ヘパリン活性が著しく低下するため、また、ヘパリンは生物製剤であり高圧蒸気滅菌に適していないため、当業者がヘパリン溶液に高圧蒸気滅菌を施すことは容易に想到し得ないなどと主張する。
そこで検討するに、例えば、甲第4号証には、「ヘパリンは溶液中で安定化するために緩衝化されなければならない。特に、ヘパリンはヘパリン活性の不当な損失なしで熱滅菌およびパスツールサイクルに耐えるように緩衝化されなければならない。」(第2頁左上欄第19?22行)と記載されており、熱滅菌によりヘパリン溶液の活性が低下するという問題は、既に当業者に知られていたものと認められる。
そして、前記のとおり、甲第6号証には、クエン酸ナトリウムを含むpH6.5のヘパリンナトリウム溶液が、高圧蒸気滅菌を施した後も、40℃で2ヶ月間、ヘパリンの活性を保持したことが記載されており、これはクエン酸ナトリウムのpH緩衝作用によってpHが維持されヘパリン溶液が安定化されていたためであると当業者が認識するものといえるから、ヘパリン溶液のpH低下に伴う活性低下の問題は、高圧蒸気滅菌後のpH低下に伴うヘパリン活性低下の問題も含めて、上記甲第6号証に記載されたヘパリン溶液において、既に解決されていたものである。
そうすると、甲1発明の製剤のヘパリン溶液についても、前記のとおり、無水エデト酸2ナトリウムのpH緩衝作用によりヘパリン溶液が安定化されているものと認められるから、ヘパリン溶液に高圧蒸気滅菌を施すとpHが低下しヘパリンの活性が低下することが知られていたとしても、甲1発明の製剤の滅菌手段として高圧蒸気滅菌を施すことの容易性の判断は、何ら左右されるものではない。

したがって、本件発明2は、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-3.本件発明3について

本件発明3は、本件発明1又は2の製剤について、さらに「40℃で2ヶ月間保存可能である」という事項を追加して特定を行ったものであるから、本件発明3と甲1発明とを対比すると、両者は、前記「3-1.」で指摘した相違点1?3で相違するほか、次の相違点5で相違する。

<相違点5>
本件発明3の製剤が「40℃で2ヶ月間保存可能である」という特定を有するものであるのに対し、甲1発明の製剤はそのような保存性による特定をしていない点。

相違点1?3については既に検討したので、相違点5について検討する。

前記のとおり、第6号証には、クエン酸ナトリウムを含むpH6.5のヘパリンナトリウム溶液をポリ塩化ビニル製バッグに充填し高圧蒸気滅菌した場合、40℃で2ヶ月間保存した後もヘパリンの活性は殆ど低下しなかったことが記載されており、この効果はクエン酸ナトリウムのpH6強付近での緩衝作用によってヘパリン溶液のpH低下が抑制されたことに基づくものであると理解できるから、容器の材質やヘパリンの濃度が異なっても、同様の効果が得られると予測できるものである。
そうすると、甲1発明のポリプロピレン製のプレフィルドシリンジ製剤において、pH6強付近での緩衝作用によってヘパリン溶液を安定化するための成分として、無水エデト酸2ナトリウムに代えて、クエン酸ナトリウムを用いた場合にも、40℃で2ヶ月間保存可能な製剤とすることができることは、当業者が容易に想到し得たことである。

したがって、本件発明3は、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-4.本件発明4について

本件発明4は、本件発明1の医薬品製剤について、塩化ナトリウムの量を「生理的に等張化するのに有効な量の」という機能的な表現で特定し、
(a)「1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、生理的に等張化するのに有効な量の塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムを含み、かつpH6?9のヘパリン溶液を調整する工程」
及び
(b)「調整したヘパリン溶液をポリプロピレン製シリンジに充填する工程」
という、2つの工程を含む、
「防腐剤を含まないヘパリン溶液入りプレフィルドシリンジ医薬品製剤の保存方法」
という保存方法の発明としたものと認められ、同保存方法の対象となる「防腐剤を含まないヘパリン溶液入りプレフィルドシリンジ医薬品製剤」自体の構成は、本件発明1のものと同じである。

そこで、本件発明4と甲1発明とを対比すると、本件発明4における「塩化ナトリウム」は、「生理的に等張化するのに有効な量の」という機能的な表現により量が特定されているが、甲1発明の製剤は、「留置静脈穿刺器具のヘパリン生理食塩液ロック用の製剤」であるから(摘示事項(1D))、同製剤のヘパリン溶液に含まれる「塩化ナトリウム」の量は、生理的に等張化するのに有効な量であることは明らかである。
そうすると、両者は、医薬品製剤の構成について前記「3-1.」で指摘した相違点1?3で相違するほか、次の相違点6で相違する。

<相違点6>
本件発明4は、(a)ヘパリン溶液を調整する工程と、(b)前記(a)で調整した溶液をポリプロピレン製シリンジに充填する工程とを含む、プレフィルドシリンジ医薬品製剤の「保存方法」であるのに対し、甲1発明は、そのような特定の工程を有する保存方法ではない点。

相違点1?3については既に検討したので、相違点6について検討する。

本件発明4は、「保存方法」の発明とされているものの、上記(a)及び(b)の工程は、実質的にはプレフィルドシリンジ製剤の製造工程に関するものである。
これに対し、甲第1号証には、甲1発明の製剤の製造工程については記載されていないが、甲1発明は、ヘパリン溶液が充填された使い捨てのシリンジ製剤であるところ、その製造工程を、ヘパリン溶液を調整する工程を経てから、該ヘパリン溶液をシリンジに充填する工程とすることに、何ら困難性はない。
そして、甲第1号証には、甲1発明の製剤を保存することも記載されているから(摘示事項(1F))、甲1発明の製剤を、上記の工程により製造し保存する方法もまた、当業者が容易に想到し得たものである。
また、本件発明4が、そのような工程を採用したことにより格別な効果を奏したものとも認められない。

したがって、本件発明4は、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-5.本件発明5について

本件発明5は、本件発明4の保存方法において、
(a)「1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、生理的に等張化するのに有効な量の塩化ナトリウム、クエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムを含み、かつpH6?9のヘパリン溶液を調整する工程」
を、さらに、
(a-1)「1?100単位/mLのヘパリンナトリウム、および生理的に等張化するのに有効な量の塩化ナトリウムを含有するヘパリン溶液を調整する工程」と、
(a-2)「前記ヘパリン溶液をpH6?9となるようにクエン酸ナトリウムおよび水酸化ナトリウムで調整する工程」
の、2つの工程からなる方法に特定したものであるから、本件発明5と甲1発明とを対比すると、前記「3-4.」で指摘した相違点1?3、6で相違するほか、次の相違点7で相違する。

<相違点7>
本件発明5は、(a)ヘパリン溶液を調整する工程が、(a-1)ヘパリンナトリウムと塩化ナトリウムを含有するヘパリン溶液を調整する工程と、(a-2)前記(a-1)の工程で調整した溶液のpHを調整する工程とを含むものであるのに対し、甲1発明は、そのような特定を有していない点。

相違点1?3、6については既に検討したので、相違点7について検討する。

一般的に、液体製剤の分野において、先に有効成分を含む生理的に等張化した溶液を調整してから、当該溶液のpHを調整することは、通常行われていることであるから、甲1発明の製剤を製造する際に、上記(a-1)及び(a-2)に対応する工程を含むものとすることは、当業者であれば容易になし得ることである。
また、本件発明5が、そのような工程を採用したことにより格別な効果を奏したものとも認められない。

したがって、本件発明5は、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

3-6.本件発明6について

本件発明6は、本件発明4又は5の保存方法において、「充填工程後に高圧蒸気滅菌を施す工程をさらに含む」ことを付加して限定した方法であるから、本件発明6と甲1発明とを対比すると、前記「3-4.」で指摘した相違点1?3、6で相違するほか、次の相違点8で相違する。

<相違点8>
本件発明6は、「充填工程後に高圧蒸気滅菌を施す工程をさらに含む」とするものであるのに対し、甲1発明は、そのような特定を有していない点。

相違点1?3、6については既に検討したので、相違点8について検討する。

甲1発明の製剤について、高圧蒸気滅菌を施してなるものとすることは、前記「3-2.」で既に検討したように、何ら困難性はなく、シリンジ製剤を高圧蒸気滅菌する際に、充填工程の後に高圧蒸気滅菌を施すことは、自明である。
また、本件発明6が、そのような工程を採用したことにより格別な効果を奏したものとも認められない。

したがって、本件発明6は、甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第5 むすび

以上のとおり、本件請求項1?6に係る発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第1号証及び甲第6号証に記載された発明並びに周知技術に基づいて、本件特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件請求項1?6に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、特許法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-02-23 
結審通知日 2010-02-25 
審決日 2010-03-29 
出願番号 特願2001-388458(P2001-388458)
審決分類 P 1 113・ 121- Z (A61K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 大宅 郁治  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 弘實 謙二
井上 典之
登録日 2008-02-01 
登録番号 特許第4074457号(P4074457)
発明の名称 ヘパリン溶液入りプレフィルドシリンジ製剤およびその製造方法  
代理人 川崎 実夫  
代理人 鈴江 武彦  
代理人 河野 直樹  
代理人 松任谷 優子  
代理人 大野 聖二  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 稲岡 耕作  
代理人 吉川 沙央里  
代理人 大野 聖二  
代理人 松任谷 優子  
代理人 岡本 寛之  

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