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審判番号(事件番号) データベース 権利
不服20056282 審決 特許
不服200627219 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12N
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C12N
管理番号 1217885
審判番号 不服2007-16040  
総通号数 127 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-06-07 
確定日 2010-06-10 
事件の表示 特願2001-340847「ブタTSH(Thyroid-stimulatinghormone)レセプターをコードする断片およびその用途」拒絶査定不服審判事件〔平成15年 5月 7日出願公開、特開2003-125785〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成13年11月6日(国内優先権主張 平成12年11月9日,特願2000-342471号)に出願されたものであって,平成18年8月21日付けで願書に添付した明細書について手続補正がなされ,平成19年5月2日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成19年6月7日付けで拒絶査定に対する審判請求がなされ,平成19年7月9日付けで願書に添付した明細書について手続補正がなされ,平成22年1月4日付けで審尋がなされ,平成22年3月3日に回答書が提出されたものである。


第2 平成19年7月9日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成19年7月9日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1.補正前請求項1に係る本件補正の内容
本件補正により,補正前の特許請求の範囲の請求項1ないし2
「 【請求項1】配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する組換えブタTSHレセプター。
【請求項2】請求項1記載の組換えブタTSHレセプターを用いてTSHレセプターに対する自己抗体を測定する方法。」

は,補正後の特許請求の範囲の請求項1

「【請求項1】 TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体である甲状腺刺激抗体(TSAb)を測定する方法であって,TSHレセプターとして配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSHレセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する組換えブタTSHレセプターを用い,測定法としてサンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する方法を使用する,TSHレセプターに対する自己抗体の測定法」と補正されることになる(補正された発明を,以下,「本願補正発明1」という。)。

2.補正前請求項2に係る特許法第17条の2第4項の規定(本件補正の目的)についての判断
上記補正は,請求項2に記載した発明を特定するために必要な事項である「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」「TSHレセプターに対する自己抗体を測定する方法」について,それぞれ「甲状腺刺激抗体(TSAb)」「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する方法を使用する」測定法へと限定するものであって,平成14年改正前特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで,本件補正後の本願補正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。

3.独立特許要件について(特許法第29条第2項についての判断)
(1)引用例1
原審において,平成19年5月2日付けの拒絶査定の拒絶理由1において引用した,国際公開第99/64865号パンフレット(引用例1)には,次のことが記載されている。

(a)「【請求項1】 体液サンプル中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)レセプターに対する自己抗体をモニターする方法であって,以下の順に,以下の工程:
(a)以下:
(i)固相に固定したブタTSHレセプターもしくはそのフラグメント,または
(ii)標識抗体と複合体化しているTSHレセプター,
を提供する工程;
(b)該TSHレセプターを体液サンプルとともにインキュベートする工程;
(c)該TSHレセプターを含む該インキュベートされた体液サンプルを,TSHレセプター自己抗体(TRAb)との競合反応において該TSHレセプターと結合し得る結合剤の少なくとも1つと反応させる工程,または,該TSHレセプターが(ii)である場合,該インキュベートされた体液サンプルを,工程(b)の間または後に,該TRAbと該TSHレセプターとの結合には実質的に干渉しないような方法で,TRAbと結合し得る結合剤の少なくとも1つと反応させる工程;ならびに
(d)該反応したインキュベートされた体液サンプル中の結合したTRAbを定性的または定量的に検出する工程,
を包含する,方法。
・・・
【請求項16】 前記ブタTSHレセプターが,TRAbについての少なくとも1つのエピトープを有する組換え物質を含む,請求項1?14のいずれか1項に記載の方法。」(特許請求の範囲)

(b)「本発明は,TSHレセプター自己抗体を検出またはモニターするためのアッセイ(キットおよび分析方法)に関する。
グレーブズ病と関連する甲状腺機能亢進は,甲状腺刺激ホルモン(TSH)についての甲状腺レセプターに対する自己抗体に起因することが公知である。この自己抗体は,そのレセプターに結合し,そして天然のリガンド(TSH)の作用を模倣し,それにより,甲状腺に高レベルの甲状腺ホルモンを産生させる(Endocrine Reviews 1988,第9巻,No.1,106-117頁に記載される)。
TSHレセプター自己抗体(TRAb)の検出またはモニターは,グレーブズ病の診断および管理において,重要であり,そして現在2つのタイプのアッセイが使用されている。すなわち,
(a)TRAbがTSHレセプターの調製物に対する^(125)I標識TSHの結合を阻害する能力を測定する競合結合アッセイ;および
(b)TRAbが培養中の甲状腺細胞(またはTSHレセプター遺伝子をトランスフェクトした他の細胞)を刺激する能力を測定するバイオアッセイ。」(第1頁2-15行)

(c)「TSHレセプター(TSHR)は,甲状腺細胞の表面上にはほんのわずかな数しか存在しない(1細胞当たり約10^(3)レセプター)。このことで,天然の供給源からレセプターを精製することは非常に困難であった(「Bailliere’s Clinical Endocrinology and Metabolism」,1997,第II巻,451?474頁,Sandersに記載される)。
対照的に,組換えTSHRは,哺乳動物細胞(例えば,チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞)において,1細胞当たり約10^(5)?10^(6)レセプターというはるかに高いレベルで発現され得る(Sanders)。さらに,非甲状腺細胞において産生される組換えTSHR調製物には,サイログロブリンまたは甲状腺ペルオキシダーゼのような他の甲状腺自己抗原は混入していない(Springer Seminars in Immunopathology,1993,309-318頁,Furmaniak)。
哺乳動物細胞において産生される組換えTSHR調製物は,天然のレセプターのものと類似のTSHおよびTRAb結合特性を示す唯一のものである。」(第6頁14-25行)

(d)「実施例
1.ブタTSHR cDNAのクローニング
RNAをブタ甲状腺組織から,グアニジウムチオシアネート-フェノールクロロホルム法(ChomczynskiおよびSacchi,Anal.Biochem.第162巻,1987,156-159頁)を用いて抽出した。mRNAを総RNAから,DynalビーズmRNA精製キット(Dynal,Wirral L62 SAZ UK)を用いて精製した。このmRNAを用いてcDNAライブラリを,ZapExpress cDNA Gigapack Cloning Kit III(Strategene Ltd.,Cambridge CB4 4DF UK)を用いて作製した。4つの縮重オリゴヌクレオチドを,公知のTSHR配列(マウス,ラット,ヒト,イヌおよびウシ)に対して作製し,そしてブタTSHRの2つのフラグメントを,PCRを用いて増幅した。これらを配列決定して,TSHR cDNAとのそれらの相同性を確認し,そしてこれを用いて全長ブタTSHRクローンについてこのcDNAライブラリーをスクリーニングした。3つの全長クローンを得,そして全配列決定した。
2.CHO細胞におけるブタ組換えTSHRタンパク質の発現
全長pTSHR cDNAの5’非翻訳領域(5’UTR)におけるATG開始コドンをPCRにより取り出し,そしてこのcDNAをpcDNA3.1(+)(Invitrogen BV,9351,NV,Leek,The Netherlands)にクローニングした。全長TSHRをコードするDNAをCHO細胞(ECACC,Porton Down SP4 OJG UKからのCHO-KI)に,エレクトロポレーションによりトランスフェクトした。TSHRを発現するクローンを,24ウェルプレート上に増殖する細胞に対する直接的な^(125)I TSH結合を用いて検出した。最高のTSH結合を示すクローンを増殖させ,そして限界希釈により二回再クローニングした。1細胞当たり約4×10^(5)TSHRを発現する1つの安定な細胞株を,組換えTSHRの増殖および産生のために選択した。」(第7頁8-27行)

(2)引用例2
原審において,平成19年5月2日付けの拒絶査定の拒絶理由1において引用した,特表平4-506752号公報(引用例2)には,次のことが記載されている。

(e)「第2a図は,イヌTSHレセプタ=(dTsHr)の一次構造を示すものであり,イヌTSHレセプターのヌクレオチド配列から推測されるものである。」(第4頁左上欄9?10行)

(f)「第5図は,イヌのTSHレセプターをコードするcDNA配列を示すもので,これは卵母細胞および培養細胞で遺伝子発現された。」(第4頁左下欄1?2行)

(g)「第8図は,cDNAから推論されるヒトTSHレセプターの一次構造を示すものである。このアミノ酸配列は,ラムダ11クローンの2つの重なり合う挿入部位の配列から決定される2292ヌクレオチドからなるオープンリーディングフレームに一致する(実施例を見よ)。このヒトTSHレセプターの配列は,イヌのTSHレセプターの配列(アミノ酸の異なる部分だけ示した)とともに比較のために掲載した。番号付けは,ボンハイネアルゴズムによって決定される成熟ポリペプチドの第一残基から開始した(II)。強力なN-グリコシル化部位を下線で示した。また,推定されるトランスメンブランセグメントを上線で示した。」(第4頁左下欄11?18行)

(h)「第12図は,クローン化されたヒトTSHレセプターのcDNA配列を示すものである。」(第4頁右下欄7?8行)

(i)「試料中のTSHまたは抗TSHレセプター抗体をアッセイするための他の手段は,レセプターを持つ細胞に備わっているアデニリルシクラーゼ活性にもとづいたTSHレセプターへの結合効果を利用するものである。よって,本発明はTSHまたは抗TSHレセプター抗体の定量的検出方法に関するものである。この方法は,本発明のポリペプチドをコードする核酸配列によって形質転換された細胞またはそのような細胞から調製された膜分画と,TSHまたは抗TSHレセプター抗体を含むと考えられる生物学的試料とを接触させ,それらの細胞または膜分画での,アデニリルシクラーゼ活性を,例えばcAMP産生または放出を測定することによって,測定するものである。」(第7頁左上欄3?11行)

(j)第2a図には,764アミノ酸からなるイヌTSHレセプターのアミノ酸配列が記載されている。

(k)第5図には,4417塩基からなるイヌのTSHレセプターをコードするcDNA配列が記載されている。

(l)第8図には,764アミノ酸からなるヒトTSHレセプターのアミノ酸配列が,(アミノ酸の異なる部分だけ示した)イヌのTSHレセプターのアミノ酸配列とともに比較して記載されている。

(m)第12図には,3710塩基からなるヒトTSHレセプターをコードするcDNA配列が記載されている。

(3)引用例3
原審において,平成19年5月2日付けの拒絶査定の拒絶理由1において引用した,特表平5-504683号公報(引用例3)には,次のことが記載されている。

(n)「第1図: クローン4,ヒトTSH受容体,についてのcDNAのヌクレオチドおよび誘導されたアミノ酸配列。アミノ酸は単一の文字のアミノ酸コードにより注釈する。潜在的グリコシル化部位には下線が引かれている。」(第5頁左上欄16?19行)

(o)「表I:第1図に描写するTSH受容体の突然変異を安定に発現するCHO細胞におけるホルモンの結合および機能。
WT-野生型。pSV2-NEO-ECEはcDNAインサートをもたないベクターである。
* - 検出可能ではない。
各値は2つの別々のトランスフェクションからのクローンのを使用して得られたデータの平均を表し,各トランスフェクションは二重反復試験において測定したグレージス病の患者からの甲状腺刺激免疫グロブリン(TS1)の血清は,TSHと同一のプロフィルで突然変異のTSH受容体を刺激した。こうして,水TSH受容体および50アミノ酸の欠失をもつTSH受容体(hTSHR-D1)は,普通のTSIバイオアッセイ(Hinds et al,J.Clin.Endocrinol.Metab.52:1204(1981)において測定して,効力のあるTSI活性をもつ4つの血清のプールに対してcAMPの応答を示した。」(第20頁左下欄1行?右下欄2行)

(p)第1.1?1.3図には,764アミノ酸からなるヒトTSHレセプターのアミノ酸配列及び2469塩基からなるヒトTSHレセプターをコードするcDNA配列が記載されている。

(4)引用例4
本願の優先日前に頒布された刊行物である,日本臨床検査自動化学会会誌 (1999), Vol.42, No.1, p.63-67(以下,「引用例4」という。)には,次のことが記載されている。

(q)「バセドウ病は古くから知られていた疾患で,その原因は長い間不明であった。1967年Adamsらがバセドウ病患者の血中に異常甲状腺刺激物質LATS(long acting thyroid stimulator)を報告して以来,多くの研究が精力的に行われ,この異常甲状腺刺激物質がIgGであることが判明した。さらに最近の研究からこの異常甲状腺刺激物質はTSH受容体に対する抗体(TSH受容体抗体,TSH receptor antibodies:TRAb)であるとされている。
現在,TRAbとして一般的に測定されているのはTSHのラジオレセプタを用いるTSH結合阻害性免疫グロブリン(TSH-binding inhibitory immunoglobulin:TBII)である。これはSmithのキットとして臨床検査に広く使用されている。
しかし,このTBIIではその抗体が甲状腺を刺激するのか,あるいは抑制をするのか,わからないことに問題点があった。そこで培養甲状腺細胞を用いた甲状腺刺激性自己抗体(TSAb:thyroid stimulating antibodies)が開発されキット化された。」(第63頁左欄2行?右欄20行)

(r)「2-3TSAbの測定原理
被検血清をポリエチレングリコール処理して得られたイムノグロブリン分画を測定対象サンプルとした。サンプル中に含まれるTSAbとブタ甲状腺細胞を反応させる。TSAbの刺激により,ブタ甲状腺細胞から産生されるcyclicAMP(cAMP)濃度をRIA方により測定するTSAb活性(%)は被検血清とコントロール血清のcAMP産生量の比率から求めた。」(第64頁左欄26?33行)

(s)「TSAbは,cAMP量を指標に甲状腺細胞刺激活性を見る測定キットとして開発された。このTSAb測定キットは簡便になり,測定精度や感度も比較的良好で,バセドウ病の診断に役立つものと思われる。」(第66頁右欄26行?第67ページ左欄1行)

(5)引用例5
本願の優先日前に頒布された刊行物である,Medical Practice (1999), Vol.16, No.6, p.941-944(以下,「引用例5」という。)には,次のことが記載されている。

(t)「TSHレセプター抗体TSH receptor antibody(TRAb)は多くの研究者により種々の測定法ならびにその呼称が提案されたが,現在臨床的に使用されまた問題となるのはTSH-binding inhibitor immunoglobulin(TBII),thyroid stimulating antibody(TSAb),thyroid stimulating blocking antibody(TSBA)の3種のみである。
このうちTBIIは^(125)I-TSHの可溶化TSHレセプターに対する結合患者IgGがどの程度阻害するかをみるラジオレセプターアッセイであり,最初にキット化され保険適応も認められたためもっとも普及しており,TSHレセプター抗体(TRAb)とTBIIが同義語に扱われたきらいもあるが,正確にはTBIIはTSHレセプター抗体のレセプターに対する結合活性であり本抗体の生物活性を反映しているわけではない。
これに反し,TSAb,TSBAbは甲状腺細胞を使用して,TSHレセプター抗体の持つ機能を表している。TSAbは患者IgGを作用させたときの細胞内cAMPの上昇を測定したものであり,IgGの持つTSH様の刺激活性を示す。(このため単に刺激抗体とも呼ばれる)TSBAbはTSHの甲状腺細胞でのcAMP産生を患者IgGがどの程度阻害しうるかを見るものである(単に阻害抗体とも呼ばれる)TSAb,TSBAbは抗体の機能的な活性である点臨床的な意義はより大きいとも思えるが,培養甲状腺細胞を使うbioassayであるために細胞の状況に左右されやすく測定の標準化がしにくいという難点があった。最近TSAbに関してもキットによる測定が可能となりさらに保険適応も認可されたため容易にその活性を知ることができるようになった。」(第941頁左欄17行?右欄14行)

(6)引用例6
本願の優先日前に頒布された刊行物である,臨床病理(1994), Vol.42, No.9, p.938-942(以下,「引用例6」という。)には,次のことが記載されている。

(u)「バセドウ病患者血中に検出されるTSAbは,今日ではバセドウ病による甲状腺機能亢進症発言に関与する主要な因子と考えられる。このTSAbは甲状腺cAMP増加作用を持つ抗体と考えられ,近年バセドウ病患者から得られたIgGを,FRTL-5細胞培養系を用いて,cAMP増加反応を指標として測定される。」(第941頁左欄2?8行)

(v)図5には バセドウ病IgG → アデニレートシクラーゼ → cAMPシステム(TSAb)という経路が記載されている。(第942頁)

(7)本願補正発明1と引用例1に記載された技術的事項との対比
引用例1には,「体液サンプル中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)レセプターに対する自己抗体をモニターする方法」(記載事項(a))であって,「組換え物質」である「ブタTSHレセプター」(記載事項(a))を用いること,「TSHレセプター自己抗体(TRAb)の検出またはモニターは,グレーブズ病の診断および管理において,重要であり,そして現在2つのタイプのアッセイが使用されて」おり,それらは,「(a)TRAbがTSHレセプターの調製物に対する^(125)I標識TSHの結合を阻害する能力を測定する競合結合アッセイ;および (b)TRAbが培養中の甲状腺細胞(またはTSHレセプター遺伝子をトランスフェクトした他の細胞)を刺激する能力を測定するバイオアッセイ」であること(記載事項(b)),「TSHレセプター(TSHR)は,甲状腺細胞の表面上にはほんのわずかな数しか存在しない(1細胞当たり約10^(3)レセプター)」のに対して,「対照的に,組換えTSHRは,哺乳動物細胞(例えば,チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞)において,1細胞当たり約10^(5)?10^(6)レセプターというはるかに高いレベルで発現され得」,「さらに,非甲状腺細胞において産生される組換えTSHR調製物には,サイログロブリンまたは甲状腺ペルオキシダーゼのような他の甲状腺自己抗原は混入していない」こと(記載事項(c)),「4つの縮重オリゴヌクレオチドを,公知のTSHR配列(マウス,ラット,ヒト,イヌおよびウシ)に対して作製し」,「ブタTSHRの2つのフラグメント」を,PCRを用いて増幅し」,「これを用いて全長ブタTSHRクローンについてこのcDNAライブラリーをスクリーニングし」,「3つの全長クローンを得,そして全配列決定した」こと,「CHO細胞におけるブタ組換えTSHRタンパク質の発現」をさせたこと(記載事項(d))が記載されている。

ここで,引用例1に記載された,「甲状腺刺激ホルモン(TSH)レセプターに対する自己抗体」,「自己抗体をモニターする方法」は,それぞれ,本願補正発明1における「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」,「自己抗体の測定法」に相当する。
そこで,本願補正発明1と,引用例1に記載された上記技術的事項を対比すると,両者は,「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体を測定する方法であって,組換えブタTSHレセプターを用いる方法」に係る発明である点で一致する。
そして,本願補正発明1に係る測定対象が,「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」のうち「甲状腺刺激抗体(TSAb)」であるのに対して,引用例1に記載された方法は,「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」としか特定されていない点(相違点1),及び,本願補正発明1に係る組換えブタTSHレセプターが,「TSHレセプターとして配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSHレセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する」ものであるのに対して,引用例1に記載された方法は,組換えブタTSHレセプターの配列が特定されていない点(相違点2),及び,本願補正発明1に係る測定方法が,「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する方法」であるのに対して,引用例1に記載された方法は,「TSHレセプター自己抗体(TRAb)との競合反応において該TSHレセプターと結合し得る結合剤の少なくとも1つと反応させ」,「反応したインキュベートされた体液サンプル中の結合したTRAbを定性的または定量的に検出する」方法である点(相違点3)で,本願補正発明1と相違する。

(8)判断
相違点1について検討する。
甲状腺刺激ホルモン(TSH)レセプターに対する自己抗体をモニターするという技術分野においては本願優先日前において,バセドウ病患者の血中には異常甲状腺刺激物質があり,甲状腺刺激性自己抗体(TSAb)の測定が重要であることは周知であって(例えば,引用例4(記載事項(q)),引用例5(記載事項(t)),引用例6(記載事項(u))を参照のこと。),当業者であれば引用例1に記載された測定対象として「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」のうち「甲状腺刺激抗体(TSAb)」を選択することは容易に想到しうることである。

相違点2について検討する。
引用例1には,「4つの縮重オリゴヌクレオチドを,公知のTSHR配列(マウス,ラット,ヒト,イヌおよびウシ)に対して作製し」,「ブタTSHRの2つのフラグメント」を,PCRを用いて増幅し」,「これを用いて全長ブタTSHRクローンについてこのcDNAライブラリーをスクリーニングし」,「3つの全長クローンを得,そして全配列決定した」こと,「CHO細胞におけるブタ組換えTSHRタンパク質の発現」をさせたこと(記載事項(d))が記載されており,引用例2及び3にはイヌTSHレセプターの全長アミノ酸配列及びそれをコードする全長cDNA配列が記載されている。
したがって,当業者であれば引用例2及び3記載のヒト及びイヌの配列を基にブタTSHレセプターをコードする全長cDNA配列を得,組換えブタTSHレセプターとして,「TSHレセプターとして配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSHレセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する」ものを使用することは,当業者ならば容易になし得る程度のことに過ぎない。

相違点3について検討する。
相違点1について検討したとおり,当業者であれば引用例1に記載された測定対象として「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」のうち「甲状腺刺激抗体(TSAb)」を選択することは容易に想到しうることであるが,「甲状腺刺激抗体(TSAb)」は例えば引用例6(記載事項(u))に記載の通り「甲状腺cAMP増加作用を持つ抗体」と定義されるものであって,「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する」ことによって測定するべきこととされることも周知であって(例えば,引用例4(記載事項(r)),引用例5(記載事項(t)),引用例6(記載事項(u))を参照のこと。)そのようなバイオアッセイ法においては,TSHレセプター遺伝子をトランスフェクトさせた組み換え細胞を用いることも周知である(例えば、引用例1(記載事項(a)(b)),引用例2(記載事項(i)),引用例3(記載事項(o))を参照のこと。)。
「甲状腺刺激抗体(TSAb)」を測定するためには,「甲状腺刺激抗体(TSAb)」は例えば引用例6(記載事項(u))に記載の通り「甲状腺cAMP増加作用を持つ抗体」と定義されるものであって,上述のとおり,そもそもcAMP増加を通じて測定されるべきものであり,引用例1に記載された結合剤との競合反応によって測定する測定方法では不適切であることは明らかであるから,当業者であれば「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する」ことによって測定する当該周知の「甲状腺刺激抗体(TSAb)」の測定方法を採用することはむしろ当然のことに過ぎない。

よって,相違点1?3のいずれについても,当業者にとって引用例1?6の記載及び優先日前の周知技術から容易に想到しうる範囲内のものに過ぎず,引用例1?6の記載及び優先日前の周知技術から予想し得ない格別顕著な効果を奏するともいえない。
したがって,本願補正発明1は,当業者が引用例1?6に記載された技術的事項並びに周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものである。

(9)審判請求書等における請求人の主張について
審判請求人は,審査官が通知した特許法第29条第2項に基づく拒絶理由に対して提出した平成18年8月21日付けの意見書,平成19年8月16日付けの審判請求の理由を補充する手続補正書,平成22年3月3日付けの回答書において,

(主張1)引用例1にはブタTSHレセプター遺伝子をクローニングし,TSHレセプターを発現させたことが記載されているが,ブタTSHレセプター遺伝子の配列及び調製したTSHレセプターのアミノ酸配列に関しては,全く記載されていない。

(主張2)引用例1で採用しているTSAbの測定法は,請求項1にも記載のように,「競合結合アッセイ」法であるのに対し,本願発明で採用しているTSAbの測定法は,「(B)甲状腺刺激抗体(TSAb)がTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する方法」,すなわち引例1の段落(0003)?(0007)において,当業者にとって好ましくない方法として記載されているバイオアッセイ法であって,本願発明は,引用例1記載の発明とは,TSAbの測定手段において明確に相違する,

(主張3)引用例1によれば,組換えブタTSHレセプターを用いて競合結合アッセイを行った場合のTSAb測定感度は,天然のブタTSHレセプターを用いた場合に比べて変化がない(引用例1,表2,表4等参照)が,本願発明においては,構成(A)と構成(B)を組み合せるという手段を採用することにより,天然型レセプターに比べてcAMPの生産量が高く,より高感度に測定できることを見出したのであって(本願明細書段落(0064)?(0067)参照),本願発明は,引例1において好ましくないとされているバイオアッセイ法と,特定の配列を有する組換えブタTSHレセプターとを組み合せることにより,引例1記載の発明からは予測できない効果を奏するのであるから,本願発明は当業者が引用例1記載の発明に基づいて容易に想到できないものである,

と主張する。

しかしながら,主張1については,(8)判断 において,相違点2について検討したとおり,当業者であれば引用例2及び3記載のヒト及びイヌの配列を基にブタTSHレセプターをコードする全長cDNA配列を得,組換えブタTSHレセプターとして,「TSHレセプターとして配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSHレセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する」ものを使用することは,当業者ならば容易になし得る程度のことに過ぎず,当該主張1を採用することはできない。

また,主張2については,(8)判断 において,相違点3について検討したとおり,引用例1においてはTSHレセプター自己抗体(TRAb)を測定するのであって,測定対象は「甲状腺cAMP増加作用を持つ抗体」に限られないから,その測定範囲に即した測定方法を用いているとしても,「甲状腺cAMP増加作用を持つ抗体」のみを測定するには,「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する」方法で行うべきであるから,例えば,引用例4?6に記載されているように,「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する」ような周知の手法を採用することに何ら困難性はない。
また,引用例1には「バイオアッセイは,高価で,時間がかかり,非常に熟練したスタッフを必要とし,そして広範な慣用用途には適切ではない」,「このアッセイは,・・・自動化には不適切な,時間がかかり,かつ煩雑な手順である」と記載されているものの,それは臨床的意義が大きく,測定精度や感度が良好なTSAb活性の測定そのものに内在する課題に過ぎず,キット化することで解決できてしまう問題に過ぎない(引用例4の記載事項(s)や引用例5の記載事項(t)を参照)のであるから,当該記載事項をもって「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する」ような周知の手法を採用することに阻害が生じるということもできない。
したがって,主張2については採用することはできない。

また,主張3については,引用例1に記載された組換えブタTSHレセプターを用いた競合結合アッセイにおいては,組換え細胞表面に組換えブタTSHレセプターが提示されるのではなく,天然のブタTSHレセプターを界面活性剤で可溶化した上でプラスチックチューブ上にコートするのであるから,組み換えタンパク質技術を利用することによるレセプター発現量の差等の様々な利点を享受できないものであることは明らかである。したがって,引用例1に,組換えブタTSHレセプターを用いて競合結合アッセイを行った場合のTSAb測定感度は,天然のブタTSHレセプターを用いた場合に比べて変化がないことが記載されているとしても,このように全く測定系の異なるもの同士を比較することをもって本願発明の効果の顕著性の根拠とすることはできない。
さらに,引用例1には,「TSHレセプター(TSHR)は,甲状腺細胞の表面上にはほんのわずかな数しか存在しない(1細胞当たり約10^(3)レセプター)。」こと,「対照的に,組換えTSHRは,哺乳動物細胞(例えば,チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞)において,1細胞当たり約10^(5)?10^(6)レセプターというはるかに高いレベルで発現され得る」こと,「非甲状腺細胞において産生される組換えTSHR調製物には,サイログロブリンまたは甲状腺ペルオキシダーゼのような他の甲状腺自己抗原は混入していない」ことが記載されている(記載事項(c))。したがって,当業者であれば「TSHレセプター(TSHR)は,甲状腺細胞の表面上にはほんのわずかな数しか存在しない」ことに伴う低感度の改善等を目的として組み換え細胞を採用することは容易に想到しうることでしかなく,その効果も実際にcAMPシステムに与える影響はともかくとして,当業者にとって引用例1の「高いレベルでの発現」という記載事項から十分に予期できる範囲内のことである。

したがって,当該主張3を採用することはできない。

(10)小括
したがって,本願補正発明1は,当業者が引用例1及び2に記載された技術的事項並びに本願出願当時の周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本願補正発明1は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものである。

4.むすび
したがって,本件補正後の本願補正発明1が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでないので,平成19年7月9日付手続補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する特許法第126条第5項の規定に違反するものであるから,同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。


第3 本願発明について
1.本願発明について
平成19年7月9日付け手続補正は,「第2 平成19年7月9日付け手続補正についての補正却下の決定」のとおり却下されたので,本願の請求項1及び2に係る発明(以下,「本願発明1」等という。)は,平成18年8月21日付け手続補正書に添付された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。

「【請求項1】配列番号2で示される塩基配列を有するブタTSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターをコードするDNA断片を用いて調製した配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する組換えブタTSHレセプター。
【請求項2】請求項1記載の組換えブタTSHレセプターを用いてTSHレセプターに対する自己抗体を測定する方法。」

2.原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由となった,平成18年7月6日付けで通知した拒絶理由の概要は,次のとおりである。

(1)請求項1?8に係る発明は,引用例1?3に記載された発明に基いて当業者が容易になし得たものである。

3.判断
本願発明2は,前記 第2で検討した本願補正発明1から,「TSH(Thyroid-stimulating hormone)レセプターに対する自己抗体」「TSHレセプターに対する自己抗体を測定する方法」についてそれぞれ特定するものである,「甲状腺刺激抗体(TSAb)」「サンプル中のTSAbがTSHレセプターに結合して細胞中のアデニレートシクラーゼが活性化されてcAMPが産生され,そのcAMP産生量からTSAb活性を算出する方法を使用する」という特定事項を省いたものである。
そうすると,本願発明2を特定するために必要な事項を全て含み,さらに発明特定事項のうちの一部の特定事項を限定したものにそれぞれ相当する本願補正発明1については,前記「第2 3.」において記載したとおり,当業者が引用例1?3に記載された技術的事項及び出願日当時の周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから,これらをそのまま包含する本願発明2も,これと同様の理由により,引用例1?3に記載された技術的事項及び出願日当時の周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたといえる。
したがって,本願発明2は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものである


第4.むすび
以上のとおりであるから,本願発明2は,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-03-31 
結審通知日 2010-04-06 
審決日 2010-04-20 
出願番号 特願2001-340847(P2001-340847)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12N)
P 1 8・ 575- Z (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 太田 雄三長井 啓子  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 上條 肇
鈴木 恵理子
発明の名称 ブタTSH(Thyroid-stimulatinghormone)レセプターをコードする断片およびその用途  
代理人 的場 ひろみ  
代理人 中嶋 俊夫  
代理人 村田 正樹  
代理人 高野 登志雄  
代理人 特許業務法人アルガ特許事務所  
代理人 有賀 三幸  
代理人 山本 博人  

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