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この審決には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
不服200610726 審決 特許
不服20051667 審決 特許
不服20082356 審決 特許
無効2007800236 審決 特許
不服200626455 審決 特許

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審決分類 審判 査定不服 特36 条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1221071
審判番号 不服2007-3466  
総通号数 129 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2010-09-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2007-02-05 
確定日 2010-08-02 
事件の表示 平成7年特許願第529495号「片頭痛の治療におけるNOスカベンジャー、阻害剤または拮抗剤の使用」拒絶査定不服審判事件〔平成7年11月23日 国際公開、WO95/31195、平成10年1月6日 国内公表、特表平10-500129〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成7年5月10日(パリ条約による優先権主張 1994年5月11日 欧州特許庁(EP))を国際出願日とする出願であって、平成18年3月27日付け拒絶理由通知に対応して平成18年7月4日付けで意見書の提出とともに明細書の特許請求の範囲を対象とする手続補正がなされたが、同年10月31日付けで拒絶査定がなされ、これに対して、平成19年2月5日付けで拒絶査定不服審判が請求されたものである。

2.本願発明
本願請求項1?4に係る発明は、平成18年7月4日付け手続補正により補正された明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認められるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「NOシンターゼ阻害剤またはその塩を活性成分として含んでなる、哺乳動物における片頭痛または他の血管性頭痛の予防または急性治療用医薬組成物(但し、NOシンターゼ阻害剤が下記式:

(上記式中、R_(1)が水素原子、メチル基、またはエチル基を表し、R_(2)が水素原子またはニトロ基を表し、R_(3)がアミノ基、メチルアミノ基、エチルアミノ基、ヒドラジノ基、メチル基、またはエチル基を表す)のアルギニン類似体である場合には、それはシクロオキシゲナーゼ阻害剤の塩またはアミドの形態ではない)。」

3.原査定の拒絶理由
原査定の拒絶の理由は、
「この出願は、明細書及び図面の記載が、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」
という理由を含み、以下の点を指摘している。

本願明細書にはNOが片頭痛を引き起こすことを示す試験結果が記載されているのみであって、NOの働きを抑制する薬剤を用いた薬理試験は何ら記載されていないし、他に薬理試験の結果と同視すべき程度の記載も見いだせないところ、本願明細書は本願発明医薬の医薬用途の有用性を裏付けるものとはいえない。
本願当初明細書の実施例において実際に確認されているのは、トリニトログリセリンが片頭痛を誘発すること、すなわちトリニトログリセリン由来のNOと片頭痛との関連のみであり、トリニトログリセリンからのNO放出機序がNOシンターゼと無関係である以上、これら実施例の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、NOシンターゼ由来の内因性NOと片頭痛との病理学的関係が明らかになったとは認められないから、NOシンターゼ阻害剤であるL-NMMAの片頭痛に対する有用性が当初明細書に開示されていたとすることはできず、また、当該有用性が当初明細書において裏付けられていない以上、意見書に添付された新たな実験結果を参酌することもできない。

4.当審の判断
特許法第36条第4項(平成6年改正前。以下同じ。)は、「発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と規定している。
そこで、本願明細書の発明の詳細な説明に、当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度に、本願発明の目的、構成及び効果が記載されているか否かを検討する。

本願発明は、上記に定義された特定の形態のアルギニン類似体の塩又はアミドを除く「NOシンターゼ阻害剤またはその塩」を活性成分とし、「哺乳動物における片頭痛または他の血管性頭痛の予防または急性治療」を用途とする、医薬用途発明であると認められる。
医薬用途発明は、ある化合物等が新たな属性(薬理作用)を有することを見出したことに基づいて、当該化合物等の新たな医薬用途を提供するものであるから、その発明の効果とは、当該化合物等が当該医薬用途である特定の疾病の治療等において有用性があるということに他ならず、また、医薬用途発明の実施をすることができるというためには、当該化合物等が実際に当該医薬用途である疾病の治療等に使用できることが必要である。
したがって、明細書の発明の詳細な説明の記載から、当該化合物等が当該医薬用途において実際に有用性があると当業者が認識することができない場合には、当業者がその発明を実施することができる程度に、その発明の効果が発明の詳細な説明に記載されているとはいえず、そのような発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たさないものであるというべきである。
そこで、本願明細書の発明の詳細な説明において、本願発明の医薬用途における有用性を当業者が認識し得る程度に記載されているか否かについて、以下検討する。

本願明細書の発明の詳細な説明及び図面には、本願発明の活性成分とされる「NOシンターゼ阻害剤またはその塩」に該当する化合物を用いて、当該化合物が「哺乳動物における片頭痛または他の血管性頭痛の予防または急性治療」という医薬用途において有用性があることを確認した試験例等は全く記載されていないが、当該医薬用途に関連する事項として、以下の(ア)?(コ)の事項が記載されている。(下線は合議体が付した。)

(ア)
「酸化窒素(NO)は人体のいたるところで多数の効果を有する。それは高度に反応性のラジカルであって、活性化マクロファージ誘導性細胞毒性の分子エフェクターである。更に、それは内皮細胞由来弛緩因子の中で最も重要である。その形成後、NOは血管平滑筋中に拡散して、そこでそれは可溶性グアニル酸シクラーゼを活性化する。これはcGMPを形成させ、それから筋肉を弛緩させて、血管を拡張させる。酸化窒素シンターゼはL-アルギニンからNOの合成を触媒し、この酵素は動物およびヒトで脳血管周辺の神経繊維に存在している。しかしながら、これらの神経で形成される酸化窒素の効果は未知である。酸化窒素はCNSでもみられ、痛み刺激の中枢プロセッシングで重要な役割を果たすことが示された。それは末梢から視床および新皮質への有害インパルスの伝達を促進し、したがって痛みを高める。
本発明者は酸化窒素-サイクリックGMP経路が血管性頭痛の病態生理上で中心的役割を果たすことをここで発見した。特に、本発明は下記のように3つのパートで表現することができる。
1.酸化窒素-サイクリックGMP経路の活性化は、片頭痛患者で片頭痛、群発性頭痛患者で群発性頭痛、および他者で非特異的血管性頭痛を起こす。
2.片頭痛および他の血管性頭痛の治療に有効だが一般鎮痛剤ではない薬物は、酸化窒素-サイクリックGMP経路で1以上の工程を阻害するか、またはこの経路の産物の効果と拮抗する効果を発揮することによりそれらの活性を発揮する。
3.血管性頭痛を起こす物質は、酸化窒素-サイクリックGMP経路で1以上の工程を促進するか、またはこの経路で1以上の工程の効果と拮抗性である効果を発揮することによりそれらの活性を発揮する。」(明細書第2頁第12行?第3頁第8行;公表公報第4頁第7行?第5頁第1行)

(イ)
「適切には、本発明により用いられる活性成分はNOシンターゼ阻害剤またはグアニル酸シクラーゼ阻害剤である。更に、本発明により用いられる活性成分は、適切にはcGMP拮抗剤、cGMP依存性タンパク質キナーゼに対する拮抗剤、またはNOスカベンジャーである。」(明細書第3頁第16?19行;公表公報第5頁第9?12行)

(ウ)
「適切には、本発明により用いられるNOシンターゼ阻害剤は米国特許5028627に記載されたようなアルギニン誘導体であり、好ましくはそれはL-NMMA、即ちL-NG-モノメチルアルギニンである。
L-NMMAは Sigma Chemical Company Limited, Fancy Road, Poole, Dorset BH17 7NH, Englandから入手できる。
この関係において、本発明により用いられるNOシンターゼ阻害剤とは、知られているNOシンターゼ酵素の1種以上の阻害に関するものと言える。」(明細書第3頁末行?第4頁第6行;公表公報第第5頁第18?24行)

(エ)
「本発明は発明者により行われた詳細な研究に基づいており、以下で詳細に記載されている。
行われた研究の以下の記載では、図1?4を含めた図面が参考にされる。上記図面に属する説明は下記のとおりである。
図1.別々な2研究日のうち2日目で正常無頭痛者における静脈内トリニトログリセリンの4種の投薬中および後の平均頭痛得点(score)(0?10等級)。トリニトログリセリンは10分間かけて注入され、この間に頭痛の急激な増加が観察された。この後に10分間の洗出し期間があり、頭痛の急激な減少を起こした。比較的低い日毎の偏差と約0.5μg kg^(-1) min^(-1)のシーリング効果があった。
図2.片頭痛患者(白丸)および非片頭痛患者(黒丸)でトリニトログリセリン(20分間で0.5μg kg^(-1) min^(-1))に応答した平均頭痛得点(0?10等級)の比較。
・・・・
図4.頭部間ドップラー測定が行われた3時間における頭痛強度とトリニトログリセリンに対する中脳動脈(MCA)血液速度応答との関係。頭痛得点(中央値)とMCA血管で評価された変化率が比較のため示されている。 図5.酸化窒素(NO)誘導性頭痛の可能なメカニズム。トリニトログリセリンは脳動脈内皮細胞中に拡散し、平滑筋だとそれはNOシンターゼと無関係なメカニズムでNOに変換される。ヒスタミンはヒスタミンH1レセプターとの相互作用によりNOシンターゼを活性化して、内皮細胞中でNOの形成を触媒する。次いで酸化窒素は血管平滑筋中に拡散する。いかなる供給源からの酸化窒素もグアニル酸シクラーゼのヘム部分と結合して、平滑筋弛緩を起こす反応鎖を開始させる。NOは血管周囲神経にも達するかどうかは未知であるが、理論的にそれは三叉神経節に伸びるC-繊維を興奮させる。」(明細書第7頁第11行?第8頁第12行;公表公報第8頁下第8行?第9頁下第10行)


」(【図2】)


」(【図4】)

(オ)
「トリニトログリセリンは既に記載されたように酸化窒素のプロドラッグとみなされるが、その理由はその生物学的効果がNOの形成によるものだからである。それは脂溶性分子であり、このため容易に血液脳関門を含めた生体膜を通過する。酸化窒素自体はその急速な不活化のために実験的に使用できず、したがってトリニトログリセリンがNOに関連した実験的頭痛を研究するために用いられた(図1)。
トリニトログリセリンの連続静脈内注入では注入期間中に用量依存性で再現性の頭痛を起こし、頭痛は注入の中止後急速に消失した。痛みは体のいかなる他の部分でもみられなかった。正常ボランティアでは、誘導された頭痛は片頭痛発作の全部ではなく一部の特徴を有していた。撓側および浅側頭動脈の用量依存性拡張が頭痛と並行して生じたが、頭痛は血管拡張よりも速く消失する傾向があった。頭痛だけでなく動脈の拡張も、トリニトログリセリンの用量が0.5μg kg^(-1) min^(-1)(シーリング効果)を超えたときに増加しなかった。頭痛および動脈拡張の双方は、長時間作用性ニトレートのイソソルビドモノニトレートに応答して数時間続いた。頭痛は心臓循環でニトレートの効果を強化することが知られたチオール基のドナー、アセチルシステインでの前処理により増強された。頭痛の増強効果は、撓側動脈ではなく浅側頭動脈の拡張応答増加と並行していた。
トリニトログリセリンにより誘導された頭痛がヒスタミン放出に派生するものかどうかを評価する試みにおいて、正常ボランティアはトリニトログリセリンの注入前にメピラミン(ヒスタミンH1レセプター拮抗剤)または塩水で二重盲検により前処置された。前の研究では、メピラミンはヒスタミン誘導性頭痛をほぼ完全に遮断するが、トリニトログリセリン誘導性頭痛にメピラミンの効果はなく、したがってこれはヒスタミン放出に派生するものではないことを示した。トリニトログリセリンは大脳動脈を拡張させたが、脳血流に変化を起こさず、それは脳細動脈で効果を有しないことを示している。これらの変化は頭部大動脈が拡張する前兆なしの片頭痛の発作中における一部の著者により報告された場合と類似していたが、脳血流は正常なままであった。」(明細書第8頁第14行?第9頁第15行;公表公報第9頁下第8行?第10頁下第10行)

(カ)
「片頭痛患者は非片頭痛患者よりもトリニトログリセリンに感受性であるという証拠が、長年にわたり示唆されてきた。しかしながら、これらの研究は二重盲検コントロール実験条件の現代的要求を一部厳守するだけであった。片頭痛を規定するために用いられた特徴は将来向けに評価されておらず、用量応答関係は調べられなかった。
最近の研究では、片頭痛患者17例が無頭痛コントロール者17例および緊張型頭痛者の群と比較された。トリニトログリセリンは4種の増加用量で連続静脈内注入として投与された。実験期間中における頭痛の総量(痛み得点の合計)は、緊張型頭痛者または無頭痛コントロールの場合よりも片頭痛患者で有意に大きかった(図2)。片頭痛患者の頭痛は International Headache Society(Headache Classification Committee of the International Headache Society (1988) Cephalalgia 8 (Suppl.7), 1-96)の片頭痛に関する運用診断基準をもっとよく満たし、正常者の場合よりも有意に強かった。注入後、頭痛は非片頭痛患者で急速に減少または消失したが、片頭痛患者では注入後60分間だけ適度に減少したにすぎない。コントロール者はいずれも要しなかったが、17例中14例の片頭痛患者は注入後特別な片頭痛治療を要した。注入後24時間以内に、17例中11例の片頭痛患者は彼らが典型的片頭痛として特徴付ける頭痛を生じた。」(明細書第9頁下第10行?第10頁第7行;公表公報第10頁下第9行?第11頁第9行)

(キ)
「更に、片頭痛患者でトリニトログリセリンに対する感受性増加は主観的なものではなく、頭部間ドップラー測定では、中脳動脈の血液速度が非片頭痛患者よりも片頭痛患者の場合でトリニトログリセリン注入中有意に減少することを示したからである(図3)。局所的脳血流はトリニトログリセリンにより変化せず、このためこれはトリニトログリセリンが片頭痛者で中脳動脈の拡張を増加させることを示した。」(明細書第10頁第7?12行;公表公報第11頁第9?15行)

(ク)
「酸化窒素ドナーのニトログリセリンが典型的片頭痛発作を誘導するかどうかを調べ、プラセボ関連効果を除外し、中脳動脈拡張と惹起された片頭痛との関係を明らかにする別な研究において、各患者は少くとも7日間離した異なる2研究日に20分間にわたりニトログリセリン(0.5μg/kg/min)または塩水の静脈内注入をランダムにうけた。両日とも、頭痛は10点縦型等級で評価した:1は非常に軽度の頭痛(圧迫またはズキズキした感じを含む)、5は中度の頭痛、および10は起こりうる最悪の頭痛を表す。更に、頭痛特徴は繰り返し記録されて、International Headache Society(IHS)の診断基準と比較された。研究を終えた患者の中で、10例中8例は前兆なし片頭痛のIHSの診断基準を満たした。更に、片側の自然片頭痛発作を通常有するすべての患者は、ニトログリセリン後も片側の頭痛を有した。1例の者だけはプラセボ後に片頭痛を生じたが、酸化窒素(ニトログリセリン)誘導性片頭痛の原因としてプラセボ応答は除外する。頭痛と評価された中脳動脈拡張との時間的パターンはよく一致する(図4)。表1は(a)自然片頭痛発作、(b)ニトログリセリン注入中(20分間)の頭痛、および(c)ニトログリセリン注入後のピーク頭痛の臨床的特徴を示している。

」(明細書第10頁第13行?第12頁下第11行;公表公報第11頁下第13行?第13頁下第14行)

(ケ)
「コントロールされた試験において、片頭痛者はヒスタミン注入中に中度?重度の脈動性頭痛を生じたが、コントロール者はこのような頭痛を生じなかった。その効果はメピラミンでほぼ完全に遮断され、シメチジン(H2レセプター拮抗剤)の小さな効果も観察された。霊長類およびヒトにおける頭部動脈でのヒスタミンの効果の最近の研究では、ヒスタミンが内皮細胞H1レセプターを活性化することで拡張を起こし、それによりNOの形成を誘導することを強く示唆した。したがって、ヒスタミン誘導性頭痛はほとんどが頭部血管におけるNOの形成の結果であろう。
プロスタサイクリンは頭痛を起こす可能性のあるもう1つの物質である。それは異なる血管床および異なる種で異なる効果を有し、ヒト頭部血管におけるその効果は詳しく解明されていない。しかしながら、一部の種および一部の血管床において、プロスタサイクリンはNOの形成を誘導する。加えて、軟膜表面に局所的に適用されたトリニトログリセリンは血管周囲神経繊維からCGRPの放出を誘導しており、このため片頭痛発作中にCGRPの濃度について観察された増加はNO形成に派生しているのかもしれない。」(明細書第12頁下第9行?第13頁第6行;公表公報第13頁下第12行?第14頁第4行)

(コ)
「脳動脈中におけるNOの形成は図5で示されている。NOが頭痛を起こす可能なメカニズムは脳および脳外血管の拡張により、これはトリニトログリセリンの注入中および後の動脈拡張が一貫して観察された研究により支持される。しかしながら、これは唯一のまたは最も重要なメカニズムではなく、その理由は健常者で拡張が頭痛よりも長く続くからである。更に、バルーン血管形成に関連した激しい拡張が重度の頭痛を誘導するにしても、中度の機械的拡張は痛みを起こさない。もう1つの可能性は、NOが血管周囲知覚神経での直接効果により頭痛を起こすことである。酸化窒素シンターゼは、脳動脈周囲神経と、主に翼口蓋神経節から生じるものとに存在している。三叉神経節に伸びる繊維のうち、あるとすれば少しは、NOシンターゼを含有している。しかしながら、NOシンターゼを含有しない脳ニューロンは特にNOの毒性効果に対して弱く、NOは有害分子であるため、知覚神経繊維を直接活性化させるのかもしれない。
片頭痛者が健常コントロールよりもNOに対して強い頭痛で応答する理由はまだ理解されていない。感受性増加はトリニトログリセリン(NOシンターゼに無関係)およびヒスタミン(NOシンターゼに依存性)双方に応答してみられる(図5)。このため、NOシンターゼの活性増加はトリニトログリセリンで観察された発見を説明できず、グアニル酸シクラーゼの二次的上方調節によるNOシンターゼの活性減少はヒスタミンで観察された発見を説明できない。片頭痛患者におけるトリニトログリセリンからNOへの変換増加によれば、ヒスタミンではなくトリニトログリセリンに対する感受性増加を説明することができた。したがって、片頭痛患者における障害はNOの下流にある、例えば反応のNO誘発カスケードにおいてグアニル酸シクラーゼあるいは他の酵素および/または補因子および/またはレセプターの活性の増加であるにちがいないと結論付けできる。一方、片頭痛患者は酵素阻害と脂質過酸化によるペルオキシニトレートの形成のようなNOの多くの毒性効果の1つに対してより弱いかもしれない。」(明細書第14頁下第10行?第15頁第9行;公表公報第15頁第5行?第16頁第1行)

請求人は、本願明細書の発明の詳細な説明には、酸化窒素(NO)と片頭痛との因果関係が実施例において証明されており、具体的には、「酸化窒素-サイクリックGMP経路が片頭痛や血管性頭痛の発症の中心的な役割を果たすことが証明されて」おり、「NOが片頭痛や血管性頭痛の発症にどのように関わっているか、そのメカニズムが解明されている」と主張する(意見書第3頁第20?25行。審判請求書にも同旨の主張の記載がある。)。
請求人の上記主張に対応する「メカニズム」については、上記(ア)において、「酸化窒素-サイクリックGMP経路の活性化は、片頭痛患者で片頭痛、群発性頭痛患者で群発性頭痛、および他者で非特異的血管性頭痛を起こす」と記載されている。

しかしながら、酸化窒素-サイクリックGMP経路(以下、「NO-cGMP経路」という。)が片頭痛や他の血管性頭痛の病態生理上で中心的な役割を果たすことは、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは証明されていない。
即ち、上記(コ)には、「NOが頭痛を起こす可能なメカニズムは脳および脳外血管の拡張によ」るが、「これは唯一のまたは最も重要なメカニズムではなく」と記載され、脳及び脳外の血管の拡張と頭痛との関係についてすら、可能性の一つとして記載されているに過ぎない。さらに、上記(コ)には、もう一つの可能性として、「NOが血管周囲知覚神経での直接効果により頭痛を起こすこと」が記載され、「NOは有害分子であるため、知覚神経繊維を直接活性化させるのかもしれない」とも記載されている。
そして、「中心的な役割を果たす」ものではないとしてもなお、「NO-cGMP経路の活性化が、片頭痛患者で片頭痛、群発性頭痛患者で群発性頭痛、および他者で非特異的血管性頭痛を起こす」というメカニズムは、以下のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは証明されているとはいえない。

上記(エ)のうち図1の説明、及び(オ)には、NOのプロドラッグとなるトリニトログリセリンを、正常無頭痛者に対して10分間で静脈内に注入したところ、注入中に片頭痛の全部ではなく一部の特徴を有する頭痛が起こり、頭動脈の拡張が生じたが、この頭痛は注入後に血管の拡張よりも速く減少したことが記載されている。
上記(カ)及び図2には、片頭痛患者並びに非片頭痛患者(正常無頭痛者及び緊張型頭痛者)に対してトリニトログリセリンを静脈内に注入したところ、生じた頭痛の総量は、非片頭痛患者よりも片頭痛患者で有意に大きかったこと、片頭痛患者の頭痛は、International Headache Society(IHS)による片頭痛の運用診断基準をよく満たすものであり、正常無頭痛者の場合よりも有意に強かったこと、非片頭痛患者では、トリニトログリセリン注入後(約20分の時点で)にピーク頭痛が急速に減少・消失したのに対して、片頭痛患者では、注入後(約20分の時点で)一旦はピーク頭痛が生じ、その後3時間の時点までは適度に頭痛が減少したことが記載され、図2には、片頭痛患者では、トリニトログリセリン注入後3時間の時点から再び頭痛が強くなり、5時間の時点で最大のピーク頭痛が生じたのに対して、非片頭痛患者では、トリニトログリセリン注入から約1時間後に頭痛が減少・消失した後は頭痛が全く生じなかったことが示されている。
上記(キ)には、トリニトログリセリン注入中の中脳動脈の血液速度が、非片頭痛患者よりも片頭痛患者において有意に減少したことが記載され、トリニトログリセリンが片頭痛患者において中脳動脈の拡張を増加させることが示唆されている。
上記(ク)には、片頭痛患者においてトリニトログリセリンを注入した後に生じる頭痛と中脳動脈の拡張について、両者の時間的パターンがよく一致したことが記載され、図4には、片頭痛患者に20分間かけてトリニトログリセリンを注入したところ、頭痛得点と中脳動脈面積は、両者の値ともに、注入開始直後から急激に上昇し、注入終了時点である20分の時点でピークに達し、注入終了直後からは減少し、その後180分(3時間)の時点までは大きな上昇はなかったことが示されているが、180分(3時間)以降のデータは示されていない。また、表1には、片頭痛患者においてトリニトログリセリン注入中(20分間)に生じた頭痛は、IHSによる前兆なしの片頭痛の診断基準を満たすものは少なかった(10例中1例)のに対して、同患者においてトリニトログリセリン注入から数時間後(3?10時間後)に生じたピーク頭痛は、同基準を満たすものが多かった(10例中8例)ことが示されている。
そして、上記(エ)のうち図5の説明、(オ)、(ケ)及び(コ)には、ヒスタミンがヒスタミンH1レセプターとの相互作用によりNOシンターゼを活性化して、内皮細胞中でNOの形成を触媒することが記載され、ヒスタミンの注入中に、片頭痛患者には正常無頭痛者では生じない頭痛が誘導されるが、このヒスタミン誘導性の頭痛は、メピラミン(ヒスタミンH1レセプター拮抗剤)で前処理することにより、ほぼ完全に遮断されるのに対し、正常無頭痛者においてトリニトログリセリンの注入中に誘導される頭痛については、メピラミンで前処理しても効果がなかったことから、トリニトログリセリン誘導性の頭痛はヒスタミン放出に派生するものではないことが示唆される旨が記載され、NOが頭痛を起こすメカニズムは脳及び脳外の血管の拡張によるものとする説が記載され、上記(カ)の片頭痛患者が正常無頭痛者よりもNOに対して強い頭痛で応答する理由について、片頭痛患者におけるトリニトログリセリンからNOへの変換の増加の可能性が記載され、片頭痛患者における障害は、NOの下流にある、反応のNO誘発カスケードにおけるグアニル酸シクラーゼ等の酵素、補因子、及びレセプターの活性の増加であるに違いないとの推論が記載されている。

上記(エ)?(コ)の記載から、人為的に外部から注入されたトリニトログリセリンに由来するNOが、片頭痛患者及び非片頭痛患者においてトリニトログリセリンの注入中に頭痛(IHSによる片頭痛の診断基準を必ずしも満たさない頭痛)を引き起こし、片頭痛患者においてトリニトログリセリンの注入から数時間後にIHSによる診断基準を満たす片頭痛を引き起こしたことは一応把握できる。
しかしながら、上記(エ)?(コ)の記載からは、外部から注入したトリニトログリセリンに由来するNOによって脳及び脳外の血管の平滑筋細胞の可溶性グアニル酸シクラーゼが活性化したこともcGMPの生成が増加したことも直接は確認できず、それらが片頭痛及び他の血管性頭痛の発生の原因となっていることを直接示すような客観的なデータ等も本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていない。
また、上記(ク)には、トリニトログリセリンを注入された片頭痛患者における頭痛発生と中脳動脈拡張との相関関係について記載されているが、実際に試験によって確認されているのは、IHSによる片頭痛の診断基準を満たさない場合が多いトリニトログリセリン注入中(20分間)に発生する頭痛と中脳動脈の拡張との関係のみであり、正常無頭痛者には生じない、トリニトログリセリン注入から数時間後に片頭痛患者において特異的に発生するIHSによる診断基準を満たす片頭痛と中脳動脈拡張との関係については、何ら具体的なデータが示されていない。
そうすると、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは、片頭痛及び他の血管性頭痛の発生とNO-cGMP経路の活性化との直接的な関係は証明されているとはいえず、外部から注入したトリニトログリセリン由来のNOにより片頭痛患者に特異的に発生する片頭痛については、血管拡張との関係さえ証明されていないのであるから、内因性のNOと血管性頭痛との関係をも含む、請求人が主張する「NO-cGMP経路の活性化が、片頭痛患者で片頭痛、群発性頭痛患者で群発性頭痛、および他者で非特異的血管性頭痛を起こす」とのメカニズムについては、到底証明されているとはいえないものである。

仮に、上記メカニズムが証明されていたとしても、上記(ア)の説明によれば、そのメカニズムから考え得る片頭痛及び他の血管性頭痛の治療の手段としては、NO-cGMP経路の活性化を、いずれかの段階で阻害する薬剤であれば、片頭痛又は他の血管性頭痛の治療に有効である可能性があるというに留まる。現に、上記(イ)においても、用いられる活性成分としては、「NOシンターゼ阻害剤」だけでなく、「グアニル酸シクラーゼ阻害剤」、「cGMP拮抗剤」、「cGMP依存性タンパク質キナーゼに対する拮抗剤」、及び「NOスカベンジャー」と、作用機序が異なる多様なものが列記されており、「NOシンターゼ阻害剤」は有効である可能性があるとされる薬剤の候補の1つであって、「NOシンターゼ阻害剤」のみならず、上記の列記された何れの薬剤についても、上記の治療に実際に有効であるか否かは、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは確認することができない。
また、上記(ウ)には、本願発明の活性成分である「NOシンターゼ阻害剤」の適切な例として、「アルギニン誘導体」が文献を引用して記載されており、そのうち好ましいものとして、「L-NMMA」(即ち、L-NG-モノメチルアルギニン)が例示されているが、これらのL-NMMA等のアルギニン誘導体を含めた「NOシンターゼ阻害剤」に該当する化合物を実際に用いた試験例等は、本願明細書の発明の詳細な説明には何ら記載されていない。
なお、明細書第4頁下第3行?第7頁第10行(公表公報第6頁第13行?第8頁下第9行)には、NOシンターゼ阻害剤の投与方法、剤型、製剤化方法、1日当たりの投与量等が記載されているが、本願発明の医薬用途との関係において、そのような投与量等を採用することの根拠は何ら示されていない。

したがって、上記(ア)?(コ)の記載からは、本願発明の活性成分とされる「NOシンターゼ阻害剤またはその塩」が、「哺乳動物における片頭痛または他の血管性頭痛の予防または急性治療」に有用であるということを、当業者が認識できるとはいえず、本願明細書の発明の詳細な説明の全記載を精査しても、本願発明の上記医薬用途における有用性を客観的に理解するに足る記載は見出せない。
よって、本願明細書の発明の詳細な説明には、当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度に、本願発明の効果が記載されているということはできない。

なお、請求人は、審判請求書において、NOシンターゼ阻害剤であるL-NMMAの片頭痛に対する有用性が本願当初明細書に開示されているから、平成18年7月4日付け意見書に記載して提示した実験結果を参酌することができる旨も主張している。そして、当該実験結果は、NOシンターゼ阻害剤である546C88(L-N^(G)メチルアルギニン塩酸塩、即ち、L-NMMA塩酸塩)を、片頭痛患者に対し自発性の片頭痛発作時に静脈注射で投与し、片頭痛の諸症状の変化を、プラセボ投与群と比較して示したものであって、「重度の頭痛」が、薬剤投与群は15例中6例であったのに対し、プラセボ投与群は14例中9例であり、「入院が必要」が、薬剤投与群は15例中8例であったのに対して、プラセボ投与群は14例中10例であり、NOシンターゼ阻害剤を投与することによって、片頭痛の治療に一定の効果が得られたことが読み取れる。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の医薬用途における有用性を当業者が認識し得る程度に記載されていないことは上記のとおりであり、出願後に具体的な実験結果を示したからといって、当該実験結果が発明の詳細な説明に記載されていたということにはならず、発明の詳細な説明の記載における不備を、出願後に提出された実験データにより解消するとすることはできないから、請求人の上記主張は採用できない。

5.むすび
以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が容易に本願発明の実施をすることができる程度に、本願発明の目的、構成及び効果を記載したものであるとはいえず、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
したがって、本願は拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-02-24 
結審通知日 2010-02-26 
審決日 2010-03-23 
出願番号 特願平7-529495
審決分類 P 1 8・ 531- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 清野 千秋  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 穴吹 智子
井上 典之
発明の名称 片頭痛の治療におけるNOスカベンジャー、阻害剤または拮抗剤の使用  
代理人 紺野 昭男  
代理人 吉武 賢次  
代理人 中村 行孝  
代理人 横田 修孝  

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