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審決分類 審判 訂正 4項(134条6項)独立特許用件 訂正しない H05B
管理番号 1229459
審判番号 訂正2009-390081  
総通号数 134 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-02-25 
種別 訂正の審決 
審判請求日 2009-06-29 
確定日 2010-12-02 
事件の表示 特許第3981331号に関する訂正審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
平成14年 5月 8日 出願(特願2002-592428号)
(特許法第41条に基づく優先日、平成13年 5月24日)
平成19年 7月 6日 設定登録(特許第3981331号)
平成20年 3月10日 無効審判請求(無効2008-800045号)
平成20年 6月 3日 答弁書
平成20年 6月 3日 訂正請求書
平成20年 9月25日 口頭審理
平成20年 9月25日 請求人口頭審理陳述要領書
平成20年 9月25日 被請求人口頭審理陳述要領書
平成20年10月31日 被請求人上申書
平成20年12月10日 請求人上申書
平成21年 1月30日 被請求人上申書
平成21年 2月26日 無効審判審決
平成21年 4月 9日 知的財産高等裁判所出訴(平成21年(行ケ)第10096号)
平成21年 6月29日 本件訂正審判請求
平成21年 7月15日 手続中止通知書
平成21年 8月 6日 上申書(手続中止解除の申出)
平成21年 8月27日 手続中止解除通知書
平成21年11月 9日 訂正拒絶理由通知書
平成21年12月11日 意見書
平成22年 1月12日 上申書

第2 請求の趣旨
本件審判の請求の趣旨は、特許第3981331号の明細書を、審判請求書に添付した訂正明細書のとおり訂正することを認める、との審決を求めるものであり、その訂正の内容は以下のとおりである。

1 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1を下記のとおり訂正する。
「【請求項1】
一対の電極間に発光層及び正孔輸送層を含む複数層の有機媒体を形成してなり、該発光層内に下記(A)で表される基又はその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該正孔輸送層内に下記化合物3を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】




【化2】



」(下線部は訂正箇所を示す。以下同様。)
2 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2?9を削除する訂正をする。

3 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項10を請求項3とし、かつ以下の通り訂正する。
「【請求項3】
前記有機Ir錯体が、トリス-(2-フェニルピリジル)イリジウムであることを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。」

4 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項11を請求項2とし、かつ以下の通り訂正する。
「【請求項2】
前記有機Ir錯体が、Irに前記配位子が2又は3個配位したものであることを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。」

5 訂正事項5
特許明細書中の段落【0031】の「実施例1 参考例1において、化合物1の代わりに、一般式(I)で表される下記化合物2を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」の記載を、「参考例2 参考例1において、化合物1の代わりに、下記化合物2を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」と訂正する。

6 訂正事項6
特許明細書中の段落【0032】の「実施例2 参考例1において、化合物1の代わりに、一般式(I)で表される下記化合物3を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」の記載を、「実施例1 参考例1において、化合物1の代わりに、下記化合物3を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」と訂正する。

7 訂正事項7
特許明細書中の段落【0033】の「実施例3 参考例1において、化合物1の代わりに、一般式(I)で表される下記化合物4を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」の記載を、「参考例3 参考例1において、化合物1の代わりに、下記化合物4を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」と訂正する。

8 訂正事項8
特許明細書中の段落【0035】の「実施例4 参考例1において、化合物1の代わりに、一般式(I)で表される下記化合物6を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」の記載を、「参考例4 参考例1において、化合物1の代わりに、下記化合物6を使用した以外は同様にして有機EL素子を作製した。」と訂正する。

9 訂正事項9
特許明細書中の段落【0036】の「実施例1?4に比べ発光効率が劣るものであった。」の記載を、「実施例1に比べ発光効率が劣るものであった。」と訂正する。

10 訂正事項10
特許明細書中の段落【0037】の「なお、実施例1、実施例2及び実施例4においては、」の記載を、「なお、実施例1においては、」と訂正する。

第3 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張・変更の存否
1 訂正事項1について
訂正事項1の「発光層及び正孔輸送層を含む複数層の有機媒体」とする訂正は、複数層の有機媒体が発光層の他に正孔輸送層を必須の層として含むように限定するものである。この訂正は特許明細書の段落【0018】及び【0030】以降の参考例、実施例の記載に基づくものである。
また、訂正事項1の「該発光層内に下記(A)で表される基又はその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料」とする訂正及び
「【化1】



」とする訂正は、重金属を含有する有機金属錯体からなる燐光性の発光材料を有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料に限定するとともに、有機Ir錯体が構造式(A)で表される2-フェニルピリジン又はその置換誘導体を配位子として有するものに限定するものである。この訂正は特許明細書の【請求項9】及び【請求項10】等の記載に基づくものである。
また、訂正事項1の「該正孔輸送層内に下記化合物3を含有する」とする訂正及び
「【化2】



」とする訂正は、一般式(I)で表されるアミン誘導体を化合物3に限定するとともに、化合物3が含有される層を正孔輸送層に限定するものである。この訂正は特許明細書の段落【0032】の実施例2の記載に基づくものである。
したがって、訂正事項1は特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。また、この訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

2 訂正事項2について
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項2?9を削除する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。また、この訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

3 訂正事項3について
訂正事項3は、重金属を有する有機金属錯体を有機Ir錯体に限定するとともに、配位子を限定して、有機Ir錯体が、トリス-(2-フェニルピリジル)イリジウムであるとする訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。また、請求項10を請求項3とする訂正及び請求項1に従属させる訂正は、従属関係を整合させるものであり、明りようでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。また、この訂正は、特許明細書の段落【0030】の参考例1の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

4 訂正事項4について
訂正事項4は、有機金属錯体を有機Ir錯体に限定するとともに、配位子の数を有機Ir錯体に合わせて2又は3と限定する訂正であるから、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正に該当する。また、請求項11を請求項2とする訂正及び請求項1に従属させる訂正は、従属関係を整合させるものであり、明りようでない記載の釈明を目的とする訂正に該当する。また、この訂正は、特許明細書の段落【0022】、【0024】の記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

5 訂正事項5?10について
訂正事項5?10は、明細書の記載を上記訂正事項1の訂正に整合させるものであるから、明りようでない記載の釈明を目的とするものであり、かつ願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもない。

第4 独立特許要件
上記のように、特許請求の範囲の訂正は特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を含むので、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて、以下に検討する。

1 訂正発明
訂正後の請求項1?3に係る発明(以下、「訂正発明1」?「訂正発明3」という。)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
一対の電極間に発光層及び正孔輸送層を含む複数層の有機媒体を形成してなり、該発光層内に下記(A)で表される基又はその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該正孔輸送層内に下記化合物3を含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】



【化2】



【請求項2】
前記有機Ir錯体が、Irに前記配位子が2又は3個配位したものであることを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項3】
前記有機Ir錯体が、トリス-(2-フェニルピリジル)イリジウムであることを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。

2 訂正拒絶理由の概要
平成21年11月 9日付け訂正拒絶理由通知書における理由1の概要は、訂正発明1?3は、引用例1?3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないというものである。

3 引用刊行物の記載事項
(1)引用例1;"Efficient electrophosphorescence using a douped ambipolar conductive molecular organic thin film", Organic Electronics 2(2001)37-43(無効2008-800045号の甲第1号証)

なお、引用例1は、無効2008-800045号の甲第1号証の2のScience Direct検索結果から、本件特許の優先日(平成13年5月24日)前の平成13年3月に頒布されたものと認められる。

ア.「ここに、我々は、インジウムチンオキサイド(ITO)の陽極、4,4',4''-トリス(3-メチルフェニル-フェニルアミノ)トリフェニルアミン(m-MTDATA)の正孔注入層、二極性導電性のIr(ppy)_(3):CBP発光層、そしてMgAg/Ag陰極、この比較的単純化された2層構造において、CBPが電子輸送ホストとしても作用することを提示する。
・・・



」(第38頁1?8行、Fig.1)

ここで、上記記載事項から読み取れる技術事項について検討する。
上記記載事項のインジウムチンオキサイド(ITO)の陽極とMgAg/Ag陰極は、一対の電極であることは、明らかである。そして、その間にm-MTDATAの正孔注入層、二極性導電性のIr(ppy)_(3):CBP発光層が形成されており、m-MTDATA及びCBPは有機媒体であるから、引用例1には「一対の電極間に発光層及び正孔注入層を含む複数の有機媒体を形成して」いることが記載されているといえる。
また、上記記載事項の二極性導電性のIr(ppy)_(3)は、2-フェニルピリジン及びその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料であることが明らかであるから、引用例1には「発光層内に2-フェニルピリジン及びその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料を含有する」ことが記載されているといえる。
さらに、上記記載事項のm-MTDATAは、アミン誘導体であることが明らかであるので、引用例1には「正孔注入層内にアミン誘導体であるm-MTDATAを含有する」ことが記載されているといえる。

したがって、引用例1には、
「一対の電極間に発光層及び正孔注入層を含む複数の有機媒体を形成してなり、該発光層内に2-フェニルピリジン及びその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該正孔注入層内にアミン誘導体であるm-MTDATAを含有する有機エレクトロルミネッセンス素子。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

(2)引用例2;国際公開第95/9147号(無効2008-800045号の甲第2号証)

イ.「そこで、本発明者らは、上記の好ましい性質を有する有機EL素子を開発すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の構造を有するアリーレンジアミン誘導体を有機EL素子の成分、特に、正孔輸送層材料として用いることにより、発光寿命が長い有機EL素子が得られることを見出した。」(第2頁下から8行?下から4行)

ウ.「(4)一般式(III)



〔式中、R^(10)?R^(17)は、それぞれ水素原子、炭素数1?6のアルキル基若しくはアルコキシ基又はフェニル基を示し、それらはたがいに同一であっても異なっていてもよく、また、R^(10)とR^(11),R^(11)とR^(13),R^(12)とR^(13),R^(14)とR^(15),R^(15)とR^(17)及びR^(16)とR^(17)は、それぞれ結合して環を形成していてもよい。〕
で表される4,4'-ビフェニレンジアミン誘導体」(第4頁10?17行)

エ.「また、一般式(III)で表される4,4'-ビフェニレンジアミン誘導体の具体例としては、



」(第31頁下から3行?末行)

オ.「実施例1
25mm×75mm×1.1mmのガラス基板上に、ITO電極を100nmの厚さで製膜したものを透明支持基板とした。これをイソプロピルアルコールで超音波洗浄した。
この透明支持基板を真空蒸着装置〔日本真空技術(株)製〕の基板ホルダーに固定し、モリブデン製の抵抗加熱ボートにトリス(3-メチルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン(MTDATA)200mgを入れ、別のモリブデン製抵抗加熱ボートに、製造例1で得られた化合物(1)200mgを入れ、さらに、別のモリブデン製抵抗加熱ボードに4,4'-ビス(2,2-ジフェニルビニル)ビフェニル(DPVBi)200mgを入れた。
真空チャンバー内を1×10^(-4)Paまで減圧したのち、MTDATA入りのボートを加熱して0.1?0.3nm/秒の速度でMTDATAをITO電極上に60nm製膜した。その後、化合物(1)入りのボートを加熱し、化合物(1)を蒸着速度0.1?0.3nm/秒で堆積させ、膜厚20nmの正孔輸送層を製膜した。続いて、この正孔輸送層の上にもう一つのボートよりDPVBiを発送層(当審注:「発光層」の誤記と認める。)として40nm積層蒸着した。蒸着速度は0.1?0.2nmであった。
次いで、真空チャンバー内を大気圧に戻し、新たにトリス(8-キノリノール)アルミニウム(Alq)100mgを入れたモリブデン製ボートを蒸着装置に取り付けたのち、真空チャンバー内を1×10^(-4)Paまで減圧した。このボートからAlq(電子注入層)を0.1?0.2nm/秒で20nm堆積させた。
最後に、これを真空チャンバーから取り出し、上記注入層の上にステンレススチール製のマクス(当審注:「マスク」の誤記と認める。)を設置し、再び基板ホルダーに固定した。また、タングステンバスケットに銀ワイヤー0.5gを入れ、モリブデン製ボートにマグネシウムリボン1gを入れたのち、真空チャンバー内を1×10^(-4)Paまで減圧して、マグネシウムを1.8nm/秒、同時に銀を0.1nm/秒の蒸着速度で蒸着して陰極を作成した。」(第60頁11行?第61頁14行)

カ.「実施例6
実施例1において、正孔輸送材料として製造例1で得られた化合物(1)の代わりに、製造例6で得られた化合物(61)を用いた以外は、実施例1と同様にして素子を作製した。」(第62頁5?8行)

(3)引用例3;城戸淳二監修「有機EL材料とディスプレイ」(2001年2月28日)株式会社 シーエムシー(無効2008-800045号の甲第3号証)

キ.第131?133頁には、有機EL素子におけるホール輸送層の役割について記載され、第133頁には、「以上述べてきた役割から、その要求事項をまとめると表1のようになる。」との文とともに、以下の表1が記載されている。



ク.「3 ホール輸送材料
これまで、非常に多くのホール輸送材料が報告されているが、ほとんどがト芳香族3級アミンを基本にしたものである。初期に最も活用されたホール輸送材料は前述したTPDで、九州大学の研究グループから紹介され、世界的に使用されるようになった。しかし、寿命を含めた耐久性の面では十分な特性を得ることはできなかった。発光層として用いるAlq_(3)のTgが183°C程度と非常に高いのに対し、TPDのTgが低い(約60°C)ことが主たる原因と考えられた。我々もAlq_(3)の薄膜が100°C以上の高温に放置しても全く膜構造の変化は認められず、熱的に非常に安定であることを確認している。駆動電流のジュール熱によって素子温度が上昇しホール輸送層のTgに近づくと、分子運動が活発化し分子同士の凝集によってホール輸送層の膜構造の変化や結晶化が起こる。膜構造変化は素子にとって致命的で、電極界面での接触不良や膜自体の不均一化によって駆動電圧の上昇と発光輝度の低下を引き起こす。TPDの膜構造の変化はAFM観察などで詳細に調べられている。
芳香族3級アミン材料はトリフェニルアミンの結合様式の違いによって、2つのフェニル基が非共役系で結ばれたアルキレン結合型と共役したアリーレン結合型、それにフェニル基を共有したフェニレンジアミン型がある。これら芳香族アミン系で、高いTgを有するホール輸送材料の探索や開発が進められている。一連のホール輸送材料の分子構造やTgおよびIPを表2にまとめた。」(第135頁7?23行)

ケ.表2



(第136頁)

コ.「5 3重項材料
電子とホールが再結合して、分子が励起する際、そのスピン多重度の違いにより、3重項励起子と1重項励起子が3対1の割合で生成する。従って、1重項励起子の割合は25%であり、これが、外部量子効率が5%で頭打ちになる原因とされた。そこで、残りの75%を占める3重項励起子を用いて、効率を向上させる試みが行われている。
今までは、室温で安定に発光する3重項材料が見つからなかったこともあり、外部量子効率を大幅に向上させるのが困難であるとされた。しかし、1999年にプリンストン大学のグループが、3重項材料Ir(ppy)_(3)をドーパントに用いた素子が、従来の外部量子効率を大幅に上回る8%を示したことにより、3重項材料が大いに注目されるようになった。Ir(ppy)_(3)の分子構造を図6に示す。」(第170頁8?17行)

サ.図6 3重項材料



(第171頁)


4 訂正発明1について
(1)対比
訂正発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「2-フェニルピリジン及びその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体」は、訂正発明1の「下記(A)で表される基又はその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体




に相当する。
また、引用発明の「正孔注入層」は、その機能・構造等からみて、訂正発明1の「正孔輸送層」に相当し、引用発明の「発光層及び正孔注入層を含む複数の有機媒体」は、訂正発明1の「発光層及び正孔輸送層を含む複数層の有機媒体」に相当する。
また、引用発明の「該正孔注入層内にアミン誘導体であるm-MTDATAを含有する」と、訂正発明1の「該正孔輸送層内に化合物3を含有する」とは、「該正孔輸送層内にアミン誘導体を含有する」点で共通している。

したがって、引用発明と訂正発明1とは、
「一対の電極間に発光層及び正孔輸送層を含む複数層の有機媒体を形成してなり、該発光層内に下記(A)で表される基又はその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子において、該正孔輸送層内にアミン誘導体を含有する有機エレクトロルミネッセンス素子。




である点で一致し、次の点で相違する。

相違点:
正孔輸送層内に含有するアミン誘導体について、訂正発明1は、化合物3であるのに対し、引用発明では、m-MTDATAである点。

(2)判断
引用例2には、有機EL素子の正孔輸送層内に含有される材料として、訂正発明1の化合物3と同様な化合物(61)が記載(上記記載事項エ.参照)されている。
また、引用例3には、有機EL素子の正孔輸送層内に含有される材料(ホール輸送材料)への要求項目として表1が記載(上記記載事項キ.参照)されており、さらに引用例3の表2には、正孔輸送層内に含有される材料(ホール輸送材料)として、訂正発明1の化合物3と同様なTBPBと、引用発明で用いられているm-MTDATAとが並置して記載(上記記載事項ケ.参照)されている。

引用例2、3に記載された正孔輸送層内に含有される材料は、訂正発明1のように、「下記(A)で表される基又はその置換誘導体を配位子として有する有機Ir錯体からなる燐光性の発光材料」とともに用いる旨の限定がされているものではないが、蛍光発光用であろうと燐光発光用であろうと正孔輸送層内に含有される材料は、正孔を発光層へ輸送する機能を有すれば良いのであり、正孔輸送層内に含有される材料への要求項目も蛍光発光用と燐光発光用とで区別されているわけではないから、蛍光発光用の材料として知られていたものを、燐光発光用の材料として用いることができない格別の阻害要因があるとはいえない。

この点に関し、請求人は平成21年12月11日付けの意見書(第1頁参照)において、阻害要因の有無のみに着目した上記判断は妥当でない旨の主張をするとともに、同意見書(第5頁参照)において、引用例1には、発光材料を改良することにより(高輝度領域の発光効率を改善するという)課題を解決できる可能性が示唆されているのであるから、正孔輸送材料を改良することにより課題を解決するという発想に当業者が想到するのは容易でない旨の主張をしている。しかし、引用例1のFig.1には、発光層内に含有される材料が同じで、正孔輸送層内に含有される材料が異なるデバイスIとデバイスIIが記載されており、引用例1のFig.2には、デバイスIとデバイスIIの電流密度と量子効率の関係のグラフが記載されている。この電流密度と量子効率の関係を輝度と発光効率の関係に置き換えると(無効2008-800045号の答弁書第21頁の【図3】参照)デバイスIとデバイスIIとでは高輝度領域における発光効率の低下の程度が異なることがわかる。このことから、発光層内に含有される材料が同じであっても、正孔輸送層内に含有される材料が異なると高輝度領域における発光効率の低下の程度が変化することがわかるのであり、当業者であれば正孔輸送層内に含有される材料を改良すれば高輝度領域の発光効率を改善できる可能性があることを認識できるはずであるから、正孔輸送材料を改良することにより課題を解決するという発想に当業者が想到するのは容易でない旨の上記請求人の主張は採用することができない。

そして、正孔輸送層内に含有される材料を改良するにあたって、試行錯誤的に材料を選択しながらデータをとって、優れた材料を探すことは普通に行われていることであるし、特に、引用例2において実施例として優れているとされているような材料や、引用例3の表2(上記記載事項ケ.参照)中において、引用発明の正孔輸送層内に含有される材料と同じm-MTDATAと並置して記載され、しかもTgが高く優れているとされているTBPBのような材料は検討する優先順位が高いといえる。

してみれば、引用発明のm-MTDATAに替えて、引用例2、引用例3に記載された材料を選択して上記相違点に係る訂正発明1の発明特定事項となるようにすることは当業者であれば容易になし得ることである。


また、作用効果について、無効2008-800045号の請求人は、甲第7号証、甲第13号証に提示されたように、訂正発明1と同様の化合物3を含む有機EL素子と訂正明細書において比較例とされているNPDを含む有機EL素子との対比実験を行っている。

甲第7号証の実験方法



甲第13号証の実験方法



また、甲第7号証、甲第13号証における実験結果は以下のとおりであり、

甲第7号証の実験結果



甲第13号証の実験結果



上記訂正発明1と同様の化合物3を含む有機EL素子と訂正明細書において比較例とされているNPDを含む有機EL素子との実験結果は、両者において格別効果に差違があるとは認められないものであり、訂正明細書に記載された両者の顕著な差違とは、相違するものとなっている。

上記実験結果と訂正明細書中の効果の違いの原因を検討すると、ガラス基板洗浄方法の違い、陽極、発光層、陰極などの各層の厚さの違い、電子注入層の材料、層厚の違い等、実験条件が明らかに異なっている。したがって、これら、実験条件の違いが結果の違いをもたらしたと考えるのが最も自然な解釈である。そして、これらの条件は、訂正発明1では、何ら特定されていない。なお、訂正明細書中には、請求人の実験条件を排除する旨の明確な記載もない。

してみれば、訂正明細書に記載された、訂正発明1の作用効果は、特定の条件の下での効果に限られ、発明を特定するために必要な事項からなる訂正発明1の作用効果が、格別なものであるということはできない。

なお、この点に関し、請求人は平成21年12月11日付け意見書(第11頁参照)において、甲第7号証及び甲第13号証の結果は技術常識に反する条件のもとに実験が行われた旨の主張をしており、技術常識に反する条件として甲第7号証及び甲第13号証の製造ラインの清浄度に着目し、これについての検討の結果を平成22年1月12日付け上申書において述べているが、請求人の上記主張は、甲第7号証及び甲第13号証に記載の実験結果は、清浄度が技術常識程度に維持されていない製造ラインで行われている可能性があることを述べるにとどまっており、甲第7号証及び甲第13号証の実験結果が技術常識に反する条件で行われたと断定できるものではないから、請求人の上記主張は採用することはできない。

また、訂正明細書に記載されているとおり、実施例1の有機EL素子では、10000cd/m^(2)時の発光効率が50cd/Aになるとしても、訂正明細書に記載された参考例3や参考例4の発光効率である40cd/Aとの差が格別顕著であるとはいえないし、請求人が行った再現実験(参考資料1参照)では、実施例1の有機EL素子は10000cd/m^(2)時の発光効率が50cd/Aを下回っているのであるから、このことも考慮すると、やはり訂正発明1の作用効果が格別なものであるとはいえない。

(3)まとめ
以上のとおり、訂正発明1は、引用例1に記載された発明に、引用例2及び引用例3に記載された発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5 訂正発明2について
訂正発明2は、上記「第4 独立特許要件」「1 訂正発明」の【請求項2】に記載されたとおりのもので、訂正発明1の有機Ir錯体のIrに配位子が2又は3個配位したものと限定したものである。

上記「4 訂正発明1について」で検討したように、引用例1には、有機金属錯体としてIr(ppy)_(3)が挙げられており、その構造は、上記「記載事項サ.」のとおりであり、訂正発明2で限定された配位子の数を含むものである。

したがって、上記の限定によって特許性が付与されるものではなく、訂正発明1が、引用例1に記載された発明に、引用例2及び引用例3に記載された発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同様の理由により訂正発明2も、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

6 訂正発明3について
訂正発明3は、上記「第4 独立特許要件」「1 訂正発明」の【請求項3】に記載されたとおりのもので、訂正発明1の有機Ir錯体をトリス-(2フェニルピリジル)イリジウムに限定したものである。

上記「4 訂正発明1について」で検討したように、引用例1には、有機金属錯体としてIr(ppy)_(3)が挙げられている。

したがって、上記の限定によって特許性が付与されるものではなく、訂正発明1が、引用例1に記載された発明に、引用例2及び引用例3に記載された発明を適用することにより当業者が容易に発明をすることができたものであるから、同様の理由により訂正発明3も、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

7 まとめ
したがって、訂正発明1?3は、引用発明1?3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

第5 むすび
以上のとおりであるから、本件審判の請求は特許法第126条第5項の規定に適合しないので、本件審判の請求による訂正を認めることができない。

よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-02-09 
結審通知日 2010-02-12 
審決日 2010-02-24 
出願番号 特願2002-592428(P2002-592428)
審決分類 P 1 41・ 856- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中西 祐子  
特許庁審判長 北川 清伸
特許庁審判官 秋月 美紀子
橋本 栄和
登録日 2007-07-06 
登録番号 特許第3981331号(P3981331)
発明の名称 有機エレクトロルミネッセンス素子  
代理人 東平 正道  
代理人 片岡 誠  
代理人 大谷 保  
代理人 伊藤 高志  
代理人 竹田 稔  
代理人 木村 耕太郎  
代理人 服部 謙太朗  
代理人 土田 美隆  
代理人 原 茂樹  

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