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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 F16H
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 F16H
管理番号 1232657
審判番号 不服2010-1110  
総通号数 136 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-01-19 
確定日 2011-02-25 
事件の表示 平成11年特許願第 83182号「変速制御方法及び変速制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成12年10月 3日出願公開、特開2000-274523〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成11年3月26日の出願であって、平成21年10月21日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成22年1月19日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日付けで手続補正がなされたものである。

2.平成22年1月19日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
平成22年1月19日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。
[理由]
(1)本件補正後の本願発明
本件補正により、特許請求の範囲は、
「【請求項1】
車両に設けられた自動変速機の変速操作を油圧回路により制御する際に、指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤが発生した場合に通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する変速制御方法において、
前記油圧回路における油温を検出し、検出した油温が、前記油圧回路が通常動作し得る温度に達したことを判断条件するとともに、
変速不能であったギヤを指令内容として変速制御した際に実際に変速されたギヤを実動ギヤとした場合、該実動ギヤへ変速した際に通常走行可能な速度の上限以下に前記車両の車速が低下していることを移行条件とし、
前記判断条件と前記移行条件とが成立した際に、前記フェール制御から前記通常制御への移行を行うことを特徴とした変速制御方法。
【請求項2】
車両に設けられた自動変速機の変速操作を油圧回路により制御する際に、指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤの発生を確認するとともに、該不能ギヤの発生が確認された際に、通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する移行手段を備えた変速制御装置において、
前記油圧回路における油温を検出し、検出した油温が、前記油圧回路が通常動作し得る温度に達したことを判断条件するとともに、変速不能であったギヤを指令内容として変速制御した際に実際に変速されたギヤを実動ギヤとした場合、該実動ギヤへ変速した際に通常走行可能な速度の上限以下に前記車両の車速が低下していることを移行条件とし、前記判断条件と前記移行条件とが成立した際に、前記フェール制御から前記通常制御へ復帰する復帰手段を備えたことを特徴とする変速制御装置。」と補正された。
上記補正について、審判請求の理由では「本願発明を特定するために必要な事項を限定するものであり、この出願の出願当初の明細書又は図面に記載した事項から当業者にとって自明な事項の範囲内であるとともに限定的減縮を目的とした補正である。」と説明している。その説明のとおり、上記補正は、請求項2についてみると、実質的に、本件補正前の請求項2に記載した発明を特定するために必要な事項である「前記油圧回路における油温が、」という事項を「前記油圧回路における油温を検出し、検出した油温が、」と限定したものであって、これは、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項2に係る発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。
(2)引用例
(2-1)引用例1
特開平9-317871号公報(以下、「引用例1」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。なお、全角半角等の文字の大きさ、促音、拗音、句読点は記載内容を損なわない限りで適宜表記した。以下、同様。
(あ)「【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、車両用の自動変速機を制御するための装置に関し、特に後進段と複数の前進段とを設定することのできる第1の変速部と、少なくとも高低二段に変速することのできる第2の変速部とを直列に連結した自動変速機の制御装置に関するものである。」
(い)「【0050】この図8から知られるように、第2速と第3速もしくは第4速との間の変速は、第2クラッチC2 および第1ブレーキB1 の係合・解放状態を同時に切り換えることにより達成される。すなわちいわゆるクラッチ・ツウ・クラッチ変速になる。そこで通常は、前述した第1ソレノイドバルブS1 をデューティ制御して第1ブレーキB1 の油圧を調圧し、また同時に第2ソレノイドバルブS2 をデューティ制御して第2クラッチC2 の油圧を調圧して、タイアップによるショックやエンジンのオーバーシュートが生じないように制御している。
【0051】そのクラッチ・ツウ・クラッチ変速の制御は、変速に関与する摩擦係合装置の油圧をソレノイドバルブで直接制御することによって達成されるが、正確な制御が要求され、したがって油温が低いことによりオイルの粘性が高い場合や、ソレノイドバルブが正常に動作しない場合などの異常があれば、変速に関与する摩擦係合装置の油圧の給排が正規のとおりに行われず、ショックやエンジンのオーバーシュートなどが生じる可能性がある。これはクラッチ・ツウ・クラッチ変速の特有の問題であるが、上述したこの発明にかかる制御装置では、このような異常時において、第1変速部10でのクラッチ・ツウ・クラッチ変速を行わないものの、第2変速部12を有効に機能させて走行性能を維持する。
【0052】図1はそのための制御ルーチンを示すフローチャートであり、データの読み込みなどの入力信号の処理を行った後に、クラッチ・ツウ・クラッチ変速を行うにあたっての異常状態が発生しているか否かを判断する(ステップ1)。この異常状態は、クラッチ・ツウ・クラッチ変速を正常に行うことのできない状態であり、例えばオイルの粘性が制御に影響を及ぼす程度に高くなるほど油温が低いこと、変速に関与する摩擦係合装置を制御するソレノイドバルブが断線やショートなどによって動作しないこと、変速に関与する摩擦係合装置を制御するソレノイドバルブの出力圧に異常があること、摩擦係合装置のトルク容量が油圧に応じた容量にならないことなどである。これは、出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて、制御内容と実行内容との不一致が生じていることによって判断することができる。したがってこのステップ1が請求項1の変速異常検出手段に相当する。
【0053】油温が低いなどの異常が生じているためにステップ1で肯定判断された場合には、第3速を第2.5速に置換する制御が実行されているか否を判断する(ステップ2)。この第2.5速は、図8の作動表に示してあるように、第1変速部10を第2速状態に設定するとともに第2変速部12を高速段(直結段)に設定する変速段であり、変速比が第2速と第3速との間の値になる変速段である。なお、第2.5速の変速比が第3速の変速比とほぼ等しく設定されていることが望ましい。また第2.5速の変速比が第3速と第4速との間の変速比に設定されていてもよい。
【0054】また摩擦係合装置の係合・解放の状態をみると、第2速とは第1変速部10をそのままとして第2変速部12のクラッチC3 とブレーキB3 との係合・解放状態を切り換えて達成され、特に第2変速部12では、第3ブレーキB3 に替えて第2一方向クラッチF2 を係合させた状態で第3クラッチC3 を係合させることにより変速が達成される変速段である。またこのような変速段の置換は、例えば予め記憶してあるマップを変更することにより実行することができる。
【0055】第3速が第2.5速に置換されていてステップ2で肯定判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンし、また否定判断された場合には、現在の変速段が第3速もしくは第4速であるか否かを判断する(ステップ3)。これは電子制御装置32が出力している変速信号に基づいて判断することができる。現在の変速段が第3速もしくは第4速であれば、クラッチ・ツウ・クラッチ変速が生じるからこのステップ3が請求項2のクラッチ・ツウ・クラッチ変速判断手段に相当する。
【0056】第3速あるいは第4速が設定されていずにステップ3で否定判断された場合には、第2速を許可する(ステップ4)。クラッチ・ツウ・クラッチ変速にならないからである。
【0057】また第3速を第2.5速に置換する(ステップ5)とともに、第4速を禁止する(ステップ6)。すなわち第2速が許可されていることに伴い、クラッチ・ツウ・クラッチ変速となることを防止するためである。このような変速段の置換は、前述したように変速マップの変更によって行うことができ、また変速段の禁止は、変速マップの変更あるいは変速信号の出力の停止によって実行することができる。なお、このステップ5が請求項2の変速指示手段に相当する。
【0058】したがってこのように変速段の置換と禁止とを行うと、第1速(変速比:4.2)、第2速(変速比:2.1)、第2.5速(変速比:1.5)の前進3速を設定することのできる自動変速機となる。そしてその第3速に替わる第2.5速の変速比が第3速の変速比に近似しているので、滑らかな変速を実行することができる。また当然、クラッチ・ツウ・クラッチ変速が生じないので、変速ショックが悪化するおそれはない。」
(う)「【0060】一方、第3速もしくは第4速が設定されていてステップ3で肯定判断された場合には、第2速を禁止する(ステップ8)。クラッチ・ツウ・クラッチ変速を避け、第1速が判断されるまで第3速もしくは第4速に維持するためである。したがってステップ6およびステップ8が請求項1の第1変速部変速禁止手段に相当する。
【0061】つぎに上述した異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御について説明すると、異常がないことによりステップ1で否定判断された場合には、ステップ9に進んで第3速が第2.5速に置換されているか否かを判断する。このステップ9で否定判断された場合には、第2速を許可(ステップ10)した後に、リターンする。
【0062】これに対してステップ9で肯定判断され、第3速が第2.5速に置換されていた場合には、現在の変速段が第2.5速に設定されているか否かを判断する(ステップ11)。これは、電子制御装置32の出力信号に基づいて判断することができ、肯定判断された場合には特に制御を行うことなくリターンする。運転者の意図しない変速を防止するためである。
【0063】これに対してステップ11で否定判断された場合には、第2.5速を第3速に戻し(ステップ12)、またステップ13に進んで第4速を許可する。このステップ12の制御は、例えばステップ5で置換された変速マップを元のマップに戻すことによって実行でき、またステップ13の制御は、ステップ6で変更した変速マップを元のマップに戻すことによって実行できる。」
以上の記載事項及び図面からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用例1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「自動変速機における第2速と第3速もしくは第4速との間のクラッチ・ツウ・クラッチ変速を行うにあたって、出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて、制御内容と実行内容との不一致が生じていることによって異常状態が発生しているか否かを判断する変速異常検出手段と、
変速異常検出手段で肯定判断された場合は、変速段の置換と禁止とを行って、第1速、第2速、第2.5速の前進3速を設定可能とする異常時の制御を行う手段と、
変速異常検出手段で否定判断された場合は、異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御を行う手段を備えた自動変速機の制御装置。」
(2-2)引用例2
特開平5-149425号公報(以下、「引用例2」という。)には、下記の事項が図面とともに記載されている。
(か)「【請求項1】 機関負荷を含む運転パラメータから車両の走行抵抗を示す値を求め、それを基準値と比較して登降坂路を走行しているか否か判断し、登降坂路を走行していると判断するときは該登降坂路走行に適した変速比となるべく登降坂制御を行う車両用自動変速機の制御装置において、駆動輪の過回転時に機関出力を減少させる機関出力制御手段を備えると共に、該機関出力制御手段の作動時には前記登降坂制御を中止する様にしたことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置。」
(3)対比
本願補正発明と引用例1発明とを比較すると、後者の「自動変速機における第2速と第3速もしくは第4速との間のクラッチ・ツウ・クラッチ変速を行うにあたって、」は前者の「車両に設けられた自動変速機の変速操作を油圧回路により制御する際に、」に相当し、以下同様に、「変速異常検出手段で肯定判断された場合は、変速段の置換と禁止とを行って、第1速、第2速、第2.5速の前進3速を設定可能とする異常時の制御を行う手段」は「通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する移行手段」に、「異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御を行う手段」は「前記フェール制御から前記通常制御へ復帰する復帰手段」に、「自動変速機の制御装置」は「変速制御装置」に、それぞれ相当する。また、後者の「出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて、制御内容と実行内容との不一致が生じていることによって異常状態が発生しているか否かを判断する」と前者の「指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤの発生を確認する」とは「変速異常を判断する」という限りにおいて一致する。
したがって、本願補正発明の用語に倣って整理すると、両者は、
「車両に設けられた自動変速機の変速操作を油圧回路により制御する際に、変速異常を判断し、変速異常と判断された際に、通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する移行手段を備えた変速制御装置において、
前記フェール制御から前記通常制御へ復帰する復帰手段を備えた変速制御装置。」である点で一致し、以下の点で相違している。
[相違点1]
本願補正発明は、「指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤの発生を確認するとともに、該不能ギヤの発生が確認された際に、通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する移行手段」を備えるとともに、「前記油圧回路における油温を検出し、検出した油温が、前記油圧回路が通常動作し得る温度に達したことを判断条件するとともに、変速不能であったギヤを指令内容として変速制御した際に実際に変速されたギヤを実動ギヤとした場合、該実動ギヤへ変速した際に通常走行可能な速度の上限以下に前記車両の車速が低下していることを移行条件とし、前記判断条件と前記移行条件とが成立した際に、前記フェール制御から前記通常制御へ復帰する復帰手段」を備えているのに対して、引用例1発明は「出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて、制御内容と実行内容との不一致が生じていることによって異常状態が発生しているか否かを判断する変速異常検出手段」を備え、「変速異常検出手段で肯定判断された場合」は「異常時の制御を行う手段」と、「変速異常検出手段で否定判断された場合」は「異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御を行う手段」を備えている点。
(4)判断
(4-1)相違点1について
引用例1発明の「変速異常検出手段」は「出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて、制御内容と実行内容との不一致が生じていることによって異常状態が発生しているか否かを判断する」ものである。これに関して、上記(い)に摘記した引用例1の【0052】に詳しい説明がなされており、そこには、異常状態の要因として油温の高低などおおよそ4つの場合が挙げられている。異常状態の判断にあたって、「出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて」判断するか、あるいは、そこに挙げられている異常状態の要因に基づいて判断するか、その場合に、すべての要因を網羅するか、代表的ないし発生頻度の多い要因を選択するか等、どのような物理量に基づいて判断するかは、異常状態判断の所要精度、装置・信号処理の難易、変速の制御態様切換えの必要性・安全性等に基づいて適宜設計する事項にすぎない。
また、引用例1発明における異常時の制御は通常の制御に比べて変速性能を低下させ、運転者に違和感を与えるものであるから、そのような観点からすると、通常の制御から異常時の制御への移行は変速異常が確実に検知・判断された場合に迅速に行い、一方、異常時の制御から通常の制御への復帰は異常状態の解消に伴ってできるだけ速やかに行うように設計することが好適であることは明らかである。
そうすると、(A)通常の制御から異常時の制御への移行の場合、本願補正発明の「指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤの発生を確認する」という事項が「本発明の一実施の形態」とされる本願の図2のS3をいうのか、それともそれに限らず、例えば間接的に推定するものを包含するのか、必ずしも明らかではないものの、それが本願の図2のS3をいうとしても、引用例1発明の「出力した制御信号と油圧や回転数などの検出信号とに基づいて、制御内容と実行内容との不一致が生じていることによって異常状態が発生しているか否かを判断する」という事項は異常状態を精度よく判断するという点で本願補正発明の「指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤの発生を確認する」という事項と技術思想が通底しており、ギヤ位置を実際に検出して判断することによって異常状態を精度よく判断できることはいうまでもないから、引用例1発明において、このようにギヤ位置に基づいて異常状態が発生しているか否かを判断し、「肯定判断された場合」には「異常時の制御を行う」ように構成し、(B)他方、異常時の制御から通常の制御への復帰の場合、引用例1の4つの要因のうち、油温が低いことに起因する異常発生の頻度が比較的多いことは明らかであり、また、自動変速機の油圧制御装置の油温の検出ないし推定値に基づいて変速の異常の有無を判断することは、例えば、特開昭61-228148号公報(特に、「2.特許請求の範囲」の欄、第4ページ右下欄第14行?第5頁右下欄第9行)、特開平7-259984号公報(特に【0004】)に示されているように周知であることを勘案すると、油温の高低に基づいて異常状態が発生しているか否かを判断し、「否定判断された場合」には「異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御を行う」ように構成することは、上記のような異常状態判断の所要精度等に基づいて当業者が容易に想到し得たものと認められる。
また、一般に、変速段の切換えにあたって、当該変速段におけるエンスト、過回転等を考慮して変速を制御することは、例えば、引用例2のほか、特開平9-257125号公報(特に【0027】、【0028】、【0031】、【0032】)、特開平11-78576号公報(特に【0038】)、特開平11-48822号公報(特に【0043】、【0044】)に示されているように周知であり、その場合に、エンジン回転数と車速が相応の関係にあることも、上記の特開平9-257125号公報(特に【0027】、【0028】、【0031】、【0032】)に示されているように当業者に明らかである。引用例1発明の異常時の制御から通常の制御に復帰する場合に、このような変速制御を行うことは適宜の設計的事項にすぎない。以上のように構成したものは、実質的にみて、相違点1に係る本願補正発明の上記事項を具備しているということができる。
そして、本願補正発明の作用効果は、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が予測し得た程度のものである。
したがって、本願補正発明は、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

なお、請求人は、審判請求の理由において概略、「つまり、この刊行物1では、通常制御からフェール制御への移行とフェール制御から通常制御の移行とでは、何れも「制御内容と実行内容との不一致」という同一の判断条件を用いているため、温度が十分に上がらないままの状態で通常制御に復帰し、再度フェール制御に移行するという事態が生じ得る。」(ここでの「刊行物1」は本審決の「引用例1」に相当する。)と主張する。しかし、引用例1発明において、ギヤ位置に基づいて異常状態が発生しているか否かを精度よく判断し、「肯定判断された場合」には「異常時の制御を行う」ように構成し、一方、油温の高低に基づいて異常状態が発生しているか否かを判断し、「否定判断された場合」には「異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御を行う」ように構成することは当業者が容易に想到し得たものと認められることは、上述したとおりである。。
また、平成22年8月20日付け回答書において、
(a)「つまり、当該刊行物1では「制御内容と実行内容との不一致」を復帰時の判断基準としているに関わらず、前置審査では、「復帰条件として油温の上昇を考慮することが示唆されている」と認定されており、この認定に基づいて審査が行われている。」、「前記刊行物1の段落番号「0052」には、「制御内容と実行内容との不一致を判断するステップ1で異常判断を行う」旨が記載されており、段落番号「0061」には、「異常時の制御から通常の制御に復帰する復帰判断もステップ1で行う」旨が記載されている(「図1のステップ1参照」)。しかし、これらについては、考慮されず審査が行われている。」と主張している。
その主張の趣旨が必ずしも明らかではないが、前置審査は、引用例1に「制御内容と実行内容との不一致」を復帰時の判断基準とすることが記載されていることを前提とした上で、「復帰条件として油温の上昇を考慮することが示唆されている」として容易想到という結論を導いているのであって、引用例1の上記記載を無視しているものではない。
(b)同じく、「フェール制御から通常制御へ移行する際には、油圧回路における油温の温度条件をもって通常制御への復帰を判断することで、温度が十分に上がらない状態であっても、制御内容と実行内容と一致した際に通常制御に復帰してしまう刊行物1(特開平9-317871公報)と比較して、再び異常が発生し通常制御からフェール制御へ再移行していまうといった不具合を未然に防止することができる。」、「そして、通常制御からフェール制御へ移行する際には、指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤが発生したことを条件とすることで、変速不能ギヤ発生時には、すぐにフェール制御へ移行することができる。一方、フェール制御から通常制御へ移行する際には、油圧回路が通常動作し得る温度に油温が達したことを条件とすることで、前述した再移行を確実に防止することができる。これにより、変速不能ギヤ発生時でのフェール制御へ迅速な移行と、通常制御移行後でのフェール制御への再移行の防止とを両立することができる。」と主張する。
しかし、引用例1には、異常状態の要因として油温の高低などおおよそ4つの場合が挙げられており、油圧回路における油温の温度条件をもって通常制御への復帰を判断するとしても、異常の発生が他の要因(例えば、ソレノイドバルブの断線やショート)による場合には、再び異常が発生し得るのであって、「再び異常が発生し通常制御からフェール制御へ再移行していまうといった不具合を未然に防止することができる。」、「前述した再移行を確実に防止することができる。これにより、変速不能ギヤ発生時でのフェール制御へ迅速な移行と、通常制御移行後でのフェール制御への再移行の防止とを両立することができる。」とは必ずしもいえない。請求人の主張は、おそらく、異常発生の要因として油圧回路の温度以外の要因を考慮していないことに基づくと思われるが、それは、当業者の技術的知見と必ずしも相容れるものではない。さらに付け加えると、引用例1発明において、上記のように、油温の高低に基づいて異常状態が発生しているか否かを判断し、「否定判断された場合」には「異常時の制御から通常の制御に復帰するための制御を行う」ように構成した場合、復帰後に温度以外の他の要因によって再び異常となり得ることは容易に予測し得るから、復帰する際の当該変速段におけるエンスト、過回転等を考慮して上記のような周知の変速制御を行うことが望ましいことは明らかである。

(5)むすび
本願補正発明について以上のとおりであるから、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定違反するものであり、本件補正における他の補正事項を検討するまでもなく、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明
平成22年1月19日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1、2に係る発明(以下、「本願発明1」、「本願発明2」という。)は、平成21年6月26日付け手続補正により補正された明細書、及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1、2に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
車両に設けられた自動変速機の変速操作を油圧回路により制御する際に、指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤが発生した場合に通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する変速制御方法において、
前記油圧回路における油温が、前記油圧回路が通常動作し得る温度に達したことを判断条件するとともに、
変速不能であったギヤを指令内容として変速制御した際に実際に変速されたギヤを実動ギヤとした場合、該実動ギヤへ変速した際に通常走行可能な速度の上限以下に前記車両の車速が低下していることを移行条件とし、
前記判断条件と前記移行条件とが成立した際に、前記フェール制御から前記通常制御への移行を行うことを特徴とした変速制御方法。
【請求項2】
車両に設けられた自動変速機の変速操作を油圧回路により制御する際に、指令内容が示す指令ギヤへの変速が不能な不能ギヤの発生を確認するとともに、該不能ギヤの発生が確認された際に、通常制御から該通常制御と異なるフェール制御へ移行する移行手段を備えた変速制御装置において、
前記油圧回路における油温が、前記油圧回路が通常動作し得る温度に達したことを判断条件するとともに、変速不能であったギヤを指令内容として変速制御した際に実際に変速されたギヤを実動ギヤとした場合、該実動ギヤへ変速した際に通常走行可能な速度の上限以下に前記車両の車速が低下していることを移行条件とし、前記判断条件と前記移行条件とが成立した際に、前記フェール制御から前記通常制御へ復帰する復帰手段を備えたことを特徴とする変速制御装置。」

3-1.本願発明2について
(1)本願発明2
本願発明2は上記のとおりである。
(2)引用例
引用例1、その記載事項は上記2.に記載したとおりである。
(3)対比・判断
本願発明2は実質的に、上記2.で検討した本願補正発明の「前記油圧回路における油温を検出し、検出した油温が、」という事項を「前記油圧回路における油温が、」という事項に拡張したものに相当する。
そうすると、本願発明2の構成要件をすべて含み、さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明が、上記2.に記載したとおり、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明2も、実質的に同様の理由により、引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4)むすび
したがって、本願発明2は引用例1、2に記載された発明、及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.結語
以上のとおり、本願発明2が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである以上、本願発明1について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2010-12-14 
結審通知日 2010-12-21 
審決日 2011-01-06 
出願番号 特願平11-83182
審決分類 P 1 8・ 121- Z (F16H)
P 1 8・ 575- Z (F16H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中野 宏和  
特許庁審判長 山岸 利治
特許庁審判官 川本 真裕
倉田 和博
発明の名称 変速制御方法及び変速制御装置  
代理人 三好 千明  
代理人 三好 千明  
代理人 三好 千明  

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