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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01F
管理番号 1239318
審判番号 不服2008-14450  
総通号数 140 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2008-06-09 
確定日 2011-07-01 
事件の表示 特願2002-196977「積層インダクタ」拒絶査定不服審判事件〔平成16年 2月 5日出願公開、特開2004- 39957〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は,平成14年7月5日の出願であって,平成20年3月4日に手続補正書が提出されたが,平成20年4月3日付けで拒絶査定がされ,これに対して,平成20年6月9日に審判の請求がされるとともに,平成20年6月27日に手続補正書が提出され,その後,当審において平成22年11月11日付けで審尋がなされ,平成23年1月5日に回答書が提出されたものである。

2 本願発明
(1)手続補正
平成20年6月27日付け手続補正書による補正は,実質的に,特許請求の範囲に関して,補正前の請求項1を削除し,削除した請求項1を引用した請求項2を独立形式にして新たな請求項1とし,更に補正前の請求項1の削除に伴い補正前の請求項3?9の項番を繰り上げる補正であり,また,特許請求の範囲の補正に対応して,発明の詳細な説明の記載を補正するものであるから,特許法第17条の2第3項及び第4項(平成14年法律第24号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項及び第4項)の規定に適合し,適法になされたものである。
(2)請求項1に係る発明
本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,平成20年6月27日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される,以下のとおりのものである。
「【請求項1】 複数のコイル用導体層が磁性体層を介して積層され,且つ,磁性体層に設けられたスルーホール導体によって複数のコイル用導体層が螺旋状に接続された構造を有するチップを備え,複数のコイル用導体層及びスルーホール導体から成るコイル部分の一端が引出部分を介して対を成す一方の外部電極に接続され,且つ,コイル部分の他端が別の引出部分を介して他方の外部電極に接続された積層インダクタであって,
コイル用導体層は金属粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む導体ペーストを塗布して得た未焼成コイル用導体層の焼結物から成り,導体ペーストに含まれる金属粉末はその粒径が0.1?1.0μmの範囲内にあり,且つ,タップ密度が4?10g/cm^(3) の範囲内にあり,
磁性体層はセラミック粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含むスラリーを塗布して得た未焼成磁性体層の焼結物から成り,スラリーに含まれるセラミック粉末はその粒径が0.1?2.5μmの範囲内にあり,
コイル用導体層の単位長さ当たりの実表面長が1≦(実表面長/単位長さ)≦1.3の範囲にあり,
コイル用導体層の単位断面積当たりの有効断面積が0.9≦(有効断面積/単位断面積)≦1.0の範囲にある,
ことを特徴とする積層インダクタ。」

3 引用例の記載と引用発明
(1)引用例1の記載
原査定の拒絶の理由に引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開2002-134320号公報(以下「引用例1」という。)には,高周波コイルに関して,次の記載がある(下線は当審で付加したもの。以下同様。)。
「【0002】
【従来の技術】従来の高周波コイルは下記の2種類に大別できる。
○1 低誘電率,高Q有機絶縁基板上に低誘電率,高Q有機絶縁層を介して導体を積層形成するもの。[当審による注:「○1」は,丸囲み数字の1を意味する。以下,丸囲み数字を同様に表記する。]
○2 非磁性セラミック材料を絶縁層として用い,導体に銀ペーストの焼結体を使用したいわゆる積層コイル(例えば,特公[当審による注:「公」は「開」の誤記。]平3-229407号公報記載の技術)。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】ところで,前記○1の構成は,Q特性は良好であるが樹脂基板であるために耐熱性に劣る。
【0004】また,前記○2の構成は,耐熱性は前記○1の構成に比して良好であるが,金属とセラミックという線膨張率の異なる材料を高温で焼成しているために熱ひずみが大きく割れやすい。また,コイル導体に焼成時の溶剤のガス抜けに起因すると考えられる多数のボイドが存在し導体表面に大きな凹凸が発生するために,高周波では電流路の長さが伸びて抵抗が増大するので,Q値が前記の構成に比較して低下する。
【0005】本発明は,上記の点に鑑み,高信頼性で,特に耐熱性に優れた,高いQを有する高信頼性高Q高周波コイルを提供することを目的とする。」
「【0031】コイル導体20の表面を滑らかにするのは,高周波領域のQを向上させるための基本的な事項である。・・・」

(2)引用例2
原査定の拒絶の理由に引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開2002-43163号公報(以下「引用例2」という。)には,「積層型セラミック電子部品およびその製造方法」(発明の名称)に関して,図5,6とともに,次の記載がある。
「【0002】
【従来の技術】たとえば積層セラミックコンデンサのような積層型セラミック電子部品を製造しようとするとき,複数のセラミックグリーンシートが用意され,これらセラミックグリーンシートが積み重ねられる。特定のセラミックグリーンシート上には,得ようとする積層型セラミック電子部品の機能に応じて,コンデンサ,抵抗,インダクタ,バリスタ,フィルタ等を構成するための導体膜,抵抗体膜のような内部回路要素膜が形成されている。」
「【0060】図5は,この発明の他の実施形態としての積層インダクタの製造方法を説明するためのものであり,図6に外観を斜視図で示した,この製造方法によって製造された積層インダクタ11に備える積層体チップ12を得るために用意される生の積層体13を構成する要素を分解して示す斜視図である。
【0061】生の積層体13は,複数のセラミックグリーンシート14,15,16,17,…,18および19を備え,これらセラミックグリーンシート14?19を積層することによって得られるものである。
【0062】セラミックグリーンシート14?19は,磁性体セラミック粉末を含むセラミックスラリーを,ドクターブレード法等によって成形し,乾燥することによって得られる。セラミックグリーンシート14?19の各厚みは,乾燥後において,たとえば10?30μmとされる。
【0063】セラミックグリーンシート14?19のうち,中間に位置するセラミックグリーンシート15?18には,以下に詳細に説明するように,コイル状に延びるコイル導体膜および段差吸収用セラミックグリーン層が形成される。
【0064】まず,セラミックグリーンシート15上には,コイル導体膜20が形成される。コイル導体膜20は,その第1の端部がセラミックグリーンシート15の端縁にまで届くように形成される。コイル導体膜20の第2の端部には,ビアホール導体21が形成される。
【0065】このようなコイル導体膜20およびビアホール導体21を形成するため,たとえば,セラミックグリーンシート15にビアホール導体21のための貫通孔をレーザまたはパンチングなどの方法により形成した後,コイル導体膜20およびビアホール導体21となる導電性ペーストを,スクリーン印刷等によって付与し,乾燥することが行なわれる。
【0066】また,上述したコイル導体膜20の厚みによる段差を実質的になくすように,セラミックグリーンシート15の主面上であって,コイル導体膜20が形成されていない領域に,段差吸収用セラミックグリーン層22が形成される。段差吸収用セラミックグリーン層22は,前述した,この発明において特徴となる磁性体セラミック粉末を含むセラミックペーストを,スクリーン印刷等によって付与し,乾燥することによって形成される。
【0067】次に,セラミックグリーンシート16上には,上述した方法と同様の方法によって,コイル導体膜23,ビアホール導体24および段差吸収用セラミックグリーン層25が形成される。コイル導体膜23の第1の端部は,前述したビアホール導体21を介して,コイル導体膜20の第2の端部に接続される。ビアホール導体24は,コイル導体膜23の第2の端部に形成される。
【0068】次に,セラミックグリーンシート17上には,同様に,コイル導体膜26,ビアホール導体27および段差吸収用セラミックグリーン層28が形成される。コイル導体膜26の第1の端部は,前述したビアホール導体24を介して,コイル導体膜23の第2の端部に接続される。ビアホール導体27は,コイル導体膜26の第2の端部に形成される。
【0069】上述したセラミックグリーンシート16および17の積層は,必要に応じて,複数回繰り返される。
【0070】次に,セラミックグリーンシート18上には,コイル導体膜29および段差吸収用セラミックグリーン層30が形成される。コイル導体膜29の第1の端部は,前述したビアホール導体27を介して,コイル導体膜26の第2の端部に接続される。コイル導体膜29は,その第2の端部がセラミックグリーンシート18の端縁にまで届くように形成される。
【0071】なお,上述したコイル導体膜20,23,26および29の各厚みは,乾燥後において,たとえば約30μm程度とされる。
【0072】このようなセラミックグリーンシート14?19をそれぞれ含む複数の複合構造物を積層して得られた生の積層体13において,各々コイル状に延びる複数のコイル導体膜20,23,26および29が,ビアホール導体21,24および27を介して順次接続されることによって,全体として複数ターンのコイル導体が形成される。
【0073】上述した生の積層体13を得るためのセラミックグリーンシート14?19をそれぞれ含む複数の複合構造物の各々は,これを積み重ねる前に,圧延され,その表面が平滑化される。この圧延には,前述したような図4に示したカレンダーロール法や,2枚の金属板の間に挟んでプレスする方法等が適用される。
【0074】次いで,生の積層体13が焼成されることによって,図6に示す積層インダクタ11のための積層体チップ12が得られる。なお,生の積層体13は,図5では,1個の積層体チップ12を得るためのものとして図示されているが,複数の積層体チップを得るためのものとして作製され,これを切断することによって,複数の積層体チップを取り出すようにしてもよい。
【0075】次いで,図6に示すように,積層体チップ12の相対向する各端部には,前述したコイル導体膜20の第1の端部およびコイル導体膜29の第2の端部にそれぞれ接続されるように,外部電極30および31が形成され,それによって,積層インダクタ11が完成される。」
「【0076】図1ないし図3を参照して説明した積層セラミックコンデンサまたは図5および図6を参照して説明した積層インダクタ11のような積層型セラミック電子部品において,セラミックグリーンシートあるいは段差吸収用セラミックグリーン層に含まれるセラミック粉末としては,代表的には,アルミナ,ジルコニア,マグネシア,酸化チタン,チタン酸バリウム,チタン酸ジルコン酸鉛,フェライト-マンガン等の酸化物系セラミック粉末,炭化ケイ素,窒化ケイ素,サイアロン等の非酸化物系セラミック粉末の中から適宜選択して用いることができる。粉末粒径としては,好ましくは,平均5μm以下,より好ましくは,1μmの球形または粉砕状のものが使用される。」
「【0083】積層インダクタ11において用いられる導電性ペーストとしては,Ag/Pdが80重量%/20重量%?100重量%/0重量%の合金またはAgからなる導電性粉末を含み,この粉末が100重量部に対して,上述した積層セラミックコンデンサのための導電性ペーストの場合と同様の有機バインダと焼結抑制剤と有機溶剤とを同様の比率で3本ロールで混練した後,同じまたは別の有機溶剤をさらに加えて粘度調整を行なうことによって得られた導電性ペーストを用いることができる。」
「【0109】
【実験例2】実験例2は,積層インダクタに関するものである。
【0110】1.磁性体セラミック粉末の準備
まず,酸化第二鉄が49.0モル%,酸化亜鉛が29.0モル%,酸化ニッケルが14.0モル%,および酸化銅が8.0モル%となるように秤量し,ボールミルを用いて湿式混合した後,脱水乾燥させた。次いで,750℃で1時間仮焼した後,粉砕することによって,磁性体セラミック粉末を得た。
【0111】2.セラミックスラリーの準備およびセラミックグリーンシートの作製
先に準備した100重量部の磁性体セラミック粉末と,0.5重量部のマレイン酸共重合体からなる分散剤と,30重量部のメチルエチルケトンおよび20重量部のトルエンからなる溶剤とを,直径1mmのジルコニア製玉石600重量部とともに,ボールミルに投入し,4時間,攪拌した後,有機バインダとしての中重合度・高ブチラール化度の7重量部のポリビニルブチラールと,可塑剤としての3重量部のDOP(フタル酸ジオクチル)と,20重量部のエタノールとを添加し,20時間,湿式混合を行なって,磁性体セラミックスラリーを得た。
【0112】そして,この磁性体セラミックスラリーに対して,ドクターブレード法を適用して,厚さ20μm(焼成後の厚みは15μm)の磁性体セラミックグリーンシートを成形した。乾燥は,80℃で,5分間行なった。
【0113】3.導電性ペーストの準備
Ag金属粉末80重量部と,Pd金属粉末20重量部と,エチルセルロース4重量部と,アルキッド樹脂2重量部と,ブチルカルビトール35重量部とを,3本ロールで混練した後,テルピネオールを35重量部加えて粘度調整を行なって,導電性ペーストを得た。」
「【0117】5.複合構造物の作製
複数の磁性体セラミックグリーンシートの積層後にコイル状に延びるコイル導体が形成できるように,先に用意した磁性体セラミックグリーンシートの所定の位置に,ビアホール導体のための貫通孔を形成するとともに,磁性体セラミックグリーンシートの主面上にコイル導体膜および貫通孔内にビアホール導体を形成するため,導電性ペーストをスクリーン印刷し,80℃で10分間乾燥した。次に,磁性体セラミックグリーンシート上に,段差吸収用磁性体セラミックグリーン層を形成するため,磁性体セラミックペーストをスクリーン印刷し,80℃で10分間乾燥した。コイル導体膜および段差吸収用磁性体セラミックグリーン層の各厚みは,乾燥後において,30μm(焼成後の厚みは20μm)になるようにした。」
「【0123】次に,ジルコニア粉末が少量散布された焼成用セッター上に,上述の複数の積層体チップを整列させ,室温から250℃まで24時間かけて昇温させ,有機バインダを除去した。次に,積層体チップを,焼成炉に投入し,最高970℃で約20時間のプロファイルにて焼成を行なった。
【0124】次に,得られた焼結体チップをバレルに投入し,端面研磨を施した後,焼結体の両端部に主成分が銀である外部電極を設けて,試料となるチップ状の積層インダクタを完成させた。」

上記の記載と引用例2の図5,6を対応付けると,複数のコイル導体膜(20,23,26,29)がセラミックグリーンシート(15?18)を介して積層され,且つ,セラミックグリーンシートに設けられたビアホール導体(21,24,27)によって複数のコイル導体膜が螺旋状に接続された構造を有する生の積層体(13)が記載され,更に複数のコイル導体膜及びビアホール導体から成るコイル部分の一端が引出部分を介して対を成す一方の外部電極(30)に接続され,且つ,コイル部分の他端が別の引出部分を介して他方の外部電極(31)に接続されているので,引用例2には,次の構造を有する積層インダクタが開示されていることが理解できる。
「複数のコイル導体膜(20,23,26,29)がセラミックグリーンシート(15?18)を介して積層され,且つ,セラミックグリーンシートに設けられたビアホール導体(21,24,27)によって複数のコイル導体膜が螺旋状に接続された構造を有する生の積層体(13)が焼成された積層体チップ(12)を備え,複数のコイル導体膜及びビアホール導体から成るコイル部分の一端が引出部分を介して対を成す一方の外部電極(30)に接続され,且つ,コイル部分の他端が別の引出部分を介して他方の外部電極(31)に接続された積層インダクタ(11)であって,
コイル導体膜はAgからなる導電性粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む導電体ペーストをスクリーン印刷等によって付与して得たコイル導体膜から成り,
セラミックグリーンシートは磁性体セラミック粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む磁性体セラミックスラリーをドクターブレード法等によって成形して得たセラミックグリーンシートから成る積層インダクタ。」
なお,上記積層インダクタは,引用例2における発明の特徴(段落【0066】参照)を含まず,従来技術(段落【0002】参照)として周知の積層インダクタに相当するものである。

(3)引用例3
原査定の拒絶の理由に引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開平6-333722号公報(以下「引用例3」という。)には,「磁性フェライトの製造方法,磁性フェライト,積層型インダクタ部品,および複合積層部品」(発明の名称)に関して,図1?3とともに,次の記載がある。
「【0037】<積層型インダクタの製造方法>次に,本発明の積層型インダクタの製造方法について説明する。」
「【0048】<導電体層用ペースト>導電体層用ペーストは,通常,導電性粒子と,バインダーと,溶剤とを含有する。
【0049】導電性粒子の材質は,従来導電体層用ペーストに用いられるものであれば特に制限がなく,金属や金属酸化物等の焼成後に金属になるものを用いればよい。
【0050】この場合,金属成分としては,Ag,Cu,Pd等の1種以上を含む金属単体,あるいはこれらの合金が好ましい。
【0051】そして,特にAg,Ag合金,これらの酸化物が好適である。
【0052】また,導電性粒子の形状には特に制限がないが,ほぼ球状の形状が好ましい。また,導電性粒子の平均粒径Dは,0.1?1μm ,特に0.1?0.4μm であることが好ましい。
【0053】前記範囲未満ではペースト化が困難であり,また,印刷に適切でない。
【0054】前記範囲をこえると高密度の導電体層を形成できない。」

(4)引用発明
引用例1の段落【0002】に従来技術として記載された,セラミック材料を絶縁層として用い,導体に銀ペーストの焼結体を使用したいわゆる積層コイルとして,例えば上記(2)の引用例2に記載された以下の構造の積層インダクタは,周知である。
「複数のコイル導体膜がセラミックグリーンシートを介して積層され,且つ,セラミックグリーンシートに設けられたビアホール導体によって複数のコイル導体膜が螺旋状に接続された構造を有する生の積層体が焼成された積層体チップを備え,複数のコイル導体膜及びビアホール導体から成るコイル部分の一端が引出部分を介して対を成す一方の外部電極に接続され,且つ,コイル部分の他端が別の引出部分を介して他方の外部電極に接続された積層インダクタであって,
コイル導体膜はAgからなる導電性粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む導電体ペーストをスクリーン印刷等によって付与して得たコイル導体膜から成り,
セラミックグリーンシートは磁性体セラミック粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む磁性体セラミックスラリーをドクターブレード法等によって成形して得たセラミックグリーンシートから成る積層インダクタ。」
上記周知である積層インダクタを,以下「引用発明」という。

4 本願発明と引用発明との一致点及び相違点
(1)本願発明と引用発明を対比する。
ア 引用発明の「コイル導体膜」,「ビアホール導体」,「積層体チップ」は,それぞれ,本願発明の「コイル用導体層」,「スルーホール導体」,「チップ」に相当する。
イ 引用発明の「セラミックグリーンシート」は,「磁性体セラミック粉末」を含むので,本願発明の「磁性体層」に相当する。
ウ 引用発明は,「生の積層体が焼成された積層体チップ」であるから,引用発明の「コイル導体膜はAgからなる導電性粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む導電体ペーストをスクリーン印刷等によって付与して得たコイル導体膜から成」ることは,本願発明の「コイル用導体層は金属粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む導体ペーストを塗布して得た未焼成コイル用導体層の焼結物から成」ることに相当する。
エ 同様に,引用発明は,「生の積層体が焼成された積層体チップ」であるから,引用発明の「セラミックグリーンシートは磁性体セラミック粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む磁性体セラミックスラリーをドクターブレード法等によって成形して得たセラミックグリーンシートから成る」ことは,本願発明の「磁性体層はセラミック粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含むスラリーを塗布して得た未焼成磁性体層の焼結物から成」ることに相当する。

(2)以上によれば,本願発明と引用発明とは,
「複数のコイル用導体層が磁性体層を介して積層され,且つ,磁性体層に設けられたスルーホール導体によって複数のコイル用導体層が螺旋状に接続された構造を有するチップを備え,複数のコイル用導体層及びスルーホール導体から成るコイル部分の一端が引出部分を介して対を成す一方の外部電極に接続され,且つ,コイル部分の他端が別の引出部分を介して他方の外部電極に接続された積層インダクタであって,
コイル用導体層は金属粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含む導体ペーストを塗布して得た未焼成コイル用導体層の焼結物から成り,
磁性体層はセラミック粉末とバインダと溶媒とを少なくとも含むスラリーを塗布して得た未焼成磁性体層の焼結物から成る,
ことを特徴とする積層インダクタ。」
である点で一致し,次の点で相違する。

《相違点1》
本願発明は,「導体ペーストに含まれる金属粉末はその粒径が0.1?1.0μmの範囲内にあり,且つ,タップ密度が4?10g/cm^(3) の範囲内にあ」るのに対して,引用発明は,そのような構成を備えていない点。
《相違点2》
本願発明は,「スラリーに含まれるセラミック粉末はその粒径が0.1?2.5μmの範囲内にあ」るのに対して,引用発明は,そのような構成を備えていない点。
《相違点3》
本願発明は,「コイル用導体層の単位長さ当たりの実表面長が1≦(実表面長/単位長さ)≦1.3の範囲にあ」るのに対して,引用発明は,そのような構成を備えていない点。
《相違点4》
本願発明は,「コイル用導体層の単位断面積当たりの有効断面積が0.9≦(有効断面積/単位断面積)≦1.0の範囲にある」のに対して,引用発明は,そのような構成を備えていない点。

5 相違点についての検討
まず,コイル用導体層の構造に関する相違点3,4から検討する。
(1)相違点3について
ア 上記3(1)によれば,引用例1には,セラミック材料を絶縁層として用い,導体に銀ペーストの焼結体を使用したいわゆる積層コイルにおいて,コイル導体に焼成時の溶剤のガス抜けに起因すると考えられる多数のボイドが存在すること,該ボイドにより導体表面に大きな凹凸が発生するため高周波では電流路の長さが伸びて抵抗が増大してQ値が低下するので,コイル導体の表面を滑らかにするのは高周波領域のQ値を向上させるための基本的な事項であることが記載されている。そして,コイル導体の表面を滑らかにすることが,実表面長と単位長さの比を1に近づけることを意味することは,当業者にとって自明のことであるといえる。
イ また,本願明細書又は図面には,段落【0025】と図5において,「実表面長/単位長さ」が,1.2と1.5の場合の比較データが記載されているのみである。すなわち,できるだけコイル用導体層表面を平滑にして,「実表面長/単位長さ」をできるだけ1に近づけた方が抵抗が下がりQ値が向上する傾向を示すのみで,「実表面長/単位長さ」の上限を1.3に限定したことによる臨界的意義は認められない。
よって,上限値は,必要なQ値などの性能により,当業者が適宜設定し得たものである。
ウ そうすると,引用発明においても,インダクタ(コイル)としての性能向上を図ることは当然の要請であって,引用例1のようにコイル導体の表面を滑らかにして高周波領域のQ値を向上させた方が好ましいことは明らかであるから,引用発明において,コイル導体膜の表面をできるだけ滑らかにして,すなわち,「実表面長/単位長さ」を可能な限り1に近づけ,本願発明のように「コイル用導体層の単位長さ当たりの実表面長が1≦(実表面長/単位長さ)≦1.3の範囲にあ」るように構成することは,当業者が適宜なし得たことである。

(2)相違点4について
ア 上記「(1)ア」のとおり,上記引用例1には,セラミック材料を絶縁層として用い,導体に銀ペーストの焼結体を使用したいわゆる積層コイルにおいて,コイル導体に焼成時の溶剤のガス抜けに起因すると考えられる多数のボイドが存在することが記載されている。
イ コイル導体にボイドが存在すれば,コイル導体のみかけの体積が増加して,小型の積層インダクタを形成するために不適切なものとなったり,あるいは,コイル導体の単位断面積に対して,電流が流れる実質的な導体の断面積(有効断面積)が小さくなり,導体の抵抗率が高くなったりすることは当業者にとって自明のことであり,更にそのボイドを少なくして抵抗率を下げるべきことも,当業者であれば容易に推測できることである。
ウ また,本願明細書又は図面には,「有効断面積/単位断面積」の下限値を0.9に限定した根拠を示す実験データなどは,開示されていない。
さらに,本願明細書又は図面には,コイル用導体層の緻密性を向上させるための具体的手段に関する開示はない。
エ そうすると,引用発明においても,コイル導体膜の抵抗率をできるだけ小さくした方が好ましいことは明らかであるから,引用発明において,コイル導体膜のボイドをできるだけ少なくし緻密性を向上して,本願発明のように「コイル用導体層の単位断面積当たりの有効断面積が0.9≦(有効断面積/単位断面積)≦1.0の範囲にある」ように構成することは,当業者が適宜なし得たことである

(3)相違点1について
ア 引用例3には,積層型インダクタの導電体層用ペーストについて,「導電性粒子の平均粒径Dは,0.1?1μm ,特に0.1?0.4μm であることが好ましい。前記範囲未満ではペースト化が困難であり,また,印刷に適切でない。前記範囲をこえると高密度の導電体層を形成できない。」(段落【0052】?【0054】)と,導電性粒子(段落【0050】によればAgなど)の平均粒径D:0.1?1μmがその限定理由とともに記載されている。
すなわち,本願発明の「導体ペーストに含まれる金属粉末はその粒径が0.1?1.0μmの範囲内」の粒径は,積層型インダクタの導電体層用ペーストに含まれる導電性粒子(金属粉末)として,通常用いられている粒径にすぎない。
イ また,導体ペーストに含まれる金属粉末として,本願発明及び引用発明においてAgが用いられているが,Agの真密度(比重)は10.49g/cm^(3)であるから,粒子の集合体は隙間が生じるので,タップ密度が4?10g/cm^(3) 程度の範囲となるのは,当然の結果ともいえる。
ウ さらに,以下の周知例1,2には,電子部品の電極用導体ペーストに用いるAg粉末として,「平均粒径0.3μm,タップ密度4.0g/cm^(3)」,「平均粒径1.0μm,タップ密度5.00g/cm^(3)」のものが記載されている。
すなわち,本願発明の「導体ペーストに含まれる金属粉末はその粒径が0.1?1.0μmの範囲内にあり,且つ,タップ密度が4?10g/cm^(3) の範囲内」の粒径及びタップ密度は,電子部品の電極用導体ペーストに用いるAg粉末として,通常用いられている粒径及びタップ密度である。
周知例1:特開2001-250422号公報(「【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,電子部品ならびに画像表示装置の電極回路形成に好適に用いられる凹版印刷用導電性ペーストに関するものである。」,「【0014】また,本発明の導電性ペーストに用いる導電性粉末は,タップ密度が3.0g/cm^(3)以上であることを要する。すなわち,タップ密度が3.0g/cm^(3)未満であると粒子の凝集度が増すため,凹版印刷の工程時において凹版の細部に導電性ペースト中の導電性粉末が充填されなくなり,印刷される電極ラインの形状は不均一となる傾向がある。【0015】また,本発明の導電性ペーストに用いる導電性粉末は,平均粒径(D_(50))が0.3?3.0μmの範囲であることを要する。すなわち,平均粒径(D_(50))が0.3μmを下回ると,導電性粉末の1次粒子が凝集し,微粒であるが故にその凝集構造は強固であるため,導電性ペーストの製造時に凝集構造が十分に解砕されず,導電性ペースト中の2次粒子による見かけの粒径が大きくなり,凹版の細部に導電性粉末が充填されなくなる傾向がある。また,平均粒径(D_(50))が3.0μmを超えると,凹版印刷の工程時において凹版の細部に導電性ペースト中の導電性粉末が充填されなくなり,印刷される電極ラインの形状は不均一となる傾向がある。」,【0026】の【表1】の試料1は,「平均粒径0.3μm,タップ密度4.0g/cm^(3)」,「【0027】表1から明らかであるように,凝集率が6.0%以下,タップ密度が3.0g/cm^(3)以上,平均粒径(D_(50))が0.3?3.0μm,比表面積が0.3?2.5m^(2)/gで,粉末形状が球状である銀粉末を用いた試料のうち,試料1?4,10は,何れも充填性に優れ,印刷形状は均一であった。」)
周知例2:特開2000-228113号公報(【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,セラミック基板やガラス基板に導体パターンを形成するための感光性導電ペーストに関するもので,特に,プラズマディスプレイのような大型基板にファインラインの電極配線および積層構造を持つ電子部品の内部電極等に有効である。」,【0028】の【表1】の実施例5は,「平均粒径1.0μm,タップ密度5.00g/cm^(3)」)
エ 上記「(1)ア」のとおり,上記引用例1には,コイル導体の表面を滑らかにするのは高周波領域のQ値を向上させるための基本的な事項であることが記載されている。
そして,コイル導体の表面を滑らかにするためには,導電ペースト中の金属粉末の粒径を小さくした方がより表面を平滑にできることは,当業者が容易に推測できることであり,また,粒径があまり小さすぎると凝集するなどの問題が生じることも技術常識である。
オ また,本願明細書又は図面には,導体ペーストに含まれる金属粉末の粒径とタップ密度の上下限値を限定した根拠を示す実験データなどは,開示されていない。
カ 以上の点を考慮すると,引用発明において,本願発明のように「導体ペーストに含まれる金属粉末はその粒径が0.1?1.0μmの範囲内にあり,且つ,タップ密度が4?10g/cm^(3) の範囲内にあ」るように構成することは,当業者が適宜なし得たことである。

(4)相違点2について
ア 引用例2の段落【0076】には,積層インダクタにおいて,セラミックグリーンシートに含まれるセラミック粉末の粉末粒径としては,より好ましくは,1μmの球形または粉砕状のものが使用されることが記載されている。
すなわち,本願発明の「スラリーに含まれるセラミック粉末はその粒径が0.1?2.5μmの範囲内」の粒径は,積層インダクタのセラミック粉末の粉末粒径として,通常用いられている粒径にすぎない。
イ 上記「(1)ア」のとおり,上記引用例1には,コイル導体の表面を滑らかにするのは高周波領域のQ値を向上させるための基本的な事項であることが記載されている。
そして,コイル導体の表面を滑らかにするためには,コイル導体の土台になるスラリー表面も平滑である必要があること,そのためにスラリー中のセラミック粉末の粒径を小さくした方がより表面を平滑にできることは,当業者が容易に推測できることであり,また,粒径があまり小さすぎると凝集するなどの問題が生じることも技術常識である。
ウ また,本願明細書又は図面には,スラリーに含まれるセラミック粉末の粒径の上下限値を限定した根拠を示す実験データなどは,開示されていない。
エ 以上の点を考慮すると,引用発明において,本願発明のように「スラリーに含まれるセラミック粉末はその粒径が0.1?2.5μmの範囲内にあ」るように構成することは,当業者が適宜なし得たことである。

(5)なお,審判請求人は,上記相違点1に関して,「周知文献1及び2の『凹版印刷用導電ペースト』及び『感光性導電ペースト』は何れも積層インダクタのコイル導体層を形成するときに用いられる導体ペーストとは技術的に異種のものである」旨主張しているが,周知例1に記載された導電性粉末の凝集等の特性は,導電ペーストの用途に関わらず共通の性質であり,これらの技術常識に基づいて,本願発明のごとき金属粉末の粒径やタップ密度を選択することに困難性はないから,審判請求人の主張は採用できない。
また,審判請求人は,「新請求項1に係る発明は前記要件a2?a5の相乗によって前記効果A1を発揮し得るもの」であり,「新請求項1に係る発明は,引用文献1?5に開示及び示唆のない独自の事項を有し,且つ,該独自事項に基づいて引用文献1?5に記載の発明では得ることができない格別な効果を発揮し得るのであるから,引用文献1?5に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない」とも主張するが,審判請求人の主張する効果は,各引用例の記載及び技術常識に基づいて,当業者が予測し得る程度のものと認められるから,審判請求人の主張は採用できない。

(6)したがって,本願発明は,引用例1?3に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

6 結言
以上のとおり,本願発明(請求項1に係る発明)は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,その余の請求項について検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-05-02 
結審通知日 2011-05-09 
審決日 2011-05-20 
出願番号 特願2002-196977(P2002-196977)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山田 正文  
特許庁審判長 齋藤 恭一
特許庁審判官
加藤 浩一
酒井 英夫
発明の名称 積層インダクタ  
代理人 吉田 精孝  
代理人 長内 行雄  

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