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審決分類 審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない。 H05B
審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 H05B
管理番号 1241022
審判番号 不服2010-4384  
総通号数 141 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2011-09-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2010-03-01 
確定日 2011-08-04 
事件の表示 特願2005-356769「無機非縮退半導体層およびその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 4月13日出願公開、特開2006-100857〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本件出願の手続の経緯は、概要次のとおりである。
特許出願 :平成17年12月 9日
(特願平10-114324号を原出願とした分割出願)
(原出願の出願日 :平成10年 4月 9日)
手続補正 :平成17年12月12日
拒絶理由通知(最初):平成20年10月31日(起案日)
手続補正 :平成20年12月12日
意見書 :平成20年12月12日
拒絶査定 :平成21年11月27日(起案日)
拒絶査定不服審判請求:平成22年 3月 1日
手続補正 :平成22年 3月 1日
審尋 :平成23年 2月16日(起案日)
回答書 :平成23年 4月22日

第2 平成22年3月1日付け手続補正についての補正の却下の決定

〔補正却下の決定の結論〕
平成22年3月1日付け手続補正を却下する。

〔理由〕
1 平成22年3月1日付け手続補正(以下、「本件補正」という。)の内容
本件補正は、特許請求の範囲及び明細書を補正するものであって、その補正は、平成20年12月12日付け手続補正により補正された請求項1の記載を、本件補正後の請求項1の、
「電極層と無機非縮退半導体層を接合した構造体であって、
前記無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーが2.7eV?6.0eVの範囲内の値であり、キャリア濃度が10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値であり、
前記無機非縮退半導体層が、InおよびZn、In、ZnおよびAl、In、ZnおよびSi、In、ZnおよびTi、In、ZnおよびSb、In、ZnおよびYb、In、ZnおよびTaの組み合わせのうち、いずれかの組み合わせの元素を含む、酸化物または酸化窒化物からなる非晶質材料または微結晶材料を含むことを特徴とする積層構造体。」
という記載にすることを含むものである。

2 本願の願書に最初に添付した明細書等の記載事項
一方、本願の願書に最初に添付した特許請求の範囲および明細書(以下、「当初明細書等」という。)には、積層構造体に関して以下の記載がある。

(a)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1電極層、無機非縮退半導体層、有機発光層を含む一層以上の有機層および第2電極層を順次に積層した構造を有し、
前記無機非縮退半導体層は、非晶質材料または微結晶材料を含み、かつ、有機発光層のバンドギャップエネルギーよりも大きなバンドギャップエネルギーを有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを2.7eV?6.0eVの範囲内の値としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層を、正孔伝導性としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項4】
請求項1?請求項3のいずれか一つの請求項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層を、電子伝導性としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項5】
請求項1?請求項4に記載のいずれか一つの請求項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層を、Ba、Ca、Sr、Yb、Al、Ga、In、Li、Na、Cd、Mg、Si、Ta、SbおよびZnの元素のうちのいずれかの元素含む酸化物または酸化窒化物を主成分としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項6】
請求項5に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層を、
InおよびZn、
In、ZnおよびAl
Al、ZnおよびSi、
In、ZnおよびSi、
In、ZnおよびTi、
In、ZnおよびSb、
In、ZnおよびYb、
In、ZnおよびTa
の組み合わせのうち、いずれかの組み合わせの元素を含む、酸化物または酸化窒化物としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項7】
請求項1?請求項6のいずれか一つの請求項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層中のキャリア濃度を、10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項8】
請求項1?請求項7のいずれか一つの請求項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層中の局在準位の密度を、10^(17)cm^(-3)未満の値としたことを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項9】
請求項1?請求項8のいずれか一つの請求項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子において、
前記無機非縮退半導体層が、Inを主成分として含む酸化物であることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

(b)「【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、「有機EL素子」とも称する。)に関する。さらに詳しくは、民生用および工業用の表示機器(ディスプレイ)あるいはプリンターヘッドの光源等に用いて好適な有機EL素子に関する。」

(c)「【背景技術】
【0002】
従来の有機EL素子の一例が、特許文献1、特許文献2、特許文献3および特許文献4にそれぞれ開示されている。これらの文献に開示の有機EL素子は、正孔注入層または電子注入層としての無機半導体層と有機発光層とを積層した構造を有している。そして、有機層よりも劣化の少ない無機半導体層を用いることにより、素子の寿命を向上させている。
【0003】
また、特許文献1においては無機半導体層の材料として、例えば、非晶質のSi_(1-X)C_(X)で表されるIII-V族やII-V族の非結晶質材料やCuI、CuS、GaAsおよびZnTeなどの結晶質材料が用いられている。
また、特許文献3および特許文献4においては、無機半導体層の材料として、Cu_(2)Oをはじめとする結晶質の酸化物半導体材料を用いる例が開示されている。」

(d)「【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述の特許文献1および特許文献2に開示の有機EL素子において、CuIなどの結晶質の材料を用いた場合には、通常多結晶の無機半導体層が形成される。多結晶の無機半導体層の表面は、平坦性が悪く、50nm程度以上の凹凸がある。このため、多結晶の無機半導体層上に有機発光層の薄膜を形成した場合、無機半導体層の表面の凸部が、薄膜を突き抜けてしまう場合がある。その場合、無機半導体層と有機発光層上の電極とが短絡して、リーク電流が発生する。また、短絡しなくとも凸部に電界集中が発生するため、リーク電流が発生しやすい。このため、従来の有機EL素子には、発光効率が低下するという問題点があった。
【0005】
なお、無機半導体層を形成する際には、有機発光層の耐熱温度よりも高い温度(200℃以上)となる。このため、有機発光層は、無機半導体層を形成した後に形成される。」

(e)「【0006】
また、特許文献1および特許文献2に開示の有機EL素子において用いられているSi_(1-X)C_(X)の非晶質材料のエネルギーギャップは、2.6eVよりも小さい。これに対して、アルミニウム錯体やスチルベン誘導体といった発光体を含む有機発光層のエネルギーギャップは、2.6eVよりも大きい。その結果、有機発光層で生成された励起状態は、無機半導体層へエネルギー移動して失活しやすい。このため、有機EL素子の発光効率が低下するという問題があった。
【0007】
また、非晶質材料として、シリコン系の材料(α-Si、α-SiC)を用いた場合、ダングリングボンドによる局所準位が、エネルギーバンドギャップ中に10^(17)cm^(-3)以上存在する。このため、たとえバンドギャップエネルギーが大きくても、この局在準位のため励起状態が失活する。このため、有機EL素子の発光効率が低下するという問題があった。」

(f)「【0008】
また、上述の特許文献3および特許文献4において用いられるCu_(2)Oなどの酸化物半導体は結晶質である。Cu_(2)Oなどの酸化物半導体は、高温で焼成されるため、通常多結晶となる。この場合も、特許文献1および特許文献2の場合と同様に、表面の凹凸のためにリーク電流が発生して、発光効率が低下するという問題点があった。」

(g)「【0009】
本発明は、上記の問題にかんがみてなされたものであり、発光効率の良い有機EL素子の提供を目的とする。」

(h)「【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的の達成を図るため、本発明の有機EL素子によれば、第1電極層、無機非縮退半導体層、発光層を含む一層以上の有機層および第2電極層を順次に積層した構造を有し、
無機非縮退半導体層は、非晶質性材料または微結晶材料を含み、かつ、有機発光層のバンドギャップエネルギーよりも大きなバンドギャップエネルギーを有することを特徴とする。
【0011】
このように、この発明の有機EL素子によれば、無機非縮退半導体層が非晶質材料または微結晶材料を含む。その結果、無機非縮退半導体層の表面が平坦となる。その結果、表面の凹凸に起因するリーク電流の発生の防止を図ることができる。このため、発光効率の向上を図ることができる。」

(i)「【0012】
また、この発明の有機EL素子によれば、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを、有機発光層のバンドギャップエネルギーよりも大きくした。その結果、有機発光層で生成された励起状態が、無機非縮退半導体層へエネルギー移動して失活することの低減を図ることができる。このため、発光効率の向上を図ることができる。
【0013】
また、この発明の有機EL素子において、好ましくは、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを2.7eV以上6eV以下の範囲内の値とするのが良い。
前述したように、アルミニウム錯体やスチルベン誘導体を含む有機発光層のエネルギーギャップは、2.6eVよりも大きい。このため、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを2.7eV以上とすれば、励起状態の失活の低減を図ることができる。」

(j)「【0017】
また、この発明の実施にあたり、無機非縮退半導体層を、InおよびZn、In、ZnおよびAl、Al、ZnおよびSb、In、ZnおよびYbならびにIn、ZnおよびTaの組み合わせの元素のうち、いずれかの組み合わせの元素を含む、酸化物または酸化窒化物とすると良い。」

(k)「【0018】
また、この発明において、無機非縮退半導体層中のキャリア濃度を、10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値とすると良い。
このように、無機非縮退半導体層中のキャリア濃度を低くすれば、無機半導体が有機発光層中で生成した励起状態と相互作用をする可能性が低くなる。その結果、発光効率の低下を回避することができる。」

(l)「【発明の効果】
【0021】
以上、詳細に説明した様に、この発明によれば、無機非縮退半導体層を非晶質材料または微結晶材料でもって形成したので、表面の凹凸に起因するリーク電流の発生の防止を図ることができる。このため、発光効率の向上を図ることができる。
【0022】
また、この発明によれば、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを、有機発光層のバンドギャップエネルギーよりも大きくした。その結果、有機発光層で生成された励起状態が、無機非縮退半導体層へエネルギー移動して失活することの低減を図ることができる。このため、発光効率の向上を図ることができる。」

(m)「【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を参照して、この発明の実施の形態について説明する。なお、参照する図面は、この発明が理解できる程度に各構成成分の大きさ、形状および配置関係を概略的に示してあるに過ぎない。したがって、この発明は図示例にのみ限定されるものではない。また、図面中、断面を表すハッチングを一部省略する。
【0024】
まず、図1を参照して、この実施の形態の有機EL素子100の構造について説明する。この有機EL素子100は、第1電極層としての下部電極10、無機非縮退半導体層12、有機発光層14および第2電極層としての対向電極16を順次に積層した構造を有する。
【0025】
そして、この無機非縮退半導体層12は、非晶質材料または微結晶材料を含む。このように、無機非縮退半導体層12を非晶質材料または微結晶材料でもって形成すれば、その表面は平坦となる。その結果、表面の凹凸に起因するリーク電流の発生を防止することができる。このため、発光効率が向上する。
なお、無機半導体の状態(例えば、非晶質状態や微結晶状態)は、例えば、X線解析法により検出することができる。」

(n)「【0026】
その上、この無機非縮退半導体層12は、有機発光層のバンドギャップエネルギーよりも大きなバンドギャップエネルギーを有する。具体的には、無機非縮退半導体層12のバンドギャップエネルギーを2.7eV?6eVの範囲内の値とすると良い。
【0027】
このように、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを大きくすれば、有機発光層14で生成された励起状態が、無機非縮退半導体層12へエネルギー移動して失活することを防ぐことができる。このため、発光効率が向上する。
なお、バンドギャップエネルギーは、例えば、透過光の吸収端波長を測定することにより求めることができる。」

(o)「【0031】
具体的には、酸化物または酸化窒化物としては、例えば、InおよびZnの組み合わせ、Al、ZnおよびSbの組み合わせ、In、ZnおよびYbの組み合わせ、ならびに、In、ZnおよびTaの組み合わせの元素のうち、いずれかの組み合わせの元素を含む、酸化物または酸化窒化物とすると良い。」

(p)「【0032】
また、この実施の形態では、無機非縮退半導体層12中のキャリア濃度を、10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値とする。
このように、キャリア濃度を低くすれば、発光効率の低下を回避することができる。
【0033】
これに対して、キャリア濃度が高い無機半導体、例えばキャリア濃度が1019よりも高い縮退半導体を用いた場合、キャリアと、有機発光層で生成した励起状態とが相互作用して、発光効率を低下させてしまう。
なお、キャリア濃度は、例えば、ホール効果を用いて測定することができる。」

(q)「【実施例】
【0035】
[実施例1]
次に、この発明の実施例1について説明する。実施例1の有機EL素子では、下部電極を透明電極とした。
実施例1の有機EL素子を製造するにあたっては、まず、厚さ1mm、25mm×75mmのガラス基板上に、100nmの厚さのITO膜を製膜する。このガラス基板とITO膜とを併せて基板とする。続いて、この基板をイソプロピルアルコールで超音波洗浄する。更に、基板をN2(窒素ガス)雰囲気中で乾燥させた後、UV(紫外線)およびオゾンを併用して30分間洗浄した。実施例1では、この下部電極を陽極とする。
【0036】
次に、この基板を日本真空社製の蒸着・スパッタ装置のチャンバに設置した。そして、ITO膜上に無機非縮退半導体層をスパッタリング(ICNS)にて製膜した。このスパッタリングにあたっては、InZO_(3)、ZnOおよびAl_(2)O_(3)の焼結体をターゲットとした。ただし、In、ZnおよびAlに対するInの原子数比を一例として0.6とした。また、In、ZnおよびAlに対するAlの原子数比を一例として0.1とした。
【0037】
また、スパッタリングにあたっては、チャンバ中に、アルゴンガスと酸素ガスを、(アルゴンガス)/(酸素ガス)の体積比が2.0となるように導入した。そして、スパッタリングにあたっての条件は、チャンバの真空度を3×10^(-4)Pa、出力を50W、RF周波数を13.56MHz、カソード印加電圧を400Vとした。
【0038】
実施例1では、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Al-Oからなる酸化物層を200nmの厚さに蒸着した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0039】
続いて、無機非縮退半導体層上に、有機発光層として、電子輸送性の有機化合物である8-ヒドロキシキノリンAl錯体(Alq錯体)を抵抗加熱により60nmの厚さに蒸着した。
【0040】
さらに、有機発光層上に、対向電極として、Al:Li合金を抵抗加熱により200nmの厚さに蒸着した。実施例1では、この対向電極を陰極とする。
以上の工程を経て、実施例1の有機EL素子を形成した。
【0041】
実施例1における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、2.9eVであった。バンドギャップエネルギーの測定にあたっては、無機非縮退半導体層を構成する酸化物の透過スペクトルを測定し、その吸収端の波長に相当するエネルギーを求めた。
【0042】
また、無機非縮退半導体層の比抵抗を測定したところ、1×10Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層をX線回折で測定したところ、無機非縮退半導体層の状態は非晶質であった。
【0043】
そして、下部電極と対向電極との間に6Vの電圧を印加して、素子を定電圧駆動した。このときの初期輝度は、100cd/m^(2)であり、発光効率は1.2lm/Wであった。
また、7.5Vの電圧を印加した駆動したときの初期輝度は、170cd/m^(2)であった。そして、半減寿命は、750時間であった。なお、半減寿命とは、輝度が、初期輝度の半値になるまでに要する時間をいう。
【0044】
[実施例2]
次に、この発明の実施例2について説明する。実施例2の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例2においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Si-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0045】
スパッタリングにあたっては、In、ZnおよびSiに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、ZnおよびSiに対するSiの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0046】
実施例2における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、2.9eVであった。また、比抵抗は、1×10^(2)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.2lm/Wであった。また、半減寿命は、800時間であった。
【0047】
[実施例3]
次に、この発明の実施例3について説明する。実施例3の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例3においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Mg-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0048】
スパッタリングにあたっては、In、ZnおよびMgに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、ZnおよびMgに対するMgの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0049】
実施例3における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、3.0eVであった。また、比抵抗は、2×10Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、微結晶(マイクロクリスタル)であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.5lm/Wであった。また、半減寿命は、1200時間であった。
【0050】
[実施例4]
次に、この発明の実施例4について説明する。実施例4の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例4においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Yb-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0051】
スパッタリングにあたっては、In、ZnおよびYbに対するInの原子数比を0.57?0.6範囲内の値とした。また、In、ZnおよびYbに対するYbの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0052】
実施例4における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、3.1eVであった。また、比抵抗は、3×10^(-1)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.0lm/Wであった。また、半減寿命は、650時間であった。
【0053】
[実施例5]
次に、この発明の実施例5について説明する。実施例2の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例2においては、無機非縮退半導体層として、In-Ga-Si-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0054】
スパッタリングにあたっては、In、GaおよびSiに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、GaおよびSiに対するSiの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0055】
実施例5における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、3.0eVであった。また、比抵抗は、3×10^(-2)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、微結晶であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は0.9lm/Wであった。また、半減寿命は、700時間であった。
【0056】
[実施例6]
次に、この発明の実施例6について説明する。実施例6の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例6においては、無機非縮退半導体層として、In-Ga-Al-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0057】
スパッタリングにあたっては、In、GaおよびAlに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、GaおよびAlに対するAlの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0058】
実施例6における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、2.9eVであった。また、比抵抗は、1×10Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、微結晶であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.3lm/Wであった。また、半減寿命は、720時間であった。
【0059】
[実施例7]
次に、この発明の実施例2について説明する。実施例2の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例2においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Ta-Oからなる酸化物の層をスパッタリング形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0060】
スパッタリングにあたっては、In、ZnおよびTaに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、ZnおよびTaに対するTaの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0061】
実施例7における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、22.8eVであった。また、比抵抗は、7×10Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.2lm/Wであった。また、半減寿命は、450時間であった。
【0062】
[実施例8]
次に、この発明の実施例8について説明する。実施例8の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例8においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Si-O-Nからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0063】
実施例8における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、3.1eVであった。また、比抵抗は、7×10^(3)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.4lm/Wであった。また、半減寿命は、2000時間であった。
【0064】
[実施例9]
次に、この発明の実施例9について説明する。実施例9の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例9においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Al-O-Nからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0065】
実施例9における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、3.1eVであった。また、比抵抗は、8×10^(2)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は1.6lm/Wであった。また、半減寿命は、1500時間であった。
【0066】
[実施例10]
次に、この発明の実施例10について説明する。実施例10の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例10においては、対向電極を、Al:Liの代わりに、Alで形成した。Alは、仕事関数が4.0eV以上あるので、耐久性が高い。
【0067】
また、実施例10においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Ba-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
スパッタリングにあたっては、In、ZnおよびBaに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、ZnおよびBaに対するBaの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。また、スパッタリングの出力を20Wとした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0068】
実施例10における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、3.0eVであった。また、比抵抗は、4×10^(-2)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は2.1lm/Wであった。また、半減寿命は、3200時間であった。
【0069】
[実施例11]
次に、この発明の実施例11について説明する。実施例11の有機EL素子の構造は、実施例10の素子の構造と同様である。ただし、実施例11においては、無機非縮退半導体層として、In-Zn-Sr-Oからなる酸化物の層をスパッタリングにより形成した。なお、この酸化物は、正孔伝導性を有し、透明である。
【0070】
スパッタリングにあたっては、In、ZnおよびSrに対するInの原子数比を0.57?0.6の範囲内の値とした。また、In、ZnおよびSrに対するSrの原子数比を0.1?0.23の範囲内の値とした。その他のスパッタリングの条件は、実施例1と同1条件とした。
【0071】
実施例11における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、下記の表1に示すように、2.8eVであった。また、比抵抗は、3×10^(-2)Ω・cmであった。また、無機非縮退半導体層の状態は、非晶質であった。
そして、7.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は2.4lm/Wであった。また、半減寿命は、4000時間であった。
【0072】
【表1】

【0073】
[実施例12]
次に、この発明の実施例12について説明する。実施例12の有機EL素子の構造は、実施例1の素子の構造と同様である。ただし、実施例12においては、有機発光層として、下記の(1)式に示すPAVBiを用いた。このPAVBiは、正孔伝導性を有する。
【0074】
【化1】

【0075】
そして、印加電圧5Vで定電圧駆動したときの初期輝度は210cd/m^(2)であり、発光効率は2.3lm/Wであった。また、半減寿命は、1300時間であった。また、発光光の色は、青緑色であった。
【0076】
なお、従来は、PAVBiの有機発光層と、オキサジアゾール誘導体の電子注入層とを組み合わせて用いた例が知られている。この組み合わせでは、発光効率は高くなるが、寿命が50時間と極めて短い。
【0077】
(参考例)
次に、この発明の参考例について説明する。参考例の有機EL素子の構造は、実施例12の素子の構造と同様である。ただし、参考例においては、無機非縮退半導体層としてのIn-Zn-Si-Oを除去している。
【0078】
そして、5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの初期輝度は180cd/m^(2)であり、発光効率は2.0lm/Wであった。また、半減寿命は、800時間であった。
【0079】
(比較例1)
次に、比較例1について説明する。比較例1の有機EL素子の構造は、実施例1の構造と同様である。ただし、比較例1では、無機非縮退半導体層の代わりに、有機正孔注入材である下記の(2)式に示すTPDを用いた。
【0080】
【化2】

【0081】
そして、6.5Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの初期輝度は130cd/m^(2)であったが、半減寿命はわずか120時間であった。
【0082】
(比較例2)
次に、比較例2について説明する。比較例2の有機EL素子の構造は、実施例1の構造と同様である。ただし、比較例1では、無機非縮退半導体層として、正孔伝導性のマイクロクリスタルSi(P-μC-Si)層を、プラズマCVD法により、厚さ30nmで製膜した。
【0083】
製膜にあたっては、プラズマCVD装置を用いて、RF出力を800W、基板温度を300℃、圧力を20mTorrとし、導入ガスとしてSiH_(4)/H_(2)/B_(2)H_(6)(6000ppm)を導入した。
【0084】
比較例2における無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーは、2.3eVであった。また、比抵抗は、1×10^(5)Ω・cmであった。
そして、6Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの初期輝度は120cd/m^(2)であり、輝度は10cd/m^(2)であり、発光効率はわずか0.2lm/Wであった。また、半減寿命はわずか10時間であった。
【0085】
比較例1および比較例2と、実施例1とを比較すると、無機半導体は、正孔伝導に対する安定性が、有機化合物に比べてはるかに高いことが分かる。さらに、バンドギャップエネルギーの大きな無機非縮退半導体層は、電子障壁性を有し、かつ、正孔伝導に対する安定性が高いことが分かる。
【0086】
(比較例3)
次に、比較例3について説明する。比較例3の有機EL素子の構造は、実施例1の構造と同様である。ただし、比較例3では、無機非縮退半導体層として、InZnOを用いている。InZnOのキャリア濃度は、10^(20)cm^(-3)である。また、比抵抗は、5×10^(-4)Ω・cmと小さい。
【0087】
そして、6Vの電圧を印加して定電圧駆動したときの発光効率は,わずか0.25lm/Wであった。発光効率が低い理由は、無機非縮退半導体層のキャリア濃度が高いためであると考えられる。」

3 検討・判断

新規事項の追加について〕
特許法第17条の2第3項に規定する補正の要件である「願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」における「明細書又は図面に記載した事項」とは、「当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。」(知財高裁大合議判決、平成18年(行ケ)10563号参照)から、本件補正後の請求項1に係る補正が、これに該当するか否か、以下に検討する。

(1)本件補正後の請求項1から把握される技術的事項
上記「1 平成22年3月1日付け手続補正の内容」のとおり、本件補正後の請求項1は、「積層構造体」について、
「電極層と無機非縮退半導体層を接合した構造体であって、
前記無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーが2.7eV?6.0eVの範囲内の値であり、キャリア濃度が10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値であり、
前記無機非縮退半導体層が、InおよびZn、In、ZnおよびAl、In、ZnおよびSi、In、ZnおよびTi、In、ZnおよびSb、In、ZnおよびYb、In、ZnおよびTaの組み合わせのうち、いずれかの組み合わせの元素を含む、酸化物または酸化窒化物からなる非晶質材料または微結晶材料を含む」
とする補正事項を含むものである。
当該補正事項において、積層構造体の用途は何ら特定されておらず、電極層と無機非縮退半導体層からなる積層構造体以外の構成要素も含んでいないから、積層構造体に含まれる無機非縮退半導体層について、
(A)積層構造体の用途によらず、積層構造体の無機非縮退半導体層は、バンドギャップエネルギーが2.7eV?6.0eVの範囲内の値である。
(B)積層構造体の用途によらず、積層構造体の無機非縮退半導体層は、キャリア濃度が10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値である。
(C)積層構造体の用途によらず、積層構造体の無機非縮退半導体層は、酸化物または酸化窒化物からなる非晶質材料または微結晶材料を含む。
という技術的事項が把握されることとなる。

なお、本件補正後の請求項1の「積層構造体」の用途が特定のものに限定されず、発明の詳細な説明に記載された「有機EL素子」は用途の一つに過ぎないことは、平成20年12月12日付け意見書、平成22年3月1日付け審判請求書の請求の理由及び平成23年4月22日付け回答書において、請求人も繰り返し主張していることである。

(2)検討・判断
まず、上記摘記事項(a)?(q)の記載を含む当初明細書等の全記載を精査しても、「積層構造体」は「有機EL素子」の構造の一部に過ぎず、「積層構造体」を取り出して他の用途に用いることは記載も示唆もされていないから、本件補正後の請求項1から把握される上記技術的事項(A)?(C)は、当初明細書等に直接的に記載されたものではないことは明らかである。この点は、平成22年3月1日付け審判請求書の請求の理由において請求人も認めている。
次に、本件補正後の請求項1から把握される上記技術的事項(A)?(C)が、当業者の技術常識等を参酌し、上記当初明細書等の記載を総合することにより導出可能なものであるか否かを検討する。

(2a)上記摘記事項(i)、(n)の記載によれば、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーを2.7eV以上6eV以下の範囲内とすることは、有機EL素子において、アルミニウム錯体やスチルベン誘導体を含む有機発光層のエネルギーギャップが2.6eVよりも大きいので、無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーをそれよりも大きい2.7eV以上とすることで、有機発光層で生成された励起状態の失活を低減させて発光効率の向上を達成するための構成であることは明らかである。
そして、アルミニウム錯体やスチルベン誘導体を含む有機発光層のエネルギーギャップが2.6eVよりも大きいという有機発光層の特性に基づいて得られた「2.7eV?6eV」という無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーの数値範囲を、当該有機発光層を有さない素子にまで適用することには何らの必然性もなく、技術常識を踏まえても適用すべき合理的理由は存在しないから、上記技術的事項(A)は、当業者にとって当初明細書等の記載から技術常識等を踏まえても導出可能なものではない。

(2b)上記摘記事項(k)、(p)の記載によれば、無機非縮退半導体層中のキャリア濃度を10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値とすることは、有機EL素子において、無機非縮退半導体層中のキャリア濃度が10^(19)cm^(-3)よりも高いと、有機発光層で生成した励起状態とキャリアが相互作用して発光効率を低下させてしまうので、無機非縮退半導体層中のキャリア濃度をそれよりも低くすることで、無機非縮退半導体が有機発光層中で生成した励起状態と相互作用をする可能性を低くして、発光効率の低下を回避するための構成であることは明らかである。
そして、無機非縮退半導体層中のキャリア濃度が10^(19)cm^(-3)よりも高いと、有機発光層で生成した励起状態とキャリアが相互作用して発光効率を低下させてしまうという有機発光層を有する有機EL素子に特有の問題点に基づいて得られた「10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)」という無機非縮退半導体層中のキャリア濃度の数値範囲を、当該有機発光層を有さない素子にまで適用することには何らの必然性もなく、技術常識を踏まえても適用すべき合理的理由は存在しないから、上記技術的事項(B)は、当業者にとって当初明細書等の記載から技術常識等を踏まえても導出可能なものではない。

(2c)上記摘記事項(d)、(f)、(h)の記載によれば、無機半導体層の表面に50nm程度以上の凹凸があるとリーク電流が発生するのは、無機半導体層上に(有機発光層の)薄膜を形成する場合に特有の問題であり、かつ、無機半導体層上に薄膜を形成するのは、無機半導体層を形成する際には、有機発光層の耐熱温度よりも高い温度(200℃以上)となるので、有機発光層は、無機半導体層を形成した後に形成される必要があるためであるから、無機非縮退半導体材料層を非晶質性材料または微結晶材料を含むものとすることは、無機半導体層上に有機発光層の薄膜を形成する場合に特有の問題を解決するための構成であることは明らかである。
そして、当該構成を、無機半導体層上に有機発光層の薄膜を形成しない構造の素子(例えば、一対の電極と無機半導体層のみで構成される抵抗性素子、無機半導体層の下に予め無機薄膜を形成する構造の素子、無機半導体層の上に無機や有機の厚膜を形成する構造の素子等。)にまで適用することには何らの必然性もなく、技術常識を踏まえても適用すべき合理的理由は存在しないから、上記技術的事項(C)は、当業者にとって当初明細書等の記載から技術常識等を踏まえても導出可能なものではない。

(2d)小括
以上(2a)?(2c)で述べたとおり、技術常識等を参酌しても、本件補正後の請求項1から把握される上記技術的事項(A)?(C)は、当初明細書等から導出可能なものではない。

(3)まとめ
そうしてみると、本件補正後の請求項1から把握される技術的事項は、本願の当初明細書等の記載事項として明示されている事項ではないし、本願出願当時の技術常識等を参酌しても、当初明細書等の記載事項から導出可能なものではないから、当初明細書等のすべての記載を総合しても、本件補正が新たな技術的事項を導入しないものであるということはできない。
したがって、本件補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものに該当しない。

以上のとおり、平成22年3月1日付けでした手続補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえないので、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。

なお、請求人は、平成22年3月1日付け審判請求書の請求の理由において、
「[本願積層構造体が新規事項に該当しないことについての説明]
・・・(中略)・・・
半導体層は単独で使用されることは無く、電極と半導体層の積層体として、有機EL素子に限らず、太陽電池、液晶等の分野で用いられていることは周知であります。例えば、特開昭59-143375号公報は光半導体装置(請求項1)に適用した例であり、特開昭61-84072号公報はダイオード(請求項1)に適用した例であり、特開平2-069762号公報は電子写真感光体(請求項1)に適用した例であり、特開平6-125102号公報(図1)は太陽電池用途に適用した例であります。そして、本発明の積層構造体は電極と半導体の積層体の界面における「リーク電流の防止」を達成するものであり、この効果は、有機EL素子に限られるものではなく、電極と半導体の積層構造を有する全ての装置にそのまま奏する効果であることは自明です。従って、当業者であれば、本願明細書に記載の積層構造体をこれらの分野で使用できることは明らかであります。即ち、本発明の積層構造体は新規で優れた特性を有し、積層構造体だけで発明として完成しています。
確かに、明細書には積層構造体を有機EL素子に使用することしか記載されていませんが、しかし、このことは、積層構造体が有機EL素子にしか使用できないことを意味するものではありません。当業者は、有機EL素子に使用しているこの積層体を他の装置にも同様に使用できると認識すると思料します。新規事項が否かは、明細書に直接記載された事項だけでなく、明細書の記載から自明な事項か否かで判断されます。本発明の積層構造体を、他の装置にも使用できることは上述しましたように周知であり当業者には自明であると思料します。また、1つの発明(有機EL素子)を構成する部分(積層構造体)が、それだけで独立して新規であり優れた効果を奏するなら、それは保護に価する発明であり、別途クレームに記載され許可されることはよくあることと思料します。特許権は公開の代償として付与されます。本発明の積層構造体は公開されており保護されてしかるべきものと思料します。」
と主張している。
しかし、仮に「電極と半導体の積層体」が周知であろうとも、上述のとおり、本件補正後の請求項1における無機非縮退半導体に関するパラメータ条件や非晶質性材料または微結晶材料の利用は、有機EL素子に特有の課題解決のために導入されたものであるから、その前提を無視して有機EL素子以外の用途も含むように一般化することは、当業者にとって自明なことではないから、当該主張は失当である。また、請求人が引用した周知例について検討しても、何れも無機の半導体と共に用いる積層構造体に過ぎず、本願の積層構造体のように有機薄膜と共に用いるものではなく、無機半導体層の表面の凹凸に起因する有機薄膜の電流リークという本願の積層構造体と共通課題を有さないものであるから、本願の積層構造体の非晶質性材料または微結晶材料をそれらの周知例に適用することは、当業者であっても容易に想到することではないし、さらには、特定のエネルギーギャップの有機発光膜の存在が前提となっている本願の積層構造体のパラメータ条件を当該有機発光膜を備えない周知例に適用することは技術常識からして不合理であるから、当業者が通常考えることではない。
本願の当初明細書等の記載に接した当業者にとって、無機非縮退半導体に関するパラメータ条件や非晶質性材料または微結晶材料の利用は、特定材料や特定構造を有する有機EL素子に適用されることで所望の作用効果を奏するものであることは明らかであるから、「当業者は、有機EL素子に使用しているこの積層体を他の装置にも同様に使用できると認識する」という請求人の主張は妥当なものとはいえない。

4 本件補正についてのむすび
以上のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第3 特許法第17条の2第3項の規定の違反について

1 平成20年12月12日付け手続補正(以下「本願補正」という。)の内容
本願補正は、特許請求の範囲を補正するものであって、本願補正後の請求項1?2には、次のとおり記載されている。

「【請求項1】
電極層と無機非縮退半導体層を接合した構造体であって、
前記無機非縮退半導体層のバンドギャップエネルギーが2.7eV?6.0eVの範囲内の値であり、キャリア濃度が10^(19)cm^(-3)?10^(12)cm^(-3)の範囲内の値であることを特徴とする積層構造体。」

「【請求項2】
前記無機非縮退半導体層が非晶質材料または微結晶材料を含むことを特徴とする請求項1に記載の積層構造体。」

2 原審における拒絶査定の理由
原審で拒絶査定の理由として通知した平成20年10月31日付け拒絶理由通知書の理由で指摘した内容は、以下のとおりである。

「平成17年12月12日付けでした手続補正は、下記の点で願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。


請求項1乃至6について
請求項1には「バンドギャップが...の範囲内にあり、キャリア濃度が...の範囲内にあり...、かつ電子伝導性である...無機非縮退半導体層」と記載され、該「無機非縮退半導体層」であれば有機EL素子だけではなく、あらゆる用途に用いられることが想定される記載となっているが、あらゆる用途に用いられることに関しては当初明細書又は図面のいずれの箇所の記載を参酌しても、そのようなことに該当する記載はなく、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるとも認められない。よって、上記補正は新規事項を追加するものである。」

また、原審の拒絶査定の備考には次のとおり記載されている。

「有機EL素子だけではなく、あらゆる用途に用いられることが想定される記載となっているが、あらゆる用途に用いられることに関しては当初明細書又は図面のいずれの箇所の記載を参酌しても、そのようなことに該当する記載はなく、また、当初明細書等の記載から自明な事項であるとも認められない。」

3 当審の判断
本願補正が、原審の拒絶理由通知書において指摘された特許法第17条の2第3項の規定違反の拒絶理由を解消するか否かを検討する。

(1)本願補正後の請求項1?2から把握される技術的事項
上記「第2」「3 検討・判断」「(1)本件補正後の請求項1から把握される技術的事項」で述べたのと同様の理由により、本願補正後の請求項1?2の積層構造体に含まれる無機非縮退半導体層について、上記技術的事項(A)?(C)が把握される。

(2)検討・判断
上記「第2」「3 検討・判断」「(2)検討・判断」で述べたのと同様の理由により、本願補正後の請求項1?2から把握される上記技術的事項(A)?(C)は、本願の当初明細書等の記載事項として明示されている事項ではないし、本願出願当時の技術常識等を参酌しても、当初明細書等の記載事項から導出可能なものではないから、当初明細書等のすべての記載を総合しても、本願補正が新たな技術的事項を導入しないものであるということはできない。
したがって、本願補正は、原審の拒絶理由通知書において指摘された、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものに該当しないという拒絶理由を解消していない。

(3)まとめ
以上のとおり、平成20年12月12日付けでした手続補正後の請求項1?2は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものでない事項を含むから、原審の拒絶理由は解消していない。

4 むすび
以上のとおり、原査定の上記拒絶理由は妥当なものであるから、本願は、この拒絶理由によって拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2011-05-25 
結審通知日 2011-05-31 
審決日 2011-06-22 
出願番号 特願2005-356769(P2005-356769)
審決分類 P 1 8・ 55- Z (H05B)
P 1 8・ 561- Z (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 池田 博一  
特許庁審判長 北川 清伸
特許庁審判官 橋本 直明
森林 克郎
発明の名称 無機非縮退半導体層およびその製造方法  
代理人 田中 有子  
代理人 渡辺 喜平  

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