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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B01D |
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管理番号 | 1248507 |
審判番号 | 不服2008-19466 |
総通号数 | 146 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2012-02-24 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2008-07-31 |
確定日 | 2011-12-09 |
事件の表示 | 特願2002-247644「種結晶の担持方法によって分離係数が決定されるゼオライト膜の製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成16年3月18日出願公開、特開2004-82008〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成14年8月27日に出願され、平成19年2月2日付けで拒絶理由が通知され、平成19年4月9日付けで意見書及び手続補正書が提出され、平成20年2月5日付けで最後の拒絶理由が通知され、平成20年4月11日付けで意見書及び手続補正書が提出されたが、平成20年6月24日付けで拒絶査定がなされたので、平成20年7月31日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされた。 そして、当審において平成23年6月14日付けで拒絶理由が通知され、これに対して、同年8月26日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。 第2 特許請求の範囲の記載 平成23年8月26日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の記載は、以下のとおりである。 「【請求項1】 ゼオライトの種結晶を含むスラリーを多孔質支持体に接触させ、前記種結晶を多孔質支持体に付着させた後に、水熱合成法によりゼオライト膜を形成する方法において、前記スラリー中に含まれる前記種結晶の99体積%が粒径5μm以下であり、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α、及び前記スラリー中の前記ゼオライト種結晶の濃度X(質量%)の関係を表す式(1): α=M_(0)・exp(M_(1)・X) ・・・(1) [ただし、M_(0)及びM_(1)は315≦M_(0)≦1.4×10^(5)、-4.16≦M_(1)≦-0.8を満たす定数であり、αはエタノール/水(質量比=90/10)を75℃で10?1000 Paの真空度で吸引し分離したときの分離係数であり、Xは0.1≦X≦10である。]を用いて、前記濃度Xを調節することにより、前記分離係数αを制御することを特徴とする方法。」 第3 当審が通知した拒絶理由 当審が通知した平成23年6月14日付け拒絶理由通知は、以下の内容である。 「本願は、特許請求の範囲の記載が、以下の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 本願の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、「ゼオライトの種結晶を含むスラリーを多孔質支持体に接触させ、前記種結晶を多孔質支持体に付着させた後に、水熱合成法によりゼオライト膜を形成する方法」において、「形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α、及び前記スラリー中の前記ゼオライト種結晶の濃度X(質量%)の関係を表す式(1): α=M_(0)・exp(M_(1)・X) ・・・(1) [ただし、M_(0)及びM_(1)は315≦M_(0)≦1.4×10^(5)、-4.16≦M_(1)≦-0.8を満たす定数であり、αはエタノール/水(質量比=90/10)を75℃で10?1000 Paの真空度で吸引し分離したときの分離係数である。]」を用いて、ゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを調節することにより、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数αを制御するというものである。 そこで、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α及びゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xが「α=M_(0)・exp(M_(1)・X)」即ち式(1)の関係にあることについて、明細書の発明の詳細な説明の記載を検討する。 明細書の発明の詳細な説明には、段落【0011】に「本発明の方法により得られたゼオライト膜は、混合物を分離する際の分離係数αが下記式(1): α=M_(0)・exp(M_(1)・X) ・・・(1) (ただし、X はゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度(質量%)を示し、M_(0)・及びM_(1)は315≦M_(0)≦1.4×10^(5)、-4.16≦M_(1)≦-0.8を満たす定数である。)により表されることを特徴とする。」との記載があり、段落【0029】に「鋭意研究の結果、ゼオライト膜の分離係数αはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度と相関することが分かった。すなわち、分離係数αとゼオライト種結晶の濃度との間には、下記式(1): α=M_(0)・exp(M_(1)・X) ・・・(1) (ただし、Xはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度(質量%)を示し、M_(0)及びM_(1)は315≦M_(0)≦1.4×10^(5)、-4.16≦M_(1)≦-0.8を満たす定数である。)の関係が成立することが分かった。M_(0)及びM_(1)はゼオライトの種類により決まる定数である。」との記載がある。 しかし、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数αとゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xとの関係を示す「α=M_(0)・exp(M_(1)・X)」なる式(1)がいかにして導き出されたのか、明細書の発明の詳細な説明には具体的記載は無い。 確かに、明細書の段落【0031】?【0037】には、実施例として、所定の粒径のA型ゼオライトの微粒子を種結晶とし、この種結晶を含むスラリーに所定の平均細孔径を有し、所定の形状、寸法の多孔質支持体を所定時間浸漬し、所定の速度で引上げ、乾燥してこの多孔質支持体表面に種結晶を均質に付着させた後、所定の成分、組成を有する水熱反応溶液に種結晶層を付与した多孔質支持体を浸漬し、所定の反応条件で水熱合成させて多孔質支持体表面に均一な膜厚を有するA型ゼオライトの結晶層を形成する例が記載されており、実施例1では、種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを0.5質量%とし、エタノールと水の分離係数αが10000のゼオライト膜が形成されたことが、実施例2では、種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを1.0質量%とし、エタノールと水の分離係数αが3000のゼオライト膜が形成されたことが記載されている。しかし、この実施例1,2で示された種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xの値とエタノールと水の分離係数αの値から、形成されたゼオライト膜のエタノールと水の分離係数αと種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xとが如何なる相関関係にあるのか推測することは不可能であるから、この実施例1,2の結果から、式(1)が導き出せたものとは認められない。 明細書の発明の詳細な説明の記載をさらに検討しても、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α及びゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xが式(1)の関係にあることを導き出す根拠となる何らの記載も見いだせない。 結局、明細書の発明の詳細な説明には、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α及びゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xが式(1)の関係にあることを裏付ける何らの記載も見いだせない。 そして、実施例で用いたものと同じ種結晶を用いてスラリーを作製し、そのスラリーに実施例で用いたものと同じ多孔質支持体を、同じ条件で浸漬し、引上げ、乾燥して、実施例で用いたものと同じ成分、組成の水熱反応溶液を用い、同じ条件で水熱合成をする場合に限って検討しても、当該技術分野の技術常識から、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数αとゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xとについて式(1)の関係を導き出せるとは認められない。ましてや、特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、「ゼオライトの種結晶を含むスラリーを多孔質支持体に接触させ、前記種結晶を多孔質支持体に付着させた後に、水熱合成法によりゼオライト膜を形成する方法」において、式(1)を用いて、ゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを調節することにより形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数αを制御するというものであるから、種結晶の種類、粒径、多孔質支持体の平均細孔径、形状、寸法、種結晶を含むスラリーと多孔質支持体との接触方法、接触条件、水熱合成法に用いる反応溶液又はスラリーの成分、組成、水熱合成の反応条件、さらには、形成するゼオライト膜の種類などについて何らの特定のないものであるところ、これらの条件が当該技術分野において通常用いられる範囲内の何れの場合においても、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α及びゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xが式(1)の関係にあることが当該技術分野における技術常識から導き出せるとは到底認められない。 してみると、形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数α及びゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xが式(1)の関係にあることについて、明細書の発明の詳細な説明には裏付けとなる記載が無く、しかも、かかる事項が当該技術分野における技術常識から導き出せるものであるとも認められない以上、この式(1)を用いて、ゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを調節することにより形成するゼオライト膜のエタノールと水の分離係数αを制御するという特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるとはいえない。 以上のとおりであるから、本願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」 第4 当審の判断 1 本願明細書の発明の詳細な説明の記載事項 平成23年8月26日付け手続補正書により補正された上記請求項1の記載について、平成19年4月9日、平成20年4月11日の各日付けでした各手続補正書により補正された本願の願書に添付した明細書(以下「本願明細書」という)の発明の詳細な説明の記載事項は、次のとおりである。 (ア)「【課題を解決するための手段】 上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、(a)・・・及び(c) ゼオライト膜の分離性能を示す分離係数αはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度と相関することを発見し、本発明に想到した。」(【0008】) (イ)「本発明の方法により得られたゼオライト膜は、混合物を分離する際の分離係数αが下記式(1): α=M_(0)・exp(M_(1)・X) ・・・(1) (ただし、Xはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度(質量%)を示し、M_(0)及びM_(1)は315≦M_(0)≦1.4×10^(5)、-4.16≦M_(1)≦-0.8を満たす定数である。)により表されることを特徴とする。・・・」(【0011】) (ウ)「鋭意研究の結果、ゼオライト膜の分離係数αはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度と相関することが分かった。すなわち、分離係数αとゼオライト種結晶の濃度との間には、下記式(1): α=M_(0)・exp(M_(1)・X) ・・・(1) (ただし、Xはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度(質量%)を示し、M_(0)及びM_(1)は315≦M_(0)≦1.4×10^(5)、-4.16≦M_(1)≦-0.8を満たす定数である。)の関係が成立することが分かった。M_(0)及びM_(1)はゼオライトの種類により決まる定数である。 このように分離係数αはゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xに依存するため、スラリー中のゼオライトの濃度Xを制御することにより、所望の分離係数を有するゼオライト膜を製造することが可能となる。例えばエタノールと水の分離膜では、1000以上の分離係数αが好ましいが、このような分離係数αを有するゼオライト膜を製造するためのゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xは0.1?10%である。」(【0029】【0030】) (エ)「【実施例】 本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。 実施例1 A型ゼオライトの微粒子(粒径100nm)を水に入れて撹拌し、0.5質量%の濃度のスラリーを作製した。このスラリーにα-アルミナからなる管状多孔質支持体(平均細孔径1.3μm、外径10mm、内径6mm、長さ13cm)を3分間浸漬した後、約0.2cm/sの速度で引き上げた。これを25℃の恒温槽中で2時間乾燥した後、70℃の恒温槽中で16時間乾燥した。乾燥後の多孔質支持体の断面を走査型電子顕微鏡で観察した結果、種結晶が多孔質支持体表面に均質に付着していることが確認された。 ケイ酸ナトリウム、水酸化アルミニウム及び蒸留水を、各成分のモル比がSiO_(2)/Al_(2)O_(3)=2、Na_(2)O/SiO_(2)=1、H_(2)O/Na_(2)O=75となるように混合し、水熱反応溶液とした。この反応溶液に種結晶層を付与した多孔質支持体を浸漬して、100℃で4時間保持した結果、多孔質支持体の表面にゼオライト膜が形成された。ゼオライト膜のX線回折パターンを図1に示し、ゼオライト膜の表面及び断面の走査型電子顕微鏡写真をそれぞれ図2及び図3に示す。図1?3から、均一な膜厚を有するA型ゼオライトの結晶層が形成されたことが分かった。 得られたゼオライト膜の分離性能を評価するために、図4に示すパーベーパレーション(PV)試験装置を組み立てた。このPV試験装置は、供給液Aの供給を受ける管11及び攪拌装着12を具備する容器1と、容器1の内部に設置された分離器2と、分離器2の開放端に連結した管6と、管6の末端に液体窒素トラップ3を介して接続した真空ポンプ4とを有する。分離器2は、上記のように多孔質支持体の表面にゼオライト膜が形成したものである。なお管6の途中には真空ゲージ5が取り付けられている。 このPV試験装置の容器1に、管11を介して75℃の供給液A(エタノール/水の質量比=90/10)を供給し、真空ポンプ4により分離器2内を吸引した(真空ゲージ5による真空度:10?1000Pa)。分離器2を透過した液Bは液体窒素トラップ3で捕集された。供給液Aと透過液Bの組成をガスクロマトグラフ[(株)島津製作所製GC-14B]を用いて測定し、分離係数を求めた。測定結果を表1に示す。 実施例2 ゼオライト種結晶のスラリー濃度を1.0質量%とした以外、実施例1と同様にしてゼオライト膜を作製した。ゼオライト膜のX線回折パターンを図5に示す。図5から、このゼオライト膜の結晶系はA型であることが分かった。またゼオライト膜の分離性能を実施例1と同様に評価した。結果を表1に示す。」(【0031】?【0036】) (オ)表1には、実施例1及び2で得られたゼオライト膜の分離係数αがまとめられており、実施例1では10000、実施例2では3000の数値が示されている。 2 判断 特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには、明細書の発明の詳細な説明に、当該発明の課題が解決することができることを当業者において認識できるように記載しなければならない。 一方、本願請求項1に係る発明(以下「本願発明」という)は、その特許請求の範囲の請求項1の記載から明らかなように、特性値を表す2つの技術的な変数(パラメータ)を用いた特定の数式により示される関係をもって、一方の変数を調節することにより他方の変数を制御することを特定事項とする発明であり、いわゆるパラメータ発明に関するものである。 このような発明において、特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するためには、発明の詳細な説明の記載は、次の(i)又は(ii)のいずれかの要件を満たさなければならない。 (i)その数式の持つ技術的な意味が、発明の作用効果との関係において、特許出願時において、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されているか、または、(ii)特許出願時の技術常識を参酌して、当該数式の示す関係があれば所望の効果が得られると、当業者において認識できる程度に、具体例を開示して記載されている必要がある。 3 検討 そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、上記(i)又は(ii)を充足することで、当業者が認識できる程度に本願発明の課題解決が記載されているといえるかについて検討する。 (1)技術的意味が具体例の開示なくとも理解できるか ア 本願発明は、その記載事項(ア)によれば、ゼオライト膜の分離性能を示す分離係数αが、ゼオライト種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xと相関することを発見したことにより想到されたものである。そして、同(ウ)によれば、スラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを制御することにより、所望の分離係数を有するゼオライト膜を製造することが可能となるという効果を有する。 しかし、当審における拒絶理由で指摘したとおり、形成するゼオライト膜の分離係数αとゼオライトの種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xとの関係を示す「α=M_(0)・exp(M_(1)・X)」なる式(1)がいかにして導き出されたのか、本願明細書の発明の詳細な説明には具体的記載はない。すなわち、発明の詳細な説明には、式(1)の関係が成立する旨の記載があるにとどまる(記載事項(イ)(ウ))。 そして、分離係数αとゼオライト種結晶の濃度Xについて、一般的に式(1)の関係があることは、学問的あるいは理論的に明らかであったとか、当該技術分野における当業者には自明であったとすることはできない。 したがって、本願明細書の発明の詳細な説明の記載からは、当業者の技術常識を参酌するとしても、具体例の開示がなくとも当業者に理解できるとすることはできない。 イ これに対して審判請求人は、式(1)の両辺の自然対数をとると、式(1)は式(2)「ln(α)=ln(M_(0))+M_(1)・X」のように表されるとし、本願発明は、ln(α)とXが比例関係にあり、スラリー濃度が低い方が高い分離係数の分離膜が得られることを見いだした点に特徴がある旨を主張する(平成23年8月26日付け意見書の第1頁の「[4]拒絶理由について」)。 これによれば、あらかじめ設定された範囲内のゼオライト種結晶の粒径と濃度の範囲内において、一定の製造条件で得られたゼオライト種結晶の濃度とゼオライト膜の分離係数についての2組の実験データがあれば、M_(0)及びM_(1)の値を決定でき、それに基づいて、同じ製造条件でゼオライト膜を製造する際に、所望の分離係数に応じてゼオライト種結晶の濃度を調節することが可能となる。このため、式(1)の持つ技術的な意味が、発明の作用効果との関係において、具体例の開示がなくとも当業者に理解することができることになる。 これに関し、審判請求人は、平成20年4月11日付け意見書において、式(1)から式(2)を導入する方法、及びM_(0)及びM_(1)の求め方は当業者にとって技術常識であるとする(第2頁18?20行)。 しかし、上記したとおり、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当該発明の課題解決が当業者に認識できるように記載しなければならないところ、このような事項が当業者にとって技術常識であると認めることはできない。このことは、本願発明は、ln(α)とXが比例関係にあることを見いだしたことにより想到されたことからも明らかである。なぜなら、式(2)の関係を審判請求人が新たに見いだしたのであるから、式(1)から式(2)を導入してln(α)とXが比例関係にあることを理解することは、審判請求人以外の当業者にとっても新たなことであり、これが技術常識には至っていないことは明らかだからである。 ウ したがって、式(1)の持つ技術的な意味が、ln(α)とXが比例関係にあることに基づいて分離係数αの値をゼオライトの濃度Xを設定することで調整することができることについて、具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載していない。 (2)具体例の開示が、式(1)の関係と所望の効果を認識させるものか。 記載事項(エ)(オ)によれば、実施例1では、種結晶を含むスラリー中のゼオライト種結晶の濃度Xを0.5質量%とすると、エタノールと水の分離係数αが10000のゼオライト膜が形成されたことが、実施例2では、濃度Xを1.0質量%とした場合には、分離係数αが3000のゼオライト膜が形成されることがわかる。 しかし、当審における拒絶理由で指摘したとおり、特許出願時の技術常識を参酌しても、この実施例1、2で示された濃度Xの値と分離係数αについての2組のデータから、分離係数αと濃度Xとが如何なる相関関係にあるのか推測することはできない。 たしかに、ln(α)とXが比例関係にあることが、具体例の開示から明らかであれば、式(1)から式(2)の関係を導くことは当業者には自明であるといえる可能性はある。しかし、具体的データの開示により比例関係の存在を主張するには、比較的多数の実施例のデータを示すことが必要であり、少なくとも、2組の実施例のデータの開示のみでは不十分であることは当然のことである。しかも、実施例で示されるデータは、αであってln(α)ではないので、当業者がαとXの数値の具体例からln(α)とXの関係を認識することはできない。このため、具体性の開示は、ln(α)とXが比例関係にあることを認識させるものではない。 したがって、実施例1、2における具体例の開示をもってしても、式(1)の関係を充足すれば所望の効果が得られることは、当業者が認識できる程度に記載されてはいない。 (3)小括 したがって、本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は、請求項1に記載された事項で特定される特許を受けようとする本願発明が、本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるとすることができず、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するということができない。 第5 実施可能要件(特許法第36条第4項)違反 本願の拒絶査定の理由の一つは実施可能要件違反であったが、審判請求の理由を参照しても、この拒絶の理由は依然として解消されていない。すなわち、平成20年9月19日付け手続補正書により変更された審判請求書の請求の理由に記載された請求人の主張を参照しても、本願発明は実施可能要件を充足するとすることはできない。 具体的には、当該請求の理由で請求人は、式(1)の技術的意味及び係数M_(0)及びM_(1)の算出方法を釈明している。 しかし、このような技術事項は出願当初の明細書には記載されていないし、当該明細書の記載から当業者には明らかであるとすることもできない。 実施可能要件の充足性判断の基準時は出願時であり、出願当初の明細書の記載をもって判断されることは当然のことであるから、審査・審判の過程を通じて実施可能要件を充足することは許容されるべきではない。 したがって、本願の発明の詳細な説明の記載は当業者が実施できる程度に明確かつ充分に記載されていないので、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。 第6 まとめ 以上のとおりであるので、本願請求項1の記載は特許法第36条第6項第1号の規定に適合せず、また、発明の詳細な説明の記載は同法第4項に規定する要件を満たさない。 したがって、本願は、特許法第49条第4号の規定に該当し、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2011-10-06 |
結審通知日 | 2011-10-12 |
審決日 | 2011-10-28 |
出願番号 | 特願2002-247644(P2002-247644) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(B01D)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 中村 敬子、大島 忠宏 |
特許庁審判長 |
真々田 忠博 |
特許庁審判官 |
吉川 潤 小川 慶子 |
発明の名称 | 種結晶の担持方法によって分離係数が決定されるゼオライト膜の製造方法 |
代理人 | 高石 橘馬 |