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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1256753
審判番号 不服2009-18541  
総通号数 151 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-07-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-10-01 
確定日 2012-05-07 
事件の表示 平成 9年特許願第291772号「炎症性腸疾患予防剤」拒絶査定不服審判事件〔平成11年 4月27日出願公開、特開平11-116484〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成9年10月9日の出願であって、平成20年2月8日付けの拒絶理由に応答して同年4月18日付けで手続補正がなされ、同年6月12日付けの拒絶理由に応答して同年8月14日付けで手続補正がなされたが、その後、平成21年6月24日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年10月1日に拒絶査定不服審判が請求され、平成23年12月5日付けの拒絶理由に応答して平成24年2月6日付けで手続補正がなされたものである。

本願の請求項1?3に係る発明は、平成24年2月6日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。
「【請求項1】 一般式
Gal-(Gal)n-Glc
(但し、式中Galはガラクトース残基、Glcはグルコース残基、nは1?4の整数を、それぞれ表す)
で表されるガラクトオリゴ糖を有効成分とすることを特徴とする炎症性腸疾患予防剤。」


2.引用例
A.特開平3-151854号公報
B.New Food Industry,1995,Vol.37,
No.3,p.23-32
C.フードケミカル,1987,Vol.3,No.6,p.87-94
D.外科と代謝・栄養,1996,30巻2号,p.73-86
本願の出願日前に頒布されたことが明らかな上記引用例A?Dには、次の事項が記載されている。

(2A)引用例Aの記載事項
(a-1)
「【特許請求の範囲】
1.・・・大腸の難病疾患を治療/予防する目的で消化管内のpH環境を改善し、腐敗産物を減少させるために、オリゴ糖及び食物繊維を混合してなることを特徴とする組成物。
・・・
3.オリゴ糖がガラクトオリゴ糖であることを特徴とする特許請求の範囲第1項・・・に記載の組成物。
4.ガラクトオリゴ糖がラフィノースあるいは/およびスタキオースであることを特徴とする特許請求の範囲第3項に記載の組成物。」(【特許請求の範囲】)
(a-2)
「善玉菌の代表であるビヒドバクテリウム(Bifidobacterium)属菌は大腸内にて乳酸、酢酸を生成し、大腸内のpHを下げている。」(1頁右欄14?16行)
(a-3)「大腸の病気には他にも潰瘍性大腸炎、クローン病・・・があり、これらは原因不明の難病とされている。だが、惹起因子は不明であるが、いずれも腸管内環境と密接な関係にあることが予想されている。」(2頁左上欄15?19行)
(a-4)
「・・・前述の大腸疾患の予防、治療のため、大腸全域に亘りpHを効率的に低下させ、腸内環境を改善させるとともに腐敗産物を低下せしめる目的で、本発明はなされたものであって、各物質が保有している長所を、充分にないしはそれ以上相乗的に効果が発揮できるよう、総合的に検討した結果、全く予期せざることに、オリゴ糖と食物繊維との併用によって大腸全域に亘ってビヒドバクテリウム属菌が生存繁殖し腸内環境が改善されるという新規にして有用な知見を得た。
本発明は、この新知見に基づいてなされたものであって、オリゴ糖の持つ機能と食物繊維が持つ機能をそれぞれ機能分担させた組成物に係るものであり、善玉菌に特異的に資化されるオリゴ糖と食物繊維好ましくは悪玉菌には資化されない食物繊維よりなる組成物に関するものである。」(3頁左上欄13?3頁右上欄9行)
(a-5)
「本発明に係る組成物を適用することによって、大腸上部において善玉菌が旺盛に生育し、乳酸、酢酸が充分に生成され、腸内の内容物のpHが低下する。そして、pH低下した内容物は、適当なpHを保ち、人体に有害な腐敗産物が可及的に抑制された状態のもとで、結腸、直腸まで行きわたり、大腸全体の環境を良好な状態に保持することができるのである。」(3頁右上欄15行?左下欄2行)
(a-6)
「善玉菌は、既に成書でも種々報告され、-概に定義できないが、本発明でいう善玉菌とはBifidobacterium属及びLactobacillus属等のことをいい、より具体的には、B.longum等をいう。」(3頁左下欄3?9行)
(a-7)
「本発明でいうオリゴ糖とは、善玉菌に特異的あるいは選択的に利用されて悪玉菌には可及的に資化されにくいオリゴ糖をいう。その例としては、ラフィノース、スタキオース等に代表されるガラクトオリゴ糖・・・等及びこれらの混合物が挙げられる。これらのうち善玉菌は、ガラクトースから構成されているオリゴ糖を好んで資化し易く、ガラクトオリゴ糖たとえば、スタキオース、ラフィノース又はこれらの混合物が、悪玉菌の全般に亘ってこれを資化する菌種が少ない点で、特に好適である。」(3頁右下欄5?16行)
(a-8)
「オリゴ糖の本発明組成物中での含量は、当該組成物の用途によって使い分けられる。すなわち、1日当りの摂取する量を1回あるいは複数回摂取するかにより含量は異なる。従って成人(60Kgとして)1日あたりの合計摂取量として、一般に1.0?10gが好ましい。」(3頁右下欄17行?4頁右上欄2行)
(a-9)
「実験例2
チャールズリバーより入手したCDラット(3週令、雄)を各6匹づつ4区に分けた。基礎飼料として食物繊維を除いたカゼイン23.0%、スターチ61.7%、グラニュー糖5.0%、大豆油5.0%、ビタミン混合1.0%、ミネラル混合4.0%、 DL-メチオニン0.3%の組成の粉末飼料を用いた。
この粉末飼料をそのまま用いた区を対照区(CNT)とした。上記組成において、ヘミセルロース1.6%分をスターチ同量分と置き換えた区を食物繊維単独添加区(HC)とした。同様に大豆オリゴ糖粉末(スタキオース23%、ラフィノース7%、ショ糖44%、ブドウ糖、果糖13%、その他糖10%、水分3%)を7.0%スターチと置き換えた区を大豆オリゴ糖単独添加区(SOE)とした。・・・
これら4種類の飼料をそれぞれ用いて、ラットを1週間飼育したのち、屠殺し、腸管を取出し、盲腸内容物及び大腸下部内容物のpH値を測定した。結果を第1図に示す。
図から明らかな如く、MIX区において大腸管内全体(斜線部)が他区と比較し、pH値が総合的に低下していることが判る。」(5頁右下欄1行?6頁左上欄4行)
(a-10)


」(7頁第1図)

(2B)引用例Bの記載事項
(b-1)
「表1に既に開発されたものや商品化された主なオリゴ糖を示したが,・・・構成糖が異種のものよりなるガラクトオリゴ糖,大豆オリゴ糖(ラフィノース,スタキオース)・・・などのヘテロオリゴ糖の2群に大別される。」(24頁5?10行)
(b-2)


」(24頁表1)
(b-3)


・・・
図1 主なオリゴ糖の構造式 」(25頁図1)
(b-4)


」(26頁表2)
(b-5)
「in vivoにおけるビフィズス菌増殖因子としての炭素源は経口的摂取に依存することが判明したことから,難消化性で選択的にビフィズス菌に利用されるオリゴ糖が開発されてきた。表2に糖質の腸内構成菌によるin vitroにおける利用性を示したが、難消化性オリゴ糖はビフィズス菌に選択的に利用される。また,このようなオリゴ糖のin vivoにおける試験すなわち人の投与試験でも,同様に腸内ビフィズス菌の増殖を促し,ビフィズス菌優性フローラを形成・維持することが科学的にも証明されている。」(27頁5?10行)
(b-6)
「大腸内においてオリゴ糖はビフィズス菌に選択的に利用され,腸内菌叢内での占有率が高まるとともに,その代謝産物である乳酸,酢酸が生成され,腸内pHが低下する。この時,生成する酢酸・乳酸はウェルシュ菌(Clostridium perfringens)や大腸菌(Escherichia coli)などに代表される腐敗菌の発育抑制をもつことが知られているが,これは腸内pHの低下によりインドール・・・などの変異原性の腐敗物質の生成抑制を意味することになる。・・・
また,腸管内ではビフィズス菌以外の腸内菌叢構成菌由来の乳酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸などの短鎖脂肪酸が増える。この短鎖脂肪酸は大腸環境内で機能を有するとともに大腸より吸収され生体へさまざまな作用を及ぼすことが知られている。」(27頁18?30行)

(2C)引用例Cの記載事項
(c-1)


」(87頁図1)
(c-2)
「TOSおよび他のビフィズス菌増殖性オリゴ糖の腸内細菌による利用能を表1に示した、TOSは大豆オリゴ糖と同様に,ビフィズス菌以外の菌種にも利用されるが,その程度はビフィズス菌のそれに比べて弱い。」(88頁左欄5?9行)
(c-3)


」(88頁図3)
(c-4)


」(88頁図4)
(c-5)
「健常人11名(25?46歳)にTOSを1日3gおよび10g宛,各1週間連続摂取させ,大便菌叢に与える影響を調べた(図3)。TOS10g/日摂取によりバクテロイデス菌の有意な減少とビフィズス菌および乳酸桿菌の有意な増加が認められた。・・・
次に,TOSの摂取が大便菌叢の構成にどのように影響するかを調べた(図4)。総菌数に占めるバクテロイデス菌とビフィズス菌の比率は,摂取前には前者が41%,後者が23%でバクテロイデス菌が最優勢であった。TOS10g/日の摂取により,前者の比率は19%に低下した。一方,後者は48%に上昇し,ビフィズス菌優勢のフローラが構成された。
・・・
オリゴ糖が腸管下部に棲息ビフィズス菌の増殖に必要なエネルギー源となるためには,消化管内酵素によって分解されにくく,しかも,腸内細菌の中でビフィズス菌に優先的に利用されるという性質をかねそなえていなければならない。TOSが他のビフィズス菌増殖性オリゴ糖と比べ,大便菌叢をビフィズスフローラ化する能力が高いのは,前述したように,これらの性質を充分みたしているからであろう。」(90頁左欄14行?右欄4行)

(2D)引用例Dの記載事項
(d-1)
「大腸炎発生予防効果についての実験では,まず,各食餌群を3週間先行投与しておき,DSS刺激を開始したときの大腸粘膜および大腸腔内の環境の変化を比較した結果,糞便中短鎖脂肪酸,糞便中乳酸,病理組織所見などいずれの指標でもフラクトオリゴ糖の有用性が明らかになったが,ここでは,3週間の先行投与が重要な意味をもつものと考えている.
日高らは,ヒト(健常人)でも各種実験動物得(非病態モデル)でも,フラクトオリゴ糖の摂取から腸内細菌の改善まで1?2週間を要することを指摘されており,炎症性腸疾患患者の腸内環境を改善するのに2?3週間の日数を要すると考えられる.これは,フラクトオリゴ糖の摂取によりもたらされた整腸作用,抗炎症作用や,炎症予防効果は,フラクトオリゴ糖の直接の薬理効果ではなく,フラクトオリゴ糖により変化した腸内細菌叢とその腸内細菌叢により代謝された各種の代謝産物による効果であることを示している.」(81頁右欄10?28行)
(d-2)
「腸内細菌の観点からは,炎症によるダメージを受けた消化管からbacterial translocationも常に考慮しなければならない.・・・フラクトオリゴ糖で増加する酪酸は,消化管バリアーのひとつである糖タンパクを主成分とする粘液の産生と分泌を刺激する.さらに,BifidobacteriumやLactobacillusは腸粘膜を常に刺激し,抗原を提示することで消化管のパイエル板のリンパ組織を活性化させ,粘膜をかろうじて通過した細菌をここでブロックする.BifidobacteriumやLactobacillusの増加はbacterial translocationの予防面からも有用であると考えられる.」(82頁右欄19?33行)
(d-3)
「このようなフラクトオリゴ糖の特性は,ビフィズス菌や乳酸菌に対する選択的な資化性を有し,発酵性に富む点にある.すなわち,フラクトオリゴ糖を利用して増殖したビフィズス菌や乳酸菌などの良い腸内細菌叢は,酪酸などの短鎖脂肪酸を増産し,その結果増加した短鎖脂肪酸は,直ちに大腸粘膜細胞のエネルギーとして利用され,細胞活性や細胞回転率を高め,抗炎症作用を発現するものと考える.」(83頁左欄10?18行)
(d-4)
「結語
フラクトオリゴ糖は,DSS誘発大腸炎モデルにおいて,
1.通常の状態でも糞便中短鎖脂肪酸および酪酸などの短鎖脂肪酸画分を増加させ,大腸炎の刺激が加わってもその減少を軽度にとどめることが判明した.
・・・
3.肉眼的にも病理組織学的にも大腸粘膜の炎症を抑制することが確認された.
4.1.?3.よりフラクトオリゴ糖の前投与による炎症予防効果が示唆された.」(83頁右欄9?20行)


3.対比・判断

引用例Aには、大腸の難病疾患を治療/予防する目的で消化管内のpH環境を改善し、腐敗産物を減少させるために、ラフィノースあるいは/およびスタキオースであるガラクトオリゴ糖等のオリゴ糖を含有する組成物が記載され(摘記事項a-1)、大腸の難病疾患に関して、大腸の病気には、潰瘍性大腸炎やクローン病等があり、これらは原因不明の難病とされていること、惹起因子は不明であるが、いずれも腸管内環境と密接な関係にあることが予想されていること(摘記事項a-3)、前述の大腸疾患の予防、治療のため、大腸全域に亘りpHを効率的に低下させ、腸内環境を改善させるとともに腐敗産物を低下せしめる目的で、本発明はなされたこと(摘記事項a-4)が記載されている。
また、善玉菌の代表であるビヒドバクテリウム(Bifidobacterium)属菌は大腸内にて乳酸、酢酸を生成し、大腸内のpHを下げていること(摘記事項a-2)、Bifidobacterium属やLactobacillus属等の善玉菌(摘記事項a-6)に特異的あるいは選択的に利用されて悪玉菌には可及的に資化されにくいオリゴ糖の例として、ラフィノース、スタキオース等に代表されるガラクトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖等が記載され、善玉菌は、ガラクトースから構成されているオリゴ糖を好んで資化し易く、ガラクトオリゴ糖たとえば、スタキオース、ラフィノース又はこれらの混合物が、悪玉菌の全般に亘ってこれを資化する菌種が少ない点で、特に好適であること(摘記事項a-7)が記載されている。
さらに、実験例2において、スタキオースおよびラフィノースを含有する大豆オリゴ糖粉末を飼料に添加した大豆オリゴ糖単独添加区(SOE)と、粉末飼料をそのまま用いた対照区(CNT)とを比較した(摘記事項a-9)結果として、第1図には、SOEは、CNTよりも大腸管内全体(斜線部)のpH値が低下したことが具体的に裏付けられている。
すなわち、引用例Aの上記摘記事項の記載からみて、引用例Aには、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「スタキオースおよびラフィノースであるガラクトオリゴ糖を有効成分とする潰瘍性大腸炎やクローン病の予防・治療剤。」

そこで、本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「潰瘍性大腸炎やクローン病」は、本願明細書において「・・・炎症性腸疾患は、・・・潰瘍性大腸炎とクローン病とに分けられる。」(段落【0002】)と記載されることから、本願発明の「炎症性腸疾患」に相当する。
よって、両者は、
「ガラクトオリゴ糖を有効成分とする炎症性腸疾患用薬剤。」である点で一致するが、以下の点で相違する。
(i)ガラクトオリゴ糖として、前者は、一般式 Gal-(Gal)n-Glc (但し、式中Galはガラクトース残基、Glcはグルコース残基、nは1?4の整数を、それぞれ表す)で表されるガラクトオリゴ糖を有効成分とするのに対し、後者は、スタキオースおよびラフィノースを有効成分とする点。(以下、「相違点(i)」という。)
(ii)薬剤が、前者は、予防剤に特定されているのに対して、後者は、予防・治療剤とされる点。(以下、「相違点(ii)」という。)

まず、上記相違点(i)について検討する。
引用例Aには、「本発明でいうオリゴ糖とは、善玉菌に特異的あるいは選択的に利用されて悪玉菌には可及的に資化されにくいオリゴ糖をいう。その例としては、ラフィノース、スタキオース等に代表されるガラクトオリゴ糖・・・等及びこれらの混合物が挙げられる。これらのうち善玉菌は、ガラクトースから構成されているオリゴ糖を好んで資化し易く、ガラクトオリゴ糖たとえば、スタキオース、ラフィノース又はこれらの混合物が、悪玉菌の全般に亘ってこれを資化する菌種が少ない点で、特に好適である。」(摘記事項a-7)と記載されており、ここでいう「ガラクトオリゴ糖」とは、スタキオース(ガラクトース、グルコース及びフルクトースを構成単位とする四糖)及びラフィノース(ガラクトース、グルコース及びフルクトースからなる三糖)を含むものとして記載されていることから、部分的に構成単位としてガラクトースを含むオリゴ糖のことを意味していると解され、そのようなガラクトオリゴ糖が、共通して引用発明に係る予防・治療効果が期待されることが、上記記載から理解されるものである。
これに対して、引用例B及びCに記載の転移ガラクトオリゴ糖(摘記事項b-3,c-1)は、本願発明の一般式 Gal-(Gal)n-Glc (但し、式中Galはガラクトース残基、Glcはグルコース残基、nは1?4の整数を、それぞれ表す)で表されるガラクトオリゴ糖に相当する化合物であるが、まさしく部分的にガラクトース単位を含むオリゴ糖であり、かかる転移ガラクトオリゴ糖は、その構造の視点からだけでも、引用例Aにおけるスタキオースやラフィノースと同様に部分的にガラクトース単位を含むガラクトオリゴ糖であって、引用発明の予防・治療効果が奏されることが示唆されているといえるものである。
それのみならず、引用例B及びCには、以下に示すように、転移ガラクトオリゴ糖が、善玉菌であるBifidobacterium属やLactobacillus属の腸内細菌に対して特異的に資化されることや、それに伴い大腸環境の改善という機能を示すことが記載されており、このような機能は、引用例Aにおける炎症性腸疾患に対する予防・治療効果の要因として記載されているものと共通するものであることから、このような点からも、引用例B及びCに記載の転移ガラクトオリゴ糖が、引用発明と同様な予防・治療効果を奏することが期待されるものと、当業者ならば理解するものといえる。
すなわち、引用例Bには、転移ガラクトオリゴ糖が、ラフィノースとスタキオースの混合物である大豆オリゴ糖などの難消化性オリゴ糖(摘記事項b-1,2)と同様に、Bifidobacterium属やLactobacillus属の腸内細菌に選択的に利用され、このようなオリゴ糖のin vivoにおける試験すなわち人の投与試験でも、同様に腸内ビフィズス菌の増殖を促し、ビフィズス菌優性フローラを形成・維持することが科学的にも証明されている(摘記事項b-4,5)ことが記載されている。
さらに、大腸内においてオリゴ糖はビフィズス菌に選択的に利用され、腸内菌叢内での占有率が高まるとともに、その代謝産物である乳酸、酢酸が生成され、腸内pHが低下すること、腸管内ではビフィズス菌以外の腸内菌叢構成菌由来の乳酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸が増え、この短鎖脂肪酸は大腸環境内で機能を有するとともに大腸より吸収され生体へさまざまな作用を及ぼすことが知られている(摘記事項b-6)ことが記載されている。
また、引用例Cには、転移ガラクトオリゴ糖(TOS)は、大豆オリゴ糖と同様に、ビフィズス菌以外の菌種にも利用されるが、その程度はビフィズス菌のそれに比べて弱い(摘記事項c-2)こと、健常人の腸内細菌叢に与える影響として、TOSの摂取により、大便菌叢のバクテロイデス菌の有意な減少とビフィズス菌および乳酸桿菌の有意な増加が認められ、大便菌叢の構成において、ビフィズス菌優勢のフローラが形成された(摘記事項c-3?5)ことが記載されている。
以上のような記載で示されている転移ガラクトオリゴ糖による効果は、引用例Aで示されている、Bifidobacterium属やLactobacillus属等の善玉菌に特異的あるいは選択的に利用されて悪玉菌には可及的に資化されにくいスタキオースおよびラフィノースを含有する大豆オリゴ糖粉末により、大腸管内のpH値が低下し、腸内環境が改善するという効果と共通するものである。
したがって、転移ガラクトオリゴ糖は、引用例B及びCに記載された機能の視点からも、引用発明における予防・治療効果が期待されるものである。
以上、要するに、引用例Aの記載に加えて、引用例B及びCの記載に基づいて、引用発明におけるスタキオースやラフィノースといったガラクトオリゴ糖に代えて、転移ガラクトオリゴ糖を使用することは、当業者が容易になし得ることである。

次に、上記相違点(ii)について検討する。
そもそも引用発明においては、治療剤としての使用に限定されることなく、「予防剤」としての使用についても記載されているのであるから、本願発明において特に「予防剤」と特定されていることによって、格別の差異があるものとすることができない。
(なお、請求人は「本願発明は、特に予防剤として使用する点で特異な効果を奏する」旨を主張するが、本願発明が奏する「予防効果」が格別予想外のものとすることができないことは、後記する。)

また、本願明細書の記載を見ても、当業者が予期し得ない格別の効果が奏されたものとすることができない。
特に、請求人は、意見書等において「予防効果」について主張しているので、以下検討する。
引用例Dには、以下に示すように、ビフィズス菌に選択的に利用される性質を有する難消化性オリゴ糖の一つであるフラクトオリゴ糖が、DSS誘発大腸炎モデルを用いた実験により、炎症性腸疾患における予防効果を奏したこと、その予防効果は、フラクトオリゴ糖により変化した腸内細菌叢とその腸内細菌叢により代謝された各種の代謝産物による効果であることが記載されており、一方、引用例Aには、ガラクトオリゴ糖により、引用例Dに記載されるフラクトオリゴ糖と同様に腸内環境が改善されることが記載されているのであるから、本願発明の炎症性腸疾患における「予防効果」が、当業者が予期し得ない格別の効果であると認めることはできない。
すなわち、引用例Dには、ガラクトオリゴ糖と同様にビフィズス菌に選択的に利用される性質を有する難消化性オリゴ糖の一つであるフラクトオリゴ糖について、DSS誘発大腸炎モデル炎症性腸疾患における予防効果を検討した結果が記載され、結語として、フラクトオリゴ糖が、通常の状態でも糞便中短鎖脂肪酸および酪酸などの短鎖脂肪酸画分を増加させ、大腸炎の刺激が加わってもその減少を軽度にとどめることが判明したこと、肉眼的にも病理組織学的にも大腸粘膜の炎症を抑制することが確認されたこと、フラクトオリゴ糖の前投与による炎症予防効果が示唆されたこと(摘記事項d-4)が記載されている。
さらに、考察において、大腸炎発生予防効果についての実験では、まず、各食餌群を3週間先行投与しておき、DSS刺激を開始したときの大腸粘膜および大腸腔内の環境の変化を比較した結果、糞便中短鎖脂肪酸、糞便中乳酸、病理組織所見などいずれの指標でもフラクトオリゴ糖の有用性が明らかになったが、ここでは、3週間の先行投与が重要な意味をもつこと、炎症性腸疾患患者の腸内環境を改善するのに2?3週間の日数を要すると考えられ、これは、フラクトオリゴ糖の摂取によりもたらされた整腸作用、抗炎症作用や、炎症予防効果は、フラクトオリゴ糖の直接の薬理効果ではなく、フラクトオリゴ糖により変化した腸内細菌叢とその腸内細菌叢により代謝された各種の代謝産物による効果であることを示していること(摘記事項d-1)、腸内細菌の観点からは、炎症によるダメージを受けた消化管からbacterial translocationも常に考慮しなければならないが、フラクトオリゴ糖で増加する酪酸は、消化管バリアーのひとつである糖タンパクを主成分とする粘液の産生と分泌を刺激すること、さらに、BifidobacteriumやLactobacillusは腸粘膜を常に刺激し、抗原を提示することで消化管のパイエル板のリンパ組織を活性化させ、粘膜をかろうじて通過した細菌をここでブロックすることから、BifidobacteriumやLactobacillusの増加はbacterial translocationの予防面からも有用であると考えられること(摘記事項d-2)、さらに、フラクトオリゴ糖を利用して増殖したビフィズス菌や乳酸菌などの良い腸内細菌叢は、酪酸などの短鎖脂肪酸を増産し、その結果増加した短鎖脂肪酸は、直ちに大腸粘膜細胞のエネルギーとして利用され、細胞活性や細胞回転率を高め、抗炎症作用を発現するものと考えられること(摘記事項d-3)が記載されている。
以上のような記載で示されているフラクトオリゴ糖による効果は、引用例Aで示されている、Bifidobacterium属やLactobacillus属等の善玉菌に特異的あるいは選択的に利用されて悪玉菌には可及的に資化されにくいスタキオースおよびラフィノースを含有する大豆オリゴ糖粉末により、大腸管内のpH値が低下し、腸内環境が改善するという効果と共通するものである。
したがって、引用例Dの上記記載に接した当業者であれば、ガラクトオリゴ糖の炎症性腸疾患における「予防効果」を予測し得るものであるといわざるを得ない。

なお、請求人は、引用例Aは、主としてガラクトオリゴ糖のビフィズス菌等に対する糖源としての観点から説明・議論しているのに対して、本願発明は、ガラクトオリゴ糖の糖源としてではない機構に基づく効果であると考えられるものであって、引用例Aからは容易にはなし得るものではない旨を主張しているので、以下検討する。
請求人の主張は、そもそも、本願発明では、少量で効果が奏されていることを根拠に、糖源としてではない論理に基づく効果である旨を主張していると解されるが、以下のとおり、本願発明の投与量自体、引用例A,Bに記載される投与量と比較して格別少量であるとはいえない。
すなわち、引用例Aには、上記したとおり、引用発明が、腸管内環境と密接な関係にあることが予想される潰瘍性大腸炎やクローン病の予防、治療のため、大腸全域に亘りpHを効率的に低下させ、腸内環境を改善させるとともに腐敗産物を低下せしめる目的でなされたものであり、そのために、Bifidobacterium属やLactobacillus属等の善玉菌に選択的に利用されて悪玉菌には可及的に資化されにくいラフィノース、スタキオース等のガラクトオリゴ糖を有効成分とするものであって、そのための投与量は、オリゴ糖の成人(60Kgとして)1日あたりの合計摂取量として、一般に1.0?10gが好ましいことが記載されている(摘記事項a-8)。
また、引用例Bには、健常者における難消化性オリゴ糖摂取 によるビフィズス菌増加については、各種オリゴ糖間には若干の差は認められるもののおおむね0.5?2gと報告されていること、オリゴ糖メーカーでは3?5gの摂取により腸内菌叢改善にともなう便性改善効果があるとしていること(31頁12?17行)が記載されている。
一方、転移ガラクトオリゴ糖の投与量について、本願発明では何ら特定されていないものであるが、本願明細書の段落【0025】には、ガラクトオリゴ糖を継続的に投与する場合には、1日当たり成人で5g?10gが好ましく、特に5g程度が良いことが記載されており、この投与量は、引用例A,Bの上記記載からも明らかであるように、腸内環境でのビフィズス菌増殖を可能とするオリゴ糖の用量として一般的な用量である。
そうすると、そもそも、本願発明は摂取量が少ないことを前提とする上記請求人の主張は、その前提において誤りがあるといわざるを得ないものであって、採用することはできない。


4.むすび

以上のとおりであるから、本願の請求項1に記載された発明は、引用例A?Dに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-03-02 
結審通知日 2012-03-07 
審決日 2012-03-22 
出願番号 特願平9-291772
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新留 素子  
特許庁審判長 星野 紹英
特許庁審判官 上條 のぶよ
前田 佳与子
発明の名称 炎症性腸疾患予防剤  
代理人 花村 太  

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