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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A23L
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A23L
審判 全部無効 特120条の4、2項訂正請求(平成8年1月1日以降)  A23L
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A23L
管理番号 1259969
審判番号 無効2010-800228  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2010-12-10 
確定日 2012-06-20 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第4340581号発明「減塩醤油類」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 訂正を認める。 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許無効審判被請求人花王株式会社は、下記1記載の特許の特許権者であり、その経緯概要は下記2のとおりである。

1.特許第4340581号「減塩醤油類」
特許出願 平成16年4月19日
出願番号 特願2004-122603号
設定登録 平成21年7月10日

2.経緯概要
平成22年12月10日 無効審判請求(請求項1-5について)
(無効2010-800228号)
請求人:濱道久
平成23年3月4日 被請求人より答弁書および訂正請求書提出
平成23年4月18日 審理事項通知書
平成23年5月26日 請求人より口頭審理陳述要領書提出
被請求人より口頭審理陳述要領書提出
平成23年6月9日 第1回口頭審理期日
被請求人より口頭審理陳述要領書(2)提出

第2 訂正の許否についての判断
1.訂正事項
平成23年3月4日付け訂正請求書の訂正事項a、bは請求項1についての訂正を行おうとするものであって、それにより、請求項1を引用する請求項2?5についても訂正がなされるものである。また、訂正事項cは請求項5についての訂正を行おうとするものである。具体的な訂正事項a?cは以下のとおりである。

「a.請求項1における『食塩濃度9w/w%以下』を『食塩濃度7?9w/w%』と訂正する。
b.請求項1における『窒素濃度1.9w/v%以上』を『窒素濃度1.9?2.2w/v%』と訂正する。
c.請求項5における『窒素濃度1.9w/v%以上』を『窒素濃度1.9?2.2w/v%』と訂正する。」

そして、訂正前後の請求項1?5は、以下のとおりである。
(訂正前)
【請求項1】
食塩濃度9w/w%以下、カリウム濃度1?3.7w/w%、窒素濃度1.9w/v%以上であり、かつ窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62である減塩醤油。
【請求項2】
塩化カリウム濃度が2?7w/w%である請求項1記載の減塩醤油。
【請求項3】
窒素濃度が1.9?2.2w/v%である請求項1又は2記載の減塩醤油。
【請求項4】
更に、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料及び酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤を含有する請求項1?3のいずれか1項記載の減塩醤油。
【請求項5】
濃縮及び脱塩により窒素濃度を1.9w/v%以上としたものである請求項1?4のいずれか1項記載の減塩醤油。

(訂正後)
【請求項1】
食塩濃度7?9w/w%、カリウム濃度1?3.7w/w%、窒素濃度1.9?2.2w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62である減塩醤油。
【請求項2】
塩化カリウム濃度が2?7w/w%である請求項1記載の減塩醤油。
【請求項3】
窒素濃度が1.9?2.2w/v%である請求項1又は2記載の減塩醤油。
【請求項4】
更に、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料及び酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤を含有する請求項1?3のいずれか1項記載の減塩醤油。
【請求項5】
濃縮及び脱塩により窒素濃度を1.9?2.2w/v%としたものである請求項1?4のいずれか1項記載の減塩醤油。

2.訂正の許否の判断
訂正事項aの「食塩濃度9w/w%以下」を「食塩濃度7?9w/w%」とする点は、本件明細書の【0009】に「本発明の減塩醤油類の食塩濃度は9w/w%以下であるが、7?9w/w%であることが好ましく、(後略)」とあることから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであると認められる。また、これは食塩濃度範囲を減縮するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項bの「窒素濃度1.9w/v%以上」を「窒素濃度1.9?2.2w/v%」とする点は、本件明細書の【0012】に「本発明の減塩醤油類の窒素濃度は、食塩濃度の低い醤油に塩味を賦与する点及び味の点で1.9w/v%以上が必要であるが、1.9?2.4w/v%であることが好ましく、1.9?2.2w/v%であることが特に好ましい。」とあることから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであると認められる。また、これは窒素濃度範囲を減縮するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
訂正事項cの「食塩濃度9w/w%以下」を「食塩濃度7?9w/w%」とする点は、訂正事項bと同様に、本件明細書の【0009】に「本発明の減塩醤油類の食塩濃度は9w/w%以下であるが、7?9w/w%であることが好ましく、(後略)」とあることから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内のものであると認められる。また、これは食塩濃度範囲を減縮するものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。
したがって、訂正事項a?cは、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、特許法第134条の2第5項で読み替えて準用する特許法第126条第3、4項の規定に適合するものである。

3.訂正の許否についての結論
以上のとおりであるから、本件訂正事項は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に規定する、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、特許法第134条の2第5項で読み替えて準用する特許法第126条第3、4項の規定に適合するものであるから、請求項1?5に係る本件訂正請求を認める。

第3 本件審判請求について
1.本件発明
上述のように、本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1?5に係る発明は、平成23年3月4日付け訂正請求書に添付した特許請求の範囲に記載した以下のとおりのものと認める。(以下、「本件特許発明1?5」という。)

「【請求項1】
食塩濃度7?9w/w%、カリウム濃度1?3.7w/w%、窒素濃度1.9?2.2w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62である減塩醤油。
【請求項2】
塩化カリウム濃度が2?7w/w%である請求項1記載の減塩醤油。
【請求項3】
窒素濃度が1.9?2.2w/v%である請求項1又は2記載の減塩醤油。
【請求項4】
更に、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料及び酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤を含有する請求項1?3のいずれか1項記載の減塩醤油。
【請求項5】
濃縮及び脱塩により窒素濃度を1.9?2.2w/v%としたものである請求項1?4のいずれか1項記載の減塩醤油。」

2.請求人の主張、および被請求人の主張
これに対して、請求人は、証拠方法として以下の甲第1?6号証を提出し、本件特許発明1?5について以下の理由により無効にすべきであると主張している。

(1)本件特許の特許請求の範囲の請求項1は数値限定を伴う発明である。しかしながら、本件特許の実施例に記載されている数値範囲を参酌しても、極めて狭い範囲でしか実施例で立証されていないため、請求項1の数値範囲内で、かつ、実施例で立証されている以外の範囲についても本件特許発明の効果を得ることができるか否かが不明であり、出願時の技術常識から見てかかる効果が推認できない。よって、本件特許は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。また、同様の理由により、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が上記請求項に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、本件特許は特許法第36条第4項第1号の規定の要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
このことは、請求項1に従属している請求項2-5についても同様である。
したがって、本件特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。(以下、「無効理由1」という。)
(2)本件特許の請求項1に記載の「(A)食塩9質量%以下、」については、「以下」という上限だけを示す数値範囲限定がある結果、発明の範囲が不明確であるため、本件特許は特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第123条第1項第4号に該当し、請求項1を引用する請求項2?5についても同様であるから、本件特許は無効とすべきである。(以下、「無効理由2」という。)
(3)本件特許の請求項1?5に係る発明は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が甲第1号証?甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許は、特許法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきである。(以下、「無効理由3」という。)

甲第1号証:特開2002-325554号公報
甲第2号証:特開平11-187841号公報
甲第3号証:特公昭62-62143号公報
甲第4号証:志村保彦、「減塩醤油の成分分析値について」、醤研、Vol.22、No.5、1996、241?244頁
甲第5号証:味の素株式会社、「天然系調味料総合パンフレット 加工食品用」2008年5月
甲第6号証:特開2005-143465号公報

これに対して、被請求人は、乙第1?4号証を提出し、本件審判の請求は成り立たないと主張している。

乙第1号証:志村保彦、「減塩醤油の成分分析値について」、醤研、Vol.22、No.5、1996、241?244頁
乙第2号証:「本発明品の窒素濃度の効果(1)」(2011年5月23日、中田聖士)
乙第3号証:「本発明品の窒素濃度の効果(2)」(2011年5月23日、中田聖士)
乙第4号証:「本発明品と通常醤油との比較」(2011年5月23日、中田聖士)

なお、乙第2?4号証は、作成日付が「平成20年5月23日」と記載されているが、「平成23年5月23日」の誤記と思われる。

請求人は平成23年6月9日の口頭審理において、無効理由2(明確性違反)を撤回しているので(平成23年6月9日付第1回口頭審理調書参照)、以下、無効理由1、3について検討する。

第4 無効理由1(サポート要件および実施可能要件違反)について
1.請求人の主張
請求人は、本件特許は、以下の理由で特許法第36条第6項第1号および同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないと主張する。

(1)訂正後の請求項1における減塩醤油の必須構成成分は食塩、カリウム、および窒素である。したがって、訂正後の請求項1については、食塩、カリウム、窒素を必須構成成分とした場合に所望の効果が立証されていなければならない。減塩醤油のように複数の成分から構成される調味料は、その風味が、各成分の味や香りなどが足し算のように積算された結果により形成されるものではなく、各成分が相互作用によって複雑に影響し合うことにより形成されるものであると考えられるからである。
とすれば、請求項1は食塩、カリウム、および窒素を構成要件とする減塩醤油であるため、表1の実施例を参酌してサポート要件が判断されるべきである。
請求項1のサポート要件違反および実施可能要件について、本件特許公報の【0031】には、「表1から明らかなように、食塩濃度9w/w%以下、カリウム0.5?3.7w/w%の場合、窒素濃度を1.9w/v%以上に調整すると塩味が増し、かつ苦みも抑制できることがわかる。」と記載されている。しかしながら、表1で検討されているのは、食塩濃度が9.0w/w%の醤油のみで食塩濃度7?9w/w%未満の数値範囲については、塩味が増し、かつ苦みも抑制できるか否かは立証されていない。また、食塩濃度9.0w/w%の一点のみの実施例を以て食塩濃度7?9.0w/w%の数値範囲にまで拡張できるような技術常識が本件特許出願時にあったものとも認められない。
よって、訂正後の請求項1の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定の要件を満たしていない。
また、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、塩味が増し、かつ苦みも抑制できる減塩醤油を実現するにあたり、食塩濃度9.0w/w%以外の数値範囲において、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明に記載されているとも認められない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定の要件を満たしていない。
請求項1を引用する請求項2、3、5についても同様である。

(2)訂正後の請求項4における減塩醤油は、上記成分に加えて、さらに、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料および酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤を必須構成成分とするものである。したがって、訂正後の請求項4については、食塩、カリウム、窒素および添加剤を必須の構成成分とした場合に所望の効果が立証されていなければならない。
とすれば、請求項4は添加剤を含んでいるため、添加剤の添加効果を検証した表2,3の実施例を参酌してサポート要件が判断されるべきである。
発明の詳細な説明の表2,3によれば、実施例13?25で検討されている食塩濃度の数値範囲は、8.13?8.5w/w%のみで、少なくとも係る数値範囲外については良好な塩味を呈しかつ苦みが抑制されたか否かは立証されていない。
被請求人が答弁書で食塩濃度が低くカリウムが含まれている醤油において、窒素濃度を高くすることにより、苦みを抑制しつつ塩味を向上させる点が先行技術にない特徴であるならば、少なくとも請求項に記載された数値範囲で,出願時の技術常識に照らし明確に記載されていることを当業者が認識できなくてはならない。
しかしながら、請求項4に係る減塩醤油の風味の向上は、食塩、カリウム、窒素のみならず、添加剤の相互作用によってもたらされるものであると考えられるため、表2,3において検証された数値範囲以外で各成分の相互作用によって本件特許発明に係る減塩醤油がどのような風味を呈するかは、当業者といえども、実際の実験による確認なしに予測することは困難ないし不可能である。
したがって、訂正後の請求項4の記載は、特許法第36条第6項第1号の規定の要件を満たしていない。
また、所望の風味を実現するにあたり、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明に記載されているとも認められない。
よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号の規定の要件を満たしていない。
請求項4を引用する請求項5についても同様である。

2.判断
(1)サポート要件について
ア 請求項1について
一般に、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合するかの判断は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かを調べることにより行う。
ここで、本件特許明細書の発明の詳細な説明中「本発明は、食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類に関する。」(【0001】)、「本発明の目的は、食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類を提供することにある。」(【0005】)、「本発明によれば、食塩濃度が9w/w%以下であるにもかかわらず、塩味を十分に感じることのできる減塩醤油類が得られる。」(【0008】)などから判断するに、本件特許発明1は、少なくとも「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」を課題とするものと認められる。そこでまず、請求項1に係る発明が、当該課題が解決できることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものであるかについて、以下検討する。
請求項1に係る発明の必須の構成成分は、食塩、カリウム、窒素である。各種添加剤を含有しない減塩醤油も請求項1に係る発明の範囲内に入ることに鑑み、各種添加剤を含有しない減塩醤油についてもサポート要件が満たされていることが要求される。したがって、当該三成分以外の添加剤を含有しない場合の結果である【表1】において、サポート要件が満たされているかについて検討する。
ここで、【表1】において実際に検討されているのは食塩濃度が9.0w/w%のみの場合であって、7?9w/w%未満の場合については実施例による実証はなされていない。上述のように、本件特許発明1は、「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」を課題のひとつとするから、請求項1に係る発明の下限である食塩濃度7w/w%の際に「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」ができることが、当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載された範囲を超えていれば、サポート要件違反となるし、逆に範囲内であれば食塩濃度におけるサポート要件違反はないことになる。
乙第2、3号証は、カリウム濃度がそれぞれ2.1?2.2w/w%の場合と、3.7?3.8w/w%の場合における、本願実施例の結果を図示したものであるが、食塩濃度9.0w/w%の場合には、特定の窒素濃度範囲とすることで、カリウムを使用することによって塩味を増強する効果、およびカリウムの苦みを抑える効果があることが読み取れる。
食塩濃度7w/w%とは、9w/w%の78%程度の食塩濃度であり、食塩濃度7w/w%はそれ自体相当程度の塩味を呈すると考えられるところ、食塩濃度9w/w%の際に達成されていた「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類」を得る点は、食塩濃度が7w/w%になっても消失するとは考えにくく、苦みや減塩醤油としての総合評価はさておき、当該課題については、食塩濃度が7w/w%であっても、本来の食塩濃度に比して強い塩味が達成されていると考えるのが自然である。
とすれば、食塩濃度が7?9w/w%である請求項1において、「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」という本件請求項1に係る発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載された範囲を超えているとまでは言うことができず、サポート要件違反とは言うことができない。

イ 請求項4について
請求項4に係る発明の必須の構成成分は、食塩、カリウム、窒素に加え、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸系調味料及び酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤である。したがって、各種添加剤を使用した結果である本件明細書の表2、3において、サポート要件が満たされているかについて検討する。
ここで、【表2】【表3】において実際に検討されているのは食塩濃度が8.13?8.5w/w%の場合であって、それ以外の場合については実施例による実証はなされていない。上述のように、本件特許発明の課題は「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」であるから、食塩濃度7w/w%や9w/w%の際にも「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」ができることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載された範囲を超えていれば、サポート要件違反となるし、逆に範囲内であればこの点におけるサポート要件違反はないことになる。
食塩濃度7w/w%は、8.13w/w%の86%程度の食塩濃度であり、また、上記アで検討したように、食塩濃度7w/w%はそれ自体相当程度の塩味を呈すると考えられるところ、各種添加剤による塩味マスキングの報告がある等の当該塩味増強効果が達成されないことを疑うに足る請求人からの主張はなく、食塩濃度8.13w/w%の際に達成されていた「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類」を得る点は、各種添加剤が存在したとしても、食塩濃度が7w/w%になっても消失するとは考えにくく、苦みや減塩醤油としての総合評価はさておき、当該課題については、食塩濃度が7w/w%であっても、本来の食塩濃度に比して強い塩味が達成されていると考えるのが自然である。また、同様に、食塩濃度9w/w%は、8.13w/w%の111%程度の食塩濃度であり、食塩濃度9w/w%はそれ自体相当程度の塩味を呈すると考えられるところ、食塩濃度8.13w/w%の際に達成されていた「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類」を得る点は、食塩濃度が9w/w%になっても消失するとは考えにくく、当該課題については、食塩濃度が9w/w%であっても、本来の食塩濃度に比して強い塩味が達成されていると考えるのがやはり自然である。
とすれば、食塩濃度が7?9w/w%である請求項4において、「食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油を得ること」という本件請求項4に係る発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように発明の詳細な説明に記載された範囲を超えているとまでは言うことができず、サポート要件違反とは言うことができない。

ウ 請求項2、3、5について
請求項2は、請求項1において塩化カリウム濃度が2?7w/w%であると限定する、請求項1の引用請求項であるが、塩化カリウム濃度2?7w/w%はカリウム濃度にして1?3.7w/w%に相当するから、請求項1に記載のカリウム濃度と同様の範囲に該当し、実質的に請求項1と同様の発明であると考えられるため、請求項1で述べたのと同様の理由でサポート要件違反と言うことはできない。また、請求項3は窒素濃度を1.9?2.2w/v%に限定する、請求項1、2の引用請求項であるが、当該濃度範囲は請求項1の窒素濃度範囲と同様であるため、請求項3は実質的に請求項1と同様の発明であると考えられ、請求項1で述べたのと同様の理由でサポート要件違反と言うことはできない。請求項5は、請求項1?4の窒素濃度範囲を濃縮及び脱塩により1.9?2.2w/v%に限定するものであり、請求項1と同様の数値範囲を有する発明であるため、やはり請求項1、4で述べたのと同様の理由でサポート要件違反と言うことはできない。

(2)実施可能要件について
物の発明において、その発明を実施することができるとは、その物を作ることができ、かつその物を使用できることを意味する。
本件特許発明1?5は、本件明細書の【0022】【0032】にその製造方法の概要が記載されているものであり、また、いずれも減塩醤油の構成要素を濃度で特定したものであって、当業者が出願時の技術常識に基づき製造することができたものであると認められる。
また、「減塩醤油」であるから、それを使用することもまたできたと認められるし、「減塩醤油」としての総合評価を勘案しても、それが使用不可能であったというような事情は見あたらない。

(3)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1?5は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないとまでは言えない。また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1?5の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないとまでは言えない。

第5 無効理由3(進歩性違反)について
1.請求人の主張
(1)まず、甲第4号証により、甲第1号証に記載の「昆布醤油」の比重を1.12としたことの妥当性を示し、甲第5、6号証により、甲第1号証に記載の「昆布エキス」の窒素濃度を1.2(全窒素)%としたことの妥当性を示す。
(2)請求項1に係る発明では、窒素濃度1.9w/v%以上である(構成要件C)のに対し、甲第1号証記載の発明では、液体調味料が窒素を含む点は記載があるものの、その窒素濃度が1.9w/v%以上である点についての直接かつ明示的な記載はない点で相違する。しかしながら、甲第2、3号証に窒素濃度を高めることが記載されている。
(3)また、請求項1に係る発明では、窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62である(構成要件D)のに対し、甲第1号証では、仮に昆布エキスが市販品と同等である場合に、請求項1に係る特許発明の構成要件Dに相当する構成となるものの、昆布エキスの全窒素は明記されていないため、正確な重量比は不明である点で相違する。しかしながら、窒素濃度(w/v%)をカリウム濃度(w/w%)で除した「修正N/K」で判断すると、構成要件Dの数値範囲から外れるにもかかわらず減塩醤油の総合評価が○となるものや、構成要件Dの範囲内にもかかわらず減塩醤油の総合評価が×となるものがあり、構成要件Dの数値範囲限定による本件特許発明の効果が不明である。このように、構成要件Dには臨界的意義が認められず本件特許発明の効果が不明であるため、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実が存在しないというべきである。してみれば、窒素濃度を適宜調節し、窒素濃度とカリウム濃度の重量比を0.44?1.62の範囲内に設定することに技術的な意味が存在せず、甲第1号証に記載された効果-塩化カリウムが有する独特な異味を消去し、また総合的にバランスある味を実現した、優れた液体調味料を提供する、と言う効果-を得るために、旨味調味料を添加して窒素濃度を高めることや、醤油を脱塩および濃縮し窒素濃度を高めることは、当業者であれば容易になし得るものであり、得られる効果も、甲第1号証に記載された効果と比較して、顕著な効果とも、異質な効果ともいえない。
(4)さらに、請求項1に規定される食塩の数値範囲が9w/w%以下(構成要件A)であるのに対して、甲第1号証では6.28w/w%である点で相違する。しかしながら、本願の実施例で立証された範囲は8.13?9.0w/w%という極めて狭い範囲にとどまり、8.13w/w%未満の範囲では本件特許発明の効果が推認できず、構成要件Aの数値範囲は臨界的意義が認められない。
(5)よって、請求項1に係る発明は、甲第1?3号証に基づき、当業者が容易になし得たものである。
(6)また、請求項2?5に係る発明についても当業者が容易になし得たものである。
(7)したがって、本件請求項1?5に係る発明は、甲第1?3号証に基づき、当業者が容易になし得たものであり、本件特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第123条第1項第2号に該当し、本件特許発明1?5は無効とすべきである。

2.甲第1?6号証の記載
(1)甲第1号証
ア「塩化ナトリウム含量が3?20g/dL、塩化カリウム含量が1.5?17g/dLかつNa/K重量比が2以下であり、糖類および/または昆布エキスを含む液体調味料。」(【請求項1】)

イ「旨味調味料、果汁、酢および甘味料から選択される1種類または複数を更に含有する、請求項1?5記載の液体調味料。」(【請求項6】)

ウ「【発明の属する技術分野】本発明は、塩化カリウムを塩化ナトリウムの代替塩として用いた液体調味料に関するものである。」(【0001】)

エ「このような作用効果に鑑み、前述の塩化カリウムを塩化ナトリウムの代替塩として利用することが注目を集めている。しかしながら、前述の如く、塩化カリウムは独特の異味を呈するため、塩化カリウムを代替塩として使用する場合、その異味の消去が問題となっている。本発明の目的は、塩化カリウムを塩化ナトリウムの代替塩として使用し、かつ塩化カリウムが有する独特な異味が消去された液体調味料を提供することである。」(【0007】)

オ「【課題を解決するための手段】本発明者らは、Na/K重量比が好適とされている2以下で、塩化ナトリウムの代替塩として使用する塩化カリウム由来の独特な異味が消去された液体調味料を開発すべく鋭意検討した結果、糖類および/または昆布エキスを加えることにより、下記の如く優れた液体調味料を提供することができることを見出した。
即ち、本発明は、塩化ナトリウム含量が3?20g/dL、塩化カリウム含量が1.5?17g/dLかつNa/K重量比が2以下であり、糖類および/または昆布エキスを混合した液体調味料に関するものである。Na/K重量比が2以下となるように、塩化カリウムが添加された液体調味料に、糖類および/または昆布エキスを添加することにより、塩化カリウムが有する独特な異味を消去し、また総体的な味のバランスを整えることができた。」(【0008】?【0009】)

カ「本発明において液体調味料とは、醤油をベースとする調味料を意味し、例えば、醤油を始め、各種つゆ、ポン酢等を例示することができる。」(【0010】)

キ「また、本発明の液体調味料は、旨味調味料、果汁、酢、甘味料等の、総体的な味を損なうことなく、場合により旨味を増強することができる食品添加物を適量加えることができる。」(【0012】)

ク「本発明の液体調味料に添加する昆布エキスとしては、一般に市販されているものであればどのようなものでも使用することができる。
本発明の液体調味料において使用される糖類および昆布エキスは、塩化カリウムの呈する独特な異味を消去することができる範囲内で適量添加して使用することができ、その添加量は原料として使用する醤油や添加される他の成分の種類や量等により若干変動するが、例えば、トレハロースの場合、含量が二水和物換算で通常3?12.5g/dLとなる程度が好ましく、果糖ブドウ糖液糖の場合、含量が75%糖質液換算で通常5?10g/dLが好ましい。また、昆布エキスは、通常2?15g/dLが好ましい。」(【0014】?【0015】)

ケ「旨味調味料としては、グルタミン酸ナトリウム、アスパラギン酸ナトリウム、グリシン等のアミノ酸系旨味調味料、イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム等の核酸系旨味調味料、コハク酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等の有機酸塩を挙げることができる。また、甘味料としては、甘草エキス等の植物抽出物を挙げることができる。このような旨味調味料や甘味料等を使用することにより、場合により、糖類や昆布エキスの含量を減らすことができる。」(【0016】)

コ「実施例8
昆布醤油(昆布エキス含量2.0g/dL)
総窒素含量1.70g/dL、塩化ナトリウム含量9.75g/dLの醤油690mLに塩化カリウム54.4g、昆布エキス20g、グルタミン酸ナトリウム15g、甘草エキス0.8gを加えた後、水を用いて1000mLにメスアップし、最終的な塩化ナトリウム含量7.03g/dL、塩化カリウム含量5.44g/dLかつNa/K重量比0.97の標記液体調味料を調製した。」(【0026】)

(2)甲第2号証
ア「 塩化カリウム100重量部と、塩化アンモニウム1?30重量部と、乳酸カルシウム1?30重量部と、L-アスパラギン酸ナトリウム1?30重量部と、L-グルタミン酸塩1?60重量部および/または核酸系呈味物質0.1?10重量部とを含有してなる調味料用組成物。」(【請求項1】)

イ「【発明の属する技術分野】本発明は、食品中の食塩を10?50%低減しても、塩味の強さは低減前と同じで、塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味を除去し、かつ嗜好性を低下しない調味料用組成物に関する。」(【0001】)

ウ「【発明が解決しようとする課題】本発明は、従来提案されている食塩の代替調味料よりも、さらに塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味を抑制ないし除去し、かつ食品の味を変化させない、調味料を提供することを目的とする。」(【0004】)

エ「【問題を解決するための手段】本発明者らは、これらの欠点を改良すべく、塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味の除去方法を検討した結果、塩化カリウムに乳酸カルシウム、塩化アンモニウム、L-アスパラギン酸ナトリウムを特定の比率で配合すると、塩味にシャープさを増し、塩味の質が飛躍的に改善されること、また、この混合物に呈味物質であるL-グルタミン酸塩または/および核酸系呈味物質を特定の比率で配合すると塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味も改善され、食塩の代替物あるいは食塩と併用して使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。L-アスパラギン酸ナトリウムが、うま味系のアミノ酸で、強い塩味を呈することは公知であるが(河村洋二郎編、うま味、味覚と食行動、58頁、共立出版株式会社、1993年5月10日発行)、それを食塩の代替調味料の成分として使用することは、これまで提案されていない。」(【0005】)

オ「本発明の調味料用組成物における塩化カリウム、塩化アンモニウム、乳酸カルシウム、L-アスパラギン酸ナトリウム、L-グルタミン酸塩および/または核酸系呈味物質の含有割合は上記のとおりであるが、さらに好ましくは、塩化カリウム100重量部、塩化アンモニウム5?20重量部、乳酸カルシウム5?20重量部、L-アスパラギン酸ナトリウム5?20重量部、L-グルタミン酸塩15?45重量部および/または核酸系呈味物質を1?5重量部の配合である。塩化アンモニウム、乳酸カルシウム、L-アスパラギン酸ナトリウムの含有割合が本発明で特定する範囲よりも少ない場合には、塩味が弱く、また、塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味を軽減する効果が小さく、また、多い場合は、塩化アンモニウム、乳酸カルシウム、L-アスパラギン酸ナトリウム自体の刺激味が感じられて、良好な調味料用組成物が得られない。また、L-グルタミン酸塩、核酸系呈味物質の含有割合が本発明で特定する範囲よりも少ない場合には、塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味が感じられ、多い場合にはうま味が強くなりすぎて良好な塩から味を得ることができない。このように、本発明の調味料組成物は、塩化カリウム、塩化アンモニウム、乳酸カルシウム、L-アスパラギン酸ナトリウム、L-グルタミン酸塩および/または核酸系呈味物質を特定の割合で混合することによって、塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味を除去もしくは軽減し、味のよい塩から味を出させることに特徴がある。」(【0008】)

(3)甲第3号証
「低食塩醤油を製造する方法については従来からいろいろと試みられており、例えば醤油を濃縮して脱塩する方法、イオン交換膜により脱塩する方法、エタノール添加による減塩仕込醸造法、生醤油を仕込水として使用し濃厚醤油としこれを水で稀釈する方法、あるいは特殊な樹脂により脱塩する方法などが挙げられる。」(第1頁第1欄第15行?21行)

(4)甲第4号証
ア「減塩醤油の成分分析値について」(第241頁タイトル)

イ「国立健康・栄養研究所の研究報告書第43号及び第44号に掲載された分析結果のうち、減塩醤油に関するものだけを取り上げてみた。43号には平成5年4月より平成6年3月まで、44号には平成6年4月より平成7年3月までの間、特殊栄養食品の許可標示取得のために提出されたものについて分析した結果は次の通りである。」(第241頁左欄1行?7行)

ウ「ちなみに平均の8.2%を全窒素分に戻すと、1.43%(重/重)となり、平均比重を1.12とすると、1.60%(重/容)の窒素分の醤油が平均値となるわけである。」(第241頁右欄21行?24行)

エ「表1 平成5年度減塩醤油分析表」(第242頁、全39製品の分析データが記載されている。データ自体は省略)

オ「表2 平成6年度減塩醤油分析表」(第243頁、全36製品の分析データが記載されている。データ自体は省略)

(5)甲第5号証
「『エキスメイト』」こんぶK 全窒素(%)1.2」(第32頁「エキスメイト」の欄下から2行)

(6)甲第6号証
「また、上記水産物抽出物は、エキス、エキスパウダー、オレオレジン、超臨界抽出物として市販品を使用することができる。一般に入手可能な水産物抽出物の例としては、例えば、鰹エキスパウダーA、鰹エキスパウダーA-2、鰹エキスパウダーAC-15、鰹エキスパウダーAC-40-N、鰹エキスパウダーFP、カツオエキスA-40、鰹調味エキス3号パウダー、鰹調味エキス8号パウダー、煮干エキスパウダーT-406、昆布エキスパウダーSG、昆布エキスパウダーPWK-3、アサリエキスパウダーKN、ホタテエキスパウダーU、ホタテエキスパウダーK-7331、ハマグリエキスパウダーG、ハマグリエキスパウダーKP、カニエキスパウダーM等(以上、マルハチ村松社製)、シュリンプペースト、シュリンプパウダー、アサリエキスW、アサリエキスR、アサリパウダーWP、アサリパウダーRP、ホタテエキスW、ホタテパウダーWP、オイスターエキスW、オイスターソース、オイスターパウダーWP等(以上、アリアケジャパン社製)、サケエキスFE-579、サーモンオイル、ホタテシーズニングオイル5813等(フード インステイテュート社製)、かつお節エキスS、EMかつお、EMいりこ、EMグチ、アジエキス、アジエキスB-1、アジエキスB-3、アジエキスP-10、こんぶM、エキスメイトかつおH、エキスメイトかつおP、エキスメイトかつおL、エキスメイトかつおLF、エキスメイトうるめP、エキスメイトうるめL、エキスメイトさばL、エキスメイトこんぶK等(以上、味の素社製)、ハイクックこんぶエキスT-3、ハイクックこんぶエキスA、ハイクックこんぶエキス液、フィッシュエイド、フィッシュエイドはも、フィッシュエイドいとより、フィッシュエイドほたて、フィッシュエイドかに、素だしJ-1、素だしJ-2、素だしかつお等(以上、協和発酵工業社製)、かつおだしの素TK-25、風味一番かつお、かつおエキスMD-1、だしの素コンクD、エビエキス、にぼしエキスN、ホタテエキスS、フィッシュアミーD、昆布エキスB-1、昆布エキスパウダーB-1昆布エキスMF-1等(以上、東海物産社製)サカナエキス、サカナエキススペシャル、ニボシエキス、ニボシエキススペシャル、カニエキス、エビエキス、ハモエキス、ヒラゴエキス(スモーク)、ヒラゴエキス(クリアー)、ホタテエキス、コンブエキスMC、コンブエキスN-2、タイエキス等(以上、ジェイティフーズ社製)などが挙げられる。」(【0035】)

3.判断
(1)甲第1号証に記載の発明について
ア 甲第1号証に記載の事項
甲第1号証に記載の事項について検討する。2.(1)ウにあるように、甲第1号証に記載された発明は、塩化カリウムを塩化ナトリウムの代替塩として用いた液体調味料に関するものであり、また、2.(1)エにあるように、塩化カリウムを塩化ナトリウムの代替塩として使用し、かつ塩化カリウムが有する独特な異味が消去された液体調味料を提供することを目的としている。具体的には、2.(1)ア、オにあるように、「塩化ナトリウム含量が3?20g/dL、塩化カリウム含量が1.5?17g/dLかつNa/K重量比が2以下であり、糖類および/または昆布エキスを混合した液体調味料に関するもの」であり、「Na/K重量比が2以下となるように、塩化カリウムが添加された液体調味料に、糖類および/または昆布エキスを添加することにより、塩化カリウムが有する独特な異味を消去し、また総体的な味のバランスを整えることができた。」というものである。そして、使用する昆布エキスとは、2.(1)クにあるように、「一般に市販されているものであればどのようなものでも使用することができ」、使用量については「塩化カリウムの呈する独特な異味を消去することができる範囲内で適量添加して使用することができ、その添加量は原料として使用する醤油や添加される他の成分の種類や量等により若干変動するが、(中略)昆布エキスは、通常2?15g/dLが好ましい。」とある。さらに、2.(1)イ、キにあるように、「旨味調味料、果汁、酢および甘味料から選択される1種類または複数を更に含有する」よう構成することができ、旨味調味料の例としては2.(1)ケに「グルタミン酸ナトリウム、アスパラギン酸ナトリウム、グリシン等のアミノ酸系旨味調味料、イノシン酸ナトリウム、グアニル酸ナトリウム等の核酸系旨味調味料、コハク酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等の有機酸塩を挙げることができる。」とある。そして、2.(1)カにあるように、調味料としては、醤油が挙げられている。
次いで、2.(1)コに「昆布醤油」として、「総窒素含量1.70g/dL、塩化ナトリウム含量9.75g/dLの醤油690mLに塩化カリウム54.4g、昆布エキス20g、グルタミン酸ナトリウム15g、甘草エキス0.8gを加えた後、水を用いて1000mLにメスアップし、最終的な塩化ナトリウム含量7.03g/dL、塩化カリウム含量5.44g/dLかつNa/K重量比0.97の標記液体調味料」が記載されている。ここで、塩化ナトリウム濃度7.03g/dLは食塩濃度7.03w/v%に、塩化カリウム含量5.44g/dLはカリウム濃度2.85w/v%に該当する。また、醤油由来の窒素濃度は、1.70*690/1000=1.17w/v%であり、グルタミン酸ナトリウム由来の窒素濃度は、15*14/169.11/1000*100=0.12w/v%である。一方、昆布エキスには窒素が含有されていると思われるものの、昆布エキスの種類や含有窒素量については記載がない。まとめると、甲第1号証には「食塩濃度7.03w/v%、カリウム濃度2.85w/v%、窒素濃度が少なくとも1.29w/v%、である減塩醤油類」について記載されている。

イ ここで、甲第1号証における食塩濃度およびカリウム濃度の単位は「w/v%」であるから、本件発明と同様の「w/w%」に変換するには、減塩醤油の比重が必要となるが、当該比重については甲第1号証に記載はなく、また、請求人が提出した平成22年12月10日付け審判請求書には「減塩醤油の平均比重」として1.12という数値が使用されているものの、その根拠について記載がなかったところ、請求人提出の平成23年5月26日付け口頭審理陳述要領書中で甲第4号証が提出され、平均比重として1.12を使用することの妥当性が主張されているので、これについて検討する。
上記2.(4)ア?オのように、甲第4号証は「減塩醤油の成分分析について」と題された論文で、平成5年4月から平成6年3月までと、平成6年4月から平成7年4月までの2年間に、特殊栄養食品の許可標示取得のため国立健康・栄養研究所に提出された減塩醤油75サンプルについての成分分析値が掲載されており、第241頁右欄23行に「平均比重を1.12とすると」と記載されている。当該論文は多数の減塩醤油を対象に成分分析したものであり、そこでの計算に1.12が平均比重として使用されていることを勘案すると、減塩醤油であれば大方1.12程度の平均比重を示すことが、当業者での共通認識になっていたことをうかがわせるものである。したがって、甲第1号証において、平均比重を1.12として食塩濃度およびカリウム濃度を算出することは、技術的に妥当であると認められる。

ウ また、甲第1号証には昆布エキスを使用することが記載されている一方、昆布エキスの種類や含有窒素量については記載がなく、甲第1号証に記載の減塩醤油類の窒素濃度が不明であるところ、請求人が提出した平成22年12月10日付け審判請求書では、「エキスメイトこんぶK、味の素社製」(窒素量1.2(全窒素)%)を使用したとして、減塩醤油の窒素濃度が算出されている。そして、請求人が提出した平成23年5月26日付け口頭審理陳述要領書中で、当該市販品を参考にした理由として、甲第1号証に「昆布エキス」の入手先が記載されていないため、一般に市販されている昆布エキスを参考にする必要があったこと、うまみ調味料の製造販売の大手企業として味の素株式会社が知られていたこと、味の素株式会社が市販している昆布エキスがエキスメイトこんぶKであったことを挙げ、甲第5、6号証を提出して、当該市販品の窒素濃度が1.2(全窒素)%であること、および「エキスメイトこんぶK」が本件特許出願当時に市販されていた蓋然性が高いことを証明しようとしているので、この点について検討する。
上記2.(5)のように、請求人提出の甲第5号証からは、味の素社製の「エキスメイトこんぶK」についての窒素濃度についての記述はあるものの、そもそも市販されている「昆布エキス」が「エキスメイトこんぶK」であると判断できる理由を示すものでは何らない。実際、上記2.(6)のように、甲第6号証の【0035】には「昆布エキスパウダーSG」「昆布エキスパウダーPWK-3」(以上マルハチ村松社製)、「こんぶM」(味の素社製)、「ハイクックこんぶエキスT-3」「ハイクックこんぶエキスA」「ハイクックこんぶエキス液」(以上協和発酵工業社製)、「昆布エキスB-1」「昆布エキスパウダーB-1昆布エキスMF-1」(以上東海物産社製)、「コンブエキスMC」「コンブエキスN-2」(ジェイティフーズ社製)等、が列挙されており、味の素社製の「エキスメイトこんぶK」以外にも多数の昆布エキス商品が製造販売されていたことが読み取れる。そして、例えば昆布エキス市場におけるシェアが圧倒的であった等、たとえ他に多数の昆布エキス商品があったとしても事実上昆布エキスといえば「エキスメイトこんぶK」を指し示す、などの事実は何ら主張がない。
したがって、甲第1号証に記載の昆布エキスとして「エキスメイトこんぶK」(味の素社製)を採用して、窒素濃度を算出することに合理的理由を見いだすことはできない。

エ 以上を総合すると、甲第1号証には「食塩濃度7.03w/v%、カリウム濃度2.85w/v%、窒素濃度が少なくとも1.29w/v%、である減塩醤油類」について記載されており、減塩醤油の平均比重として1.12を採用して計算すると、
「食塩濃度6.28w/w%、カリウム濃度2.54w/w%、窒素濃度が少なくとも1.29w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が少なくとも0.45である減塩醤油」が記載されており、また、昆布エキス由来の窒素や旨味調味料由来の窒素により窒素濃度は1.29w/v%より高くなるものの、その濃度自体は不明で、それに伴い窒素/カリウムの重量比も0.45よりは高くなるもののその比自体は不明であると、認められる。

(2)対比
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は
「食塩を含み、カリウム濃度1?3.7w/w%であって、窒素を含む減塩醤油。」である点で一致し、
本件特許発明1が「窒素濃度が1.9?2.2w/v%」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では窒素濃度が少なくとも1.29w/v%であるものの、1.9?2.2w/v%の範囲に設定することについては記載がない点(構成要件Cにおける相違点)、
本件特許発明1が「窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では窒素/カリウムの重量比が少なくとも0.45であるものの、窒素/カリウムの重量比を0.44?1.62の範囲に設定することについては記載がない点(構成要件Dにおける相違点)、
本件特許発明1が「食塩濃度7?9w/w%」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では食塩濃度6.28w/w%である点(構成要件Aにおける相違点)
で相違する。

(3)判断
ア 上記構成要件Cにおける相違点について
たしかに甲第1号証には、昆布エキスや旨味調味料由来の窒素により、1.29w/v%より窒素濃度が高くなる可能性について記載されている。また、上記2.(1)ケには「旨味調味料や甘味料等を使用することにより、場合により、糖類や昆布エキスの含量を減らすことができる。」とも記載されている。しかしながら、これらは旨味調味料や昆布エキスを使用することについて述べたものであって、それらの窒素濃度に着目して使用したものではなく、甲第1号証の記載から読み取れるのは「昆布エキス」「旨味調味料」を使用することであって、これらの物質を「窒素濃度」の調節に使用することは記載されていない。また、甲第1号証には、本件特許のような窒素の適切な濃度範囲についても一切記載されていない。したがって、甲第1号証には、窒素濃度を調節する点について、記載されているとは言えない。
なお、昆布エキスや旨味調味料を添加することで1.9w/v%を実現しようとした場合、0.61w/v%の窒素を昆布エキスや旨味調味料から補充する必要があるが、そのためには、例えば旨味調味料として代表的なグルタミン酸ナトリウムを使用した場合、14/169.11/0.61=7.6w/v%もの濃度が必要となる。これは、旨味調味料として使用される量としては非常に高く、実質的に昆布エキスや旨味調味料を添加することで1.9w/v%を実現することは、通常の添加剤使用の範囲内では、困難であると認められる。したがって、甲第1号証には、「窒素濃度が1.9?2.2w/v%」とする点は、記載されているとは言えないし、そのような設定が容易であるとも言えない。
また、甲第2号証は上記2.(2)アより、「塩化カリウム100重量部と、塩化アンモニウム1?30重量部と、乳酸カルシウム1?30重量部と、L-アスパラギン酸ナトリウム1?30重量部と、L-グルタミン酸塩1?60重量部および/または核酸系呈味物質0.1?10重量部とを含有してなる調味料用組成物。」に関するものであって、上記2.(2)エの記載より、「呈味物質であるL-グルタミン酸塩または/および核酸系呈味物質を特定の比率で配合すると塩化カリウムの刺激味、えぐ味、苦味、不快味も改善され、食塩の代替物あるいは食塩と併用して使用できること」「L-アスパラギン酸ナトリウムが、うま味系のアミノ酸で、強い塩味を呈すること」が読み取れる。たしかに「L-グルタミン酸塩」「核酸系呈味物質」「L-アスパラギン酸ナトリウム」は窒素を含有する物質であるが、甲第2号証に記載されているのは、それぞれ「L-グルタミン酸塩」「核酸系呈味物質」「L-アスパラギン酸ナトリウム」として使用することであって、これらを「窒素含有物質」として認識していることは読み取れないし、その窒素量に着目した記載は見あたらず、窒素濃度を調節する点について記載されているとは言えない。
また、甲第3号証は、上記2.(3)の記載より、低食塩醤油を製造する方法についての記載はあるものの、低食塩醤油中の窒素濃度についての記載は一切なく、窒素濃度を調節する点について記載されているとは言えない。
とすれば、甲第1?3号証を組み合わせても、窒素濃度を本件特許発明1のような範囲に設定することは、当業者にとって容易であるとは言えない。

イ 上記構成要件Dにおける相違点について
請求人は、窒素濃度(w/v%)をカリウム濃度(w/w%)で除して算出した「修正N/K」値をもとに、上記構成要件Dにおける相違点は、当業者が容易になし得たものであると主張している。しかしながら、本願明細書でカリウムおよび窒素の測定法について記載されており(【0024】【0025】)、また、窒素/カリウムの重量比も記載されているのであるから、窒素/カリウムの重量比は実測に基づいて算出されていると考えるのが相当である。たとえ審査段階での意見書で、窒素/カリウムの重量比を、窒素濃度(w/v%)をカリウム濃度(w/w%)で除して算出していたとしても、当該算出方法は、その単位の違いを無視したもので技術的に明らかに誤ったものであり、当該誤った算出方法を基に計算した「修正N/K」を採用して、進歩性を検討することはできない。
また、上記構成要件Cにおける相違点について検討した際に述べたように、甲第1?3号証のいずれにも窒素濃度を調節することについて記載されておらず、窒素/カリウムの重量比については一切記載も示唆もない。したがって、甲第1?3号証を組み合わせても、窒素/カリウムの重量比を本件特許発明1のような範囲に設定することは、当業者にとって容易であるとは言えない。

ウ 上記構成要件Aにおける相違点について
上記2.(1)ウ、エの記載より、甲第1号証は、塩化ナトリウムの濃度を抑えた液体調味料を得ることを目的としている。とすれば、甲第1号証に記載の発明において、食塩濃度を上げる動機はなく、むしろ、食塩濃度を上げることには阻害要因があるというべきである。とすれば、当業者であれば、甲第1号証に記載の発明において、食塩濃度を上げることは通常行うとは認められない。

エ そもそも、甲第1号証は、糖類および/または昆布エキスを使用することにより、塩化カリウムを塩化ナトリウムの代替塩として使用した際の塩化カリウムが有する独特な異味を消去する、という課題を解決するもの(2.(1)エ、オ)であり、窒素濃度や窒素/カリウムの重量比と、塩化カリウムの異味消去との関連については記載も示唆もされていない。したがって、甲第1号証から、窒素濃度や窒素/カリウムの重量比を特定の範囲に設定した本件特許1発明に至る動機はないと言うべきである。

(4)昆布エキスを「エキスメイトこんぶK」(味の素社製)とした場合についての補足的検討について
上述のように、甲第1号証に記載された昆布エキスが「エキスメイトこんぶK」(味の素社製)であると認めることはできないが、念のため、仮に請求人主張のように甲第1号証に記載された昆布エキスが「エキスメイトこんぶK」(味の素社製)であったとした場合についても以下に検討する。
甲第1号証に記載された昆布エキスが「エキスメイトこんぶK」(味の素社製)であったとした場合、その窒素濃度は1.2%であるから、昆布エキス由来の窒素濃度は0.024w/v%となる。醤油由来およびグルタミン酸ナトリウムの窒素濃度がそれぞれ1.17w/v%、0.12w/v%であるから、減塩醤油全体としては窒素濃度が1.314w/v%となる。
とすると、甲第1号証には「食塩濃度6.28w/w%、カリウム濃度2.54w/w%、窒素濃度が少なくとも1.314w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が少なくとも0.46である減塩醤油」が記載されていることになる。
本件特許発明1と甲第1号証に記載された発明とを対比すると、両者は
「食塩を含み、カリウム濃度1?3.7w/w%であって、窒素を含む減塩醤油。」である点で一致し、
本件特許発明1が「窒素濃度が1.9?2.2w/v%」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では窒素濃度が少なくとも1.31w/v%であるものの、1.9?2.2w/v%の範囲に設定することについては記載がない点(構成要件Cにおける相違点)、
本件特許発明1が「窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では窒素/カリウムの重量比が少なくとも0.46であるものの、0.44?1.62の範囲に設定することについては記載がない点(構成要件Dにおける相違点)、
本件特許発明1が「食塩濃度7?9w/w%」であるのに対し、甲第1号証に記載された発明では食塩濃度6.28w/w%である点(構成要件Aにおける相違点)
で相違する。
そして、構成要件D、Aにおける相違点については、上記(3)ア、ウで述べたとおりであるし、構成要件Cにおける相違点についても、上記(3)イで述べたのと同様の論理で、甲第1?3号証を組み合わせても、窒素濃度を本件特許発明1のような範囲に設定することは、当業者にとって容易であるとは言えない。

(5)小括
以上のとおりであるから、本件特許発明1は、甲第1?3号証に基づいて当業者が容易になし得たものであるとはいえず、本件特許発明1を引用してさらに限定する本件特許発明2?5についても同様である。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては,本件特許の請求項1ないし5に係る発明の特許を無効とすることができない。
審判に関する費用については,特許法169条2項の規定で準用する民事訴訟法61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。

よって,結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
減塩醤油類
【技術分野】
【0001】
本発明は、食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類に関する。
【背景技術】
【0002】
醤油は、日本料理だけでなく、各種の料理になくてはならない調味料として広く使用されている。一方、食塩の過多な摂取は、腎臓病、心臓病、高血圧症に悪影響を及ぼすことから、あらゆる飲食品が低食塩化されており、醤油等の液体調味料も減塩化がすすめられている。そして、例えば減塩醤油は、食塩濃度が9w/w%以下と定められている。
【0003】
このように食塩の摂取量を制限するには減塩醤油の使用が望ましい。しかし、減塩醤油は、食塩濃度が低いことから、いわゆる塩味が十分感じられず、味がものたりないと感じる人が多い。そのため食塩の摂取量制限が勧められている割には、減塩醤油の使用量は増加していない。
【0004】
減塩醤油の改良手段としては、様々な取り組みがなされている。例えば、食塩代替物として塩化カリウムを使用する方法があるが(特許文献1及び2)、同時に使用するクエン酸塩の味の影響や、糖アルコールにより塩味もマスキングされてしまうという問題点がある。また、減塩醤油にトレハロースを添加する方法(特許文献3)、カプサイシンを添加する方法(特許文献4)、シソ葉エキスを添加する方法(特許文献5)では、それら添加物の風味を異味として感じてしまうという問題点がある。低塩・淡色・高窒素にする方法(特許文献6)では、コク味の増強がみられるが塩味については言及されていない。更に、食塩を低減させた場合に塩味を増強する方法として、特定の有機酸、アミノ酸等を組み合わせて添加するという技術もある(特許文献7)。
【特許文献1】特許第2675254号公報
【特許文献2】特公平06-97972号公報
【特許文献3】特開平10-66540号公報
【特許文献4】特開2001-245627号公報
【特許文献5】特開2002-165577号公報
【特許文献6】特公平05-007987号公報
【特許文献7】特開平11-187841号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これら従来の減塩醤油の風味を改良する取り組みは、それぞれ一定の効果を上げているが、未だ十分とはいえない。特に食塩濃度の低下と塩味の両立という点で十分とはいえない。
本発明の目的は、食塩濃度が低いにもかかわらず塩味のある減塩醤油類を提供することにある。
なお、本願における「減塩醤油」とは、製品100g中のナトリウム量が3550mg(食塩として9g)以下の「しょうゆ」、および「しょうゆ加工品」をいい、栄養改善法の病者用の特別用途食品に限定されるものではない。「しょうゆ」とは、日本農林規格に定めるところの液体調味料であり、「しょうゆ加工品」とは、日本農林規格に適合する「しょうゆ」に調味料、酸味料、香料、だし、エキス類等を添加した、「しょうゆ」と同様の用途で用いられる液体調味料をいう。ここで、本願で記載する「醤油」は、日本農林規格の「しょうゆ」と同一概念である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、食塩濃度を9w/w%以下にしても塩味を感じさせる手段について検討してきた結果、食塩濃度を9w/w%以下と低くし、かつカリウム濃度を0.5?3.7w/w%とした系では、窒素濃度を1.9w/v%以上にすることによって塩味がより強く感じられ、味の良好な減塩醤油類が得られることを見出した。また窒素含量を1.9w/v%以上にすることによりカリウム含量が増加した場合の苦味が低減できることを見出した。更に食塩濃度を9w/w%以下、カリウム濃度0.5?3.7w/w%かつ窒素濃度を1.9w/v%以上とした減塩醤油類に核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料、酸味料等を添加することによって、相乗的に塩味を増強でき、また醤油としての完成度もより高くなることも見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、食塩濃度9w/w%以下、カリウム濃度0.5?3.7w/w%かつ窒素濃度1.9w/v%以上である減塩醤油類を提供するものである。
また更に、本発明は、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料及び酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤を含有する、食塩濃度9w/w%以下、カリウム濃度0.5?3.7w/w%かつ窒素濃度1.9w/v%以上である減塩醤油類を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、食塩濃度が9w/w%以下であるにもかかわらず、塩味を十分に感じることのできる減塩醤油類が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の減塩醤油類の食塩濃度は9w/w%以下であるが、7?9w/w%であることが好ましく、8?9w/w%であることが特に好ましい。
【0010】
本発明の減塩醤油類のカリウム濃度は、食塩濃度を低下させる点及び味の点から0.5?3.7w/w%であるが、1?3.7w/w%であることが好ましく、1?2.7w/w%であることがより好ましく、1?2.2w/w%であることが特に好ましい。また、カリウムは塩味があり、かつ異味が少ない点から塩化カリウムであることが好ましい。塩化カリウムの場合の配合量は1?7w/w%であることが好ましく、2?7w/w%であることがより好ましく、2?5w/w%であることが更に好ましく、2?4w/w%であることが特に好ましい。
【0011】
食塩濃度とカリウム濃度を前記範囲に調整するには、例えば仕込水として食塩と例えば塩化カリウムの混合溶液を用いて醤油を製造する方法;塩化カリウム単独の溶液を仕込水として用いて得た醤油と食塩水を単独で仕込水として用いて得た醤油とを混合する方法;食塩水を仕込水として用いた通常の醤油を電気透析、膜処理等によって食塩を除去した脱塩醤油に塩化カリウムを添加する方法等が挙げられる。
【0012】
本発明の減塩醤油類の窒素濃度は、食塩濃度の低い醤油に塩味を賦与する点及び味の点で1.9w/v%以上が必要であるが、1.9?2.4w/v%であることが好ましく、1.9?2.2w/v%であることが特に好ましい。通常、醤油においては窒素濃度を高くするとまろやかな味になり、塩味が低下するといわれているところ、食塩濃度が低く、カリウムが含まれている醤油において、窒素濃度を高くすることにより、塩味が向上することは全く予想外であった。
【0013】
窒素濃度を1.9w/v%以上にするには、通常の方法で醸造した醤油に、濃縮及び脱塩の工程を施すことにより達成できる。例えば、減塩濃縮法によって食塩を除去するとともに、水を主成分とする揮発成分での希釈率を調整する方法や、電気透析装置によって食塩を除去する際に起こるイオンの水和水の移動を利用して、窒素分も同時に濃縮する方法等がある。また、通常より食塩分の低い減塩醤油をRO膜や減圧濃縮により、窒素濃度を高める方法や、逆に、たまり醤油、再仕込み醤油のような窒素濃度の高い醤油から脱塩することによる方法等がある。
【0014】
また、本発明においては、カリウム及び窒素の濃度が上記範囲となると共に、窒素/カリウムの重量比が0.5?3.7、更に0.5?1.2、特に0.6?1.0の範囲とすることが塩味があり、かつ苦みが少ない点から好ましい。
【0015】
更に、本発明によれば、食塩濃度9w/w%以下、カリウム濃度0.5?3.7w/w%かつ窒素濃度1.9w/v%以上である減塩醤油類に、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料、酸味料等を添加することによって、相乗的に塩味を増強できる。また、塩味のみならず、苦味の低減、醤油感の増強などの効果もある。
【0016】
核酸系調味料としては、5′-グアニル酸、5′-イノシン酸等のナトリウム、カリウムあるいはカルシウム塩等が挙げられる。核酸系調味料の含有量は0.0?0.2w/w%が好ましく、0.03?0.1w/w%が特に好ましい。
【0017】
アミノ酸系調味料としてはグリシン、アルギニン、リジン、ヒスチジン、グルタミン酸あるいはこれのナトリウム塩又はカリウム塩等が挙げられる。アミノ酸系調味料の含有量は0.0?1.05w/w%が好ましく、0.1?0.5w/w%が特に好ましい。
【0018】
有機酸塩系調味料としては乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、グルコン酸等の有機酸のナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられる。特にコハク酸二ナトリウム、グルコン酸ナトリウムが好ましい。これらの含有量は0.0?0.3w/w%が好ましく、0.05?0.2w/w%が特に好ましい。
【0019】
酸味料としては、乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。中でも乳酸、リンゴ酸、クエン酸が好ましく、特に乳酸が好ましい。乳酸の含有量は0.0?2.0w/w%が好ましく、0.3?1.0w/w%が特に好ましい。また、リンゴ酸、クエン酸の含有量は0.0?0.2w/w%が好ましく、0.02?0.1w/w%が特に好ましい。
【0020】
本発明の食塩濃度9w/w%以下、カリウム濃度0.5?3.7w/w%かつ窒素濃度1.9w/v%以上である減塩醤油類、及びこれに先に挙げた調味料、酸味料を添加した減塩醤油類は、pH4.4?5.0、塩素量4?9w/w%、固形分量20?40w/w%の特数値を有することが好ましい。
【0021】
また、本発明の減塩醤油類には、好み等に応じてエタノール、みりん、醸造酢、甘味料等を添加することができ、種々の醤油加工品に応用できる。
【実施例】
【0022】
実施例1?11、26及び27、比較例1?25
(1)減塩醤油の調製法
市販の濃口醤油、及び有機丸大豆の濃口醤油を電気透析装置により、脱塩処理を行なった。食塩濃度を8w/w%程度まで低下させた減塩醤油に食塩を添加し更に脱塩処理を行なうことを繰り返し、窒素濃度を高めた。窒素濃度を様々に調製した減塩醤油に、それぞれ塩化カリウムを0、4、及び7w/w%添加し、更に食塩濃度が9w/w%となるように食塩及び水で調整することにより、塩化カリウム濃度及び窒素濃度の異なる減塩醤油を調製した。
【0023】
(2)食塩濃度の測定法
食塩濃度はナトリウム濃度を測定し、これを食塩濃度に換算することにより求めた。ナトリウム濃度は原子吸光光度計(Z-6100形日立偏光ゼーマン原子吸光光度計)により測定した。
【0024】
(3)カリウム及び塩化カリウム濃度の測定法
カリウム濃度は上述のナトリウム濃度測定のものと同じもので測定し、塩化カリウム濃度は、カリウム濃度から換算することにより求めた。
【0025】
(4)窒素濃度の測定法
窒素濃度は全窒素分析装置(三菱化成TN-05型)により測定した。
【0026】
(5)評価方法
得られた減塩醤油について、パネラー10名により塩味及び苦みを官能評価した。また、塩味が3以上で、かつ苦みが3以下のものを◎、又は○、それ以外のものを△、又は×とする総合評価も行った。得られた結果を表1に示す。
【0027】
〔塩味の指標〕
1:減塩醤油と同等(食塩9w/w%相当)
2:減塩醤油とレギュラー品(通常品)(食塩14w/w%相当)の中間位
3:レギュラー品(通常品)に比べ若干弱い
4:レギュラー品(通常品)と同等
5:レギュラー品(通常品)よりも強い
【0028】
〔苦みの指標〕
1:なし
2:ごくわずかに感じる
3:わずかに感じる
4:感じる
5:強く感じる
【0029】
〔総合評価の判断基準〕
◎:塩味があり、かつ苦味及び異味がない
○:塩味が3以上で、かつ苦みが3以下であり、更に次の何れかに当てはまるもの
・塩味がやや弱く、苦味及び異味が少ない
・塩味がやや弱く、苦味及び異味がない
・塩味があり、苦味及び異味が少ない
△:塩味が3以上、かつ苦味が3以下であるが、異味がある
×:塩味が弱く、かつ/又は苦味・異味がある
【0030】
【表1】

【0031】
表1から明らかなように、食塩濃度9w/w%以下、カリウム0.5?3.7w/w%の場合、窒素濃度を1.9w/v%以上に調整すると塩味が増し、かつ苦みも抑制できることがわかる。
【0032】
実施例12?19
表1の市販有機丸大豆醤油を脱塩処理した減塩醤油F96重量部に塩化カリウム4重量部を混合した(実施例12)。表2に示した量の調味料・酸味料を添加し、添加前の実施例12と風味の比較を行なった。その結果は表2に示したように、塩味の向上、苦味の減少、醤油感の向上などの効果がみられた。
【0033】
【表2】

【0034】
実施例20?25
表3に示す組成の減塩醤油を調製した。各種調味料、酸味料の添加により得られた減塩醤油は、食塩濃度が8.3?8.5w/w%であるにもかかわらず、塩味が更に強く感じられた。また、苦味もより抑制され、醤油としての総合評価はより高いものとなった。
【0035】
【表3】

(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
食塩濃度7?9w/w%、カリウム濃度1?3.7w/w%、窒素濃度1.9?2.2w/v%であり、かつ窒素/カリウムの重量比が0.44?1.62である減塩醤油。
【請求項2】
塩化カリウム濃度が2?7w/w%である請求項1記載の減塩醤油。
【請求項3】
窒素濃度が1.9?2.2w/v%である請求項1又は2記載の減塩醤油。
【請求項4】
更に、核酸系調味料、アミノ酸系調味料、有機酸塩系調味料及び酸味料から選ばれる1又は2以上の添加剤を含有する請求項1?3のいずれか1項記載の減塩醤油。
【請求項5】
濃縮及び脱塩により窒素濃度を1.9?2.2w/v%としたものである請求項1?4のいずれか1項記載の減塩醤油。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審決日 2011-07-05 
出願番号 特願2004-122603(P2004-122603)
審決分類 P 1 113・ 537- YA (A23L)
P 1 113・ 536- YA (A23L)
P 1 113・ 121- YA (A23L)
P 1 113・ 832- YA (A23L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉田 知美  
特許庁審判長 鵜飼 健
特許庁審判官 内田 俊生
加々美 一恵
登録日 2009-07-10 
登録番号 特許第4340581号(P4340581)
発明の名称 減塩醤油類  
代理人 伊藤 健  
代理人 花田 吉秋  
代理人 吉永 貴大  
代理人 花田 吉秋  
代理人 伊藤 健  

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