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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01G
管理番号 1260086
審判番号 不服2011-3911  
総通号数 153 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-09-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-02-22 
確定日 2012-07-12 
事件の表示 特願2006- 49655「電気化学素子用電極体の製造方法およびこれを用いた電気化学素子用電極体の製造装置」拒絶査定不服審判事件〔平成19年 9月 6日出願公開、特開2007-227831〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は、平成18年2月27日の出願であって、平成22年4月16日付け拒絶理由通知に対して平成22年6月15日付けで手続補正がなされたものであり、平成22年7月7日付けで拒絶理由通知が通知され、これに対し平成22年9月7日付けで意見書が提出されたが、平成22年11月19日に拒絶査定がされたものである。
これに対して平成23年2月22日に拒絶査定不服審判が請求されている。

2.本願発明の認定

本願の発明は、平成22年6月15日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1から請求項6までに記載した事項により特定されるとおりのものと認められるところ、そのうち、請求項1に係る発明は、下記のとおりである。

【請求項1】
金属箔からなる集電体上に溶媒を含んだ電極材料を塗布する塗布工程と、この電極材料が塗布された集電体を乾燥室にて乾燥させる乾燥工程とを有した電気化学素子の製造方法において、前記乾燥工程は、前記電極材料の表面における前記電極材料中の溶媒の拡散速度が自由水面からの水の蒸発速度より小さくなる時点における前記電極材料の含水率である限界含水率に達するまでの間を乾燥させる第1乾燥工程と、それ以降を乾燥させる第2乾燥工程を有し、前記第1乾燥工程は前記第2乾燥工程よりも伝熱速度が高いことを特徴とする電気化学素子用電極体の製造方法。
(以下、これを「本願発明」という。)

3.引用刊行物記載の発明

原査定の拒絶の理由で引用された刊行物1(特開2003-178752号公報;拒絶理由通知においては引用文献等の1.と表記)には、以下(ア)から(ク)に示す事項が記載されている。

(ア)「【請求項1】 シート状の電極用基材と該電極用基材の少なくとも一面に塗布された電極用ペーストとを含み、乾燥装置内に搬入され該電極用ペーストが乾燥されるシート状電極において、塗布された該電極用ペーストの乾燥状態を評価する方法であって、
前記電極用ペースト内に温度測定手段を埋設し、該温度測定手段の前記乾燥装置内での移動時間又は移動距離に対する温度変化の屈曲点により該電極用ペーストの乾燥状態を評価することを特徴とするシート状電極の乾燥評価方法。
【請求項2】 前記温度測定手段は前記電極用基材に固定された熱電対と、該熱電対の一端に取り付けられ前記電極用ペースト内に埋設されたセンサ部と、該熱電対の他端に接続されたモニタとを含む請求項1記載のシート状電極の乾燥評価方法。
【請求項3】 前記乾燥装置は加熱手段を有し、搬入側の第1室、中間の第2室及び搬出側の第3室に区分され、該第1室と該第2室とは第1温度に設定され、該第3室は該第1温度よりも低い第2温度に設定されている請求項1記載のシート状電極の乾燥評価方法。
【請求項4】 前記電極用ペーストは前記第2室において恒率乾燥され、前記第3室において減率乾燥され、前記温度変化の屈曲点は前記第2室と前記第3室との境界付近に存在している請求項3記載のシート状電極の乾燥評価方法。」

(イ)「【0002】
【従来の技術】近年、各種の電子機器の小型化、軽量化に伴って、これらの電源として高いエネルギ密度を持つ電池への要求が高まっている。例えばリチウム2次電池のように非水系電解質を持つ電池は、非水系電解質の電気伝導度が水系電解質に比べて低いため、電極板(正極・負極)を薄くする必要がある。また、大きな電流を取り出すには、反応面積を大きくする必要がある。こうした事情から、正極及び負極をシート状電極で構成し、これらの正極及び負極をセパレータを介してロール状に捲回した渦巻き式構造が採用されている。
【0003】上記シート状電極の製造時は、一般的に、電極活物質に導電剤、結着剤、溶媒を添加・混練してスラリ状の電極用ペースト(塗工ペースト)を調製する。そして、この塗工ペーストを、ポリエチレンテレフタレートのフィルム等から成るシート状の電極用基材の表面にノズル等により塗布(塗工)し、乾燥炉で乾燥させて塗工ペーストの水分を蒸発させている。
【0004】従来、電極用基材上の塗工ペーストが乾燥炉内で十分に乾燥したか、即ち水分が十分に蒸発したか否かの判断は以下のようにして行っていた。即ち、シート状電極を所定長さに切断し、塗工ペーストを乾燥させる前のシート状電極の重量を測定しておき、塗工ペーストを乾燥させた後のシート状電極の重量を測定し、乾燥前後における重量の変化(減少)を調べる。完成したシート状電極において塗工ペーストの重量がシート状電極全体の重量に対して占める割合が予め分かっていれば、この方法でもある程度乾燥状態を判断することができる。」

(ウ)「【0008】
【課題を解決するための手段】本願の発明者は、塗工ペーストの乾燥状態は該塗工ペーストの温度の変化(上昇)と対応しており、乾燥装置内で移動するシート状電極の塗工ペーストの温度を測定することにより乾燥状態を評価できることを思い付いて、本発明を完成した。
【0009】即ち、本発明は、シート状の電極用基材と該電極用基材の少なくとも一面に塗布された電極用ペーストとを含み、乾燥装置内に搬入され電極用ペーストが乾燥されるシート状電極において、塗布された電極用ペーストの乾燥状態を評価する方法であって、電極用ペースト内に温度測定手段を埋設し、温度測定手段の乾燥装置内での移動時間又は移動距離に対する温度変化の屈曲点により電極用ペーストの乾燥状態を評価することを特徴とする。
【0010】この乾燥評価方法では、温度変化率の屈曲点において塗工ペーストの水分の乾燥が実質的に終了していると評価し、それに基づきシート状電極の搬送速度等を決定する。」

(エ)「【0013】
【発明の実施の形態】発明の実施の形態は以下の通りである。
<電池、シート状電極>電池の種類は、シート状電極を使用するものであれば特に制約はなく、2次電池でも燃料電池も良い。
【0014】シート状電極は正極でも負極でも良く、シート状の電極用基材は正極用基材でも、負極用基材でも良い。何れの場合も、導電性で金属箔(アルミ、銅、ニッケル及びステンレス等)や、無機酸化物、有機高分子材料、炭素等の導電性フィルムから成ることができる。電極用基材の厚さは10から20μmとすることができる。
【0015】尚、電極用基材が「シート状」であるとは棒状等の電極を除外する意であり、帯状でも良いし、矩形状でも良い。帯状の電極用基材は筒型電池に適しており、矩形状の電極用基材は角形電池に適している。
【0016】電極用ペースト(塗工ペースト)は電極用基材の一面又は両面に塗布(塗工)される。電極用ペースト(塗工ペースト)は電極活物質、導電剤、結着剤、溶媒等を含むことができる。電極活物質はH+、Li+、Na+、Kが挿入及び/又は放出できる化合物であれば良い。導電剤は電池において化学変化を起こさない電子導電性材料であれば良い。結着剤としては、多糖類、熱可塑性樹脂及びゴム弾性を有するポリマを少なくとも1種又はこれらの混合物を用いることができる。溶媒は、水又は少なくとも1種の有機溶剤又はこれらの混合物を用いることができる。」

(オ)「【0021】加熱手段の熱量やシート状電極の材質及び搬送速度等を適宜調整すれば、電極用ペーストが第2室において恒率乾燥され、第3室において減率乾燥され、温度変化の屈曲点は第2室と第3室との境界付近に存在することになる。」

(カ)「【0028】図2及び図3に示すように、上記シート状正極11は、厚さ15μmのアルミ箔から成る集電体(正極用基材)12の一面に、平均粒径15μmのLiCoO2粉末等をNーメチルピロドリンに分散して成るスラリ(塗工ペースト)13を、厚さ350μmで形成したものである。一方、シート状負極15は、厚さ15μmの銅箔から成る集電体(負極用基材)の一面に、不活性ガス中で焼成した後粉砕して得た平均粒径20μmの炭素等をNーメチルピロドリンに分散して成るスラリ(塗工ペースト)を厚さ350μmで形成したものである。」

(キ)「【0032】乾燥装置は、バックアップローラ27とガイドローラ28との間に配置されたトンネル型の乾燥炉30と、その内部に配設された複数個の温風ノズル32及び33とを含む。図2に示すように、乾燥炉30は、搬入側の長さが約2mの第1室31aと、中間の長さがほぼ2mの第2室31bと、搬出側の長さが約2mの第3室31cとから成る。各室には、塗工ペースト13が塗布された正極用基材12の上面側及び下面側に、それぞれ温風を吹き出す複数個の温風ノズル32及び33が配置されている。温風の量等を調整することにより、第1室31a及び第2室31bの室内温度はそれぞれ約180℃に設定され、第3室31cの室内温度は約130℃に設定されている。
【0033】搬送速度8m/分で搬送される正極用基材12は乾燥炉30内を通過するのに約45秒かかる。その際、温風ノズル32及び33から吹き出す温風により塗工ペースト13が乾燥されて固化する。」

(ク)「【0034】次に、温度測定手段について説明する。材質の異なる2種類の金属線41a及び41bから成り、長さが約3mmのセンサ部40が熱電対42の先端に接続されている。一方(プラス極)の金属線41aはニッケルクロム合金から成り線径は約0.2mmであり、他方(マイナス極)の金属線41bは少量のアルミマンガンを含むニッケル合金から成り線径は約0.2mmである。熱電対42としてはKタイプのものを使用し、乾燥炉30の長さよりも長く、乾燥炉30の外部まで伸びた他端にはモニタ45が接続されている。センサ部40は塗工ペースト13の先端部13a内に埋設され、熱電対42上に取り付けた固定部43が接着剤等により正極用基材12に接着されている。」

(ケ)「【0035】塗工ペースト13の乾燥状態は以下のようにして評価する。
【0036】バックアップローラ27と乾燥炉30との間で、塗工ペーストに熱電対42の先端のセンサ部40を埋設する。センサ部40が埋設されたシート状正極11はその後連続的に乾燥炉30内に搬入され、それに伴い熱電対42が乾燥炉30内に引き込まれる。乾燥炉30内で温風により正極用基材12の上面が加熱されて塗工ペースト13内に含まれる水分が蒸発・乾燥し、それに伴い塗工ペースト13の温度が上昇する。その状態をモニタ45で観察する。
【0037】図4に示すように、モニタ45では横軸に正極用基材12の搬送時間即ち搬送距離が表示され、縦軸にセンサ部40により測定される塗工ペースト13の温度温度が表示されている。図4によると、塗工ペースト13の先端部13aの温度は、乾燥炉30に入口に入った後第1所定時間T1(約5秒)即ち入口から第1所定距離l1(約70cm)の間に大気温度t0(約25℃)から第1温度t1(約60℃)まで上昇する。この間は温風の熱が塗工ペースト13を温めていると考えられる(「昇温期間」と呼ぶ)。
【0038】その後、第2所定時間T2(約23秒)即ち第2所定距離l2(約310cm)の間の大部分では、温度t2(約80℃)と温度t3(約110℃)との間で上下動を繰り返している。これは、温風の熱の大半が塗工ペースト13の水分を蒸発させる気化熱として利用されているため(「恒率(定率)乾燥」と呼ぶ)と考えられる。そして、第2所定距離l2の最後の部分で、屈曲点Xを境にして、塗工ペースト13の温度が急上昇している。これは、屈曲点Xまでで水分の気化がほぼ終了したためと考えられる。
【0039】その後、第3所定時間T3(約17秒)即ち第3所定距離l3(約220cm)の間の大部分では、温度は120℃前後である。これは、塗工ペースト13の水分の蒸発後は、温風の熱が主に正極用基材12を加熱するために使用されているため(「減率乾燥」と呼ぶ)と考えられる。そして、第3所定距離の最後の部分で塗工ペースト13の温度が急激に下がっている。これは乾燥炉30の外部の温度を影響を受けたためと考えられる。」

したがって、これらを総合すれば、原査定の拒絶の理由で引用された刊行物1には、次の(コ)なる発明が記載されている。(以下、「引用発明」という。)

[引用発明]
(コ)リチウム2次電池等のシート状電極に用いるアルミ箔からなる電極用基材上に、溶媒を含んだ電極用ペースト(塗工ペースト)を塗布する塗布工程と、この電極材料が塗布された集電体を乾燥室にて乾燥させる乾燥工程とを有したリチウム2次電池等に用いるシート状電極の製造方法において、
前記乾燥工程は、前記電極材料の先端部における温度を測定することにより、塗工ペーストの水分の乾燥状態を評価するものであり、
評価により恒率(定常)乾燥の終了と判断されるまでは室内温度約180℃の第1室、第2室で乾燥し、その後は室内温度約130℃の第3室で減率乾燥することを特徴とするリチウム2次電池等に用いるシート状電極の製造方法。

4.本願発明と引用発明との対比

「リチウム2次電池」は「電気化学素子」に他ならない。
そして、引用発明における「アルミ箔からなる電極用基材」、「電極用ペースト(塗工ペースト)」は、本願発明における、「金属箔からなる集電体」、「電極材料」に相当する。
また、引用発明における「室内温度約180℃の第1室、第2室で乾燥」及び、その後の「室内温度約130℃の第3室で減率乾燥」は、本願発明における、「第1乾燥工程」と、「それ以降を乾燥させる第2乾燥工程」に相当し、「室内温度約180℃」と「室内温度約130℃」という状態は「第1乾燥工程は前記第2乾燥工程よりも伝熱速度が高い」ことと等価である。

したがって、本願発明と引用発明とを対比すると、両者は、次の(サ)の点で一致し、(シ)の点で一応の相違がある。

[一致点]
(サ)金属箔からなる集電体上に溶媒を含んだ電極材料を塗布する塗布工程と、この電極材料が塗布された集電体を乾燥室にて乾燥させる乾燥工程とを有した電気化学素子の製造方法において、前記乾燥工程は、所定の乾燥状態となるまでの間を乾燥させる第1乾燥工程と、それ以降を乾燥させる第2乾燥工程を有し、前記第1乾燥工程は前記第2乾燥工程よりも伝熱速度が高いことを特徴とする電気化学素子用電極体の製造方法。

[相違点]
(シ)第1乾燥工程から第2乾燥工程に移行する時点の所定の乾燥状態が、本願発明において「前記電極材料中の溶媒の拡散速度が自由水面からの水の蒸発速度より小さくなる時点における前記電極材料の含水率である限界含水率に達するまでの間」とされているのに対し、引用発明では、電極材料の先端部における温度を測定、評価し、減率乾燥前の「恒率(定常)乾燥の終了と判断される」温度状態であることを判断した時点である点。

5.相違点の判断

上記相違点(シ)について検討する。

一定の伝熱速度で電極材料の乾燥を行う場合には、一般に、予熱期間、恒率乾燥期間、減率乾燥期間の3つの乾燥期間が存在することが知られている。そして、電極材料の含水率が限界含水率に達したときに、恒率乾燥期間から減率乾燥期間に移行することが知られている。
このことは、本願明細書の段落【0091】にも記載されており、引用刊行物1の図4および関連記載からも明らかである。
したがって、「限界含水率」の意味について、本願発明と引用発明で相違するものではない。

(なお、「含水率」とは、「溶媒が水の場合についてのみ限定するのではなく、溶媒が水、有機溶媒、および、その他のあらゆる液体の場合においても、含水率と表現する」とされている。(本願明細書の段落【0040】)

その上で、本願明細書では、「限界含水率」について、
「電極材料の含水率が限界含水率よりも低い場合には、電極材料内では、電極材料中の溶媒の拡散速度が、電極材料表面での溶媒の蒸発速度よりも遅く、電極材料中の溶媒の内部拡散律速の状態で乾燥が進んでいるので、電極材料内部からの溶媒移動速度が材料表面での蒸発速度に追いつけなくなることから、電極材料の表面は見た目上、乾燥している状態である。また、電極材料の含水率が限界含水率よりも低い場合には、電極材料の表面温度は、次第に上昇するようになる。」 (段落【0094】)
と説明がされている。

そうすると、本願発明において、「電極材料中の溶媒の拡散速度が自由水面からの水の蒸発速度より小さくなる時点における電極材料の含水率」とは、「電極材料の表面温度は、次第に上昇する」ようになる時点の含水率のことであって、「限界含水率」を原因で表現すれば前者となり、現象で表現すれば後者ということに他ならない。

なお、審判請求人は審判請求書において、次のように主張をしているので、この主張について検討する。
「しかし、この記載があったとしても本願発明の構成は、引用文献1に記載の発明の構成とは大きく異なるものであります。その理由を以下に説明致します。
これは、本願発明と引用文献1に記載の発明では、限界含水率を見極めるための温度測定を行う対象(位置または場所)が異なるためであります。この違いから、本願発明において定義する「限界含水率」が引用文献1において定義されている「屈曲点X」とは大きく異なるものとなります。
具体的には、本願発明における「限界含水率」に達する時点は引用文献1における「屈曲点X」の時点より前に位置する構成となります。
まず、本願発明では、限界含水率を見極めるために乾燥される電極材料の「表面」の温度変化を測っております。つまり、この限界含水率に達したときは本発明の電極材料の内部は乾燥しておりません。
これは、本願発明における限界含水率の定義が「電極材料『表面』における電極材料中の溶媒の拡散速度が自由水面からの溶媒の蒸発速度より小さくなる時点」や「電極材料の『表面』温度が上昇し始める際の含水率」であるためであり、そのため電極材料の「表面」に着目してその変化点を設けております。電極材料内部に残留する溶媒は、その後の減率乾燥において乾燥が行われます。
一方、引用文献1では、上記屈曲点Xを見極めるために塗工ペーストの「内部」の温度変化を測っております。それを裏付ける記載として、熱電対の先端に設けられた「センサ部40は塗工ペースト13の先端部13a内に埋設され」るという記載があり、この記載に対応する図3にセンサ部が塗工ペースト13に埋設されている様子が描かれています(引用文献1:段落番号[0034])。
このことより、図4に描かれている上記屈曲点Xは塗工ペーストの「内部」における定率乾燥と減率乾燥の境目を定義しているということが言えます。
ここで、電極材料の乾燥される順番を考えたとき、外部から電極材料を加熱していることから電極材料の「表面」、「内部」の順に伝熱および乾燥していくことは明らかです。
そのため、塗工ペーストの「内部」が図4のように急上昇し始める引用文献1の屈曲点Xでは、本願発明のように塗工ペースト表面における限界含水率に達する時点を過ぎ、本願発明の課題にあたる「表面」が乾き切って加熱された状態であるということが言えます。
したがって、本願発明における「限界含水率」に達する時点は引用文献1における「屈曲点X」の時点より前に位置するものであり、本願発明の電極材料の「表面」が限界含水率に達した時点と引用文献1の塗工ペーストの「内部」が温度上昇する屈曲点Xでは、乾燥される電極材料(塗工ペースト)の状態が異なります。因みに、引用文献1には本願発明のように塗工ペーストの乾燥状態を「表面」のみについて着目することについて何ら記載も示唆もありません。 」

しかしながら、本願明細書の段落【0093】【0094】に、
「 【0093】
まず、電極材料の含水率が限界含水率よりも高い場合には、電極材料内では、電極材料中の溶媒の拡散速度よりも、電極材料表面での溶媒の蒸発速度が遅く、電極材料の表面蒸発律速の状態で乾燥が進んでおり、電極材料の表面は濡れている状態である。また、電極材料の含水率が限界含水率よりも高い場合には、電極材料の表面温度は、空気の湿球温度にほぼ等しい一定温度に保たれている。」
「【0094】
次に、電極材料の含水率が限界含水率よりも低い場合には、電極材料内では、電極材料中の溶媒の拡散速度が、電極材料表面での溶媒の蒸発速度よりも遅く、電極材料中の溶媒の内部拡散律速の状態で乾燥が進んでいるので、電極材料内部からの溶媒移動速度が材料表面での蒸発速度に追いつけなくなることから、電極材料の表面は見た目上、乾燥している状態である。また、電極材料の含水率が限界含水率よりも低い場合には、電極材料の表面温度は、次第に上昇するようになる。」
と記載されているように、本願発明における「限界含水率」とは単に「電極材料の含水率」のことであって、本願発明が「表面」の「含水率」のみに着目した発明であるということにはならない。

更に、本願明細書には、集電体2上に塗布された電極材料の限界含水率の見極め方について、
・「電極材料の乾燥速度を連続的に測定し、乾燥速度が減少し始める際の含水率を限界含水率とすることができる。」(段落【0096】)
・「電極材料表面の光沢度を連続的に測定し、電極材料表面の光沢度が変化し始める際の含水率を限界含水率とすることができる。」(段落【0097】)
・「簡便な方法としては、電極材料の表面を触ることにより、電極材料の表面が乾いているか乾いていないかを判断し、乾き始めている際の含水率を限界含水率とすることができる。」(段落【0098】)
という多々の実施例が示されており、これらの記載からも、本願発明における「電極材料中の溶媒の拡散速度が自由水面からの水の蒸発速度より小さくなる時点における前記電極材料の含水率である限界含水率に達するまで」について、審判請求人が主張するような意味としてとして捉えることはできない。

また、審判請求人は「表面のみ」と主張するものの、「表面」とは、点ではなく面であって、実際には電極材料(塗工ペースト)の全表面において完全に同様に乾燥が行われるものではないから、表面において、「限界含水率」に達した点も存在すれば、「限界含水率」に達していない点も存在する。
そして、本願発明における一実施例では、表面の温度を測定して限界含水率に達しているか否かの判断をしているが、これは、その測定した点において限界含水率に達しているという判断をしているのであって、本願発明が、表面の全ての点において「表面のみ」の「限界含水率」を判断して、各点毎に第1の乾燥工程から第2の乾燥工程に移行するものとはされていない。
本願発明や引用発明のような異なる乾燥条件の乾燥室で電極体を乾燥させるものにおいて、表面の全ての点において「表面のみ」の「限界含水率」を判断することは不可能である。

したがって、本願発明における「表面のみ」とは、電極体の表面が全く均一に乾燥されるという理想的な情況についての条件であって、実施可能な発明としては、“表面近傍”の温度を測定して、“表面近傍”の状態が「限界含水率」の状態にあるという判断をする以上のことを意味しない。

引用発明は、熱電対の先端に設けられたセンサ部40は「塗工ペースト13の先端部13a内に埋設され」るものであるから、これも“表面近傍”の温度を測定して、“表面近傍”の状態が「限界含水率」の状態にあるという判断をしていることに他ならず、引用発明が積極的に表面を除外して、塗工ペーストの内部の温度を測定するものであるということにはならない。

そして、仮に、電極体の表面が全く均一に乾燥されるという理想的な情況が存在し、そのような情況で「表面のみ」の温度を測定し、「表面のみ」の「限界含水率」を判断して第1の乾燥工程から第2の乾燥工程に移行するようにする限定した発明を本願発明であるということにしても、 熱電対の先端に設けられたセンサ部40が「塗工ペースト13の先端部13a内に埋設され」る引用発明に対して、センサ部を塗工ペースト13の表面に位置させることは、設計的事項にすぎないことであって、結果として「表面のみ」の「限界含水率」を判断することになるのであって、「表面のみ」の「限界含水率」を判断することは引用発明に基づいて、当業者が格別の困難性なく容易に想到したものである。

したがって、本願発明がそのような発明であるとしても、審判請求人のそのような主張を採用することができない。

6.むすび

以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、刊行物1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、残る請求項2から請求項6に係る各発明について特に検討するまでもなく、本願は拒絶をすべきものである。

審理の結果は以上のとおりであるから、原審における拒絶査定の判断に誤りはないから、原査定を取り消す、この出願の発明は特許をすべきものである、とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-05-07 
結審通知日 2012-05-08 
審決日 2012-05-25 
出願番号 特願2006-49655(P2006-49655)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01G)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井上 弘亘佐久 聖子  
特許庁審判長 板橋 通孝
特許庁審判官 山田 洋一
関谷 隆一
発明の名称 電気化学素子用電極体の製造方法およびこれを用いた電気化学素子用電極体の製造装置  
代理人 藤井 兼太郎  
代理人 内藤 浩樹  
代理人 永野 大介  

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