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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61M 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 A61M |
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管理番号 | 1265541 |
審判番号 | 不服2011-7907 |
総通号数 | 156 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2012-12-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2011-04-14 |
確定日 | 2012-10-31 |
事件の表示 | 特願2008- 17126号「ポジティブな針保持を具えた1回使用引込み式シリンジ」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 6月26日出願公開、特開2008-142565号〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
I.手続の経緯 本願は平成14年12月2日を国際出願日とする出願である特願2004-564613号の一部を平成20年1月29日に新たな特許出願としたものであって、平成22年12月7日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年4月14日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同日付けで特許請求の範囲及び明細書についての手続補正がなされたものである。 II.平成23年4月14日付けの手続補正についての補正却下の決定 [補正却下の決定の結論] 平成23年4月14日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1.補正後の本願発明 本件補正により、特許請求の範囲の請求項1は、次のように補正された。 「1回使用後はシリンジバレルから取り外しできない作動ハンドルを有する1回使用の引き込み可能なシリンジに於いて、 前端及び後端開口を有する長く延びた中空のシリンジバレル(12)(12')と、 シリンジバレル(12)(12')の前端に位置する引き込み構造(20)へ引き込み可能に取り付けられ、後方に引き込むように付勢された引き込み可能な針(18)と、 スライド時にバレルの内面に密接するピストンを有する前端部(50)と、親指の力を加えるキャップ(86)を後端に有する後端部と、前端部に配置され引き込まれた針(18)を受け入れる針保持筒(40')(122)とを具え、シリンジバレル中を移動可能なハンドル(38')(38”)と、 シリンジバレル内に位置して、針の引き込み構造の作動とは関係なく、1回使用後のハンドルの後方移動を規制し、針の1回使用後はシリンジバレルから取り外されることを防ぐロック構造と、を具え、 それによって使用後の引き込まれた針(18)は、シリンジバレル内の針保持筒(40')(122)中に安全に収納され、ハンドルの操作又は引き出しによっては、取り外せないシリンジ。」(なお、下線は補正箇所を示すものである。) 2.補正の目的及び新規事項の追加の有無 本件補正は、実質的にみて請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「ハンドルの後方移動を規制し」に、「針の引き込み構造の作動とは関係なく、1回使用後の」との限定を付加する点を主たる内容とするものであり、かつ、補正後の請求項1に記載された発明は、補正前の請求項1に記載された発明と、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。 そして、本件補正は、新規事項を追加するものではない。 3.独立特許要件 そこで、本件補正後の前記請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか)について以下に検討する。 3-1.引用例の記載事項 (引用例) 原査定の拒絶の理由に引用された、本願出願前に頒布された刊行物である特表平11-511358号公報(以下、「引用例」という。)には、図面と共に次の事項が記載されている。 ア.「本発明は、患者に医薬液を注射投与するための医薬液を予充填したアンプル、カープル(carpule)またはカートリッジに関する。より詳細には、本発明は、そうした装置であって、それらを1度使用した後の再使用を不可能にしかつ使い捨ての安全性を確保するために注射針を引っ込める機構を有する装置に関するものである。」(6ページ4?8行) イ.「図1Aを参照して本発明をさらに説明する。この図1Aは注射針引っ込み自在注射アンプル10と装着式注射器組立体12とを示している。アンプル10は本体すなわち主ハウジング(注射筒ともいう)14を有し、この主ハウジング14は、管状筒部14aと、この筒部14aより小直径の前方筒部分14cと、これらの筒部14cと前方筒部14cとの間に位置する円錐台状筒部14bとからなっている。筒部14aの後端はアンプル装着時にピストン18をその中に受容するために開口している。また筒部14aの内部にはチャンバー20が画成されており、このチャンバー20にはある量の医薬液が充填されるが、その充填位置はピストン18前方のと筒部14aの残余前部であって、上記チャンバーの容量は、ある量の薬液、すなわち、1回の薬液投与量に十分な、あるいは1人の患者への投与に好適な薬液量に相当する。ピストン18の前端には台座23が形成され、この座23内に密封部材22が嵌合されている。その密封部材22は、胴部14aの内周面に摺接して胴部14aの後部を通ってチャンバー20から薬液が漏出するのを防止するシールとなる。」(9ページ10?22行) ウ.「図1Aに示す構成では、注射針16の後部は、ばね収容部28内において概略軸方向に伸びている。このばね収容部28は主ハウジング14の前方筒部分14cの内部に保持されている。ばね収容部の内部では、ばね40が注射針16を取囲んでいる。ばね収容部28は前方の位置合わせ部26と、後方の注射針保持部32とを含んでいる。」(10ページ1?5行) エ.「胴部14aの後端は、その中にピストン18を受容するために開口している。ピストン18はその中にシャフト46を備えており、このシャフトは胴部14a内に軸方向に置かれ、またその内部に軸方向路溝または内腔48が形成されている。また密封部材またはOリング22を保持するための環溝23がピストン18の前端周面に形成されている。上記内腔48は、注射針16を引っ込めた時にその注射針16をその中に受容するサイズをもつ。また軸方向内腔の後端は端部材またはピストンキャップ56によって閉じられている。このピストンキャップ56はピストンシャフト46の後部に衝合または接合されている。ボス58等の係合部材がピストンキャップ56上に形成され、ピストン18の後面から延びている。 ピストン18と胴部14aとは、胴部14aに向かってピストンを位置決めかつ保持するとともにピストン18が胴部14aの後部から後方へ抜け出るのを防ぐための協働手段を含む。この手段として、例えば、ピストン18の外面から径方向に突出した1つもしくそれ以上のタブ45に係合する管状戻り止め44を胴部14aの内面に周方向に形成してもよい。この戻り止め44は、斜角後面とさらなるほぼ直交する前面とをもつのが好ましい。またタブ45は、アンプル10の装着時に図1Aに示すようにピストンを胴部14a内に挿入しかつ位置決めすることを可能にする相補的斜面を有する。また、使用前は胴部14aを覆う着脱自在の後部キャップ(図示せず)を設けることによってアンプル10の輸送、保管その他の取扱いの際にピストン18の後部が偶発的あるいは不注意に押されるのを避けることができる。」(11ページ16行?12ページ7行) オ.「アンプル10の筒部14aと、その中のピストン18とは、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアのWyeth-Ayerst Laboratories社の製品である"TUBEX"注射器組立体において実現されているタイプの注射器組立体12と係合するようになっているのが好ましい。要するに、この注射器組立体12は本体71を有し、この本体からフィンガーグリップ74が延びている。この注射器組立体はさらに、上記筒部14aをその中に受容できるサイズのチャック70を含んでいる。このチャック70は円筒状カラー73を有し、このカラーは本体71と螺合している。筒部を上記チャック70に差し込んだ後、カラー73を本体71に螺合させてチャック70の同心内部スリーブ72を筒部14aの外面と摩擦係合させる。あるいは、米国特許第4,642,103号に開示するような注射器組立体を使用してもよい。この米国特許の開示は本願明細書に参考として含める。 上記注射器組立体12はさらにプランジャーロッド76を含み、このプランジャーロッドは本体71の内部に形成した中心ボア77の中に摺動自在に設けられている。プランジャーロッドの前端には尖端部材78が取付けられている。この尖端部材78はピストン18のボス58を受容する軸方向ボアを有し、好ましくは、そのボス58に形成された雄ねじ部との係合を確保するための雌ねじ部を有する。プランジャーロッド76の後端には幅広の作動面76aがあり、この作動面76a注射を行なう場合にユーザーが力を加えてプランジャーロッド76を前進させるための部位である。」(13ページ16行?14ページ5行) カ.「患者へ薬液を投与した後は、注射針16を患者から、あるいは上記の注射部から抜き取る。次に、ユーザーがプランジャーロッド76の後部へ十分な圧迫力、好ましくは注射ストロークの際に薬液を駆出するのに必要な力を上まわった圧迫力、を加えてアンプル10の中へ注射針16を引っ込める。すると、そうした圧迫力に応答する、後述の引っ込み機構によって、注射針16がアンプル10内部へ引っ込められるので、注射針16による刺通傷害の危険がなくなる。この後、注射器組立体12をアンプル10から取外し、そのアンプル10を安全に破棄できる。なお、注射器組立体12のほうはその後も、同一あるいは同類のタイプの別のアンプルとも接続して使用できる。」(14ページ20?28行) キ.「ピストン18の前進によってフィンガー34は、屈曲または破断で径方向外向きに拡張させられて注射針16のヘッド30を釈放する。注射針16のヘッド30が釈放されると、注射針は、ばね28によって後退させられ、かつピストン18からの脆弱端部材52の分離によりピストン18の前端に生じるアパーチャを通じてばね力によっても移動させられる。こうして、注射針16は内腔48内に受容されて同所に保持される。」(17ページ16?21行) ク.「また、注射器を離脱させる際にピストン18を強制的に引っ込めると、その戻り止め44の制止力が打消され、したがってピストン18が筒部14aの後部から偶発的に外れることがある。好ましくは、こうしたピストン18の外れを実質的に防ぐには戻り止め44とタブ45を十分に強固にすることである。 注射針16を引っ込めた後に筒部14aからピストン18が外れるのを防ぐために上記以外の手段を講じることもできる。例えば、ピストン18が図1Bに示す前進位置にある時にタブ45に係合するように筒部14aの内部に別の前方戻り止め(図示せず)を追設してもよい。こうした構成は、注射ストロークの長さがピストンの長さより短いあるいは等しいために注射ストロークの際にその前方戻り止めがピストン18と筒部14aの内周面との間の薬液密封を損なうことがないような本発明の実施例に最も適していよう。これとは別に、プランジャーロッドの尖端部と結合するようにピストンの後部に設けた係合構造体を、そのプランジャーロッドによってピストンを1方向にのみ移動させるようにしてもよい。例えば、ボス58は、ねじを施さず、プランジャーロッドの尖端部内に嵌合するほどの小直径にして、そのプランジャーロッドと衝合して同ロッドを位置合わせすることができるようにしてもよい。こうした衝合構造においては、プランジャーロッドの前進によって筒部14a内部においてピストン18が前進させられる一方で、プランジャーロッドをどのように後退させてもプランジャーロッドとボス58とが互いに他から離脱させられるだけである。あるいは、ピストン18の構造を、プランジャーロッドが筒部18から引っ込められるとボス58またはピストン18の支持部分をピストンのその他の部分から離脱させるようにしてもよい。」(18ページ5?25行) 上記記載事項ア.ないしク.から、引用例には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「内部にチャンバー20が画成される管状筒部14aと、この筒部14aより小直径の前方筒部分14cと、これらの筒部14aと前方筒部14cとの間に位置する円錐台状筒部14bとからなる主ハウジング(注射筒ともいう)14を有するアンプル10と、プランジャーロッド76を含む注射器組立体12と、前方筒部14cの中に差込まれ、注射針16とこれを取囲むばね40とを備えたばね収容部28と、前端には密封部材22を備え、後端に幅広の作動面76aを備えたプランジャーロッド76の尖端部材78とねじにより係合するボス58を備えたピストン18とからなり、 ピストン18の外面から径方向に突出した1つもしくそれ以上のタブ45に係合する管状戻り止め44を筒部14aの内面に周方向に形成して、ピストン18が筒部14aの後部から後方へ抜け出るのを防ぐ手段とし、 ピストン18が図1Bに示す前進位置にある時にタブ45に係合するように筒部14aの内部に別の前方戻り止めを追設し、 注射針16は、ばね40によって後退させられ、ピストン18の軸方向内腔48内に受容されて保持される、 注射針が引っ込められ、注射器組立体12をアンプル10から取外し、注射針16を内腔48内に受容するピストン18をその中に受容するアンプル10を安全に破棄できる、1度使用した後の再使用を不可能にする装置。」 3-2.対比 本願補正発明と引用発明とを対比すると、その構造または機能からみて、引用発明の「プランジャーロッド76」は、本願補正発明の「後端部」に相当し、以下同様に、「幅広の作動面76a」は「キャップ」に、「アンプル10」は「シリンジバレル」に、「注射針16」は「針」に、「ばね収容部28」は「引き込み構造」に、「軸方向内腔48」は「針保持筒」に、「管状戻り止め44」及び「別の前方戻り止め」並びに「タブ45」は「ロック構造」に、「注射針が引っ込められ」「1度使用した後の再使用を不可能にする装置」は「1回使用の引き込み可能なシリンジ」にそれぞれ相当する。 また、引用発明の「ピストン18」は前端には密封部材22を備えるとともに注射針16が受容される軸方向内腔48を備えているから、本願補正発明の「スライド時にバレルの内面に密接するピストンを有する」「引き込まれた針を受け入れる針保持筒」が配置された「前端部」に相当する。 そして、引用発明の「ピストン18」は「管状戻り止め44」及び「前方戻り止め」並びに「タブ45」により1回使用後は「アンプル10」から取り外しできないものであり、本願補正発明の「ハンドル」は「前端部」を含む部材であり、「作動ハンドル」と「ハンドル」は同義と解されるから、引用発明と本願補正発明とは「1回使用後はシリンジバレルから取り外しできない前端部を有する」点で共通する。 また、引用例の図1Aからみて、アンプル10は前端と開口した後端を有する長く延びた中空の形状であるといえる。 そして、引用発明は「前方筒部14cの中に差込まれ、注射針16とこれを取囲むばね40とを備えたばね収容部28」を備えると共に、「注射針16はばね40によって後退させられ」るものであるから、「シリンジバレルの前端に位置する引き込み構造へ引き込み可能に取り付けられ、後方に引き込むように付勢された引き込み可能な針」を備えているといえる。 また、引用発明は「後端に幅広の作動面76aを備えたプランジャーロッド76の尖端部材78とねじにより係合するボス58を備えたピストン18」を備え、「注射針16は、ばね40によって後退させられ、ピストン18の軸方向内腔48内に受容されて保持される」ものであり、「幅広の作動面76a」が親指の力を加える部材であることや「ピストン18」と「プランジャーロッド76」とが一体となってアンプル10中を移動可能であることは明らかであるから、結局「前端部と、親指の力を加えるキャップを後端に有する後端部と、前端部に配置され引き込まれた針を受け入れる針保持筒とを具え、シリンジバレル中を移動可能なハンドル」を備えているといえる。 そして、引用発明の「管状戻り止め44」及び「前方戻り止め」並びに「タブ45」はアンプル10内にあり、1回使用後の「ピストン18」と「プランジャーロッド76」の後方移動を規制するとともに少なくとも「ピストン18」がアンプル10から取り外されることを防いでいるから、「シリンジバレル内に位置して、1回使用後のハンドルの後方移動を規制し、針の1回使用後は前端部がシリンジバレルから取り外されることを防ぐロック構造」を備えているといえる。 また、引用発明の「注射針16は、ばね40によって後退させられ、ピストン18の軸方向内腔48内に受容されて保持される」ものであり、「管状戻り止め44」及び「前方戻り止め」並びに「タブ45」の作用により、「ピストン18」と「プランジャーロッド76」の操作や引き出しによっては取り外せないことも明らかであるから、「それによって使用後の引き込まれた針は、シリンジバレル内の針保持筒中に安全に収納され、ハンドルの操作又は引き出しによっては、取り外せない」といえる。 そこで、本願補正発明の用語を用いて表現すると、両者は次の点で一致する。 (一致点) 「1回使用後はシリンジバレルから取り外しできない前端部を有する1回使用の引き込み可能なシリンジに於いて、 前端及び後端開口を有する長く延びた中空のシリンジバレルと、 シリンジバレルの前端に位置する引き込み構造へ引き込み可能に取り付けられ、後方に引き込むように付勢された引き込み可能な針と、 スライド時にバレルの内面に密接するピストンを有する前端部と、親指の力を加えるキャップを後端に有する後端部と、前端部に配置され引き込まれた針を受け入れる針保持筒とを具え、シリンジバレル中を移動可能なハンドルと、 シリンジバレル内に位置して、1回使用後のハンドルの後方移動を規制し、針の1回使用後は前端部がシリンジバレルから取り外されることを防ぐロック構造と、を具え、 それによって使用後の引き込まれた針は、シリンジバレル内の針保持筒中に安全に収納され、ハンドルの操作又は引き出しによっては、取り外せないシリンジ。」 そして、両者は次の相違点で相違する。 (相違点1) 1回使用後にシリンジバレルから取り外しできない部材が、本願補正発明では「作動ハンドル」あるいは「ハンドル」(以下、「ハンドル」という。)であるのに対し、引用発明では「ハンドル」のうちの「前端部」である点。 (相違点2) 1回使用後の後方移動の規制やシリンジバレルから取り外されることを防ぐ動作が、本願補正発明では「針の引き込み構造の作動とは関係なく」行われるのに対し、引用発明ではそのような特定がなされていない点。 3-3.相違点の判断 上記相違点について検討する。 (相違点1について) 本願補正発明ではハンドルのうち前端部のみならず後端部をもシリンジバレルから取り外しできない部材としているが、本願補正発明も引用発明も1回使用した後の再使用を不可能にすることを課題としており、本願補正発明のようにハンドル全体を取り外しできない部材としても引用発明のようにハンドルのうち前端部のみを取り外しできない部材としても上記課題を達成する上で何ら支障はない。そして前端部と後端部を分離可能としている引用発明において、それらを一体とする点に格別の困難性はない。 そうすると、引用発明において、ハンドルのうち前端部のみならず後端部をもシリンジバレルから取り外しできない部材とし、相違点1に係る本願補正発明のように構成することは当業者が容易に想到できたことである。 (相違点2について) 引用例の記載事項ク.には、「 注射針16を引っ込めた後に筒部14aからピストン18が外れるのを防ぐために上記以外の手段を講じることもできる。例えば、ピストン18が図1Bに示す前進位置にある時にタブ45に係合するように筒部14aの内部に別の前方戻り止め(図示せず)を追設してもよい。」と記載され、針が引き込まれた時点である図1Bはあくまで追設位置の例示として示されているものであるから、引用発明の1回使用後の後方移動の規制やシリンジバレルから取り外されることを防ぐ動作が針の引き込み構造の作動時に限定されるとは解されない。 また同じく記載事項カ.には、「患者へ薬液を投与した後は、注射針16を患者から、あるいは上記の注射部から抜き取る。次に、ユーザーがプランジャーロッド76の後部へ十分な圧迫力、好ましくは注射ストロークの際に薬液を駆出するのに必要な力を上まわった圧迫力、を加えてアンプル10の中へ注射針16を引っ込める。」と記載され、図1Bの時点に対応する位置より後方に薬液の投与完了位置があることが理解できる。 そうすると、引用例の内容を理解した当業者であれば、例えば前方戻り止めの位置を図1Bの時点に対応する位置より後方の薬液の投与完了位置とし、1回使用後の後方移動の規制やシリンジバレルから取り外されることを防ぐ動作が、針の引き込み構造の作動とは関係なく行われるようにし、相違点2に係る本願補正発明のように構成する程度の改変に困難性はなく、容易に想到できたことである。 なお、請求人は相違点2に関して、原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2では、プランジャがロック状態になるのは針の引き込み機構が作動した後であり、引用文献1(引用例)にも、引き込み機構が作動しなくてもハンドルの引き込みを規制して、複数回の使用を防止した本願発明(本願補正発明)のロック機構付き引き込み構成については、開示は見当たらない旨主張している。(審判請求書4.b.及びe.) しかしながら、引用文献2を検討するまでもなく、当業者であれば引用例に基づいて、1回使用後の後方移動の規制やシリンジバレルから取り外されることを防ぐ動作が、針の引き込み構造の作動とは関係なく行われるようにすることが容易に想到できたことであることは上記したとおりであるから、請求人の主張は採用できない。 そして、本願補正発明による効果も、引用発明及び引用例に記載された事項から当業者が予測し得た程度のものであって、格別のものとはいえない。 したがって、本願補正発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。 3-4.むすび したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 III.本願発明 本件補正は、上記のとおり却下されたので、本願の請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を、「本願発明」という。)は、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 「1回使用後はシリンジバレルから取り外しできない作動ハンドルを有する1回使用の引き込み可能なシリンジに於いて、 前端及び後端開口を有する長く延びた中空のシリンジバレル(12)と、 シリンジバレル(12)の前端に位置する引き込み構造内に引き込み可能に取り付けられ、後方に引き込むように付勢された引き込み可能な針(18)と、 スライド時にバレルの内面に密接するピストンを有する前端部と、後端にハンドルへの親指の力が加わるキャップを有する後端部とを具えたシリンジバレル(12)内を可動なハンドル(38)と、 ハンドルの前端部にて、引き込まれた針(18)を受け入れる針保持筒(40)を具え、 シリンジバレル内に位置して、ハンドルの後方移動を規制し、1回使用後はシリンジバレルから取り外されることを防ぐロック構造とを具え、 それによって使用後の引き込まれた針(18)は、シリンジバレル内の針保持筒(40)に安全に収納され、プランジャの操作又は引き出しによっては、取り外せないシリンジ。」 IV.引用例の記載事項 原査定の拒絶の理由に引用された引用例、及び、その記載事項は、前記II.3-1に記載したとおりである。 V.対比・判断 本願発明は、実質的にみて、前記II.1の本願補正発明から、「ハンドルの後方移動を規制し」の限定事項である「針の引き込み構造の作動とは関係なく、1回使用後の」との構成を省いたものに相当する。 そうすると、実質的に本願発明の発明特定事項をすべて含み、さらに、他の発明特定事項を付加したものに相当する本願補正発明が、前記II.3-3に記載したとおり、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、同様に、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。 VI.付記 請求人は、平成24年5月14日付け上申書において、補正案を提出し、補正書提出の機会を求めていることに鑑み、この補正案についても言及しておく。 補正案では、「ロック構造」を「ハンドル(38')(116)が後方移行してシリンジバレル(12')(12)に液を満たす1回目の後方移行は許容するが、それ以後はハンドル(38')(116)の前方移行のみを許容し後方移行は妨げるロック機構」としているが、このような「ロック機構」は原査定の拒絶の理由に引用された引用文献3により公知の技術であり、この補正案が採用されたとしても特許性の判断に影響しない。よって補正の機会は付与しない。 VII.むすび 以上のとおり、本願発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。 そして、本願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである以上、本願の他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2012-05-31 |
結審通知日 | 2012-06-05 |
審決日 | 2012-06-18 |
出願番号 | 特願2008-17126(P2008-17126) |
審決分類 |
P
1
8・
575-
Z
(A61M)
P 1 8・ 121- Z (A61M) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 佐藤 智弥 |
特許庁審判長 |
亀丸 広司 |
特許庁審判官 |
関谷 一夫 田合 弘幸 |
発明の名称 | ポジティブな針保持を具えた1回使用引込み式シリンジ |
代理人 | 久徳 高寛 |
代理人 | 長塚 俊也 |
代理人 | 宮野 孝雄 |
代理人 | 丸山 敏之 |