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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1265783
審判番号 不服2011-1415  
総通号数 156 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2012-12-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-01-20 
確定日 2012-11-07 
事件の表示 特願2006- 56476「有機薄膜トランジスタ及びそれを備えた平板ディスプレイ装置」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 9月21日出願公開、特開2006-253675〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成18年3月2日(パリ条約による優先権主張2005年3月8日、大韓民国)の出願であって、平成21年8月7日に手続補正がなされ、平成22年9月13日付けで拒絶査定がなされ、それに対して、平成23年1月20日に拒絶査定に対する審判請求がなされるとともに、同日に手続補正がなされ、その後当審において、平成24年1月18日付けで審尋がなされ、それに対する回答はなされなかった。

2.補正の却下の決定
【補正の却下の決定の結論】
平成23年1月20日になされた手続補正を却下する。

【理由】
(1)補正の内容
平成23年1月20日になされた手続補正(以下「本件補正」という。)は、補正前の特許請求の範囲の請求項1ないし11を、補正後の特許請求の範囲の請求項1ないし10に補正するものであり、補正前後の請求項は、以下のとおりである。

(補正前)
「【請求項1】
基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を覆うように形成された正孔注入層と、を備え、
前記p型有機半導体層は、前記ソース電極及び前記ドレイン電極の上部に配置され、前記ゲート電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。
【請求項2】
前記正孔注入層は、前記ソース電極及び前記ドレイン電極を覆うように前記基板の全面に配置されることを特徴とする請求項1に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項3】
基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に、前記p型有機半導体層を覆うように介在された正孔注入層とを備え、
前記p型有機半導体層は、前記ゲート電極の上部に配置され、前記ソース電極及び前記ドレイン電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。
【請求項4】
前記p型有機半導体層は、正孔輸送層であることを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項5】
前記正孔注入層のHOMOレベルは、前記ソース電極または前記ドレイン電極のフェルミレベルと前記p型有機半導体層のHOMOレベルとの間に位置することを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項6】
前記p型有機半導体層の正孔移動度は、前記正孔注入層の正孔移動度より大きいことを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項7】
前記正孔注入層の厚さは、10nmないし100nmであることを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項8】
前記正孔注入層は、トリアリールアミン系化合物、ジアリールアミン系化合物、アリールアミン系化合物及びメタルを含有するフタロシアニン系化合物からなる群から選択された一つ以上を含むことを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項9】
前記p型有機半導体層は、ペンタセン、ポリチエニレンビニレン、ポリ-3-へキシルチオフェン、α-へキサチエニレン、テトラセン、アントラセン、ナフタレン、α-6-チオフェン、α-4-チオフェン、ペリレン、ルブレン、コロネン、ポリチオフェン、ポリパラフェニレンビニレン、ポリパラフェニレン、ポリフルオレン、ポリチオフェンビニレン、ポリチオフェン-ヘテロ環芳香族共重合体及びそれらの誘導体のうち少なくとも何れか一つを備えることを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項10】
前記p型有機半導体層に形成されるチャンネル領域の厚さは、50nmないし200nmであることを特徴とする請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項11】
請求項1又は3に記載の有機薄膜トランジスタを備えることを特徴とする平板ディスプレイ装置。」

(補正後)
「【請求項1】
基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を完全に覆うように形成され、前記基板の全面に配置された正孔注入層と、を備え、
前記p型有機半導体層は、前記ソース電極及び前記ドレイン電極の上部に配置され、前記ゲート電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。
【請求項2】
基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に、前記p型有機半導体層を完全に覆うように介在され、前記基板の全面に配置された正孔注入層とを備え、
前記p型有機半導体層は、前記ゲート電極の上部に配置され、前記ソース電極及び前記ドレイン電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。
【請求項3】
前記p型有機半導体層は、正孔輸送層であることを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項4】
前記正孔注入層のHOMOレベルは、前記ソース電極または前記ドレイン電極のフェルミレベルと前記p型有機半導体層のHOMOレベルとの間に位置することを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項5】
前記p型有機半導体層の正孔移動度は、前記正孔注入層の正孔移動度より大きいことを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項6】
前記正孔注入層の厚さは、10nmないし100nmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項7】
前記正孔注入層は、トリアリールアミン系化合物、ジアリールアミン系化合物、アリールアミン系化合物及びメタルを含有するフタロシアニン系化合物からなる群から選択された一つ以上を含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項8】
前記p型有機半導体層は、ペンタセン、ポリチエニレンビニレン、ポリ-3-へキシルチオフェン、α-へキサチエニレン、テトラセン、アントラセン、ナフタレン、α-6-チオフェン、α-4-チオフェン、ペリレン、ルブレン、コロネン、ポリチオフェン、ポリパラフェニレンビニレン、ポリパラフェニレン、ポリフルオレン、ポリチオフェンビニレン、ポリチオフェン-ヘテロ環芳香族共重合体及びそれらの誘導体のうち少なくとも何れか一つを備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項9】
前記p型有機半導体層に形成されるチャンネル領域の厚さは、50nmないし200nmであることを特徴とする請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項10】
請求項1又は2に記載の有機薄膜トランジスタを備えることを特徴とする平板ディスプレイ装置。」

(2)補正事項の整理
(補正事項a)
補正前の請求項1を、補正後の請求項1の
「【請求項1】
基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を完全に覆うように形成され、前記基板の全面に配置された正孔注入層と、を備え、
前記p型有機半導体層は、前記ソース電極及び前記ドレイン電極の上部に配置され、前記ゲート電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。」
と補正すること。

(補正事項b)
補正前の請求項2を削除するとともに、当該削除に伴って、請求項の番号及び引用する請求項の番号を修正すること。

(補正事項c)
補正前の請求項3を、補正後の請求項2の
「【請求項2】
基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に、前記p型有機半導体層を完全に覆うように介在され、前記基板の全面に配置された正孔注入層とを備え、
前記p型有機半導体層は、前記ゲート電極の上部に配置され、前記ソース電極及び前記ドレイン電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。」
と補正すること。

(3)新規事項追加の有無及び補正の目的の適否についての検討
(3-1)補正事項aについて
補正事項aは、補正前の請求項1の発明特定事項である「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を覆うように形成された正孔注入層」を、「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を完全に覆うように形成され、前記基板の全面に配置された正孔注入層」と限定的に減縮する補正であり、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項(以下「特許法第17条の2第4項」という。)第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を完全に覆うように形成され、前記基板の全面に配置された正孔注入層」は、本願の願書に最初に添付した明細書の段落【0034】、【0035】及び図2の記載に基づく補正であり、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項(以下「特許法第17条の2第3項」という。)に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしている。

(3-2)補正事項bについて
補正事項bは、特許法第17条の2第4項第1号に掲げる請求項の削除を目的とする補正である。

(3-1)補正事項cについて
補正事項cは、補正前の請求項3の発明特定事項である「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に、前記p型有機半導体層を覆うように介在された正孔注入層」を、「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に、前記p型有機半導体層を完全に覆うように介在され、前記基板の全面に配置された正孔注入層」と限定的に減縮する補正であり、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして、「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に、前記p型有機半導体層を完全に覆うように介在され、前記基板の全面に配置された正孔注入層」は、本願の願書に最初に添付した明細書の段落【0039】及び図4の記載に基づく補正であり、特許法第17条の2第3項に規定された新規事項の追加禁止の要件を満たしている。

(4)独立特許要件について
(4-1)はじめに
上記(3)において検討したとおり、本件補正は、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるから、本件補正が、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項(以下「特許法第17条の2第5項」という。)において準用する同法第126条第5項の規定に適合するか否かについて、検討する。

(4-2)補正後の請求項1に係る発明
本件補正による補正後の請求項1ないし10に係る発明は、平成23年1月20日になされた手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載されている事項により特定されるとおりのものであって、そのうちの補正後の請求項1に係る発明(以下「補正後の発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項により特定される上記2.(1)の補正後の請求項1として記載したとおりのものである。

(4-3)引用刊行物に記載された発明
(4-3-1)原査定の拒絶の理由に引用され、本願の優先日前である平成16年4月2日に日本国内で頒布された刊行物である特開2004-103905号公報(以下「引用刊行物」という。)には、図1ないし5及び11とともに、以下の事項が記載されている。なお、下線は、当合議体において付加したものである。(以下、同じ。)

「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、キャリア移動性の有機化合物を利用し、かかる有機化合物からなる有機半導体層を備えた有機半導体素子に関する。」
「【0004】
図1及び図2は有機半導体薄膜を用いた有機MOS-TFTの構造のボトムコンタクト型及びトップコンタクト型の例を示す。有機MOS-TFTは、基板10上にゲート電極14、ゲート絶縁膜12、ソース電極11及びドレイン電極15、並びに有機半導体層13を備えている。ゲート電極14としてはNi、Crなどが、ゲート絶縁膜12にはSiO_(2)、SiNなど金属の酸化物や窒化物などの無機物やPMMAなどの樹脂が、有機半導体層13にはペンタセンなどが、それぞれ用いられている。また、ソース電極11及びドレイン電極15にはPd、Auなどの単層膜が用いられている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、ソース電極から有機半導体層を介してドレイン電極へと電流が流れる際、各々の界面ではソース電極及びドレイン電極の仕事関数と有機半導体層のイオン化ポテンシャルの差による障壁が存在し、駆動電圧が高くなってしまっていた。
【0006】
本発明の解決しようとする課題には、駆動電圧の上昇を抑え得る有機半導体素子を提供することが一例として挙げられる。
【0007】
【課題を解決するための手段】
請求項1記載の有機半導体素子の発明は対向する1対の電極の間に成膜されたキャリア移動性の有機半導体層を備えた有機半導体素子であって、前記1対の電極の少なくとも一方と前記有機半導体層との間に接触して挿入されかつ前記接触する電極の仕事関数の値と前記有機半導体層のイオン化ポテンシャルの値との間の仕事関数又はイオン化ポテンシャルの値を有するバッファ層を備えることを特徴とする。
【0008】
【発明の実施の形態】
本発明による有機半導体素子として有機トランジスタの実施例を図面を参照しつつ説明する。
図3は実施形態のボトムコンタクト型有機トランジスタを示す。有機トランジスタは、ガラス、プラスチックなどの絶縁性の基板10上に形成されたゲート電極14上に形成されたゲート絶縁膜12と、この上に形成されたペンタセンなどのキャリア移動性の有機化合物からなる有機半導体層13と、ソース電極11及びドレイン電極15と有機半導体層13との間に接触して挿入されるように形成されたバッファ層BFから構成されている。バッファ層BFは、接触する電極の仕事関数と有機半導体層の仕事関数(又はイオン化ポテンシャル)との間の値のイオン化ポテンシャルを有する。ゲート電極14は対向するソース電極11及びドレイン電極15の間の有機半導体層13に電界を印加する。
【0009】
図4は実施形態のトップコンタクト型有機トランジスタを示す。トップコンタクト型素子は、有機半導体層13が先に成膜され、その上にバッファ層BF、ソース電極11及びドレイン電極15が順に形成されて、その積層順が逆の順となる以外、図3のボトムコンタクト型と同じ構成を有する。
有機半導体層13は電界印加によって正孔又は電子の輸送能力を有する有機化合物からなる。有機半導体層13は、それぞれキャリア輸送能力を有する有機化合物の薄膜からなる多層構造とすることもできる。有機半導体として、キャリア移動度が大きいペンタセンの他に、アントラセン、テトラセンなどの縮合環類も用いられる。
【0010】
ソース電極11及びドレイン電極15には、例えば、Au、Al、Cu、Ag、Mo、W、Mg、Znなどの金属が挙げられる。これらの中では、特に比抵抗が低いAl、Cu、Ag又はこれらを含む合金が好適である。
ゲート電極14は、ゲート絶縁膜12を介して電界を印加する場合、電極材料として一般に用いられるAl、Cu、Ni、Cr、及びそれらを含む合金などが用いられる。
【0011】
有機半導体中のキャリア移動のために、バッファ層BFが有するイオン化ポテンシャルの条件すなわち、接触電極の仕事関数と有機半導体層のイオン化ポテンシャルとの間の仕事関数(又はイオン化ポテンシャル)の値は特に重要である。抵抗なくキャリアが移動するにはエネルギー障壁が小さいほうがよいからである。図5に示すように、金属からなるソース電極11及びドレイン電極15の仕事関数Wf及びバッファ層BFの仕事関数WfBは真空準位(0eV)から各フェルミ準位へと測定したエネルギーである。有機半導体層13のイオン化ポテンシャルIpは真空準位から価電子帯VB上端の最高被占分子軌道(HOMO)準位へと測定したエネルギーである。なお、電子親和力Eaは0eVの基準エネルギー準位の真空準位(VACUUM LEVEL)から伝導帯CB下端の最低空分子軌道(LUMO)準位へと測定したエネルギーである。
【0012】
本実施形態のp型有機半導体素子で使用するバッファ層BFの材料としては、Wf<WfB<Ipを満たすものが好ましい。かかるバッファ層BFの挿入によって、ソース電極11からバッファ層BFを介して有機半導体層へと障壁が段階的になり、電流が流れやすくなる。例えば、有機半導体層材料としてペンタセン(イオン化ポテンシャルIp=5.06eV)、ソース電極及びドレイン電極としてAu(仕事関数φ=4.58eV)を用いた場合、バッファ層の仕事関数(又はイオン化ポテンシャル)をこれらの間(4.58?5.06eV)とすればよい。例えば、4.5eV以上のインジウムすず酸化物(いわゆるITO)、イリジウム亜鉛酸化物(いわゆるIZO)、酸化錫、酸化亜鉛など、金属の酸化物や窒化物や酸化物、などがバッファ層BFに用いられる。さらに、バッファ層BFに接触電極の仕事関数の値と有機半導体層のイオン化ポテンシャルの値との間のイオン化ポテンシャル値を有する電荷輸送性例えば正孔輸送性を有する有機化合物を用いることができる。また、ソース電極11及びドレイン電極15間の絶縁が確保される場合、白金、パラジウム、クロム、セレン、ニッケルなどの金属若しくはこれらの合金、あるいは、ヨウ化銅など接触電極の仕事関数の値と有機半導体層のイオン化ポテンシャルの値との間の仕事関数値を有する金属若しくは合金もバッファ層BFに用いられる。」
「【0014】
バッファ層の具体的な膜厚は、最も好ましいのは5?100Å、好ましくは100?1000Å、少なくとも5000Å以下にする必要がある。図3のようなボトムコンタクト型の素子では、バッファ層が厚いとチャネル部分に電流が流れにくくなるので、特にバッファ層の膜厚を薄くする方が好ましい。
これらバッファ層、ソース電極及びドレイン電極の成膜方法としては、蒸着法、スパッタ法、CVD法など、任意の方法を用い得る。材料の使用効率、装置の簡便性を考慮するとスパッタ法が好ましい。
【0015】
有機半導体層のペンタセンは、高い正孔移動度を示すキャリア輸送性材料である。このペンタセン有機半導体層を用いて、図3に示すボトムコンタクト型素子を作成すると、正孔輸送性(p型)素子が実現できる。
有機半導体層におけるキャリアが正孔の場合には正孔が移動できる正孔輸送性材料または両性輸送性材料が有機半導体として必要になり、キャリアが電子の場合には電子が移動できる電子輸送材料または両性輸送性材料が必要になる。正孔輸送材料又は両性輸送材料としては、銅フタロシアニン(copper-phthalocyanine)などが、電子輸送材としてはアルミニウムキノリノール錯体(tris-8-hydoroxyqunoline aluminum)などがある。」
「【0019】
またさらに、図11に示すように、有機トランジスタは、互いに積層されたゲート電極14、ソース電極11及びドレイン電極15から構成されていればよく、図3とは逆の順序すなわち、基板10上に、ソース電極11及びドレイン電極15、バッファ層BF1及びBF2並びにソース電極11及びドレイン電極15を形成し、有機半導体層13、ゲート絶縁膜12、並びにゲート電極14の順で積層して形成してもよい。」

(4-3-2)図11からは、バッファ層BF1及びBF2は、各々基板10上に形成されたソース電極11及びドレイン電極15の上に形成されており、有機半導体層13は、前記バッファ層BF1及びBF2を覆うように、基板10の全面に形成されていることが見て取れる。

(4-3-3)引用刊行物(段落【0015】)には、代表的な有機半導体層として、「ペンタセン」を用いることが記載されているから、引用刊行物には、以下の発明(以下「刊行物発明」という。)が記載されているものと認められる。

「基板10上に、ソース電極11及びドレイン電極15が形成され、
前記ソース電極11及びドレイン電極15の上に、各々バッファ層BF1及びBF2が形成され、
前記バッファ層BF1及びBF2を覆うように、前記基板10の全面にペンタセンからなる有機半導体層13が形成され、
前記有機半導体層13の上に、ゲート絶縁膜12及びゲート電極14が積層して形成された有機トランジスタであって、
前記バッファ層BF1及びBF2は、前記ソース電極11及びドレイン電極15の仕事関数の値と前記有機半導体層13のイオン化ポテンシャルの値との間のイオン化ポテンシャル値を有する正孔輸送性を有する有機化合物である、有機トランジスタ。」

(4-4)対比・判断
(4-4-1)刊行物発明の「ペンタセンからなる有機半導体層13」は、「高い正孔移動度を示すキャリア輸送性材料」であるから、補正後の発明の「p型有機半導体層」に相当する。また、刊行物発明の「ソース電極11及びドレイン電極15の仕事関数の値と」「有機半導体層13のイオン化ポテンシャルの値との間のイオン化ポテンシャル値を有する正孔輸送性を有する有機化合物」からなる「バッファ層BF1及びBF2」は、補正後の発明の「正孔注入層」に相当する。そして、刊行物発明の「バッファ層BF1及びBF2」と補正後の発明の「正孔注入層」は、「ソース電極」及び「ドレイン電極」の上に形成されている点で、共通する。

(4-4-2)刊行物発明において、「有機半導体層13」は、「ゲート電極14」と絶縁されていることは明らかである。また、刊行物発明において、「ソース電極11及びドレイン電極15」は、「ゲート電極14」と絶縁されて相互離隔されて配置されていることも明らかである。

(4-4-3)そうすると、補正後の発明と刊行物発明とは、
「基板と、
前記基板の上部に配置されたゲート電極と、
前記ゲート電極と絶縁されたp型有機半導体層と、
前記ゲート電極と絶縁されて相互離隔されて配置されたソース電極及びドレイン電極と、
前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、前記ソース電極及び前記ドレイン電極の上に形成された正孔注入層と、を備え、
前記p型有機半導体層は、前記ソース電極及び前記ドレイン電極の上部に配置され、前記ゲート電極は、前記p型有機半導体層の上部に配置され、前記p型有機半導体層と前記ゲート電極との間には、ゲート絶縁膜がさらに備えられることを特徴とする有機薄膜トランジスタ。」である点で一致し、次の点で相違する。

(相違点)補正後の発明の「正孔注入層」は、「少なくとも」「ソース電極及び」「ドレイン電極を完全に覆うように形成され、」「基板の全面に配置され」ているのに対して、刊行物発明の「バッファ層BF1及びBF2」は、「ソース電極11及びドレイン電極15」上に形成されているものの、このような構造を有していない点。

(4-5)判断
以下、上記相違点について、検討する。
引用刊行物には、「バッファ層BF1及びBF2」、「ソース電極11及びドレイン電極15」の形成方法について、「【0014】・・・これらバッファ層、ソース電極及びドレイン電極の成膜方法としては、蒸着法、スパッタ法、CVD法など、任意の方法を用い得る。材料の使用効率、装置の簡便性を考慮するとスパッタ法が好ましい。」と記載されており、図3、4、7?9、11をも参照すると、刊行物発明の「バッファ層BF1及びBF2」、「ソース電極11及びドレイン電極15」は、蒸着法、スパッタ法、CVD法などの方法で堆積された後、所望の形状にパターニングすることにより形成されたものと認められる。
ここで、刊行物発明(図11)は、ソース電極及びドレイン電極の一部が、直接、有機半導体層13に接しているが、引用刊行物の「【0007】
【課題を解決するための手段】
請求項1記載の有機半導体素子の発明は対向する1対の電極の間に成膜されたキャリア移動性の有機半導体層を備えた有機半導体素子であって、前記1対の電極の少なくとも一方と前記有機半導体層との間に接触して挿入されかつ前記接触する電極の仕事関数の値と前記有機半導体層のイオン化ポテンシャルの値との間の仕事関数又はイオン化ポテンシャルの値を有するバッファ層を備えることを特徴とする。」
「【0011】
有機半導体中のキャリア移動のために、バッファ層BFが有するイオン化ポテンシャルの条件すなわち、接触電極の仕事関数と有機半導体層のイオン化ポテンシャルとの間の仕事関数(又はイオン化ポテンシャル)の値は特に重要である。抵抗なくキャリアが移動するにはエネルギー障壁が小さいほうがよいからである。・・・
【0012】
本実施形態のp型有機半導体素子で使用するバッファ層BFの材料としては、Wf<WfB<Ipを満たすものが好ましい。かかるバッファ層BFの挿入によって、ソース電極11からバッファ層BFを介して有機半導体層へと障壁が段階的になり、電流が流れやすくなる。・・・」という記載からみて、「ソース電極11及びドレイン電極15」と「有機半導体層13」が対向する部分全域にわたって、すなわち、「ソース電極及びドレイン電極を完全に覆うように」、「バッファ層BF」を形成した方が、電流が流れやすくなるということは、当業者であれば、当然に予想し得ることである。
さらに、引用刊行物の図3、9のように、「ソース電極11及びドレイン電極15」と「有機半導体層13」が対向する部分のみならず、電極が存在しない部分を含めて、ソース電極11とドレイン電極15にまたがってバッファ層BFを形成してもよいこと、図3、4のように、「有機半導体層13」と「バッファ層BF」がその対向する部分全域にわたって接触してもよいことを考慮すれば、刊行物発明において、「ソース電極11及びドレイン電極15の上に、」「バッファ層BF1及びBF2」を「形成」する際に、「ソース電極11及びドレイン電極15の上に、」「バッファ層」となる「有機化合物」を全面に堆積した後、パターニングすることなく、その上に、「有機半導体層13」を形成することにより、補正後の発明のように、「ソース電極及び」「ドレイン電極と」「p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも」「ソース電極及び」「ドレイン電極を完全に覆うように形成され、」「基板の全面に配置された正孔注入層」とすることは、当業者が必要に応じて、適宜なし得たことである。
よって、上記相違点は、当業者が容易になし得た範囲に含まれる程度のものである。

(4-6)独立特許要件についてのまとめ
以上、検討したとおり、補正後の発明と刊行物発明との相違点は、当業者が容易に想到し得た範囲に含まれる程度のものにすぎず、補正後の発明は、引用刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際、独立して特許を受けることができない。

(5)補正の却下についてのむすび
本件補正は、特許法第17条の2第4項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含むものであるが、本件補正は、特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しないものである。
したがって、本件補正は、特許法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

3.本願発明
平成23年1月20日になされた手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし11に係る発明は、平成21年8月7日になされた手続補正により補正された明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし11に記載された事項により特定されるとおりのものであって、そのうちの請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される上記2.(1)の補正前の請求項1として記載したとおりのものである。

4.刊行物に記載された発明
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された刊行物には、上において検討したとおり、上記2.(4-3-1)に記載したとおりの事項及び上記2.(4-3-3)において認定したとおりの発明(刊行物発明)が記載されているものと認められる。

5.判断
上記2.(3)において検討したとおり、補正後の発明は、補正前の請求項1の発明特定事項である「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を覆うように形成された正孔注入層」を、「前記ソース電極及び前記ドレイン電極と前記p型有機半導体層との間に介在され、少なくとも前記ソース電極及び前記ドレイン電極を完全に覆うように形成され、前記基板の全面に配置された正孔注入層」と限定的に減縮したものである。逆に言えば本件補正前の請求項1に係る発明(本願発明)は,補正後の発明から上記の限定事項をなくしたものである。そうすると、上記2.(4)において検討したように、補正後の発明が,引用刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、当然に、引用刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものといえる。
したがって、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

6.むすび
以上のとおりであるから、本願は、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-06-08 
結審通知日 2012-06-12 
審決日 2012-06-26 
出願番号 特願2006-56476(P2006-56476)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小出 輝  
特許庁審判長 齋藤 恭一
特許庁審判官 小野田 誠
恩田 春香
発明の名称 有機薄膜トランジスタ及びそれを備えた平板ディスプレイ装置  
代理人 渡邊 隆  
代理人 佐伯 義文  
代理人 村山 靖彦  

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