ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備 C12N 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 C12N 審判 全部無効 2項進歩性 C12N 審判 全部無効 特29条の2 C12N |
---|---|
管理番号 | 1265831 |
審判番号 | 無効2010-800198 |
総通号数 | 156 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2012-12-28 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2010-10-25 |
確定日 | 2012-11-14 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4139424号発明「核酸の合成方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 手続の経緯 被請求人は,平成11年11月8日に,発明の名称を「核酸の合成方法」とする特願2000-581248号を特許出願(優先権主張平成10年11月9日)し,平成14年4月12日に,その一部を新たな出願とした特願2002-110505号を特許出願し,平成19年4月23日に,さらにその一部を新たな出願とした特願2007-113523号を特許出願したものであって,平成20年6月13日に,特許庁から特許第4139424号として設定登録を受けた。 これに対して,請求人から平成22年10月25日付で請求項1?4に係る発明についての特許に対して,無効審判の請求がなされたところ,その後の手続の経緯は,以下のとおりである。 答弁書(被請求人):平成23年1月17日 口頭審理陳述要領書(請求人):平成23年4月27日 上申書(請求人):平成23年4月28日 上申書(請求人):平成23年5月11日 口頭審理:平成23年5月11日 上申書(被請求人):平成23年5月27日 上申書(請求人):平成23年5月27日 手続補正書(請求人):平成23年5月27日(甲1号証の和訳を追加) 第2 本件発明 本件特許第4139424号の請求項1?4に係る発明は,その特許請求の範囲の請求項1?4に記載された次のとおりのものと認める。(以下,「本件発明1?4」という。) 「【請求項1】 領域F3c,領域F2c,および領域F1cを3'側からこの順で含む鋳型核酸と以下の要素を含む反応液を混合し,実質的に等温で反応させることを特徴とする,1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の合成方法。 i) 前記F2cに相補的な塩基配列を持つ領域の5'側に前記F1cと同一の塩基配列を持つ領域を連結して含むオリゴヌクレオチド ii) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cに相補的な塩基配列を含むオリゴヌクレオチド iii) 前記F3cに相補的な塩基配列を持つオリゴヌクレオチド iv) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cの3'側に位置する任意の領域R3cに相補的な塩基配列を持つオリゴヌクレオチド v) 鎖置換型の相補鎖合成反応を触媒するDNAポリメラーゼ,および vi) 要素v)の基質となるヌクレオチド 【請求項2】 ii)のオリゴヌクレオチドが,i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cとその5'側に位置する領域R1cに対し,前記R2cと相補な塩基配列を持つ領域の5'側に前記R1cと同じ塩基配列を持つ領域を連結して含むオリゴヌクレオチドで構成されるプライマーである請求項1に記載の方法。 【請求項3】 以下のオリゴヌクレオチドで構成されるプライマーを含む,1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の合成用プライマーセット。 領域F3c,領域F2c,および領域F1cを3'側からこの順で含む鋳型核酸に対し, i) 前記F2cに相補的な塩基配列を持つ領域の5'側に前記F1cと同一の塩基配列を持つ領域を連結して含むオリゴヌクレオチド ii) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cに相補的な塩基配列を含むオリゴヌクレオチド iii) 前記F3cに相補的な塩基配列を持つオリゴヌクレオチド iv) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cの3'側に位置する任意の領域R3cに相補的な塩基配列を持つオリゴヌクレオチド 【請求項4】 ii)のオリゴヌクレオチドが,i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cとその5'側に位置する領域R1cに対し,前記R2cと相補的な塩基配列を持つ領域の5'側に前記R1cと同じ塩基配列を持つ領域を連結して含むオリゴヌクレオチドで構成されるプライマーである請求項3に記載のプライマーセット。」 以下,本審決書では,下記のように用語を統一する。 本件特許公報の段落【0033】に記載のプライマー(図1?3,5?6のFA又はRAに相当)を,「TP」(ターンバックプライマー)という。 本件特許公報の段落【0045】に記載のプライマー(図1?3,5?6のF3又はR3に相当)を,「OP」(アウタープライマー)という。 本件特許公報の段落【0045】に記載のプライマー(図5?6のR1に相当)を,「PCRプライマー」という。 第3 当事者の主張の要点 1 請求人の主張 本件特許には,特許法第29条第2項(無効理由1),同法第29条の2(無効理由2)及び同法第36条第6項第1号及び同条第4項(無効理由3,4)の四つの無効理由(特許法第123条第1項第2号及び第4号)がある(審判請求書の3頁)。(以下,便宜上,順序を変更する。) (1)特許法第29条の2違反(無効理由2) ア 本願の優先日よりも前の優先日を有する特願平11-179056号の願書に最初に添付した明細書又は図面(甲6)は,共にTPを用いて増幅反応を起こすことで共通している。甲6に明確な記載がないのは,OPの使用の点である。しかし,OPの使用が周知技術であること,及び,甲6の図13にはOPの変形例の記載があること,及び,甲6の実施例の鋳型となる配列にはTPがOPとして機能するようなサイトがあるから,甲6には,OPの使用が実質的に記載されているといえ,記載されていなくても,その相違は「微差」といえる。したがって,甲6には,本件発明1ないし4と同一の発明が記載されている。(審判請求書の47?48頁)。 イ 甲6の段落【0006】には,「米国特許第5,270,184号,本明細書中で参考として援用する」という記載がある。この記載は,甲6に記載されている発明の技術内容を理解するために,米国特許第5,270,184号公報(甲13)の全ての記載を参酌し,適宜組み込むことができることを示している。そこで,甲13を参照すると,SDA法の説明があり,図1には,OPが記載されている(陳述要領書の15?16頁)。 特許法29条の2の先願明細書に記載されている発明の技術内容を理解するに当たって,先願明細書に文献名のみ記載された文献の内容も参酌し得ることは,平成17年(行ケ)10207号事件に判示されている。したがって,甲6に記載されている発明の技術内容を理解するために,甲13を参酌し得ることは,甲6の記載から見ても,前記判決から見ても,当然である。さらに,OPの使用は周知技術であるから,甲6に明示的な記載がなくても,当業者であれば,甲6の増幅反応に用い得る具体的手段として理解することができる。以上により,甲13に記載されているOPの使用は,甲6に実質的に記載されている(記載されているに等しい)事項である。(陳述要領書の18?19頁)。 ウ 本件発明が,特許法29条の2の規定に該当することをさらに裏付ける証拠として,特許第4675141号公報(甲12)がある。甲12は,甲6の分割出願をさらに分割した出願の特許公報である。甲12の請求項9,16及び17には,本件発明のOP(アウタープライマー)に相当するものが記載されている。分割出願は,原出願の明細書,特許請求の範囲又は図面の記載事項の範囲内ですることが原則であり,甲12に記載の内容は,審査において,原出願の出願日への遡及効が認められている。このことは,甲12の記載内容が,原出願の出願当初の明細書,特許請求の範囲及び図面の記載事項の範囲内であることの証左である。そして,原出願の出願当初の明細書,特許請求の範囲及び図面の記載事項は,甲6と同一であるから,甲12の記載内容は,甲6の記載事項の範囲内である。(陳述要領書の20?27頁)。 エ 甲6の図13には,OPの変形例が記載されている。図13において,工程マル2に示したプライマーが,OPの変形例であり,TPとOPとが連結して一つになった構造をしている。ここで,本件発明1及び2において,TPとOPが分離した別々のものであることは構成要件に含まれていない。すなわち,甲6の図13のようにTPとOPが連結されて一体となったプライマーも,本件発明のプライマーに含まれることが明らかである(陳述要領書の27?29頁)。 請求人は,図13の工程マル2に示したプライマーについて,鎖置換相補鎖合成を行うことにより分離するものではないと主張しているが,本件発明1及び2の記載から分かる通り,本件発明のOPは,鎖置換相補鎖合成を行うことにより分離するものに限定されていないので,請求人の反論は成り立たない(陳述要領書の30頁)。 オ 別件の平成21年(行ケ)第10420号事件において,本件審判の被請求人は,甲6と本件発明1ないし4との関係について,「増幅反応において共通する」と主張し,甲6には,本件発明1ないし4と同一の発明が記載されていることを,被請求人自身が認めている(甲8?11)(審判請求書の48?51頁)。 カ リバースプライマーとしてTPを用いることは,甲6の図3及び請求項12等に記載されている。したがって,本件発明2,4は,甲6に記載された発明と同一の発明である。また,甲6の図13にはOPの変形例が記載され,また,甲5に記載のように,OPの使用は周知技術である。したがって,本件発明3は,甲6に記載された発明と同一の発明である(審判請求書の52頁)。 (2)特許法第29条第2項違反(無効理由1) ア 甲1の図8のステップ7で生成される一本鎖核酸において,互いに相補的な配列が,ループを形成する配列を介して連結されており,これは本件発明1の「1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸」に該当する。また,同図の説明において,直線ssDNAがプライマーであることが記載されており,直線ssDNAが,本件発明1のi)のオリゴヌクレオチド,つまり,ループにアニールするオリゴヌクレオチド(プライマー)に該当する。そして,同図において,等温条件下での鎖置換DNA合成反応が記載されているから,甲1には,本件発明1の「DNAポリメラーゼ」及び「基質となるヌクレオチド」が記載されている。甲1の「等温増幅」という効果に関する記載は,甲1ないし甲6を組合わせる「示唆」もしくは「動機付け」でもある(審判請求書の30?31頁)。 また,甲2の図19-6の「6」の上側の一本鎖核酸は,同図の1から5までの複製反応で合成された両端にループを持つ一本鎖核酸であるから,本件発明1の「1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の増幅方法」に該当する。また,甲2には,ヘアピン構造を利用した等温増幅反応のメカニズムが記載されているから,本件発明1の「DNAポリメラーゼ」及び「基質となるヌクレオチド」が記載されている(審判請求書の33?36頁)。 さらに,甲3の図5f?5jには,等温増幅のメカニズムが記載されており,これらは,本件発明1の「1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸」,「DNAポリメラーゼ」及び「基質となるヌクレオチド」に該当する(審判請求書の36頁)。 加えて,甲4には,TP及びPCRプライマーを用いた増幅反応が記載されている。甲4の図17A及び17Bでは,TPが鋳型核酸にアニールして伸長しているから,本件発明1の「1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の増幅方法」,「i)のオリゴヌクレオチド」,「ii)のオリゴヌクレオチド」に該当する。また,図17Cでは,TPの伸長鎖が鋳型核酸から剥離し,その3´側にPCRプライマーがアニールしており,これは,本件発明1の「iii)のオリゴヌクレオチド」に該当する(審判請求書の38?39頁)。 続いて,甲5の図1には,二つのOPを用いた増幅反応が記載されている。これは,本件発明1の「iii)のオリゴヌクレオチド」及び「iv)のオリゴヌクレオチド」に該当する(審判請求書の40頁)。 してみると,甲1には,ウイルスのDNAの複製モデルが,試験管内での等温増幅法のモデルになると記載されており,タンパク質の介在無しで,ループにプライマーがアニールすることは,甲1の3にあるように周知技術であり,甲2及び甲3には,ループの3'末端からの自己伸長反応による等温増幅のモデルが記載されており,この自己伸長反応は周知であり,甲4には,TPを用いた増幅反応が記載されており,甲5には,周知技術であるOPを用いた鎖置換反応が記載されている。このため,甲1と甲2又は3を組み合わせた等温増幅反応において,甲1のプライマーとして,甲4のTPを採用し,かつ,TP伸長鎖を周知技術である甲5のOPで置換することにより,本件発明1に想到することは当業者であれば容易である(審判請求書の44?45頁)。 イ 甲4は,OPを使用せずに,変性により,プライマーの伸長鎖を鋳型から剥離している点で,本件発明1と相違する。しかし,OPを使用して等温条件下でプライマー伸長鎖を剥離することは甲5に記載のように周知技術である。また,甲4には,TP伸長鎖が,ループを形成し,かつ,TP伸長鎖に別のプライマーがアニールして伸長反応が起きて得られる生成物が記載され,前記生成物のループに,TPがアニール可能であることは,当業者であれば自明である。そして,ループにアニールしたプライマーの伸長反応により等温増幅が可能であることは甲1に記載され,ループの3'末端からの伸長反応により等温増幅が可能であることも甲2及び甲3に記載されている。したがって,甲5の等温増幅反応の示唆に基づき(必要に応じ,甲1ないし甲3の示唆に基づき),甲4において,変性によるプライマー伸長鎖の剥離に代えて,甲5のOPによる鎖置換反応を採用して,本件発明1に想到することは,当業者であれば容易である。本件発明1では,本件発明の効果が得られない部分を含んでいる(審判請求書の45?46頁)。 ウ 甲5に対し(必要に応じ,甲1ないし甲3の示唆に基づき),甲4を適用することにより,当業者であれば,本件発明1に容易に想到し得る(審判請求書の45頁)。 エ 甲2又は甲3には,両端にループが形成された一本鎖核酸が記載されており,このような一本鎖核酸は,リバースプライマーとしてTPを使用することが前提となる。また,一対のプライマーにおいて,双方のプライマーとして同じプライマーを使用することは,PCR法,甲3及び甲5に記載のように周知技術である。してみると,本件発明2,4は,甲1ないし甲5から,当業者であれば容易に想到し得る。また,TPは,甲4に記載され,OPは甲5に記載されているように周知技術であるから,本件発明3は,甲4及び甲5を組み合わせることにより,当業者であれば容易に想到し得る(審判請求書の46?47頁)。 (3)特許法第36条第6項第1号及び同条第4項違反(無効理由3,4) 本件発明1ないし4の課題は,「単一の酵素で特異性が高い等温増幅の提供」であるところ,甲7には,前記課題を解決するためには,二つのTPと二つのOPが必須である旨が記載されている。また,甲7では,実証データを示して,二つのTP及び二つのOPを使用しなければ,同一の酵素により,高い特異性での等温増幅反応(本発明の効果)が起きないことが示されている(審判請求書の53?54頁)。 したがって,二つのTP及び二つのOPを必須の構成要素とはしていない本件発明1及び3は,発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているため,36条6項1号の規定の要件を具備していない。同様に,二つのTP及び二つのOPを必須の構成要素とはしていない本件発明1及び3は,本件特許の明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて,当業者が実施しようとした場合に,どのように実施するかが理解できないため,36条4項1号の規定の要件を具備していない(審判請求書の55?56頁)。 また,本件発明1は,フォワードプライマーとしてTPを用い,リバースプライマーとしてPCR法のプライマーの態様を含んでいる。この態様は,本件特許公報の図5及び図6に記載されている。前図から明らかなように,本件発明1の合成の目的となる核酸は,図6(D)の核酸である。図6(D)の核酸は,その構造(相補配列の関係)から明らかなように,加熱変性をしなければ,それ以上の増幅反応が進行しない。しかも,熱変性を使用すると,鎖置換DNAポリメラーゼが失活し,また,熱変性はステムループ構造を含む全ての二重鎖構造を破壊するから,本件発明1の特徴的構成要件の「ループにプライマーをアニールさせて伸長反応を生起させる」ことができなくなる。したがって,本件発明1は,二つのTP及び二つのOPを必須としない部分において,36条6項1号及び同条4項1号の規定に反する(審判請求書の54?55頁)。 <証拠方法> 甲第1号証:THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol.266, No.21, pp.14031-14038, 1991 甲第1号証の2:甲第1号証の抄訳(平成23年5月27日付手続補正書) 甲第1号証の3:Proc. Natl. Acad. Sci. USA Vol.79, pp.724-728, 1982 甲第2号証:"DNA REPLICATION SECOND EDITION", ARTHUR KORNBERG,TANIA A BAKER, W.H.FREEMAN AND COMPANY,1992, pp.700-704 & pp.713-716. 甲第2号証の2:甲第2号証の抄訳 甲第2号証の3:“DNA REPLICATION SECOND EDITION”, ARTHUR KORNBERG,TANIA A BAKER, W.H.FREEMAN AND COMPANY, 1992, pp.492-493 & pp.504 甲第2号証の4:甲第2号証の3の抄訳 甲第3号証:WO 96/01327 甲第3号証の2:甲第3号証の訳文 甲第4号証:WO 97/04131 甲第4号証の2:甲第4号証の抄訳 甲第5号証:特開平7-289298号公報 甲第6号証:特開2000-37194号公報 甲第6号証の2:甲第6号証の優先権証明書 甲第7号証:Nucleic Acids Research, 2000, Vol.28, No.12, e63 甲第7号証の2:甲第7号証の抄訳 甲第8号証:平成21年(行ケ)第10107号事件の,原告栄研化学株式会社による平成22年2月1日付け第4準備書面 甲第9号証:平成21年(行ケ)第10107号事件の,原告栄研化学株式会社による平成22年2月18日付け第5準備書面) 甲第10号証:平成21年(行ケ)第10107号事件の,原告栄研化学株式会社による平成22年7月7日付け第7準備書面 甲第11号証:平成21年(行ケ)第10107号事件の,原告栄研化学株式会社による平成22年9月29日付け技術説明資料 甲第12号証:特許第4675141号公報 甲第13号証:米国特許第5,270,184号公報 甲第13号証の2:特開平5-276947号公報 甲第14号証:平成17年(行ケ)10207号審決取消請求事件の判決文 甲第15号証:請求人による平成23年5月11日付け口頭審理説明資料 甲第16号証:無効2010-800195(特許第3313358号無効審判事件),無効2010-800197(特許第3974441号無効審判事件)及び無効2010-800198(特許第4139424号無効審判事件)の,被請求人栄研化学による平成23年5月11日付け口頭審理技術説明資料 2.被請求人の主張の要点 (1)特許法第29の2違反(無効理由2)に対し ア 甲6に開示された動的平衡を利用した分離方法は,アウタープライマーを利用した分離方法とは全く機構及び効果が異なるものであり,アウタープライマーを開示していない点が微差であるという請求人の主張は明らかに無理がある。甲6のプロセスにおいては,動的平衡を利用して二次構造が形成されない限り,新たなプライマーがアニールできないため,反応が動的平衡に依存した不確実なものであり,再現性が悪いものである。これに対し,アウタープライマーを使用して分離すると,鋳型からの分離は動的平衡に依存しないから,伸長生成物の分離は効率よく進む。また,分離した後は,鋳型とアウタープライマー伸長生成物との二本鎖構造が形成されるので,通常は,プライマー結合部位を再生することはない。このように,甲6の分離方法は,アウタープライマーを使用した分離方法とは全く異なる特徴を持つものであり,アウタープライマーを使用した分離方法が甲6から自明なものではないことは明白である(答弁書の19?20頁)。 イ 請求人は,甲6にて引用している甲13にはアウタープライマーが記載されているから,アウタープライマーは甲6に「記載されているに等しい事項」であると主張するが,先願発明の技術的思想から,アウタープライマーを採用する余地はないから,甲13は参酌しうる周知技術に該当しない。さらに請求人は,甲13を参酌し得ることについて,平成17年(行ケ)第10207号事件を引用しているが,甲6自体にアウタープライマーについて何ら記載がないにも関わらず,甲13の特定の一部を,文献名のみの引用を根拠に,技術的関連性を無視して一部取り出し,周知技術と称して追加しようとすることは,上記判決の判示事項はもちろん,請求人自身の上記判決の理解も超える主張である。また,東京高等裁判所昭和60年9月30日判決では,明細書の記載を解釈について,「それはあくまで当該明細書自体から知ることができる具体的内容に関連する場合に限られるものと解すべきであって,・・・極めて抽象的記載についてまでかかる解釈方法を持ち込むことは,いたずらに明細書の記載内容を技術的に広く認めることとなり,後願者に対する関係で不当に有利に扱うこととなり相当とは認めがたい。」と判示されており,甲6にアウタープライマーの記載が一切存在しないにも拘わらず,明細書中に甲13の文献名が引用されていることをもって周知技術として参酌することは許されない(上申書の7?9頁)。 ウ 請求人は,甲12を提出し,甲12は甲6にかかる出願の分割出願に基づく特許であり,その請求項9,16及び17にはアウタープライマーに相当するものが記載されていることから,甲6にはアウタープライマーが記載されていることが裏づけられると主張するが,甲12の審査経過を検討すると,新規事項の追加を理由に拒絶査定(乙3)されたが,前置補正で,請求項9において,「3'側上」という文言を「3'末端」に補正した結果,特許査定されている。審判請求書(乙5)における説明によれば,請求項9にいう「第1の標準プライマー」及び「第2の標準プライマー」はB領域の内部,F'領域の内部にアニールするものであることが明らかにされている。よって,これらのプライマーはいずれもアウタープライマーではないことは明らかである。そして,請求項9,16及び17は,同じ根拠に基づいて追加された請求項であり,甲12の出願人は,請求項16及び17についても同様であると主張しているから,請求項16の「第2のオリゴヌクレオチドプライマー」はB領域の内部,請求項17の「第4のオリゴヌクレオチドプライマー」はF'領域の内部にアニールするものと解される。したがって,請求項16及び17もアウタープライマーを開示しておらず,請求人による甲第12号証の請求項16及び17に基づく主張は失当である(上申書の10?13頁)。 エ 請求人は甲6の図13にはアウタープライマーの変形例が記載されており,図13マル1の分子がターンバックプライマー及びアウタープライマーの両方に該当すると主張しているが,図13マル1の分子は,図から明らかなとおり,3'末端を二つ有する極めて特殊な分子である。本件発明1は,i)?iv)の4種の別個のオリゴヌクレオチドをプライマーとして利用する方法に関するものであり,3'末端を二つ有する極めて特殊な分子である図13マル1の分子がこれらに該当する余地はない。また,図13においては,マル2からマル3への伸長後,マル3からマル4において,鋳型からの分離が生じている。甲6には,かかる鋳型からの分離がどのような機構で生じるか明記されていないが,分離後のマル4の配列がe'f'までの伸長で終了していることから,かかる分離において鎖置換相補鎖合成が生じていないことは明らかである。(上申書の9?10頁)。 オ 請求人は,別件(平成21年(行ケ)第10107号)において被請求人が提出した準備書面等を部分的に引用し,甲6に,本件特許発明1ないし4と同一の発明が記載されていることを,被請求人自身が認めていると主張するが,明らかに失当である。本件無効審判において争点となるのは,甲6の当初明細書等に記載された発明の内容であり,それは,甲6の優先日(平成10年6月24日)の時点において,その当時の技術常識を備えた当業者が,その技術的知識に基づき,甲6の当初明細書等から客観的に把握できるものに限られる。当然,平成12年5月18日に公開された本件特許において開示された技術内容を甲6の優先日(平成10年6月24日)当時の当業者は知得できないし,そのような技術内容を知得し得たとする根拠もない。よって,甲6の当初明細書等に記載された発明は,本件特許において開示された技術に基づいて認定することは許されないのである。したがって,請求人の各主張は,本件無効審判において参酌されるものではなく,失当である(答弁書の20?22頁)。 カ 本件発明1は,甲6に記載されておらず,先願発明と同一ではないので,本件発明1を直接に引用する本件発明2も,甲6に記載されておらず,先願発明と同一ではないことは明らかである。また,本件発明3及び4は,それぞれ本件発明1及び2の合成方法を実現するためのプライマーセットであるところ,本件発明1及び2の合成方法は,甲6に記載されておらず,先願発明と同一ではないので,同様の理由によって,本件発明3及び4も,甲6に記載されておらず,先願発明と同一ではない(答弁書の28頁)。 (2)特許法第29条第2項違反(無効理由1)に対し 請求人は,本件発明1に対する無効理由1において,進歩性欠如の引用例の組み合わせを手当たり次第に主張するが,何れの組み合わせについても,極めて曖昧に対比を行って相違点を抽象化し,具体的な動機付けや契機に基づく裏付けも明らかにせずに,漫然と想到容易であるとの主張を繰り返すだけである。しかも,請求人は,核酸合成方法における一連の機構の一体性を無視して,個別のステップや要素だけを強引に取り出して周知技術であると決めつけて組み合わせており,論理の欠如も甚だしい。かかる請求人の無効理由1に関する主張態様からすれば,そもそも主張自体に無理があることは明らかであるが,以下,念のため,各証拠に基づく想到非容易性を簡潔に説明する(答弁書の10頁)。 ア 本件発明1と甲1の図8とを比較すると,そもそも甲1は,生体中(in vivo)におけるDNA複製の機構を考察しただけであり,in vitroにおいて目的の核酸領域を特異的に増幅させることを意図する反応ではなく,本件発明1の「1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の合成方法」に該当しない。さらに,甲1は,T4ホロ酵素が,スナップバック機構により,直鎖ssDNA鋳型を複製するものであるから,本件発明1のように,鋳型とi)ないしiv)のオリゴヌクレオチドを含む反応液とを混合し,実質的に等温で反応させるものではなく,i)ないしiv)のオリゴヌクレオチドを含む反応液も開示されていない。特に,ターンバック構造を有するi)のオリゴヌクレオチドについては記載も示唆も存在しない。また,請求人は,甲1の「直鎖ssDNA」が本件発明1の「i)のオリゴヌクレオチド」に該当すると主張するが,甲1に開示された合成方法では,uvsXリコンビナーゼによって,二本鎖ヘアピン生成物や二本鎖の二量体中間体の一部に鋳型である直鎖ssDNA分子をDNA組換えにより導入しているのであり,二本鎖ヘアピン生成物のループに直鎖ssDNAの3'末端をアニールさせるものではないから,甲1の「直鎖ssDNA」は,本件発明1のi)のオリゴヌクレオチドに該当するものではない。よって,甲1には,本件発明1の構成は全く開示されておらず,請求人が主張するような一致点は存在しない(答弁書の13?14頁)。 請求人は,甲1と甲2又は甲3を組み合わせた等温増幅反応において,甲1のプライマーとして,甲4のTPを採用し,かつ,TP伸長鎖を周知技術である甲5のOPで置換することにより,本件発明1を想到することは当業者であれば容易であると主張するが,上述したとおり,請求人は,本件発明1と甲1との間の一致点及び相違点の認定を誤るものであるから,かかる請求人の主張は前提において誤りである。さらに,甲1は,生体内(in vivo)におけるDNA複製の機構を考察しただけであるから,そもそも甲2ないし甲5に適用できるものではない。さらに,甲1の図8では少なくとも「T4ホロ酵素」及び「uvsXリコンビナーゼ」を必須の要件とするものであり,これらを有していない甲2ないし甲5に適用できないことは明らかである(答弁書の14頁)。 なお,請求人は,タンパク質の介在無しで,ループにプライマーがアニールすることは,甲1の3の図1のように周知技術であると主張するが,甲1の3と甲1との関連性を明らかにしておらず,趣旨不明である(答弁書の15頁)。 イ 甲4は,従来のPCRにおいて二つのプライマーが必要であったことを課題として,単一のプライマーによって増幅を行うために,ポリヌクレオチドヘアピンと単一のプライマーとを使用したものである。したがって,甲4の図17Cでは,ポリヌクレオチドヘアピンのD'領域に単一のプライマーDがアニールした場合だけが,発明の目的とする増幅反応となる。さらに,甲4では,熱変性によって二本鎖を分離して反応を段階的に進めるものであるから,等温条件下で鎖置換合成を行って,塩基対結合が可能な状態を形成する本件発明1とは本質的に異なる(答弁書の16?17頁)。 また,請求人は,甲5の等温増幅反応の示唆に基づき(必要に応じ甲1ないし甲3の示唆に基づき,甲4において,変性によるプライマー伸長鎖の剥離に代えて,甲5のOPによる鎖置換反応を採用して,本件発明1を想到することは当業者であれば容易であると主張するが,甲4は,単一のプライマーによって増幅を行うために,ポリヌクレオチドヘアピンと単一のプライマーDとを使用したものであるから,ループにオリゴヌクレオチドをアニールさせることは,甲4の発明の目的に反するものであり,明白な阻害事由に該当する。また,4つのアウタープライマーを含む反応液についても,甲4の発明の目的に反するものである。しかも,甲4においては,等温条件下で増幅を進めるための手段を記載も示唆もしていないので,等温条件を採用できるものではない。したがって,本件発明1は,甲4に,周知技術である甲1ないし甲3及び甲5を適用することにより,当業者が容易に想到できたものではない(答弁書の17頁)。 ウ 請求人は,甲5に対して,甲4を如何なる動機付けで,また如何なる構成を適用するかについては明らかにしておらず,実質的な無効理由を何ら主張していない。(答弁書の18頁)。 エ 本件発明1が甲1ないし甲5に基づいて当業者が容易に想到できたものではない以上,本件発明1を直接引用する本件発明2も,甲1ないし甲5に基づいて当業者が容易に想到できたものではないことは明らかである。なお,甲4は,ポリヌクレオチドヘアピンと単一のプライマーDとを使用して単一のプライマーによって増幅を行うものであるから,一対のプライマーを必要とするものではない。また,本件発明3及び4は,それぞれ本件発明1及び2の合成方法を実現するためのプライマーセットであるところ,本件発明1及び2の合成方法は,甲1ないし甲5に基づいて当業者が容易に想到できたものではないので,同様の理由により,本件発明3及び4も,甲1ないし甲5に基づいて,当業者が容易に想到できたものではない(答弁書の18?19頁)。 (3)特許法第36条第6項第1号及び同条第4項違反(無効理由3,4)に対し 本件発明1及び3は,一つのTP及び二つのOPを使用した「1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸」の合成方法を規定しているが,その増幅機構は,本件特許の図5に例示されているように,当業者が認識できるように記載されており,また,当業者はかかる記載に基づいて実施することは可能である。そして,かかる増幅機構によって,「同一鎖上の一部F1cにアニールすることができる領域F1を3'末端に備え,この領域F1がF1cにアニールすることによって,塩基対結合が可能な領域F2cを含むループを形成することができる核酸」を得ることができ,かかる核酸を得るという効果が得られるのであるから,請求人の無効理由3及び4は理由がないことは明らかである。(答弁書の28?29頁)。 <証拠方法> 乙第1号証:「生化学辞典 第3版」第1刷1998年10月8日,株式会社東京化学同人発行 乙第2号証:2011年5月11日付被請求人技術説明資料 乙第3号証:特願2005-120409(甲第12号証)に関する平成22年1月19日付拒絶査定 乙第4号証:特願2005-120409(甲第12号証)に関する平成22年5月7日付手続補正書 乙第5号証:特願2005-120409(甲第12号証)に関する平成22年5月7日付拒絶査定不服審判請求書 乙第6号証:特願2005-120409(甲第12号証)に関する平成21年8月31日付拒絶理由通知乙 乙第7号証:特願2005-120409(甲第12号証)に関する平成21年12月25日付意見書 第4 当審の判断 1 無効理由2(特許法第29条の2違反)について (1)本件発明と甲6の記載 ア 本件発明について 本件発明1?4の構成要件は,上記第2のとおりである。また,本件明細書(本件特許公報)には,以下の記載がある。 「【0014】本発明の課題は,新規な原理に基づく核酸の合成方法を提供することである。より具体的には,低コストで効率的に配列に依存した核酸の合成を実現することができる方法を提供することである。すなわち,単一の酵素を用い,しかも等温反応条件の下でも核酸の合成と増幅を達成することができる方法の提供が,本発明の課題である。更に本発明は,公知の核酸合成反応原理では達成することが困難な高い特異性を実現することができる核酸の合成方法,並びにこの合成方法を応用した核酸の増幅方法の提供を課題とする。」 「【0025】本発明において合成の目的としている1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸とは,1本鎖上に互いに相補的な塩基配列を隣り合せに連結した核酸を意味する。更に本発明においては,相補的な塩基配列の間にループを形成するための塩基配列を含まなければならない。本発明においては,この配列をループ形成配列と呼ぶ。そして本発明によって合成される核酸は,実質的に前記ループ形成配列によって連結された互いに相補的な塩基配列で構成される。・・・」 「【0030】・・・ヘアピンループを形成させて自身を鋳型(template)とする相補鎖合成反応の報告は多いが,本発明においてはヘアピンループ部分に塩基対結合を可能とする領域を備えており,この領域を相補鎖合成に利用している点において新規である。・・・」 「【0032】本発明の特徴となっている,3'末端に同一鎖上の一部F1cにアニールすることができる領域F1を備え,この領域F1が同一鎖上のF1cにアニールすることによって,塩基対結合が可能な領域F2cを含むループを形成することができる核酸は,様々な方法によって得ることができる。もっとも望ましい態様においては,次の構造を持ったオリゴヌクレオチドを利用した相補鎖合成反応に基づいてその構造を与えることができる。 【0033】すなわち本発明において有用なオリゴヌクレオチドとは,少なくとも以下の2つの領域X2およびX1cとで構成され,X2の5'側にX1cが連結されたオリゴヌクレオチドからなる。 X2:特定の塩基配列を持つ核酸の領域X2cに相補的な塩基配列を持つ領域 X1c:特定の塩基配列を持つ核酸における領域X2cの5'側に位置する領域X1cと実質的に同じ塩基配列を持つ領域」 「【0045】本発明による核酸の合成方法において有用な上記オリゴヌクレオチドを利用し,鎖置換活性を持ったDNAポリメラーゼと組み合わせて合成を行う反応について,基本的な原理を図5-6を参考にしながら以下に説明する。上記オリゴヌクレオチド(図5におけるFA)は,まずX2(F2に相当)が鋳型となる核酸にアニールし相補鎖合成の起点となる。図5においてはFAを起点として合成された相補鎖がアウタープライマー(F3)からの相補鎖合成(後述)によって置換され,1本鎖(図5-A)となっている。得られた相補鎖に対して更に相補鎖合成を行うと,このとき図5-Aの相補鎖として合成される核酸の3'末端部分は,本発明によるオリゴヌクレオチドに相補的な塩基配列を持つ。つまり,本発明のオリゴヌクレオチドは,その5'末端部分に領域X1c(F1cに相当)と同じ配列を持つことから,このとき合成される核酸の3'末端部分はその相補配列X1(F1)を持つことになる。図5は,R1を起点として合成された相補鎖がアウタープライマーR3を起点とする相補鎖合成によって置換される様子を示している。置換によって3'末端部分が塩基対結合が可能な状態となると,3'末端のX1(F1)は,同一鎖上のX1c(F1c)にアニールし,自己を鋳型とした伸長反応が進む(図5-B)。そしてその3'側に位置するX2c(F2c)を塩基対結合を伴わないループとして残す。このループには本発明によるオリゴヌクレオチドのX2(F2)がアニールし,これを合成起点とする相補鎖合成が行われる(図5-B)。このとき,先に合成された自身を鋳型とする相補鎖合成反応の生成物が,鎖置換反応によって置換され塩基対結合が可能な状態となる。 【0046】本発明によるオリゴヌクレオチドを1種類,そしてこのオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖を鋳型として核酸合成を行うことが可能な任意のリバースプライマーを用いた基本的な構成によって,図6に示すような複数の核酸合成生成物を得ることができる。図6からわかるとおり,(D)が本発明において合成の目的となっている1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸である。他方の生成物(E)は,加熱変性などの処理によって1本鎖とすれば再び(D)を生成するための鋳型となる。また2本鎖状態にある核酸である生成物(D)は,もしも加熱変性などによって1本鎖にされた場合,もとの2本鎖とはならずに高い確率で同一鎖内部でのアニールが起きる。なぜならば,同じ融解温度(Tm)を持つ相補配列ならば,分子間(intermolecular)反応よりも分子内(intramolecular)反応のほうがはるかに優先的に進むためである。同一鎖上でアニールした生成物(D)に由来する1本鎖は,それぞれが同一鎖内でアニールして(B)の状態に戻るので,更にそれぞれが1分子づつの(D)と(E)を与える。これらの工程を繰り返すことによって,1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸を次々に合成していくことが可能である。1サイクルで生成される鋳型と生成物が指数的に増えていくので,たいへん効率的な反応となる。 【0047】ところで図5-(A)の状態を実現するためには,はじめに合成された相補鎖を少なくともリバースプライマーがアニールする部分において塩基対結合が可能な状態にしなければならない。このステップは任意の方法によって達成することができる。すなわち,最初の鋳型に対して本発明のオリゴヌクレオチドがアニールする領域F2cよりも更に鋳型上で3'側の領域F3cにアニールするアウタープライマー(F3)を別に用意する。このアウタープライマーを合成起点として鎖置換型の相補鎖合成を触媒するポリメラーゼによって相補鎖合成を行えば,本発明の前記F2cを合成開始点として合成された相補鎖は置換され,やがてR1がアニールすべき領域R1cを塩基対結合が可能な状態とする(図5)。鎖置換反応を利用することによって,ここまでの反応を等温条件下で進行させることができる。」 「 」 イ 甲6の記載について 甲6(特開2000-37194号公報)には,以下の記載がある。 「【請求項12】 特定の核酸配列を非直線的に増幅するためのプロセスであって,以下の工程:該特定の核酸配列,該特定の核酸配列ついての第1の初期プライマーまたは核酸構築物であって,該第1の初期プライマーまたは核酸構築物が,以下の2つのセグメント:(A)第1のセグメントであって,(i)該特定の核酸配列の第1の部分に実質的に相補的であり,そして(ii)テンプレート依存性の第1の伸長をし得る,セグメント,および,(B)第2のセグメントであって,(i)該第1のセグメントに実質的に非同一であり,そして(ii)該特定の核酸配列の第2の部分に実質的に同一であり,(iii)該第2のセグメントの相補的配列に結合し得,そして(iv)第2のプライマー伸長が生成されて第1のプライマー伸長を置換するように,均衡または限定サイクリング条件下で,続く第2のプライマーまたは核酸構築物の第1のセグメントの,該特定の核酸配列の該第1の部分への結合を提供し得る,セグメント,を含む;ならびに,該特定の核酸配列の相補体に対する続く初期プライマーまたは核酸構築物であって,該続く初期プライマーまたは該核酸構築物が,以下の2つのセグメント,(A)第1のセグメントであって,(i)該特定の核酸配列の第1の部分に実質的に相補的であり,そして(ii)テンプレート依存性の第1の伸長をし得る,セグメント,および,(B)第2のセグメントであって,(i)該第1のセグメントに実質的に非同一であり,(ii)該特定の核酸配列の第2の部分に実質的に同一であり,(iii)該第2のセグメントの相補的配列に結合し得,そして(iv)第2のプライマー伸長が生成され,そして第1のプライマー伸長を置換するように,均衡または限定サイクリング条件下で,続くプライマーの第1のセグメントの,該特定の核酸配列の該第1の部分への結合を提供し得る,セグメント,を含む:ならびに基質,緩衝液,およびテンプレート依存性重合化酵素;を提供する工程:ならびに,均衡または限定サイクリング条件下で,該基質,緩衝液,またはテンプレート依存性重合化酵素の存在下で,該特定の核酸配列および該新規プライマーまたは核酸構築物をインキュベートし;それにより,該特定の核酸配列を非線形に増幅する,工程,を包含する,プロセス。」 「【0006】Walkerら(Proc.Nat.Acad.Sci.U.S.A. 1992,89;392-396,本明細書中で参考として援用する)によって記載される鎖置換増幅(Strand Displacement Amplification)法において,等温増幅は,プライマー内の制限酵素部位の封入によって行われ,その結果制限酵素による消化は,単一の温度で所定のテンプレートからの,一連のプライミング,伸長,および置換反応を可能にする。しかし,それらの系は,ポリメラーゼおよび基質についての基本的な必要性に加えて,3つのさらなるエレメントがそれらの発明を行うために必要であるという限定を有する。第1に,プライミングが行われる部位での適切な制限酵素部位の存在の必要性が存在する;第2に,示される第2の酵素(制限酵素)の存在の必要性が存在し,そして最後に,特異的に改変された基質(例えば,存在するdNTPのチオ誘導体)の必要性が存在する。この方法のバリエーションが記載されており(米国特許第5,270,184号,本明細書中で参考として援用する),ここで,標的における制限酵素部位の必要性の限定が,制限酵素部位を有するプライマーに隣接する第2のプライマーセットの使用によって排除されている。しかし,このバリエーションにおいて,系は,第2のプライマーセットについての必要性の新たな限定を有する一方,制限酵素および改変基質についての他の2つの限定の必要性を有することが記載される。」 「【0013】【発明が解決しようとする課題】本発明は,核酸増幅,核酸配列決定,および重要な特徴(例えば,低減した熱力学的安定性)を有する独特の核酸の生成に有用かつ応用可能である新規のプロセスを提供することを目的とする。」 「【0081】・・・均衡条件は,実質的に定常な温度および/または化学条件をいう。」 「【0103】(1つのステムループ形成プライマーとの直線的増幅)本発明の1つの局面において,特定の核酸配列の直線的増幅は,均衡または限定サイクリング条件下で,少なくとも2つのセグメントを有する新規の単一のプライマーまたは新規の単一の核酸構築物の使用によって行われる。・・・新規のプライマーおよび核酸構築物の第1セグメントは,標的核酸配列に存在する配列に実質的に相補的である配列を含む。新規のプライマーまたは核酸構築物の第2セグメントは,標的核酸に存在する配列に実質的に同一である配列を含む。新規の核酸構築物は,第1セグメントおよび第2セグメントの1つ以上のコピーを有し得る。新規のプライマーまたは核酸構築物のテンプレート依存性伸長は,自己ハイブリダイゼーションによって形成されるステムループ構造,ならびに新規のプライマーまたは核酸構築物を含む配列に同一または相補的でない伸長配列を有する産物を作製し得る。 【0104】この産物は,図1に例示される,連続する一連の以下の工程によって,形成され得る。新規のプライマーまたは核酸構築物のテンプレート依存性伸長は,この新規のプライマーまたは核酸構築物の第2セグメントを含む配列に相補的である伸長部分配列において生成する。これらの自己相補性領域は,テンプレートに結合しままであり得るか,または自己相補性構造を形成し得る。二次構造の形成は,テンプレートからの,伸長した新規のプライマーの第1セグメントの全てまたは一部の除去を提供し得る。このことは,別の初期プライマーが,テンプレートからの新規の第1伸長プライマーの除去の前に,テンプレート配列に結合することを可能にする。テンプレート上の第2プライマーの伸長は,テンプレートからの第1伸長プライマーの置換を導き得る。このことは,伸長プライマーの分離が,別の結合および伸長反応のためのテンプレートの使用の前に常に起こる先行技術とは対照的である。これらの手段によって,単一のテンプレートは,均衡条件下で,2つ以上の初期事象を提供し得る。さらに,この方法は,全ての温度が伸長産物およびそのテンプレートのTmのものを下回る,限定サイクル条件下で使用され得る。連続するプロセスにおいて,新規の第2伸長プライマーにおける二次構造の形成は,新規の第3プライマーの結合および続く伸長を提供し得る。このようにして,変性条件の非存在下において,本発明の新規のプロセスは,核酸テンプレートの単鎖からの多重プライミング,伸長,および遊離事象を提供し得る。さらに,これらの工程の全ては,均衡条件下で,同時および連続的に起こり得る。」 「【0106】新規の伸長プライマーおよび核酸構築物の,自己相補性構造を形成する能力は,適切な条件下で実現化され得る。先行技術は,その特徴が短い相補性オリゴヌクレオチドの会合および解離が,温度,塩条件,塩基含有量,および相補配列の長さによって決定される平衡反応として生じることを示している。・・・」 「【0131】非直線的増幅産物は,均衡または限定条件下で,連続した一連の以下の工程によって,新規のプライマーおよび標準的なプライマーによって合成され得る。新規のプライマーは標的鎖に結合し,そして新規の単一プライマーとの直線的増幅について以前に記載されるのと,同じ一連の伸長,二次構造形成,プライマー結合部位の再生,第2結合,第2伸長,およびテンプレートからの第1伸長プライマーの分離が存在する。新規の伸長プライマーは,他方の新規のプライマーの連続する結合および伸長によって置換されるので,これらの1本鎖産物は標準的なプライマーに結合し得,そしてそれらを伸長させて,完全な2本鎖アンプリコンを作製し得る。この潜在的な一連の事象を,図2に示す。得られる2本鎖構造は一方の鎖において新規のプライマーについてのプライマー結合部位に相補的な配列と,および他方の鎖において新規のプライマーについてのプライマー結合部位に同一の配列と隣接する各鎖自己相補配列を含む。この結果として,各鎖は,アンプリコンの一方の末端で,ステムループ構造を形成し得る。次いで,1本鎖ループ構造におけるプライマー結合部位の露出は,図1において以前に示した同じプロセスによって,さらなる一連のプライマー結合および置換反応をもたらし,それにより均衡または限定サイクル条件下で,目的の配列の非直線的増幅の生成を可能にする。・・・」 「【0144】これらの特徴によって,適切な標的分子の一方の鎖の存在は、新規の単一プライマーを非直線的増幅し得る自己複製核酸に変換し得る。本発明の新規の単一プライマーは,標的に結合し得,そして伸長のためのテンプレートとしてそれを利用する。・・・ 【0145】標的核酸の適切な鎖の存在によって直線状の新規のプライマーからこのような形態を合成するのに使用され得る一連の工程は,図9,10,および11に示される。新規のプライマーはテンプレートに結合し得,そして伸長して,、図9の工程2の構造を形成し得る。」 「【0156】・・・上記の鎖配置で2つの第1,第2,および第3セグメントを有する構築物の例は,図13および図15に与えられる。本発明のこの局面において使用される構築物は,図9、10、および11に例示された以前の局面に関連する。・・・それにより、図13および15の工程3は,単一テンプレート分子が,1つのみではなく2つの3'末端の伸長に使用されることを除いて,図9の工程2に等しい。・・・」 「 」 (2)対比 甲6には,標的核酸配列に存在する配列に実質的に相補的である配列である第1セグメントと,標的核酸に存在する配列に実質的に同一である配列である第2セグメントとを有する新規のプライマー(TP)を,均衡条件下で,基質,及びテンプレート依存性重合化酵素の存在下で,特定の核酸配列とともにインキュベーションし,該特定の核酸配列を非線形に増幅するプロセスが記載されている(【請求項12】)。そして,このプライマーの第2セグメントは,平衡反応によって,プライマーの伸長鎖における相補性領域と結合し,二次構造(ステムループ構造)を形成する(以下,「動的平衡」ともいう。)ので,プライマー結合部位が再生し,別のプライマーがテンプレートに結合できるようになることも記載されている(段落【0104】【0106】)。さらに,テンプレートに結合した別のプライマーの伸長は,テンプレートからの伸長プライマーの置換を導き,これによって直線的な増幅が可能になることも記載されている(段落【0103】【0104】)。また,図2に示されるように,前記置換によって得られた1本鎖産物は標準的なプライマー(PCRプライマー)と結合し,該プライマーを伸長させて,完全な2本鎖アンプリコンを作製すること,そして,アンプリコンの一方の末端で,ステムループ構造を形成し,それによってプライマー結合部位が露出するので,さらなる一連のプライマー結合及び置換反応がもたらされ,目的の配列の非直線的な増幅が可能になることも記載されている(【0131】)。 ここで,本件発明1と甲6に記載された事項とを対比すると,甲6に記載の「第1セグメント」及び「第2セグメント」は,本件発明1の「領域F2cに相補的な塩基配列」及び「領域F1cと同一の塩基配列」にそれぞれ相当する。そして,甲6の図1又は2においてステムループ構造が形成されていることからみて,甲6の「第2セグメント」は「第1セグメント」の5'側に位置するものであると認められるから,甲6には,本件発明1の「i) 前記F2cに相補的な塩基配列を持つ領域の5'側に前記F1cと同一の塩基配列を持つ領域を連結して含むオリゴヌクレオチド」が記載されている。 また,甲6に記載の「標準的プライマー」は,伸長プライマー(1本鎖産物)に結合するものであるから,本件発明1の「ii) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cに相補的な塩基配列を含むオリゴヌクレオチド」に相当する。 さらに,甲6に記載の「テンプレート依存性重合化酵素」及び「基質」は,本件発明1の「v) 鎖置換型の相補鎖合成反応を触媒するDNAポリメラーゼ」及び「vi) 要素v)の基質となるヌクレオチド」にそれぞれ相当する。 加えて,甲6(図1のマル1)に記載の核酸(鋳型)は,第1セグメントに相補的な塩基配列を有し,その核酸の5'側に第2セグメントと同一の塩基配列を有するものであるから,本件発明1の「領域F2c,および領域F1cを3'側からこの順で含む鋳型核酸」に相当する。 そのほか,甲6(図2のマル5)に記載された「アンプリコンの一方の末端にステムループが形成された核酸」は,1本鎖上に互いに相補的な塩基配列を隣り合わせに連結した核酸であり,相補的な塩基配列の間にループを形成しているから,本件発明1の「1本鎖上に互いに相補的な塩基配列が交互に連結された核酸」に相当する。 最後に,甲6に記載の「均衡条件下」は,本件発明1の「実質的に等温で反応させる」に相当し,甲6に記載の「増幅プロセス」は,核酸の合成を含むものであり,本件発明1の「合成方法」に相当する。 してみると,両者は,「領域F2c,および領域F1cを3'側からこの順で含む鋳型核酸と以下の要素を含む反応液を混合し,実質的に等温で反応させることを特徴とする,1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸の合成方法。 i) 前記F2cに相補的な塩基配列を持つ領域の5'側に前記F1cと同一の塩基配列を持つ領域を連結して含むオリゴヌクレオチド ii) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cに相補的な塩基配列を含むオリゴヌクレオチド v) 鎖置換型の相補鎖合成反応を触媒するDNAポリメラーゼ,および vi) 要素v)の基質となるヌクレオチド」である点で一致し,以下の点で相違している。 [相違点]本件発明1では,さらに,該鋳型核酸において,領域F2cの3'側に領域F3cが含まれており,OPとして「iii) 前記F3cに相補的な塩基配列を持つオリゴヌクレオチド,iv) i)のオリゴヌクレオチドをプライマーとして合成された相補鎖における任意の領域R2cの3'側に位置する任意の領域R3cに相補的な塩基配列を持つオリゴヌクレオチド」を用いているのに対し,甲6に記載された発明では,このような領域F3cや前記iii)及びiv)のオリゴヌクレオチド(OP)を用いることが記載されていない点。 (3)判断 上記の点が相違しており,この点は,課題解決のための具体化手段における微差とはいえないから,本件発明1が甲6に記載された発明であるとはいえない。そして,請求人が,本件発明1が甲6に記載された発明と同一のものであるとする主張について,採用できない理由は以下の通りである。 ア 甲6においてOPを用いることは微差との主張(主張ア) 甲6では,図1に示されるように,動的平衡を利用して二次構造を形成し,これにより新たなプライマー結合部位を再生して,テンプレートからの伸長生成物の置換及び分離を行って直線的増幅をしており,OPは使用されていない。TPに加えてさらにOPを用いれば,OPから伸びた鎖は,動的平衡によりループを形成することができなくなるから,直線的増幅ができなくなることは明らかである。 OPの使用が周知技術であるとしても,OPの使用は甲6の課題に反するものであって,甲6の増幅反応にOPを使用することは,課題解決のための微差にすぎないとはいえない。 イ 甲13の記載から,OPの使用は記載されているに等しい事項との主張(主張イ) 甲13は,参考として援用されているのであり,甲6の発明の内容を説明するために援用されているものでないから,甲13に記載された内容によって,甲6に記載された発明の内容が補われるものでないことは明らかである。甲6の発明の内容のうち,何が,甲13の援用により補われるか明らかになっていないと,OPの使用が記載されているに等しいとはいえない。 ウ 甲12の請求項9,16及び17にOPが記載されているとの主張(主張ウ) 甲12は,甲6の分割出願(孫出願)ではあるが,甲6とは別の審査経緯を経て特許査定されたものであり,特許法第44条第2項のただし書きの規定からみても明らかなように,分割出願の際,原出願には記載のない新規事項が追加されていることも否定できないから,仮に甲12の請求項9,16及び17に記載されているプライマーがOPに相当するものであったとしても,甲6にも同じようなOPが記載されているとはいえない。 また,被請求人が示した甲12の審査経緯を参酌すると,請求項16及び17に記載された「3’側」は,本来「3’末端」を意味し,同一の領域内の「内部」にアニールすることを意味しているとも解されるから,甲12の請求項9,16及ぶ17に記載されたプライマーが,OPに相当するものであるとは確実にいえない。 エ 甲6の図13のマル2にOPの変形例があるとの主張(主張エ) 本件特許の請求項1の記載を素直に読む限り,i)?iv)のオリゴヌクレオチドはそれぞれ別のオリゴヌクレオチドであると解されるものである。また,甲6の図13に記載されたオリゴヌクレオチドは,5'末端で2つのオリゴヌクレオチドが連結され,2つの3'末端を有するという特殊な分子であり,特許請求の範囲に記載された用語の通常の理解によって当業者が想定できるものに当たらない。さらに,甲6の図13のものを本件発明1のTP及びOPとして用いたとしても,マル4の鋳型において合成される相補鎖は(5')abcdb’a’c(3')となり,3'末端のcによって自己伸長反応を開始できルステムループ構造を形成しないものとなるため,本件発明1のTP及びOPとは相違するものであることは明らかである。 また,本件明細書の全体を参酌すれば,OPの目的が,鎖置換相補鎖合成によって伸長生成物を分離することにあることは明らかであり,図13のマル4?マル7の記載からわかるように,鎖置換合成反応を意図していないものであるから,このような目的を達成しないOPが特許請求の範囲に含まれていると解釈する余地はないものである。 さらに,甲6の段落【0144】【0145】【0156】の記載から明らかなように,図13のプライマーは単一のプライマーとして用いることを意図しているものであり,この点でも,複数のプライマーを用いる本件発明1のものとは相違している。 したがって,図13のマル2のオリゴヌクレオチドは,OPを示すものではなく,甲6にOPの変形例があるとは認められない。 オ 別件での被請求人の主張が,本件特許の無効と関係するとの主張(主張オ) 請求人は,別の訴訟事件(平成21年(行ケ)第10107号)で,被請求人自身が,本件発明と甲6に記載された発明が同一発明であることを認めていると主張する。ところが,特許法第151条において準用する民事訴訟法第179条は,「裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実」とあるのは「顕著な事実」と読み替えるものとされている。したがって,仮に本件において,被請求人自身が本件発明と甲6に記載された発明が同一発明であることを認めたとしても,認めたこと自体が,審決の基礎となり,本件特許が無効であるか否かの判断を左右するものではない。 よって,本件発明1は,甲6に記載された発明と同一の発明ではない。そのことは,本件発明1を引用してさらに限定する本件発明2についても同様である。また,本件発明3?4は,本件発明1?2の合成方法を実現するプライマーを取り出してキットとしたものであるから,本件発明1?2と同様に,甲6に記載された発明と同一の発明ではない。 (4)小括 以上のとおり,請求人の主張に理由があるとはいえず,本件発明1?4に係る発明についての特許は,特許法第29の2の規定に違反してされたものとはいえない。 2 無効理由1(特許法第29条2項違反)について (1)本件発明と引用例の記載 ア 本件発明について 本件発明1?4の構成要件は,上記第2のとおりである。また,本件明細書(本件特許公報)に記載された事項については,上記1(1)アのとおりである。 イ 甲1の記載について 甲1(THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol.266, No.21, pp.14031-14038, 1991)には,以下の事項が記載されている。 「観察に基づき,スナップバック(snap-back)DNA合成における増幅に対し,図8のモデルを提案する。 工程1 T4ホロ酵素が,スナップバック機構により,直鎖ssDNA鋳型を複製する。この反応の生成物は,長い二本鎖のヘアピンであり,それは,出発物質である直鎖ssDNAに対して相同である。 工程2 uvsXタンパク質が,工程1における直鎖ssDNA分子と二本鎖ヘアピン生成物との間の結合を触媒する。uvsXタンパク質(6)によって触媒されるDNA分岐点移動の,5'から3'への方向性(ssDNAへの侵入に関する)により,前記ssDNAの3'末端は,D-ループ構造に組み込まれ,そこで,DNA複製を開始できる状態を保つ6。 工程3および4 このように開始されるDNA合成により,D-ループ中間体を,ダイマー長の直鎖二本鎖に分解し,前記直鎖二本鎖は複製開始DNA合成における鋳型としてもよい(工程5)。 工程5及び6 uvsXタンパク質が直鎖ssDNA分子(出発物質)と二本鎖の二量体中間体の相同性タンパク質との間のシナプシスを触媒し,DNA合成を開始する。"DNAバブル移動"機構(13)によるこの鋳型の複製によって,内部相補的であり,急速に復元するダイマー長の直鎖ssDNA分子が生じる。 工程7 この生成物の復元によって,工程1と同一のヘアピン構造が形成される。そして,これらの生成物は新たなDNA合成に用いてもよく,それによって,これらの生成物は増幅される。」(14037頁右欄28?54行) 「図8 T4uvsXタンパク質の複製開始活性に基づく,前記タンパク質によるスナップバック(snap-back)DNA合成の増幅モデル。uvsXが触媒する,直線ssDNAプライマー/テンプレートと,スナップバック複製のdsDNA産物との再結合が,スナップバック産物と同じ配列を持つ2倍の長さの二重鎖を産生するDNA合成を開始する。このテンプレートにおける再結合で開始されたDNA合成は,スナップバック産物の産生を増幅させる。詳細は,ディスカッションを参照。」(14037頁左欄1?8行) 「図8 」 「最後に,snap-backのDNA合成反応は,比較的シンプルな,試験管内システムにおいて,高い精度のDNAポリメラーゼを用いて実施されるDNAの等温増幅プロセスの一例である。」(14038頁右欄13?16行) ウ 甲2の記載について 甲2(“DNA REPLICATION SECOND EDITION”, ARTHUR KORNBERG,TANIA A BAKR, W.H.FREEMAN AND COMPANY,1992 pp.700-704, pp.713-716, pp.492-493 & pp.504)には,以下の事項が記載されている。 「一般に,自律的ウイルスは,mRNAの相補鎖をカプシドに包んでいる。一方,AAVは,(+)鎖と(-)鎖のどちらかを同じ頻度で別々の粒子としてパッケージしている。このウイルス粒子からの放出時に,相補鎖は直鎖状二重鎖を形成するようにアニールできる。パルボウイルスのDNAの鎖端は,自己アニーリングによるさまざまなヘアピン構造を形成できるように反転して末端繰り返し配列を持っている(図19-6)。」(701頁1?6行) 「図19-6 AAVの提案モデル。A,A’,B,B’などの文字は,末端繰り返し配列を示している。(1) ウイルス鎖。鎖の形成しうる四つの末端構造のうち,三つは大括弧内に示されている。(2) ヘアピンループは,相補鎖合成を開始し,二本鎖複製型をつくる。(右の直線分画におけるBとCの間の距離は,左の折り返し型の距離と同じであるはずである。)ニック(矢印)は,親鎖の3’端の反対側に起こる。(3) ニックとニックからの鎖伸長反応の結果,ヘアピンの転移がおこる。(4) 末端ヘアピンの再構成により,どちらかの末端にひとしく3’プライマー末端が作られる。(5) その3’プライマー末端からの(DNAが)合成されることで,1ユニット分の長さのゲノムが置換される。(6) 1ラウンドの置換合成反応が完了することにより,置換された一本鎖が((この鎖は)ステップ1記載にあるように,相補鎖合成のスタート準備ができている),そして,ヘアピン転移反応と鎖置換反応の他のラウンドが起こりうる二本鎖分子((この鎖は)ステップ2の初めに記載)が,結果として生じる。(Berns KI, Hauswirth WW (1982) ウイルスDNAの構成と複製(カプランA編)。CRC出版,クリーブランド,25ページ)」(701頁図19-6の説明) 「末端配列は,ヘアピンのプライミングとヘアピンループの転移のための基礎となる(図19-6)42。AAVの各々の鎖における四つの可能な末端配列の組み合わせは同じ割合で見つかっており,このことは,末端配列の特定の方向性には,バイアスがないということを示している。反転は,ウイルス粒子のAAV鎖の3’末端に起こらないので,複雑な複製も出るが推測できる。 親と子孫の双方の細胞内複製中間体43における末期のクロス結合分子は,5’端配列を複製するための末端ヘアピン鎖からの(複製)開始とヘアピンループの転移メカニズムに一致している。双方の鎖の合成が,5’から3’方向の鎖置換機構による継続的伸長反応によって起こる。感染したウイルスの一本鎖からの親の複製型(DNA分子)の初期合成におけるように,置換された一本鎖は,カプシドに包まれるか,または,相補鎖の合成によって,複製型にもどされ,リサイクルされる(図19-6)。」(702頁21?34行) 「図19-6 」 「図19-12 牛痘ウイルスDNAの複製モデル。一方の端のループ領域で開始する複製は,ヘアピンループ機構により,そこから直線状のゲノムが遊離してサイクルが回るところのコンカテマーをつくるために一方向的に進行する(左の経路)。両端から始まる複製は,直線状ゲノムを直接産生する(右の経路)[After Moss B (1990) in Virology (Fields BN, Knipe DM, eds.). Raven Press, New York, p2079]」(716頁図19-12の説明) 「適切な時間に,いくつかの場所で鋳型環が開くことが完全な二本鎖を作るのに必要とされる。おそらく,パリンドローム配列が折り返して,最終的に環状ウイルスの子孫DNA分子を作るヘアピンを作る。ニッキングと結合酵素は,ゲノムを完成させるための分子内結合の原因となるものかもしれない。」(716頁1?5行) 「1本鎖鋳型(図15-3a)が,ストランド内塩基対形成によりループをして折り返すと(図15-3b),前記一本鎖鋳型の3'-OH末端から新たな鎖が開始し得る。前記3'末端におけるすべての塩基対非形成領域は,塩基対形成されたプライマー末端に至るまで3'-5'エキソヌクレアーゼにより加水分解され(図15-3c),その後,鎖伸長が進行する(図15-3d)。エキソヌクレアーゼIIIは,二本鎖生成物の3'末端に攻撃することで,新たに合成された鎖を除去する(図15-3e及び15-4a)。一方,ファージλエキソヌクレアーゼ(セクション13-3)は,5'末端において働くことで,鋳型ヌクレオチドのみを除去する(図15-3f及び15-4),エキソIII及びλエキソが,二本鎖DNAに対してのみ働く限り,鋳型又は生産物の一部は,消化されずに残される。一本鎖への変換により,前記DNAは,再度,一本鎖特異性エキソヌクレアーゼ(例えば,エキソI)に対し感受性となる。 この段階におけるヘアピン形成(図15-3g)に加え,その後,非塩基対形成の3'末端を3'-5'エキソヌクレアーゼで除去し,塩基対形成末端をλエキソで除去する(図15-3h)ことで,ポリメラーゼによる合成の開始が,再度可能とある(図15-3i)。さらに別の,λエキソ消化,アニーリング,3'-5'エキソ消化及びポリメラーゼ作用の過程(図15-3j)により,最初の鋳型を完全に消化して置き換えることができる。」(492頁28行?43行) 「図15-3 一本鎖DNAがT4ポリメラーゼに対し「ヘアピン」鋳型プライマーとして働く場合のスキームであり,ポリメラーゼ生成物に対する種々のエキソヌクレアーゼの作用により示している。[After Goulian M, Lucas ZJ, Kornberg A (1968) JBC 243:627]」(493頁図15-3の説明) 「末端パリンドロームの使用に基づく,真核における染色体の複製のモデルである。[Tattersall P, Ward DC(1976) Nature 263:106]」(504頁図15-7の説明) エ 甲3の記載について 甲3(WO 96/01327)には,以下の事項が記載されている。 「本発明は,DNAポリメラーゼによる核酸標的配列の増幅方法であって,標的配列と特異的にハイブリダイズできる部分(3'),及び少なくとも1つの逆方向反復配列を含む部分(5')からなる少なくとも1つのオリゴヌクレオチドプライマーの伸長を利用することを特徴とする方法に関する。」(4頁28?35行) 「逆方向反復配列(またはパリンドローム配列ともいう)により,ヘアピン形状の二本鎖構造を形成するための自己プライミングが可能になる。」(5頁29?32行) 「実際,熱撹拌の効果により,DNAの二本鎖の末端のパリンドローム配列は,2つの形成の間の動的平衡にある:すなわち,通常の二本鎖⇔二本ヘアピンである(図5h及び5i)。 DNAポリメラーゼは,二本ピンに折り曲げられた鎖の一方の末端3'に結合され,かつ折り曲げられた末端をプライマーとして用いて,鎖の一方の複製を開始することができる(図5j)。DNAポリメラーゼは,そうすることで,相補的鎖を移動させ,かつ2つの鎖は温度上昇を行うことを必要とせず,このようにして分離される(図5j)。このステップから,鎖の一方は,新規なプライマーP2とハイブリダイズして,新規な複製サイクルを開始することができる(図5f)。他方は,各サイクルで,その長さは理論上二倍になるサイズの増大を受ける(図5k,5l,5m)。 反応の間中一定に維持される反応温度は,プライマーのハイブリダイゼーション,広げた形状及びヘアピン状に折り曲げられた形状の間の逆方向反復配列の平衡,及び他方で選択したポリメラーゼによる鎖の伸長を可能にするように選択される。一般的に,この温度は,45-75℃であり,好ましくは50-65℃である。」(7頁31行?8頁20行) 「図5 」 オ 甲4の記載について 甲4(WO 97/04131)には,以下の事項が記載されている。 「他の好ましい態様において,図17に示す通り,ヘアピンDNAは,標的ポリヌクレオチド上でのプライマー(プローブ)の伸長によって得られる。AからDの領域の一本鎖の標的ポリヌクレオチドを,パネルAに示す。前記プローブの3’末端は,前記標的ポリヌクレオチドの領域Aに相補的な配列である。前記プローブの5’末端は,前記標的ポリヌクレオチドの領域Bと同一の配列である。前記標的ポリヌクレオチドが二本鎖の場合,それを,一本鎖の標的を産生するために変性させる。その後,前記プローブを前記標的ポリヌクレオチドにハイブリダイズさせる(図17,パネルA)。そして,少なくとも前記標的ポリヌクレオチドの領域Dの5’末端に伸長させた状態で,前記プローブを鋳型依存性ポリヌクレオチドポリメラーゼに接触させる(図17,パネルB)。変性は,図C(注:「パネルC」の誤記と思われる。)の伸長生成物を産生する鎖分離を引き起こす。この伸長生成物は,5' 末端が牧杖形状をしており,プライマーDを用いて増幅できる。前述のとおり,前記プライマーDは,図17,パネルDに示す生成物を産生するために,伸長生成領域D’に相補的である。」(23頁第5行?23行) 「図17 」 カ 甲5の記載について 甲5(特開平7-289298号公報)には,以下の事項が記載されている。 「【目的】 好熱性ポリメラーゼおよび好熱性制限エンドヌクレアーゼの両方が同一の反応混合物中で効率的に機能する等温鎖置換増幅法(好熱SDA)の温度条件および反応条件を提供する。 【構成】 本発明は,通常のSDAより広い温度範囲(37-70℃)で実施しうる好熱SDAを提供する。好熱SDAに好ましい温度範囲は50-70℃である。特定の好熱性制限エンドヌクレアーゼがSDAに要求される半修飾された制限エンドヌクレアーゼ認識/開裂部位をニックし,次いでその部位から解離しうることが見出された。さらに特定の好熱性ポリメラーゼはそのニックから伸長させ,一方では下流の鎖を置換しうることが見出された。これらの知見から,好熱SDAは通常のSDA酵素系につき従来可能であったものより高い温度で実施しうるため,向上した特異性および効率,減少した非特異的バックグラウンド増幅,ならびに潜在的に向上した増幅生成物収率を有する。さらに,変性温度で安定な酵素を用いる場合,二本鎖標的の初期の熱変性後に別個の工程で酵素を添加する必要性が除かれる。」 「【請求項5】 標的配列を含む二本鎖フラグメントが下記を含む方法により生成する,請求項4に記載の方法: a)標的配列を含む核酸フラグメントに第1および第2増幅プライマーを結合させ,第1および第2増幅プライマーは核酸フラグメントの対向鎖上の標的配列の3′側に結合し; b)フラグメント上の第1および第2増幅プライマーを伸長させ,これにより,第1増幅プライマーの第1伸長生成物および第2増幅プライマーの第2伸長生成物を産生させ; c)第1および第2バンパープライマーを伸長させることにより第1および第2伸長生成物を置換し,そして; d)置換された第1および第2伸長生成物に対する相補鎖を誘導デオキシヌクレオシドトリホスフェートの存在下に合成し,これによりSDAによって増幅しうる標的配列を含む二本鎖フラグメントが生成する。」 「【0009】バンパー(bumper)プライマーまたはエクスターナル(external)プライマーは,増幅プライマーより上流で標的配列にアニールし,従ってバンパープライマーの伸長によって下流の増幅プライマーおよびその伸長生成物が置換される。バンパープライマーの伸長は,増幅プライマーの伸長生成物を置換するための1方法であるが,加熱も適している。」 「【0014】SDAによって増幅するための標的は,標的配列を切断しないエンドヌクレアーゼで,より大型核酸をフラグメント化することによって調製しうる。しかし一般に,SDA反応におけるニッキングのために選ばれる制限エンドヌクレアーゼ認識/開裂部位を有する標的核酸を,ウォーカー(Walker)ら(1992.Nuc.Acids.Res.,前掲,および米国特許第5,270,184号明細書(本明細書に参考として引用する)の記載に従って製造することが好ましい。簡単に述べると,標的配列が二本鎖である場合,4つのプライマーがそれにハイブリダイズする。2つのプライマー(S1およびS2)はSDA増幅プライマーであり,2つのプライマー(B1およびB2)はエクスターナルまたはバンパープライマーである。S1およびS2は,標的配列をフランキングする二本鎖核酸の対向鎖に結合する。B1およびB2は,それぞれS1およびS2の5′側(すなわち上流)の標的配列に結合する。次いでエキソヌクレアーゼ欠如ポリメラーゼを用いて,3種類のデオキシヌクレオシドトリホスフェートおよび少なくとも1種類の修飾デオキシヌクレオシドトリホスフェート(たとえば2′-デオキシアデノシン-5′-O-(1-チオトリホスフェート)“dATPαS”)の存在下に,4つのプライマーすべてを同時に伸長させる。これによりS1およびS2の伸長生成物は,B1およびB2の伸長によって元の標的配列鋳型から置換される。置換された増幅プライマーの一本鎖伸長生成物は対向する増幅およびバンパープライマーの結合の標的となり(たとえばS1の伸長生成物はS2およびB2に結合する),次の伸長および置換のサイクルの結果,それぞれの末端に半修飾された制限エンドヌクレアーゼ認識/開裂部位を備えた2つの二本鎖核酸フラグメントが得られる。これらはSDAによる増幅に適した基質である。SDAの場合と同様に,標的生成反応の各段階は同時かつ連続的に起こり,SDAにおける制限酵素によるニッキングに必要な認識/開裂部位を末端に備えた標的配列が生成する。SDA反応のすべての成分が既に標的生成反応に存在するので,標的配列は自動的に生成し,かつ連続的にSDAサイクルに入り,そして増幅される。」 「図1 」 (2)対比・判断 上記1(1)アの記載によれば,本件発明1は,単一の酵素を用い,等温条件下での核酸の合成方法の提供を課題とし,このような課題を解決する方法として,領域F3c,領域F2cおよび領域F1cを3'側からこの順で含む鋳型核酸と,i)?iv)までの4つのプライマーを使用するものであると認められる。その反応は,図5に示されるように,第一に鋳型核酸の領域F2cに,i)のオリゴヌクレオチド(TP)がアニールして伸長生成物を形成し,第二に該鋳型核酸の領域F3cに,iii)のオリゴヌクレオチド(OP)がアニールして該伸長生成物を鋳型から分離し,第三に分離された伸長生成物の任意の領域R1c(R2c)に,ii)のオリゴヌクレオチド(PCRプライマー)がアニールして伸長生成物を形成し,第四に該領域R1c(R2c)よりも3'側に位置する任意の領域R3cに,iv)のオリゴヌクレオチド(OP)がアニールして該伸長生成物を分離し,この分離された伸長生成物の3'末端側には,領域F1及び領域F1cをステムとし,領域F2cをループとするステムループ構造が形成され,自身を鋳型とする相補鎖合成を行われると共に,該領域F2cのループ部分に,領域F2を有するi)のオリゴヌクレオチドがアニールし,この領域をも起点として鎖置換相補鎖合成が行われ,互いの伸長生成物を置換し合って,1本鎖上に相補的な塩基配列が交互に連結された核酸が合成されるというものである。つまり,本件発明1には,3'末端側に位置するループ部分に,i)のオリゴヌクレオチド(プライマー)がアニールすることが含まれていると解される。 一方,甲1に記載された発明は,uvsXリコンビナーゼの組換え反応に依存する,T4ホロ酵素を用いたスナップバックDNA増幅機構を開発することを課題とするものであり,その増幅機構は図8に記述され,T4ホロ酵素がスナップバック機構により中央にヘアピンを有する長い二本鎖DNAが合成され,これに二重鎖DNAに相同な直鎖ssDNAがuvsXリコンビナーゼの作用によって侵入し,該直鎖ssDNAがプライマーとして伸長し鎖置換相補鎖合成を行うというものである。 そこで,本件発明1と甲1に記載された発明とを対比すると,甲1には,中央部のヘアピン構造に直鎖ssDNAが侵入し,結果としてDループ構造が形成されることは記載されているが,本件発明1のように,3'末端側に位置するループ部分にオリゴヌクレオチド(プライマー)をアニールさせて,相補鎖合成を行うことは記載されていない。また,「アニーリング」とは,加熱やアルカリ条件下で1本鎖DNAに変性したものを,徐冷や中和により再び水素結合を形成させ,元の二本鎖DNAに戻すことを意味するから,酵素の作用により結合させることは通常含まれない。してみると,甲1における直鎖ssDNAの侵入は,uvsXリコンビナーゼの触媒作用による組換え反応であって,アニーリングと呼べるものではない。 以上のとおり,甲1は,解決課題及び課題解決手段において,本件発明1とは全く異なる発明であり,請求人が主張するようなループ部分にプライマーをアニールさせることも記載されていない。 請求人はこの点について,甲1はuvsXタンパク質により,プライマーをループにアニールさせているが,甲1の3から明らかなように,uvsXタンパク質がなくても,フリーループを形成すれば,1本鎖となったループにプライマーがアニールすることは周知技術であることを主張しているが,甲1においては,ステップ2のみならず,ステップ5においてもuvsXタンパク質の作用を利用しているのであるから,甲1の3のようにフリーループを形成して,uvsXタンパク質を用いないようにすれば,ステップ5の反応は起こらなくなり,増幅しなくなる。してみると,当業者であれば,甲1に記載された鋳型に,フリーループを形成するようなことはするはずがないものである。 次に,甲2?甲5について検討する。 甲2に記載された発明は,種々のウイルスの生体内におけるDNA複製機構を明らかにすることを課題とするものであり,例えば,アデノ随伴ウイルスの増幅機構は,図19-6に詳述されているが,3'末端と5'末端の双方にループが形成された1本鎖核酸(鋳型)において,その3'末端から自己を鋳型とする相補鎖合成が開始され,二本鎖の複製型が一旦形成され,その親鎖の3'端の反対側でニックが生じ,ニックからの伸長反応の結果,ヘアピン構造への転移が生じ,末端ヘアピンの再構成によって,どちらかの末端に3'末端が形成され,当該末端からの自己を鋳型とする相補鎖合成によって,次の新しい鋳型が提供されるというものである。 ところが,3'末端側に位置するループ部分にプライマーをアニールさせることは甲2のどこにも記載されていない。 甲3に記載された発明は,ヘアピン構造を形成し得るプライマーを使用し,核酸を等温増幅する方法の提供を課題とするものであり,二本鎖DNAの末端にあるパリンドローム配列は動的平衡によってヘアピン構造を形成し,折り曲げられた末端はプライマーとして機能し,自己を鋳型とする相補鎖合成を行って,核酸の伸長反応が継続的に生じるこというものである。 この甲3にも,3'末端側に位置するループ部分にプライマーをアニールさせることはどこにも記載されていない。 甲4に記載された発明は,単一のプライマーを用いて,ヘアピン構造を有する核酸を増幅することを課題とするものであり,その詳細は,図17に示されるとおり,標的ポリヌクレオチドの領域Aに相補的な配列と,標的ポリヌクレオチドの領域Bと同一の配列を有するプライマーを標的ポリヌクレオチドにハイブリダイズさせ,3'末端からの伸長反応によって伸長生成物を生じさせ,これを熱変性によって鎖分離し,該伸長生成物が5'末端にヘアピン構造を形成した後に,プライマー(D)をハイブリダイズさせ,該生成物を非直線的に増幅するというものである。 この甲4に記載される,標的ポリヌクレオチドの領域Aに相補的な配列と,標的ポリヌクレオチドの領域Bと同一の配列を有するプライマーは,TPと構造は同じではあるが,これを3'末端側に位置するループ部分にアニールさせることはどこにも記載されていない。 請求人はこの点について,図17Dの核酸分子のループに,図17AのTPがアニールして伸長可能であることは自明であり,これは,ループ部分にプライマーをアニールさせることに該当すると主張しているが,プライマーDを用いた増幅工程において,図17AのTPを存在させることが,何ら記載されていないのであるから,図17AのTPがアニールして伸長可能であることは自明であったとしても,本件発明1のループ部分にプライマーをアニールさせることに相当するものが記載されていることにはならない。 甲5に記載された発明は,好熱性のポリメラーゼおよび制限エンドヌクレアーゼの両方が効率的に機能する等温鎖置換増幅法(好熱SDA)の反応条件を提供することであり,その解決手段は,特定の好熱性のポリメラーゼや制限エンドヌクレアーゼを用いることであり,好熱SDAを行う前段階として,制限エンドヌクレアーゼ認識/開裂部位を含む標的核酸を増幅するために,2つのSDA増幅プライマーと,2つのバンパープライマー(OPに相当)を用いるというものである。 しかし,この甲5にも,3末端側に位置するループ部分にアニールするプライマーはどこにも記載されていない。 このように,これら甲2?甲5にも,甲1と同様に,3'末端側に位置するループ部分にプライマーをアニールさせることは記載されていないから,甲1ないし甲5をどのように組合わせたとしても,本件発明1には到達できず,本件発明1は,これらの発明から,当業者が容易に発明できないというべきものである。 また,請求人は,甲5の等温増幅反応の示唆に基づき(必要に応じ,甲1ないし甲3の示唆に基づき),甲4において,変性によるプライマー伸長鎖の剥離に代えて,甲5のOPによる鎖置換反応を採用して,本件発明1を想到することは当業者が容易になし得ることであると主張する。 しかし,甲5の図1の記載から明らかなように,OPを用いても,増幅が連続して続くといったものではなく,数倍に増幅される程度にすぎないものであり,甲4は,熱変性を利用して,単一のプライマーにより非直線的に増幅しようとするものであるから,当業者であれば,その図17Cに記載されるプライマーDに,OPを組み合わせようとするはずがないものである。 また,甲5のOPは,ニックする制限エンドヌクレアーゼ認識/開裂部位を導入して,次の図2に示される増幅に用いるものであるから,これを甲4に記載されるTPにすると,次の増幅に用いられなくなることは明らかであるから,当業者であれば,制限エンドヌクレアーゼ認識/開裂部位を導入するプライマーに代えて,甲4に記載されるTPにするはずがないものである。 したがって,甲4と甲5を組合わせることは困難であり,当業者が本件発明1に到達できるとは認められない。 よって,本件発明1は,甲1ないし甲5に記載された発明から当業者が容易になし得るものとはいえない。そのことは,本件発明1を引用してさらに限定する本件発明2についても同様である。また,本件発明3?4は,本件発明1?2の合成方法を実現するプライマーを取り出してキットとしたものであるから,本件発明1?2と同様に,甲1ないし甲5に記載された発明から当業者が容易になし得るものとはいえない。 (3)小括 以上のとおり,請求人の主張に理由があるとはいえず,本件発明1?4に係る発明について特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものとはいえない。 3 無効理由3,4(特許法第36条第6項第1号,同条4項違反)について (1)本件明細書の記載 本件明細書(本件特許公報)の記載は,上記1(1)アに記載されたとおりである。 (2)当審の判断 請求人は,本件発明1ないし4の課題は,「単一の酵素で特異性が高い等温増幅の提供」であり,前記課題を解決するためには,二つのTPと二つのOPが必須であり,本件発明1及び3は,リバースプライマーとしてはPCRプライマーが用いられ,2つのTPが使用されていないから,本件特許公報の段落【0046】にあるように,図6(D)(E)のような核酸ができ上がり,加熱変性を利用しなければ,それ以上の増幅反応が進行しない旨を主張している。 しかし,本件発明1は,その構成要件にもあるように,「実質的に等温で反応させる」ものであり,加熱変性などの処理によって一本鎖核酸とすることが完全に排除されているわけではない。また,本件特許公報の段落【0046】等の記載を参酌すれば,わずかな程度の加熱変性などの処理は許容されているものと認められる。そして,図6(D)に示される核酸が加熱変性されて一本鎖核酸となれば,その内側にある一本鎖核酸の中央部には領域F2cを持つループ部分が形成されることとなり,この部分に本件発明のi)のオリゴヌクレオチドがアニールして核酸の合成が行われるとともに,その3'末端に位置する領域R1cにも本件発明のii)のオリゴヌクレオチドがアニールして,核酸の合成が行われることになる。一方,図6(E)に示される核酸が加熱変性されて一本鎖核酸となれば,下側の鎖の3'末端側には,領域F2cを持つループ部分が形成されることになるから,該3'末端側からの自己伸長反応が行われるとともに,該ループ部分に本件発明のi)のオリゴヌクレオチドがアニールして,核酸の合成が行われることになる。これらの合成反応は,PCRほどではないとしても,鋳型と生成物が指数的に増えていくものであるから,相当程度効率の良い核酸の合成が行われると認められるものである。 したがって,本件発明1の核酸の合成方法において,2つのTPは必須なものではなく,そのため,特許請求の範囲に,二つのTPを記載する必要はない。また,この点は,本件発明1の合成方法を実現するプライマーを取り出してキットとした本件発明3についても同様である。 (3)小括 以上のとおり,請求人の主張に理由があるとはいえず,本件発明1及び3は,発明の詳細な説明に記載されたものであり,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものである。したがって,本件発明1及び3に係る発明についての特許は,特許法第36条第6項第1号及び同条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。 第5 むすび 以上まとめると,本件発明1?4について,請求人が申し立てた無効理由は,いずれも理由がないものであるから,本件請求項1?4に係る発明についての特許を無効にすることはできない。なお,請求人は,他にもいろいろと主張しているが,いずれも採用の限りではない。 審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2011-07-07 |
結審通知日 | 2011-07-12 |
審決日 | 2011-07-25 |
出願番号 | 特願2007-113523(P2007-113523) |
審決分類 |
P
1
113・
537-
Y
(C12N)
P 1 113・ 16- Y (C12N) P 1 113・ 536- Y (C12N) P 1 113・ 121- Y (C12N) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 田村 明照、深草 亜子 |
特許庁審判長 |
平田 和男 |
特許庁審判官 |
引地 進 鵜飼 健 |
登録日 | 2008-06-13 |
登録番号 | 特許第4139424号(P4139424) |
発明の名称 | 核酸の合成方法 |
代理人 | 中山 ゆみ |
代理人 | 永島 孝明 |
代理人 | 安國 忠彦 |
代理人 | 永島 友悟 |
代理人 | 伊佐治 創 |
代理人 | 浅村 皓 |
代理人 | 明石 幸二郎 |
代理人 | 山上 和則 |
代理人 | 雨宮 沙耶花 |
代理人 | 磯田 志郎 |
代理人 | 清水 良寛 |
代理人 | 藤川 義人 |
代理人 | 池田 幸弘 |
代理人 | 吉田 玲子 |
代理人 | 辻丸 光一郎 |
代理人 | 渡邉 義敬 |
代理人 | 浅村 昌弘 |