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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01F
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01F
管理番号 1273629
審判番号 不服2009-23243  
総通号数 162 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-06-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2009-11-27 
確定日 2013-05-09 
事件の表示 特願2003-566867「アモルファスFeを主成分とするコアを有する変流器」拒絶査定不服審判事件〔平成15年8月14日国際公開、WO03/67615、平成17年12月8日国内公表、特表2005-537631〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成15年2月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2002年2月8日、(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成21年7月22日付けで拒絶査定がされ、これに対し、平成21年11月27日に拒絶査定不服審判の請求がなされるとともに、同時に手続補正がなされたものである。その後、平成21年11月27日付け手続補正は平成24年4月11日付けで決定をもって却下されるとともに、同日付で拒絶理由が通知され、これに対し、平成24年10月12日付けで意見書の提出及び手続補正がなされたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1ないし10に係る発明は、平成24年10月12日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりである。
「【請求項1】
急速に冷却された、鉄を主成分とするアモルファス合金から本質的に構成されたコアを備え、前記鉄を主成分とするアモルファス合金は、
70-87原子パーセントの鉄と、
最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換可能であり、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換可能であり、
そして、ホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択された13-30原子パーセントの元素と
から本質的に構成された組成を備え、
前記コアは熱処理され、
前記合金は少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導を有し、
前記熱処理された鉄を主成分とするアモルファス合金から構成されたコアは、-15Oeから+15Oeの間の磁界且つ0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲で、550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性を達成する、
磁気コア。」

第3 当審の拒絶の理由
当審において平成24年4月11日付で通知した拒絶の理由の概要は、以下のとおりである。
1 第36条第4項第1号違反について
(1)本願発明におけるアモルファス合金の組成(即ち「約70-87原子パーセントの鉄と、最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換され、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換されており、そして、ホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択された約13-30原子パーセントの元素とから本質的に構成された組成」)と、本願明細書の段落【0005】に記載された従来技術におけるアモルファス合金の組成とを比較すると、両者の組成は、重複した範囲において一致している。しかし、組成が一致しているにも拘わらず、本願発明は「前記コアは-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で、約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ線形B-H特性」を得ることができるのに対して、従来技術ではそのような特性を得ることができない。どのような理由で、従来技術では上記特性が得られないのに、本願発明では上記特性が得られるのか、その理由が、発明の詳細な説明及び図面の記載をみても当業者が容易に理解できるように記載されていない。
したがって、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

(2)上記(1)に記載したとおり、本願発明のコアの組成は、従来のコアの組成と相違するものではないから、特性に差があるとすれば、例えば製造方法が異なるなど、何か別の条件があるものと推察される。
したがって、本願発明の「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で、約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ線形B-H特性」がどのようにして得られるのかが、発明の詳細な説明を見ても、当業者が容易に理解できる程度に記載されているとは認められない。

(3)本願の図1に記載されたコアは透磁率が約1000、図2に記載されたコアは透磁率が約600?650、図4に記載されたコアは透磁率が約500であることからみて、これらのコアは、組成などが異なる別の実施例であると認められる。つまり本願明細書には、コアに関する3種類の実施例が開示されているものと認められる。しかし、これらのコアが、それぞれどのような具体的な組成を有しているものか、どのような製造方法によって製造されたものかについては、発明の詳細な説明には、具体的に何も記載されていない。
また、図1には、「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で」「線形B-H特性」を有するコアが示されているだけで、「約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ」かどうかは発明の詳細な説明において明らかにされていない。また、図2には、「約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ」コアが示されているが、「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で」「一定である透磁率をもつ」かどうかは発明の詳細な説明において明らかにされていないし(「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で」透磁率が600?650の場合、「約10kG(1テスラ)を超える飽和誘導」は得られないので、本願発明の課題を解決することができないことになる。)、図3には、3Oe未満で印加される磁界の範囲内で「線形B-H特性」を有するコアが示されているが、「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で、約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ」かどうかは発明の詳細な説明において明らかにされていない。このように、図1ないし図3に記載されたコアはいずれも、本願発明の特性、即ち「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で、約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ線形B-H特性」を備えた例といえるものではない。
したがって、発明の詳細な説明には、本願発明の特性を実現した具体的な例が何も示されていないことになるので、発明の詳細な説明は、当業者が発明を容易に実施できる程度に明確かつ十分に記載したものでない。

2 第36条第6項第1号違反について
(1)図1ないし図3に示されたコアについては、上記「1.(3)」に記載したとおり、発明の詳細な説明には具体的な組成が何も記載されていないが、本願発明の実施例であるから、一応、請求項1に記載された数値範囲内の組成を備えたものであると推察される。そして、仮に、これらのコアが請求項1に記載された「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で、約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ線形B-H特性」を有するものであるとしても、請求項1に記載された数値範囲内におけるそれ以外の組成を備えたものにおいても、上記特性が得られるかどうかは、発明の詳細な説明に記載からは明らかでないし、出願時の技術常識に照らしても、明らかであるとはいえない(特に本願明細書には、組成に関する数値範囲の内外で特性について比較した具体例が何も示されていないため、その数値範囲内であれば、上記特性が得られるのかどうか、また、その数値範囲外であれば、上記特性が得られないのかどうかが不明である。)。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められない。

3 第36条第6項第2号違反について
特許請求の範囲の請求項1は、次の点で発明特定事項が不明確である。
(1)請求項1に記載された組成と特性の関係が不明確である(請求項1に記載された組成を備えていれば、請求項1に記載された特性が得られるのか、あるいは請求項1記載の組成以外に何か別の条件が加わらないと、請求項1記載の特性は得られないのかが明らかでない。)。
(2)請求項1には、「最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換され、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換されており」と記載されているが、そのような記載では、「コバルト」がゼロの場合、あるいは「ニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデン」がゼロの場合を含むのかどうか明確でない(審判請求人に電話で確認したところ、ゼロも含むとの回答を得た。しかし、仮に、請求項1が、「コバルト」がゼロで且つ「ニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデン」がゼロの場合を含むとすると、請求項1に記載された組成は、「約70-87原子パーセントの鉄と、ホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択された約13-30原子パーセントの元素とから本質的に構成された組成」ということになる。本願発明がそのようなありふれた組成のコアであるということであれば、同じ組成を備えた従来のコアにおいても、あるいは原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1ないし3に記載されたコアにおいても、「-15Oeから+15Oeの間の印加される磁界の範囲内で、約1000kHzまでの周波数範囲で一定である透磁率をもつ線形B-H特性」は当然に得られるものであって、格別なものとはいえない。)。

第4 当審の判断
1 第36条第4項第1号違反について
(1)本願発明は、「前記合金は少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導を有し、前記熱処理された鉄を主成分とするアモルファス合金から構成されたコアは、-15Oeから+15Oeの間の磁界且つ0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲で、550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」という特性(以下、「本願発明の特性」という。なお、下線は当審で付したものである。)を有する。
本願発明の特性に関し、発明の詳細な説明の記載を見ると、図1について、「図1は、トロイダルコアの円周方向に対して直角に200の磁界を印加して400℃で10時間熱処理された本発明によるアモルファスのFeを主成分とするコアと先行技術のCoを主成分とするコアのB-H特性を比較している。本発明のコアのB-H挙動は-15Oe(-1,200A/m)と+15Oe(+1,200A/m)の印加磁界の中で線形であり、付随する磁気誘導または磁束の変化は-12kG(-1.2T)から+12kG(+1.2T)である。」(段落【0010】参照)と記載されるとともに、図1には、-15Oeから+15Oeの間の磁界で一定である透磁率1000(平成23年11月29日付け回答書の(1)の項参照)をもつ線形B-H特性のグラフが図示されている。また、図2について、「図2は、本発明のアモルファスのFeを主成分とするコアの透磁率が約1000kHzもしくは1MHzの周波数まで一定であることを示している。これは本発明の変流器の精度が約1000kHzの周波数範囲全体にわたって一定のレベルを維持し得ることを意味する。」(段落【0010】参照)と記載されるとともに、図2には、0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲で、550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性を示すグラフが図示されている。また、図3については、発明の詳細な説明に、「図3に示されるように、部分的に結晶化したFeを主成分とするアモルファス合金のコアで約3 Oe(240A/m)未満の外部磁界について線形B-Hの挙動が見出された。」(段落【0012】参照)と記載されている。
これら記載事項及び図示内容から明らかなように、図1には、「少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導」を有し「-15Oeから+15Oeの間の磁界」で「測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」が示されているものの、その透磁率は1000であって、「550から650の測定可能な一定である透磁率」ではなく、しかも、「0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲」で「550から650の測定可能な一定である透磁率」をもつかどうかについては、何も記載されていない。一方、図2には、「0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲」で「550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」が示されているが、「-15Oeから+15Oeの間の磁界」で「測定可能な一定である透磁率をもつ」かどうかについては何も記載されていない。また、図3には、「少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導」を有し「-15Oeから+15Oeの間の磁界」で「0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲」で「550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」は示されておらず、本願発明の特性と全く関係のないものである。
してみると、本願明細書における発明の詳細な説明には、本願発明の特性を実現した具体的な例が全く何も記載されていないことになる。

(2)また、「-15Oeから+15Oeの間の磁界」で透磁率が「550から650」である場合、図1に当てはめてみるとわかるように、先行技術のコア(アモルファスのCoを主成分とする合金で構成される先行技術のコア)よりも透磁率が低いので、飽和磁気誘導は10kGより小さい可能性が高く、「少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導を有」するという要件を同時に満たすことはできないものと推測される。よって、本願発明は、そもそも本願発明の課題を解決することができない可能性がある。これは、図1は透磁率1000をもつ磁性コアの特性を示したものであり、図2には透磁率550から650をもつ磁性コアの特性を示したものであって、図1と図2とでは、特性の異なる全く別物の磁性コアのグラフであるにも拘わらず、図1の特性と図2の特性を機械的に足し合わせて本願発明の特性としたことに因るものと解される。
したがって、本願明細書における発明の詳細な説明は、当業者が容易に実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
なお、この点に関して、拒絶理由(上記第3、1、(3)参照)を通知して意見を述べる機会を与えたが、審判請求人からは何の反論もなされなかった。

(3)本願発明の組成(即ち「70-87原子パーセントの鉄と、最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換可能であり、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換可能であり、そして、ホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択された13-30原子パーセントの元素とから本質的に構成された組成」)において、「置換可能であり」とは、「置換されない場合も含む趣旨」である(平成24年10月12日付け意見書(以下、単に「意見書」という。)参照)から、本願発明のアモルファス合金の組成には、例えば、「70-87原子パーセントの鉄と、13-30原子パーセントのホウ素およびケイ素とから構成された組成」や「70-87原子パーセントの鉄と、13-30原子パーセントの炭素とから構成された組成」などのように非常にシンプルな組成も含まれることになる。
一方、本願明細書の段落【0005】には、従来のアモルファス合金について、「アモルファス金属の合金は1974年12月24日にChenとPolkに発行された米国特許第3,856,513号に開示された。これらの合金は式MaYbZcを有し、ここでMは鉄、ニッケル、コバルト、バナジウムおよびクロムで構成されるグループから選択される金属であり、Yはリン、ホウ素および炭素で構成されるグループから選択される元素であり、Zはアルミニウム、ケイ素、スズ、ゲルマニウム、インジウム、アンチモンおよびベリリウムで構成されるグループから選択される元素であり、『a』は約60から90原子パーセントの範囲にわたり、『b』は約10から30原子パーセントの範囲にわたり、『c』は約0.1から15原子パーセントの範囲にわたる。やはり開示されているものは式TiXjを有するアモルファス金属のワイヤであって、ここでTは少なくとも1種類の遷移金属であり、Xはリン、ホウ素、炭素、アルミニウム、ケイ素、スズ、ゲルマニウム、インジウム、ベリリウムおよびアンチモンで構成されるグループから選択される元素であり、『i』は約70から87原子パーセントの範囲にわたり、『j』は13から30原子パーセントの範囲にわたる。そのような材料は当該技術でよく知られている処理技術を使用して溶融物から急速冷却することによって都合よく調製される。」と記載されている。この記載によれば、従来のアモルファス合金の組成には、例えば、「60から90原子パーセントの鉄と、10から40原子パーセントのホウ素およびケイ素とで構成される組成」や「70から87原子パーセントの鉄と、13から30原子パーセントの炭素とで構成される組成」なども含まれることになる。
また、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭63-155709号公報(以下、「引用例」という。)には、「72から88原子パーセントの鉄と、12から28原子パーセントのケイ素およびホウ素とで構成される組成」(a=0の場合)のアモルファス合金が記載されている。
したがって、本願発明のアモルファス合金と本願明細書に記載された従来のアモルファス合金や引用例に記載されたアモルファス合金とでは、重複した範囲において組成が一致しており、重複する限りにおいて、本願発明におけるアモルファス合金の組成は、従来のアモルファス合金の組成と比べて差異はない。
また、本願発明は、アモルファス合金について「急速に冷却された」との限定が付加されているが、冷却速度が遅いとアモルファスにならない以上、急速に冷却することは当然のことであり技術常識である。本願明細書にも「アモルファス合金は、Chenらの米国特許第3,856,513号によって教示された技術に従って溶融物から約10^(6)K/sの冷却速度で急速冷却された。」(段落【0015】参照)と記載され、引用例にも「一般に、非晶質合金は、所定組成比の合金素材を溶融状態から10^(-4)℃/秒以上の冷却速度で急冷すること(液体急冷法)によって得られることが知られている。」(2頁左下欄14行?17行)と記載されている。したがって、この点についても本願発明のアモルファス合金と従来のアモルファス合金との間に何ら差異はない。
さらに、本願発明の磁気コアは「熱処理」されたものであるが、磁気コアを熱処理すること自体は普通のことであり格別なことではない。従来の磁気コアにおいても、当然に熱処理を行っているはずである。引用例にも「一般にこれらの組成からなるアモルファス合金は、トロイダル状巻回、あるいは一定寸法に金型あるいはエッチング等により打抜きを行ない、積層した後結晶化温度以下キュリー温度以上で歪取り熱処理を行なうが必要に応じてこののち磁場中熱処理を行なってもよい。」(2頁左下欄6行?11行)と記載されている。ただし、具体的な熱処理のやり方によって磁気コアの特性に差異が生じることも技術常識である(例えば特開平7-99121号公報の段落【0010】の「軟磁性材料においては、組成調整や熱処理条件等によって、種々の比透磁率μrおよび飽和磁束密度Bsを得ることができる。」との記載及び段落【0018】の「この際に熱処理条件を変えることによって、種々の比透磁率μrのチョークコイル用コアを得た。」との記載を参照。また引用例の2頁左下欄6?11行の「一般にこれらの組成からなるアモルファス合金は、トロイダル状巻回、あるいは一定寸法に金型あるいはエツチング等による打抜きを行ない、積層した後結晶化温度以下キュリー温度以上で歪取り熱処理を行なうが必要に応じてこののち磁場中熱処理を行なってもよい。」との記載を参照。)。
そうすると、本願発明の磁気コアと本願明細書に記載された従来の磁気コアや引用例に記載された磁気コアとを対比したとき、本願発明は、「前記合金は少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導を有し、前記熱処理された鉄を主成分とするアモルファス合金から構成されたコアは、-15Oeから+15Oeの間の磁界且つ0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲で、550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」という本願発明の特性を生じるのに対して、従来のアモルファス合金を使った磁気コアではそのような特性を生じない点で相違し、その特性の違いは、「熱処理」の違いに起因すると解さざるを得ない。組成が同じである以上、熱処理の違いが磁気コアの特性の違いを生み出すとしか考えられない。このことは、意見書において審判請求人が「請求項1の発明は、所与の透磁率をもつ線形B-H特性を達成するためには所与の熱処理と所与の組成の両方を要求している。」と述べていることからみても裏付けられる。

(4)そこで、「熱処理」に関して、本願明細書における発明の詳細な説明の記載を見てみる。熱処理に関連する記載を列挙すると、次のとおりである(なお、下線は当審で付したものである。)。
ア 「線形B-H特性を示す伝統的な磁性材料はアイソバーム(Isoperm)と呼ばれる冷間圧延された50%Fe-Ni合金である。アモルファスの磁性合金の中でも、熱処理されたCoの豊富な合金は線形B-H特性を与えると知られてきており、変流器の磁気コア材料として現在使用されている。」(段落【0004】)
イ 「本発明は変流器における使用に特に適した磁気コアを提供する。都合のよいことに、このコアは印加される磁界のレベルおよび使用される周波数で変化しない線形B-H特性を有する。概して、このコアは鉄を主成分とするアモルファスの合金リボンを巻くことによって形成されたトロイダル構造を有する。その後、コアを熱処理して、線形B-H特性を得る。鉄を主成分とするアモルファスの合金リボンは溶融物から急速冷却することによって作り出され、本質的に約70?87原子パーセントの鉄で構成され、そのうちの最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換され、最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換され、元素のうちの約13?30原子パーセントがホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択される。」(段落【0007】)
ウ 「鉄を主成分とするアモルファスの合金リボンをトロイダル形状に巻いて磁気コアを形成した。その後、磁界を加えるかまたは加えずにコアをオーブンで熱処理した。その後、磁気誘導と磁界がそれぞれBとHである場合の線形B-H関係を確認するために市販の入手可能なヒステリシス記録計を使用してコアを試験した。鉄を主成分とするアモルファスの合金リボンは溶融物から急速冷却によって作り出され、本質的に約70?87原子パーセントの鉄で構成され、そのうちの最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換され、最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換され、元素のうちの約13?30原子パーセントがホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択される。」(段落【0010】)
エ 「図1は、トロイダルコアの円周方向に対して直角に200の磁界を印加して400℃で10時間熱処理された本発明によるアモルファスのFeを主成分とするコアと先行技術のCoを主成分とするコアのB-H特性を比較している。本発明のコアのB-H挙動は-15Oe(-1,200A/m)と+15Oe(+1,200A/m)の印加磁界の中で線形であり、付随する磁気誘導または磁束の変化は-12kG(-1.2T)から+12kG(+1.2T)である。他方で、先行技術のCoを主成分とするコアの線形B-H領域は-7kGから+7kGの磁束変化に限られており、それは電流測定能力を制限する。線形B-H特性はB/Hで定義される線形透磁率を意味する。図2は、本発明のアモルファスのFeを主成分とするコアの透磁率が約1000kHzもしくは1MHzの周波数まで一定であることを示している。これは本発明の変流器の精度が約1000kHzの周波数範囲全体にわたって一定のレベルを維持し得ることを意味する。」(段落【0011】)
オ 「図3に示されるように、部分的に結晶化したFeを主成分とするアモルファス合金のコアで約3 Oe(240A/m)未満の外部磁界について線形B-Hの挙動が見出された。このケースでは熱処理時の磁界の有無は選択自由である。このコアは低電流レベルを検知するための変流器を提供する。」(段落【0012】)
カ 「こうして作り出されたリボンがさらに細いリボンへと細長く切られ、それが今度は様々な寸法でトロイダル形状に巻かれた。このトロイダルコアは磁界を加えるか、または加えずにオーブンの中で300と450℃の間の温度で熱処理された。熱処理時に磁界が印加された時、その方向はトロイドの円周方向を横断する方向であった。通常の磁界強度は50?2,000Oe(4,000?160,000A/m)であった。」(段落【0016】)
キ 「【図3】磁界を印加せずに6.5時間420℃で熱処理した本発明のアモルファスのFeを主成分とするコアに関するB-H特性を描くグラフである。」(【図面の簡単な説明】)

これらの記載のうち、上記アの熱処理は、従来の磁気コアに関するものであるから、本願発明とは直接関係はない。上記イの熱処理は、本願発明の熱処理であるが、単に熱処理をするというだけで、具体的にどのような熱処理を行うのか不明である。上記ウの熱処理も、本願発明に関連する熱処理であるが、「磁界を加えるかまたは加えずにコアをオーブンで熱処理」するというに留まるものである。また、上記オ及び上記キの熱処理は、図3に関連する熱処理であるから、本願発明とは直接関係がないが、逆に、「磁界を印加せずに6.5時間420℃で熱処理した」場合には、本願発明の特性をもつ磁気コアを製造することができないことを示唆している。
一方、上記エの熱処理は、図1に関連する熱処理であり、「トロイダルコアの円周方向に対して直角に200の磁界を印加して400℃で10時間熱処理」するというものである。また、上記カの熱処理は、段落【0017】の「実施例1に従って調製された・・・トロイダルコアに関して測定され、その結果として図2に示される曲線に結びついた。」との記載からみて、図2に関連する熱処理と推察される。そして、この熱処理は、「このトロイダルコアは磁界を加えるか、または加えずにオーブンの中で300と450℃の間の温度で熱処理された。熱処理時に磁界が印加された時、その方向はトロイドの円周方向を横断する方向であった」(段落【0016】参照)というものである。このように、図1あるいは図2に示される曲線の特性を得るためのそれぞれの熱処理は記載されているといえるが、本願発明の特性を得るために、具体的にどのような熱処理をすべきか、熱処理の温度を何度とすべきか、熱処理の時間はどのくらいにすべきか、磁界を加えるべきかどうか、本願明細書における発明の詳細な説明を見ても、明らかにされていない。どのような熱処理をすればどのような特性になるか、即ち熱処理と磁気特性との関連性について具体的なことが何も記載されていないし示唆もされていない。しかも、図1ないし図3に示された特性をもつ磁気コアの組成について、具体的に何も記載されていないし、本願発明の特性を示す具体例が全く示されていないので、請求項1に記載された組成を備えていたとしても熱処理の違いなどによって必ずしも本願発明の特性を生じるとは限らないことは、引用例などの磁気コアを参酌すれば明らかである。本願発明の特性を得るためには、請求項1に記載された組成範囲を満たす組成をもつ磁気コアを製造し、様々な熱処理を試み、熱処理した磁気コアにつき磁界の強さと磁束密度と周波数とを逐一計測して、本願発明の特性を満たしているか否かを確認するほかないから、当業者に過度の試行錯誤を強いるものといわざるを得ない。
本件出願時の技術常識を考慮しても、本願明細書の記載から、当業者が本願発明の特性を有する磁気コアを製造する方法を知り得るものと認めることはできない。物の発明については、その物をどのように作るかについての具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる特段の事情のある場合を除き、発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていなければ、実施可能要件を満たすものとはいえない。
以上検討したところによれば、本願明細書の記載及び本件出願時の技術常識に基づいて、当業者が本願発明の特性を有する磁気コアを容易に製造できる特段の事情が存在すると認めることはできないから、本件明細書の発明の詳細な説明の記載には、特許法第36条第4項第1号に違反する不備があるというべきである。

2 第36条第6項第1号違反について
(1)図1ないし図3に示された磁気コアについて、上記1、(3)に記載したとおり、発明の詳細な説明には具体的な組成が何も記載されていないが、本願発明の実施例であるから、一応、請求項1に記載の範囲内の組成、即ち「70-87原子パーセントの鉄と、最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換可能であり、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換可能であり、そして、ホウ素、ケイ素および炭素で構成されるグループから選択された13-30原子パーセントの元素とから本質的に構成された組成」を備えているものと解される。そして、仮に、これらのコアが請求項1に記載された「少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導を有し」かつ「-15Oeから+15Oeの間の磁界且つ0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲で、550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」を有するものであるとしても、請求項1に記載された組成の範囲内であれば、どのような組成であっても上記特性が得られるのかどうかは、発明の詳細な説明の記載からは明らかでないし、出願時の技術常識に照らしても、明らかであるとはいえない。特に上記1、(3)で例示したシンプルな組成のものであっても、熱処理の仕方によっては本願発明の特性が得られるのかどうか明らかとはいえない。本願明細書には、組成範囲の内外で特性について比較した具体例が何も示されていないため、その組成範囲内の組成を備えていさえすれば、必ず上記特性が得られるのかどうか、また、その組成範囲外であれば、上記特性が得られないのかどうかが、出願時の技術常識に照らしてもまったく不明である。
しかも、審判請求人も意見書の中で「請求項1の発明は、所与の透磁率をもつ線形B-H特性を達成するためには所与の熱処理と所与の組成の両方を要求している。」((2)の項参照)と述べているように、線形B-H特性は、組成だけでなく、熱処理によって大きく影響を受ける。例えば、本明細書の段落【0011】に、「図1は、トロイダルコアの円周方向に対して直角に200の磁界を印加して400℃で10時間熱処理された本発明によるアモルファスのFeを主成分とするコア」と記載されているように、図1に図示された特性は、熱処理として具体的に「トロイダルコアの円周方向に対して直角に200の磁界を印加して400℃で10時間熱処理」をすることによって達成できるものである。しかし、請求項1には、熱処理に関して具体的なことが何も特定されていないので、請求項1に係る発明は、本願発明の組成を備えている限り、何らかの熱処理さえすれば、それがたとえどのような熱処理であっても、即ち本願明細書に開示された具体的な熱処理以外の熱処理であっても本願発明の特性が得られることを意味すると理解せざるを得ない。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められない。

(2)審判請求人は意見書の中で「本明細書は、請求項1に記載の全ての組成且つ熱処理且つB?H特性の関係について議論している。例えば、本明細書の段落[0011]には、『図1は、トロイダルコアの円周方向に対して直角に200の磁界を印加して400℃で10時間熱処理された本発明によるアモルファスのFeを主成分とするコアと先行技術のCoを主成分とするコアのB-H特性を比較している。本発明のコアのB-H挙動は-15Oe(-1,200A/m)と+15Oe(+1,200A/m)の印加磁界の中で線形であり、付随する磁気誘導または磁束の変化は-12kG(-1.2T)から+12kG(+1.2T)である。他方で、先行技術のCoを主成分とするコアの線形B-H領域は-7kGから+7kGの磁束変化に限られており、それは電流測定能力を制限する。線形B-H特性はB/Hで定義される線形透磁率を意味する。図2は、本発明のアモルファスのFeを主成分とするコアの透磁率が約1000kHzもしくは1MHzの周波数まで一定であることを示している。これは本発明の変流器の精度が約1000kHzの周波数範囲全体にわたって一定のレベルを維持し得ることを意味する。』と記載されている。この記述を参照すれば、当業者には請求項1のアモルファスの組成はコアのB-H特性を達成するもので、本発明の境界は本明細書に明瞭に記載されていると考えるであろう。」と主張する。
しかし、本願発明の「-15Oeから+15Oeの間の磁界且つ0kHzから1000kHzまでの印加される周波数範囲で、550から650の測定可能な一定である透磁率をもつ線形B-H特性」を同時に満たすものは、上述のとおり、本願明細書にはどこにも記載されていない。しかも、「-15Oeから+15Oeの間の磁界」且つ「550から650の測定可能な一定である透磁率」の場合、図1の特性図からみて、飽和磁気誘導は10kGよりも小さいと推測され、「少なくとも10kG(1テスラ)の飽和磁気誘導を有し」との要件を満たさないものと考えられる。
したがって、請求項1に記載された範囲内の組成を備え、任意の熱処理を施すだけで、本願発明の特性が得られるかどうかは不明である。
よって、出願時の技術常識に照らしても、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとは認められない。

3 第36条第6項第2号違反について
特許請求の範囲の請求項1は、次の点で発明特定事項が不明確である。
請求項1には、「最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換可能であり、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換可能であり」と記載されている。ここで、請求項1に記載された「置換可能であり」の意味について、審判請求人は、意見書において「置換可能であり」は置換されない場合も含む趣旨であると主張する。しかし、本願明細書における発明の詳細な説明には「置換可能であり」に関する説明は何も記載されておらず、鉄がコバルトなどの別の元素で置換されない場合も含まれるのかどうか、不明である。しかも、この点に関して、審判の請求と同時に補正された特許請求の範囲の請求項1には、「最大で約20原子パーセントの鉄がコバルトで置換され、且つ最大で約3原子パーセントの鉄がニッケル、マンガン、バナジウム、チタンまたはモリブデンで置換されており」と記載され、審判請求人は、審判請求書の中で「『鉄を各元素で置換しない場合』は含まない。」(【本発明が特許されるべき理由】の(5)の項参照)と主張していた。
したがって、請求項1に記載された「置換可能であり」との事項は、不明確といわざるを得ない。

第5 むすび
以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていないから、本願は、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2012-12-12 
結審通知日 2012-12-13 
審決日 2012-12-25 
出願番号 特願2003-566867(P2003-566867)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (H01F)
P 1 8・ 537- WZ (H01F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 山田 倍司  
特許庁審判長 川本 真裕
特許庁審判官 山岸 利治
冨岡 和人
発明の名称 アモルファスFeを主成分とするコアを有する変流器  
代理人 西山 文俊  
代理人 富田 博行  
代理人 社本 一夫  
代理人 千葉 昭男  
代理人 小林 泰  
代理人 小野 新次郎  

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