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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12M
管理番号 1280237
審判番号 不服2011-9718  
総通号数 168 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2013-12-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-05-09 
確定日 2013-10-10 
事件の表示 特願2004-222133「ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物の培養装置」拒絶査定不服審判事件〔平成18年 2月 9日出願公開、特開2006- 34235〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成16年7月29日の出願であって,平成22年7月6日付けで拒絶理由通知書が出され,これに対して,同年9月6日に意見書及び手続補正書が提出され,同年9月29日付けで最後の拒絶理由通知書が出されたが,その指定期間内に応答がなされず,平成23年2月4日付けで拒絶査定がなされたが,これに対して,同年5月9日に拒絶査定不服審判の請求がなされたものである。

第2 本願発明
本願請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成22年9月6日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1の記載からみて,次のとおりのものと認める。
「【請求項1】
ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物を含む培養液に酸素を供給して培養する培養装置において,
前記培養装置内に培養液の粘度の上昇によって生じる酸素供給能力の低下を軽減させる通気手段として気液混合循環流を発生させる循環流発生装置が配設され,
前記循環流発生装置は,この循環流発生装置のパイプ内に形成された円筒状の流路の上端に培養液放出口が錐台形状に末拡がりに形成されるとともに,下端には培養液吸い込み口が形成され,
パイプの下部には複数の気体吹き込み孔が形成され,この気体吹き込み孔はパイプの垂直断面においては流路における培養液の進行方向に対して鋭角に斜向するように設けられるとともに,パイプの水平断面においては流路の壁面の接線方向に形成されていることを特徴とするポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物の培養装置。」

第3 引用刊行物記載の事項
原査定の拒絶理由に引用され,本願出願前に頒布された刊行物である
特開平6-292558号公報(以下,「刊行物1」という。)
特開平9-252794号公報(以下,「刊行物2」という。)
特開2002-45667号公報(以下,「刊行物3」という。)
には,次の事項が記載されている。
なお,下線は当審にて付記したものである。

(1)刊行物1記載の事項
(刊1-1)「【要約】
【目的】 高粘性発酵において,発酵液全体に十分な通気ガスを供給することができる攪拌型発酵槽を提供する。
【構成】 通気攪拌型発酵槽11内に発酵液17を攪拌するための攪拌翼13が配置され,この発酵槽11の底部に通気管16が配置され,また攪拌翼13の上部にさらに通気管18が配置されている。この底部の通気管16の通気孔は攪拌翼13に向けて通気ガスを吐出するように設けられている。また,攪拌翼13上部に設けられている通気管18は,その通気孔が鉛直方向に通気ガスを吐出するように設けられている。このような構成により,上段の通気管18から供給された気泡は他の気泡と合一されにくく,発酵液の下降流に同伴して下降するので,発酵液全体に均一な酸素供給が可能となる。」

(刊1-2)「【特許請求の範囲】
【請求項1】 攪拌翼を有する通気攪拌型発酵槽において,発酵槽の底部と攪拌翼上部周辺に,それぞれ通気管を配置したことを特徴とする通気攪拌型発酵槽。
【請求項2】 発酵槽の底部に設けられた前記通気管は,複数の通気孔が攪拌翼に向けて通気ガスを吐出するように設けられている請求項1記載の通気攪拌型発酵槽。
【請求項3】 攪拌翼上部周辺に設けられた前記通気管は,複数の通気孔が鉛直方向に通気ガスを吐出するように設けられている請求項1または2記載の通気攪拌型発酵槽。」

(刊1-3)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,粘性発酵に用いる攪拌型発酵槽に関し,特に,高粘性培養液中への酸素の溶解を促進する攪拌型発酵槽に関する。
【0002】
【従来の技術】微生物が作る多糖類,蛋白質,核酸,脂質等のバイオポリマは有用性がある材料として開発が進められている。これらのバイオポリマの発酵生産においては,発酵の経過と共に発酵液の粘度が著しく高くなることが多い。したがって,発酵液の粘度が増加するため攪拌混合が不十分になり,酸素供給速度が低下するため,好気性微生物の生育環境を均一に保ち,発酵生産性を効率良く安定に保つことは困難であった。」

(刊1-4)「【0011】本発明に用いる攪拌翼には,高粘性な発酵液の攪拌混合に用いることができる,ゲート翼やアンカー翼などの大型翼が適用できる。特に,下部が板状の大型パドルとなっており,その上部が格子状のグリッド部となっている攪拌翼が,発酵液の全循環流を発生し,且つ高粘性な発酵液を細分化する機能を有するので好適である。」

(刊1-5)「【0014】
【実施例】図2は本発明の実施例の攪拌型発酵槽である。図2中の11は発酵槽であり,微生物の生育環境を均一にするために,発酵槽11の内部には攪拌軸14に取り付けられた回転可能な攪拌翼13が設けられている。発酵槽11の外部に設けられた駆動部12により,攪拌軸14を通じて攪拌翼13が回転することによって,発酵槽11の内部の高粘性な発酵液17の攪拌が行なわれる。この攪拌翼13の構造は,その下部が板状の大型パドルとなっており,発酵槽11内の全循環流を発生する機能を有し,その上部が格子状のグリッド部となって高粘性な発酵液17を細分化する機能を有する。
【0015】発酵槽11内の底部には,通気ガスを発酵槽11内へ供給するためのリング状の通気管15が配置されており,その通気管15には攪拌翼13に向けて開口した複数の通気孔が穿たれている。発酵槽11の外部の通気ガス入り口16を通じて通気ガスが前記通気管15の通気孔から気泡として発酵液17中に導入される。導入された通気ガスは,通気管15からその上部にある攪拌翼13に向けて吐出される。
【0016】本実施例においては,攪拌翼13の上部周辺の発酵槽11内の壁近傍にリング状の通気管18が配置されている。発酵液の流れが下降し始める方向に気泡が吐出されるように,この配管には下向きに複数の通気孔が穿たれている。発酵槽11の外部の通気ガス入り口19を通じて通気ガスが通気管18の通気孔から気泡として発酵液17中に導入される。

(刊1-6)「【0023】
【発明の効果】本発明によれば,発酵槽の底部(下段)と攪拌翼上部周辺(上段)に,それぞれ通気管を配置したので,上段の通気管から供給された気泡は他の気泡と合一されにくく,発酵液の下降流に同伴して下降し,下段と上段の通気管により発酵槽内の高粘性な発酵液全体への均一な酸素供給が可能となる。」

(2)刊行物2記載の事項
(刊2-1)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,食品,化成品,医薬等の分野において機能性高分子として有用な高純度のポリ-γ-グルタミン酸(以下,単に「γ-PGA」と略記する)を,γ-PGA醗酵液から効率よく単離する方法に関する。」

(刊2-2)「【0002】
【従来の技術】γ-PGAは微生物を利用した発酵法によって産生されることはよく知られており,一般に数万から数百万の分子量を有している。蓄積量の増大に伴ない培養後の培養液は粘稠性の帯びたものとなり,γ-PGAの単離操作を困難ならしめる要因となっている。」

(3)刊行物3記載の事項
(刊3-1)「【要約】
【課題】 少ないエネルギーで,酸素を液体に効率よく溶解し,安定した循環流を発生でき,効果的に液体の浄化を行える循環流発生装置を提供する。
【解決手段】 水中に設置されるパイプ1には,円筒状の壁面11によって包囲される流路3が設けられるとともに,気体吹き込み穴5が,水の進行方向(矢印a)に対して鋭角に斜向するように,かつ,水平断面においては,壁面11の接線方向に設けられる。液体放出口7は,末拡がりとなるように設けられる。コンプレッサ23は,高圧空気を発生し,気体吹き込み穴5を通じて,流路3へ吹き込む。」

(刊3-2)「【請求項1】液体中に設置され,気体と液体とを混合する気液混合手段と,
前記気液混合手段に,前記気体を吹き込む気体吹き込み手段とを具備し,
前記気液混合手段は,
円筒状の壁面によって包囲され,前記気体吹き込み手段から前記気体が吹き込まる流路と,
前記流路の一端に設けられる液体放出口と,
前記流路に前記気体を吹き込むための気体吹き込み穴とを含み,
前記液体放出口は,末拡がりとなるように設けられ,
前記気体吹き込み穴は,垂直断面においては,前記流路における前記液体の進行方向に対して鋭角に斜向するように,かつ,水平断面においては,前記流路を包囲する壁面の接線方向の成分を持つように設け,かつ,前記気体は,少なくとも酸素を含むことを特徴とする循環流発生装置。」

(刊3-3)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,気体を微細化して液体に混合,分散させ,液体に効率良く溶解させることと,液体の上層,下層を広範囲で強制循環させることができる循環流発生装置に関するものである。」

(刊3-4)「【0002】
【従来の技術】ダム,湖沼,内海等の閉鎖水域の浄化には,塩基養分の除去,紫外線殺菌,あるいは噴水式,水中曝気式等の方法が利用されており,いずれの方法も大型の設備に加え膨大なエネルギーを必要とする。」

(刊3-5)「【0027】なお,パイプ1の外面には,後述するように,「おねじ」が形成されるが,図1および図2では省略している。また,パイプ1は,気液混合手段に相当する。

(刊3-6)「【符号の説明】
1 パイプ
3 流路
5 気体吹き込み穴
7 液体放出口
9,19 液体吸い込み口
11 壁面
13 おねじ
15 ホルダ
17 めねじ
21 ホース口
23 コンプレッサ
25 空洞」

(刊3-7)
【図1】



(刊3-8)
【図2】


(刊3-9)
【図3】


(刊3-10)
【図4】



(刊3-11)「【0028】次に,本実施の形態における循環流発生装置の原理について説明する。まず,パイプ1を液体中(例えば,水中)に設置する。この場合,パイプ1の液体放出口7が,液体の表面側を向くように(パイプ1の液体吸い込み口9が,液体の底側を向くように),設置する。」

(刊3-12)「【0061】(実験1)実験1では,パイプ1の長さが270mm,パイプ1の外径が120mmとした。また,パイプ1の内径を40mm,気体吹き込み穴5の数を8個,気体吹き込み穴5の角度θ1を45度,液体放出口7の開き角λを60度,空気圧力を5kgf/c平方メートル,設置台数を1台とした。
【0062】この結果は次のとおりである。消費電力3kwで,水深33.5m×50平方メートルの範囲で,開始前濁度70度が運転開始後168時間で,濁度2度(水道水濁度基準1度)にまで回復した。この実験1の結果により,表面温度は,開始前26℃が運転開始と同時に18℃まで低下したことで,アオコ発生抑制にも有効であることが確認された。また,本装置によれば,低電力にて,大量の水域浄化ができることが確認できた。」

第4 刊行物記載の発明
1 刊行物1記載の発明
刊行物1の特許請求の範囲の請求項1には「【請求項1】 攪拌翼を有する通気攪拌型発酵槽において,発酵槽の底部と攪拌翼上部周辺に,それぞれ通気管を配置したことを特徴とする通気攪拌型発酵槽。」(刊1-2)と記載されている。
そして,(刊1-3)に「これらのバイオポリマの発酵生産においては,発酵の経過と共に発酵液の粘度が著しく高くなることが多い。」という従来技術の問題点が記載されており,(刊1-4)に発明の効果として「発酵槽内の高粘性な発酵液全体への均一な酸素供給が可能となる」と記載されているのだから,上記請求項1に記載の発明は,高粘性なバイオポリマーの生産を前提とする技術であり,また,均一な酸素供給を可能とするものであることがわかる。
請求項1記載の発明を中心に,これらの事項をまとめると刊行物1には次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「攪拌翼を有する高粘性なバイオポリマーを生産する通気攪拌型発酵槽において,発酵槽の底部と攪拌翼上部周辺に,それぞれ通気管を配置し均一な酸素供給を可能とした通気攪拌型発酵槽。」

2 刊行物3記載の発明
「パイプ1は,気液混合手段に相当する」(刊3-5)とあり,パイプ1は,実質的に気体混合手段の基本構造に当たるものである。
また,パイプの下端には,【図1】(刊3-7)のごとく,液体吸い込み口9が形成されている。
そこで,刊行物3の請求項1(刊3-2)の特定事項を分説し,各構成要素に(刊3-6)の【符合の説明】に記載された符合を括弧に入れて付記し,【図1】のパイプ及び液体吸い込み口を補って整理すると,刊行物3には,次の発明(以下,「刊行物3発明」という。)が記載されていると認められる。

「(a)液体中に設置され,気体と液体とを混合する気液混合手段と,
(b)前記気液混合手段に,前記気体を吹き込む気体吹き込み手段とを具備し,
(c)前記気液混合手段は,
(c-1)パイプ内に形成された円筒状の壁面によって包囲され,前記気体吹き込み手段から前記気体が吹き込まる流路と,
(c-2-1)前記流路(3)の一端に設けられる液体放出口(7)と,
(c-3)パイプ(1)の下端には液体吸い込み口(9)が形成され,
(c-4)前記流路(3)に前記気体を吹き込むための気体吹き込み穴(5)とを含み,
(c-2-2)パイプ内に形成された前記液体放出口(7)は,末拡がりとなるように設けられ,
(c-5)パイプ内に形成された前記気体吹き込み穴(5)は,パイプの垂直断面においては,前記流路(3)における前記液体の進行方向に対して鋭角に斜向するように,かつ,パイプの水平断面においては,前記流路(3)を包囲する壁面の接線方向の成分を持つように設け,かつ,前記気体は,少なくとも酸素を含むことを特徴とする循環流発生装置。」

第5 対比
本願発明と引用発明を対比する。
1 ポリ-γ-グルタミンを生産する培養装置について
引用発明の「通気攪拌型発酵槽」は,「均一な酸素供給を可能」とするものであり,(刊1-1)に「発酵液全体に十分は通気ガスを供給することができる攪拌型発酵槽を提供する」とあるから,発酵液,すなわち,培養液を発酵槽内に有するものである。
したがって,引用発明の「均一な酸素供給を可能とした通気攪拌型発酵槽」は,本願発明の「微生物を含む培養液に酸素を供給して培養する培養装置」に相当する。

また,本願明細書の段落【0001】には,ポリ-γ-グルタミン酸について,
「本発明は,培養中における培養液の高粘度化にともなう酸素供給能力の低下を軽減し,高分子化合物,例えばポリ-γ-グルタミン酸などの高分子を生産する能力を有する微生物(以下「γ-PGA生産菌」という。)を用いて,高分子量ポリ-γ-グルタミン酸(以下「γ-PGA」と言う)を製造する方法及び装置に関する。」(なお,本願明細書に付記した下線は当審にて付記したものである。以下,同様である。)
と記載されている。この記載からすると,ポリ-γ-グルタミン酸は高粘度のバイオポリマーの一種であると理解される。

他方,引用発明の「高粘性なバイオポリマー」は,「通気攪拌型発酵槽」で生産されるものであるから,発酵,すなわち,微生物により生産されることは自明な事項である。

そうすると,引用発明の「高粘性なバイオポリマー」を生産する微生物と,本願発明の「ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物」とは,「高粘性なバイオポリマーを生産する微生物」という点で共通する。

これらを整理すると,引用発明の「高粘性なバイオポリマーを生産する」「均一な酸素供給を可能とした通気攪拌型発酵槽」と,本願発明の「ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物を含む培養液に酸素を供給して培養する培養装置」とは,「高粘性なバイオポリマーを生産する微生物を含む培養液に酸素を供給して培養する培養装置」という点で共通する。
また,引用発明の「高粘性なバイオポリマーを生産する」「均一な酸素供給を可能とした通気攪拌型発酵槽」と,本願発明の「ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物の培養装置」とは「バイオポリマーを生産する微生物の培養装置」という点で共通する。

2 循環流発生装置について
引用発明には,本願発明の「循環流発生装置」は具備されていない。

3 小括
以上のことから,両発明は次の(一致点)並びに(相違点1)及び(相違点2)を有する。

(一致点)
高粘性なバイオポリマーを生産する微生物を含む培養液に酸素を供給して培養する培養装置において,バイオポリマーを生産する微生物の培養装置。

(相違点1)
高粘性なバイオポリマーを生産する微生物が,本願発明では,「ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物」であるのに対して,引例発明では,微生物の生産するバイオポリマーの種類は特に規定されていない点。

(相違点2)
本願発明では「前記培養装置内に培養液の粘度の上昇によって生じる酸素供給能力の低下を軽減させる通気手段として気液混合循環流を発生させる循環流発生装置が配設され,
前記循環流発生装置は,この循環流発生装置のパイプ内に形成された円筒状の流路の上端に培養液放出口が錐台形状に末拡がりに形成されるとともに,下端には培養液吸い込み口が形成され,
パイプの下部には複数の気体吹き込み孔が形成され,この気体吹き込み孔はパイプの垂直断面においては流路における培養液の進行方向に対して鋭角に斜向するように設けられるとともに,パイプの水平断面においては流路の壁面の接線方向に形成されている」ものが具備されているのに対して,引用発明では具備されていない点。

第6 検討・判断
1 相違点1について
刊行物2には「ポリ-γ-グルタミン酸(以下,単に「γ-PGA」と略記する)を,γ-PGA醗酵液から効率よく単離する方法に関する」(刊2-1)技術的事項が記載されいる。
ポリ-γ-グルタミン酸を微生物を使用して生産することは,例えば,刊行物2に従来技術として,
「γ-PGAは微生物を利用した発酵法によって産生されることはよく知られており,一般に数万から数百万の分子量を有している。蓄積量の増大に伴ない培養後の培養液は粘稠性の帯びたものとなり,γ-PGAの単離操作を困難ならしめる要因となっている。」(刊2-1)
と記載されているように,粘稠性の帯びたγ-PGA,すなわち,ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物を培養して得ることは周知の事項となっている。
そして,ポリ-γ-グルタミン酸を生産する菌としては,市販納豆より分離されたBacillus natto菌を使用して,好気性発酵条件下で生産することも,例えば,下記刊行物Aに記載のように本願出願前から周知の事項となっている。
そうすると,好気性の微生物を使用した発酵に使用される引用発明の「通気攪拌型発酵槽」において,「高粘性なバイオポリマー」を生産する微生物として,本願出願前から周知の好気性の「ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物」を選択することは,当業者とって容易になし得たことといえる。

刊行物A:特開平7-135991号公報
(刊A-1)「【0006】
【作用】使用するポリ-γ-グルタミン酸生産微生物としては市販納豆より分離されたBacillus natto菌で,ビオチンを生育に要求する特徴を持つ菌である。
【0007】グルタミン酸あるいはアラニン,アルギニン,アスパラギン酸,グリシン,プロリンを含む窒素源,グルコースあるいはシュークロース,有機酸を含む炭素源,リン,カリウム,マグネシウム,カルシウム,マンガン,鉄等のミネラルを含む培養基に納豆菌を接種し,回転振とうを含む好気性発酵条件下,回分培養および連続培養によりポリ-γ-グルタミン酸を高効率で発酵生産せしめ,共存する糖質を固定した微生物あるいは酵素による除去,ポリ-γ-グルタミン酸量の2倍量のエタノールによるポリ-γ-グルタミン酸の沈澱分離,透析あるいは分離膜による低分子物質の除去,分離ポリ-γ-グルタミン酸の凍結乾燥により非吸湿性の結晶性ポリ-γ-グルタミン酸を製造することができる。」

2 相違点2について
(1)動機について
刊行物3には,上記「第4 2 刊行物3記載の発明」に記したように,循環流発生装置に係る刊行物3発明が記載されている。
刊行物3発明は,その特定事項に循環流発生装置を用いる対象を限定していないから,発明の属する技術分野に記載のとおり「気体を微細化して液体に混合,分散させ,液体に効率良く溶解させることと,液体の上層,下層を広範囲で強制循環させること」(刊3-3)が求められるあらゆるものに適用し得ると解され,引用発明への適用を妨げるような特定事項は刊行物3発明にない。

もっとも,刊行物3には,従来技術として「ダム,湖沼,内海等の閉鎖水域の浄化には,塩基養分の除去,紫外線殺菌,あるいは噴水式,水中曝気式等の方法が利用されており,いずれの方法も大型の設備に加え膨大なエネルギーを必要とする。」(刊3-4)とも記載されいるから,刊行物3発明が特に,ダム,湖沼,内海等の閉鎖水域の浄化に適していることは明らかである。

しかし,刊行物3発明は,(刊3-12)の実験1にもあるように,水深33.5m×50平方メートルの範囲で実験したときに使用した装置は,パイプ1の長さが270mm,パイプ1の外径が120mmであり,一般的に使用される工業規模の発酵槽に十分入る大きさでもあり,引用発明1に適用する際に妨げとなるような大きさではない。
しかも,下記刊行物B及びCに記載のように,空気を水中に送り込んで微生物による有機物の酸化分解等を促進させてダム等の浄化を図ることが技術常識として知られていることからすると,当業者であれば,刊行物3発明の「気体と液体とを混合する気液混合手段」を有する「循環流発生装置」を「ダム,湖沼,内海等の閉鎖水域の浄化」に適用した場合は,ダムに存在する微生物に酸素を供給することで浄化が図られていると理解するものといえる。

他方,引用発明は,「これらのバイオポリマの発酵生産においては,発酵の経過と共に発酵液の粘度が著しく高くなることが多い。したがって,発酵液の粘度が増加するため攪拌混合が不十分になり,酸素供給速度が低下するため,好気性微生物の生育環境を均一に保ち,発酵生産性を効率良く安定に保つことは困難であった。」(刊1-3)という従来の技術が有する課題を解決すべく,「【目的】 高粘性発酵において,発酵液全体に十分な通気ガスを供給することができる攪拌型発酵槽を提供する。」(刊1-1)との目的で発明されたものであって,発酵液に含まれる微生物に通気ガス,すなわち,酸素を供給することを目的の一つにしている。

そうすると,刊行物3発明を「ダム等」に使用した場合,前記引用発明の目的と,刊行物3発明の目的とは,共に,微生物に酸素を供給するという点で共通しており,刊行物3において「ダム等」に言及があることは,引用発明に刊行物3発明を適用する際の阻害要因とならないばかりか,目的の共通性からみて,適用する際の動機ともなり得るものである。

以上のことをまとめると,「本発明は,粘性発酵に用いる攪拌型発酵槽に関し,特に,高粘性培養液中への酸素の溶解を促進する攪拌型発酵槽に関する。」(刊1-3)と記載のように,高粘性培養液中への酸素の溶解を促進することを目的として引用発明に係る「通気攪拌型発酵槽」が開発されたのだから,刊行物1に接した当業者であれば,より性能を向上させるべく,他の酸素の溶解促進手段を組み合わせることが動機付けられるといえ,刊行物3発明は,広域な水系であるダムにも適用出来るような強力な酸素供給手段であり,かつ,微生物に酸素を供給するという目的においても引用発明と共通し,実施例においてもパイプ1の長さが270mm,パイプ1の外径が120mm(刊3-11)と引用発明に適用するのに妨げとならない大きさであるのだから,前記引用発明の性能を向上するに足りる,機能と目的を有する発明といえ,刊行物3発明を引用発明に組み合わせる十分な動機があるといえる。

刊行物B:実用新案登録第3083164号公報
(刊B-1)「【0003】
従来,池・湖沼等の自然湖水やダム湖水等の人工湖水,或いは河川等では,生活排水や産業排水に含まれる各種の揮発性物質や有機物等による汚濁を解消する活性汚泥処理のために,空気を水中に送り込んで微生物による有機物の酸化分解等を促進させて湖水等を浄化することが試みられていた。湖水や河川水の浄化には,大量の空気を水中に送り込んで拡散させているために,大型のブロワーや水流撹拌装置が使用されていた。また,水質浄化効率を高めるには,大量の空気を水中に広範囲に拡散させる必要があり,ブロワーや,水流撹拌装置を多数設置して,湖や池等の全体に拡散させるようにしなければならなかった。」

刊行物C:特開平11-10189号公報
(刊C-1)「【0002】
【従来の技術】水の浄化を図るには,水に空気を接触させて水中に酸素を供給するばっ気を行う。ダム湖におけるばっ気は,例えば,水中ポンプ方式や散水方式によって行う。すなわち,水中ポンプ方式では,ポンプによりダム湖底へと空気を吸引し,吸引した空気をダム湖底から放出することにより空気をダム湖水へと供給する。また,散水方式では,ダム湖水上に設けた散水機からダム湖水を散水することによってダム湖水が攪拌され,この攪拌作用により空気を供給する。このように,ダム湖においてばっ気を行うことにより,ダム湖のように閉鎖的に貯留したダム湖水へ空気が供給され,微生物が水質の浄化を行い,ダム湖水が浄化される。」

(2)構成について
本願発明の相違点2に係る特定事項を分説すると,
「前記循環流発生装置は,
(C-1)この循環流発生装置のパイプ内に形成された円筒状の流路
(C-2)の上端に培養液放出口が錐台形状に末拡がりに形成されるとともに,
(C-3)下端には培養液吸い込み口が形成され,
(C-4)パイプの下部には複数の気体吹き込み孔が形成され,
(C-5)この気体吹き込み孔はパイプの垂直断面においては流路における培養液の進行方向に対して鋭角に斜向するように設けられるとともに,パイプの水平断面においては流路の壁面の接線方向に形成されている」
とすることができる。

引用発明において,刊行物3発明を適用すると,刊行物3発明の「液体」は,微生物を培養する培養液となるから,それぞれ,本願発明と刊行物3発明の対応をとると,
刊行物3発明の「(c-1)パイプ内に形成された円筒状の壁面によって包囲され,前記気体吹き込み手段から前記気体が吹き込まる流路」は,「前記気体吹き込み手段から前記気体が吹き込まる」という流路の機能を省いてしまえば,「(c-1)パイプ内に形成された円筒状の壁面によって包囲され」る「流路」ということができ,本願発明の「(C-1)この循環流発生装置のパイプ内に形成された円筒状の流路」に相当することは明白である。

刊行物3発明の「(c-2-1)前記流路(3)の一端に設けられる液体放出口(7)」は,「パイプ1の液体放出口7が,液体の表面側を向くように」(刊3-11)との記載からみて,流路(3)の上端であり,かつ,液体放出口(7)は,「(c-2-2)パイプ内に形成された前記液体放出口(7)は,末拡がりとなるように設けられ」ているものであるから,本願発明の「円筒状の流路」「(C-2)の上端に培養液放出口が錐台形状に末拡がりに形成される」ものに相当する。

刊行物3発明の「(c-3)パイプ(1)の下端には液体吸い込み口(9)が形成され」ることは,本願発明の「(c-3)パイプ(1)の下端には液体吸い込み口(9)が形成され」ることに相当する。

刊行物3発明の「(c-4)前記流路(3)に前記気体を吹き込むための気体吹き込み穴(5)」は,【図1】(刊3-7)からみて,パイプ(1)の下部でに設けられおり,本願発明の「(C-4)パイプの下部には複数の気体吹き込み孔が形成」されることに相当する。

刊行物3発明の「(c-5)パイプ内に形成された前記気体吹き込み穴(5)は,パイプの垂直断面においては,前記流路(3)における前記液体の進行方向に対して鋭角に斜向するように,かつ,パイプの水平断面においては,前記流路(3)を包囲する壁面の接線方向の成分を持つよう」に形成することは,本願発明の「(C-5)この気体吹き込み孔はパイプの垂直断面においては流路における培養液の進行方向に対して鋭角に斜向するように設けられるとともに,パイプの水平断面においては流路の壁面の接線方向に形成され」ることに相当する。

そうすると,引用発明に刊行物3発明を付加すれば,相違点2に記載の本願発明の特定事項のごとく構成されるものであって,当業者が容易に発明できたものといえる。

3 本願発明の効果について
本願明細書の段落【0043】記載の
「本発明は,微生物より生産される高分子物質の製造において,その培養液の粘度の上昇に伴う酸素の供給能力の低減により,高分子物質の生産が抑制される場合において効果が期待できる。」
との効果について検討すると,刊行物3には,粘度の上昇を伴う培養液に適用することまでは記載されていないが,刊行物3発明は,広域なダム等でさえ酸素を供給できる強力な「循環流発生装置」であるのだから,引用発明の「高粘性なバイオポリマーを生産する通気攪拌型発酵槽」に付加すれば,酸素を十分供給できるものといえ,「粘度の上昇に伴う酸素の供給能力の低減により,高分子物質の生産が抑制される場合において効果が期待できる」とする本願発明の効果は当業者が予測し得るものといえる。
また,本願明細書に記載の他の本願発明の効果についても,刊行物1?3及び上記周知の技術的事項から当業者が予測し得るものであって,格別顕著なものとはいえない。

第7 結語
以上のとおり,本願発明は,本願出願前に頒布された上記刊行物1?3及び上記周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2013-07-31 
結審通知日 2013-08-06 
審決日 2013-08-26 
出願番号 特願2004-222133(P2004-222133)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 光本 美奈子  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 板谷 一弘
安藤 倫世
発明の名称 ポリ-γ-グルタミン酸を生産する微生物の培養装置  
代理人 堤 隆人  
代理人 小堀 益  
代理人 小堀 益  
代理人 堤 隆人  
代理人 小堀 益  
代理人 堤 隆人  

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