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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 A61K
管理番号 1283800
審判番号 不服2011-27243  
総通号数 171 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2014-03-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2011-12-16 
確定日 2014-02-04 
事件の表示 特願2004-570040「4-ヒドロキシタモキシフェンによる乳癌の予防および治療」拒絶査定不服審判事件〔平成16年10月14日国際公開、WO2004/087123、平成18年 5月18日国内公表、特表2006-514967、請求項の数(5)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 1.手続の経緯
本願は、平成15年12月15日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2003年4月1日,米国)を国際出願日とする出願であって、平成18年12月14日(審査請求時)に手続補正がなされ、平成22年4月30日付けの拒絶理由通知に応答して平成22年10月19日付けで手続補正書と意見書が提出されたが、平成23年8月10日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年12月16日に拒絶査定不服審判が請求され、平成24年1月16日付けで請求理由の手続補正書(方式)が提出されたものである。

2.本願発明
本願請求項1?5に係る発明(以下、順に、「本願発明1」?「本願発明5」ともいう。)は、平成22年10月19日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?5に記載された事項により特定された次のとおりのものである。
「【請求項1】
乳癌を発症する危険性が高い患者における乳癌の予防および/または乳癌の治療のための医薬であって、
前記医薬が、4-ヒドロキシタモキシフェン、浸透促進剤としてのミリスチン酸イソプロピル、水系媒体、アルコール系媒体およびゲル化剤を含む、経皮投与用の水性アルコール組成物である医薬。
【請求項2】
4-ヒドロキシタモキシフェンが0.25?2.0mg/乳房の量で投与される請求項1に記載の医薬。
【請求項3】
前記乳癌がエストロゲン受容体陽性である請求項1または2に記載の医薬。
【請求項4】
乳癌を発症する危険性が高い患者における乳癌の予防および/または乳癌の治療のための医薬であって、
4-ヒドロキシタモキシフェン、および浸透促進剤としてのミリスチン酸イソプロピルを含み、経皮投与される医薬。
【請求項5】
水性アルコールゲルおよび水性アルコール溶液からなる群から選択される形態のものである経皮投与用医薬組成物であって、
a)約0.01重量%?0.1重量%の4-ヒドロキシタモキシフェン、
b)約0.5重量%?2重量%のミリスチン酸イソプロピル、
c)約65重量%?75重量%のアルコール、
d)約25重量%?35重量%の水系媒体、
e)約0.5重量%?5重量%のゲル化剤
を含む医薬(但し、成分の前記パーセントは、組成物の重量に対する重量である)。」

3.原査定の理由
原査定の理由は、「この出願については、平成22年 4月30日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって、拒絶をすべきものです。なお、意見書並びに手続補正書の内容を検討しましたが、拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせません。」というものであり、
平成22年4月30日付け拒絶理由通知書には、
「この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記Aの刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (・・・)
A
1.特表昭61-500914号公報
2.Contraception fertilite sexualite,1991, Vol.19, No.2,pages
165-171
3.月刊薬事,1991, Vol.33, No.7,pages 1339-1344
(注:・・・・・)
理由1/A1?A3
請求項1?3
[備考]
A1(全体、特に、特許請求の範囲、実施例)には、4-ヒドロキシタモキシフェンを水性アルコールゲル(水系媒体、アルコール系媒体、ゲル化剤を含む)に配合し、経皮適用される乳癌治療組成物が開示されている。
4-ヒドロキシタモキシフェンは、乳癌の治療のみならず予防に対しても、経皮適用されることを考慮すれば(例えば、A2、特に、第165頁の抄録)、A1に開示されるところの4-ヒドロキシタモキシフェンを配合し経皮適用される乳癌治療組成物を、乳癌の治療のみならず予防に対しても経皮適用することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
また、その際に、4-ヒドロキシタモキシフェンの経皮吸収量をその予防有効性等の観点から調節すること、例えば、周知の経皮吸収促進剤、例えば、ミリスチン酸イソプロピル(例えば、A3、特に、第1343頁、特に、表3)を配合して4-ヒドロキシタモキシフェンの経皮吸収量をその予防有効性等の観点から調節することは、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
そして、効果について検討するに、明細書の記載を参酌しても請求項に係る発明とすることにより先行技術及び技術常識(A1?A3)から当業者が予測し得ない程度の格別に顕著な効果が奏されるとも認められない。」
と指摘されている。
また、拒絶査定の備考として、次の指摘もされている。
「備考
引用例1に記載された経皮投与用の水性アルコール組成物である医薬において、周知の浸透促進剤の中から、4-ヒドロキシタモキシフェンの浸透促進剤として好適なものを選択して配合することは、当業者が容易になし得たものである。
また、各成分の配合量について好適な範囲を設定することも、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎない。
出願人は意見書において、ミリスチン酸イソプロピル及びオレイン酸を用いた皮膚浸透試験結果を示し、好適な浸透促進剤は薬物によって異なり、プロゲステロンの浸透促進剤としてはオレイン酸が有効であるのに対し、4-ヒドロキシタモキシフェンの浸透促進剤としてはミリスチン酸イソプロピルが有効であることは、当業者であっても予測できず、その効果は際立って優れたものである旨を述べている。
しかしながら、化合物の種類によって、皮膚に対する吸収特性が異なるのは当然であり、引用例3にも記載されるように、様々な溶媒を用いて経皮吸収実験を行って好適な製剤設計を行うことは、当業者が通常行うものに過ぎない。
そして、ミリスチン酸イソプロピルは周知の浸透促進剤であるから、4-ヒドロキシタモキシフェンの経皮浸透を促進するという効果は、周知の浸透促進剤としての効果から予測されるとおりの効果である。
出願人が意見書で述べる、ミリスチン酸イソプロピルと同じく周知のオレイン酸を4-ヒドロキシタモキシフェンの浸透促進剤とした場合や、プロゲステロンに対する浸透促進剤とした場合の実験結果が、ミリスチン酸イソプロピルの4-ヒドロキシタモキシフェンに対する浸透促進効果とは異なる効果を示すものであったとしても、上述のとおり、化合物の種類によって、皮膚に対する吸収特性が異なるのは当然であるから、これらの実験結果が、ミリスチン酸イソプロピルを4-ヒドロキシタモキシフェンの浸透促進剤として使用できないことを予想させるものとまではいえず、また、オレイン酸以外の他の周知の浸透促進剤と比較して、ミリスチン酸イソプロピルが際だって優れた効果を有することを示すものでもない。
また、本願明細書には、ミリスチン酸イソプロピルの浸透促進剤としての効果を確認する実験は記載されていないから、仮に、ミリスチン酸イソプロピルが、本願優先日当時の技術水準からは予測できないような顕著な効果を奏することがあったとしても、そのような効果を参酌することはできない。
したがって、出願人の主張は採用することができず、本願発明の有する効果は、引用例1?3及び周知技術から予測し得るものであり、本願の請求項1?5に係る発明の進歩性は認められない。」

4.引用例
原査定の拒絶理由に引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物である、
特表昭61-500914号公報(以下、「引用例1」という。)
Contraception fertilite sexualite,1991, Vol.19, No.2,pages 165-171(以下、「引用例2」という。)
月刊薬事,1991, Vol.33, No.7,pages 1339-1344(以下、「引用例3」という。)
には、次の技術事項が記載されている。なお、引用例2はフランス語であるため翻訳文で示し、また、下線は当審で付したものである。

[引用例1]
(1-i)「1.活性物質が1-(p-(β-ジメチルアミノエトキシ)フェニル)-トランス-1-(p-ヒドロキシフェニル)-2-フェニルブト-1-エンからなり、経皮的に投与できる水性アルコールタイプのゲルとして存在する抗エストロゲン薬剤。
2.ゲルがカルボキシビニルポリマー、トリエタノールアミン、エタノール及び水のような賦形剤を含有する請求の範囲第1項による薬剤。
3.加えて、相乗効果を与えるブロデステロンが組合させ、経皮的に投与できる水性アルコールゲルとして存在する請求の範囲第1項又は第2項の何れか1つによる薬剤。
4.製剤中活性物質とプロゲステロンの割合がほぼ1:10である請求の範囲第3項による薬剤。
5.製剤中活性物質とプロゲステロンの割合がそれらのそれぞれのレセプタ分子に対して決めた量に従属する請求の範囲第3項または第4項による薬剤。
6.局所適用用である請求の範囲第1?5項の何れか1つによる薬剤。
7.乳房の状態、とくに乳房の両性及び癌性をも含む状態の冶療用である請求の範囲第6項による薬剤。」(請求の範囲の1?7)
(1-ii)「この発明は、抗エストロゲン薬剤に関し、ことにある型の腫瘍、特にホルモン従属型の乳腺の腫瘍の治療に適用できるものである。」(第1頁右下欄3?5行)
(1-iii)「その上、経口投与されたタモキシフェンは、肝臓を経由する間に多数の代謝物に変換され、この中には1-(11-(β-ジメチルアミノエトキシ)フIニル〕-トランス-1-(p-ヒドロキシフェニルブドー1-エン(sic)、または4-ヒドロキシタモキシフェン、これはタモキシフェンの分子レベルでの活性型であるものが含まれる。一方、この4-ヒドロキシ誘導体が直接経口投与されるとタモキシフェンより速やかに分解されるとみられ、この理由から、このルートで投与することは無駄である。加えて、4-ヒドロキシ誘導体は、エストロゲンレセプタのレベルでの抗エストロゲンとして、タモキシフェンより20?100倍活性であることも知られている。しかし、経皮的以外に、経口又は非経口投与すると、このものが組織中に拡散され、とりわけ乳腺の致命的な逆刺激の原因となる。
実際に、この4-ヒドロキシタモキシフェン誘導体は経口投与用、または非経口投与が可能な抗エストロゲン剤として記載されているが、投与自体は注射に制限されている。上記したように、経口投与は、化合物それ自体が肝臓の介在により分解されるため効能が制限されるとみられる。一方注射では該化合物が血行中に入り全身系の効果を通して上記の致命的な卵巣への効果を誘引する。」(第1頁右下欄16行?第2頁左上欄9行)
(1-iv)「ここから本出願人は、全身系効果をさけるため、4-ヒドロキシタモキシフェン誘導体を経皮的に投与する研究を行い、驚くべきことに、60%濃度のアルコール溶液で、この化合物を癌性の乳房腫瘍のある皮膚に適用すると皮膚バリヤを通過しうること及びこの主要のリセプタ分子に取り込まれることを観察した。本出願人は、対照的に、タモキシフェンは、経皮ルートでその4-ヒドロキシ誘導体に活性化されず、これは乳房がその変換に必要な酵素をもたないからであることを観察した。」(第2頁右上欄12?19行)
(1-v)「4-ヒドロキシタモキシフェンとプロゲステロンはアルコールに溶解し、皮膚から吸収されうるものである事実から、これらの化合物を経皮投与に適するアルコール性ゲルとして存在さすことを可能とし、出願人の研究によれば経皮吸収率はプロゲステロンが10%、4-ヒドロキシタモキシフェンが1%に近いものであることが例証されている。それ自体公知のやり方で、このアルコール性ゲルには、プロゲステロンを4-ヒドロキシタモキシフェンに加えて、パッケージングや経皮浸透に必要な各種賦形剤、特に“カーボポール^(R")、エチルアルコールや水を含む。投与すべき製品の1日用量は、薬剤の吸収率及び4-とドロキシタモキシフェンとプロゲステロンをそれらのレセプタ分子のレベルで得るに望まれる量によって容易に計算される。」(第2頁右下欄11?22行)
(1-vi)「この発明による経皮投与用のゲルの組成を次に実施例によって挙げるが、これによって限定されるものではない。
プロゲステロン 1.5g
4-ヒドロキシタモキシフェン 0.15g
カーボポール934^(R) 1g
トリエタノールアミン 1.5g
95%濃度エチルアルコール 50ml
水 加えて100g
(カーボポール934は、活性カルボキシ基を有するカルボキシビニルポリマーで、アミンとの安定なエマルジョンを形成するのに関与する。)」(第2頁右下欄23行?第3頁左上欄9行)
(1-vii)「これらの製品を乳房(breast)に経皮投与すると選択的に乳腺に濃縮され、生理液体中に無視できる割合で排出される。得られる効果は、経口投与の際の効果と逆で、経口投与では高い血清濃度が低い局部濃度を有するため得られるはずである。経皮投与の場合に、その割合は投与部位の近くで最大で、血流中や肝臓では最小である。従って、この技術は上記の要件、すなわち可能な治療目的(乳房の疾患)を有し、有害な副作用がない局所用抗エストロゲン薬に合致するものである。」(第3頁左上欄10?17行)
(1-viii)「ここに記載の薬剤は、乳房の状態、ことに乳房の良性及び癌性をも含む状態の冶療への適用が見出されている。」(第3頁右上欄下から2行?末行)

[引用例2]
(2-i)「乳房病理学における抗エストロゲン剤の経皮投与の原理」(第165頁表題)
(2-ii)「トリフェニルエチレン系抗エストロゲン剤:タモキシフェン(TAM)及びさらにその活性代謝物4OHタモキシフェン(4OHTAM)は、それらが癌性乳房細胞に対してそうであるように、正常ヒト乳房上皮細胞に対して細胞増殖抑制性である。
エストラジオール(E2)が考えられる発癌「プロモーター」とみなされる限りにおいて、これらの分子の抗エストロゲン作用は、乳癌の一次予防の一環として危険性が高い患者に使用されるべきであろう。
不都合な全身作用:-ゴナドトロピンの分泌を刺激する及びエストロゲンの過剰分泌の原因である視床下部で抗エストロゲン効果、-子宮でアゴニスト効果、を及ぼすTAMの経口投与よりも、4OHTamの乳房での経皮投与が検討された。
経皮4OHTamは乳癌の手術を受ける前に女性に投与された、及び乳房組織、それから血漿及び尿へのその移行が研究された。以下のことが明らかになる:-4OHTamが皮膚バリアを超える、-それが優先的に腫瘍組織、ERが豊富な細胞画分、腫瘍より少ない程度に正常組織で認められる、-4OHTamが、乳房組織でTamの保持より優れた及び長時間の保持を有する、ERに対して恐らくより高いその親和性を示す、-この経路では、4OHTamが乳房でほとんど代謝されない。
この活性抗エストロゲン剤の経皮投与は、少量を可能にする及び全身作用を減少させる最適の局所全身作用を得ることを可能にするべきであろう。この治療は特に乳癌の危険性が高い女性:良性乳腺症、家族性リスク、長期の高エストロゲン症に適合しているように思われる。(・・・)」(第165頁1?19行,要約部分)

[引用例3]
(3-i)「特集 新しい薬物投与方法の開発と評価
■経皮吸収型製剤の開発■」(第1339頁の表題)
(3-ii)「VIII 経皮吸収促進剤
代表的な経皮吸収促進剤を,主に脂質に対して作用するものとキャリアーとして作用するものに分類し,表3に示した。この異なる作用機構を有する促進剤を組合わせることで相乗的な促進効果が期待できる。l-メントールとエタノールの組み合せがその代表例である。製剤設計では,薬物を必ずしも懸濁状態で適用できないので,薬物の基剤中活量を高める成分も吸収促進に有用である。
すでに外用剤に用いられているl-メントールとエタノールの組み合せに高い効果が確認されたことから,新規化合物より既存成分の組み合わせに研究の目が多く向けられている。しかし,長い年月使用されてきた物質でも,吸収促進作用が主薬に特異的でない以上,安全であるとはかぎらない。」(第1343頁右欄下から19行?下から3行)
(3-iii)「

」(第1343頁右欄1行)

5.対比、判断
5-1.本願発明1について
引用例1には、上記「3.」の[引用例1]の摘示事項、特に摘示(1-i)の技術事項からみて(なお、請求項7の「両性」は「良性」の誤記と認められる。摘示(1-viii)も参照)、次の発明(以下、「引用例1発明」ともいう。)が記載されていると認めることができる。
<引用例1発明>
「活性物質が1-(p-(β-ジメチルアミノエトキシ)フェニル)-トランス-1-(p-ヒドロキシフェニル)-2-フェニルブト-1-エンからなり、経皮的に投与できる水性アルコールタイプのゲルとして存在する抗エストロゲン薬剤であって、
局所適用用であり、乳房の状態、とくに乳房の良性及び癌性をも含む状態の冶療用である薬剤。」

そこで、本願発明と引用例1に記載された発明とを対比する。
(a)引用例1発明の「1-(p-(β-ジメチルアミノエトキシ)フェニル)-トランス-1-(p-ヒドロキシフェニル)-2-フェニルブト-1-エン」は、その化学構造からみて、4-ヒドロキシタモキシフェンのトランス体であることが明らかであるから、本願発明1の「4-ヒドロキシタモキシフェン」のトランス体に相当する。
なお、本願明細書を検討すると、Z異性体(すなわちトランス型)がE異性体(すなわちシス型)より活性が高いこと(段落【0016】参照)、及び、実施例1においてZ異性体を用いていること(段落【0047】?【0049】参照)から、トランス体で用いる点でも両発明に差異はない。また、前記「トランス」を「Z」に置きかえた「1-(p-(β-ジメチルアミノエトキシ)フェニル)-Z-1-(p-ヒドロキシフェニル)-2-フェニルブト-1-エン」の名称が本願明細書段落【0022】に「4-OH-タモキシフェン」である旨が明示されている。
(b)引用例1発明の「薬剤」と本願発明1の「医薬」は、同義である。
(c)引用例1発明の「乳房の状態、とくに乳房の良性及び癌性をも含む状態の冶療用である」ことは、本願発明1の「乳癌の治療のための」に相当する。
(d)引用例1発明の「経皮的に投与できる水性アルコールタイプのゲルとして存在する」ことは、水系媒体とアルコール系媒体を含み、ゲル化剤も含むものであることが自明であるから、本願発明1の「水系媒体、アルコール系媒体およびゲル化剤を含む、経皮投与用の水性アルコール組成物」に相当する。

してみると、両発明は、本願発明1の表現を借りて表すと、
「乳癌の治療のための医薬であって、
前記医薬が、4-ヒドロキシタモキシフェン(トランス体)、水系媒体、アルコール系媒体およびゲル化剤を含む、経皮投与用の水性アルコール組成物である医薬」
で一致し、次の点で相違している。
<相違点>
A.組成物の成分について、本願発明1では、更に「浸透促進剤としてのミリスチン酸イソプロピル」を含むと特定しているのに対し、引用例1発明ではそのように特定されていない点
B.医薬の用途について、本願発明1では、「乳癌を発症する危険性が高い患者における乳癌の予防」も選択肢としているのに対し、引用例1発明ではそのような選択肢は明示されていない点

そこで、これらの相違点について検討する。
(1)相違点Aについて
引用例1には、「ミリスチン酸イソプロピル」を浸透促進剤として使用することは記載も示唆もされていない。
この点について、引用例1には、「パッケージングや経皮浸透に必要な各種賦形剤、特に“カーボポール^(R ")、エチルアルコールや水を含む」(摘示(1-v)参照)と記載されていて、実施例にも、「カーボポール934^(R)」と「エチルアルコール」と「水」を使用した例が示されている(摘示(1-vi)参照)ことから、「経皮浸透に必要な各種賦形剤」の使用は示唆されていると言えるが、例示された「“カーボポール^(R ")、エチルアルコールや水」が、その経皮浸透に必要なものであり、浸透促進剤と言えるかまでは必ずしも明確ではない。仮にそれらのいずれかが浸透促進剤であると解したところで、「ミリスチン酸イソプロピル」を示唆していないことは明らかである。

ところで、引用例3には、経皮吸収型製剤における一般的な経皮吸収促進剤について、「脂質に作用するもの」としてミリスチン酸イソプロピルやオレイン酸などが例示され、「キャリアーとしてはたらくもの」としてエタノールなどが例示されている。
そうであれば、経皮浸透に必要な賦形剤として、「ミリスチン酸イソプロピル」やオレイン酸を用いてみようとするかも知れない。しかし、それらが活性成分との組み合わせにおいて、同等に必ず優れた作用効果を示すことまで期待できるわけではない。この点、この活性成分と浸透促進剤との関係について、審判請求人は、次の様なデータを提示している。
平成22年10月19日付け意見書において(平成24年1月16日付け請求理由の補正書(方式)においても)出願人が提示したインビトロのヒト皮膚浸透試験のデータとして、次の表1?表3の結果が示されている。
表1

表2

表3

そこで、これらのデータを検討する。
表1において、24時間後に回収された(即ち、ヒト皮膚を浸透した)4-ヒドロキシタモキシフェンの量(割合)は、4-ヒドロキシタモキシフェンに「ミリスチン酸イソプロピル」を配合した場合に、0.13(±0.03)%から0.45(±0.26)%に増加しているのに対し、表2において、48時間後に回収回収された(即ち、ヒト皮膚を浸透した)4-ヒドロキシタモキシフェンの量は、4-ヒドロキシタモキシフェンに「オレイン酸」を配合した場合に、5.06(±2.21)%から3.30(±1.58)%に減少している。これら結果は、「ミリスチン酸イソプロピル」は浸透を促進したが、「オレイン酸」は浸透を阻害したものと解することが出来る。なお、表1と表2では、その他の配合成分や回収の時間が異なっていることから、両者を適切に比較出来るかとの疑義はあるものの(少なくとも、条件が異なり過ぎてその透過量を表1,2で対比することは適切とは言えない。)、前記定性的な判断を左右するものとまではいえない。
更に、表3において、4-ヒドロキシタモキシフェンの代わりにプロゲステロンを用いた場合には、浸透の程度は、オレイン酸を配合した方がミリスチン酸イソプロピルを配合した場合に比べ、優れているとの、前記表1,2からの判断とは逆の結果が示されている。

また、審判請求理由の手続補正書(方式)において、提示された(資料1)Yuri Takahashi et al.,Biol.Pharm.Bull.,28(5),870-875(2005)には、プロポフォール(PF)に対するミリスチン酸イソプロピルの浸透促進の有効性について評価した文献であること、ミリスチン酸イソプロピルがプロポフォール(propofol)の浸透促進剤としては有効ではないことが示されていて(図2)、「IPM(ミリスチン酸イソプロピル)は有用な経皮吸収用の親油性溶媒であることが知られている。…本研究では、PF(プロポフォール)とIPM(ミリスチン酸イソプロピル)の混合物での治療後に、著しく高い効果は観察されなかった。」(第873頁「Discussion」の欄、第6行?第16行)と記載されていて、ミリスチン酸イソプロピルが特定の薬物PF(プロポフォール)においては浸透促進剤として有効でないことが明らかにされ、更に、「PF(プロポフォール)とIPM(ミリスチン酸イソプロピル)の両方とも親油性であるので、PFと溶媒(IPM)との親和力が高い。その結果、混合物からのPFの放出が抑制された。」(第873頁「Discussion」の欄、第17行?第874頁第1行)との記載があり、ミリスチン酸イソプロピルは親油性の薬物の浸透促進剤としては好適でないことが資料1では示されていると理解されるところ、4-ヒドロキシタモキシフェンもまた親油性であるから、本願発明1の作用効果と相反する示唆が見出される。

そうすると、活性成分と浸透促進剤の組み合わせによって、その浸透効果に著しい差異が生じる場合があることが釈明されているのであり、それを覆す理由も見い出せない。「4-ヒドロキシタモキシフェン」を活性成分とするに際し、ミリスチン酸イソプロピルを用いると優れた皮膚浸透性が得られるが、引用例3においてミリスチン酸イソプロピルと同列の浸透促進剤として挙げられたオレイン酸を用いると皮膚浸透を阻害していること、また、他の活性成分であるプロゲステロンの場合には、「4-ヒドロキシタモキシフェン」の場合と逆の浸透効果(ミリスチン酸イソプロピルよりオレイン酸の方が浸透性がよくなる)を示していること、さらに、「4-ヒドロキシタモキシフェン」と同様に親油性の活性成分であるプロポフォールの場合には、ミリスチン酸イソプロピルが浸透促進剤として有効ではないとされている例もあることに鑑みると、引用例3の教示によっては、ミリスチン酸イソプロピルが浸透促進剤として知られているものであるとしても、4-ヒドロキシタモキシフェンを活性成分とする場合に組合せる浸透促進剤としてミリスチン酸イソプロピルを選択することは、当業者が容易になし得たものと言うことができない。

なお、資料1(2005年発行)も上記表1?3のデータ(作成日時不明であるが、審判請求人は、請求理由において、「皮膚浸透試験結果は出願の後に補充した実験結果です」と説明している。)も、本件優先権主張日後で本願出願日後のものと認められる。
しかし、本願明細書には、ミリスチン酸イソプロピルが好ましい浸透促進剤であることや、非常に好ましい例として表1(明細書の表1)に、ミリスチン酸イソプロピルを配合した4-ヒドロキシタモキシフェンゲル製剤(ゲル100g当たり、20mg4-OHTゲル,57mg4-OHTゲル)が明示されている。そして、実施例1では、単なるアルコール溶液が用いられているにすぎないが、実施例2,3では、4-ヒドロキシタモキシフェン20mg/水性アルコールゲル100gが用いられているし、実施例3では更に4-ヒドロキシタモキシフェン57mg/水性アルコールゲル100gも用いられていて、4-ヒドロキシタモキシフェンの量が実施例1のものと一致していることを勘案し、審判請求人が実施例2?4における「4-ヒドロキシタモキシフェンゲルは4-ヒドロキシタモキシフェンとミリスチン酸イソプロピルとを含むものです。」(審判請求理由の手続補正書参照)と主張しているように、少なくとも実施例2,3には、ミリスチン酸イソプロピルが配合された4-ヒドロキシタモキシフェンゲルが用いられていると理解するのが相当である。そうであるから、本願明細書では、ミリスチン酸イソプロピルが、出願当初から浸透促進剤として用いられていて、非常に好ましいとされていたのであり、進歩性の判断に当たり、そのミリスチン酸イソプロピルを選択する技術的意義や困難性を後日の資料で補足、釈明することは止むを得ないことと言え、それら追加のデータや資料の記載を参酌することが不当であるとまでは言えない。

よって、引用例1発明において浸透促進剤としてミリスチン酸イソプロピルを配合することは、格別の創意工夫が必要であったという他ない。
なお、引用例2には、4-ヒドロキシタモキシフェンを有効成分とする記載はあるが、併用する浸透促進剤について言及するものではなく、まして、ミリスチン酸イソプロピルの配合(併用)を示唆する記載は見いだせない。

したがって、本願発明1は、上記相違点Bについて検討するまでもなく、上記相違点Aの点で、引用例2,3を勘案しても引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとは言えない。

5-2.本願発明2?5について
本願発明2,3は、本願発明1をさらに限定したものであり、また、本願発明4,5は、本願発明1を引用するものではないが、いずれも、上記相違点Aと同じ相違点を有することが明らかであることから、上記本願発明1が上記相違点Aの点で当業者が容易に発明することができたとは言えないとの理由と同じ理由により、引用例2,3を勘案し引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとは言えない。

6.むすび
以上のとおり、本願請求項1?5に係る発明は、引用例2,3の記載を勘案し引用例1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとは言えないことから、原査定の理由によって、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2014-01-17 
出願番号 特願2004-570040(P2004-570040)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (A61K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 吉田 佳代子北畑 勝彦  
特許庁審判長 川上 美秀
特許庁審判官 天野 貴子
穴吹 智子
発明の名称 4-ヒドロキシタモキシフェンによる乳癌の予防および治療  
代理人 伊藤 克博  
代理人 小野 暁子  

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